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2014年10月 4日 (土)

何事も言うだけなら簡単ですが

個人的には芸能情報の類には全く興味がないもので聞き流しているのですが、テレビのワイドショーの類では年中誰と誰がくっついた式の話を飽きもせずに放送しているようで、もちろん社会的に相応の需要があるからこそ放送しているのだと言えばその通りではあるのだと思います。
一方では社会全体として個人情報保護と言うことがこれだけ言われる時代で、他人のプライバシーを暴くことには基本的に反対の論調を取っているはずのマスコミ諸社がパパラッチのような行動を取っていることに奇妙な感を抱く人も少なくないと思いますが、先日SNSを介してこんなやり取りがあったのだそうです。

芸能リポーター・井上公造氏がTwitterで怒り爆発 「他人の仕事を否定する権利なんて、誰にもない」(2014年9月25日トピックニュース)

25日、芸能リポーターの井上公造氏がTwitterで怒りをあらわにした。

井上氏が怒るきっかけとなったのは、あるTwitterユーザーの投稿。このユーザーは「他人のプライベートや気持ちを勝手に解釈して報じるなんて本当に卑劣な仕事ですね。他人の恋愛観や結婚観なんてほっとけ見苦しいし目障り」と、井上氏に対して激しい非難の言葉を浴びせていた。
すると、井上氏はこれを引用し「ちゃんと名前を名乗ろうよ!ネット書き込みだけじゃ、全く説得力ないよ」と投稿。相手が匿名であることを挙げて反論した。
続けて「匿名で批判するなら、誰でも出来る。そもそも、他人の仕事を否定する権利なんて、誰にもない。必要とされない職業だったら、需要がなくなるはず」などと持論を展開し、怒りをあらわにした。

また、同じTwitterユーザーが「低俗なゴシップにこそ名前や情報源を明らかにすべきだと思いますが」とコメントすると、井上氏は「イメージじゃなく、もっとマスコミのこと、勉強したらいかがですか?情報源を明らかになんて言ったら、笑われますよ。裁判になっても言わないのに!」などと反論。
その後も、井上氏は「そもそも、芸能は格下と言う考えが差別です。政治、経済、社会ネタ、スポーツも含め、全て同じステージに立っています。」「取材源の秘匿の意味が分からないのですか?はっきり言えるのは、SNSでも名誉毀損は成立しますから」などと、激しいやり取りを繰り広げた。

ちなみに名誉毀損が成立する条件として事実であるかどうかは問うところではないのだそうで、早い話がブタに向かって「おいこのブタ!」と言っても名誉毀損になる余地はあると言うことらしいですね。
実際のやり取りを見ますとかなりヒートアップしているようではあるのですが、職業的犯罪者なども当事者的には需要があるからこそやっていると言う言い方は出来るわけですから、「需要がある=必要な仕事」と言うのは社会における業務の必要性を考える上ではあまり意味のある反論にはならない気がします(だからと言って、芸能リポーターの存在意義が直ちに疑問の余地なく否定されるものでもないのは当然ですが)。
純粋に議論としてはいささかかみ合っていないのは双方の目的としているところが違っている以上仕方がないところなのですが、ここで注目すべきなのは他人のプライバシーを暴く職業と言うものが世間からは(控えめに表現しても)好ましい存在とは思われていないと言う事実であり、そしてそれに対して当事者達はそれなりの職業的使命感と誇りを持って仕事を行っているらしいと言うもう一つの事実だと思いますね。
職業に貴賎なしと言う言葉もあり、社会的に嫌われていても重要な仕事など幾らでもあるわけで、所属組織から何らかの業務担当を命じられた当の本人がその業務に従事すること自体を恥じる必要は全く無いし、末端の当事者個人を批判しても仕方がないとは思いますけれども、多くの第三者にとっては井上氏が組織人を離れて一個の人間としてこの種職業の存在をどう考えているかを知りたかったんじゃないかなとも感じます。
ともかくも個人攻撃は有害無益としても、社会的に相応の批判を受ける業務を命じる組織の側に対してはそれなりに批判もあってしかるべき場合もあるはずですが、前述のようなマスメディアのプライバシーに対する相矛盾するように見える立ち位置と言うものについて、先日週刊誌にこんな記事が出ていたことを取り上げてみましょう。

