« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月

2014年8月31日 (日)

今日のぐり:「すし遊館 新倉敷店」

いまや世界的に名を知られるあの国民的アイドルに関して、先日とんでもない新事実が判明したと話題になっています。

「猫じゃない」世界に衝撃 「キティは女の子」 欧米メディア報道(2014年8月30日産経ビズ)

 「ハローキティ」は、猫ではありません-。今年で生誕40周年を迎え、世界中で愛されているサンリオの人気キャラクターをめぐる驚愕のニュースが世界を駆け巡り、ファンに衝撃が広がっている。発端は26日付の米紙ロサンゼルス・タイムズの記事。キティを「猫」と書いた米ハーバード大客員教授がサンリオ側から修正されたと紹介したところ、欧米の主要メディアが一斉に「実は猫ではなかった」と大々的に報じたのだ。ツイッターなどの交流サイトでは、ファンの有名人がその驚きを書き込むなど話題が沸騰。日本が世界に誇るキティの人気の高さを見せつけた。

 ■サンリオ側が説明

 「ハローキティは小さな女の子で、われわれの友人です。猫ではありません。4本足ではなく、2本足で生活し、彼女自身が『チャーミー・キティ』という名の猫をペットとして飼っています」
 ロサンゼルス・タイムズによると、キティに関する著書もある文化人類学者のクリスティン・ヤノ氏は、サンリオ側からこう説明を受けた。10月にロスで開かれる40周年記念展示会の学芸員を務めることになり、その原稿に「猫」と書いたところ、「明確に修正された」という。
 この記事を基に、米国ではNBCテレビなど3大ネットワークやCNNテレビ、ワシントン・ポストなどが、英国でも国営のBBC放送やガーディアンなどが一斉に「衝撃の事実」として報じた。

 ■ケイティもつぶやき

 世界中のファンがこれに驚き、各国のツイッターで「ハローキティ」が検索ワードの上位にランクされた。
 動揺するファンを落ち着かせようと、世界最多の約5611万人のフォロワーを持ち、キティのファンで知られる人気歌手のケイティ・ペリーさん(29)は「みんな、問題ないわ。私のペット『キティ・パリー』は猫よ」とつぶやいた。
 一方で、米人気歌手ジョシュ・グローバンさん(33)は「ハローキティは猫だ。女の子と違って、ひげも猫の鼻もある。つまらないことを言うな」と書き込んだ。
(略)
 キティちゃんの永遠のライバルである米国の人気キャラクター、スヌーピーは今回の騒ぎについて、公式ツイッターでこうつぶやいた。
 「確認しておこう。スヌーピーは間違いなく犬だよ」
 これほどの大騒ぎを起こせる“最強キャラクター”は、キティしかいない。

え?あ、うん…猫にしては節操がなさすぎる気はしていましたから…ええまあ、そうですよね猫じゃないですよねあれは…
今日はデビューから40年を過ぎても今なお日々チャレンジを続ける猫ではない何かさんに敬意を表して、世界中からこれは大変なことになったと言うドキドキものの話題を紹介してみましょう。

ジャミラ「バルタン星人から指名されたので、氷水をかぶりたいと思います」 はやまるな! 死ぬぞ!!(2014年8月26日トゥキャッチ)

 現在、話題になっている「アイスバケット・チャレンジ」。
 筋委縮性側策硬化症(ALS)の治療研究を支援するチャリティで、指名された人は24時間以内に100ドル(1万円)寄付をするか、頭から氷水をかぶるかを選び、次の挑戦者を3名指名するというもの。
 Twitter上でも氷水をかぶる姿が投稿されているが、現在、下記のツイートが話題になっている。

そーたさん @nozomi0710
えー、バルタンさんから回ってきたので氷水をかぶりたいと思います \はやまるな!/
2014年8月25日 21:13

 そこには「ウルトラマン」に登場する怪獣「ジャミラ」の姿が。ご存じの方もいると思うが、ジャミラの最大の弱点は水。これをかぶってしまえば、命はない…。
 ジャミラを指名したバルタン星人は、この事実を知っていたのだろうか…?

早まるな、その一杯が死を招くと言うものですけれども、やはり宇宙人の間でもいろいろと難しい人間関係?はあるのでしょうか。
こちらある意味必然の結果なのかも知れませんが、あたら評判になったばかりに…と言う哀しいニュースでもあります。

嬉しい悲鳴?「チャーハンがつらい」と訴えるラーメン店が話題に(2014年7月29日Aolニュース)

ネット上では、店の経営者や、スタッフからの変わった「お願い」を書いた貼り紙が話題となることもしばしばだが、今回ご紹介するのはある飲食店の光景。

先ごろ、twitter上に投稿されたこの画像は、山口県岩国市にある人気ラーメン店のもの。実はこのお店、近隣では「美味しい」と評判の店らしく、大手グルメサイトでも3.5点以上を記録しているという人気店。同店のメインはラーメンのようだが、常連客の間ではチャーハンが大人気で、あまりに飛ぶように売れてしまうことから、今回の「お願い」となったようだ。

なお、ネット上の情報によると、ここの厨房を預かるコックさんは、あまりにチャーハンばかりが連続して頼まれてしまうことで、腱鞘炎にまでなってしまったとのこと。コックさんには申し訳ない(?)が、そこまで飛ぶように売れるというチャーハン、是非とも一度味わってみたいところだ。

なにやらあまりにも生々しすぎる悲鳴の訴えが緊急事態であることを伝えていますが、ともかくも経営的にも大打撃でしょうに大丈夫なのでしょうか。
こちら夢の対決と言っていいものなのかどうか、ともかく大変なことになってしまっていると言うニュースを紹介しましょう。

湿度を支配するのはどっちだ? 加湿器と除湿機対決させてみた(2014年8月14日ねとらば)

 部屋の湿度を上げる加湿器と、湿度を下げる除湿機。全く逆の機能を持つこの2つを同時に動かすと湿度はどうなるのか、対決させてみた動画がニコニコ動画に投稿されています。

 対決するのは2005年製の加湿器と2011年製の除湿機。締め切った脱衣所でこの2つを同時に起動し、20分後に湿度が上がったか下がったかで勝敗を決定します。
 開始時の湿度は46%。製造年度の新しい除湿機がやや有利かと思われましたが、1分後には湿度が上がり始めて早くも加湿器がリード。そのままどんどん湿度は上がり続け、最終的に62%で加湿器の圧勝となりました。

 シュールな対決を真剣に実況するユニークさもありコメントも「加湿器の方がすごいのか。今度からは加湿器買おう」など妙な盛り上がり状態に。もともと湿度の高い真夏の対戦ということもあり、除湿機派からは真冬に再戦を望む声も出ていました。

まあエントロピー的にも湿気を撒き散らす方が片付けるよりも楽そうだなと思うのですが、しかし当事者にとっては何とも大変な対決だったことでしょう。
こちら大変なことになった!と誰もが緊張するシーンが…と言う、ちょっとびっくりなニュースです。

クマがおぼれたカラスを食べちゃうかと思いきや華麗に救出 一方で状況が飲み込めないカラス(2014年8月4日ねとらば)

 ある動物園でクマが、池の水面でもがいているカラスを発見しました。さっそくカラスをくわえにかかるクマ。このままカラスは食べられてしまうのではないかと心配になりますが、クマは意外な行動に出ました。手と口を使ってカラスを岸に上げたのです。その後クマはカラスに距離を置いてりんごを食べ始めました。華麗な救出劇にほっこり。

Crow rescue

 一方でおかしいのがカラスの反応。地面に降ろされたあと、まるで食されるのを覚悟していたと言わんばかりに、しばらく仰向けになって固まっています。クマが離れていることに気づくと、身を起こして様子をうかがい首をキョロキョロ。「なんでオレ生きているの? 食べられないの?」と状況に戸惑っているような仕草に愛着が持てます。

 YouTubeのコメント欄では、クマに対して「ベジタリアンなの?」とか、カラスに対して「……クワ?……自分生きてる?……生きてる!!!!!!!!!」など、動物たちのユニークな行動へのツッコミが並んでいます。動画は今年6月にハンガリー・ブダペストの動物園で撮影されたものでした。

カラスにとってはまさに生きるか死ぬかの瀬戸際でそれどころではないのでしょうが、ポーランドの伝説的なヴォイテクを始め東欧のクマは何かしらちょっと違うところがあるのでしょうかね。
大熊猫と言えばご存知ジャイアントパンダのことですが、こちらの場合まさかそれしきのことで一大事に…?と思わされるような事件が発生していたようです。

中国・江蘇省南京市、おばさんたちが動物園前で広場舞を踊り、パンダが不整脈(2014年7月30日新華ニュース)

「中国之声」の報道によると、南京市紅山森林動物園のパンダは不整脈になったと言われた。その原因は何か?おばさんたちが広場舞(広場などで思い思いに踊るダンス)を踊ったからである。

おばさんたちは動物園の前で広場舞を踊り、スピーカーの音は響いた。そこから遠くない山の上にパンダ館がある。麓のあずまやで、おじさんやおばさんたちは集まり、数十人は声を張り上げ歌を歌った。山の上にあるパンダ館に入ったとしても、甲高い歌声や音楽は耳に入る。内向的なパンダはそれに苛立ち、呼吸も加速した。

南京市紅山森林動物園で、パンダ以外では、サイチョウ館のサイチョウや中心広場の周辺にあるキリンなども広場舞や歌声により影響を受けている。沈志軍園長は「中心広場はキリン館のすぐ側にある。大勢の人は毎日、午前7時から9時過ぎまで広場舞を踊り、音楽は響いた。広場の側にあるキリンはそれに我慢できない。キリンは気が弱い動物で、小屋で退屈し外に出て、『気分転換』したが、これほどの大音声に我慢できず、しばらくすると、小屋に戻らなければならない」と語った。

確かにオバサンパワーの強烈さは万国共通でしょうが、それにしてもパンダが絶滅危惧種になってる理由が分かった気がします。
こちら大変なことになりかねない危機一髪の状況を、わずか4歳の女の子が切り抜けたと言う驚くべきニュースです。

シベリアの森で遭難の4歳女児、子犬に守られ11日後に生還(2014年8月14日AFP)

【AFP=時事】ロシア・シベリア(Siberia)のサハ共和国で先週末、一人で森に入ったきり11日間にわたり行方不明となっていた4歳の女児が、無事保護された。女児はクマが多数生息する森をさまよっていたが、連れていた子犬に守られ生還したとみられている。
 カリーナ・チキトワ(Karina Chikitova)ちゃんは、夜間は氷点下にまで気温が下がるシベリアの森で、野生のベリーのみを食べて生き延びた。発見時にはひどく痩せていたが、13日現在は病院で順調に回復しており、救助隊らは奇跡だと賞賛している。

 サハ共和国の小さな村で暮らすカリーナちゃんは、隣接する人口わずか8人の集落に住む父親と過ごすために、7月29日に犬を連れて自宅を出た。
 しかし、当時父親は近くの野火に対処するため、家を留守にしていた。カリーナちゃんは父親を探すために森に入ったとみられている。
 一帯は先住民のヤクート人が狩りやトナカイの放牧などをしながら暮らしている地域で、携帯電話の電波もなく、母親がカリーナちゃんが森に入ったことに気づいたときにはすでに4日が経過していた。
 大規模な捜索が行われたものの、手がかりがやっと得られたのは、カリーナちゃんの連れていた子犬がふらつきながら集落に帰ってきたときだった。救助隊は犬を使って子犬の道のりをたどり、カリーナちゃんの元へと急いだ。
 ロシアのテレビ局Zvezda TVの取材に応じた救助隊員は、「この子犬がずっと子どものそばにいて、夜は彼女を暖め、野生動物を追い払っていたと確信している」と語った。
 同テレビ局によると、現場にはクマが多数生息していることから、特殊部隊が到着するまでは小川や草地しか捜索活動ができなかったという。

 救助隊は活動開始から2日後にカリーナちゃんの足跡を発見。村から北に6キロの場所で、生い茂った草陰で横になり、身を震わせるカリーナちゃんを見つけるに至った。
 カリーナちゃんは発見時点ですでに靴をなくして裸足で、体重もかなり減っていた。最初にカリーナちゃんを発見したボランティアは日刊紙コムソモリスカヤ・プラウダ(Komsomolskaya Pravda)に対し、「彼女は一言も発さなかった。ただ静かに涙を流して、私に向かって両腕を上げた」と語った。
 テレビ報道では、Tシャツとレギンスを身につけたカリーナちゃんが、ヘリコプターに乗せられる前に水をごくごく飲んでいる様子の写真が公開された。
 カリーナちゃんは森でベリーを食べ、川の水を飲んで生き延びたと話している。サハ共和国当局によると、現在は共和国の首都ヤクーツク(Yakutsk)にある病院で手当を受けており、順調に回復しているという。

ともかくもよかったと言う話なんですが、しかしこういう状況はロシアではごく普通にあることなのでしょうか、ちょっと日本人の感覚からすると毎日がアドヴェンチャー過ぎるだろうと思うのですが…
最後に取り上げますのはご存知ブリからの話題なんですが、これは言うべき言葉も見当たらないほど何とも悲しむべきニュースです。

「大人のおもちゃ」が取れない…恥ずかしさで病院に行けず、5日間苦しんで亡くなった男性(2014年8月12日デイリーメール)

「大人のおもちゃ」が体内に入ったまま取れなくなった無職の50歳男性。彼は恥ずかしさのため病院に行かず、そのまま手遅れとなり死亡するという事故が起こりました。

ロンドンのナイジェル・ウィリスさんは自宅で振動する性的な玩具を利用していました。しかし何かの理由で異物が取れなくなったと考えられています。彼は痛みのためソファから動けなくなりました。
彼は高齢の母親と同居中であったにも関わらず、恥ずかしさのためか助けを求めることはしなかったそうです。
そして5日目。友人に助けを求めたことで男性は救急病院へ搬送されましたが、すでに敗血症により手遅れであり…その2ヶ月後に息を引き取りました。

検死官は性的玩具により腸が穿孔し、そのために起きた敗血症が死因ではないかと考えています。
「彼は直腸に入れた振動する異物を取り除くことが出来なかった。」
「これは悲しいケースです。」

何とも哀しいニュースとしか言い様がありませんが、ここまでブリ的紳士道を貫き通したのですからある意味本望であったのかも知れません。
彼の冥福を祈るためにも、全英国中の心ある人々は霊前に是非とも山盛りのジャガイモをお供えしてあげて欲しいものだと思いますね。

今日のぐり:「すし遊館 新倉敷店」

近年とにかくあちらでもこちらでも回転寿司の出店が続いていて、しかもその多くが結構流行っていると言うのは潜在需要がどれだけなのかと思うほどなのですが、確かに百円系などは安くて満腹にもなりますしね。
倉敷市西部の新倉敷駅近隣にあるこちらのお店は百円系よりも少し高価格帯を狙った店舗ですが、近隣に競合店が少ないのもあるでしょうが時間帯によっては駐車整理がいるほど大行列が出来るようです。

例によって本日のおすすめ中心に適当に頼んで見たのですが、タイほたてイカの生すだち三昧は何かタイが妙にうまく、さすがに100円とは違うかと思わずレギュラーメニューのタイだけ追加オーダーしたんですが、残念ながらこっちはそうでもありませんでした。
定番のえんがわもおすすめと言うことで取ってみましたが、ちゃんと食感だけでなく味もあるえんがわですし、まなかつおなども珍しいですがこれも季節のネタだけになかなか美味いですね。
レギュラーメニューの中ではこのグループでのお気に入りとなっているのが辛味噌ナスの握りですが、今回は妙にナスが大きくなった分皮の硬さが気になりました。
関西風のうなぎ押し寿司はまあ押し寿司としては確かにこってりうまいんですが、やはりうなぎは脂も強いだけに焼きたてがいいかなと再認識させられるものですね。
釜揚げしらすの軍艦は個人的に紫蘇風味がここまで強くなるとちょっと苦手なんですが、それでもやはり苦味が出たりで味が不安定になりやすい生よりは確実に美味いと思います。
岡山県で昔から郷土食的に愛されているママカリ(サッパ)は酢がちょっときついし味的には特に…と言うところ、珍しいものではすきみの握りがありましたが、恐らく隣を流れているトロでも同じ味なんじゃないかなと言う気もします。
こちらのオリジナルメニューのネギ焼きたまごは普通の卵握りよりも卵たっぷりでいいんですが、意外だったのが握りではなく単品の卵焼きで、何か入ってると思ったらサーモンを芯に巻いてあるんですが、ここは鮭の方がよかったように思いますね。

最近どんどん店舗を増やしているのが百円系ですが、それに比べればネタにもよるのでしょうがさすがに寿司らしい味にはなっていて、価格もいくらか高価格帯ではありますが昔ながらの町の寿司屋の代わりとして機能しているのだろうし、そちらと違ってこれなら老若男女と客層は広いですよね。
設備面ではトイレがバリアフリーなのはいいとしてこれだけ人も来るのに大きなものが一つだけなのは意見が分かれそうなのと、オープンキッチンで何しろ目の前ですからオーダーへのレスポンスもいいしカウンターのネタも途切れないんですが、逆に人手不足気味なのかフロアは弱いようで、ともすると何度もスルーされがちなのは悪印象ですよね。
この辺りは百円系に比べれば値段も高いのだからマンパワーにももう少しコストをと考える人もいるだろうし、大衆店は味がよければ十分と考える人もいるのでしょうが、熾烈な原価競争をしないと生き残れない百円系に比べるとグループ毎の経営戦略が分かれる余地はありそうでおもしろいところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月30日 (土)

久しぶりの医学部新設は東北薬科大に決定

震災復興を錦の御旗に東北地方に例外的に医学部新設を認めると言うことでかねてどこがその主体になるのかが注目されていましたが、先日28日に東北薬科大に決まったと言う知らせが出たと言うことです。

東北医学部新設、東北薬科大に決定- 文科省審査会、総合診療医育成など条件(2014年8月28日CBニュース)

東北地方での医学部新設をめぐり、文部科学省の構想審査会(座長=遠藤久夫・学習院大経済学部長)は28日、応募のあった3陣営の中から、東北薬科大(仙台市青葉区)を選定した。同大が構想で示した、きめ細かなカリキュラム内容や附属病院を含めた財政の安定性などが決め手となった。構想審査会は同大に対し、今後、地元医療関係者などの協力の下に運営協議会(仮称)を立ち上げ、医師定着策の協議を開始することや、総合診療医の育成に取り組むことなどの条件を付けた。【君塚靖】

東北薬科大は、「東北医科薬科大」に改称し、2016年4月の開学を目指す。この日の会合後に記者会見した遠藤座長は、選定された同大に対し、「復興はもちろん、東北地方の医師不足、医師偏在は重要なテーマと思っている。これらは1大学でできることではないので、いろいろな知恵を使って解消する方向に持っていってほしい」と期待感を示した。
構想審査会は、東北薬科大が医学部を新設するに当たり、運営協議会の設置や総合診療医育成のほか、東北大をはじめとする既存の大学の教育面や卒後の医師確保における役割分担と連携を整理し、東北6県全体の医師偏在解消につなげる枠組みを確立させることや、教員、医師・看護師などを確保するために、地域医療に支障を来さないよう具体的な基準・指針を定めることなどを条件にした。

■宮城県は準備不足、脳神経疾患研究所は財務面がマイナスに

東北薬科大が選ばれた要因としては、教育上必要な症例数や患者数の確保などで有利な仙台市内に附属病院を持っていることのほか、被災地である宮城県石巻市で再建予定の石巻市立病院へのサテライト設置などが高く評価された。また、被災地の地域医療・災害医療に配慮した6年間のカリキュラム内容が充実していることを評価する意見があった。
一方、選出されなかった宮城県については、同県知事の総合診療医を育成・確保し、地域医療を立て直したいという熱意が感じられたという意見があったものの、構想で示した教育内容や教育体制に具体性が欠けるなど、準備不足が影響した。もう1つの候補だった脳神経疾患研究所(福島県郡山市)は、同県や既存の医学部を有する大学との連携関係が構築されていないことや、宮城県が支援を約束している東北薬科大に比べ、財務面の確実性に欠けるなどと指摘された。

東北薬科大に医学部 地域・災害医療の構想評価(2014年8月29日読売新聞)

 東北への医学部新設を巡り、文部科学省の構想審査会は28日、東北薬科大(仙台市)への設置を決めた。医師不足の解消や、災害医療に対応できる医師の育成などの構想が評価され、大学側は喜びに沸いた。一方、審査会は県の構想について「準備不足」と指摘、関係者の間には落胆が広がった。

 「これまでの実績が認められた。大きな喜びを感じるとともに、身の引き締まる思いだ」
 薬科大の高柳元明学長は28日夜、同大で記者会見し、感慨深げに語った。「震災復興のための設置で、今までの医学部とは違う」とも述べ、地域・災害医療に対応できる総合診療医の養成を目標に掲げた。
 同大によると、大学名を「東北医科薬科大」に改称し、2016年4月の開設を目指す。キャンパスは仙台市宮城野区福室の付属病院などを使う方向で調整。薬学の知識がある医師の育成のほか、臨床教育拠点として石巻市立病院と連携する方針だ。初年度の定員は120人としていたが、審査会の指摘を受け、100人前後にすることを検討するという。

 審査会の座長で、学習院大の遠藤久夫教授は会合終了後の会見で、薬科大を選んだ理由について「地域医療や災害医療を含む6年間の教育内容に具体性がある。設備経費を自己資金で確保できるなど、財政面でも安定している」と説明した。
 ただ、委員からは「東北大とのネットワークを意識しており、既存の医学部の延長線上にある」との意見も出たといい、審査会は、卒業生が仙台市に集中しないよう取り組むことを薬科大に求めた。

 一方、県は文科省への申請期限前日の5月29日に名乗りを上げた。宮城大に医学部を設置する方針を決め、全学生に修学資金を貸し付けたり、栗原中央病院(栗原市)にある病床を臨床教育に活用したりする運営方法を打ち出したものの、遠藤教授は「知事の熱意に期待感は高かったが、準備不足は否めなかった。開設予定時期までに計画通りの医学部を作るのは困難だと判断した」と指摘した。
 審査会の決定を受け、村井知事は「選定されず、大変残念。県としても、東北地方の医師不足解消に貢献できるよう新設医学部を支援していきたい」とのコメントを出した。
 県の構想でキャンパス予定地となっていた栗原市は、栗原中央病院の隣接地にキャンパス用地として約6ヘクタールの土地を買収する同意を地権者から取り付けていた。地元の商工団体なども、のぼりやポスターを作成して誘致運動を盛り上げてきただけに、佐藤勇市長は「残念としか言いようがない。みんなで頑張ってきたのに……」と肩を落とした。
(略)

東北薬科大に医学部、教育実績と財政評価(2014年8月29日華北新報)

 新医学部の設置者を選定するに当たり、文部科学省の構想審査会は、構想の「具体性」と「確実性」を重視。この点で東北薬科大はポイントを稼ぎ、宮城県と脳神経疾患研究所を突き放した。

 審査会は(1)東日本大震災後の医療ニーズへの対応(2)教員医師の確保策(3)卒業生の東北への定着策(4)医師需給に対応した定員調整の仕組み-の4点で3者を比較考量した。
 東北薬科大は(1)患者や教職員の確保に有利な仙台市内に付属病院を保有(2)最大被災地の石巻市に地域医療教育のサテライトを設置(3)最大70人分の奨学金を確保-など「一通りの具体策を示し、具体的な連携先を設定している」と評された。
 確実性についても審査会は「東北で70年以上の医療教育実績があり、設置経費を自己資金で確保できる一定のめどがあり、財政面でも安定している」と分析した。
 東北各県との連携不足などの課題も挙がったが、審査会は「具体的な準備が進んでいるから具体的な問題を指摘できる」と、むしろ肯定的な評価を与えた。

 宮城県は、村井嘉浩知事が「宮城大医学部」設置の検討に着手してから申請まで3日間という短兵急があだとなった。教育内容などについて審査会は「具体的に示されず、実習などに必要な連携先との協議も未着手」「総じて準備不足が否めない」と断じた。
 あえて医療過疎地の栗原市へのキャンパス進出を目指した野心的構想も裏目に出た。審査会は(1)付属病院の経営(2)教員医師や看護師の人材確保(3)教育環境の構築-などについて強い懸念を表明している。
 審査会内には、東北薬科大と宮城県のどちらを選定すべきか両論があった。ただ「東北薬科大と宮城県は連携すべきだ」という点で委員の意見はおおむね一致。最後は宮城県に、奨学金制度などで東北薬科大をバックアップするよう求めた。
(略)

関係者各々にいろいろな思いがあるところでしょうし、宮城県が直接関与し「宮城大医学部」構想まで立ち上げたのが無駄になったと言うのは少しばかり意外性もありますが、そもそも東北福祉大と仙台厚生病院のタッグが破綻したのも栗原市への大学立地を巡る対立が端緒であったと言い、今回の薬科大の決定理由としても仙台市内に大学病院を持つことが挙げられていますから、まあ病院の立地と言うのも難しい問題ではあるのでしょう。
もちろん敢えて田舎に大学病院を作ると言う考え方も有りだとは思うのですが、そうであるなら東北にはさらに医療過疎のど田舎は幾らでもあるのに何故そこでなければならないのか?と言う話ですし、今まで医師などいなかった田舎に他所から数多くの医療スタッフを連れてきて常駐させることのデメリットの大きさも考えた場合に、やはりここは少しでもリスクは避け現実路線でやるのが妥当だと言う判断なのでしょうか。
ともかくも何がメリットで何がデメリットかと言うことに関しては判断のさじ加減一つでどちらにでも転がり得るものであって、後付けで優れている理由など幾らでも見つけられるだろうと考えた場合に、やはり財政面での不安が最も少なく万一失敗しても国や自治体にとっての負担が少ないと言う点も決め手になったのかも知れませんね。

新たに大学が出来ることで既存の医療体制に与える影響がどうなのかですが、薬科大病院はすでに仙台市内で466床を有する基幹病院としての実績もあるわけですから医療面では大学病院に相応しい診療科を整えるだけで対応可能だろうし、教育機関としてももともと薬学部学生に対する教育機能を持っていたはずですからある程度ノウハウはあるのだろうと思います。
各科スタッフに関して新たにゼロから公募することになるのか、そもそも既存の各診療科スタッフの処遇はどうなるのか等々様々な決め事も必要になってくるはずですが、特に近隣諸県も含めた医療現場の関係者にとっては医師や看護師の引き抜きが発生するかどうかが気になるところで、日医なども「引き抜きで地域医療に支障を来たさない配慮を」と早速釘をさしていますよね。
今回の選定に当たって審査会からも地域医療への配慮や東北地方への将来的な医師還元策など7項目の要求が突きつけられたそうですが、もともと東北地方各医学部の地元定着率は全国的に見てもごく低いもので、地元に残りたい地元学生の需要に対しては実は全く定員は不足していないと言う見方も出来ますから、学生の頭数は集まっても果たしてどの程度の学生が地元に残るのか疑問なしとはしません。
医師不足解消のための新設であったはずなのに審査会から定員に関して「教育環境の確保や地域定着策の有効性などの観点から、適切な規模となるよう見直しをすること」と敢えて減員を求められ、また宮城県の定員60人と言うごく小規模な構想が高く評価されたのもこのあたりの理由かとも思うのですが、学力的に多少問題があっても地元定着率を考慮し過ぎての選抜が行われれば入学後の学習面で支障が出ると言うこともあるかも知れませんね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年8月29日 (金)

盲導犬、刺されても声を上げず

盲導犬と言う存在もかなり社会で定着してきている一方で、様々な理由から犬猫等の立ち入りを禁じている飲食店などでは未だに対応が別れる部分もあるようですけれども、ともかくも人間社会に混じって立派に仕事をしている犬と言う点では警察犬や救助犬などと同様、頼もしいとか好ましいとか言ったポジティブなイメージで捉えられている場合が多いんじゃないかと漠然と思っていました。
ただ実際にはそう単純なものでもないようで、単純に犬嫌いと言った視点からの「俺のそばに犬を近寄らせるな」式の素朴な反発もあれば、連日昼夜を問わず動物を奴隷のように使役している、アレは動物虐待だと言った類の反盲導犬運動なるものも存在しているのだそうで、そうなりますと先日発生したこちらの事件は果たしてどのような背景事情によるものなのかも気になってきますよね。

盲導犬が刺され負傷!「例のない」虐待 痛みこらえたか声出さず、警察も捜査へ(2014年8月28日スポーツ報知)

 埼玉県で7月、全盲の61歳の男性が連れていた盲導犬が電車内か駅周辺で何者かに刺され、けがをしていたことが埼玉県警などへの取材で27日までに分かった。訓練された盲導犬のため刺されても鳴き声を我慢したとみられる。命に別条はない。盲導犬育成団体の公益財団法人アイメイト協会(東京都練馬区)では「1957年に設立以来、例のない虐待」としている。インターネット上でも「許せない」との声が相次ぎ、県警は器物損壊容疑で捜査に乗り出した。

 埼玉県警武南署や男性の関係者によると、事件が起きたのは7月28日。午前11時ごろ、さいたま市の全盲の男性が職場に向かうため、ラブラドルレトリバーのオスカー(雄9歳)を連れて自宅を出発し、JR浦和駅から京浜東北線と武蔵野線を乗り継いで東川口駅で下車した。
 職場に到着後、同僚がオスカーが着ている犬用シャツに血がついているのに気がついた。先端が鋭くとがった千枚通しのようなもので腰の辺りを2、3か所刺されていた。動物病院で手当てを受けて回復し、現在は元気に男性と生活している。

 男性は同日、被害届を提出し、同署が防犯カメラの解析や聞き込みなどの捜査を進めている。シャツには穴はなく、何者かが意図的にシャツをめくり上げて刺した疑いが強いという。男性が東川口駅で下車して立ち寄ったコンビニの防犯カメラの映像ではすでにけがをしており、電車内などで刺された可能性がある。
 盲導犬はパートナーに危険を伝える際などを除き、無駄な声を上げないよう訓練されている。オスカーは痛みをこらえほえなかったとみられる。
(略)
 ネット上では男性の職場関係者の書き込みからツイッターやフェイスブックなどで広まり「犯人を捕まえて」などと大きな話題になっている。

何者かが盲導犬を刺す 被害男性「これは自分の“傷”」(2014年8月25日マイナビニュース)より抜粋

(略)
「見えない」「抵抗しない」につけ込む

 まず、事件の概要から追ってみよう。被害に遭ったのは、埼玉県の全盲の男性(61)とアイメイトの『オスカー』だ。国産盲導犬第1号『チャンピイ』を送り出した育成団体、「(公財)アイメイト協会」出身の盲導犬は、「アイメイト」と呼ばれる(=その理由は後述)。オスカーは、間もなく9歳を迎えるラブラドール・レトリーバーのオスだ。
 7月28日、男性とオスカーはいつものように午前11時ごろに自宅を出て、JR浦和駅から電車に乗り、県内の職場へ向かった。いつものように職場の店舗に到着すると、店長が飛んできて「それ、血じゃないの!?」と声を上げた。オスカーはいつも、他の多くのアイメイトと同様、抜け毛を散らさないようにTシャツタイプの服を着ている。その服の後端、お尻の上のあたりが真っ赤に染まっていたのだ。服をめくると、腰のあたりから流血していた。
 傷口を消毒し、応急処置を施して動物病院に連れて行った。直径5ミリほどの刺し傷が500円玉大の円の中の4か所あった。大型犬の皮膚はかなり厚く、獣医師の見立てではサバイバルナイフのようなものを強く何度も突き立てなければできない傷だという。あるいは、鋭いフォークのようなもので刺したか。服に傷がなかったことから、何かに引っ掛けた“事故”ではなく、何者かがわざわざ服をめくってつけた傷であることは明白だった(同日届け出た警察も事件性を認めている)。
 被害男性は「聴覚にはまだまだ自信があるが、まったく気づかなかった」と言う。犬は比較的痛みに強い動物だ。加えて、アイメイトとして訓練を受けてきたオスカーは、人に対する攻撃性を持たない。全てのアイメイト/盲導犬がそうだということではないが、吠えることはおろか声を上げることもめったにないという。
(略)
警察は「器物損壊」容疑で捜査中

 男性は当日、地元警察署に被害届を出している。同署は、傷の状況から事件性ありと判断。駅の防犯カメラ等を調べ、当日の経路で聞き込みをしたが、今のところ有力な手がかりはないという。
 警察の見立てでは、聞き込みの結果などから電車内での犯行が有力だという。一方、男性と職場の仲間は、オスカーのお尻が最も無防備な形で後ろに立つ人の前に来る浦和駅のエスカレーター上が怪しいと踏んでいる。
 いずれにせよ、実際に犯人を割り出すのは極めて難しい状況だ。そして、万が一犯人を罪に問うことができても、動物の場合は傷害罪ではなく器物損壊罪にしかならない。当日、男性から連絡を受けて警察にも同行した動物愛護団体役員の佐藤徳寿さんは、こう語る。
 「どこに怒りをぶつけていいのか、本当に悔しいです。刑法上は『物』かもしれないが、盲導犬はペットとは違い、ユーザーさんの体の一部です。早急に法を変えて傷害罪と同等の罪に問えるようにしてほしい
 一連の経緯を聞いた職場の同僚の家族は、「もう我慢できない」と、全国紙の読者投稿欄に今回の経緯を寄稿した。これを読んだNPO「神奈川県視覚障害者福祉協会」は、犯人への厳正な処罰と再発防止を求める声明をHPに発表した。
(略)

後段のマイナビの記事では受傷当時の傷の画像(血は拭い取った状態です)も掲載されていますので興味のある方は参照いただければと思いますが、しかし見立てによれば駅構内なり電車内なりと言った公共の場所での大胆不敵な行動に及んでいると言うことになり、これだけ突き刺さるほどですから相当に力も必要でしょうにどのような人物がどのような考えから犯行に及んだのか、周囲の目撃者はいたのかどうかが気になります。
ただ今回たまたまこうして報道されたからこそ認知されましたが、実は盲導犬に対する各種の加害行為は他にも報告されているだそうで、そもそもパートナーが視覚障害者である上に当の盲導犬は反撃はおろか声も上げないと知っているからこその犯行なのだとすれば、いかなる思想信条的な理由からにせよ何にせよおよそ許容されるべきことではないように思います。

<盲導犬>たばこの火押しつけ、顔に落書き…心無いいたずら(2014年8月27日毎日新聞)

 さいたま市の全盲の男性(61)が連れていた盲導犬が先月、何者かに刺され、けがをする事件があった。全国に11ある盲導犬育成団体の一つの「日本ライトハウス」(大阪市)によると、盲導犬に対する悪質ないたずらは初めてではないという。最近10年間でも顔を蹴られたり、歩行中にしっぽを引っ張られたりしたなどのいたずらが数件報告されている。

 同ハウスの盲導犬訓練所の赤川芳子所長代理は「十数年前には盲導犬にたばこの火を押しつける場面がある映画の公開後、香川県などで数件まねしたような被害が出た。今回も模倣する人が出るのでは」と懸念する。今回被害に遭ったオスカーを訓練した育成団体「アイメイト協会」(東京都)の関係者も「これまでもたばこの火を押しつけられたり他のペットにかみつかれたりという盲導犬被害は多々あった」と明かす。

 また、福岡県内の女性(43)は2010年4月、地下鉄で移動中に盲導犬の顔にペンで落書きされたことがある。目の辺りが丸く囲まれ、鼻の下には線が書かれていたという。女性は「目が見えないことと、盲導犬がおとなしいことにつけ込まれた。今回の被害男性も私と同じ悔しさを味わったはずで、周囲の人が気づいたら声を上げてほしい」と話した。【垂水友里香、木村敦彦】

何者かが盲導犬を刺す 被害男性「これは自分の“傷”」(2014年8月25日マイナビニュース)より抜粋

(略)
 アイメイト/盲導犬は、刑法上は「物」扱いだが、2002年に成立した「身体障害者補助犬法」では、ペットとは一線を画した権利を与えられている。同法は、公共施設やレストランなどの店舗、公共交通機関が盲導犬を伴っての入場を断ってはならないと定めた法律だ。誤解されがちだが、補助犬(盲導犬、聴導犬、介助犬)は「特別扱いされている犬」ではない。障害者の「体の一部」として、施設利用などの面ではパートナーと同等の権利を認められているのだ。

 にも関わらず、今回のような事件・事例は後を立たない。例えば、今回の被害男性が直接知る女性ユーザーの盲導犬は、気付かないうちに額にマジックで落書きされ、女性は深い心の傷を負った。タバコの火を押し付けられたという話は「珍しくない」と、使用者や関係者は口を揃える。被害男性自身も「しっぽを踏まれる、わざと蹴られるのは日常茶飯事」と訴える。かつて白杖で歩いていた時には、若者のグループに腕を捕まれ、ツバを吐きかけられたこともあったという。

 アイメイト協会は1957年以来、1200組余の使用者・アイメイトのペアを輩出しており、他の9の育成団体と合わせた全国の盲導犬の実働数は、現在1000頭余と言われている。初期のアイメイト使用者は、電車やバスに乗せてもらえるように個別に運行会社に掛けあったり、行政や国会議員への働きかけを積極的に行ったりしていた。21世紀になって「身体障害者補助犬法」が成立するに至り、長年の積み重ねが花開いたかのように見えるが、実態はそうでもないらしい。アイメイト協会の塩屋隆男理事長は、入店拒否は今も日常的にあると語る。例えば、神奈川県のアイメイト使用者の男性(69)は、「今年になってレストラン・旅館で4回も入店を拒否された。ちょっと多いですね」と話す。

 また、近年特に目立つのは、逆のベクトルでアイメイトの存在そのものを“虐待”だと受け止め、執拗に協会に抗議してくる市民の存在だ。多くは「犬を暑い中無理やり歩かせている」「きつく叱っていた」といった使用者や協会スタッフに向けた非難だという。「事実と正しい理解に基づいた批判ならば真摯に受け止めなくてはなりません。しかし、ほとんどは犬を安易に擬人化した、言いがかりのようなものです」と、塩屋理事長はため息をつく。

 彼らは「盲人を導く」スーパードッグではない。あるいは、刑法上は「物」だからと言って、何をしてもいいということでもない。少なくとも、人の目となる対等なパートナー=「アイメイト」だということは、公にも認められている。先の今年4回入店拒否に遭ったという使用者は、次のように訴える。

 「アイメイトを傷つけたりむやみに拒否することは、単に動物愛護の問題ではありません。人権侵害です

記事にも記載されていますが盲導犬の立場を担保する法律として近年成立した身体障害者補助犬法と言うものがあり、見ていますとなかなか興味深いのは公共の施設では一般論として盲導犬の同伴を拒否してはならない、「ただし、身体障害者補助犬の同伴により当該施設に著しい損害が発生し、又は当該施設を利用する者が著しい損害を受けるおそれがある場合その他のやむを得ない理由がある場合は、この限りでない(第七条)」と記載されています。
この「著しい損害」の意味について補足があって「「身体障害者補助犬の使用により国等の事業の遂行に著しい支障が生ずるおそれがある場合」と読み替えるものとする。 」とあるのは、当然ながら拡大解釈される余地を最小限に留めるべきだと言うことなのでしょうが、一方で民間の店舗等を想定した規定が同法第九条「不特定かつ多数の者が利用する施設における身体障害者補助犬の同伴」に関する規定と言うことになるのでしょうか。
これまた読んでみるとこちらでは公共交通機関での規定を記した第八条と同様、先の公的施設の場合を規定した第七条と異なって特段の補足記載がないようですので、要するに今のところ高い水準で盲導犬拒否の禁止を求められているのは公共施設だけであり、飲食店等民間施設においては施設管理者なり利用者なりが「著しい損害」を受ける恐れがあると判断した場合には利用を拒否できると解釈される余地がありそうですね。
前述の第七条でわざわざ補足が挿入されていることを見ても、恐らくこの辺りは法律の制定に当たってもどこまで義務として定めるべきかずいぶんと議論になった結果の妥協の産物だと思うのですが、ともかくも全体を概観して気になるのは盲導犬の立場とはどのようなものかで、法的記載に従ってみるとどうやら「ユーザーさんの体の一部」ではなく権利を認められた別個の存在とされていて、盲導犬への加害を別人格であるユーザーそのものへの傷害行為と認めるのは難しそうです。

この場合考え方は二通りあると思うのですが、古来SFなどでもよく取り上げられるテーマとして高度な知性を備えたロボットや異星人など人間以外の存在に人権を認めるべきか否か?と言う議論の延長として盲導犬にも相応の権利を認めると言う考え方に至った場合、これは当然ながら利用者とは別個の人格(あるいは犬格?)を認めたと言うことですから盲導犬と言う存在なりの(動物愛護的な?)権利だけを認めるのが妥当だろうと言うことになります。
一方で障害者の義足を叩き壊したりすれば傷害罪に準じて扱われることにさしたる違和感はないと思いますが、盲導犬も視覚障害者の体の一部であり感覚の延長であると言う考え方で盲導犬への加害行為をユーザーへの傷害罪として罪を問うべきだとなった場合、これは言ってみれば盲導犬を別個の人格ではなく単に障害者の付属物としてモノ扱いする方向性につながるとも言えますでしょうか。
気持ちの上で盲導犬にももっと権利を!と叫ぶのは理解できるとして、それを法的に実現しようとするほど盲導犬の人格を否定することにもつながりかねないと言うのであれば理念と実利のどちらを取るかと言うジレンマですが、この辺りは案外利用者の間にも見解が分かれてくる問題なのかも知れずで、犬と言う生き物全般への距離感などによっても答えが変わってくることなのかも知れません。
ただ即物的な実利と言う点に限って言えばそれこそ昨今ではどんなところにでも仕込める超小型のカメラなども売られているわけで、単純に被害防止と言う観点から言えば盲導犬にもこうしたものを装備しておくのもまさか悪用とも言われないだろうし、盲導犬の教育などにおいてもこういう映像情報があった方が効果が上がりそうな気もしますね。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2014年8月28日 (木)

橋本氏の失態、妙なところで受けをとる

今日は軽い話題を取り上げて見ますが、まあいい歳をしてと言うべきなんでしょうが、先日こんな記事が出て話題になっていることを御覧になったでしょうか。

橋本聖子がフィギュア高橋に執拗キス セクハラ・パワハラになる可能性がある(2014年8月20日J-CASTニュース)

   日本スケート連盟会長で現役参議院議員の橋本聖子氏(49)の衝撃的な「無理チュー」写真が2014年8月20日発売の「週刊文春」に掲載された。お相手は「フィギュアスケート界のプリンス」こと高橋大輔選手(28)だ。
   橋本氏はキスの強制性を否定しているが、高橋選手が心の内で何を思っていたのかは実のところわからない。仮に心から同意していたわけでなければ、セクハラやパワハラに当たる可能性がある。

収集つかないキスの嵐に周囲もドン引き?

