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2014年11月25日 (火)

これからの医療は次第に間遠なものになっていく?

本日の本題に入る前に、先日朝日新聞の酒井先生の連載でこういう記事が出ていましたが御覧になりましたでしょうか。

医療制度のジレンマ/酒井健司(2014年11月7日朝日新聞)より抜粋

(略)
海外では医療費の窓口負担がない医療制度を持つ国もあります。たとえばイギリスでは医療費の自己負担はありません。
アメリカ合衆国の医療制度を批判的に描いたマイケル・ムーア監督の「シッコ」という映画で、イギリスの医療機関の会計窓口を描いたシーンがあります。イギリスの会計窓口は、患者さんが医療機関にお金を支払う場所ではないのです。低所得の患者さんに対して交通費が支払われるための場所なのです。
しかしながら、イギリスの医療制度が日本よりも上かというと、必ずしもそうではなく、一長一短というところでしょう。

イギリスに限らず海外でよく採用されているのは、総合診療医(General Practitioner)という制度です。患者さんはまずは総合診療医の診察を受けなければなりません。総合診療医が必要であると判断しなければ、高次医療機関を受診することはできません。医療費の自己負担がない代わりにアクセス制限があるのです。
一方、日本ではどの医療機関を受診するのか、原則として患者さんが選ぶことができます。国民皆保険制度と並んで、フリーアクセスは日本の医療の特徴とされてきました。自由に大きな病院をかかることができるため、混雑して待ち時間が長くなりすぎるなどという弊害もあります。
最近では紹介状なしで大病院を受診すると上乗せ料金がかかる「選定療養」という制度があります。大病院の混雑を緩和したり無駄な受診を抑制したりする効果がある一方で、お金持ちなら気にせずに大病院を受診できるという点で不公平とも言えます。

医療費自己負担なしのイギリスでも、プライベート(私立)医療といって、国営の医療サービス以外の選択肢があります。全額自己負担するか、民間の医療保険に入っていなければ診てもらえません。待ち時間が短く質も高いのだそうです。
タダで医療を受けられる制度があるのにも関わらずわざわざお金を払うわけですから、質が高くないと誰もプライベート医療を受けないでしょう。複数の選択肢があるという点では良いのですが、公平性という観点からは問題がないとは言えません。
(略)

酒井先生の主義主張に関してはとりあえず置いておくとしても、一般的にその国の医療水準を規定する三要素としてコスト(費用)、クオリティ(質)そしてアクセス(受診の容易さ)を挙げることは妥当なんだろうと思うのですが、平均的に医療水準が今ひとつと言われる国でも立派な医療をしている立派な病院と言うものはあるもので、ただ患者はそこにかかるためには数々のハードルをクリアしなければならないわけです。
ところが日本においては風邪をひいたと大学病院に飛び込みで受診する、そして全国均一公定価格の医療費だけを支払って診療を受けると言うことが可能とされてきたのは(一部の方々に言わせると)日本医療の誇るべきフリーアクセスの理念だと言うことになっていますけれども、現実的にこの理念が選定療養の導入等で規制され始めていると言うのは、様々な点で問題が多いとようやく認識され始めたからだとも言えますよね。
よく言われることに日本の医療制度は各種客観的指標から判断する限り国際的にも非常に高い評価を得られてしかるべきものであるはずが、日本人の医療に対する満足度と言うものは極めて低い、一方でかつて医療崩壊の最先進国とも言われたイギリスなどが非常に高い医療満足度を誇っていたと言うのは好対照かつ逆説的だと思えます。
その理由として様々なものが挙げられるのでしょうが、例えば専門医にかかるために非常に長い時間を要すると言うのも家庭医による医学的判断を受けた上で全国民が平等公平に待たされるのだし、一方でそれが嫌ならお金を出せばすぐ診てくれる私立の病院と言うバイパスルートもあると言う点で、それなりにうまい具合にガス抜きが出来ていたと言うことなのかも知れません。
無論国民の医療満足度と医療を提供する側の考えは全く別問題で、イギリスでは崩壊する国内医療を見捨てての医師の国外脱出がさらに医療崩壊を推進すると言う悪循環にありましたし、日本においても安価にいつでもどこでも診てもらえると言うフリーアクセス万歳!だったはずが、今や選定療養導入だ、救急車有料化だとむしろアクセス規制の方が注目されているのは非常に興味深い現象だと思いますね。
さて前置きが例によって長くなりましたが、唐突にも感じられる総選挙の理由として景気回復が思ったほど進んでいないからと言うことが確実に挙げられると思いますが、その一つの側面を反映しているとも言えるこういう記事が出ていました。