悪人はさらし者」社会でいいのか 神戸女児遺棄事件を前に(2014年9月28日newsポストセブン)

 人権がいとも簡単にないがしろにされているのではないか。フリー・ライター神田憲行氏は「当たり前のことを主張するのに勇気が要る社会」という。
 * * *
 神戸市長田区の女児に対する殺人・死体遺棄事件は衝撃を多くの人に衝撃を与えた。わずか6歳の小さな女の子の遺体を切断して無造作に捨てるという犯人の所業に、極刑を望む声がネットで目に付いた。極論を煽って注目を集めるのは一部の人の「楽しいネットライフ」なのはもう知っているのでいまさらナイーブに反応はしないが、ふと、亡くなった私の大学の先輩を想い出した。今から10年以上前の昔話になるが、少し付き合っていただきたい。

 先輩はとある事件の被告人の弁護人をしていた。大勢の人が死んだ有名な事件だ。まず事件が起きた地元の弁護士会が中心になって弁護団をまとめ、先輩は地元ではなかったがマスコミ対応が上手かったので、そのスキルを買われて弁護団に参加した。
 マスコミ対応の弁護士だからメディアの窓口になる。しかも被告人が容疑を否認していたので、メディアが少しでも被告人を犯人扱いしたり、事件と関係ない被告人の家族を取材しようとすると、先輩は粘り強くひとつひとつに強く警告を出していった。「大悪人をかばう弁護士」というわかりやすいレッテルを貼られた。事務所員の女性が外に出た途端、フリージャーナリストからバシャバシャと写真を撮られて、先輩が取っ組み合いをしたこともある。
 しかし先輩がいちばん憤ったのは、メディアの取材ぶりではなかった。ワイドショーのコメンテーターに出演していた弁護士が「被告人はかなりの保険金を入手していますから、弁護士もそれが目当てでしょう」と言い放ったことだった。
 その事件では先輩も弁護団も、手弁当で参加していた。「保険金目当て」で弁護を引き受けるなどとは誤解も甚だしい。人権の基本をないがしろにする発言が同業の弁護士から出たことも許せなかった。
 凶悪事件が起きると、逮捕された容疑者・被告人に対して、「奴等を早く吊せ」と叫ぶ人たちから「石」が投げつけられる。その家族にも石が投げられる。弁護する弁護士にも石が投げられる。その石が弁護士からも投げつけられた。

 今回の神戸の事件に戻る。事件に関して流れてくるツイートを見ていて、ショックなものがあった。今回の事件で逮捕された容疑者の名前が最初匿名だったことに対し、若い新聞記者の方が、
このような凶悪な事件の場合は、加害者の名前を出すべき
 といった趣旨のことをツイートしていたからだ。容疑者の名前が当初伏せられたのは、その責任能力に疑問があったからだろう。それを踏まえてもなお記せという。そこにあるのは犯罪報道おける実名主義という報道の考えではなく、「悪人」をさらし者にせよという報復感情だけである。
 先輩はいわゆる「人権派弁護士」ではなかった。
「神田、自分が食えへんかったら、困ってる人も助けられへんでぇ」
 といって企業の顧問弁護士も普通に受けていた。ただ「法治主義」「推定無罪」という当たり前の原則を法律家の立場から貫こうとしていただけだ。
 あれから10年以上たって、原則はさらにないがしろにされている
 憲法で保障された生活保護制度を問題にする政治家がいる。路上で警官隊に守られながら在日韓国人の方々に差別的言辞を弄する集団がいる。私はヘイトスピーチを非難するツイートをして、集団と意見を同じにする人々からしつような罵倒のツイートが飛んできた経験が何回かある。職業柄私はそういうものには馴れているが、そうでない人々に萎縮効果を与えるだろう。
 いつのまにか私たちは「人権を守れ」という当たり前の主張をするのに、勇気が要る社会にしてしまった。

