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2014年11月

2014年11月30日 (日)

今日のぐり:「羽根屋 大津店」&「大梶そば」&「駅長そば 扇屋」

先日からこんなニュースが話題になっていたのですが、御覧になりましたでしょうか。

ジャポニカ学習帳から昆虫が消えた 教師ら「不快」→苦渋の決断(2014年11月27日withnews)

 1970年の発売以来、累計12億冊を販売した「ジャポニカ学習帳」。表紙にカブトムシなどの大きな写真が入っているのが特徴でしたが、2年前から昆虫の写真を使うのをやめていたことが分かりました。きっかけは、教師や親から寄せられた「気持ち悪い」という声だったといいます。

30年以上、一人のカメラマンが撮影

 文具メーカー「ショウワノート」のジャポニカ学習帳は、来年で発売45周年になるロングヒット商品。すべて富山県にある本社工場で作られていて、学年や科目ごとに異なる約50種類が販売されています。商品の形に商標権を認める「立体商標」として認められるなど、抜群の知名度を誇ります。
 そんなジャポニカ学習帳の特徴の一つが、表紙を飾る写真です。1978年以降、カメラマンの山口進さんが撮影したものが使われています。
 「アマゾン編」「赤道編」といった、様々なテーマがあり、山口さんは世界各地に滞在して数カ月かけて撮影してきました。

2012年に姿消す

 ところが、2012年から表紙の写真に昆虫は使われていません。こんな意見が寄せられたのがきっかけでした。
  「娘が昆虫写真が嫌でノートを持てないと言っている」
  「授業で使うとき、表紙だと閉じることもできないので困る」 
 保護者だけではなく、教師からも同じような声が上がったそう。ショウワノートの開発部の担当者は「虫に接する機会が減ったということでしょうか」と推測します。
 こうした声は10年ほど前から寄せられたといいます。それほど多くはなかったそうですが、ショウワノートは昆虫写真を使わないことに決めました。
 「学校の授業や、家に帰ってからの宿題。お子さんがノートを使う機会は多いです。もしかしたら友達と一緒にいる時間より長いかもしれません。学校の先生もノートを集めたり、添削したりと、目に触れる機会は多いと思います。そんな商品だからこそ、一人でも嫌だと感じる人がいるのであればやめよう、ということになりました」
 多いときはジャポニカ学習帳の半分近くを占めていたという昆虫の写真。ショウワノートにとっては苦渋の選択でしたが、改版するたびに徐々に減らし、2年前に姿を消しました。
 世相を反映した対応とはいえ、表紙の珍しいカブトムシやチョウが大好きだった人からすれば、寂しく感じられるかもしれません。
(略)

記事にも引用されているようにSNS上では様々な意見が飛び交っていて、虫が嫌なら別なノート使えばいいじゃないかとも思うのですが、まあこういう事になってしまうと言うのも今の時代の流れなんでしょうかね。
今日は消えゆく歴史と伝統に哀悼の意を表する意味も込めて、世界中からそれはちょっと残念だな…と感じさせるもの悲しいニュースを紹介してみることにしましょう。

とある焼き鳥屋のポスターが切なすぎて、心をえぐられる…(2014年11月20日トゥキャッチ)

 街角ではたまに奇抜なポスターを見かけるが、これは間違いなくトップレベルの衝撃作品ではないだろうか。

 ポスターの中では、地鶏がネギを背負って、田舎道から料亭に到着するまでの冒険が描かれている。

 調べたところ、こちらは兵庫県・阪急伊丹線の伊丹駅にある「比内地鶏専門とりしげ」という焼き鳥屋の広告であった。「ユニークなポスターで商店街に活気を取り戻す」という町おこしの取り組みの一環であるらしい。

 口コミの評価も高く、ポスターどおりの新鮮な食材が食べられそうな同店。もし近くに行くことがあれば、ぜひこちらで食事をして地域活性化への手助けをしてみては?

その衝撃のポスターはこちらの方から参照いただきたいと思うのですが何かこう、妙に淡々として悟りきったような態度が切なげですよね…
昨今では何でもSNSで拡散してしまう時代ですが、こちら異文化圏にまで拡散した結果思いがけぬ誤解を招いてしまったと言う哀しいニュースです。

【悲報】日本男子が子猫を助けたという美談が海外で真逆の解釈「動物虐待」と批判!(2014年11月26日秒刊サンデー)

今年の6月に消防士を目指す少年が子猫を救出したというニュースが国内で話題となりましたが、このニュースが今なぜか海外サイトで話題となっております。このネコは車に轢かれそうになったところ、すばやく近くの水路に飛び込んだのはよいが動けなくなったのだという。そこでこの男性が助けたという心温まる話題だ。 しかし海外では真逆の解釈だった。
事の発端は、道路わきに居た小猫が車にひかれそうになりあわてて水路に飛び込んだのはいいが出られなくなっていたところ、こちらの青年が救助したという心温まるストーリーだ。今年の6月に日本で話題となったニュースで、この青年は消防士になることを決意しており、例え小さな子猫でも任務と感じて救助したのだという。この投稿は大きな反響を呼び28,000ほどのリツイートを獲得している。

―その後青年はツイッターを辞めたいとぼやく

その後、この青年はなぜかツイッターを辞めたいとぼやき投稿がなくなっている。一体青年に何が起きたのかは定かではないが、ネコが救助されたことは喜ばしいことだ。

―真逆の解釈に

しかしこの画像、海外では「なんて酷いんだ」と批判も。どうやら右が起承転結で言う「起」で左が「結」と見間違えたようだ。これも文化の違いなのだろうか。

―海外の反応

    ・ つまり傘を利用して猫をドブにおとしたのか?
    ・ 猫を殺して傘を持ちかえったのかな
    ・ 確かに2つの画像だけを見ると彼が水路に猫を落としたように見える
    ・ 動物虐待だ
    ・ 彼は瀕死の猫を安楽死させてあげたかったんだよ
    ・ すばらしいことですね
    ・ これは救助しているところなのかな?
    ・ 私だったらこんな傘つかったら破れるわ
    ・ 男は勇敢だな
    ・ ヒーローだな
    ・ いい人だ
    ・ この堀にはワニが居るのか?
    ・ 彼はアジア人だから無料で食料を調達しているんだよ。

まあしかし、国によっては漫画もわざわざ左右反転コピーして左開きにするくらいですからこういう解釈になるものなのかも知れませんが、暗黙の前提に頼ると思わぬ誤解を生むと言う教訓的な事例ですよね。
年末も近くなってきますとそろそろあのイベントを楽しみにしている人も多いと思いますが、全世界の子供達の夢を破壊するような哀しいニュースが出ています。

【悲報】サンタさんが郵便局強盗をする(2014年11月18日ロケットニュース24)

クリスマスまであと1カ月と少し。待ち遠しくて、すでに気分がウキウキしている人もいるだろうけれど、ちょっと悲しいニュースが飛び込んできたぞ! なんとクリスマスの主役と言ってもいいサンタさんが、強盗をしてしまったらしい! キャー!! 
「それはウソだ! サンタさんがそんなことをするワケない!」と思う人もいるだろう。その気持ち、非常によく分かる! でも……監視カメラにはその時の映像が残されていたみたい。現在はYouTube にもアップされているんだけど……これは、信じたくないけどサンタさんだ! 何があったのサンタさん! 教えてよ!!

・オーストラリアで起きた事件

事件があったのは、オーストラリアのメルボルン郊外にある郵便局。2014年11月15日、サンタさんの格好をした男が入ってきて、店員さんにお金を要求したらしい。「この袋のお金を入れろ!」……っておい! その袋って、子供たちのプレゼントを運ぶための袋じゃないか!!
そしてその後、カウンターに飛び乗り、レジからお金をわしずかみにするサンタさん……ちなみに、サンタさんはクリーム色のジープで逃走したそうだ。さすがにトナカイさんではなかったみたい。

・映像はある意味閲覧注意

その映像はショッキングのひと言。まさか、サンタさんが……しかも子供たちへプレゼントを運ぶ袋に現金を詰めるなんて……。とにかく、子供にはこの動画を見せてはいけない! ある意味、閲覧注意!!

記事にもある通り動画を参照いただきたいと思いますが、確かに方法論として有効であることは認めるにしても何かこう、釈然としないものが残る話ですよね。
世界的に名の知れたアイドルと言えば幾つか思い浮かぶところですが、こちら思いがけないところで思いがけない騒動に巻き込まれたアイドルのニュースです。

【海外:ポーランド】プーさんが遊園地出入り禁止の危機!(2014年11月25日日刊テラフォー)

最近めっきり見かけなくなった波田陽区がかつてギター侍の芸の中で、プーさんのことを「森の露出狂」と言っていたが、ポーランドの政治家はそれを冗談ではなく、本気で捉えたようだ。

クマのプーさんが、ポーランド・トゥシンの遊園地で禁止されるかもしれない。
政治家が、世界的人気キャラクターのプーさんを「半裸の雌雄同体」と烙印を押し、子供達に相応しくないと批判した。

ポーランド・トゥシンに出来る新しい遊園地の名前は当初、クマのプーさんと同じ名前になる予定だった。
だが議会で、「プーさんは下半身裸な上に、性別が不明瞭」というディベートが持ち上がったことを受けて、政治家たちは、遊園地の名前を『ウィニー・ザー・プー』とすることに待ったを掛けた。
議会の中で、一人の政治家は、プーさんの性別のあいまいさは、作者のミルンによって作られた物だと聞いたことがあると述べた。
「作者が60歳になった時、彼はプーさんの睾丸をカミソリで切断したんです。」

クマのプーさん反対派は、プーさんが上だけでなく、下もきちんと服を着るよう提案している。
しかしながら、一般市民たちは、政治家たちがこんな些細などうでもよい事に時間を掛けていることに対して、良い印象は持っていない。
「プーさんの運命は、まだ決まっていない」と、当局は発表している。

まあ何とも思いがけない展開ですが、しかし市民からすれば様々な意味でうんざりする議論ではあるように思います。
自由の国アメリカと言えば一部日本人からは「何でもあり」であるかのように認識されていますけれども、幾ら何でも自由すぎるだろうと言うニュースが出ていました。

大学で飼育されている羊をレイプ。男子学生、逮捕に呆れた言い訳。/米(2014年11月17日Techinsight)

カリフォルニア州のある大学で、男子学生がヒツジに性的虐待を働いたとして逮捕された。その呆れるような言い訳も関係者らの怒りを買っている。

米カリフォルニア州立大学フレズノ校で11日朝、コンピューター工学を専攻する23歳の男子学生が、キャンパスで飼育されているヒツジに性的暴行を働いたとして逮捕され、獣姦および動物虐待容疑で起訴されたことを地元メディアの『KMPH Fox 26 News』が伝えている。大学生の氏名は明らかにされていない。

異常事態に気づいたこの大学の学生が警察に通報した次第だが、警察官が到着した際、その学生はズボンを下してコトに及んでいる最中であったとのこと。取り調べに対して「重くのしかかる試験のプレッシャーから解き放たれたくて前の晩に深酒し、ウシを殴ればスカッとするかと思ったのです。でもウシなどいなくて、ヒツジでも“まぁいいか”ってことになりました」などと話しているという。

その後も話は二転三転し、「まさかこれくらいで刑罰の対象ってことはないですよね」と語るなど、動物虐待や獣姦についての認識が非常に甘いこともわかり、すでに拘置所に入っているものの関係者らを激怒させている。被害にあったヒツジの健康状態については獣医の監視が続いているという。

しかしちゃんとこういう罪名もあるんだなと興味深く拝見したのですが、彼の本質的な不幸はブリに生まれなかったことではないかと言う気がします。
最後に取り上げますのはそのブリからの話題ですけれども、まずはこちらの記事を紹介してみましょう。

部屋が汚すぎて盗難に遭ったことに1週間気付かず(2014年11月17日日刊テラフォー)

散らかっている部屋が若者らしいと言えばそれまでだが、散らかり過ぎているのも禁物だ。
ある女性大生は、部屋があまりにも散らかり過ぎていて、盗難に遭ったことに1週間近く気付かなかった。

中国人大学生のイー・ウェイさん(24)は、私物のグッチの財布を数日間ずっと探していた。
もう一人の中国人学生と2人のイギリス人とでシェアしているアパートはとにかく散らかっていて、物一つ探すのも一苦労だ。
友人も協力して家の中を探したが、最終的に、イーさんは財布を見つけ出すことができなかった。
グッチの財布は54000円相当で、中には学生証とクレジットカード、現金約9万円が入っていた。

それから5日後、イーさんは今度は、母から借りていたハンドバッグがないことに気が付いた。この時も家中を探したが、やっぱり見つからなかった。
ここでようやく、イーさんは他にもなくなっているものがあることに気が付いた。
そういえば数日前、ドアの施錠部分に丸めた紙が入れてあったことも思い出した。
イーさんから盗難の被害届を受理した裁判所は、イーさんの家は明らかに泥棒に入られていると断定した。
そして、イーさんの同居人ロバート・ロジャーズ被告とその友人が窃盗容疑で逮捕された。
イーさんは、同居人が自分の物が盗まれていたことに、まったく気付いてなかった。

ロジャーズ被告は容疑を認め、懲役8ヶ月執行猶予12ヶ月の判決を受けた。
しかしながら、イーさんが中国へ一時帰国している今もまだ、ロジャーズ被告はイーさんと同じアパートに住み続けている。

未だ年若い女性が汚部屋に暮らしていると言う光景もどうなんだかと思うのですが、あるいは彼女はピアノの特技でもあったのでしょうかね?
しかし金目のものを見つけ出す苦労もさることながら、この記事の眼目はやはりその後の経緯なんですが、これがブリ的な感覚における大岡裁きと言うものなんでしょうか、

今日のぐり:「羽根屋 大津店」&「大梶そば」&「駅長そば 扇屋

出雲方面に出かけてさて蕎麦屋にでもと言う際に、割合によく利用させてもらうのがこちら羽根屋の大津店さんです。
老舗蕎麦屋として知られている羽根屋の支店の中でも小ぶりな店ですが、アクセスも良く蕎麦の味も安定しているので重宝しますね。
町の中心からも大社界隈からも離れているので大抵はそう込む店ではないのですが、この日は思いがけず大盛況で改めて席の狭さを実感してきました。

いつもの通りざるそばを頼んだのですが、やや硬めにしゃっきり仕上げられた細打ちのうまい蕎麦で、蕎麦屋らしさを感じさせる辛口濃いめの蕎麦つゆもいいですよね。
湯飲みに入れられた蕎麦湯はいつもはすっきりしたものなんですが、これだけ繁盛しているせいかこの日はいつもよりもぐっと濃い目ではありました。
ちなみに同行者の割子も一枚いただいたのですが、これも悪くはないものの出雲蕎麦の場合ざるや盛りがない店も多いですから、そういう意味でも貴重な店ではありますよね。

続いてお邪魔したのが出雲大社前の参道入り口付近、立派な旧大社駅前付近に位置する老舗の大梶そばさんです。
こちら大社駅がより大社に近い方に引っ越してから町外れになってしまった印象も強いのですが、逆に落ち着いた雰囲気で割子蕎麦を楽しむにはおすすめ出来ると思いますね。
ただそうは言ってもこの日はこちらも大盛況の行列待ちと言う状況で、この時期この界隈でまともな蕎麦屋はどこも繁盛していらっしゃるようですね。

こちらの蕎麦は自分的には昔ながらの出雲蕎麦のイメージなんですが、割子と言うスタイルも含めてこういういかにも土地のものらしいスタイルもまたいいと思います。
こちらの蕎麦つゆがまたかなり特徴的な甘さなんですが、この甘口濃厚な蕎麦つゆに不思議ともみじおろしの辛さが合うと言うもので、なるほど薬味の組み合わせの妙を感じさせますね。
以前開店直後にお邪魔した時はさすがに粉っぽい濃さだった蕎麦湯ですが、この日は客入りの続いているせいか程よい具合で良かったと思います。
ちなみにこの界隈でよく食べられている釜揚げ蕎麦なるもの、この日は食べませんでしたがこちらのものはなかなかいい案配で、一度試して見る価値はあると思いますね。

さて、大社界隈から離れ奥出雲と呼ばれる人里離れた奥地(失礼)に進みますと、「ここはかめだけ うさぎはいない」の交通安全標語が秀逸な亀嵩地区があります。
こちら亀嵩駅の駅蕎麦として有名なのが先日もお邪魔したばかりの扇屋さんですが、しかし相変わらず秘境度高いと言うのに駅前でミニ撮影会?をしているなど、すっかり観光地のノリですよね。
ちなみに前回来店したときは気付かなかったのですが、店を出て駅改札とは反対側の駐車場脇に立派なトイレも用意されていますので、これから寒い時期でも安心なのは助かります(近隣には立派な道の駅もありますが)。

こちらの割子そばは見るからにもっさりしていて、当然のように太さも不揃いだし茹で加減にムラもあるんですが、とにかく見た目不相応に(失礼)食べて妙にうまい蕎麦だと思いますね。
この蕎麦に濃い目辛口のそばつゆとのマッチングもいい具合ですし、蕎麦湯も濃いめながらなかなかいい後口で、以前も感じたのですが蕎麦粉そのものにかなり気を遣ってらっしゃるのでしょうか。
この界隈で蕎麦と言えば元々地域の普通のおかみさん達が打って振る舞っていたはずですから、蕎麦屋風にしゃきしゃきの細打ちな蕎麦よりこういうスタイルの方が本来的なはずですよね。
こういうローカル線ですからいくら駅そのものとは言ってもなかなか来られそうにありませんが、とにかく足を伸ばしてみればこの風情も込みで同行者には大受けすること間違いありません。

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2014年11月29日 (土)

実は日本人の評価は当てにならない(かも知れない)

本日の本題に入る前に、先日見かけて「さもありなん」と思ったこちらのニュースを紹介してみましょう。

日本人の「幸福度」は先進国で最下位 「幸せはお金で買えない」国民性なのか(2014年11月9日キャリコネ)

米シンクタンクのピュー・リサーチセンターが2014年に世界各国の「幸福度」を調べたところ、国民1人あたりのGDPが向上した新興国における幸福度の伸びが顕著ということが分かったそうです。
英タブロイド紙のデイリーメールは、この調査結果を「幸せはお金で買えることが証明された(More money DOES make you happier)」という刺激的な調子で報じています。

上位にはイスラエル、米国、ドイツ、英国

1108happyこの調査は世界43か国の国民に対し、アンケート形式で実施。「生活の満足度」をはしごに例え、考えうる中で「最も良い生活ができている場合」は10段目、「最悪な場合」は1段目を選ばせ、7段目以上と回答した人の割合で「幸福度」を算出しています。
2014年の「幸福度」では、イスラエルが75点、米国が65点、ドイツが60点、英国が58点といった国が上位を占めています。
一方、前回調査の2007年から最も「幸福度」が伸びたのは、インドネシアで35ポイント(23点→58点)。次いで中国(26ポイント)、パキスタン(22ポイント)、マレーシアとロシア(ともに20ポイント)と続きます。経済成長が著しくGDP(国内総生産)が上昇した国が目立ちます
経済や社会が比較的成熟してGDPも高い先進国は、「幸福度」では上位を占めていますが、欧米諸国の不景気の煽りをあまり受けなかったドイツを除き、「幸福度の伸び率」の動きはほとんどありませんでした。
GDPの高さと幸福度がほぼ比例していることから、デイリーメールは「幸せはお金で買えることが証明された」と報じていますが、その一方で、
「お金がなくても幸せな家族はいるし、お金持ちでも夫婦喧嘩が絶えず子どもがドラッグに走る家だってある」
というベトナム人のコメントを掲載するなど、お金が幸せの全てではない、という見方も一応フォローしています。

インドネシアを大きく下回る「日本の幸福度」

タブロイド紙のデイリーメールらしい拝金主義を煽る品のない記事ですが、寄せられたコメントには「健康」や「愛」といったお金以外の幸せの要素について触れているものが多く見られました。
「お金はモノを買うためだけのものじゃない。ストレスを減らしたり健康的な生活を保障するものでもある
「お金があったって早死にする億万長者だっている。お金で健康が買えないこともあるよね」
「そんなに健康じゃなくても、真実の愛があれば人生は豊かになるでしょ」
しかし中には、こんな皮肉を言う人もいます。
『お金で幸せは買えない』なんて言うのは、すでにお金を持っている人だけだ」

また記事によると、2014年の日本の「幸福度」は43点で、韓国の47点やイタリアの48点、フランスの51点を抑えて先進国最下位となっています(EU加盟国ではギリシャの37点がありますが)。これはインドネシアの58点をも下回っています。
日本は2002年が驚異の39点ですから、そこから見たらだいぶ回復したのかもしれません。とはいえ日本のGDPは、米国と中国に次いで世界第3位のはず。「幸福度はGDPに比例する」という推論を真っ向から否定する結果となっています。
(略)

「『お金で幸せは買えない』なんて言うのは、すでにお金を持っている人だけ」とは言い得て妙と言う感じなんですが、ただ本当に貧困で外の世界を全く知らなければお金がある人々の生活も全く知らないままなのですから、単純にGDPだけで比較出来るのはある程度発展し西欧型の経済的活動に染まった国々限定ではないかとも思うのですが、それにしてもやはり注目されるのは日本人の自己評価の低さです。
NPBとMLBを比較して「日本人指導者はまず悪いところを叱るがアメリカ人はいいところを褒める(ただし褒めてばかりでも容赦なくマイナーに落とされる)」だとか、ヨーロッパのホテル業界で「日本人顧客は世界で一番行儀がいいが、ある意味一番扱いが難しい(サービスの評価基準が厳しく気に入らなければ二度と利用しない)」だとか言った話が聞こえてくるように、これも何かしら文化的背景を反映した話ではあると思いますね。
興味深いのはこれだけ世界でも群を抜いて幸福に縁遠い日々を送っているはずの日本人なのですが、文科省の調査によれば「生まれ変わってもまた日本に生まれたいか」と言う質問にYESと答える日本人が年々増加し2013年にはついに8割を超え、なおかつ若者達の間でとりわけその増加が顕著であると言うことですから、昔からよく言う「日本人は信用出来るが、日本人の言うことは信用出来ない」話の一つであるとも言えそうです。
自分にも他人にも評価基準が厳しく、とりあえずネガティブな面から取り上げたがるのが日本人の性質なのだとすると、昨今話題の口コミサイトなどで悪評を書かれた経営者が掲載取りやめを求めて訴訟にまで訴える、などと言う話もまあそこまで気にしなくてもいいのでは?とも思うのですが、このように何かと評価の厳しい日本人が早速ひっかかりそうなちょっと興味深い現象が起こっていると言う記事を紹介してみましょう。

クチコミでネガティブ評価を受けた店側が客のクレカから罰金を勝手に徴収(2014年11月20日GigaZiNE)

レストランやホテルを選ぶにあたって、実際に食事や宿泊した人の意見が投稿されるクチコミサイトは便利なものですが、とあるホテルに宿泊した63歳の夫妻が「最悪のホテルだった」とホテルのクチコミサイトTripAdvisorに書き込んだところ、ホテルから宿泊料金とは別に100ポンド(約1万8000円)が、「悪評を書き込んだ罰金」として勝手にクレジットカードから引き落とされていたと報じられています。

BBC News - Trip Advisor couple 'fined' £100 by hotel for bad review

Hotel fines guests who left scathing review - CNN.com

イギリス・ブラックプールにあるホテル「Broadway Hotel」に宿泊したジェンキンソン夫妻は、ホテルの質・サービスともにひどい宿泊体験と感じたことから、TripAdvisorに「不潔で腐敗臭を放つ掘っ立て小屋」というタイトルのネガティブなクチコミを書き込みました。
数日後、夫のトニーさんがカードの使用履歴を確認したところ、ホテルから宿泊料金以外に100ポンド(約1万8000円)が引き落とされていることに気付きました。トニーさんがホテルに確認した結果、ホテルのポリシーに「悪いクチコミを残した宿泊客は100ポンドの罰金となる」と明記していると説明を受けたとのこと。トニーさんは「部屋の状態から考えて、1泊36ポンド(約6600円)は考えられません」と話しており、「広い駐車場付き」ということでBroadway Hotelを選んだトニーさんですが、満車だったため別のホテルに駐車せざるを得なかったとのこと。
さらに、お湯のタップとタンスの取っ手が壊れていましたが、一晩だけの宿泊にもかかわらず「修理は翌朝」という対応だったことや、壁紙が剥がれていた点、カーペットが汚くシミが付いていたこと、固くて汚いベッドだったことなど、ネガティブなレビューを書き込んだ理由をCNNに対して説明しています。トニーさんはこの件を地元の取引基準協会(イギリスの消費者センター)や、ブラックプール市議会に通報済み。取引基準協会の交渉によってBroadway Hotelは「悪いクチコミに対する罰金」というポリシーの削除に応じています。

BBCによると、トニーさんは「言論の自由はどこに行ったのか?ホテルが自由な発言を妨げることはあってはならない」と話しており、罰金の返金を要求しているとのこと。CNNはホテル側にコメントを求めていますが、マネージャーからの回答は得られていないといのことです。なお、TripAdvisorのBroadway Hotelのクチコミを見てみると、255件のクチコミ中「とても悪い」が146件
前客の靴下が放置されていたり、天井が一部落下した写真まで確認できることから、トニーさんだけが「ひどいホテル」と感じたわけではなさそうです。

まあブリであればこの程度は想定内…とついつい思ってしまうのですが、実はこのホテルだけが特殊な対応をしていると言うわけではないようで、今夏にはアメリカのホテルが悪評書き込み1件につき500ドルの罰金と言う方針を打ち出したことが報じられていた(その後同ホテルは「あれは冗談だった」と記述を削除したそうですが)ように、割合にあちこちで似たような話が出てきているようです。
いずれも元記事に紹介された書き込みを参照いただければ判るようにサービス面で万全、と言うわけには必ずしもいっていなかったらしい様子なのが興味深いのですが、同じく今夏にフランス人の人気ブロガーが某レストランの否定的な記事を書いたところ訴えられ、約21万円の損害賠償を命じられたという報道が出ていたように、ネット上の書き込みに対する当事者からの「反撃」が目立ってきているようには感じますね。
この背後にある事情としてやはり人間「利用しました。よかったです」で終わる記事よりも色々と実例を挙げてあれが駄目、これは不合格とあげつらった記事の方が単純に面白い、そして面白ければ閲覧が増え世間に話が広まると言う理屈で、特に今の時代閲覧が多い記事ほど検索サイトで上位に表示されるシステムですから当事者からすればたまったものではない、営業妨害だと言いたくなる気持ちもまあ、理解は出来るでしょうか。
なお前述の記事でホテル側が勝手にクレジットカードから余計な罰金を引き落としていると言う点をざっと調べて見たのですが、この場合ホテルのポリシーに明記されている行為だとすれば直ちに明らかな違法行為とまでは言えないにしろ、それに対して同意していないと言うことであれば返還請求を起こすことは出来ると言うことで、利用者側としては宿を取るにも細々とした契約書類の確認が必要となれば困った話ですよね。

一般論として名誉毀損と言う行為は別にその内容が事実であるかどうかに関係なく問われる可能性があると言うことで、裁判においては表現の自由などと勘案されながら判断されるそうですが、当然ながら社会性、公共性と言うものも非常に重視される理屈で、そうでなければ事件報道なども片っ端から名誉毀損で訴えられてしまうと言うことになりかねませんよね(昨今では事件報道の匿名化も議論されるところなんですが)。
とは言えしばしば著名人がマスコミ報道に対して名誉毀損の訴えを起こしているように、この辺りは非常に判断の微妙な問題であるのですが、公共の場において大勢の人間が評価を下す書き込みサイトと言う存在もその点では非常に判断が難しく、しばしば言われるように商売敵からのネガキャン書き込みなど様々な誤情報、意図的な捏造が混入する余地が大きいシステムではあると言えます。
当然ながらサイト側でも対策は講じていて、例えば何でも無差別に掲載するのではなく一定の信用があると判断された常連さんの書き込みを優先すると言ったことが行われているそうですが、批判の余地がなく毒にも薬にもならない書き込みが面白いかと言われれば微妙なところですし、そもそも毎回同じような人間の決まりきった書き込みを見るだけならガイドブックの類を読むのと同じではないかと言う意見もあるでしょう。
ステハンの書き捨ては信用できないから読み飛ばすべきだとか、書き込む人間だけでなく閲覧する側も含めて会員制のクローズドな環境にすべきだとか様々な意見もある一方で、誰も知らないような穴場にたまたま出かけて行った希少な利用者の生の声が聞けるのがこの種サイトの醍醐味の一つでもあるわけで、当面は口コミ自体の内容に対する検証を進めるくらいが一番無難な対策なのでしょうか。

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2014年11月28日 (金)

意識調査では国民の圧倒的大多数が容認しているそうです

先日「まあそうなんだろうな」とも感じさせるこんな調査結果が出ていたのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

「日本でも尊厳死を認めるべき」が圧倒的多数派に(2014年11月16日アメーバニュース)

 末期の脳腫瘍と診断された米国の29歳女性・ブリタニー・メイナードさんが、尊厳死が合法化されているオレゴン州に移住。一旦は延期を宣言したものの、当初の予定通り11月1日に薬を飲んで亡くなった。
 これを受け、ヤフーの「意識調査」では、「日本でも尊厳死を認めるべき?」という質問がされ、多くの回答が寄せられている。

 24日まで行われているこの投票、16日16時35分段階で「認めるべき」が82.8%が圧倒的多数となっている。「認めるべきではない」は9.5%、「わからない/どちらとも言えない」は7.7%だ。
 これに対しては「治る見込みがないのに延命。家族の精神的・肉体的・金銭的負担は計り知れない。本人だって口にできないけどきっと苦しい。せめて選ぶ自由くらいは与えてほしいと思う」を含め、「個人の意見を尊重すべき」との声が多いが、「命は偶然的必然性により発生したもの。故意に消滅すべきではない」といった意見も。

 ただし、今回の件については「尊厳死」ではなく、「安楽死」の方が言葉としては相応しいと考察する人もいる。そして、日本尊厳死協会はメイナードさんの件について、以下の声明を発表している。
<日本尊厳死協会は、尊厳死を「不治かつ末期の病態になったとき、自分の意思で延命措置を中止し、人間としての尊厳を保ちながら迎える死」と定義している。尊厳死は自然死と同義語で、協会の立場からメイナードさんのケースは明らかに尊厳死ではない
 米国では「医師による自殺ほう助」を尊厳死とする考えは広まっており、同じく自殺ほう助を合法化したワシントン州も「ワシントン州尊厳死法」である。
 協会が取り組む「過剰な延命治療を控えて自然死を求める」尊厳死運動は、米国の尊厳死理念と異なることを理解したうえで、わが国の終末期医療の議論が進むことを願っている>

言葉の定義として日本では一般的に尊厳死とは延命的処置を中断し死に至らしめること、安楽死とは積極的に薬物等を用いて死に至らしめることとされていて、ここでの調査結果がきちんとこうした言葉の定義などを踏まえてのものであったのかと言えばコメントからはいささか混乱や誤解があるようにも思われるのですが、とりあえずここでは誤解の余地がないよう前者を消極的安楽死、後者を積極的安楽死と呼びたいと思います。
このメイナードさんの衝撃的とも言える積極的安楽死に関しては先日当「ぐり研」でも取り上げたところなんですが、繰り返しになりますが本人は自殺志願者でも何でもなく治療が可能なのであれば生きたいと願っていた、ただ何らの治療も奏功せず近い将来の死が確実な状況となり、なおかつそこに至るまでの苦痛を他に除く手段がないがためにやむなく積極的安楽死と言う手段を選んだと言うことです。
この件ではバチカンが「神と創造に対する罪」等々の非難声明を出したことも大いに議論を呼んだのですが、自殺を禁じる宗教的価値観に基づけば当然ながら推奨されることではないとは言え、この種の非常に微妙な問題に関しては敢えて沈黙を守ると言う選択肢もあったようにも思えるところですけれども、まあこういう価値観、生命観に関わる問題はそれだけ極めて敏感なものであると言うことなんでしょうね。
ただ言葉の問題に帰って言えば、この方面での議論が遅れがちな日本においてもすでに末期患者の消極的安楽死(日本で言う尊厳死)に関しては認められていて本来議論ではなく実施の段階に入っているはずであり、これが仮に米国式定義での尊厳死である積極的安楽死の是非に関しての意識調査として行われたのだとすれば誤解の余地も大いにあるし、その結果の信用性も落としてしまっているのが残念ではありますよね。

一般にこの種の問題に関しては調査をしてみれば個人の選択の自由は認めるべきだと言う意見が多いし、自分自身がいざそういう状況に置かれたとすれば権利を行使したいと言う声も少なからずなんですが、一方で「自分の一番大切な人が尊厳死を希望したとしてその実施を認めますか?」と問えば反対意見が一気に増えると言う傾向があって、元々調査結果にバイアスがかかりやすいと言う一面がある点も注意すべきでしょう。
中にはバイアスがかかるのではなく敢えてバイアスをかけて「国民はこのように考えている」式のソースにしたいと言う向きも一定数いるのでしょうが、もともと日本においてはいわゆる生命維持装置を用いて延命をしていても家族が破産するほど大金がかかることはなく、諸外国のように「先生頼むからもう治療はやめてくれ。俺達が首を吊らなければならなくなる」と懇願するような状況にはなかったわけです。
言ってみれば全くの自由意志で物事を決められると言う幸せな状況であったとも言えますが、人間あまりに制約がなさ過ぎると考えがまとまらない傾向にあるものだし、各人の意見が拡散しすぎた状況下で少数意見に配慮しすぎて制度として何も話が進まない、その結果大多数の国民が権利行使の上で不自由を感じているのだとすれば、これはかえって不幸なことであるということも出来るかも知れません。

死生観の問題と言うものは個人個人の考え方も大きく異なるし、また隣の人がこう考えているからと言っておいそれと自分もそれでいいやと言う割り切りも出来ないものでしょうが、一方で社会全体で様々な選択枝が拡がってくれば身近な見聞から多様性への慣れも出てくる、そして自分の考え方の幅も拡がってくるもので、最初は厳しい条件付けの元であってもまずは死に方を選ぶ権利を認めるべきだと言う考えも当然あるでしょう。
逆に反対派の方々に取ってみれば世間の考え方がそうやって変わっていった結果、その流れに乗りたくない者までもが流されて不本意な選択を強いられる局面を不安視しているわけですが、先行して積極的安楽死の権利を認めた諸外国においても実施前には色々と問題があるんじゃないかと懸念していたものの、やってきたらほとんどがこれは妥当と言えるケースばかりだったと言う声もあるのは少しばかりほっとしますよね。
ただ日本に特徴的と予想される問題として、前述のように経済的要因による治療打ち切りの圧力が低いことの裏返しとして、サポートに当たる家族の心身の負担がより長期に及ぶと言う問題があって、これも望まれない尊厳死や安楽死の誘因になるんじゃないかと懸念されている所以なんですが、患者が権利を尊重されるべきなら家族の権利もまた十分尊重されるべきではありますよね。
その点で本人の権利尊重ばかりが絶対視されて家族視点が欠落しているように見えるのが尊厳死・安楽死に関わる議論の問題点なのだろうし、自分がと言う場合と家族がと言う場合で調査結果に大きく差が出ると言うことの一因でもあるのだとすれば、そのギャップを埋めていくこともまた重要なことなのかなと言う気はしますでしょうか。

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2014年11月27日 (木)

受精卵の染色体スクリーニング始まる?

不妊医療と言うものが年々進歩してきている中で、自然妊娠が難しい方々も子供が持てるようになったと言う光明と共にその問題点も注目されるようになってきましたが、先日こういうニュースが出ていたことを御覧になったでしょうか。

受精卵検査の範囲拡大へ 学会倫理委、臨床研究案を了承(2014年11月26日朝日新聞)

 体外受精させた受精卵の染色体を幅広く調べ、異常のないものを子宮に戻す「着床前スクリーニング」について、日本産科婦人科学会(日産婦)の倫理委員会は25日、臨床研究として実施する計画案を了承した。学会の理事会が実施の可否を判断し、認められれば来年度にもスタートする。

 日産婦の指針では、受精卵検査は、重い遺伝病があったり染色体の異常で流産を繰り返したりしている夫婦に限って、原因となる特定の染色体を調べることを認めている。着床前スクリーニングは、流産を防ぐ目的ですべての染色体を調べるため、ダウン症など様々な病気がわかる。「命の選別」につながるとの批判もあり、これまで認めていない。

 しかし、すでに実施している欧米では妊娠率が上がったとの研究結果もある。日本でも効果の有無を確かめるべきだとの意見を受け、日産婦は、産婦人科医や生命倫理の専門家らで小委員会を2月につくり、臨床研究の計画案をまとめた。


新たな受精卵診断の臨床研究案まとまる(2014年11月26日NHKニュース)

体外受精をしても妊娠できなかったり流産を繰り返したりする女性を対象に、受精卵の染色体を特殊な検査法で調べ、異常がないものだけを子宮に戻す、新たな受精卵診断の臨床研究案を、日本産科婦人科学会の倫理委員会がまとめました。
出産の確率を高められるか調べるのが目的ですが、ダウン症などの病気があるかどうかについても同時に分かることから議論を呼びそうです。

新たな受精卵診断の臨床研究案は、日本産科婦人科学会の倫理委員会が25日承認したもので、対象となるのは、体外受精をしても3回以上着床しなかった女性と、流産を2回以上経験した女性です。
体外受精の際、受精卵の染色体に異常がないかどうか「アレイCGH」と呼ばれる方法で調べ、異常がない受精卵を子宮に戻すことで流産のリスクを減らし、出産の確率を高められるかを調べます
ただ、この検査法では、23対あるヒトの染色体の異常が一度にすべて分かるため、流産を引き起こす染色体の異常だけでなく、ダウン症など出産の可能性がある染色体の病気や、男女の性別についても一緒に結果が出ます
倫理委員会では、これらの検査結果について、どこまで本人に伝えるかは、今後さらに議論するとしていますが、専門家は、より完璧な赤ちゃんを選ぶという傾向を助長するなど倫理的な問題も生じるのではないかと指摘しています。
また、学会の指針でも、受精卵の診断は、重い遺伝病の子どもが生まれる可能性がある場合などに限るとしていて、不妊治療を受ける女性一般を対象に、流産の予防を目的とした検査は認めていません
日本産科婦人科学会の苛原稔倫理委員会委員長は「学会の指針を変えるわけではない。あくまでも出産を望む妊婦にとって効果のある方法か、医学的な検証のために行うものだ」と話しています。
学会では今後、シンポジウムを開いて広く意見を聞くなどしたあと、理事会で協議し、承認されれば、来年にもこの臨床研究を実施することにしています。

染色体の異常が一度の検査で

今回の臨床研究で使われるのは「アレイCGH」と呼ばれる検査法です。
ヒトの染色体は23対、合わせて46本ありますが、この検査法を使えば、さまざまな染色体の異常を一度の検査ですべて調べることができます。
その結果、流産を引き起こす染色体の異常のほかにも、ダウン症など出産の可能性のある染色体の病気や、男女の性別についても、一度に結果が出ることになります。
この検査法に詳しい東京女子医科大学の山本俊至准教授は「これまで受精卵の検査は、特定の染色体を調べることしか許されなかったし、すべての染色体を調べることは技術的にも困難だった。だが、この方法では、すべての染色体の異常を分かるようになり、ほぼ100%、流産するような受精卵を選び出すことが可能になった。一方で、ダウン症についても、受精卵の段階で分かるといった倫理的な問題も、この技術は含んでいる」と話しています。

「一般の国民にも理解と議論を」

日本ダウン症協会の玉井邦夫代表理事は「受精卵の段階で障害が分かることで、生まれてからの子どもの姿を想像することもなく、出生前診断よりも安易に、その受精卵を選ばない判断をしてしまうのではないかと懸念している。学会の中だけではなく、もっと一般の国民に、この技術や倫理的な問題を理解してもらい、議論する必要があると思う」と話しています。

「完璧な赤ちゃん選ぶ傾向助長」

生命倫理の問題に詳しい東京財団のぬで※島次郎研究員は「受精卵を調べる検査について、学会はこれまで抑制しながら行ってきたにも関わらず、なぜ今回大幅に対象を広げるのか、もっと国民に説明すべきだ。染色体の数に異常があっても、ダウン症など無事に生まれてくる赤ちゃんもいる。流産を減らせるのか医学的に調べるのが目的でならば、調べる染色体を絞る必要があるのではないか。より完璧な赤ちゃんを選ぶという傾向を助長するなど、倫理的な問題も生じると思う」と話しています。
※「きへん」に「勝」

目的としてあくまでも流産のリスクを下げるための臨床研究と言うことですから、まずは幅広く遺伝子異常全般をチェックしていくのは妥当なのだろうし、その結果どの遺伝子異常が流産リスクを高めているのかが判明すれば将来的にはそれをチェックから外していくのが筋と言うことになるのでしょうが、現実的に明らかに先天異常の原因になると判っているものをチェックから外すことが出来るかどうかはまた別問題ですよね。
この辺りは保険診療であれば純然たる医学的判断から可能な範囲はここまでと決めやすいのでしょうが、通常の医療よりも利用者側の意志が尊重されるのは当然の流れだろうと思いますし、高いお金を支払いリスクも負った上で不妊治療を受ける側とすれば異常を事前にチェックする手段もあるにも関わらずそれを行わないで胎内に戻されると言うのも承伏しがたい話だとは思います。
この辺りは染色体異常と言うものをどう捉えるかですが、様々な遺伝的素因によって特定の疾患リスクが上昇することは広く知られている一方でそれらは染色体異常とは全く別の問題ですから、染色体異常のチェックによって「将来偏差値の高い学校に行ける頭のいい子を選びたい」だとか「スポーツで大金を稼げるような選手になる子が欲しい」と言ったことまで望むのは無理な話でしょう。
ただもちろん染色体異常が多くの場合、素人目にもはっきり判るほどの大きな先天的異常に結びつくことも事実で、特にこうした不妊医療を受ける方々は相対的に高年齢層に偏っていると思われる以上やはり将来の子供の養育をどうするのか?と言った懸念もずっと深刻になるだろうし、先日も知的障害者を抱えた母親が子供を自ら手にかけると言う悲惨な事件があったことなども考えてしまいますよね。

社会全体の利益の最大化と言う観点から言えば、養育コストが圧倒的に大きいのに対して生産性など社会への還元が見込めない障害児は基本的には利益より損失が大きい、だからなるべくなら少なければ少ないほうがいいと言う考え方は優生学的だとして一般には否定されるものですが、では障害児は全てあるがままのものとして受け入れられているかと言えば実際には必ずしもそうなってはいないと言う現実があります。
有名な先天的異常の一つであるフェニルケトン尿症の患児などは放置しておけば心身の発達障害を来しますが、新生児スクリーニングが導入され早期治療が行われるようになってから何ら問題なく成長出来るようになっていますし、高齢出産の増加で注目を集めているダウン症なども将来的に発症前治療が可能になるのでは?と思わせるニュースが最近あちこちから出てきていて、一部治療薬はすでに治験に入っていると言います。
そう考えると異常があるのが問題なのではなく治療手段がないことが問題なのであって、将来それなりの対処法が出てきて社会生活上さしたる不具合もなくなり誰も深刻に悩む必要がなくなってしまえば、こうした出生前の遺伝子検査はむしろ早期発見早期治療のきっかけとして忌避どころか重要視されるようになるのかも知れませんね。

そもそも生まれ来るものの選別を絶対悪とするのであれば、経済的要因など様々な事情から健常児でなければ養育は無理だと言うケースもあり得るはずですが、不妊医療自体にも多額のコストを支払った上にどんな子供であれ育てられるほど経済的に裕福な方々にしか不妊医療は受けさせないのが正しいのか?と言う議論も必要になりそうです。
また現実的に不妊医療などと無関係にこれだけ妊娠中絶が数多く行われている以上、胎児をしかるべく処置すると言う行為自体に対して一般の日本人はさほどの忌避感はないのだろうと思いますが、やはりひとたびお腹の中に入れば親にも思い入れもあるだろうし、同じ処置をするなら受胎させる以前の受精卵の段階で処置をした方がまだしも人道的だと言う考えもあるかも知れません。
この点で世界的にどこからを人として認めるかと言う定義は様々なものがあるとは言え、少なくとも受精する以前の精子と卵子の状態で人と認定することはないようですから、技術的進歩によって配偶子の段階で必要な遺伝子検査が出来るようになれば人道や倫理観に基づく議論のかなりの部分を回避出来る可能性もありそうです。
いずれにしても現段階では非常に限定的な対象にだけ行われる検査で、それも理由があり検査を行うことに意味があるから行うと言う大義名分があるわけですが、その有効性が確認されるほど対象外の方々からも「何故私達は検査を受けられないのか」と言う声が上がってくることになるはずで、学会側としても何故この対象に限定するのかと言う理論武装も必要になってくるのでしょうか。

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2014年11月26日 (水)

医学部教授の価値が絶讚暴落中?