   週刊文春8月28日号では、唇を重ねる2人の姿がグラビアページを飾っている。左手を高橋選手の手としっかりと絡め、右手は肩に回す。目を閉じている高橋選手と対照的に、橋本氏はうっすらと目を開けて相手の顔を直視しているように見える。
   撮影されたのは、ソチ五輪が閉幕した今年2月23日の深夜のことだ。文春の記事によると、選手村では打ち上げが行われ、酒が入った橋本氏は次から次へと選手たちに抱きついていき、嫌がる高橋選手にキスをしたという。
   とある参加者は、高橋選手の番になった時のことを記事の中でこう振り返っている。
    「抱擁だけで収まらず、執拗にキスを迫り、首筋に唇を這わせていました。『上司』である団長には逆らえなかったのでしょう。とうとう観念し、キスを受け入れました」
   グラビアページには、橋本氏が顔をそむける高橋選手に一方的にキスを迫っているような写真も掲載されている。どうやらこれが「観念」する前ということのようだ。
   さらに参加者は
    「突然バッと抱きついて、いいじゃない、みたいな感じでキスをし始めたんです。(中略)周りからする突然のことで、本当に意味不明でしたよ」
    「一回、二回とかそういうレベルじゃないですから。何分ぐらいだっただろう。一度始まったら収集がつかなかった。みんなが見ている前で、もう何回も何回も、何のために?って引くぐらい繰り返し……」
などとも証言している。これがどこまで真実なのかは定かではないが、行為の異様さとともに周囲との温度差を感じさせる内容だ。
   また記事によれば、橋本氏はキスについて「頑張った息子に、ママのところに来なさい、という思い。最初は嫌がっていたが、その後はそんなことはなかった」と周囲に釈明していたという。

酔った席での醜態と言うところなのでしょうが、世間で多くの方々が指摘するようにこれが協会幹部のいい歳をしたおっさんが若い女子選手に同じ振る舞いをしていたと言えばずっと大きな騒動になっていたでしょうし、国会議員でスケート連盟会長、さらにJOC選手強化部長と言う地位も名もある方の為さることとしてはいささかと言う以上に軽率であったと言う批判はどのようにしても免れ得ないものでしょう。
この件に関しては一方の当事者である高橋選手自身が「はしゃぎすぎてああなった」「セクハラ、パワハラとは一切思っていない」と言い、しかもお騒がせしましたと被害者?自ら頭まで下げて見せたものですから、当の橋本氏ばかりかなんらのお咎め無しと早々に結論付けて幕引きを図ったJOC側の対応にも批判の声にまで上がったのもやむをえないと言うもので、形ばかりでもきちんと相応の責任を取っていただくだけでもずいぶんとイメージが違っていたのでは、とも思います。
当の橋本氏の方は「キスを強要した事実はない」と言いながら現在は過労のため入院中となにやらテンプレ通りの対応といったところで、これも往年の国民的英雄としてはもう少しうまくさばけないものなのかなと残念に思うのですが、ともかくここまでは男女の逆転現象に目をつぶれば「よくあること」で済んでいた話なのですけれども、今回なかなか面白いなと思ったのがこういう話が出ているところです。

橋本聖子HP「アクセス集中で表示不可」に偽装疑惑 指摘相次いだ後こっそり変更、批判が相次ぐ(2014年8月22日J-CASTニュース)

   フィギュアスケートの高橋大輔選手(28)にキスを強要したと報じられた日本スケート連盟会長、橋本聖子氏(49)の事務所公式サイトに「2度」の異変が起きた。
   サイトには2014年8月22日までに、アクセスの集中によってページを表示できないというメッセージが出るようになった。ところがネット上では「サーバーダウンはなく、それを偽装しているのでは」との指摘が続出。そのせいか、表示はその後「メンテナンスを行っています」に変わった。

Facebookには批判コメント続々

   橋本事務所の公式サイトには、22日11時時点でアクセスした際、
    「只今アクセスが集中しており、ページを表示することができません。しばらくたってから、アクセスいただきますようお願いいたします
と表示されていた。サーバーがダウンした際などによくみるようなメッセージだ。

   橋本氏は8月20日発売の「週刊文春」に高橋選手とのキス写真の現場を報じられたばかりだ。ソチ五輪の打ち上げで嫌がる高橋選手にキスを迫り、高橋選手も観念してキスを受け入れたと伝えられているが、橋本氏は「キスを強制した事実はない」として強制性を否定した。その後も橋本氏のFacebookページには、現在も批判的なコメントが続々と書き込まれている
   事務所サイトにも報道によってアクセスが集中したのかもしれない。デイリースポーツは事務所に取材した上で、21日未明にサイトがダウンしたと報じている

   ところがインターネット上では、この表示に疑問の声が相次いだ。サイトはアクセスの集中によってエラーページにリダイレクトされているのではなく、意図的に表示しているもので、事務所側は何らかの理由でサイトにアクセスできないよう、サーバーダウンを装っているのではないかというのだ。
   きっかけはこのページのソースコードに初歩的なミスがあったことだったが、根拠とされたのはサイトのHTTPステータスコードだ。

ステータスコードは正常示す「200 OK」

   HTTPステータスコードとはWebサーバーからのレスポンスの意味を表現する3桁の数字からなるコードで、たとえば、ドキュメントが見つからない場合は「404 Not Found」、サーバー内にエラーが発生している場合は「500 Internal Server Error」等の表示になるのが一般的である。
   ところが、あるツイッターユーザーが橋本事務所サイトのステータスコードを確認したところ、正常にアクセスできていることを意味する「200 OK」。記者が確認しても同じ結果だった。また、画像フォルダや画像にも問題なくアクセスできていた
   これらを細かく検証して「全然サーバーは混雑していなく、正常に転送できていました」などと指摘するブログも登場し、「HP偽装疑惑」はネット上で瞬く間に広がった。

   インターネット上には、
    「苦情メールが殺到したから居留守かな かっこわりー」
    「恥の上塗りだけど、どうするの?」
    「只今アクセスが集中しており、ページを表示させたくありません。ほとぼりが冷めて皆さんが例の件に興味を失った頃に、アクセスいただきますようお願いいたします。これなら正しいんだけどな」
などという批判的なコメントが相次ぎ投稿された。

   なぜ自前で表示不可のページを用意したのか、理由は定かではない。橋本事務所に事情を問い合わせたが、返答はなかった。その一方、返答を待っている間にサイトの表示メッセージが下記のように変わった。
    「現在、メンテナンスを行っています。公開に向けての準備を行っております。ご迷惑をおかけしております」

   (22日16時40分追記)橋本聖子事務所はサイトの表示について
    「21日未明、アクセス多重のため、サーバーがダウンしました。その後、一度復旧させましたが、急激なアクセス集中が続き、再発を防ぐため、負荷を軽減する表示に切り替えております
と説明した。なおサイト復旧の予定については「サーバーへのアクセスが安定次第」としている。

これも例によってネットで指摘されたことではあるのですが、エラーでなく単純に「只今アクセスが集中しており、ページを表示することができません。」「しばらくたってから、アクセスいただきますようお願いいたします。」と表示するようにしているだけだと言うことがバレバレになってしまい、ソースコード自体の稚拙さもあって幾らなんでも偽装の手段が素朴すぎると妙に受けてしまったようです。
この件に関してはもちろん橋本氏本人がhtmlを書いたなどと言うことはちょっと考えにくいことで、追記にもあるように事務所側が勝手に「配慮」を働かせたと言うことではあるのでしょうが、ともかく本来であれば事務所主の失態を取り繕いフォローしなければならないはずの立場であるのに、余計に足を引っ張るようなことをするのでは橋本氏本人も泣くに泣けないと言うものでしょうね。
しかし時折見られる電波芸者の炎上騒動などもそうですが、人間ですから何かしらのはずみでついうっかりすると言うことはままあるもので、さらっと軽く頭を下げていればそれで済んでいただろうに余計なことをするばかりに大騒ぎになってしまうと言うケースがまま見られると言うのは、昔と違ってネットによって情報の掘り出しや保存、共有が非常に簡単になったと言うこともあるのだと思います。
昔であれば個別の失言、失態でその場で収まっていたものが順次発掘され相互に関連付けられてくると、それは悪い情報ばかりが並べ立てられれば誰だって「こいつは何ととんでもない奴だ!許せない!」と思ってしまうでしょうが、要するにぐずぐずと長引かせずその場できっちり収束させるためにもさっさと侘びを入れた後は余計なことはしない言わないのがいいのでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年8月27日 (水)

家族のために最後まで温存すべきものは

21世紀に入って十数年が経過した今も「退院は大安の日でないと」なんてことを言い出して平均在院日数短縮に躍起になっている病院側を困らせる患者さんはいるようですが、先日ちょっとした話題になったこちらの記事なども当事者の方々にとっては冗談でもなんでもなく、大いに真面目な話題であるのでしょう。

病院行きバスに不吉ナンバー 「42○○」が物議(2014年8月23日神戸新聞)

 兵庫県三木市内から北播磨総合医療センター(小野市市場町)へ向かう直通バスのナンバープレートが物議を醸している。一部の車両の番号が「死に」と読める「42」から始まり「病院へ向かうのに縁起が悪い」との声が上がる。人によっては4や9を使うこと自体を嫌うなど、数字への思いには個人差もあり、担当者は頭を抱えている

 車体が黄緑色の直通バスは、三木市が補助金交付要綱を定め、二つのバス会社が昨年10月から自主運行する。予備車両を含めて22台あり、うち13台が同じ小型ノンステップバスで、登録時の番号が「42」で始まっていた

 運行開始直後から、市役所やバスの運転手に「不吉だ」と苦情の声が相次いだ。昨年11月末、特に不評だった「4269(死に向く)」「4251(死に来い)」「4250(死にごろ)」などと読める3台の番号を変更。その後、特段の苦情はなかったというが、8月19日の市会総務建設常任委員会で、委員から「42から始まるバスには、乗りたくないという人がいる」との指摘があった。

 バス会社は「番号は登録順に振られるものなので…。病院へ行くという特別な路線なので、できる限り対応はしたい」。ただ、番号を変えるには神戸運輸監理部(神戸市)へ車を持って行かねばならない上、費用も掛かってくる。市の担当者は「費用対効果も考える必要があり、判断が難しい。まずは、どのくらいの人が不快感を持っているのか調査したい」と話した。(中川 恵)

しかし調査するのはいいとして、何人くらいの人がどの程度不快感を持っていれば手間とコストをかけてでもナンバー変更をするべきなのかと言うことなんですが、まあ理屈ではないだけに何をどう対応するにしてもなかなか判断が難しい話ではあるのでしょうね。
ちなみに一般的に「42」などのナンバーーは黙っていても避けることになっているのだそうですが、4や9を避けろと言われると番号選びにも不自由する局面が多くなるでしょうから、登録台数の多い地域ではあまり徹底することも難しいのかも知れません。
日本人はとかくこの語呂合わせが好きな民族であるとは外国人からも認識されているようで、ホテルの部屋番号がなぜ4だの9だのがないのかと不思議がられることもままあるようですが、逆に言えば大抵の数字の並びは無理やり読んでしまうことが出来るのですから、その気になればどんな番号だろうが何とかこじつけて縁起が悪いと解釈するのも可能ではあります。
一方で患者さんから見れば「俺たちは本当に死ぬかも知れないんだ。そのくらいの配慮はしてくれてもいいじゃないか」と言う話なんですが、社会的にどこまでコストをかけて百人百様な考え方への配慮を行っていくべきなのか、ノンステップ化など客観的に明らかな身体的問題ではなくこうした気分の問題に関しては一律の基準でどうこうするのも難しそうですね。

いささか前振りが長くなりましたが、この配慮と言う利他的行動はしばしばやさしさと言うことと密接に関係してくることですが、今回の件に関しても自治体当局が手間ひまやコストの問題を一番気にしているように、やはりそれを行うには行う側にもそれなりの余裕なり余力なりがあってこそと言う側面は否定出来ないと思います。
その点で先日終末期のモデル事業がいよいよ始まったと言う報道が出ていたように、この国ではいまやどう納得して死んでいくかと言うことも公に語られる時代ですが、政府が主導して大々的な社会事業として行えば行うほど、それにどれだけのコストや手間ひまがかけられるかと言うことが最終的には一番の問題になってくると言う気がしますね。
最悪お金や手間のことであれば何とか出来ると言っても、ベストな水準での配慮が毎日常時要求されるとなれば誰でも気力体力が続かないはずですが、長い間誠心誠意尽くしてきてもただ一度配慮が足りなかった、優しさが欠けていたと責め立てられればよほどの聖人君子でもなければ不満を抱かずにはいられないものでしょう。
そうした患者心理に慣れているはずの医療従事者であっても、超人でも聖人君子でもない以上24時間365日100%でなければ駄目だと言われれば燃え尽きてしまいますが、最近国策として推進されている「病院から自宅へ」と言う動きによって、患者が最も頼りとする家族のやさしさも大いにすり減らされていくのではないかと言う懸念は無しとしません。

在宅介護でストレス8割 3人に1人「憎しみ」も 連合、家族の意識調査(2014年8月21日産経ニュース)

 親や配偶者の在宅介護を担う家族の80%がストレスを感じており、3人に1人は「憎しみ」まで抱いていることが21日、連合による意識調査で分かった。

 調査は連合加盟の労働組合を通じ2~4月に実施。自宅で親や配偶者、配偶者の親らの介護をする40歳以上から、1381件の有効回答を得た。

 ストレスの有無を尋ねると、25・7%が「非常に感じている」、54・3%が「ある程度」と答え、計80%に上った

 「憎しみを感じている」との回答は35・5%。認知症患者の介護では症状が重いほど割合が増え、日常生活に問題行動がみられるレベルだと69・2%に達した。虐待した経験が「ある」とした人は全体の12・3%。重い認知症の場合では26・9%だった。

 連合は、介護保険制度が始まる前の平成7年にも同様の調査を実施しており、虐待経験は減ったが、憎しみを感じる人の割合は約1ポイント増えた。ストレスに関しては初めて聞いた。

しばしば長年在宅介護を熱心にやってきた家庭でこそ深刻な患者虐待が発生してしまうと言う悲劇がある一方で、逆にさっさと施設に放り込んで普段放置しているような家族がたまの休日にやってくると患者さんと仲良くやっていたりするものですけれども、やはり人間他人のために頑張れる総量には個人差はあっても、どこかに限界は必ずあるのでしょうね。
親に対する長年の恩義から、あるいは世間の目を気にして無理を尽くして家族関係が破壊されるくらいなら、適宜他人の力を借りてでもやさしさの余力を少しでも長く温存していく方がいいんじゃないかと思いますけれども、老人高齢者の事だからこそまだしも世間の理解も得られるのであって、これが子供の教育問題だと考えれば「この親は何だ」と炎上必死かも知れません。
要するに急に意識は変わらないと言う話ですが、今後特に医療従事者にとって問題となるのは年毎に患者の自己決定権と言うものが重要視されるようになってきている中で、人生の終末期のあり方に関して患者の意志と家族の意志が対立した場合に、医療・介護関係者はどちらに立つべきかと言うことではないかと言う気がします。
一般的に患者本人が認知症等でまあ正常な判断力を持っていないと見られる状態なら迷いなく家族側に立つでしょうが、現在推進されている健康寿命の延長と言う国策に従って元気な老人がどんどん増えてくるのだとすれば、今でさえしばしば言われているところの世代間対立なども医療介護をも巻き込んでますます深刻になってくるかも知れませんね。
特にそれが家長であれば財産分与等で後々様々な問題が続発する可能性もあり、ひどく現金な話ですが親の希望に従って長年黙々と自宅介護をした親族には遺産相続でも色をつけるべきではないかだとか、いやそんなことをすれば遺産目当てで老人を引き取って放置する遠い親族が増えるだけだとか、この方面でも様々な意見があるようです。

人間本当の感情など当の本人にとってすら判りかねる部分はあるのだし、形の上で思いやりにあふれた態度を最後まで貫けているのであればそれは事実思いやりにあふれた家族愛的行為であると考えて構わないかなとも思うのですが、当の患者さん本人が亡くなった後でぺろりと舌を出して札束を数えているような光景を想像するだけで面白くないと感じる人ももちろんいることでしょう。
ただ大原則としてはやはり他人のための配慮だのやさしさだのと言うものは自分自身にもそれなりに余裕があって初めて成立する部分があって、いくら高い志があっても仕事も何も放り出して介護に専念しなければならず、親の年金頼りで暮らすしかないからとにかく延命延命と言ってしまう、それでもどうしても至らぬ点もあればつい虐待じみたこともしてしまうほど追い詰められているとなれば、これは介護する側される側双方にとって不幸であることです。
その点ではやはり妥協できる部分はうまく他人の労力を当てにして、どうしてもと言う核心部分に家族だからこそのやさしさを発揮していくことが大事だと思いますが、冒頭の記事にも見られるようにサポートする側の行政などは各人各様の価値観の部分に対応するのは苦手ですから、患者本人の価値観から斟酌した患者の為の判断や決断と言う部分にこそ家族は最も注力すべきと言うことになるのでしょうか。
この点で長く献身的に患者の身の回りの世話を続け本人の事を一番理解しているはずの家族が、いざそのときになって終末期の意思決断を迫られるや「いや、私達には判りませんから先生に全てお任せします」と丸投げしがちな日本の医療現場の慣行とは、患者の自己決定権を尊重する義務を負う現代の医療従事者にとっても困ったことですけれども、何より当事者にとっても大変に勿体無い話ではあると思いますね。

| | コメント (23) | トラックバック (0)

2014年8月26日 (火)

医療の供給はいずれ過剰に?

今週になってPCが突然ぶっ壊れてちょっと環境的に不自由しているところなのですが、最近ではクラウドと言う便利なものがあるので昔ほどには苦労することはなくなってきましたね(あらかた仕上げた頃にやってくる「HDDが飛びました」に何度泣かされたことか、です)。
さて、このところ何かとその信憑性を疑われることの多い朝日新聞系列の雑誌に、先日こんな「衝撃」的な記事が出ていました。

病院看護師バブルがやってくる 11年後に14万人 だぶつきの衝撃(2014年8月11日朝日新聞AERA)より抜粋

 大学の看護学科新設ラッシュで看護師が今後急増しそうだ。特に病院では、将来深刻な人余りが予想されている。白衣の天使はいかに生き残ればいいのだろうか。
(編集部 野村昌二)

 11校(1991年度)だったのが、今や226校に(2014年度)──。
 いったい何の数字かといえば、看護学部・学科を設置した看護系大学の数である。97年度以降毎年約10校のペースで増えつづけ、23年間で20倍以上。日本の4年制大学の総数は約770校だから、実に3・4校に1校が看護系学科を持っていることになる。入学定員の数は、558人(91年度)から1万9454人(14年度)と、実に35倍になった。
(略)
 実際、看護師不足は深刻だ。
 看護師(准看護師を含む)の数は約144万人(12年)と、9年間で25万人近く増えた。それでも、厚生労働省の「看護職員需給見通し」によれば、15年時点で看護職員(看護師、准看護師、保健師などの総称)の「需要」が約150万1千人なのに対し「供給」は約148万6千人と約1万5千人不足している。アンケートの「看護学部・学科」の新設理由を見ても、
「社会環境の変化と地域における看護師の人材需要に対応」(北海道科学大学)
「地元千葉県をはじめとする社会に貢献」(聖徳大学)
 などと、いずれも不足する看護師への対応を挙げている。
(略)
●診療報酬改定の余波

 しかし、安易な新設はリスクを伴う
 典型例が04年度に誕生した法科大学院だ。少子化に悩む大学には学生集めの切り札と映り、74校が「乱立」した。だが、司法試験合格率は平均20%台に低迷。学生離れが加速し、募集停止が相次いだ。今年度の入試では67校が学生を募集したが、61校が定員割れし、うち44校は半数にも満たなかった。こうしたことから先の小林さんは、
「本来、看護師の国家試験の合格率は100%に近いが、すでに一部の大学では合格率が60%、70%台のところも出ている。今後、合格実績の低い大学は、法科大学院のように定員割れを起こし募集停止になりかねない」
 と「新設ラッシュ」に懸念を示す。
 そして気になるのが、増え続ける看護師の数だ。
 病院で勤務する看護師14万人が余る──。
 そんなセンセーショナルな試算を、医療コンサルティングの「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン」(東京都港区)が行った。
 同社の渡辺幸子社長は言う。
「国が描く改革のシナリオをベースに試算した結果です」
「改革のシナリオ」というのが、4月の診療報酬改定だ。
 診療報酬とは、医療機関や薬局が健康保険組合や患者から受け取る代金のこと。原則として2年に1度、改定が行われるが、4月の改定では看護職員数の配置基準も変わった。

●ジェネラリスト目指せ

 国は06年度、高度な医療と集中看護で入院日数を縮め医療費を抑える狙いで、7人の入院患者に対し看護師1人を配置する「7対1病床」の区分を新設。入院基本料も大幅に増額し、それまでもっとも高かった「10対1病床」の1・2倍にした。その結果、増収をあて込んだ多くの病院が7対1病床に飛びついて病院間で看護師の争奪戦が起き、さらなる看護師不足を招いた
 7対1病床の増加は、そのまま医療費にも跳ね返った。12年度の医療費の総額は過去最高の38兆4千億円。7対1病床に関する政策は明らかな失策だった。
 すると厚労省は手のひらを返し、今年4月の診療報酬改定で、7対1病床を約9万床に当たる25%減らす方針に転じたのだ。すべての団塊の世代が75歳以上になる「2025年問題」に備え、自宅に戻る患者の多い病院に対する評価を高くするほか、在宅医療に取り組む診療所にも診療報酬を手厚く配分するとした。
訪問看護師の需要が高まり、日本全体で看護師が余るわけではありませんが、そのことは病院で働く看護師が余る可能性を示しています。その数が、25年は最大で約14万人となるのです」(渡辺社長)
(略)

まあ看護師になるルートは必ずしも四年制大学の看護学部を出るばかりではありませんから、その辺りの数字のマジックは要注意として看護系の定員が増えていると言うのは感じるところで、やはり手に職を持つ者が不況には強いと言った理由もあるのでしょうか。
ともかくも記事を見ていただくと判る通り、病院で勤務する看護師が過剰になってくれば訪問介護など病院外に働く道を見いださなければならなくなるかも、と言った趣旨の予測であるようなのですが、ともかくも看護師を目指す学生の数がこうまで増えていると言うのは驚くほかありませんよね。
実際には手が足りない状況下でようやく回している現場も多いでしょうから、実際にこうも単純計算で看護師余りが発生するのかどうかは判りませんけれども、留意すべきは看護師は今現在も資格を持ちながら離職している人間が多い、そしてその離職理由として圧倒的多数に挙げられているのが職場の人間関係であると言う点です。
労働環境の厳しさや体力的不安など人員不足に起因すると思われる離職も合計すれば同程度になりそうな勢いですが、そもそも明らかに適性や能力等で向いていない、あるいは単に職場の雰囲気を悪くするだけと言う「腐ったリンゴ」ですら辞めさせられないと言うのも、元をたどれば看護師不足に行き着く問題とも言えますよね。
要するに将来的に看護師がそれなりに充足して悪貨をきちんと選別出来る程度に充足してきた場合、こうした様々な問題が解決に向かうとすれば職場環境改善を見て復職したいと考える人も出てくるかも知れずで、逆に予想以上に現場の看護師が増えてくると言うことも考えられるかも知れません。

もちろん医療系の専門職としての教育を受けているわけですから非専門職を使うよりも安心だと言う局面は多々あるはずで、今まで看護師+看護助手と言う組み合わせでやっていた仕事を全部看護師だけで回すようにするだけでも需要など幾らでも創出できるはずです(それが看護師の仕事として満足度が高いかどうかは別として)。
ただ看護師が専門職として高い給料を取っている間はそうしたことも起こりにくいはずで、結局は需給バランスの崩壊は労働量や労働環境と言う点では今より改善に役立つかも知れませんが、給与や業務内容等の変動も込みで考えると必ずしもそれが働く上での満足度向上につながるかどうかは何とも言えないと言うことですよね。
ともかくも足りないから増やせ増やせではいずれどこかで過剰が問題になると言うことはあり得るわけで、すでに弁護士や歯科医がそうした状況に追い込まれワープア化している状況を見ると次は医師か看護師かと言う話なんですが、何かと不足ばかりが話題になることに釘を刺すように先日こんな気になる話が出ているようです。

将来、医療需要減れば「供給側の縮小も」- 日病の常任理事会で厚労省・佐々木室長(2014年8月25日CBニュース)

厚生労働省医政局の佐々木昌弘・医師確保等地域医療対策室長は23日、日本病院会(日病)の常任理事会で、地域医療ビジョンや医療計画の今後について説明した。その中で、医療の需要と供給の将来像を推計した結果、需要が縮小する見通しの地域では、「サプライサイド(供給側)の縮小もあり得る」と述べた。25日に日病が開いた定例記者会見で、堺常雄会長が明らかにした。【佐藤貴彦】

堺会長は会見で、この発言について、「警告なのか、単なる説明なのか分からなかったが、医療機関は心してやっていただきたいというメッセージだったのかもしれない」と受け止めたと話した。

また、「八千何百ある病院が(将来も同じ数だけ)本当に必要かは、今後真摯に考えていく必要がある」と述べ、医療需要の変化に応じた供給側の縮小に理解を示した。その上で、医療の供給体制の再編に向けた議論を、行政だけで行えば、医療の供給側の混乱につながる可能性があると指摘。「(行政からの)一方通行ではなく、相互の理解の下で、道筋を探っていく必要がある」との考えを強調した。

この場合供給とはスタッフの数や施設数など様々な要素を含んだ概念だと思うのですが、一般論として人口減少時代に不足だ不足だと供給側を増やすばかりではいずれ過剰になるのは当然のことなのですが、どこかで供給増から縮小に転じるにしてもさてその時期はいつになるのかと言うことが気になるところですよね。
少しばかり興味深いのはこのコメントが病院団体である日病の理事会で出ていると言う点なのですが、例えばこれがかねて医師の数を増やしすぎるのは問題だとして過大な増員傾向に反対してきた日医相手であれば拍手喝采で迎えられていたのかも知れません。
これに対して日病の場合は基本どんどんスタッフも増やし病床も増やしで経営拡大したいと言う立場ですし、もちろん病院の統廃合ともなれば内心あまり面白くないはずなんですが、だからこそ今の時点から国がこうしてわざわざ言ってきたと言うこともあるのでしょうか。

注目したいのはこの発言が国全体としての話ではなく、「需要が縮小する見通しの地域では」と言う但し書きがついていると言う点なんですが、例えば医学部新設が確定的となっている東北地方などは今後人口減少が最も大きく現れてくる地域だとも予測されていて、どうせ作るならもっといい地域があるのに…と言う声もありますよね。
ただ医師など人員は流動的ですからどこにでも行けるわけで、仮に特定地域内で医師数がどんどん増えたとすれば相場は下落傾向になるはずですから、自然と供給不足で給料なども恵まれている地域に移動しそれなりにバランスが取れていくのではないかと言う考え方もあります。
そう考えてみると結局学生の数だ、国試の合格数だと言った人数面よりも病床数や施設数の方が地域の医療供給を左右する最大要素であるのかも知れませんし、まさにその点でこれから始まる地域医療ビジョンなどは地域内の施設をコントロールするものですから、まあそれなりによく考えてあるものだとは思います。
問題は供給過剰とは何をもって過剰と言うのかで、国全体として順調に供給が増えていけば「未だ平均値にも達していない!」と半数はさらなる供給増を主張出来る道理ですから、相対指標ではなく絶対指標で評価を行うのだとすればいつ何を根拠にそれを定めるのかと言うことがいずれ大きな議論になりそうですね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年8月25日 (月)

夏の暑い季節には冷たい氷、ですよね

本日の本題に入る前に、安楽死と言えば日本ではようやく消極的安楽死がガイドライン等で「あり」として扱われるようになった段階ですが、世界的に見ますと薬剤等によって命を失わせる積極的安楽死を合法としている国が幾つかあり、オレゴンなどアメリカの一部州やオランダなどが知られています。
ただ世界的に最も歴史と伝統を誇る安楽死の元祖と言えばスイスなのだそうで、昔から「死にたくなったらスイスへ」などと言う合い言葉が欧州各国でささやかれていたのだそうですが、最近その希望者がどんどん増えていると話題になっています。

スイスへの「自殺旅行」が4年で倍増、調査で判明(2014年8月22日ロイター)

[チューリヒ 21日 ロイター] - 安楽死が目的でスイスを訪れた外国人が、2009─12年の4年間で倍増したことが、「医療倫理ジャーナル」誌に掲載された調査で明らかになった。

スイスは1940年代から、直接の関係をもたない人物のほう助による自殺を合法と認めている。このほか、オランダ、ルクセンブルク、ベルギーと米国の一部の州でも安楽死が法的に認められているが、多くの国では依然違法。こうしたなか、末期患者などが近親者や医師の訴追を回避するため、安楽死目的で外国を訪れる例が出ている。

2012年にスイスでほう助自殺により人生を終えた人は172人で、09年の86人から増加。このうち、ほぼ3分の2がドイツ人と英国人だった。

自殺志願者の約半数については、まひ、運動ニューロン疾患、パーキンソン病、多発性硬化症など神経性の疾病が自殺の要因となっていた。

08─12年にスイスを訪れた自殺志願者は、31カ国の計611人。平均年齢は69歳だった。半数近くがドイツ、20%が英国から渡航。上位10カ国にはフランスとイタリアからの渡航が含まれ、この2カ国は特に増加が目立っているという。

スイスではそうした希望者に手続き等の手助けをする自殺幇助機関が存在していて、およそ70万円ほどの費用で事が達成出来ると言うのですからリーズナブルと言っていいのかどうか何とも微妙なのですが、当然ながら医学的にそれが妥当であるかどうか、本人の自由意志によるものかどうか等々は徹底的に調査されるそうです。
いくつかの記事を見た限りその志願者が増えている理由についてはっきりこれと言うものは示されていないのですが、数年前の記事を見てみると志願の理由として末期癌が多かった、しかし現時点では半数が神経系疾患が原因であるとされている辺りにその理由の一端が隠されているのかも知れませんね。
ともかくもネットがこれだけ普及した時代ですから、世界中どこにでもそれがあるとすれば検索で見つけ出すことが出来るし、ひとたび手段が存在すると知れれば実行出来る時代ではありますが、しばしば安楽死の原因疾患として名前が挙がるALSと言う病気について最近妙な「流行」が世界中に広まっていると言います。

ALS支援:氷水効果で寄付金急増 日本は5日間で1年分(2014年8月22日毎日新聞)

 ◇米国では3週間で43億円にも

 運動神経の機能が失われ、全身の筋肉が動かなくなる「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の患者を支援しようと、バケツにいれた氷水を頭からかぶるチャリティーイベント「アイス・バケット・チャレンジ」が国内で広がる中、日本ALS協会に寄せられた寄付金が、8月18〜22日の5日間で、昨年度1年分に迫る394万円に達した。同協会が22日、明らかにした。

 同協会によると、508人から寄付があった。昨年度の寄付金総額は約425万円で、今回集まった寄付金はこれに迫る額だ。「関係者や遺族からの大口の寄付ではなく、フェイスブックなどの口コミで、短期間にこれだけの寄付が集まることに驚いています。これをきっかけに、ALSに対して継続的に関心を持っていただけるとうれしい」と同協会。寄付金は年度によって金額が上下し、2012年度は684万円▽11年度は432万円▽10年度は741万円だった。

 米国発のこのイベントは、寄付をするか氷水をかぶって次の挑戦者を指名することがルール。スティーブン・スピルバーグ監督やマイクロソフト創設者のビル・ゲイツ氏、女優のジェニファー・ロペスさんら著名人が、挑戦の様子を動画で公開して広がった

 日本でも、人工多能性幹細胞(iPS細胞)研究の山中伸弥・京大教授が氷水をかぶる様子が動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開された(https://www.youtube.com/watch?v=h8SxIN2ILsQ&list=UU-I2cp3hAGPt7qD57CmioKA)。ソフトバンクの孫正義社長、トヨタの豊田章男社長ら財界人のほか、芸能人やスポーツ選手も続々と挑戦し、話題を呼んでいる。

最近やたらと誰それが氷水をかぶった、次に誰それを指名したと言ったニュースが流れていますが、この「アイスバケツチャレンジ」なるもの、ALSの研究を支援するために寄付をするか氷水をかぶることを選ぶと言うもので、もともとこうしたチャリティー目的で氷水をかぶると言うことは以前から行われていたようです。
今回はつい一ヶ月ほどの間に世界中に広まったと言うのは単に氷水をかぶるだけでなくそれを動画としてSNS等で広める、そして何より次の実行者を指名すると言う連鎖的なルールを決めたことが大きかったようですけれども、次に誰を指名するかと言うことが大きなイベント性をもって注目されると言うのはうまいやり方だとは思います。
ただ言ってみれば他人から半ば強制的に氷水かぶりを迫られると言うのもどうなのかで、日本でも敢えて氷水をかぶらずに寄付しますと言う芸能人が拍手喝采を受けたと言う事例もありますし、氷水をかぶる意味が判らないだとかそもそもこうした活動自体が反社会的で問題なのではないか?と言う反発の声も少なくないようです。

世界で流行のアイス・バケツ・チャレンジ、音楽業界でも賛否両論(2014年8月23日サイゾー)

 世界中で流行している「アイス・バケツ・チャレンジ」。難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)を支援するためのチャリティー活動で、知人などから指名を受けた人は、24時間以内に「100ドルを寄付する」か「氷水をかぶる様子をSNSなどで公開」のどちらかを選び、さらに自分も3人を指名するというものだ。
(略)
 同活動に対しては「金持ちなら寄付しろ」「氷水をかぶってどうなるのか」「ただの売名じゃん」「病気のことを本当に理解しているのか?」など批判も多い。ニューヨーク在住のミュージシャン・大江千里も、自身のブログにおいて“否定するつもりはないが、ファッションとして行うのではなく、チャリティー活動の本質を理解した上でやるべきではないか”という趣旨の発言をし、話題となっている。

 一方、乙武洋匡から指名を受けて氷水をかぶった上で寄付をした氣志團・綾小路翔は、活動について学んだ上で賛同したとコメント。ファンからは「売名だと思われたら残念」「辞める勇気を持ち、3人を指名しないでほしかった」などの意見も届いたが、「皆さんそれぞれが、しっかりと考えた上で選択していますよ。ただセレブリティが悪ノリでやっていると思うのは大間違いです」と反論。自分で決めたことだと強調した。チャリティーとミュージシャンの関係について、音楽業界関係者はこう話す。

「慈善活動に意欲的なミュージシャンは昔から多く、代表的なものには1984年にエチオピアの飢餓をきっかけに発足したチャリティープロジェクト『バンド・エイド』やアフリカの飢餓を救うため85年に制作された『ウィ・アー・ザ・ワールド』が挙げられます。チャリティーブームを巻き起こすほどの影響力があった一方で、当時から『偽善だ』『音楽を政治利用すべきでない』などの批判も多かった。今回も同じ議論が繰り返されている印象ですが、“3人を指名”“SNSで拡散”というチェーンメール的な要素が加わっていることから、反発するミュージシャンは今後増えていくかもしれないですね」
(略)

中国で娯楽ショー化する、「アイスバケツチャレンジ」 慈善目的のはずでは=中国メディア(2014年8月21日サーチナ)

 筋委縮性側策硬化症(ALS)に認知度を高めるために始まり、世界的に話題を集めているチャリティキャンペーンの「アイスバケツチャレンジ」。その波は中国にまで押し寄せているようだが、中国では早々にその意味合いが変質しつつあるようだ。中国メディア・新華網は20日「アイスバケツチャレンジは娯楽ではなく慈善であることを忘れてはいけない」とする評論記事を掲載した。

 記事は、このキャンペーンが欧米で流行し始めたころは「インターネットメディアと公益活動のコラボレーションに大きな拍手を送った」が、中国に伝わるとその活動の「テイスト」が変化してしまったとした。そして、SNS上での「ウイルス並みの」伝播速度、ネット上のアクセス数で成績を判断するやり方は「より重要な情報を隠してしまっている」と論じた。

 そのうえで、中国における状況について「浅はかな注目、過度の娯楽的感情で公益活動をもてあそべば、公衆の公益に対する心理を捻じ曲げるだけだ」と指摘。今回のキャンペーンを単に娯楽として捉えるのではなく、ALSについてもっと関心を寄せるきっかけにすべきだと訴えた。(編集担当:今関忠馬)

台湾でアイス・バケツ・チャレンジに疑問を投げかけるALS患者のコメントが話題に(2014年8月20日今日新聞)

アイス・バケツ・チャレンジにはもう参加しただろうか?台湾でもこの活動の輪が広がっているが、これに対して懸念を示す人もいる。アイス・バケツ・チャレンジが売名行為に転化されてしまっているのではないか?というものだ。大学講師をされているある人物はこの活動が台湾に伝わってからというもの、選挙人が票獲得のため、または若者たちがファッション感覚でという風に本来の意義が失われている事態になっていると指摘する。また、あるALS患者がFacebook上に投稿した文章「私はALSです」が共有され始めてもいる。(略)

投稿された文章

私の体はじょじょに動かなくなり、
感覚もほとんど失われてしまったような状態です。
アイスバケツチャレンジに参加している人達の猿芝居は見え透いたものです。
私の代わりに皆さんが冷たい思いをしたところで、何の意味があるでしょうか
しかしそれすら、私は口に出来ないのです。
ある市長がアイスバケツチャレンジに参加し、とても冷たい、と話していました。
冷たい、なら、それは気持ちの良いことでしょう。
もし私の病気を体験したいというのなら、
まず自分自身の体をがんじがらめに縛りあげてから
冷水を被るべきです。
そうすれば自由を他人に任せるしかなくなった子豚のような感覚を体験することができるでしょう。
企業家がチャレンジに参加し、
アイドルの女の子を指名、みんなは彼女が白いシャツを着て水を被るのを期待するわけです。
それすら待たずに二流芸能人が水を被ってみせる。
あなたたちの情熱と私たちの感じている退屈さがまるで噛み合っているかのような扱いに
私はもはや悪態の言葉も見つかりません。
まあいいでしょう。
それもどうせ、あなたたちが期待している私たちの姿なんでしょうから。

まあしかしイベント的に盛り上がっている人達にすれば「もしあなたが私たちの病気を体験したいと思うのなら、まず体をがんじがらめに縛りあげてみてください。」などと言われれば文字通り冷水をぶっかけられたような気分になるかも知れませんが、ALS患者側にしても当事者に無関係に始まったこの騒ぎは何だ?と言う感じでしょうね。
公開の場において強制的に参加を強要されることから一面で反発の声が根強いのは確かで、「これは不幸の手紙と同じことなのではないか?」と言った批判の声もあり、また本家アメリカでもチャレンジした消防士達が重体になるなど実際的な被害も出ているなど、必ずしも手放しで絶讚すべき行為ではないらしいと言うことも徐々に滲透し始めています。
もちろんこうしたチャリティーの常として注目を集めるほどお金も集まると言えばその通りなんですが、芸能人が大勢の観客を集めて大々的に行うと言うのもやはり何か趣旨と違うような気はするところで、正直「他人の病気をネタにして商売するな」と言われればごもっともと言うところはあるのかも知れません。

今回特に行為自体にSNSでの公開と次の実行者の指名と言うイベント性を持たせたことが成功の最大理由でもあり、また同時にこれだけ批判の声も出てきている理由でもあるのだと思いますが、一方で今までにない勢いで寄付金が集まっているのも事実だと言うことですから世間的な注目を集めると言う点では非常に今日的で有効な方法論です。
昔から「しない善よりする偽善」なんて言葉があるように、まずは実行することが大事なのだと言う考え方は一理ありますし、因縁ある方々同士が仲良く氷水をかぶって水に流したなんて話を聞けば単純にいいきっかけになったじゃないかと思ってしまうのですが、それではこれだけ広まった活動の落としどころをどう付けていくかですよね。
その意味では一過性のブームで来年の今頃には「ALS?何それ食べられるの?」と言うようなことでは意味がないのだろうし、ALSに対する知識と関心を普及させる契機にすべきと言うのは記事の言う通りなのですが、この点において実は患者側からも積極的に世間と関わり合っていく好機でもあるとは言えると思います。
ALSと言う病気はどんなものなのかと言う世間の素朴な疑問に対してホーキング博士の果たした役割は絶大なものがありますが、博士の存在はただ日々少しずつ死にゆくことだけが我々の期待しているあなた達の姿ではないと言うメッセージにもなっている気がします。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年8月24日 (日)

今日のぐり:「きびきび亭」

世間では大手新聞社の記事取り消しが誤報だ、いや捏造だと話題ですが、先日はあの虚構新聞がまた不祥事をしでかしたと訂正の記事を出していました。

またもウソがホントだった 虚構新聞、「ステーキさいころ」記事に謝罪(2014年6月25日ねとらば)

 虚構新聞は6月25日、6月24日に配信した記事「まるで本物 ステーキさいころ、来月発売」で報じた「樹脂製サイコロ肉風さいころ」が実際に存在するものだったとして謝罪文を掲載。当該記事の執筆を担当した社主UK氏に対する処分を決定したとしている。

 虚構新聞は、「実際にありそうで実は存在しないネタ」をニュースとして掲載するWebサイト。しかし、今回問題となった記事にある「樹脂製サイコロ肉風さいころ」が実際に存在する旨を多くの読者から指摘され、調査の結果存在が確認されたとして謝罪に至った。

 虚構新聞 編集部は、事態を重く受け止め当該記事を執筆した社主UK氏に対し処分を発表。社主UKに対し、「1カ月10%の減給、当該記事掲載日のアフィリエイト/アドセンス収入全額を東日本大震災被災地に寄付、本社ビル地下3階地下牢拘留2日」を言い渡した。

 今回の誤報について社主UK氏は「検索をかけてみたところ、記事のような商品が見つからなかったため喜び勇んで記事にした。取材に使った検索ワードは『サイコロステーキ』『ステーキさいころ』『食品サンプル』などを組み合わせたもの。当然画像検索も利用し、念のため「Diced beef」でも確認を取ったが、記事にしたようなサイコロとして使える食品サンプルは見つからなかった。この記事を掲載して騒がれた影響か、今これらのワードで検索すると商品画像が表示されるようになった。グーグルに文句を言いたい」と釈明している。

 今後の再発防止策として、編集部は「複数の検索エンジンを利用するなど、虚実関係の確認を徹底することで記事の精度をより高めていく所存」とコメントしている。

まあ人間間違えると言うことはままあることですが、その後どのように対処するかが重要であるとはよく言いますからね。
今回は虚構新聞がこの事件を教訓に更なる精進を果たすものと期待して、世界中から虚構と現実をテーマにニュースを取り上げてみましょう。

【悲報】キリンが好きすぎて動物園の檻の中に忍び込んでしまった女性がキリンに顔面を蹴られる(2014年8月19日秒刊サンデー)

2014年8月16日、アメリカ合衆国ウィスコンシン州マディソンにあるヘンリー・ヴィラス動物園にて、一人の女性が逮捕された。警察の調査によると、女性はキリン好きが高じて強引にフェンスをよじ登り、キリンの展示エリアに侵入したという。女性はキリンとの念願の対面を果たしたものの、一匹のキリンに顔面を蹴られてあえなく御用となってしまった。彼女の愛はキリンには届かなかったようである。

逮捕されたのは、カリフォルニア州サンルイスオビスポ在住のアマダ・ホールさん24歳。閉園後の午後5時半頃にヘンリー・ヴィラス動物園に忍び込み、キリンの展示エリアへの侵入を試みた。
その時、生後2歳になるキリンのウォーリーがアマダさんと遭遇。ウォーリーは興味深そうにアマダさんのもとに歩み寄ると、彼女の顔を一舐めした。そして次の瞬間、ウォーリーはくるりと向き直ってアマダさんの顔面に強烈な蹴りを見舞った。アマダさんはその場に倒れ伏し、駆け付けた動物園の職員に取り押さえられてしまった。
アマダさんは動物園の動物に迷惑行為をはたらいた罪で逮捕され、686ドル(およそ7万円)の罰金を科された。警察の取り調べに対し、アマダさんは「キリンが好きだったから思わず忍び込んでしまった。」と供述しているという。顔面を舐められ、蹴り飛ばされ、罰金まで払わされてしまった女性には、哀れすぎてもはやかける言葉もないだろう。

一見笑い話のように思える事件だが、当のヘンリー・ヴィラス動物園の職員は彼女が命を落とさなくて良かったと真剣に語っている。多くの方は、キリン=温厚でかわいらしい生き物というイメージを持つことだろう。しかし、最も背の高い陸上生物であるキリンの身長は人間の倍以上。全体重を乗せて本気で蹴れば、百獣の王・ライオンですら殺せるほどのパワーを秘めているという。アマダさんが軽傷で済んだのは不幸中の幸いである。
我々人間にとって、個性的な動物が勢揃いの動物園は癒しの空間だ。かわいい動物を見て、思わず触りたくなってしまうこともあるだろう。
けれども、動物はやはり動物であり、人間の常識が通用する相手ではないということを忘れてはいけない。接近しすぎると思わぬ反撃を食らうこともあるのだ。適度な距離を保って鑑賞を楽しむようにした方がいいだろう。
(略)

まあ大事なくて良かったと言う話なんですが、しかし愛というのはしばしば難しいものがあるとは本当のことのようですね。
こちらもロシアからある種の愛を伝えるニュースなのですが、いささか混乱しそうな話でもあります。

それは双子ですか? いいえ、”両性具有”の男性と同性愛女性のロシアの夫婦です(2014年8月20日ロシア)

若い彼女らは双子のようにも、同性愛カップルのように見えます。
しかし実際はもう少し複雑です。

一つ目の理由は同性愛、ゲイやレズビアンに厳しいロシアに住んでいるということです。
右側はマリナ・デビスさん(23歳)は男性として生まれましたが、自分の性別について悩んでいたとのこと。
今は「両性具有」と自分自身を呼んでおり、女性として生きています。
それと同時に女性に対しても強く惹かれるのだとか。

左側はアリソン・ブルックスさん。19歳の女性です。

二人は同じ格好をして同じドレスを着て結婚式を挙げました。
彼女らはロシアの”非従来型”のカップルに大きなメッセージを送れるのではないかと考えています。

記事を見て「ん…?」となってしまった方は写真を見てますます理解に困難を覚えるのではないかと思うのですが、最近はもはや何が何やらですよねえ。
もう一つ愛ということをネタにした、これはある意味実に日本的なニュースと言う事になるのでしょうか。

女の子の膝枕“VR”で疑似体験「変態に技術を与えた結果がこれだよ!」。(2014年7月28日ナリナリドットコム)

女の子の“ひざまくら”を、VR(バーチャルリアリティ)ヘッドマウントディスプレイ「OculusRift」で疑似体験する動画がniconicoに投稿され、「変態に技術を与えた結果がこれだよ!」といったコメントが寄せられている。

動画では、「OculusRift」を着用した男性が、特別に用意したひざまくらクッションに頭を載せ、バーチャル上の女の子のひざまくらを堪能している様子が収録されている。
その様子を見たユーザーからは

「シュールすぎんだろうがwwwwwwwwwwwwwwww」
「これはひどい(褒め言葉)」
「こうゆう変態にはどんどん技術をつかってもらおう」

といった感嘆の声が上がっているようだ。

これまた是非とも元記事の動画を参照いただきたいのですが、しかしおかしいですね、花粉症の季節でもないのに何故か目から鼻水が…
先日のW杯はドイツ代表の圧倒的な強さが印象に残ったものですが、違う世界のW杯ではこんな調子であったそうです。

北朝鮮の人々にとってサッカーW杯決勝は北朝鮮対ポルトガル!?(2014年7月13日ロシアの声)

朝鮮中央通信は、サッカーのW杯ブラジル大会の決勝は、そもそもアルゼンチン対ドイツではなく、北朝鮮対ポルトガルだと予告した。しかるべき声明は、YouTubeの人気ビデオホスティングで見つけることができる。

それによれば北朝鮮は、FIFAWカップのグループリーグを勝ち抜き、プレイオフに出場、米国に4-0、日本を7-0、中国に2-0と相手に一点も与えず3戦完勝した。

このビデオは、韓国の冗談好きがアップしたとの説もある。しかし、北朝鮮当局はすでに何度も、希望的観測を現実と偽るためブルースクリーンを利用してきた。

なお実際は、北朝鮮代表チームは、W杯決勝ラウンドに出場する資格を得られなかった。

これまた元動画を確認いただきたいのですが、しかしいささか対戦相手に偏りがあるような気がしないでもないのですがね。
世の中どこまで本当なのかと迷うことは少なからずありますけれども、これはどう解釈したらいいのかと言うニュースです。

魔術で猫に変身した12歳少年が捕獲される…ナイジェリア(2014年8月4日アメナマ)

ナイジェリアで、魔術によって猫に変身した12歳の少年が警察に捕らえられたとのこと。オンラインメディア「デイリーポスト・ナイジェリア」が報じています。

事件はリヴァーズ州の州都ポートハーコートで起こりました。交番の前をいつも同じ猫が駆け抜けていくことに気がついた警官が、不思議に思って、待ち伏せして猫を捕獲。その猫を殺そうとしたところ、猫が少年の姿に変わったとされています。

少年の自白によると、彼を猫の姿に変えたのはウォマディという老人で、ポートハーコートには他にも猫に変えられた人間がたくさんいるとのこと。猫人間の仕事は、人間の血を吸って、病気に感染させることだと話しています。

事件のあったルムオルメニ地区の最高統治者であるエゼ・ンドゥブエゼ・ウォボ氏も、同地区の住人3名が猫に変身したことを認めていて、警察の捜査が続いています。

どこからどう突っ込んだものか…と思い悩むよりも、これもまたアフリカの神秘の一つだと素直に受け止めておくべきなんでしょうか。
こちらの方は元ネタがはっきりしていると言う点では解釈に迷いはないのですが、その元ネタの斜め上ぶりにいささかびっくりと言うニュースです。

【衝撃動画】パキスタンの動物園には “半人半獣” の生き物がいる!? その名も「キツネ婦人・ムムターズ」(2014年6月26日ロケットニュース24)

ときは、もう21世紀。昔はお化けや妖怪の仕業と考えられてきた事象も科学的な説明がなされ、地球上にはもうゾクゾクするようなミステリーは存在しないのか……と、思いきや! 海外で何とも奇怪な生き物が撮影されたというので紹介したい。
パキスタンの動物園で “半人半獣” が激撮されたというのだ。その生き物は「キツネ婦人」と呼ばれているそう。名前のとおり上半身が人間で下半身がキツネだというのである。マジかと、ウソだろ、信じられない!! まずは YouTube の動画を見てみよう。

・パキスタンの「キツネ婦人」
「キツネ婦人」がいるというのは、パキスタン最大の都市カラチにあるカラチ動物園だ。四の五の言う前にとにかくその姿を見てほしい。動物の展示用というには、やや豪華なベッドに「キツネ婦人」ことムムターズ・ベーガムは横たわっている。
足から見ていくと、たしかに体は獣(けもの)そのもの。息をするとお腹がヒクヒクと動いていて、動物の温もりが伝わってくるようだ。だが、その頭部を見てビックリ!! 確かに人間の顔をしているのだ。マジでキメラなのかよ!!