病院代の自己負担払えぬ人急増 年延べ700万人が減免(2014年11月23日朝日新聞)

 病気になっても治療代が払えず、病院窓口で払う自己負担分の治療代を無料にしたり安くしたりする病院にかけこむ人がいる。普通の診療とはちがう「無料低額診療」という仕組みだ。患者数は年間で延べ700万人を超え、ここ数年で延べ100万人近く増えた。年をとって病気になったり失業で収入が途絶えたりして、医療を受けにくくなった人たちが増えている。

■月3万円払えず倒れた

 大阪市に住む元タクシー運転手(58)は、血液のがんの一種である悪性リンパ腫と糖尿病で二つの病院に通う。どちらの病院も無料低額診療をしていて、窓口で払う自己負担分をただにしてもらっている
 2011年春、糖尿病が悪化して倒れた。少し前から営業成績が落ちて給料が減ったため、自己負担で月約3万円の治療代が重荷になり、治療のためのインスリン注射を減らしたからだ。心配した病院から無料低額診療をすすめられた
 その後にリンパ腫で手術し、今年1月には仕事をやめざるを得なかった。3月には妻(52)もパート先の食品工場が移転して解雇され、夫婦で月に合わせて約20万円の収入は途絶えた。
 元運転手はずっと公的医療保険の協会けんぽに入って保険料を納め、失業後も国民健康保険に入っているため、治療代の7割は保険から出る。だが、病気で収入が減り、自己負担の3割分が払えない。妻も高コレステロールで月に1回、無料低額診療を受けている。
 元運転手が通う西淀病院(大阪市)では、11年から無料低額診療を始めた。13年度には、生活保護を受けている人を除くと、年間で延べ約6200人が無料低額診療を受けたという。
 人事・総務部長の山本嘉子さんは「高齢化や非正規労働者の増加で格差が広がり、普通に生活していても大病で医療費が払えなくなる人が増えている」と話す。

 日本では、公的医療保険から治療代の多くが出る「国民皆保険」の仕組みがあり、窓口で払う自己負担は比較的安く済む。だが、自己負担分を払えず、国民皆保険の恩恵を受けられない人が増えている
 全国の年間患者数は全体で延べ10億人近い。厚生労働省の調べでは、このうち無料低額診療は12年度に延べ約706万人いて、09年度より延べ約90万人増えた。無料低額診療をする医療機関も339施設から558施設に増えた
 本来は生活が改善するまで利用する診療だが、生活が苦しいまま生活保護を受けた人も多い。西淀病院によると、治療代を払えずに無料低額診療を受けてから生活保護になり、そのまま通い続ける人も多いという。生活保護は国と自治体が自己負担分も含めて治療代を出し、すべて税金でまかなわれる。(松浦新)
(略)

