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2014年5月

2014年5月31日 (土)

安全は何よりも勝る?

本日の本題に入る前に、以前に鳩をゆうパックで送ることが出来ると言う話題を紹介したことがありますが、この郵送で生き物を送ると言う行為はかなり広範囲に行われているようで、その結果こんな意外な事件も発生してしまうと言うことです。

ゆうパック:「遅配でクワガタ全滅」採集家が日本郵便提訴(2014年5月28日毎日新聞)

 ◇「腐ったので廃棄」死骸も「標本として価値」

 宅配サービス「ゆうパック」の配達が遅れたことが原因で荷物のクワガタ240匹が死に、死骸も無断で捨てられたとして、大阪府の昆虫採集家の男性が、日本郵便(東京都千代田区)を相手取り、19万2000円の賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。同種のクワガタは数千〜数万円で取引され、標本の価値も高いという。28日に第1回口頭弁論があり、日本郵便側は争う姿勢を示した。

 訴状などによると、男性は沖縄県の昆虫店の注文を受け、鹿児島県の奄美大島で「アマミノコギリクワガタ」を採集。昨年7月2日、240匹を沖縄へゆうパックで送った。
 ところが、到着予定日の7月4日に届かず、男性が問い合わせたところ、郵便局側のミスで熊本県に誤配されたことが判明し、男性は奄美大島への返送を依頼。男性側は7月6日に届いた時点で「クワガタは全て死んでいた」としている。
 更に男性が弁償を請求したのに対し、郵便局は死骸を預かり、同9日に「死骸の価値は0円」と弁償を拒否。死骸を返すよう求めても「腐ったので廃棄した」と言われたという。男性は「死体を防腐処理すれば標本として販売することもできた。『死骸だから0円』というのは不誠実」と訴える。昆虫店への販売代金は1匹当たり雄1000円、雌600円で240匹分の代金の賠償を求めている。

 一方、日本郵便側は、誤配したことは認めたが、男性に届けた時点で「7匹しか死んでいなかった」と反論。預かった死骸も240匹ではなく140匹だったとしている。代理人弁護士は「男性に返そうとしたが連絡がつかず、腐って業務に支障が出たので捨てたようだ。動物の取り扱いに関しての約款はなく、配達中に死んだとしても免責される」と主張している。
 日本郵便によると、昆虫については▽人に危害を与えない▽死ぬ可能性があることを承諾する−−などの条件で、ゆうパックで送ることができる。【堀江拓哉】

 ◇国内最大級 ペアには数万円の値も

 アマミノコギリクワガタ 鹿児島県の奄美群島などに生息する。雄の体長3〜8センチ程度で、国内のノコギリクワガタでは最も大きい。8センチ近い雄の生体は雌とのペアで数万円で売られることもある。希少な色や形だと標本の方が高価な場合も珍しくないという。

どうも双方の言い分がずいぶんと食い違っていることから裁判は難航しそうですけれども、一般論として考えるとゆうパックと言うものが生き物を送るのに特化したサービスであるとはちょっと思えませんから、本当に高価で間違いがあってはならないと言うことであれば美術品配送等と同様に特別の配慮をされたサービスを利用すべきだったのかと言う気はしますでしょうか。
今現在も議論が続いている原発存続の問題であるとか、あるいは全国に津波対策として堤防を建築すべきかと言った問題もそうですが、リスクはどこまで許容すべきかと言う問題は同時にどこまで利便性を追求すべきかと言う問題でもあって、その評価軸は一次元的に良いと悪いとの間に分布しているのではなくて少なくとも二次元、恐らく多くの場合三次元以上の複雑な分布を示しているのだろうと言う気がします。
それだけ複雑な問題を賛成か反対かという一次元的な結論に落とし込むのは難しいだろうなと思うのですが、世の中にはそれをごくごく簡単な価値観の問題であると割り切って考える人も少なくないようで、しばしば「安全は何よりも優先する」だとか「人の命は地球よりも重い」と言った類の、結局何も言っていないのと同じ意味しか持たない言葉で思考停止に陥りがちなところがありますよね。
このところ急成長中のLCCなどについても欠航等のトラブルが盛んに報道される機会があって、報道する側もどこか鬼の首でも取ったかのような報道ぶりだなと思っていたのですけれども、これに対して「安全に関しては安かろう悪かろうであってはならない」と言った声がマスコミのみならず各方面から少なからず出ていて、もちろん過去の悲惨な飛行機事故の数々を思えば理念としてこれはその通りだとは思います。
ただ安い=悪いと言う直結思考からすなわち安全性もケチっているのだろうと短絡するのはアンフェアな態度なのも確かで、議論のネタとなる一つのデータとしてこんな記事を紹介してみることにしましょう。

LCCは本当に安全か?(2012年5月1日格安航空会社.jp)より抜粋

LCC(格安航空会社)というと、本当に安全なのか?、事故率が高い危険な航空会社なのではないかと、不安を感じる方も多いのではないでしょうか。
「格安」ということなら整備費用など安全面を犠牲にしている部分がありそうだ、と思うのはある意味、人間として当然の危機意識かもしれません。
ただ、LCCについては格安であるのは安全性を犠牲にして整備費を削っているからではなく、あくまでマーケティング費用を削ったり、効率的な運行による機材費等の有効活用を図っているためです。

実際に事故数、事故率の数字を見てみましょう。
元ネタは以下のサイトです(英語)。 

AirSafe.com
Airline Accident Rates | PlaneCrashInfo.com

このサイトによれば、最も有名なLCC3社であるサウスウエスト航空(アメリカ)、ライアンエアー(アイルランド)、イージージェット(イギリス)は、創業以来、乗客・乗員の死亡事故はゼロです。
3社はLCCとしては老舗であり、1980年代から運行し、フライト数もかなりの数をこなしています。

    サウスウエスト航空(約1800万フライト)
    ライアンエアー(約300万フライト)
    イージージェット (約250万フライト)
※フライト数は1992年から2011年までの累計

従来型の航空会社のエールフランスやスカンジナビア航空が何度か死亡事故を起こしていることを踏まえれば、むしろLCCの方が安全とすら言えそうです。

    スカンジナビア航空(約600万フライト:死亡事故数2)
    エールフランス(約670万フライト:死亡事故数5)

日本との関わりが深いエアアジア(マレーシア)も、創業以来、大きな事故は起こしていません。
(略)
当然、LCCも事故と全く無縁というわけではありません。乗客の死傷を伴わない小さな事故は通常の航空会社と同様それなりの頻度で起きています

Low Cost Carriers Accidents or Incidents

こちらも英語のサイトですが、気になる場合はチェックしてみるといいかもしれません。
(略)

記事にもありますようにあくまでもLCCの中でも老舗・大手と言われる会社の数字ですから、近年出現した新興勢力に関しては未だデータが揃っていないとしか言いようがないように思いますが、もともと現行の新しい機体を用いている限り原則飛行機の重大事故率と言うものはそう高いものではなく、「あの会社は危ないぞ」と言われるほど顕著な有意差を示すのはなかなか難しいのかも知れません。
例えばLCCに限らず特定の航空会社が他社平均より事故が多いと言う事実があった場合、元々の航空機事故率の低さを考えるとそれ自体が許容されるものか否かはなかなか判断が難しいところで、特に利用する当事者と利用しないその他社会との間でも判断が分かれそうに思います。
ただ墜落と言った重大トラブル以外の運行休止や遅延が多いんじゃないかと言う懸念はあり得ることで、日本に関して言えばLCCの導入初期であり社会的にも注目を集めている中で特にLCC絡みのトラブルが注目されやすいと言うバイアスはあると感じていますけれども、一方で何かしらトラブルが発生した場合のリカバリー能力が低く容易に運休になりやすいとは当のLCC側も認めていることのようですよね。
この辺りは機材的にも人員的にも余裕の少ない低コスト運行を行っている弊害であると言えますが、価格差が十分大きいなら利便性低下は我慢出来ると言う人はそれなりにいるだろうし、社会のあらゆる場面でリスク低減だけを絶対唯一の判断基準にして行動を決めている人はまずいないと言う現実を見る限り、元々そう危険なものでもないのだから仮にリスクがある程度増えても許容範囲だと言う声も一定数は出てくるでしょう。

絶対譲れない部分に集中投資して他は「適当に」手を抜くと言うのは経営的には大変重要なことで、大衆向け飲食店店で食中毒には万全の注意を払っても高級レストランのような安楽な内装を行わないのはコスト要因以外にも、簡素な内装で客の回転が速くなって薄利多売という目的にかなうと言う側面もあるわけです(実は近年どこのチェーン店も理想的な内装とはどうあるべきかとは盛んに追及しているトピックだそうですが)。
LCCに関して言えばその目標はコスト度外視で安全運行を追及すると言うことではなく、許容される妥当な安全性を確保しながらリーズナブルな価格を追及することだと思いますが、その許容される安全性と言う意味合いもまさに時代や個人の価値観と共に変化するものであって、恐らく日本でもLCC流の運行に慣れてくることによって、今後は命に関わらない程度の多少のトラブルは許容しようと言う人が増えてくる気がします。
安全性に劣ることは承知の上で軽自動車がこれだけ売れていると言うのも、自動車に関してはこの程度の安全性があればもはや十分と言う認識が成立しているからだと言えますが、飛行機の事故率を考えると安全性に関してはすでに自動車よりもずっと信頼感が高いと思われますから、今後は更なる安全性追及を求める声よりももう少し緩くても安い方がいいんじゃないかと言う声が出てくる可能性の方が高いと思いますね。
ただその場合乗っている本人は納得の上で安さを求めるのだから構わないのですが、「安かろう悪かろう」の飛行機が街のど真ん中に墜落して多数の巻き込まれ被害が出たともなれば「それ見たことか」と大激論になること必至と言うもので、自動車が自らの安全性向上だけでなく相手に与えるダメージ軽減にも留意し始めているように、今後はそうした方面での安全性追求と言うことも技術と技能の両面で進められていくべきなのかも知れません。

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2014年5月30日 (金)

交通事故厳罰化の波紋

本日の本題とはあまり関係ないことなのですが、先日少しばかり気になる記事が出ていたので最初に紹介しておきましょう。

ウィキペディアを信じるべからず。病気や健康に関する記載の9割が虚偽情報だと判明(2014年5月28日IRORIO)

人物や場所、イベント、事件、事故など、あらゆるコトの詳細をわかりやすく簡単に教えてくれるウィキペディアは、現代人にとってはなくてはならない強い味方。
しかし、誰でも簡単に編集できてしまうが故に、間違った情報がたくさん掲載されているのもご存じの通り。特に病気や健康に関するトピックにおいては、虚偽の内容が多いので気をつけた方がいいという。

病気関連の記載の90%が誤情報

米キャンベル大学のRobert Hasty医師率いる研究チームがおこなった調査では、ウィキペディアに掲載されている2万以上の医療に関するページの中から、糖尿病や肺がん、腰痛など一般的に費用のかかる病気・病状についての記載を検証
その結果、なんと90%もの内容が誤情報であることがわかったそう。これでは、間違った診断や治療を招きかねない。

医師らもウィキを使わないよう要注意

また過去の調査では、医療関係者の多くもウィキペディアを参考にしていることがわかっている。そのためHasty医師は、「ウィキペディアは医学誌と同じピア・レビューのプロセスを踏んでいないので、一次ソースとして使用しないように」と注意を呼びかけている。
風邪や病気の症状があったとき、薬の作用・副作用を知りたいとき、医者に行くよりも前にまずネットで検索するという人は多いだろう。ウィキペディアの情報を鵜呑みにして自ら安易に診断をくださないよう留意してほしい。

はてさて、確かに大抵の記事には読んでいて「ん?」と思うような部分が含まれているものですけれども、分量的に9割が嘘だと言っているのか、記事の9割に嘘が含まれていると言っているのかでずいぶんと意味合いが変わってくる気がしますけれども、費用のかかる問題に関してと言うのが妙にリアルですよね。
ともかくも編集合戦などと言う言葉があるくらいに見解が分かれることはままあるもので、特に歴史解釈であったり思想信条に触れるような何が正解とも言い切れない領域においてはさんざん迷走した挙げ句記事ごとごっそり削除と言うケースも少なくありませんが、自然科学の領域においてもこうした問題は発生するのだと言うことはまず念頭において置かなければなりません。
また嘘と言っていいのか微妙なところですけれども、いわゆる代替医療の類を筆頭に(ごく控えめに表現するならば)有効性が必ずしも確認されていない珍説奇説の類がさりげなく含まれていたりもするもので、話のとっかかりとして利用するには便利なのですがやはり他ソースも参照しながら複合的に見ていく必要性があるのではないかなと思いますね。

いささか余談が長くなりましたけれども、道路交通法の改正が近年段階的に進んでいて基本的に厳罰化する方向で話が進んできている、その理由の一つとして飲酒運転に伴う悲惨な交通事故のケースが相次いで報じられるようになり、自らの意志で飲酒し違法行為であることを知りながら運転をしているのに一般の犯罪行為に比べて罪が軽すぎるのではないか?と言う素朴な国民感情があるようです。
この辺りは若い世代を中心に飲酒離れが進んでいると言う報道もあったり、職場の飲み会なども忌避すべき古い慣習だと評判が悪いと言った世相も反映しているのでしょう、全般的に飲酒そのものに対して以前よりも世間の目線が厳しくなってきているようにも感じますけれども、これに対して飲酒者の側でも様々な対策?を講じているのは当然と言えば当然ですよね。
その中でかねておかしいのでは?と言われてきたのが飲酒運転中の事故に対する罰則の問題で、飲酒運転中に事故を起こし相手を死傷させれば危険運転致死傷罪が適用され35点の減点と100万円以下の罰金に加え最高刑は懲役20年にもなるのに対して、逃げて酔いが醒めてからひき逃げとして出頭すれば同じく35点の減点ながら救護義務違反だけで10年以下の懲役又は100万円以下の罰金で済むわけです。
となると誰しも飲酒運転中に事故を起こせば逃げた方がお得だと考えるのは当然なのですが、さすがにこれはどうかと言う批判の声が高まった結果今ではこうした対応が取られるようになったと言います。

飲酒運転隠す「発覚免脱」容疑を北海道内で初適用 事故で逃走の男送検 釧路署(2014年5月27日北海道新聞)

 【釧路】釧路市の市道で24日夜、軽乗用車にワゴン車が追突して逃走し、運転していた同市の会社員の男(42)が自動車運転処罰法違反(過失致傷)などの疑いで逮捕された事件で、釧路署は26日、容疑を同法違反(発覚免脱)と、道交法違反(ひき逃げ)に切り替えて送検した。

 「発覚免脱」は酒などの影響で事故を起こしたことを隠すために逃走した際に適用され、最高刑は懲役12年。20日施行の自動車運転処罰法で新設された。道警によると、道内での適用は初めて。