・人語も操って大人気
なかなか奇妙な光景だが、ムムターズの人気はその容姿だけではない。なんと人語を操るのだ。来園者に占いをしたり、ウィットがきいたジョークを飛ばしたりと、40年間も人々を楽しませている。動物園、人気ナンバーワン! まさに女王様だ。

・33歳男性だった
そんなムムターズがメディアの取材を受けたそうだ!! そして衝撃告白! なんとその正体は33歳・人間男性のムハマド・アリさんだというのである。特殊な装置に入り、キメラのように見せているというが、お兄さん、サラっと告白しすぎやろ……ッ。
いや、でもムムターズは40年前から存在するのでは……と思ったら、彼は2代目。先代のムムターズは彼のお父さんであったそうだ。ちなみに以前、「謎のアラビア人面犬」という記事をお伝えしたが、もしかしたらムムターズの仲間なのかも知れない。

・みんなを楽しませるムムターズ
「なんだ、ニセモノか」。ファンタジーでもミステリーでもなくガッカリした人もいるだろうか。「ニセモノ」という前に、来園者たちの笑顔を見てほしい。
子供たちは「ムムターズの素敵なお話が聞けて幸せ」と話し、高齢者も「40~45年くらい前に一度ムムターズに会いましてね」「今日は孫と来ました。楽しかったですよ」と話しているそうだ。彼らの満足げな顔を見ていると、心が温まりはしないだろうか? ムムターズがなぜ人気者なのかわかる気がする。

婦人と言いつつ「なんとその正体は33歳・人間男性」っておい騙すのそっちかよ!と思わず言いたくなるのですけれども、ともかくも元記事の動画を見れば虚構ではあってもハッピーなニュースとは言えそうですかね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからの話題ですが、まずは黙ってニュースを紹介してみましょう。

バスを待ってたら隕石がドーン!! ペプシのドッキリバス停広告がハイクオリティ(2014年3月24日ねとらば)

 英ペプシのブランド「Pepsi Max」がロンドン市内で実施したドッキリ企画がすごいと評判です。YouTubeに動画が公開されています。

 オックスフォード・ストリートのバス停に設置されたAR(拡張現実)装置。一見、ただの透明なスクリーンですが、実はここに色々な映像を重ね合わせることができます。

 バスを待っているおばちゃん。すると、突然隕石が猛スピードで降ってきてビックリ! すぐに偽物だと気づいて安堵の表情を浮かべていましたが、このほかにもUFOやロボット、触手に虎などが結構な臨場感をもって登場します。

 やがて装置のまわりには人だかりができて、スマートフォンでの撮影大会も始まっていました。バス停という日常空間が一気にアトラクションとなったことに、「素晴らしい企画だ」「もっとやってくれ」といったコメントが寄せられていました。

これまた状況は動画を参照いただきたいと思いますが、まあしかしハイテクを無駄に活用してますよねえ…
見る人々の表情がまたいい味を出していますけれども、さて彼らの帰るべきブリ的現実は果たしてこれよりもマトモな世界であればいいのですが…

今日のぐり:「きびきび亭」

JAの敷地に隣接していて、一見JAがやっているのかと勘違いさせられると言われていたのがこちらのお店ですが、直売所が飲食店になった結果以前ほど間違うことはなくなりそうですね。
地元野菜を使ったバイキングの店として人気なのですが、久しぶりに来てみますと客入りは相変わらずで年配客中心と、いわゆるガッツリ狙いのバイキングとは少し違う雰囲気は変わらないようです。

例によって適当に一口ずつ試して見たのですが、定番のお総菜ではひじきやおからは甘口ながら濃すぎない味で、とくにおからは結構気に入りました。
それに比べますとごぼうきんぴらはかなり甘辛濃厚に感じますがこれで世間並み程度ですし、キュウリ酢の物もごくあっさり味で全般に濃くない味付けのようです。
魚のフライはキスなんでしょうかさっぱりしたものですが、塩サバはまだ少し早い時期ですがおかずには十分なうまさがあって、やはりこの時期なら断然ノルウェーがいいですね。
この日唯一と言っていいくらいの明らかな外れがハンバーグですが、まあ既製品なのか何なのかハンバーグではない何かの味が楽しめるでしょうか。
カボチャサラダはもうちょっと香辛料を加えたくなるかなと言う味付けで、一方意外とコールスローがいけたんですがこれはドレッシングが強めだからでしょうか?
野菜は天ぷらだけではなく唐揚げにしてあるのがちょっと珍しいんですが、中でもイモの唐揚げが結構いけました。
味噌汁は地元の味噌でこれも甘口ですがもっと野菜を入れれば…と少し不満なんですが、地元産の赤米ご飯は水加減がむじかしいのかと思っていたんですが硬めのいい炊き具合で楽しめました。

全般に家庭料理風だが害のない味で食材からしても確かに年配客に受けるのは判るのですが、バイキングとして見ますと薬味等の品切れがやたらに目立つのがマイナス点でしょうか。
ちなみに以前はお隣が地元産物の直売所だったんですが今や別の飲食店になっていて、閉鎖環境になったせいかトイレには行きにくくなった気がします。
JAとなりという立地に野菜中心のメニューと考えると以前の直売所併設というスタイルの方が良さそうに思うのですが、すでに短い営業時間の間ずっと満席で客寄せの必要はないのかも知れず、価格も少し上がったようで単純な割安感は減りましたがそれでもまだバイキングとしては安い方ですよね。
もちろん個々に見るといくらでもツッコミどころはあるのも事実なんですが、それでもバイキングの後にままある「やめておけばよかった…」と言う類の後悔は少ない店だと言う気がしますね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年8月23日 (土)

京大医学部で年齢差別?

京都大学と言うところは伝統的に受験生に入試の採点結果を公表することで知られていますが、その京都大学でこんな選抜が行われていたと話題になっています。

京大医学部入試でなんと「面接0点」 年齢差別ではとの見方出るが、大学担当者は否定(2014年8月20日livedoorニュース)

京都大学医学部の入試で、面接試験が50満点中0点だったとする成績通知書の写真がネット上で出回り、憶測を呼んでいる。年齢差別ではないかというのだが、京大の担当者は、「そんなことはないはず」と否定している。
「面接0点」というのが存在するとすれば、面接を欠席するか、暴言を吐いたかといったケースが考えられるかもしれない。

面接官から、後何度受けるつもりかと聞かれた?

写真が出回るきっかけは、2ちゃんねるで2014年5月8日、京大医学部の受験生という人物が書き込みをしたことだった。
この人物は、13年度の入試では、面接が25点だったのが、今回は0点と採点され、不合格になったと告白した。大学院卒の受験生だといい、当日の面接内容は、前回とほぼ変化がなかったものの、今回は面接官から、後何度受けるつもりかと聞かれたという。国公立大の後期日程では、別の大学を受けると話すと、そっちの方を頑張ってくださいといった内容のことを言われたとも明かした。最後に、面接官から試験の出来を聞かれ、今回は模試でも合格圏内で出来もまあいいと伝えたとしている。
翌9日になって、この人物は、京大に出してもらった「面接0点」の成績通知書だとする写真を2ちゃんにアップした。それによると、合格者の入試最低点は900点で、この人物は864点だった。面接が前回の25点だったとしても不合格となるが、一部学科試験の点数について、大手予備校の模試ではトップクラスだったのに、思ったより低いとも漏らしている。とはいえ、写真の文面を見ると、合格者の最低点を上回っても、面接と調査票の結果によっては不合格になるとされていた。
こうした採点について、この人物は、再受験者や多浪の受験者は差別されているのではないかとの見方から、「面接のあるところはもう怖くて受けられないよ」と不満を訴えた。年齢が高く再受験者などに見える人はほかにたくさんいたといい、「あの人らの面接点が気になる」とも言っている。

京大「『面接0点』となることは、ありえます」

この人物の書き込みに対し、同じ京大医学部受験生で浪人中だという別の人物は、自分も「面接0点」だったと2ちゃんで応答した。前回は、同様に25点だったといい、「今年から差別強化したのか?」と漏らしていた。入試得点も、867点と前出の人物の点数に近かったとしている。
2ちゃんでは、最近になって、年齢差別に抗議しようとの動きが出て、情報サイトなども取り上げるまでになっている。
京大医学部を再受験者する人向けのサイトなどでは、現役、1浪なら30点を基本に採点され、それから1年上がるごとに4点の減点になるといった情報が流れている。成績通知書の書き込みなどからまとめたとみられるが、もちろん確かな情報であるわけではない
「面接0点」について、入試情報を担当する京大医学部の教務・学生支援室では、取材に対し、「それはありえます」と認めた。面接に欠席した場合は、当然0点になるという。そのほかにどんな場合に0点になるかについては、「面接官が採点した結果ですので、私どもでは分かりません」と答えた。年齢差別があるかについては、「そういうことはないはずだと思っています」と言っている。
京大の入学者選抜要項では、面接については、適正、人間性などについて評価し、学科の成績と総合して合否を決めるとなっているが、「学科試験の成績の如何にかかわらず不合格となることがあります」とうたってある。今回は、学科だけで最低点の900点を上回っていても不合格になることになり、受験生には選考基準が分かりにくいが、教務・学生支援室では、「最低点はあくまでも参考に載せたということです」と説明している。

まあしかし、面接の結果次第では一発不合格もあると明記されている状況で面接が0点であると言うことですから、現実的にこれは試験の点数を問わず合格させるべきではないと判断されたと言うことなのでしょうかね。
そもそも大昔は医学部入試はテストの点数だけの一発勝負が当たり前だったのが、「医師として以前に人として優れた人材を選ぶべき」「医療のことしか知らない医師は困る」等々世間の声に押され面接だ推薦だ、はたまた学士に社会人入学だと多様な入試スタイルが取り入れられ始め、昨今ではさらに「地域に残る人材を優先すべき」などと言って地域枠の類が絶讚増加中であることは周知の通りですよね。
そうした多様な人材を求める価値観からすると何浪しようがとにかく医者になりたいと言うほど医学に対して熱意にあふれた人間こそ是非とも医学部に入れるべきと言うことになるのでしょうが、大学からすると何年も受験を繰り返してもなかなか合格点に達しない人間よりは一発合格する優秀な人材を取りたいのは当たり前だろうと言う考え方はあると思います。
さらに面倒なのは医学部の特殊事情として社会に出て一人前になるにはそれなりの年数がかかる、そしてこれは表向きの条件としては入っていませんけれどもやはり修行期間中は様々な意味で体力と根性の限界が高いほど有利と言う体育会系社会ですから、昨今の女子学生増加傾向にすら様々な意見があるのにまして歳のいって知力も体力も下降線になった高年齢受検者などどうなのか…と言う声はあるわけです。
年齢が高いと言うことは卒業後の実働年数が短いと言うことでもあって、ただでさえ今や医学部は医師養成所としてとにかく使える戦力の数を送り出すことが求められている中で、やはり様々な意味でより良い学生を取りたいと言うのが本音なのだろうし、京大のように採点結果が公表されない他大学であれば特に話題にもなることなくサクラチルで終わっていた話なのかも知れません。

面接というものはテストの点数では計れないその他の要素について評価する場だと考えると、年齢や多浪も含めてありとあらゆる基準から評価されると言う恐さもあると言うことだとは思うのですが、一方で0点と言うのはよほどに評価が悪かったとしてもなかなかにお目にかかれる点数ではないでしょうから、そもそも受験前に0点が確定していると言うのは試験のあり方としてどうなのかでしょうね。
その点で年齢その他の明確な基準があるのなら募集段階できちんと公表すべきであって、最初から合格させるつもりもないのに受験をさせているのは問題ではないか?と言う批判もあっていいはずなんですが、もちろん本音の部分はともかく仮にも国立大学ですから、あまり表立って年齢制限等々の条件を打ち出すわけにはいかないと言う事情も判ります(ただし基準未公表ながら、区別は行うと公表している大学はあるようですが)。
以前に訴訟にまで発展して話題になった群馬大学医学部の例では50代の原告による訴えは年齢差別だと明確に認められるとは言えないとして棄却されましたが、仮にも公費を投じている国公立大学なら年齢などで差別するのはケシカランと言う意見もある一方で、むしろ公費を投じているからこそ社会に還元できないことが明らかな人にそれを浪費するのは如何なものかと言う意見もありと、世の受け止め方も様々です。
ネット上では「どこの医学部が年齢差別が厳しいか?」などと言う出所不明の噂なども流れていて、それだけ医学部の年齢差別問題が公然化していると言うことなのでしょうが、興味深いのはネットで検索をしてみると入試の年齢差別問題とはほぼ医学部に関してのものに限られて議論されているようで、学部とその後の職歴とが直結する医学部の特殊性と言えるものなのかも知れません。
こうした年齢差別の是非は改めて議論していくべき問題だと思いますが、少しでも優良な学生を取りたいのはどこの大学でも同じ事でしょうから表裏関わらず様々な選抜基準はあるはずで、当面のところ年齢差別を回避するには学力試験の点数だけで合格出来る大学か、あるいは年齢差別をしないことを公表している大学を選ぶと言ったことも現実的方法論として検討すべきなのかなとも思いますね。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2014年8月22日 (金)

今年の夏最大の話題はおにぎりマネージャーなんだそうです

ちょうど夏の甲子園の真っ最中で、新聞等の紙面では試合で活躍した選手以外にも様々な周辺の人々も取り上げられることがあるのは毎年恒例なんですけれども、その一回戦のとある試合後にこんな小さな記事が出ていたことをご記憶でしょうか?

春日部共栄 おにぎり作り“女神”マネ(2014年8月12日日刊スポーツ)

 春日部共栄(埼玉)が、開幕戦で今春センバツ王者の龍谷大平安(京都)を破る金星を挙げた。1回に3番守屋元気捕手(3年)の先制犠飛など、打者10人の猛攻で5点を奪い、5-1で勝利した。

 チーム内で“まみタス”と呼ばれ親しまれる三宅麻未マネジャーは、記録員としてベンチに入った。おにぎり作り集中のため、最難関校受験の選抜クラスから普通クラスに転籍したほどで、「頑張っておにぎりを作ってきたことが報われて、本当にうれしい」と勝利にニッコリ。守屋は「いつも気を使ってくれる。まみタスを日本一の女子マネにしてあげたい」と誓った。

マネージャーながら記録員としてベンチ入りしたくらいですからチーム内での信望も厚いのでしょうが、優勝候補をいきなり撃破したこともあって各社が写真入りで大きく取り上げたせいか、一躍日本一有名な女子高生マネージャーとも言うべき立場になってしまったようです。
ちなみに春日部共栄高校と言えば何度も全国大会に出場している野球部以外にも各種スポーツが盛んなんだそうですが、同時に埼玉県内でも指折りの偏差値を誇る進学校でもあるのだそうで、その中でも一番レベルが高いと言う選抜クラスで入学したくらいですからずいぶんと勉強家でもあったのでしょうね。
ともかくもある意味では強豪野球部そのものよりも有名になったくらいですから、先日春日部共栄高校が惜しくも敗退した際にも彼女の泣く姿の方がよほど大々的に取り上げられたと言うくらいで、高校野球の報道でこういう裏方の子が何度も紙面に登場するのも珍しいことだなと思っていましたら、何故かこの「おにぎりマネージャー」の話題が妙な方向に延焼が続いていると言います。

おにぎり作りで選抜クラスから転籍とスポーツ紙報道 春日部共栄野球部女子マネ、これは美談か?大議論に(2014年8月14日J-CASTニュース)

 埼玉・春日部共栄高校の野球部の女子マネージャーが、部員へのおにぎり作りに集中するため選抜クラスから普通クラスに転籍した――。こう報じたスポーツ紙の記事を巡って、ネット上で賛否が分かれる議論になっている。
 「春日部共栄 おにぎり作り『女神』マネ」。日刊スポーツが野球部マネージャーの3年生女子生徒(17)について2014年8月12日に書いた記事は、こんなタイトルになっていた。
(略)
 この記事が日刊のサイトでも掲載されると、ツイッターなどでは、「今の日本にこんな美しい青春があったとは?」「いやぁ久しぶりにこういう熱血青春ガールを見たわ~」と感心する声が上がった。
 しかし、「おにぎりの為に将来を棒に振るなんて全く良い話ではない」などと、次第に批判的な声も多くなった。その後は、「周りの大人が止めてやれよ…」「なぜこの部活はおにぎりを外注しないんだろう」「どう考えても、これは女子生徒がやるマネージメントの範囲を超えている」といった意見が相次いだ。また、記事は、典型的な性別役割分業を前提にしているのではないかとの指摘が出て、「美談として報道すべきではない」とマスコミ批判にも発展している。

「話が広がっており、戸惑っています」

 春日部共栄高校野球部の女子マネージャーについては、2013年8月15日にBS朝日の番組「スポーツクロス」で特集が組まれていた。
 番組では、当時2年生だった女子生徒も出演し、選手らにはご飯にふりかけをかけて出していたが、前年冬ぐらいから「部員が食べやすい」とおにぎりに変えたと説明していた。もともとは、栄養士のアドバイスから夏場に選手が体重を落とさないようにするのが目的だったそうだ。
 映像を見ると、おにぎりを手で握っていたわけではなく、プラスチック製の型にしゃもじでご飯を詰めて作っていた。また、当時は、女子マネージャーが計8人もおり、1人で作っていたわけではなかった
 ほかの新聞報道によると、現在のマネージャーは、生徒のほかに、下級生6人がいる。生徒だけに負担がかかっているわけではないらしい。とはいえ、部員120人もがおにぎりを食べるため、多いときは1日で1000個も作るといい、かなりの重労働であることに変わりはないようだ。

 春日部共栄高校の教頭は、取材に対し、生徒がクラスを転籍したことは学校側からの働きかけではないと説明する。
 「野球部のマネージャーに専念してほしいから、クラスを変えてほしいと言ったということはありえません。クラスは、基本的に本人の希望で学年が上がるときに変えることができます」
 ネット上で出ている様々な意見については、こう言う。
  「何ともコメントしようがありませんが、おにぎり作りは女性の仕事だと、性的差別をしていることはないと思います。マネージャーは、ほかの学校でも一般的に行われていることをしているのでは。もちろん男性でもよく、現在は男性がいませんが、以前はいたことがあります」
 報道で騒ぎが過熱することを懸念しているといい、「本人の意思とは関係なく話が広がっており、戸惑っています」と漏らした。今後については、「野球部でどう考えるかは分かりませんが、間違ったことをしたわけではないので、マネージャーのすることは特に変えていかないと思います」と言っている。

「おにぎり2万個」握った女子マネージャーの美談に賛否両論! 「夏の甲子園」は本当に必要なのか?(2014年8月19日ダイアモンドオンライン)

(略)
●教育の視点から覚える「美談」への違和感

 そもそも、高野連は高校野球を教育の一環だと主張している。では、「教育」とは何かというと色々な意見があるだろうが、いわゆる教養も含めた「広義のキャリア教育」こそが、教育の本質だと思っている。途上国の少女に教育が必要なのも、その少女が大人になったときに自立して生きていけるようにするためで、つまり、初等教育における読み書きから、高等教育にいたるまで、すべてがキャリア教育である。

 日本の高校教育もこの文脈で語られるべきだし、実際、先進的な高校はその路線で突き進んでいる。無責任な大人は、教育とキャリアを結びつけて考えることを嫌うが、それで将来、苦しむのは子どもや若者たちだ。大人は、子どもや若者の将来的なキャリアを見据えて教育を提供すべきだ。

 もちろん、教育は勉強だけではない。すべての高校生は勉強だけやれとは言わない。高校野球に関して言えば、将来、プロ野球の選手をめざす野球部員が、勉強よりも野球の練習を優先させるのは、キャリア教育という意味でも正しい。将来はJリーガーになりたいというなら、学校の勉強よりサッカーの練習のほうが重要だ。世界的に偉大な音楽アーティストになりたいというなら、自宅での勉強より曲作りに励んだ方が正解だ。

 しかし、では、「おにぎり2万個」の女子生徒はどうなのか。勉学を犠牲にして、おにぎりを2万個握ることが、彼女のキャリア形成にどのように役立つのか。彼女の行為を賛美する人たちは、その視点が決定的に欠けている。

ざっとネット上で見ていた範疇では意外とフェミな方々の声が聞こえてこない気がすると言いますか、もちろん昔ながらのジェンダーに由来する差別論に絡めて云々する声もないではないようなんですが、それよりも何よりも根強いのはわざわざ難関高校の最難関コースに進学したのに勉強と言う「本分」の部分で妥協してまでおにぎりを握る意味があるのか?と言う疑問であるようです。
実際のおにぎり作りの負担がどれくらいなのかと言うことなんですが、休日練習のように長時間に及ぶ場合には記事にもあるように最大1000個、通常の練習で200~300個を数人で準備する、それも当然ながら今の時代ですから濡らした軍手で握るなんてわけではなく型にご飯を詰めてポンと出すと言う今風のやり方ですから、練習時間中の他の作業の合間に十分こなせる仕事の一つではあったようです。
一部で言われている通りそもそもマネージャーがおにぎりを用意するのがいいのかどうかですが、暑い中でも練習をするわけですから家から持ってくると言うのも衛生上不可能でしょうし、トレーニング効果を最大限高めるためにも運動後30分以内には栄養補給をすべきだとされているわけですから、日々のコスト面も含めて考えても練習後に飯を食いに行くよりはよほどに安上がりかつ効率的ではあるんだろうとは思います。
部活の時間外にまでしわ寄せが来ていると言うのであればともかくですが、練習時間内で終わることであれば部活動に参加する時点で覚悟しておくべき範疇のことですし、実際に当の本人も別に部活動のために勉強を犠牲にしたと言うわけでは全くないと言っているわけですから、あるいは問題の発端となった当初の記事そのものが取材する側の想像による補足込みであったのか?と言う気もしないでもありませんね。

「おにぎりなど幾ら作ってもキャリア形成に何の役にも立たない」と言う批判もありますが、本人は昔から幼稚園の先生になることが夢だそうですからこうした他人へのサポートの経験は将来大いに生きているでしょうし、今後進学をするにあたっても就職するにしても全国区でこれだけ大きく取り上げられた以上は大いに有利になるだろうと妬む声すらあるくらいで、むしろキャリア形成上は予想外に大きな成果があったと言うべきでしょう。
もちろん学生生活と言うものもきっちりと人生マネージメントの一部として隙なく組み上げておくべきものだと考える人はいるでしょうし、今後さらにマネージャーの業務負担が増えて後輩達が人生設計に支障が出てくると言うことであればまた別の問題ですが、こと今回のことに関しては外野の大きなお世話と言えば言い過ぎでしょうけれども、本人にとっては少なくとも無駄な努力ではなかったとは言えそうです。
実際のところほとんどに人にとっては「ここまで引っ張るほどのネタなのか?」と言う程度の話でしょうし、本人達はごく普通に部活をやっているのに部外者が考えすぎるのも迷惑な話だと思いますが、しかしこういう議論にあたってそれぞれの論者のスタンスとどのような学生時代を送ってきたかと言う相関関係を調べて見ると結構面白いと言いますか、体育会系経験者とそれ以外で捉え方に違いが出るものなのかも知れませんね。
ちなみに本人は甲子園を去るに当たって「全く後悔はありません」と言い切ったのだそうで、思わぬ騒動になったことにも今後進学をがんばって「たたいてきた人を見返してやらなきゃ」と力強く宣言したそうですから頼もしいですが、個人的にはむしろ学生時代なんてもっともっと馬鹿やってもよかったんじゃないかと言いますか、幾らでも失敗できるうちにさんざん失敗の経験値を積み上げておくことにも大いに意味があると思いますけれどもね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年8月21日 (木)

亡くなり方はもっと多様であっていい(ただし、なるべく安価である限り)

死亡診断書に記載する死因と言うものに関連して内科医の酒井健司氏が先日こんなことを書いているのですが、御覧になりましたでしょうか。

老衰による死亡が増えている(2014年8月18日朝日新聞apital)より抜粋

(略)
さて、実は今回も死因統計の話です。前回提示した「主な死因別にみた死亡率の年次推移」のグラフには、老衰による死亡は含まれていません。死因統計の数字は政府統計ポータルサイト( http://www.e-stat.go.jp )などで発表されていますので、老衰による死亡率の年次推移のグラフを自分で作ってみました。なかなか興味深い結果となりました。

戦後、老衰による死亡率は下がり続けました。医学が進歩して他の病気で死ににくくなると老衰死は減るような気がしますが、実際には違います。死因統計は医師が書いた死亡診断書もしくは死体検案書から作られます。昔なら老衰とされていたような死亡が、診断技術が進歩することでなにかしらの病名がつき、結果として統計上の老衰死は減ります

ところが2000年ごろから、じわじわと老衰の死亡率が上がりはじめます。個人的な推測にすぎませんが、死生観の変化が反映されているのではないかと考えます。一昔前は長生きこそが第一で、食事が入らなくなれば胃瘻造設、呼吸状態が悪くなれば人工呼吸と、高齢者に対しても積極的な治療を行う傾向がありました。死を避けるために、検査を行い病名をつけていました

しかしながら長生きだけを目的としない死に方だってあるはずです。たとえば、在宅でのお看取りでは病院よりも老衰とされることが多いでしょう。平穏死という選択肢が知られるようになり、患者さんやご家族、あるいは医療従事者の意識が変わることで、老衰死が増えたのではないでしょうか。
(略)

確かに一昔前には新聞のお悔やみ欄などでも老衰で亡くなったと言う話はまずもって見かけなかった気がしますが、20世紀末には人口10万人あたり20人以下と言うのですから確かにそれはレアケースだろうし、増えたと言っても未だ10万人あたり100人にも満たないと言う水準が妥当なのかどうかですね。
先日もお伝えしましたように国は都道府県に適正な医療費支出の目標額を設定させ本格的に医療費削減を図り始めたと言うところなんですが、一般的に医療費削減政策と言えば医療現場からの反発が強くなる中で、関連学会が治療差し控えや撤退を認めるガイドラインを策定するなどむしろ積極的に抑制的な医療を推進しようとしているのが高齢者終末期医療と言えるでしょう。
最近は大手コンビニまでもが介護サービスに進出するなど介護領域のさらなる充実が図られている一方で、いよいよと言う時になれば徹底的な延命を図るよりも妥当な範囲で静かに看取るべきではないかと言う考えが医療現場にも国民の間にも根付き始めた結果の老衰死増加だと言えそうですが、高齢者に限らず終末期と言えば直接命がかかっている瞬間ですからその気になれば幾らでも濃厚医療を行う余地はあるわけです。
いわゆるホスピスのような終末期の看取り専門の対応を行う施設もまだまだ十分に滲透しているとは言えない中で、「人の命は地球よりも重い」を合い言葉にひたすら積極的に対応するばかりでなく、引くべきところは引くと言う看取り方をどこまで広げていくべきかは未だ試行錯誤の段階ですが、当然ながら国もこうした方向性は財政上ウェルカムだと言うことで制度的に後押しをする方針であるようです。

終末期医療、“モデル医療機関”を選定- 厚労省、21日に事業説明会開催(2014年8月18日CBニュース)

厚生労働省は18日、「人生の最終段階」にある患者の意思を尊重した医療体制整備事業を行う“モデル医療機関”の選定結果を公表した。終末期医療の課題検証や実施体制の整備を図るのが目的で、全国の医療機関を対象に参加を募っていた。72の医療機関から事業計画書の提出があり、評価委員会が審査した結果、10の医療機関が選ばれた。【新井哉】

終末期医療をめぐっては、2007年に厚労省が「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を公表しているが、「十分認知されていない」と周知不足を指摘する意見もあった。今年3月に厚労省の「終末期医療に関する意識調査等検討会」がまとめた報告書でも、「ガイドラインの普及や活用が不十分」として、医療機関内に複数の専門家で構成する委員会を設置し、医療福祉従事者の活動を支援する必要性を提示していた。

こうした指摘などを踏まえ、厚労省は“モデル医療機関”に相談員を配置し、患者の相談支援や関係者の調整を行うことで、課題の検証や問題点の改善を図る事業を立案。選定基準として、▽看護師や医療ソーシャルワーカーなどの相談員を1人以上選び、国立長寿医療研究センターの相談員研修に参加させる▽相談員が積極的に活動できるよう環境整備に努める▽相談支援は相談員を中心に医師を含む多職種による医療・ケアチームで実施する―などを挙げていた。

厚労省は今月21日、今回選定された医療機関を対象に事業説明会を開く予定。また、医療機関の相談員を対象に22、23の両日、臨床における倫理の基礎や合意形成を行う際の手順などの講義や、治療の開始や終了などについて話し合うロールプレイを実施するという。
(略)

もちろん終末期の対応方針については医師や患者、家族それぞれに考え方があることですし、当面はそうしたものを相互にすり合わせる作業を地道に繰り返しながらやっていく必要がありますが、特に家族にしてみれば医療の素人でもあり身内とは言え他人の命の行方を左右する決断になるわけですから、世間の意識変化の推移を見ながら何年、何十年もかかって少しづつ行動パターンが変化していくことになるでしょう。
ただ、やはり現場の医療従事者としてはどういう時に手を引いてよいのかと言うことが最も気になるところで、未だにしばしばあることですが本人は元より長年熱心に側についていたご家族の方々とも十分に話し合って自然な看取りの方針を決めた、ところがいざその時も間近になって突然現れた遠い親戚から「何故こんなになるまで放置していたんですか!ちゃんと治療してください!」なんてことを言われると言う話はままあると言います。
また先日は心筋梗塞による心停止から実に82分たって後遺症なく回復したと言う症例が報道されていて、転院搬送中の救急車の中と言う好条件があったとは言え国内最長例ではないかとも言われていますけれども、こういう事例が大々的に報道されると心マはいつまでやるべきか、やめた後で家族から「回復したかも知れないのに」と突っ込まれるのではないかと迷いも出てくるかも知れません。
その意味で医療側にしてもエヴィデンスの蓄積と言いますか、権威ある他施設ではこういうことをやっていると言う実績があれば大いに助かるのは事実でしょうが、一般論としてこの種のモデル事業が末端現場に広まるためには記事にもあるような各種課題を解消する新たな手間ひまをかけるのに見合うだけのインセンティブが必要になるかと思います。

その点で一般に濃厚医療と言うものは非常に高額な医療費がかかることが知られていて、当然ながら出来高算定をすれば大きな収入にもなるわけですから施設を経営する側とすれば旨味がある、一方で現場スタッフにすれば多大な労力をかけて無意味な濃厚医療はしたくないと言う気持ちもありと、動機付けと言う点から見ると医療側の足並みは統一されていないとも言えます。
国が医療費削減と言う観点からも濃厚医療をなるべく減らしたいと言うことであれば、両者の意志統一のために何らかの代替収入源を用意すると言うのが手っ取り早い道と言うことになりますが、患者の家族にしてみれば何も治療らしい治療をやってもらっていないのに高い料金だけ請求されるのでは釈然としないはずですから、この辺りはやるにしてもどういう方法で代償していくのがいいかですよね。
もちろん濃厚医療をしていないからと言っても十分な苦痛緩和や手厚いケアはするわけで、本来的には医療と言うものは薬代処置代ではなく人の手による行為に対してお金をいただくのが筋なんだろうとも思うのですが、この辺りは長年ヒトよりもモノに対しての評価に偏ってきた診療報酬体系全般に関わる制度的課題でもあるし、「サービス=タダ」と言う認識の日本社会では患者家族も含めた国民意識の変化も必要となるでしょう。
ただつい数十年前まで医者を呼ぶのは看取りの時だけなんてことが普通に行われていたものが、安価な国民皆保険が成立してから今度は脱・スパゲッティ症候群などと叫ばれるようになるまで何年だったかと考えると、数世代百年単位で待たなければ国民意識は変わらない、などと言うことはなさそうな気がしますね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年8月20日 (水)

目標を定めて確実な医療費削減を目指す時代へ

今春頃から財務省筋が方針を固めたと言う報道をお伝えしていた医療費支出の自治体別数値目標設定と言う話に関して、いよいよ具体的な検討が始まったと言うニュースが出ていますけれども、とりあえずは目標設定とデータ収集から始め、目標未達成の場合のペナルティ等は当面のところは設けないと言う予想通りの内容になりそうです。

医療費:都道府県に支出目標 抑制目指し来年度にも(2014年8月9日毎日新聞)

 政府は各都道府県に対し、2015年度にも医療と介護費に関する1年間の「支出目標」(上限額)を設定させる方針を決めた。医療機関が請求するレセプト(医療費の内訳を記した診療報酬明細書)や特定健診などのデータに基づき算出し、膨らみ続ける医療、介護費の抑制を目指す。11日以降、有識者による専門調査会で具体的な検討を始める。

 税と保険料で賄った12年度の医療費(自己負担分は除く)は35兆1000億円で、介護費(同)は8兆4000億円。団塊の世代が全員75歳以上となる25年度には、それぞれ54兆円と19兆8000億円に膨らむと推計されている。国の財政を圧迫する最大要因と言え、支出目標の設定は6月に閣議決定された経済財政運営の基本方針「骨太の方針」に盛り込まれた。

 目標設定に当たってはレセプトのほか、価格の安い後発医薬品の普及率▽平均入院日数▽高齢者数などの人口構成−−などの指標を使い、複数の市町村にまたがる地域ごとに「妥当な医療費」を算出。医療費の低い地域を「標準集団」と位置づけ、都道府県が妥当な支出目標を決める。

 国は目標を超えた都道府県に対し、当面はペナルティーを設けない方向だ。ただし原因の分析と具体的な改善策の策定を義務づけ、支出の抑制を促すことになりそうだ。

 議論は、社会保障制度改革推進本部(本部長・安倍晋三首相)の下に設置した専門調査会で始める。算出方法を巡っては、産業医科大学(福岡県)の松田晋哉教授らが開発した、診療科別の入院患者数▽救急車による平均搬送時間▽人口構成−−などを基に地域単位で合理的な医療費を推計するシステムがベースとなる見通しだ。【中島和哉】

国民皆保険制度で全国一律公定価格による医療を平等に提供していると言う現在の建前に反して、自治体毎の医療費にはかなりの差があると言うことは以前から言われているところで、それも厚労省の統計から概観するところでは人口分布や年齢階層の差異によると言うよりも東日本で低く西日本と北海道で高いと言う、なかなかに興味深い傾向を示しています。
北海道は冬になると高齢者の社会的入院が多くなるだとか、一般に西日本の方が東日本よりも医師数が多いと言った様々な事情も関係しているのだろうし、より現実的に地域毎の保険の査定の厳しさも大きな影響を与えていそうなんですが、ともかくも分析上は医療費に寄与する度合いとして入院医療費、特に高齢者におけるそれの寄与が大きいと言うのはまあそうなんだろうなと言う気がします。
いずれにしてもこうして全国横並びで競争のように医療費削減を強いられると言うことになりますと、それではどこをどう削るかと言うことが大きなテーマとなってくるわけですが、本格的に医療費支出抑制の方法論が議論されるようになってきたと言うこんな記事も出ています。

「風邪薬は無意味」は医療界の常識?保険適用除外の動き 医療費削減議論が本格化(2014年8月16日ビジネスジャーナル)

 6月に上梓した『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)が出版から1カ月で3刷りとなり、想定よりも売れ行きが好調だ。国を挙げた無駄な医療選定作業が進みそうであることも関係していると思われる。ここ最近で日本の医療経済の観点に関する大きな動きといえば、社会保障制度改革推進会議が7月に始まったところだろう。民主党政権時の社会保障制度改革国民会議と同じく、慶應義塾長の清家篤氏が議長を務め、首相の諮問に応える。医療や介護について、無駄を省きながら効率的に機能を強化することを目的としている。社会保障費の増大が問題視される中、無駄な医療の削減は必然の流れといえよう。

●風邪薬の保険適用除外は世界的潮流

 7月18日付日本経済新聞は、この社会保障制度改革推進会議に関連し、健康保険組合の見方として風邪薬や湿布薬を保険適用外とする改革案を紹介していた。この案に反発を覚える消費者も多いかもしれないが、「風邪薬を保険適用から外す」というのは世界的な潮流から見れば違和感はない。
 薬を保険適用外とする施策は過去にも何度か行われてきた。例えば、ビタミン剤の単純な栄養目的としての処方が2012年4月から保険適用外になった。また、最近でも14年4月から、うがい薬単独の処方をする場合は保険適用外になった。以前では風邪で診察を受けた際に、ビタミン剤が栄養補給目的で処方されたり、うがい薬のポピドンヨードが処方されることがあった。結局、ビタミン剤やうがい薬は市販で手に入るし、保険適用により医療機関で安価に手に入れられるのは問題だと結論付けられた。この施策により、国費負担がそれぞれ50億円ほど削減できた。
 もっとも、医療費抑制は重要だが、それにより医療を受ける人の健康が害されたり、寿命が縮んだりしては元も子もない。ビタミン剤やうがい薬は、省いても医療の成果には影響しない、ほとんど無駄な医療行為と判断された面があるのは見逃せない。

●科学的根拠に基づく「無駄な医療」

 今後、国が無駄な医療を削っていく上では指針が必要になる。削減が医療の成果に影響しないと証明できる科学的根拠がいるのだが、実はそのような根拠に基づき「無駄な医療」を列挙したものがすでに存在する。米国医学会がまとめた「Choosing Wisely」である(7月14日付当サイト記事『「無駄な医療撲滅運動」の衝撃 医療費抑制も期待、現在の医療行為を否定する内容も』参照)。
 前出自著では「Choosing Wisely」の内容を100項目にわたってまとめているが、風邪に対してはあらゆる薬の処方は不要とされている。風邪に薬が要らないというのは、医療の分野では長く常識であり、風邪薬への保険適用は変えられない悪弊でもあった。日本感染症学会や日本化学療法学会はガイドラインで、風邪はほぼすべてウイルスを原因とするもので、抗菌薬は効かないとしている。さらに、「Choosing Wisely」では解熱薬すら無用であるとしている。従来の科学的な根拠によると、薬を使っても使わなくても風邪の治療には影響ないとわかっている。国としても、医療行為の成果につながらず、市販薬でも置き換わる薬に保険適用を続けていくわけにはいかない。そうした判断の下で、これから風邪薬が保険適用外となっても不思議はない

●70歳以上の医療費引き上げも

 さらに8月3日付日経新聞によれば、70歳以上の医療費引き上げが検討対象にあるという。この方針には高齢者の負担増につながるとの反発も多いが、無駄な医療費削減の観点からすると、必ずしも悪いところばかりではない。ちなみに「Choosing Wisely」は、高齢者への医療行為も安易に増やすべきではないとしている。日本では、高齢者に対しても積極的に検査や治療を行う傾向はあるが、実際に健康の維持や寿命の延長につながっているのかは見えないところがある。高齢者への検査や治療が、寿命の延長につながるかを研究で証明するのは難しい。ただし、医療機関は感染症にかかっている人が多く訪れ、検査や治療には思わぬ事故のような有害性や副作用も伴うので、病院受診が高齢者のリスクにつながる可能性があるのは確かだ。高齢者にとって、医療機関での受診が経済的な負担になるのは、たとえ自己負担率が低くても変わらない。
 そのような背景から、「Choosing Wisely」は高齢者への安易な積極検査、積極治療を控えるよう求めている。米国は、保険制度も異なるから、同様にとらえられないとはいえ、検査や治療に伴うリスクが薄弱な日本では見習える部分も多々あるだろう。
 医療費抑制の流れがつながる中で、何が無駄で効率化できるのか。議論を進める上では「Choosing Wisely」のような指針の策定が重要になってくる。(文=室井一辰/医療経済ジャーナリスト)

まあ風邪に対して風邪薬が無駄かと言えば多くの社会人からは何を言うかとお叱りを受けそうですけれども、あくまでも医療経済学的な側面から言えば民間薬として売られているもので医学的にも特に必要がないものは保険適応から外しても構わないのではないかと言う話であって、仕事に支障を来すような風邪症状を抑えることが社会的に意味があるかどうかと言う話とは全く別問題であると言うことですよね。
ただ風邪薬に関しては一般に病院ではいわゆる風邪薬単独で処方されると言うことはあまりなくて、定期受診のついでにだとか他の治療薬と併用してと言った処方のされ方をする場合が多いでしょうから、保険外になった場合に風邪薬だけ出せない理由を長々と説明しなければならないのか、混合診療の例外にしてはどうなのか等々実臨床に与える影響を考えて議論にはなるところだと思います。
当面は処方をされれば当然院内、院外を問わず薬局で薬をもらうわけですから、この段階で処方対象外の薬も一緒に「買って」もらうと言う運用をすることになるのかですが、風邪薬のコストに対して比べれば病院の診療コストも決して小さなものではありませんから、結局は「風邪ぐらいで病院に来るな」と言うことを徹底していかないことには医療費削減効果はさほどではないかも知れませんね。
この辺りはまたぞろ日医あたりからは「一見風邪と思える症状でも重大な疾患が隠れていることがある」式の反対論が出そうですし、確かにそれはそれでごもっともな話ではあるのですが、万に一つの可能性のために過剰診療を行うのは医療経済学的に許されないと言うのが現在の話の流れになっているのですから、今後はOTC薬で改善しない場合に正しく外来に誘導すると言った方向で考えていくのが妥当なのかと言う気がします。

ただ医療費支出に関しては実は風邪薬の果たしている浪費への貢献など微々たるものですし、記事にもあるようにうがい薬で50億、ビタミン剤で50億削減しましたと言っても昨年度41兆円にも達した医療費に対して言えばまさに誤差範囲、ちりも積もれば山となるとは言えやはりちりが積もらぬ対策よりも山が崩れぬ対策の方が優先じゃないかと誰しも考えるところでしょう。
もちろん費用対効果とは別な視点で軽微な症状を訴えてやたらとコンビニ受診をしたがる方々に対する抑制効果があれば勤務医の疲弊防止につながると言うメリットもあって、この辺りは金銭的に換算してどの程度のものなのかと言うデータを是非打ち出していただきたいところですが、深夜営業、24時間営業のドラッグストアが各地に整備されてくれば単なる風邪で時間外に来院する患者は減ってもらいたいところです。
それはともかく山に相当する最も金のかかる入院コストをどう削減するか、特に近年の話の流れとして漫然と行われてきた高齢者への無駄な医療は制度的にも制約していくべきではないかと言う議論の方がより重要であるとして、高齢者医療に関しては「高齢者は単に歳をとった大人ではない」と言う別枠扱いを単にガイドライン等で謳うだけでなく、医療制度の上でどのように実現していくのかと言うことですね。
そこでせっかく後期高齢者医療制度と言う別枠で切り離したわけですから診療報酬上の誘導をと言うことになりますが、例えば高齢者に関しては悪性腫瘍の治療や人工透析などを若い人同様にやるのはどうなのかと言うのであれば診療報酬によって抑制的に行われるように誘導すべきだろうし、逆に健康寿命を延ばすためのリハビリ等に関してはもっと手厚く報酬を配分すると言うこともありでしょう。
後期高齢者医療制度が出来た時にもさんざんに高齢者切り捨てだ、現代の姥捨て山だと大騒ぎになったものですが、医療そのものの目指す目的が異なるのに報酬体系が若い人と同じと言うのは逆に高齢者にとっても損であるはずですから、これからは年代毎にもっとも適した医療を受けられるように個別に最適化の道を探っていくべき時代なんじゃないかなと言う気がします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年8月19日 (火)

短慮なつぶやきとシリア邦人拘束事件との悲劇的な関係

本日はいささかデリケートな話題である上に情報も錯綜していて、どういったタイミングで取り上げるべきなのかいささか迷うところなしとしないのですが、ひとまず本題よりも先にあちらこちらでSNSによるつぶやきを発端として発生した最近の炎上騒動の事例を紹介しておきたいと思います。

【参考】甲子園西嶋投手の超スローボールは「世の中を舐めている」 岩佐フジテレビ元アナ、ツイッター発言で袋叩きに(2014年8月15日J-CASTニュース)

【参考】「放射線照射した血を輸血している」船橋市議・高橋宏氏、ブログで医療業界への批判をつづり炎上…そして離党へ(2014年8月15日トピックニュース)

【参考】エボラで院長がFBに軽率投稿「エバラは焼き肉のタレ」「ズボラは私」(2014年8月16日スポニチ)

【参考】「アイヌ民族もういない」札幌市議、過激発言連発 批判の声に「本当のことを言うと議員辞めなければならないのか」(2014年8月17日J-CASTニュース)

いずれもそれぞれに考えあっての事でしょうからその内容に関する是非についてはここで議論するものではありませんが、今回に限らず何らかの確固たる主義主張をもってしての発言が世間で受け入れられるところとならなかった、反発の声を上げる人がいたと言うことであればまだしもなのですが、その後の経緯を追ってみるとどうも軽率であった、本意ではなかったと言ったコメントを出し発言撤回に追い込まれている事例が目立ちますよね。
いわゆる馬鹿発見器と呼ばれるSNSと言うものが何気ない個人のつぶやきを極めて強力に拾い上げ拡散するツールになっていると言う現状があり、その現状を理解しないまま安易に利用して炎上騒動を起こしていると言う点でいわゆるネットリテラシーの問題があるのかなと言う気はしますし、特に今回取り上げた事例はそれぞれ公人として実名を出しての行為であると言う点で発言に慎重を欠いたとは言われる余地がありそうです。
ともかくも誰もがスマホを片手にいつでもどこでもつぶやけるこのSNSと言う便利なツール、もちろん使いこなせば様々なメリットがあることは言うまでもないのですが、人間24時間365日慎重に考えて口にすることばかりではないと言うのは当たり前ですから、文字通り何気ないつぶやきのつもりで発信を続けているといずれどこかで炎上騒動にも結びつく危険性が高まってきます。
単にネット上の名無しさんとして炎上するだけならともかく、昨今では個人特定をされ実生活にまで影響を及ぼすと言うケースもまま見られるだけに、特に実名あるいは容易に個人を特定されるような状況下での発信には「この一言が全世界につながっている」と言う覚悟が必要だと思うのですが、先日以来話題になっているとある事件においてこうした覚悟のない発言が極めて重大な結果を招いたのでは?と懸念されています。

過激組織、スパイ扱い=「悲劇的な結末」と投稿-千葉の湯川さんか・シリア(2014年8月18日時事ドットコム)

 【カイロ時事】内戦が続くシリアの北部アレッポで日本人男性を拘束した可能性があるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の関係者によるとみられる投稿が17日、インターネット上で相次いだ。男性は「米国のスパイ」とみなされて拘束され、「悲劇的な結末」を迎えたなどと記載されている。

 ツイッターでは、イスラム国メンバーとみられる人物が「米中央情報局(CIA)のために働く日本人スパイが拘束された。冒険好きな写真家のように振る舞っていたが、悲劇的な結末を迎えた」と書き込んだ。別の投稿には「スパイの名前はユカワ・ハルナ。警備会社の責任者で、写真家ではない」と記載された。
 一方、シリア国内とみられる場所で「ユカワ・ハルナ」を名乗る男性が額から血を流し、ナイフを突き付けられる姿を映した映像が動画サイト「ユーチューブ」に掲載された。
 関係者によると、この男性は千葉市の湯川遥菜さんとみられる。
 撮影した集団に対し、男性は「日本人だ。仕事で来た。写真家だ」などと主張。集団が「なぜ武器を持っているのか」と聞くと「死亡していた兵士から取った」と釈明している。
 在シリア日本大使館(内戦激化のためヨルダンで業務中)は、引き続き男性をめぐる情報の真偽や安否について情報収集を続けている。

【シリア邦人拘束】@rui_louis(安江塁)がイスラム国関係者に身元をばらす。処刑を示唆「湯川遥菜は神の裁きを受けた」(2014年8月18日コレスゴ!)

