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2014年5月26日 (月)

救急搬送を巡る最近の問題点の所在

いわゆる救急と言う業務に関して、その両輪となるのが現場から患者を運ぶ救急隊とそれを引き受ける救急医療機関と言うことになりますけれども、救急業務が需給逼迫し云々と言う文脈で昨今報道される機会の多くなっているのは前者と後者それぞれの需要に対する供給不足があるからと言う言い方も出来ますよね。
このうち前者に関して言えば基本的に呼ばれれば現場に出動して患者を運ぶだけなのだから、後者の受け入れ体制さえ整備されれば自然と仕事も回るようになるのでは?と考えられがちですけれども、救急隊は救急隊でそれなりに大変なんだと言う記事が出ていましたので紹介しておきましょう。

【参考】呼んだのに「もうええわ」…救急車の不搬送2割! 全国で突出する大阪市 「ゴキブリこわい」で119も(2014年5月21日産経新聞)

相応に長い記事なので各自参照いただきたいところなのですが、あからさまな目的外使用の類は論外ですけれどもこれはこれでどんな業務であっても一定確率で発生し得ることで、それよりも気になるのが救急要請で駆けつけたものの当の本人が搬送してもらわなくてもいいと拒否したケースで非常に長引くと言う事例が多いようだと言う点です。
ちなみに救急搬送と言うと呼ばれれば行かなければならないと言った義務の方が注目されることが多いですが、これまた個人の自由優先ということで本人が拒否すればどうしようもないと言うことがあるようで、そもそも拒否するくらいなら救急車を呼ぶなと言うことももちろんあるのですけれども、救急医療の現場を見ても判るように明らかに命の危険が迫っているような状況でも全力で治療を拒否する方もいらっしゃるわけです。
こうした場合に本人の自己決定権を尊重してそのまま放置すべきなのか、それとも本人が冷静な意志決定能力を欠いているとして押さえつけてでも対応すべきかと言うのは非常に微妙な判断を要することが多く、とりあえず言えることは近年JBM的観点から本人希望通り放置すると言う選択枝が増えてきた、そしてそのためにどのような文言条件が必要なのかと言うことも現場に周知されるようになったと言うことでしょうか。

いずれにせよもちろんこれはこれで救急隊も大変なんだと言う話ですが、医療の側からみると実はこうした乗る、乗らないの段階で揉める手合いの多くは病院に来る前に話が決まって騒動が終わっていることが多いので実はさほど深刻な危機感を抱くことがなく、たまに顔見知りの救急隊員から「実は…」とネタバラシでもされなければトラブルがあったこと自体気づかずに終わりと言う場合が多いように思います。
あるいはその逆で救急隊はそれほどに考えていないのに医療の側では深刻に受け止めるケースと言うものも少なからずあって、基本的には医学的判断能力の差に由来するということなのでしょうけれども中には救急隊がわざと情報を隠していたようにも思えるケースもあって、時折受け入れ側の病院と救急隊との間で深刻なトラブルに発展すると言うこともままありますよね。
場合によっては人の命がかかっていることですからこのあたりのギャップを何とかしようと言う考え方は昔からあって、救急搬送の初期段階から医師が判断に関与すべきだと言う意見もあればただでさえ多忙なのにそんな業務にまで人手が出せるかと言う声もありと言う状況ですが、やはりある程度初期段階から専門的判断を介入させた方が結局は後の手間は大きく減らせるようだと考えられるのがこちらのニュースです。

大人版「♯8000」導入で軽症の受診抑制- 埼玉県、10月から救急電話相談開始(2014年5月23日CBニュース)

 軽症者の救急車利用や救急医療機関への受診を減らそうと、埼玉県は小児救急電話相談をモデルにした大人版「♯8000」を導入する。大人を対象にした救急電話相談は、東京都や奈良県、香川県などで導入されており、相談者が自身の判断で受診を控えるなど効果を上げているという。埼玉県は今年10月から始める方針で、相談者の不安を解消して受診を減らし、救急医療機関の負担軽減につなげたい考えだ。【新井哉】

 昨年1月、埼玉県久喜市の男性が救急搬送時に病院から36回断わられて死亡する事案が発生したことなどを受け、県は救急車にタブレット端末を導入したり、医療情報システムを使って隣接する群馬県と連携を図ったりするなど、救急医療体制の強化に力を注いでいる。
 こうした救急医療に関する施策の中で、2007年度から始めた小児救急電話相談が効果を上げつつある。12年度に二次救急輪番病院などを受診した軽症の小児は、電話相談の導入前の06年度に比べて約23%減ったという。
 大人版を導入した場合、県は「救急医療機関の負担軽減や救急車の適正利用について効果が期待できる」と判断。先行して大人版電話相談を行っている自治体の取り組みについて調査を行うなど、導入に向けて準備を進めてきたという。
 大人版の相談件数については、年間2万4000件を見込んでおり、「このうち約7割が当日の受診を控える効果がある」と想定している。