 送検容疑は24日午後10時15分ごろ、釧路市新富士町4の市道でワゴン車を運転中、前方の軽乗用車に追突。同市の介護職員の男性(52)に軽傷を負わせた上、飲酒運転の発覚を恐れ、被害者を救助せずに逃げた疑い。男は約1時間後に出頭。呼気からアルコールが検出され「酒を飲んだのが発覚するのが怖かった」と供述しているという。

飲酒事故「発覚免脱罪」で全国初の逮捕…福岡(2014年5月28日読売新聞)

 福岡県警飯塚署は27日、無免許で飲酒運転をして事故を起こしたあと、飲酒運転を隠す目的で逃走したとして、同県直方市下境、土木作業員山本貞彦容疑者(40)を自動車運転死傷行為処罰法違反(発覚免脱)などの疑いで逮捕した。

 県警によると、今月20日に施行された同処罰法の「発覚免脱罪」での逮捕は全国で初めて。

 発表によると、山本容疑者は20日午前0時40分頃、同県飯塚市川島の国道200号で、酒を飲んで軽乗用車を運転。逆走して福岡市の看護師女性(24)の軽乗用車と衝突し、首や腰に軽傷を負わせ、車を放置して逃走するなどした疑い。容疑を認めているという。

 山本容疑者は、同僚の自宅や飲食店で酒を飲み、この同僚の車を運転して帰宅する途中だったという。今年1月、飲酒運転で運転免許の取り消し処分を受けていた

 発覚免脱罪は、事故時の飲酒量をごまかす行為などを罰するために同処罰法で新たに設けられた。

一体どっちが初なんだと言う突っ込みはさておき「発覚免脱罪」とは聞き慣れない罪名なのですが、記事にもあるようについ先日から新設されたこの「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪」はまさしく飲酒運転時の逃げ得を解消する目的で新設された法律だと言え、早速その罪が問われたくらいですから相当に対象者は多いと言うことなのでしょうね。
内容としては「自動車の運転により死傷事故を起こした際に、事故現場から逃走したり、酒や薬物をさらに摂取するなどして、飲酒や薬物摂取の事実を隠そうとする犯罪」で、最高12年以下の懲役と言えばやはり危険運転致死傷罪と比べて手ぬるいじゃないかと言われそうですけれども、ひき逃げの場合はそちらも別に加算され最高で18年の懲役になるのだと言います。
「酒や薬物をさらに摂取するなどして、飲酒や薬物摂取の事実を隠そうとする」と言う文言からも判る通り、以前から指摘されているように検問に引っかかったりだとか事故を起こした場合にわざわざその場で酒を飲んで見せ「飲酒運転をやったわけではなく今ここで飲んだだけです」と言い張るケースも想定してであると言えそうですが、今後こうした方々がどう言った対策を講じてくるかも注目ですよね。

幾つかのルール変更が行われた今回の改正に関しては他にも注目すべき点があり専門家の解説を参照いただきたいですが、例えば以前の亀岡における交通事故の際にも話題になったように無免許で日常的に運転を繰り返し運転技量が人並みにあると考えられた場合には危険運転致死傷罪の対象とならないと言う批判に対して、新たに「無免許運転による過重」として刑罰が重くなったと言います。
例えば無免許の状態で危険運転致死傷罪相当の罪を犯しても従来は自動車運転過失致死傷罪と道路交通法違反という軽い刑罰しかなかったものが、そもそも無免許運転自体が非常に危険な行為であるとして通常15年までの懲役が最大20年の懲役となるなど、全般的に無免許の場合は刑罰が重く加算されるようになったと言います。
実は今回厳罰化されたものの中には飲酒のみならず病気などの影響で事故を起こした場合も含まれていて、まさしくひと頃話題になったてんかん患者の事故などを想定したものだと一部方面から反対意見も出ているのですが、本来コントロール可能である原因の管理を怠ったことによって事故を起こした場合厳罰と言う総論から疾患だけを除外すると言うのは、疾患についてはコントロール不能であると自ら認めたにも等しい形ですよね。
この辺りは患者団体などがどのような損得勘定を描いているのか何とも言いかねるところですけれども、基本的に有病者であってもきちんと医学的な管理を行っていれば一般人以上のリスクはないと言う方向で話を進めた方が長期的な利益に叶うはずですし、目先のことに釣られて何でも反対と叫んでいてはどこぞの業界団体同様にいずれ社会的信用を失うことにもなりかねないと言う気はしますけれどもね。

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2014年5月29日 (木)

マイナンバー制度と未収金問題への応用

本日の本題に入る前に、国民皆保険制度が実施されている日本においても無保険者は一定数存在するのが現実ですが、先日民医連の調査でこうした無保険者の医療費に関わるこんな調査結果が出ていました。

受診遅れで死亡:無保険で医療費払い困難…13年は56人(2014年05月19日毎日新聞)

 全日本民主医療機関連合(民医連)は19日、無保険で医療費の支払いが難しいというような経済的理由で受診が遅れて死亡した人が、2013年は56人だったと発表した。前年比2人減で高止まりが続いているといい、岸本啓介事務局長は「医療にアクセスする権利が全ての人に保障されるべきだ」と話した。

 調査は、民医連に加盟する143病院と509診療所で、医療費の支払いが難しいために治療が遅れて死亡したケースを調べた。都道府県別では福岡の9人が最多、北海道(6人)、埼玉(5人)なども多かった。男性が77%を占め、年齢別では60歳代が45%だった。無保険あるいは資格証だけの無保険状態が46%、国民健康保険に入っていても、窓口負担に耐えられず治療を中断して死亡したようなケースも約3割に上った。

 民医連に加入している病院数は全病院の約1%。【東海林智】

男性で60歳代が特に多いと言うのが社会の谷間をうかがわせる話なのですが、さてこの数字を多いと見るか少ないと見るかです。
民医連加盟の施設における調査と言うことでなにがしかのバイアスがかかっている可能性ももちろんあって、単純にこれを100倍した数字が日本の現状を示しているとは言えないでしょうが、2009年にも同じく民医連の調査が行われた際には死亡者が33人であったと報告されていますから、景気が回復基調にあると言われる中でも必ずしも経済的貧困者の医療面ではそれが実感されていないと言う形になるのでしょうか。
個人的には皆保険制度を今後も大前提として堅持するのであれば保険料徴収の手間暇や無保険者出現のリスク等を考えても、保険ではなく税金による公的サービスに移行することを検討するのもあっていいんじゃないかと思いますが、医療費がこれだけ巨大になってくるとその保険負担分を税金に移行すると言うのも現実問題大変な騒ぎになりそうだと言う気もします。
現状では無保険者の医療問題は規模や頻度としてはまだ大したことはないと言うのが社会の側での受け取り方であるようで、医療機関側にとっても未払いに関しては緊急の生活保護導入等で対応できるケースが大半だと思いますが、そもそも無保険であるから医療受診を控えている人も多いだろうと想像すれば、お金の有る無しに関わらず誰にでも平等な医療給付をと言う建前はすでに崩壊していると見なしてもいいのでしょうね。

医療に関する意識もすでに一回りも二回りもしていて、それこそ江戸時代を舞台にした「赤ひげ」のように金持ちからは容赦なく大金をせしめ貧乏人に安く医療提供することが許された時代から、とにかく後で回収の見込みがなかろうが医療はただ全力で目の前の患者を治すのみと言う時代を経て、今では末端スタッフであれ経営について常に考えを及ぼすことが求められる時代となりました。
「医は算術であってはならない」などと言う一方で「医療もコスト意識を持て」なんて矛盾したことを言うのが世の中の面白いところで、そもそもコスト意識も何もなしにタダだろうが持ち出しだろうが医療をやってしまうような野放図な病院はさっさと潰れるか議会で放漫経営を叩かれるかですから、真面目に医療提供の永続性を考える施設ほどどうしても経営面でも締めるべきところは締めていく必要があると言うことですよね。
そんな中でしばらく前から医療機関の未収金問題と言うものも大きくクローズアップされるようになったと言うのは幾つかの理由があって、一つには医療機関の利益率が悪化して未収金が経営的に悪影響を及ぼすようになったこともあるでしょうし、また長期的な経済低迷により支払えない人が増えてきていると言うこともある、そしてモンスターと言われる類の患者が増えたことも未収金増加に関係しているかも知れません。
この未収金問題に関してはかねて国や保険者などは非常に冷淡な(はっきり言えば病院が負担すればいいじゃないかと言う)態度を続けていて、辛うじて外国人無保険者などを想定した緊急避難的な支払い制度が各地で整備されはじめていると言う状況なのですが、ここで話は変わりますが以前から進められているこんな話がいよいよ実現するようだと言うニュースを紹介してみましょう。

「マイナンバー」カード、クレジット機能も 政府検討 (2014年5月24日日本経済新聞)

 政府は2016年から配り始める社会保障と税の共通番号(マイナンバー)を利用するための個人カードに、金融機関のクレジットカードなどの機能を持たせる方向で検討を始める。
カードの利便性を高めることで、マイナンバー制度の普及を促す狙いがある。

 マイナンバーは年金保険料の納付状況や納税記録などを1つの番号で管理する制度で、16年から始まる。これに合わせ、市町村が希望者にカードの配布を開始。
カードを使えば、所得証明書や住民票を申請するとき、行政窓口で住所や年齢を書類に書き込まなくてもすむようになる。

 政府は18年からこのカードと、銀行のキャッシュカードやクレジットカードなどを一体にすることを目指す。すでに健康保険証や印鑑登録カード、地方自治体の図書館カードの機能を
加えることは固まっている。使い道をもっと広げることで、利用者を増やす。

マイナンバー中間案、医療・介護など利用範囲拡大(2014年5月19日日本経済新聞)

 IT(情報技術)総合戦略本部の新戦略推進専門調査会「マイナンバー等分科会」(座長=金子郁容慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)は、2014年5月16日開催の会合で示した「中間とりまとめ(案)」を公表した。それによると、2018年までのロードマップとして「マイナンバーの利用範囲の拡大」を掲げたほか、申請に基づく個人番号カードの普及策や、法人番号の「法人ポータル」の構築などを検討。非公開で行われた分科会では、中間とりまとめ案への意見集約を座長に一任したという。

 利用範囲の拡大では、関係府省の具体的検討課題として2018年までに検討し、番号法改正法案の提出など必要な制度改正などを行うロードマップを提示。マイナンバー(社会保障と税の共通番号)制度の取り組みに「近接し、公共性が高く、国・地方・民間の情報連携などによりさらなるメリットが期待される事務」として、戸籍や旅券事務、預貯金付番(ペイオフ時の名寄せ、口座名義人の特定・現況確認など)のほか、医療・介護・健康情報の管理・連携、自動車登録事務などを列挙。「積極的かつ具体的に検討を進め、今秋ごろをめどに、検討状況を政府CIO(内閣情報通信政策監)に報告する」としている。
(略)

マイナンバー制度に関してもかねて反対論も根強い中で、医療分野においても処方歴や検査データの共有化など様々なメリットが予想されることは記事にもある通りですが、基本的に「使って便利」なものだと言う利便性を実感させるべく一気に広範な利用を図っていくと言う方針であるようで、そうなりますと医療分野においてもあれやこれやと様々な応用技が考えられますよね。
特にお金の出入りに関わる部分を一枚に集約化することも可能であると言うことで、診察券から直接支払いが行われるとなれば患者の利便性も高いでしょうし、口座引き落としあるいはクレカ払いによって未収金リスクを軽減させることも可能になってくるかと思うのですが、ただクレカ払いは未収金のリスクを引き受けてくれる一方で、当然ながらその代償として手数料支払いと言う余計な支出を求められるデメリットもあります。
実は一般的にクレカ手数料は医療機関の利益率を上回っている場合が多いのが痛し痒しで、現実的にカード払いを認めていない医療機関が多いと言うのもこの辺りに理由があると言えますが、少なくとも支払いを渋るタイプの患者に関してはカード(保険証兼診察券)さえ受け取ればそこから請求も可能であり、またカード提示すら渋るのであればそもそも診療契約拒否と見なせるという点でメリットは大きいかと思います。
もちろん本当に無収入の人間は口座もなければクレカも停止されているんじゃないか、と言う可能性もあるわけですが、文字通り無収入であるなら生保等を受けている場合が多いでしょうから、個人のお金の出入りを一元管理することで入金次第優先度の高いものから引き落としていくと言うことも可能ではあるだろうし、むしろ生保費の入った封筒を手にパチンコ屋に急ぐなんて行為を防ぐ効果も期待出来るかも知れません。
ともかくも未収金がこれだけ膨れあがってきている中で、医療機関側も請求書を示せば黙ってお金を支払う顧客ばかりではないと言う前提で動くことが必要であって、そのために使えそうな制度はどんどん利用法を工夫していくと言うのが国や保険者の言うところの果たすべき自助努力と言うことなのでしょう。

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2014年5月28日 (水)

社会に受け入れられる真っ当な医師像

本日の本題に入る前に、日本医師会(日医)と言う組織が社会的影響力をどう発揮すべきかと苦心しているのは今に始まったことではありませんが、その方策の一つとしてかねて言われているのが組織率の向上、特に勤務医をもっと日医に加入させるべきだと言う考え方で、以前から繰り返し「全医師を日医に強制加入させるようにしよう」などと冗談のようなことを言っていたことは周知の通りですよね。
近年ではこれまで学会単位の認定であった専門医と言うものを準公的資格として位置づけよう、そのために第三者機関が主催して各専門医の認定を統一的基準で行おうと言う話が持ち上がっていて、これに対して日医が専門医認定に自分達も加えろ、日医の生涯教育受講を専門医の条件にしろなどと言っているのもご存知の通りです。
そうした文脈の中で先日も日医から勤務医組織率向上に関する提言なるものが出ているのですが、その一部なりとも抜粋させていただきましょう。

「勤務医の組織率向上に向けた具体的方策」~その2~(2014年5月20日日医ニュース)より抜粋

(略)
 医師として必要な倫理観や道徳観,人間としての教養や人柄,地域医療での行政との関わり,あるいは多様な患者に対応出来る臨床力は誰も教えてくれるものではなく,臨床医としての品質を保証する制度もない.ここで日医が,医師の品質を保証する「日医認定医制度」を創設することを提案したい.日医が品質を保証するのだから,認定は日医会員であることが前提となる.
 日本の医療の特徴は国民皆保険である.この量的保証の次に,質的保証が求められ,医療の高度化も重なって「専門医制度」が導入された.しかし,「専門医制度」は学問的,科別専門医であり,信頼出来る医療,幅広い見地からの医療を保証するものではなかった.ここで求められるのは医師の人格と技術を保証する制度である.
 「日医認定医制度」が医師の一定レベルを保証し,患者は「認定医に診てもらう方が安心」となればよく,各専門医についても認定医の取得を前提にすればよい.また,病院は雇用している認定医数を病院信頼係数として誇ればよい.
 患者の要望に応じるのが時代の流れである.「日医認定医制度」が二次的に日医の組織率を高め,日医が全ての医師の総意を表す団体と見なされれば幸いである.
(略)
(二)半強制的な日医への加入促進策
 医師が患者に安心かつ安全な医療を提供し,患者・家族に信頼される人間関係を築くためには,医の倫理について精通し実践出来なくてはならない.また,保険診療を含む医療制度及び医療関連諸法規定についても精通していることが求められる.
 そのため,これらのことを医学生及び若い医師に責任をもって教育し,その教育効果を認証する機関が必要となる.
 そこで,日医がその役割を担うことを提案したい.日医は関係各所に働き掛け,前述の教育及び試験を行い,認定証を発行出来る資格を取得し,日医発行の認定証保有を,各学会ないし第三者機構が実施する専門医認定試験の受験資格にする制度を構築する.この制度が構築出来れば,入会促進に寄与するのみならず,医療の社会的側面にも深い理解を持つ医師の育成に大きく貢献すると思われる.
(略)

