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2014年8月15日 (金)

日本の某業界標準?の斜め上過ぎるやり方

もはやお約束の定番と言うのでしょうか、ベルギー在住で通訳業の傍ら日本のテレビ局取材に同行する機会も多いという栗田路子氏から先日こういう記事が御覧になったでしょうか?

取材された難病少年も静かな怒り、日本の海外ロケの無茶(2014年7月15日朝日新聞WEBRONZA)

 「ぼくは世界中のドキュメンタリー番組で人生を語ってきた。ベルギー国内5回、フランス2回、ドイツ2回、イギリス1回、そして日本2回。たいがい楽しくやったけど、日本の取材班にだけはほとほと困らされた」。世界でも希な難病を患うベルギー人少年ミヒル君(15才)は、昨年出版した自著の中で、日本からの取材班がいかに虚構を描こうとするか、静かな怒りを込めて書き綴っている
 筆者も、テレビ番組取材のためのリサーチやコーディネートを請け負うことがあるが、そのあまりに身勝手で無謀なロケに閉口することが少なくない。そのやり方は、他国の取材班と比べても、極めて独特であり、現地社会で顰蹙を買う場合も多い。何がミヒル君を困らせたのかを検証しながら、海外各地のコーディネータ仲間、そして筆者自身の経験と照らし合わせて、日本の海外ロケの問題性を明らかにしてみたい。

■「それは僕の顔じゃなかった」

 ミヒル君の病気は、全身の老化が異常に早く進行してしまう早老症疾患『プロジェリア』だ。世界で確認されている存命患者数は40名ほど。平均寿命が13才位とされること、また、ミヒル君の家族では兄妹で揃って罹患していることなどからメディアの注目を浴びてきた。
 日本からのテレビ取材を受けたのは2009年のこと。取材当時、平均寿命とされる13才にそろそろ近づこうとしていたミヒル君を前に、カメラは『死の影に怯える悲壮な少年と家族』を描こうと必死だった。サッカー選手になりたいという将来の夢を語らせておいて、「でも、君に未来はないよね」と声をかける。それでも涙を見せないミヒル君を、とうとう祖父の墓まで連れて行き「もうすぐ、君もここに入るんだね、大好きなおじいちゃんに会えるね」とたたみかける
 ミヒル君はこう回想する。「ぼくの目に涙が出てきたら、彼らはズームアップして撮った。その顔を後で見たけれど、それは僕の顔じゃなかった」と。ミヒル君の父親はとうとう爆発し、「もう止めだ。偽りの姿を見せたくはない。私達家族は悲嘆に打ちのめされているわけではない。それが気に入らないなら、荷物をまとめてさっさと帰ってくれ」と叫んだという。
 ここで浮き彫りにされている問題は、筆者も度々直面することだ。高視聴率を得るためのテーマや映像を安直に求めすぎるのだ。日本のテレビ界では、番組は質的評価よりも、視聴率という量的尺度が一人歩きしている。衝撃的な映像や大音響を盛り込めば、無計画にチャンネルを変える手が留まりやすくなるので数値が上がる。社会問題など映像や音声的には単調でも「知らせるべきこと」を掘り下げるような番組は、企画が通りにくく予算が付かない、と、ある制作関係者がこぼす。
(略)
 でたらめのヤラセとは言わないまでも、「行き過ぎた演出」がまかり通るのはいかがなものか。日本の制作陣は、ロケ地に入る前に日本で入手できる情報を基に、制作会社と局(時にはスポンサーも交え)で徹夜の会議を重ね、シナリオをガチガチに固め、それにピッタリはまる映像とコメントを撮りに来る。限られた予算と日程の中で手っ取り早く撮ろうとするので「ドキュメンタリー」とは名ばかりだ。