ちなみに同県HPによればこの電話相談業務を行っているのは看護師なのだそうで、これまた看護師に本当の重症が見分けが付くのか、逆に救急隊同様オーバートリアージになって何でも病院に来させるのではないかと言った懸念もあれば、相談に従って重大な状況になった場合誰が責任を取るのかと言った話もあるでしょうが、件数からして明らかに受診の必要なしと言うケースを除外出来るだけでも元は取れそうには思いますね。
しかし人生の一時期だけしか関わることのない子育てなどにおいて特に顕著に感じますけれども、核家族化からさらに独居当たり前と言う時代になって世代間の経験値継承と言うことがうまくいかなくなってから、昔であれば家庭内でちょっと年長者に聞けばすぐに解決するような問題が直接専門家の元へ持ち込まれると言うケースが増えているのでしょうが、今後ネットなどがそうした相談を引き受ける場合も増えていくのでしょうか。
もちろん専門家と言っても商売として業務拡大大歓迎と自ら新規顧客をどんどん呼び込んでいる業界ならそうした風潮も望ましいのでしょうが、医療の場合は警察や消防などと同じく社会資本的側面が根強く、しかも需要に対して供給は不足気味な状況ですから無闇矢鱈と不要不急の業務にリソースを投じると言うわけにもいかないと言うことです。
その意味でしばしば問題視されやすいのがいわゆるコンビニ受診に代表されるような軽症であるにも関わらず重症向けの医療サービスを浪費してしまうと言うタイプの受診者なのですが、例え重症であったとしても本来医療リソースを過剰消費しなくても済むはずだったのに手違いからそれが行われてしまうと言うタイプの受診者もまたこのところ問題視されるようになってきています。

末期の在宅患者の救急搬送に疑問(2014年5月9日日経メディカルナーシング)より抜粋

質問
 都内の救命救急センターに勤める看護師です。ここのところ、当院以外の病院で治療していた癌や非癌の終末期患者さんが救急搬送され、心肺蘇生するケースが増えています。直前まで訪問診療や訪問看護を利用し在宅療養していた方々です。「最期は在宅で」ではないのですか?おかしくないですか?

回答者
坪内紀子(おんびっと[株]代表取締役)

 明らかにおかしいです。個人的に、もしくは勤務先の誰かを通じてでも構いませんから、訪問診療していた診療所の医師や事務長、訪問看護師たちをどうぞ怒鳴りつけてください――というのが私の思いです。
 「怒鳴りつけて」頂きたい理由を、順に説明していきましょう。

 率直に言うと、質問にあるようなケースが増えてきているのは、訪問診療を行う医師や訪問看護師と、患者・家族との間の信頼関係不足に端を発しています。もっと言えば、目の前に今にも死にそうな患者がいるにもかかわらず、間違いなくそこまでやってきている「死」について在宅医や訪問看護師がご家族と話す機会を設けることなく、挙げ句、揺れ動くご家族の心のひだにも気付かず、本人・家族のニーズにも目をくれず、自分たちのスケジュールの都合で訪問診療や訪問看護を提供した結果、起こっていると考えます。
 自分たちの心が揺れ動いている状態の時に、目の前で身内である患者が苦しそうにしていたり呼吸の様子がおかしかったりすれば、家族は信頼関係が希薄な在宅医や訪問看護師に訪問の依頼や相談をするより、救急車を呼んでしまうでしょう。今回の質問にあった事例はまさにその典型です。せめて退院時カンファレンスを開催し、急変時の搬送の受け入れについて退院先に確認しておけば、救急搬送は回避できたかもしれないのに、それすら十分なされていなかったケースと言わざるを得ません。
 正直、119番される救急隊だっていい迷惑です。ましてや、医療先進国で救急車を無料で要請できるのは日本だけ。こうした状況を放置しておけば、ひいては「税金の無駄遣い」と言われる事態にまで発展しかねません……。
(略)
 では、在宅患者さんが最期に路頭に迷わないようにするには、訪問看護師としてどう関わっておけばいいのでしょう。日本には素敵な言葉があるじゃないですか~。「備えあれば憂いなし」です。
 その「備え」とは……

