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2014年7月 3日 (木)

糖尿病と法律

本日の本題に入る前に、この5月から病気や酒、薬物等の影響で事故を起こした場合の厳罰化が始まったことはすでにお伝えした通りですが、この際に対象となるべきものとして世間の念頭にあったのが一つには危険運転致死傷罪があまりに適用範囲が狭すぎると不評だった飲酒運転、そしてもう一つが栃木のクレーン事故などを契機に各地で相次いで報道されることとなったてんかん患者による事故だったことは否めません。
もちろんこれはこれで今後どのように運用されていくのか注目すべきなのはもちろんなんですが、この際に安全運転に支障を来しかねない疾患として具体的に名が挙げられたのが統合失調症、低血糖症、躁鬱病、再発性失神、重度の睡眠障害、意識や運動の障害を伴うてんかんの6種の疾患であったわけです。
それぞれが有病率やリスクとしてどの程度重きを置くべきなのか、この6種に限定するのが妥当なのかと言った議論は当然にあろうかと思いますが、とりあえずてんかんだけを目の敵にしていればすむと言うものではない実例が先日発生したこちらの事故です。

御堂筋暴走事故、運転者は低血糖で意識薄れる?(2014年6月30日読売新聞)

 30日午後4時頃、大阪市中央区の御堂筋八幡町交差点で、ワゴン車が一方通行の道路を逆走し、乗用車に正面衝突した。ワゴン車はその後、方向転換して御堂筋を横切り、横断歩道付近で自転車に乗っていた女性(32)をはね、停車中のトラックにぶつかるなどして止まった。

 大阪府警南署によると、女性は胸の骨を折るなどの重傷で、トラックの近くにいた男性(58)も軽傷。ワゴン車を運転していた同市内の男(65)も頭にけがを負った。同署は治療が終わり次第、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失致傷)容疑などで事情を聞く方針。

 男の家族は同署に対し、「(男は)糖尿病の持病があり、インスリン投与で低血糖になることがあった」と話している。低血糖になると意識が薄れることもあり、同署は事故との関連を慎重に調べる。

 現場は百貨店や高級ブランド店などが並ぶ繁華街。

まあ何とも危険な事故だったと言うしかないのですが、低血糖発作で意識朦朧となる可能性は誰にでもあることで、患者にしろ担当医にしろそのリスクや対処法をきちんと理解した上で治療を行っていかなければならず、またいざ意識障害が起こってしまった場合に周囲にも即座にそうと知れるようにしておかなければ命にも関わりかねません。
こうした疾患による意識障害に関しても今回の厳罰化で罪に問われる可能性があるわけですが、今回の件に関して言えば治療歴があると言うことで担当医の指示通りに治療を受けていたのであれば刑事罰に問われないかも知れず、逆に担当医側が民事なりで訴えられると言う可能性もありと、今後この種の疾患の治療は今まで以上に気を遣わなければならないでしょうね。
アメリカなどでも糖尿病患者の運転の是非が近年話題になっていて、FDAは運転出来るかどうかの判断は医師によって行われるべきこと、患者は運転前に血糖値を測定し低めの場合には運転を控えるべきことなどの勧告を出していますが、日本では例えば認知症患者の8割以上が医師から運転を止められたにも関わらず拒否して運転を続けていると言う穏やかでない話もあり、強制力が問題ですよね。
免許更新時などに医学的判断をどう道交通法などによる強制力に反映させるかと言った連携の問題も含めて、誰がいつどうやってその是非を判断すべきかなどのルールも整備しなければ絵に描いた餅ですけれども、そもそもの根本とも言うべき疾患の管理と言うことに関して先日こういう記事が出ていたことを紹介してみましょう。

薬局が健康管理支援…厚労省モデル事業(2014年6月18日 読売新聞)

禁煙や高血圧対策、在宅患者を訪問

 薬局を住民の「健康情報拠点」とするモデル事業に厚生労働省が乗り出した。これまで、医師が処方した薬の調剤などを主に行ってきた薬局に、住民の健康相談や在宅患者への薬の指導など幅広い役割を担ってもらおうというものだ。
 市販薬の適正な使用法を助言し、医療機関への不要な受診を減らして医療費の伸びを抑える狙いもある。モデル事業は今年度予算約2億4000万円で始め、将来的には各地の薬局に広げる。

 薬局の薬剤師は血圧測定や健康相談のほか、喫煙者には禁煙支援も行う。近隣の医療機関に勤務する看護師や管理栄養士にも来てもらい、相談を受けつける。例えば、風邪症状の場合、市販の解熱鎮痛薬の使い方や体調管理について助言し、不急の受診を減らす。
 今年4月から薬局での自己採血検査が正式に認められた。血糖値などの結果を踏まえて減量などの対策を紹介し、必要に応じて医療機関の受診を勧め、病気の重症化を防ぐ
 在宅医療の支援にも力を入れてもらう。地域の医療機関と連携して薬剤師が患者の自宅を訪問、処方薬を自己判断でやめたり量を減らしたりしていないかを確認する。飲み残しをなくすとともに、薬があまり効かない、副作用が強いなどの訴えがあった場合は主治医に伝え、薬の変更を検討してもらう