この社会福祉法に基づく診療制度である無料低額診療と言うもの、実は1951年に始まった(国民皆保険の成立が1961年)と言いますから相当に古いものであるのですが、都道府県の認可を受けた自治体が患者の収入状況などを独自に審査した上で適宜医療費を減額すると言う非常に裁量幅の広そうな制度であって、減額した医療費に関しては病院の持ち出しになるのですから審査も大変そうですよね。
もちろんそれだけでは病院にとって何らのメリットもない慈善事業と言うものなのですが、この制度を利用する患者をある程度以上診療すれば固定資産税など税金面での優遇措置が得られると言う見返りも用意されているせいか現在も対応施設が絶讚急増中だそうで、特に近年では無保険者であるホームレスや外国人の診療に際してその積極活用が公的にも期待されているようですね。
これだけ施設数も増加しているのですからいざ収入が途絶えた時にも安心だ、と感じられる方も多いでしょうが、対応施設を調べて見て頂ければ判るようにかなり分布に偏りがあるのも事実で、制度的に一定数以上の患者を診なければ税制上のメリットが無く単なる持ち出しになってしまうのが原因だと言うのであれば、特にお金が無く移動手段も限られる場合が多いだろう利用者視点で言うと不便ではありますよね。
ただ前述の医療水準を規定する三要素の話に帰って考えると、日本ではどんな人間であれ同じような医療を受けられると言うのが美点でもあり、また様々な弊害をもたらしている根本的問題点でもあると言うことを考えると、生保患者の受診医療機関を制限すべきだと言う意見があるのと同様に、ここでも一定のアクセスの制限が存在することをむしろ肯定的に捉えるべきだと言う考え方もあるかも知れません。

先日の解散で消費税再増税が先送りされたことを反映して各方面で税収増を当て込んだ取らぬ狸の皮算用が御破算になってしまったようなんですが、その中でも気になるのが麻生財務省がすでに規定の方針のように話が進んでいた社会保障制度の充実に関して「増収分がないので見直さざるをえない」と語ったと言う点ですが、選挙の争点としても社会保障政策と言うものは注目されてしかるべきだとして、問題はその政策の方向性です。
これも報道された言葉を文字通り解釈すれば税収増を当て込んだ充実を先送りすると言うニュアンスで既存制度の削減ではないらしいとも受け取れるのですが、いずれにしても社会保障と言う莫大かつ固定的な出費が財政を硬直化させ他でいくら節約しても全く追いつかないほどの重荷になっていると言う現実を考えると、むしろ社会保障は今後削るべきところを考える時期なのだからかえってよかったと言う考えもあるでしょう。
医療についてはコストとクオリティ、そしてアクセスの容易さについていずれを削るべきかと考えた場合、とりあえずコストカットと言うことはそもそもの目的なのですからこれは増加の抑制レベルではあっても達成せざるを得ない、そしてクオリティを下げることに関してはまあ国民一般にしろ医療関係者にしろ首肯せざるところだとすれば、残るアクセスに関してはコスト相応のものに落ち着くのが自然の流れと言うことになりそうです。
この点でどのようなやり方が妥当なのかと言う方法論の議論はまだ続くにしろ、少なくともこれまでのようにどこそこには近くの病院に専門医がいない、あちらでは病院が遠くて不便だ、私が当選すればこれ全部何とかしますばかりでは到底コスト削減も覚束ないのだろうし、そろそろ「いやそれは申し訳ないですが」と為政者や行政からも事を分けて説明し、理解を得る必要はあるんだろうと思います。

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コメント

へ〜
いまどき希少な理想肌の先生なんですね

投稿: | 2014年11月25日 (火) 08時35分

医者って妙にいい人ぶりたいのが多いんだよ

投稿: | 2014年11月25日 (火) 08時54分

病院の集約化は必要ですが果たして民間の病院が多い日本ですんなり集約化が進むのか疑問
病床数300以下は統廃合進めた方が良いんだけどなぁ

投稿: | 2014年11月25日 (火) 09時52分

「選定療養」をお金持ちなら(たかだか数千円ですが)受診できる点で不公平って部分、朝日の編集が入っているんでしょうかね?
なら、USJのエクスプレスパスとかも不公平なチケットなんですね。

投稿: | 2014年11月25日 (火) 11時00分

特に勤務医の場合は診療内容によって直接給料が大きく変わると言う感覚がない先生が多いだけに、よく言えば理想主義的な考え方で診療にあたっている先生も多そうですよね。
ただ医療費増大がこれだけ言われ抑制が叫ばれるようになってくると、現場の医師としても正しいコスト意識に基づく医療を心がけないと結局は自分自身の首を絞めることになりかねないとは思います。

投稿: 管理人nobu | 2014年11月25日 (火) 11時29分

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