専門医受験資格云々と言う与太は別としてこの日医認定医制度なるもの、日医によれば「医師の人格と技術を保証する制度」であって「医療の社会的側面にも深い理解を持」ち「信頼出来る医療,幅広い見地からの医療を保証するもの」であるという、まことに結構なものであるかのように語られているわけですが、要するに「国民の皆様に愛される素晴らしい医師であることを日医が保障します!」と言うことでしょうか。
現行の専門医制度にしてももちろん色々と言われるところは多々あるわけですが、とりあえず各学会の支配権を握っているような偉い先生方はその道の権威として周囲から認められている人達だとは言えそうであって、人格だ教養だと言った部分は抜きにして少なくとも知識や技量に関しては一流だと周囲からも認識されているからこそ、他人の専門的知識や技量を認定することが許されているのだとも言えるでしょう。
しかし万一にもこの日医認定医制度なるものが実現したとして、それでは主宰する日医の偉い先生方が人間的にも医の倫理的にも素晴らしい医師として国民に認められているか?と言えば大変控えめに言っても甚だ疑問符がつくことは避けられないと言うもので、正直そんな資格にどれほどの権威を認めるべきなのか良識ある日医会員の先生方にしても迷うところ無しとしないのではないかと言う気がします。
日医があの手この手で何とか懐柔し取り込もうとしている若い勤務医の先生方にしたところで馬鹿ではないのですから、当然ながらこうした胡散臭さには気付かずにはいないと思いますけれども、そうした周囲の評価を承知の上で組織力を盾に政策に繁栄させるべくごり押しを続けてきたからこそ、日医という組織に対する今現在のような世間の評価があるんじゃないかとも思えますけれどもね。

脱線はそれとして、日本独自の言葉で今や世界中に知られるようになった「過労死」と言う不名誉な言葉がありますけれども、文字通り過労から来る致死的な心臓発作や脳卒中と言った身体的ダメージによる病死だけではなくて、うつ病や燃え尽き症候群などによる自殺死に関しても広義の過労死に含めるべきだと言う考えもありますよね。
労災的観点からしても「こいつそろそろ過労死しそうだな」と思った部下をさらに徹底的に追い込んで自殺させてしまえば過労死にならない、と言うのでは社会正義も何もあったものではありませんから当然だと思うのですが、いずれにしても単純に労働量が多いと言うだけで過労死に追い込まれると言うだけではなく、上司等からの心理的重圧あるいはパワハラと言ったものも非常に重要な過労死の原因であると言えそうです。
医師の自殺が世間の平均よりもかなり多いと言うことは以前から言われていますが、興味深い点として報道から見る限り世間一般で自殺理由として多いと言う経済問題からくる自殺などはあまり見かけた記憶が無く、ほとんどが業務上の過労に原因があるものであるように見えると言う点で、そもそも自分達の労働管理をきちんと行えない医師が産業医として一般労働者の労働管理に正しく関われるのかと言う話ですよね。
こうした医師の自殺問題について先日自殺した勤務医の上司と勤務先病院に損害賠償命令が出たと言う判決があったのですが、超過勤務が月160~174時間と過労死水準(80~100時間)を大きく超えていたと言う点もさることながら、直属の上司からの執拗なパワハラがその大きな契機となっていたと個人としての責任も認定された点が注目されます。

勤務医自殺訴訟でパワハラ認定、8000万円の損害賠償(2014年5月27日日経メディカル)より抜粋

(略)
元上司らはパワハラの認識なく「指導のため」

 この裁判の最大の争点は「パワハラの存在」だった。判決文によれば、元上司のX氏が患者の目の前でA氏の頭を握り拳で殴るなどの暴力を振るったほか、「君は給料の4分の1から3分の1しか働いていない。おまえが仕事できんのをお父さんやお母さんに電話してやろうか」といった発言があった。
 またX氏の上司にあたるY氏は、こうしたX氏の言動を把握しながらもX氏を注意しなかった。それどころかX氏とともにA氏を罵倒。「大学でできたことがなんでできないのだ」「田舎の病院と思ってナメとんのか」といった発言があったという。
 元上司らは、これらの発言や暴力を振るったことを認める一方で、教育のためであったことや、A氏の臨床能力が低かったことが原因だと主張しており、「パワハラ」の事実を否定していた。

 判決では、元上司らによるパワハラの存在を認め、「社会通念上許容される指導または叱責の範囲を明らかに超えるものだった」と指摘。元上司らのパワハラによりA氏はうつ病を発症し、自殺に至ったと認定した。
 また判決では、公務員である元上司2人の個人の責任を認めている。弁護士の岩城穰氏によれば「前例があまりなく、非常に画期的な判決だ」という。病院に対しては、労働状況を把握して過酷な労働とならないように配慮し、労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務があったと指摘している。

医師がうつ病への対策をしていなかったと減額、今後の課題に

 一方で判決では、認定した損害額(死亡慰謝料、死亡逸失利益など)の2割を「過失相殺」として減額している。ここで言う過失とは、(1)精神疾患を専門としていない元上司らが即座に対応するのはやや困難な状況にあった、(2)医師として疾患に対する知識を持つA氏がうつ病発症の可能性を軽減する行動をとっていなかった、(3)周りの職員が「大丈夫ですか」と声かけしたにもかかわらず「大丈夫です」と返答していた、(4)慣れない土地に生まれて初めて引越したことによる中等度のストレスがあった――など。
 これについて弁護士の岩城氏は、「医師なんだから風邪を引いたらいけないといっているようなもの。医師だってうつ病にかかる。発症するような環境に問題がある。医師だからという理由で過失相殺されるのはおかしいのではないか」と指摘している。
(略)

個人的に気になったのが判決後段に挙げられている過失相殺の理由で「医師として疾患に対する知識を持つA氏がうつ病発症の可能性を軽減する行動をとっていなかった」ことが損害減額につながっている点なのですが、そもそもそうした適切な行動を取れないからこそうつ病なのではないか?と言う気もするところなのですが、この点は専門家諸氏のご意見も拝聴したいところですよね。
ただ一般社会の感覚に照らして考えると例えば道路上で暴走車とベテランのプロ運転手が衝突事故を起こしたと聞けば、一般的には「プロでも避けられないほど無茶な当たり方をしてきたのか」とプロ側に同情的に見るのがまあ普通の感覚ではないかなと思うのですが、どうも司法的には何十年のキャリアがあるプロなのだから避けられて当然だとむしろ重く責任を負わされることになるのかと言う点が気になりますよね。
同種の文脈でしばしば医療側から問題視されることとして、医療紛争において専門医なのだから一般医よりもより高い水準の医療を提供するのが当然であるとして重い責任を課すケースが散見されますけれども、学閥学会等における地位向上と言う意外に専門医と言うものに実際的なメリットがほとんどない日本において、特に草食な若手医師に対して何らかのメッセージ性を持つ考え方だと言う気がしますがどうでしょうね。

いささか脱線しましたけれども、基本的にここで行われていることはいわゆるブラック企業等におけるそれと全く同じパワハラ行為に他ならず、もちろんそれが社会通念上も許されない行為であることは言を待たないわけなんですが、それでは実際にこういう上司がいるかいないかと言えば残念ながら未だに一定数生き残っていると言うことは認めざるを得ませんよね。
近年医療のあり方が変わって学部教育レベルにおいても数々の変革が為されているのですが、その一つに昔であれば「黙って俺に任せろ」式にこれが最善と思うことをやっていればそれでいいと言う考え方が主体的であったのが、今は正しい、正しくないではなく患者が主体的にどれを選択するかが最重要であり、医師の仕事とはその判断のため正しい材料を提供することであると言う考え方になってきていると言う点が挙げられます。
その点で昔ながらの「黙って俺に任せろ」式の考え方は容易に「黙って俺の言うことを聞け」と言う独断にも結びつきやすいのかも知れず、価値観が相対化し接遇の重要性も叩き込まれた今の若い先生方にとっては昔ながらの上司の考え方に少なからず違和感を覚える局面も増えているんじゃないかと思いますし、またそうした戸惑いや考え方の違いがさらに上司の反感を買うと言う悪循環に陥っている可能性もあるでしょう。
さてその場合に考え方として今の時代に正しいのはどちらなのかと言うことなんですが、少なくとも医療の世界でも公式見解としては医師の独断専横など排除されてしかるべきものと言う考え方になってきているし、もちろん社会的にもそんなやり方など受け入れられないとなれば、果たして医師として以前に人として真っ当な仕事が出来ていなかったのは誰であったか?と言う素朴な疑問も出てくるのではないかと思います。
あるべき医師像としてどのようなものが妥当であるかと言うことは人それぞれの考え方があると思いますが、世間に受け入れられない価値観を当たり前のものとしてきた業界でその業界独自の考え方に長年染まってきた人間が後進の教育に当たるのが妥当なのかどうかで、むしろ下手をするとパワポ一つ満足に使えない老人が産まれた時からデジタルガジェット当たり前の若者に正しいPCの使い方を教えるような滑稽さがあるかも知れませんね。

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2014年5月27日 (火)

求められる患者としての自覚 糖尿病の場合

まあそんなところなんだろうなと予想は出来ることなのですが、またぞろ何かあれば一気に社会問題化してくるのではないか?とも懸念されるのがこちらの問題です。

カラーコンタクト使用者の約4割が眼科を未受診、国民生活センター調査(2014年5月24日IRORIO)

国民生活センターが市販されているカラーコンタクトレンズの調査結果を発表した。

2009年以降に相談件数が急増

国民生活センターが「カラーコンタクトレンズの安全性-カラコンの使用で目に障害も-」を発表した。
近年、カラーコンタクトレンズを使用して違和感が生じたなどの相談が増える傾向にあり、2009年以降、毎年100件前後の相談が全国消費生活情報ネットワークに寄せられている。
相談の内容を分析すると、契約当事者の性別は女性が92.0%と圧倒的で、年代は10代が50.8%、20代が29.4%とこの2世代が多い。また購入形態は通信販売が81.4%だ。

低品質なカラコンも

同センターでは17種類の製品を通信販売で購入、個人輸入品3種類と合わせて様々な検査を行った。
これによると、承認基準を超える直径の大きさやベースカーブ(飽和状態となるまで膨潤させたレンズの後面の光学部の中央の曲率半径)の製品が複数存在した。
また通販購入の17種類中11種類でレンズ表面に着色されていた製品があった。製品の広告には「色素が直接目に触れない」のようにアピールしているものが多い中で、レンズ表面に着色があるのは視覚障害を引き起こす原因にもなるだけに危険だ。
さらに滑らかに加工されているはずの縁が尖ったままの製品もあり、ガラスの破片を目に入れているも同然の危険性だ。

使用者の4人に1人が眼科受診なし

カラーコンタクトレンズの使用者を対象に行ったアンケートの集計結果も記載されている。
入手先では通信販売が39.2%、専門店が30.8%、ディスカウントショップ・雑貨店が7.7%などとなっている。先に書いた相談者の購入先の8割超が通信販売であることを考えても、通信販売での購入に危険性が高いと考えられそうだ。
カラーコンタクトレンズの使用に際し一度も眼科を受診したことのない人が25.5%、過去に受診経験があってもカラーコンタクトレンズを購入する際に眼科を受診しなかった人が18.0%、最初にカラーコンタクトレンズを使用する際に眼科を受診したもののレンズの種類を変える際に受診していない人が15.2%だった。
また3か月以内の目の定期検診を受けている人は17.0%しかおらず、全く受けていない人は30.6%、ほとんど受けていない人も14.7%だった。さらに1年以内に目に違和感を覚えた人が23.7%で、その内49.4%が眼科を受診しなかったと答えている。
(略)

ちなみにコンタクトレンズ購入に当たっては法律上医師の処方箋は必須ではなく、特に昨今ではネット通販で気軽に入手できるようになっていることは記事からも明らかな通りですけれども、特にカラーコンタクトレンズの場合は様々な商品を使い分けると言う局面も多そうなだけに、勝手知ったる商品を長年使うと言うことが多いだろう通常のコンタクトレンズよりも問題商品に当たる確率はずっと高くなりそうです。
もちろんきちんとした商品であっても正しく使用しなければ大きな問題となることは、かつて社会問題化したソフトコンタクトレンズの消毒不十分から来るアカンとアメーバによる失明問題などを見ても明らかですが、普段使いでなく特定の日だけにカラコンを使うタイプの方も当然正しい使用法に習熟すると共に、記事にもあるようにレンズ表面に着色したタイプのものは避けた方がよさそうですよね。
いずれにしてもきちんとした眼科的フォローアップが望ましいことは言うまでもないのですが、想像するに多くの方々が何らかのトラブルを自覚するまではなかなか眼科受診とはいかないだろうとも思われ、その結果気がつけばもはや手遅れと言う方が毎年必ず出てくるのは何とも残念なことですけれども、こうした正しいフォローアップの欠如による弊害と言うものは別にコンタクトに限ったことではないわけです。
例えば今の時代例のメタボ健診によって毎年非常に多くの方々が病気であると診断されつつありますが、その後もきちんと定期的フォローアップを受け必要な検査や治療を受けていると言う方ばかりではなく、気がつけば病院にも来なくなりまた翌年の健診で同じことを繰り返すと言うケースは少なくないわけで、その結果不利益を被るのは結局本人であると言う事ですよね。

糖尿病患者、年間8%が受診中断 失明・突然死の恐れも(2014年5月25日朝日新聞)

糖尿病患者で受診を中断してしまう人は年間8%で、約22万人にのぼるとの推計を厚生労働省研究班がまとめた。治療を勝手にやめると、自覚しないうちに病気が進んで失明や足の切断、突然死につながりかねない。研究班はかかりつけ医に向け、中断を防ぐ手引書をつくった。

 大阪市で開かれた日本糖尿病学会で24日発表した。全国11地域の医師会の協力を得て2009~10年、生活習慣が原因とされる2型糖尿病患者約2200人(40~64歳)を調査。予定された受診日から2カ月の間に来院しなかった人を受診の中断として集計すると8・2%が該当した。厚労省の患者調査(11年)の受診者数にあてはめると約22万人になった。

 中断の理由は「仕事で忙しい」や「体調がよい」、「経済的に負担」が多かった。手引書は、多忙な患者への受診時間の配慮や知識の啓発、価格の安い後発医薬品の使用の検討などを勧めた。電話や郵便物、メールなどで受診を促すのも「有効な手段」とした。