フリーランスの麻酔科医である筒井冨美先生が、自ら取材協力したというテレビドラマについてこんな記事を書いていました。

『ドクターX』に見る医療現場の真実…医大教授はなぜ落ちぶれたのか(2014年11月20日DMMニュース)より抜粋

(略)
 2013年放映の『ドクターX』第2シリーズでも大学病院における外科教授選を扱っているが、そこに登場する教授には財前教授のような輝きはない。藤木直人が演じる近藤教授はイケメンで女にはモテるが手術ではチョンボばかりだし、遠藤憲一が演じる海老名教授は上に厚く下に薄い中間管理職で「御意」が口癖、西田敏行が演じる蛭間教授は手術よりも院内政治に忙しい。「自分が患者だったら誰に手術されたい?」と訊かれたら「どれもビミョー」。教授の数そのものは増えたが質は低下……ドラマで描かれたこの現象は、リアル大学病院においても進行している。

 昭和の時代、当時の大学病院には若手医師が溢れていた。医大教授とは「医局における絶対君主」であり、医師にとって垂涎のポストであった。というのも、当時の教授や大学医局は医師就職情報を一手に握っており、人気病院への就職には教授推薦が不可欠であったからだ。
 教授や医局に逆らえばマトモな病院に就職できないだけではなく、薄給を補う当直アルバイトの口すら見つけることが困難となり(実は、大学病院の下っ端の勤務医は激務のわりに基本給はそれほど高くない)、たちどころに生活に困窮した。また、病院側としても優良医師を安定的に派遣してもらうには教授との円満な関係が不可欠で、「顧問料」「研究費」「協賛金」といった名目での水面下の“実弾”は半ば常識だった。

 2004年4月、ドラマ『白い巨塔』放送終了の翌月から、厚労省によって新研修医制度が導入された。それまで伝統的に母校の附属病院に就職していた新人医師たちは、卒業2年間は特定の医局に属さず、「外科2カ月→小児科2カ月→精神科1カ月……」と、いろんな科をローテートすることとなった。
 同時に、封建的な大学病院を嫌って都会の大病院を目指す若者が増え、大学医局の衰退がはじまった。大学医局の生命線であった「安定した新人供給」が断たれた。だからといって、患者数は減らないし、増え続ける医療訴訟の対策として「医療安全」「感染対策」などの書類や会議は増える一方であった。
 シワ寄せは、残った中堅医に過重労働としてのしかかった。大学病院や都内有名病院においても「医師集団辞職」が頻発し、「医師不足」「医療崩壊」といった記事がマスコミを賑わすようになった。
(略)
 でもって、リアルな大学病院では「医師不足」をどう解決するか……。フリーランス医師と契約するケースも稀にはあるが、実は、大学病院ならではの、お金のかからない手っ取り早い方法がある。

 近年、「病院教授」「臨床教授」「特任教授」といった肩書を持つ医師が増えた。医局トップを務める「主任教授」の他に、個々の病院独自でこういった“ナンチャッテ教授ポスト”を設け、「中高年医師を引き留めるためのエサ」にしているケースが多いのだ。こうしてなんとか、若手医師不足の穴埋めをしているわけである。
 また、現在50代以上の「リアル白い巨塔」時代を経験した世代にとっては、まだまだ「教授」と呼ばれることにはそれなりの魔力があるらしい。
「教授の肩書は1年につき500万円」と、某私立医大幹部はこっそり語ってくれた。「市中病院だと年俸1500万円でも契約しなかった医師が、教授の肩書を提供したとたん、1000万円で合意」ということがあるそうだ。その結果、「研修医の数よりも教授の数のほうが多い」という大学病院がフツーに存在するようになった。
 中には「医局員の半分以上が○○教授」みたいな医局も実在しており、そういう医局における「教授」とは「絶対君主」というより「中間管理職」に近く、「当直ノルマのある教授」も珍しくなくなった。

 さらに、医局の衰退やインターネットの発達にともなって、医師転職業者が発達した。「凄腕だが教授に睨まれて冷遇されている外科医」が、「高額年俸で民間病院に引き抜き」というのも珍しくなくなった(『ドクターX』第1シーズンでも、「年収3倍」で大学病院から転職する医師が登場している)。
 その結果、「凄腕」タイプの医師は30~40代のうちに転職したり開業したりしてしまい、どこからも声がかからなかった「可もなく不可もなく」タイプが残って「年功序列で教授に就任」というケースも増えている。こういった医局では、教授の肩書きは「医師として有能」であることを証明するものではなく、むしろ「残り物にはワケがある」系の、「このセンセーが開業したら、ソッコーで潰れそう」な爺医だったりする。
 日銀が1万円札をバンバン刷ればその価値が下がるように、教授の肩書きを乱発すれば、当然ながら教授の価値は下がるのである。今や、ほとんどの若手医師にとって「教授」とは垂涎ポストではなく、粗製濫造の「○○教授」があふれる大学病院の姿も、若手医師の大学病院離れを加速させている一因だと思われる。
 といっても、すべての医大教授が凋落したわけではない。「iPS細胞の山中伸弥教授」「天皇陛下の心臓手術を執刀した天野篤教授」のように、若手が向こうから集まってくるようなスター教授も実在する。「教授」というだけで無条件に敬ってもらえる時代は終わった。今後も生き残れる教授とは結局のところ、研究やら手術の腕やら何がしかの分野で卓越した実力があり、「ウチの教授はスゲェよ」と周囲から自然に敬われるタイプではないだろうか。

医局の(少なくとも名目上は)トップである大学教授の権限もこれまた大学によるようで、古くから続く歴史と伝統ある医学部では講座生え抜きの医局長あたりが人事面を全て管理していて、他大学から招かれた外様の教授は権威はあれども権力はないと言う状況に置かれているところもあるやに聞きますが、ともかくもこのところの大学では何とか教授なるよく判らない肩書きの先生がやたらと増えたのは確かですよね。
医師の場合はもともと大学教員の給与など外病院と比べて知れたものですから、名目的に役付きにしてポスト相応の色をつけることで優秀な医師を招きやすくすると言う意味があったのだろうし、実際に論文よりも手術の腕と実績で選考され臨床教授として後進の指導に当たっている立派な臨床家の先生方も少なくありませんから、大学の役職が増えると言うこと自体は別に悪いことではないのでしょう。
この辺りはむしろ予算の都合上部門事のスタッフ定員が決まっている各地の国公立病院などの方が厳しい場合もあるようで、実際には常勤的にハードワークをしている30代辺りの中堅の先生方が名目上は日雇いの非常勤として給与も不当に低く抑えられていたりもするようですから、給与体系そのものをもう少し実態に即したものにしなければ現場の士気も上がるはずがありませんよね。
ただ記事にもあるように待遇の悪さを肩書きと言う名誉で誤魔化すだとか、どこにも行き場がないまま大学で歳だけ食ってしまった古株の先生方の受け皿としてポストを作ると言ったやり方は本来の意味合いとは違っているのだろうし、若い先生方にとってもこうした現状を見て自分も大学で頑張ろうと言う気にはならないんじゃないかと言う気がしますが、現状ではこれもある種の必要悪と言うことになるのでしょうか。
ともかくも昔のように臨床であれ研究であれ何かしら一芸に秀で一目も二目も置かれている教授像とは違う、何かしら粗製濫造的な教授と言うものが一部には出てきているのだとすれば教授という権威も揺らぎかねないと言うものですが、そういう視点から見るとなるほどと思えるような不祥事のニュースが先日出ていたことを紹介してみましょう。

教授がパワハラ「結婚は三角 出産はバツ」(2014年11月20日NHKニュース)

前橋市にある群馬大学医学系研究科の40代の男性教授が、部下の教職員に対して、適正な範囲を越えた休日出勤を強要したほか「結婚は三角、出産はバツだ」と女性職員を蔑視する発言などを繰り返し、パワーハラスメントを行っていたとして、大学はこの教授を懲戒解雇の処分にしました。

懲戒解雇の処分を受けたのは、群馬大学医学系研究科の40代の男性の教授です。
大学によりますと、この教授は、おととし1月から去年8月にかけて、自分の研究室に勤める教職員合わせて5人に対し「月曜日に仕事をするためには土日に働かなければならない」と言って、業務の適正な範囲を超え、休日出勤を強要したほか、女性職員に対しては「結婚は三角、出産はバツだ」と女性を蔑視する発言などを繰り返していたということです。
教職員の訴えを受け、大学で調査委員会を設置した結果、この教授の言動がパワーハラスメントに当たると判断し、20日付けで懲戒解雇の処分にしました。
教授は「反省しているが指導の範囲と考えているものもある」などと話しているということです。
群馬大学の井手孝行副学長は「将来がある研究者の芽を摘む行為で許されない。大学を挙げてハラスメント防止に努めたい」と話しています。

群馬大:パワハラで40代教授を解雇(2014年11月20日毎日新聞)

 群馬大は20日、部下の教員5人にパワーハラスメントや暴言を繰り返したとして、大学院医学系研究科の40代の男性教授を懲戒解雇したと発表した。

 大学によると、教授は2012年1月〜13年8月、同じ研究室の助教や講師の男性4人と女性1人に対し、退職や休日出勤を強要したり、長時間にわたり叱責、侮辱したりしたとしている。女性に対し、「結婚は三角、出産はバツ」との趣旨の発言もあったという。5人のうち2人が退職した。

 教授は大学の調査に対し女性蔑視発言を認めたが、他の行為については「指導の範囲内」と説明したという。大学側は教授を諭旨解雇とすることを決め、退職願を書くよう勧告したが、本人が拒否したため20日付で懲戒解雇とした。

 群馬大医学部付属病院では今月、腹腔(ふくくう)鏡手術で患者8人が相次いで死亡する問題が発覚したが、懲戒解雇された男性教授は、この問題には関わっていないという。【尾崎修二】

群馬大、パワハラで教授を懲戒解雇 退職や休日出勤強要(2014年11月20日朝日新聞)

 群馬大学は20日、研究室の部下にパワハラを繰り返したとして、大学院医学系研究科の40代の男性教授を懲戒解雇したと発表した。当初は退職手当が出る諭旨解雇だったが、退職願の提出に応じなかったという。

 大学によると、教授は2012年1月~13年8月、研究室の助教と講師の男女計5人に、退職や休日出勤を強要。「結婚△出産×」などの発言で結婚や出産をする女性研究者を非難し、「ポストを空けるため(他大学などに)応募しろ」などと言い、3人が精神的な病気で休み、2人が退職した。教授は大学に発言を認めたが、一部は「指導の範囲」と話しているという。

 大学側は13年4月に調査委員会を設け、その後、被害者との接触を禁ずる業務命令などを出していた

風の噂によれば講座内で教授と下のスタッフとの間にもともと対立的な関係もあったようで、講座の運営に支障を来していることの方がむしろ大きな解雇理由だったのでは?と言う声もあるようなんですが、本気で研究をやるのであれば土日出勤も当然だと言う考えが根底にあったのだとすると、女性に対するやや意味不明の発言にしても同じ文脈で理解すべきなのでしょうかね?
この辺りは人によっても考え方が違うのでしょうし、実験の進め方によっても方法論は様々にあっていいことだと思いますが、ウィークデーはきっちり実験をして週末は自宅で文献のチェックと翌週以降の実験計画作成と言ったやり方もあるはずですから、長時間研究室にいる者が研究者として上等なのだと言う価値観を部下にも強要したと言うのであればさすがにどうなのかでしょう。
ただ3年ほど前には山梨大医学部の教授が女子の院生に日常的にパワハラ的言動を繰り返し休学にまで追い込んだ問題が報じられましたが、当時の反応としては「この程度どこの講座でもやってることなのに」と言った意見が少なからずであり、実際に大学側から下された処分もわずかに1万円(1カ月)の減給処分と言う形ばかりと言えるほど軽微なものであったことを考えると、被害者が複数とは言え今回妙に厳しい処分には感じられるでしょうか。

もちろん今の時代にこの種のパワハラめいた言動は厳しく罰せられる流れではあるし、記事にもあるように群馬大医学部と言えばつい先日腹腔鏡手術に関する大きな騒動があったところですから、こうまで断固たる厳しい処分を課したと言うのも綱紀粛正を図らざるを得なかった事情もあったのかも知れませんが、記事に出た件だけでなく他にも余罪があったのでは?と勘ぐる声も出てくるのは当然ではありますよね。
前述のように一昔前の教授と言えば少なくとも何かしら一芸に秀でていたもので、逆に言えば人生の大半を一芸の追及にばかり費やした結果その他の部分で大幅な欠落・欠損がありそうな方々も多かったものですけれども、そうした古典的な教授の奇行ぶりを知っている世代からすると「この程度で懲戒解雇?」とも感じられる話であり、教授の「一山いくら」化を示しているのだとすれば時代の変遷を示す事例ではあるのでしょう。
もちろん同じような事件であっても大学ごとに判断が異なってくるのは当然で、今後他大学も同じような基準での処分を行っていくと言えるものではないでしょうが、市中病院なら部門のトップがこの種のパワハラで懲戒解雇と言う話もあまり聞かないだけに、給料も悪いくせにうるさいことばかり言う大学勤務などまっぴらゴメンだと考える先生がますます増えるとすれば、さらに教授と言うものの価値が下落していくのかも知れませんね。

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2014年11月25日 (火)

これからの医療は次第に間遠なものになっていく?

本日の本題に入る前に、先日朝日新聞の酒井先生の連載でこういう記事が出ていましたが御覧になりましたでしょうか。

医療制度のジレンマ/酒井健司(2014年11月7日朝日新聞)より抜粋

(略)
海外では医療費の窓口負担がない医療制度を持つ国もあります。たとえばイギリスでは医療費の自己負担はありません。
アメリカ合衆国の医療制度を批判的に描いたマイケル・ムーア監督の「シッコ」という映画で、イギリスの医療機関の会計窓口を描いたシーンがあります。イギリスの会計窓口は、患者さんが医療機関にお金を支払う場所ではないのです。低所得の患者さんに対して交通費が支払われるための場所なのです。
しかしながら、イギリスの医療制度が日本よりも上かというと、必ずしもそうではなく、一長一短というところでしょう。

イギリスに限らず海外でよく採用されているのは、総合診療医(General Practitioner)という制度です。患者さんはまずは総合診療医の診察を受けなければなりません。総合診療医が必要であると判断しなければ、高次医療機関を受診することはできません。医療費の自己負担がない代わりにアクセス制限があるのです。
一方、日本ではどの医療機関を受診するのか、原則として患者さんが選ぶことができます。国民皆保険制度と並んで、フリーアクセスは日本の医療の特徴とされてきました。自由に大きな病院をかかることができるため、混雑して待ち時間が長くなりすぎるなどという弊害もあります。
最近では紹介状なしで大病院を受診すると上乗せ料金がかかる「選定療養」という制度があります。大病院の混雑を緩和したり無駄な受診を抑制したりする効果がある一方で、お金持ちなら気にせずに大病院を受診できるという点で不公平とも言えます。

医療費自己負担なしのイギリスでも、プライベート(私立)医療といって、国営の医療サービス以外の選択肢があります。全額自己負担するか、民間の医療保険に入っていなければ診てもらえません。待ち時間が短く質も高いのだそうです。
タダで医療を受けられる制度があるのにも関わらずわざわざお金を払うわけですから、質が高くないと誰もプライベート医療を受けないでしょう。複数の選択肢があるという点では良いのですが、公平性という観点からは問題がないとは言えません。
(略)

酒井先生の主義主張に関してはとりあえず置いておくとしても、一般的にその国の医療水準を規定する三要素としてコスト(費用)、クオリティ(質)そしてアクセス(受診の容易さ)を挙げることは妥当なんだろうと思うのですが、平均的に医療水準が今ひとつと言われる国でも立派な医療をしている立派な病院と言うものはあるもので、ただ患者はそこにかかるためには数々のハードルをクリアしなければならないわけです。
ところが日本においては風邪をひいたと大学病院に飛び込みで受診する、そして全国均一公定価格の医療費だけを支払って診療を受けると言うことが可能とされてきたのは(一部の方々に言わせると)日本医療の誇るべきフリーアクセスの理念だと言うことになっていますけれども、現実的にこの理念が選定療養の導入等で規制され始めていると言うのは、様々な点で問題が多いとようやく認識され始めたからだとも言えますよね。
よく言われることに日本の医療制度は各種客観的指標から判断する限り国際的にも非常に高い評価を得られてしかるべきものであるはずが、日本人の医療に対する満足度と言うものは極めて低い、一方でかつて医療崩壊の最先進国とも言われたイギリスなどが非常に高い医療満足度を誇っていたと言うのは好対照かつ逆説的だと思えます。
その理由として様々なものが挙げられるのでしょうが、例えば専門医にかかるために非常に長い時間を要すると言うのも家庭医による医学的判断を受けた上で全国民が平等公平に待たされるのだし、一方でそれが嫌ならお金を出せばすぐ診てくれる私立の病院と言うバイパスルートもあると言う点で、それなりにうまい具合にガス抜きが出来ていたと言うことなのかも知れません。
無論国民の医療満足度と医療を提供する側の考えは全く別問題で、イギリスでは崩壊する国内医療を見捨てての医師の国外脱出がさらに医療崩壊を推進すると言う悪循環にありましたし、日本においても安価にいつでもどこでも診てもらえると言うフリーアクセス万歳!だったはずが、今や選定療養導入だ、救急車有料化だとむしろアクセス規制の方が注目されているのは非常に興味深い現象だと思いますね。
さて前置きが例によって長くなりましたが、唐突にも感じられる総選挙の理由として景気回復が思ったほど進んでいないからと言うことが確実に挙げられると思いますが、その一つの側面を反映しているとも言えるこういう記事が出ていました。

病院代の自己負担払えぬ人急増 年延べ700万人が減免(2014年11月23日朝日新聞)

 病気になっても治療代が払えず、病院窓口で払う自己負担分の治療代を無料にしたり安くしたりする病院にかけこむ人がいる。普通の診療とはちがう「無料低額診療」という仕組みだ。患者数は年間で延べ700万人を超え、ここ数年で延べ100万人近く増えた。年をとって病気になったり失業で収入が途絶えたりして、医療を受けにくくなった人たちが増えている。

■月3万円払えず倒れた

 大阪市に住む元タクシー運転手(58)は、血液のがんの一種である悪性リンパ腫と糖尿病で二つの病院に通う。どちらの病院も無料低額診療をしていて、窓口で払う自己負担分をただにしてもらっている
 2011年春、糖尿病が悪化して倒れた。少し前から営業成績が落ちて給料が減ったため、自己負担で月約3万円の治療代が重荷になり、治療のためのインスリン注射を減らしたからだ。心配した病院から無料低額診療をすすめられた
 その後にリンパ腫で手術し、今年1月には仕事をやめざるを得なかった。3月には妻(52)もパート先の食品工場が移転して解雇され、夫婦で月に合わせて約20万円の収入は途絶えた。
 元運転手はずっと公的医療保険の協会けんぽに入って保険料を納め、失業後も国民健康保険に入っているため、治療代の7割は保険から出る。だが、病気で収入が減り、自己負担の3割分が払えない。妻も高コレステロールで月に1回、無料低額診療を受けている。
 元運転手が通う西淀病院(大阪市)では、11年から無料低額診療を始めた。13年度には、生活保護を受けている人を除くと、年間で延べ約6200人が無料低額診療を受けたという。
 人事・総務部長の山本嘉子さんは「高齢化や非正規労働者の増加で格差が広がり、普通に生活していても大病で医療費が払えなくなる人が増えている」と話す。

 日本では、公的医療保険から治療代の多くが出る「国民皆保険」の仕組みがあり、窓口で払う自己負担は比較的安く済む。だが、自己負担分を払えず、国民皆保険の恩恵を受けられない人が増えている
 全国の年間患者数は全体で延べ10億人近い。厚生労働省の調べでは、このうち無料低額診療は12年度に延べ約706万人いて、09年度より延べ約90万人増えた。無料低額診療をする医療機関も339施設から558施設に増えた
 本来は生活が改善するまで利用する診療だが、生活が苦しいまま生活保護を受けた人も多い。西淀病院によると、治療代を払えずに無料低額診療を受けてから生活保護になり、そのまま通い続ける人も多いという。生活保護は国と自治体が自己負担分も含めて治療代を出し、すべて税金でまかなわれる。(松浦新)
(略)

この社会福祉法に基づく診療制度である無料低額診療と言うもの、実は1951年に始まった(国民皆保険の成立が1961年)と言いますから相当に古いものであるのですが、都道府県の認可を受けた自治体が患者の収入状況などを独自に審査した上で適宜医療費を減額すると言う非常に裁量幅の広そうな制度であって、減額した医療費に関しては病院の持ち出しになるのですから審査も大変そうですよね。
もちろんそれだけでは病院にとって何らのメリットもない慈善事業と言うものなのですが、この制度を利用する患者をある程度以上診療すれば固定資産税など税金面での優遇措置が得られると言う見返りも用意されているせいか現在も対応施設が絶讚急増中だそうで、特に近年では無保険者であるホームレスや外国人の診療に際してその積極活用が公的にも期待されているようですね。
これだけ施設数も増加しているのですからいざ収入が途絶えた時にも安心だ、と感じられる方も多いでしょうが、対応施設を調べて見て頂ければ判るようにかなり分布に偏りがあるのも事実で、制度的に一定数以上の患者を診なければ税制上のメリットが無く単なる持ち出しになってしまうのが原因だと言うのであれば、特にお金が無く移動手段も限られる場合が多いだろう利用者視点で言うと不便ではありますよね。
ただ前述の医療水準を規定する三要素の話に帰って考えると、日本ではどんな人間であれ同じような医療を受けられると言うのが美点でもあり、また様々な弊害をもたらしている根本的問題点でもあると言うことを考えると、生保患者の受診医療機関を制限すべきだと言う意見があるのと同様に、ここでも一定のアクセスの制限が存在することをむしろ肯定的に捉えるべきだと言う考え方もあるかも知れません。

先日の解散で消費税再増税が先送りされたことを反映して各方面で税収増を当て込んだ取らぬ狸の皮算用が御破算になってしまったようなんですが、その中でも気になるのが麻生財務省がすでに規定の方針のように話が進んでいた社会保障制度の充実に関して「増収分がないので見直さざるをえない」と語ったと言う点ですが、選挙の争点としても社会保障政策と言うものは注目されてしかるべきだとして、問題はその政策の方向性です。
これも報道された言葉を文字通り解釈すれば税収増を当て込んだ充実を先送りすると言うニュアンスで既存制度の削減ではないらしいとも受け取れるのですが、いずれにしても社会保障と言う莫大かつ固定的な出費が財政を硬直化させ他でいくら節約しても全く追いつかないほどの重荷になっていると言う現実を考えると、むしろ社会保障は今後削るべきところを考える時期なのだからかえってよかったと言う考えもあるでしょう。
医療についてはコストとクオリティ、そしてアクセスの容易さについていずれを削るべきかと考えた場合、とりあえずコストカットと言うことはそもそもの目的なのですからこれは増加の抑制レベルではあっても達成せざるを得ない、そしてクオリティを下げることに関してはまあ国民一般にしろ医療関係者にしろ首肯せざるところだとすれば、残るアクセスに関してはコスト相応のものに落ち着くのが自然の流れと言うことになりそうです。
この点でどのようなやり方が妥当なのかと言う方法論の議論はまだ続くにしろ、少なくともこれまでのようにどこそこには近くの病院に専門医がいない、あちらでは病院が遠くて不便だ、私が当選すればこれ全部何とかしますばかりでは到底コスト削減も覚束ないのだろうし、そろそろ「いやそれは申し訳ないですが」と為政者や行政からも事を分けて説明し、理解を得る必要はあるんだろうと思います。

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2014年11月24日 (月)

今日のぐり:「焼肉ひらい 岡山店」

この時期向けの話なのでしょうが、先日こんな記事が出ていたのをご存知でしょうか。

ペンギンと過ごす少年の日々(2014年11月12日ナリナリドットコム)

クリスマス商戦が始まりつつあり、今年もアイディアを凝らした広告がうたれているが、イギリスの百貨店John Lewisの宣伝が心あたたまると評判となっている。

John Lewis Christmas Advert 2014 – #MontyThePenguin

少年の日々の生活を共に過ごすペンギン。室内でも屋外でも一緒に遊び、休み、心の友として存在する。クリスマスの日にもう一羽のペンギンがやってくる…実はペンギンも新しいペンギンもぬいぐるみだという内容ではあるが、少年と過ごした日々には変わりなく、童心を思い出す動画だ。
動画のコメントには若干、商業主義に対する批判が寄せられているものの

「泣きそうだ」
「心のあたたまるいい動画だと思う」
「私もペンギンのぬいぐるみを持っていたので母のことを思い出して涙が出たよ」
「ペンギンは何もかも良くするね」

と称賛のコメントが多くを占めているようだ。

確かにいいお話でありよく出来たCMでもあるのでしょうが、ラストまで見てみますと確かに人間主観と客観は大いに相違すると言うことがあるものだと感じてしまいますでしょうか。
今日はペンギンと少年とのつながりに敬意を表して、当事者にとっては非常に重要なことなのでしょうが、第三者目線では何故か微妙な感じのする何かと言うテーマで記事を紹介してみましょう。

このマグロ……ケーキだ! 結婚披露宴の二次会で登場した「本鮪ケーキ」の完成度がスゴイ(2014年11月7日ねとらば)

 解体されたマグロ? いやいや、ケーキです。とある結婚披露宴の二次会で登場した「本鮪ケーキ」がTwitterで話題になっています。

 2万9000リツイートされたこの「本鮪ケーキ」は、泉翔(@syo_izumi)さんの結婚披露宴の二次会で特注されたもの。ケーキのデザインは、魚介類のイラストや雑貨を制作&デザインフェスタや生物系のイベントで活動している泉さん自身によるもの。夢のレシピに、パティシエさんや式場のスタッフさんが全力で応えたものになります。

 味は「甘酸っぱいフランボワーズ仕立て」。泉さんいわく「超美味い」とのことですが、実食した友人たちからは「見た目に反する味で脳が混乱するおいしさ」との感想ももらったそう。うーん、めちゃくちゃ食べてみたいです!

元記事の写真を参照頂ければ確かに大変力も入ったものなのでしょうけれども、なまじ良くできているだけにいささか力の入る方向的にどうなのか?と言う気もしますでしょうか。
今年は何故かあちらこちらでふぐの混入事件というものが話題になりましたが、それに対して日本のハイテクがついに答えを出したと言う素晴らしいニュースです。

じゃこ混入のフグ、自動で除去 日立造船の選別装置(2014年10月29日神戸新聞)

 日立造船(大阪市)は、食品に含まれる異物を画像で判別する同社の「異物選別装置」を使い、ちりめんじゃこに混入したフグの稚魚を自動で取り除くことに成功したと発表した。有毒の恐れがあるフグ混入に悩む水産加工業者などに売り込み、年間20台の販売を目指す。

 ベルトコンベヤーを流れるじゃこに下から光を当てて装置のカメラで撮影。じゃこに比べ透過性の低いフグの稚魚を特定し、空気を吹き付けてはじき出す仕組み。カメラの絞りなどを調整することで、装置をフグ選別にも使えるようにした。

 じゃことフグの稚魚は大きさや重さが似ているため、機械式のふるいで完全に除去するのは難しい。装置を合わせて使えばフグをほぼ100%取り除けるという。

 じゃこやシラスなどをパック詰めする際に誤ってフグの稚魚が紛れ込み、そのまま販売される問題が全国で発生。今年に入ってからは千葉県や神奈川県、岡山県などで発覚している。嶋宗和・日立造船向島工場長は「食の安全に貢献したい」と話した。

さすが天下の日立造船謹製だけに写真を見るだけでもなんか日本人すげえよと平伏するしかないのですが、何でしょうねこの微妙にもやもやした気持ちと言いますか、これじゃない感は…
アメリカ人と言えば最近も「ピザは野菜。トマトソースが使われているから」認定で改めてその食生活が注目されるところですが、最近さらに恐るべき事実が発覚したと話題になっています。

アメリカ人「健康のためサラダを注文したよ」…さすがと言うしかない写真(2014年11月19日らばQ)

肥満やメタボが社会問題化しているアメリカ。
さすがに健康に気を使う人も増えてきたのか、野菜を採らなくてはという意識も芽生えてきたようです。
さて、そんなアメリカのレストランでサラダを注文した人がいたのですが……、
次のようなサラダが出てきたそうです。
(略)
さすがアメリカと言うしかないこのサラダに、海外掲示板のコメントも盛り上がっていました。
(略)

日本人の好きなスパゲッティサラダ、マカロニサラダなども野菜分からすると栄養学的にどうなのかとも思うのですが、しかしこれはサラダである必要性があるのかどうかですね。
腕時計と言うものも好きな人にとっては非常に重要なアイテムなんだそうですが、こちら腕時計愛が高じた結果こうなったと言うニュースです。

高級腕時計買えず“紙”で自作、驚愕のハイクオリティに称賛の声。(2014年11月14日ナリナリドットコム)

「本当はブランド時計を買って自慢する動画にしたかったのですが……」。高価な腕時計が買えなかったため、“紙”を使い自作したという動画がniconicoに投稿されている。

▼高級時計が買えないなら作ればいいじゃない【紙工作】

動画では、実際に腕にはめることもできる「高級腕時計(のようにみえる紙工作)」を制作。本体だけでなく、箱、紙袋や説明書までまるで本物のように徹底した作りで、動画を見たユーザーからは

「凝ってるなあ」
「すげぇ」
「ものづくりへの情熱がすごい!」

といったコメントが寄せられている。

いや、紙細工とは到底思えないとんでもないクオリティーなんですが、そうであるからこそその情熱をもっと有意義な方向に活かしていれば…と思ってしまうでしょうか。
最近悪質なナンパ氏の話題が大いに盛り上がっていますけれども、どこの世界でも男というものは…と感じさせるニュースがこちらです。

ある青年が考案した「エスカレーターの意外な活用法」が海外サイトで話題に(2014年11月20日Aol)

日頃、駅やデパートなどで上降階に使用するエスカレーター。しかし世の中にはこのエスカレーターを、一風変わった用途に使う人も存在しているようだ。

現在、海外サイトなどで紹介されて話題のこの画像、登場する青年が座っているのは、デパートやスーパーなどにある エスカレーター脇のベンチ。彼はおもむろに後ろへと手をまわすと、エスカレーターの手すり部分をキャッチ。すると、スライドする手すりと共に体も移動し、横に座っていた若い女性の元へ。

無論、こうした使い方は本来の用途ではないため、真似をすると事故に繋がる可能性があるが、多くのユーザーが指摘するように、少なくともその柔軟な発想自体は、実に興味深いものがあると言えるだろう。

もはや動画を見て頂くしかないと言うこのニュース、青年のドヤ顔と女性のリアクションが何とも男と女と言うものの関係を物語っているようにも思えます。
最後に取り上げますのは例によってブリからのニュースなんですが、開発されたのはともかく画期的な新野菜なんだそうですが、あくまでもブリ的基準においてと言うべきなんでしょうか。

上からトマト下からポテトが収穫できる新野菜トムテト(2014年11月14日日刊テラフォー)

1本の苗からトマトとジャガイモの両方を収穫できる画期的な植物が、イギリスで誕生した。
トマト+ポテト=トムテト、と名付けられたその植物からは、地上に出ている木の部分からトマトを収穫し、土に埋まった根っこの部分からジャガイモを収穫できる。
それも、遺伝子組み換えなどは行っておらず、100%ナチュラルなのだそうだ。

トムテトは、英国イプスウィッチの園芸企業『Thompson and Morgan』のハイテク移植技術により開発された。
英国では既に似たような植物が開発されていたが、商業的に流通可能なものの開発に成功したのは、Thompson and Morganが初めてだ。
王立園芸協会のガイ・バーターさんによると、以前に開発されたものは味に問題があったが、トムテトにはその問題がなく、巨額の収益が見込める可能性を秘めているという。

Thompson and Morganは、トムテトをここまで開発するのに、10年の時間を費やした。
経営者のポール・ハンソードさんがトムテトのアイデアを最初に思いついたのは、15年前のことだった。
アメリカのある庭を訪問したポールさんは、誰かがジョークのつもりでトマトの苗の下にジャガイモを植えていたのを見つけた。
これを見たポールさんはただ笑うのではなく、「トマトもジャガイモも同じ系統の野菜なのだから、実現できるかもしれない!」と閃いた。
それからずっと、ポールさんはトムテトの開発に勤しみ、遂に完成させた。
「トムテトを開発するには、トマトの木の幹とジャガイモの根っこの幹を同じ太さにしなければならず、大変でした。」
と、ポールさんは苦労を思い返す。

トムテトは一年草で、4月下旬に苗を植えると、7月~10月にトマトとジャガイモを収穫することができる。
苗は1本14.99ポンド(約2,730円)の価格で、9月から英国全土で販売が開始された。
色々な野菜を栽培したいけど、団地住まいなどで十分なスペースがない人々に重宝されると見込まれている。

いやまあ、確かにこれはこれで画期的な作物であるのでしょうけれども、予想される収量に対してこの価格で果たして元が取れるものだろうか?と言う疑問も感じますでしょうか。
写真から判断する限りではジャガイモに比べるとトマト部分がやや貧弱な気もしないでもないのですが、果たして味の方がどうなのか大いに気にはなりますね。

今日のぐり:「焼肉ひらい 岡山店」

焼き肉屋と言うとイメージは人それぞれなのでしょうが、個人的に大いにそのイメージから外れたと言う印象を受けたのがこちらのお店です。
庭付き和風建築は確かに風流なんですが、これが焼肉の店だと言うことに果たして誰が気付くものでしょうか?(ま、実際には看板が出ているわけですが)。
これでなかなかうまい肉をオーダーバイキング形式で食べられると言うのですからさらに意表を突きますが、とりあえずはその牛食べ尽くし放題なるものを頼んで見ました。

一応最初に大皿に盛り合わせで肉が出てきて、それを片付ければ肉のオーダーを受け付けますと言うことなんですが、これだけでもかなりなボリュームではありますよね。
色々と取り混ぜてつまんでみたのですが、肉はマーブルと言うより赤身好きに向いている具合で割合に好みには合ったのですが、いちいち切り分けのサイズがバラバラで焼き加減の調節には気を使いますね。
肉料理と言うことで実は一番のおすすめは牛肉の唐辛子煮込みなんだそうで、予想したよりも唐辛子の辛さはさほどではなくもつ煮込みとかあっち系の味は万人受けしそうに思います。
もう一品、牛もつの唐揚げなるものも食べて見ましたが、モツと言うことでもう少し歯ごたえあるかと思ったらホロホロと口の中で崩れていくのは下ごしらえに時間をかけているのでしょうか、ただ純粋に唐揚げとしては好みが分かれそうには感じました。
ちなみに肉のメニューはかなり種類も豊富で胃袋に余裕があれば色々と楽しめそうなんですが、割とカジュアルと言いますか和牛が売りだと言う店で豚トロからベーコンやソーセージまであると言うのはよく言えば幅広い客層に対応していると言うことなんでしょうか。
肉以外のサイドメニューも一通り標準的なものが揃っていますが、シーザーサラダは単にシーザードレッシングをかけてるだけですし、ほうれん草とトマトのサラダも肝心のほうれん草とトマトはトッピングでわずかばかり乗ってるだけと、価格帯も考えるとちょっとサラダ類は感心できないんですが、まあこの店でそこにこだわる人もいないんだろうなと言う気もします。
定番の石焼きビビンバはトッピングが白菜キムチとほうれん草ナムルと言うのが珍しいと思ったのですが、この白菜の刻み方はもう少し細かい方が飯との馴染みが良さそうに思うのと、味自体はごく標準的なものなんですがおこげが出来るくらいしっかり焼いた方が好みではありますね。

価格帯としてはそこらの焼肉バイキングと比べれば確かに少し高めの価格帯なんですが味はその分いいですし、沢山食べる人なら同レベルのそこらの焼き肉屋で腹一杯食べるよりはむしろ安いと言う気もしますから、後はサイドメニュー等も含めてメニューや味の好みで選んでもよさそうに思います。
接遇面ではこの種のオーダーバイキングとして見るとレスポンスは悪くないし許容範囲ではありますが、どうも細かいところにまでは目が行き届かない様子で、一通り食べ終わった後で空いた皿を下げるのならデザートを出す前にすべきでは?などとついつい思ってしまいますよね。
むしろハードウェア的な側面が気になる店なのですが、確かに風流な建物ですが排煙設備なども含めて焼肉店に合ってるか?と言えば微妙ですし、この立派な門構えも無駄に敷居を高くしてる気がしないでもありません。
ちなみにトイレ設備は一通りは揃っているものの妙に見た目相応と言うのでしょうか、今どきちょっと懐かしさすらある古風なタイル張りなんですが、まあ建物の雰囲気的にはこれで合ってるのか?と言う気もしました。

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2014年11月23日 (日)

今日のぐり:「みやま 金光店」

最近アメリカではいささか好ましからぬ流行があるようなんですが、本日まずはこちらの記事を紹介してみましょう。

「アホすぎ」熊と自撮りブーム、観光地の米タホ湖で数か月前から続々。(2014年10月30日ナリナリドットコム)

とどまることを知らない自撮りブーム。米国では、最近ある被写体と一緒に撮る流行が生まれ、その危険性に米国森林局が警告を発するほどの事態となった。
その被写体とは“クマ”。世界屈指の深さと透明度を誇るタホ湖はサンフランシスコなどからも日帰り圏内であるため、多くの観光客が訪れる観光名所だが、数か月前からクマと一緒に撮る写真がSNSなどで公開される事例が増えてきている。

複数の米メディアによると、10月に入りヒメマスが産卵のため湖岸に近づき、そのヒメマスを狙ってクマが湖に近づき、クマと写真を撮りたいという人間がクマに近づく…といった傾向が増えてきており、米国森林局が警告を発するようになった。
タホ湖流域管理者のスポークスパーソン、リサ・ヘレンさんは「クマは積極的に人間を襲うといったようなことはしませんが、思っている以上に素早く、近距離であることは非常に危険です。まして背中を向けて、写真を撮るというのは可能性を増大させるだけです。クマがその気になれば、事故は容易に起こりえます」と語る。
また車での移動中、クマを見つけて写真を撮ろうと道路に車を止めることで引き起こされる問題についても懸念も述べ、「クマが人を襲えばその対応をしなければならず、結果として公共の安全のために立ち入り禁止とにしなければならなくなる」と訪問客への理解と警告を訴えた。

現在タホ湖だけでなく全米にこの“クマと自撮り”ブームは広がっているとされ、この傾向に対してネットの反応は「アホすぎる」「クマを応援する。こんな事でクマが殺されるようなことはあってはならない」「人はなぜこうも愚かなのか。ダーウィン賞(愚かさに対して贈られる皮肉的な賞)ものだ」と批難が寄せられているようだ。

証拠写真を見れば状況は一目瞭然で、幸いにも日本では狙ってやれると言うほどクマが身近に存在するわけではありませんけれども、機会があったにせよくれぐれも馬鹿げた振る舞いは避けるべきですね。
今日はこのあまりに愚かしい風潮に警鐘を鳴らす意味を込めて、世界各地から想像のはるか斜め上を行く動物の恐ろしさを教えてくれるニュースを紹介してみますが、まずは警察すらも恐れぬ厚顔ぶりを示したのがこちらです。

堂々と正面から入ってきた! 海外の警察署でとんでもない侵入者が撮影される(2014年10月16日ねとらば)

 イギリス・チェシャーの警察署に、不審者が堂々と正面から入り込んでくる様子を撮影した防犯カメラの映像がYouTubeで公開されています。

 優雅な足取りで入ってきたのは馬。まごうことなき、馬!
 これにはポリスメンもどう対応したらいいのか困惑した様子で、「入ってくるな」と身振り手振りで追い返そうとしています。
 そんなことはおかまいなく侵入した馬も、異変に気づいたのか入り口すぐのロビーでキョロキョロ。
 外にいたポリスメンが入ってくると、開いた扉へ自分から進み、外へと誘導されていきました。

その恐れを知らぬ振る舞いには畏敬の念さえ覚えそうになりますが、これは公権力に対する公然たる反抗を示したものと受け止めるべきなのでしょうか。
警察ですらこうまで軽んじられる以上は世の一般人の権威などあって無きが如しですが、こちらそれを明白に示した証拠映像が出ています。

“セグウェイ”運転するわんこ、飼い主と「どっちがペット?」。(2014年8月7日ナリナリドットコム)

8月5日午後、中国・広東省深セン市の路上で、“セグウェイ”のような電動立ち乗り二輪車(※正確には中国の代歩車と呼ばれる乗り物)に乗る犬が目撃された。人ではない。犬だ。

この現場を目撃したのはネットユーザーの龍耀HRT写道。同ユーザーが投稿した数枚の写真には、車道で白い犬が電動立ち乗り二輪車に乗って、前脚を上部ハンドルに置いている姿が映し出されており、すぐ隣には飼い主と思われる男性の姿もある。龍耀HRT写道の目には「電動二輪車で走る犬はとても楽しそうに見えた」そうだ。

この投稿はソーシャルサイトですぐに拡散され、多くのネットユーザーの関心を集めることに。「犬が人に進化した!」「まるで犬に飼われている人間」「どっちがペットか見分けがつかないぞ」などと、面白可笑しく語られている。(※写真は微博より)

これまた画像を参照頂けると一目瞭然なのですが、それにしても犬でさえここまで増長しているのですから猿の惑星も遠い未来の話ではなさそうですね。
この点でかねて傍若無人な振る舞いが指摘されてきたのが猫ですが、我が物顔で振る舞う猫の様子がこちらのニュースで報じられています。

中国雑技団レベルの軟体!? すごい寝相で熟睡する猫ちゃん(2014年9月2日ねとらば)

 猫は体が柔らかい動物です。その柔らかさを生かして(?)ものすごい寝相で眠る猫ちゃんの動画です。

 下半身をねじって、後ろ足が耳に届く勢いの寝相でスヤスヤと熟睡しています。ここまで軟体だと、体が柔らかいというレベルではなく、骨があるのかも疑わしいほど。中国雑技団にも入れそう。

 眠る猫ちゃんの後ろ足をつまみ上げる飼い主さん。そのまま、本来の位置まで足を戻してあげました。体が柔らかいのもすごいけれど、その体勢のまま熟睡できるのも不思議です。寝違えたりはしないのでしょうか……?

