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2015年1月16日 (金)

「テロは悪」と言うのは簡単なんですが

日本を代表するクオリティペーパー朝日新聞と言えば昨年も数々のネタを提供して頂いたところで、特に福島原発事故に関連したいわゆる吉田調書に関する捏造記事取り消し事件は昨年大きな話題を呼んだものの一つであり、特定の目的を元に記事を創っていくと言う同紙のスタイルが持つ根本的な危うさを示す事例であったとも思います。
その吉田調書事件が今年に入ってから改めて注目されていると言うのですから少なからず驚きますけれども、その取り上げ方を見ると再び大きな驚きを感じずにはいられませんよね。

沖縄2紙に新聞労連ジャーナリズム大賞(2015年1月9日沖縄タイムス)

 新聞労連は9日、平和・民主主義の確立に貢献した記事などを表彰する第19回新聞労連ジャーナリズム大賞を発表し、沖縄タイムスと琉球新報の「基地移設問題と県知事選などをめぐる一連の報道」が大賞を共同で受賞した。

 沖縄タイムスが受賞したのは連載「新聞と権力」、「知事選をめぐる一連の社会面企画」、連載「日米同盟と沖縄 普天間返還の行方」の3企画。琉球新報は「『普天間・辺野古問題』を中心にこの国の民主主義を問う一連の報道キャンペーン」。

 選考委員はルポライターの鎌田慧氏ら4人。「取材の蓄積に裏打ちされた奥深さや、一貫したぶれない姿勢が感じられた。地元の視点にこだわった検証記事には特に迫力があった」と講評した。

 特別賞には、朝日新聞の「原発吉田調書をめぐる特報」を選んだ。「応募はなかったが、昨年一番のスクープ。隠蔽(いんぺい)された情報を入手して報じた功績は素直に評価すべきだ」とした。

 その他の表彰は次の通り。

 優秀賞=特定秘密保護法成立後の一連の報道(北海道新聞)、子どもの貧困をめぐる一連の報道(宮崎日日新聞、下野新聞)▽疋田桂一郎賞=村松の少年通信兵(新潟日報)

思わず「ネタですか?」と言いたくなるような話で、特に各方面で定評のあるメディアばかりが取り上げられていると言うのが新聞労連らしいスタンスだなとも感じるのですが、どうせなら日付以外は全部ガセネタだと定評のある東スポも加えて差し上げるとより一層同大賞の権威も高まろうかと思いますね。
いずれにしてもともすれば一方的な主張を垂れ流し、他人に要求すること多い一方で自らは何ら悔い改めることもないマスコミ業界に関しては各方面から批判も数多と言う状況ですが、かつてのように羽織ゴロなどと言われた時代と違ってネットなど相応の対抗手段もあることが、近年マスコミ各社がしぶしぶながら捏造を認め謝罪すると言う珍しい事例が出てきていることの一因ではあるかと思います。
ただマスコミ対市民と言う構図を見れば市民の側に正義があるように多くの市民は感じがちですけれども、先日起こったフランスにおける新聞社テロのように組織対組織の抗争とも言える構図ともなるとどうなのかで、先日現地からこうした記事が出ていたことを一部なりとも紹介してみましょう。

ペンが与えるかすり傷は、銃が与えるかすり傷より深い パリ在住日本人が見たフランス・新聞社テロ(2015年1月15日日経ビジネス)より抜粋

(略)
 宗教がらみの争いは複雑で根が深く、簡単に終わらない。「家族や友人に何事も起こらないでほしい。平和な日々が戻ってきますように」。数日前まで抱えていたはずの小さな悩みなどすっ飛んで、それが今一番の願いだ。学校に行った子供がその日、無事に帰ってきますようにと願う毎日なんて、悪夢でしかない。
 そして、シャルリー・エブド新聞社襲撃の翌日に、もう一つ、心配をしたことがあった。「これがイスラム教徒への憎しみに発展しないで欲しい」と言うことだ。
 それは戦争に発展するかもしれない、と言う感覚から来る怖さではない。普通にフランスで生活している罪の無い穏やかなイスラム教徒たちに対する、これから起きるであろう差別への恐怖。そして、彼らの心の痛みへのシンパシーだった。