糖尿病治療、患者の1割が1年で通院中断(2014年05月25日読売新聞)

 糖尿病で治療中の患者のうち、1年間で約1割が医療機関への通院を中断しているという調査を厚生労働省研究班がまとめ、24日、大阪市で開かれた日本糖尿病学会で発表した。

 糖尿病では患者が自己判断で治療を中断することが問題になっているが、研究班では全国規模の実態が明らかになったのは初めてではないかとしている。

 研究班は2009年10月~10年9月末、東京都板橋区や大阪市など全国11地域にある診療所で治療を受けている2200人に同意を得た上で調査を実施。954人には、積極的に受診を呼びかけたり食事と運動の指導を行ったりしたが、残りの1246人には特別な対応はせず、通常通りの診療を行った。

 その結果、通常通りの診療を受けた患者の8%が2か月以上、医療機関への受診を中断した。受診の呼びかけや指導をした患者の中断者は3%にとどまった。

糖尿病治療の中断防げ 医師の取り組みは(2014年5月24日NHK)

糖尿病の患者が治療を中断し、重症化するケースが多いことから、厚生労働省の研究班は、夜間や週末に診察したり、価格の安い後発医薬品の処方を検討したりするなどとした医師向けの対策マニュアルをまとめました。

厚生労働省の推計によりますと、糖尿病の患者は950万人で、その可能性がある予備群の人も合わせると2000万人を超えています。
症状が重くなると失明したり、腎不全になったりするなど深刻な症状を引き起こしますが、国の調査では治療を中断している患者が55万人に上ると推計されています。このため厚生労働省の研究班は治療の中断を防ごうと、医師向けのマニュアルをまとめました。
この中では、治療中断の理由として、痛みがないため治療の必要を感じないほか、治療しようとしても仕事などが忙しく通院が難しいケースや、治療費の負担が重いと感じるケースが多いと分析しています。
そのうえで、対策として夜間や休日に診察するなど受診時間の融通を図るほか、後発医薬品など価格の安い薬を積極的に処方するよう求めています。
また、予約した日に受診しなかった患者に対しては、電話や手紙などで連絡するよう呼びかけています。
マニュアルをまとめた国立国際医療研究センターの野田光彦部長は「医療機関はこれまで患者の受診行動に受け身な姿勢だったが、患者が治療を中断することを念頭に置いて、対応を取ることが重要だ」と話しています。

負担が大きく治療中断し症状悪化

京都市左京区に住む高島良明(42)さんは、20歳のときに糖尿病と診断されましたが、治療を中断した結果、症状が悪化し人工透析を受けています
高島さんは、診断直後、薬による治療を続けていましたが、運送の仕事が忙しく通院時間を確保できなかったといいます。
また、1か月に2万円近い治療費も負担だったため、医師から求められた月1回の受診を徐々にしなくなりました。
その結果、30代になって目と腎臓の機能が徐々に悪化し、去年3月から人工透析が必要となりました。
週に3回、1日4時間の透析治療を受けているため、仕事は辞めざるをえなくなり、現在は生活保護を受給しながら暮らしています。高島さんは「まずいなと思いながら痛みもなく日々の生活に困らないので、ついつい治療を後回しにしていました。仕事や経済面もきつかったが、それでも今から思えば1か月に1度のことなので治療に行っておけばよかったと思っています」と話しています。
(略)

ちなみに以前の調査で糖尿病患者のうちで治療や通院を止めたいと思っている患者が44%に登ると言うデータが出ていましたが、その理由として医療費負担や多忙等による通院困難が多いと言うのは当然に理解出来るとして、実に4割もの患者が「血糖コントロールがうまくいかない」と言う理由を挙げていると言うのは注目すべきことではないかと思いますね。
2011年の糖尿病学会でもやはりこうした患者調査の結果が発表されていますが、治療中断例には進行している糖尿病症例が多い(受診時の平均HbA1c 12.7%、インスリン治療94%)と言うことがここでも指摘されていて、元より自覚症状が乏しい疾患であるだけに数字的にも目に見える効果が出て来ないことには治療継続の意欲につながっていかないのかなと推測されるところです。
ただ糖尿病患者ばかりが特別に治療意欲が乏しいと言うわけではなくて、高血圧や高脂血症等々様々な疾患がメタボ健診などを契機に発見され一時的には医療機関を受診するものの、その後はまた放置されると言うことを繰り返している方々が相当に多いわけですから、病気を見つけることばかりに血眼になるのではなくどうやってそれを継続管理するかと言うことも制度的に考えていくべきだと思いますね。

とは言え記事にもあるとおり、糖尿病患者に病識の乏しい(あるいはさらに進んで、独自の疾患理解をされている)方々が多いと言う印象は多くの臨床医が共通して抱くところだと思いますし、その独特のキャラクターを称して糖尿病気質などと言うくらいで、正直診療に当たっていて心が折れそうな思いをしている担当医の先生方も決して少なくないんじゃないかとも思います。
先日出ていた記事ですけれども、糖尿病患者の性格によって治療中断率がずいぶんと違うらしいと言う話があって、「様々な知識を吸収したい、複雑な物事を究明したいといった欲求を持ち、客観的で、分析力や判断力に富む」アナライザー(分析)タイプが最多で29%にも及ぶと言いますが、こうした学究的タイプは自分の考えと合った場合はいいのでしょうが、少しでも担当医と意見が分かれると容易に治療離脱する印象があります。
逆に治療中断率が低い(10%)のは「人の役に立ちたい、葛藤を避けたいという欲求を持ち、温和で、協調性に富む」サポーター(支援)タイプだそうで、要するに辛抱強く相手に合わせられるタイプであると言うことでしょうけれども、残念ながらと言うべきかこうしたタイプに分類される糖尿病患者は全体の1/4程度だったと言いますから、まあ診療に当たって一般に少なからず困難を覚えるのもやむなしではあるのでしょうね。
こうした独特の患者気質を前にして、例えば十分な情報による正しい教育を行えばアナライザータイプの治療離脱を防げるのではないか等々様々な対応策ももちろん考えられるのですが、何しろ肝心の本人がこうした気質であるだけによほど長年にわたる付き合いでもなければ今の時代、心情的にもJBM対策的にも「紹介状と共に専門医に華麗にスルーパス」あるいは「十分な説明と同意の後、患者本人の意向を尊重」することになりがちな気がしないでもありません。

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2014年5月26日 (月)

救急搬送を巡る最近の問題点の所在

いわゆる救急と言う業務に関して、その両輪となるのが現場から患者を運ぶ救急隊とそれを引き受ける救急医療機関と言うことになりますけれども、救急業務が需給逼迫し云々と言う文脈で昨今報道される機会の多くなっているのは前者と後者それぞれの需要に対する供給不足があるからと言う言い方も出来ますよね。
このうち前者に関して言えば基本的に呼ばれれば現場に出動して患者を運ぶだけなのだから、後者の受け入れ体制さえ整備されれば自然と仕事も回るようになるのでは?と考えられがちですけれども、救急隊は救急隊でそれなりに大変なんだと言う記事が出ていましたので紹介しておきましょう。

【参考】呼んだのに「もうええわ」…救急車の不搬送2割! 全国で突出する大阪市 「ゴキブリこわい」で119も(2014年5月21日産経新聞)

相応に長い記事なので各自参照いただきたいところなのですが、あからさまな目的外使用の類は論外ですけれどもこれはこれでどんな業務であっても一定確率で発生し得ることで、それよりも気になるのが救急要請で駆けつけたものの当の本人が搬送してもらわなくてもいいと拒否したケースで非常に長引くと言う事例が多いようだと言う点です。
ちなみに救急搬送と言うと呼ばれれば行かなければならないと言った義務の方が注目されることが多いですが、これまた個人の自由優先ということで本人が拒否すればどうしようもないと言うことがあるようで、そもそも拒否するくらいなら救急車を呼ぶなと言うことももちろんあるのですけれども、救急医療の現場を見ても判るように明らかに命の危険が迫っているような状況でも全力で治療を拒否する方もいらっしゃるわけです。
こうした場合に本人の自己決定権を尊重してそのまま放置すべきなのか、それとも本人が冷静な意志決定能力を欠いているとして押さえつけてでも対応すべきかと言うのは非常に微妙な判断を要することが多く、とりあえず言えることは近年JBM的観点から本人希望通り放置すると言う選択枝が増えてきた、そしてそのためにどのような文言条件が必要なのかと言うことも現場に周知されるようになったと言うことでしょうか。

いずれにせよもちろんこれはこれで救急隊も大変なんだと言う話ですが、医療の側からみると実はこうした乗る、乗らないの段階で揉める手合いの多くは病院に来る前に話が決まって騒動が終わっていることが多いので実はさほど深刻な危機感を抱くことがなく、たまに顔見知りの救急隊員から「実は…」とネタバラシでもされなければトラブルがあったこと自体気づかずに終わりと言う場合が多いように思います。
あるいはその逆で救急隊はそれほどに考えていないのに医療の側では深刻に受け止めるケースと言うものも少なからずあって、基本的には医学的判断能力の差に由来するということなのでしょうけれども中には救急隊がわざと情報を隠していたようにも思えるケースもあって、時折受け入れ側の病院と救急隊との間で深刻なトラブルに発展すると言うこともままありますよね。
場合によっては人の命がかかっていることですからこのあたりのギャップを何とかしようと言う考え方は昔からあって、救急搬送の初期段階から医師が判断に関与すべきだと言う意見もあればただでさえ多忙なのにそんな業務にまで人手が出せるかと言う声もありと言う状況ですが、やはりある程度初期段階から専門的判断を介入させた方が結局は後の手間は大きく減らせるようだと考えられるのがこちらのニュースです。

大人版「♯8000」導入で軽症の受診抑制- 埼玉県、10月から救急電話相談開始(2014年5月23日CBニュース)

 軽症者の救急車利用や救急医療機関への受診を減らそうと、埼玉県は小児救急電話相談をモデルにした大人版「♯8000」を導入する。大人を対象にした救急電話相談は、東京都や奈良県、香川県などで導入されており、相談者が自身の判断で受診を控えるなど効果を上げているという。埼玉県は今年10月から始める方針で、相談者の不安を解消して受診を減らし、救急医療機関の負担軽減につなげたい考えだ。【新井哉】

 昨年1月、埼玉県久喜市の男性が救急搬送時に病院から36回断わられて死亡する事案が発生したことなどを受け、県は救急車にタブレット端末を導入したり、医療情報システムを使って隣接する群馬県と連携を図ったりするなど、救急医療体制の強化に力を注いでいる。
 こうした救急医療に関する施策の中で、2007年度から始めた小児救急電話相談が効果を上げつつある。12年度に二次救急輪番病院などを受診した軽症の小児は、電話相談の導入前の06年度に比べて約23%減ったという。
 大人版を導入した場合、県は「救急医療機関の負担軽減や救急車の適正利用について効果が期待できる」と判断。先行して大人版電話相談を行っている自治体の取り組みについて調査を行うなど、導入に向けて準備を進めてきたという。
 大人版の相談件数については、年間2万4000件を見込んでおり、「このうち約7割が当日の受診を控える効果がある」と想定している。

ちなみに同県HPによればこの電話相談業務を行っているのは看護師なのだそうで、これまた看護師に本当の重症が見分けが付くのか、逆に救急隊同様オーバートリアージになって何でも病院に来させるのではないかと言った懸念もあれば、相談に従って重大な状況になった場合誰が責任を取るのかと言った話もあるでしょうが、件数からして明らかに受診の必要なしと言うケースを除外出来るだけでも元は取れそうには思いますね。
しかし人生の一時期だけしか関わることのない子育てなどにおいて特に顕著に感じますけれども、核家族化からさらに独居当たり前と言う時代になって世代間の経験値継承と言うことがうまくいかなくなってから、昔であれば家庭内でちょっと年長者に聞けばすぐに解決するような問題が直接専門家の元へ持ち込まれると言うケースが増えているのでしょうが、今後ネットなどがそうした相談を引き受ける場合も増えていくのでしょうか。
もちろん専門家と言っても商売として業務拡大大歓迎と自ら新規顧客をどんどん呼び込んでいる業界ならそうした風潮も望ましいのでしょうが、医療の場合は警察や消防などと同じく社会資本的側面が根強く、しかも需要に対して供給は不足気味な状況ですから無闇矢鱈と不要不急の業務にリソースを投じると言うわけにもいかないと言うことです。
その意味でしばしば問題視されやすいのがいわゆるコンビニ受診に代表されるような軽症であるにも関わらず重症向けの医療サービスを浪費してしまうと言うタイプの受診者なのですが、例え重症であったとしても本来医療リソースを過剰消費しなくても済むはずだったのに手違いからそれが行われてしまうと言うタイプの受診者もまたこのところ問題視されるようになってきています。

末期の在宅患者の救急搬送に疑問(2014年5月9日日経メディカルナーシング)より抜粋

質問
 都内の救命救急センターに勤める看護師です。ここのところ、当院以外の病院で治療していた癌や非癌の終末期患者さんが救急搬送され、心肺蘇生するケースが増えています。直前まで訪問診療や訪問看護を利用し在宅療養していた方々です。「最期は在宅で」ではないのですか?おかしくないですか?