遠慮も何もない猫の振る舞いは画像を参照頂きたいと思いますが、家の中でこのようなケシカラン振る舞いに及ばれると排除するにも躊躇せざるを得ませんよね。
パンダなどと言う生き物は年中ごろごろしているだけで何の役にも立たない存在と思いがちですが、とんでもない知恵を隠していることが判明したそうです。

負傷した野生のジャイアントパンダ、保護ステーションにやってきて救助求める=四川(2014年11月17日サーチナ)

 四川省広元市青川県にある唐家河国家级自然保護区で17日午前8時半ごろ、重傷を負った野生のジャイアントパンダが見つかった。保護ステーションから500メートルの位置で、野生のテンの群れに襲われて負傷したパンダが、人に助けを求めてやってきたとみられている。中国新聞社が報じた。

 保護ステーション職員が野外観察を行うために出発したところ、同ステーションから500メートルほどの場所で、負傷したジャイアントパンダを見つけた。保護ステーションに極めて近い場所まで来ていたことから、パンダは負傷してから人に助けを求めたとみられている。パンダはテンの1種のキエリテンの群れに襲われた可能性が高い。
 見つかったパンダは3歳前後で、腸が露出するなど重傷。獣医と青川県医院(県病院)の外科医が現場に到着し、パンダを救う手立ての研究を始めた。四川省野生動物保護ステーションも緊急事案として対策に着手。成都市パンダ繁殖基地から獣医や専門家によるチームを現場に向かわせた。

********** ◆解説◆  四川省では時おり、病気になったりけがをしたジャイアントパンダが、人がいる場所に近づいてくることがある。人が近づいても逃げたりせずおとなしくしているので、弱ったパンダは「助けてもらえる」ことを分かっていて近づいてくるとみられている。(編集担当:如月隼人)

ついに尻尾を出したかと言うところなんですが、これが突然変異的な個体ではなく当たり前の行動であるらしいことに恐怖を覚えますね。
魚などと言うものは水の中で生きるものと決まっていますが、こちら一体何がどうなったのか人間の体内に寄生する魚が見つかったそうです。

どこから入った!? 男性の腸から巨大魚が生きたまま摘出される(2014年11月17日日刊大衆)

ブラジルで男性の腸から、体長50センチという巨大な肺魚が生きたまま摘出されるという、驚きの手術が行われた。当初はそのグロテスクな内容で話題になったのだが、実は撮影者が勝手に動画をアップしていたらしく、手術を受けた男性が病院側にクレームを入れるという別方面での騒ぎになっていったのである。

動画を見てみると確かに周囲から歓声があがっているのが確認でき、病院側が興味本位で撮影、アップをしたようだ。確かにひどい行いではあるのだが、ネット上ではさらに別の方面で話題となっていた。
つまり、この肺魚はどこから入ったのか、ということだ。確かに南米にはカンディルという魚がいて、肛門や鼻の穴などから入り込み、吸血をしたり肉に食いつくという恐ろしい魚がいるが、残念ながら肺魚には、そのような習性はない。そもそもカンディルは全長3〜4センチぐらい。さすがに50センチもあると、自力で侵入することは難しいだろう。
また肺魚はその名の通り、エラ呼吸に加えて肺でも呼吸ができるのだが、さすがに腸内で生き続けるのは難しく思われる。さらに口から入った場合、腸に到達する前に消化されて息絶えていたことだろう。

つまりこの肺魚は病院に来る少し前に、人間の手によって肛門から入れられたのではと考えられるのだが……。いったいなんのためにという部分を考えるのはやめておこう。
ちなみに当事者の男性は、肺魚の侵入経路について、口をつぐんでいるという。

何とも恐ろしい生態と言うべきですが、まさにエイ○アンもかくやと言うその手術光景に関してはこちらから自己責任で参照されることをお願い致します。
ショーで人気のイルカなどは特殊な性癖によっても知られているそうですが、こちら水族館等で人気のあの生き物もとんでもない行為を致していると言います。

オットセイがペンギンと交尾する現象がたびたび目撃される…理由は不明(2014年11月19日BBC)

南アフリカ共和国・マリオン島で、オットセイがペンギンを捕まえて交尾に及ぶという奇妙な行動がたびたび目撃されています。オットセイは何故ペンギンと交尾したがるのか? その理由はよく分かっていません。

プレトリア大学哺乳動物研究所の調査チームは、オットセイがキングペンギンを相手に無理やり交尾する現象をこれまでに4回目撃し、映像に記録することに成功。学術雑誌ポーラー・バイオロジーで発表しました。

この現象が最初に目撃されたのは2006年とのこと。ほとんどのケースでは、交尾行動が終わるとキングペンギンは解放されますが、いちばん最近の目撃事例では、オットセイは交尾後にペンギンを殺して食べてしまいした。

研究チームによると、オットセイとペンギンの交尾には共通パターンがあります。オットセイがペンギンを追いかけて捕獲し、押さえ付け、マウンティングして交尾行動に及びます。行為は途中休憩をはさみながら5分間ほど続きます。

研究チームのニコ・ド・ブルイン氏は、マリオン島のオットセイの間で、ペンギンと交尾する行動が広まりつつあると考えています。オットセイには学習能力があるため、他の個体がペンギンと交尾する様子を見て、真似するようになっているようです。ペンギンをメスのオットセイと誤認している可能性は低いとしています。

ペンギンとの交尾が目撃されているのが若いオスのオットセイであるため、性的フラストレーションのはけ口にしているのか、あるいは交尾の練習をしているのかといった理由が考えられていますが、本当のところはよく分かっていません。

これまたその動画に関してはこちらから自己責任で参照いただきたいと思いますが、彼らが何故こうも反種族的行為に及ぼうとするのか謎の解明が急がれますね。
最後に取り上げますのはこちら、何気ない日常風景の中にまさしく奇跡としか言いようのないとんでもないものが現れたと言うびっくりニュースです。

芸術は爆発だ! 奇跡の一枚としかいいようがない「鳥フン」が激写される(2014年6月28日ロケットニュース24)

ふとした時に襲ってくる悲劇……それが鳥のフンである。当たったからラッキーという訳でもなく「百害あって一利なし」という言葉がピッタリ。まったくもって迷惑極まりない本当の「クソ」野郎だ。

朝起きたら車のボンネットに鳥フンがついていて激怒したという人もきっと多いはず。だが、しかし! そんな怒りの矛を思わず収めてしまうような奇跡の一枚が激写されたのでご紹介するぞ!!

画像は海外で撮影されたもので、鳥フンが落ちたのは車のボンネット上だ。豪快に落とされており、これは相当へこむ。何なら家から出たくなくなるくらいショックに違いない。

が、よく見てビックリ! なんと「アート」ができあがっているのではないか!! 
(略)

え…え…?と思わず二度見してしまう衝撃の映像は元記事を参照頂きたいと思いますが、いやはやこれは何とも不思議な光景ですよね。
それは確かに写真にも撮りたくなる気持ちは十二分に理解出来ますが、やはりこれは自然破壊、環境破壊に日夜邁進する人間への自然がもたらした警鐘と受け取るべきなのでしょうか。

今日のぐり:「みやま 金光店」

岡山県南西部の笠岡市界隈と言えば近年は「笠岡ラーメン」で知られていますが、その一画にある「みやま」と言いますと何でも昆布と魚介系ベースのさっぱり醤油スープを看板とする老舗だと言います。
その「みやま」の支店がこちら金光町は2号線沿いにある金光店ですが、しかし笠岡のラーメン屋というのはこういう掘っ建て小屋っぽい建物なのも伝統なんでしょうかね?

メニューは中華そばとおにぎりしかないのは潔いと言うもので、とりあえずセルフの水を飲みながら中華そばを待っていたのですが、何やら店内が良い匂いなのは臭みの出やすい豚骨などを使わないせいなんでしょうか。
運ばれて来たものは背脂も浮いて笠岡と言うより一見尾道ラーメン?と思うような外観なんですが、いい香りを放つ澄んだスープは醤油ダレの加減も頃合いで、今時の凝ったスープのような濃さや複雑さはないんですがソウルフード的にほっとする味です。
これも尾道系っぽい平打ち麺はやや柔らかめの茹で加減ですがスープとのマッチングはいい感じですし、ネギの風味もいいアクセントなんですが、強いて言えば豚チャーシューは昔ながらの…と言う感じの仕上がりで、ノスタルジックなラーメンに合っていると好意的に受け止めるべきなんでしょうか。
とにかくシンプルにうまくて嫌な要素が少ないラーメンと言うのでしょうか、個人的にはちょいと小腹が空いたと言う時にうどん屋に立ち寄ることが多かったのですが、こういうつるつると軽く入ってしまうラーメンもありなのかなと言う気がする味でした。

おじちゃんおばちゃんが二人きりでやっていらっしゃるようで、お客も淡々と立ち寄ってはラーメンを食べて帰っていくだけなんですが、実は意外にフランクかつフレンドリーで暇な時間帯ですとそれなりに相手もしてくれそうな雰囲気ですよね。
ただスタッフも少ないんですがラーメン屋としてはもの凄くシンプルで席数もメニューも限られているだけに、見たところ水もセルフにする必要があるのか?と言う気もするのですが、まあこれは本店から続く長年の流儀ではあるのでしょう。

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2014年11月22日 (土)

いま携帯電話の解約が熱い?

携帯電話と言えば今やその所持を前提に社会が成り立っているようなところもありますが、各社の契約獲得競争も激化しているせいか加入したはいいが、いざ契約を解除しようとするとなんだかんだで面倒くさいと言うことがままありますよね。
特に最近では何かと本人確認と言うものが重視されるのは犯罪等に利用される可能性も考えると仕方のない部分もあるかと思いますが、あまりにそれが行きすぎていると困ったことになると言う話が最近注目されています。

故人の携帯解約ができるのは本人のみ?ソフトバンクの対応が話題に(2014年11月2日IRORIO)

死亡者本人が解約に?

ソフトバンクモバイルの解約での対応がインターネットで話題になっている。きっかけになったのは、まろん具らっせさんのツイートだ。
短期間に1万以上のリツイートがなされた上、似たような体験をした人のツイートも寄せられた。
そこでは「死亡診断書の原本を持参するよう言われた」「(亡くなった)本人の承諾書が必要と言われた」「手数料を取られた」「名義変更してからでないと、解約できなかった」などの対応があったとのこと。
結局、まろん具らっせさんは他の店舗で解約ができたのだが、当然のことながら不満は残ったようで「もう二度と最初の店いかない近寄りたくもない代理店にも本丸にも苦情いれる」とツイートしている。

3社の解約ページ

ソフトバンクモバイル、NTTドコモ、auのホームページで、故人の解約について見てみよう(下記リンク参照)。
一番分かりやすいのはauだろう。先に「原本を要求された」とあったが、ここでは「原本の提出が困難な場合は、コピーでも可能です」となっている。
ソフトバンクモバイルもほぼ同じ内容だが、こちらは「コピー可」とはなっていない。やはり原本が必要なのだろうか。
この2社と比べると、NTTドコモは分かりづらい。先の2社のように「○○か××か……のどれか」と具体的に書いてあった方が良いはずだ。
興味深いのは、3社ともに、「葬儀(会葬)の案内状(礼状)」を可としているところだ。またソフトバンクモバイルとauは「新聞のおくやみ欄」でもOKとしている。こうしたものが大丈夫になったのには、何か前例でもあるのだろうか。
「(解約)手数料は無料」「どの店でも可能」などは共通なので、手数料が必要だったり、他の店に行かされたりするのは、明らかに間違いだと分かる。

透けて見える事情

こうした中で話題になったものに、ソフトバンクモバイルでは、どんな理由であっても解約すると店にペナルティが課せられるため、解約を渋るとの話だ。さもありなんと思われる内容だが、NTTドコモやauも、何となく解約を避けたいなーとする思惑が透けて見える
例えば、NTTドコモの「ご契約者の死亡による承継または解約」ページだが、タイトルでも分かるように、まず「承継」が出てきて、次に「解約」となっている。
一家に一台黒電話、の頃ならいざ知らず、1人に1台、仕事とプライベートで2台の人も少なくない現在で、親の電話を受け継ごうとする人がどれだけいるだろうか。利便性を考えれば「解約」が先で「承継」が後だろう。
またauの「死亡した母の携帯を解約するには」を見て欲しい。
なーさんの「母が亡くなり 母の携帯を解約するには 何を持参すれば良いですか!?」に対して、 minzさんが「公式 契約者が死亡したためauケータイの名義を変更したい(承継したい)に掲載されております」と答えている。
「minzさんはauの手先!」と言うわけではないが、公式ページを紹介するのであれば、下記の「契約者が死亡したためauケータイを解約したい」が妥当だ。会員間のやり取りとは言え、全くフォローしないauに、どことなく嫌らしさを感じてしまう。
「早速 ありがとうございます!!」と答えたなーさんが、承継ではなく解約できたのを願うばかりだ。
これに限らず、インターネットの掲示板や質問サイトなどでも、解約に関する問い合わせや書き込みは多い。「とりあえず書き込んで聞いてみようか」とする人もいるだろうが、各社とも解約の手続きを、もっと分かりやすくする必要がありそうだ。

死んだ夫の携帯の解約出来ずショップに「遺灰」を持ち込んだ女が話題に(2014年11月19日秒刊サンデー)

携帯電話の契約の際には本人確認が徹底される。契約者本人が直接手続きを行う場合は問題ないが、携帯電話の所有者が死亡した場合、その解約手続きに手間取ることが珍しくない
2014年10月、遺族の携帯電話の契約解除を申請されたソフトバンクショップが「本人同伴でないと手続きを行えない」と主張し、「遺骨を持ってこいと言うのか!」と関係者が激怒する事態に発展したが、ヨーロッパのウェールズでは死亡確認を求められた未亡人が本当に携帯電話ショップに遺骨を持ち込んで話題になっている。

カーディフ在住のマリア・レイボールドさん(56歳)は、2014年の8月下旬に夫のデイビッド氏をガンで亡くした。葬儀を終えた後、夫の所有していた携帯電話を解約するためにT-Mobileショップに電話をかけたところ、「本人の死亡を確認できないと手続きを行えない」と拒否されてしまった。
マリアさんは三度もT-Mobileショップに直接足を運び、夫が死亡したことを懸命に説明した。火葬場の請求書だけでなく遺灰が詰まった骨壺まで持参したが、証明にならないとして全く聞き入れてもらえなかった
それどころか、T-Mobileは再三にわたってマリアさんに未払いの料金を請求し続けた。デイビッド氏は存命中、Samsung Galaxy mini SIIの使用料として月に約26ポンド(およそ4750円)支払っていたため、トータルで129ポンド(およそ2万4000円)も会社に払わなければならないというのだ。マリアさんは想定外の事態にパニックを起こし、体調を崩してしまった
数か月にも渡る論争の末、T-Mobile側は手続きの行き違いを陳謝。無事にデイビッド氏の携帯電話の解約手続きも完了し、マリアさんは事なきを得た。
マスコミの取材に対してマリアさんは、「携帯電話の解約より夫の埋葬手続きの方がよっぽど簡単だった。」とコメントしている。携帯電話を所有している世帯に向かって、「私のような辛い思いをする人がこれ以上現れないことを願っているわ。」と注意も呼び掛けている。
T-Mobileはアメリカでも契約者数トップ5に入るほどの大手携帯電話会社だが、有名な企業だからといって信用できるとは限らないようである。
(略)

単純に相手が亡くなっても契約がいつまでも継続されるのはどうなのか?と思うところですが、法的に見れば遺産相続を放棄したと言ったことでなければ相続人が携帯支払いに伴う債務も自動的に引き継いでいると見なされるのだそうで、それならば契約そのものも引き継いでいると見なして本人に代わって解約させてもよさそうに思いますが、一応名目上は「勝手に解約されたと後で本人にクレームをつけられても困る」と言うことなのでしょうか。
ともかくもネット上では「いよいよイタコの出番か」「遺族の気持ちを何だと思ってる」等々様々な意見があるところなんですが、好意的な意見と言うものはほとんど見られないのは当然であるし、少なくとも公式の規定に従って判断する限り紛争化した事例と言うものはショップの現場判断?で規定外の対応をしている場合が多そうですよね。
ただそうしたイレギュラー対応が何故発生するのかと言えばなるべく解約させたくないからであって、何故そのように思うのかと言えばショップにとっても解約が不利益になると言う制度的な問題があるのだとすれば、やはり契約数増加ばかりを追及する携帯キャリアー各社の考え方が根本的に問題なんだろうと思います。
当面の対応として契約上定められた方法論に従って粛々と解約手続きを行っていくしかないんだろうと思うのですが、むしろ金銭的に問題なのは口座からの引き落としになっていたりで延々と故人の回線料金を支払っていたと言ったケースではないかとも思われ、本人死亡時に故人の契約関係を確認することはもちろんなんですが、キャリアー側もこうした事例を単に面倒のない金蔓として扱ってもらっては困りますよね。

ネットで検索してみますと携帯絡みのトラブルで圧倒的に多いのは実は死亡時ではなく各種名義貸しに関わるもののようで、夫婦間や姉妹間など身内の間で名義を貸し借りしていたものがその後不仲になり支払いで揉めたと言ったものから、第三者に名前だけ貸してくれと言われ貸したところ後々困ったことになったと言ったものまで様々なバリエーションがあるようです。
名義を貸す必要があったと言うことは本人名義では契約出来なかったと言う可能性が高いと思うのですが、携帯各社にしても後々のリスクが高そうな相手には契約したがらないのだろうと考えると基本的には名義貸しなどは避けた方がいいのだろうし、とりわけ犯罪行為などに巻き込まれる可能性までも考えると、よほどに相手と一蓮托生という覚悟でもない限りは避けた方がよさそうな話ではあります。
携帯と言えば最近ではスマホの普及で料金も高くなってきていて、なおかつ一人一台以上が当たり前となると家族全員の分となればかなり高額な固定経費になる理屈で、しばしば「生活が苦しい!保護費をもっと上げて欲しい」と主張している生活保護世帯が毎月数万円の通信費を支払っているのは是か非か?などと言った議論も為されるところですよね。
ただ現実的に今の時代社会の仕組みとして携帯所持が前提で成り立っていることを考えると、必要性があるのに持てないと言うことがそもそも問題とも言えるだろうし、特に昨今多い住所不定のワープア層にとっては携帯だけが最後の砦と言うケースもままあるようで、この辺りは個人の生活に不可欠なものであるなら何かしら社会の方で工夫していく必要もあるのかも知れません。

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2014年11月21日 (金)

患者に対してだけ全人的であればいいわけではなくて

本日の本題とはあまり関わりのないことですが、先日久しぶりの医学部新設が認められたと言うことで大いに話題になった東北薬科大で、新たに教授らスタッフの公募が始まったと言う記事が出ていました。

東北薬科大、医学部教授ら180人公募- 地域医療への支障に配慮も(2014年11月17日CBニュース)

 東北薬科大は、2016年4月の医学部新設に向け、基礎医学・臨床医学系などの教授ら約180人の公募を始めた。医学部新設に伴い、地域の医師が教員として引き抜かれるなどの懸念が出ていたが、同大は募集要項に「地域医療に支障を来さないことを担保することとなっている」と明記。地域医療に及ぼす影響を確認するため、応募者に対して所属長の意見書の提出を求めている。【新井哉】

 募集要項では、求められる教員像として、「医学教育に貢献し、自ら率先して地域医療に貢献する気概と意欲を持った教員」を提示。新設の医学部では、総合診療医を中心とした地域医療を担う医師を養成することを目指すとしている。

 募集する講座は、「基礎医学・社会医学系」の12講座と「臨床医学系」の23講座、「病院中央部門」の5部門で、教授や准教授、講師など約180人を募る。任期は5年で、「業績の審査結果により、継続雇用が可能」としている。

 応募要件として、博士の学位取得者で就任予定時に65歳未満、臨床系教員は医師免許を持つことなどを挙げている。履歴書などの提出期限は12月22日(必着)。提出された書類による採用候補者の選考のほかに、必要に応じてプレゼンテーションも実施する予定。

この新設医学部に関しては未だ認可を検討中だった頃から教員等の確保をどうするかと言う問題が言われていて、昨年には地元東北の市長会が「教員に地元医師を採用するな」と言う異例の決議を採択したことも話題になりましたが、当然ながら自分達の足下から引き抜かなければどこから呼んでもいいと言う態度では問題だろうし、募集要件に(少なくとも明示的には)地元以外からと言う条件は出ていないようです。
所属長の意見書提出と言うのがその点でどれほど有効なのかですが、まあしかし地域医療に貢献する人材育成を設立目的として掲げた大学において、地域にとっていてもいなくても問題ない人間ばかりが教員になると言うのもどうなんだと思いますし、こうなりますと根っからの臨床家よりも研究畑メインの先生方が有利になる可能性もあって、これまた目的上果たして良いことなのかと言う気もしないでもない話です。
いずれにしても今後どういう方々が応募してくるのか、最終的にその出身地域・母体の分布がどうなるのかと言うことも興味が出てくる話なんですが、それらについては当面のところ続報を待つとして、本日は先日見かけてちょっと面白かったこちらの記事を紹介してみましょう。

「全人的な医師」はチーム医療の中ではうっとうしい/尾藤誠司(2014年11月13日日経メディカル)

 「全人的医療」という言葉をよく耳にします。医師の卒後研修などでも「全人的な医療を実践できる医師を育てる必要がある」という話をしばしば耳にします。全人的な医療が実践されることはすばらしいと思いますし、各医療者は患者に対して全人的な視点で対応することが義務だということに私も異論はありません。
 しかしながら、「医師は全人的医療を実践しなければならない」という言葉を聞くたびに言いようのない違和感を覚えるのです。果たして、医師は本当に全人的な存在であるべきなのか、と考えてしまうのです。

医療者の全人的態度とは
 さて、「全人的医療」とはいったいどのようなものなのでしょうか?ネットで調べてみると、「特定の部位や疾患に限定せず、患者の心理や社会的側面なども含めて幅広く考慮しながら、個々人に合った総合的な疾病予防や診断・治療を行う医療」(デジタル大辞林より)とあります。
(略)
 患者さんには「あの先生はとても優しい」と大変評判がいい一方で、看護師からの評判が悪い医師がたまにいます。その医師の振る舞いなどに対して看護師から文句を言われることがあるのですが、その医師の何が一体問題なのかと看護師に問い合わせてみると、かえってくる返答は決まって「あの先生は私たちの話を聞いていない」というものです。
 なぜ全人的な態度を自覚する人間は看護師の話を聞かないのでしょうか? それは、「自分は患者の全てを把握している」と思い込んでいるからなのだと私は思っています。
 もう自分は患者の社会的背景も心理状態も家族関係も全て解っていて、その中でバランスを考えて患者にとって正しい答えを導き出している、という認識なのです。だから、あとはこのバランスの取れた答え通りに物事を進めるのが一番よく、看護師やケアマネジャーの意見はむしろノイズに聞こえてしまう。これってたちが悪くないですか?

 私が知っているとある病棟のとある外科系の医師と、看護師との話を聞いていると実に気持ちがいいです。その医師は、手術がすごくしたくて、「手術、手術ー」みたいな感じなんですが、看護師から「先生、この人はね、こうこうこういう事情があるんですよ。そんなにあせったら患者さん困っちゃうでしょ!」と言われて、「そうなんだー」という感じで自分の主張をいったん取り下げます
 チーム医療においては、決められたプロトコルをチームがうまく分担したり協力しあって行いますが、もう一つのチーム医療の重要な点は、患者にとって最も有益な診療ケア計画の立案に対して、患者自身、家族、そして様々な医療スタッフが一同に関与することなのだと私は思います。
 その上では、役割として医師は医師の視点、医師の価値観を明確に出す方がやりやすいのです。医学的にはこのくらいの延命効果があって、このくらい有害事象があってこのくらいリハビリにかかりそう、というようなことと共に、「医師の立場としては手術した方がいいと思う」という意見を述べてもらう方が、最終的な意思決定を行う上では有用な情報が提示されます
 バランス感のある意思決定が行われることが重要なのであって、その意思決定が結果として全人的に患者の状況を考慮した上での意思決定になっていれば良いのだと思います。そこに置いて、意思決定の根拠となる情報や推奨は、各専門家の立場では違って当然です。

リーダーシップと支配は違う
 「全人的な態度を持つ医師」が他の医療職にとってうっとうしいのは、自分が責任を持つべき領域に医師が勝手に介入し「そこも僕の分だよ」と持って行ってしまうところにあります。そこで「お医者さん、うざいです」と言うことができれば良いのですが、残念ながら医療職の中には、どうしても医師が優位に立ちがちな権威勾配が存在します。
 重要なのは、意思決定に関与するグループの中で、医師はしばしばリーダー役を担うとともにリーダーシップを医療チームから期待されますが、リーダーシップを発揮することと、自分が考える価値を他人よりも優位に置くことを医師はしばしば混同してしまうということです。
 特にチーム医療においてリーダーシップを医師が発揮する時には、自分の立場を医学的な価値観に軸足を置きながら、あくまでそれは患者にとっての最善を決定して行く上ではパーツの一つに過ぎないと自覚すること、そして、ケアの立場や社会資源利用の立場から出された価値に敬意を持ち、最終的な意思決定にうまく反映して行くことが大切なのだと思います。
 その意味では、医師に必要なことは「全人的な視点」というよりは、「全人的な視点について理解し、尊重する視点」なのだと思います。
(略)

まあ全人的かどうかと言うのもかなり主観的な評価軸で、治療の奏効率だとかデータの改善率などと違ってさじ加減一つと言う部分は大きそうには思うのですけれども、単なる医療技術・知識の提供者と言う立場を離れて患者のあらゆる側面に深く関わる傾向のある先生方と言うのは実際にいて、一般論としてはそういう先生を主治医に持った方が患者にとっては安心感があるものですよね。
一方で現代医療で必須化してきているチーム医療においては医師は数多い専門家の一人としてチームに専門的見解を示すと言うことが期待される一方、どうしても職場内でのヒエラルキー的にまとめ役、決断役をも担当することが多くなるのは自然な流れだと思いますが、そこで仕切りをあまり強く出し過ぎてしまう、あるいははっきりと独断専行してしまうタイプの先生も一定数いるものです。
こうした独善的タイプの先生方といわゆる全人的医療の追及度とが相関するものなのかどうかは何とも言いかねるのですが、実際に患者の様々な情報をよく知っているベテランの先生がスタッフの意見を右から左へ聞き流しているように見えることもままあって、恐らく当人の中ではそうしたスタッフの声も込みで総合的に判断しているつもりなのでしょうが、情報量に差のある周囲からすれば何故その結論を?と感じてしまうのも確かなのでしょう。
この辺りの状況は全人的かどうかと言うよりも、自分の持っている情報を必要に応じてチームに還元し共有すると言う作業をまめに行う意志があるかどうかだと思いますが、当然ながら患者の情報をより多く収集する作業には大いに時間も手間もかかるはずですから、さらにその上で集めた情報をスタッフにいちいち説明し理解させ認識を共有する手間まで余計にかけたくないと言う心境になってしまうのかも知れませんよね。

ただ全人的な医療とは記事中の辞書的定義にもある通り、単に「患者の全てを把握している」者が偉いのではなく、その情報に基づいて患者に合った医療を提供するスキルが伴って初めて高い評価を得られるはずなんですが、後半部分の医療の善し悪しなどは素人の患者にはなかなか判断し難いせいか、「診断とか医者としての必要最低限のこと」が出来ていないのに良い全人的医療と変に自己満足してしまうのでは意味がないですよね。
以前にとある田舎町で僻地診療に従事されている先生のお話を伺う機会があって、「先生何がご専門なんですか?と訊ねられれば僕はこの町の住民の専門家だと答える」と言われる通り、とにかく町内の人間関係を徹底的に把握されているのが印象的でしたが、特に複雑な血縁関係から議員さん等地元の有力者とのつながりまできちんと把握していなければ大事な意志決定を誤る恐れがあると言います。
もともと僻地とも言われるような田舎町の場合、町立病院の医者が2回続けてA商店に足を向ければ、商売敵のB商店の旦那さんから「先生最近店で顔見ないね~」などと診察室で嫌みの一つも言われかねないそうですから、とかく余計な波風を立てて話を難しくしないためにも何事にも空気を読むと言うスキルが重要なのでしょうが、そうした配慮の出来る先生ならチーム医療においても場の空気を読めないはずがないですよね。
考えてみると患者に関わる多くのスタッフのマンパワーもまた患者の持つ属性の一つとも言えるわけで、周囲のスタッフに十分な能力を発揮させない環境を強いておいて全人的医療も何もないものですが、別にその環境を整えることは特別な作業でも難しいことでも何でもなくて、ただ患者さんに向けるのと同じように患者さんの周囲にも相応の手間ひまをかけて話も聞き気を配っておくだけのことなのかなと言う気がします。

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2014年11月20日 (木)

マナーの悪いのは誰なのか?

今日の本題に入る前に、昨今の日本社会で流行語的に使われる「ブラック」「モンスター」と言う二つの言葉ですが、これら二つの言葉を関連づけた記事が出ていました。

ブラック企業衰退で…モンスター消費者横行の“負の連鎖” (2014年11月14日日刊ゲンダイ)

 いわゆる「ブラック企業」が追い詰められている。深夜バイトの「ワンオペ」(1人体制)で猛批判を浴びた「すき家」のゼンショーHDは、15年3月期連結決算の純損失が75億円の赤字になる見通しと発表。
 居酒屋チェーン「ワタミ」も、人手不足や経営不振で今年度中に102店舗閉鎖する方針だ。こちらは「365日24時間死ぬまで働け」の“社訓”で、新入社員の過労自殺を招いたことが非難された。

 ブラック企業が排除されて「これにて一件落着」かといえばそうではない。代わりに横行するのが、「モンスター消費者」だ。
 特に飲食店は、モンスターたちの格好のターゲットらしい。社会保険労務士の野崎大輔氏が言う。
「客の滞在時間も長く、日本の従業員は“おもてなし”を重んじた低姿勢。だから、モンスターたちがツケ上がる。『従業員は会社や家庭での不満を晴らすハケ口』と勘違いする人々が増えるのです。そもそも『ブラック企業』という言葉が独り歩きしている状況で、実態にかかわらず、気に食わないことがあれば、モンスターはすぐ“認定”する。たとえ、ブラック企業が衰退しても、日本人のモラルが低下しきった今、モンスター消費者は減るどころか増え続けるでしょう」

 最近ネット上では、業績が上がり店舗拡大中の某飲食フランチャイズが、「ブラックだ」とヤリ玉に挙げられている。その理由は「料理業界はすべて基本的にブラック」などと根拠のない書き込みが目立つ。
「過酷な労働環境の店ほど、従業員はスキルを身に付ける前に辞めるので、常に、未熟な店員しかいない状況です。そこにモンスター消費者が付け入るスキが生じる。ちょっとしたミスで文句を言うから、従業員は耐えられず辞めてしまう。飲食業界はこの負のループから抜け出せないのです」(野崎大輔氏)
 このままだと、日本では飲食チェーンそのものが成り立たなくなるんじゃないか。

今ひとつ論旨不明と言いますか看板に偽りありと言いますか、要するに現場の労働者にとっては雇用主からの暴虐だけでなく顧客からの横暴にも苦労させられると言う趣旨なんだと思うのですが、実際のところアルバイト市場においても特に外食産業で人材不足が目立っているとはしばしば話題になるところで、確かに特別給料がいいと言うのでもなければわざわざストレスの多い職場に関わりたいとは思えませんよね。
いわゆるブラック企業問題に関しては記事にも軒並み「有名処」が業績を落としたり労働環境改善に動いていると言う報道があるように、ネットによる批判やバッシングと言うものもそれなりに存在意義があるようには感じられる一方で、別にブラックでもないのにごく一部の書き込みによってブラック認定されてしまったと不満に感じている企業も少なからずだそうで、実際に求人において支障を来すと言った実害も出ているようです。
一般的にネット環境においては声の大きさが数の多さを反映しないと言う「ノイジーマイノリティ」の問題が指摘されていて、先日も記事に批判殺到で炎上したと思ったらIPアドレスを見るとたった4人が書き込んでいるだけだった、などと言う笑い話のような記事が出ていましたが、基本的にこう言う炎上好きな人々はさっさと飽きて他所に行ってしまうので、やはりある程度長期的な経過を見てからでないと評価は定めがたいですよね。
もちろん就職などは日本の場合、基本的に新卒年単位の一発勝負と言う新卒一括採用になっている以上時系列を追うのも難しいところはありますが、転職や再就職などである程度時間的に余裕があると言う場合はリアルタイムでの好評悪評の書き込みに一喜一憂するのではなく、少し距離を置いて経過を眺めてみてから決断した方がまだしも後悔が少ないと言う可能性もあるのでしょうか。
少しばかりブラックと言うものに関して余計な前置きが長くなりましたけれども、本日はもう一方の雄たるモンスターと言うものに関して先日意外なことで激論が交わされたと言う、こちらのニュースを取り上げてみることにしましょう。

「マナーがなってない」のは中高年の方だ! 「若者擁護」の新聞投書めぐりネットでバトル(2014年11月15日J-CASTニュース)

   「最近の若者はマナーや礼儀がなっていない」とよく批判されているが、むしろマナーや礼儀がなっていないのは中高年の方である――朝日新聞に寄せられた、そんな読者の「本音」がネットで話題になっている。
   投稿したのは「牛丼店でアルバイトをしている」という40代の女性で、これを読んだ人たちは、「接客業をしているとこういう結論になる」といった賛同や、マナーや礼儀を知らない人は一定数いて少子高齢化で数の多い中高年が目立っているだけ、などといった反論が出ている。

「店でキレて騒いでるのは、おっさんおばさんばかりだよ」

   話題になっているのは2014年11月14日付けの生活面「職場のホ・ン・ネ」への投稿だ。題は「お金投げ置く中高年」となっていて、内容は、若い人は食事を終えた後に「ごちそうさまでした」と言って料金を払ってくれるけれども、レジで言葉もなく、投げるようにお金を置くのは中高年の男性ばかりだ、と書いている。「お金を払って食べてやっている」という感覚なのかもしれないが、そんな親に育てられた子供があいさつしない大人に育つのだと思う、とし、
    「嘆くべきは常識のない若者ではなく、お手本にならない大人たちではないでしょうか」
と疑問を投げかけた。
   この投稿は、この欄に11月7日付けで掲載された投書への反論で、11月7日付けでは大手企業の社員寮で清掃をしている60代の女性が、「150人程いる20代の独身男性のうち約半数がろくにあいさつもしない」と嘆いていた。

   この投書を巡ってネット上では、マナーや礼儀がなっていないのは若者なのか、中高年なのか、といった議論が起きていて、ツイッターや掲示板には、
    「私も接客業で働いたことあるけど、中高年のおじさんって本当にタチ悪い。何であの年代って横柄なんだろ」
    「若い人にもクズはいるのはあたりまえだが、実際に店でキレて騒いでるのはおっさんおばさんばかりだよ」
    「カスタマーサポートでもクレーマーは大抵40代以降のやつだったなw若い子はおどおどして慣れてない感じだけど敬語だったり謙虚な子がほとんど」
などといった意見が出ている。
   一方で、少子高齢化社会だから数の多い中高年が目立っているだけであり、若者はマナーや礼儀を知らないばかりか狂暴化しているとし、東京・渋谷での、サッカーやハロウィンの際のバカ騒ぎぶりを挙げる人もいる。

「近頃の若者」よりも「近頃の年寄り」を検討すべき

   ただし、「近頃の若い奴らは・・・」と語られ、若者の将来を憂う事はいつの時代にもあったわけだが、ここのところ、若者だけでなく中高年のマナーや礼儀、モラルの低下を指摘する声が大きくなって来ているのも確かだ。
   国際政治学者で慶應義塾大学法学部の田所昌幸教授が13年11月3日付けの読売新聞に『「昔はよかった」と言うけれど』(大倉幸宏著)の書評を書いていて、
    「近年の若者は一般に礼儀正しく、公共の場所でのマナーもよいのに対して、むしろ傍若無人なのは、親父世代に多いように思えてならない」
と論じている。いろんな窓口で若い担当者に苦情を言っているのは比較的年配の女性が多い印象だし、電車内で田所教授にいつも絡んでくるのは団塊の世代の男性なのだそうだ。この団塊の世代も「最近の若い者は」というセリフをさんざん聞かされた。若者のマナーやモラルの低下について識者は、都市化や近代化が原因だと結論付けてきたが、果たしてそうなのか、と疑問を投げかけ、
    「元気のいい高齢者が増えた現代では、『近頃の若者』より、むしろ『近頃の年寄り』の方を検討してはどうかしら」
などと提案していた。今回の投書をめぐる議論を通し、田所氏の提案や指摘にあらためて注目が集まりそうだ。

マナーと言うものも時代時代によって変化していくものであるし、かつてはこれが正しかったと言う行為が後の時代になって駄目出しされたりその逆もあったりと言うこともあり得るわけですが、基本的には人間多くの場合自分達と流儀が異なっている相手をマナーが悪いと断ずる傾向があるのだとすれば、世代間でお互いにマナーが悪いと非難し合うのはごく当たり前の現象であるとも言えそうですよね。
ただ一般的に年長者は年少者に対して上から目線で応対しがちであり、また年少者からそれなりの節度と敬意を伴った応対を期待しがちなものですけれども、年少者にすれば直接的な上下関係もない赤の他人に水平的な態度を取ってしまうのも必ずしも間違いと言うわけではなく、むしろ場合によっては彼らのコミュニティ内での常識に従ってフランクでフレンドリーな態度を示したつもりであったのかも知れません。
この種の認識のギャップとしてしばしば聞くところですが、常連の顧客に対して親しさを演出する意味で敬語対応からタメ口に切り替えたところ「客を何だと思っているんだ!」と激怒されたり、逆にいつも丁寧な口調を心がけていると「ここの人は冷たい。突き放されている感じがする」と嘆かれたりと難しいところがあると言いますし、見ず知らずのご老人にお爺ちゃんお婆ちゃんと呼びかけただけでトラブルに発展したと言う話もありますよね。

率直に申し上げて世代間のこうした反発、反目はそれこそ有史以来延々と繰り返されてきた話で特に新味がないとは言えるのですが、むしろここでは団塊のモンスター化などと年長世代に対する批判をメディアなども取り上げるようになったことの方が重要で、選挙にも行かずスポンサーとして投下すべき金も持っていない若者層などかつてであれば、あることないこと一方的に叩かれて当然と言うヒエラルキー最下層であったわけです。
ネット経由でこうした「サイレントマジョリティー」の声が世に出るようになってきた結果、彼らも一方的に叩かれる立場を(控えめに言っても)快いものと甘受しているわけではないと言うことが知られるようになってきた、そして時には一部のアクティブな方々が「ノイジーマイノリティ」などと言われながら反撃に出る場合も出てきたり、あるいはスポンサー電突など社会に影響力を行使するようにもなってきたのが現代社会であると言えます。
高齢者からすれば今までは社会の規範と見なされるべき年長者として学べ見習えと奉られてきたものが、突然世の若造から反撃を喰らうわマスコミには耳の痛い意見が出るわで踏んだり蹴ったりと言う気持ちかも知れませんが、公平に見てどの世代であれ数や比率の差はあっても問題行動を起こす「モンスター」は一定数存在するのですから、それに対する批判は甘受しなければならないでしょうね。
もちろん一部のレアケースを針小棒大に取り上げて非難合戦と言うのも不毛なものですが、「あいつらの方が悪い」と言う側の立場に立ってみればまさかに「あいつら」よりもタチの悪い行動に率先して走るわけにはいかないでしょうから、案外こうした世代間の反発が日本人全体のマナー向上と言う面では良い方向に作用すると言うこともいくらか期待は出来るのかも知れません。

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2014年11月19日 (水)

男が女子大に入学出来ないのは違憲?