シリアにて邦人がイスラム国に拘束された件について.
イスラム国(ISIS)関係者と思われるツイッターアカウントで、衝撃的な発信があった。
日本時間18日午前5時25分にツイートされた内容で、湯川遥菜氏を処刑したともとれる以下のような発信がされている。

@OmarJerbi
A Japanese spy Haruna Yukawa was captured by ISIS army and executed by God's Judgment
2014年8月18日 05:25
【翻訳】
「日本人スパイ湯川遥菜はISIS軍に囚われ、神の裁きを受けた」

この展開になったのは、日本人のツイートか!?

▼ツイートした@rui_louisは反省!?

現在アカウントは非公開
▼公開していた時のキャプチャ
(略)

安江塁、ISISに湯川遥菜がPMC社長だと教える。朝日新聞に寄稿するジャーナリスト・通訳、批判の声も(2014年8月18日にんじ速報)

・報告日:
2014年8月18日
・報告事項:
内戦中のシリアで、イスラム過激派組織「イスラム国(ISIS)」に日本人男性・湯川遥菜(ゆかわ はるな、Haruna Yukawa)さんが拘束されたのですが、ツイッターでは湯川さんのプロフィールをISISに教えてしまう人が現れ物議を醸しています。
教えた人とは、安江塁(Rui Yasue)さんというジャーナリスト・通訳の方。ツイッターのプロフィールでは「Translation Service iRtibaT主任通訳」「英語とアラビア語の実務翻訳及び通訳、カメラマンです。たまに中東に取材に行っては講演会やってます」と書かれています。
また朝日新聞の「Asahi中東マガジン」に中東関連の記事を寄稿しているようです。

安江塁さんはツイッターで、ISISのメンバーとみられる男性に対し「This Japanese guy is CEO of a private military company(その日本人男性は民間軍事会社のCEOだ)」などとリプライし、湯川さんのブログ(武器を持っている写真がある)を紹介しています。
安江塁さんはその後ツイッターやFacebookでこの行為について「良くなかったと反省しています」「彼が無事開放されること、美しくかったシリアに一刻も早く平和が訪れること心よりお祈り申し上げます」などとしていますが・・・。
これがどういう結果を招くのか・・・。

また、安江塁さんの他にも、ISISがアップした動画などを通じてコンタクトした日本人がいるという情報もあります。
ネットはそんな安江塁さんに「軽率きわまりないな」「やっていいことと悪いことの区別つかないのかよ」などと批判の声もあがっています。
(略)

記事中にある安江氏が朝日新聞記者であると報じているところもあるようですが、アラビア語を専攻し通訳業の傍ら朝日に出稿もしているフリーの立場にある人物であると言うのが本当のところであるようで、さらには安江氏以外にもISISに「情報提供」を行い後に身元が特定された人物が複数いて、それぞれ事後対応に苦慮していると言う話もあります。
何故彼らがこうした行動に走ったのかと言う素朴な疑問が湧くところなんですが、当の本人が「「イスラム土人が」という書き込みを見て、自分たちを殺しに来た人には怒りも湧くなと思って書きました」と釈明しているように、国内某所の巨大掲示板にあるとあるスレにおける書き込みが発端になったようです。
当時のレスの流れを見ますと日本人が捕縛されたと言う情報が流れる中で当事者が民間軍事会社に所属している等々の情報が発掘され、これらをISIS側に早く教えてやれと煽り立てるコメントが相次いで投稿される、そして実際に安江氏らのつぶやきが為されたと言う状態であったようですが、実際にそれが行われた後になると今度はそれを諫める投稿が多くなっていると言うのも興味深い現象ですよね。

現状では湯川氏の身分もはっきりしないなど不確実な情報が様々に錯綜する中で取りあえず遠い日本から湯川氏の無事を祈るしかありませんけれども、直接的に行動した数人以外にも「こんな奴は殺されて当然ですよねえ」などとつぶやいていた人々も少なからずいたと言うことで、しかもそれらの中には自らの立場を明らかにしている方々もいらっしゃるわけですから、今後の展開次第ではどこまで延焼するのか何とも言い難いものがあります。
特にネット上では今回のような行動が果たして殺人教唆など何らかの罪に問われ裁かれることになるのかどうかが注目されていますが、刑法第61条には「人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。」と規定されていて、この教唆と言う行為は「他人をそそのかして犯罪実行の決意を起こさせること」と定義される共犯の一形式です。
そもそも国外で行われている犯罪行為に対して日本国の刑法がそのまま適用されるものなのかですし、公開されている(本人が公開している)事実をネットと言う公開の場で第三者に知らしめただけで殺人教唆に当たるものなのかも微妙ですけれども、全世界に同時発信されるSNSを始めとするネットの特性が今やこうも面倒かつ重大な事件を引き起こす可能性が出てきたと言うのは大変に注目すべき状況ではあります。
仮に今回のような行動が全く罪に問われることがないと言うことであれば、殺人教唆と言う犯罪行為も第三国の第三者を間に介して行われれば罪に問われなくなると言う抜け道が出来てしまう可能性も出てきそうなんですが、こうも世の中が複雑になってきますと警察の方々も前例のない事態を前に頭を抱える局面が増えてくるんでしょうね。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2014年8月18日 (月)

「しゅうかつ」と言っても学生の行うものではなくて

マスコミの言うところの「最近○○がブームで」と言った類の話はどこまで信用していいのか眉唾物なところがありますけれども、ともかくも彼らが言うところではこのところ「終活」と言うものがブームなんだそうで、確かに検索をしてみますとあれやこれやの情報が出てきますよね。
終活とは何かと言えば「人生の終わりのための活動」が正式名称なのだそうで、もともとは週刊誌から生まれ2009年頃から広まり始めたと言うのですけれども、ともかくも自らの人生を終えるに当たってこれはやっておかなければ、と考える活動全てがその範疇となるようです。
例えば長年溜め込んできたHDD内のあれやこれやであるとか、SNS等オンラインでの活動履歴の削除と言ったものの後始末も立派な終活であるわけですが、特にお墓や資産など家族も絡むようなものに関しては当事者のみならず子供や孫世代の関心も高いようですね。

最新の終活事情に関する意識調査で、親世代と子世代に考えの違いが(2014年8月14日介護ニュース)

最新の終活事情とお墓に関する意識調査を実施

日本初のお墓ネット専門店「お墓まごころ価格.Com」を運営する株式会社まごころ価格ドットコムが、60~70代男女300人(シニア層)と、その子世代である30~50代男女300人を対象に、2014年7月24日~25日までの2日間、最新の終活事情に関する意識調査を実施しました。

シニア層の5割が「終活を始めている」と回答

調査によると、シニア層のうち49.3%の人がすでに「お墓やお葬式の準備などの終活を始めている」と回答し、さらに、「将来、終活を実践しようと思っている」という人と合わせると85.7%の人が終活を意識した行動を起こす考えを持っていることがわかりました。

終活について親世代と子世代で考えに違い

この中で、「終活を実践している、または今後終活をする意向がある」と回答したシニア257人に、「誰と終活しているか、またはしたいですか」と尋ねたところ、59.9%のシニアが「独りで」と回答しており、次いで「夫婦で」が36.2%、「子どもや孫と」が6.6%でした。

一方、子世代に「親が終活していたら話して欲しいと思うか」と尋ねたところ、62.7%の人が「話して欲しい」と回答しており、親世代と子世代で終活に対する考えの違いがあることがわかりました。

すでに半数が何らかの終活を行っていると言うのは大変なものですけれども、一般に墓地を用意しておくだとか葬儀関係の手配をしておくと言ったことは昔からある程度行われてきたことですから、そう考えると何も考えず行いもしない残り半数の方が子や孫の世代に全部お任せで大丈夫なのか?と言う考え方もあるかも知れません。
ただ記事では当事者と子の世代間での認識の違いと言うものが取り上げられていますけれども、実際には身寄りがないだとか遠い土地に住んでいる等の事情から相談できる身内がいない高齢者が増えてきているのも問題だし、そもそも葬式一つにしても昔のように自宅で家族中心で行うと言う時代ではなくなりましたよね。
そう考えると実際には終活をしている当事者側が思っている通りのことが、子や孫世代に出来ることなのかどうかと言ったトラブルも起こりかねないわけで、そうした行き違いを解消するためにも生前の契約に従って死後の全てをお任せできる商業的サービスの成立する余地が大いにありそうだとも言えるわけです。

ともかく一昔前であれば無縁仏と言えば何とも寂しいものと言う印象でしたけれども、今やそれなりにお金を持っているが資産を譲るべき身内もいない、あるいは平素から縁遠い身内になど資産をやりたくないと言う人も多いでしょうから、今後このあたりのお金を社会にうまく還元してもらう道も考えていく必要がありそうですよね。
もちろん人生の終わり方は各人なりの考え方でいいのですが、他方で現実問題として若年層のワープア化に対して高年齢層が抱え込む資産額の大きさが新たな格差問題として世間的に議論されている訳ですから、死んだ後のことだけでなく生きているうちに何とか出来る問題も考えた方が建設的だとは言えそうです。
例えば当面使わない資産を持っている高齢者が出資して意欲はあるが金がない若年層支援のために運用されるファンドであるとか、双方の世代にwin-winの関係をもたらす方法論は幾らでもあるんだろうと思うのですが、先日シンプルながらなかなかに実際的なアイデアが実施されていると言うニュースがありましたので紹介してみましょう。

流山市、住み替え仲介 シニア世代と子育て世代(2014年8月12日東京新聞)

 子が独立して広い家の手入れに悩むシニア世代と、広い家を希望する子育て世代のギャップを埋めるため、千葉県流山市は近く、住み替えの相談窓口をつくる。市が紹介した専門業者がチームで相談を受け、さまざまな提案を行う仕組み。住み替えの相談先に困っている人は多いといい、市が介在することで安心して相談してもらい、若い世代の定住も促したい考えだ。 (飯田克志)

 「どこに相談したらいいか分からなかったから助かる」。七月半ば、市文化会館で試験的に行われた住み替えの相談会。参加者の男性(68)は、複数の専門業者にまとめて相談でき、満足そうな笑みを浮かべた。市の担当者は、今秋からの本格運用を前に「より良い制度にしたい」と話した。
 高度成長期にベッドタウンとして開発された市内の住宅街には、定年を迎えたシニア世代が庭付きの一戸建て住宅に多く住む。市は二〇〇三年以降、若い世代の定住戦略を強化。〇五年には都心直結のつくばエクスプレスが開業し、三十~四十代の子育て世代が大幅に増えた。
 ところが、若い世代は子の成長に伴って部屋数の多い住宅を希望する一方、高齢者からは「家が広くて庭の管理に困っている」などの声が相次いだ。住み替えの需要は高いものの、相談先の選択で足踏みしているとみた市は、安心住み替え相談センター(仮称)の設置を決めた。

 センターでは不動産や建築、設計の三業者を中心としたチームを市が紹介。センターは駅に近い物件や高齢者向け住宅などの情報を提供しチームは住んでいた家の検査や賃貸のためのリフォームなどを提案する。条件が合えばチームの各業者と個別に契約する。自治体がここまで関与するのは全国でも珍しいという。
 制度設計にかかわった明海大不動産学部の斉藤広子教授(住居学)は「住み替えのいろいろなメニューを知ることで、シニアが積極的に将来を決め、豊かに過ごせる支援制度になってほしい。結果的に若い人にも魅力のある街になり、空き家、空き地を防ぎ、市の活性化につながる」と話している。

◆品川には相談センター

 高齢化が進む中、住み替えをめぐっては首都圏のほかの自治体でもさまざまな動きがある。
 東京都品川区は二〇一一年、移住・住みかえ支援機構などとともに、八潮地区に住み替え相談センターを設けた。この地区には、一九八〇年代前半に整備された集合住宅に高齢者が多く住む。
 センターでは、住み替えを希望する五十歳以上の家主から持ち家を借り上げ、子育て世代などに転貸する制度を紹介。機構は、板橋区、東京都武蔵野市、川崎市とも連携している。
 神奈川県横須賀市は今年三月、高台の谷戸(やと)地区にある空き家を、市のホームページで紹介する「空き家バンク」を開設した。坂が急で高齢者には厳しいが、見晴らしがよく、坂を下れば駅や商店街も近いため、市は若い世代をターゲットに物件を紹介。都内の会社員らが移り住んでいる。

今や住宅リフォームと言うことはすっかり定着しましたが、実はリフォームの大部分は高齢世帯が行っているのだそうで、もちろん建てたばかりの家をリフォームするのもおかしな話ですけれども、歳がいくに従って変わってくる生活状況や身体的状況に合わせてバリアフリー化等の手直しが必要になってくると言うことでしょう。
身体機能の低下に合わせてトイレや風呂場を改修すると言った判りやすい手直しはもちろんですが、中には使わなく(使えなく)なった二階部分を取り壊して家を狭くすると言った大がかりなことをやる場合もあるようで、確かに無駄に広い住宅は税金も余計にかかると考えると合理的ではあります。
ただわざわざリフォームしなくてもそのままの住宅を使いたいと言う人が一方にいて、他方では高齢者でも使い勝手がよく手頃な広さの物件が別にあると言うのであれば、両者を正しく仲立ちしてやることで大きな利益が生まれるのは当然ですよね(リフォーム業者にとってはまあ、少しばかり残念なことかも知れませんが)。
家というのは長年住み暮らしてきたと言う愛着ももちろんですが資産的な価値も大きいもので、正直どこの誰とも知れない赤の他人とこうした取引をすると言うのは腰が引けてしまうのも当然ですけれども、公的な仲介があってきちんとした手続きの元で進められる話となればもちろん安心感も違ってくるでしょう。

ここでは家と家との交換で双方が幸せになったと言うめでたいお話なんですが、一般的には長年住み暮らした家を離れたくないとか、それ以前に顔見知りの方々と離れて今更見ず知らずの土地に引っ越すのは不安だと言う方々も多いんじゃないかと思います。
持ち家率の高い日本では従来から家に対する愛着が高いと言われていましたが、よくよく考えてみると物理的な家と言う建物への愛着もさることながら、隣近所との付き合いと言う地域コミュニティーへの愛着こそ実は非常に大きいんじゃないかと言う点は、先の被災地からの集団移住の顛末などを見ても伺えるところですよね。
最近問題化している昭和時代に建設されたベッドタウンの老朽化、高齢化問題などが代表例ですが、住宅地などは同じ時期に建てられた家屋が多いわけですから、地域全体で同種の問題を抱えていると言う場合には個別に交渉するのではなく、可能なら住民そっくりまとめて高齢者用物件に移住すると言うやり方の方がいいのかも知れません。
ともかく年齢とともに家や立地と言った物理的ハードウェアに対する要求はどんどん変わっていく、変わらないのはコミュニティーと言う人間同士の関係であると言う大原則を理解した上で話を進めていくことで当事者皆が以前よりも幸せになれ、経済的にも各方面にそれぞれのメリットのある話も見つかるのでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年8月17日 (日)

今日のぐり:「焼肉 亀家」

これも時節柄と言うことになるのでしょうか、先日こういう記事が出ていたのを御覧になりましたでしょうか。

Twitterにあふれる今ドキのお坊さんのリアル──今年もきたぞ「坊さんあるある2014盆」(2014年8月13日ねとらば)

 世間的にはお休みでも、お坊さんとって「お盆」は激務のシーズン。暑さと忙しさにやられてランナーズハイならぬ“お坊三途ハイ”になってしまった(?)お坊さんたちが今年もTwitterにハッシュタグ「#坊さんあるある2014盆」付きでいろんなツイートを投稿していますよ(去年の「#坊さんあるある2013盆」の記事はこちら)。

 「坊主が上手に豪雨になんとか耐え抜いた」とうまいこと言う人もいれば、「ブーツ草履」なるお役立ちアイテム(?)を紹介する人も。「時間が無い時にかぎって熱すぎるお茶」といった鉄板的あるあるも多数投稿されています。

 また、IT時代らしいあるあるも多くつぶやかれていて面白いですね。時代が変わればお坊さんのライフスタイルも変わるってことでしょうか。これぞ諸行無常……違うか。

詳細は元記事を参照いただくとして、しかしどれも身に迫るものがある中でも「嬉しいのは、仏壇の前で拝んでいる間、スマホやゲームをせずに家族一同で座ってくれる子ども達」と言うのは判る気がしますね。
今日は聞き分けのいい子供達に敬意を表しながら、世界中から彼らを見習うべきだと思わされるもうちょっと大人になるべき人々の話題を紹介してみましょう。

理想の男性は「富豪であれが大きい人」、豪女性議員が発言を謝罪(2014年7月22日AFP)

【7月22日 AFP】オーストラリアの女性上院議員が朝のラジオ番組で富豪で性器が大きい男性としかデートをしないと発言し、22日になって「恥ずかしかったのをジョークで隠そうとした」結果の発言だったと述べ、謝罪した。
 2児の母でパーマー連合党(Palmer United Party)の上院議員、ジャッキー・ランビー(Jacqui Lambie)氏(43)は今月、タスマニア(Tasmania)島のFMラジオ局「ハート107.3(Heart 107.3)」の朝の番組に出演し、男性と10年以上交際していないと告白した。
 番組ホストが交際相手を探す役を申し出ると、ランビー氏はこう切り返した。
「正直になりましょう。(交際相手は)大金を持っていなければならないし、股間に大きな物を持ってなければならない」「そして私は彼らに会話を求めないし、彼らも会話を必要としない」

■「あなたは大きい?」「ろばのようさ」ラジオで視聴者と会話

 この発言に対し、ある若い男性が番組に電話をかけてきた。男性は遺産を相続したことと複数の年上の女性との経験があることを挙げ、条件に合致すると主張した。
 だが10年間軍で働いていた経歴を持つランビー氏はこう返答した。「あなたが若すぎることに少し不安がある。ジャッキー・ランビーを取り扱うことができるか、確信が持てないわ」
 そしてランビー氏はこう問いかけた。「あなたは大きい?」。これに対し男性は「ろばのようさ」と返答した。
 番組ホストは2人のデートを実現させようとしたが、やがて男性は電話を切った。

■「恥ずかしさをジョークで隠そうとした」と謝罪

 ランビー氏は後に発言を謝罪した。「私の性生活について聞かれ、ジョークを言って恥ずかしさを隠そうとした」とランビー氏は述べ、「大勢の人が笑ったけれど、一部の人は気分を害したかもしれない」と語った。
 ラジオ出演で批判を浴びたオーストラリアの政治家はランビー氏が初めてではない。トニー・アボット(Tony Abbott)首相は5月、ラジオ番組の収録で視聴者が電話越しに、年金生活者だがセックス電話の仕事をしていると発言した際、番組ホストにウインクしていたのが発覚して激しい批判を浴びた。

いささか正直過ぎたと言いますか、オーストラリア風のジョークと言うのは何とも率直だなと思いますけれども、しかし実際のところロバのナニと言うものはかなりアレなんだそうで、実際にこんな調子ですといささか人の道としてどうなのかです。
こちら正真正銘子供のやったことと言えばそれまでなんですが、コトに及ぶ前にもう少し大人になって欲しかったと願った方々も多かったでしょう。

【海外:ドイツ】池にiPhoneを落とした少年、池の水を全てすくい上げて逮捕(2014年8月4日日刊テラフォー)

携帯を落としたら、誰もがショックだ。何とかして、取り戻せないかとなかなか諦めがつかない。
その気持ちはよく分かるが、池にiPhoneを落としたある少年は、ちと往生際が悪すぎた。

16歳の少年はその日、仲間たちと池で釣りを楽しんでいた。その時に、不運にも愛用のiPhoneを池に落としてしまった。
少年は池に潜ってiPhoneを取り戻すつもりで、池の管理人にダイビングスーツを借りに行った。だが、池の管理人からは、池に潜ってはいけないと、スーツの貸し出しを断られた。
確かに、池に潜ったところで、iPhoneが見つかるとは限らない。
だが諦めがつかなかった少年は、もっと確実な方法で池に落ちたiPhoneを見つけることにした。

少年は、真夜中にこっそり池に戻り、強力ポンプで池の水を全て吸い上げる作戦に出た。家には何千匹もの魚が生息していたが、そんなことはお構いなしだ。
池に極太のホース2本を設置すると、ポンプで池の水を吸い上げ、池の近くに設置されているトイレへ流した。
しかし、池のトイレには下水道整備はされておらず、下にタンクを埋め込んであるだけの仮設トイレだった。
少年はこれを計算には入れていなかったため、トイレ下のタンクは、少年が池から汲み上げた水で、あっという間に溢れてしまった。これにより、池の駐車場は水浸しになった。
「2本のホースがあれば、余裕で池の水を全部汲み上げて、携帯を見つけられると思ったんだ。もちろん、携帯はきっともう壊れているって分かっていたけど、SDカードを取り戻したかったんだ。(携帯はもうダメでも)データはほぼ、大丈夫だったと思うんだ。」
と、後に少年は話している。

翌朝、出勤した池の管理人が水浸しの駐車場と、池に置き去りにされた2本のホースとポンプを発見して、警察に通報した。
少年は今、器物破損の罪に問われている。
愛しのiPhoneは、結局見つからなかった。

何と言いますか、壮大ですね…と言うしかない行為なのですが、ドイツ人らしい緻密さと言う点で今一歩及ばなかったのが画龍点睛を欠いたでしょうか。
最近では妊婦の記念写真というものが市民権を得てきているそうなのですが、こちらいささか予想と違う結果となったその顛末です。

妻がマタニティフォトを拒否→諦めきれないメタボ夫が代役を完遂(2014年8月11日IRORIO)

    妻が妊婦写真は撮りたくないって言うから、カメラマンを雇って、彼女の代わりに…

このコメントと一緒にredditに投稿された話題の写真をご紹介します。投稿主は、もうすぐパパになる幸せいっぱいの男性。彼は、妊娠の記念にどうしても妻の妊婦写真を撮りたかったのですが、奥さんは嫌がってしまったようです。
しかし、彼は諦めませんでした。なんとしてでも妊婦写真を撮るべく、わざわざカメラマンを雇って、なんと自分が妊婦モデルとして撮影をしたのです!

「元気に産まれてくるんだよ」という眼差しで、大きなお腹を見つめるパパ。
胸を隠してセミヌード風のポーズをとるパパ。もちろん視線はお腹です。
お腹を抱えて、幸せいっぱいの笑顔を浮かべるパパ。
こちらから公開した全部の写真を見ることができます。

この人は男性なので、もちろんお腹の中は贅肉です。まさかこんな風に役立つ(?)とは、誰も想像しなかったのではないでしょうか。奥さんの反応が気になるところです。
産まれてきたお子さんには、この写真を見せると「パパから生まれたの!?」と混乱するので、しばらくは見せないほうが良さそうですね。

まあ何なのでしょう、その素晴らしく満ち足りた笑顔が何とも印象的な写真の数々を参照いただければと思いますけれども、奥さんの反応が気になるところでしょうかね…
中国からのニュースと言えばもはや少々のことでは驚きませんが、やはりこれは何故そうなる?と言う素朴な疑問を覚えずにはいられないでしょうか。

【海外:中国】ミートボール闘争!介護福祉士が患者達の“ミートボール”をカミソリでぶった切る!(2014年7月30日日刊テラフォー)

ミートボールを巡る口論の末、介護福祉士の男性が、自分が担当していた患者達の睾丸を6つ、カミソリで切り取るというショッキングな事件が起こった。

精神疾患を抱えていたと報告されているワン・ファン容疑者(46)は、黒竜江省の介護施設で、患者達に食事を与えるのを手伝う仕事をしていた。
無給ではあったが、ワン容疑者には眠る場所が提供され、患者達に食事を与えた後に余った食事を食べることが許されていた。

先週末、患者達の食事にミートボールが出た日、ワン容疑者は明らかに憤慨していた。きっと、そのミートボールはとても美味しかったのだろう、患者達がたくさん食べたからだ。
ワン容疑者が仕事を終えると、ミートボールは1つも残っていなかった。
これに激怒したワン容疑者は、復讐を企てた。自分が担当している4人の患者を縛り付け、彼らの“ミートボール”をカミソリでぶった切った。
これにより、70歳と62歳の患者は両方の睾丸を失い、81歳と53歳の患者は片方の睾丸を失った。
警察によると、事件当時ワン容疑者は酔っぱらっており、患者達からもぎ取った睾丸を調理して食べようとしていたそうだ。
何が何でもミートボールを食べたかったようだ。

ワン容疑者は逮捕され、衝撃的な事件として中国を震撼させた。
同時に、介護施設側の管理のずさんさも明るみになり、問題視されている。
事件が起こった時、被害者の一人は大声で叫んで助けを求めていたにも関わらず、他のスタッフは誰も直ぐには駆けつけなかった。
さらに別の被害者は、事件翌朝に、ベッドのシーツに血のしみが付いているのを発見されるまで、事件の被害者だと気付かれなかった。

まあ中国では大抵のものは食用になると言いますからこういうこともあるのでしょうか、しかし魚の精巣は割合に珍味とされますから人間のそれはどうなのでしょうね?
犯罪被害に遭えば誰でもそれなりに腹立たしいものでしょうが、こういうものを見ると余計に腹立たしく感じるものなのでしょうか?

【海外:アメリカ】泣き虫泥棒、計画通りに行かなくて泣き出す(2014年7月1日日刊テラフォー)

スクリーンの中では、物語の登場人物たちが銃を振り上げて、いとも簡単に盗みを働くが、現実はそう簡単にはいかない。先週金曜にDays Innに盗みに入った泥棒の映像を見れば、それが良く分かる。
泥棒は、窃盗計画が完璧に進まなかったため、泣き出してしまった。

泥棒は先週金曜日、アトランタの近くにあるホテルDays Innに侵入し、レジの現金を盗み現場を立ち去ろうとしていた。
この時の様子が防犯カメラに写っており、泥棒は逃げる時、顔を手で隠していた。
おそらくカメラに顔が写らないように手で顔を覆っていたのだろうが、泥棒が手で顔を覆っていた理由は、もう一つあった―泥棒はこの時、泣いていたのだ。

事件があった時ホテルのレセプションにいた女性スタッフによると、泥棒はホテルに入って来て彼女を銃で脅し、レジの中にある現金を全て寄越すように要求した。
現金を受け取った泥棒は次に、防犯カメラの記録を寄越すよう要求した。
だがスタッフが、防犯カメラへのアクセス方法はまったくなく、ここではどうすることも出来ないと言うと、泥棒は感情を高ぶらせて、すすり泣き始めた。
そしてそのまま、泣きながら顔を覆ってホテルから逃げて行った。

この日、Days Inn近くですすり上げながら走っている男を見かけた覚えがある人は、警察に通報してほしい。

まあ世の中何事も思い通りに行くことばかりではありませんから仕方ないですが、しかしまあ何と言うべきでしょうかねこれは…
こちらも子供の冗談で済んでいるうちはいいのですが、いささか大人げないことをやり過ぎると大人のやり方で対応されてしまうと言う教訓めいたニュースです。

墓で“おばけのフリ”して逮捕、奇妙な声発しながら人々を脅かす。(2014年8月12日ナリナリドットコム)

墓地で“おばけのフリ”をした男性に、罰金が科せられたという。

英国のある男性(24歳)は、英南部ポーツマスにあるキングストン墓地でサッカーをした上に、不気味な音を出し、訪れた人たちを怖がらせたとして逮捕された。

この男性はその奇妙な音のほかにも、脅しや罵るような言動をしたことで人々に苦痛を与えていたそうだ。

事件の担当検察官は「容疑者は腕を振り回しながら『うぅぅぅぅぅぅ』と奇妙な声を出していたんです」「幽霊のフリをしていたのだと我々は捉えています」とコメントしている。

男性は35ポンド(約6,000円)の罰金のほか、裁判費用の20ポンド(約3,400円)、そして被害者見舞金として20ポンドの支払いを命じられた。さらに昨年8月に起こした暴行事件の際に科されていた12か月の執行猶予期間を、3か月延長されたそうだ。

これもまたあまりに大人げない行為を臆面なくと言う点でブリらしい事件と言えそうですが、まあしかし同じネタを何度も繰り返すと言うのはさすがにどうなのかですかね。
最後に取り上げますのも同じくブリからの話題なのですが、まあそれはブリ以外の地でやったら怒られるだろうなと言う事件が頻発しているようです。

“プールで排泄物”流行に警告、英国人観光客に問題多発でホテル激怒。(2014年8月14日ナリナリドットコム)

紅海を望むシナイ半島南端にあり、エジプトのリゾート地として知られるシャルムエルシェイク。そこのあるホテルでは、ここ数年、英国人観光客による困った問題が多発しているという。周りがパニックになるのを見て楽しもうとして、プール内で排泄する人が後を絶たず、今年もすでに複数回の被害に遭ったこのホテルでは利用者に注意を促すと共に、問題行動を起こした場合には罰金を求めるなどと記した警告文書の配布を始めたそうだ。

英紙メトロやデイリー・ミラーなどによると、利用者の問題行動に頭を痛めているのは、シャルムエルシェイクにあるリゾートホテル「ホリデーヴィレッジ・レッドシー」。このホテルでは最近、プール内で排泄物が見つかる事例が多発しており、今年も「数週間の間に9回」(英紙デイリー・メールより)起きて一時閉鎖する事態になったそうだ。その度に、従業員たちがプールを丁寧に清掃消毒するハメになる上、ホテル側には健康被害を訴える利用者も続出。英国の旅行代理店関係者の間でも、相次ぐこのトラブルは「コード・ブラウンズ」と呼ばれ、問題視されているという。

事情に精通する英国の弁護士は、こうした行動をしているのは「10歳くらいの子ども」を含む英国の若者が中心と説明。数年ほど前から、英国の若者たちの間でインターネットを通じて知られた行動とされ、排泄物を見て驚いた人たちが、「映画ジョーズのように」パニックになって逃げようとする様を見るのが「ユーモラス」と受け取られ、行動に移す人が増えたそうだ。同様の問題は、トルコやギリシャ、スペインにある系列ホテルでも頻発しているそうで、いずれも英国人観光客が多数利用しているという。

実際に他の利用者が病気になりかねないだけに、「楽しいから」では決して済まされないプール内での排泄行動。周りの客への影響や業務への支障など、一度起こされるだけでも相当な損害を被るとあって、業を煮やした「ホリデーヴィレッジ・レッドシー」側では最近、利用者に対してプールで排泄しないよう訴える注意文書を配るようになったそうだ。また、直接行動を目撃した場合にはスタッフに知らせるよう呼び掛けるよう書かれており、特定された犯人にはホテルからの退去と「1,400ポンド(約24万円)の罰金」に加え、警察へ通報するとの警告が記されている。

英国の旅行関係者には、「本当に深刻な問題」として認識され始めているというこの一件。誰かがいたずらとして行ったがために、知られているだけでも体に深刻な影響を受けたのは「数百人いる」と前出の弁護士は話しており、もはや重く受け止めなくてはいけないレベルとなっているようだ。

しかしあのあたりと言えばプールの水の入れかえもそれなりに高価なものなんじゃないかと思うのですが、何なのでしょうねこの妙な風潮は?
こういう場合ブリからの顧客お断りと言うのも大人げない対応であると言うことであれば、いっそブリ顧客専用プールと言うことにしてみるのもよいのかも知れませんね。

今日のぐり:「焼肉 亀家」

岡山市内の一角に位置するこちらのお店、割合に長いこと営業されていていわゆる昔ながらの街の焼き肉屋なのですが、検索してみますと他にも支店があるのでしょうか。
価格帯からするとごく大衆的な焼肉店と言うことになりますが、サイドメニューも結構充実していてランチなどにも使えそうな雰囲気です。

同行者とシェアしながら適当に目立ったものをつまんで見ましたが、肉の方はサービスセットが2~3人にちょうどいい量で、内容もハラミやバラで好みが別れないと思います。
肉自体は値段並みのものですがタレは万人向けの味で食べやすくはありますし、ちゃんとロースターが炭火なのは評価できますね。
個別のメニューとしてはネギたんがごま油風味が合っていて割合にいいかなと思うのですが、いわゆる特上と言った高めの肉にはあまり有り難みを感じませんでした。

サイドメニューは結構珍しそうなものが多く色々取ってみましたが、サラダ代わりのピリ辛トマトはスライストマトにこの辛味噌タレが合うか合わないか微妙…です。
のり巻き揚げなるものは韓国海苔で巻いて揚げてある中身が何だろうかと思っていましたらどうやら冷麺らしく、味のバランス的にうまいかと言われるとやはりこれも微妙な感じですね。
キムチチャーハンはよく言えば変な癖がないんですが、仕上がり的にチャーハンとしては上等ではないし味の要のキムチ自体の味も物足りなさを感じました。
定番の石焼ビビンバはナムルが多めですが味には特に特徴なし、ミンチライスなるものはそぼろ丼に海苔をトッピングした見た目通りの味で、もうちょっととんがった味を期待したのですが名前も含めてちょっと地味過ぎたでしょうか。
ドリンクのレモンエードは割と気に入ったのですが、デザートに取ったドラゴンフルーツのシャーベットは味は少し癖があるがそれ以上に結構大きいので、頼むときには少し注意がいりそうです。

全般に焼き肉としては特にこれと言う部分はなく、接遇面でも店の大きさの割にスタッフ数が少ないこともあってもう少し元気があってもいいか?と思いますがフロアの方の仕事ぶりはまず及第として、問題はお客はさほど大勢入っているわけでもないのに厨房の仕事が妙に遅れがちな点です。
サイドメニューなどは調理面でも今一つ手慣れていない感がありますし、さして手間ひまかかりそうなメニューでもないのに一番最初のオーダーが一番最後に来たりすると言うのはちょっと困ったことですけれども、オペレーション上難しいのなら少しメニューを整理してみてもいいんじゃないでしょうか。
ちなみにトイレは改装したらしく一応標準の設備は整っているし広さもそこそこあるのですが、それだけに男女共用は少しどうなのかな?と言う気もしますがどうでしょうね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年8月16日 (土)

「忘れられる権利」に基づく検索サイトへの削除要請は早くも骨抜きに?

