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2014年8月21日 (木)

亡くなり方はもっと多様であっていい(ただし、なるべく安価である限り)

死亡診断書に記載する死因と言うものに関連して内科医の酒井健司氏が先日こんなことを書いているのですが、御覧になりましたでしょうか。

老衰による死亡が増えている(2014年8月18日朝日新聞apital)より抜粋

(略)
さて、実は今回も死因統計の話です。前回提示した「主な死因別にみた死亡率の年次推移」のグラフには、老衰による死亡は含まれていません。死因統計の数字は政府統計ポータルサイト( http://www.e-stat.go.jp )などで発表されていますので、老衰による死亡率の年次推移のグラフを自分で作ってみました。なかなか興味深い結果となりました。

戦後、老衰による死亡率は下がり続けました。医学が進歩して他の病気で死ににくくなると老衰死は減るような気がしますが、実際には違います。死因統計は医師が書いた死亡診断書もしくは死体検案書から作られます。昔なら老衰とされていたような死亡が、診断技術が進歩することでなにかしらの病名がつき、結果として統計上の老衰死は減ります

ところが2000年ごろから、じわじわと老衰の死亡率が上がりはじめます。個人的な推測にすぎませんが、死生観の変化が反映されているのではないかと考えます。一昔前は長生きこそが第一で、食事が入らなくなれば胃瘻造設、呼吸状態が悪くなれば人工呼吸と、高齢者に対しても積極的な治療を行う傾向がありました。死を避けるために、検査を行い病名をつけていました

しかしながら長生きだけを目的としない死に方だってあるはずです。たとえば、在宅でのお看取りでは病院よりも老衰とされることが多いでしょう。平穏死という選択肢が知られるようになり、患者さんやご家族、あるいは医療従事者の意識が変わることで、老衰死が増えたのではないでしょうか。
(略)

確かに一昔前には新聞のお悔やみ欄などでも老衰で亡くなったと言う話はまずもって見かけなかった気がしますが、20世紀末には人口10万人あたり20人以下と言うのですから確かにそれはレアケースだろうし、増えたと言っても未だ10万人あたり100人にも満たないと言う水準が妥当なのかどうかですね。
先日もお伝えしましたように国は都道府県に適正な医療費支出の目標額を設定させ本格的に医療費削減を図り始めたと言うところなんですが、一般的に医療費削減政策と言えば医療現場からの反発が強くなる中で、関連学会が治療差し控えや撤退を認めるガイドラインを策定するなどむしろ積極的に抑制的な医療を推進しようとしているのが高齢者終末期医療と言えるでしょう。
最近は大手コンビニまでもが介護サービスに進出するなど介護領域のさらなる充実が図られている一方で、いよいよと言う時になれば徹底的な延命を図るよりも妥当な範囲で静かに看取るべきではないかと言う考えが医療現場にも国民の間にも根付き始めた結果の老衰死増加だと言えそうですが、高齢者に限らず終末期と言えば直接命がかかっている瞬間ですからその気になれば幾らでも濃厚医療を行う余地はあるわけです。
いわゆるホスピスのような終末期の看取り専門の対応を行う施設もまだまだ十分に滲透しているとは言えない中で、「人の命は地球よりも重い」を合い言葉にひたすら積極的に対応するばかりでなく、引くべきところは引くと言う看取り方をどこまで広げていくべきかは未だ試行錯誤の段階ですが、当然ながら国もこうした方向性は財政上ウェルカムだと言うことで制度的に後押しをする方針であるようです。

終末期医療、“モデル医療機関”を選定- 厚労省、21日に事業説明会開催(2014年8月18日CBニュース)

厚生労働省は18日、「人生の最終段階」にある患者の意思を尊重した医療体制整備事業を行う“モデル医療機関”の選定結果を公表した。終末期医療の課題検証や実施体制の整備を図るのが目的で、全国の医療機関を対象に参加を募っていた。72の医療機関から事業計画書の提出があり、評価委員会が審査した結果、10の医療機関が選ばれた。【新井哉】

終末期医療をめぐっては、2007年に厚労省が「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を公表しているが、「十分認知されていない」と周知不足を指摘する意見もあった。今年3月に厚労省の「終末期医療に関する意識調査等検討会」がまとめた報告書でも、「ガイドラインの普及や活用が不十分」として、医療機関内に複数の専門家で構成する委員会を設置し、医療福祉従事者の活動を支援する必要性を提示していた。

こうした指摘などを踏まえ、厚労省は“モデル医療機関”に相談員を配置し、患者の相談支援や関係者の調整を行うことで、課題の検証や問題点の改善を図る事業を立案。選定基準として、▽看護師や医療ソーシャルワーカーなどの相談員を1人以上選び、国立長寿医療研究センターの相談員研修に参加させる▽相談員が積極的に活動できるよう環境整備に努める▽相談支援は相談員を中心に医師を含む多職種による医療・ケアチームで実施する―などを挙げていた。