回答者
坪内紀子(おんびっと[株]代表取締役)

 明らかにおかしいです。個人的に、もしくは勤務先の誰かを通じてでも構いませんから、訪問診療していた診療所の医師や事務長、訪問看護師たちをどうぞ怒鳴りつけてください――というのが私の思いです。
 「怒鳴りつけて」頂きたい理由を、順に説明していきましょう。

 率直に言うと、質問にあるようなケースが増えてきているのは、訪問診療を行う医師や訪問看護師と、患者・家族との間の信頼関係不足に端を発しています。もっと言えば、目の前に今にも死にそうな患者がいるにもかかわらず、間違いなくそこまでやってきている「死」について在宅医や訪問看護師がご家族と話す機会を設けることなく、挙げ句、揺れ動くご家族の心のひだにも気付かず、本人・家族のニーズにも目をくれず、自分たちのスケジュールの都合で訪問診療や訪問看護を提供した結果、起こっていると考えます。
 自分たちの心が揺れ動いている状態の時に、目の前で身内である患者が苦しそうにしていたり呼吸の様子がおかしかったりすれば、家族は信頼関係が希薄な在宅医や訪問看護師に訪問の依頼や相談をするより、救急車を呼んでしまうでしょう。今回の質問にあった事例はまさにその典型です。せめて退院時カンファレンスを開催し、急変時の搬送の受け入れについて退院先に確認しておけば、救急搬送は回避できたかもしれないのに、それすら十分なされていなかったケースと言わざるを得ません。
 正直、119番される救急隊だっていい迷惑です。ましてや、医療先進国で救急車を無料で要請できるのは日本だけ。こうした状況を放置しておけば、ひいては「税金の無駄遣い」と言われる事態にまで発展しかねません……。
(略)
 では、在宅患者さんが最期に路頭に迷わないようにするには、訪問看護師としてどう関わっておけばいいのでしょう。日本には素敵な言葉があるじゃないですか~。「備えあれば憂いなし」です。
 その「備え」とは……

(1)退院時カンファレンスの開催を訪問看護側が病院側に積極的に要望し、参画する(カンファレンスの場で、揺れ動いている家族の心情をキャッチしたならば、その場で、再入院の受け入れの是非を病院側に確認してください)
(2)患者・家族と早期に信頼関係を構築する(早ければ早いほどいいのは当然。ただし、患者・家族はそう感じていないのに、医療者たちが勝手に「構築できた」と勘違いしている場合がよくあるので要注意)
(3)患者・家族に対して適切なケア内容および訪問頻度を提示し、選択機会を提供する。そして説明責任を果たすこと(米国では、介入時の訪問看護のアセスメントは必須で、結果を政府へ提出する義務があります。「そんな仕組み、日本になくてよかった」と思った人は、考えを改めることをお勧めします。)

 以上3点を常に行うことで、無駄な救急搬送は回避できると私は信じています

 中には、難しい状況もあります。特に、退院直後(退院から概ね1週間程度)です。多くの在宅医療従事者は、この短い間に患者と信頼関係(ラポール)を構築するのは困難です。この場合は、「怒鳴りつける」対象から外して頂きたいと思います。訪問頻度が訪問看護師より少ない医師の場合、なおのことです。
(略)
 一般的には1週間以内で信頼関係を構築することは困難ですが、方法によっては必ずしもそうとは限りませんし、ましてや1週間以上の期間が確保できているならばなおのこと、在宅医療従事者が患者・家族との信頼関係に基づいた療養環境を創り出さないといけないのではないのでしょうか。それをしないことには、質問にあったような無意味な救急搬送がいつまでも繰り返され、在宅医療に将来はないのではないか……とさえ思います。

国策として病院から施設へ、さらには在宅へと言う流れになっているのは基本的にはその方が安くつくからと言う財政上の問題が大きいわけですが、利用者の方々も重々ご承知のように全国どこでも急性期医療機関は常時満床(と言うよりも、そうしなければ経営が成り立たない診療報酬体系になっている)でリソースに全く余裕がないわけで、看取り目的の方々を受け入れる余力などないと言うことも大きく関係しています。
その点で在宅や施設等からの高齢末期患者の搬送、それも治療目的と言うよりもいわゆる看取り目的での搬送はおかしいのではないかと言う声は今に始まったことではなく、もちろん施設によっては様々な理由から施設看取りは一切行わないと宣言し入所者家族にも同意を得ていると言う場合もあり、今回の記事のように「勝手に末期患者を押しつけられる」医療側との間でトラブルに発展することもままあります。
それ以上に悪名高いのがもともと現状のまま看取る、救急搬送はしないと言うことで入所時から話はついていたはずなのに最後の最後で何故か救急車を呼ばれ搬送されてしまうと言ったケースで、どうも中にはいざその時になって施設側から暗に搬送を迫られると言ったケースもあるようで、当然ながら無駄に医療リソースを食いつぶし、何より本来平穏たるべき最後の時間を無駄に騒がせることになるのは不幸な話ですよね。
回答者の言い方は厳しいところもありますが、こうした構造的問題によって患者本来の意志が歪められている状況に対しては受け入れる医療機関側にしても迷惑を被っているわけですから組織としてクレームを入れる権利はあるでしょうし、あまりに悪質であれば特に地方では地域内医療機関でよく話し合いの場を持ち、場合によっては問題施設からは一斉受け入れ拒否と言った形での圧力もありなのかなと言う気がします。

診療報酬改定によって主治医報酬なるものが設定され24時間対応を求められる時代になってきた、その結果この辺りの事情が今後どう変わっていくかですが、主治医報酬の算定要件をみても日常の管理を任されているだけでいざ急変となった時の対応までは求められていないし、そもそもそうした対応能力がない先生であっても主治医報酬を取ることは出来る(診療科を問わない)と言う制度になっているわけです。
例えば近年いわゆるコンタクトクリニックの算定要件が厳しくなって眼科の先生も何かと経営が大変になっていると言いますが、そうした眼科の先生であっても制度上の要件さえ満たしておけば基礎疾患数多の患者の主治医となって報酬を得ることは可能であるわけで、全身的な管理と言った能力面の問題はひとまず置くとしてもこうした末期対応に関する経験値が十分にあるとはとても考えられませんよね。
その結果とりあえず24時間の電話番は勤めるものの、実際に何かあれば「あ、それは近所の救急病院に行って」で済ませてしまうケースも増えるのではないか?とは懸念されるところなのですが、当然ながらこうした対応を取られたのでは患者の方でも困るでしょうし、どんどん逆紹介を進めたい大病院の先生にとってもとても患者を任せられないと言うことにもなりかねません。
在宅看取りと言うことに関しては本当に担当医の裁量あるいは熱意に依存するもので、最初は「先生はもう私達のことは見捨てると言うことですか!?」と逆紹介を嫌がっていた患者家族もいつでも熱心に往診してくれる紹介先の先生に自宅で看取ってもらい非常に感謝していたと言うこともままあるわけですが、この辺りをしっかりやってくださる先生方にこそそれなりの見返りを…と考えてしまうのはおかしな話なのでしょうか?

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2014年5月25日 (日)

今日のぐり:「哲多食源の里 祥華(しょうか)」

その昔大学間の集まりでMITだのCaltechだのと書いた名札をつけて歩き回っている他大学の人をみてうらやましがった東○工大の人が、自分達もあれをやろうじゃないかと名札にTITと表記してみたところ…と言う笑い話がありますけれども、まさにリアルでそんなことがあったと言う記事が出ていました。

「変態」の意味あったので…近大、英語表記変更(2014年5月21日読売新聞)

 近畿大は20日、2016年4月に予定している外国語・国際系の新学部開設に合わせ、これまで「KINKI UNIVERSITY」としていた英語表記を、「KINDAI UNIVERSITY」に変更すると発表した。

 「KINKI」とほぼ同じ発音の英単語「KINKY」が「異常な」「風変わりな」といった意味合いで使われており、大学の国際化を進めるに当たって誤解されないようにするため、と説明している。

 現在の英語表記は1949年の大学設立時から使っているが、新学部の構想と合わせて約1年前から変更を検討。留学生の受け入れを増やす計画などに支障が出ないよう、国内で浸透している略称の「近大」を採用することにした。看板や印刷物、体育会系クラブのユニホームなどの英語表記も順次更新する。

 塩崎均学長は大阪市内で開いた記者会見で、「『変態』の意味もあり、海外の会合で自己紹介すると笑われることがある。近畿は地域名として由緒ある言葉だが、国際化を本気で進めるためには、英語表記の変更は仕方ない」と話した。

 新学部は国際的な人材の育成を目的に、14番目の学部として東大阪キャンパス(大阪府東大阪市)に設置。語学学校を運営するベルリッツ・ジャパン(東京都)と協力して実践的な英語教育を実施するほか、1年次の後半から1年間の海外留学を義務付ける方針。今年度内に文部科学省に設置認可を申請する。

まあしかしこの種の「他言語で聞くと妙な意味に取られがち」と言うことはままあるわけですから、固有名詞に関してはあまり神経質になっても仕方ないと言う気もしますけれどもね。
今日は思いがけないところでケチがついた近大の輝かしい将来を祈念する意味で、世界中から似て異なるものなのか異なっているが似ているものかと言う微妙な話題を集めてみました。

キュウリをむいたらバナナ!? 日本の現役美大生のユニークな食べ物アートが海外サイトで話題に!(2014年3月17日Pouch)

どこにでもありそうな何の変哲もない1本のキュウリ。ところが、皮をむいてみると……なんとバナナだった!! おいしそうな豆大福の中身は……ありゃりゃ、今度はミカンが出てきたよ!!
そんな、食べ物の外側に別の食べ物の絵を描くというユニークな作品が「VISUAL NEWS」などの海外サイトに紹介され話題を呼んでいます。

これらのアート作品を発表しているのは日本に住む趙燁(ちょう・ひかる)さんという女性。ベテラン売れっ子デザイナーかと思いきや、なんと現在、武蔵野美術大学に通うハタチの現役女子大生だというからビックリ!
UNUSUAL(非日常)ARTをテーマに掲げ、ボディペイントや衣服のデザイン、イラスト、立体、映像作品など幅広い制作活動をしているという趙さん。ある食べ物を他の食べ物に見立てるなんて面白いアイディア、どこから出てくるんでしょうか!?
    「バナナとキュウリって似てるよな……みたいな簡単なところから始まっています。人が、相手の肌の色や目の色でその人を判断したり態度を変えることがバカバカしいと思い、“見た目で本当に中身がわかるの?” という問いかけも込めて制作しました。」
──とのこと。見た目だけでは中身はわからない、思いもよらない意外なものが詰まってるのかも……。見る者を楽しく裏切ってくれる作品の数々、ぜひ皆さんも見てみて!
この春から大学3年生になるという趙さん。まだまだ成長し続けるであろう彼女の作品には今後も要注目ですよー!

その摩訶不思議さは元記事の写真でも伺えるところなんですが、試しに「趙燁」で画像検索して見ると…なんじゃこりゃあ?!ですねホントに。
古来人類社会を二分してきたあの二大派閥ですが、調べて見ますと意外にも違いがあったようだと言うニュースをご存知でしょうか。

犬派男性と猫派男性に年間 100 万円の収入格差(2014年5月21日カラパイア)

 総合マーケティング支援を行うネオマーケティングが実施した調査結果によると、犬を飼っている、または飼ったことがある犬派男性と猫を飼っている、または飼ったことがある猫派男性の収入には格差があり、犬派男性の方が年間所得が約100万円ほど高いことがわかったそうだ。尚、女性に関しては収入の差は見られなかったという。
 この調査は全国の20 歳~59 歳の犬派猫派男女 394 人を対象にウェブアンケートで実施された。有効回答数は394 名(犬派男性 97 人、犬派女性 83 人、猫派男性 90 人、猫派女性 124 人) となっている。

1.犬派男性と猫派男性に年間 100 万円の収入格差
 犬派猫派 394 名の内、286 名から得られた個人年収によると、女性は犬派猫派によって差は見られないものの、男性は犬派が 561 万円に対し猫派は 464 万円とその差は約 100 万円に及んだ。(ただし、犬派猫派の男性で職位に違いは見られないため、職種や企業規模が異なるからかもしれない)

2.犬派の方がやや積極的で犬派女性は異性にもてる?

 これまで好きな相手に「告白した回数」と「告白された回数」を調査したところ、「告白した回数」では犬派が平均 2.7 回だったに対し、猫派は 2.3 回。「告白された回数」では犬派が平均 5.4 回に対し、猫派が 4.3 回で猫派よりも犬派の方が多かった。これは男女別でも同様の傾向にあったという。
 さらに、「告白した回数」と「告白された回数」の差分で比較したところ、犬派女性は猫派女性よりも、告白された回数が告白した回数より多い人が多いことがわかったという。
(略)

この意外な結果をどう解釈するかですが、一般にイヌの方が散歩など手間がかかるように思いますので、特に日本の場合ではある程度規則正しい生活を送れるほどには生活にゆとりのある人が飼うことが多いのかも知れませんね。
フォントなどあまり気にしないと言う方もいらっしゃるかと思いますが、一見どれも大した違いはないように見えて実は結構大差あったと言うニュースがこちらです。

中学生のシンプルなアイデアで国費400億円の節約が可能(2014年4月2日日刊テラフォー)

アメリカ・ピッツバーグの中学生スバー・ミーチャンダニ君(14)は、大蔵省の役人たちが過去何十年にも渡って頭を抱え続けてきた国の財政問題に関して、一つの画期的かつシンプルな方法を思い付いた。
その方法とは、すべての政治家・役所が政府発行の公式な書類を印刷する時に、フォントを『Times New Roman』から『Garamond』に変えること。
スバー君の計算によれば、これだけで400億円の国の出費を削減できる。
上の写真を見てもらえば分かるように、『Times New Roman』は『Garamond』に比べて、書体が太いため、それを印刷した時に、インク代が余計に掛かってしまう。
一般家庭ではそれほど差異はないだろうが、毎日膨大な書類を印刷しているであろう政府機関では、確かに大きな差が出そうだ。

スバー君がこのシンプルなアイデアを思い付いたのは、学校で科学フェアへ出品する課題に取り組んでいた時だった。
スバー君は、コンピューターサイエンスを環境保全に活かす方法を探す課題に取り組んでいた。
調査を重ねた結果、シバー君はインクと紙の消費を最小限に抑える方法を発見した。同時にそれは、最小限にコストを抑える方法でもあった。
まず、先生が学校で配る書類を分析し、最もよく使われる文字が「e、t、a、o、r」であることを突き止めた。
続いて、代表的な4つのフォント「Garamond」「Century Gothic」「Times New Roman」「Comic Sans」について、それぞれの文字に使われるインクの量、紙の面積を比較した。
結果、文字が細い「Garamond」を印刷した場合のインクの消費量が最も低かった。
それを政府の財政という大きなスケールで考えると、なんと年間400億円も節約できることが分かった。

書類のフォントを変えるだけなら今すぐにでもできる!
だが残念ながら、お役所がそんなに早く物事を変える訳がない。シバー君もそれは重々承知している。
「これは、課題の中で一番難しい部分です。実際に政府が変わってくれたら本当に嬉しいです。その為の努力は、喜んでします。」
政府の前に、今日から自宅で印刷する書類のフォントを変えてみようと思う。塵も積もれば山となる。きっと家計と環境が大いに助かる。

まあしかし目の付け所はシャープですが、画像を参照いただけば判る通りインクが少なくて済むと言う事は印刷が小さく細く薄く見えると言うことでもありますから、周知徹底すべき文書として必ずしも妥当かどうかと言うとまた微妙なところではあるかも知れませんんけれどもね。
こちらは似て異なる物であったことが明らかになった結果、世間的に大きな騒動になってしまったと言うニュースです。

展示品の3割が偽物、博物館に閉館命令 中国(2014年5月22日AFP)

【5月22日 AFP】中国北東部・遼寧(Liaoning)省にある博物館が、歴史的遺物として展示していた8000点の展示品の3分の1が偽物だったことが判明し、警察当局から閉館を命じられた。国営紙・環球時報(Global Times)が22日、伝えた。
?報道によると、閉館を命じられたのは同省にある鹿城博物館(Lucheng Museum)。偽造された展示品の中には、「時価1億2000万元(約20億円)相当の清王朝(Qing Dynasty)の剣」とされるものもあったという。

?中国では博物館がブームで、国営メディアによれば昨年1年だけで299館が新設された。古美術品の個人収集家も増加しているが、一方で骨董(こっとう)市場には偽造品があふれ、問題となっている。
?先日は、2つの博物館を所有する中国の富豪が、米ニューヨーク(New York)の競売大手サザビーズ(Sotheby's)で800万ドル(約8億円)以上で落札した歴史的な中国の書に対し、上海博物館(Shanghai Museum)から偽造品ではないかとの指摘があり、真贋論争に発展した。
?また昨年には、河南(Henan)省の博物館で、清王朝時代のものだとして展示されていた花瓶など複数の展示物が偽物だったことが明らかになった。専門家はその際「同様に偽物を展示する博物館は、中国各地にある。目的は金もうけだ」と述べていた。