 それは、シャルリー・エブド新聞社襲撃の翌日、小学校から帰って来た息子の言葉から始まった。
 「ヤシン(アルジェリア系フランス人の友達)が今日、泣きそうになって言っていたよ。今頃、ルペン(ジャン=マリー・ル・ペン、フランスの極右政党党首)が両手をすりすりしてこっそり喜んでいるだろうって、ヤシンのママとパパが言っているのだって」
 そして続けた。「イスラム教徒はフランスでいじめられて、追い出されるかもしれないって」。
 しかしその心配は その翌日、なくなった(と、言えるだろう)。
 シャルリー・エブド新聞社を襲撃したテロリストを追い、市民を守ろうとして射殺された警察官の一人が、イスラム教徒だったことがわかったのだ。
 今「私はシャルリー」に続いて、イスラム教徒やイスラム教徒をファミリーや友人に持つ人々は「私はアメッド」(この殉職したイスラム教徒警官の名で「アメッドの心は死んでいない」の意味)のプラカードを掲げる。そして沢山のフランスに住むイスラム教徒たちが「アメッド 、私たちの未来を守ってくれてありがとう」と心の底から、彼がいる天国に向かって言う。
 アメッドが笑っている写真をメディアで見た。好感度の高い、気さくで頼りがいのありそうな、大きな体の42歳のフランス人男性だった。彼はフランスのイスラム教徒、ひいては世界の罪のないイスラム教徒たちを、死をもって守ったのだ。

 この事件で「イスラム教徒=悪」と単純に、誰も叫べなくなった
 「Je suis Charlie (私はシャルリー)」のスローガンには「“表現の自由”の象徴であるシャルリーは死んでいない。私も表現の自由を尊ぶシャルリーだ」と言う意味が含まれている。
 シャルリー・エブド新聞社の銃撃の後、パリで人々はそのプラカードを掲げ、そのポスターはソーシャルメディアにあげられ、街のキオスクの広告になり、区役所の垂れ幕になっている。既にバッチも、Tシャツも作られて、誰もが皆、表現の自由を守る為の軍服に即座に着替えたかのように、「私はシャルリー」になっている

 シャルリー・エブド紙は、日刊のフィガロ紙やル・モンド紙のような国民誰もが知る新聞ではない。かなり偏った左派の週刊紙で、カリカチュール(風刺)が売りでもある。
 そこに載った幾つもの問題のイスラム教徒のカリカチュール。それらを事件後に初めて見た時の、第一印象は、正直なところ「これはちょっとひどいかも」だった。書かれている文章と共に、カリカチュールされた側の怒りを即座に想像させる。
(略)
 シャルリー・エブド出版社襲撃の翌日に、フランス全土が、会社も学校も、そしてメトロも止めて、正午に「1分間の黙祷」を行なった。
 小学校でその理由を子供達に教えると「自分と違う宗教を馬鹿にしちゃいけないんだよ。そんなのあたりまえでしょ」と子供達は口々に言い、教師は言葉に詰まったと言う話が新聞に載っていた。
(略)
 パリのイスラム教徒の弁護士 ASIF ARIF 氏 は言う。
 「我々イスラム教徒はシャルリー・エブドを支持します。 彼らのユーモアが面白いとは思いませんが“1人の殺人は全人類を殺すに相当する”というイスラム教の教えから、シャルリー・エブドを支持するのです」。そんなフランス人イスラム教徒たちがたくさん11日の歴史的な大行進に参加した。
 しかし彼らは シャルリー紙のイスラム教徒に対する侮辱表現に「傷つけられなくはなかった」と言う。私は「イスラム教法曹界は様々な形で合法的に シャルリー・エブド紙にイスラムのカリカチュールを止めてもらうよう努力してきた」ということも知る。
(略)

