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2014年11月21日 (金)

患者に対してだけ全人的であればいいわけではなくて

本日の本題とはあまり関わりのないことですが、先日久しぶりの医学部新設が認められたと言うことで大いに話題になった東北薬科大で、新たに教授らスタッフの公募が始まったと言う記事が出ていました。

東北薬科大、医学部教授ら180人公募- 地域医療への支障に配慮も(2014年11月17日CBニュース)

 東北薬科大は、2016年4月の医学部新設に向け、基礎医学・臨床医学系などの教授ら約180人の公募を始めた。医学部新設に伴い、地域の医師が教員として引き抜かれるなどの懸念が出ていたが、同大は募集要項に「地域医療に支障を来さないことを担保することとなっている」と明記。地域医療に及ぼす影響を確認するため、応募者に対して所属長の意見書の提出を求めている。【新井哉】

 募集要項では、求められる教員像として、「医学教育に貢献し、自ら率先して地域医療に貢献する気概と意欲を持った教員」を提示。新設の医学部では、総合診療医を中心とした地域医療を担う医師を養成することを目指すとしている。

 募集する講座は、「基礎医学・社会医学系」の12講座と「臨床医学系」の23講座、「病院中央部門」の5部門で、教授や准教授、講師など約180人を募る。任期は5年で、「業績の審査結果により、継続雇用が可能」としている。

 応募要件として、博士の学位取得者で就任予定時に65歳未満、臨床系教員は医師免許を持つことなどを挙げている。履歴書などの提出期限は12月22日(必着)。提出された書類による採用候補者の選考のほかに、必要に応じてプレゼンテーションも実施する予定。

この新設医学部に関しては未だ認可を検討中だった頃から教員等の確保をどうするかと言う問題が言われていて、昨年には地元東北の市長会が「教員に地元医師を採用するな」と言う異例の決議を採択したことも話題になりましたが、当然ながら自分達の足下から引き抜かなければどこから呼んでもいいと言う態度では問題だろうし、募集要件に(少なくとも明示的には)地元以外からと言う条件は出ていないようです。
所属長の意見書提出と言うのがその点でどれほど有効なのかですが、まあしかし地域医療に貢献する人材育成を設立目的として掲げた大学において、地域にとっていてもいなくても問題ない人間ばかりが教員になると言うのもどうなんだと思いますし、こうなりますと根っからの臨床家よりも研究畑メインの先生方が有利になる可能性もあって、これまた目的上果たして良いことなのかと言う気もしないでもない話です。
いずれにしても今後どういう方々が応募してくるのか、最終的にその出身地域・母体の分布がどうなるのかと言うことも興味が出てくる話なんですが、それらについては当面のところ続報を待つとして、本日は先日見かけてちょっと面白かったこちらの記事を紹介してみましょう。

「全人的な医師」はチーム医療の中ではうっとうしい/尾藤誠司(2014年11月13日日経メディカル)

 「全人的医療」という言葉をよく耳にします。医師の卒後研修などでも「全人的な医療を実践できる医師を育てる必要がある」という話をしばしば耳にします。全人的な医療が実践されることはすばらしいと思いますし、各医療者は患者に対して全人的な視点で対応することが義務だということに私も異論はありません。
 しかしながら、「医師は全人的医療を実践しなければならない」という言葉を聞くたびに言いようのない違和感を覚えるのです。果たして、医師は本当に全人的な存在であるべきなのか、と考えてしまうのです。

医療者の全人的態度とは
 さて、「全人的医療」とはいったいどのようなものなのでしょうか?ネットで調べてみると、「特定の部位や疾患に限定せず、患者の心理や社会的側面なども含めて幅広く考慮しながら、個々人に合った総合的な疾病予防や診断・治療を行う医療」(デジタル大辞林より)とあります。
(略)
 患者さんには「あの先生はとても優しい」と大変評判がいい一方で、看護師からの評判が悪い医師がたまにいます。その医師の振る舞いなどに対して看護師から文句を言われることがあるのですが、その医師の何が一体問題なのかと看護師に問い合わせてみると、かえってくる返答は決まって「あの先生は私たちの話を聞いていない」というものです。
 なぜ全人的な態度を自覚する人間は看護師の話を聞かないのでしょうか? それは、「自分は患者の全てを把握している」と思い込んでいるからなのだと私は思っています。
 もう自分は患者の社会的背景も心理状態も家族関係も全て解っていて、その中でバランスを考えて患者にとって正しい答えを導き出している、という認識なのです。だから、あとはこのバランスの取れた答え通りに物事を進めるのが一番よく、看護師やケアマネジャーの意見はむしろノイズに聞こえてしまう。これってたちが悪くないですか?