 東京都足立区の「あやせ薬局」は、筑波大の研究事業の一環として血糖の状態を見るヘモグロビンA1cを店頭で測定。20薬局が参加する、この研究で糖尿病や予備軍と疑われる人は測定者の3割に上った。
 市販薬の情報提供や健康相談にも積極的に携わる同薬局管理薬剤師の長井彰子さんは、「高齢化が進む今後、地域の人の病歴や日常生活を知っているかかりつけの薬局が、病気の予防や早期発見、健康維持に関わるべきだ」と指摘する。
 積極的に取り組もうとする自治体の一つ、高知県は今年度、県内に約400ある薬局の半分程度を、こうした取り組みを行う薬局にしたい意向だ。高血圧対策などに力を注ぐとともに、在宅患者の薬の飲み残し状況を調査する。
 薬局がサプリメントなどを過剰に販売する懸念もある。厚労省は「事業の趣旨から外れないように取り組んでもらいたい。全国の事例を集め、良い取り組みは全国に広げていきたい」としている。

そもそもメタボ健診なども国民の健康状態を把握し早期発見早期治療に結びつけると言う狙いがあったはずですが、日本の場合癌検診などを含めても健診受診率そのものが全体の3割程度と非常に低く、大多数がきちんと健診を受けていると言う欧米諸国と比べると国民全般にわたる疾患スクリーニングと言う点でどうしても拾い上げの段階での力不足が目立ちますよね。
こうした状況の中わざわざ健診のために医療機関を受診せずとも、身近な場所で健康状態を知るとっかかりがあればこれに超したことはなく、そもそも誰であれちょっとした待ち時間などに目の前に血圧計などが置いてあればひとつ計ってみようかと言う気にもなるでしょうから、薬局に様々な支援的機能を持たせると言うアイデア自体は有効性が少なからず期待される政策だと思います。
ただせっかく制度として立派なものが出来たとしても問題となるのはその運用面なのですが、先日こうしたニュースが出ていたことを見ますと「一体国はまともにやる気があるのかどうか?」と少なからず疑問に感じざるを得ませんよね。

厚生労働省医政局指導課、薬剤師、血液採取を手伝えず―検体測定室指針でQ&A(2014年6月23日医療NEWS)

■血糖測定に水道設備設置を

厚生労働省医政局指導課は、薬局等で血糖自己測定等の簡易検査を行う場合に参照する「検体測定室に関するガイドライン」の疑義解釈集(Q&A)をまとめ、都道府県等の担当者に通知した。薬局で薬剤師が受検者の手指に触れて採血を手伝うことはできないとの考えを示したほか、血糖自己測定器を使う場合は、受検者が穿刺前に手を洗うことができるよう水道設備を設ける必要があるなどとした。

検体測定室でのHbA1cの測定等に当たって、受検者から徴取する承諾書の様式については、「任意」としつつ、測定の申込書に「測定に関する説明事項(チェックボックスを付記)」や「受検者が説明内容に同意するか否か」を明記できる欄を設けるよう求めた。

厚労省のQ&Aを見てみますと患者(受検者)本人が自分で採血できない場合について「受検者以外の者が、受検者の手指に触れ、血液の採取を手伝うことは、できません。実施した場合は医師法等関係法令に抵触する可能性があります。なお、自分で血液の採取ができない場合や、検査に必要な量の血液が採取できない場合は、サービスの提供を受けられないことを事前に説明してください。」と明記されています。
言われてみれば確かに御説ごもっともで、薬剤師は侵襲的な採血業務などやっていいことにはなっていないしカリキュラム上もそうした教育は受けていないわけですけれども、一方でこの場合に言う採血というものは患者本人が行う血糖自己測定などと同じレベルの簡易検査で、専用の小さな針で指先をちょっと傷つけて血を一滴絞り出す程度のことですから現実問題さしたる危険があるとは思われず、事実素人がやっているわけです。
それでは検査技師が出血時間などを測定するのはどうなのかですが、あちらに関してはもともと血液採取を行ってよいと言うことになっていたことに加えて、平成27年4月からインフルエンザ用検体など様々な検体採取も行ってよいと法律が改正されたばかりで、この辺りは実際の業務を見て必要だからルールを改めると言う話になっているわけです。
一方で国を挙げて薬局を町の健康ステーションにしようと盛り上がっている矢先に、いやそれは現行の法律上出来ませんと水をかけるようではどうなのかで、この辺りはさっさと法律を改正するなり必要な手配を行っていただきたいところですけれども、こうしたことをやるのにそうした下ごしらえが必要だと言う事前予測は官僚側から政治家に提示しておくべきだったかと言う気もします。