ジェンダーフリーと言いますと日本では何となくフェミな方々御用達と言うイメージもある言葉で、特に教育現場等でそれを強いるような用いられ方をする場合には世間的にあまりいいイメージを持たれてはいないようにも思いますが、実際に海外においてはあまり一般に用いられない和製英語的概念であると言う指摘もあるようですね。
ともかくも今も一部に見られる性的差異に対する忌避感とも言うべき考え方が男女差別解消と言う動機に端を発していることは確からしく思うのですが、折からの政府による女性登用方針も受けて「それは逆差別ではないか?」と言う声も聞こえ始めている今日この頃、なかなかに興味深い議論を提起するこんな裁判が始まりそうだと言います。

20代男性、女子大に入学認めて 「違憲」と提訴へ(2014年11月14日47ニュース)

 公立福岡女子大(福岡市)に入学願書を受理されなかった福岡市の20代男性が、大学の対応は不当な性差別に当たり違憲だとして、不受理処分の取り消しや慰謝料などを求め、福岡地裁に12月にも提訴することが14日、分かった。

 男性の代理人弁護士は「かつて女子大には、教育機会を得にくかった女性を優遇するという側面があったが、その意味は失われている。国公立の女子大の存在が憲法上許される根拠はない」としている。同種の提訴は初めてという。

 訴状によると、男性は福岡女子大の食・健康学科の2015年度入学試験の社会人枠を受験するため、14年11月に入学願書を提出。

「公立女子大行きたい」男性、出願不受理は違憲と提訴へ(2014年11月15日朝日新聞)

 福岡市の公立大学法人福岡女子大から入学願書を受理されなかった20代の男性(福岡県在住)が大学側を相手取り、受験生としての地位があることの確認を求めて福岡地裁に提訴する。男性は「男性を受験させないのは法の下の平等をうたう憲法14条に反する」と主張。不受理決定の無効の確認と慰謝料40万円の支払いも求めるという。

 男性側は「運営に広い裁量が認められる私立ならともかく、国公立の教育施設が受験資格に性別を設けるのは不当」と主張。男性の代理人を務める弁護士によると、国公立の女子大の違憲性を問う初めての訴訟になる見通しという。

 訴えによると、男性は今月、栄養士の免許の取得に向けたカリキュラムがある福岡女子大の「食・健康学科」の社会人特別入試に出願したが、不受理とされた。福岡県内の国公立大でこうしたカリキュラムがあるのは福岡女子大だけで、男性は「公立に進めないと経済的な理由で資格取得を断念せざるを得ない」と主張。入学願書の不受理は憲法14条や26条(教育を受ける権利)、教育基本法にも反しているとしている。

 福岡女子大の担当者は取材に「県立女子専門学校としての開校以来、91年にわたって女子教育を進めてきた歴史や理念がある。今後も女性リーダーの育成を目指した教育を進める」としたうえで、訴訟については「訴状を見ていない段階でコメントはできないが、きちんと対応したい」と話している。(長谷川健)

女子大なんてどこにでもあるだろうに今までこの手の裁判は聞かなかったと思っていましたら、年々共学化が進み国公立の女子大は今や全国にも数えるほどなのだそうで、件の男性も言っているように基本的には私学においてのみ存在する特殊な学校形態になってきているようですね。
そもそもこの女子大なるものは大昔には女性には教育を受ける機会が限られていたと言うことから設立が推進された経緯があるのだそうですが、確かに現代の教育環境を考えるとさほど深刻な存在意義はなさそうにも感じられる一方、特にいわゆるお嬢様系の女子大においてはそこに通うこと自体がブランド化していて、(その是非はともかく)花嫁修業的な位置づけにおいても未だに根強い人気を(男女双方から)得ているように思います。
また女学生の場合親から進学の為に家を出るなどまかりならん!と言う圧力がかかる場合も未だにあるようで、そう言う意味では身近に進学先が確保されていると言うことは重要なことなんだとは思いますが、それなら別に女子大でなくとも共学でも構わないはずであるし、むしろ今回のケースのように女子大設置が男性にとっての進学機会を奪う原因にもなりかねないですよね。
今回の場合昨今多い性同一性障害云々の理由と違って訴訟の動機が興味深いと思ってちょいと検索していましたら、まさしく同様の理由で女子大への進学を希望する男性と言うテーマでの議論がすでに以前から存在しているようなんですが、見てみますと面白いのは「そもそも議論以前の問題」とばかりに門前払いするかのような意見が多いと言う点です。

【参考】奈良女子大学に入学したい男子ですが、女子大学は違憲じゃないのでしょうか?(2013年6月1日ヤフー知恵袋)

もともと大学入試と言うのは人生の中でもかなり重大な問題で、一般論としても何かしら特定の方々にばかり有利不利があるような選抜方法が行われているとなると大騒ぎになっても不思議ではないと思うのですが、女子大に関しては一般に地域内でそこしか選択枝がないと言うことがまずないことから、今まで特に問題視されてこなかったと言うこともあるのかも知れません。
その点で上記の知恵袋での議論においてもまさしく福岡女子大が「地域の状況的にもしかすると問題化するかも知れない」唯一の例として取り上げられているのが興味深いところですが、仮に今回の訴訟で県側敗訴となった場合に訴訟動機からすれば必ずしも女子大の共学化は必要ではなく、地域内で男性が栄養学を学べる場を用意すればいいとも受け取れる話ですよね。
聞くところによると女子大共学化に関しては男女差別がどうだとかジェンダーがどうだとか言った話とは全く別に、単純に昔から続いてきた古き伝統を変えたくないと言う理由で抵抗する方々も多いと言う事情もあるようですから、どうしても女子大を温存したいと言うことであれば例えば近隣他大学の学生に女子大の栄養学の受講と単位取得を認めると言ったやり方も有りなのかも知れません。

実はフェミな方々は男子校の共学化と言うことを推進しているようなんですが、これまた全国的に男子校も減少の一途を辿っているものの、特に有名進学校としての一部私立男子校の存在感は未だに無視出来ないものもあって、今後公立では共学化が進んでいったとしてもこれら歴史と伝統を誇る男子校は残すべきだと言う根強い意見が未だ頑強な抵抗を続けているようです。
理屈の上では女子校の共学化も全く同じように推進されるべきだと言う話になりそうなんですが、現実的に電車等でも女性専用はあるが男性専用はなく、女子大学は数多くあっても男子大学は全国に一つしか存在しないと言った調子で「男女格差」は確かにあって、何しろ男がこれだけ弱くなった時代ですから今後男女の平等化が主張されるほどにこの辺りの矛盾点も注目され追及されることになるのでしょう。
ただ男女間の様々なトラブルを考えてみると、やはり男が被害者になるよりは女が被害者になる方が多いと言うのも事実でしょうから、社会の都合上も加害者予備軍を隔離するよりは被害者予備軍を保護する方が話も簡単で楽だと言うことなのでしょうが、では大学を男女別にして保護すべきほど女は知的パフォーマンスに劣る弱者なのかと言えば、そんなこともないはずですよね。
学校に限らず男だけ、女だけの環境はそれぞれ独自の気風を育みやすいのも確かで、それはそれで集団の個性を尊重する意味でも別にあって悪いと言うものでもないと思うのですが、既得権益に対して何かと反感を抱きやすい昨今の世情を見るところ、公立の組織において採用条件等で明示的な男女差別的やり方を取っていれば今後どんどんクレームがついてもおかしくはないと感じます。

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2014年11月18日 (火)

トータルでの損得勘定の難しさ

本日の本題に入る前に、最近自転車が歩道ではなく車道を走ると言うことになり、各地でその徹底が図られている最中ですけれども、自転車乗りの目線からするとより速度差が大きく運動エネルギーも圧倒的な自動車の横を並走すると言うのは正直怖いと言うところもあって、例えば先日はこんな記事が報じられています。

清須市・男性がひき逃げされ重傷(2014年11月10日東海テレビニュース)

10日朝早く、愛知県清須市の国道22号で自転車の男性がひき逃げされ重傷。愛知県警は大型トラックの男性運転手から現在、事情を聞いている。

10日午前4時45分ごろ、清須市阿原の国道22号線で30歳代位の男性と自転車が倒れているのを通行人が見つけ110番通報した。男性は右腕を骨折し頭を強く打つ重傷ですが意識はあるという。
愛知県警はおよそ1時間後に通報してきた大型トラックの40代の男性運転手から事情を聴いていて、「放置された自転車に当たったかもしれない」と話していることから容疑が固まり次第、ひき逃げなどの疑いで逮捕する方針。
自転車の男性は片側3車線の直線道路の歩道寄りで倒れていたということで愛知県警は事故の原因を調べている。

事故の原因もはっきりしない段階ながら早朝に三車線の国道と言うだけでもどのような道路状況かは想像出来ますが、試みにグーグルマップで表示してみますとちょっと自転車で走るには怖いような環境で、並走する立派な歩道もあるようですからそちらを走っていればお互い安全に走行出来そうには思うのですけれども、現行のルールではこういう場合も車道を走らなければならないと言うことではありますよね。
このところ福島青森などでも相次いで車道を走る自転車に車が接触し大怪我をすると言う事故が報じられていて、いずれも共通するのは自動車の速度が乗る直線区間であり接触したのが大型車両と言う特徴があるのですが、本来直線区間と言うものは見通しが良く事故の確率が下がると思いがちですが、自転車のすぐ脇を大型車両が高速で走り抜けようとすればまあ普通は煽られて怖い思いをすることになりますよね。
こうなるとまたぞろ「車道を走らせるとかえって危ない」と言う声も強まりそうなんですが、ただ車に対しては弱い被害者の立場になりがちな自転車であっても、ひとたび歩道を走れば歩行者にとっては危険な加害者にもなると言う理屈で、自転車走行帯の整備など物理的環境が整っていない状況ではやはり誰かが危ない橋を渡らないではいられないようです。
単純に走行可、走行不可と言う二択ではなくて、速度規制込みで例えば何キロ以下なら歩道走行可、それ以上は車道を走れと言ったやり方が全体的な重大事故のリスクに関しては一番減らせるのかも知れないとも思うのですが、こうした速度規制が元々定速走行をしているわけでもない自転車にどの程度有効かと考えると、現実的にはなかなか運用は難しいものがありそうですね。

いささか余談が長くなりましたけれども、世の中あちら立てればこちら立たずと言うことはどこにでも当たり前にあることで、しかもそれが一歩間違えば誰かの生命にも関わるともなればさじ加減に頭を悩ませることも多いのは当然ですけれども、先日以来世界中を賑わしているエボラ問題なども個人の権利と、集団の防衛と言うことのバランス取りが非常に難しい問題であることはすでにお伝えしてきたところですよね。
アメリカなどに比べると比較的緩いと言いますか、患者の自己申告と自主的協力を前提にした性善説的対応を取っている日本においてもその問題が指摘される部分が多々あって、特に疾患に対して素人である一般人に判断を委ねる部分が多いと言うのは防疫上非常に不安を感じさせるところではあり、実際にトラブルにも発展していることから「もはや性善説的対応は限界」と言う声が出ています。
先日は埼玉で自分はエボラかも知れないと言う「偽通報」があり大騒ぎになったと言うニュースが出ていましたが、意図的な誤報の類はもちろん許容されるものではありませんけれども、それではどこから疑い例として厳重な対応をすべきなのかと言うことは、エボラ疑い症例に関しては一般患者とは全く別ルートで対応すると言う大方針が打ち出されているだけに非常に重要なポイントになってくるはずです。
ちなみにエボラ疑い症例に関しては保健所が対応し救急隊は関わらないと言うことになったわけですが、一方で救急隊と言えば呼ばれれば取りあえず出動せざるを得ないと言う立場から現状でもコンビニ的過剰利用の問題が指摘されてきたほどで、消防庁としてもこの辺りの対応の線引きにはなかなか苦慮しているようです。

エボラ熱疑いの搬送要請に救急車出動させず-消防庁が決定、自宅待機の措置も(2014年11月14日CBニュース)

 エボラ出血熱の疑いのある患者から救急搬送の要請があった場合、救急車を出動させず、保健所に対応を任せる方針を総務省消防庁が決めたことが14日、分かった。発熱の症状を訴え、リベリアなど3か国への渡航歴がある疑似症患者が対象。出動後、現場で渡航歴などが判明した場合は自宅待機を要請し、その場では搬送しないという。ただ、本人からの申告がなければ、救急隊員らが感染する恐れもあるため、消防庁は「すべての傷病者に対して、標準感染予防策を徹底する」としている。【新井哉】

 消防庁が全国の消防機関に対して求める標準感染予防策は、手袋やマスク・ゴーグル、ガウンなどの着用が基本となっており、エボラ出血熱を含む一類感染症などに適用される。救急隊員らの2次感染を防ぐ観点から、消防庁は今後、全国の消防機関に対し、防護具などの装備が整っているかどうかの調査を行うなど標準感染予防策の徹底を図る方針だ。

 また、消防庁は、救急要請時に発熱の症状を訴えた人には、ギニアやリベリア、シエラレオネへの渡航歴の有無を確認することも要望。過去1か月以内の渡航歴があることが判明した場合には、「本人に自宅待機を要請するとともに、直ちに保健所に連絡し、対応を保健所へ引き継ぐ」としている。救急要請時に渡航歴の確認ができない場合でも、現場到着時に発熱の症状や渡航歴の確認ができれば、自宅待機など同様の措置を取るという。

 消防庁はこのほか、傷病者を搬送した後、その傷病者がエボラ出血熱に感染していたといった事態も想定し、対応に当たった救急隊員の健康管理の必要性や救急車の消毒を徹底することも挙げている。

 ただ、エボラ出血熱をはじめとする一類感染症などについては、本来は都道府県が患者の移送を担当するため、救急医療関係者からは「消防機関の救急車による搬送を検討する必要はないのではないか」との意見が出ている。

 標準感染予防策についても、「ゴーグルが曇るなど活動に支障が出るケースもあるため、現場での徹底は難しい」、「地方の消防機関では感染症対応の装備を十分持っていない」などと消防庁の方針を疑問視する声も上がっている。

 エボラ出血熱の疑似症患者をめぐっては、東京都の感染症対応の救急車が7日、リベリアに渡航歴のあった疑似症患者を特定感染症指定医療機関の国立国際医療研究センターまで搬送。また、11日に都立墨東病院で行われたエボラ出血熱を想定した訓練でも、救急車による搬送を実施した。いずれも救急隊員らが防護具を着用していた。

まあ本来のルールはともかくとして現実的に救急車で運ぶことも十分考えられそうなのですから、対処法についてはあらかじめ決めておいていいのだろうとは思うのですが、しかしこうなると都道府県にきちんとした対処能力があるかどうかも気になりますよね。
ともあれ、感染症に関しては一般に感染症患者かどうかはっきりしない場合はそうであると言う前提で行動すべきだと言う考え方がありますが、特にこれからの季節には発熱患者の救急搬送要請がどれだけあるのかを考えると現実的に全例エボラと想定しての対応は不可能であり、エボラが疑われる場合には全てお断りすると言うルールは現場にとっては必要なものであると思います。
ただ理念はそれとして現実的にどこから疑い症例として扱うかが難しいところで、高熱で意識朦朧として受け答えも満足に出来ないと言う状況でどこまで渡航歴を確認出来るのかと言ったケースはもちろん、本人がエボラなどであるはずがない、どうしても救急車で運んでもらいたいとゴネる、最悪渡航歴を隠すと言った場合も十分ありそうで、原則通りの対応を貫こうとするほど現場の違ったストレスも増えそうな気もしますね。
現実的にも救急車を呼ぶくらいですからしんどい状況の患者がほとんどなんだと思いますが、こうした業務に慣れていないだろう保健所なり都道府県なりがどれだけ迅速に行動出来るかと考えると、余計に待たされることになるだろう患者の立場とすれば勘弁してくれと言うのも正直な気持ちだろうとは思います。

この種の作業は「これこれの場合は一切駄目」と言う基準をはっきりと上が打ち出してくれ、現場はただ機械的にその基準に照らして判断するだけにしてくれた方が一番楽は楽なのでしょうが、何につけても不確実な医療と言うものの性質を考えるまでもなく、冒頭の自転車走行規制の話に戻って考えてみても、運用管理が楽であることがすなわち国民トータルでの利益を最大化するわけでもないのが難しいところです。
ちょうど先日厚労省の検討会で例の事故調ガイドラインについて初会合が開かれたそうですが、こちらでも第三者機関に報告すべき「予期しない死亡」と言う場合の予期しないとはどのようなものを言うのかと言った条文解釈で議論が膠着し、推進派の方々にとってはずいぶんと歯がゆい展開だろうと想像するのですが、現場からすれば文言の解釈一つで大きな運命の分かれ道なのですから当然と言えば当然だと言えますよね。
この点で浜松医大の大磯教授が届け出対象をどうするかと言う入り口の議論よりも、先に報告書の扱いなど出口での非懲罰性を保証し現場を安心させる方がいいのではないか?と主張したのはもっともだと思うのですが、エボラの場合その出口の方がこれと言って確定された正しい道筋がないのが問題なのであって、診断さえつけばきちんと治療法は確立されている病気とは違う難しさでしょう。
ただエボラの治療法開発が進んでこなかったのも第三世界のローカルな疾患という対岸の火事で済んでいたが故だと言う説もありますから、自転車事故が多発したり事故調が法制化されたりしてからようやく当事者も危機感を持って具体的な議論が進むようになった経緯を考えても、一連のエボラ騒動も人類全体の利益と言う観点からは未だ評価が難しいところもあるのかも知れませんね。

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2014年11月17日 (月)

健康にこだわりすぎると健康に悪い?

飽食の時代などと言われるようになり、現代人の健康志向がビジネスの面からも注目を集めるようになって久しい今日この頃ですが、逆にそれが別なビジネスの衰退を招いていると言う記事が出ていました。

米ファストフード業界が下り坂、現代人の健康志向が顕著に―シンガポール華字紙(2014年11月11日XINHUA.JP)

シンガポール華字紙・聯合早報は10日、現代人の健康志向の高まりに伴い、米国のファストフード業界が下り坂に転じたと報じた。人民網が伝えた。

米ミズーリ州のトゥルーマン・メディカル・センター(TMC)は2012年にマクドナルドとの契約を前倒しで打ち切って以降、センター傘下のフードコーナーでのファストフードの提供は行われていない。ケンタッキー州のコセア・チルドレンズ病院も1986年の開設当初からマクドナルドと提携してきたが、現在はビッグマックやマックナゲットの販売は中止されている。

TMCの元最高責任者、ジョン・ブルフォード氏は「ファストフードは米国で一定のポジションを確立したが、病院内での提供はふさわしくないと考える。われわれが率先して人々の健康意識を変えなければならない。われわれには社会の健康を改善する義務がある」と語っている。

米マクドナルドの今年第3四半期の売上高は3.3%減を記録した。飲料業界紙「ビバレッジ・ダイジェスト」によると、米国人が昨年消費した炭酸飲料水は44ガロン(約166.5キロリットル)と1995年当時の水準にとどまった。1998年の米国人の炭酸飲料水消費量は51ガロンだった。特にライト飲料の売上高は6%も減少した。中に含まれる人工甘味料に発がん性があるとの研究結果が発表されたことが大きいようだ。

ファストフードや炭酸飲料が肥満や糖尿病のなどのリスクに直結していることに多くの人々が注意を向け始めており、米国では近年、反ファストフード運動が数多く展開されている。こうした運動が奏功したようで、米疾病対策センターの2月の発表によると、米国の2~5歳の肥満児童の割合は10年前より43%減少した。

しかし子供時代の食習慣は一生ものだとも言いますから、幼児の肥満率がこれだけ下がると言うのは後世に大変な影響を与えかねない快挙なのでしょうが、痩せて健康的なヤンキーと言うのも何かしら違う気がするのは偏見なんですかね?
それはともかく、このところ例の食材の問題もあってマクドナルド辺りは全世界的な退潮傾向に歯止めがかからないと言う話もありますけれども、生活改善に何かしらのきっかけを探していた人々にとっては不健康な食習慣を改める良い機会にもなったと言う考え方もあって、こうした風潮が今後どれほど定着していくのかと言うことは注目されるところです。
とは言え日本で言うとこの種のファーストフードとは高価ではないにせよ必ずしも安さだけを売りにしていると言うわけではありませんが、アメリカなどでは所得の低い階層ほどジャンクな食品を食べざるを得ないと言う現実もあって、健康にいい食生活と言うのはそれなりにお金や余裕のある方々にして初めて実行出来るものであったと言う側面は無視するわけにはいかないとは思いますね。
その点で日本ではそこらの定食屋でそれなりに栄養バランスも取れた食事が安価に食べられ、また日本版ファーストフードと言うべき牛丼屋なども副菜の取り合わせに気をつければまあ許容範囲の食事は調えられるのですから恵まれていると言えますが、一方でメタボ健診等をきっかけに食生活改善を迫られている世のお父さん方にとっても決して他人事ではなさそうな、こんな怖い話もあるようです。

健康的な食事にこだわりすぎて病気になる 「オルトレキシア」って何?(2014年11月12日ウォールストリートジャーナル)

 健康的な食生活への関心が高まると、不健康な結果を招くことがある。
 一部の医師や登録栄養士たちによると、純粋な、あるいは「クリーンな」食品を食べたいという願望が強迫観念になってしまい、不健康な状態になってしまう人々が増えている。未加工の食品だけを食べる完全菜食主義者や、主要食料源からグルテン、乳製品、糖質といった複数の要素を除外してしまう人のことだ。極端な場合、栄養失調になってしまう人もいるという。

強迫性障害の症状も

 そうした病気のことをオルトレキシアと呼ぶ専門家もいる。精神障害のバイブルとされている「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)」にも正式な診断名がなく、あまり研究が進んでいない病気だ。この病気にかかっている人は、強迫性障害(OCD)のような認知されている病気の症状を示したり、拒食症の人のように不健康なぐらい体重が減ってしまうということが多い。
 コロラド州の研究者たちは最近、臨床医たちがオルトレキシアという診断を下すのに役立ち得る一連の基準を提案した。今年に入ってサイコソマティクス誌のオンライン版に掲載されたそのガイドラインは、この病気に関する将来の研究の標準にもなり得ると彼らは言う。
 コロラド大学デンバー校医学部の精神医学特別研究員で、その研究の上席著者であるライアン・モロゼ氏によると、オルトレキシアの有効なスクリーニング手法を開発し、その有病率を見極め、他のもっとよく知られた摂食障害と差別化するには、さらなる研究が必要だという。
 共著者の一人である北コロラド大学のトーマス・ダン教授(心理学)は「食べる量を制限しているからではなく、食べるものを制限しているせいで栄養失調になってしまう人がいる」と言う。「彼らがそうするのは痩せるためではなく健康になるためだ。そうした考え方が行き過ぎると、他の精神疾患に見られるような状態に陥ってしまう」

食品の下調べに3時間

 提案されている診断基準には、食べ物の質や成分にこだわるあまり、特定の食品の下調べや調理に1日3時間以上といった過度の時間を費やしてしまう、不健康な食品を食べた後に罪悪感を覚えてしまうなどがある。栄養の不均衡、または日常生活への支障につながるそうした食べ物への固執はオルトレキシアと考えられる。
 強迫性障害の患者と同じような治療を受けているオルトレキシアの患者もいる。外来患者向け診療所のOCDセンター・オブ・ロサンゼルスのキンバリー・キンラン臨床部長は「摂食障害という診断の下では治療が不十分な人々もおり、そうした人の病気は強迫性障害という診断の下で治療された方が良い」と指摘する。
 キンラン氏によると、その症状は健康な生活を送ることへの関心から始まる。そして、汚染されている、あるいは本人たちが不健康だと見なしている食品を食べることへの不安が徐々に高まっていく。治療には、行動変容を目指した精神療法の一種、認知行動療法が含まれることが多い。「われわれは基本的に強迫性障害の治療に使ったモデルを採用し、強迫性障害に非常によく似たこの病気にも利用している」と同氏は語る。
 健康的な食生活を送るための努力と極端な行動に出ることのあいだにはグレーゾーンがあり、それがオルトレキシアへの疑念をあおる一因となっていると専門家は指摘する。「人々は健康的な食生活を送ることがどうして病気につながるのか信じられないのだ」とキンラン氏は言う。
 他の病気がオルトレキシアを引き起こすこともある。ウィスコンシン大学医学・公衆衛生大学院のデビッド・レイケル統合医学部長は、食物アレルギーやそれに関連する病気になった患者の10~15%が特定の食品に対して不健全な恐怖心を抱くようになると見積もっている。
 たとえば炎症状態の一因となっていないかを確かめるために特定の食品の摂取を控えるというように、栄養療法には除外食が含まれる場合が多いとレイケル氏は説明する。そうしたプログラムでは、一定期間後にその食品の除外が徐々に解かれていくものだが、引き続きその食品を避け続ける人もいる。「人々は健康のための選択に厳しくなり過ぎて、必要な栄養を摂取していない

拒食症に苦しむ患者も

 オルトレキシア患者を治療する摂食障害セラピストらによると、多くの患者は拒食症にも苦しんでいたという。その一方で、オルトレキシア患者の多くは低体重ではなく、そのことが病気と診断するのを難しくしていると指摘する専門家もいる。
 ニューヨーク市在住で、米国栄養・食事療法学会の広報担当者でもあるマジョリー・ノーラン・コーン氏は「データ上は完全に健康で、血液検査の結果も良く、体重にも問題ない人でも食品に執拗(しつよう)なこだわりを示すかもしれない」と話す。
 食習慣のせいで社会とのかかわりを避けるようになったら注意信号だとコーン氏は指摘する。「そうした人々は食品に何が入っているかわからない、特定の方法で調理されていない、使用されているのが有機オリーブオイルではなかったら大変だ、といった理由で友人とレストランに行けないかもしれない」
 ロサンゼルス在住のジョーダン・ヤンガーさん(24)は昨年、自分の野菜中心の食事に関するレシピや写真を投稿するために写真・動画共有サービス、インスタグラムのアカウントやブログを開設した。すると、日々の食事が彼女の生活のすべてになってしまった

朝目覚めるとパニック

 「朝目覚めると、今日は何を食べようかと考えてパニックになった」とヤンガーさんは振り返る。「ジュースバーやホールフーズ・マーケットといった自然食品店に行くと、かなり長い時間をかけてすべてを見て歩き、その日1日分のメニューを考えようとした。自分でもこれは不健康だと気付くほど健康な食生活を送ることに夢中になり始めていた
 すでに細身だったヤンガーさんは食事制限をして約11キロも痩せたという。彼女の肌はオレンジ色になり、月経が来なくなった。今年5月、彼女は摂食障害の専門医や栄養士のアドバイスを受け始め、回復することができた。
 今は加工食品を除いてどんな食べ物も制限しないことにしているという。彼女の肌は普通の色に戻り、髪の毛は濃くなって13センチも伸び、体重も元に戻った。
 「いろいろな食の哲学があり過ぎるので、オルトレキシアが広まる余地はまだたくさんあるだろう」とヤンガーさんは言う。「さまざまな理論を聞くと、食べるのが本当に難しくなり、本来は楽しむべき食生活がとてつもなく不安なことに思えてしまう

拒食症とセットで出やすいと言った話を聞いても現代人にありそうな状態だなと思うのですが、人間一日数時間くらいは趣味や娯楽の時間として使ってしまうものですから食品調べに2~3時間と言った話自体は直ちに異常とまでは言えないにしても、度を超して日常生活に支障が出るようになってしまうと問題なのは確かでしょう。
アメリカ人などはもともとトンデモないものばかり食べているからこんなことになるのだ、日本の一般的な食生活では心配入らないと考える人がいたとしたらそれも過信と言うもので、今や完全に社会に定着したコンビニ食品なども薬品まみれ添加物まみれだと言われて久しいですし、スーパーに並んだものを見ても材料ベースでたいていの物には何かしら添加物は使われているものです。
ただ添加物が入っていることと、それが健康にとって有害であるかどうかと言うことはまた別の話であって、一般的な殺菌消毒の手順ではなかなか退治出来ない上に極めて毒性も強いボツリヌス菌などはたびたび集団食中毒を起こして死者まで出していますけれども、久しく以前から食品添加物によって増殖を抑制出来ることが知られハムやソーセージなど広汎に利用されています。
そうでなくとも何を食べても何かしら不健康な成分が入っているのは避けがたい時代ですから、食べるものに気を使うほどそれらを避けたくなる心境は理解出来るのですが、食品添加物フリーなものばかりを探し歩いて食べてみたところで今度は保存性を保つため塩分過多になったりだとか、前述のように食当たりの危険が高まったりだとかそれはそれでリスクを抱え込むことにはなるわけですから、要はリスクと利益のバランスですよね。

最近はダイエット系飲料に大量に用いられている代用糖類がかえって肥満を促進するのでは?と言う「ダイエットコー○の逆説」とも言える話が話題になっていますけれども、アメリカなどではお茶等も含め何の飲料であれ大抵は糖分が入っていて飲まずにはいられないと言う現実を考えると、こうした食品洗濯の面でも無糖飲料が身近に手に入る日本はずいぶんと恵まれているとは言えると思います。
食事なども自分で料理をしてみればある程度使う材料も判ってくるし、当たり前の材料で作った料理の味がどうなるかと言うことも判ると思いますが、(悪い意味で)どうやっても家庭では再現できない味と言うものはあまり食べ過ぎない方がいいのかなと言う危機感も出てくるだろうし、外食するにしてもきちんと納得できる味のものを出してくる店をひいきにしようと言う気持ちにもなるのでしょう。
そうした点から買い物をするにも素材は何かとチェックするのも確かにいい方法だと思いますが、その品に必要不可欠な原料は何かと言う知識なども(あくまでも病的にならない範囲で、ですが)持っていれば何が余計に添加されているのかも判るだろうし、それが何の目的で添加されているのかを考えていけば自然と製品としての品質を類推する手がかりにもなるとは思いますから、これまた良い悪いは程度の問題ですよね。
ただちょうど先日はダイエットサプリメントの摂取が自己免疫精管炎を誘発する場合があると言うレポートが出ていたようで興味深く拝見したのですが、この製品も怪しげな化学合成のものと言うのではなくハーブ系だったと言うことですから、昨今よくある「天然系素材が原料だから安心安全」などと言う根拠のない売り文句を頭から信用してしまうのも問題だと、改めて自戒しておかなければならないとは思います。

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2014年11月16日 (日)

今日のぐり:「しゃぶしゃぶ温野菜 倉敷平田店」

先日こういう瞠目すべき記事が出ていたのを御覧になったでしょうか。

【衝撃事実】ファミコンカセットに息を吹きかける「フーフー」は世界共通だった!(2014年11月13日ロケットニュース24)

「ガチャリ」とファミコン本体にカセットをさし込んで、ワクワクしながら電源オン! ところが画面は真っ黒け! もしくはサイケにバグってる〜ッ!! そんな時……誰もがやった行為が通称「フーフー」であろう。
カセット底面の端子部分に、復活の思いを込めた吐息を「フーッ」と吹きかける、ある意味シャーマン的な儀式である。そんなフーフーは日本だけのものかと思いきや……なんと海外のファミっ子たちもフーフーしていたことが判明したのだ!!

・イギリスとアメリカのファミっ子たちが協力

このたび、フーフー調査に協力してくたのはロケットニュース英語版のメンバー3人だ。結論としては「もちろんやってたよ!」であり、それぞれフーフーについての思い出まで語ってくれた。
ちなみに、実は “フーフーは故障の原因になるのでやってはイカン” と、今から5年前の2010年に任天堂が公式に発表しているのをご存知だろうか? もっと早く教えてくれよ……と思いつつも、やらないほうが良いらしい。覚えておこう。
しかしながら、伝統の儀式フーフーは制御不能な人間としての本能でもある。やめろと言われても、体が勝手に動いちゃうんだから仕方ない。

それはさておき、まずは動画撮影にも協力してくれたイギリス人男性のフィルさん(32)の証言から聞いてみよう。彼のフーフーは、まさしく「英国式」といった気品あるフーフーだったので、動画は絶対に必見だぞ!
    フィル「フーフーしました! たまに必要がないときでもフーフーしてたよ。でもある日……。使い始めてから1年半しか経っていないNES(海外版ファミコン)が、急に壊れちゃったんだ。ちょうど私が11歳になる誕生日の前日だったので、めっちゃ悲しかった。
    何時間もカセットと本体をフーフーしたけど、結局動いてくれなかった。でもね……なんと次の日、父がスーファミを買ってくれたんだ! だからハッピーエンドだね☆」
──めっちゃイイ話やん! ちなみにフィルさんによると、イギリスでは「フーフー」的な通称は存在しないらしい。あえて英語で言うなら「Blowing into the game cartridge」とのことだ。カッコイイので覚えておこう。

続いてはアメリカ人男性のケーシーさん(35)のフーフー証言。
    ケーシー「たくさんやったな。自分で買ったカセットは、遊ばない時はいつも箱に戻したけど、アメリカならゲームソフトがレンタルできたから、借りたカセットが最初うまく動かなかった時はフーフーしてたね」
──らしい。なお、この後ケーシーさんは、“アメリカにおけるレンタルファミカセ事情” についてウルトラ熱心に解説してくれたのだが、かなりの文字量になってしまうため今回は割愛したい。どうやら、かなりのオタクだったようだ。

最後は紅一点のフランちゃん! フランという名前だけどフランスではなく英国(イギリス)だ。また、レディなので年齢はヒミツとのこと。
    フラン「私もフーフーしてました! ゲームはいつも中古で買っていたので、家にあるのは古いカセットばかりでした。フーフーしても、うまく起動できないこともありましたね。でも私の場合はフーフーよりも、叩いて治すほうが効果的だった気がします^_^」
──キャワイイ! 海外の女の子もフーフーしてたという事実に少し萌え! 最後に出てきた “叩いて治す” がメチャクチャ気になるが、とにかくイギリスとアメリカのファミっ子たちは、みんなフーフーしていたもよう。その他の地域についても、今後も引き続き「世界のフーフー」として調査していきたい。

その状況の詳細に関しては元記事の動画を参照頂きたいとして、それにしてもこれだけ重大な情報に関して任天堂の公式発表がわずかに5年前だと言うのはどう解釈すべきなんでしょうかね。
今日は本当はやっちゃいけないと言うフーフー行為に警告を発する意味で、世界中から果たしてその対応は正しいのかどうか?と疑問に感じざるを得ない対応ぶりを紹介してみましょう。

決闘の約束した疑い、少年2人書類送検 警察の更生策は(2014年11月12日朝日新聞)

 対立する少年グループ同士で決闘の約束をしたとして、警視庁は12日、土木業の少年(17)=東京都武蔵村山市=と解体工の少年(17)=東京都府中市=を決闘罪に関する件違反の疑いで書類送検し、発表した。

 少年事件課によると、2人はそれぞれ、東京都福生市と府中市を拠点とするグループのリーダー。8月21~23日未明にかけて電話で数回やりとりし、土木業の少年が解体工の少年に「俺とやろうぜ」と決闘を申し込み、解体工の少年は応じた疑いがある。

 同月22日深夜に府中市の大国魂(おおくにたま)神社に高校生7人を含む16~17歳の計29人が集まったが、福生市のグループが金属バットを用意しているのを見て、府中市のグループがその場から逃げたため、決闘はなかった。

 少年らは「けが人が出なくてよかった」と反省しているという。警視庁は今月末に警察官チームを結成し、両グループの混合チームとソフトボールで対戦する。その場でグループを解散させて更生を促すという。

 決闘罪に関する件は1889(明治22)年制定の特別法。

まあ何と言いますか、これで仲良くなれればそれに越したことはないと言う話なんですが、警官の中に往年の少○ジャ○プ読者でもいたのでしょうかね?
近年食材偽装などで食の安全性に関心を向ける方々も多いと思いますが、こちらある意味ではその安全安心を何よりも確実に担保する手法が話題だそうです。

食べ辛い…焼肉屋で牛の顔や性格について書いたカードを見せられた(2014年11月12日IRORIO)

私たちが普段食べている牛肉や豚肉、鶏肉は元々は生きた動物だ。当たり前のことだが、リアルに意識すると肉を食べづらくなるし、実際、鶏を絞める現場を見たことがトラウマで、ベジタリアンになったという人もいる。
「命をいただく」とは、善し悪しを語り始めればあまりに壮大なテーマだが、お肉を食する時、いかに素晴らしい肉かを説明するためにここまでされては、逆に食べづらい。

牛の顔つきや性格について書いたカード

ある人が焼肉店で見せられたのはこちらのカード。肉の生産者が丹精を込めて育てた牛について記したものだが、その内容がスゴイ。
A5ランク、つまり最高級のこの牛は、生前、顔つきがかわいく、おとなしいい性格で人なつこい牛だったと解説。
「より手をかけて愛情を持って最後まで育てたのでゆっくり味わってほしい」とのメッセージまでついている。

「食べ辛い…」

これについてTwitterでは「食べ辛い…」「なんか泣けてくる」「複雑な心境になる」などのコメントが相次ぎ、リツイートは現在9,500回を越えている。
(略)

その詳細については元記事の画像を参照頂ければと思いますが、しかしこれは皆がリアル「銀の匙」気分を味わえる素晴らしいアイデアなのかも知れません?
最近販売された某スマホは曲がるだとか様々に言われることもある電話の耐久性ですが、壊れたら壊れたで何とかなる?と言うニュースがこちらです。

タッチパネルが壊れたら、マウスを使えばいいじゃない! スマホをマウスで操る強者が話題に(2014年10月14日トゥキャッチ)

 スマートフォンは、基本的にタッチパネルで操作するもの。しかし、何らかの故障でタッチパネルが壊れてしまったら…。

 そんな時に役立つ(?)情報が話題になっている。

 どうやらこちらの女性は、タッチパネルが壊れてしまったので、本体にマウスを繋いで操作しているようだ。ポインターも表示されるとのこと。

 知っておくと便利なこの裏技。もしもの時におぼえておくと役に立つかもしれない…。

写真の女の子の創意工夫に免じて意外と何とかなるものなんだなと前向きに捉えておきたい話ではあるのですが、残念ながら脆弱性に疑惑のある某林檎マークのスマホはマウス非対応なのだそうですね。
古今東西避妊という問題は多くの女性にとって極めて切実なものであるようですが、こちらそれに(ある意味で)失敗し悲しみに暮れていると言う女性のニュースです。

避妊法信じた結果…女性器から芽が出た!(2014年10月4日日刊スポーツ)

 前代未聞の事態が、女性の下半身で発生していた。南米コロンビアの英字ニュースサイト「コロンビア・レポーツ」によると、同国中西部のトリマ県在住の22歳女性は先月末、腹部の痛みを訴えて病院を訪問。看護師が確認すると、女性の性器から植物の芽が生え出ていたという。

 女性は約2週間前、膣(ちつ)の中にジャガイモ1個を挿入。母親に勧められた避妊法だったという。地元メディアの取材に「もし妊娠を望まないならジャガイモを入れなさいと、母に言われた。母を信じていた」と話した。ジャガイモは膣内で発芽し、芽が伸びていた。

 手術は必要なく、医師が無事にジャガイモを取り出した。健康に影響するような後遺症はないという。

 コロンビアでは、コンドームやピルなどの避妊対策をしない若者が多く、10歳代の妊娠が問題視されている。今回の“ジャガイモ騒動”は、正しい性教育が若年層に浸透していないことを浮き彫りにした。

正しい知識が滲透していないと言う問題か?とも思うのですが、その部分が充満するほどにじゃがいもを詰め込んでおいたならばそれなりに避妊の役には立つのかもですが、ね…
最近お隣韓国では大規模な人身事故が相次ぎ社会不安が拡がっているそうですが、むしろ不安を増大させかねないその対策が話題になっています。

韓国の換気口崩落事故で対策された奇策が「酷い」と話題に(2014年11月3日秒刊サンデー)

先月10月17日に韓国ソウル近郊の京畿道城南(キョンギドソンナム)市のショッピングモール近くの公園で行われていたライブで換気口に乗ったファンが、突然落下し16人死亡すると言う大変ショッキングな事件が発生し他のは記憶に新しいかと思うが、この問題に対し新たな対策が行われ更なる反響を呼んでいる。なんと換気口の上にガラスを張るというアイディアだ。

崩落した換気口は現在鉄の網が元通りに設置されているが、それでは危ないということでその周囲にガラス張りの板が設置されました。これにより換気口に登る人はいなくなるかと思いますが、なぜ透明のガラス張りにする必要があるのかと疑問の声が上がっているようだ。

そればかりでなくガラスを良く見ると天井までぴったりと密封された完全なる密室。これならば確かに最悪登れたとしても中に入ることは出来ない。

それ以前に「換気口」としての役割を果たしていない。ちなみにこの下には地下駐車場があり「地下駐車場換気口」となってる。

他の換気口から空気を入れ替えることは可能だが、はたしてこの対策は功を奏すのだろうか。

状況は元記事の画像を参照頂くとして、確かに転落防止策としてはそれなりに有効なのかも知れませんけれども、そもそも何の施設だったっけ?という話ですよね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからの話題ですけれども、英国紳士道とはかくなるものかと瞠目すべきニュース、なんでしょうかね?