 私が知っているとある病棟のとある外科系の医師と、看護師との話を聞いていると実に気持ちがいいです。その医師は、手術がすごくしたくて、「手術、手術ー」みたいな感じなんですが、看護師から「先生、この人はね、こうこうこういう事情があるんですよ。そんなにあせったら患者さん困っちゃうでしょ!」と言われて、「そうなんだー」という感じで自分の主張をいったん取り下げます
 チーム医療においては、決められたプロトコルをチームがうまく分担したり協力しあって行いますが、もう一つのチーム医療の重要な点は、患者にとって最も有益な診療ケア計画の立案に対して、患者自身、家族、そして様々な医療スタッフが一同に関与することなのだと私は思います。
 その上では、役割として医師は医師の視点、医師の価値観を明確に出す方がやりやすいのです。医学的にはこのくらいの延命効果があって、このくらい有害事象があってこのくらいリハビリにかかりそう、というようなことと共に、「医師の立場としては手術した方がいいと思う」という意見を述べてもらう方が、最終的な意思決定を行う上では有用な情報が提示されます
 バランス感のある意思決定が行われることが重要なのであって、その意思決定が結果として全人的に患者の状況を考慮した上での意思決定になっていれば良いのだと思います。そこに置いて、意思決定の根拠となる情報や推奨は、各専門家の立場では違って当然です。

リーダーシップと支配は違う
 「全人的な態度を持つ医師」が他の医療職にとってうっとうしいのは、自分が責任を持つべき領域に医師が勝手に介入し「そこも僕の分だよ」と持って行ってしまうところにあります。そこで「お医者さん、うざいです」と言うことができれば良いのですが、残念ながら医療職の中には、どうしても医師が優位に立ちがちな権威勾配が存在します。
 重要なのは、意思決定に関与するグループの中で、医師はしばしばリーダー役を担うとともにリーダーシップを医療チームから期待されますが、リーダーシップを発揮することと、自分が考える価値を他人よりも優位に置くことを医師はしばしば混同してしまうということです。
 特にチーム医療においてリーダーシップを医師が発揮する時には、自分の立場を医学的な価値観に軸足を置きながら、あくまでそれは患者にとっての最善を決定して行く上ではパーツの一つに過ぎないと自覚すること、そして、ケアの立場や社会資源利用の立場から出された価値に敬意を持ち、最終的な意思決定にうまく反映して行くことが大切なのだと思います。
 その意味では、医師に必要なことは「全人的な視点」というよりは、「全人的な視点について理解し、尊重する視点」なのだと思います。
(略)

まあ全人的かどうかと言うのもかなり主観的な評価軸で、治療の奏効率だとかデータの改善率などと違ってさじ加減一つと言う部分は大きそうには思うのですけれども、単なる医療技術・知識の提供者と言う立場を離れて患者のあらゆる側面に深く関わる傾向のある先生方と言うのは実際にいて、一般論としてはそういう先生を主治医に持った方が患者にとっては安心感があるものですよね。
一方で現代医療で必須化してきているチーム医療においては医師は数多い専門家の一人としてチームに専門的見解を示すと言うことが期待される一方、どうしても職場内でのヒエラルキー的にまとめ役、決断役をも担当することが多くなるのは自然な流れだと思いますが、そこで仕切りをあまり強く出し過ぎてしまう、あるいははっきりと独断専行してしまうタイプの先生も一定数いるものです。
こうした独善的タイプの先生方といわゆる全人的医療の追及度とが相関するものなのかどうかは何とも言いかねるのですが、実際に患者の様々な情報をよく知っているベテランの先生がスタッフの意見を右から左へ聞き流しているように見えることもままあって、恐らく当人の中ではそうしたスタッフの声も込みで総合的に判断しているつもりなのでしょうが、情報量に差のある周囲からすれば何故その結論を?と感じてしまうのも確かなのでしょう。
この辺りの状況は全人的かどうかと言うよりも、自分の持っている情報を必要に応じてチームに還元し共有すると言う作業をまめに行う意志があるかどうかだと思いますが、当然ながら患者の情報をより多く収集する作業には大いに時間も手間もかかるはずですから、さらにその上で集めた情報をスタッフにいちいち説明し理解させ認識を共有する手間まで余計にかけたくないと言う心境になってしまうのかも知れませんよね。