■台本ありきで手っ取り早く

 「お土産なんか買いに行くことはない」というミヒル君をショッピングに駆り出し、普段はしないパパの出勤お見送りを小さな妹とともにやらされたという。筆者の経験したケースでは、取材を受けた大学教授が、求めている発言が出てこないと苛立つディレクターに対し、「台本があるなら、役者にその台詞を言わせればいい。私は役者ではない!」と怒鳴ったことがある。また、質問への答えが5年前の雑誌インタビューと異なっていると文句を言われた著名チェロ奏者は、「私は生身の人間で、過去とは人生観が変わって当然。あなたたちは、今の私を描きに来たのではないのか?」とあきれ返った
 ミヒル君のケースであからさまなのは、人道や倫理の意識の乏しさだ。ミヒル君に涙を出させるためには手段を選ばない。筆者はこれまでに、幼い子ども、病気や障害を持つ人、性志向上の少数派などの取材にも関わってきたが、制作側の勝手な都合で早朝や夜中まで長時間取材を続けたり、番組の本質に無関係なデリケートな質問を興味本位で繰り返したりと、人間性を疑いたくなるようなことも少なくなかった。
(略)
 諸外国のテレビ取材もみんな同じようなものなのだろうか――EUやベルギーの公的機関のプレス担当に尋ねてみた。日本の取材陣と他国の大きな違いは、流暢ではなくとも意思疎通に充分な英語ぐらいはできること。「あなた達のような通訳からパシリまで何でも丸投げできるコーディネータなんて存在しないから、自力でなんとかしてますよ」と苦笑された。ホテルや食事代は徹底してケチるそうだが、抜け目なく辛抱強く取材の瞬間を狙うという。「やり直し」は利かない真剣勝負と心得ているからだ。
 難病を負って生きる15才のミヒル君の人生には「無茶」は利かないし、「やり直し」ができるわけもない。研ぎ澄まされた冷静な洞察力をもって一分一秒を大切に生きるだけだ。著書の中にネガティブな文言はほとんどないだけに、日本の取材班について滲み出る不快だけが異様に目立っている
 日本の海外番組制作者はこれを真摯に受け止め、海外ロケのあり方を見直すべきではないか。そう痛切に感じている。

この種の事例として記憶に新しいのは先年のニュージーランド大地震で下肢切断の大怪我を負った少年に対する失礼極まる取材であったり、負傷者が収容された現地病院に無断侵入して写真を撮りまくったりと言った傍若無人な日本マスコミ陣の振る舞いで、現地はもちろん世界各国のメディアにも取り上げられ「日本のマスコミ魂ここにあり」と大いに名をあげた(あるいは下げた)ことは周知の通りですよね。
先日は長くテレビ朝日の報道番組に出演し近く降板するとも噂されている某キャスターが様々なぶっちゃけ発言をしたと報じられていて、自らも関わった報道の世界に関して「世の中ってうそ八百で成り立ってるし、ホントのところは新聞も雑誌もテレビも伝えない」「ほとんどがお約束で成り立ってるわけですね。完全にプロレスです」などと「放言」し世間から「お前が(r」の大合唱で迎えられたこともありました。
要するにさすがに中の人としても部分部分としては問題意識は持っている、しかし結果として見れば全く自浄能力と言ったものが働いていないようだと言う推測が出来ると言うことなのですが、それではその根本的原因がどこにあるのか?と言うことを考えるとやはり「中の人の常識は世間の非常識」と言う部分に尽きるのではないかと思わされるのが、先日テレ朝が打ち出したこんな方針です。

テレ朝動画投稿サイトの利用規約酷すぎる 謝礼ナシ、「賠償義務あり」にネットで「大炎上」(2014年8月12日J-CASTニュース)

   テレビ朝日が始めた動画投稿サイト「みんながカメラマン」の利用規約が酷すぎるとネットで「大炎上」中だ。
   2014年8月11日からスタートしたこのサイトは、視聴者が事件や事故、ハプニングなどを撮影した動画や写真を投稿し、テレ朝はそれを自社のニュース番組、ネットニュースなどでも使用する、という仕組み。採用されても謝礼はなく、そのうえ映像に対する苦情やトラブルが起きた場合は投稿者自らが対応しなければならない。さらに、テレ朝に何らかの被害が出れば投稿者に賠償させる、というものだ。