大学が“洗濯のやり方”を指導、新入生の経験不足対応も過保護すぎ?(2014年11月5日ナリナリドットコム)

実家を離れて独立した学生生活を始めると、意外にわからないことばかりで戸惑いや失敗を重ねてしまうのは洋の東西を問わないことなのかもしれない。英バーミンガムシティ大学は、調査の結果、新入生の60%が洗濯について経験不足であるとして、洗濯に対する“レッスン”を学校のウェブサイトに掲載した。
英紙デイリー・テレグラフなどによると、大学側の説明では、60%以上の学生が「ほとんど」あるいは「一度も」洗濯をした経験がないために、洗濯の際にひどく失敗をしてしまう事例が見られるため、大学ので洗濯の仕方について指導したという。
大学の指導は、大まかに次の8つで、本当に基本的な流れをまとめたもの。

1.服を色物と白物に分ける
2.ポケットの中を確認
3.ラベルを確認して手洗いなのかドライなのかチェック
4.水温設定
5.時間設定
6.洗濯物の重量確認
7.液体洗剤や粉末洗剤の投入
8.洗濯開始

大学の学生支援担当者は「“マスターシェフ”みたいなテレビ番組でアプリコットジュースの作り方は学んでいるのかもしれませんが、洗濯のような家事がきちんとなされることもまだ必要とされています。調査結果は、現状、各家庭でなされるべき責務について芳しくないようにも見えますが、学ぶにはいい機会とも言えるでしょう」とコメントしている。
なお、大学寮の学生団体は「4.水温設定」について30度を勧めているらしく、Facebookに30度設定で洗濯機を回しているところを自撮りした写真を掲載するページを設け、「250ポンド(約4万5,000円)の金券を当てよう」と呼びかけている。どうやらほのぼのとした学生生活と自治が行われているようだ。
こうした報道に対して、ネットの反応は英国らしいシニカルなものが見られ、「過保護すぎだろう」「英国トップ10の大学(※アート&デザイン分野)で、洗濯機のスイッチの入れ方を指導するとは驚きだ」「単位はいくつもらえるのだろう?」といったコメントが寄せられている。

ちなみにブリの洗濯機は非常に運転時間が長い(かつ、途中で蓋を開けられない)仕様なんだそうですが、それだけに開始するに当たっては非常な熟慮を必要とするのかも知れません。
日本でも某歯学部では通分の仕方から教えているなどと言う話があって決して他人事ではありませんが、それにしても最高学府のあり方としてどうなのか?とは思いますよね。

今日のぐり:「しゃぶしゃぶ温野菜 倉敷平田店」

倉敷駅の北側、倉敷インターチェンジに近い辺りに位置するのがこちらのお店で、最近あちこちで増えてきたしゃぶしゃぶ系メインの食べ放題のバイキング店です。
一般的に言って食べ放題のお店と言うと健康的食生活とはいささか遠いところに位置すると認識されているところでしょうが、こちら何やら妙に健康そうな名称のお店ではありますよね。
ちなみに倉敷駅前にも店舗があるようなんですが、最近はこの通り沿いにも何軒もバイキング系のお店が並んでいるようでそれだけ需要があるのでしょうか。

初訪店と言うことで一番ベーシックな豚鶏しゃぶコースを頼んでみましたが、面白いのはこちらのお店、野菜だけのコースもあると言うことです。
メニューを見てみても確かに野菜系が充実しているようで、特にキノコ系が非常に種類豊富でかなりプッシュされているようなのですが、確かにキノコ食べ放題と言うのも珍しくはありますよね。
スープは例によって数種類のうちから二つを選んでと言うことですのでこれまた基本的な昆布出汁と鰹出汁を取ってみましたが、この鰹出汁は鍋にしてけっこううまいんじゃないかと思います。
全般的には予想通り肉は別にどうこう言うようなものではないのですが、野菜はさすがに種類も多いので色々と試しているだけでも腹にたまってくると言うものですし、結果としてカロリーセーブにもなるのでしょう。
野菜以外の具材の中では水餃子が割合にいい感じに楽しめたのですが、ただ一品料理も色々とあるようなんですが野菜メインに食べているとあまり沢山は入らないのが困りものですね。
またキノコ類も種類が多く楽しめるだけでなく事後に残った出汁の味も期待出来ると言うもので、満腹になったためやりませんでしたが締めにこのスープを色々と活用するのも楽しそうです。
ただ一人一品をオーダーできるデザートを何故か最初に頼んでおくというのが業務上の都合なのかですが、顧客側からするとこういうものは腹具合がある程度定まってからゆっくり検討したいのではないかとは思いますね。

内容から考えると少し割高には思えるのですが、週末のせいもあってかかなり繁盛はしているようでアイデア勝ちと言うのでしょうか、客層を見てもやはりがっつりと言うよりはヘルシー志向のお店なのかと言う気がします。
これだけ入っている割にはこの種の店として重要なレスポンスもさして悪化していないのは立派だと思いますが、肉と比べると野菜の場合保存性がいいのも有利なのでしょうか。
ちなみに留意すべきこととしてこちらのトイレは設備は一通り揃っているのですが妙に容量が小さいもので、特に身だしなみに気を遣う女性の方にとっては少しばかり利用に注意が必要かも知れませんね。

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2014年11月15日 (土)

多浪は人生のハイリスク?

何故かこのところ教育関係の話題ばかりが続いているのですが、先日予備校内で生徒同士による刺傷事件が発生したことが報じられていて、特にその容疑者のバックグランウドが注目されています。

代ゼミ生刺した30歳生徒逮捕…「目が合った」(2014年11月12日読売新聞)

 北九州市小倉北区の予備校「代々木ゼミナール小倉校」で男子生徒(19)が刺されて重傷を負った事件で、福岡県警小倉北署は12日、同校生徒の同市八幡西区則松、中島政夫容疑者(30)を殺人未遂と銃刀法違反の疑いで逮捕した。

 同署の発表などによると、中島容疑者は11日午前11時55分頃、同校の4階自習室で、男子生徒の胸など数か所を包丁で刺し、殺害しようとした疑い。生徒は全治約3か月の重傷。中島容疑者も左手にけがをした。

 中島容疑者は犯行直後に近くの交番に出頭。「刺したのは間違いないが、殺すつもりはなかった」と供述し、動機については「目が合い、(相手が)にらんできたので刺した」などと説明しているという。

代ゼミ殺人未遂 逮捕の男、FNNの取材に「我の人生 後悔なし」(2014年11月12日FNNニュース)

福岡・北九州市の代々木ゼミナールで11日、男子生徒を刺した30歳の予備校生の男が逮捕された。その男は2014年8月、FNNの取材に答えていたことがわかった。
「やっぱり元気とやる気がナンバーワンだと思います。宮本武蔵の言葉にあるように、『我の人生 後悔なし』。以上です」などと、カメラ目線で自信満々に語るのは、中島政夫容疑者(30)。
2014年8月、中島容疑者は、代々木ゼミナールが全国に27ある拠点のうち、20カ所を来春、閉鎖することを受け、FNNの取材に答えていた。
中島容疑者は11日、北九州市小倉北区にある代々木ゼミナールで、19歳の男子予備校生の左胸などを包丁で刺し、殺害しようとした殺人未遂などの疑いが持たれている。
中島容疑者は、調べに対し、「にらまれて口論になった。殺すつもりはなかった」などと話しているという。

中島容疑者は以前、予備校での生活について、「(小倉校が、2014年3月に閉鎖されるが?)知らなかったです。(それを聞いてどうですか?)僕は、たばこをずっと名古屋で吸っていたんですよ。地元でもやんちゃで。でも、こっちに来たら、先生が僕と面と向かって話してくれて、たばこもやめられて。髪もずっとキンキラキンだったんですよ。でも、髪を黒髪にして、初めて自分と向き合って素直になれたので。すごく僕、感謝しています」と話していた。
予備校への感謝の気持ちを語っていた中島容疑者。
さらに、受験への意気込みを語っていた。
中島容疑者は「志望校は早稲田です。本当に何にもわからなくて、アルファベットもわからないんですけど、一緒になって教えてくれて、辞書を買ったり、参考書を買ったり、参考書を教えてもらったり。授業中の黒板でも、熱意が伝わってくるんです。ことしは必ず大学受験を成功させます」と話していた。
調べによると、中島容疑者は、1〜2週間ほど前に、被害者とは、別の生徒とトラブルになっていて、被害者がその仲裁に入っていたことがわかっている。
警察は、中島容疑者から事情を聴き、くわしい動機などを調べている。 (テレビ西日本)

ほとんどが10代の学生達の中にあって一回りも歳が違えば色々と難しい状況であったことは想像に難くないところで、以前から周囲とトラブルがあったようにも報じられていること、わざわざ刃物を持ち込んでいることから根深い感情的問題なのかとも感じるのですが、ともかくもこの事件ではやはり容疑者の30歳の予備校生と言う状況が目を引きますよね。
事件が報じられた当初はさすがに12浪はないだろう、社会人なりを経験してからの再受験ではないか?と言う声もあったものが、どうやらずっと浪人生活だったらしいと知れるとそれなら医学部狙いか?と言う意見が主導的となり、最終的に早稲田志望と明らかになった時点で皆が皆「12浪もする意味があるのか?」と不思議がっているのが非常に興味深いように思います。
ご存知のように医学部と言うところはとりあえず医師免許さえ取ってしまえばそれなりに喰っていける道は確保出来るものだし、一般企業などと比べれば年齢による就職就労条件の悪化も(全く無いとは言わないまでも)かなり恵まれている方だと思いますから、実際に昔から一定数社会人入学、学士入学と言う方々はいたことに加えて、近年ではむしろ制度的にそれら別ルートでの入学を奨励している気配もありますよね。
その理由として「受験勉強しか知らない学生よりも、社会の中で経験を積んだ人の方がよい医者になれる」と言う奇妙な信仰めいた考え方があるようで、その説の是非についてはこの場で議論するところではありませんけれども、ともかくも例え多浪をしてでも医学部であれば様々な意味で元は取れる可能性がある、逆に言えば他学部であればあまり多浪の意味はないのでは?と言う考え方が主流なんだと思います。
一般論として浪人と言う行為は進学においてより上級の学校に合格する可能性が上がると言う利益がある一方、特に多浪をすることで年齢が上がりその後の就職等で不利になったり生涯賃金が下がったりすると言う不利益もあるはずですが、昨今では浪人というものへの考え方も次第に変わってきているようだと言う記事を紹介してみましょう。

大学全入、予備校危機の時代にこそ問い直す!「浪人力」は社会に出てから本当に役に立つか (2014年11月14日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
何回も受験浪人をして、晴れて念願の難関大学に合格――。そんな時代は、懐かしいものとなった。
 1940年代後半、1970年代前半生まれのベビーブーマーたちが一斉に「大学受験適齢期」となり、有名大学の狭き門を狙って日夜勉学に凌ぎを削った時代、メディアはそれを「受験戦争」と呼んだ。
(略)
 しかし、今や大学受験をめぐる世相は一変している。「大学全入時代」と言われるようになって久しい。その理由には、少子化により学生の母数が減ってきたこと、AO入試や推薦枠の普及によって大学入学へのハードルが下がったこと、長引くデフレ不況を理由に、金をかけてまで浪人になることを選ばず、中堅以下の大学に現役で入ることを選ぶ学生が増えてきたことなどがある。若い時代に受験浪人を経験した人たちは、こうした世相を寂しく思っているかもしれない。

 それでは今の時代において、若者が「浪人」という選択肢を選ぶことは誤りなのだろうか。また若者にとって、「浪人」という選択肢を忌避することは、後の人生において全てプラスになるのものなのか。大学全入時代だからこそ、改めて「浪人」の社会的価値を考えてみよう。
(略)
 文科省の『学校基本調査』によると、高等学校卒業生の大学への入学率は、2004年(平成16年)には123万5482人中45万9456人(37.2%)だったものが、2013(平成25)年には109万1614人中51万7416人(47.4%)と、約10年で10%近く上昇している。

 また、「大学(学部)への入学志願者数」を年次別に見ると、平成16年には18.7%いた浪人生が、平成25年には11.5%にまで減った。ちなみに20年前にあたる平成5年では29.9%が浪人していたので、この20年間で浪人生は約18.5%減ったことになる。
(略)
 では、「浪人は不要な時間」と見なされるようになった理由は、前述した少子化、大学のハードル低下、不況といった理由だけなのか。大学イノベーション研究所所長で、大学研究家の山内太地氏は、現在の学生のトレンドについて、次のように語る。

「浪人して偏差値の高い名門大学に入ることと、現役で中堅以下の大学に入ることのどちらに価値があるかは、生き方が多様化した現代においては、一方的に決めつけることはできません。昔よりも選択肢が広がっているため、高校生にも進路を選ぶ自由ができました。しかしその結果、多くの学生が『将来的な価値』よりも『短期的な楽しさ』を選んでいるのは、事実だと思います。『将来的に楽をしたいから、今頑張る』という発想は、ほとんどの学生が持てていないのだと思います」
(略)
 とりあえず現役で中堅クラスの大学に入学し、そこから1年勉強して偏差値の高い大学へ転校するという学生が増えているのです。これも『浪人』という響きに否定的なイメージを持っているからこそ、起きる事象ではないでしょうか」(山内氏)
 20年前と比較すると、今の学生は「浪人することは辛くて恥ずかしいものだ」という認識が、強すぎるのかもしれない。
(略)
 景気回復への見通しが相変わらず不透明なためか、日本の就職率はまだ十分改善されておらず、大手企業は表向きには言わないまでも、相変わらず偏差値の高い有名大学を中心に採用を行う方針をとっているケースも多く見える。
中堅レベルの大学卒の学生が運良く目当ての企業に入社できたとしても、なかなか出世コースに乗れないまま働き続ける可能性もある。これほどまでに偏差値が就職活動に影響を与える理由について、山内氏は次のように指摘する。
「採用活動で偏差値を1つの基準軸として見ているのは、『大学受験のときにどれほどの問題解決能力を発揮したか』という軸で学生を見たいからです。どの企業も、学生には現状を打開できる問題解決能力を求めています。それを証明するには、『偏差値の高い大学の入試を突破した』という実績が一番わかりやすいため、偏差値という指標がまだ就職活動に大きく影響しているのだと思います」
(略)

まあしかしせっかくいい大学に合格しても昨今しばしば聞くように就職浪人では意味がないような気もしないでもないのですが、1浪、2浪程度までで明らかにネームバリューのある難関大学に合格出来ると言うのであればそれはそれで浪人の利益があるのだろうし、多浪してもさしたる有名大学に入れないと言うのであれば浪人する意味は乏しい、それではその見切り線をどの辺りに置くべきなのかですよね。
ちなみに記事にもあるように大学進学における浪人率は一貫して低下を続けていて、受験人口がピークだった92年の35%から今や12%にまで低下したそうですが、興味深いのは東大京大と言った難関大学では浪人率が一向に減っていないこと、そして医学部などもそれに輪をかけて浪人比率が高く、一部私大などは大部分が浪人で占められている(かつ多浪が多い)と言うことでしょうか。
要するに医学部や難関大学であれば多少の浪人をしてでもその後の進路選択でのメリットが上回ると言うことを当の学生自身も理解し受験行動に反映させていると言えますが、それ以外の大学であれば多浪してまで固執するよりは適当に折り合いを付けた方が「より問題解決能力が高い」と見なされる可能性があり就職にも有利なのかと言う話ですよね。
記事の方はそうした合理主義ばかりではなく、浪人生活には浪人生活なりの人生の肥やしとなるものもあるはずで、そうした受験行動の多様性を認める社会が望ましいと締めくくっていますけれども、一昔前と違って親のスネも囓り甲斐がなくなってきている今の時代、現実的にそこまでモラトリアム期間を堪能できる学生がどれほどいるのか?と言う疑問は感じるでしょうか。
就職難が言われる時代にあって就職活動に失敗し続ける方々からは「世の中の誰からも必要とされていない気がする」と言う嘆きの声も上がっていて、ひいてはそれが就労意欲を失わせ引きこもりやニートの増加や生活保護受給者数増大と言った社会問題にもつながると問題視されますが、進学浪人もこじらせると同様のリスクを持っていると考えると受験生がリスク回避に走るのも妥当な選択ではあると思います。

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2014年11月14日 (金)

荒廃する教育とその受け止め方の変化

荒れる教室と言った話題はずいぶんと昔から繰り返されてきた話題ですが、その荒れようも時代時代によって変わってきていると言うことなのでしょう、先日こういう記事が出ていました。

「今のは体罰」教師を挑発する「モンチル」(2014年11月9日AERA)

「モンスターペアレント」が社会問題になったのは2000年代後半のこと。いまは、同様に「モンスター」と呼びたくなるような「チルドレン」の出現がささやかれている。
 教育に詳しい明治大学文学部の諸富祥彦教授は言う。
「かつて学級崩壊が全国に広がったとき、子どもたちは教師をコントロールすることを覚えてしまった。親が教師の悪口を言ったり、クレームをつけたりすることも多くなったので、子どもたちは先生をばかにするという『知恵』をつけてしまったんです」

 関東の小学校に通う6年生の男児は、ある決意のもとに授業の妨害を始めた
 大声を出す。担任教師をばかにする態度を取る。担任が怒りだしそうなことは思いつく限りやった。そして、堪忍袋の緒が切れた担任は、子どもたちの前で男児に手をあげてしまった。男児は、ニヤッと笑って言ったという。
みんな見たよな? いまの体罰だよな?
 担任教師を処分に追い込むための行動だった。実際、教師は処分を受けて転任。この男児の親はしきりに、「あの先生はダメだ」と言っていたという。

「今の子どもたちは、教師がバッシングにさらされやすく、社会的に難しい立場にいることをよく理解しています。先生が自分に一度でも手を出したら終わりだ、と知っているからこそ、やりたい放題。際限なくエスカレートしていってしまうのです」(諸富教授)

まあしかしそもそも中二病と言う言葉もあるくらいで、これくらいの年代が一番世間を舐めてるんだと思うんですけれども、世間の仕組みを理解した上でそれに乗っかって自分の利益になる行動をきちんと選択出来ると言うこと自体は必ずしも悪いことではなく、仮にそれが反社会的行動であると言うことであればそれが利益につながると子供に思わせる世間の仕組みの方が問題なのかなと言う気もしますがどうでしょうね。
その意味ではここで注目いただきたいのはむしろ「この男児の親はしきりに、「あの先生はダメだ」と言っていた」と言う部分で、別に子供のすることは何であれ大人が悪い社会が悪いと言うつもりもありませんけれども、日頃から自分の親がこうした態度を取ることを知っているからこその男児の行動であったんだろうなと言うようにも思えます。
そう考えるとこうした行為が問題だと言うのであれば、求められる対策としては子供対策よりも親対策、社会対策の方を急ぐべきだろうと思うのですが、その社会について考える上で先日これまた教育現場からこういうニュースが出ていたことを紹介してみましょう。

FBに生徒を正座させた画像 中学講師「指導総括です」(2014年11月10日朝日新聞)

 神戸市中央区の私立「神戸龍谷中学校高等学校」の中学1年を担当する男性講師(56)が、生徒を正座させた画像を自身のフェイスブック(FB)に載せていたことが10日、同校への取材でわかった。同校は「不適切だった」と保護者らに謝罪し、講師を処分する方針。画像はすでに削除されている。

 同校によると、講師は生活指導を担当。今年7月、中学1年生(約80人)が兵庫県豊岡市で2泊3日の校外学習を行った際、宿泊先の部屋でペットボトルを蹴ってサッカーをしたとして生徒らを30分間正座させ、その様子を顔の部分にぼかしを入れた状態で自身のフェイスブックのページに載せた。講師は「指導総括です」とし、集団行動を乱すなどした複数の生徒について、「ロビーにあった幼児コーナーで30分遊ばせる」「罰ゲームとして踊らせる」「部屋の外で1時間立たせる」などと書き込んでいた

 同校は閲覧者の指摘で把握し、講師を注意。講師は「教師としてあるまじき行為だった。申し訳ない」と話したという。広田晴文教頭は「不適切な指導だった。生徒の保護者には謝罪し、第三者委員会を立ち上げ対処する」としている。

正座写真掲載や「部屋の外で1時間立たせる」 神戸の中学教師、Facebookで「行き過ぎ指導」公開(2014年11月10日J-CASTニュース)

    「思い切り恥ずかしい思いをさせてやりました」「解散前に親の前で泣かせた
   兵庫県神戸市内にある私立中学校の50代男性教員が、臨海合宿で問題行為のあった生徒たちをどのように「指導」したかを自身のFacebookに書き込んでいたのが見つかり、物議を醸している。

「解散時に親の前で泣かせた」記述も

   この教員が勤める神戸龍谷中学校では、毎年7月に竹野海岸で中学1年生を対象にした臨海合宿を行っている。受験サイトの情報によれば、生徒たちはここでカヌーやシュノーケリング、そば打ちなどを体験するという。
   友人たちとのお泊りにはしゃぐ生徒たちの様子が目に浮かぶが、男性教員はルールを守らない生徒たちを徹底して「指導」していたようだ。2014年7月、自身のFacebook上に「指導総括です」として詳細に綴った。
   「バスの中でセクシャル発言し、皆から顰蹙(ひんしゅく)→バス内での発言禁止」「他の生徒のデザートを取って食べる→翌日のデザート取り上げ」といったものもあるが、中には下記のような体罰と捉えられる記述もあった。
    「部屋の中で、ペットボトルでサッカー→教師部屋で30分の正座」「同室生徒が寝ようとしているのを邪魔する→部屋の外で1時間立たせる」「いつまでも寝ずにしゃべり続ける→11時30分から12時まで立たせる
   ペットボトルサッカーの「犯人」なのか、正座する2人の男子生徒が写った写真も掲載されていた。顔は隠されていたものの、畳の上で両ひざをぴったり付けて正座している姿からは委縮した様子もうかがえる。
   他に「班行動を無視して、仲の良い生徒と勝手な行動→解散時に親の前で泣かせた」「押入れの中で暴れていた→ロビーにあった幼児コーナーで30分遊ばせる」といった記述も。幼児コーナーでの「指導」を知人から面白いと評されると、「中学生が幼児コーナーで遊ぶ。思い切り恥ずかしい思いをさせてやりました。モジモジして、遊ぶことができませんでした。前を通る人たちに、ジロジロと見られていました」と返信していた。

「二度と同じ過ちを犯さないように」謝罪しアカウント削除

   投稿は「一般公開」されていたため、アクセスすれば誰でも目にすることができる状態だった。
   11月8日に、あるツイッターユーザーが「学校の教師としてFacebookにこうゆうこと上げるのはおかしい」として投稿内容のキャプチャー画面をツイートしたことがきっかけとなり、インターネット上で広く問題視されることとなった。このツイッターユーザーはFacebookのコメント欄にも「削除して保護者へ謝罪すべき」などとするメッセージを残した
   すると教員は、
    「指導する立場にありながら、ネット上で不適切な投稿がありました。多くのご指摘ありがとうございました。遅きに失したとは思いますが、削除いたしました。ご迷惑をおかけした皆様、本当に申し訳ありませんでした。以後、二度と同じ過ちを犯さないように十分気を付けたいと思います」
   と謝罪文を掲載したようだ。だが、その後も注目を集めつづけたためか、Facebookのアカウントはまもなくして削除された。
   (14時40分追記)同校によると、インターネット上で話題になっているのを見つけた生徒から報告を受け10日朝に把握した。教員に事情を聞いたところ「そのとおりです。申し訳ありません」と認め、現在は自宅待機しているという。取材に答えた担当教員は、生徒らから苦情はなく「(本人たちは)体罰とは考えていないようだ」としながらも「大きな問題として重く受け止めている」として処分を検討している。今後、生徒らに謝罪するとともに、第三者委員会を立ち上げて対処するという。

こういう時代ですから写真まで公表してしまったのはいささか勇み足だったかとも思うのですが、ここで興味深いのはメディアによる取り上げ方の方で、それなりに賛否両論ある問題であることはネット上の反応でも明らかだと思いますけれども、何かにつけて進歩的な朝日の記事ですらあくまでも写真の公開に対しての批判であって、指導自体に対する批判ではないように読めると言う点でしょうか。
教師の指導のあり方がどのようなものであるべきかは今も様々な意見があって、いわゆる体罰についても暴力は絶対に許さないと言う方々も少なからずいらっしゃるのはもちろん理解出来る話なのですが、それでは一体何をもって体罰と定義すべきなのかと言うことを考えると世に言うセクハラ、パワハラの認定範囲の混乱ぶりを見ても、論ずる人それぞれによってずいぶんとイメージするものが異なっていそうだとは予想できますよね。
冒頭の記事のように直接手を挙げてしまったと言う古典的な体罰はさすがにほとんどの場合に認められなくなってきていますが、授業中に騒ぐ生徒を廊下で立たせるのは体罰なのか、それとも残る真面目な生徒の授業を受ける権利を守るために必要な措置なのか微妙なところですし、実際に問題学童の隔離政策を打ち出した橋下大阪市長の案にも賛否両論だと言います。
ただ体罰反対と声も大きい進歩的な方々ほどその他大勢の真面目な子供達の権利をも擁護するべきであることは言うまでもないことですし、実際に冒頭のような状況が次第に問題化してくればそれに対応してシステムの方も変化せざるを得ないはずですから、マスコミとしてもどのようなスタンスで教育問題に関わるべきかなかなかにさじ加減が難しくなってきているのだと思いますね。

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2014年11月13日 (木)

そろそろ受験シーズンですが

近年人気が高まっていると言う話は聞いていましたが、大学全入時代などと言われる世の中にあって医学部人気はさらに高まっていると言う記事が出ていました。

医学部、志願14万人(2014年11月5日月刊私塾会)

文部科学省の学校基本調査によると、2010年度に約11万人だった国公私立大の医学科への志願者数は、14年度には14万人を超えた。少子化に伴う学生獲得競争が激しさを増す中、近年は多くの私立大が6年間で計数百万円の学費値下げに踏み切っている。削減や抑制が続いていた医学部の定員増加も人気に拍車をかける。地方での医師不足などを背景に国は08年度から定員増にかじを切り、15年度の総定員は過去最多の9134人となる見込み。16年春には1981年の琉球大以来となる医学部が東北医科薬科大に開設予定だ。

2015年度の入試からは理数系科目が新学習指導要領(新課程)対応になることから浪人には不利だと言う話があって、そのせいもあって旧課程最終年度となる今回は全般に安全志向が強いのだそうで、実際の出願者数はもう少し絞った数字になる可能性もありそうですが、興味深いのは定員増加に伴い国公立志願者も増えているのですが、ともかくも私学志願者が圧倒的に増えてきていると言う点ですよね。
その理由として記事にもあるような経済的要因も大きいのだと思いますが、特に学費問題に関しては昨今各種学生ローンも充実しており地域枠や自治体からの学費支援制度もあることに加え、一部には医師不足に悩む病院からの青田買いのような行為もあるやに聞きますから、将来も含めて「医学部はとりあえず合格さえしてしまえば何とかなる」と言うのもあながち間違いではなさそうにも思います。
ただ個別の大学で見ていきますと私学間でも大きく志望者を増やした大学もあればその逆もありと多種多様であるようで、慶応や慈恵と言った有名処があまり増減がないと言うのは何となく判る気がするのですが、必ずしも国試合格率とも相関しているようでもない辺り何の要素が関係しているのか、それこそ学費等の要因も関わってのことなのでしょうか(志願者急増の東海大などは近年学費値下げをしていますしね)。
国公立の場合施設等のキャパシティーの関係であまり学生が増えすぎても対応出来ない場合もままあるようですが、私学の場合はともかく大勢の学生を取って学費を得なければ大学も病院も回らないと言う事情がありますからいきおい入学は甘めに、そして進級は厳しめにと言う基準になるかとも思うのですが、そうした事情も考慮してか最近厚労省の方からこんな話も出ているそうです。

留年増加考慮して研修医枠設定へ、厚労省(2014年11月6日m3.com)

 医道審議会医師分科会医師臨床研修部会(部会長:桐野高明・国立病院機構理事長)が11月5日に開かれ、2016年度の研修医の募集定員について議論した。医学部入学定員から算出している現行の研修医の募集定員について、留年者の増加などを指摘する声があり、医学部5年生の人数から計算する方針となった。研修希望者数に対する募集定員は、現在の約1.2倍から1.18倍に減らすことを目指し、今年度から始まり、地域で活用できなかった事例のあった「都道府県調整枠」は残すこととなった(『「大学で研修」低下の一途、2014年度マッチング最終結果』を参照)。

 2015年4月研修開始の2014年度マッチングでは、研修希望者数に対する研修募集枠を、医学部入学定員を基に、1.2倍になるように設定。定員増を踏まえて、都道府県が各病院に配分できる「都道府県調整枠」を振り分けた。
 結果として2つの問題が発生した。1つ目は、研修希望者数を9634人と見込んでいたが、実際は9206人となった点。和歌山県立医科大学理事長の岡村吉隆氏は、全国医学部長・病院長会議の調査結果を踏まえて「定員増で各大学での学生において質の低下が顕著。休学や退学も増えている」と原因を分析した。同会議の調査結果では、2012年度の1年生が2年にあがる際に700人以上留年する事態となっている(『医学生の学力低下が顕著、医学部定員増を機に』を参照)。
 2つ目の問題は、「都道府県調整枠」について、地方を中心に20の県で使いきれずに、上限の1万1583人に対して、実際の募集は361人減の1万1222人となった。結果として倍率は、1.219倍となった。
 これら2つの問題を踏まえて、厚労省は、今までの算定方法以外に、医学部5年生の数を基に定員を設定する方法を提案した。岩手医科大学理事長の小川彰氏は、留年が増えていることを踏まえて「入学定員を基にすれば、ずれが生じる」と同調し、目立った反対意見はなかった
(略)

受験生総数が減っていく中で医学部定員は増えているわけですから、ゆとりがどうこうと言わずともレベルが下がっていくのは当然ではあるのですが、ただ冒頭の記事にあるように医学部人気も高まりこの時代にあって例外的に競争率も高まっていることから、今まではさほどにレベル低下が留年や国利合格率と言った目に見える形では出ていなかったと言うことでしょうか。
しかし研修医定員を医学部入学定員から計算すると言うのも基本的に落第しないと言う前提での話で、こうして改めてその弊害が問われるとどうなのか?と思ってしまうのですが、昔であれば多少学力的に欠けるところはあっても割合になあなあで進級させていた大学も、近ごろでは明らかにこれはと言うケースでは容赦なく落とすようになってきていると言いますね。
今年初めの広大の神経解剖学でほぼ全学生が不合格になったと言う事件があり、結果として医学部の悪しき伝統だ、こんな輩が医師になっていいのかと世間から大いに批判とお叱りを受けたのも記憶に新しいところなんですが(ただしこれもどうやら、実際はかなり誤解もあったようです)、昔は現場に出れば休む間もなく一生勉強が続くのだ、だからせめて学生時代くらいは思い残すことのないよう遊んでおけと言う声もあったでしょう。
ただそれも学生の卒後教育はその大学や関連病院で責任を持って行われると言うストレート研修時代の暗黙の前提があっての話で、今のように全国どこの病院に出て行くことになるかも知れないと言う話になればやはり最低限の共通言語となる医学知識は必要なのだろうし、またそれを備えていない学生ばかりを送り出せば大学側の恥にもなりかねませんからいきおい学部教育も厳しくはなる理屈です。
無論学生にとっても同じ大学の先輩後輩関係の中でのぬるい選抜ではなく、全国他大学の学生との競争の中でマッチングを勝ち抜いていく必要があるのですから遊んでばかりもいられないのは当然なんですが、そうなりますと留年率が増えていると言うことが必ずしも学生のレベル低下を示すと言うわけでもなく、むしろ今の学生の方が昔よりよく勉強している人が多いと言う可能性もあると思いますね。
ともかくも最近大学の教員の先生達が昔のように臨床や研究の片手間に嫌々ながらと言う感じではなく、非常に真面目かつ熱心に学生教育をするようになっている様子なのはいいんですが、自分達の学生時代が暇で遊び歩いていたものだから今の学生も暇に違いない、だからもっと厳しくしても余力はあるはずだとばかりにムチを振るう一方だと、学生としては何とも哀しい気分になってしまうかも知れないなとは危惧しています。

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2014年11月12日 (水)

日本女性はいいカモ?

本日の本題に入る前に、いささか気分のよろしくない記事ですけれども、先日こういう事件が起こって話題になっていることを紹介してみましょう。

ワッフル店店員、シャッター閉め女性暴行 ホテルに連れ込み再び暴行(2014年11月9日スポーツ報知)

 福岡県警中央署は8日、勤務先のワッフル店で女性客(25)を暴行したとして集団強姦と強姦の疑いで新賢佑(あらた・けんゆう)容疑者(33)=福岡市東区=を逮捕した。さらに集団強姦容疑の共犯で伊牟田祐史容疑者(33)=同市中央区=を、犯人隠避容疑で同店経営者の博多屋泰典容疑者(34)=同市南区=を逮捕。いずれも容疑を否認している。

 中央署によると、新、伊牟田両容疑者は6日午前0時ごろ、福岡市内の繁華街、天神にあるワッフル店「tamago.NY(タマゴ ドット ニューヨーク)」内で女性客に暴行した疑い。

 調べに対し、新容疑者は「強姦していません。エッチはしましたが、女性との合意の上です」、伊牟田容疑者は「(容疑は)合ってません」などと供述し、いずれも否認している。

 女性は当初、隣のファミリーレストランに入ろうとしたが、ワッフル店の店員が「食事もできますよ」などと呼び込んだため、同店に初めて入った。他に2~3人の女性客がいたが、営業終了の午前0時近くは被害女性だけだった。

 女性が帰ろうとしたところ、新容疑者が「まだ大丈夫ですよ」などと告げた後、突然シャッターを下ろし、電気を暗くした状態で2人で女性に襲いかかったという。その後、新容疑者は女性を近くのラブホテルに無理やり連れて行き、再び暴行。女性は被害を受けた後の6日未明、中央署に相談し、事件が発覚した。女性は「抵抗しましたけど、男性の力で…。これ以上抵抗すると何をされるか分からなかったので、ただ涙を流すばかりでした」と訴えたという。

 同店の経営者である博多屋容疑者は、事件前の午後10時ごろまで店内にいて伊牟田容疑者が新容疑者と一緒にいたのを知っていたにもかかわらず、事情聴取の際に隠した疑いで逮捕。事件直後に両容疑者から携帯電話に着信を受けたことが捜査で判明しているが、博多屋容疑者は「友人と酒を飲みに行った後で酔っていたので覚えていない」と容疑を否認している。

飲食店のスタッフが共謀して女性客に暴行すると言えば、以前に大阪で同様の事件が発生して大きな騒ぎになったことがありましたけれども、今回の事件に関しても以前から同種の行為が行われていたのではないかと言う疑いもあるようで、確かに報道されている手順等を見ても非常に手慣れたものを感じさせますよね。
最近では以前から言われている婦女暴行犯に対する厳罰化が一気に推進されそうな気配もあって、強盗などと同等の罰則にすべきだとか非親告罪(被害者の届け出がなくとも処罰できる)化しようだとか様々な意見もあるようなんですが、その背景には例えばインドでも昨今婦女暴行が社会問題化しているように、性犯罪は社会的弱者に対する差別あるいは虐待行為としての象徴性があるからだと言う意見があります。
ただ昨今の日本などでは逆セクハラなどと言う言葉もあるように何を以て弱者とするかと言う定義もいささか曖昧なところがあり、また差別を撤廃しろと保護や規制の強化を求めればいわゆるプロ弱者を警戒する反対の声も出ると言った調子で、ある程度社会が公平平等になってきたからこその難しい部分も多々あるようですよね。
いずれにしても相手の意に反して何であれ無理矢理に事を運ぶ、しかもそれが犯罪行為だとか反社会的行為だとか言われるものであれば批判されるのは当然なんですが、逆に言えば相手の合意があれば多少の脱線は許されるのか?と言う話でもあって、先日興味深く拝見したこういう記事があります。

日本人の女の子は簡単に引っかかる!? 米国人男性のトンデモ ナンパ術が物議(2014年11月9日NewSphere)

 自称「ナンパ師」のアメリカ人ジュリアン・ブランク氏。世界各地でナンパの仕方について講演しているが、「東京では白人の男なら何でもできる」といったものや、女性への暴力を促すような内容が、人種差別的、性差別主義的として非難を浴びている。

◆東京では「ピカチュウ」と叫び、女性の頭を股間に

 この男性は、アメリカの会社「リアル・ソシアル・ダイナミクス」で「デートのコーチ」としてセミナーを開き、世界各地でナンパの仕方を指南しているのだが、その内容には驚くものがある。
 11月6日に掲載されたデイリー・メールの記事によれば、彼の過激なナンパ・テクニックは以下の通り:
1 東京では、「白人男性は何でも自分のしたいことができる」として、「ピカチュウ」と叫んで、女性の頭を股間にもってくる
2 「彼女が死んだんだ」や「今日、父を埋葬してきたんだ」などの手口を使う
3 女性の喉元を閉めて黙らせてから、口説きの会話を始める
4 女性をセックスの場所へ誘導しながら話をすること
5 女性の自分自身への自信を失わせる

◆西洋にある「アジア人女性への幻想」

 11月4日の英ガーディアン紙の記事は、彼の「東京を歩きまわって、女性をつかんで”ピカチュウ”と叫びながら彼女の頭を股間に押し付けるんだ」との言葉の裏には、西洋文化におけるアジア人女性への過度な性的描写があるとしている。
 オリエンタリズムや人種差別的なフィティッシュな願望がアジア人女性へ投影され、アジアの国々にへ性的に搾取するような、セックス・ツーリズムが拡大している現実を指摘している。
 7月29日の米のハフィントン・ポストでも、アジア系以外の男性がアジア人女性を特に好む「イエロー・フィーバー」という現象を取り上げている。
 アンナ・アカナというアジア人女性は、「イエロー・フィーバー」の問題点について、「女性を完全な個人としてではなく、侮辱的なステレオタイプを具現化したものとして見ている」と指摘している。
 アカナは言う、「なぜ、ある人種全体を従順か、か弱いか、もしくはおとなしいとロマンティックに考えられるか理解できない」。

◆日本にある「白人崇拝」

 だが、ブランク氏の「白人男性なら、自分のやりたいことは何でもできる」という言葉の陰に、日本人女性の西洋人男性への過度の理想化もあるだろう。
 少し前だが2011年1月6日のオーストラリアン紙は、増え続ける西洋人男性と結婚する日本人女性を取り上げて、日本では西洋人男性とのデートや結婚が「洗練されていて」「カッコイイこと」と考えられていることを伝えている。
 背の高いハンサムなポルトガル人と日本人女性の結婚式において、新婦の友人が新郎をポップスターのように扱っていた例を挙げて、「この背の高い西洋人男性と一緒にいることが、クールで洗練されたことに見えるようです」、との大阪大学の社会学者ビバリー・ヤマモト氏の言葉を引用している。

◆次々と起こるブランク氏へのバッシング

 とは言え、ジュリアン・ブランク氏のナンパの手口には、海外でも非難が相次いでいる
 ジュリアン・ブランク氏に対する抗議活動が起き、彼の世界ツアーの一部(オーストラリアで3ヶ所、アメリカで2ヶ所)が、会場側からキャンセルされる事態になっている(デイリー・メール)。
 日本でも、彼の入国を阻止するよう署名運動がChange.orgで始められた。
 レディットでも、彼に対し呆れているコメントが相次いでいる。
・この男は病気だ。署名にサインしたよ
・彼にここに来てほしくない
・この狂ったヤツにカラテチョップを食らわす素晴らしい手だな
・この時点で望むのは、彼のセミナーを受けた人は、女性全員を手に入れる新しい戦略にふさわしいほど馬鹿であってほしい……港のドックを見つけて……そこから飛び込むことさ

こういう方はそれなりに原資も必要だろうに一体どうやって喰っているのか?と誰しも疑問に思うところでしょうが、この人物の場合は記事にもあるように世界各地でセミナーを開催していて、しかもその参加料が実に3000ドル(!)だと言うのですから、それは儲かって儲かって仕方がないと言うものですよね。
すでに3万人分以上が集まったと言う入国禁止の署名集めにしてももともとはオーストラリアから始まったのだそうで、同国ではビザを剥奪され国外追放されたと言うくらいですから相当に有名になっているのだと思うのですが、別記事によりますと11月10日付けで署名は様々な証拠物件と共に東京入管に提出される運びだと言いますから、当局の判断も注目されるところです。
セミナーの様子や街中での実践?の光景が動画として公開されているのですが、個人的にはこれに3000ドル支払うくらいならもう少し有意義なお金の使い方をしたいとは思いますけれども、実際にこれだけ人を集める程度には御利益があると言うことなのでしょうか、要するに少なくとも一部の方々からは有益な存在と認められ支持されていると言うことですよね。
もちろん犯罪組織のトップであれ戦利品を分配される部下達からすれば支持されるべき対象であると言う言い方は可能なんですが、公開されている動画を見る限りでも強制猥褻だとか犯罪教唆だとか様々な罪状に問うことが可能であると言う声もある一方、これだけ公然と活動を続けながら現に未だ犯罪者として起訴も処罰もされていないと言うことが扱いの難しさを物語っているようにも思います。