(1)退院時カンファレンスの開催を訪問看護側が病院側に積極的に要望し、参画する(カンファレンスの場で、揺れ動いている家族の心情をキャッチしたならば、その場で、再入院の受け入れの是非を病院側に確認してください)
(2)患者・家族と早期に信頼関係を構築する(早ければ早いほどいいのは当然。ただし、患者・家族はそう感じていないのに、医療者たちが勝手に「構築できた」と勘違いしている場合がよくあるので要注意)
(3)患者・家族に対して適切なケア内容および訪問頻度を提示し、選択機会を提供する。そして説明責任を果たすこと(米国では、介入時の訪問看護のアセスメントは必須で、結果を政府へ提出する義務があります。「そんな仕組み、日本になくてよかった」と思った人は、考えを改めることをお勧めします。)

 以上3点を常に行うことで、無駄な救急搬送は回避できると私は信じています

 中には、難しい状況もあります。特に、退院直後(退院から概ね1週間程度)です。多くの在宅医療従事者は、この短い間に患者と信頼関係(ラポール)を構築するのは困難です。この場合は、「怒鳴りつける」対象から外して頂きたいと思います。訪問頻度が訪問看護師より少ない医師の場合、なおのことです。
(略)
 一般的には1週間以内で信頼関係を構築することは困難ですが、方法によっては必ずしもそうとは限りませんし、ましてや1週間以上の期間が確保できているならばなおのこと、在宅医療従事者が患者・家族との信頼関係に基づいた療養環境を創り出さないといけないのではないのでしょうか。それをしないことには、質問にあったような無意味な救急搬送がいつまでも繰り返され、在宅医療に将来はないのではないか……とさえ思います。

国策として病院から施設へ、さらには在宅へと言う流れになっているのは基本的にはその方が安くつくからと言う財政上の問題が大きいわけですが、利用者の方々も重々ご承知のように全国どこでも急性期医療機関は常時満床(と言うよりも、そうしなければ経営が成り立たない診療報酬体系になっている)でリソースに全く余裕がないわけで、看取り目的の方々を受け入れる余力などないと言うことも大きく関係しています。
その点で在宅や施設等からの高齢末期患者の搬送、それも治療目的と言うよりもいわゆる看取り目的での搬送はおかしいのではないかと言う声は今に始まったことではなく、もちろん施設によっては様々な理由から施設看取りは一切行わないと宣言し入所者家族にも同意を得ていると言う場合もあり、今回の記事のように「勝手に末期患者を押しつけられる」医療側との間でトラブルに発展することもままあります。
それ以上に悪名高いのがもともと現状のまま看取る、救急搬送はしないと言うことで入所時から話はついていたはずなのに最後の最後で何故か救急車を呼ばれ搬送されてしまうと言ったケースで、どうも中にはいざその時になって施設側から暗に搬送を迫られると言ったケースもあるようで、当然ながら無駄に医療リソースを食いつぶし、何より本来平穏たるべき最後の時間を無駄に騒がせることになるのは不幸な話ですよね。
回答者の言い方は厳しいところもありますが、こうした構造的問題によって患者本来の意志が歪められている状況に対しては受け入れる医療機関側にしても迷惑を被っているわけですから組織としてクレームを入れる権利はあるでしょうし、あまりに悪質であれば特に地方では地域内医療機関でよく話し合いの場を持ち、場合によっては問題施設からは一斉受け入れ拒否と言った形での圧力もありなのかなと言う気がします。

診療報酬改定によって主治医報酬なるものが設定され24時間対応を求められる時代になってきた、その結果この辺りの事情が今後どう変わっていくかですが、主治医報酬の算定要件をみても日常の管理を任されているだけでいざ急変となった時の対応までは求められていないし、そもそもそうした対応能力がない先生であっても主治医報酬を取ることは出来る(診療科を問わない)と言う制度になっているわけです。
例えば近年いわゆるコンタクトクリニックの算定要件が厳しくなって眼科の先生も何かと経営が大変になっていると言いますが、そうした眼科の先生であっても制度上の要件さえ満たしておけば基礎疾患数多の患者の主治医となって報酬を得ることは可能であるわけで、全身的な管理と言った能力面の問題はひとまず置くとしてもこうした末期対応に関する経験値が十分にあるとはとても考えられませんよね。
その結果とりあえず24時間の電話番は勤めるものの、実際に何かあれば「あ、それは近所の救急病院に行って」で済ませてしまうケースも増えるのではないか?とは懸念されるところなのですが、当然ながらこうした対応を取られたのでは患者の方でも困るでしょうし、どんどん逆紹介を進めたい大病院の先生にとってもとても患者を任せられないと言うことにもなりかねません。
在宅看取りと言うことに関しては本当に担当医の裁量あるいは熱意に依存するもので、最初は「先生はもう私達のことは見捨てると言うことですか!?」と逆紹介を嫌がっていた患者家族もいつでも熱心に往診してくれる紹介先の先生に自宅で看取ってもらい非常に感謝していたと言うこともままあるわけですが、この辺りをしっかりやってくださる先生方にこそそれなりの見返りを…と考えてしまうのはおかしな話なのでしょうか?