改めてこの記事が掲載されたメディアの何たるかに関して説明する必要もないとは思いますけれども、同誌に限らずその取材行動に当たってこれまで必ずしも人権に十分配慮してきたとは言えないことは明白であり、それに対して前述の井上氏よろしく「社会が必要としているから報じているのだ」式の自己正当化をしてきた経緯があると言う点には留意が必要かと思いますね。
一般的にはこうした記事の場合「お前が言うな」だとか「掲載メディアにまず文句を言え」と言われるところですが、記事の内容自体はまことにもって正論ごもっともと言うしかないものであるし、だからこそ同誌としてもこの記事を掲載したのだと思いますけれども、それ故「被災者に無遠慮にマイクを突きつけたり政治家に罵詈雑言を投げつける同業者達にも同じように批判してみたらどうだ」などと言う批判が出てくることもこれまたごもっともではあるでしょう。
マスコミ各社ももちろん鉄壁の一枚板と言うわけではないはずで、世間一般に照らして想像するならばある個人の仕事ぶりを別な個人は徹底的に嫌っている、ある部署の業務内容を他の部署が苦々しく思っていると言うことは当たり前にあることではないかと思いますが、では外部の誰かを批判する前に内部の問題をどれだけ自己批判してきたのか?と言えば、先の朝日新聞の問題などを見ても甚だ不十分としか思えませんよね。
そしてそうした自己批判の欠如、不徹底について他者におけるそれは日々厳しくバッシングを展開してきた身である以上、自らも他者から同等の基準によって批判を受けるのも当然だと思うのですが、冒頭の芸能レポーターのヒートアップぶりを見る限りでもどうやらメディアの中の人はバッシングされ慣れていない、そしていざバッシングを受ける側になると事の是非よりも自己弁護を優先し、彼ら自身が日頃批判する反省のかけらもない悪い当事者そのものの振る舞いになっていると感じます。

戦後民主主義日本においてマスコミと言う存在は第三の権力と言われるほど強化され、そして他の権力と比べても他者による批判や攻撃から最も遠い位置にあったと言えると思いますが、外部から見ると何が良いか悪いかは我々が決めると言った高慢な態度が鼻につく場合も少なくなかったとも言えます(もっとも羽織ゴロと言う言葉もあるように、こうした態度自体は別に戦後に出てきたものではありませんが)。
マスコミの「他人を一方的に攻撃できるが自らは攻撃されない」と言う特権的立場に関してようやくネットと言うもう一つの対立軸が顕在化してきたのがたかだかこの10数年のことですが、業界として正常化を図っていくには今後他人をバッシングする者は自らも同様のバッシングに晒される可能性が常にあるのだと言う当たり前の社会常識を、理念だけでなく経験によっても身につけていく必要があるんだと思いますね。
朝日事件の当事者を始め業界の内部改革の必要性を説く声は相応に聞こえてきていて、それがどの程度進んでいるかを見る一つの目安として同業者相互の批評批判とそれを受けての改善と言う地道な作業がどれだけ活発に行われるかが挙げられると思いますが、医療におけるアクシデントレポートや症例検討の類がそうであるように、検証と改善の手順が定着し実あるものとなるには相応の年月が必要にはなりそうです。

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コメント

 あらゆる分野のオタクのオアシスともいえる神保町の書店・書泉グランデで「表現の自由」をめぐる騒動が勃発し、注目を集めた。

 書泉グランデは、神保町と秋葉原に店舗を持つ有名小売り書店・株式会社書泉の一角を担う店舗だ。
その中でも書泉グランデは、鉄道・車・バイク・格闘技など、あらゆる分野のマニアックな本が揃う書店として知られている。
2011年にアニメイトグループに買収されてからしばらくは棚に混乱も見られたが、現在はそれも落ち着き、マニアな情報を得るには欠かせない書店として継続しているのである。