しかし記事を読む限りでもすでに中国において本物偽物論争そのものが無意味なことで、いっそ日本から本物の秘宝館を輸出してみたらいいなどとも思うのですがどうでしょうね?
日本でも各地で大活躍している警察犬ですけれども、こちらいささか異なったものが大活躍?していると言うニュースが出ていました。

「フィンランドには『警察犬』ならぬ『警察トナカイ』がいるんだ」「またまた、そんなわけが…」→本当にいた!(2014年5月21日らばQ)

多くの国で警察犬が採用されていますが、なかには別の動物が使われている国もあるようです。
北欧の国フィンランドでは、なんと警察犬ならぬ「警察トナカイ」がいるというのですが……。
(略)
本当にトナカイ!
トナカイが多い事で知られるフィンランドですが、まさか警察のユニフォームまで着せられたトナカイがいるとは驚きです。
警察トナカイの役立ち度がどの程度かはわかりませんが、これは珍しいと海外掲示板には意見が寄せられていました。

●いったいトナカイを何に使うの?
↑(投稿者)ドライバーに安全運転をさせるための注意喚起と、人々を元気づけるため。
↑じゃぁRPG(携帯式ロケット砲)と一緒に支給されないかな。
↑何でもRPGと一緒に供給できるさ。
↑少なくとも一度はね。
↑どうしてトナカイをRPGと一緒に供給してほしいのかは謎だが、人のことをとやかく言うオレじゃない。
●「お前はいい警官になるぜ、チョッパー」
●ソテーされたトナカイはおいしいんだ。
↑そしたらサンタはどうやってプレゼントを運べばいいんだ。
↑宅配便を使って2週間遅れで。みんなのように。
●トナカイなら人間よりもいい!
↑でも人のほうがトナカイよりいい匂いだぞ。
●地元にいる野生動物で、警官に使えそうな動物は何かなって考えたけど、ポッサムはあまりいい響きでもなく、敬意も払ってもらえないと思った。

ユニークなコンセプトなのは間違いありませんね。
世界に目を広げれば、他にも変わった動物が採用されているのかもしれません。

写真を見ればまさにそのものズバリやんけ!と言う状況なのですが、しかしトナカイと言えばシャイなのかと思っていましたら意外に人付き合いがよさそうですよね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからの話題ですけれども、ともかくは記事を参照いただきましょう。

ペンギンのホモカップル、育児放棄した隣の夫婦から卵あずかり、ひな誕生/英国(2014年5月20日アメナマ!)

フンボルトペンギンのホモカップルが卵を温め、ひなを孵しました。卵は隣の夫婦が育児放棄したものでした。

英国ケント州の動物園で、ジャンブスとカーミットという名のオス2羽のつがいが、1か月のあいだ卵を温めていました。4月12日、ひなが無事誕生したということです。
卵は別のつがい、イソベル(♀)とハリケーン(♂)のものでした。通常、フンボルトペンギンのつがいはオスとメスが協力して卵を温めますが、ハリケーンに育児をする気がなかったため、イソベルも卵を温めるのを止めてしまいました。
見捨てられた卵を温めて孵したホモカップルには、「最高の親ペンギン」という賞賛の声が寄せられています。

イソベルが卵を見捨てたのは今回が初めてではなく、以前にもジャンブスとカーミットが卵をあずかったことがありました。このときの卵は上手く孵せなかったとのこと。
ジャンブスとカーミットは、それぞれメスの相手がいましたが交尾することなく別れ、2012年につがいになったそうです。

まあなんと言うのでしょうか、実にブリ的紳士道を嗜むペンギン達であったと称讚すべきなのでしょうかねこれは。
ともかくも罪なき卵がかえったと言うことは喜ぶべきことですけれども、果たして子供の将来はどのようなものになるかと心配すべきなのか、それとも健やかにブリ的紳士道の何たるかを極めることを期待すべきなのかです。

今日のぐり:「哲多食源の里 祥華(しょうか)」

岡山県北の新見市哲多町界隈で以前から看板だけは目にしていて、こんな人里離れた山奥で(失礼)どんな店なんだろうと気にはなっていたのですけれども、たまたま今回お邪魔する機会がありました。
文字通り近隣に人家の気配もないような山の中なのですが意外にと言っては失礼ながら結構なお客の入りで、どうもこの地域で唯一の飲食店で大人数にも対応可能と言う点から法事等の利用も多いらしく、この日も見ていますとどうやら個人客と言うのは見かけず、離れも含めたいくつかの座敷は全てお坊さん連れの黒ネクタイ客で埋まっているようです。
一応こちらの料理は地域の名物とも言える千屋牛の料理と共に、これまた地域性豊かな季節の野菜、山菜と言った山のものが二大看板のようで、今回は特に後者がストレートに楽しめそうな旬薬御膳なるものを頼んで見ました。

この旬薬御膳とは薬膳をベースにしたオリジナルのものだそうで、見たところ精進料理的に生臭物は使わないで仕立てられているようなのですけれども、メインの天ぷらがタラの芽、ゲンノショウコ、ユキノシタと言った山菜づくしとなっていて、どれもさわやかな味わいが楽しめたのですがとりわけこの日は少し腹具合も落ち着かなかったものですからゲンノショウコなども有り難みが増すと言うものです。
刺身の方もこんにゃくにキクラゲを辛子味噌でいただきましたが、こんにゃく臭さのないこんにゃくもさることながらこの白キクラゲは食感、味ともに何ともいい具合ですね。
正直街の料理屋で食べる山菜料理などあまり有り難みを感じたことがないのですがこちらはどれも非常に鮮烈かつ嫌みのない味ですし、小鉢のわさび菜やタケノコの木の芽和えと言った定番料理も外れなしでおいしくいただけました。
ただ汁代わりの形の山菜蕎麦は季節外れなのは置くとして、近隣の蕎麦産地である草間地区でいただいたことのある田舎蕎麦と見た目も味もそっくりで正直蕎麦としては評価しようがないと言うところでしょうか、ただ蕎麦屋では総じて魚系の濃い出汁ばかりなので、こういうあっさりした味もまたいいものだとは思います。
また主食にあたる雑穀飯は固形燃料で炊きあげるのですが、きちんと炊きあがるまで置くとなると他の料理と完全にタイミングがずれてしまうので、これだったら出汁を使って炊き込みにした方がいいような気がします。

量的にも内容的にもどっしりと腹にたまるというものではないですが、逆に言えばもう一つのメイン食材である千屋牛を単品で追加する楽しみもありますし、主たる利用者層である年配客にはちょうどと言ったところですよね。
接遇面では意外と手慣れたもので良い方向に予想を裏切られたのですが、特に電話での問い合わせにもしっかり対応していただけると言うのは地理的環境を考えてもありがたいもので、やはり年配客主体ですからその辺りはいい具合に気が長くなってくると言うことなのでしょうか。
ただ場所柄トイレなどは団体対応で広さは十分にあるのですが、こちらの客層を考えると唯一洋式の障害者用(これもかなり後付けっぽい感じですが)以外のものも原則洋式と言う形でもいいのでは?と言う気もします。

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2014年5月24日 (土)

いつでもどこでもスマホいじり 「今どきの若い者は」と嘆くよりも

スマホとSNSの普及に伴い、どこの企業もいわゆる馬鹿発見器騒動にさらされるリスクがかつてないほど高まっていると言えますけれども、その結果企業の側としても従業員のSNS利用を監視すべきか否か?と言う議論が発生してくることはいわば当然の帰結であるのだろうし、昨今では新規採用に当たってネット検索等で一通りのチェックをかけてみると言った事も(表立ってかどうかはともかく)かなり広まっているようです。
当然ながら学校現場における教員と学生との間にもこの種の緊張ある関係が高まってきていて、もちろん講義時間中にスマホばかり触っているなどと言うのでは本当に真面目に聞いているのか?といいたくもなるでしょうけれども、実はSNSで今日の講義を採点し容赦なくダメ出ししていると言った話であれば果たして学生ばかりが悪いのか、まともに聞く価値のない講義しか出来ない教員側に非はないのかと言った議論にも発展しかねません。
道具はあくまで道具であって使い方次第であると言う考えにたてば、スマホにしろSNSにしろ使い方次第で幾らでも有用な役割が期待出来るはずですけれども、昨今では各地の学校で学生向けにスマホを禁止するのではなく積極活用すると言うことが行われていると言うニュースもあるようです。

スマホ禁じずいっそ活用 授業でアプリ、連絡はLINE(2014年5月17日朝日新聞)

 「勉強に支障が出る」と、スマートフォン(スマホ)の校内への持ち込みや使用を禁じている高校は多い。でも、今や大半の高校生が持っているのが実情。それならいっそ使いこなそうと、授業などで活用するケースが出始めている

 高知市の私立高知中央高校で歯科検診があった4月上旬。生徒のスマホに、担任教諭からのメッセージが届いた。
 「うちのクラスの番なので集まってください」
 検診会場への集合指示が、特定の仲間同士でメッセージをやりとりできる無料通信アプリ「LINE(ライン)」で送られた

 同校ではスマホや携帯電話を校内に持ち込むことができ、昨年3月からは連絡手段としてラインを使っている。学級や部活単位、教員同士などで計40以上のグループをつくり、日々連絡をとりあう。今は全校生徒の98・5%がラインを使うが、その他の生徒にはメールやプリントで連絡する。
 授業でも、生徒の理解を深める教材として、検索や国語辞書、数学クイズなどのアプリを使わせる
 休み時間には私用で使うこともできる。授業終了のチャイムが鳴ると、校内のあちこちでスマホで写真を撮り、ラインでやりとりする生徒の姿も。

 スマホはインターネットを使った犯罪に巻き込まれたり、ネット依存に陥ったりする危険性も指摘されている。だが、近森正久理事長(61)は「社会に出たらスマホは必須。今のうちから安全な使い方を教えた方がいい」と話す。スマホを活用しつつ、安全に使う方法も指導しているという。

スマホを使って“ライブ感”のある双方向講義を実現 “今どきの学生”の意見を引き出すスマホ講義(2014年4月30日日経ビジネス)より抜粋

 東海大学文学部広報メディア学科の小泉眞人教授が、スマホを使った双方向型の講義を昨年11月から始めている。学生は、講義中にスマホでアンケートに答えたり、質問、意見などをリアルタイムに発信したりでき、それを講義を聴く全員が共有できる
 実際に、東海大学の講義で利用し始めたところ、15~20分程度で途切れがちだった学生の集中力が倍近くに伸びたという。さらに、さまざまな意見が飛び交ったり、講義後の質問が増えたりするなど効果も見られた
(略)
どうして、スマホを使った参加型の講義を始められたのですか。

小泉:講義する側がただ情報を一方的に出しているだけ、ただ吐き出しているだけでは、聞く学生も面白くないですし、やっている教員もつまらないとかねがね思っていたのです。音楽の「ライブ」は、「お互い楽しもうぜ」という、双方向性がありますよね。そのライブ感というのがすごく大事なんじゃないかと、以前から思っていました。
(略)
 学生の反応を見ながら、ここ受けたからもうちょっと話そうかなとか、ここつまらなそうだったら、もうちょっとこうしようかとか、試すようになったわけです。学生も、最初はぽかんとしていたりするのですが、だんだんとそういう投げ掛けに慣れてきます。
 そういったライブを実現したいというのがベースにあります。そんな時に「Mentimeter」というスマホなどを使って双方向で講義できる仕組みを見る機会があって、IT技術を活用すればもっとよくできる、と思ったわけです。そして、昨年11月から「イマキク」という仕組みを使って講義を始めました。
 講義の際に、「質問のある人は授業の後に来なさい」ってよく言いますよね。150人の講義のときに、1人か2人ぐらい授業の後に質問に来ますが、実際問題としては、友達の目があったりして、先生の近くに行けないのです。
 これまでは、それはしょうがないと思っていたのですが、ITの仕組みを使えば、その瞬間に学生の反応が見えるようになるし、学生もその場で質問やコメントを発信できる。この仕組みでは、誰がコメントしたかなどは分からないようになっているので、自由に発言できるわけです。
(略)
 究極は、彼らのモチベーションを上げて、言われたことを暗記させるのではなく、自分でいろいろなものに興味を持って、知性や教養を磨いてもらうのが目標です。そのために、90分をできるだけ楽しんでもらい、より熱意を持って、前向きに取り組んでほしいと思っています。そのためには、教える側も工夫しなければいけません。その流れで、行き着いたところが、スマホを使った「ライブ」なのです。

スマホを使った講義を実際に開始してみて、学生の反応はどうでした?