一般にナンパと言う行為は双方の合意が必要であり自由意志に基づく恋愛行動であるように認識されていると言う事情もあってか、今回の件に関しても「○の弱い女が引っかかってるだけ」と言う醒めた意見ももちろん少なくないし、実際にそうした側面もあるのだと思いますが、一方で日本人同士であってもしばしば相手が断りがたい雰囲気で強引に事を運ぶケースもあることは否定出来ませんよね。
動画の内容から見ても今回のケースでは相手の意志を尊重しているとは到底思えないところですし、多くの日本人女性は言葉の通じない外国人が何やら意味不明のことを喋りながら強引に迫ってきた場合にはっきり拒絶したり、振り切って逃げ出したりと言うことがなかなか出来ないとも予想されますから、たしかに「日本でなら何でもあり」だと認識されてしまう可能性は否定出来ないものがあります。
アメリカなどではお店のスタッフでも「こいつ何言ってんのか判らねえわ」と認識すればお客を無視するなんてことも割合に起こることで、逆に日本に来た外国人が「日本人は言葉が判らなくても一生懸命世話を焼いてくれる」と感激した、なんて話が少なからずあるとも聞きますが、結局のところそうした日本人の性質を悪用していると言うことも記事に不快感を感じさせる一つの要因にもなっているんだろうなとは思います。
外国人だからと必要以上に警戒するような時代では全くないし、またそういう目的の相手とでも敢えて交際してみたいと言う自由ももちろんあるはずですが、少なくとも日本国内での話であれば日本の基準に従ってそれは有り、それは無しと判断するのが妥当と言うものですから、相手のことを尊重する立場に立つからこそ言うべき時にははっきり「ノー」と言うことも必要なんでしょうね。

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2014年11月11日 (火)

相次ぐエボラ疑い症例が問いかける課題

先日またエボラ疑いの患者が複数出たと言うことで大騒ぎになり、結局いずれもエボラではなさそうだと言うことで安堵した方も多かったと思いますが、どうもこの際の一連の経緯がいささか問題あるではないか?と各方面から注目されているようです。

エボラ疑いの男性の行動に「無責任」批判 医師に渡航歴告げず、厚労省への報告も怠っていた(2014年11月8日J-CASTニュース)

  エボラ出血熱が大流行している西アフリカ・リベリアから帰国した男性(60)に、エボラ出血熱感染の疑いがあると報じられた。
   一夜明けて「陰性」と判明したが、男性が検疫所への報告を怠っていたことや診察を受けた医師に渡航歴を告げなかったことなどが判明。ネットでは男性や、厚生労働省の認識の甘さに批判が出ている。

21日間の「健康監視」義務

   各社の報道によると、男性は2014年9月30日~10月26日、リベリアに滞在していた。11月4日に羽田空港から帰国。検疫で異常は見られなかったが、6日夜になって39度の高熱が出て、7日午前に自宅近くの医療機関(東京都町田市)を受診し、扁桃腺(へんとうせん)炎と診断された。
   受診後の11時ごろ、男性は発熱を検疫所へメール連絡。検疫所が男性に連絡を取ろうとしたが、所在確認が難航。夕方になって自宅で就寝していたと確認され、指定医療機関である国立国際医療研究センター(新宿区)へと搬送された。
   しかし、国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山市)で陰性が確認されたため、男性は熱が下がり次第、8日中にも退院するとみられる。

   男性には、健康状態を報告する「健康監視」が求められている。以前はエボラ患者との接触者のみが対象だったが、感染拡大を受けて厚労省は10月21日、ギニア、リベリア、シエラレオネへの渡航もしくは滞在が確認された場合でも対象になるとの通達を出している。
   健康監視により、男性は到着後504時間(21日間)、体温や健康状態について1日2回(朝・夕)報告することを求められている。男性は7日朝の報告をしないまま、町田市内の医療機関を受診した。
   男性を診断した医師は、11月7日夜の「ニュースJAPAN」(フジテレビ系)インタビューで、「その後(処方を終えて帰宅後)になってから、いろんなことが発覚してきたわけですよね。うちとしては」と話している。男性はリベリア渡航歴を医師に伝えていなかったからだ。

「性善説で対処してたらもうだめ」

   ツイッターなどでは、男性が陰性だったことに安心する声も一部ある。しかし、男性が近所の医療機関へ行ったこと、医師に詳細を伝えなかったこと、検疫所への報告を怠っていたこと、帰宅により一時所在不明だったことなどが重なり、厳しい意見は多い
    「当該地域からの帰国なら、保健所に電話して指示を仰ぐべきで、60にもなってそんなことも考えないのでしょうか...」
    「町田の60歳男性は周りの全てに無責任に恐怖をばらまいた。実際に感染していても保健所行く人はごく僅かで、こういう人が今後も多いと予想される方が問題」
    「エボラのリスクを抱えていることを知りながら、普通の医療機関に行って具合が悪くて寝てたなんて、感染者が出たらなんと言い訳できるのか?」
   厚労省の水際作戦について、「性善説で対処してたらもうだめだと思う」「そんな自己申告とか人がいちいち聞き出さないと、みたいなのに頼るとろくなことないよ」と、認識の甘さを指摘する声もある。

   厚労省のウェブサイトは、エボラ出血熱について、塩崎恭久厚労相からのメッセージを掲載している。そこでは、
    「もし流行国に渡航し帰国した後、1か月程度の間に、発熱した場合には、万一の場合を疑い、地域の医療機関を受診することは控えていただきたい。まず、保健所に連絡をし、その指示に従っていただきたい
と、赤字で強調して書かれているが、徹底周知にはほど遠いようだ。

エボラ疑い…その時、厚労省担当者つかまらず(2014年11月09日読売新聞)

 関西空港で発熱してエボラ出血熱の可能性が疑われたギニア国籍の20代女性は、8日の検査で、陰性と判明した。
 エボラ出血熱の疑い例が出たのは関西で初めてで、厚生労働省は「手順通りに進められた」と評価。ただ、地元の大阪府には情報が入りにくく、府は「陽性だった場合に対応が遅れかねない」として、今後、厚労省に情報提供のあり方の改善を求める。

 7日夕に関西空港に到着した女性は、検疫官の呼び掛けに応じ、滞在歴を申告。搬送先のりんくう総合医療センターで採取した血液などの検体を東京の国立感染症研究所に送り、8日午後、厚労省がエボラ出血熱のウイルスが検出されなかったと発表した。
 この間、厚労省は女性が乗っていた飛行機の便名の発表や機内の消毒などを実施。同省担当者は「スムーズに対応できた」と話した。

 一方、大阪府医療対策課では、女性が空港からセンターに搬送された7日夜、同課職員らが厚労省に繰り返し電話しても担当者がなかなかつかまらず、女性に関する情報を確認できなかった。感染症法では、感染が確定するまで医療機関から自治体への連絡義務はなく、国も「疑い」の段階では自治体への連絡方法を決めていなかったという。
 仮に女性が「陽性」だった場合、府は機内で患者の近くに座っていた人への健康調査などを行う必要があり、担当者は「初動態勢を整えるためには、疑いが生じた段階で一刻も早く情報がほしかった」と強調。府は、13日に厚労省で開かれる各都道府県の担当者を集めた会議で、地元自治体との連絡窓口となる職員の配置などを要望する。

しかしやってみて不具合があれば手直ししていくと言うのも当然なんですが、どうも見ていますと不安を感じる部分が多いと言いますか、水際対応をうたいながらこれで本当に国内流入が阻止出来るのか、いざ流入させてしまった場合にさっさと拡散してしまわないかと心配になるような話ではありますよね。
世界的にこのエボラ流入阻止に様々な対応策を模索しているのは先日もお伝えした通りなのですが、アメリカなどは相当に厳重に対応していて接触歴がある人に関しては毎日二回スタッフが検診をし行動制限もしていると言い、CDCから出されたガイドラインによっても高リスク者に対する積極的かつ直接的な監視を行うべきだとされているわけです。
ひるがえって日本でも現地滞在者には21日間の検温等の体調チェックを行ってもらうよう依頼しているのだそうですが、面白いのはこれらが完全に自己申告であると言うことで、一般に患者と言うものは自分が悪い病気にかかっていると認めたくない性質があるものだし、ましてや罹患が疑われれば強制隔離もされかねないとなれば果たして皆が皆正直なことを申告してくれるのかどうか微妙な気もします。
先日も国内疑い第一例で当事者からは現地渡航歴の自己申告がなかったと言いますが、今回の場合も東京のケースでは渡航歴の申告無しにごく普通に身近な医療機関を受診している(そしてどうやらその後電車に乗って都内をあちこち回っていたそうですが)と言う事実を前にするとき、果たして現在のような自主性を尊重する?やり方が妥当なのかどうかと言う検討は早急に求められることになりそうです。

もう一つ、いずれどこかで患者が確認されると言うことは近い将来かなり高い確率で起こり得るシナリオだと思いますが、そうなったときに治療を引き受けることになっているのが指定医療機関で、エボラなど第一種感染症を引き受ける医療機関はおおむね各県一つと言う計算で大学病院を中心に全国45施設が認定されています。
ただ当然ながら指定医療機関の中でも特に厳重な対応が可能なベッド数は限られているわけで、実際にどの施設も第一種に対応できるのは1~2病床、全国でわずかに88病床しかないと言う現実を考えると、本当に国内に患者が相次いで発生するような状況にでもなればあっさりと引き受け不能になることが目に見えていますよね。
特に気になるのが現地アフリカでもエボラ患者の家族が家の中に閉じ込められ餓死させられている、などと言う悲惨な話も伝え聞くように、患者はとにかく隔離しなければと言う意識が過敏反応のように広まってくるとどうなるのかで、例えば疑い患者が発見されたがすでに最寄り指定施設のベッドが塞がっているため他県に搬送すると言った場合に、下手をすると受け入れ反対運動めいたことにもなりかねない恐れもあります。
この辺りは本来的には患者の個人情報保護や医療従事者の守秘義務とも関わる問題で、いつどんな患者を受け入れたと言った話は軽々に口外すべきではないと言う考え方もあるだろうし、もちろん重大な結果をもたらす伝染病である以上国民は知る権利を持つと言う考え方もあるはずですが、今のように疑い患者の動向に国民がリアルタイムで息を詰めて注目すると言う状況が正しいのかどうかの議論もあってしかるべきなのかも知れません。

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2014年11月10日 (月)

介護の人材不足解消に外国人が必要?

消費税再増税の行方が注目されている中で、先日こんな記事が出ていました。

消費増税容認派、昨年から半減- オリックス・リビング調(2014年11月7日CBニュース)

今年4月の社会保障制度充実のための消費税率の引き上げについて、容認派の人は2割に満たず、増税前に調査した昨年に比べて半減したことが、オリックス・リビングが行った介護に関する意識調査で明らかになった。実際の増税から約半年が経ち、増税に否定的な考えが広がりつつある現状が浮き彫りとなった。【真田悠司】

オリックス・リビングでは9月、40代以上の男女を対象にアンケート調査を実施。1238人(男性737人、女性501人)から有効回答を得た。
社会保障制度を充実させるための消費増税についての質問では、容認派は18.9%にとどまり、昨年9月の調査の42.7%を大きく下回った。また、否定的な回答をした人は、昨年から10ポイント上昇し、46.5%となった。
消費税率の引き上げを容認する人が半減した理由について、オリックス・リビングの担当者は、「実際に8%分の支払いを経験したことが、否定的な回答の増加につながったのではないか。また増税後、サービスの充実が実感できないと考える人が多いことも、回答に影響したのかもしれない」としている。

■外国人による介護、約7割が受ける考え
また、外国人労働者による介護サービスを受けたいかとの問いに対しては、「積極的に受けたい」が19.1%、「外国人労働者が今よりも普及していれば受ける」が22.0%、「受け入れたくはないが、人材不足は顕著なので受ける」は27.4%だった。一方で、「受けたくない」と答えた人は14.1%にとどまった

ひと頃は消費税増税容認と言う世論が妙に多数派になってしまい、何となくその場の勢いで一気に増税が成立してしまったかのようにも見えるのですが、さすがに冷静になってみると何かがおかしいと気付き始めたと言うところなのでしょうか、昨今ではむしろ増税にも関わらず社会保障の削減ばかりが議論されているようにも見えますよね。
元より社会保障充実にあてるとは言っても基本的に大赤字なのですから借金返済だけでも手一杯なのは当然で、むしろ今後どうやって給付を抑制し収支の均衡を図っていくべきかが最重要の課題であることを考えると、増税とサービス拡充がセットなどと言う甘い夢が見ていられる時代でもないはずなんですが、そこをはっきり言わずにやってきたのは政治の怠惰だと言えるかも知れません。
ただここで注目いただきたいのは外国人による介護サービスと言う話が同列で語られていると言うことで、積極的であれ消極的であれ国民の多数派はそれを受け入れる意志があると言う既成事実作りのようにも思える調査結果なんですが、先の厚労省で開かれた福祉人材確保専門委員会でも今後介護に就労する人材をどうやって確保していくかが議論され、特に新規参入促進が重要とされたと言います。
興味深いのは昨今相次いでこの介護人材不足に関する発信が増えている、そしてそのいずれにおいても外国人参入こそが重要であると言う論調であることで、何やら首尾一貫したシナリオが存在していると言うことなのでしょうか。

介護人材があと100万人足りない!ケアの現場で待ったなし「移民」への道(2014年10月29日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
 団塊世代が75歳に達する2025年には、今よりも看護職で50万人、介護職で100万人の増員が必要と政府は見ている。2012年度の介護職の総数は約168万人で、2025年には249万人の就業が欠かせない。増加分が100万人と言うわけだ。その対策にやっと視野が向いてきたが、まだ政策として確固とした肉付けがされていない。
 打開策として議論され出したのが外国人への門戸開放策である。政府は6月24日にアベノミクスの第3の矢として骨太の方針と新成長戦略を決め、外国人の大幅な雇用拡大策を盛り込んだ。
(略)
 スウェーデンやドイツでは成長する経済の現場での人手不足から外国人に頼らざるを得なかった。北欧の介護現場に視察に行くと、東欧やアフリカ系、アジア出身者たちが働いている光景に出くわすことが多い。
 ドイツではトルコや南東欧からのなし崩しの移民が増え、政府は学校や社会保障政策を充実させることで、実質的な多文化主義を取り入れだした。定住外国人にドイツ語や文化を教える講座の受講を義務付けたり、スポーツなどを通じてドイツ人との交流機会を増やすなど「統合政策」を推進。定住を前提に社会に溶け込んでもらう施策を05年に移民法として結実させ、「移民国家」へと転換した。
(略)
 日本の介護業界にも「究極の成長戦略は移民の受け入れ」と明言する経営者がいる(7月28日付日本経済新聞)。サービス付き高齢者住宅(サ高住)の最大手、メッセージの創業者、橋本俊明会長である。
「技能実習制度の拡充は小手先の対応に過ぎない。移民としてきちんと受け入れ処遇する道を開くべきだ。移民を受け入れることで労働力が確保できるだけでなく、日本社会に多様性が生まれる。それはイノベーションにもつながり成長に大きく寄与するのではないだろうか。一方で日本社会も変わるだろう。そういう変化を受け入れる勇気、覚悟を持てるかどうかどうかが問われている」
 真にもっともな考えである。

 ワールドカップで優勝したドイツチームで外国の出身者が活躍した姿が目に浮かぶ。米国のワールドシリーズでもカリブ海諸国からの選手が目を引く。
 最近の欧州諸国やEU議会などの選挙で「移民反対」を唱える右翼政党が躍進しているが、大局的にみると振り子の揺れに過ぎないだろう。歴史の歩みの中では、一時的な反動勢力が現れることはよくあること。一歩後退二歩前進の歩みは変わらないだろう。


医療鎖国体制で被害を受けるのは日本国民 (2014年10月30日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
 日本では人口高齢化が先進国でもっとも進んでいることを考えると、日本における医師や看護師の数は、他国と比較して非常に少ないことになる。しかも、その問題は、将来に向かってさらに深刻化する。
 このように医師の不足が大問題である以上、外国人医師や外国人看護師の活用は重要な課題だ。
(略)
 アメリカが受け入れている外国人医師は、表にあげた国の出身者を合計するだけでも12.8万人いる。これは、アメリカの医師総数87.2万人の14.7%にも上る。1000人以上の医師を出している国の出身者を合計すると、22.2万人になる。これは、アメリカの医師総数の25.4%だ。
 外国人医師を受け入れる比率は、オーストラリア14.0%、カナダ12.3%も高い。イギリスでは31.7%にもなっている。
(略)
 ところが、日本では、外国人の医師は事実上ゼロだ。世銀の前記データにも、受け入れ国に、日本の欄はない。日本は世界の潮流からまったく外れてしまっている。
(略)
 世界的に見れば、医師についても、上で見たように国際間移動は普通の現象なのだが、日本はその動きを拒否している。日本では、医師の国際化は議論にすらなっていない
 それは、「外国の医師を入れると水準が下がる」という理由によってだ。しかし、本当に水準が下がるのかどうかは、きわめて疑問だ。多数の外国人医師を受け入れてきたアメリカやイギリスの医療水準が下がったとは思えない。
 日本で「医療国際化」と言われる場合に強調されるのは、新興国からの患者を日本で診断する「メディカルツーリズム」だ。それを否定しようとは思わないが、ここには供給者の論理はあっても、患者の視点は少しも感じられない
(略)
 今後、高齢化の進展に伴って、需要側からの声はさらに強まるだろう。日本国内の看護師不足はますます深刻化するだろう。しかし、「日本は事実上外国人を受け入れない」と認識されてしまえば、いかに日本との所得格差があっても、日本行きを希望する外国の看護師はいなくなるだろう。そのときに困るのは、十分な看護サービスを受けられない日本国民である。
 さらに、医療・介護分野で労働力を確保できれば、それでよいというわけではない。なぜなら、あまりに大量の労働力が医療・介護部門にとられてしまえば、他産業での労働不足が深刻化するからだ。
医療・介護分野で行なわれる議論には、経済全体の視点がない。医療・介護で増えるとするだけであって、経済全体と整合的な形でそれができるのかどうかについての検討がない。経済全体を見据えての議論が求められる。

まあしかし今や医療における人材鎖国を続けるのは国全体の経済を見ていない者の妄言であるかのような言われようなんですが、確かにそんなことは毛ほどにも考えてなさそうな方々が熱心に反対論を唱えていそうな気配ではありますけれどもね。
思い出せば何やら二昔ほど前にもこんな感じで国際化だ、島国根性脱却だ、それに反対する旧弊は打破されるべきだと騒がれていた時代があったような気がしますが、その後どうなったかと言えば幾ら旗を振ったところで別に大きく社会が動くと言うわけでもなく、むしろインターネットの発達で世界中ボーダーレスにつながったと言うことの方がよほど国民認識の国際化を推進したようにも思います。
冒頭の調査に戻っても外国人労働者が今よりも普及していれば(介護サービスを)受けると言う人が多かったことを思い出していただきたいと思いますが、歴史的に見ても別に日本人は変化を望まない保守主義者なのではなく、むしろ折々にとんでもない大変革を行いながら今の日本を作ってきた、ただその変革を俺が私がと個人が先導していくトップランナーにはなりたがらない習性があると言うことなのかも知れません。
そう考えると別にお上が旗を振って人材開国だ何だと大きな話にするよりはまず試験的に入れてみる、そしてその評判がよければそれが自然に全国的に広まっていくんじゃないかと思いますし、「開国したところでどうせ日本に大勢来るはずがない」などと言った反論はあまり意味が無いだろうし、むしろ希望者殺到で一度に大勢来られたところで日本人が急な変化を受け入れる確率の方が低いんだろうと思いますね。
しかし東京などは外国人も大勢いるわけですから逆に外国語に堪能なスタッフに対する需要も高いはずだし、実際に医療特区と言う形で外国人を入れようと言う計画もあるようですが、誰であれ外国で暮らしていれば自然とその国の言葉や風俗習慣にも慣れていくものですから、いきなり地方の介護施設に送り込むなんてことを考えるよりはそのままの形で需要がある場を入り口にした方がいいのかも知れません。

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2014年11月 9日 (日)

今日のぐり:「左京」&「官兵衛」&「たくみや」

このところ相次いで似たような迷惑騒動があったと言うニュースが二題報じられていました。

米国・ニュージャージー州 熊2頭が住宅街で殴り合い(2014年10月31日新華ニュース)

巨大な熊2頭がニュージャージー州の閑静な住宅街で激しく殴り合っている場面が撮影された。米メディアが29日に伝えた。

映像は先日、動画配信サイトにアップロードされた。殴り合いをしている2頭の熊が雑草の茂る坂から住宅街の道の上まで転がり落ちてきても、つかみ合いの殴り合いは続き、住宅街は2頭の戦場となった。

6分30秒ほどの映像はここを通りがかった車のドライバーによって撮影された。彼は車内に隠れて車から降りずに撮影した。

生物学者は「2頭の熊はともにオスで、当時は殴り合っていたか、遊んでいたのかもしれない」としている。

玄関開けたら…自宅の前でカンガルーが大乱闘(2014年11月3日テレ朝ニュース)

自宅前でまさかの大乱闘です。

ちなみにクマ乱闘動画はこちらから参照いただきたいと思いますが、何かしら流行ってでもいるんでしょうかね?
今日ははた迷惑な動物達に反省を促す意味で、世界中から少しは人の迷惑も考えてくれよと思わずこぼしたくなる駄目っぽいニュースを紹介してみることにしましょう。

逃走容疑者の愛犬が“裏切り”、警察に隠れ場所教えて尻尾フリフリ。(2014年11月3日ナリナリドットコム)

犬は人間にとって最良の友人だろうか? そう、あなたが法を犯すまでは……。そんな犬の行動が話題を呼んでいる。

米紙ニューヨーク・デイリーニュースや英紙デイリー・ミラーなどによると、米アラバマ州プラットヴィルの警察が、先日、麻薬捜査の一環である容疑者宅へやってきた。その車を見て危機を悟った容疑者は、すぐさま家の裏手にある渓谷へと逃走。捜査員が家に踏み込んだ時にはもぬけの殻だったが、そこにいたのが容疑者の飼い犬ボーくんだ。

ピットブルとハスキーのミックス犬であるボーくんに気がついた捜査官は、ボーくんに飼い主を探すよう「行ってこい」と仕向けることに。このときの様子について、警察の報告書には「ボーくんはためらうことなく渓谷へと向かっていった」と記されている。そして、容疑者が地面に伏せて隠れているところまでやってきて、ここにいますよ、といわんがばかりに尻尾をフリフリ。捜査員を容疑者のところまで導いたという。

結局、容疑者は麻薬の不法所持や違法製造などの容疑で逮捕。ボーくんはそのお手柄に対して、警察犬を担当する巡査部長から犬用ビスケットをもらうことになった。警察は裁判で必要な場合にはボーくんを証人として出廷させることもあると伝えられている。

なお、ボーくんは現在、容疑者の家族のもとに身を寄せており、地元の動物管理局が適切に保護されているかどうか定期的にチェックしているそうだ。

この報道に対して、ネットでは「警察犬としての再就職が決まったな」「警察が面倒を見てくれることを望むよ」「愛情より正義を取ったんだね」「飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」と全体的にボーくんの功績を称える感想が多く寄せられている。

容疑者の家族もなかなかに複雑な心境なのではないかと思いますが、まあ犬と言うものは忠実ではあっても必ずしも状況を読まない部分もありますからねえ…
先日はご存知ハロウィンだったわけですが、こちらこんなものを用意されても…とげんなりしそうなカボチャの話題です。

【閲覧注意】あまりに恐ろしいハロウィンかぼちゃ「種汁ぶしゃー!」が話題に(2014年10月17日秒刊サンデー)

もうすぐハロウィンですがこちらはそんなハロウィンを盛り上げるひとつのアイテムになるのかもしれません。ハロウィンかぼちゃです。しかしなんとも本格的で非常に不気味なかぼちゃに仕上がっており「リアルすぎて怖い」ともっぱら評判だ。さらに「種汁ぶしゃー」と何かを吐き出している様子は非常に身の危険を感じざるを得ない。はたしてどのように作ったのか。

こちらが超リアルなハロウィンかぼちゃ「種汁ぶしゃー!」である。製作者さんによるとどうやら購入したものではなく自作で彫ったのだと言う。彫ったと言うことは彫刻刀などでかぼちゃを地道に削っていったようだが、どうやら水分がおおすぎて表面がレアな状態に。その状況もあいまってなんとも恐ろしい形相となってしまったようだ。

さてこのかぼちゃが、このようになる前はどのような形だったのだろうか。

なんと確かに普通の丸いかぼちゃ。まさかこんなカワイイかぼちゃがあんな恐ろしい「種汁ぶしゃー!」になるとは想像もつかない。

やはり「匠」による製法は恐れ入ると言うことだ。
(略)

子供に限らずマジ泣きしそうな仕上がり具合は閲覧に注意を要すると言うものですが、準備や後始末の手間を考えても果たしてこれは誰得なんでしょうね?
記念写真と言うものは後々まで残るだけに気合いの入るものですが、そうであるからこそ敢えて…と言うはた迷惑な方々もいらっしゃるようです。

ウェディング写真に体を張って映り込んでくる人々がジワる(2014年9月16日Pouch)

多くの人々にとって「一生大切に残しておきたい記念品」となるもの、それがウェディング写真です。それなのに、ああそれなのに。
本日みなさまにご覧いただくのは、「なるべくなら残しておきたくない」、ふとそんな思いが脳裏をかすめてしまいそうになる、3枚のウェディング写真。
……え? なぜ残しておきたくないのか、ですって? それはね、見ていただければすぐに、わかっていただけるかと。
(略)
現像され出来上がったこれら3枚の写真を見たとき、花嫁、そして花婿は果たしてどう思ったのでしょう。残しておきたいような、はたまた残しておきたくないような……。しかしある意味、夫婦喧嘩した際などに見るようにしたら、バカバカしくなってすぐに、仲直りできちゃいそうですけどね。

単に映り込むと言うだけではなく体を張ってと言うのがポイントなんでしょうが、まあ今の時代こういうのはすぐに修正できそうだと言う点だけが救いなんですかね。
不法侵入者と言えばどのような理由であれ歓迎されるべきものではありませんけれども、こちらそれを繰り返していると言う困った方々のニュースです。

世界の高層ビルに不法侵入を繰り返すロシア人グループが香港で盛大な悪事をやらかす!!(2014年10月16日ロケットニュース24)

ロシアが関係した画像や動画は何かとヤバい。これまでロケットニュース24ではそんな「おそロシア」を再三お伝えしてきたが、中国上海の超高層ビルに素手で登頂したロシア人グループがまたしても悪事をやらかしたのでご紹介したい。
はたして彼らは何をしたのか。YouTube にアップされた動画「What’s up Hong Kong?」を見れば、とても正気の沙汰とは思えないことがハッキリわかる。それに伴い、自然と変な汗が出てくるため、閲覧には十分注意しよう。

・4人グループで侵入
早速、動画を再生すると、ヴァディム・マコロフ氏とヴィタリー・ラスカロフ氏を含む4人が香港の超高層ビルに侵入している様子が映し出される。しかし、ただ登るだけではないのがこの動画だ。

・簡単に登頂
まず登頂の様子から説明したいが、足場がほとんどない建設中の上海タワーに登った彼らからすれば、香港の高層ビルは朝飯前にすぎない。普通なら足がすくむような場所をスルスルと登り、最上階にある広告の上に到達してしまう。

・広告をジャック
そして彼らはモニタールームに侵入すると広告をジャック! 度重なる不法侵入を繰り返しているだけに普通ではないが、平然とやってしまうことがもうおかしい。おそらくスリルなしでは生きていけないのだろう。

・次は東京か
アップされたどの動画を見ても尋常ではない肝っ玉の大きさに驚かされるが、気になるのはYouTube の説明欄に記載されている「東京に行く前にいい写真と動画が撮れた」という言葉だ。より高いところを目指す彼らのこと……次の狙いは東京スカイツリーに違いない。

動画を閲覧するのも大変脅威を与えると言うダブルパンチではた迷惑な行為なんですが、別記事では上海の高層ビルも不法侵入されてしまったと言いますから次は本当に日本来寇もあり得るのでしょうか。
一切合切始末を付けると言う試みもきちんと計画性をもって行わなければとんだはた迷惑になると言う、こちらなかなかに教訓的なニュースです。

ガス自殺中止もタバコ吸い爆発、部屋の換気始めてすぐ火付ける。(2014年10月28日ナリナリドットコム)

密閉された空間で可燃性の気体濃度が一定条件に達すると、ちょっとした火でも爆発を引き起こすことになるが、中国では“ガス自殺”を途中であきらめたカップルが部屋にガスが充満していることを忘れてタバコに火をつけてしまい、爆発。重傷を負う出来事があった。先日、この一件の裁判が開かれ、爆発のきっかけを作った男性には懲役1年、執行猶予1年の判決が下されたという。

中国メディア紅網などによると、爆発が発生したのは2013年6月28日のこと。その日の晩、湖南省湘潭市で暮らす楊普(仮名)は彼女と家で大ゲンカ。2人は先の見えない現実に嫌気がさし、「もう一緒に死のう」との流れになった。

死に方として、2人は“ガス自殺”を選択。キッチンからガスボンベを寝室に運び込み、窓や扉を閉め、そして最後にガス栓を明けた。寝室はすぐにガスが充満したが、時間が経つにつれて2人の間に後悔の念が沸いてきたという。そして、そうこうしているうちに「自殺なんてバカらしい」との雰囲気になり、結局はガス栓を締め、自殺を思いとどまることになったそうだ。

これで一件落着――となるハズだったが、その先に待ち受けていたのは、やはり悲惨な結末だった。“ガス自殺”の中止が決まると、彼女はすぐに窓を開けて換気。この状況に安堵してしまったのか、緊張感のなくなった楊が愚かな行為に出てしまう。まだガスが充満していることをすっかり忘れ、タバコに火を点けてしまったのだ。

そして爆音とともに室内で爆発。2人は重傷を負うことになった。

先日行われた裁判では、爆発の直接の原因を作った楊には懲役1年、執行猶予1年の判決。また、重傷を負った女性に対して、楊は医療費や賠償金を含め15万元(約265万円)以上を支払うことになったという。

何事もよく考えてからと言う教訓的な話でもあるのですが、人間いざとなるとつい普段の行動が考え無しに出てしまうものなんですかねえ?
様々な意味ではた迷惑なのがこちらの男性ですけれども、まずは記事を紹介してみましょう。

地下鉄で股間をはさまれる珍事(2014年10月29日日刊テラフォー)

利用客でゴッタ返すブラジル・サンパウロの地下鉄。車内はすぐに人で埋まってしまうが、オレンジ色のTシャツを着た男も乗り込もうと機会を伺っているようだ。

実はこの男、電車に乗る以外にも別の目的を持っていたようで、扉に挟まれるために股間をハードに仕上げていたようだ。

出入り口付近を陣取ると...。

動画に関してはこちらから参照いただければと思いますが、しかし慌ててヘルプに入る男性に対して黙って見守る?女性の冷静ぶりが妙に印象的ですよね。
最後に取り上げますのはこちらのニュースなんですが、完全犯罪のはずが思わぬところから失敗してしまったと言うのは幸いだったと言えるでしょうか。

ニクい元カレの家をベーコン肉で放火した女が逮捕(2014年9月19日日刊大衆)

アメリカ・ユタ州で、証拠を残さず元カレに復習しようとした女の“完全犯罪が”アッサリと失敗。その犯行手口が話題となっている。

当局の発表によると、カメオ・クリスピ容疑者(32)は別れた元カレを忘れられず、ストーカー化。それまでにも執拗にメールや電話で、
「もし私を捨てるのなら、仕返しとしてあなたの自宅を燃やす」
と脅迫を繰り返していたという。

そして事件当日。
「今からあなたの家を燃やすから。それも証拠が残らない“完全犯罪”で。私を捨てたことをザンゲしなさい」
という脅迫メールを送信。メールを受け取った男性は、慌てて警察に通報したという。

だが、警官が男性宅に駆けつけると、玄関からは何やら「食欲をそそる」煙がモクモクと出ていたという。

首をかしげながら警官が室内に突入すると、男性宅のコンロの上には脂身に引火して燃え盛るベーコンの塊が。そう、カメオ容疑者は、
「放火したのではなく、料理しているうちに出火した」
という言い逃れをするため、わざわざ脂身たっぷりの巨大なベーコンブロックを購入。火事を起こそうと強火で焼いていたという。

放火の疑いで起訴されたカメオ容疑者は、
「カレのためにベーコンを焼いていただけ」
苦しい言い逃れに終始しているようだが、突入した警官も、
「放火しようという意図があったのは明らかだが…脂身が焼けてカリカリになったベーコンは、確かに美味しそうだった」
と、複雑な胸の内を吐露しているという。

その状況を想像すると確かに複雑と言うしかないのですが、しかしこういうことが事実可能であるとすればベーコンも案外と危険な食品ですよね。
しかしわざわざ予告メールを出したのでは完全犯罪の意味がないと思うのですが、その辺りも微妙なストーカー心理と言うことなのでしょうか。

今日のぐり:「左京」「官兵衛」「たくみや」

蕎麦屋巡りにはいい季節になってきましたが、今回は皿蕎麦で有名な兵庫県は出石で蕎麦屋巡り…のはずが、思いがけないトラブルでひどく駆け足になってしまいました。
今までは訪店したことのない店を順次回ってきたのですが、そうした次第で今回に限っては全て二度目の訪店と言うことになりますね。

まずは大手への入り口に近い場所にある「左京」さんですが、間口は狭く見た目はずいぶんと地味なんですが中に入って見ればかなり広いお店ですよね。
こちらの皿蕎麦は少なくともこの日の分はわずかに茹で加減が甘いようなのですが、基本的にしゃっきりした案配のいい蕎麦でなかなかうまいと思います。
蕎麦つゆは出汁の味が立ったやや薄口甘めのもので、出石蕎麦ですととろろや生卵を加えて食べるのが一般的ですからそういう食べ方に合わせたのかと言う印象ですね。
蕎麦湯はすっきりとした後口のナチュラルタイプで、観光客が殺到するタイプのお店ではないようですがそれだけに穴場と言ってもいいかも知れません。
ちなみにここのトイレは設備的にも見た目的にも年代相応と言うところですが、ちょうど目の前が観光広場で公衆トイレも整備されていますので問題なさそうです。

続いて何ともタイムリーな店名なのがこちら「官兵衛」さんですが、もちろん大河ブームに当て込んだと言うわけではなく以前から営業されているお店です。
こちらでは皿蕎麦以外にも田舎蕎麦なども用意されていているだけあってか皿蕎麦も星が目立つもので、これもなかなかしっかりした噛み応えのある蕎麦なんですが少し水切りが甘いのは気が急いたのでしょうか。
いかにも蕎麦屋っぽい風情の蕎麦つゆもいい具合だと思いますが、少し足してそうな感じの蕎麦湯の濃さは好みが分かれそうにも思います。
蕎麦の方向性としては特に田舎蕎麦好きに合う味だと思うのですが、店舗自体はわりと新しそうな構えなのにトイレは店外と言うのは冬の寒さも厳しい地域だけにちょっとつらそうですよね。

最後に訪れたのがこちら「たくみや」さんですが、沢庵和尚で知られる宗鏡寺にほど近い古民家の並ぶ一角にぽつんとある、これまた古民家風のごくごく地味なお店です。
まさに民家の座敷に上がり込んで蕎麦を振る舞われると言った風情なんですが、しっかりつながったいい蕎麦でなかなかうまいですし、ちょいと辛口ですっきりした蕎麦つゆもいいですよね。
こちらの蕎麦湯はナチュラルタイプで、場所柄お客が殺到するお店ではないだけに濃さを求める向きには物足りないかも知れませんが、急がずじっくり素朴な風味を味わってもらいたいところです。
ちなみにトイレはこれまたいかにも一般家庭のそれと言う感じで男女共用のものが一つきりなんですが、設備自体は調えられているもので何ら不安は感じません。

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2014年11月 8日 (土)

女子と聞いて何を想像しますか?

本日の本題に入る前に、パワハラだアカハラだと昨今では日本においても様々なハラスメントが取り上げられるようになりましたが、この言葉が普及した元祖と言ってもいいのがご存知セクハラで、今も何をもってセクハラと見なすべきなのか、女性に対するセクハラばかり問題視するのは逆差別ではないのか等々、様々な議論が繰り返されているのは知られている通りですよね。
ただやはり当事者のみならず第三者が見ても不快感をもたらすような行為は名称はどうあれ避けるべきだと思うのですが、先日とある女優がニューヨークはマンハッタンをただ歩いてみたと言うだけの動画が大いに注目を集めているようです。

女性が1人でNYを歩いたら…「セクハラ体験」動画が物議(2014年10月30日AFP)

【AFP=時事】米ニューヨーク(New York) の街路を歩く女性がひっきりなしに声を掛けてくる男たちに煩わされる様子を撮影した動画がインターネット上で話題を呼び、女性や少数派の人々に対する嫌がらせ(ハラスメント)をめぐる議論が再燃している。
 2分間の動画には、マンハッタン(Manhattan)を黙って歩くTシャツ・ジーンズ姿の女優ショシャナ・B・ロバーツ(Shoshana B. Roberts)さんが、すれ違う男たちから口々に「ヘイ、ベイビー」「やあ、かわいこちゃん」などと声を掛けられる様子が映っている。
 ロバーツさんが無視して通り過ぎると、男たちは失礼な態度だととがめ、「笑ってよ」「君をきれいだと言っている人がいるんだ。もっと感謝しなきゃ」などと忠告してくる。

10 Hours of Walking in NYC as a Woman(女性としてニューヨーク市を歩く10時間)」と題されたこの動画は、28日に動画共有サイト「ユーチューブ(YouTube)」に投稿され、再生回数は既に980万回を超えた。女性や社会的少数派に対する路上での嫌がらせ撲滅を掲げる慈善団体「ホラバック(Hollaback!)」のために制作されたものだ。
 動画に登場する男の1人は、約5分間にわたって無言でロバーツさんと並んで歩き続け、ロバーツさんをあからさまに警戒させた。
 ロバーツさんは計10時間歩き回る中で100回以上、言葉による嫌がらせを受けたという。片目をつぶって合図してきたり、口笛を鳴らしたりした人は数え切れないほどいたという。

■動画公開後、ネットで嫌がらせも

 投稿された動画の再生回数が上げるにつれ、ロバーツさんはネット上で暴力的な脅迫を受けるようになったとAFPに語った。「メールで寄せられた反応の大半は好意的なものだったけれど、残念ながら否定的な意見もあった。けがをするぞ、殺してやる、などと書かれたものもあった。安全でないと感じるので、警察に相談するつもりだ」
 ホラバックによれば、ユーチューブのコメント欄にも、ロバーツさんをレイプしてやるなどの脅迫文が投稿された。また、路上でのこうした嫌がらせは、女性や有色人種、同性愛者、トランスジェンダーなどが特に多く経験しているという。
 カメラをリュックサックに隠してロバーツさんの前を歩くという手法でこの動画を撮影したロブ・ブリス(Rob Bliss)氏は「白昼、路上で行われているこうした嫌がらせが人の目にどう映り、人をどのような気持ちにさせているのか、男たちに見せてやりたかった」とAFPの取材にコメント。女性たちに向けては、次のように語った。
「女性たちがそれぞれの経験を声に出して訴えられるように、少しでも力づけたかった。路上での嫌がらせの多くは、女性たち自身でなくせるものではない」

動画を見ていただけると判る通り、別に煽情的な格好をしているわけでも挑発的な仕草をしているわけでもなくただ無表情に黙々と歩いているだけなんですが、声をかけるだけではなくしつこくつきまとう人間もいると言うのは見ていても嫌な感じではありますし、こうした動画を公開するだけでも嫌がらせが続出すると言うのもどうなのかです。
人種や性別と言った明らかな特徴のある人ばかりではなく、同性愛者等性行動パターンの違いによってもより多くのいやがらせを経験していると言うことに主観的なバイアスを感じる方もいるかも知れませんが、こうした方々の場合も特徴あるファッションや行動様式等見る人が見ればそれと知れると言いますから、特にこうした個人の思想信条に基づく冷やかし等が行われているのであれば問題でしょう。
またおよそ対人関係は声をかけなければ何も始まらないじゃないかとか、そもそも声をかけられることを目的にしている人も存在しているだろうと言う指摘もあるのでしょうが、日本でも迷惑行為には条例等で厳しく対処するようになってきている時代であり、単なるモラル上の問題と言うだけではなく社会的にも処罰の対象となる可能性があると言うことを念頭において振る舞う必要がありそうですよね。

余計な話が長くなりましたけれども、男と女と言う存在が交わるところ何かとトラブルが発生しやすいと言うことでもあるのでしょうか、昨今では女子会などと称して女性だけで集まると言うことが人気なんだそうですが、こうした「女子」全盛と言う風潮に少しばかり違和感を感じている人間もいると言う記事を紹介してみましょう。

今さらながら何でも「女子」をつける風潮ってアリ?メディア関係者が溜め込んだモヤモヤを吐露&大激論(2014年11月7日ダイヤモンドオンライン)
より抜粋

(略)
 女子会、女子力、大人女子、肉食系女子、20代女子、30代女子、さらには40代女子、50代女子まで……。
 そのうち、「還暦女子」という言葉が出て来ても不思議ではない。ここ数年、「女子」という言葉がメディアで猛威をふるっている。電車の中吊りで、ネット上のニュースで、テレビで、この文字を目にしない日はないほどだ。
(略)
「女子」という言葉が最近のような意味合いで使われ始めたのは、いつ頃からだろう。コラムニストの深澤真紀氏が「草食男子」「肉食女子」を使い始めたのは、2006年の日経ビジネスオンラインの記事と言われるが、この言葉が流行語大賞に選ばれたのは2009年。
 また、2009年は産経新聞と朝日新聞に「30代の『大人女子』急増!? 背景に『女性の自立』も」「ずっと『女子』だもん アラサー雑誌・テレビ…おどる造語」という、「女子」という言葉の使われ方を分析する記事が掲載されている。2009年よりも前から、「女子」は現在のような使われ方をしてきたが、当の女性たち以外にも認知が広がった節目の年は、2009年と言えそうだ。
 この中で最も古いのが、先ほど紹介した産経新聞の記事「30代の『大人女子』急増!? 背景に『女性の自立』も」だ。2009年7月6日朝刊、第一社会面。記事では「『大人女子』『30代女子』という言葉を生みだしたのは、宝島社(東京)の女性誌『InRed』」と指摘。当時『InRed』など宝島社の女性誌は、出版不況と言われる中、部数を伸ばし好調だった。
 また、「女子」を使う女性、使わない女性の両方の意見を紹介しつつ、OL向けフリーペーパー『クーポンランド』局次長の「女性の社会進出が進み、消費力が高く自立した女性が増えたことが女子(現象)の背景にある」という分析を紹介。さらに社会言語学の教授は、「若さに回帰したいという意味もあるのだろうが、『女子』という新たな人間像をつくる創造的な言葉だ」と述べている。
 同年9月には、朝日新聞大阪版の夕刊で「ずっと『女子』だもん アラサー雑誌・テレビ…おどる造語」(9月18日)という記事が掲載されている。この記事の中では、「女子は雑誌やテレビで意識的に使われ、造語としても流行している」「同じ女という性を表していても女性は公的でカタく、女は生々しい感じがする。いつまでも元気ではつらつとした女性という気分をのせるのにぴったりきたのが女子だった」とNHK放送文化研究所の研究員が分析。
 日本語学の教授による、「『女性』や『レディー』『マダム』といったことばと比べ、『女子』は色がついていないことば」「女性は一人前のおとなといったイメージがあるけれど、女子というと、甘えた、無責任な、保護されるという感じがする。ウーマンパワーと聞くとちょっと引くが、女子力と言われてもおびえないでしょう。かわいいことが最大の評価になるから、女子が流行するんですね」という説も。
 さらに同年10月には、毎日新聞が東京版の朝刊で「いい年した女性が『女子』不快」(10月21日)という世田谷区に住む27歳女性の投書を掲載している。
「ひどいのは『大人女子』。大人なのか子供なのか分からない変な日本語です」「本人はいつまでも若くありたいつもりでしょうが、聞いている側には『そんなに学生気分でいたいのか』と思えます」「親しい仲間内で使うならともかく、職場で使うのはやめてほしい」と厳しい。
(略)
 男性6人、女性4人に「プライベートと仕事それぞれで、『女子』という言葉を使うことに抵抗があるかどうか」という質問をした。「仕事」とは、ここでは原稿を書く場合、記事を制作する場合の意味だ。
プライベートで使うことに抵抗があると答えた人は、男性3人、女性2人。仕事で使うことに抵抗があると答えた人は、男性3人、女性0人。男性の場合、プライベートで「ある」と答えた人は仕事でも「ある」。プライベートで「ない」人は仕事でも「ない」だった。女性の場合、プライベートで抵抗があると答えた人でも仕事では「ない」と答えた
(略)
 さらに、女性ライターや女性編集者が「女子」についての葛藤をすでに終えているように見えるのに比べ、男性ライターや男性編集者はまだ葛藤の中にいるようにも思えた。
 これは女性ライターである自分が、「男子」という言葉に対しての感想を聞かれることを想像すると理解できる。女子という言葉にはすでに抵抗がないが、「男子」という言葉をやたらに振り回す人は、男性であっても女性であっても、なんだか信用できない。
(略)

しかし女子と言う言葉はそもそも女性全般を示す「おなご」を漢字表記しただけのものだと言う説もあるようなんですが、やはり世の男性諸氏にとっては「女の子」などとかわいらしく呼びかけることもはばかられ「おいそこの女子ども!」呼ばわりしていた、生意気盛りだった遠い昔の記憶を刺激しやすい表現ではあるのかも知れませんね。
それはともかく大人の(精神的)子供化と言った文脈でも扱えそうなこの女子と言う表現、もともと一部の成人女性の間でも自然発生的に用いられていたのでしょうが、それがあるときからマスコミによって積極的に使われるようになって急速に普及した、その理由としては女性全般を柔らかく表現する言葉としてなかなか使い勝手が良かったからであると言うことのようです。
ただ興味深いのが雑誌編集に関わるプロフェッショナルの意見だとは言え女子と言う表現に対して男女で非常に受け止め方に差があり、プライベートではともかく仕事で使うのは構わないと言う割り切りが出来ている女性に比べると、使用そのものに違和感を抱いている男性が多かったと言うのは実感的にも首肯できる気がしますがどうでしょうね。
マスコミ的に「女」だとか「女性」だとか言った書き方では少しきつすぎると言う意見にはなるほどと思うし、確かにそうした場合に使い勝手のいい表現も他にあまりないのかなと言う気もしますけれども、考えてみるとその事情は男性においても同じであると言えそうであるのに、大人に対する男子と言う言葉が全く広まる気配がないのは逆差別的とも言えそうなんですが、正直世の渋い男性方にとって男子などと言われてもあまりうれしくないのだろうとは思いますね。

長引く不況で世の男性諸氏の外食産業に対する資本投下もなかなかに厳しいものがあると言う今の時代にあって、女子会と言うものは非常に大きな収入源としても期待されているのだそうで、実際夜の町に出ても女子会にターゲットを絞った看板があちらこちらで立っていると言うくらいですから、一時の流行ではなく一つの文化として完全に定着していくものなのかも知れないですよね。
パーティー好きのアメリカ人などはシャワーパーティーだのスランバーパーティーだのといわゆる女子会的なイベントもそれぞれに名前がついていると言いますが、家庭内での役割分担等々どうしても男と比べると外に出る機会が少なくなりがちな女性も多かっただろうことを考えると、何かと理由を付けて女友達だけで集まると言うことが自然発生的に行われてきたんだろうと言う気がします。
日本においても井戸端会議などと言うものはまさに日常生活の中で開かれる伝統的な女子会だと言えますが、さすがに今どき井戸端もないだろうし語感的にももう少し格好良くアピール出来るものはないかと考えていくと、女子という言葉の汎用に対する違和感はいまだに拭いがたいものがあったとしても女子会と言う言葉自体はなかなかうまい表現ではなかったかと思うのは自分だけでしょうか。

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2014年11月 7日 (金)

高齢者はなぜ気軽に病院にかかるのか?