先日もお伝えしましたように欧州では検索サイトに自分の過去の情報を削除するよう求めることが出た結果、あちらこちらから「忘れられる権利」を求めての削除要請が殺到していると言いますけれども、日本でもこうした「忘れられる権利」に関するニュースが幾つか出ているようです。

ヤフーのネット検索で逮捕歴 表示差し止め認めず 京都地裁、原告男性の請求棄却「逮捕から1年半程度。不法行為は成立しない」(2014年8月7日産経ニュース)

 インターネットの大手検索サイト「ヤフージャパン」で自分の名前を検索すると、過去の逮捕歴が明らかになり、名誉を傷つけられたとして、京都市の40代の男性が、サイトを運営する「ヤフー」(東京都港区)に、検索結果の表示差し止めや慰謝料などを求めていた訴訟の判決が7日、京都地裁であった。栂村明剛(つがむら・あきよし)裁判長は「特殊な犯罪事実で社会的な関心が高く、逮捕から1年半程度しか経過していない現時点では、公共の利害に関する事実であり不法行為は成立しない」として、男性の請求を棄却した。

「社会的な関心、現時点では公共の利害に…」

 訴状などによると、男性は平成24年12月、女性のスカート内を盗撮したとして京都府迷惑行為防止条例違反の疑いで逮捕され、翌年4月、同地裁で執行猶予付きの有罪判決が確定した。
 男性は逮捕後に勤務先から懲戒解雇され、判決確定後に再就職活動をしようとしたが、自分の名前を検索すると逮捕の事実や記事、その記事を転載したサイトが表示され、再就職活動が妨げられたと指摘。犯罪が軽微であることや私人であることから、判決確定後も逮捕歴が検索結果に出るのは名誉毀損にあたるとして、慰謝料など1100万円の支払いを求め、同年9月に提訴していた。
 ヤフー側は「検索結果は、キーワードに関するウェブの存在や所在を示し、ヤフーの意思内容は反映されていない。削除要請は元記事の発信者にすべきだ」と反論。実名報道には公益性があり、記事へのアクセス手段を提供しても、違法性はないと主張していた。

「漏洩した個人情報を削除します」詐欺が急増、1000万円以上の被害も(2014年7月31日ITpro)

 国民生活センターは2014年7月30日、「あなたの個人情報が漏れているので、削除してあげる」といった電話をかけてきて金銭をだまし取ろうとする詐欺が急増しているとして注意を呼びかけた(関連記事)。だまされて金銭を支払った人からの相談は126件で、平均の被害額は約218万円。1000万円以上の被害も9件確認されている。

 個人情報の漏洩事件が相次いでいることを受け、国民生活センターや消費生活センターなどの公的機関をかたり、漏洩した個人情報の削除を持ちかける詐欺が増えている。国民生活センターによると、2012年度以降2014年6月末までに寄せられた相談件数は1347件で、2013年度から急増しているという(図1)。
 既に金銭を払ったという相談は126件で、支払額の平均は約218万円。例えば、500万円以上1000万円未満は14件、1000万円以上は9件だった(図2)。

 相談の一例は次の通り。「生活相談センター」を名乗る人物から、「あなたの個人情報が3カ所に漏れている。2カ所については削除できたが、1カ所(A社)については、代理の人の情報を登録しないと削除できない」という電話があり、ボランティア団体の人が代理人になってくれることになった。
 すると、A社から連絡があり、自分に割り振られているという「番号」を教えられた。その後、代理人からその番号を聞かれたために教えたところ、A社から「番号を他人に教えることは違法行為になるため、(A社の)社員が逮捕された。保釈金として1000万円払え」と求められて、宅配便で現金を送ったという。

 国民生活センターでは、公的機関が「個人情報を削除してあげる」などと電話をすることは絶対ないとして、そういった電話がかかってきたら、相手にせずにすぐ電話を切るよう呼びかけている。また、一度払ってしまった金銭を取り戻すことは極めて困難なので、絶対に払わないことが重要だとしている。

ちなみに非常にシンプルな詐欺の見分け方として、現金を宅配便で送らせるのはクロだそうですので覚えておいていただきたいと思いますね。
しかしこの個人情報詐欺なるもの、昔から存在している紳士録詐欺などの亜流と言う気もするのですけれども、それだけ今の時代に個人情報と言うものが流出すると大変だ、怖い、恐ろしいと言う長年のマスコミの教育が行き届いていると言うことでしょうか、実際にはどうでもいいような情報であってもとにかく何とかしなければ!とパニクってしまう人もいるのでしょうかね。
ともかくも基本的に望まない個人情報に関しては削除しておいた方が安心と言う言い方は出来るのかも知れませんが、もちろん本人は知られることを望まなくても周囲は知っておきたいと考える類の情報も少なからずあって、欧州における削除要請などを見てもその多くが過去の犯罪報道などに関連するものであったと言いますよね。
冒頭の記事などを見ていただきますと個人情報だから何でも保護されると言うわけではなく、社会にとって知るべきものに関しては個人の知られたくない権利よりも優先されると言うのが現状での司法判断であると言うことなのですが、ではその線引きをどこにすべきかと言うことが最も難しい問題であることは言うまでもありません。

グーグル、「忘れられる権利」の判断に苦慮 要請9万件超(2014年8月2日AFP)

【AFP=時事】インターネットの検索結果から個人情報の削除を求める「忘れられる権利」をめぐり、米検索大手グーグル(Google)は7月31日、欧州当局に書簡を送り、削除の是非の判断に苦慮していると説明した。判断材料となる情報が少なすぎる上、プライバシーが公益に優先される場合のガイドラインが曖昧なためだという。
 グーグルのピーター・フライシャー(Peter Fleischer)プライバシー担当グローバル法務顧問が欧州連合(EU)のデータ保護委員会に宛てた書簡によると、7月18日現在、欧州の「忘れられる権利」に基づいて受けた削除要請は9万1000件で、削除を求められたリンクの数は計32万8000件に上った
 要請が最も多かったのは約1万7500件のフランスで、次いでドイツが約1万6500件、英国から1万2000件、スペインが8000件、イタリアが7500件だった。グーグルは、このうち53%のリンクを削除したという。

■削除の判断「難しい」

 だが、グーグルによると、削除の是非を判断する際に、削除を要請した当人から提供された情報に頼らなければならないことが困難をもたらしているという。
虚偽情報や不正確な情報を基にした要請もあった」と、フライシャー氏は書簡の中で述べている。「正確な情報が提供された場合でも、本人に不都合な情報は提供されないことがある」
 たとえば、未成年のころの犯罪歴に関するリンクの削除を要請してきた人物が、成人した後も似たような罪を犯したにもかかわらずその事実を隠したり、現在は政治家として選挙に出馬しているとの情報を提供しなかったりするかもしれない。また、同姓同名の他人の情報の削除を要請される場合もあり得る。
 グーグルはまた、何を公益と判断し、何を公益とはみなさないかの基準を明確にするよう当州当局に要請。さらに、政府がインターネット上に公開した情報に対して「忘れられる権利」は適用されるのかどうかを問いかけた。

■「情報の自由」との兼ね合いは

 欧州司法裁判所(European Court of Justice、ECJ)は5月、情報が古かったり不正確だったりするなど特定の条件下では個人が自分に関する情報へのリンクの削除を求めることができるとして、通称「忘れられる権利」を認めた。
 これを受けてグーグルは、プライバシーの権利と情報の自由とのバランスを取ろうと努めている。これまでのところ、削除がおこなわれているのは人物の氏名など特定の検索ワードに関連したリンクのみで、また削除されたリンクも米国版サイト「Google.com」では閲覧が可能な状態だ。

見ていただいて判る通り、今のところ削除に関してもかなり限定的に対応しているのかなと思わされる内容であり、またそもそも検索サイトなどと言うものは自分が望む類の情報をより多くヒットしてくれるサイトを選んで使うと言う面がありますから、欧州版のサイトだけリンクを削除したところでライトユーザーに対する一時的な効果に留まると言うことはありそうに思いますね。
基本的には検索サイト側が言うように基準を明確にしろと言う点に関しては御説ごもっともですし、今後個別に削除要請を拒否された方々が訴訟を起こすことで司法判断も蓄積していくことになるんだと思いますが、下手をするとすでに世間では忘れられかけていた事件なども裁判があったと報じられることで改めて掘り起こされ、新たに以前に数倍する規模で個人情報が拡散しかねないのが今の時代です。
また最近検索サイトによるリンク拒否を行っているサイトなどを中心に検索避けのテクニックも定番化していますが、昔からネット住民は直接的に固有名詞を出す代わりに代用的な表現を用いると言ったことを普通に行ってきた歴史があり、逆に直接的にそれと言及されていないにも関わらず検索にはひっかかると言った形のサイト作りもまあ出来ないわけではありませんよね。
こういうことを言ってしまうと一番効果的に忘れられる方法論とは何もせず忘れられていくことをただ待つことなんじゃないかとも思えてきますけれども、実は検索サイト側の方も単なる善意の第三者と言うわけではなく、判決を受けてあの手この手と考えながら動いているようです。

グーグル、「忘れられる権利」の削除要請に対抗策(2014年7月4日GIZMODO)

誰しも静かに消えることはできない。
今年5月、EU司法裁判所が「忘れられる権利」を根拠としてヨーロッパ版Google上のリンク削除を命じる判決をくだしました。これによってヨーロッパ版Googleの検索結果からは当事者が削除要請したリンクが削除されるようになりました。
でもさすがにグーグルは転んでもただでは起きないとばかり、対抗策とも見える手続きを入れていました。以下、米Gizmodoのアギラー記者です。

EU司法裁判所が「忘れられる権利」を根拠にグーグルにリンク削除を命じました。でもインターネット上では、過去から逃れることはできません。
グーグルの検索結果からのリンク削除を強制するのは、明らかに検閲です。誰かが不都合な真実を消したいからって、それを公共の目の届かないところに葬ることになります。それはたとえばドラマ「24」のプロデューサーが、シーズン6の出来が悪かったからってシーズン6に関する情報をすべて抹消しようとするようものです。
でもすでに、これ幸いとグーグルにリンク削除要請を出した人がたくさんいます。TechDirtによると、その数はすでに数万件にのぼるそうです。

ただしその手続きは、「消してください」「はいわかりました」であとは消えるのを待つだけ、というシンプルなものではありません。グーグルはさすがの賢さで、削除要請されたリンクの飛び先サイトに対し、削除要請があったことを伝えるようにしたんです。
つまり、たとえばニュースサイトのある記事へのリンクについてグーグルに削除要請があったとします。グーグルは検索結果からリンクを削除しつつ、ニュースサイトに対し「このリンク削除しました」と通知するんです。するとニュースサイトは、以下のBBCみたいに「こんなのが来たよ」と記事にできるんです。

    グーグル検索より削除通知:誠に遺憾ながら、貴社のWebサイトの以下のページはヨーロッパ版Googleにおいて特定の検索に対する表示が不可能となったことをお知らせします。
    http://www.bbc.co.uk/blogs/legacy/t...robertpeston/2007/10/merrills_mess.html

上のURLの記事を開くと、メリルリンチで巨額損失を出してクビになった元会長兼CEOスタン・オニール氏のことが書かれていて、誰が削除要請したのかは一目瞭然です。だからこそBBCはこれを記事化したのでしょうね。
つまりオニール氏の残念な過去が、それを隠ぺいしようとしたことでまた晒しあげられてしまったことになります。

グーグルは削除要請という隠ぺいに対し、隠ぺいを暴露するという形で対抗しているのです。そもそもリンク削除自体しないほうがいいのですが、少なくともこの対応によって「誰にも気づかれないままひっそりと消える」なんてできないことが改めて明らかになりました。
そう、過去とは消せないものなんです。間違ったことをしたら、その代償はいつまでもついて回るんです。

この記事を見ていてちょっと気になったのが実際の削除の方法論なのですが、削除要請に関して個別にこことこことここのサイトを削除してくれ、などと言っていたのではきりがないですから、検索ワード○○に関するリンクを削除してくれと言う一括申請の形で行っていると言うことなのでしょう。
それに対して検索サイト側がそれでは○月○日をもって○○に関するリンク一切を削除しますと対応するのだとすれば、要請された(あるいは削除が実施された)その日以降に改めてリンクが貼られたと言う場合には検索サイト側も関知しないし、それもまた削除して欲しければまた改めて申請を出してくれと主張出来ると言うことなのでしょうか。
そうであるとすれば正直削除と言いながら全くの骨抜きで本当にいいのかこれで?と言う話ですし、リンク削除要請が来たことが対象サイトに通知されると言うのはむしろ積極的に「おたくのサイトを気にしている人がいるよ(だからその気があるなら情報を改めてアップし直してね。またリンクし直すから)」とわざわざ教唆しているにも等しいと思うのですがどうなんでしょうね?
要するに検索サイト側としては本音の部分ではリンクを削除したくはないと言うことなのでしょうが、こういうことは本来末端のユーザー側があれやこれやと工夫しながらやりくりするものと言う印象があって、どうも大手サイト側から裏道をわざわざスポットライトで照らし出すようなことをするのも違和感があるようにも思いますが、さてこれに対して削除を求める側が今度はどう出るかですよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月15日 (金)

日本の某業界標準?の斜め上過ぎるやり方

もはやお約束の定番と言うのでしょうか、ベルギー在住で通訳業の傍ら日本のテレビ局取材に同行する機会も多いという栗田路子氏から先日こういう記事が御覧になったでしょうか?

取材された難病少年も静かな怒り、日本の海外ロケの無茶(2014年7月15日朝日新聞WEBRONZA)

 「ぼくは世界中のドキュメンタリー番組で人生を語ってきた。ベルギー国内5回、フランス2回、ドイツ2回、イギリス1回、そして日本2回。たいがい楽しくやったけど、日本の取材班にだけはほとほと困らされた」。世界でも希な難病を患うベルギー人少年ミヒル君(15才)は、昨年出版した自著の中で、日本からの取材班がいかに虚構を描こうとするか、静かな怒りを込めて書き綴っている
 筆者も、テレビ番組取材のためのリサーチやコーディネートを請け負うことがあるが、そのあまりに身勝手で無謀なロケに閉口することが少なくない。そのやり方は、他国の取材班と比べても、極めて独特であり、現地社会で顰蹙を買う場合も多い。何がミヒル君を困らせたのかを検証しながら、海外各地のコーディネータ仲間、そして筆者自身の経験と照らし合わせて、日本の海外ロケの問題性を明らかにしてみたい。

■「それは僕の顔じゃなかった」

 ミヒル君の病気は、全身の老化が異常に早く進行してしまう早老症疾患『プロジェリア』だ。世界で確認されている存命患者数は40名ほど。平均寿命が13才位とされること、また、ミヒル君の家族では兄妹で揃って罹患していることなどからメディアの注目を浴びてきた。
 日本からのテレビ取材を受けたのは2009年のこと。取材当時、平均寿命とされる13才にそろそろ近づこうとしていたミヒル君を前に、カメラは『死の影に怯える悲壮な少年と家族』を描こうと必死だった。サッカー選手になりたいという将来の夢を語らせておいて、「でも、君に未来はないよね」と声をかける。それでも涙を見せないミヒル君を、とうとう祖父の墓まで連れて行き「もうすぐ、君もここに入るんだね、大好きなおじいちゃんに会えるね」とたたみかける
 ミヒル君はこう回想する。「ぼくの目に涙が出てきたら、彼らはズームアップして撮った。その顔を後で見たけれど、それは僕の顔じゃなかった」と。ミヒル君の父親はとうとう爆発し、「もう止めだ。偽りの姿を見せたくはない。私達家族は悲嘆に打ちのめされているわけではない。それが気に入らないなら、荷物をまとめてさっさと帰ってくれ」と叫んだという。
 ここで浮き彫りにされている問題は、筆者も度々直面することだ。高視聴率を得るためのテーマや映像を安直に求めすぎるのだ。日本のテレビ界では、番組は質的評価よりも、視聴率という量的尺度が一人歩きしている。衝撃的な映像や大音響を盛り込めば、無計画にチャンネルを変える手が留まりやすくなるので数値が上がる。社会問題など映像や音声的には単調でも「知らせるべきこと」を掘り下げるような番組は、企画が通りにくく予算が付かない、と、ある制作関係者がこぼす。
(略)
 でたらめのヤラセとは言わないまでも、「行き過ぎた演出」がまかり通るのはいかがなものか。日本の制作陣は、ロケ地に入る前に日本で入手できる情報を基に、制作会社と局(時にはスポンサーも交え)で徹夜の会議を重ね、シナリオをガチガチに固め、それにピッタリはまる映像とコメントを撮りに来る。限られた予算と日程の中で手っ取り早く撮ろうとするので「ドキュメンタリー」とは名ばかりだ。

■台本ありきで手っ取り早く

 「お土産なんか買いに行くことはない」というミヒル君をショッピングに駆り出し、普段はしないパパの出勤お見送りを小さな妹とともにやらされたという。筆者の経験したケースでは、取材を受けた大学教授が、求めている発言が出てこないと苛立つディレクターに対し、「台本があるなら、役者にその台詞を言わせればいい。私は役者ではない!」と怒鳴ったことがある。また、質問への答えが5年前の雑誌インタビューと異なっていると文句を言われた著名チェロ奏者は、「私は生身の人間で、過去とは人生観が変わって当然。あなたたちは、今の私を描きに来たのではないのか?」とあきれ返った
 ミヒル君のケースであからさまなのは、人道や倫理の意識の乏しさだ。ミヒル君に涙を出させるためには手段を選ばない。筆者はこれまでに、幼い子ども、病気や障害を持つ人、性志向上の少数派などの取材にも関わってきたが、制作側の勝手な都合で早朝や夜中まで長時間取材を続けたり、番組の本質に無関係なデリケートな質問を興味本位で繰り返したりと、人間性を疑いたくなるようなことも少なくなかった。
(略)
 諸外国のテレビ取材もみんな同じようなものなのだろうか――EUやベルギーの公的機関のプレス担当に尋ねてみた。日本の取材陣と他国の大きな違いは、流暢ではなくとも意思疎通に充分な英語ぐらいはできること。「あなた達のような通訳からパシリまで何でも丸投げできるコーディネータなんて存在しないから、自力でなんとかしてますよ」と苦笑された。ホテルや食事代は徹底してケチるそうだが、抜け目なく辛抱強く取材の瞬間を狙うという。「やり直し」は利かない真剣勝負と心得ているからだ。
 難病を負って生きる15才のミヒル君の人生には「無茶」は利かないし、「やり直し」ができるわけもない。研ぎ澄まされた冷静な洞察力をもって一分一秒を大切に生きるだけだ。著書の中にネガティブな文言はほとんどないだけに、日本の取材班について滲み出る不快だけが異様に目立っている
 日本の海外番組制作者はこれを真摯に受け止め、海外ロケのあり方を見直すべきではないか。そう痛切に感じている。

この種の事例として記憶に新しいのは先年のニュージーランド大地震で下肢切断の大怪我を負った少年に対する失礼極まる取材であったり、負傷者が収容された現地病院に無断侵入して写真を撮りまくったりと言った傍若無人な日本マスコミ陣の振る舞いで、現地はもちろん世界各国のメディアにも取り上げられ「日本のマスコミ魂ここにあり」と大いに名をあげた(あるいは下げた)ことは周知の通りですよね。
先日は長くテレビ朝日の報道番組に出演し近く降板するとも噂されている某キャスターが様々なぶっちゃけ発言をしたと報じられていて、自らも関わった報道の世界に関して「世の中ってうそ八百で成り立ってるし、ホントのところは新聞も雑誌もテレビも伝えない」「ほとんどがお約束で成り立ってるわけですね。完全にプロレスです」などと「放言」し世間から「お前が(r」の大合唱で迎えられたこともありました。
要するにさすがに中の人としても部分部分としては問題意識は持っている、しかし結果として見れば全く自浄能力と言ったものが働いていないようだと言う推測が出来ると言うことなのですが、それではその根本的原因がどこにあるのか?と言うことを考えるとやはり「中の人の常識は世間の非常識」と言う部分に尽きるのではないかと思わされるのが、先日テレ朝が打ち出したこんな方針です。

テレ朝動画投稿サイトの利用規約酷すぎる 謝礼ナシ、「賠償義務あり」にネットで「大炎上」(2014年8月12日J-CASTニュース)

   テレビ朝日が始めた動画投稿サイト「みんながカメラマン」の利用規約が酷すぎるとネットで「大炎上」中だ。
   2014年8月11日からスタートしたこのサイトは、視聴者が事件や事故、ハプニングなどを撮影した動画や写真を投稿し、テレ朝はそれを自社のニュース番組、ネットニュースなどでも使用する、という仕組み。採用されても謝礼はなく、そのうえ映像に対する苦情やトラブルが起きた場合は投稿者自らが対応しなければならない。さらに、テレ朝に何らかの被害が出れば投稿者に賠償させる、というものだ。

著作権について「投稿者は一切の異議を申し出ないものとします」

   「あなたが撮影したニュース映像を、ぜひテレビ朝日に送ってください」――そういう呼びかけで始まった「みんながカメラマン」。視聴者参加型の企画で、事故や事件など偶然その場にいなければ撮影できないスクープ映像や、ハプニング映像をニュースなどの番組に生かそうという取り組みだ。しかし、この企画が始まった11日、利用規約を読んだ人たちから驚嘆の声が挙がることになる。あまりにも「ふざけ過ぎている」内容であり、「怖くて使えない」というのだ。
   問題になっている利用規約にはこんなことが書かれている。まず、撮影から投稿までにかかる費用は投稿者持ちで、仮に動画などが放送やインターネット、出版などに使われても報酬は発生しない。また、投稿動画などはテレ朝が自由に編集・改変することができるし、著作権に関しては「投稿者は一切の異議を申し出ないものとします」と書かれている
   これだけでは終わらない。投稿データの利用によって投稿者に損害が生じてもテレ朝は一切の責任を負わないとし、

    「投稿者は、投稿データの利用に関して第三者からテレビ朝日に何らかの異議・請求等があった場合、テレビ朝日からの要求に従い、投稿者の責任と費用において解決します。また、投稿データの利用が第三者の権利を侵害したとして、テレビ朝日が損害を被った場合は、これを賠償します」

というのだ。

投稿者を一切守らないというのがジャーナリズムなのか?

   他のキー局の動画の投稿を求めるサイトはどうなのだろうか。フジテレビなどの利用規約を見てみたが、投稿者に問題の解決を求めたり、賠償請求したりすることはないようだ。
   ネットではテレ朝の利用規約を読み、怒りを爆発させる人が続出し「大炎上」している。

    「恐ろしいなこれ」
    「トラブル時に責任を押し付ける規約。こんな規約今まであった?」
    「テレビ局側は投稿者を一切守りません、ってのがジャーナリズムなんか?保身しか考えてないだろって印象」
    「もう朝日グループに常識もとめるのが無駄だろ」

などといった意見が出ている。
   ネット上の批判をどう受け止めているのか、テレ朝広報に問い合わせているが返事はまだ来ていない。
(14年8月12日19時15分追記)テレビ朝日広報部から、「当社投稿サイトについて様々なご意見があることは承知しております。現在、投稿規約の改訂を行っております」との回答を得た。

まあ昨今何をするにも分厚い契約書の類がついてくることは世の習いと言うものですし、特にPC関連のものなど使用許諾内容などを見てもよく見てみればあまりに腹立たしいことばかり書いてあるものなんですけれども、さすがに天下のテレビ局としてあまりに小さいと言いますか、一般常識的には提供された映像を利用させていただく側としてどうなんだと思うような内容ではありますかね。
逆に言えばこうした条項を納得した上でわざわざテレ朝に協力して差し上げようと考える人が世の中どれほどいるものだろうか?と言う点にも興味はあるのですが、とにかくここで注目したいことはこうした内容を打ち出してきたことに同局の中の人は全くおかしなこととは思わなかったと言うのであれば問題だし、どうせ誰もチェックしないだろうと考え意図的に一方的な契約を結ばせようとしたならこれまた問題です。
考えてみると最近はひな壇芸人を並べてネット動画などを紹介するだけの安上がりな番組と言うのも珍しくなく、ああいうものにももちろん動画をアップした当の本人に類似の契約を結ばせているのでしょうが、考えてみるとこういう素人動画利用と言うのはテレビ局側からすれば何かあっても「いやそれは自分達の作ったものじゃありませんから」と言い逃れをしやすいと言う点でも非常に使い勝手がいいのかも知れませんね。
ともかくも今回はたまたま世間の注目を浴びたせいでこうして条項の内容が知られたわけですが、世の中似たような内容で知らずに一方的な契約を結んでいると言うことはままありそうなもので、後になって「損害を賠償しろ」と言われても知らないよと言いたくなりそうなんですが、こういう文言は公序良俗に反する契約内容は無効と言うことにならないものなんでしょうかね?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年8月14日 (木)

大きな声では言えない?女医増加の裏側

大学にもよりますが医学部の男女学生比率が限りなく50対50に近づきつつある今日この頃、医療の世界もかつてのように男医師が指示し女看護師が従うと言う単純な構図では語れなくなってきていますが、そうは言っても未だに田舎などに行きますと女医の肩が狭いと言う話も聞きますよね。
女医の増加に伴って必然的に発生するもう一つの問題として生涯労働力として女医は男医よりも劣るのではないかと言う考え方があって、確かに結婚、出産を機に医療の最前線を離れると言うことはままあるのでしょうが、一方で結婚出産には目もくれず男医に混じってバリバリ働いている女医も多いわけです(これはこれで社会的再生産と言う観点からも問題ではありますが)。
最近ではこうした女医の戦力化と言うことが注目されるようになり、例えば医療現場を離れた女医の復帰支援のため再トレーニングの場を設けようと言った各種の取り組みが行われているところですが、そもそも一般的な社会人として当たり前レベルの働き方では許容されないと言う医療現場の異常性の方が根本的な問題なのではないか?と言う意見も増えてきています。

女性医師支援「課題は男性含めた働き方に」- 厚労省懇談会が初会合(2014年8月8日CBニュース)

男性を含めた医師の働き方を考えなくてはいけない」-。厚生労働省が8日に開催した「女性医師のさらなる活躍を応援する懇談会」の初会合では、こういった趣旨の発言が委員から聞かれた。同省は、この懇談会での議論を通じ、年内に女性医師がライフステージに応じて活躍するのに必要な制度改正などを整理する。また、すでに環境整備を進めている施設や自治体などの取り組みを先進事例集としてまとめる。【君塚靖】

この懇談会は、大学の医学部の学生の3分の1が女性となり、これからの医療現場で女性医師が増えていくことが予想され、働き続けやすい環境整備が急務であることから発足。村木厚子厚労事務次官が主催する。初会合の冒頭にあいさつした田村憲久厚労相は、「安倍内閣は女性の力を活用し、女性の社会への参画を推進することこそ、強い日本の経済を取り戻すのに不可欠だと認識している。女性医師の活躍は、日本の医療の発展に欠かせない」と述べた。

この日の会合では早速、先進事例が紹介された。木戸道子委員(日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長)は働き方の工夫が女性医師支援につながった事例として、同センター産婦人科が2009年6月に導入した交代勤務制を説明。導入前に連続勤務が30時間以上になったり、帰宅前後は家事・育児に追われ、心身が休まる間もなかったりしたのが、導入後には、夜勤帯は業務に集中し、自宅などでは自由な時間ができ、家事・育児だけでなく、自己研さんや健康管理ができるようになったとした。

続いて、片岡仁美委員(岡山大大学院教授)は、同大を中心とした女性医師キャリア支援制度「MUSCATプロジェクト」を紹介。同プロジェクトは、オーダーメードの柔軟な勤務体系の構築や、シミュレーション教育を活用した復帰前のスキルトレーニングを提供することなどで、離職防止や復職支援を狙ったもの。片岡委員は、「(プロジェクトは)単に、大学病院だけでやるのでは足りないと思っている。県内で参加施設を募集することで、大学病院に戻るだけでなく、地域の施設に復職するケースも出てきている」と説明した。

事例紹介後には、委員間で意見交換が行われた。高橋政代委員(理化学研究所網膜再生医療研究開発プロジェクトリーダー)は、「結局、行き着くところは、男性の働き方も併せて考えなくてはいけない。男性も働きやすい交代勤務が必要」と述べた。安田あゆ子委員(名大医学部附属病院、医療の質・安全管理部副部長)は、「医療のアウトカムを考えると、医療の質を向上させないといけない。最近、取り上げられているのが、人と人のつなぎ目のところで問題が起きていること。医者と医者の間、同じ診療科内でのつなぎ目でインシデントが起きている」などと、交代勤務やチーム医療の体制を検討する上での留意点を指摘した。

先の台風被害にあっては各地で寝食を忘れて奮闘された方々が数多くいらっしゃったと思いますけれども、それも日頃は十分休養も取れ体力的精神力的に余力があるからこそいざと言う時のもう一踏ん張りが出来ると言うものであって、日常的に24時間365日限度一杯やっていたのでは何かあってもそれ以上何も出来ないと言うのは当然のことです。
その意味で女医に限らず昨今多いドロップアウトのケースであるとか、いわゆるフリーター医師の存在なども含めて「あいつら楽しやがって」といつまでも否定的に見るばかりでは意味がないことで、当たり前の体力、精神力を備えたごく普通の労働者としての医師が継続的に勤務を続けられる環境を整える指針と言うくらいに捉えておく方がいいのかも知れません。
ともかくも医療業界内部ではこの10年ほどの間に、ネットでの他業種交流、一般人も含めたディスカッションなどを通じてかつての「医療の常識は世間の非常識」と言われた時代から次第に脱しつつあり、いつまでも旧態依然とした「非常識な医師」像に縛られていても仕方ないと言うゼロベースの議論が出来る時代になってきていますが、興味深いのは世間では必ずしもそれを歓迎しているわけでもなさそうだと言うことですね。
夜間休日にアポもなしに突然やってきて「主治医を出せ!今すぐ説明しろ!」などと要求する非常識な「遠い親戚」などはさすがに相手にされなくなってきましたが、世間的には女医の増加と言う現象は必ずしも歓迎される現象と言うわけでもないのか、先日はこんな記事が出ていました。

大学を震撼させた「婚活女子」 医学部で伝説に(2014年8月10日dot.)

 大学医学部に女子学生が増えている。厚生労働省と文部科学省の調査によると、1980年には15%足らずだった女子は、95年には30%を超え、近年は33%前後で推移している。そして、最近は同じ医学部内で将来の伴侶を探そうとする“婚活女子”も増えているのだという。

 大きな声では言えませんが、と話すのは、ある私大医学部関係者。

「うちは学費が高いので、学生に病院関係者の子弟が多いんです。大学入学と同時に、一部女子の間では、あの手この手を使って男子の争奪戦が始まります。裕福な開業医の息子をつかまえたら、院長夫人になれますから。逆に、大病院の令嬢が入り婿を探して大学に来ている、というケースも珍しくありません

 極端な場合、こんなケースも。ある女子医学部生は5年生の時、交際していた医学部の男子生徒との結婚が決まった。すると、直後になんと、彼女は医学部を中退してしまったのだ。現在は医師の妻にちゃっかり納まっている。この「寿退学」伝説は学内外を駆け巡り、周囲を震撼させた。彼女の先輩女医は嘆く。

「意味不明の一言ですよね。4千万近いそれまでの学費をドブに捨てるのかって話ですよ」

まあ全てがネタでないとしても、この種の「極端な話」の一例報告などエヴィデンスとしてさしたる価値がないのは当たり前なのですが、大学関係者がわざわざマスコミのところに出かけて行ってこんな話を売り込むと言うのも考えられない話ですから、マスコミの方から取材に行って取材意図に合うような話を足を棒にして探し回ったと言うことですし、そうしたネタが記事として価値があると考える記者氏がいると言うことなのでしょう。
実質的な医師養成専門学校化している国公立と違って、私学などは大学それぞれのカラーに合わせて色々な学生がいていいんじゃないかと思うのですが、しかし世間でこういう記事が出てくると言う程度には女医の増加と言う現象が社会的に認知されている、それもこういう伝説ネタが売れると思われるほど何やら妙な方向で捉えられているとすれば、ちょっと実態や現場感覚と違うんじゃないかなと言う気がしますでしょうか。
しかし昔から医学部と言うところはちょっと(かなり?)非常識な人間の集まる巣窟だったようで、この程度のネタなど鼻先で笑われるほどあの手この手のネタがどこの大学にも山積していると思いますけれども、残念ながらそれらエピソードの当事者が今や結構偉くなっていたりしますから、あまりおいそれと表に出せなくなってきているのは残念と言えば残念ですよね。
余談はともかく、AERAと言えば朝日系列の低俗雑誌として知られていて、先の震災においては風評被害を広げるために大活躍していたと言う先例もありますから、これまた何かしらの深慮遠謀に基づいた炎上を目指しての活動の一環と言うことなのかも知れませんけれども、ここはその深慮遠謀の行く先がどのあたりなのかを生暖かく見守っていくべきなんですかね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年8月13日 (水)

犯罪行為に対する現代的制裁

この頃では日本も犯罪に絡んだ情報提供に関してお金を出すと言うことが行われるようになりましたが、wantedの本場とも言えるアメリカでは今こんな「賞金首」が話題になっているのだそうです。

グランドキャニオンにリス蹴落した男、愛護団体が懸賞金150万円(2014年8月7日AFP)

【8月7日 AFP】動物愛護団体PETAは6日、米グランドキャニオン国立公園(Grand Canyon National Park)でリスを崖から蹴落とす様子が撮影された男の逮捕につながる情報に、1万5000ドル(約153万円)の懸賞金を支払うと発表した。
 この様子を捉えた動画は今週、動画共有サイト「ユーチューブ(YouTube)」に投稿され一気に広まったが、その後削除された。

 動画では、黒っぽい半ズボンと麦わら帽子姿で、靴を履いていない上半身裸の男がリスに餌を与えており、その背後に、ボクサーショーツを履き、カメラを持った別の男が写っている。
 餌を持った男は、無防備なリスを崖の縁までおびき寄せると、左足をランニングシューズに滑り込ませ、リスに素早い蹴りを食らわせた。深さ1.6キロ、幅29キロの渓谷に落ちていったリスは、命を落としたものとみられている。
 懸賞金について発表したPETAのマーティン・メルセロー(Martin Mersereau)会長は、「弱い生き物に対してサディスティックで暴力的な行為を行った者は、誰であれ見つけなければならない」と述べた。

 この低画質の動画がいつ撮影されたのかは不明だが、国立公園管理局(National Parks Service、NPS)関係者は、グランドキャニオンの中でも特に観光客が多いサウスリム(South Rim)沿いで撮影されたようだと語った。
 米国では、野生動物の虐待は連邦法の下で違反行為とされ、禁錮6月または最高5000ドル(約51万円)の罰金が科される可能性がある。
 英大衆紙デーリー・メール(Daily Mail)によると、この動画を撮影したとされるジョナサン・ヒルデブランド(Jonathan Hildebrand)さんは、この件に関わっておらず、男2人とは知り合いではないと話しているという。

あまり気分のよくない元動画につきましてはすでにコピーが拡散されていますので興味のあるお方は検索してみていただければと思うのですが、情報によればフランス語を話していたとも言いますからカナダ等も含めた外国人観光客であったのか、ともかくも人前で犯罪行為を犯してしまった以上は責任は取らないと仕方がないですよね。
近ごろはこんな調子でどこに人の目があるとも知れませんし、またその人の目が大抵は動画等で証拠を残してしまうものですから隠れて悪いこともなかなか出来ませんけれども、一見して人の目がないようでも侮れないのが日本でも次第に増えてきた公共の場における監視カメラの存在で、功罪相半ばすると言われながらも徐々にその監視範囲を拡大しつつあります。
となると当然ながらそれによって見いだされる犯罪行為も増えてくると言う理屈なのですが、しかし犯罪者が果たしてあの種のカメラで見つかってしまった場合にどんな手順で活用するのかと思っていましたら、こんなびっくりするような使われ方をしていたと大いに話題になっているようです。

「まんだらけ」万引き犯をネットに大公開!出頭無ければ「モザイク外す」(2014年8月5日ねたりか)

漫画専門の古書店を運営する人気店「まんだらけ」が、店の商品25万円相当の玩具を盗んだ犯人をネット上に公開していることが話題となっている。ホームページによると「8月4日17時頃 まんだらけ中野店4F変やで 25万円の野村トーイ製 鉄人28号 No.3 ゼンマイ歩行 を盗んだ犯人へ」などという通告がでており、モザイクありの顔写真を公開している。

-1週間以内に返却しなければモザイクを外す

さらにまんだらけは、1週間以内に商品を返却しなければ顔写真のモザイクを外し公開するのだと言う。商品は25万円相当のもので大変高価なものである。もしかしたら既に転売されている可能性もあるが、通常警察に通報するなどの対処をとるが、もちろんその対応もされているはずだがその上かお写真をネットにさらすというかなり気合を入れた対応だ。
はたして犯人は商品を返却するのだろうか。それともこのままかお写真が公開されてしまうのであろうか。対応に注目が集まる。
(略)

「万引犯」公開します まんだらけが警告 恐喝未遂、名誉毀損の恐れも(2014年8月8日産経ニュース)

 漫画やアニメグッズの中古販売を行う古物商「まんだらけ」(東京都中野区)が、店舗の商品を万引した犯人とみられる人物に向け、「商品を返しに来なければ顔写真を公開する」との警告を自社のホームページ(HP)に掲載した。万引被害に店側が業を煮やした形だが、法律の専門家は「写真の公開は脅迫罪や名誉毀損罪に当たる恐れがある」と指摘している。

 同社によると、4日午後5時ごろ、まんだらけ中野店のショーケースから、横山光輝原作の漫画「鉄人28号」のブリキ製人形が万引された。店頭販売価格は25万円で、同社は警視庁中野署に被害届を出した
 店のカメラには男性が商品を万引する動画が残されており、同社はHPに「盗んだ犯人へ」との警告を掲載。男性の顔をモザイクで消した画像を公開した上で、「1週間(8月12日)以内に返しに来ない場合は顔写真のモザイクを外して公開します」とした。
 まんだらけの古川益蔵社長は「商品を返して下さると願っている。期日までに返還なき場合、画像公開、犯人の特定を行う予定だ」とコメントを出した。

 ネットのトラブルに詳しい甲南大法科大学院の園田寿教授(刑法)は「刑法の規定では、正当な債権を取り返す場合でも脅迫すれば脅迫罪になる。今回のケースは、現時点で恐喝未遂に当たる」と指摘する。また、写真の公開は万引の事実を公にすることであり、刑法の名誉毀損罪が成立する可能性もあるという。
(略)

「まんだらけ万引き犯」期限はきょう夜!返さなければ顔写真のモザイク外す(2014年8月12日J-CASTニュース)

  万引き被害にあった店が防犯カメラに写った犯人の顔写真にモザイクをかけてホームページに掲載し、1週間以内に商品を返さなければ「モザイクをはずす」と警告した。これには「勇気ある決断」と評価する声の一方で、「やりすぎだ」という声も出た。さらに、法的にも「脅迫になる」「犯人にも人権が」とかしましい。きょう12日(2014年8月)がその1週間目だ。さあどうなるか。

万引き被害で潰れる店!売り上げの5%もやられてしまう

   万引きがあったのは、アニメグッズ、古いオモチャなどのチェーン店「まんだらけ」の中野店で、8月4日午後5時ころ「鉄人28号No.3 ゼンマイ歩行」(野村トーイ製・25万円)が盗まれた。店の警告は、この際の防犯カメラの画像をもとに出された。
   万引きにはいま換金目的のプロと呼ばれる連中がいて、店側は相当悩まされている。「鉄人28号」は人気で、箱をつけて30万円というから相当なものだ。ある店では「そういう高価なものを盗まれたらもの凄い痛手」という。
   同じようにホームページで訴えている店は他にもあった。ある衣料品店は子どもに人気の「妖怪ウォッチ」のメダルなどを母親が盗んでいるのを目撃したが、逃げられた。そこで、防犯カメラで確認して載せたという。これにも賛否両論がよせられたそうだ。
   しかし、この店の経営者は「万引き率は1~3%、多いところは5%ですから大きいですよ」という。売り上げ1億円なら300~500万円という被害だ。 店によっては、ネットではなく店頭に写真を掲げるところもあるという。

   司会の羽鳥慎一「店の存亡にかかわるところもあるでしょうね」
   舘野晴彦(月刊「ゲーテ」編集長)本屋さんなんかね。ただでさえ経営が大変なのに、ホントに困ってますよ。だから、『やりすぎじゃないか』といわれると驚いてしまう。だったらいきなり出した方が良かったのかなどと考えてしまいますね」
   リポーターの所太郎は「まんだらけの万引きは出来心ではない、かなり悪質なものとして防犯効果を考えて出した結論」という。

警察に届け出ているわけですから当然ながら画像を元に捜査も行われているはずですが、前科でもなければなかなかすぐには捕まらないだろうと思われることと、転売目的で盗んでいったのであれば早期に解決しないことには人手に渡って取り戻せなくなってしまう恐れが強いと言うこともあってこうした手段に出たようです。
記事にもありますように脅迫罪の場合何かしらの害を加えると告知して人を脅迫した場合に罪になると言うことなんですが、逆に言えば告知がなければ脅迫罪にはならないとも言え、例えば黙って店頭に「これが万引き犯だ!」式に写真を張り出すと言う行為では脅迫罪にはならないと言うことになるのでしょうか(ちなみに名誉毀損は親告罪ですから、よほどに面の皮の厚い人間でないと言ってこないかも知れませんね)。
もちろん犯人がこの告知に気付いているのかどうかなど実効性の面でいささか疑問はありますけれども、やっている側も個人ではなく組織ですから最悪罪に問われたとしても罰金刑で済むとくらいの覚悟はあるのでしょうし、犯罪者に厳しい昨今の世論を見てもまあ裁判所もそう厳しいことは言わないと言う計算もあるのでしょうし、事実先行して同様の行為を行っている各店では罪に問われていないようです。
ただ犯人にとってはすでに警察に届け出られているわけですから今さら自首する価値がどれほどあるのか?と言う考えもあるでしょうから、実際に犯人が名乗り出るなり商品が返却された例がどれくらいあるものなのか、そして次の犯罪を抑制する防犯効果としてどの程度期待出来るのかといったデータが欲しいところですね。

追記:
本日朝現在において、当該古書店では顔写真の全面公開を諸般の事情により中止すると発表しているそうです。

【参考】まんだらけが「万引き犯」顔写真のネット公開を「中止」土壇場で方針転換(2014年8月13日弁護士ドットコム)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2014年8月12日 (火)

「何かあったら責任が取れるんですか!?」と言う声が聞こえそうな話

本日の本題に入る前に、先日来の台風襲来によって全国各地で大きな被害が出たところで、特に中心市街地が水没した高知では数日間の降水量が1200ミリを超えるなど記録的な大雨であったそうですが、その高知でさらなる大被害を招いていただろう非常に危険な状況を辛うじて回避し得た裏事情があったと話題になっています。

豪雨の中で鏡ダム越流をギリギリ回避した高知県職員 放流量を巧みに操作(2014年08月05日高知新聞)

 鏡川は大丈夫か?高知県内で記録的な大雨が降った3日、高知市民にそんな不安が広がった。豪雨と満潮が重なり、水位がどんどん上昇する。氾濫危険水位を超え、「あわや」という状況が続いた。ぎりぎりでそれを免れた背景には、上流の鏡ダム(高知市鏡)で水量をコントロールする高知県職員がいた。

 3日朝、鏡ダム管理事務所の町田明憲チーフ(57)は、祈るような気持ちで出勤した。
 「これ以上、降らんとってくれ!」
 1日から断続的に降り続けた雨は、3日午前に激しくなった。鏡ダム上流域にある高知県の雨量計は、午前9時までの1時間で82・5ミリを記録。ダムへの流入量も一気に増えた。
 このころ、西原滋所長(59)はダムを望む鏡ダム管理事務所で前例のない決断を下す。
 「ただし書き操作をやろう
 鏡ダムは普段、流入量に応じてゲートの開閉をコンピューターで管理している。「ただし書き操作」はマニュアルによる例外的な手動操作。高知県が30年ほど前に定めた。ダムの貯水量が8割を超えた場合に適用し、流入量に合わせて放流量を増やす措置だ。判断はすべて人間。これまで誰も経験したことがない
 午前10時15分。鏡ダムは毎秒1422トンの流入量を記録した。67年のダム完成以降、最大の流入量だ。前例のない操作に入る事務所に対し、担当課を通じて尾﨑正直知事から要請が入った。
 「鏡川の水位が上がるのを遅らせてもらえないか?
 満潮とほぼ同時刻の出来事だった。

 高知県都の中心部付近では、鏡川の濁流が土手の車をのみ込む。ポリタンクや流木が流されていく。川沿いの住民が、その様子を心配そうに見守っていた。
 3日正午前、高知市東石立町のマンションに住む橋本隆俊さん(69)は「どんどん水位が上がっていく。台風でもこんなことはなかった。これ以上、増水したら危ない…」。
 高知県河川課によると、3日午前11時半、鏡川は東石立町で今回の最大水位の4・84メートルに達し、氾濫危険水位を0・24メートル上回った。2日前の同時刻の水位は0・18メートル。この間の急激な水位上昇を物語る。
 西原所長は「ただし書き操作」を指示し、職員に声を掛けた。
 「ダムとしてできる、精いっぱいのことをやろう!」
 水位計、雨量計、レーダー。それらを注意深く目視しながら、町田チーフが放流ゲートを操作する機器の前に座った。5~10分間隔で、ゲートの開き具合を変えていく。それも数センチ単位で

 西原所長が言った「精いっぱいのこと」とは、満潮時の放流量を極力抑え、ダムの水位を上げていくことだった。毎秒1422トンを記録した最大流入量に対し、放流量はその半分近い毎秒798トンに抑えた。鏡ダムの水位は77メートルを超えると、あふれる。3日正午すぎには76メートルに迫っていた。あと、約1メートルだった。
 高知県は4日、鏡ダム下流の宗安寺水位観測所が記録した「洪水調節の効果」を発表した。「ただし書き操作」にどの程度の効果があったのか。発表によると、宗安寺での最高水位は推定0・91メートル低減したという。
(略)

約1m弱の水位低減と言うものがどういう意味を持っていたか、当時の高知県内の状況を写真で参照いただきながら想像してもらうより他にありませんけれども、わずかでも水量調節を誤ればダムそのものが決壊していたかも知れない中で前例のない手動操作に踏み切ると言うことに、どれほど大きな勇気と決断が必要であったかは想像に難くありませんよね。
ただし当然ながら30年も前に作られたマニュアルに従った操作であり、しかも誰も実際にはやったことがないと言うことでうまくいくかどうかはやってみなければ判らない上に、そもそも何をもってうまくいったかと言うことの判断基準も明確ではない以上下手をすると「ダム操作が間違っていたから大被害を被った!訴えてやる!」と言われてしまう可能性すらあるわけです。
その意味でダム側に要請した立場の高知県では今回の操作による成果について早速公式HPで広報を行っているのもそう考えると当然なのですが、先の原発事故でも官邸側から現場への過剰な介入が一つの状況増悪因子になったとも言われる中で、現場のプロフェッショナルが最大限の能力を発揮出来するために整えられるべき状況とはどんなものかと言うことを考えさせられる事例だったと思います。
さて話はかわって先日も取り上げましたように、今やアフリカはおろか大陸外にも広がりそうな気配を見せているエボラ出血熱の史上最大規模の大流行ですけれども、使えるあらゆる手段を使ってでも緊急の対策が求められると言う事は誰しも意見の一致を見ているだろう中で、意外とも当然とも言える理由によってそれが脚踏みしていると言う状況にあるようです。

エボラ実験薬の投与、倫理めぐる議論に(2014年8月7日AFP)

【8月7日 AFP】エボラ出血熱の流行ですでに1000人近くのアフリカ人が死亡している中、エボラ出血熱を発症した米国人患者2人に実験薬を投与した決定をめぐり、倫理をめぐる議論が起きている──だが米国の専門家らはこの決定を倫理的に正当化しうると述べる。
 米キリスト教系支援団体「サマリタンズ・パース(Samaritan's Purse、サマリア人の財布)」の米国人医療従事者2人に実験薬「ZMapp」が投与されたことを受け、世界保健機関(World Health Organization、WHO)は6日、西アフリカにおけるエボラウイルスの感染拡大に対して実験薬を投与するべきかどうかを話し合う特別会合を来週開くと発表した。

■エボラ研究第一人者「アフリカにも実験薬利用の機会を」

 同実験薬は現在、開発のごく初期段階にあり、これまではサルでしか臨床試験が行われていない。また大量生産も行われておらず、エボラを治療する能力があるかどうかも証明されていない。だが実験薬を米国人患者に投与したとのニュースに対し、ギニアやリベリア、シエラレオネなどの感染者の多い地域に同実験薬を提供するべきとの声が上がっている
 7人の感染が確認されているナイジェリアは、「ZMapp」入手の可能性をめぐり米疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention、CDC)と協議を始めたと発表している。
 また、1976年にエボラウイルスを発見した一人であるロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine、LSHTM)学長のピーター・ピオット(Peter Piot)氏を含む、エボラ研究の第一人者3人は6日、同実験薬を幅広く提供するべきだと声明を発表した。
 米紙ロサンゼルス・タイムズ(Los Angeles Times)によると3人は声明で「もしエボラがいま欧米諸国で広がっているとしたら、各国の公衆衛生当局はリスクにさらされている患者たちに実験薬や実験ワクチンを提供するだろう。エボラの流行が起きているアフリカ諸国にも同じ機会が与えられるべきだ」と主張した。

■実験薬の危険性、誰が判断?