小泉:やっぱりよかったですね。あらかじめ用意しておいた設問にもパッと反応してくれますし、自由質問やコメントなども怖くなるくらいシビアなものが上がったりします
(略)
 重要なのは、無記名なこと、つまり個人を特定しないことです。学生は、誰が言っているのかをすごく気にしています。もちろん教員の中には、この仕組みで出欠を取りたいという人もいるのですが、私の場合は目的が違うので、それで出席を取ったりはしません。
(略)
 1年生の講義などでは、5月の連休までは、集中力が結構続きます。ただ、やっぱり連休が明けると、4月の緊張感から一気に解き放たれるせいもあるのでしょう、短いと15分、20分ぐらいでざわざわしたりしてきます。
 これが、スマホを使った双方向の仕組みにすると、集中力が長続きしますね。実際に調査したわけではないのですが、感覚的には倍くらい、つまり30分~40分くらいに伸びたように感じます。
 学生からのレスポンスもよくなっていると感じますね。この仕組みがなかったら火がつかなかったかもしれない学生に火がついたりとか。授業が終わってからの質問も増えました。この授業だったら自分の言いたいことが言えると思ってもらっているのかもしれません。
(略)
(実際に講義を聞いた後で)本当に学生の反応がいいですね。その場で、アンケート、質問の回答のデータがリアルタイムに出るのがいいと思いました。講義をただ聴いているだけだと、周りがどの程度理解しているのかとか、理解できない俺はダメなんじゃないかとか、自分のレベル感が分かりませんが、これならよく分かります。

小泉:そうなんです。授業に動きがでるんですね。普通の授業というのは静的といいますか、動きがあまり多くない。それが、学生の反応が即反映されますから。

本当にあれだけのコメントがどーっと来たのはかなり驚きましたね。学生が文字を書くスピードが速い! そして、匿名のせいでしょうか、思ったことをそのまま書いていますね。

小泉:普通、「意見、言ってください」と言ってもなかななか言わないですし、アメリカのビジネススクールみたいにどんどん手を挙げるような文化はないじゃないですか、日本は。
 ハーバードの白熱教室のように「私が私が」と手を挙げられるようになるのは一つの理想でしょうけれど、あれはなかなか日本のカルチャーでは難しいですね。日本人には、やっぱり奥ゆかしさや、周りを気にするような空気がありますから。
 そうなれないというのは、日本人のいいところでもあります。そういう日本の文化に合ったシステムと言えるんじゃないでしょうか。意見がないんじゃなくて、周りを気にして言えないとか、言っちゃまずいかと思って言えないとか、そういったことを気にせず発言できますから。
(略)

高知中央高校のケースなどは実は実社会で当たり前に行われている利用法の延長とも言え、日常生活で使って便利なのだから難しいことを学ぶ場で使えばもっと便利だろうと言う当たり前のことだとも言えますが、特に昨今社会問題化しているネットリテラシー教育と言う側面からもスマホ利用をむしろ積極的に推進していると言うのは非常に有意義なことだと思いますね。
従来日本の大学で行われている講師が一方的に喋るスタイルの講義では学生が実際に講義の中身を身につける比率が極めて低いと言われていて、これを解消するために学生同士のディベートを取り入れ主体的に参加させるだとか様々な方法論が模索されているところですけれども、東海大の例では誰もが持っている簡単なデバイスによって双方向性が確保されれば、それだけでも身の入り方に相当な違いがあると言うことですね。
この小泉先生の方法論のいいところはディベート等ですとそれまでのやり方やカリキュラムのこなし方からかなり改変し調節すると言った面倒な作業が必要になりますが、こちらですとほぼ従来のやり方がそのまま用いることが出来ると言うことで、もちろん双方向性によってよりシビアな批判の目にもさらされるわけですから講義内容にも様々な工夫が必要でしょうが、講師側にとっても参入のハードルが低いとは言えるわけです。

ただもちろん小泉先生も言っているように実際単に質疑応答を取り入れたと言ったレベルではすぐに反応が鈍くなってしまうのも当然で、それぞれの講師が自分なりのやり方で常に創意工夫を凝らしていかなければ意味がないのは当然ですが、こうした双方向でのやり取りに基づく講義内容の改善と言う作業自体は実は大手予備校などでははるか大昔から行われていることです。
予備校の場合などは講師側も学生によって批評の目にさらされ給料や契約継続の可否も決まってくると言うシビアな世界だそうですが、その大前提としてあるのは小泉先生も言うように「大学にとって学生というのは顧客」と言う考え方であって、学究肌の先生から見れば「そんな学生に媚びを売るような真似が出来るか!」と言うことにもなるかも知れません。
ただ高度な専門課程などにおいてはまた別でしょうけれども、大学教養部レベルくらいまでの教育においてはやはり教わったことをどれだけ身につけられるかが教育効果に直結する部分は否定出来ないわけで、創意工夫によって居眠りをしていた学生達が真面目に熱心に講義に参加するようになるのであれば教える側としてもそれで給料をもらっていると言う名目である以上、やる価値は十分にありそうだと思えます。

先日アメリカから面白い話があって、とある高校で試験に通るかどうか不安を抱いた一学生が大勢のre-tweetを獲得したら試験免除してくれないかと先生に持ちかけたところこれが通ってしまい、実際全米に呼びかけてみると目標数をクリアし試験免除になってしまった、これを見た各地の高校で学生達が先生に同じようなお願いをしてちょっとしたブームになっていると言うニュースが出ていました。
面白いのは必要な数字の設定が1000件だったり100万件だったりとてんでバラバラなことで、もちろん試験の重要性もあるのでしょうが相手を見ながら「この学生にはこの程度のハードルが妥当だろう」と見て設定していると言うのであれば、これはこれで興味深い社会学習の機会であると考えることも出来そうです。
日本と大学の位置づけがかなり異なっているせいか、アメリカの高校の場合は社会に出る前の最終教育機関として様々な社会的教育を行う役割も持っていますけれども、見ず知らずの人とどうやってコネクションを作り出していくかと言うことはアメリカ社会に生きる上で非常に重視されるスキルであって、そこらのペーパーテストなどよりもよほど必要性の高いものであると言えるでしょうね。
日本でも日本なりの事情に合わせた有意義なスマホ活用術と言うのは幾らでも工夫出来るんだろうと思いますが、小学生レベルからSNSを介しての犯罪行為にも巻き込まれかねない今のご時世ですから、とりあえずはネットリテラシー向上のための教育だけは初等教育レベルから大至急かつ徹底して繰り返しておいた方がいいんじゃないかと言う気がします。

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2014年5月23日 (金)

高齢ドライバーと昨今多いと言うあの問題

交通事故自体の件数は交通戦争と呼ばれたひと頃からずいぶんと減ってきているそうですが、その一方で以前からこういう事故のニュースがたびたび出ていることを皆さんご存知だと思います。

67歳女性「間違って線路走った」…阪急電車と衝突し車大破(2014年4月4日産経新聞)

 3日午後10時45分ごろ、京都市右京区西院久保田町の阪急京都線西院-西京極間の踏切近くで、乗用車が河原町発梅田行き普通電車(8両編成)と衝突した。車は大破したが、運転していた同市北区の女性(67)は車から降りて無事だった。乗客約160人にもけがはなかった。

 京都府警右京署によると、女性は「踏切に入ったあと、誤って線路内を150メートルほど進んだ」と話しており、同署で詳しい事故原因を調べている。阪急電鉄によると、同線の河原町-桂間で運転を見合わせた。

長崎道を逆走50キロ 80代男性「記憶にない」 [佐賀県](2014年04月04日西日本新聞)

 3日午前5時20分ごろ、佐賀県武雄市東川登町の長崎自動車道下り線で「車が逆走している」と通行車から110番があった。県警高速隊が時速70キロ前後で福岡県方面に逆走している軽乗用車を確認し、約30分後、最初の目撃地点から約50キロ離れた金立(きんりゅう)サービスエリア付近(佐賀市久保泉町)で車を停止させた。事故はなかった。

 隊によると、運転していたのは福岡県筑紫野市の80代男性。同乗者はおらず、「記憶にない」と話しているという。男性は通行券を持っておらず、車に自動料金収受システム(ETC)は搭載されていなかった。隊は料金所の発券記録などで高速道に入ったインターチェンジ(IC)や逆走を始めた地点を調べる。道交法違反(通行区分違反)容疑で交通違反切符を交付するかどうか検討している。

 隊によると、最初に目撃されたのは武雄北方ICから約10キロ離れた長崎県側。軽乗用車は下り線追い越し車線を走行しており、午前5時46分から東脊振、佐賀大和、多久各IC間で車両の流入を規制した後、追跡し停車させた。

いずれも記事を読んでいる限りでは一体何が起こったのか?と思ってしまうような常識外れの事例で、しかも当事者があまり問題だと考えていないらしいことが気になりますけれども、特に昨今何かと話題になることが多いのが高速道路の逆走問題で、警視庁によれば幸い事故に至らなかったものも含めると年間200件以上も発生していると言いますから毎日のように起こっていると言ってもいいくらいですよね。
注目されるのが65歳以上の高齢者がその7割を占めると言うことなのですが、忘れ物をしただとか降りるべきICを通り過ぎたと言ったある程度了解可能な(それとても本来あってはならないことですが)理由がある場合もあるものの、高齢者の場合そのほとんどがそもそも高速道路は逆走不可だと言う交通法規を知らないか、合理的?理由がなく認知症によるものであるとしか言えないようなケースであると言うことです。
そして冒頭の記事にしてもそうなのですが間違えによって何か非常識なことをやってしまうまではままあることだとして、高齢者の場合その後の対応方法において明らかにそれは違うだろう…と言う行動に走ってしまうのも特徴と言え、異常事態で逆上してしまったのか正しい対案を考えつけないほど認知機能低下が進んでしまったのか、ともかくも走る凶器の運転を行うに当たってそれでいいのか?と不安視せざるを得ませんよね。
警察においても当然ながらこうした高齢ドライバーの抱えるリスクは承知しているようなのですが、さてその対策は?と考えた場合に未だこれと言う明確なものは打ち出せてはいないようです。

高速道路の逆走、7割超に認知症の疑い 大阪府警が調査(2014年5月21日産経新聞)

 高速道路の逆走事故が後を絶たない中、大阪府警が平成22~25年の府内の高速道路の逆走事案を調べたところ、ドライバーから聴取できた17件のうち15件を60歳以上の高齢者が起こし、7割以上の13件で認知症やその疑いがあったことが、府警への取材で分かった。
 本人が認知症と気づいていないケースや、高齢者の「生活の足」となっているため免許を返納しにくい例もあるといい、対応の難しさが問題になりそうだ。

 府警によると、22~25年の逆走事案の認知件数は105件。このうち逆走車を発見し、本人から事情を聴けたのは17件。22年6月に70代のタクシー運転手が高速出口から進入して車と正面衝突し、運転手が重傷、後部座席に乗っていた客が軽傷を負ったケースなど、事故が起こった事案が2件あった。
 逆走事案の運転者をみると、9割近い15件(88%)が60~80代の高齢者。さらに17件の76%を占める13件の運転者が、認知症、またはその疑いがあった
 昨年末に85歳の男性が阪神高速を約14キロも逆走したケースでは、府警によると運転者の男性には認知症の兆候がみられたが、本人に自覚症状はなく、通院歴もなかったという。男性の家族から、府警に免許証の自主返納について相談があったのは、事故の後だった。

 警察庁が22年9月~24年8月の2年間を調べた結果では、逆走447件の約4割が認知症やその疑いとされている。
 認知症に関しては、平成21年の道交法改正で、高齢者の運転免許証更新時に認知機能検査が義務付けられ、違反内容や医師の診断によっては免許が取り消されるようになった。また、自動車教習所が認知症の可能性のある人を見つけたら警察に連絡する制度も設けられており、大阪府警は4月に同制度のプロジェクトチーム(PT)を結成し、態勢強化を図っている。

 70歳以上のドライバーは、自動車教習所で免許更新時に「高齢者講習」を受ける。この際、窓口で同じことを何度も聞いたり、車のエンジンをうまくかけられなかったり-といった認知症の兆候を発見できる可能性が高いという。
 教習所から警察へ連絡があれば、警察が本人や家族に免許の自主返納を勧めるなどの対策が取れる。しかし昨年1年間で府警への通報は9件しかなく、PTは教習所への啓発活動に力を入れる。府警幹部は「1件でも事故を減らすため制度を活用したい」と話した。

この高齢者ドライバーの認知症対策と言うもの、警視庁のHPなどにもその方法論が記載されているようなのですが、高齢者講習の前に記憶力や判断力を測定する講習予備検査を受けなければならないと義務づけられているのは75歳からだと言うのはどうなのかで、少なくとも医学的に高齢者として扱われる65歳以上にはスクリーニング的に全例長谷川式くらいはやっておいてもよさそうに思います。
ただ年齢だけが問題になるかと言えばもちろんそんな話ではなくて、例えば興味深いことに逆走事故の発生件数をみても20代、40代そして60代以降とピークが三つあると言うのは技量や知識の未熟や運転機会の多寡など様々な要因が絡んでいることを示唆しているものですし、そもそも若年者の自爆的事故の多さを考えれば別に高齢者でなくとも安全運転をするに当たって問題多々ありと言う場合は多いわけです。
本来的には運転免許の取得や更新に当たってもう少し実際的な技量や知識を確認するべきなのかも知れませんが、どうやって行うかと言う問題は置くとしても取得者の数の多さや運転はせずとも身分証明的に使われている現実を見る限り、取りあえずは違反を重ねているような要注意者から対策を進めていくしかないのでしょうか。

そもそも高齢者の運転そのものがどうなんだと言う考え方もあって、現行の運転免許は基本的に1種類ですが、高齢者であってもどうしても日常生活の必要上免許が必要な人が多いのに更新か返納かの二択しかないのも問題で、例えば近隣の一般道だけを走行できる限定免許のようなものも用意してもいいんじゃないかと言う考えもあるでしょう。
ただそうした免許を作ったとしてそこらを走っている人達の免許の種類がどうなのかをどうやって確認するのか、いちいち各所に検問を張って渋滞を巻き起こすと言うのでもなければ事故なり違反なりが起こるまで何もしない現状と同じではないかと言うことになってしまい、結局は当事者の意識の問題であると言う現在と同様の落としどころになりかねません。
この点で無免許運転防止等の観点からも車を運転するに当たって必ず免許証を確認するようなシステムを自動車に組み込むべきだと言う考えは以前からあって、ETCなどと同様の技術で高速道路等に限って走行を制限するようなことも技術的には可能でしょうが、わざわざ不便で面倒くさくなる装備を自分でお金を出してまで取り付けたがる人がどれだけいるのか?と言う問題はありますよね。
それではその種装置の取り付けを義務づけるかで、なんでもかんでも公的規制頼りでは世の中堅苦しくなって仕方がない、かと言って本人の自覚任せでも自覚がないから認知症なんだと言われればそれまでですが、高齢ドライバーが自ら運転をしなくても済むような社会体制の整備がまず先だろうと言われるとお金も時間もかかる話ではあります。

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2014年5月22日 (木)

医療現場での感染防御対策が杜撰なのではと話題に

先日はHIV陽性患者が実質的にかかりつけ歯科医から診療を断られたと言う話を紹介しましたが、それに関連してどうやらいささか危なっかしいと言う歯科治療での感染防御の実態が報じられています。

歯削る機器 7割使い回し…院内感染懸念(2014年5月19日読売新聞)

 歯を削る医療機器を滅菌せず使い回している歯科医療機関が約7割に上る可能性のあることが、国立感染症研究所などの研究班の調査でわかった。
 患者がウイルスや細菌に感染する恐れがあり、研究班は患者ごとに清潔な機器と交換するよう呼びかけている。

 調査対象は、歯を削るドリルを取り付けた柄の部分。歯には直接触れないが、治療の際には口に入れるため、唾液や血液が付着しやすい。標準的な院内感染対策を示した日本歯科医学会の指針は、使用後は高温で滅菌した機器と交換するよう定めている。
 調査は、特定の県の歯科医療機関3152施設に対して実施した。2014年1月までに891施設(28%)から回答を得た。
 滅菌した機器に交換しているか聞いたところ、「患者ごとに必ず交換」との回答は34%だった。一方、「交換していない」は17%、「時々交換」は14%、「感染症にかかっている患者の場合は交換」は35%で、計66%で適切に交換しておらず、指針を逸脱していた。
 別の県でも同じ調査を07~13年に4回行い、使い回しは平均71%だった。

 研究班の泉福(せんぷく)英信・国立感染症研究所室長によると、多くの歯科では、人手や費用がかかり、簡単な消毒や洗浄をしただけで繰り返し使っているとみられる。
 厚生労働省によると、歯科での院内感染は原因の特定が難しく、国内で明らかになった例はない
 感染症に詳しい浜松医療センターの矢野邦夫副院長は「簡単な消毒では、機器を介して患者に感染する恐れのあるウイルスもある。十分な院内感染対策を取ってほしい」と話している。