先日から一部方面で話題になっているのですが、こういう話をご存知でしょうか?

モスバーガー 高齢店員「モスジーバー」積極採用して好影響(2014年11月2日NEWSポストセブン)

 東京・五反田。午後9時を過ぎた頃、勤めを終えたサラリーマンや若者で溢れるファストフード店「モスバーガー」の店内の光景はちょっと変わっている。接客係も厨房係も、ファストフード店にしては年齢層が高い。初老の従業員たちが緑色の制服に身を包み、忙しそうに働いているのである。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか」
 孫のような年齢の客に物腰柔らかな口調で応対する。モスバーガー五反田東口店では、在籍するアルバイトの2割、約10人が60歳以上だ。彼らは、親しみを込めて「モスジーバー」と呼ばれる。比較的時間の余裕があるため、早朝・深夜にシフトを組むケースが多いという。

 食品メーカーで働いていた中村和夫さん(62)もその1人だ。在職中からモスバーガーでダブルワークを始め、現在は週5回、午後11時から翌朝5時まで、接客や閉店後の店舗、調理機材の清掃点検などを任されている
「3階まで商品を階段で運ぶので運動にもなります(笑い)。私たちが裏方としてメンテナンスすることで、お店の営業の支えになっているという存在感を持てることが、やりがいになっています」(中村さん)
 時給は公表していないが、深夜割り増しを含めて月収は約20万円だという。客の反応は上々だ。同店をよく利用する30代のOLはこう語る。
「おじいちゃんやおばあちゃんの笑顔は、マニュアルにはない温かみが感じられて和みます。自分の親くらいの人が明るく頑張って働いている姿を見ると、なんだか励まされているように感じる。若い私も頑張らなきゃと思えるんです」

 日本の65歳以上の人口は、昨年9月時点で3186万人。総人口の25%を占め、今や4人に1人が65歳以上という時代になった。だが彼らは、一昔前の“年寄り”とは違う。介護なしで元気に生活できる「平均健康寿命」は男性70.42歳、女性73.62歳と伸びており、「体も元気でまだまだ働きたい」という気持ちを持つ人が多い。中村さんのように、最近は定年後の生きがいや経済的理由から、生涯現役を希望する高齢者が増加している。
 一方、採用する企業側もそうしたリタイア世代の登用に積極的になっている。高齢者に仕事を斡旋するシルバー人材センターでは、民間企業からマンション清掃や警備員など求人の問い合わせが増え、受諾件数が10年で1.12倍に伸びているという。総務省の労働力調査(2013年)によれば、就労する65歳以上は636万人で過去最高。うちアルバイトや派遣などの非正規雇用は203万人を占めている。
 背景にあるのは、少子化による労働力不足だ。2014年度の経済財政白書によれば、労働力人口はピークの6793万人(1998年)から2013年は6577万人に減少、女性や高齢者の雇用を促進しなければ、2030年にはさらに約900万人減ると予測されている。

 モスバーガーも当初、高齢者のスタッフを雇用したのは「人手不足から」(広報担当者)で、積極的に高齢者の働き手を求めたわけではなかったという。しかし、雇用してみると、予期せぬ嬉しい“副産物”があった。
「高齢者の方々は無遅刻無欠勤で非常に真面目に働いてくれる。それにお客様の反応も良かった。弊社は若い世代が中心の客層でしたが、同世代の方が働く姿に安心感があるためか、高齢者のお客様が増えるという相乗効果もありました」(同前)
 同じファストフード業界では日本マクドナルドも60歳以上を「シニアクルー」として採用している。

こういう話が出てきて「そう言えばこの前モスに行ったらやたらお年寄りが多かった」と言う経験談も多数出ていて、興味深いのはそのほとんどが非常に好意的に受け止める声ばかりで昔懐かしい近所の駄菓子屋だとか定食屋のノリなんだろうか?とも思うのですが、高齢者雇用の促進と言いますと今の時代「高給取りの年寄りばかりいつまでも雇っているから若者の給料が上がらないんだ!」とおしかりを受けることも多いですよね。
しかし記事にも書かれているように継続雇用と言うわけではなく相応の給与待遇による新規雇用であり、また何より若者を雇いたくても来てくれないと言う状況での話ですから求人の食い合いになる恐れもないはずで、昨今飲食店業界は人手不足でアルバイトの時給が高騰していると言うように供給が追いつかない市場を中心に競合しない分野も結構あるんじゃないかと言う気はします。
一方で聞くところでは特定店舗に集中配置されていることからもお判りのように、この高齢者スタッフは必ずしも現地採用と言うわけではなく本部がしっかり指導と教育を行った上で店舗に配属すると言う特殊な雇用形態であるそうで、そうした教育機会上有利な立場にあることからも一般のアルバイト店員とは接遇の質も違うのは当たり前だと言う考え方もあるようです。
この辺りは今後教育を行う側も経験値を蓄積することで次第に教育課程を短縮することも出来るようになると思いますが、本来的には年齢年代に関わらず同じ業務を行うなら同じように教育される権利があるべきなのだろうし、一般に物覚えが悪いと言われる高齢者に対して十分な教育が出来るようになれば若年者に対してはもっと完全な教育が出来るようにも思いますね。

ともかくも自活してくれる高齢者が増えることは様々な意味で社会的にも大変にありがたいことですし、年金支給年齢切り上げとセットで就労期間の延長が図られる中で誰にとっても望ましいセカンドキャリアを探っていくことが非常に重要になるはずですが、一方で今のところ社会保障制度の中では高齢者=特別に保護される立場であると言う構図は厳然と存在しているとは言えます。
とりわけ社会保障費全般に大胆な斬り込みが図られている中で、このところ何かと目の敵にされやすいのが高齢者の医療費問題で、もちろん母数としての高齢者が増えているのですから総額として医療費が増えていくのは当然なのですが、長年続いてきた医療費自己負担分の優遇措置が相次いで見直されつつあるようには感じますよね。
その背景には社会全体の定収入化・ワープア化が完全に定着し高齢者=経済的弱者とは必ずしも言えなくなっていること、そして何であれ特定の個人や集団に限定された特権と言うものを忌避するようになった世論の動向など様々な事情があるように思いますが、高齢者医療費の推移と言うものを考える上で先日興味深い記事が出ていたので一部なりと紹介してみましょう。

高齢者医療費の激増は、低すぎる自己負担率が原因?(2014年11月6日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
図表4に見るように、医療費のうち、高齢者の医療費が3分の1程度と、大きな比重を占めている。しかも、伸び率も高い
 高齢者は医療機関にかかる頻度が一般よりも高く、入院日数が長い。だから、医療費が高くなるのは、当然のことだ。
 厚生労働省の推計によれば、2025年には老人医療費は、国民医療費の約6割に達すると見込まれている。
 しかし、高齢者の受診率は、もともとこのように高かったのではなかった

 図表5で明瞭に分かるように、入院でも外来でも、65歳以上の受診率は、1960年においては他の年齢層とほぼ同一であった。ところが、60年代に急上昇し、他の年齢層の4倍から6倍というかけ離れて高い受療率になったのだ。これは、老人医療の無料化がなされたことの影響が大きい。
 それまでは、高齢者でも、国民健康保険加入者の医療費自己負担割合は3割、扶養家族の自己負担割合は5割だった。
 ところが、69年に東京都と秋田県で老人医療自己負担の無料化を行ない、それが他の自治体にも拡がっていた。
 田中角栄内閣が73年を福祉元年と位置づけ、社会保障の大幅な拡充を図ったが、その一環として73年施行の老人福祉法により、老人医療を全額公費負担とし、自己負担をゼロとした。石油ショック直前の当時は、税収が増加しており、将来を考えない人気取りによって、制度の基本設計を誤ったのである。

 しかし、これによって高齢者の受診率が急上昇し、病院のサロン化や過剰診療が問題となった。また、要介護者の入院の増加などで多くの人が病院を占拠する結果、本当に入院を必要とする人が入院できなくなるような事態も生じた。
 さらに、医療費が急増し、国民健康保険の財政悪化が問題となった
 73年においては、国民医療費3兆9496億円、老人医療費4289億円で、老人医療費が国民医療費に占める割合が10.8%だった。ところが、74年度には、老人医療費は前年度比55%増の6652億円となった。
 83年度には、国民医療費14兆5438億円、老人医療費3兆3185億円で、老人医療費が国民医療費に占める割合が22.8%となった。10年で国民医療費に占める老人医療費の比率が2倍になったわけだ。

 これに対してさまざまな措置が取られた。
 82年に制定されて83年に施行された老人保健法により、老人保健制度は市町村の事業とされ、その原資は、政府および市町村が3割、各保険者からの基金供出金が7割で負担することとなった。また、受給者本人にも自己負担が設けられた(外来1ヵ月400円、入院1日300円)。
 ところが高齢者医療費は伸び続け、政府は数年おきに自己負担上限額の引き上げを行なわざるをえなくなった。2002年には、老人医療自己負担を1割の定率とすることとなった。
 それでも、現役世代の拠出金は増え続けた。このため、費用が際限なく現役世代に回されるとし、1999年に老人保健拠出金不払い運動に発展した。
 そこで、2006年6月、法律名を従来の「老人保健法」から「高齢者の医療の確保に関する法律」に変更、制度名を「老人保健制度」から「後期高齢者医療制度」に改め、08年に後期高齢者医療制度が発足した。
(略)

ちなみに保険種別による自己負担の歴史的推移に関してはこちらを参照いただきたいのですが、今回の記事のグラフから見る限りでは入院では90年頃、外来でも96年頃を境に高齢者の受診率が減少傾向に転じていて、60年代以降一貫してその他の年代の受診率に大きな変動がないことと比較すると確かに医療費自己負担の増減が受診率に大きな影響を及ぼすのか?とも思える話です。
ただ現役世代もサラリーマンなどは1割から2割、そして3割と段階的に自己負担率が変化しているにも関わらずほとんど受診率に動きがないように見えるのは、もともと病気であるかどうかよりも仕事等の制約によって受診するかどうかを決める場合が多かったと言うことなのだとすると、仮に高齢者全員を3割負担にしたところで彼らが日々暇である限りは受診が極端に減ることはないのでは?と言う予測も成立しそうです。
高齢者もどんどん働かせていこう、社会保障の消費者から支える側に回ってもらおうと言う発想で定年の延長や高齢者雇用の促進等様々な施策も取り入れられていますが、高齢者が気軽に病院に受診出来ないほど忙しく働くようになることが一番の受診抑制策になるのだとすれば、「無遅刻無欠勤で非常に真面目」な高齢者の雇用促進策は二重の意味で益があることと言えるかも知れませんね。

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2014年11月 6日 (木)

子供は無駄に賑やかだと言うのは確かですが

本日の本題に入る前に先日ニューヨークタイムズ紙が企画したものですが、子供達を高級レストランで食事させると言うだけの動画がなかなかに傑作なので紹介しておきましょう。

【参考】料理のフルコース、子どもの反応が最高!(2014年10月30日カンパネラ)

まあしかし子供達は好き放題と言う感じで賑やかなものですけれども、あくまでも真面目な顔でサーブするスタッフや始終顔が崩れっぱなしのダニエル・ボウルド氏など、周囲の大人達の反応が何とも面白い動画に仕上がっていますよね。
その昔に聞いた話ですが食べちゃいけないと言われたケーキを子供が食べてしまって叱られると言う状況で、口の周りにべったりクリームをつけて「たべてないよ!ほんとだよ!」と言い張る子供を見てかわいらしいと思うか憎たらしいと思うかが子供好きかそうでないかの境目だと言うのですけれども、実際に自分が高いお金を払って高級レストランに行ったとして隣のテーブルがこんな状況であったとしたらどう考えるかです。
もちろん高級店は子供が来るべき場所ではないし親も連れてくるべきではない、ましてや好き放題騒ぐなど論外と言うのも全くの正論なんですが、まことに御説ごもっともと言う正論ばかりでは世の中暮らしにくくなると言う声もあると言うもので、最近全国各地でこんなトラブルが増えていると言います。

子どもの声=騒音? トラブル増え、都条例改正へ(2014年10月30日東京新聞)

 騒音防止を定めた東京都の「環境確保条例」について、現在は規制対象になっている子どもの声を対象から除外するなど見直しの検討を、都が始めた。都内の自治体と協議し、早ければ来春に条例を改正する。保育所などの子どもの声を「騒音」と扱うことに、都議会や自治体から違和感を指摘する声が出ていた。 (松村裕子)

 「何人(なんぴと)も規制基準を超える騒音を発生させてはならない」。条例の条文はこう明記し、子どもの声も規制対象に含まれると解釈されてきた。
 見直しの背景には近年、各地で「子どもの声がうるさい」と住民が保育所建設に反対するケースが増えたことがある。中には騒音差し止め訴訟に発展した例もあり、今年三月には都議が「子どもの声を工場騒音と同列に扱うのはおかしい」と都に指摘。これを受け都は三~九月、都内六十二区市町村にアンケートした。
 結果、七割が「子どもの声に関して住民から苦情を受けた」と答え、二自治体は保育施設の建設が住民の反対で延期や中止になったとした。一方で、子どもの声を規制対象外とするか、規制基準を緩和すべきだとの意見は四十自治体に上った。「何人も」としている条例が、保育所を訴える根拠とされる可能性があるためだ。

 声の規制が子どもの健全な発達を妨げる恐れもあり、都は規制の対象外とするか規制基準を緩和する条例改正を検討することにした。早ければ来年二月の都議会に条例改正案を出し、来年度から施行する。一方で「子どもの声であっても、受忍限度を超えるような場合は対応が必要」とし、実際に声に悩まされる住民への配慮も盛り込む考えだ。
 子どもの声をめぐっては、練馬区で二〇一二年に、私立保育所の近隣住民が「平穏に生活する権利を侵害された」と、騒音差し止めや慰謝料を求めて提訴。神戸市でも今年、住民が保育所の運営者を相手に、防音設備設置などを求める訴訟を起こした
 横浜市副市長として保育施設の充実などに取り組んだ前田正子・甲南大教授(社会保障論)は「子どもの声を工場と同じ騒音として扱うのは、思い切り遊ぶ子どもの権利を大人が奪うことになる。保育所側も遊ぶ時間などのルールを決めて住民に説明し、譲り合って地域と共存を探る必要がある」と話している。

<東京都の環境確保条例> 1969年にできた公害防止条例を改正し、2000年に制定。騒音のほか排ガスや水質汚染の防止などを規定している。「何人も規制基準を超える騒音を発生させてはならない」との条文は、69年の条例当時のまま残した。


浜松の生活環境苦情 絆薄れ増える  (2014年11月2日中日新聞)

 天竜川のせせらぎ、うなぎのかば焼きの香り、浜名湖の夕日…。地域を潤すこれらの五感に訴える「地域資源」を守ろうと、浜松市が二〇〇四年に「音・かおり・光環境創造条例」を施行して、十年を迎えた。名称も理念も麗しい条例に思えるが、一転、生活環境に絡む苦情件数は年々増加し、昨年度は初めて四百件を突破した。浜松に何が起きているのか-。現場を探った。

◆運動会の声も許せず

 トルルルル…。浜松市環境保全課の電話が鳴る。「運動会の子どもの声がうるさい。やめさせろ」。担当者は「子どもの声を騒音というのはちょっと…。運動会は一時的なものですし、ご勘弁を」と、苦しそうに言い返した。
 担当者は吐露する。「こういう電話は最近、多い。特に、秋は野焼きや運動会シーズンで、騒音や悪臭の苦情はひっきりなしです」
 この他にも、「畑で焼いた煙が臭くて呼吸できない」「ブルペンのキャッチャーのミットの音がうるさい」など多種多様だ。
 苦情件数は、条例を施行した〇四年度は二百五十件だったが年々増加し、一一年度は三百七十五件、一三年度は四百十件と過去最高に達した。四百十件のうち、悪臭が百八十九件と最も多く、騒音が九十六件、水質汚濁が八十件と続く。
 市によると、騒音や悪臭の基準値を超えた苦情も多いが、基準を超えるまでには至らないこれまでの一般常識から離れた苦情が件数を底上げしているようだ。

 条例は、国の騒音規制法や悪臭防止法など「規制」を前面に押し出したものではなく、地域生活から生じる音や香りを守ることで、騒音や悪臭をなくしていこうとの狙いがある。条例に基づき定めた市の計画は〇七年、日本計画行政学会から優秀賞を受賞するなど、全国的にも評価が高い。
 市環境保全課の進士一男課長は「苦情の内容によっては、地域の関係が希薄になっている証拠ともいえるものがある。誰もが暮らしやすい社会を皆で目指していけたらいい」と話している。
 前田正子・甲南大教授(社会保障論)は「騒音に限らず、ストレスに起因した攻撃性を外に向ける傾向にある。特に第一線から退き、社会からの役割を失った団塊世代からの苦情が多い。子どもの声=騒音問題は、少子化で子どもの声が異端となり聞き慣れていない証拠ともいえる。全ての住民に百パーセント良い環境などない。公共性の理解をあらためて進める必要がある」と指摘する。
(略)

記事にもある保育所の問題は以前に当「ぐり研」でも取り上げたところですし、「騒音がうるさいから高校野球をやめさせろ」と言ったクレームが市当局に舞い込んだなどと言う話もあるやに聞くところなんですが、基本的にはこうした苦情の類は昔から一部の方々は熱心に訴えて来たところであるし、それがちょっとどうかな…?と思うような内容であれば近隣の住民も「あの人は難しいから」と適当に聞き流していたのだと思います。
ただ今はこういう時代で世間がそれなりに反応し対応する、そしてその成功体験がますますクレームを増やすと言うポジティブフィードバックが成立していると言う気がしますが、騒音がうるさい、何とかしろと責任者に言う事自体は何らおかしな訴えではないし、基本的には騒音を出す側が配慮しなるべく静かな環境を守る責任がある立場なのは言うまでもありませんよね。
ただ一般論として単なる音量が大きい、小さいと言うだけで不快さの程度は決まらないものであるし、それが世間的に良い音源だと認識されていれば「賑やかでよい」で済む話なんですが、お祭りの音がうるさいと何百年続いた伝統行事にもクレームをつける人がいると言う現実を考えると、どうも世間の常識と言った曖昧なものを判断基準にして特別の「おめこぼし」を期待すると言うのも無理になってきているのかも知れません。
当然ながら子供であっても時と場所によって守るべきマナーはあり、それをわきまえさせることがしつけ・教育の第一歩であると考えるならば、子供だからと聖域視し何でもありとして扱うこともまたおかしな話であって、この点で親を始め子を守ろうとする側のあり方もまた問われているんじゃないかと言う気はしますでしょうか。

他方で何であれ社会的活動に参加している・していた人はその活動自体によって発生する各種被害には寛容な傾向があって、子供を持つ人は子供の騒音には鈍感だし野球経験者は野球の騒音は気にならないと言うことも考えると「どうせクレームつけて来る人間は世間付き合いもない偏屈者なんだろ?」などとレッテル貼りをしてしまいがちなんですが、もちろんそう決めつけられるものではないはずですよね。
例えば夜勤残業続きで明け方からようやく寝られたのに、今度は朝早くから子供の騒音に悩まされると言う人もいるはずですから、子供の騒音だから世間は受け入れて当然と言う論調もまたいささか公平性を欠くと言え、保育所や学校など常習的に騒音が出ることが明らかな施設であれば工場などが課せられている各種公害対策の義務と同様に、何らかの物理的対策くらいは講じる義務はあるだろうと言う気はします。
また団塊の世代からの苦情が多いと言う前田教授のコメントが事実であるとすれば世代的な特徴と言うものもあるのだろうし、少なくとも昨今話題の引きこもり諸氏達がわざわざ世間に出てクレームをつけて回ると言うのも考えにくいのは事実ですが、現役時代に仕事一筋で明るいうちに家にいたことがないと言うタイプであれば、定年後改めて自宅周辺の日常的騒音に気がつくと言うこともあるのでしょう。
ただまあ、これだけ少子化が言われることに加え子供が外で遊ばず家にこもってゲームばかりしていると言われる世の中で、昔と比べて子供の発する騒音が増えていると言うのは考えにくいのだろうし、住宅自体もかつての開放的な日本家屋と違って密閉構造で防音性は高まっていることからすると、事実として問題は徐々に改善に向かっていると言う言い方は出来るのかも知れませんね。

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2014年11月 5日 (水)

現実となった11月1日の予告

すでに各種媒体によって報じられている通り、先日から各方面の注目を集めていた一人の女性の決断が、ついに予定通り実現したと言うニュースが世界を駆け巡っています。

尊厳死予告の米女性が命絶つ 「さようなら、世界」(2014年11月3日AFP)

【11月3日 AFP】(一部更新)末期の脳腫瘍を患いインターネット上で尊厳死を予告する動画を公開して話題を呼んでいた米国人女性、ブリタニー・メイナード(Brittany Maynard)さん(29)が、自らの命を絶ったことが分かった。

 メイナードさんはソーシャルメディアに「さようなら、親愛なる全ての友人たちと愛する家族のみんな。今日、私は尊厳死を選びます。この恐ろしい末期の脳腫瘍は、私からたくさんのものを奪っていきました。(尊厳死を選ばなければ)さらに多くのものが奪われてしまったことでしょう」「この世界は美しい場所です。旅は、私にとって最も偉大な教師でした。最も偉大な支援者は、近しい友人や仲間たちです。こうしてメッセージを書く間にも、私のベッドのそばで応援してくれています。さようなら、世界。良いエネルギーを広めてください。次へつなげましょう」とのメッセージを投稿した。

 メイナードさんを支援してきた尊厳死支援団体「コンパッション・アンド・チョイセズ(Compassion & Choices)」のショーン・クロウリー(Sean Crowley)氏によると、メイナードさんは11月1日、自宅で安らかに息を引き取ったという。

 結婚して間もない頃に激しい頭痛に襲われるようになったメイナードさんは、今年1月に余命6か月の宣告を受け、侵攻性のがんで苦痛を伴う死になると告げられた。その後、米国内で「死ぬ権利」が認められている数少ない州の一つ、オレゴン(Oregon)州に夫と共に移り住むと、先月に自らの命を絶つと宣言する動画を公開。これが何百万人ものネットユーザーに視聴され、話題となっていた。

「余命半年」の米女性が安楽死 是非を巡って議論(2014年11月4日テレ朝ニュース)

 アメリカで安楽死すると宣言していた29歳の女性が、予告通り1日に薬を飲んで死亡し、安楽死の是非を巡って議論が沸き起こっています。

 アメリカ市民:「惨めさと痛みしか残らないのであれば、自分の命を絶つことは人間らしいことだ」「人は自殺するべきではない。その時が来たら、神様が連れていってくれる
 ブリタニー・メイナードさんは末期の脳腫瘍(のうしゅよう)で4月に余命半年と告知され、1日に安楽死するとネットで予告していました。アメリカの主要メディアやネット上では、メイナードさんの安楽死の是非が論じられています。安楽死をもっと認めるべきだといった意見の一方、自殺とも捉えられる行為に否定的な考えも出ています。アメリカ最大規模のカトリック系宗教団体の幹部はツイッター上で、「自ら命を絶ったことを非常に悲しく思う。彼女と同じような選択をする人が増えるのが心配」と懸念を示しています。

まずは亡くなられたメイナードさんのご冥福を祈りたいと思いますが、後述するように彼女にとって死は必然であって安楽死実施の有無に関わらず決して避けられないものであり、ただその時期を幾らかなりとも早いか遅いかを選択する自由だけがあったと言う点は強調しておくべきだと思います。
安楽死推進派の団体が彼女のインタビューを動画サイトで公開したことで一気に話が広まったと言うこの一件、昨年結婚したばかりの若い女性が不治の病を宣告されたと言う点、そしてたびたび襲う耐え難い頭痛等の症状から解放される手段が他にないらしいと言う点などから、安楽死容認派にとっては「これが認められない方が非人道的だ」と言いたくなるケースではあったのかなと言う気もします。
一部報道によれば最近比較的に調子が良いこともあり実施を先送りにするかのような言葉もあったと言うことで、結果として予定通りの決行となったことは少し予想外と言っていいのかも知れませんが、いずれにしても安楽死を合法化している州に移住し夫の誕生日を共に祝ってから決行すると宣言していたそうですから、一事の気の迷いや思いつきではなく遅かれ早かれ実施はされることは確実だったように思います。

「こんな極めて個人的な話を全世界に公開して何がしたいんだ?」と言う批判的な声もあるようなんですが、そもそもの彼女の目的の一つが安楽死の合法化を推進することであったと言いますから、同じ悩みを抱える後進にとってはこうした選択枝が実際にあることを公にしてくれると言うことは意味があることなのでしょうし、これを受けて今後同種のケースが増えていくのかどうかなど社会的影響がどの程度出てくるのかです。
もちろん記事にもあるように宗教的見地からいかなる理由であれ自殺は認められないと言う立場もあって、宗教戦争めいた各地の紛争を思うとそもそも宗教がそれを信仰する立場にない人間にどこまで関与すべきなのかと言う議論もあるでしょうが、自由の尊重を標榜する国だけに他人の自由を尊重することもまた求められるようには思いますね。
ちなみにアメリカでは末期患者の安楽死に7割が賛成していると言う調査結果があるのだそうで、今回の経緯からしても容認派が多数に登っているらしいのは想像の範囲内なのですが、それでも「自分は受け入れない」と言う声も少なからずあることを考えるとやはり結局は各人の思想信条の問題と言うのでしょうか、万人に共通するコンセンサスを形成することも難しいし無理にその必要があるわけでもないのかなと言う気もします。

尊厳死を実行した米国人女性に反応さまざま「勇敢だ」「ありがとう」「神様から授かった体なのに」―米国ネット(2014年11月4日レコードチャイナ)

2014年11月3日、米国で尊厳死を予告していた脳腫瘍患者の女性が自殺したことが報道され、米国人からさまざまなコメントが寄せられている。
1月に末期の脳腫瘍と診断され、4月に余命半年と宣告されたブリタニー・メイナードさんは、当時住んでいたカリフォルニア州から、尊厳死が認められているオレゴン州へ夫ら家族とともに移り住んだ。メイナードさんはソーシャルメディアを通じて、11月1日に医師による処方薬で命を絶つと宣言しており、全米で議論が起こっていたが、1日、予告どおりに薬を服用し、息を引き取った。この報道は全米で高い注目を集めており、ネットユーザーがさまざまなコメントを書き込んでいる。

「ブリタニー・メイナードさん。あなたは選択の自由のパイオニアだ」
「これは彼女の人生、彼女の体、彼女の選択の問題だ。もし自分の宗教の教えに反するのなら、その人はこういう選択をしなければいい。他人を自分の信条に従わせようとするべきではないと思う」
「私たちは動物を安楽死させている。でもおかしなことに、同じことを人間に行うのは適切ではないと考えている人が多い。23年前、親友ががんで生涯を閉じた。8カ月間、普通の男性だった彼がまったく別人のように変わっていくのを見ていた。そんな風に生涯を閉じるなんて、あまりにつらい。誰にもそんな目にあってほしくないと思う。ブリタニーに神の祝福がありますように」
「勇敢なブリタニー、安らかに眠ってください」
「おやすみ、ブリタニー。とても個人的な、勇気ある行動を私たちと分かち合ってくれてありがとう
彼女にとってよかったと思う。とてもとても悲しい話だけれど、それでも彼女にとってはよかったんだと思う。彼女のお母さんと夫はこれから長い間泣くことになるだろうけれど、彼女はすばらしい人だ」
「彼女が自分の選択を公にしたことで、ほかの州も変わればいいと思う」
「なぜ、彼女の体は彼女のものと考えられるんだ?私の体は私のものではない。神様が私に大事にするようにと授けてくださったものだ
彼女と同じ州に住んでいなくてよかった」(翻訳・編集/Yasuda)

ひるがえって本邦では一部医師らから「癌と戦うな」と言うキャッチーなコピーでの働きかけが相応に社会的影響力を発揮しているようで、この10日発売の漫画週刊誌にも何やらその広報活動めいた新連載が始まると早くも一部方面では話題騒然と言う状況なのですが、注意いただきたいのは今回の件の主役であるメイナードさんに関しては「癌と闘わなかった」わけでは全く無いと言うことです。
それどころか実際には「自殺願望はありません」「(癌が治る薬が)あれば、ずっと前に飲んでいます。わたしは死にたくありません」と明言している、しかしそうではあってもどうしても避けがたい死という現実を前にした結果「わたしはもうすぐ死にます。だとしたら、自分の思う通りに死にたい」のだと語っていると言う点で、あくまでも病気と真っ正面から向き合った結果の選択であると言う点は記憶すべきだと思いますね。
いずれにしてもこれだけの議論になっていると言うその一点を取ってもメイナードさんの死が全く無意味なものには終わらなかったとは言えると思いますが、日本がこうした実施の段階に至るまでにはまだまだ遠い道のりが必要そうだと言う現実を考えると、いずれどこかで海外渡航による日本人の安楽死と言うことがまず騒がれる未来が来るのでしょうか。

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2014年11月 4日 (火)

エボラ対策、その妥当性を問われる

ひと頃の感染拡大ぶりが少し落ち着き始めているのか?と言う声もあるエボラ熱ですが、当然ながらひとたび一線を越えれば一気に拡大しかねない恐ろしさは変わらずであって、一部専門家からは「死者500万人」などと言う物騒な予測も出されているようです。
感染拡大の阻止に向けて各国共に様々な対策を講じていますけれども、オーストラリアがビザ発給停止など流行地域からの入国を厳しく制限する方針を打ち出したことに内外から批判の声が出るなど、防疫と人権との間でなかなかに難しい舵取りが行われているようです。
こうした状況下で入国拒否とまでは言わないまでも、エボラ流行国から入国した方々にどの程度の対応をするか各国で意見が分かれているようで、フィリピンなどは帰国者全員を軍施設で3週間の隔離を行うと発表したそうですが、人的交流の規模が大きい国々においてはやはり無差別に全員を隔離と言うのは現実的に難しいところだと思います。
その一方で現地で治療に当たるなど直接的に患者に接触した専門家グループに対しては人数が少ないこと、疾患に対する理解が深いと考えられること等からかなり厳しい隔離を行なう傾向にあるようですが、これに対して一部当事者の行動が大きな波紋を呼んでいるようです。

エボラ治療の米看護師外出=自宅待機破る-州は法的措置も(2014年10月31日時事ドットコム)

 【ニューヨーク時事】西アフリカでエボラ出血熱患者の治療に当たった後、米国に帰国した北東部メーン州の女性看護師が30日、州政府の自宅待機要請に反する形で外出した。ルパージュ州知事はこれを受けて声明を出し、公衆衛生の維持のため、法的措置も辞さない考えを示した。強制的な自宅待機令などを裁判所に求める可能性がある。

 この看護師はカシ・ヒコックスさん(33)。先週、帰国と同時に病院に隔離され、その後自宅待機を続けていたが、この日、同居する男性の友人と共に自転車で自宅周辺を走った
 ヒコックスさんにエボラ熱の症状はないが、州当局は患者との接触から発症までの最長潜伏期間である21日が経過するまでは自宅に待機するよう求めていた。
 知事の声明によれば、州側は外出は可能でも、公共の場所を訪れたり、人と約1メートル以内の距離に近づいたりしないよう要請。だがヒコックスさんの同意は得られなかったという。ヒコックスさん側も提訴を辞さない構え。

<エボラ出血熱>陰性看護師に「外出制限」米州地裁が命令(2014年11月1日毎日新聞)

【ワシントン及川正也】米北東部メーン州オーガスタの裁判所は10月31日までに、西アフリカでエボラ出血熱患者を治療して帰国した女性看護師、ケーシー・ヒコックスさん(33)に対し、人が集まる場所への立ち入り禁止など外出を制限するよう求める暫定的な命令を出した。州がヒコックスさんに要請していた「自宅隔離」は求めていない。ヒコックスさん側の対応を待ち、同日中に新たな命令を出すという。AP通信などが伝えた。

 米メディアが伝えた命令は(1)州衛生当局による定期的な体温測定(2)旅行について衛生当局の許可を得る(3)ショッピングセンターなど人が集まる場所への立ち入り禁止(4)外出する場合は他人の1メートル以内に近づかない--など。強制的な「自宅隔離」は命じていない。エボラ熱の潜伏期間は21日で、ヒコックスさんの場合は11月10日までという。

 ヒコックスさんは10月24日にシエラレオネから帰国した際にニュージャージー州で隔離された。2度の検査で陰性と判明した後、27日に自宅のあるメーン州に戻ったが、同州から「自宅隔離」を要請されていた。ヒコックスさんは、体調に異常がないのに隔離されるのは人権侵害だとして撤回を求め、30日には友人と自転車で外出していた。

 裁判所の命令内容は、エボラ熱感染流行国で治療に携わった医療従事者に関する米疾病対策センター(CDC)の統一指針を準用したもの。ただ、感染の兆候がない場合の外出の制限は「特定の所見」が認められる場合に限られ、「体調に異常はない」としているヒコックスさん側の反発も予想される。

米NY州、エボラ対策の強制隔離を緩和 オバマ政権が圧力(2014年10月27日AFP)

【10月27日 AFP】米ニューヨーク(New York)州当局は26日、エボラ出血熱が猛威を振るう西アフリカから到着する人の扱いに関する新施策を緩和し、強制的な隔離措置の対象を感染者への接触があった人に限定すると発表した。

 ニューヨーク、ニュージャージー(New Jersey)、イリノイ(Illinois)の3州は、ニューヨーク市で先週、ギニアでエボラ出血熱患者の治療に携わり帰国した医師にエボラウイルスの陽性反応が出たことを受け、西アフリカから帰国する医療従事者全員を3週間隔離する措置を導入。さらにフロリダ(Florida)州も、同期間の毎日2回の検診を命じた。
 だが、これら厳格な隔離措置には批判が集中。米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)によると、バラク・オバマ(Barack Obama)政権の高官らは、ニューヨークとニュージャージー両州の知事らに対し隔離措置を撤回するよう働き掛けていた
 高まる圧力を受け、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ(Andrew Cuomo)知事は26日夜、西アフリカのエボラ熱流行国から同州に入る全ての人を対象とした一律の隔離措置の撤回を表明。症状がなく、エボラ熱患者と直接接触していない人については今後、外出禁止の対象とはせず、エボラ熱の潜伏期間が過ぎるまでの21日間にわたり毎日2回の検温と症状の有無の確認を実施すると発表した。同期間中は、保健当局の職員らが対象者を移送し、日々の観察を行うという。

 24日に導入された隔離措置については、医療従事者や保健当局からの批判が起きていた。隔離された初の米医療従事者となったケーシー・ヒコックス(Kaci Hickox)さんは、自身に症状がなく検査でも陰性反応が出ているとした上で、水洗式ではないトイレとベッドのみが置かれ、シャワーもない病室に隔離されている状況を「刑務所に入れられている」ようだと非難。新措置は「非人道的」だと訴えた。
 また、米国立アレルギー感染症研究所(National Institute of Allergy and Infectious Diseases、NIAID)のアンソニー・フォーシ(Anthony Fauci)所長は、米CNNテレビに「(エボラ出血熱から)われわれを守る最良の手段は、アフリカでのエボラ流行を止めること。そして流行防止への最良の手段は、アフリカに赴き現地の人々を支援する医療従事者を確保することだ」と述べたうえで、帰国した医療従事者たちからアフリカを再訪する意欲をそがないよう扱うべきだと指摘。体調を崩していたりエボラ出血熱の症状が現れたりしていない人たちは脅威ではないと強調した。

この「1メートル以内立ち入り禁止」と言うルールもまた様々な議論を呼んでいるようですが、エボラ熱の場合感染者の体液を介して感染することから近くを通りかかっただけで感染すると言うことはないものの、不慮の接触や咳・くしゃみ等による体液の拡散による万一の感染のリスクを考えると、人混みを避け1メートルは距離を置くべきだと言う考え方であるようです。
留意いただきたいのは当該看護師は患者接触歴があるとは言え今のところ何ら症状を呈していないと言うことで、潜伏期間中は感染力はなく発症後に初めて感染力を示すとされていることから厳しい隔離は感染確認後でも十分と言う考えもある一方で、初期段階では典型的な症状を示さない場合もあり得ることを考えるとそもそも発症者を確実に見分けることが出来るのか?と言う懸念の声もありそうですよね。
また社会的に見れば現場に出向いて治療に従事するような専門家は一般人より厳しい義務をも負うべきだと言う声もあって、この辺りは一般人に対する対応と差異を設けるべきかどうか判断の難しいところではあるのですが、当事者にとってみればただでさえリスクを負ってまで他人のために頑張ってきたのに帰国後も差別的な取り扱いをされるのでは、誰もリスクを負う気にならなくなるだろうとは考えられます。
日本でもやっている空港で発熱している人だけを隔離すると言うやり方も平熱だったのに何故か空港でずっと放置され怒りで熱が出たなどと言う笑い話のような声もあるそうですが、一部州が取り入れている熱も症状もないのに当該地域からの帰国者は3週間の強制隔離と言う方法論には国連事務総長やオバマ大統領などから反対声明も出ているし、当事者によってすでに裁判沙汰にもなっているほど異論も多いとは言えるようです。