 だが、臨床試験はリスクが高い。リスクの高い臨床試験の候補に米国人2人がなった理由について、米ジョージタウン大学(Georgetown University)の生命倫理センターのG・ケビン・ドノバン(G. Kevin Donovan)氏は、2人が医療的な訓練を受けており実験薬の危険性を理解できることだったと述べた。
 ニューヨーク大学(New York University)の医療倫理部門責任者のアーサー・キャプラン(Arthur Caplan)氏は、実験薬がこれまでのところ良い反応を示しているものの、有効と言うには「ほど遠い」状況だと話し、「今後の倫理的な対策は、流行を阻止する予防対策を倍増することだ」と提唱した。バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領も6日、実験薬よりも実証済みの保健対策に力を注ぐべきだと呼び掛けている。
 WHOの倫理委員会に携わった経歴のある米ジョンズ・ホプキンス大学(Johns Hopkins University)のナンシー・カシュ(Nancy Kass)教授は実験薬の危険性を指摘した上で、実験薬を広く提供するかどうかの判断は「世界最高の専門家たちが下すべき」と述べ、来週のWHO会合に期待を寄せた。(c)AFP/Naomi Seck

もちろん現段階でこうした新薬(と言うよりも実験段階にある薬)に対して過剰な期待を抱くべきデータすら存在しないとは言え、ともかくもこれだけ感染が急拡大しており、しかもひとたび感染すれば有効な治療法もないまま非常に高率で死亡してしまうと言う恐ろしい病気であるわけですから、多くの方々が「そんな議論は後回しでいいからとにかく使えるものは何でも使え」と言いたくなる話ではないかと思います。
一般的にどこの国でもそうでしょうが、新薬の類が一般臨床に使用するには国等による認可の手続きが必要であり、そしてそのためには相応に長い段階を踏んでいかなければならないと言うことで、映画などではこうした場合世界のどこかで開発された画期的新薬が大量生産され有効活用されるものですが、考えてみますとその新薬を手順を飛ばしてでも使っていいと誰が判断するのかはなかなか難しい問題ですよね。
この場合もちろん開発元がそれを提供すると言う同意をすることが大前提で、これまた開発中の薬をそんなに無造作に出してしまうとアイデアを盗まれてしまうのではないか等々様々な経営的判断があるのでしょうけれども、例えば感染の猛威にさらされているアフリカ諸国の国家元首がそうと是認すれば何でも使っていいと言うことなのかどうか、下手をしなくても人体実験ではないかと言う声が上がる余地は十分にあるところです。

留意したいのはこの場合、何も積極的な新治療を試みなくても多くの患者が亡くなっていく、そして現地の状況を考えるとどのような状況で亡くなっていったかと言う詳しい統計的データの収集すら困難になりかねず、仮に新薬を投じたところでそれが効いているのかどうなのか、どのような副作用がどの程度の頻度で出ているのかと言った事後に必要なデータがうまく集まらない可能性すらありそうです。
厳密に二重盲検で投与対象をランダム化して決める、などと言うやり方も現地に受け入れられるかと言えば普通はまあ無理だろうなと思えるところで、一方で今回のアメリカ人患者のようなごく少数の理性的な患者だけを対象にちまちまと正しい手順に従っての臨床試験を重ねていくことも、アフリカの多くの患者を無視して自分達だけが利益を得ていると言う批判も当然出てくるでしょう。
こう考えてみると意外にこれは難しい判断になりそうですし、そもそもこうした場合に誰が判断するのかと言うルールももちろん存在しない、そして仮に誰かが判断したところでそれを現地で使っていいものと国内法に照らして判断する必要も出てくるとなると、誰か偉い人一人が英断を下せばそれで済むと言うものでもなさそうに思えてきます。
ただアフリカの人々にすれば「新しい薬があるのなら何故俺達には使えないんだ!?」と言う話ですから、科学的な妥当性の判断以上に市民感情をどう納得させられるかと言うことも含めて考えると、これはかなり高度な政治的問題でもあるとは言えそうで、同時に不幸にして望まぬ結果に終わったとして「だから言ったじゃないか!どう責任を取るんだ!」と決断を下した人間を責めていれば済む問題でもなさそうですよね。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年8月11日 (月)

高齢者社会保障 制度の変化よりも先行する国民意識の変容

お隣中国と言えば経済成長の陰で一人っ子政策による人口構成の急激な変化が進行していることが知られていて、ちょうど一人っ子世代の親たちがこれから介護を受ける年齢になると言われていますけれども、考えて見ると二人の親を一人の子供で支えていく計算になるのですから、よほどに腰を据えてかからないと大変なことになるのは目に見えていますよね。
もちろん経済的な面でも極めて大きな負担が予想されるとともに、単純に介護に要するマンパワーをどうするのかと言った物理的問題もありますけれども、そんな中で社会的な介護システムの未整備が今後大きな問題となってくるはずだと言う予想があるようです。

高齢化進む中国の未成熟な介護市場(2014年8月7日AFP)

【8月7日 AFP】定年が少しずつ近づくなか、息子への仕送りやベビーシッターの仕事で忙しく、自分の老後について心配する余裕もないと語るHe Xiangyingさん(51歳)──体が動くうちは働き続け、その後は故郷に戻って節約生活をすると話すHeさんは、仕事に就いていない息子の世話になることなど少しも考えてもいないという。
 Heさんは北京(Beijing)の公園で、「自身の生活もままならない状況で、年老いた親の面倒なんて誰がみるだろうか。私は自分の世話は自分でする」と目に涙をためながら話した。

 中国の高齢者人口は急速に増加しており、子どもは親の介護に追われている。介護士の助けを借りる金銭的余裕がないだけでなく、介護業界の人手不足の問題もある
 中国では、2030年までに60歳以上の人口が全人口の4分の1にあたる3億5000万人と、その数は現在の約2倍に膨れ上がるとみられている。一人っ子政策で進んだ高齢化の影響により国の労働力は縮小し、複数の祖父母の面倒を孫1人でみるケースも予想されている。
 これに追い打ちを掛けているが、今の若い世代を苦しめている、高騰する住宅価格と低迷する経済だ。

 親の老後の面倒は子どもがみるという同国の伝統は、現代社会の中で薄れつつある。しかし、中国の介護システムはまだまだ試験的な段階にあり、李立国(LI Liguo)民政相によると、高齢者1000人に対して用意されている介護ベッドの数はわずか25個程度だという。
 北京市郊外には3つ星ホテルを改築したベッド数300の介護施設がある。2年前に入居したZhou Chuanxunさんは「自宅にいたらとてもさみしかったと思う。ここにいれば少なくとも他の人と話すことができる。ここの方がいい。時間の流れも早い」と話す。Zhouさんの娘と息子は2人ともいい仕事に就いているが、多忙のため親の面倒を見る余裕がないのだという。
 施設経営者によると、入居費用は月額8000元(約13万円)。これは大半の家計を大幅に上回る金額だ。

 若年労働者の間では、高齢者の入浴や食事の介助は魅力的でないという考えが根強く、これが介護市場の人材確保における問題にもなっている。施設に入居できる高齢者は全体のわずか3%の見込みだという。

まあしかし日本が何十年もかけて経験してきた国民全体の高齢化社会への適応をずっと短い期間で行わなければならないのですから、今後国中から不平不満の声も上がってくるだろうことは当然ですけれども、中国の政治システムにおいてこうした声にどのような答えを用意していくことになるのか、これは壮大な社会実験になりそうだと言う気はします。
ただここで注目頂きたいのは恐らくわずか一~二世代ほどの間に中国人社会での長年の慣習、常識と言うものが大きく変わりつつもあると言うことで、彼の地ではまだまだ公的な社会保障制度は未整備だと側聞しますけれども、老いた親の面倒は子供がみるのが当たり前だと言う伝統的価値観の継続に為政者が期待をしていたのだとすればとんだ肩すかしだったでしょうね。
ひるがえって日本ではどうかと言えば、先日厚労省が発表した2013年度の統計では介護サービスを利用した高齢者が23万人増えて過去最多の566万となり、高齢者増加を反映して過去10年間で実に5割増しになったそうですが、興味深いのは増えた23万人のうち在宅サービスを受ける者が15万人と多く、厚労省が進める「病院から家庭へ」と言う高齢者介護の大方針とも合致するように見えますよね。
ところが介護をする側の認識は着実に変わっていると考えられる、こんなデータが先日出てきているのですが、調査対象があくまでも既婚女性であると言う点が非常に生々しさを感じるものになっているようです。

「介護は家族で」大幅減少 既婚女性の5割超が「親との同居」に否定的(2014年8月8日産経新聞)

 「親の介護は家族が担うべきだ」と考える既婚女性が5年前に比べて大幅に減少し、56・7%と過去最低になったことが8日、国立社会保障・人口問題研究所の第5回全国家庭動向調査で分かった。「年を取った親は子供夫婦と一緒に暮らすべきだ」も賛成が44・6%で、平成5年の調査開始以降、初めて半数を下回った。厚生労働省は独居や老老介護向けサービスの拡充を図っているが、同研究所は「こうした介護サービスの充実が、意識の変化に影響した可能性がある」と分析している。

 調査は既婚女性を対象に5年ごとに実施。今回は25年7月に6409人から得た回答を分析した。「介護は家族」に賛成の人は15年前の74・8%をピークに減少が続き、今回は5年前の63・3%から6・6ポイント減って過去最低親との同居についても、賛成は20年前の62・0%から減少傾向となり、今回は6・2ポイントも下げた

 一方、育児や経済的な支援については「親」の存在感が増し、出産・育児に関する最も重要な相談先を「親」とした既婚女性は20年前の33・9%から46・9%に拡大。「経済的に困ったときに頼る人」では5年前の60・5%から64・9%に増加した。
(略)

まあしかし「こうした介護サービスの充実が、意識の変化に影響した可能性がある」などと原因と結果を逆転させたようなことを言っていますけれども、これを受けて「ならば在宅介護を推進するために介護サービスは削減しよう」などと言い出しかねない怖さはありますかね…
興味深いのは一方で老親を自宅で介護したいと考える人が着実に減ってきているのに対して、長年続いてきた核家族化の方向性に反するように経済面や子育てなどでは逆に親への依存度が増しているとも取れるデータなのですが、現役世代の収入の減少によって親の支援に期待せざるを得ないと言う現実的な状況が背景にあるのでしょう。
ただ親からすれば今まで以上に長く脛はかじられるわ、その結果見返りに介護を手伝ってくれるかと言えば施設に送り込まれるわで「何もいいことがないじゃないか!」と文句の一つも言いたくなりそうな話なのですが、日本の場合は社会制度的に親世代が極めて優遇されている状況があるのですから、子供からすれば俺達の手を駆り出すことまで期待するとは虫が良すぎると言う感覚になるのでしょうか。
こうなると親世代としてはこんなことでは我々の老後に不安がある、さらに高齢者社会保障を充実させなければと言う話にもなり、当然ながらその財源として現役世代からの税収等に期待すると言う無限連鎖になりかねない話で、低福祉低負担な中国などと比べて一体どちらが幸せなのか判らないことになってしまいますよね。

日本の介護福祉制度は皆保険制度を堅持する医療と同様、お金のあるなしによって受けられるものが違ってはならないと言う受益の平等の原則に基づいて整備されていますけれども、財源の逼迫から更なる切り下げが言われる年金支給額にしてもそれに頼って暮らす低所得者にとっては喰っていくのも難しい低額である一方、富裕層にとっては正直あってもなくてもどうでもいい程度の支給額であるとも言えるのでしょう。
先日野党民主党の政調会長が介護施設が努力して利用者の介護度を減らすほど報酬が減ってしまう、努力しても報われない制度は改めるべきだと言うことを言っていましたが、そもそもこれだけ社会的に需要もある成長産業であるにも関わらず3kだ、いや4kだと求職者から「介護だけは嫌」とまで忌避され、心ある就業者も全業種最低水準の低報酬にあえぎ到底家族を養っていけないと離職が続くのもおかしな話です。
その大元を辿っていけば誰しも平等に給付を保証すると言う理念の裏返しで誰でも負担できる程度のコストで運用せざるを得ないからとも言えますが、富裕層にとってはお金は出すからもっといいサービスをしてくれだろうし、低所得層にとっては出来ることはなるべく自分でするから何とか負担を減らしてくれと言いたくなることも多いのだろうと思います。
いわゆる低負担低福祉と高負担高福祉のどちらがいいかと言う議論は様々にあって、日本は結局中福祉中負担だと言う人もいますけれども、すでに日本人は一億総中流意識で…などと言われた時代も遠く過ぎ去り国民間にも現実的格差がある現状の中で、誰もが平等であることを前提にした場合に最もうまく機能するシステムばかりに未来永劫頼り続けるのもどうかなと言う気がしないでもないですよね。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2014年8月10日 (日)

今日のぐり:「8番ラーメン 玉島店」

いよいよ夏も本格化してきましたが、最近こういう話があるそうです。

梅雨なんか吹き飛ばそうぜ!「#夏という言葉を使わずに夏を感じさせた人が優勝」がヒートアップ中(2014年7月16日トゥキャッチ)

 九州南部では梅雨明け宣言も発表となり、いよいよ夏本番!

 Twitter上では「#夏という言葉を使わずに夏を感じさせた人が優勝」というハッシュタグが盛り上がりを見せている。

 企業の公式アカウントも夏を想起させる自社商品の画像を投稿。

 続々と夏らしいツイートが投稿されている。あなたが夏を感じるものはあっただろうか?

元記事に取り上げられている画像を見てもそのものズバリなものもあれば、いささかひねり過ぎにも思えるものもありと多種多様ですよね。
今日は「夏という言葉を使わずに夏を感じさせる」ということで、世界各地から夏向きな話題の数々を取り上げてみましょう。

明らかに過積載……お相撲さんだらけの飛行機客室内の図(2014年7月30日おたくま経済新聞)

八角部屋の『隠岐合宿』(島根県)が7月30日から8月4日までの間開催されるそうです。その合宿地に向かう道中の様子が、八角部屋公式Twitter(@hakkakubeya)を通じて報告されています。

今回は八角部屋と伊勢ノ海部屋の合同実施になるそうで、かなりの人数が参加するようです。伊丹空港から隠岐空港へ向かうプロペラ機の中では、ご覧のとおりお相撲さんがギュウギュウに座っています。しかも殆どが通路にまで体をはみ出しており、通るのにも一苦労な様子。

この写真を投稿したツイートには「ボーイングの技術者も助走つけて殴るレベル」「これで飛ぶ飛行機って本当に凄い」「明らかに過積載」「乗り合わせたら大変そう」といった声が寄せられてました。

ちなみにその後のツイートでは無事到着したことも報告されていますよ。なお、この合宿の稽古は島根県立隠岐水産高等学校相撲場で8月1日から3日に行われ、無料で見学することができるそうです。お近くの方はぜひ。

元記事の画像を見る限りでももはや暑苦しいどころではない状況なんですが、以前にアメリカだったか二人分の座席を占有する超肥満者が割り増し料金を取られたと言うニュースを聞いた覚えがあるのですが、この場合航空会社の規定はどうなっているんでしょうか?
ドバイと言えば今や世界の富裕層を呼び込むバブリーな街として知られていますが、あちらの場合全天候=夏対策という状況なのがこちらの記事でも判ります。

ドバイの超バブリーなショッピング街に“屋外”アイススケートリンクの計画(2014年6月9日ガジェット通信)

再び不動産バブルの兆候があると言われるUAEのドバイで、超高級ショッピングストリートの建設計画が立ち上がりました。UAE初の“屋外”アイススケートリンクや屋外映画館を備えたドバイで最高のショッピング街を目指すということです。

ドバイの高級不動産開発会社・DAMACが発表した“アコヤ・ドライブ”は、ビバリーヒルズの“ロデオ・ドライブ”に触発された超高級ショッピング街。全長1.3kmの通りには高級ブティックをはじめ、屋外アイススケートリンクや屋外映画館、ゴルフコースなどが建設される計画。最終的には、通りの周囲16km以内に8万人以上のリッチな住人たちが暮らすビバリーヒルズのような街が完成する予定です。

ちなみに、「アコヤ」はどうやら日本語の「アコヤ貝」に由来する模様。真珠のことを英語でも「Akoya Pearls」と呼称するので、なんとなく高級感のある響きなのでしょう。

ところで、計画に含まれる“屋外アイススケートリンク”がどんなものなのか気になりますよね。ドバイといえば、ドーム型の人工スキー場があるのは有名ですが、日中の気温が50℃を超えることもある国で屋外に氷のリンクなんて、どうやって作るの? ……と思ったら、なんのことはない、「氷とそっくりな滑走体験ができる素材で作られたリンク」ということでした。ドバイのことだから、金に飽かしてとにかく冷やし続けて氷を作るぐらいのことをやってくれると思ったのに、ちょっとガッカリ。

2009年の“ドバイ・ショック”で一度は不動産バブルが崩壊したドバイですが、“中東の春”で不安定化した中東諸国からの資金の避難先として選ばれたこと、また2020年の万博開催が決まったことなどを受けて再び不動産価格が高騰。バブルがピークだった2009年の水準を上回るまでに回復しているそうです。2018年に完成予定の“アコヤ・ドライブ”計画は、果たして中東のビバリーヒルズとなれるのか、それとも砂上の楼閣を増やすだけになるのか。下衆な目線で生暖かく見守りたい物件です。

画像を見る限りでもなんともバブリーな話で冷房代もさぞやと思うのですが、しかしこのスケートリンクは日本でもオールシーズンのスケート練習場として需要があるのでは?とも思ってしまいます。
夏といえば怪談ですけれども、こちらマジもので怪談っぽいネタが出ているというニュースです。

【恐怖映像】これはガチでヤバい! 誰もいない部屋で椅子が勝手に動くシーンがとらえられる!!(2014年8月1日ロケットニュース24)

夏に見たくなるのが心霊系の映像や写真。それがあまりに怖すぎると背筋がゾクッとして夜に眠れなくなったりするものだが、うだるような暑さを吹き飛ばすためにやっぱり欲しがってしまう人も多いことだろう。

ということで今回は、海外の監視カメラがとらえた心霊映像をご紹介したいのだが、これはガチでヤバい。閲覧する際に心の準備は必須。YouTube にアップされたタイトルは「Unexplained Ghost CCTV Footage – Brookside Theatre, Romford」だ!!

・イギリスの映像
アップされている動画の映像が撮られたのは、イギリスのエセックス州ロムフォードにあるブルックサイドという劇場。日付けは2014年7月27日、時間は深夜4時15分頃のものだ。もちろん、そんな時間帯に劇場内は誰もいない。

・なぜ劇場か
劇場に幽霊が出現することに対し、疑問を感じる人もいるかもしれないが、イギリスをはじめとする欧州では、古い劇場に幽霊が集まることが多いといわれている。劇場は日本でいう「霊が集まる場所」にあたるのだ。

・勝手に動く椅子
監視カメラということで音声はまったくない映像だが、まずは画面中央付近に注目していただきたい。すると、再生開始から13秒あたりで並べられている椅子がひとりでに後方へと動くではないか。そう、まるで誰かが座るために椅子を引いたかのように……だ。

・横切る光
その光景だけでも背筋が凍るが、引き続き動画を見ていると、どこからともなく光が画面前を横切る。はたしてこの正体は何なのだろうか。動画を通して見られる怪奇現象、そして深まる謎に鳥肌が立ってしまう。
この世には科学的に説明のつかない現象も数多く、今回イギリスで撮影された映像も非日常的な現象が起きてしまっている。やはり「幽霊」は存在するのか、そう思ってしまう映像は心して閲覧して欲しい。

あまりこういうものをまじめに検証するのも野暮というものなのでしょうが、さて冷え冷えとした感じになってきたでしょうかね。
世の中いろいろな人がいるものではあるのですが、こちら暑さゆえに起こったあり得ない悲劇、というべきなのでしょうか。

ペニスがエアコンホースにはまり消防出動(2014年6月12日日刊スポーツ)

 61歳中国人男性の言い訳が、「世界で最も奇妙だ」と注目されている。英デーリーミラー紙電子版によると、中国南東部の福建省泉州市に住むリアン・ティエンさん(61)は、室外のエアコンホースに陰茎がはまって抜けなくなり、地元の消防隊が出動。4時間かけてホースを切断した。

 リアンさんは「暑かったので、全裸で壁に絵を描いていた。床で滑って、転んだら、壁から突き出ていたエアコンホースに陰茎がはまってしまった」と説明。周囲が納得できそうもない言い訳をしたという。

 本人の説明によると、転倒後、壁と陰茎の間でホースを切断。油やせっけん水を染みこませてみたが、ホースは抜けなかったという。

 「寝ている間に抜けるかと思ったら、ダメだった。2日目に陰茎が赤くなって、炎症を起こしたので、医者に電話した」。医者では適切な処置ができず、消防隊を呼ぶ騒動になった。

まあ色々と突っ込みどころは多いというか突っ込むべきところでないところに突っ込んだが故の悲劇というか、ともかく暑い季節には思わぬことが起こるものなんですね。
最後に取り上げますのもご存知ブリからの話題ですが、こちらまさしくブリ的紳士道の体現者と言うべきでしょうか。

時代はついにここまで!? 猛暑のロンドンに「下半身クールビズ」のサラリーマンが現れる(2014年8月5日らばQ)

クールビーズもすっかりおなじみの言葉となりましたが、猛暑・酷暑のこの時期にスーツを着込むのはとても合理的とは言えません。

しかしながら、今までクールビズと言えばノーネクタイ・ノージャケットなど、上半身の軽装化が中心でした。

ところが記録的な猛暑が続くイギリス・ロンドンで、下半身のクールビズを追及したオフィスワーカーたちが現れ、街行く人々を驚かせています。
(略)
実はこの下半身クールビズ、ロンドンのテレビ宣伝企画の一環で行われたものだそうで、番組名は“Short Shorts”(ホットパンツの意)だそうです。実際に流行っているわけではなくホッと一安心(ちょっと残念?)です。

ボトムスを涼しくすること自体はグッドアイデアと思いますが、さすがにホットパンツはやりすぎですね。

画像を見てもまさしく紳士のたしなみと言う感じですけれども、ここまで来れば伝説の裸ネクタイまで逝ってしまうべきだったのかも知れませんよね。
しかし道行く女性方の視線を集めること間違いなしであることは画像が証明していますけれども、日本でもどなたかチャレンジしてみる人はいないでしょうか。

今日のぐり:「8番ラーメン 玉島店」

水島工業地帯の対岸に当たる倉敷市玉島地区は割合にラーメンの人気店が多いところで、「にぼし家」「あかり」「劉備」などはそれと知られた人気店ですよね。
そんな中でこちら玉島支所向かいの幹線道路沿いに位置する全国チェーン店が案外健闘しているようで、今回たまたまお邪魔してみました。

チェーン店らしく色々とメニューも多い中で野菜こく旨ラーメンを頼んでみましたが、尾道ラーメンでよく見かけるような平打ちの太麺は通常のラーメンに使っているものと同じものなのでしょうか。
このいかにも濃いめのスープはもちろん相応にコクもあるんですが、それ以上に脂たっぷりで熱々の冬向きと言う感じで、こういう濃い味は食べ飽きやすいのでしょうが涼しいところでたまに食べるにはいいかなと思います。
トッピングの中心となる野菜もちゃんと食感が保たれているので、この味が気に入ればと言う感じなのですが、こちらの場合この種の野菜たっぷり系メニューがやはり基本になるのでしょうかね。
ちなみに以前に何度か夜中に早島の方のお店にお邪魔したことがあって、そちらではやってくれる店員さんによって調理水準にかなりの差を感じたのですが、この日のこの店の味に関しては麺茹で、野菜の扱いともチェーン店として十分及第と言えるものでした。

個人的にはこの系列のチェーンで特にこれと言うほどのキラーコンテンツを見た記憶がないのですが、季節毎にメニューを入れ替えながらそれなりに食べ応えもあり野菜も取れるものを出すと言ったあたりが訴求点になっていそうですね。
見ていますと食事時であるせいか結構繁盛しているようで、さすがに近隣の人気店のように行列待ちをするほどではないにしても、通りすがりの一見さんばかりではなくちゃんと地元らしい人も入っているようですよね。
接遇面ではチェーン店らしくこんな田舎のお店であってもマニュアル通りの対応で、トイレなども狭いが一通りの設備はありと、このあたりは安心感があるところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 9日 (土)

著作物の二次利用で大手同士の法廷闘争勃発

ブリ的紳士ともなれば苦みの利いたジョークも飛ばせるようでなければとても一人前とは呼ばれないそうですが、そのブリからこんなニュースが出ています。

英国で「パロディ権」が認められる(2014年8月4日slashdot)

英国で「パロディを作る権利」を認める形で著作権法が改正されられたそうだ(TheDrum、GIZMODO UK)。

英国の著作権法が改正され、パロディ作品を作るために既存作品を適切に利用することが認められるという話のようだ。もちろんパロディ元の権利者の許諾やライセンス料は不要で、その成果物の配布も許される

英国では数年前より著作権に関連する規制を緩和する動きがあり、9年前から「パロディ権」を認めるような活動が行われていたという。なお、フランスではすでにパロディを創作する権利が認められており、日本でもパロディ権についての議論が一部で出てきている(NHK:クローズアップ現代、日経新聞)。

まあしかし著作物の二次利用と言うことになりますと著作権者の思っても見なかった方向性での利用が必ず問題になるものですが、この場合著作権者の意図に対して真逆な方向性での利用しか考えてなさそうな気配が濃厚であるのに、こうした法が成立すると言うのはやはり著作権者も立派なブリ的紳士であったと言うことなのでしょうか?
ともかくも世界的にこのところ同種の法整備が進んでいて、記事にもありますように先日から日本でもようやくパロディーあるいは二次創作に関する法的な立場の議論が始まったところですが、以前にもTPP推進によって二次創作が消える?などと言う話を取り上げましたように、国によって著作権者の権利と言うものの捉え方が大きく異なることもあってどこまでを認めるかと言う議論はなかなか難しいところがあると思います。
ネットなどの無料動画配信なども以前は徹底的に削除を要請する著作権者が多かったものですが、それによって知名度が上がることが長期的なビジネスの利益にもつながると言うことが知られてきたせいでしょうか、最近では芸能活動などむしろ積極的に無料動画配信を行ってPRをすると言う方針に転じたケースも少なくないですよね。
現実的に考えてもマスコミ等を動員して大々的なPR活動を行っていくとなるとお金も手間もかかるわけで、同等以上の効果がほとんど手間賃レベルであげられるとなればそちらの方が金銭的にもメリットがあると言うものですが、当然ながら逆に言えば業界的に落ちてくるお金が減ると言うことにもなるわけですから、この種の著作権者と消費者が直結する動きと言うものは両者の中間部に位置する方々にとっては痛し痒しでしょう。
いささか話が飛びましたけれども、この未だ議論山積という日本の著作物二次利用に関して新たな一石を投じかねない事件が発生したと話題になっていますが、こちらの記事から紹介してみましょう。

スク・エニに家宅捜索 人気漫画「ハイスコアガール」がゲームキャラ無断使用・著作権侵害の疑い(2014年8月6日産経新聞)

 コミック誌で連載されている漫画の作中で、別会社の人気ゲームのキャラクターを無断で使用していたとして、大阪府警生活経済課は5日、著作権法違反容疑で、ドラゴンクエストやファイナルファンタジー(FF)シリーズなど人気ゲームソフトの製作で知られる発行元の「スクウェア・エニックス」(東京都新宿区)の本社など関係先を家宅捜索した。

 捜査関係者らによると、著作権侵害の疑いが持たれているのは「月刊ビッグガンガン」誌上で押切蓮介氏が連載している「ハイスコアガール」。府警は押収資料の分析を進め、会社の担当者や作者らから今後任意で事情を聴く方針。
 スクウェア・エニックスはこの漫画の中で、ゲームソフト販売・開発会社「SNKプレイモア」(大阪府吹田市)が著作権を持つ対戦型格闘ゲーム「ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)」や「サムライスピリッツ」などのキャラクターを、許諾なしに勝手に使用したとしている。

 ハイスコアガールは1990年代を舞台にしたラブコメディー作品。主人公がゲームマニアで、作中で当時ブームになったさまざまな格闘ゲームをプレーする。その中でKOFやサムライスピリッツのキャラクターが100カ所以上にわたって登場していたという。
 単行本の巻末には、著作権表示によく使われる(C)マークとともにSNK社の名前が他の複数のゲーム会社とともに記され、あたかも許諾を得たような体裁になっていた

 ハイスコアガールのアニメ化にあたって、関東地方の映像製作会社が昨年夏ごろ、SNK社にキャラクターや音楽の使用許諾について問い合わせたことがきっかけで、漫画に無断使用されていたことが発覚。SNK社が今年5月、大阪府警に告訴していた。
 スクウェア・エニックスは人気ゲームソフトの製作のほか、複数の漫画誌を発行している。

この事件に関して興味深いこととして、記事にもありますがコミックスには各社の著作権表示がずらずらと記載されている、そして名前が挙がっている他社も正式に契約を締結し何ら問題ないと言っている中でただ一社だけが「事前に何も話がなかったし、事後にも誠意ある対応もしない」と言っていると言う状況なのですが、スクエニ側は著作権侵害ではないと言い、コミックスは回収するものの連載は続けると言っているようです。
考えてみると「お騒がせしたから回収した」と言うのもファンからすればおかしな話ですし、事実著作権を巡って法的トラブルがあるのであれば連載を続けることも問題だろうと思うのですが、単純に著作権侵害と言うことに関して解釈が違っていると言うことなのかどうか、ともかく一連の時系列を見るとどうも編集と法務の連携もよくなかったことが問題を大きくしたのか?などとも想像されるところです。
いずれにしてもこうした出版物における著作権の扱いはなかなかグレーゾーンが大きいようで、そうであるからこそ業界内では相互に黙認している部分と言うのも多かったようなのですが、その意味で法的には正しい行動をしているとしても業界の流儀には反すると言うことになるのかどうか、世間的には意外に「まあ手続きを踏んでなかったのなら仕方ない」と冷静な声が多いのに反して関連業界内部からの反発の方が強い様子もあるようです。

スクウェア・エニックスの家宅捜索に、ゲーム開発者らが「スクエニ擁護」のコメントをTwitterに投稿(2014年8月7日トピックニュース)

ゲーム会社大手のスクウェア・エニックス(スクエニ)が5日、著作権法違反の疑いで大阪府警の家宅捜索を受けた問題で、ゲーム開発者からスクエニを擁護するツイートが続出している。

著作権侵害の疑いが持たれているのは押切蓮介氏が連載している「ハイスコアガール」で、「当社の許諾を受けることなく、当社が著作権を有する多数のゲームプログラムのキャラクターを複製使用した」として、SNKプレイモアがスクエニを刑事告発した。
この問題について、ゲーム制作会社フライトユニットの松本浩幸代表は自身のTwitterアカウント(アカウント名は安堂ひろゆき)で「スクエニ側の非が無いわけじゃないけど、普通はここまでこじれる事は無いし、そもそもこじれるような内容でも無いんで面倒臭いねえ、、、ゲームファンとしても」「『販売の即時停止を求めたが、なんら誠意ある対応がなかった』ってスタート時点からSNK側の要求が頭おかしい」と6日に投稿し、スクエニを擁護した。

また、ネット掲示板「2ちゃんねる」上で、ソニー・コンピュータエンタテインメントSCE第1事業部ソフトウェア開発部の西野元章氏ではないかと言われている、仁志野六八氏のTwittterアカウントでは、5日の午後6時頃に「この程度で家宅捜査とか訳がわからん…」と投稿されたが、6日になって「この程度」という表現が不適切な発言であったとし、謝罪の投稿と、該当するツイートを削除した。
さらに、前述の松本浩幸氏の投稿に対して「SNKも困ったことをしてくれましたよね…」と返信している。

ま、法に従って厳密に杓子定規に解釈が進んでしまうと色々と困ると言う現実があることは容易に想像出来るのですが、要するに著作物の二次利用によって一時的に何らかの不利益を被ることがあっても別の部分で逆に儲けられることもあり、全体としては互いにwin-winの関係でやっていられるものなのだと言う共通認識が業界内にはあると言うことでしょうか。
確かに今回話題になった格闘ゲームの世界に関してもかつては開発元の垣根を越えた対決!なんてことが話題になったり、アニメやコミックスなど公式の二次利用に留まらず各種同人活動など様々な方面で人気が広がったことが往年の格ゲーブームを呼んだことは間違いないと思いますけれども、同時に同人誌などではそれこそ著作権者の意図に反した(だろう)二次利用なども盛んであったのは事実です。
格ゲーなどはキャラの人格付けがそれほど重要でもなく問題になることも少ないのかも知れませんが、漫画やアニメのキャラなどになりますと不適切利用と言うことに関してファン同士でも議論の別れる部分があって、当然ながら著作権者においても同人活動では著作権料が入らないと言った現実的な不利益を別としても、心情的にも面白からぬ思いをすることもあったのだろうと思いますね。
この辺りは二次利用者に広範な自由を担保する方がファン層を広げ全体として皆が潤うと言う考え方にも一理あれば、著作権者が得るべきものは当然きちんと得られるようにするのが筋だと言う考え方にも一理あると思いますが、少なくとも営利企業が公的な出版物等として二次利用をする場合にはきちんと決まり切った手順は踏んでおくべきだろうとは思います。
業界内においてもその辺りのルールが未だ明確でないのかも知れませんが、関係各社が羮に懲りて膾を吹くような対応に一斉に走り出せばそれこそ各方面への影響は甚大なものになるわけで、自由を担保するにはその前提となる相応のルールは必要だろうと言うことでしょうね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年8月 8日 (金)

エボラ出血熱大流行中

感染症の教科書を見れば決して大きなページ数を割いているわけではないにしろ、一生のうちに出来れば遭遇したくない類の極めて危険性の高い感染症として必ず名前が挙がっているのがウイルス性出血熱ですけれども、その特徴として人から人への感染力が非常に強いことと致死率が大変に高いこと、そして何よりこれと言って有効な治療法が確立されていないことが挙げられますよね。
今回すでに1000人近くの死亡者が出ていると言うアフリカ一帯でのエボラ出血熱大流行はすでにコントロール不能な状況にあるとも言われていて、とりわけ現地を離れて世界各地で散発的に発症が疑われる患者が出現し始めるなどパンデミック(世界的流行)に移行する懸念も出てきています。
先日は現地で治療に当たっている最中に自らも発症した医師を治療のため帰国させるに当たってアメリカ国内で大騒ぎになったように、世界各地で過敏反応とも取れる動きも出始めていますけれども、とりわけ物理的にも対応手段が限られる場合が多いアフリカ現地の状況は「コントロール不能」と言われるほど大変なことになっているようです。

エボラ熱拡大のリベリア 院長が感染で死亡、首都の病院閉鎖(2014年8月7日スポニチ)

 エボラ出血熱が猛威を振るう西アフリカのリベリアの首都モンロビアで6日、感染者の主要な受け入れ先だった病院が閉鎖された。ロイター通信が伝えた。カメルーン人の院長がエボラ熱で死亡したほか、スペイン人司祭ら病院関係者の感染も確認されたためという。

 リベリア国内では、他の病院でも医療従事者が感染を恐れて逃げ出したり、エボラ熱をデマだと信じる地元住民の反発に遭ったりして、多くが閉鎖に追い込まれている。急拡大するエボラ熱に既存の医療システムが対応できない状況だ。

 リベリアでは米国人医師が感染し、治療のために帰国。隣国シエラレオネでもエボラ熱対策を指揮していた男性医師が7月下旬に死亡するなど、医療従事者が相次いで犠牲になっている。

 世界保健機関(WHO)は感染の危険性と負担を減らすため、医療従事者の増員が不可欠だと訴えている。(共同)


アフリカ最大の都市ラゴスで2例目のエボラ熱感染(2014年8月5日ウォールストリートジャーナル)

 ナイジェリア保健省は4日、アフリカで最も人口の多いこの国で2件目となるエボラ出血熱の感染を確認し、このほかに8人を隔離したことを明らかにした。これらの人々は皆、7月に同国のラゴスで死亡したリベリア系米国人の治療に携わっていた。
 ナイジェリアのチュク保健相は4日、首都アブジャで記者団に対し、「死亡した米国系リベリア人の治療にあたっていた医師の1人にエボラウイルスの陽性反応が出た」と述べ、「医師は隔離施設で治療を受けている」と付け加えた。
 チュク保健相は、この医師のほか、8人の医療関係者が隔離されたと述べた。また、死亡したリベリア系米国人パトリック・ソーヤー氏と接触した62人について、病気の兆候が出ていないかを監視していることを明らかにした。

 ナイジェリアで2件目となるエボラ熱の感染は、西アフリカの医療関係者が直面する難しい問題を浮き彫りにしている。それはエボラ熱の患者が、自分は感染していないと否定することだ。
 死亡したソーヤー氏は、リベリア財務省のコンサルタントを務めていた。同氏は最近、エボラ熱に感染した自分の姉妹の一人の最期をみとり、7月20日にリベリアの首都モンロビアからラゴスに到着するまでには、エボラ熱の顕著な症状を示していた。ラゴス州の保健当局者が明らかにした。ソーヤー氏は、自分が2日前からマラリアにかかっていると思うと病院のスタッフに伝えていた。このため、その間、スタッフはエボラウイルスの拡大防止のために通常取られる防護服の着用といった予防措置を取らなかった。同氏は7月25日にその病院で死亡した。
 ナイジェリアの当局者は、すぐに空港やソーヤー氏が死亡した病院で同氏と接触した人全ての特定と監視を行った。その結果、治療に当たった医師の一人のエボラ熱感染が明らかになったことで、エボラ熱がラゴスに定着する恐れがあるとの懸念があらためて強まった。ラゴスはアフリカで最も人口が多い都市だ。
 チュク保健相は4日、エボラ熱がラゴス以外の場所で発生したとしても、当局が感染者の隔離に努める意向を示し、「全ての州に緊急センターを設置し、発生が報告された場合、それに対応できるようにしている」と述べた。

 2月に始まったエボラ熱の流行は、過去最悪の事態に陥っている。世界保健機関(WHO)は4日、8月1日時点でギニア、シエラレオネ、リベリアとナイジェリアで887人が死亡したと述べた。死者数は7月31日に公表された数から158人増加した。
 WHOは、西アフリカで今年、エボラ熱が発生して以降、1600件を超える感染が確認されていると述べた。
(略)

エボラ熱の封じ込めに苦戦、リベリアでは路上に放置される遺体も(2014年8月6日ロイター)

[モンロビア/ダカール 5日 ロイター] - エボラ出血熱の感染が拡大している西アフリカのリベリアでは、感染者の遺族らが政府当局の指示を無視し、遺体を路上に放置している。今回のエボラ熱流行ではすでに死者887人が出ているが、西アフリカの各国政府は、ウイルス封じ込めのための対策強化に苦戦している。
7月後半に初の感染者が確認されたナイジェリアでは、米国籍のエボラ熱患者パトリック・ソーヤー氏と接触した8人に感染の兆候が出ていることが明らかになった。

今回のエボラ熱流行は、ギニアの森林部で最初に確認され、隣国であるシエラレオネとリベリアに広がった。同3カ国は先週、ウイルス封じ込めを目指し、学校閉鎖や感染者の自宅の検疫などの強硬手段を取ると発表していた。
しかし、リベリアの首都モンロビアでは、亡くなった患者の親類らは遺体を適切な場所に移送するのではなく、路上に引きずり出しているという。
同国のルイス・ブラウン情報相はロイターの取材に対し、患者の家のウイルス除染と感染者の周辺人物の追跡も義務付けた規則が、一部の人に不安を与えているかもしれないと説明。「それゆえ、彼らは遺体を家から持ち出し、路上に置いている。彼らは自ら感染のリスクにさらしている」とし、「遺体は当局が収容するので、家の中に置いておくよう呼びかけている」と語った。

リベリア当局はエボラ出血熱で亡くなった人の火葬を3日に開始し、また、4日夜からは、感染地域を封鎖するために軍部隊も派遣されたという。
同相は「過度の力は使われないことが望ましいが、われわれは感染地域からの人の移動にできる限りのことをしなくてはならない」と述べた。

すでに大都市部に入ったとなるとこれくらいの数で済むこととは思えませんけれども、もちろんこの種の疾患で防疫上隔離すると言う措置が非常に重要であることは判りきったことであり、日本においても新型インフルエンザとの絡みで個人の権利との兼ね合いをどうするのか、そのためにどのような法的裏付けが必要なのかと言った議論がなされたのは記憶に新しいところですよね。
ただ先年の宮崎における口蹄疫騒動などでもそうなのですが、感染が疑われるのだから地域内の全頭を処分すべきだと言う防疫的見地からの対策に根強い反対があったりだとか、下手をすると感染の恐れが否定出来ないものが出荷されてしまったりだとか言う疑惑が持ち上がると言うのも、結局は経済的に損をしかねない対策を現地の人々の犠牲の元に行おうとするからだと言うことになるのだと思います。
以前にも福島産食品が産地偽装されて出荷されていると言って問題視されていましたが、本当に市場に出てきて欲しくないのなら市場に出すよりも高値で全量引き取ればいい話であって、そのためのコスト負担は流通規制の受益者である国民がするべきだろうと思うのですが、逆に言えばそういう対応が出来るのも懐の豊かな先進諸国だからこそだとも言えますよね。
その意味で今回非常に注目すべきなのは感染者が出たと言うことが周囲に知られれば非常に大きな不利益を受けると住民が認識してしまっている様子が見えることで、こういう認識が広まれば適切な早期対応など出来るわけもないのですが、社会保障や個人の権利保護なども未整備な地域であるだけに当事者が自ら名乗り出るほどの妥当なインセンティブを用意出来るかどうか極めて難しいところだと思いますね。
また先日はちょうど現地で活動していた日本人スタッフの方が帰国して状況報告をしているのですが、我々の目線で妥当と思える医療活動が必ずしも現地目線ではそうではない可能性もあるなど、アフリカという地域性を考えずにはいられない混沌とした状況になっているようです。

国境なき医師団がエボラ流行地での活動を報告(2014年8月6日日経メディカル)より抜粋

 8月5日、国境なき医師団(MSF)は記者会見を開き、エボラ出血熱の流行が拡大する西アフリカでの医療活動について報告した。現地から帰国したばかりの看護師が登壇し、治療施設の感染管理体制や、MSFによる地元住民への啓発活動などの様子を紹介。感染拡大が収まらず、MSFの対応能力に限界が生じている現状も明かした。
(略)
エボラ出血熱はエボラウイルスによる感染症で、有効な治療法はなく、点滴などの対症療法が中心。血液や汗などを通じて感染するため、医療者には患者の体液に触れないための徹底した感染対策が求められる

 MSFのスタッフは、防護服、マスク、ゴーグル、ブーツ、二重手袋、エプロンを着用。皮膚の露出がないことを鏡で確認し、さらに他のスタッフによるダブルチェックを受ける。現地の気温は高く、防護服の中はサウナ状態だ。スタッフは常に2人以上で行動し、活動は1時間以内と制限されている。吉田氏は「1時間でも暑さと緊張で疲労困憊(こんぱい)になる。感染対策に重要な防護服の着脱手順も忘れるほど意識がもうろうとなったこともある」と話す。

 なお、活動後、防護服は次亜塩素酸で消毒した後、焼却処分を行う。患者が確認された家のマットレスや衣類も同様に処理し、患者が回復して自宅に戻る際に新しいものを提供し、感染拡大を防ぐ。

 MSFの施設では感染疑い患者と、感染確定者を完全に分けて収容している(写真1)。汚染の高い区域から低い区域への行き来を制限するため、スタッフの動線は一方通行となっている。管理区域からはメモ用紙一枚も持ち出せない徹底ぶりだ。
(略)
 さらに、感染予防に関する現地住民の知識不足が流行の収束を妨げている。死者を清めて弔う風習があり、遺体に触れて感染するケースも散見される。また、「病院に行くとかえって感染する」との理由で患者を受診させなかったり、「MSFがエボラを広めている」という誤解から、救急車に石が投げられるなど、不信感は強い。そのほか、現地の医療者が感染を恐れて病院から逃げ出す事態も起きている。
(略)

それはまあ、身近に訳の分からない病気でどんどん死んでいく人がいて、そうした病人がバタバタ出る先々で見たこともない珍妙な格好をしたガイジンが動き回っているとなれば誰がどう考えても「あいつらが怪しい」となりそうなものですけれども、単純にこれを教育レベルの低さや公衆衛生学的知識の欠如と言った捉え方で済ませてしまっていいのかどうかです。
例えば極めて激しい胃腸炎を起こして脱水から死に至ることもあるコレラなどは日本などでは見つかれば結構大騒ぎで点滴漬けの毎日ですけれども、アフリカの田舎の診療所では排泄用の穴の開いたベッドがずらりと並べてあって、患者はスポーツドリンクの類だけ与えられて放置されているなんてこともあるそうで、厳しい医療リソースの制約を考えれば確かにそういうやり方も彼の地では妥当なのかなとも思います。
逆に前述の記事にあるような福島の原発作業員もかくやと思われるような厳重な防疫対策が、今後際限なく感染拡大が起こってきた時にどこまで行えるものなのかと言うとなかなか難しいところがあって、もちろん医療従事者への二次感染防止と言う点では必要な措置ではありますが、このレベルの自己防衛が行えない現地住民からすれば「俺達には死ねと言うことか」と自暴自棄になりたくもなる光景でもあるかも知れません。
新型インフルエンザ騒動の際にも病院が一杯でどうしようもなくなったら食料飲料を買い込んでひたすら自宅に引きこもってろ、なんて一見暴論とも言えるような究極の対策が言われたことがありましたが、この状況でより大きな安心感をもたらすのは先進国水準の高度装備がなければ行えないものではなく現地で誰もが行えるレベルでの対策だろうし、今後のためにもそのための方法論をこそ今早急に確立しておくべきなんでしょうね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年8月 7日 (木)

医療現場にも口コミサイト問題が波及?