中東諸国と長年の友好関係を続けてきた日本においては必ずしもイスラム教徒に対する市民的な反感が強いと言うこともないように思いますけれども、近年のいわゆるテロとの戦いに関係しているような諸外国においてはイスラム教徒全般に対する警戒感が高まってきているようで、それに輪をかけるのが時折発生するテロ事件であるとは言えそうですよね。
宗教的対立が戦争にまで結びつくことの不毛さは日本人が感じる以上に諸外国の方々も承知しているはずですが、やはり人間自分と異なる価値観、考え方を持っている人間が身近にコミュニティーを形成している、そしてその同じ価値観を持つ人間がどうもよからぬことをしている事実があるとなれば、「あいつらももしや…」と考え警戒してしまうのは無理からぬことだし、それが新たな反感や反発を生むことにもなるのでしょう。
今回のテロ事件においても単純に「報道の自由を守れ!報道の自由は絶対的正義だ!」式の善悪論争に持ち込んでしまえば、これに対立した格好のイスラム的思想は悪であると言うことに容易につながりかねないと言う難しさがあって、そうした流れを懸念する人間もいる一方でそれをむしろ目的達成のための手段として活用し得ると考える人もいると言うのが、現地での構図であると言うことですね。

別にこうした話はイスラム問題に限った話では全くなく、日本においても日常的に行われている問題であって、ただ幸いにも日本の場合は今まで対外的な緊張関係に結びつくような問題よりも主に国内での対立に焦点が絞られていたからだとも言えますが、例えば昨今各方面で話題になっているヘイトスピーチなどは全く同様に各国・民族間の緊張を高める要因だと言う人もいるわけです。
マスコミの捏造報道をネットを通じて市民が叩くなどと言う状況はこれに比べればずいぶんと平和な話ではないかと思えてきますけれども、当然ながらその背景には思想的対立と言うものが横たわっている場合も多いのですから、かつて起こった新聞社襲撃事件のように「ジャーナリズムに対する攻撃=絶対悪だ!」と象徴的に利用されやすい側面は否定出来ないと思いますね。
そう考えるとマスコミの好き勝手なやり方に対する反作用としてネットやデモ等の対立行動が出てきたことが歴史的必然であったのと同様、それに対してマスコミによる反撃やネット規制論や各種法規制など別の対立軸が登場してくることも必然と言うことであって、無闇矢鱈な抗生物質の濫用によって耐性菌を生む愚を犯さないためにも、主張したいことがあるならよく考えた上でうまくやるべきだと言うことじゃないかと思います。

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コメント

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150115-00000021-jij_afp-int
【AFP=時事】アフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)は15日、フランス・パリ(Paris)の
風刺週刊紙シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)が本社襲撃事件後初めて発行した特別号で
再びイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことを強く非難し、事件の容疑者らをたたえる声明を発表した。

 英語の声明でタリバンは「この不快で非人道的な行動を、強く非難する。
掲載を認めた者たちや支持者らは、犯罪者であり人類の敵とみなす」と非難。
その上で、7日の襲撃で同紙の編集スタッフを殺害した容疑者らについては、
「みだらな行為に及んだ犯罪者らに裁きを受けさせた」と称賛した。【翻訳編集】 AFPBB News

投稿: | 2015年1月16日 (金) 08時44分

主な宗教では、本来、他の考え方(宗教)を認めず殲滅を示唆するような教義は
ないと聞いたことがあります。他の宗教を認めないのは、後々の狂信的な人間が
教えを曲解し排他的にしたのだと。
宗教がらみの殺し合いは、私も含め宗教がただの行事化している大半の日本人には
理解できないことだと思います。