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コメント

実際問題として看取りまではできないって施設もあるんだとは思います。
それだったら最初から引受先の病院に話通しとけよって気もしますけどね。
とにかく死ぬまで引き受けるってことの意味を分かってない感じですね。

投稿: ぽん太 | 2014年5月26日 (月) 08時37分

施設or在宅で看取るには24時間対応してくれる医師確保する必要がありますね
主治医の先生がそこまでやってくれるでしょうか?

投稿: | 2014年5月26日 (月) 10時28分

それらも含めて最終的にはどれだけの報酬がつくかだと思いますが、現状では救急車で搬送して病院で死亡診断書を書かせた方が安くつくと言う判断なのでしょうかね。

投稿: 管理人nobu | 2014年5月26日 (月) 11時42分

自宅に帰ってても担当の先生がいるならそちらに真っ先に連絡すればいいのに、って思うんですが…
開業医の先生だったら救急車は受けられないってことなんでしょうか?

投稿: てんてん | 2014年5月26日 (月) 14時26分

日本では、自宅での死に家族がなれていないので、どうやっても慌ててしまって救急車を呼ぶパターンが多いです。
在宅医療になれておられる先生は、口酸っぱく「救急車を呼ぶな」と指導されますが、それでも一定数はやむをえないのが現状です。

>開業医の先生だったら救急車は受けられないってことなんでしょうか?
診療所には、救命のための医療リソースがありませんので。そのために救急指定病院があるのです。

救急車到着時には、救命が必要か、そうでないかを瞬間的に判断する方法がないので、救命しなければならないんです。
たとえば、家族が「心臓マッサージは必要ない」と言ったとしても、それが家族の総意である保証がなく、後々訴えられれば救命可能性を奪ったということで負ける可能性もあります。また、必要ないと言った家族が虐待は犯罪の当事者である可能性もない訳ではありません。これらは数分を争う場面では判断不能です。

投稿: おちゃ | 2014年5月26日 (月) 20時05分

私が過去に勤務していた精神病院では、医者よりも看護師の方が院内での看取りを嫌がる傾向が強かったです。
ひどい例を挙げると、90代後半の患者さんについて主治医が事前に家族からDNRの了解をとってカルテに記載しているのに、呼吸状態が悪化したときに家族をたきつけて救急搬送させようとする看護師がいました。

投稿: クマ | 2014年5月26日 (月) 21時35分

そりゃ医者は死亡宣告すりゃ終わりだから楽でいいだろうさ

投稿: | 2014年5月27日 (火) 07時15分

>そりゃ医者は死亡宣告すりゃ終わりだから楽でいいだろうさ
死後処置のことを言っているのなら、それなりの料金を徴収して実施者に手当てを支給するんじゃダメですか?
ちなみに今は料金も徴収しないかわり一切の死後処置をしません、という施設も存在しますが。

投稿: JSJ | 2014年5月27日 (火) 08時22分

>おちゃ さん

いまのところまだきちんと対応出来る状況にないということでしょうかね。
お金で報われるようになるだけじゃ状況は変わらないでしょうか。

投稿: てんてん | 2014年5月27日 (火) 12時20分

てんてんさん

開業医(クリニック)で処置できるような病状は、救急車が必要ない病状に限られますから、開業医が救急車対応をするようなシステムはそもそも必要ないわけです。
つまり、救急車の不適切使用が本質であって、開業医が救急車が診られないことは関係がありません。

マスとしての日本国民には清廉潔白なほどのモラルは期待できないわけですから、介護タクシー代より高い使用料を課すべきだと考えています。そうすれば、多くの救急車利用は自然と適正利用(一部社会層以外)となっていきます。

投稿: おちゃ | 2014年5月27日 (火) 13時12分

それでも救急車有料化に反対する人がいるんだよね

投稿: たまごん | 2014年5月27日 (火) 14時09分

救急車は事故現場で間に合わない ドクターヘリはいい 現場が車で1時間かかる所ドクターヘリは30分で行ける 9月9日は救急の日ですが 救急の日はドクターヘリの日です 救急車はあぶないね

投稿: ドクターヘリ大好き | 2014年6月 8日 (日) 16時52分

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