一般論として注射が好きという人はそれほど多くはないものですが、中でも子供に注射となれば当の本人のみならず想像するだけでも胃が重いと言う方々も少なくないのでしょうか、先日こんな動画が称讚を浴びていると話題になっています。

注射嫌いの子どもに対しての医師のパフォーマンスが神対応(2014年7月31日カラパイア)

 アメリカの小児科医の注射嫌いの子どもに対する対応が素晴らしいと話題となっていた。私も恥ずかしいことに注射は大の苦手で、ギャーギャー泣き叫んでいた幼少期、そして今でも注射針をみると逃げ出したくなるわけだが、こんなドクターならば、きっと献血すら思いのままだったのかもしれない。

Baby laughing while getting shots
(略)
 小児科医は日本同様アメリカでも医師の中で大変とされる科であるが、こんな素敵なドクターなら、何度か行われる予防接種も子どもはきっと嫌がらずに受けてくれそうだ。

一人でも大変なのに大勢が集まる学校での集団予防接種ともなれば最初から倒れそうな青い顔の子供が並んでいたりするものですが、さすがに担任の先生も心得たもので泣きそうな子は後回しにして真っ先にクラス一のガキ大将を送り込んでくるのだそうで、それは確かに普段からの体面もありますから「へへんっ!こんなのちっとも痛くないぜ!」と言うしかないところでしょうね。
まあしかしどれほど手がかかって大変だろうとも子供が嫌いと言う小児科医はまずいないものですが、それでも小児科医が心身をすり減らしドロップアウトしていくケースが多いのは大抵の場合は親対応で神経をすり減らしていると言うことのようで、この種の「モンスターペアレンツ」の存在はともすれば子供が関わる各業界で共通して当事者に大変な思いをさせているようですね。
もちろん親の側にも子供の一生に関わることだと言う思いからか言いたいことは色々あるのだろうと思われますし、そもそも世の中には「相手が成長するためにも悪いことは悪いとはっきり指摘してあげなければならない」と言った類の使命感に燃えている人もいらっしゃるようですから、とかく世の中各方面で顧客から声を出していくと言う機会が増えているように感じます。
そしてそうした声を受ける各業界の側でも「お客様の声こそ業務改善の最大の特効薬だ」と言う方々が少なからずいるわけですから良くしたものですが、こうした世の中の顧客フィードバック重視の傾向と近年の技術的進歩が組み合わさった結果どうなるものなのか、先日面白そうな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

「いいね」は医療の質を高めるか 患者からの「コメント」に医師が戦々恐々(2014年8月1日日経ビジネス)

 イリノイ州に住むある女性が豊胸手術を受けた。結果が気に入らなかった彼女は、不満を持つ他の多くの消費者と同じ行動を取った。つまり、そうしたレビューを掲載しているウェブサイトを訪れ、執刀した医師に対する批判的なコメントを書いたのだ。彼女によれば、「私の胸はホラームービーか何かに出てくるような代物にされた」。手術の結果に不満を持つ他の患者もネットでの攻撃に加わり、この医師に「危険人物」「恐ろしい」「間抜け野郎」などと罵声を浴びせた。医師は名誉棄損だとして彼らを訴えた(その後、訴えを取り下げた)。
 米国を中心に、一部の医師が同様の訴訟を起こしている。勝訴するケースはほとんどないが、医師たちが訴訟を起こすこと自体、患者の投稿に対して、彼らが神経をとがらせていることを物語っている。医師の中には、患者からのフィードバックが正確でない、妥当性を欠いている、と疑問視する者がいる。別の医師は、「守秘義務を負っているため、患者からのクレームに反論することができない」と不満を漏らす。
 サイトの中には、わずかな数の患者から寄せられた情報を元に計算した、個別の医師に対するレーティングを載せているものが少なくない。このことは、1つでもひどいコメントが寄せられれば、その医師に対する全体的な評価が歪められる可能性があることを示唆している。

レビューを元に医師を選ぶ

 医師は、ネット上の患者のコメントを無視することができなくなってきている。ネット上のコメントを読んで医師を探そうとする患者が増えているからだ。例えば、医療サービスの世界最大市場である米国では、医療保険料について従業員が自己負担する金額を引き上げる企業が増えている。このため従業員はネットを検索し、指針となる情報を得ようとする。
(略)
 マサチューセッツ大学のハイジン・ハオ(Haijing Hao)氏によれば、中国ではハオ・ダイ・フ(Hao Dai Fu:「良医」を意味)が運営するサイトを利用する患者が増え始めた。中国の医療制度はまだ整備が行き届いていないため、患者はこうしたサイトを利用して、より良い医療を受けようとするという(中国人は一般に、かかりつけ医を持たない)。同サイトには約30万人に上る医師のプロフィールが登録されており、寄せられたレビューは100万件を超える。

フィードバックを医療の向上に生かす

 こうした傾向を、むしろ利用しようと考える医師や病院、保険制度が増えている。サイトにアクセスし、自分たちを評価してくれる患者に、商品の抽選などのインセンティブを提供するサイトが現れている。ゾックドックの調査によれば、昨年、同サイトに登録している医師の85%が自身の評価を確認した。
 医療の提供者の中には、レビューを自ら公開する動きも出始めている。2012年にはユタ大学が、先陣を切ってレビューの公開に踏み切った。同大学は4つの病院と10の診療所を運営している。同大学は、内部での使用を目的に患者からのフィードバックを収集していた。きっかけとなったのは独立系サイトに対する医師の苦情だ。一部の医師には何百ものレビューが寄せられている。
 良いコメントも悪いコメントも含めてすべてのコメントを公開するために、スタッフはまる1年をかけて準備をした――ユタ大学のシステム構築に携わったブライアン・グレシュ氏はこう振り返る。しかしながら、そんな懸念は杞憂だった。蓋を開けて見ると、ほとんどのコメントは好意的なものだった。さらに、レビューを公開するようにしてから、患者の満足度も改善した。
 プレス・ガーネイ社で最高医療責任者を務めるトム・リー氏は、(提供された医療の質に)満足している患者は医師と積極的に意思疎通を図り、協力を惜しまない、と指摘する。同社は医療提供者に代わって患者への調査を行っている。ユタ大学もクライアントの1つだ。リー氏の上司のパット・ライアン氏は、他の数多くの病院がユタ大学に追随するだろうと予測する。
 中には、患者からのフィードバックに懐疑の念を抱く医師もいる。患者は、どのような医療を受けたかではなく、医師の人となりで病院を判断するのではないか、という不安を感じているのだ。だがライアン氏は、些細なことで患者の評価が変わることはめったにないと、主張する。ライアン氏に言わせれば、「病室に薄型テレビがあっても、医師が患者ときちんとコミュニケーションを取らなければ、ひどい評価がつけられる」。それに――とライアン氏は続ける。患者からのフィードバックによって医師は、患者と接するあらゆる機会が重要であることを認識する。そうなれば、彼らは一層努力するようになる

米政府が患者から評価を利用し始めた

 米政府は医療サービスへの支払いと患者のフィードバックを連動させる試みを始めた。65歳以上の高齢者を対象とする公的医療保険制度、メディケアがこのほど、患者からの評価が高い病院にボーナスを支払うシステムを開始したのだ。全米有数の規模を持つ米クリーブランド・クリニックは、メディケアが提供するデータを活用して、医療の改善を図っている。英国の国営保険サービス(NHS)は10年以上にわたって患者の追跡調査を行い(個々の医師の評価は行っていない)、その結果をネットで公表している――ただし、NHSはこのデータをもっと有効に活用できるとの見方がある。
 しかしながら、ほとんどの国の政府は患者の意見を聞こうともしていないのが実情だ。例えば調査機関のピッカー・インスティチュート・ヨーロッパのマリア・ナジ・キットラー氏によれば、ドイツの医師や病院は、医療の質と政府からの補助とをリンクさせる努力を行ってきた。それゆえに彼らは患者のレビューを敵視しているという。だがそれでは、みすみす機会を逃すことになる。患者が医師に責任を課すことで、より良く、より効率的な医療が実現されるからだ。誰が医療費を支払うにせよ、これはいいニュースだ。

一読いただければこの話題、まさしく昨今数々の紛争にまで発展している飲食店と口コミサイトとのトラブルに全く相似形であることがお判りいただけるかと思いますが、良く言えば料理人以上にプライドが高そうで、普通に言って他人が何を言おうが唯我独尊で突き進みそうな印象がある医師という方々が、案外世間の評価と言うものを気にしているらしいのがおもしろいですよね。
もちろんその背景にあるのは単純に評判が悪くなることで経営状態が悪化していくことの懸念であるとか、あるいは見かけの評価ばかりを追及するクリニックに患者が集中し「正しい医療」を行うクリニックが衰退するんじゃないかと言う懸念なのだろうと思われるところで、日本でも患者が風邪だと言えば黙って薬をどっさり出し点滴の一つも付けるような先生の方が流行る、なんて話は古来しばしば耳にするところです。
一般的に医療とはもちろん一つにサイエンスとして正しい、正しくないと言う基準で正しい方向に進歩する一方で、やはり多くの国で報酬体系とリンクして「より儲かる」方向へ発展してきたことは否めませんが、患者の評価という今までにない基準が収入に直結すると言うことが明らかになってくれば、当然ながらこれは医療の進む方向性をも決定づける因子となる可能性があります。
ただ見ていて非常に興味深い点として、アメリカにおいては政府ですらこうした顧客の評判を公的に取り上げ始めていると言う点なのですが、顧客満足度向上が病院の収入増につながると言う制度によって総医療費がどのように変化していくものなのか、今後の長期的な推移を是非検証していただきたいところだと思いますね。

日本の場合安上がりな国民皆保険制度があると言う強みがある一方で、病院設備などを見ても顧客満足度向上にさほど熱心であったとも言えずで、今どき大部屋に何人も雑魚寝させられるだとか風呂は週二回のシャワーだけだとか、まあヒラリーさんならずとも先進国の住民が甘受すべき水準にないと判断してしまうのは当然ですよね。
もちろんその背景にはこうした設備投資に対して適切な評価すなわちコスト的な負担をしてこなかった皆保険制度のシステム的な問題もあるわけですが、一方で日本においては金のかからない顧客満足度向上の手段(実際にはこの方面にこそコストをかけるべきだと常々感じるところではありますが)と認識されている接遇面での改善と言う点に関しても、多くの場合世間並みの水準には至っていないのは否定出来ないところです。
さすがに今世紀に入る頃から現場に出てきた若い医療従事者は顧客である患者とそれなりに妥当な関係を構築出来ているものと推定しますけれども、やはり昔ながらの上から目線で顧客対応を行ってしまうだとか、あるいは社会人として基礎的な対人関係の教育も受けていないんじゃないかと思わせるのは問題で、こうした面での教育と同時に考課表上の評価にもつながっていくべきなんだろうなと思います。
ただ日本の勤務医の場合基本的に多忙過ぎますから、こうした顧客満足度が高まると余計に患者が増えてしまうと言う懸念から意図的に評価を落とそうとするバイアスがかかるのは注意すべきところで、特に今は患者の側に問題があると医師が感じた場合、昔のようにそれでも主治医として全責任を持つと言う先生は減ってきていて、あくまでドライに黙って紹介状を書いてすっぱり縁を切ると言った対応も増えていますよね。
その意味で顧客と担当者がより密接に一対一の関係を構築することになる医療の世界では口コミサイトのような一方的な評価と言うものは存在せず、あくまでも双方向に互いに評価され合う関係であるはずですから、顧客たる患者の側も口コミと言う手段を得て立場が強くなったつもりでも、やはり一対一の関係で失敗すれば直接的に自分の不利益になるかも知れないと言う感覚は持っておく必要がありそうです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年8月 6日 (水)

今や「カレーは飲み物」は有りなんだそうですが

ネットの発達で誰もが国境を越えた発信者になり得る時代で、逆に広く世間に見られることを意識したパフォーマンスと言うものも当たり前のように行われる結果、世の中でちょっと普通でない光景を見かけても「これはネタなのか?」「突っ込んでいいのか?」と迷うシーンが増えてきている気がします。
またそうした一見常識外れの光景が広く世間に広まるにつれて、いわゆる常識の範疇と言うものも変化しつつあるのだと思うのですが、ともかくもどこまでが本気なのかちょっと判らないと言う行動がまたしても目撃され、しかもその意外な顛末が議論となっているようです。

地下鉄で生肉を食う不気味な女が海外で話題に(2014年8月4日秒刊サンデー)

日本も昔より治安が悪くなった。と人は言いますが それと同時に日本ほど治安が良い国もそうないでしょう。総合的にみて街は綺麗だし さすが日本人 マナーもきちんと守られてます。まさか地下鉄でモリモリと弁当を広げ食べる人は日常的にはいないでしょう。え?そんな事当たり前では?と思いきや、海外では普通に食事を地下鉄内で摂っている人は普通レベルで沢山います。しかし今回起こった珍騒動はその「普通レベル」ではない様子。地下鉄内での乗客が一点のある女性に集中し 一人は口元を手で押さえ 見かねた老人は思わず顔をそむけています。一体何が起こったのか?ただのショッキング映像ではなく この珍事件のバックグラウンドにも考えさせられます。

数日前 Youtubeにカナダモントリオールで起こった珍事件がアップされすぐにレポートされ、警察が動く羽目に
地下鉄を乗車していた一人が車内のざわつきを撮影している動画です。車内がある女性の行動を見るや否やざわめき立ち そのざわめきの波紋は次々と広がっていきます。その波紋の真ん中にいる女性。
なんと スーパーマーケットの袋から 生の鶏肉を引っ張り出し おもむろにかぶりついているというのです。
「生肉を地下鉄内でむさぼる女」。乗客は彼女の周りから逃げまどい 吐き気をもよおしたような表情でグイと顔をそむける老人モントリオール警察はこの女性を「秩序を乱した」として取り締まりを検討。なんらかの精神的疾患も持っている事も念頭にいれ調査をしだしたようです。
この話だけきくと「あ よく居る方々の話ね」(理解不能な奇妙なアクションを起こしている方々は結構日常的にどこででも見かけます)で済むのですが、今回はそうはいかない奥深い話が続きとしてレポートされ、こちらも話題になっています。

私はイヌイットよ。イヌイットらしく誇りをもって生きているの。なんか文句ある?
この画像で取り上げられた生肉を食べたとされていた女性が名乗りをあげたのです。
「本当に私が他人にどう見られているか。なんて全く気にならない人間でよかった。私はクレージーでもなんでもない だいたい 生肉なんて食べてない。あれは調理済の鶏肉よ。スーパーから買ってきて家でイヌイット伝統料理をつくろうと思っていたの。途中でどうしてもお腹が空いちゃって。食べてただけ。
人がなんと言おうが どう私の事を見ようが 全く関係ないわ。彼がが私を見てヒーヒー逃げ回っていたのを見て鼻で嗤ってたのよ。
兎に角 私は何処にいようと何をしていようと、イヌイットとして生きているの」

―カナダは移民の国 

ピュアカナダ人を探す事は本当に難しく 国民のほぼ全員がどこかの国の混血であると言っても過言ではありません。そんな中それぞれの自国の文化を継承し生活しています。見慣れない、聞きなれない文化に触れた時の世間の反応がもしかして今回の警察まで出てくる騒動の根源かもしれません

―他カナディアンのコメント

    ・ あーよかった!私が飲茶レストランで鳥の脚(爪付きの鳥脚を甘辛く煮たもの。飲茶では鉄板メニュー)を食べていた時に警察に通報されないで!!
    ・ 調理済のチキンなんだろ?じゃぁいいじゃないか?地下鉄でKFC食っているやつなんて何回もみてるよ。凄い臭いをプンプンさせながらね。他の臭いのキツイ食べ物だって皆たべてるじゃないか。
    ・ えーと・・・じゃそのチキンが揚がっていたらニュースになってたの?
    ・ 本当人は他人が何を食べるか 何を食べないかっていちいち煩いのよ!
    ・ 大体にしてチキンナゲットだってベジタリアンの人達にとってはグロいゲテモノの類いだよ。

多文化共生。自分に誇りを。なかなか色々な意見がありますね。

元記事には動画もありますので参照いただきたいと思うのですが、まあしかし電車の中でものを食べている人間など珍しくないそうですが、この場合に限って周囲の人間がこうも露骨な反応を示すのが興味深いと言う気もしますね。
こういう双方向でのレスのやり取りがあっと言う間に起こってくると言うのも非常におもしろい現象だと思うのですが、ともかくも一つには公共の場で飲食することの是非と言うことに関しては実際問題かなり寛大に認められている以上その内容で差別するべきではないと言う考え方もある一方で、やはり食文化と言うことに関しては各人なりに「ここまでは有り」「ここからは無し」と言う範疇がかなり厳密に決まっているものであるようです。
別にそのこと自体は全く悪いことではなく各人の自由と言うもので、インド人が牛を食べずムスリムが豚を食べないと言って彼らが世界中にそれを強要すると言うわけでもない以上誰も困らないわけですけれども、文化と言うものが歴史的に見てもしばしば排他的な行動を招くと言うことにも現れているように、世の中には自分達の食文化こそ唯一絶対の正義だとして他人に強要したい方々も一定数いらっしゃるわけです。
興味深いのはそうした信念を有する人々がどちらかと言うと個人の思想信条を尊重すると標榜するいわゆる自由主義先進国に多そうだと言う点でもあるわけですが、いわばその両面において世界の最先端を進んでいるとも言えるアメリカでは、最近こんな話がちょっとした話題になっていると言います。

米で話題の「犬を食べることについての議論」が深く考えさせられる ― なぜ、犬はダメなのか?(2014年8月1日TOCANA)

 犬は最も古くから人間と暮らしている動物といわれ、アメリカでは「人間の最良の友(Man's Best Friend)」として愛されている。放牧地帯では、羊や牛などの家畜を追い、門番として人を守り盲導犬や麻薬、爆弾を探知する警察犬としても人のために働いている。そして多くの犬が「愛玩動物」と呼ばれ、家族の一員として深い愛情を受けて暮らしている
 しかし、東南アジアでは他の食肉同様、犬を食べる文化がある事をご存じだろうか。これに関して現在、アメリカでは熱い議論が交わされているようだ。7月24日に「CNN」、そして翌日25日に「THE WEEK」にて掲載された記事を合わせてお伝えしたい。

■犬を食べる事についての議論

 犬を食べる事について意義を唱えるのは馬鹿げているかもしれない。しかし、合理主義という物が人間の感情から切り離された時、それはとても粗野で通俗的、そして品のない物になるようだ。今回この議論の元となったのはアメリカ大手報道局「CNN」に、ジャーナリストのジョン・D・サッター氏が寄稿した「犬を食べる事についての議論」だ。
 現在5,000件近くのコメントが「CNN」に、フェイスブックにも約4,000件がつけられている。サッター氏は犬を食べるというアイデアに嫌悪を示しているが、それは他国の文化への反論ではなく、人が愛する犬を奪われた事への嫌悪だ。そして彼はこの議論についてジレンマと共に「我々は食肉についてもっと深刻に考えるべきだ」と警告する形でコラムを締めくくっている。

■犬食がダメな理由を考える

 サッター氏はまるで暗闇の中を手探りで探るようにこの議論の答えを捜す。そして彼は「いくら犬の肉を食用として正規のルートで輸出入しようが、どれだけ素早く、犬を苦しめずに殺そうが関係ない。犬を食べるべきではないのだ。では、他の動物はどうなのだろう? 私達が日々、口にしている動物達と犬との違いは何なのか? 家族の一員として暮らし、彼らの目を見つめて語りかける、共に歩く、そして彼らの排泄物だって拾い上げて始末する。呼吸をし、そして生きているのだという事を身近で実感するからこそ私達は犬を食べるべきではない、と思うのかもしれない」と書いている。
 牛や鶏を知らないなどと言っているのではない。しかし私達は牛や鶏を食糧として捉えており、それを前提に牧場などで育てている。事実、家族で牧場を経営していて屠殺してしまう動物たちに、子どもが名前をつけて「私達は今日、○○を食べているのよ!」などと言う事はあり得ないだろう。というわけで、「犬は家畜ではない=食べるべきではない」という理由にたどり着いたようだ。

■犬を食べる文化とは? 東南アジアの今

 サッター氏のコラムの中にはタイ在住のイギリス人写真家、ルーク・ダグルビィ氏が追ったアジアの犬肉事情も紹介されている。
 東南アジア、特にベトナムと韓国、中国では犬の肉はポピュラーだが、ダグルビィ氏は「犬は鉄製のケージに窒息するのではないかと思うほど詰め込まれ、タイからラオスへ密輸されます。その間、犬達にはワクチンは愚か、餌も水も与えられません。そして犬達がラオスに入ってしまえばそこからは何処に運ばれようと違法ではなくなるのです。逆さに吊られて殴られ、生きたままで皮をはがされる姿は、犬好きの私には見ているのがとても辛かったです」と述べている。この部分はアメリカの愛犬家達にとてもショックだったようである。

■「殺処分or無駄なく食べること」どちらが最善策なのか

 サッター氏がCNNに寄せた文章の中でこんな一文がある。“ニューヨークに拠点を構えるアメリカ動物虐待防止協会(ASPCA)によると、アメリカでは年間120万匹の犬が殺処分されている。では、その120万匹を食べるのと、殺して捨てるのと一体何が違うのか?”これに関して、ベジタリアンでありアメリカ人作家のジョナサン・サフラン・フォー氏はこの様に述べている。
「日々、信じられない程の“肉”が捨てられているのです。これは環境的にも社会的にも大きな問題です。人間が可愛がっている愛犬を奪って食べるのは狂っているとしか言いようがありませんが、野良犬やお世辞にも可愛いとは言えない犬、そして躾をしても懐かず人に危害を加えるような犬ならば、殺して食べてもいいのではないでしょうか。殺処分される犬達も同様です。食べる事によって殺処分する手間が省けるではないですか」(ジョナサン・サフラン・フォー氏)
 これに対して「THE WEEK」では“欧米社会は犬に対して違った意味で投資をしてきた。家族の一員として迎え、家や人を守る守護や助けとして、また友として暮らしを共にしてきた。欧米社会は犬を「友」として見て来たのである。文化の多様性は大いに結構だ。理解もするし、認識もする。しかし、私たちの文化において犬を食べるのは間違っているのだ”。
 例え気性が荒く、人に懐かずに怪我をさせるような犬でも、アメリカではやはり食べるべきではない、との意見が大多数なようである。

■犬以外なら食べてもいい? 欧米食肉事情!

 では犬を食べる事に強い拒絶反応を示すアメリカでは牛や豚、鶏の他に何を食べているのだろうか。その州や家庭によって勿論違いはあるが、ワニやカエル、鹿やリスを食べる地方がある。またアメリカ最大の州であるアラスカでは鯨やトナカイ、アザラシも食べられている
 アメリカの外へ目を向けてみれば、南米ペルーではモルモットがポピュラーだし、オーストラリアではカンガルーや熊、そしてアメリカ同様リスや鹿も食べられる。フランスでは兎はレストランのメニューに欠かせないと言い、イタリアでは猫を食べる地方もあるそうだ。アジア人はとかく「ゲテモノ食い」と呼ばれるが欧米人もなかなかだと思うのだが、いかがなものだろう。
 世界には色々な国の文化や歴史がある。食も同様だ。アメリカ人に「貴方の飼っている犬を捌いて食べなさい」とは誰も言っていないのだが、犬の肉を食べる事においてはこれ以上はないくらい反応してしまうアメリカの人々。筆者にしてみればフワフワの尻尾とつぶらな瞳が愛くるしいリスをグリルにしてかぶりつくアメリカ人も、あまり他国の食文化について言及しない方がいいのではないか、と思ってしまうのだった。皆さんはこの議論をどのように捉えただろうか。(文=清水ミロ)

まあしかし少なくとも日本においてはきちんとした和牛を育てるような牧畜農家では牛は当然名前もつけ家族の一員として扱っている場合が多いですし、そもそも愛情もなく単なるカロリー源として育てられただけのものが牛に限らず真っ当なうまいものに育つとは思えないところですが、文化的背景が異なると思考過程もこうまで異なると言う実例としては興味深い記事ですよね。
管理人自身も別に典型的な思考パターンを持つ日本人であると主張するつもりもありませんけれども、犬を食べることをタブー視する理由付けとしていささか斜め上方向な議論に感じられると言いますか、素直に「食べる習慣がないし食べる気もない」でいいんじゃないかと思うのですが、彼らがどのような道筋をたどって納得に至ろうがまあ個人の思想信条の範疇に留まっている限りはご自由にと言うしかありません。
これまた元記事にはそのものズバリな各地の食文化の画像などもあって興味のある方は参照いただきたいと思うのですが、個人的には機会があれば犬やカラス、ハトと言った身近な生き物は一度食べて見たいとは思っているのですが未だその機会が得られないのは、彼らの場合雑食性ですからやはり管理された飼育状態のものでなければちょっと不安を感じると言う部分が大きいと言う気がしています。
そういう意味では「家畜ではないから食べない」と言う考え方には一定の共感を覚えるのですが、ただこの考え方では犬であれ何であれそれが家畜化されている文化圏で食用にされると言うことに反対をする理由もなくなってしまいますし、そもそも彼らの好む狩猟活動の獲物も食べられないと言うことになってしまいそうなんですがこんな理論付けで本当に大丈夫なのか?と他人事ながら心配にはなりますね。

これまた先日からネット上でちょっとした話題になっていることに縁日で見かけた露店で「ハムスター釣り」と言うものがあった、これはとんでもない動物虐待ではないかと記事に取り上げられていたのですが、実際に見た人の話によると釣りとは言っても餌をぶら下げてやるとハムスターがそれにしがみついてくるので、うまいことそのまま引っ張り上げられれば成功と言う他愛ないものであるそうです。
これがアウトなら隣の露店の金魚すくいはどうなんだとか、いわゆるUFOキャッチャーの類で生き物を入れているのもよほど問題だとか、はたまた毎回痛い目に遭わされる釣り堀の魚の方がよほどに酷い虐待じゃないかと様々な意見が出ているのは当然なんですけれども、興味深いのはこうした行為を規制するために設定されている動物愛護法なるものの内容です。
動物愛護法の第四十四条には「愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者」に罰則を科すと定められているのですが、興味深いのは同条の4項に示された愛護動物なるものの定義ですよね。

4  前三項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。
一  牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
二  前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの

要するに魚類や昆虫類、もちろん細菌など微生物の類は幾らでも虐待しようが何ら罰則はありませんよと言うことなのですが、昔から子供が虫好きなのは周知の通りですし、熱帯魚や金魚を飼育している人など珍しくないと言う意味ではどちらも十分に愛護動物として扱われる資格がありそうなのに、わざわざ除外されていると言うのは奇妙なことのようにも感じられます。
もちろん今の時期に寝室で蚊取り線香を焚いていたり、手術室で術野の消毒をしていると「動物虐待だ!逮捕する!」と警察に踏み込まれても大変ですから、世間一般でまあこれくらいならと言う程度の線引きが必要なのは理解出来るのですが、しかし世間的に魚マニアと爬虫類マニアのどちらが多いと見るべきか…等々、深く考えると色々と謎も残るところではありますね。
ただ動物愛護と言うとどうしても見る側の視点での議論が主体ですけれども、人間に飼われ「かわいがられる」ことが当の動物にとって幸せなのかと言うことは誰にも判らないことで、そうであるからこそ古来SFの世界などでも異星人に連れ去られ彼らの星で大切に飼育される人間の悲喜劇が繰り返し取り上げられてきたとも言えます。
ハムスターなどもネズミだけに幾らでも繁殖させるのは簡単ですが大きくなってくると売り物にはならなくなるのだそうで、露店でまんまと釣られて各家庭に引き取られていくのが不幸でペットショップで売れ残り「適切に処分」されていくのが幸せなのかどうか、当事者にとってはまた別の見解があるのかも知れませんね。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2014年8月 5日 (火)

生保患者=上得意様?

今や世間の認識的に大阪と言えば生活保護(生保)…かとうかはさておき、先日またしてもこんな記事が出ていたようです。

架空診療:生活保護大歓迎…受給者の医療費無料で不正(2014年7月25日毎日新聞)

 生活保護受給者は大歓迎−−。診療報酬詐欺事件の舞台となった大阪市西成区では、受給者を巡る不透明な診療報酬請求が後を絶たない。受給者を囲い込もうと、熱心に勧誘する医療機関も少なくない。大阪市は対策を強化するが、不正を一掃するための道は険しい。【津久井達、遠藤浩二、藤顕一郎】

 大阪府警は今月9日、受給者の架空診療などで診療報酬を詐取したとして、西成区の医療法人元理事長の医師、小松明寿容疑者(60)を詐欺の疑いで逮捕した。捜査関係者によると、「受給者は医療費が無料だから診療所に集まってくれる」と供述している。
 小松容疑者は1997年に西成区内で診療所を開いたが、思うようにもうからなかったため、医療費が全額公費負担される生活保護受給者に目を付けた
 2005年、受給者が多いあいりん地区に新たな診療所を開いた。その後、二つの診療所で架空診療などを繰り返し、約3400万円の診療報酬を不正受給したとされている。
 腰痛で通院していた受給者の男性(55)によると、あいりん地区の診療所の待合室には毎日、同じ受給者数人が顔をそろえ、「また点滴を打たれた」などと首をかしげていた

 「西成区で受給者の患者を囲い込むのは珍しくない」。西成区内の医院の医師が取材に漏らした。
 「うちに来てよ」。あいりん地区の公的医療施設の前では、ある医療法人の関係者が受給者に次々と声をかけていた。応じた人はマイクロバスで西成区内の診療所に運ばれた
 この法人が経営する診療所には、ニシキゴイが泳ぐ庭園や最新の医療設備を備えたリハビリルームがあった。通院していた受給者の男性(71)は「無料でジュースが飲める自動販売機もあった。居心地が良くて毎日通った」と打ち明けた。
 最近は、あからさまな勧誘活動を控えるようになったという。

 「生活保護 大歓迎」。軒先にこんなのぼりを立て、冬には使い捨てカイロなどを無償で配り、受給者を誘い込む診療所もあった。
 西成区のある病院経営者によると、行政の目が厳しくなり、目立った勧誘活動は減る傾向にあるが、受給者頼みの医療機関は多い。この病院も全患者の大半が受給者という。
 経営者は言った。「受給者は言う通りの治療を簡単にさせてくれる。受給者なしでは経営は成り立たない

 ◇2億4500万円の診療報酬の返還請求…氷山の一角

 全国の自治体で最多の約15万人の生活保護受給者を抱える大阪市。2012〜13年度、不正が疑われた市内48の医療機関に計2億4500万円の診療報酬の返還を求めたが、氷山の一角とされる。
 不正の手口で多いのは(1)不要な治療や投薬をする過剰診療(2)実際にはしていない治療行為の費用を請求する架空診療−−など。医療費負担が免除されている受給者は病院の窓口で金を払う必要がなく、医療機関側に悪用されやすい存在だ。
 特に西成区は、人口の4人に1人に当たる約2万7000人が受給者で、不正が最も多いとされる。西成区は12年8月、一つの疾患の通院先を原則1カ所にしてもらう制度を導入した。受給者が複数の病院をはしごして、過剰診療を疑われるケースが多いからだ。
 大阪市内の生活保護費の総額は年約3000億円。市と国が負担しているが、医療費はうち4割を超える。市は診療報酬明細書(レセプト)の電子化を進めるなど点検を強化しているが、追いついていないのが実情だ。
 市の担当者は「医師に過剰診療を指摘しても『素人に何が分かる』と反論される。不正の証拠をつかむのは難しい」と漏らした。

医療の世界においてはこういう場合本当に不正でやっている人間もいれば、本当に純然たる善意でやっている人間もいるのが話をややこしくしているとは言え、明らかに不正と言われる手段を用いていたと言うのでは社会的制裁を受けてしかるべきですが、いずれにせよ医療機関にとっては単純に顧客を増やし収入増になり、また生保患者にとってもこの暑さの中冷暖房完備の環境に無料でのんびり出来るとwin-win関係だと言えます。
一般的に保険診療においては保険者による厳しい査定によって正しい医療ですらカットされると言うことがありますが、伝統的に生保診療に関してはスポンサーである自治体のチェックもあまく(まあ田舎の所帯の小さな自治体でそこまでの専門的な仕事も出来ないとは思いますが)請求通り幾らでも支払ってくれるのが通例でしたから、昔からやたらと生保患者の大勢通院している医療機関と言うものはあったわけです。
もちろん記事にもあるように明らかに黒と言える違反行為があれば判りやすい話なのですが、多くの場合は生保患者を多数抱え過剰診療しているらしい気配はあるけれども、さりとて明らかな不正行為は見いだせないと言うレベルに留まっているのですから、これをきっちり規制しようとするとなかなか理由付けも難しいと言うのは理解出来ますよね。
以前に橋下市長が言い出したように生保患者を限られた指定病院にだけかからせるだとか、あるいはイギリスの家庭医的に人頭制にしてお金のかかる診療をするほど赤字になるようにすると言った手も考えられますが、世の中には生保患者には原則ジェネリックを使うことにしましょうと言うだけで差別だ、人権侵害だと大騒ぎになると言うこともあるようですから対策もままならないところもあります。
財政負担にあえぐ自治体としては「国がもっと音頭を取って積極的な対応をしてくれなければ困る」と言うのが本音であるのかも知れませんが、国としてもこうした諸問題は把握していると言うことなのでしょう、先日こうした記事が出ていました。

「ぐるぐる病院」実態調査を 厚労省に総務省が勧告(2014年8月1日朝日新聞)

 総務省は1日、生活保護の実態調査の結果を公表した。「ぐるぐる病院」といわれる、生活保護を受けている人が短期間で頻繁に入退院を繰り返すケースが見つかったとして、厚生労働省に実態把握とチェック体制の整備を勧告した。

 総務省は生活保護の申請窓口となる全国の福祉事務所のうち、約1割の102カ所を調査。3年2カ月の間に34回も転院し、2012年度だけで724万円の医療扶助費がかかった例があった。東京都台東区の事務所は調査に「『ぐるぐる病院』と呼んでおり、130人ぐらい把握している」と回答。総務省は厚労省に全国的な実態調査を求めた。

 生活保護受給者は医療費の全額が保護費から出るため、入退院しても金銭負担は生じない。一方、病院は入院が長期化すると診療報酬が下がる仕組みで、利潤のために病院側が転院を繰り返させた可能性がある。

 厚労省では「早急に調査して件数を把握し、転院の理由を医療機関に確認する対応ルールを徹底したい」としている。

ご存知のように生保患者は医療機関でどれだけ高額な医療を受けようが全額公費負担で何ら腹は痛みませんが、おもしろいことに入院治療を行っていてもその期間も生保の保護費は支給されるため、月末になると金の尽きた生保受給者が「そろそろまた入院させてくれ」と病院に相次いで訪れると言う光景が昔から見られたわけです。
もちろん前述の記事のように利益を上げるために生保患者を積極的に受け入れるところもあるのは事実ですが、各地の公立病院などでは元々の応召義務に加えて「市民様の求めには可能な限り応じなければならない」と言うローカルルールがありますから、医師として心ならずと言った状況であってもこうした患者も引き受けざるを得ないと言うことはあり得ることです。
昨今では入院日数短縮と言うことが色々と言われる中で、当然ながら別に目立った病気もなく入院する必要はないと考える医師ら病院側と、長期に入院すればするだけお金が貯まっていくだけでなく、冷暖房完備の病室で上げ膳据え膳の生活が満喫出来ることから断固入院続行を主張する生保受給者との間で見解の対立が発生することもままあるわけで、その場合こうした患者をどうすべきかですよね。
病院側としては入院適応のない患者を一人抱え込んだ分本当に医療が必要な患者を一人断らざるを得なくなるなどデメリットが多数ある中で、何とか両者の折り合いの付け方として病院間を転々と患者が移動していくと言うことは別に生保患者に限らずあり得ることですが、さてこの場合誰が(あるいは何が)悪くてこんなことになってしまうのかです。
この辺りはまさに医療機関によって生保患者をどう見るかと言う捉え方の違いが露骨に出るところでもありますが、生保向けクリニックなどでお互い互助関係にある場合などは財政的にはともかく現場では良い関係を続けられるのでしょうけれども、多くの多忙な勤務医にとっては単に仕事を忙しくするだけで一円の得になるわけでもなし、こんなことなら生保など受け入れるべきではないと考える人も少なくないでしょうね。

以前に長期入院していた全盲患者を病院職員が公園に置き去りにした!医療虐待だ!と大いに話題になったことがありますが、では医療制度上入院対象となるような状態でもないにも関わらずどうしても退院しようとしない患者に対して病院側に出来ることは何かと言えば、実は制度的にははっきりこれと言う名案がないようです。
無論各論的に「こういう場合には応召義務は免除されるものと推定される」だとか言ったケースはあるわけですけれども、前述の全盲患者の場合も日常的に暴言暴行を繰り返していた上に身内が引き取りも医療費支払いも拒否するなど本来明らかに病院側こそが一番の被害者であったはずなのに、最後の結末の部分だけで人でなしのように社会的バッシングを受けてしまうと言うのはいささか酷な気がしますね。
特に生保患者の場合は何しろ慣れている方々も多いだけに突っ込まれどころを無くするように様々な工夫を凝らしている場合も多く、医学的判断としても「しんどい」「くるしい」「とても自宅では生活できない」と言った主観的訴えに終始された場合なかなか難しいところがありますけれども、帰れと言えば帰らせられる権限も与えないまま病院ばかりを悪者にしておけば適当に対応するだろうでは現場も困るわけです。
生保患者の場合は言ってみれば自治体が保護者のようなもので、家族に代わって最終的には自治体に面倒を引き受けてもらうしかないと医療側目線で言えばなるのでしょうが、自治体にしてもただでさえ人手不足の社会保障領域でこの上そんな余計な仕事まで引き受けられないと言う気持ちはあるだろうし、それならどうせ税金なのだから病院に入院させておけばいいじゃないかと言う考えになってもまあ、不思議ではないでしょうね。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2014年8月 4日 (月)

医療事故調運用ルール策定が生む対立の構図

本日の本題に入る前に、先日の東京女子医大でのプロポフォール使用の絡んだ患者死亡事例に関連して、全国的に調査を行ったところ相当多数の施設で「禁忌」使用例が明らかになったことをお伝えしましたが、この医薬品添付文書における禁忌という記載の意味づけについて、先日厚労省からこんな公式見解が示されています。

「禁忌」のプロポフォール投与に厚労省が回答(2014年8月1日日経メディカル)

 東京女子医科大学病院において2月に発生した2歳児死亡事故をめぐり、遺族側は「禁忌であるプロポフォール投与」について厚生労働省の見解を求める質問状を提出していた。これに対し、厚生労働省は7月28日付で回答を提示。その中で「小児に対して、集中治療における人工呼吸中の鎮静にプロポフォールを投与することは、添付文書上、禁忌とされており、投与すべきではない」などとする見解を示した。

 回答ではさらに、「仮に医師が治療に必要な医療行為として、小児に対して集中治療における人工呼吸中の鎮静のために使用する場合は、使用することについての特段の合理的な理由が必要になる」のと認識も示した。また、添付文書上の「禁忌」の意味については、医師が治療に必要な医療行為として、医薬品の禁忌の対象となる患者に対して使うことを「法令上認めないということではない」とも明記している。

 回答を受け取った遺族側は8月1日、厚生労働省所管の独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の禁忌と原則禁忌についての定義を引き合いに、今回の厚生労働省の見解は「PMDAの原則禁忌に該当するもので、禁忌を理解したものではない」などとし、再度の質問状を厚生労働大臣宛に提出した。

この禁忌という表記の解釈としての「使うべきではないが、使用することを認めないと言うことではない」と言う虹色めいた解釈、そしてその場合には禁忌であっても敢えて使用するだけの特段の理由が必要であると言う表現は非常に厚労省的と言いますか、まさしく保険診療における禁忌という表記の解釈に関してこのように行われているのだろうなと思える話です。
ただこの見解が司法の場で受け入れられるかどうかはまた別の問題であって、このあたりは過去に最高裁による「禁忌医療行為は原則医師の過失とする」と言う解釈まで示されているにも関わらず例外的な判決がその後も続いていると言うのは、やはり禁忌とされていても実際慣例的に行われている医療行為もあり、また最終的には鑑定医の生の意見の方が原理原則よりも重視されると言うことを示しているのでしょう。
この点で興味深いのは製薬会社のポジションなのですが、医師の側からすると禁忌などと書かれると非常に使いづらいから慎重投与くらいにしておけ!と言う圧力をかける動機があるわけですが、逆に製薬会社からすると明らかに事故率の高まる使用法をオーケーと言うことにしておくと何かあった場合に医師ではなく、欠陥のある(と受け取られる)添付文書をつけた製薬会社の方に損害賠償が来る可能性が出てくるわけです。
その意味で01年の女子医大での患者死亡事件で見られたような医療事故が起こった場合の現場スタッフ個人と医療機関の立場的対立と同様に、現場医師と製薬会社との間にも利害関係の対立が起こり得ると言えますが、多くの医師がプロパーなどとの付き合いから「製薬会社=かなり無理を聞いてくれるもの」と言った従属的存在だと認識していると万一の場合足下をすくわれかねないと言うことでもあるでしょうね。
さて話は変わって、いよいよ医療事故調の実際の運用に関してのルール作りが始まったところなのですが、それに関してこんな二つの記事が出ていたことを紹介してみましょう。

医療事故の届け出基準の議論を開始(2014年7月31日日経メディカル)

 来年10月からの医療事故調査制度の開始に向け、具体的な運用手順などを検討する厚生労働科学研究班が、7月30日に会合を開き、医療事故発生時、民間の第3者機関へ届け出る基準などに関して議論した。届け出基準については、2004年に厚生労働省が示した通知の形式を踏襲することなどが確認された。
 研究班名は「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究班」(責任者は全日本病院協会会長の西澤寛俊氏)。今年7月から議論を開始しており、10月には中間とりまとめ案を示したい考えだ。

 研究班での主な論点は(1)医療事故調査制度の基本理念・骨格、(2)医療事故の届け出に関する事項、(3)院内調査に関する事項、(4)調査結果の報告と説明の在り方、(5)第3者機関の業務に関する事項――の5つ。このうち、同日の会合では(2)医療事故の届け出に関する事項について検討した。
 非公開の会合後、研究班長の西澤寛俊氏は会見で、メンバーらの意見が一致した項目について説明した。
 メンバーらの意見が一致した医療事故の届け出に関する主な事項としては、

・2004年から開始した日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業の届け出基準の形式を踏まえ、日本医療安全調査機構の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を参考に具体的な事例を示す
・死産については、死亡事例と同様の考え方で整理する
・小規模な医療機関でも適切な判断ができるよう、相談機能を設ける。医師会等の職能団体が適切な支援を行う体制を構築する
・遺族から申し出があった場合には、何らかのかたちで医療機関にフィードバックし、その対応については医療機関の管理者が判断する
・遺族への具体的な説明項目については、民間の第3者機関への届け出事項が決まった後に検討する

――など。

 会見に同席した研究班メンバーの一人である虎の門病院顧問の山口徹氏は、「届け出る医療事故の対象としては、再発防止に資するものは漏らさずにできるだけ広くと考えるが、実際の運用を考えるとある程度絞りこむことも必要。どういう事例を届け出るのかについては、もう少し議論が必要」と説明した。また、届け出る医療事故の具体的な事例については、「全てを示すことは不可能。大枠を示し、個々の事例については相談できる窓口を作ることが重要」との見解を示した。
 医療事故調査制度は、病院、診療所または助産所で「予期せぬ死亡事故」が発生した場合に、民間の第3者機関に報告し、事故の原因究明と再発防止を目的とした院内調査を実施することを義務づけた法律。6月18日に参院本会議で賛成多数で可決、成立した。院内調査結果は、第3者機関に報告するだけでなく、遺族に説明することが求められる。また、遺族が調査結果に納得しなかった場合は、第3者機関に対して再調査を依頼できる(関連記事:医療事故調査制度、来年10月から施行へ)。具体的な運用手順を示すガイドラインは、厚生労働省が策定することが決定している

「医療を守る会」有志がガイドライン策定へ- 事故調運用方法への反映期待(2014年8月1日CBニュース)