 そんな書店での騒動のもとになったのは、公式Twitter(@shosengnd)でのツイートだ。

 9月23日、このアカウントで「在日特権を許さない市民の会」の会長として知られる桜井誠氏の著書『大嫌韓時代』(青林堂)を紹介する
「隣国が嫌いな方、なぜ嫌われているのか気になる方や、植民地支配、戦勝国気取り、領土問題、反日、それらについて疑問をお持ちの方にオススメ」という投稿がなされた。

 ところが、このツイートに対して「レイシズム本を肯定的に宣伝した」などという批判が殺到。
同社は当該のツイートを削除すると共に謝罪に追い込まれたのである。

 書店が入荷した書籍の内容紹介をTwitterで行うのは、ごく当たり前に行われていること。
ところが、今回の騒動ではそれ自体が批判を浴びているというわけだ。

 Twitterなどでは書泉グランデへの批判を支持し「レイシストを支持する書店は利用しない」など、同書店自体への不買運動を呼びかけるツイートが多数ある。
ところが、これが「表現の自由」に関わる由々しき問題だと気づく人は少ない。
「反ヘイトスピーチ」の側からすれば、桜井氏の著書を「許せん!」という気持ちがあることも理解できる。
しかし、自身の気に入らない表現に対して、流通サイドに圧力をかけてその存在を潰していくという手法には疑問を感じざるを得ない。

 気に入らない本を売っている、それをオススメしているからと書店に抗議していれば、いずれは泥仕合になるのがオチである。
現在、書泉グランデは、新左翼関係の書籍も多く販売していて、革マル派系のこぶし書房が出版している「こぶし文庫 全60巻完結 記念フェア」を開催中だが、
革マル派の本を売っているからといって、対立する中核派やら解放派やらが抗議したという話は聞かない。

「反ヘイトスピーチ」を主張する人々は、昨年来「ヘイトスピーチ」の法規制を主張していた。
これは、やがて「ヘイトスピーチ」の枠を超えて「表現の自由」を縛る法律になるという指摘は、早い時期からなされていた。
しかし、彼らはそうした批判をまともに取り合おうとしなかった。その結果、現在、政府与党が進める法規制は「表現の自由」を縛るものになろうともしている。

 こんなことを何度繰り返せば気がすむのだろうか?

http://otapol.jp/2014/10/post-1676.html?utm_source=nikkan&utm_medium=tab&utm_campaign=ctr

投稿: | 2014年10月 4日 (土) 07時54分

李信恵 @rinda0818
差別や差別扇動に加担したから、抗議されたんでしょ?
薄っぺらい謝罪だな。差別に加担しない書店になりますって言えばいいのに。
弊社ツイッターアカウントにご意見をいただきました件につきまして
NEWS http://www.shosen.co.jp/news/2014/09/entry_3244/
https://twitter.com/rinda0818/status/515492566565797889

桜井誠 @Doronpa01
しばき隊による出版妨害について所轄署から書店に警察官が派遣されました。
出版側も威力業務妨害でしばき隊に対する被害届を提出する構えです。
ただこの騒ぎでamazonなどにおける拙著の売れ行きが格段に伸びており
ベストセラーランクキングが上がっていました。人間万事塞翁が馬と言いますが…
https://twitter.com/Doronpa01/status/515432517168402432

投稿: | 2014年10月 4日 (土) 07時59分

刑罰って大衆がすっきりするためのものって側面はあると思う
裁判員裁判だって文句言うならお前ら自身納得出来る判決出してみ?ってことでしょ

投稿: 独楽 | 2014年10月 4日 (土) 10時16分

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