厚労省は今月21日、今回選定された医療機関を対象に事業説明会を開く予定。また、医療機関の相談員を対象に22、23の両日、臨床における倫理の基礎や合意形成を行う際の手順などの講義や、治療の開始や終了などについて話し合うロールプレイを実施するという。
(略)

もちろん終末期の対応方針については医師や患者、家族それぞれに考え方があることですし、当面はそうしたものを相互にすり合わせる作業を地道に繰り返しながらやっていく必要がありますが、特に家族にしてみれば医療の素人でもあり身内とは言え他人の命の行方を左右する決断になるわけですから、世間の意識変化の推移を見ながら何年、何十年もかかって少しづつ行動パターンが変化していくことになるでしょう。
ただ、やはり現場の医療従事者としてはどういう時に手を引いてよいのかと言うことが最も気になるところで、未だにしばしばあることですが本人は元より長年熱心に側についていたご家族の方々とも十分に話し合って自然な看取りの方針を決めた、ところがいざその時も間近になって突然現れた遠い親戚から「何故こんなになるまで放置していたんですか!ちゃんと治療してください!」なんてことを言われると言う話はままあると言います。
また先日は心筋梗塞による心停止から実に82分たって後遺症なく回復したと言う症例が報道されていて、転院搬送中の救急車の中と言う好条件があったとは言え国内最長例ではないかとも言われていますけれども、こういう事例が大々的に報道されると心マはいつまでやるべきか、やめた後で家族から「回復したかも知れないのに」と突っ込まれるのではないかと迷いも出てくるかも知れません。
その意味で医療側にしてもエヴィデンスの蓄積と言いますか、権威ある他施設ではこういうことをやっていると言う実績があれば大いに助かるのは事実でしょうが、一般論としてこの種のモデル事業が末端現場に広まるためには記事にもあるような各種課題を解消する新たな手間ひまをかけるのに見合うだけのインセンティブが必要になるかと思います。

その点で一般に濃厚医療と言うものは非常に高額な医療費がかかることが知られていて、当然ながら出来高算定をすれば大きな収入にもなるわけですから施設を経営する側とすれば旨味がある、一方で現場スタッフにすれば多大な労力をかけて無意味な濃厚医療はしたくないと言う気持ちもありと、動機付けと言う点から見ると医療側の足並みは統一されていないとも言えます。
国が医療費削減と言う観点からも濃厚医療をなるべく減らしたいと言うことであれば、両者の意志統一のために何らかの代替収入源を用意すると言うのが手っ取り早い道と言うことになりますが、患者の家族にしてみれば何も治療らしい治療をやってもらっていないのに高い料金だけ請求されるのでは釈然としないはずですから、この辺りはやるにしてもどういう方法で代償していくのがいいかですよね。
もちろん濃厚医療をしていないからと言っても十分な苦痛緩和や手厚いケアはするわけで、本来的には医療と言うものは薬代処置代ではなく人の手による行為に対してお金をいただくのが筋なんだろうとも思うのですが、この辺りは長年ヒトよりもモノに対しての評価に偏ってきた診療報酬体系全般に関わる制度的課題でもあるし、「サービス=タダ」と言う認識の日本社会では患者家族も含めた国民意識の変化も必要となるでしょう。
ただつい数十年前まで医者を呼ぶのは看取りの時だけなんてことが普通に行われていたものが、安価な国民皆保険が成立してから今度は脱・スパゲッティ症候群などと叫ばれるようになるまで何年だったかと考えると、数世代百年単位で待たなければ国民意識は変わらない、などと言うことはなさそうな気がしますね。

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コメント

担当医がきちんと話をすすめてても当直医に伝わってないってときが困るんですよね。
DNRだとかの基本的な方針はひと目で誰にでもわかるようにしとくべきです。

投稿: ぽん太 | 2014年8月21日 (木) 08時59分

無意味な濃厚治療をやめるために代替収入源を用意するんじゃ支出は変わらないじゃん
そのまま濃厚治療やっとけばいいんでない?

投稿: | 2014年8月21日 (木) 10時33分

>無意味な濃厚治療をやめるために代替収入源を用意するんじゃ支出は変わらないじゃん

本来的にはその通りなのですが、厚労省の過去のやり方からするとまずは同等の収入を保証しながら診療の動向を変えさせた上で、その後次第に報酬を絞り込むと言う方法論が予想されます。
濃厚医療を廃止することで平均在院日数やスタッフの人件費は圧縮されると予想されますから、そちらのメリットと相殺でどれくらいのインセンティブを用意すべきかが今後の検討課題でしょうか。
ただ現場で働いているスタッフにしろ患者家族にしろ本音の部分では無駄な延命医療はしたくないと思っている人がかなり多そうですので、長期的にはいずれにせよ自然な看取りが増えていくんだろうとは思いますが。

投稿: 管理人nobu | 2014年8月21日 (木) 11時09分

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