まあ、「困ったときの神頼み」が、世界で一二を争うほど平和な社会といわれる
秘訣なんでしょうね。

投稿: | 2015年1月16日 (金) 09時04分

時代の正体〈43〉ヘイト本(上)相次ぐベストセラーに出版業界から反対の声上がる
2014.11.23神奈川新聞
https://www.kanaloco.jp/article/80734/cms_id/112957

【照明灯】許すな 言論封殺
2015.01.10神奈川新聞
http://www.kanaloco.jp/article/82617/cms_id/120338

投稿: | 2015年1月16日 (金) 09時26分

http://www.yomiuri.co.jp/world/20150115-OYT1T50085.html?from=ytop_top
 【パリ=三井美奈】フランスのオランド大統領は14日、原子力空母シャルル・ドゴールを中東に派遣し、
米軍などが実施しているイスラム過激派組織「イスラム国」掃討作戦に参加させる方針を示した。

 連続銃撃テロがイスラム過激思想を持った人物らによる犯行との見方を強めるフランスは、
イスラム国との対決姿勢を鮮明にし、過激派対策を一段と強化する構えだ。

 大統領が同日、南仏沖の地中海に停泊中の同空母で行った演説で明らかにした。フランスは現在、
アラブ首長国連邦(UAE)の仏軍基地に戦闘機を派遣し、イラクでのイスラム国攻撃に参加している。
大統領は、同空母の派遣により、「緊張がさらに高まった時、あらゆる手段が取れる」と述べ、
空爆出撃態勢の増強を示唆した。

 イスラム国を巡っては、9日にパリのユダヤ人向けスーパーマーケットに立てこもり、
特殊部隊との銃撃戦の末、射殺されたアメディ・クリバリ容疑者(32)が、
立てこもり中に仏メディアに対し、イスラム国のために行動したと主張していた。

投稿: | 2015年1月16日 (金) 09時43分

御指摘のようにいわゆる言論の自由、表現の自由と言う問題と絡めて、このところ国内で言論規制論を主張してきた一部マスコミの方々がこの事件を受けてどのような主張を為していくのかも注目したいと思います。

投稿: 管理人nobu | 2015年1月16日 (金) 11時38分

【仏紙銃撃テロ】表現の自由にも限度 ローマ法王

2015.1.15 22:33

 ローマ法王フランシスコは15日、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載するなどしたフランス週刊紙シャルリエブドの銃撃事件をめぐり、
「他者の信仰をもてあそんではならない」と述べ、表現の自由にも一定の限度があるとの考えを示した。AP通信などが伝えた。

 スリランカからフィリピンに向かう機中で語った。

 法王は、表現の自由は市民の基本的な権利であると強調。神の名によって人を殺害するのは常軌を逸しており、決して正当化できないと述べた。

 その一方で、宗教をからかう者は挑発者だと指摘。他者の信仰を侮辱したり、からかったりしてはならないと語った。(共同)

http://www.sankei.com/smp/world/news/150115/wor1501150049-s.html

投稿: | 2015年1月16日 (金) 12時25分

>シャルリー・エブド新聞社を襲撃したテロリストを追い、市民を守ろうとして射殺された警察官の一人が、イスラム教徒だったことがわかったのだ。

…これはキツイ…。

>「アメッド 、私たちの未来を守ってくれてありがとう」と心の底から、彼がいる天国に向かって言う。

イスラムを侮辱したり、からかったりする意図はまったくないのですが(強調)、アメッドさんがいる天国って当然例のあの、アレですよね?
正直異教徒の私には違和感バリバリなんですが、違和感を抱く事自体がイスラムに対する侮辱な気もしてううむ…

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2015年1月16日 (金) 16時26分

エ○ゲっぽい今風な天国ですわな
http://livedoor.blogimg.jp/usimitsu/imgs/d/4/d48db6a7-s.jpg
http://i.gyazo.com/ea127aa15af3436cfce06ac0fc14d8f2.png

投稿: | 2015年1月16日 (金) 17時17分

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