ともかくも当面のところは患者本人が自分でやるしかないと言うことで、横から薬剤師が手は出さないが口は出してやらせると言うことでなければ、患者本人がやり方を知っていると言う前提条件が必要になると思いますけれども、そもそもこうした手技を承知しているような患者はもともと糖尿病で平素から自己血糖測定をやっているような方々でしょうが、そうした人が比率としてどれほどかと言えば決して多くはなさそうですよね。
となると薬局側としては見よう見まねだけで素人に方法論を覚えてもらえるようによほどしっかりした教材なり指導法なりが求められると言うことになりますが、こうしたことを覚えてもらうのに通常病院では教育入院としてしばらく入院してもらうことが多いと言うことを考えた場合に、さてその手間やコストに対してどの程度の報酬を用意するのが妥当なのでしょうか。

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コメント

私が気付いたのは、「主治医制度」の院内処方規定をめぐるゴタゴタからですが、
最近の厚労省の調剤薬局に対する姿勢はチグハグですな。

投稿: JSJ | 2014年7月 3日 (木) 08時34分

ここまでやってはじめて医薬分業の意味が出るので大歓迎。
ただちょっと気になったのが、

> 薬局がサプリメントなどを過剰に販売する懸念もある。

ホメオパシーその他代替医療って薬局にも滲透してましたっけ?
怪しげな布教所にならないかだけは心配なんですが。

投稿: ぽん太 | 2014年7月 3日 (木) 09時02分

薬剤師 ホメオパシー
でググってみたらおもしろいよ

投稿: | 2014年7月 3日 (木) 10時08分

早速私の外来にも、自動車運転免許の許可に関する医師の意見書みたいな書類を持ってこられた方がいました。たしか警察からの書類で、1年以内に意識消失があったか否か、運転を控えるべきか、前兆を自覚できているか、血糖管理ができているか、今後6か月以内に運転を控えるべきとはいえないとの診断ができる見込みがあるか、などが問われる書類でした。
当方いわゆる地方の小都市で、自動車なしに生活は無理といってよい場所です。長年みさせていただいているよくコントロールされた患者さんの場合、中等度以上の低血糖の可能性が低くても、どのような患者でも可能性なしとは言えません。運転不可の判断をするのは相当困難ではないかと思います。
認知症や脳梗塞後遺症などで明らかに運転しないほうが良い方に運転禁止というのとは、患者さんの年齢や社会的立場が異なる場合も多くて状況が異なります。書類を持ってこられたのはよくコントロールされたⅠ型糖尿病の方でした。
また低血糖を絶対避けるようなコントロールだと、せっかくコントロールされていた血糖がかなり悪化すると考えられ、悩ましいです。
もちろん事故を起こしてもいい、という話ではありませんが。

投稿: あざらしくん | 2014年7月 3日 (木) 10時09分

ちょうど日本精神神経学会が患者の自動車運転に関するガイドラインを発表したそうで、今後は関連諸学会においてもこうしたガイドラインの類が整備されていくのではないかと思われます。

患者の自動車運転ガイドラインが精神科医に向け公表へ
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/int/201407/537310.html

他人に迷惑をかけるから公的に規制するのが妥当と言う問題に関して例えば結核と言う事例があって、これに関しては排菌しているかどうかと言うごく判りやすい基準があるわけです。
JBM的対応も迫られる時代だけにこうした判りやすい指標が欲しいと思う反面、職場健診などと同様基準だけで判断していると仕事にならないと言う現実的な問題もあるので難しいところですね。
最終的にはガイドラインに加え患者本人の意識や業務上の必要性も加味して総合的に柔軟に対応するしかないと思いますが、危険性の高い患者を十分な管理も禁止もせずただ漫然と抱え込むことは極めて危険かとは思います。

投稿: 管理人nobu | 2014年7月 3日 (木) 11時08分

「低血糖」でまた人身事故=運転男性、危険運転疑い―大阪
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140704-00000094-jij-soci
時事通信 7月4日(金)13時39分配信

 3日午後6時半ごろ、大阪市東住吉区今林の今里筋で、同市の男性会社員(49)が乗用車を運転中、信号待ちの車に追突した。相手の男性運転手(55)が首に軽いけが。追突した男性は府警東住吉署に「低血糖症で事故の少し前から意識をなくしたと思う。医師から運転を控えるよう言われていた」と話しており、同署は自動車運転処罰法違反(危険運転致傷)容疑を視野に調べている。
 同署によると、男性の車は追突後も約70メートル走行して停止。追突された運転手が駆け寄った際もしばらく意識がもうろうとした状態だったという。男性は同署に「普段は運転しないが、雨が降っていたので自家用車で通勤した」と説明している。

投稿: | 2014年7月 4日 (金) 16時23分

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