著作権について「投稿者は一切の異議を申し出ないものとします」

   「あなたが撮影したニュース映像を、ぜひテレビ朝日に送ってください」――そういう呼びかけで始まった「みんながカメラマン」。視聴者参加型の企画で、事故や事件など偶然その場にいなければ撮影できないスクープ映像や、ハプニング映像をニュースなどの番組に生かそうという取り組みだ。しかし、この企画が始まった11日、利用規約を読んだ人たちから驚嘆の声が挙がることになる。あまりにも「ふざけ過ぎている」内容であり、「怖くて使えない」というのだ。
   問題になっている利用規約にはこんなことが書かれている。まず、撮影から投稿までにかかる費用は投稿者持ちで、仮に動画などが放送やインターネット、出版などに使われても報酬は発生しない。また、投稿動画などはテレ朝が自由に編集・改変することができるし、著作権に関しては「投稿者は一切の異議を申し出ないものとします」と書かれている
   これだけでは終わらない。投稿データの利用によって投稿者に損害が生じてもテレ朝は一切の責任を負わないとし、

    「投稿者は、投稿データの利用に関して第三者からテレビ朝日に何らかの異議・請求等があった場合、テレビ朝日からの要求に従い、投稿者の責任と費用において解決します。また、投稿データの利用が第三者の権利を侵害したとして、テレビ朝日が損害を被った場合は、これを賠償します」

というのだ。

投稿者を一切守らないというのがジャーナリズムなのか?

   他のキー局の動画の投稿を求めるサイトはどうなのだろうか。フジテレビなどの利用規約を見てみたが、投稿者に問題の解決を求めたり、賠償請求したりすることはないようだ。
   ネットではテレ朝の利用規約を読み、怒りを爆発させる人が続出し「大炎上」している。

    「恐ろしいなこれ」
    「トラブル時に責任を押し付ける規約。こんな規約今まであった?」
    「テレビ局側は投稿者を一切守りません、ってのがジャーナリズムなんか?保身しか考えてないだろって印象」
    「もう朝日グループに常識もとめるのが無駄だろ」

などといった意見が出ている。
   ネット上の批判をどう受け止めているのか、テレ朝広報に問い合わせているが返事はまだ来ていない。
(14年8月12日19時15分追記)テレビ朝日広報部から、「当社投稿サイトについて様々なご意見があることは承知しております。現在、投稿規約の改訂を行っております」との回答を得た。

まあ昨今何をするにも分厚い契約書の類がついてくることは世の習いと言うものですし、特にPC関連のものなど使用許諾内容などを見てもよく見てみればあまりに腹立たしいことばかり書いてあるものなんですけれども、さすがに天下のテレビ局としてあまりに小さいと言いますか、一般常識的には提供された映像を利用させていただく側としてどうなんだと思うような内容ではありますかね。
逆に言えばこうした条項を納得した上でわざわざテレ朝に協力して差し上げようと考える人が世の中どれほどいるものだろうか?と言う点にも興味はあるのですが、とにかくここで注目したいことはこうした内容を打ち出してきたことに同局の中の人は全くおかしなこととは思わなかったと言うのであれば問題だし、どうせ誰もチェックしないだろうと考え意図的に一方的な契約を結ばせようとしたならこれまた問題です。
考えてみると最近はひな壇芸人を並べてネット動画などを紹介するだけの安上がりな番組と言うのも珍しくなく、ああいうものにももちろん動画をアップした当の本人に類似の契約を結ばせているのでしょうが、考えてみるとこういう素人動画利用と言うのはテレビ局側からすれば何かあっても「いやそれは自分達の作ったものじゃありませんから」と言い逃れをしやすいと言う点でも非常に使い勝手がいいのかも知れませんね。
ともかくも今回はたまたま世間の注目を浴びたせいでこうして条項の内容が知られたわけですが、世の中似たような内容で知らずに一方的な契約を結んでいると言うことはままありそうなもので、後になって「損害を賠償しろ」と言われても知らないよと言いたくなりそうなんですが、こういう文言は公序良俗に反する契約内容は無効と言うことにならないものなんでしょうかね?

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コメント

不肖宮嶋氏の戦場取材の本みれば大手マスコミ取材の大名行列ぶりが判るんだな

投稿: 鉄朗 | 2014年8月15日 (金) 09時30分

宮嶋茂樹氏も以前NHKの硬めな番組でお見かけした時にはごく普通のベテランカメラマンっぽかったせいで「誰この人?」と言う感じでしたね。

投稿: 管理人nobu | 2014年8月15日 (金) 11時00分

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