ただ全人的な医療とは記事中の辞書的定義にもある通り、単に「患者の全てを把握している」者が偉いのではなく、その情報に基づいて患者に合った医療を提供するスキルが伴って初めて高い評価を得られるはずなんですが、後半部分の医療の善し悪しなどは素人の患者にはなかなか判断し難いせいか、「診断とか医者としての必要最低限のこと」が出来ていないのに良い全人的医療と変に自己満足してしまうのでは意味がないですよね。
以前にとある田舎町で僻地診療に従事されている先生のお話を伺う機会があって、「先生何がご専門なんですか?と訊ねられれば僕はこの町の住民の専門家だと答える」と言われる通り、とにかく町内の人間関係を徹底的に把握されているのが印象的でしたが、特に複雑な血縁関係から議員さん等地元の有力者とのつながりまできちんと把握していなければ大事な意志決定を誤る恐れがあると言います。
もともと僻地とも言われるような田舎町の場合、町立病院の医者が2回続けてA商店に足を向ければ、商売敵のB商店の旦那さんから「先生最近店で顔見ないね~」などと診察室で嫌みの一つも言われかねないそうですから、とかく余計な波風を立てて話を難しくしないためにも何事にも空気を読むと言うスキルが重要なのでしょうが、そうした配慮の出来る先生ならチーム医療においても場の空気を読めないはずがないですよね。
考えてみると患者に関わる多くのスタッフのマンパワーもまた患者の持つ属性の一つとも言えるわけで、周囲のスタッフに十分な能力を発揮させない環境を強いておいて全人的医療も何もないものですが、別にその環境を整えることは特別な作業でも難しいことでも何でもなくて、ただ患者さんに向けるのと同じように患者さんの周囲にも相応の手間ひまをかけて話も聞き気を配っておくだけのことなのかなと言う気がします。

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コメント

正直技量はあまりよろしくないのに患者受けがいい先生ってみたことあります。
外来みててもとりわけ親切でも丁寧でもなさそうなのに患者多くて不思議でした。
患者さんも人それぞれの好みや相性があるんでしょうけどね。

投稿: ぽん太 | 2014年11月21日 (金) 09時14分

>自分が責任を持つべき領域に医師が勝手に介入し「そこも僕の分だよ」と持って行ってしまう

個別には各担当者が責任を持つのでしょうけれども、トラブルが起きたときは最終的にはだいたい医師が責任を負うことになるので、
そういう意味でチーム医療はやりにくいところがあります。

投稿: クマ | 2014年11月21日 (金) 09時48分

全人的医療云々はともかく、他人と組んで仕事をするのが嫌いな方もいらっしゃるようで、中には「俺の患者に触って欲しくない」と当直医の関与すら拒否すると言う方もいるようですね。
今後はチームとして対応すべきだと言うのは基本路線になってきていますから、こういう方々は次第に消えていく運命なのでしょうが、患者からすると一番頼りがいのある先生とは言えるのかも知れません。

投稿: 管理人nobu | 2014年11月21日 (金) 11時18分

全人的≠全部自分でやる

記事を書いている方は、このことを勘違いされているのだと思います。

「自分が全部把握」していてコメディカルや他医の意見を聞かないというのは、単に境界型人格構造に親和性が高い方というだけで、その人が把握しているのは「自分が患者像を把握している気になっている」という、主語が自分であるちっぽけな万能感でしかありません。一方で、このような性格構造の方は、えてして一部の人を引きつける魅力(惑わす力)には長けているわけです。往々にして、他を批判(捏造で)して自分がすごい、ないしは自分が虐げられていることにして同情を引くというパターンです。それがより周囲の反発を買う原因にもなります。

「主語が患者」であるべき全人的医療とは対局の、独りよがりの医療でしかないわけで、日経メディカルのように「全人的な医師はうっとおしい」と書くことは全人的医療に理解がないとさらけ出すことでもあります。
単純に、境界型人格障害をはじめとして、障害まではいってない程度まで様々な性格傾向の方を見抜く力がない、というコミュニケーション力の話ですので。

投稿: おちゃ | 2014年11月21日 (金) 12時28分

>「特定の部位や疾患に限定せず、患者の心理や社会的側面なども含めて幅広く考慮しながら、個々人に合った総合的な疾病予防や診断・治療を行う医療」

これってかかりつけ医じゃないんすかね

投稿: | 2014年11月21日 (金) 13時48分

実際にかかりつけ医に期待されるのは全人的医療に基づく対応であることが多いようですな

投稿: 元僻地勤務医 | 2014年11月21日 (金) 17時09分

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