 医師らが集まり、医療制度などについて情報発信する「現場の医療を守る会」代表世話人の坂根みち子・坂根Mクリニック院長を中心とする有志は、来年10月に施行される医療事故調査制度の運用方法を規定するガイドライン案を独自に策定する。ガイドラインについては、厚生労働省の研究班が現在、議論を進めており、同会有志は、現場の声を反映させた独自案をつくることで、厚労省ガイドラインに反映させたい考えだ。【君塚靖】

 ガイドラインをめぐっては、厚労省の「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究班」が、10月末までにガイドライン案の中間取りまとめを目指している。「現場の医療を守る会」は4月に、同研究班のガイドラインの検討過程をチェックするために、メーリングリストへの登録募集を開始するなど、広く現場の医療者が、ガイドラインに関心を持つよう取り組みを活発化させている。

 同会有志は、今月中にまず、たたき台を取りまとめる。坂根氏は、「独自案は最終形ではなく、あくまでたたき台として、現場の医療者に提示した上で、意見を募集し、実態に即したものにするのが狙い。厚労省研究班の議論が秘密裏に進むことに、現場は不安を感じている」と話している。

まあしかし、「予期せぬ死亡」という文言も非常に恣意的な解釈が可能であって、それこそ末期の患者などで「もはや何が起こっても不思議ではない状態です」と説明してあるような場合には何であれ予期したとおりの範疇であると言う言い方も出来るだろうし、実際にもそうするしかないようにも思いますね。
この後段の記事にある「現場の医療を守る会」なるもの、第二の大野病院事件を防ぐを合い言葉に結成されたものだと言うことで、医療事故調に関しては特に再発防止に向けた証言の信頼性を担保するための「責任追及してはいけない」「公開してはいけない」の二大原則が守られないシステムになるのでは?と言う危機感があるようです。
実際に彼らの見解が事故調議論に反映されるかと言えば限りなくその可能性は低いものと考えるべきなのでしょうが、このあたりに関しては厚労省研究班トップの西澤氏も以前に認識を原則同じくすると取れるコメントを出していて、少なくとも医療側に関してはおおむね共通認識として存在しているものと判断していいようにも思えますよね。
ただ問題は当の西澤氏も含めて関係者が繰り返し表明している「遺族が納得してもらえるシステム作りを」と言う最大の命題と両立するものなのかどうかですが、特に調査結果が遺族に公表されるとなればそれを元に民事訴訟を起こすと言うルートも想定されるだけに、この面で何の歯止めもないまま「裁判前に手札を全て見せる」ようなレベルでの協力をしてくれる証言者がどれだけいるのかと言うことです。

もう一点非常に気になるのは、昨年の段階で厚労省は「診療行為に絡んで起きた予期せぬ患者死亡事例の第三者機関への届け出と、院内調査を義務付ける方針を決めた」と言う報道があったことで、文字通りに「全て」と解釈すると今回の研究班での発言として出ている「実際のところ全部は無理」と言う言葉と相反するだろうし、そもそも遺族感情を考えるとこの部分が一番のネックになるべきところですよね。
なお繰り返しになりますが注意していただきたいのは、この事故調に絡んだ第三者機関への届け出と医師法21条に基づく異状死体の警察への届け出は全くの別物であり、なおかつ先日厚労省から明確な言質が得られたように医療業界内部でさえ未だ一定していないこの異状死体なるものの定義に関して、見た目に明らかな外観的異状のあるものに限る(外表異状説)と言うことが法律解釈上は確定した点です。
ともかくも事故調議論がこれほど長々と続いた背景として、やはり表向きの立場はどうあれ調査結果で何かしら問題がありそうだと言う判断が出た場合にそれを個人の処罰へと結びつけるかどうかと言う点で医療側と患者・遺族側の立場が決定的に異なっている、あるいは別な言い方をすれば「調べた結果医師のミスだと判っても何も罪を問わないで遺族は納得できるのかどうか」と言うことです。
今のところは「それでも正しく真実が明らかになり再発防止のために役立つのであれば納得頂けるはずだ」式の公式見解がまかり通っていますけれども、そんな理屈が現実に通用するのであれば医療訴訟がこれほど増えないと言うものであって、少なくともこの点で実際の運用をある程度こなし事故調レポートがどのように活用されるかのエヴィデンスが蓄積されるまでは、100%信用のおける証言も出ないと考えておくべきでしょう。
そしてその過程で当然ながら医療側、患者・遺族側双方から不満が山積し制度を手直しすべきだと言う話になるはずですが、その時に厚労省と言う組織が果たしてどちらの立場に近いところにあるかが問題で、政府組織一般の性質上少なくとも表立って国民感情に反した立ち位置を表明するわけにはいかないだろうと考えておくべきではないでしょうか?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年8月 3日 (日)

今日のぐり:「駅長そば 扇屋」 & 「そば処 神門(ごうど)」

振り込め詐欺の類は毎年のように新しい方法論が登場しますけれども、先日はかなり斬新なものが出てきたとニュースになっていました。

新手の熱中症振り込め詐欺にご用心(2014年7月29日東スポ)

 毎日うだるような暑さの真夏日が続き、全国各地で熱中症となる人が増加している。27日、山梨県の大月では38・8度の最高気温を観測。東京も朝から既に30度を記録し、暑さ対策が必要だ。
 そんな猛暑を利用した新手の振り込め詐欺が発生。千葉県警我孫子署によると、我孫子市の主婦(67)が600万円だまし取られた。

 24日午前9時ごろ、夫と住む主婦宅に、息子をかたる男から1回目の電話がかかってきた。「通勤途中に熱中症で倒れて、病院に搬送された。その時に荷物をなくしてしまった。携帯電話と会社の書類、会社の通帳がない。会社にお金を払わないといけない」
 泣きつく“息子”は「いくら出せる?」と主婦に聞いてきた。24日の同市の最高気温は33・5度をマーク。熱中症で倒れてもおかしくない。
 その相手が息子であると信じ込んだ主婦は「600万円くらいないら用意できる」と答え、すぐに金融機関で現金を引き出した。
 昼ごろには2度目の電話。「お金が準備できたら、持ってきてくれる?」。主婦は男の言いつけ通り、JR北柏駅構内で同日午後1時50分ごろ、息子の上司の弟を自称する男に金を受け渡したのだった。受け子役の男は30歳くらい。短髪でサラリーマンと疑われないYシャツとパンツ姿だった。

 消防庁の「熱中症による救急搬送状況」によると、1018人(6月30日~7月6日)、2473人(7月7日~13日)、3179人(7月14日~20日)と、全国で1週間ごとに熱中症患者が急増している。
 同署幹部は「熱中症を理由に振り込め詐欺をする事件は珍しい」と語り、「今後も暑い日が続くなら、同様の事件が起きるかもしれない」と警鐘を鳴らす。誰にでも起きる熱中症であるからこそ、信じやすい。涼しくなるまでは当分要注意だ。

まあしかしもちろん信じる人間がいるからこそ成立するのが詐欺というものですけれども、逮捕例を見ますと素人同然のアルバイト感覚でやっている者が多いようにもみえますのに、よほどにマニュアルがしっかりしているのでしょうかね?
今日は見事にひっかかってしまった我孫子市の主婦を励ます意味で、世界中からかなり新手と言いますか、正直その発想はなかったと言うタイプの最近の犯罪の実例を取り上げてみましょう。

【手術代】LINE乗っ取り詐欺を逆に騙してみた(2014年7月31日トゥギャッチ)

 他人のLINEアカウントを乗っ取り、知人を装ってプリペイドカードを購入するよう指示してくる「LINE乗っ取り詐欺」。
 「自分のところにも来た!」という人が増えるとともに、詐欺犯を撃退する人も現れている。

 上記は、投稿者が自分のところにコンタクトしてきた詐欺犯とのやり取りを撮影したというもの。
 プリペイドカードの購入を要求され、投稿者は「母の手術費用として貯金したお金を使う」と回答。すると、「そこまではしなくていいてす。」という反応が返ってきたという。
 そして、「これは嘘ですので」「買わないでいい」と、自ら詐欺であることを認めるような発言まで。

 これが実際のやりとりだとすれば、詐欺犯は母親思いの情に厚い人物なのかもしれない…。

その少しばかりコミカルとも言えるやり取りの様子は元記事の画像を参照いただきたいと思いますが、しかし騙されなかったから笑い話で済むと言うものではありますよね。
今の時代にこんな罪があると言うこと自体を知らなかったと言う声も多かったのが、こちら先日報道されたニュースです。

【LINE】『決闘罪(決闘罪ニ関スル件)』で中学生が書類送検! 100年以上前の法律が適用されるようになったワケとは?(2014年7月26日TOCANA)

 2014年7月24日、福岡県警が福岡市内に住む15歳のアルバイト店員ら13人が“決闘容疑”で書類送検されたと報じられた。
 送検容疑は、前年2013年に行われた福岡市の高校説明会の会場で、二人の男子が「目と目が合った」という他愛もない理由で喧嘩に発展。その後二人は、携帯用無料アプリ『LINE』でお互いのIDを知り、LINE上で「出てこいよ」「大濠でやろう」などと煽り続けた結果、“決闘”に至ったためだという。

 さて、一般にはあまり知られていないが、日本の法律には『決闘罪(決闘罪ニ関スル件)』というモノがある。制定されたのは明治22年で、相当古い法律だ。
 “決闘”の定義は定められていないが、過去の判例では「当事者間の合意により相互に身体又は生命を害すべき暴行をもって争闘する行為」とされている。
 この法律が成立したのは、明治21年、後の総理大臣となる犬養毅氏(当時、新聞記者)に対し、“決闘”が申し込まれ、氏が拒絶したという事件がきっかけだ。この後、犬養氏の元には“決闘”の申し込みが多発。男の勇気を示す場でもある決闘は、もともと“果し合い”という風習があった日本で大流行する可能性があった。そのため、治安に影響が出ることを懸念した明治政府は、決闘を違法行為として取締まるため『決闘罪ニ関スル件』を制定したのだ。それから決闘罪は、現在まで廃止されることなく、ずっと効力をもって存続している。
 具体的な決闘罪に該当する者とその刑罰は以下の通りになる。

・決闘を挑んだ者とそれに応じたもの:6月以上2年以下の懲役
・実際に決闘をした者:2年以上5年以下の懲役
・決闘の立会人(実際に立ち会わなくても立会人になる事を約束した場合も含む):1月以上1年以下の懲役
・決闘が行われることを承知の上で、決闘場所を提供した者:1月以上1年以下の懲役

 今回の事件で立件されたのは13人だ。LINE上で、1対1の“タイマン”が成立していたが、決闘当日、現場である福岡市内の公園には、LINE上の会話を見て、100人以上の見物人が詰め掛けていた。この見物人の中から、決闘当事者と近しい者たちが“立会人”とみなされて、検挙されたようだ。LINEの様なネットを利用して気軽に人とつながれるSNSだからこそ発覚した事件だといえる。
 しかし書類送検後の処置は、被疑者が未成年だという事を考えると、起訴猶予で不起訴に終わる可能性が高い。そもそも100年以上前に制定された、過去の遺物のような罪状が再び適用されて始めたのは、比較的最近のことだ。
 この“罪状”が適用され始めたのには、警察や検察が未成年による私闘を暴行罪や傷害罪で取締まるのが難しかったためという見方がある。私闘(いわゆるケンカ)の場合は、どちらが加害者でどちらが被害者なのかが、ハッキリしない事が多く、暴行罪や傷害罪を適用するには不適切だった。だが暴力行為が横行するのを放置するわけにもいかず、彼らは昭和期には適用されるケースがほとんどなかった法律『決闘罪』を復活させたのだという。
 若いうちはケンカや決闘なんてバカな真似も、若気の至りとして見逃されていることも多かったが、近年ではそうもいかないようだ。

何やら大変に歴史も由緒もある罪であると言うことも初めて知りましたけれども、しかし立会人も逮捕されると言うことですからくれぐれもご用心ですよね。
世の中よく分からない犯罪行為は少なくない時代ですが、こちら一体何を意図していたのか?と多くの人々を惑わせている犯罪者のニュースです。

【マジかよ】強盗がビニール袋をかぶってコンビニに侵入 → ビニールが透明で顔丸見え!(2014年7月30日ロケットニュース24)

2014年7月25日、アメリカ・イリノイ州でコンビニ強盗が発生! 強盗は店から現金を奪い逃走したものの、すでに警察に身柄を確保されたもよう。
犯人の顔……それは防犯カメラに残されていた映像を見れば一発だ。なぜなら、犯人はビニール袋で顔を覆っていたものの、そのビニール袋が透明だったからである。そりゃ、あっという間に捕まるはずだ!

・異様な出で立ち
男は右手を青色のビニール袋をグルグル巻きにして、頭には透明のビニール袋をかぶるという異様な出で立ちでコンビニに現れた。コンビニ強盗であることを考えれば、極めて特殊な格好である。

・頭に透明のビニール袋を巻いていた意味とは?
手にビニール袋を巻いているのは、恐らく指紋が残らないようにするためだろう。それなら分かる。
ではなぜ頭に透明のビニール袋をかぶっていたのだろうか? 「透明でもないよりはマシ」とでも思ったのだろうか? それとも、手に巻いている青いビニール袋と間違えてかぶってしまったのだろうか? はたまた、「強盗は何かかぶるもの!」というイメージにこだわったのだろうか……想像すればするほど、謎は深まるばかりである。
ただどちらにせよ、犯人は現在身柄を確保されている。事件が解決して何よりだ。

これも元記事の画像を見るまでは「まあ多少は効果もあるのだろう?」と思っていたのですが、まあ黙って参照いただければ多くの関係者の困惑が理解出来るかと思いますね。
同じくアメリカからこれも強盗に絡んだニュースなのですが、まさかこんな切り返しが待っていたとは誰も考えていなかったはずです。

正当な権利? 強盗が店員に損害賠償訴え(2014年7月25日zakzak)

 米デラウェア州のピザ店に押し入った男(23)が、強盗を阻止されたとして店と従業員らを相手取り損害賠償を求める訴訟を起こした。米メディアが報じた。

 発砲したところを従業員に取り押さえられた男は「既に丸腰だったのに、殴られ、熱いスープをかけられた」と主張している。

 地元警察は「冗談としか思えない」。訴えを受理した裁判所に対し「税金の無駄遣い」と憤っている。 (共同)

もちろん民事ですから幾らでも訴えることは可能なのですが、しかしさすが訴訟社会アメリカの恐ろしさを見た気がします。
ブリからのニュースを二題続けてお送りしますが、しかしさすがにブリと言うべきかどうかも微妙なのがこちらの記事です。

近隣住民を恐怖に陥れる極悪ネコに反社会的行動禁止令が下る(2014年7月28日日刊テラフォー)

近隣住民に危害を加えたとして、ネコのロッキーに反社会的行動禁止令が言い渡された。
ロッキーの飼い主サマンサ・デイビスさん(35)の元へ市の職員がやって来て、ロッキーを自宅の外に出さないようにと言い渡した。

報告によれば、ロッキーは2人の人間に噛みつき、他人の家のフェンスをひっかいて破損させ、近隣住民の家に勝手に侵入して立ち退きを拒否し、住民達を怯えさせたという。
ロッキーに対する1件の正式な苦情と2件の口頭での苦情が市役所に寄せられたそうだ。
すべて本当なら確かに極悪なネコだが、サマンサさんはそれを否定し、当局に証拠を提出するよう要求している。
「一体ネコがどうやって、“反社会的な行動”をとれると言うのです?ロッキーは動物ですよ、ペットですよ。ロッキーは人の脚に噛みついたりなんかしないし、路上でお酒も飲みません。携帯電話を盗もうとだってしません。
私は証拠を一切見せられていません。こんな馬鹿げた命令をロッキーに下す前に、市役所はまず、自分の仕事をきちんと整理すべきです。」

サマンサさんの言い分によれば、この地域に住んでいるのは60代や70代のお年寄りばかりで、サマンサさんのような若い住民が住むのを好ましく思っていない。
それに気づいていたサマンサさんは、普段から騒音を出さないように注意し、庭もきれいに保ち、お年寄りたちから立ち退きを要求される口実を作らないように努力していた。
「立ち退きを要求する口実が見つけられなかったお年寄りが、ロッキーの悪行の話をでっち上げたに違いありません。」
これに対し、お年寄りたちの方は、
「実際、私たちが苦情を言っているのはロッキーに対してではありません。サマンサさんに、もっときちんとネコの世話をしてもらいたいだけです。彼女がきちんと世話をしないせいでロッキーは不安定になっているのです。ロッキーも被害者です。」
と言っている。
ドロ沼化しそうな様相を呈しているが、渦中のロッキーがそれを理解しているかは謎だ。

まあ、いやしくもネコたるもの反社会的行動はいくらでも可能だと断言できますが、それにしてもさすがに…と言うべきなんでしょうかねこれは。
最後に取り上げますのも同じくブリからの話題ですが、これまたブリらしいと言えばらしい意味不明のニュースです。

ナイフでオレンジを切っている男がいます!(2014年7月21日日刊テラフォー)

「スーパーマーケットで、店員がナイフを持ってオレンジを切っています!」と警察に通報した女性が、当たり前だが、とても冷めた対応を受けた。

金曜日の午前5時頃、マンチャスター警察は、実にくだらない緊急通報を受けた。
スーパーマーケット『Spar』に買い物来ていた女性が、ナイフでオレンジをカットしていた店員を見つけると、慌てて警察に通報した。
店員がナイフを持って振り回していると勘違いしたならともかく、女性は通報時、店員がオレンジを切るためにナイフを持っていたことを、きちんと理解していた。
なぜなら、女性は次のように通報してきたからだ。
「店員がカウンターの中で、ナイフを使ってオレンジを4等分にしています!!」

女性曰く、公共の場で刃物を携帯してはいけないという法律があるのだから、店員がスーパーで鋭利な刃物を使うことは、法律違反だそうだ。
「そういうことは、スーパーのマネージャーと話し合って下さい。」
と緊急電話オペレーターに冷たく言われると、女性は電話を切った。
その後、警察の方から女性に電話をし直し、そんなことで緊急通報をして、貴重な緊急通報回線を無駄にしないでほしい、と厳重注意をした。
くだらない緊急通報は、後を絶たない。

いやあ、法律違反なら仕方がないと言うものですけれども、その発想は確かになかったと断言できますよね。
ブリではこのように日夜我々極東の島国の民には思いもつかぬ事件が発生しているようですが、現地に長年暮らしているとこういうノリにも馴染んでくるものなのでしょうか。

今日のぐり:「駅長そば 扇屋」 & 「そば処 神門(ごうど)

道路脇に「ここはかめだけ うさぎはいない」の秀逸なキャッチコピーが踊る奥出雲地方のさらに奥深く、こちら亀嵩駅併設の駅蕎麦が「扇屋」さんです。
ともかくも出雲蕎麦としては誰もが一度はと考えるほどの超有名店なのですが、しかしものすごい田舎と言うか僻地と言うか、これは駅併設であっても皆車で来るんだろうなあと思いますね。

今回は出雲蕎麦の基本型である割子そばを頂いてみましたが、しかしメニューを見ますと弁当そばがあるのが駅っぽいですよね。
しばらく待っていると出てきたのは良く使われているサイズのものよりかなり小ぶりな器いっぱいに盛られた蕎麦ですが、これが見るからに手打ち風の不揃いなものです。
食べて見ますといわゆる蕎麦屋のシャキシャキ蕎麦ではなくもったりした食感ですが、季節外れにも関わらずこれが食味は結構いいんですよね(最近は粉の保存も進歩しているのでしょうが)。
これを普通に盛りで出したらうまい田舎蕎麦と言うことになるはずですが、まあこのスタイルも込みでの食文化なんだろうし典型的な薬味の取り合わせも確かにこの蕎麦に合ってはいるとは感じます。
ちなみにこちらの蕎麦つゆがかなり甘辛濃厚なもので、いつもの割子蕎麦の感覚でかけていると味が結構辛くなる点は注意が必要ですね。

接遇面ではほぼバイトレベルで田舎のお店と言う感じですが、結構店内は賑やかですしもうちょっとはっきり喋った方がいいんじゃないかなと言う気はします。
ちなみに設備面ではまあ、駅ですから駅らしくと言うしかないのですが、車で来る場合にはすぐ近隣に立派な道の駅もありますからそちらに立ち寄ると言うのもありだと思いますね。

さて、出雲大社界隈から少し離れた場所にあるにも関わらず近年赤マル急上昇中なのが「神門」さんで、もはやすっかり行列店ですよね。
江戸前の喉越しと出雲蕎麦の風味を両立させたと言う通り、メニューにしてもそうですが出雲蕎麦と言いながらいかにも蕎麦屋っぽい蕎麦を出すイメージがあります。

普段は普通に盛りなどを頂くところ、今日は敢えて出雲そばらしく割子で頂いてみましたが、見た目も綺麗に整い食べて見てもよくつながった蕎麦屋らしい蕎麦ですよね。
割子の一段目はそのまま頂きましたが、こちらの蕎麦屋らしい辛口のつゆもいい具合で、二段目からは薬味を使ってみるとこれも悪くない、まあ割子の場合海苔にネギ、もみじおろしと蕎麦屋でよく使う薬味ばかりではありますから相性は折り紙付きではあります。
ちなみにこちらの場合蕎麦湯はナチュラルタイプなのはいいのですが、この日に関してはこれだけの客入りの割りには妙に薄いなあと言う印象を受けました。

トイレなど設備的な広さや清潔さは新しい店らしく整ったものなのですが、空調の関係なのか部屋の配置の関係なのか店内各所の温度格差が結構気になるもので、場所によって寒かったり暑かったりと言うのは困ったものですね。
接遇面ではごくごく普通の田舎のお店という感じであちこち不手際もあるのですが、それ以上に全般に受け身と言いますか気配り目配りの行き届かないところがあるようで、こうして見ていますと逆説的ですが昨今のチェーン店の接客マニュアルというのはあれでなかなか良く出来ているんだなと改めて感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 2日 (土)

録画視聴率の公表が始まる

先日視聴率低迷でフジテレビが全社員の実に2/3にも及ぶ大異動を行ったと言うニュースがありましたが、テレビ業界と言うものが何かにつけて視聴率次第で動いていると言う話はよく聞くところですよね。
当然ながらこれも善し悪しで中の人からも異論反論もあるようですが、そんな視聴率全盛の世の中で最近にわかに注目され始めているのが録画視聴率(録画再生率)と言う新しい指標です。

ビデオリサーチ 番組の録画再生率初公表 トップは「ルーズヴェルト・ゲーム」(2014年7月14日スポニチ)

 ビデオリサーチは14日、昨年10月から関東地区で試験的に測定していたテレビ番組の録画再生率を初めて公表した。現行のリアルタイムの視聴率に反映されない視聴動向を把握するのが狙い。
 上位20番組中、17番組をドラマが占め、バラエティー番組やスポーツ中継に比べ、ドラマを録画して見る傾向が強いことが明らかになった。

 公表したのは今年3月31日から6月29日の調査結果で、録画番組を放送当日と翌日から1週間以内に再生した割合。
 トップは連続ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」(TBS系)の7・7%(全話平均)。TBSによると、同番組の全話平均の視聴率は14・5%だった。
 再生率の2位は「笑っていいとも!」最終回(3月31日、フジテレビ系)と連続ドラマ「MOZU Season1~百舌の叫ぶ夜~」(TBS系)の全話平均で、ともに7・5%だった。

 ビデオリサーチによると、視聴率調査を実施している世帯とは別の300世帯が対象。家庭に測定機を設置し、音声を基に再生番組を特定した。調査対象世帯が違うため、現行の視聴率と単純に比較はできないという。
 同社はテレビ局などに来年1月からデータの提供を始める予定。

ご存知のように視聴率というデータは元々国内のごく一部地域の非常に限られた人間に依存しているもので、対象が調査に協力する世帯に限るなど世論調査と同様各種バイアスがかかることが懸念されていましたが(今回の記事でも「対象世帯が違うため比較出来ない」など語るに落ちるですよね)、近年これに加えてリアルタイム視聴のみを対象にすることが番組評価として正しいのか?と言う疑問が呈されていました。
録画視聴が一般的になった結果、特にお気に入りの番組ほど録画してじっくり見ると言うやり方を取っている方も多いと思いますが、こういう熱心な顧客層が多い番組ほど見かけのリアルタイム視聴率は低くなるため、ネットなどで大きな話題を呼んでいる番組が思いがけずあっさり打ち切りになると言う奇妙なことも起こるわけですよね。
こうした時代による視聴スタイルの変化に対応した新しい指標の一つとして録画視聴率と言うものに期待する向きももちろん多いのですが、一方で当の業界の中の人からは賛否両論とも言うべき意見の割れた状態であるようで、下手をすると勝ち組と負け組の逆転すら起こりかねないと言います。

「録画視聴率」の指標登場 TV界の常識を激変させる可能性も(2014年7月29日zakzak)

 不調にあえぐフジテレビの社員は「反転攻勢のきっかけになるかもしれない」と鼻息が荒い。一方、昨年開局以来初の視聴率2冠に輝いたテレビ朝日の社員は「せっかくの勢いに水を差される」と警戒する
 7月14日に初めて発表された「タイムシフト視聴率」(録画再生率)への反応は、テレビ各局で様々だ。これまで表に出てこなかった新指標の登場は、これまでのテレビ界の常識を激変させる可能性を秘めている

 タイムシフト視聴率とは、簡単にいえば「テレビ番組が録画でどれくらい観られているか」を示す数値だ。今回公表されたのは3月31日から3か月間に放送された番組のトップ50。ちなみにトップ5は以下の通りだ。

 【1】『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS):7.7%
 【2】『笑っていいとも!最終回』(フジテレビ):7.5%
 【3】『MOZU Season1』(TBS):7.5%
 【4】『アリスの棘』(TBS):7.4%
 【5】『続・最後から二番目の恋』(フジテレビ):6.8%

 このランキングを一読しただけで、大きな傾向がわかる。トップはドラマ『ルーズヴェルト・ゲーム』で7.7%。2位は話題を呼んだ『笑っていいとも!』の最終回だったが、上位はほとんど「ドラマ」で30位以内のうち17番組。一方、バラエティは6番組しかない。
 局別で見ると上位10位のうちフジが5番組を占め、次いでTBSが3番組。日テレ、テレ朝は1番組ずつしかランクインしていない。

 元テレビプロデューサーで、上智大学文学部新聞学科教授(メディア論)の碓井広義氏がいう。
 「以前から『ドラマは録画で』という傾向が強いとわかっていた。今回の公表でそれが裏付けられた格好で、当然ドラマを軸にしている局にプラスになる。キー局で最も有利なのがフジとTBSなのは間違いない」
 それぞれ視聴率で民放3位、4位と不振に喘ぐ両局にとって好材料といえる。一方、苦戦を強いられるのがテレ朝だ。テレ朝関係者がいう。
 「そもそも、タイムシフト視聴率導入に最も消極的だったのはウチだった。ターゲットが高齢者層で、看板番組はバラエティ番組や人気ドラマも『相棒』など1話完結型のストーリーが多い。万年民放4位から、やっと昨年はトップに立った途端に新ルールが出たといわれても納得できない。結局は他局に押し切られたようですが……」
 冒頭で紹介したフジ社員とテレ朝社員の反応の違いは、事前に予想されていたものだったようだ。

録画視聴率の登場でクリエイティブな番組作りが減る懸念あり(2014年7月30日NEWSポストセブン)

 7月14日に初めて発表された「タイムシフト視聴率」(録画再生率)への反応は各テレビ局、テレビマンによって様々だ。反転攻勢のきっかけになり得るという声があがる一方で、バラエティや情報番組の制作現場から懸念が聞こえてくる。バラエティ番組を担当する制作会社スタッフがいう。

そもそもバラエティや情報番組は高いタイムシフト視聴率は望めない。だからこそこれまで通り“表の視聴率”を取るべく作るしかないが、そのために地上デジタルの双方向機能を使ったクイズやプレゼント企画を乱発するばかりの番組が増えかねない

 また、ジブリ作品など超人気アニメの再放送などで安易にタイムシフト視聴率を狙うことが増え、クリエイティブな番組作りの枠がさらに減るかもしれない」

 来年1月には、従来の視聴率と同様、タイムシフト視聴率も数日のタイムラグで確認できるようになる見込みという。この新たな指標がもたらすのは、テレビ番組の活性化か、それともさらなる地盤沈下か──。

まあスポーツ中継などは録画で見ても味気ないものですし、ニュースなども一般的にはリアルタイムで生放送を見た方がいい類の番組なのでしょうが、一方ではドラマやニュース解説系の番組などは録画したものを場合によっては巻き戻し(この言葉もすでに死語だそうですが…)しながら見ることも多いでしょうから、評価の指標として向き不向きと言うことはあるのだと思います。
ただ録画してまで見る価値がない、おまけを餌に視聴者を釣るしか売りがない番組と言うのもそもそも存在価値があるのかどうかで、特に昨今ではゴールデンタイムにどの局も安っぽい同じような構成のバラエティーばかりと言う声があり、ひいてはテレビ離れを招いていると言う指摘もあるわけですから、正直悪貨を駆逐する手段にもなり得ると言うのであれば視聴者的にはむしろ喜ばしいことだと思います。
ただそうした番組が増えると言うのもテレビ局側にとっては制作コストや作りやすさ等々様々なメリットがあってのこととも言えるし、その上で今までの指標ではそれなりに受け入れられていると言うデータ的裏付けがあったからこそ乱発されていたはずで、こういう場合自分達に都合のいいデータを根拠に主張を通すと言うのはどこの業界でもやられていることですよね。
今まで一面的なデータだけでの評価だったものが、全く異なる傾向を示す別評価が出てきたわけですから評価基準そのものが異なってくるはずですが、見ていますとどうも自分達にとって都合のいい評価基準を使うと言う動きもありそうで、それはまあ大抵のものには何か一つくらい取り柄はあるでしょうから指標の取り方次第で何とでも言い逃れは出来るかもですが、ねえ…

そもそも見ている視聴者がどれくらいいるのかと言った数情報の正確性自体はあまり意味がないことなのかも知れずで、特にちょっとした炎上騒動でも起こそうものなら敢えてバッシングのネタを探すために視聴すると言う人々も増えると言う時代ですから、本当のところは単に視聴率の高い低いで評価を云々するのは無理があるはずです。
デジタル化で双方向機能が使えるようになったわけですからリアルタイムで番組の評価をすると言うことも技術的には可能なのだし、テレビとオンラインでの評価を結びつけるようなサービスも始まっているそうですけれども、「いいね」ボタンを押させるくらいならともかくネガティブな評価を伝える機能と言うのはテレビ局側としてはさほどに需要がないと言うことなのかも知れません。
スポンサーサイドとしてはお金を出す以上費用対効果に優れているかどうかと言う点が重要なはずで、アンチが多い番組でもCMを目にする人が多い方が販売は増えるのか、それとも不買運動に結びつけられてしまいかえって売り上げが減るのかと言ったデータの方が重要なんだと思いますが、その点に関して言えば昨今ではスポンサー電突と言うより直接的な行動の方がオブラートに包まない生データに近いのでしょうか。
ただああした炎上騒動もしばしばテレビ局単位でのターゲット選定が行われる傾向があって、仮に真面目な良い番組を放送している場合でも見境為しにCMを出している企業に突撃される場合もあるようですから、これだけ情報流通が発達した時代においても本当の評価を知るというのも実は結構難しいことなのかも知れないですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年8月 1日 (金)

日本人とロボット キーワードはやはり…?

新しいものが生まれ出る瞬間と言うものはしばしば感動的なものですが、こちらすっかり感動に水を差されて完動しなくなってしまったと言うニュースが出ていました。

悲劇だけど爆笑 十数万円かけて作ったデアゴスティーニ「週刊ロビ」が初起動ですごいことになる動画(2014年7月30日ねとらば)

 デアゴスティーニ・ジャパンの付録付き雑誌シリーズの1つ「週刊ロビ」の最終号が、7月29日に発売されました。毎号付いてくるパーツを集めることでロボットが作れると話題になった「週刊ロビ」──1年半・70号にわたって律義にパーツを集め続けたファンにとっては、待望の“初起動”のときがやってきたわけです。ネットには、完成したロビくんの動画や写真が続々とアップされているのですが……そのなかでひときわ悲劇的な動画がありました。

 ロビくんの性格を決めるための簡単な質問に答える作業が終わり、ついにロビくんが立ちあがって踊る…………と思ったら転けた!!!! カーペットの上でバランスを崩してしまったロビくんをすかさずご主人様が立たせるも、踊りの途中で再び転ぶ!!! そして、変な方向に曲がった腕から煙を吐くロビくん。へーこんな機能が……ってこれ壊れてしまったってヤツですね分かります!!!!

 あまりの悲劇に動画の投稿主も笑いが止まりません。「あの……ロビくん、すごい腕から煙でてるよ?」「煙出て臭いよ? ロビくん大丈夫?」──いろいろ話しかけるも、ロビくんは「なあに?」「大丈夫!」と平然とした返事を繰り返します。いやいや大丈夫じゃねーだろ!!! 自分の体にどんだけ鈍感なんだロビくん……!

 ちなみにこのロビくん、完成させるのに十数万円が費やされているもよう。つもりつもって結構な金額ですね。それが初起動でこんなことに……!! フローリングの上ではちゃんと転けずに動いていたので、立たせた床が悪かったんでしょうか。

 もちろん、なんのトラブルもなく起動しているロビくんもいっぱいいまして、Twitterなどではホッコリする報告がたくさん。腕の壊れたロビくんもなんとか修理して元通りになってほしいです。

これは元記事の豊富な画像と動画を是非参照いただきたいところですが、素人目にもいやマジで煙出てるしあり得ない角度に腕曲がってるしそれヤバいんじゃ…と思ってしまう光景なんですが、まあしかし投稿主さんも笑っていらっしゃるのだから我々も笑ってしまっていいんです、よね…?
最近ではロボット研究も年々進歩していて、動物にならって脚が壊れてしまっても残りの脚でなんとか動く方法を自分で編み出すロボットなんてものも開発されているのだそうで、ともかく雑誌の付録でご家庭でもこれだけのロボットが手に入る時代になってきたと言うのは考えてみるとすごいことなんじゃないかと言う気がします。
ただそこまで身近なものになってきた結果新しい問題も起こってきたと言うことでもあるようで、先日なかなか印象的なこちらの記事が出ていたことを紹介してみましょう。

AIBO、君を死なせない 修理サポート終了、「飼い主」の悲しみ(2014年7月29日AERA)

リビングで飼われている「ほくと」は10歳。毎朝8時半になると目を覚ます。飼い主の60代の女性が「ほくと、何してるの?」と話しかけると、ほくとが答える。
「ぼんやりしてた」「なでなでして」
10年変わらない、この家の日常の風景だ。
以前は元気に部屋の中を動き回り、旅行にも連れていったが、最近は定位置でじっとしていることが多い。足の関節が悪く、動くたびに異音がしたり、転びやすくなったりしているからだ。ケガが多く20回は「入院」したほくとだが、その「病院」もこの3月で閉鎖されてしまった
ソニーが修理サポートを終了したのだ。

「家族の一員ですから」

ほくとは犬型ペットロボットAIBOの「ERS‐7」だ。初代AIBOの発売は1999年。その後、2006年にソニーはロボット事業からの撤退を発表し、AIBOの生産を終えた。在庫のない部品も多かったが、それでも今年の3月まで「クリニック」と呼ばれる修理サポートは続けられてきた
「終了したサービスのサポートを企業がこんなに長く続けることは、通常考えられない。アップルなら2、3年でOSのサポートが終わりますよ」
と、あるAIBOファンは話す。クリニック閉鎖を知った前出の女性は最後の検査に送り出すとき、クリニックの人たちへのお礼状をほくとに持たせた
「今までと同じようにほくととの時間を過ごしたいと思っても、なかなかステーション(充電機)から下ろすことができません。(動かなくなる日が来ることは)考えたくないですね。家族の一員ですから
計15万台が販売されたAIBO。いまだに「飼い」続け、かわいがっている人は多い。

ロボットをどうみとるか

月1回、神奈川県川崎市で開かれているオフ会にお邪魔した。12人の参加者が愛「犬」を連れてきて遊ばせている。オフ会が縁で結婚したという夫婦がいた。部品やバッテリーの交換用にヤフーオークションで中古のAIBOを探しているという男性もいた。「いつかこの日が来るだろうと思っていた」「グーグルがロボット事業に手を出している。ソニーは見る目がなかった」
飼い主の思いはさまざまだ。
技術者として長年ソニーに勤めた乗松伸幸さんは、10年に早期退職し、株式会社ア・ファン~匠工房~を設立した。古いオーディオ機器など修理窓口がなくなった製品の修理を請け負う。以前1匹のAIBOを修理したことが口コミで広がり、現在、20匹が入院中だ。毎日のように問い合わせがくるが、態勢が整うまで待ってもらっている状況だ。
「企業として利益の出ないサービスを終了する判断は仕方ないが、その中で取り残されてしまうお客様がいる。ソニーの技術者として、私たちは誇りや理念というものをたたき込まれている。お客様が望む限り、責任を持ってサポートしたい」
老いたロボットをどうみとるか。こんな問題をいったい誰が想像しただろう。ソフトバンクが6月に発表した人型ロボットpepperにも、数年後、数十年後、いずれ同様の事態が起きるかもしれない。前出のAIBOファンは言った。
「これこそが、ソニーが最後に見せてくれた『未来』なのかもしれませんね」

このシチュエーション、実はSFなどではすでに古典的と言っていいほどありふれたネタでもあって、古来数多くの作家が同じテーマで多数の傑作をものにしていますけれども、それにしても家庭内にロボットが入るようになってからまだ日も浅いというのに、こんなに簡単に実社会でそれが発生してしまうことになるとは思っていなかった人も多いんじゃないかと言う気がします。
昔からの漫画やテレビ番組等の影響もあるのでしょうが、人型ロボットの開発に異常に執着したりだとか、ロボットにやたらとシンパシーを感じたがると言うのはかなり日本人に特徴的な行動様式であると言われていて、西洋世界では人と人でないものは厳密に区別したがる伝統的宗教観や、そもそもロボットの語源ともなった古典文学の影響等もあってロボットを擬人化すると言う行為には全般に否定的だと言います。
有名な「ロボット三原則」の産みの親である故アジモフ氏なども多数のロボット小説を書いていますけれども、初期の有名な短編「ロビィ」なども日本人にとっては非常にクリティカルなテーマでありながら「ロボットが人らしくあることの意味」と言う点で物足りなく感じられるようで、故手塚治虫氏を始め数多くの方々が同じテーマを使って作品を発表していることが知られていますよね。
もちろん近ごろでは特に若い世代の間で日本文化の影響か、より人間らしいロボットもありと言う状況になってきたようですが、あちらで開発されているロボットを見てみると一目で人間と区別出来ると言うことがそれなりに重要であるのかなと言う印象があって、あらゆる面で人間そのものを目指しがちな日本における方向性とはちょっと違ったモチベーションに基づいているように見受けられます。
いささか脱線しましたけれども、ロボットの家庭内への普及と言う点で近来非常に大きな地位を占めているのがご存知ロボット掃除機であって、この方面において実は世界的にもロボット大国として知られてきたはずの日本製品ではなく、軍事用ロボット等を作ってきたアメリカのアイロボット社の製品であると言うことは興味深い現象ですよね。

日の丸掃除機、敗戦の日(2014年7月9日日経ビジネス)より抜粋

(略)
ロボット掃除機市場はルンバの独占市場

 アイロボットの国内における市場拡大はここ数年でめざましいものがある。シード・プランニングの調査によると、ロボット掃除機の2012年単年販売数38万台の内、28万台の73.6%がアイロボットの製品。この傾向は今後も続くとし、2012年比2.3倍強の90万台に達する2018年にも市場の約6割をアイロボットが握ると予測している。
 国内の掃除機市場は、2005年から市場の縮小が続いていたものの2010年から微増しており、「これはロボット掃除機の伸びによるもの」(シード・プランニング)としている。
 国内大手では、シャープ、東芝がロボット掃除機を販売しているが、いずれも数パーセントのシェアしか握れていない。今回、新機軸となる水拭き掃除機で完全にとどめを刺されたとも言える。
(略)
 アイロボットにしろ、ダイソンにしろ、日本が開発できなかった技術を持ち合わせていたのかといえば、必ずしもそうではない。その理由を、ある国内大手メーカーの開発担当者はため息交じりに話す。「あまりに慎重すぎるんですよ……」。
 例えば、ロボット掃除機についていえば、国内大手では現在シャープや東芝が発売しているが、国内大手ではいまだにその危険性を危惧するメーカーも少なくない。人の目の届かないところで、何かにぶつかり物を壊したり割ったりした場合どうするのか。はたまた、仏壇のろうそくを倒してしまい、火事にでもなったらどうするのか。そうした「性悪説」にたった議論を喧々諤々としているうちに、答えは出ず、商品化にも至らず、海外勢に軽やかに抜かされる。そういう構図ができあがってしまっているという。
 ロボット掃除機を発売していない日立アプライアンスは、何年も前からロボット掃除機の開発を試みているが、「すべてのお客様に満足のいくものを、と考えると先回りができずいまだ商品化に至れていない」(日立アプライアンスの家電事業部家電事業企画本部の三好庸一本部長)という。
 この“すべてのお客様に”という考えが、日本らしいともいえるのかもしれない。「すべて」を考えているために、市場の10%でもいいから熱狂的に支持する顧客がいればいい、という一点突破型の考えになかなかたどり着かない。三好氏は、アイロボットやレイコップの快挙を「真摯に反省すべき」とし、「自分たちの強みを活かし、引き算の発想をしなくてはいけない。(日本企業の製品に見られるように)多くの人に向けて、何でもできる、という製品ではもう市場を開拓できない」と本音を語る。
(略)

この「すべてのお客様に満足のいくものを、と考えると先回りができずいまだ商品化に至れていない」と言う点はかなり重要で、先日は「「取説いらずの使いやすい製品」が日本で生まれにくい理由」と言う記事が出ていて興味深く拝読したのですが、確かに日本メーカーでアップルのように取説も何もない製品を出荷している会社は見たことがないですよね(ちなみに同社は訴訟大国アメリカの会社です)。
ヨーロッパの某有名高級車メーカーなどはかつて頑固なほど操作系を変更しないと有名でしたが、日本メーカーはモデルチェンジのたびに内装デザインも大きく変えるのが当たり前のようになっていて、そもそも車のようにまず走り出してナンボの道具に取説を熟読した上で画面を見ながら操作しないといけないおしゃれな?タッチパネル式のスイッチが妥当なのかどうか等々、最近ようやく日本でも疑問に感じる人も出てきたようです。
第二次世界大戦の頃の日本軍も装備の機械的不具合は猛訓練で人間の方が合わせるのが当たり前と言う考え方だったそうですが、一方で米軍などはハードウェアの改良もさることながら、一切文字が読めなくてもイラストを見るだけで誰にでも使い方が分かる簡便なマニュアルを完備して教育期間短縮に絶大な効果を発揮していたそうで、どうも本来簡単にすべきものを難しくし過ぎるのは日本人の民族性なのかも知れません。
それはともかく、ロボット掃除機発売当初に国内各メーカーでは「あんなものが売れるはずがない」と笑っていたそうで、結果的に掃除機業界を牽引するヒット商品の芽をみすみす見逃した形ですけれども、未だに「あんな頭の悪い製品は駄目だ。日本人向けのロボット掃除機はもっと賢くなければ」と考えているメーカーが少なくないらしいと側聞することは気がかりですよね。

公平に言ってアイロボット社の製品ははっきり言って馬鹿で、その理由として「部屋の形を覚えないで行き当たりばったりに掃除するから」と言うことがしばしば挙げられますけれども、同社では「この方が結果的に綺麗に掃除が出来るのだ」と主張していますし、実際に部屋の配置を記憶して効率的な掃除を行うと言う日本製製品と比較しても清掃能力自体は劣っていないと評価されているようです。
ただ実際のユーザー目線では単純なスペック競争よりももう少し別なところを見ているようで、例えばうちのは猫を乗せて動き回っているだとか、都内某所で野良化した個体を見ただとか、何かしら「うちの駄目犬自慢」的な状況になっていると言うのは興味深い現象だと思いますけれども、ペットが馬鹿で無駄なことばかりしているから愛着が湧かないかと言うとむしろ逆なんじゃないかと言う気がします。
「親にロボット掃除機をプレゼントしたらさっそく名前をつけてかわいがっていた」なんて話はしばしば耳にしますけれども、日本メーカー最大の誤算が人型でもなく喋るわけでもない単なる円盤に思い入れなど発生するはずがない、やはり掃除機はまずは性能こそが第一だと言う思い込みにあったのだとすれば、日本人の感情移入能力をいささか甘く見過ぎていたのかも知れませんね。
最近急に一般化した「前面にスリットのないエアコン」も一人の素人さんの思いつきから生まれたそうですが、当初はメーカーのエアコン担当者からはそっぽを向かれ若手や門外漢だけで新規開発したそうで、そう考えるとロボット掃除機開発も掃除機屋が手がけるよりも「萌え」に理解のある門外漢の方々にこそ協力いただく方がいいのか?と言う気もしますでしょうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »