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2014年6月27日 (金)

転換点を迎えつつある高齢者の医療と介護

現役世代においてメタボ健診からの生活習慣病早期対応が重視され、職場でも今どきウエスト周りが太めな方々などすっかり肩身が狭いと思いますが、一方で歳をとってくると逆にやせ型でコレステロールが低い人ほど要介護のリスクが高まると言うのですから、一体健康とは何なのかと疑問に感じないでもないですよね。
そんな誰しも将来に不安を覚えずにはいられない時代に介護領域の人材不足は未だ全く解消しておらず、一方で需要は増えるばかりとなればますます3Kだ、いや4Kだとどこかの家電製品のようなスペック自慢が続いていますけれども、さすがにこれはどうかと考えたのか国も何度目かになる人材不足対策を検討していると言います。

「3Kイメージ」払拭を! 介護人材確保で新たな有識者会議(2014年6月5日官庁通信社)

介護業界のマンパワー不足を解消する方策を話し合うため、厚生労働省が新しい有識者会議を発足させた。

4日に開催された初会合では、専門家で構成する委員が意見交換を実施。委員からは、介護業界に対する負のイメージが問題を深刻にしているとして、状況を改善する取り組みの強化を求める声が相次いだ。厚労省は、今年の夏から秋にかけて実施すべき対策をまとめ、その後の政策に活かしていく考えを示している。

新たな有識者会議では、介護サービスを支える人材を確保していくための方策を、幅広い視点から総合的に議論するという。厚労省は論点として、キャリアパスをどのように構築していくかや、現場を離れた人に戻ってもらうために何をすべきか、結婚・出産がきっかけの離職をどう減らすかなどをあげた。介護福祉士の養成課程をめぐる議論は、国会で審議されている法案の成立後に本格化する見通しだ。

厚労省は今後の検討に向けて、「何か1つの対策で解決する話でもない。あらゆる施策を総動員して課題の解決にあたっていきたい」との考えを示している。

意見交換のなかでは、いわゆる「3K」などの悪い印象を一面的に持っている人が多い現状について、対策をうって改善するよう求める声が多く出た。具体策としては、「介護の尊さや魅力、やりがいに焦点をあてた発信をすべき」「高齢者の自立や尊厳を守る専門職として確立し、そのイメージを広げていくべき」といった提案がなされた。

まあしかし、そこらの飲食店アルバイトも人が集まらないからとうちは時給1000円だ、いやこちらは1500円だと競って人材確保に走らなければならない時代に、残念ながらただでさえイメージの悪い介護業界が全業種最低クラスの給与水準に甘んじていると言う時点で本気で人を集める気があるのかと言われるだろうし、そんなレベルの給与しか出せない報酬水準を設定している国の責任をもう少し真剣に考えていただく必要はあるでしょうね。
無論介護報酬が公定価格であるからこそ給料を思うように上げられないと言う側面もあって、何しろ医療介護コスト抑制が国の社会保障政策の根幹として取り上げられるようになって久しい中でそれを大幅に引き上げるのは財務省界隈の賛同が得られるものとは到底思えずですが、介護の場合別に混合診療禁止と言ったルールもないわけですから他よりも高い料金を取ってその分高質なサービス提供をうたう施設もあるわけです。
利用者から必要十分な報酬を得た上で利用者サービスの向上にもコストを使い、そしてその一助として優秀なスタッフにも給与という形で投資するとなればこれは双方に利益のある話ですが、もちろん質が良いに超したことはないけれども現実的にそんな高い費用は負担できないと言う利用者も決して少なくないわけで、今後地位向上が進められると各レベルのサービスがバランス良く提供されるかどうかも重要ですよね。
いずれにしてもこうした話は需要が今後も何ら制約を受けることなく増え続けると言う前提での供給側の改善に関する議論ばかりなのですが、さすがにそれだけでは何ら問題の根本的解決につながらないと言うことが明らかでもあって、このところようやく原因対策とも言うべき需要側の問題も公の場で議論されるようになってきています。

「延命治療」「寝たきり」を減少に向かわせる契機に 国際医療福祉大大学院教授 高橋 泰氏に聞く(2014年6月26日日経メディカル)より抜粋

(略)
 今回の診療報酬改定の柱の一つとして、入院患者の「在宅復帰」の推進が掲げられた。診療報酬改定で在宅への移行を促すのは今に始まったことではないが、今改定はこれまでにないほど強力な誘導策が盛り込まれており、地域包括ケアシステムの構築に向けた厚生労働省の強い意思を感じ取ることができる。

 だが、高齢の患者を在宅に帰すことは容易ではなく、筆者は、入院から在宅への移行は大きく進まないのではないかとみている。そこで浮上するのが、「高齢者にどこまで治療をするか」という問題だ。

 診療報酬改定の影響で、病院はこれまでのように高齢者を長期入院させることが難しくなるが、かといって在宅復帰も困難。そうなると現場では、長期入院につながる延命的な治療をすべきかどうかという選択を迫られる局面が増える。その選択の如何によっては、わが国の医療・介護提供体制の姿も大きく変容していくと考えられる。
(略)
 今後、急性期から慢性期まで様々なタイプの病院が在宅復帰を強化することになるが、問題は、その受け皿となる在宅医療・介護の提供体制だ。若年労働者の確保が、業界を問わず難しくなっている中、医療・介護業界が一定の労働力を確保して在宅医療・介護を大きく拡充することは容易ではない。今後、大都市部を中心に高齢者人口が大幅に増え、在宅医療・介護のニーズも増大する一方で、そのニーズに見合うだけの供給を用意することは、今のままでは相当難しいと言わざるを得ない。

 そもそも、地域包括ケアシステムのお手本となっている北欧では、寝たきり高齢者の在宅介護がほとんど存在しない。食事を経口摂取できなくなったような場合、経管栄養などで延命を図らずに「自然な形」で看取ることが一般的であり、寝たきりになる前に亡くなることが多いからだ。地域包括ケアシステムがわが国で本格稼働しても、増大する寝たきり患者に在宅で対応することは難しいとみられる。

難しい判断を迫られる医師、患者
 今後の診療報酬改定でも、在宅復帰への強力な誘導が継続されるのはほぼ確実。入院医療の現場では、患者の在宅復帰率を高めなければならないのに、その受け皿が見つからないという事態に直面するケースが多くなるはずだ。

 そうした場合に何が起こるか。まず病院が、高齢者を入院させる段階で、「在宅復帰困難事例にならないかどうか」、つまり退院後に転院や在宅でのフォローが可能かどうかを、より厳しく見極めるようになる。診療所が患者を紹介しようとしても、「退院後は在宅で診てくれますよね」などと念押しされるケースも増えてくるだろう。

 また、高齢者の退院時には「もっと入院させてほしい」と望む患者・家族と、「長期入院させられない」という病院の間でコンフリクトが生じる。これは今でも現場の悩みの種となっているが、そうした局面はさらに増えるとみられる。

 ここで出てくるのが、そもそも「長期入院につながる医療行為」を実施すべきなのかどうかという議論だ。例えば、状態が重く、回復が見込めないような超高齢者の脳卒中のケースで延命措置を図るか、食事を摂れなくなり今後も経口摂取が困難な場合に胃瘻の造設などを行うかといった議論が、これまで以上に現場でなされるようになることは想像に難くない。

 「延命治療をすれば生き永らえるかもしれませんが、急性期病院から転院したとしてもその後長期入院することは難しく、人工呼吸器やチューブをつないだまま在宅で診てくれる医師を探し出す必要があります」――。主治医がそんな説明をする機会が増え、患者・家族も難しい選択を迫られることになるだろう。

 そうした局面で、「それならば積極的な治療を施さなくても構わない」という選択をする患者・家族が増えてくるのではないかと筆者はみている。
(略)

まあしかし退院しようにも行き先が見つからないケースが増えてくるとして、その行き先を誰が見つけるべきなのかと言う責任の所在も医療現場で議論されるべき大きなテーマではあるのですけれどもね。
ともかく高齢者医療・介護の需要を制限するとなると「人の命を何だと思っているんだ!」「弱者である高齢者の切り捨てだ!」と一部の方々から大きな声が上がるのは見慣れた光景ですが、さすがにこれだけ寝たきり高齢者が身近なものとなってきますと国民一般の認識はもう少し先を行っていると言う印象もあって、少なくとも何が何でも平均寿命向上に貢献しなければと固い決意を固めている方々ばかりでもないですよね。
当今の医療・介護の現場で「人の命は地球よりも重い」などと言う思考停止的なお題目を無邪気に信じ込んでいる人もそうそういないと思いますが、人の命にかかるコストが厳しく問われるようになった時代だからこそどこにコストをつぎ込むべきか、あるいはどこからコストを削ってくるべきかが非常に厳しく問われるようになってきていますし、まして当事者が「いや、そこまではして欲しくない」と内心思っているならなおさらだと言うことです。
その意味でようやく財政的な方面からの圧力と言う形ではあるとは言え、終末期のあり方に関して妙なタブー抜きでぶっちゃけた議論が出来るようになってきた現状は歓迎すべきだと思いますし、患者や家族の側でも「全て先生にお任せします」ではなく不要な医療は不要だとはっきり表明していかなければかえって良い結果にならないことを認識しておかなければならないはずです。
いきなり北欧諸国のように「配膳はしてくれるけれども自力で食べられなくなればそのまま何もせず看取る」レベルにまで国民認識が一般化するとも思いませんが、少なくとも自分はそういうやり方で逝きたいと考える人がいても全く問題ないし、各人が必要な医療を求めることと同じくらいの熱心さで不要な医療を断るようになれば、医療現場のあり方も今とはずいぶんと違ったものになってくるかも知れません。

他方で社会の側から見ると物作りもどんどん海外に出て行っている時代に国が強力に抑制しなければならないほどの需要増加が続いている医療・介護領域こそ優良な成長産業だと言う考え方もあって、実際に近年の政権はいずれも医療・介護領域主導による経済成長戦略などと言っているわけですが、一方で高齢者介護は何も生み出さない非生産的産業だと言う指摘もありますよね。
ただ日本の人口が減少しつつあると話題になっていますが、実際に働いている労働人口の減少はそれよりもさらに急速に進んでいて、今や日本人の半分しか働いていないと言われる中で、それでは何故働く人が少ないのかと言われれば子供が多いと言う理由ではもちろんありませんから、大きな理由の一つとしてやはり退職後の高齢者人口の比率がどんどん高まっていると言うことが挙げられるかと思います。
この点で国は年金支給年齢の引き上げとセットで定年をどんどん延長しましょうと言っていますが、世間の企業でも歳がいって生産性が低下しているのに給料ばかり高くなっている高年齢労働者を誰彼構わず丸抱えさせられるのはやはり厳しいだろうし、年配者1人分を継続雇用するために若者2人の雇用をあきらめる必要があるとなれば社会再生産に最も大きく関与する若年世代にとっては全くありがたくない話です。
それならまだまだ元気な年配の方々にこそ人手不足で苦労している介護領域でどんどん働いてもらえるような政策誘導もあっていいはずで、何しろ近い将来自分達も同じような境遇になる可能性が高いのですから思うところも多々あるでしょうし、そうした現場の実際がどうなのかと言うことを実体験として見聞しておくことがいざ自分のこととなった際の意志決定にも少なからず影響するのではないかと言う気がします。

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コメント

特に厚生労働省の有識者会議って、ほとんど意味がないようなことばかりやっているように思えるのは、わたしだけ?

まあ、会議に参加されている有識者というのに問題があって、常識人が少なすぎるんですよね。
だから、有識者会議=バカが好きなことを言っている会議だと思われるのです。
もっとも、厚労省の会議は最初から発言内容もおおよそ決まっており、シナリオ以外のことは発言するなと言われているようですが。

投稿: hisa | 2014年6月27日 (金) 08時53分

利権排除とかで当事者は呼ばずに門外漢ばっかで議論してる会議もあるそうですね。
視点が変わるのはいいけど現場無視でトップダウンされてもどうなんだろう?

投稿: ぽん太 | 2014年6月27日 (金) 09時00分

仮説ですが、
ようするに肥満こそがピンピンコロリへの道なのではないでしょうか。

投稿: JSJ | 2014年6月27日 (金) 09時10分

>「介護の尊さや魅力、やりがいに焦点をあてた発信をすべき」
>「高齢者の自立や尊厳を守る専門職として確立し、そのイメージを広げていくべき」
どこのブラック企業の経営者の発言ですか。

投稿: JSJ | 2014年6月27日 (金) 09時13分

ちなみにゼンショーホールディングスの会長兼社長の株主総会での発言
「賃金だけでなく、(ゼンショー)グループで働くことで、たとえば迅速な商品提供や丁寧な接客など、社会に出たときの財産になるような働きがい、主婦の方でいえば、働くことでの生きがいを共有していきたい」

投稿: JSJ | 2014年6月27日 (金) 09時22分

>高齢者介護は何も生み出さない非生産的産業だと言う指摘

それを言っちゃえばペット関連産業も非生産的産業ですし、
娯楽産業も非生産的産業です。

投稿: hhh | 2014年6月27日 (金) 10時08分

介護の仕事そのものよりも
職場内イジメやらが蔓延してそうな世界に足を踏み入れたくないな

投稿: | 2014年6月27日 (金) 11時24分

>だから、有識者会議=バカが好きなことを言っている会議だと思われるのです。
>どこのブラック企業の経営者の発言ですか。

思うにこの種の「御高説ごもっともで直接的に反論することは難しいけれども、結局は何も言っていないに等しい言葉」ばかりが並ぶ会議と言うのはあまり実りあるものと言うイメージが抱けません。
ただ政府や厚労省にとってみればこういうどうとでも利用可能な言葉の方が有り難みも使いでもあると言うもので、これら発言をいい具合に切り貼りして並べればどのような思うままの結論も導き出せそうです。

投稿: 管理人nobu | 2014年6月27日 (金) 11時48分

だってお国の嫌がるコメント出す人呼ぶわけないじゃないw

投稿: aaa | 2014年6月27日 (金) 12時05分

成果があがらなかったら誰か責任とるの?

投稿: | 2014年6月27日 (金) 16時22分

誰も責任取りません。先送りになるだけ。

投稿: | 2014年6月28日 (土) 18時19分

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