こうした様々な議論も受けてと言うことでしょう、CDCから先頃新しい指針が公表されましたが強制隔離は推奨せず、高リスク者に対する積極的かつ直接的な監視を行うべきだと言う内容になったのですが、この「監視」の内容も21日間にわたる毎日の検温や保健当局者による健康状態や行動予定のチェック、ウイルスの潜伏期間に相当する間の移動や公的活動の制限など、なかなか微妙なものとなっているようです。
見ていて難しいところだなと思うのがもちろんエボラが人類に脅威を与える深刻な感染症であることは確かで、専門家も「過剰なくらいに準備する方が、初動の対応が遅れるよりも良い」等々その脅威を強調しがちなのですが、では実社会においてその理念をどうシステム的に還元すべきかと言うと、現実的に感染リスクがあり隔離されそうな人とその他大多数の一般国民との間でも大いに見解は分かれそうですよね。
先日も日本で初の患者か?と話題になった例のように飛行機等で患者が見つかった場合にどうするかと言う問題もあって、封じ込めをするなら早い段階で情報を公開し接触者を囲い込んだ方がいいのだろうし、アメリカなどでは実際に患者の顔や氏名まで公表されていると言いますが、日本では厚労省の役人が接触の可能性のある人一人一人に電話で確認していく方針であるそうで、正直それで防げるのか?と言う気もします。
いずれにしても患者が出るかどうかと言う状況であるから隔離だ何だと言っていられるので、現地のように患者や接触者が多すぎて隔離も何もないと言う状況になったのではそれも物理的に不可能ですから、どこかで方針を切り替えることを見越した対策のシミュレートはしておかなければならないだろうし、当面社会防衛のために隔離を受け入れてくれた方々にはきちんと補償を行っていく必要もあるだろうと思います。

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2014年11月 3日 (月)

今日のぐり:「健康美食 豆の畑 新神戸店」

およそ子供と言うものは思いがけない行動をするものですが、先日見てかなり爆笑ものだったのがこちら子犬の動画です。

嫌いな人に抱っこされて思わず死んだフリをする子犬に世界が爆笑(2014年10月29日Aol)

あまりの緊張に体が固まってしまう経験、人間でもあるだろう。今回ご紹介するのは、まさにそんな状態を経験した子犬の動画である。
動画の投稿主=ジェニーさんの父親は、可愛い子犬を飼っているのだが、この子犬、家族の一員であるダニエルさんが大嫌いなのだという。
ダニエルさんの姿を見ると、いつも鬼のように吠えまくるそうで、しかしある日、そんなダニエルさんに抱っこされるシチュエーションが到来してしまった。あまりの怖さと緊張で思わず死んだフリをする子犬。しかしダニエルさんの手を離れると...。

【動画】https://www.facebook.com/video.php?v=10202549691248395
(略)

しかしあまりにもわかりやす過ぎる反応と言うのでしょうか、子犬のうちからここまでの世渡り術を身につけている彼(女)の将来が少しばかり気にもなりますかね。
今日は全世界に一芸をもって名を広めた子犬に敬意を表して、世界中から動物たちの意外な特技?を紹介してみることにしましょう。

海外の反応「これは面白いw」日本の柴犬にキスしようとした結果・・・(2014年9月14日おたほー)

(略)
 犬は人間と暮らし始めた最も古い動物ともいわれ、今でも多くの人々に愛される大切なパートナーです。一家族として親しまれていることはモチロンのこと、頭の良さから牧洋犬や盲導犬など様々な役割を担っているケースも多く、まさに人間たちと助け合いながら生活する関係が築かれているのでが、その関係が極まってもはやお笑いコンビの域にまで達したのがYouTubeユーザーinosemarineさんと柴犬マリさんの2人。息のぴったり合った絶妙な掛け合いがパワーアップして帰ってきています。

 今回の動画では前回の5連続チュー拒みより1回多い「6連続チュー拒み」に挑戦。相変わらずマリさんへの愛が止まらない投稿者様は足をケガしたときも、外出したときも、海でおぼれかけたときも諦めることなくチューを求めるのですが、マリさんは相変わらずつれない態度のご様子で、あらゆる手を使ってご主人様のチューを拒否していきます。ご主人様の愛すべきキャラクターも以前と変わらず非常に面白いのですが、マリさんの拒否パターンや間の取り方はさらに磨きがかかっており、ワンちゃんとは思えない高度なテクニックは思わず頬が緩むものに。

 ちなみに、前回の動画どうよう基本的にマリさんの突っ込みは中々ハードなものなのですが、今回の動画のラストではちょっとしたデレも見せてくれていたり。もしかしたら笑いの天才であるとともに、男心を自在にもてあそぶ小悪魔的な一面もあるのかもしれませんね。

柴犬の拒む瞬間6連パチュー 6 running fire that a dog refuses
(略)

ちょwww何なのこの柴犬さんwと思わず爆笑してしまう笑撃的映像なんですが、この掛け合いはもはや芸の域ですよねえ。
基本的に猫と言う生き物はあまり生産的とは見なされない傾向にありますが、こちらとんでもない働きをこなした猫のニュースです。

家の値段をつり上げたニャンコ、「猫ごと欲しい」と1,300万円上乗せ。(2014年10月16日ナリナリドットコム)

「犬は人につき、猫は家につく」という言葉もあるが、猫と家にまつわる話がオーストラリアで話題を呼んでいる。

複数の豪メディアによると、同地で暮らすパーシヴァルさん一家は、19年間住んだ5つの寝室を持つ我が家を競売に出すことにした。すると、206万豪ドル(約1億9200万円)の値がついたが、この金額が出たところに、不動産業を営むコウチーニョさんからさらに14万豪ドル(約1,300万円)を上乗せした金額で購入したいとの申し出がなされた。いったい何が理由で買値が上乗せされたのだろうか。

それは、家を内見していたある顧客の娘が、ソファに座っていたパーシヴァル家のラグドール種の猫、ティファニーちゃんに一目惚れしたことが理由だった。商談の際にも猫を含めて家を買いたいという話はからかい半分に出たらしく、パーシヴァル夫人は冗談だろうと思っていたとのこと。しかし顧客は本気で、「ティファニーという名前にふさわしい価値」と、結果220万豪ドル(約2億500万円)を支払い、パーシヴァル家はこの申し出に応じたという。

「とても寂しいけれど、ティファニーはこの家にいたいだろうと考えているんだ」とパーシヴァルさんは語る。しかし、19歳になる息子サムくんは猫を手放すことを喜んではいないようだ。パーシヴァル夫人曰く「サムはティファニーをペットショップで見つけたの。最後まで残っていて……サムはティファニーをかわいそうと感じたのね」。夫人はサムくんが来年海外へ旅行する計画を立てていることから、ティファニーちゃんの売却金額がその資金に割り当てられるようにすると諭し、しぶしぶながらサムくんの合意を得たようだ。

そしてパーシヴァル夫人は「私たち家族には2頭の犬と2匹のウサギ、それに魚がいるけれど、それでもティファニーと別れるのは寂しいわ」と寂しがりながらも、高額の金額を払ってまで求めてくれた新しい家族との幸せな生活を祈っていると語った。一家は12月に引っ越しするまでの数か月間を大事に過ごすと伝えられている。

なお、動物を愛するパーシヴァル一家は、新しい家で次に迎え入れる猫を動物福祉を推進する団体RSPCA、英国王立動物虐待防止協会からもらおうと検討しているとのこと。

この報道に対して「家族を売り物にするのか」という意見や、「新しい家族もきっとティファニーを愛してくれるだろう。彼女のためにも良かった選択だ」といった賛否両論が寄せられているほか、「不動産屋のところに猫を持ち込む人が増えるだろうな」と話の奇特さにネタをかぶせてくるようなコメントもあり、多くの見方からの意見が生まれているようだ。

まあ諸説あるところだろうとは思いますけれども、当の猫の方は三日後には全て忘れているかも知れませんよね。
同じく猫の話題をもう一つ取り上げてみますけれども、一体彼らが何を考えているのかやはり判らないのは自分だけでしょうか。

コードかテープがあればよい。驚くほど猫がホイホイする、猫転送装置の作り方がブレイク中(2014年10月22日カラパイア)

 海外投稿サイト、redditにガムテープやコードを使った猫転送装置の作り方が紹介されていた。調べてみたところ、これは日本の猫サイト「guremike」さん発案のもので、畳みにガムテ―プをまるく張っただけで猫がホイホイ入ってくるという。猫は箱とか狭いところが好きだというが、平面でもOKなようだ。

 早速猫飼いの人々が、同じ方法で自宅の猫を転送させていたようだ。
(略)

様々な検証事例が掲載されていて、こういうのを見ますと猫って何なの?と思ってしまうのですけれども、彼らなりの何かしら思想信条に基づく行為なのでしょうかねこれは?
生き物にも様々な感情があることは当然なんですが、こちら見るからに…と言う意外な生き物の話題です。

ぜ、全身でアピールしてる…シャワーを心から愛する亀(2014年10月21日カラパイア)

水浴びが大好きだという、こちらの亀。
うれしさのあまり、全身で表現している映像をご覧ください。

Cute Turtle LOVES Shower - YouTube

おしりふりふり!
リズミカルに、振りに振りまくっています。
シャワーを心から愛する亀でした。

いや、亀がこういう不思議な動きをするものだとは初めて知りましたが、自然界では確かにこういう水流に触れる機会はあまりなさそうですものね。
お隣中国では色々と大道芸も盛んであるようですが、こちらちょっと意外性のある話を紹介してみましょう。

鳥を調教できるものはお金持ちになれる。貯金箱にお金を回収する鳥(2014年8月14日カラパイア)

 中国でのストリートパフォーマンス映像なのだが、訓練された小鳥2羽が民衆から小銭を回収し、貯金箱の中に入れるという作業を行っている。小鳥たちがチャリンと小銭を貯金箱に入れるところ見たさに、集まった人々はどんどん小銭を与えるわけだが、いろんな商売があるものだ。

Birds Panhandling

 鳥を制する者はお金も制することができるレベルの回収っぷり。
(略)
 鳥は頭がいいというけれど、鳥を制するものは食うに困らないということだ。以上現場からだ。

これだけ全部を回収してくれるならあっと言う間に食い扶持くらいは稼げそうな勢いですが、しかしどういう風にトレーニングをすればこうなりますかね?
最後に取り上げますのも同じく中国からの話題ですが、これはありそうでなかった発想と言うべきでしょうか?

中国で豚に乗った老人「豚ットマン」が話題に(2014年10月7日秒刊サンデー)

日本の千葉では、バットマンの格好をした「チバットマン」なる人物が話題を呼び、全国的にも有名になりましたが、中国では豚にまたがる老人「豚ットマン」が話題を呼んでおります。しかし豚に乗るという行為はあまり聞き慣れず、そもそも豚が馬のように人間をのせて走ることなどできるのでしょうか。百聞は一見に如かずこちらをご覧ください。

こちらが中国の重慶市に現れた豚にまたがったライダー「豚ットマン」である。確かに高速道路ではないが、道路を颯爽と?豚にまたがった老人が駆け抜けており、実にかっこいい。日本のチバットマンもびっくりのこの老人は、一体何者なのだろうか。そもそもなぜ道路を豚にまたがって走り抜けているのであろうか。謎は尽きない。

ーなぜ豚に乗っているのか

ロシア観光客も驚くこの老人は68歳の「蒋成友」さん。30年養豚業を営むも、気管支炎や肺炎に苦しめられ、何とか歩くことができないかと編み出された「豚乗り」である。

地元ではこの「豚ットマン」に対し「かっこいい」「憧れる」など絶賛の声が集まっているようだ。ただしここまで豚を慣らすのに苦労したということで、もしこの豚が使えなくなったらまた新たに調教しなくてはならない。

蒋成友さんの実績により、今後豚に乗るという養豚業が主流になる日も来るのかもしれない。
(略)

まさしく百聞は一見にしかずで画像を参照頂きたいと思いますが、見たところサイズや動き的には案外馬や牛よりも乗り心地はよさそうですよね。
豚という生き物はあれで相当に賢いと言いますから、こういう新たな利用法が今後普及してくると言う可能性もまあ無くもないのでしょうが、しかし増えれば増えたで道路交通法上なかなか対処は難しそうにも思えます。

今日のぐり:「健康美食 豆の畑 新神戸店」

新神戸駅前の商業ビル2階にあるこちらのお店、結構手広く全国展開されているチェーン店のこちらが本店なのでしょうか。
豆腐と野菜の料理を中心とするバイキングと言うなかなかに珍しい取り合わせなんですが、見たところ特に女性客には非常に訴求力を発揮しているようですね。

おおよそ全般に一口ずつ試して見たのですが、野菜料理の方はごくありきたりなお惣菜めいたものが主体であまり目新しさはないんですが、全般にごくあっさりとした食べやすい味ですよね。
お惣菜として飯と合わせるには少し薄口かな?とも思うのですが関西では薄口が好まれると聞きますし、おかずとしてではなく単独で食べるにはこれくらいが頃合いなんだと思います。
特にいんげんの胡麻和えがありきたりの料理ですが割合に好みの味で、これだけは二口目もおかわりしてしまいました。
一方で豆腐料理は豆腐自体の味がちょっと好みに合わないこともあって正直どれも今三つと言うところで、強いて言えば揚げ出し豆腐が一番おすすめですがこれも豆腐の味と言うよりも出汁の味ですからね。
ちなみに野菜や豆腐以外の料理は多少の肉料理やデザート類程度なのですが、既製品らしきものも散見されたりでさほど情熱は込められていないようにも思えます。

濃くなりがちな外食の中でこういうあっさり味は貴重だと思いますけれども、価格的にも割高ではなさそうですから、食べ放題と意識せずとも自分で好きに選んで食べたい方にも使い勝手はよさそうです。
接遇面ではこういう店舗ですからほとんど放置状態ですが片付け等比較的動きは良い様子ですし、こういう場所の店なのに自前でちゃんとしたトイレを用意しているのも好印象ですね。
ただ新神戸駅前と言うことでこういうお店とこの立地は合っているんだろうか?とも思ったのですが、まあこの界隈にもマンション等増えているようですし実際お客も入っているわけですからね。

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2014年11月 2日 (日)

今日のぐり:「麺や 廣(ひろ)」

先日は小中学校に笛を盗みに不法侵入を繰り返していた男が逮捕されると言うニュースがありましたが、実は世の中変態さんは予想以上に大勢いるらしいと言う衝撃の調査結果が出ていました。

若気の至りじゃ済まされない!20代男性の13.3%が「女子のリコーダー舐め」経験アリ!(2014年10月25日しらべえ)

期待に胸を膨らませ、誰もいない放課後の教室に潜入。密かに思いを寄せる女の子の机の中をまさぐり、数時間前に音楽の授業で吹いていたリコーダーをペロペロペロ…。再度誰もいない事を確認し、そっと教室を後にする。
男性なら誰しも、とはいいませんがこのような行為に心当たりのある方は存在するはずです。そこで今回は20代から60代の男性計750名を対象に、「小中学校時代に、いわゆる『女子のリコーダー舐め』をしたことがありますか?」という質問でアンケートを実施してみました。女性のみなさん、結果を見てもドン引きしないでくださいね。

【年代別】
小中学校時代に、いわゆる「女子のリコーダー舐め」をしたことがあると答えた男性の割合

20代:13.3%
30代:10.7%
40代:8.7%
50代:7.3%
60代:3.3%

年代が上がるにつれ減少する傾向はありますが、20・30代の男性はおよそ10人に1人が”女子のリコーダー舐め”経験者ということが発覚しました。ドラマや漫画の世界だけのものと思っていましたが、意外と存在するんですね…。それでは、経験者のコメントを見てみましょう。

「リコーダーを舐めるという行為はもちろん、独特の背徳感に興奮を覚えていた」(30代男性)
「ソプラノリコーダーとアルトリコーダーでは舐め心地が違います。僕はアルト派でした」(20代男性)
「うっかり音を出さないように舐め、ハンカチでしっかりと拭き取る。決して証拠を残してはいけません。完全犯罪です」(40代男性)
「一度バレてしまったことがあり、大変な騒動になりました。みんなの前で晒し者です」(30代男性)
「リコーダーを舐めた女の子と結婚をしました。もちろん、いまでも秘密にしています」(30代男性)

“女子のリコーダー舐め”は、好きな女の子への気持を素直に表現できない思春期の男子特有の行動です。とはいえ、決して褒められた行為ではありません。若気の至りというには度を越しているでしょう。万が一ペロッとしてしまった方は、同窓会で武勇伝としてしゃべることはせず、自分だけの秘密として墓場まで持っていくようにしましょう。

年々実行に至った者の比率が上がっているように見えることがこの問題の深刻さを物語っていますが、それにしても草食系などと揶揄される近ごろの若者もこうまで深い情念を抱えていたとは意外ですね。
本日はこうした方々に一度冷静になって危うさを再認識していただく意味で、世界各地からまさかそんな!これは大変だ!と言う衝撃の事実?を紹介してみましょう。

“極悪滑舌”の天龍が競馬実況「滑舌のためオクラと納豆食べてきた」。(2014年10月27日ナリナリドットコム)

あまりにも特徴的な滑舌で知られるプロレスラー・天龍源一郎(64歳)が、あらゆる実況の中でも最も難しいと言われている競馬実況に初挑戦したことがわかった。その模様を収めた動画「【天龍源一郎 競馬実況】(VerS)第27回マイルチャンピオンシップ南部杯 オッズパーク」(https://www.youtube.com/watch?v=JBWTC-bbKMg)がYouTubeに投稿されている。
この競馬実況は、地方競馬、競輪、オートレースの投票サイトを運営するオッズ・パークが、競馬体験型キャンペーンサイト「勝ち馬チョイス」のPRのために制作したもの。実は、天龍は無類の競馬好きとしても一部では知られており、今回この企画が実現する運びとなった。

天龍が実況するレースは、盛岡競馬場で開催された2014年10月13日(祝・月)マイルチャンピオンシップ南部杯。オッズパークサイト内でも公開されている動画を天龍に見てもらい、実況してもらうという形だ。
実況前には自信満々の表情で、「競馬を見始めてかれこれ50年近くになりますが、いい企画が来たなと思っています。滑舌をよくするように今朝はオクラと納豆を食べてきました」と語る天龍。この時点でまだ競馬実況はスタートしていないが、すでに滑舌は“平常運転”、表情は自信満々ではあるものの、何を言っているのか聞き取るのが難しい場面もある。その後、撮影スタッフに競馬への思い入れなどを語り、期待感も高まったところで、実況本番へ。
(略)

レース終了後に感想を聞いてみると、「いや完璧だよ!何が大事ったって馬の名前を皆さんがちゃんとわかったって事が大事でしたからね」と語った天龍。さらに「それが理解してれば着順は見た通りですから」とも語っていた。当たり前のコメントだが、その表情はとても微笑ましく、どこか悔しそうで、なんとなく照れくさそうでもあった。
(略)

その恐るべき実態は動画を確認いただくこととして、やはり無用の誤解や勘違いを避けるためにも実況放送にも字幕は無理でも同時通訳くらいははあった方がいいんじゃないかと言う気はしてくるでしょうか。
昨今ではあちらこちらで会社合併で旧社名をそのままつなげたような長い社名を見かける機会が多くなってきていますが、こちら何を考えてか自らこんな社名を打ち出してしまった会社のニュースです。

ケータイショッップ「もしもしモンキー」の運営会社が社名を超大胆に変更! 長過ぎて覚えられる気がしない……(2014年10月27日ロケットニュース24)

関東を中心に携帯電話ショップを展開する「もしもしモンキー」の運営会社のもしもん株式会社が、思い切った社名変更を行っていることが判明した。これまでの社名は「株式会社」を入れても8文字であったのに対して、新社名はなんと137文字!
新入社員や新規の取引先は覚えるのも一苦労するのではないだろうか。覚えるのが面倒な人は「旧もしもん」と勝手に呼び名を省略してしまうように思うのだが……。

・もしもん株式会社の新社名
    「株式会社あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へ」(栗原志功代表取締役Facebookより引用)

・電話対応はどうなる?
これ、電話応対はどうするのだろうか? もしかして、電話口で「お電話ありがとうございます。株式会社あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へ です」ということになるのだろうか?
もし一度で電話の相手に、社名が伝わらなかった場合、「ですから、株式会社あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へ です」と再び言うのだろうか?

・請求書は?
電話はそこまで難しくないかもしれないのだが、社印や請求書など備品の変更が大変なことになるだろう。またお店で領収書を請求する場合に、「宛名は 株式会社あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へ でお願いします」ということになるはず。

・ギネスに申請予定
きっと口頭では伝わらないだろうから、「あ、自分で書きます」ということになるのではないだろうか。代表取締役の栗原氏はFacebookで経営理念を浸透させるために、この名前に変更したことを明かしているのだが、はたしてその効果はいかに!? なお、この名前をギネスに申請する予定とのことである。

とりあえず手書きで領収書等を書いている取引先は色々と思うところも出てくるのではないかと思うのですが、それにしても長い短いと言う以前にこれを口にする側への配慮も不足していた気がする新社名でしょうか。
昨今では安い、早いのファーストフード店も増えて助かっている人も多いと思いますが、、その実態を考えると必ずしもありがたくもないのか?と思わされるのがこちらの結果です。

【実験】マクドナルド、バーガーキングなど、全米ファーストフード7社のハンバーガーをビンに入れて30日間放置。こんなにも違いが!?(2014年10月21日カラパイア)

 全米ファーストフードチェーン7社、マクドナルド、バーガーキング、ウェンディ―ズ、ジャックインザボックス、カールス・ジュニア、イネアウト(In-N-Out)、ウマミバーガー(umami Burger)のチーズバーガーをガラスの瓶に入れて蓋をして30日間放置するという実験を行ったそうだ。
 実験なので同じ環境で行っているとは思うのだが、腐敗具合がこんなにも各社に違いがあったという。

How Fast Do Burgers Age?

 この結果に疑問をもったおともだちは、ガラス瓶と数社のチーズバーガーを購入し、同じ実験をやってみるといい。その結果が是非知りたい。カラパイア科学処理班による勇気ある実験報告を待っている。

ちなみに外観にはあまり変化はなくとも中はちゃんと腐っている可能性もありますけれども、いずれにしても30日間も経っているにしては…と言う外観は少なからず違和感を覚えますよね。
ロシアと言えば少々の事で驚いていてはやっていけない国だと言う評判ですが、こちら何故そうなる?と言う驚きの治療で命拾いをした猫のニュースです。

【命の水】スゴいぞお酒! 猛毒を口にして瀕死に陥ったニャンコにウォッカを点滴 → ベロベロになって生還(2014年10月28日ロケットニュース24)

大好きな人にとってはまさに “命の水” でもあるお酒。「酒なしでは生きていけないよ〜」という人もいるかと思うが、今回お伝えするのは、実際にお酒が命を救った事例だ。
なんとあのウォッカが、命の危機にひんしたネコを救ったのである! え!? ネコにお酒を与えても大丈夫なの? どうやってウォッカが命を救うの? とビックリしてしまうこの話。一体どのような背景があったのだろうか?

・ぬれて帰ってきて具合の悪そうなミッセイ
今回の主人公は4カ月の子ネコ、ミッセイ。イギリスのスティーブンソンさん一家のもとで、幸せに暮らしているのだが、ある日、びしょぬれで外から帰ってきたのだ。スティーブンソンさんは、ミッセイの様子がなんだかおかしいと感じつつも、ただ水にぬれただけだと思ってあまり気にしなかったという。
しかし翌朝、ミッセイの容態が急変。グッタリして、明らかに具合が悪そうなのだ。すぐに動物病院に連れて行ったところ、ミッセイの体をぬらしていたのは水ではなく、 “不凍液(ふとうえき)” だったことが判明したのである。

・不凍液は猛毒
不凍液とは自動車のエンジン冷却水の凍結を防止に用いられる溶剤で、死を招くほどの毒性を持つ。たった2、3口で死に至る恐ろしい液体なのである。そんなもので体中ビショ濡れとなったらまさに命の危機だ。

・病院でウォッカを与えられることに!
そこで獣医師が取ったのは、ミッセイにウォッカを与えるというもの! アルコール度数37.9度ものウォッカを、ミッセイに点滴するというのだ。驚いて言葉を失うスティーブンソンさんだったが、ウォッカ点滴の効果は抜群。その結果、ミッセイは無事に死のふちから生還したのだった。
2日間かけてボトル半分ものウォッカを摂取したミッセイは、酔っぱらってしまい、立ち上がろうとしてもふらついて転んでしまったり、目もトロ〜ンとしていたという。だが命には代えられない。無事で良かった!

・なぜウォッカ?
しかし、なぜウォッカが投与されたのだろうか? 今回担当した獣医師のアンドリュー・ミラーさんによると、ウォッカに含まれるエタノールには不凍液の主成分エチレングリコールを分解する働きがあるのだとか。
ミラーさんは「たしかにウォッカを使った治療法は普通ではありませんが、不凍液を飲んでしまった動物に対してはよく使われます」と話している。そして、一刻も早い処置がなによりも大切だということだ。
(略)

いや確かにエチレングリコール中毒にはモノの本にもエタノール静脈注射だと書いてあるのですけれども、あの国では何であれとりあえずウォッカなんだな…と思ってしまいますね。
ファーストコンタクトと言えばSF作品の定番ですけれども、こちら思いがけない形で第三種接近遭遇を果たしてしまったと言う方のニュースです。

「初体験の相手は宇宙人」と話す70歳男性画家! その交わりを描いた作品が生々しい(2014年10月29日ロケットニュース24)

人類が頭を悩ませ続ける大いなる問い「宇宙人っているのだろうか?」。正式にはまだ答えは出ていないが、「私は、宇宙人を見た!」と実体験を語る人々が世界中に存在する。そういえばタレントの木下優樹菜さんも、その一人だ。
しかし、この度登場した宇宙人遭遇者が、想像の三歩くらい斜め上を行ったスペシャルっぷりなのでご紹介したい。なんとこの男性の初体験の相手が、宇宙人。その上、宇宙人の子供もいるというのだ。そして、それらの宇宙人体験をキャンバスに描き続けているのである。しかも、克明に生々しく……。 

・8歳で宇宙人と遭遇
画家のデヴィッド・ハギンズさんは、現在70歳。彼が宇宙人と関係を築き始めたのは、8歳のときのこと。家の周辺で遭遇しては、話をしたりしていたという。
ある晩などは、寝ているデヴィッド少年のもとに、灰色の肌と大きな黒い目が特徴の “グレイ” と呼ばれるタイプの宇宙人がやってきて、彼と一緒に宙に浮かび上がって宇宙船へ向かったこともあるのだとか。

・命を助けてくれた宇宙人
ハギンズさんは、宇宙人たちとの思い出を、実際に起こったことだと認識しており、夢などではないと主張している。その理由の1つに、宇宙人に何度も命を救われていることを彼は挙げている。
蛇に噛まれそうになったり、湖でおぼれたりと、彼が危機的状況に陥ったときに、近くにいた宇宙人たちが「助けてやれ」とささやくと、自然と危機は去っていったというのだ。

・宇宙人は怖い存在ではなかった
グレイタイプの他にも、毛深かったり、昆虫のようだったりと、様々な姿をしていた宇宙人に対して、恐怖心を抱いたことはないと話すハギンズさん。宇宙人たちとの交流をキャンバスに描き、作品として発表し続けることで、「ホッとする」のだそうだ。
(略)

その生々しい交流の実際は作品群からもうかがい知ることが出来そうなんですが、しかしまあ何と言うのでしょう…生きるってことは素晴らしいと言うことなんでしょうかね?
その瞬間思いがけない事態が発生!と言うパニック体験は誰しも一度はあることでしょうが、こちら現場は文字通りパニックだったのではないかと思わされる壮大な事件です。

100人のズボンが一斉に破れる、教官の「座れ!」号令でビリビリビリ。(2014年10月3日ナリナリドットコム)

先日、中国の大学でコントのような出来事が発生し、ネットを賑わせている。新入生を対象に行われた軍事訓練で教官が「座れ!」と号令をかけたところ、約100人の迷彩ズボンが一斉に音を立てて破れてしまったというのだ。

多くの中国メディアが伝えたところによると、この一件が起きたのは9月8日のこと。三峡職業技術学院(湖北省)の運動場で新入生を対象に行われた軍訓(軍事訓練)での出来事だ。
同日午前、4,500人以上の新入生たちは訓練用の帽子と靴、ベルト、迷彩柄の上下服を身にまとい、運動場に集結していた。そして、教官が学生の前に現れ、「座れ!」と号令をかけたその時。学生が地べたに座るや否やあちこちで「ビリビリッ」という音が……。それは、学生が履いていた迷彩ズボンが次々と破れる音だった。
現場は騒然、中にはズボンの股の部分が破れ、恥ずかしさのあまり立つことがきでない女子学生の姿も。後で判明したのは、このとき破れたのは100人以上のズボンで、約4,500人の学生のうち、約2%の学生のズボンが破れた計算となり、初めて着用かつ一度の動作で破れたことを考慮するとかなりの確率だ。

この一件は中国メディアがすぐに報じるところとなり、ネットでは大いに話題になった。同時に、1セット100元(約1,750円)という、中国の基準からするとそれほど安くはない制服がいとも簡単に破損したことに、粗悪品に価格を上乗せして懐に入れてるのでは……と、大学と業者の“関係”を疑う声も出始めている。現在は政府の関連部門が調査中とのことだ。

これぞまさにmade in Chinaクオリティー…と言うべきなのかも知れませんが、しかし幾ら粗悪とは言えサイズが合っていてもそこまでもろいものなんでしょうか?
最後にご存知ブリからの信じがたいニュースをお伝えしますが、これは一体どのような超常現象が…?と思わされる驚きのニュースですね。

イギリスで15メートル超の「超巨大カニ」が撮影され話題に(2014年10月14日秒刊サンデー)

ネッシーなどで度々話題となるイギリスで現在最も話題となっているのはなんと「巨大ガニ」である。体長はなんと15メートル以上あるということから注目されているようだが、もしこれが事実だとすれば前代未聞の発見となる。これは突然変異なのかそれとも新種なのか、それとも単なるデマなのか、早速ご覧頂きたい。

今回発見されたのはイギリスの街「ウィスタブル」にある港で、その付近の空撮をしたところ突如巨大なカニが発見されたのだという。体長は15メートルというが、写真からはそれ以上の大きさを誇っているようにみえる。

あまりに巨大なカニなので、日本のゴジラにあわせて「カニジラ」「クラブジラ」などと冗談で呼んでいるようだが、現在このカニの行方はなぜかわかっていないようだ。。

地元の人によると、「これはデマです。海の砂の形状がそのようにみえるだけでカニではありません」と否定しているとのことですが、現在発見されている最も巨大なカニは日本のクモガニで、体長3.6メートルほど。それを5倍以上上回るというから衝撃だ。
(略)

いや、砂の形がこんな風になると言うのであればそれはそれで大変な現象だと思うのですが、そもそも砂がこんなに立体的かつ複雑に造形可能なものでしょうかね?
ともかくもその真贋を巡って世界中で論争が勃発しているようですが、地元民ならデマでも何でも土地興しに利用するくらいの気構えはあってもよかったのでは?とも感じます。

今日のぐり:「麺や 廣(ひろ)」

倉敷市西部、新倉敷駅を中心とする玉島地区は「にぼし家」「あかり」「劉備」と名の知れたラーメン店が立地するなかなかの激戦区と言えますが、その駅前のショッピングモールの敷地内に最近出来たのがこちらのお店です。
今回が久しぶりかつ二度目の訪店で、しかし開店した折には塩ラーメンを売りにしていたように記憶するのですが、今見ていますと味噌や醤油がおすすめであるかのように書いてあるのはどういうことなんでしょうね?

担々麺など色々とあるようで、とりあえず比較的ベーシックそうな醤油ラーメン野菜盛りを頼んで見ましたが、野菜が倍という五目ラーメンなども惹かれるんですが前回食べた塩ベースのようなので今回パスさせてもらいました。
背脂トッピングされた見た目はちょっと尾道ラーメンっぽい雰囲気なんですが、スープも醤油ダレもそこまでの濃厚さはないあっさり系醤油ラーメンで、中細の麺も可もなく不可もなくと言うところでしょうか。
この野菜は全体のしゃっきり感はまずまずなんですが、野菜の種類による火の通りの違いがもうひとつ把握し切れていないんでしょうか、切り方などもう一工夫するだけでも違ってきそうに思うのですけれどもね。
炙ってあるチャーシューは厚切りで食べ応えはあるものですが味自体はごく普通で、しかし何か食べていてデジャビュを感じさせるこのラーメン、昔懐かしい町の中華料理屋のラーメンそのものじゃないか?と気がついたんですが、どうも近隣の老舗中華料理屋の系列店だそうで納得する味です。
このスープだったら醤油よりも塩の方がよさそうに思うのですが、そう考えると基本は塩と言うのはその通りで変わっていないと言うことなんでしょうかね。

集客力のあるモールの一角で駐車場も当然広々している、お向かいにはこの界隈では少ない食べ放題のお店も結構繁盛しているとなれば自然客入りはまずまず確保出来そうなんですが、さすがに近隣の有名店であるにぼし家には劣っているようで、切磋琢磨しながらがんばっていけばいいんじゃないかと言う気がします。
接遇面では以前の開店後早い時期と比べてもいまだにバイト感溢れていて手慣れてる感じではないですが、マニュアルなのかアドリブなのか顧客がトイレに行くとその分のオーダーを止めたりするのは面白いなと感じました。
ちなみにメニュー表示が外税だったので少し注意いただきたいと思いますが、しかし今後消費税がまた上がるとなるとこの辺りの表記の扱いは庶民的なお店ほど悩ましいところなんでしょうね。

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2014年11月 1日 (土)

確かにボタンが多いほど偉いわけでもないので

このところネットに絡んだ犯罪的行為の増加もあってその向上が求められているネットリテラシーと言うもの、正しい知識はネット利用を始める前からきちんと学んでおくことが必要なのかなと言う気がしますけれども、スマホ等の購入でネット入門~初心者世代に相当する人も多いだろう高校生を対象にした調査で、興味深い結果が出ていると言います。

ネットの利用時間が長い子ほど、ネットリテラシーが「低い」【総務省調査】(2014年10月26日タブロイド)

うわっ...私のリテラシー、低すぎ...?
総務省が子どものネットリテラシーを調査した、「平成26年度 青少年のインターネット・リテラシー指標等」を公表しました。こちらの総務省のページからご覧いただけます。
本調査は高校生3,672人を対象に、インターネットリテラシーの現状を調べたもの。インターネットリテラシーとは、ネットの適切な使い方を理解しているかや、ネットから必要な情報を取り出すことができるかといった能力のこと。

そんな調査の中に、一つとても気になる部分がありました。それは、「1日のインターネット利用時間が2時間を超えると、リテラシーが低くなっていく」というもの。
実際に、調査結果をご覧ください。
これは、一日のインターネットの利用時間と、リテラシーの高さを表した図。縦軸が利用時間を表し、横軸が長いほどリテラシーが高いということを表しています。
表によると、最もリテラシーが高いのは「1時間~2時間」で、次いで「1時間未満」です。2時間を超えた時点で、すでに1時間未満の利用よりもリテラシーが低くなっていきます。
特に、6時間以上利用する子どもは、リテラシーが最も低いという結果に。どうやらインターネットは、長時間使えばいいというものではないようです。
(略)

ちなみに元データの方は総務省のサイトから御覧頂くとして、高校生が一日に6時間以上もネットを使っていると言うとごく普通の学生生活に支障を来しそうにも思うのですが、いずれにしても正しい知識を持って正しい利用をしていただきたいと感じる話ですよね。
ただここで注目頂きたいのは高校生のスマホ保有率が今や9割にも達している、そしてネット接続の手段としてもスマホが8割と言う時代になっていることで、さすがに今どきの高校生が深夜のテレホタイムに自動巡回と言うこともないのでしょうけれども、これだけネットを利用していてもPCを利用する時間も保有率そのものも年々減少傾向にあると言う興味深い結果となっています。
その結果どういうことが起こってくるかと言うことなんですが、こちら今度は今どきの大学生の話なのですけれども、昔ながらのオールドユーザーにとっては何やらもの凄くストレスを感じそうな状況こそが今の若者達にとっては当たり前という、何とも不可思議なことになってきているようですね。

若者のキーボード離れ加速 レポート・卒論でフリック入力も(2014年10月21日NEWSポストセブン)

 スマートフォンの普及率が全世帯の62.6%となり、個人でみると20~29歳は83.7%になった。一方でパソコンの普及率はじわじわと減少し、20~29歳ではスマホを下回る78.8%だ(総務省「平成25年通信利用動向調査」調べ)。ふだん使う端末の影響だろう、若者は文字をフリック入力でつづり、キーボード離れがすすんでいる
 この現象は、偏差値60近い大学に通う学生でも事情は変わらない。
「同級生に、両手の人差し指でキーを探しながらキーボードをよちよち打っている人がいますよ。それでレポートも書いています。だからといってデジタル全般が苦手というわけじゃなくて、スマホだと両手でものすごく速くシュッ、シュッとやっているんです。そこまで極端じゃない人でも、私自身もキーボードよりもスマホのフリック入力のほうがラクですね」(都内の女子大学生)
 神奈川大学非常勤講師で情報処理を教える尾子洋一郎さんも、教え子たちは総じてキーボード入力は面倒だと話しているという。
「情報処理を履修している外国語学部の学生にアンケートをとってみたところ、iPadを持っている学生がレポートの仕上げまですべてフリック入力だけで済ませていました。全体的には、約15%がふだんからレポートの下書きやメモとしてスマホを使っていて仕上げはPCでというパターンで、他はキーボードを使っています。といっても、ほとんどの学生がキーボード入力が得意な訳ではないので、講義では4月にタイピングソフトでローマ字入力の練習をしています。また、自主的にタッチタイプ練習ソフトで日頃からトレーニングするよう指示しています。
 最近は、教員側が添付ファイルではなくメール本文でのレポート提出を指定するケースも増えてきていると学生から聞いたので、ますますキーボードではなくフリック入力ばかり使うようになるでしょうね」

 19世紀初期からタイプライター用には様々なキーボードが開発された。たとえばアルファベットをABC順に並べたり、母音だけを抜き出して列を分けたものがあったが、どれもあまり普及しなかった。しかし1872年にQWERTY配列キーボードが発表され、それを搭載したタイプライターが量産され広まったことをきっかけに、現在の形のキーボードが入力デバイスとして使い続けられている。
 しかし、スマホやタブレットの普及によって、この情勢は変わるかもしれない。Windowsが8.1からフリック入力に対応しているため、対応タッチパネル液晶ならPCでもフリック入力が可能になったからだ。また、Wi-Fi技術の広がりによっても変化がもたらされそうだ。
「大学のプリンタがWi-Fi対応したら、PCを経由させずともスマホやタブレットだけで印刷ができます。きっと近い将来、フリック入力だけで卒論を仕上げる学生が出現すると思いますよ」(前出・尾子さん)
 2008年にiPhoneが採用したことで広まったフリック入力だが、日本語入力にとって便利というガラパゴスな機能でもある。かつてキーボードでは日本語にとって便利な親指シフトがあった。しかし現在では、かな入力をする人が激減したこともありすたれてしまった。
 かな入力そのものは今でも可能だが、スマホ世代の若者はローマ字入力しか使わない。スマホで爆発的に普及したフリック入力は、果たして10年後にも生き残っているだろうか。

日本語入力のためには現在の英字キーボードは必ずしも最適なものではないのはローマ字入力に要する手数の多さを見ても判るもので、記事にもあるように実質親指シフトが消えた今の時代にはこれがベストと言うことはなかなか言えなかった中で、意外な方向から意外な伏兵が現れてきたと言うところでしょうか。
入力方法自体は慣れの問題が大きいので好きなやり方でやっていただけば構わないと思うし、確かにスマホだろうがPCだろうが共通の入力方法が使えた方が習得スキルが少なくて済む分有利と言う理屈は判るのですが、現状ではスマホの小さい画面では文章全体の閲覧性が低いことから長文入力にはなかなか難しいところもあるんじゃないかなと言う印象を抱いています。
お隣韓国では漢字教育が廃止され日本語で言うカナに相当するハングルだけを使用するようになってきた結果、古くからの文献が読めなくなるとか同音異義語の区別に苦労すると言った実際的な問題に加えて文学畑からも作家の文章力が落ちた、幼稚になったと言う批判もあるそうですが、日本においてもワープロ普及期において様々な文章的特徴を取り上げ批判されたように、書く方法論の違いは文章に出るのだと思います。
特に昨今では予測変換がどんどん進歩してもはや自分が書いているのか機械が勝手に書いているのか判らない、などと自虐的に語る人も出ているようですけれども、一方ではケータイ小説などと言われるように入力手段の制約から来る特徴を積極的に活かした新たな文学作品も生まれてきているわけで、音楽で言えば楽器が年々進歩し音楽も変わっていくのと同様別に否定的に捉える必要もないのかも知れません。
いずれキーボードと言う入力手段もダイヤル式電話のように「これどうやって使うの?穴を押したらいいの?」と歴史的遺物扱いされるのかも知れませんが、いまだにキーボードの入力のしやすさがPC購入の大きな要件になっている旧世代の人間からすると、普段使いはスマホのフリック入力でもキーボード川柳の味が判る程度には古い伝統にも触れてみてもらいたいと言う気はしますけれどもね。

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