もちろん口の中に直接突っ込む部分に関してはちゃんと交換しているのでしょうが、柄の部分を交換していないと言うのは一つには記事にあるようにそこからも感染するリスクがないわけではないと言う点と、それ以上に汚れた機器を触る手指を通じてあちらこちらに汚染が広がりやすいと言う点で、素人目にもそんなことで大丈夫なのか?と不安になりそうな話ですよね。
確かに歯科では自分がやった処置で感染症が発生すると言う実感に乏しいのだろうと言いますか、緊急やむを得ざる理由で必要最低限度の輸血を行ったとしても事後に感染マーカーが陽性になった時の気まずさなど経験したことがないのでしょうし、そもそも処置前後の感染症チェックを日常的に行っていると言うわけでもないでしょうから実態把握自体が難しいところはあるのでしょう。
ただこの辺りは医科において考えてみると内視鏡検査などがちょうど類似しているのではないかと思うのですが、こちらでは胃カメラ等を使用すればカメラ自体はハンドル部分までまるごと光源装置から取り外してその都度全体を洗浄消毒するのが基本ですけれども、これも20年ほど前に内視鏡検査を介したピロリ菌感染などが話題になってから消毒の重要性がようやく徹底されるようになったとも言えます。
そして現段階でも飛沫等のレベルまで考えてみると必ずしも検査室全体で完全防御の体制を取れているとは言い切れず、現状の対応で医原性の感染症のリスクがどれくらいあるのかきちんとしたデータが欲しいところですけれども、そうした対策に要するコストを考えるとこれまたどこまでゼロリスクを追及すべきなのか悩ましいところですよね。
歯科なども感染防御の重要性は頭で判ってはいても、歯科医激増による過当競争でワープア化著しいとも言われる経営状態ではそうそう無制限にコストをかけてもいられないと言う現実があるのだと思いますが、結局この辺りは当事者の自覚に委ねるだけでは不十分で、安全対策にコストをかけることへのインセンティブをどう確保するかと言う問題になると思います。

使い捨て器具を洗浄再使用 堺の医療機関、肺の手術で(2014年5月19日東京新聞)

 国立病院機構近畿中央胸部疾患センター(堺市北区)は19日、肺の胸腔鏡手術で3種類の使い捨て器具を洗浄、滅菌して再使用していたと明らかにした。器具に汚れが残っていたのが3月に見つかり、再使用を中止。厚生労働省の通達に沿っておらず不適切と分かったため、現在は完全に再使用をやめている。

 器具を使った手術は、導入された2008年から6年間で約2300件だったが、どのケースで再使用したかは分からないという。手術後、33人が感染症にかかり、うち8人が元の病気の進行や敗血症で亡くなったが、同センターは「感染症になった割合は低く、因果関係はないと考えている」とした。

この材料費問題も現代医療においてなかなかに悩ましいもので、材料費を実費算定出来るのであればまだしもですが多くの場合手術や処置に対する報酬の中に材料費も組み込んであると言うことになっている、そして年々道具が進歩するたびにその値段も高くなっていくのが通例で、手技によっては材料費のコストだけでほとんど儲けは出ないと言うことにもなりかねないわけですね。
制度的に考えても材料費が持ち出しになるのであれば再利用して材料費コストを下げた方が利益が大きいのは当然なんですが、注目いただきたいのはそうやって利益を上げられるのは行った医師ではなくあくまでも病院であると言うことで、別に頑張ってコストを切り詰めてもその分給料が上がるわけでもないのに何故余計なリスクを冒すのか?そこまで組織に対する忠誠心篤い先生方ばかりなのか?と言う疑問はありますよね。
まあこうした公的病院に勤務する医師の場合そこまで経営のことは考えている人ばかりでもなく、単にまだ使えるのにもったいない精神でやっている人も多いかも知れないでしょうし、ある種のカテーテルなどは再利用品で少しくたびれているくらいの方が使いやすい、なんてことを言う先生もいるようですから、使い捨ての道具だからと完全に100%リユースなしで回している施設の方がむしろ少ないんじゃないかと言う気がします。
さらに一部公立病院などになると経費節約と称して「それが必要な患者が来るまで一切機材ストックは置かない」などと無茶を言う施設もあるようで、その場合業者が営業していない夜間休日に急患がやってくれば何も手出しできないと言うことにもなりかねませんから、密かに内部ストックを確保する目的でリユース品を使用し使わなかった新品を貯め込んでおく、などと言ったいじましい手を使っている先生もいらっしゃるようです。

要するに個人の報酬には直結しなくても少なくとも診療上の必要や経営上の要請からすると再利用には一定の意義はあるのが現状と言うことですが、逆に再利用しないことへのインセンティブがどれくらいあるのかと考えると、今回のように洗浄が不十分だったと問題視されると言ったことでもない限り実はそれほどないのではないか?と言う気がしますでしょうか。
もちろん医者にしてもわざわざ自分の手で新しい患者を作るつもりはないでしょうから「これくらいなら問題ないだろう」と一定の確信があってやっていることと思われ、実際今回のように実際洗浄等が不十分で問題化すると言うのはむしろレアケースだと言うのは、逆に言えば一回や二回の再使用では実際上まず問題は起こらないし、何か具合が悪ければその時点で新品に切り替えることで十分だとも言えそうです。
医者側の立場はそれとして、患者からすれば正規の料金を取っているのに他人の使い残しを再利用されるのは許せる話ではないのも当然で、双方にとってメリットがある解決策としては機材コストは完全に別会計で計上できるようにすると言うのが最も妥当ではないかと思うのですが、そうなりますと機材価格は今以上に上昇し医療費を押し上げる原因になると財務省あたりはいい顔をしないでしょうね。
安全に対するコストをきちんと評価し安全対策を徹底した方が医療側にとってもメリットになるような診療報酬体系を整備していくのが筋だと言うのはもちろんなんですが、当面財政上の要因などもあってそれが難しいと言うことであれば、誰得?と言う議論は別にして一番手っ取り早く確実なのは洗浄、再利用することによって物理的に使用できなくなるよう、機材側をメーカーの手によって改良(改悪?)する道だろうと言う気はします。

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2014年5月21日 (水)

必ずしも評判のよろしくない主治医報酬の位置づけは

今年度の診療報酬で開業医や中小病院に対して算定を認められたいわゆる「主治医報酬」ですが、かねて複数診療科を受診している患者の全体像を把握し管理する医師が必要だとは言われてきたわけですから、とりあえず何と何の治療をしていてどんな薬を飲んでいるかと言うことが一発で把握出来る問い合わせ窓口が確定するだけでも有意義なことだとは思います。
他方で近年では診療科の専門性を超えた全人的な診療を担当する総合診療医と言うものの必要性が言われていて、もちろん専門医不在の地域で日常的な管理を各科横断的にこなせる医師が必要であると言う理由もさることながら、複数診療科にまたがって治療を受けている患者などは各科専門医が揃った大病院にばかり集まってくると言うことの解消も期待されていると言えますよね。
一見するとどちらも1人の患者を全体的に把握すると言う点で似たようなものにも思われ、そうであるなら総合診療医が主治医を担当するのだろうなと考えたくなるのももっともなのですが、主治医報酬を設定した厚労省側では「そうではない」とはっきり断言していると言うことです。

今なぜ「主治医」なのか(2014年5月7日日経メディカル)より抜粋

(略)
外来、在宅の24時間対応が必要

 今改定では「主治医機能」を評価する点数として、同加算のほか、200床未満の病院と診療所を対象とする包括払いの「地域包括診療料」(月1回1503点)が新設された。
 いずれの点数も、高血圧、糖尿病、脂質異常症、認知症の4疾患のうち2つ以上を有する患者が対象。同じ疾患を複数施設で診ている場合は、1施設のみ算定できる。
 算定要件は、(1)服薬管理、(2)算定患者に対する24時間対応、(3)在宅医療の提供、(4)健康管理、(5)介護保険制度への対応─など(図1)。
(略)
「主治医」の診療科は問わない

 今改定で厚労省が示した「主治医機能」とは、自身の専門分野にかかわらず、他医とも連携しながら幅広い疾患に対応し、疾病予防から在宅医療、介護まで1人の患者をトータルに診る機能を指す。
 類似した概念として日本医師会が掲げる「かかりつけ医」のほか、専門医制度の見直しで基本領域の専門医に位置づけられた「総合診療専門医」などがあるが、厚労省保険局医療課長の宇都宮啓氏は、「主治医」は総合診療専門医とイコールではなく、科目を問わないと明言している(詳細はVol.3にて)。
 「機能分化」を主要テーマに掲げた今回の診療報酬改定では、外来医療の分野でも、大病院と診療所・中小病院の機能分担を意図した改定が行われた。大病院外来に対しては、専門・紹介外来中心の運営に誘導する狙いから、前回の2012年度改定で導入された紹介率、逆紹介率が低い大病院の初診料などの引き下げ措置がさらに強化された。
 この見直しとセットで位置付けられているのが、地域包括診療料と同加算(主治医報酬)の創設だ。
 大病院が患者を逆紹介しても、逆紹介先が、専門分野以外の相談や時間外の受診といった多様なニーズに対応できなければ、患者が再び自己判断で大病院の外来や救急外来を受診することになりかねない。そこで、患者が抱える様々な疾患の管理や各種の相談、夜間診療などに一元的に対応できる「主治医」を増やそうとしているわけだ。
(略)

宇都宮氏の「主治医は総合診療医とイコールではない」と言う言葉に注目いただきたいと思いますが、リンク先の別記事を参照しますと興味深いのが専門医受診の必要条件となるような英国式の「ゲートキーパー」でもないと明言していると言う点で、それでは一体どういうものを目指しているのか?と気になりますよね。
少なくともここで言う主治医はジェネラリストとしての専門性を総合診療専門医で担保するような性質のものでは全く無く、それどころか全身管理能力を求められない眼科耳鼻科と言ったマイナー診療科の医師であっても構わないと言う話であれば、ここで求められているのは結局のところ治療ではなくマネージメントを担当する役割ではないか、さらに極論すれば医師ですらなくてもいいのではないかと言う気がしてきます。
その点で大病院の専門診療・紹介患者診療への特化とセットで語られていることは注目すべきで、要するに多くの患者は医学的には地域の開業医で外来診療が可能なレベルであっても様々な不安や疑問もあり、どうしても何かと大病院に頼る傾向があるわけで、そうした諸々の面倒事も含めて取りあえず患者のことは全て一任出来る担当者を決めておくと言う意味合いなのだと考えられます。
その意味で算定要件として24時間対応と言うものを求めていると言う点は非常に象徴的であって、要するに昨今あちらこちらで自治体等が行っている病院にかかる前の電話相談サービスと言った類の機能を個別の患者事情を把握した上で行うことを求められていると言うことなのでしょう。
この点で例えば他科受診をしている患者があれこれと専門外のことを相談してくる、それに対して医療専門家としての立場から一般常識レベルの答えを返せると言ったレベルの対応こそ一番求められているのだと思いますが、専門分化が著しく標準的治療法も毎年のように変わってきている昨今、特に専門分野の狭いマイナー診療科の先生方が本当にこうした対応が可能なのかと言う疑問は残るところですよね。
ただその昔とある社会医学系の先生が「ボクは心臓のことは素人だが、心臓について一般の市民に講演させたら循環器の専門医よりもうまくしゃべれる自信があるよ」と自信満々で言っていた、などと言う話もあるくらいで、本当にそれが医学的に正しいかどうかは患者には判らない、ただ話を聞いて素人を納得させられるかどうかこそが多くの場合より重要なことなのだと言う考え方もあるでしょう。
実際にこうした「医療相談好き」の患者が今までどこに相談してきたかと言えば近所のおしゃべり好きのオバサンであるとか、せいぜいがたまに会う親戚の看護婦くらいであったりしたわけですから、とりあえずそのレベルの医学知識よりは妥当な医学常識に基づいて説明してくれるのであれば現状よりも悪くなることはないとは言えるのかも知れません。

先の往診料大幅減額で医者が来なくなったと各地の老人ホームが悲鳴を上げていると言う話がありますが、ホーム往診なら契約打ち切りで済みますが主治医ともなればハシゴを外されたからと明日から主治医降りますとは言えないでしょうし、国にしても当然そういう事情を知っている以上主治医算定が定着した頃合いで容赦なく報酬を切り下げるだろうと考えると、主治医報酬支持がごく少数に留まるのもやむなきところですよね。
ただ実際問題ホームに往診してどんな医学的処置が行えるかと言えばほぼ「安心感の付与」くらいしかないはずで、そう考えると救急車でいきなり担ぎ込まれるようないわゆる急病時はともかく、日常診療において患者需要の多くは実は医療技術にはなく丁寧に話を聞き説明をしてくれる、何でも相談に乗ってくれると言う部分にこそあるのではないかと言うことも言えそうです。
同じような国民皆保険制度を導入し医療費を低額に抑制してきた日本とイギリスとで何が違うかと言えば、英国では初診を担当する一般医は人頭割で、主治医として患者何人を抱えていると言うことに対して幾らの報酬を得ているのに対して日本ではあくまでも出来高制であって、その結果日本の医師は世界各国水準の2~4倍にも及ぶ患者の診療をこなさなければならないと言う状況にあります。
その中で患者の話を丁寧に聞くなどと言う行為は診療報酬上全く評価されてはいませんから、早い話がそうした患者が増えるほどクリニックは赤字が拡大しやがて廃業に追い込まれると言う淘汰の圧力が働いていると言えますが、英国式であれば抱え込んだ患者数によって報酬が決まるわけですから、むしろ余計な検査などコストのかかることは一切せずおしゃべりの相手でも務めていた方が儲かる理屈です。
もちろん「あの先生はよく話を聞いてくれる」と評判が良くなるほど患者が集まり頭割り報酬が増えるのですから、とにかくゆっくり時間をかけて患者とよく話をしよう、そして患者からの評価を高めようと言う方向で淘汰の圧力がかかっているわけで、欠点数多で医療崩壊最先進国だなどと言われながらも英国の医療が日本などと比べてはるかに高い国民の満足度を誇っている理由の一つがこの辺りにあるのかも知れませんね。

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2014年5月20日 (火)

医薬分業かで薬剤師の役割が徐々に拡大中

先日は日本薬剤師会会長と言う要職を務める児玉孝氏が、こんなショッキングなことを言っている?!と話題になった記事があるのですがご存知でしょうか?

【参考】日本薬剤師会会長(児玉孝氏)が決意の告白「患者よ、クスリを捨てなさい」(2014年4月22日現代ビジネス)

実際にはセンセーショナルなタイトルほど内容はぶっ飛んだものではなく、現代日本では薬を沢山使いすぎているため飲み合わせ問題など思いもかけないトラブルが発生する可能性も高い、そのためかかりつけ薬局によるチェックなど薬剤師に求められる役割がますます重要になってきているという、役職を考えるとごくごく一般的な発言であったと言う気がしますがどうでしょうかね?
同氏が主張したかったこととしてはこちらのコメントに要約されるのだと思いますが、本来的に医薬分業と言うものは薬剤師が医師とは独立して専門職として機能するべきものであって、医師の処方通りに単なる調剤係として機能することを求められているわけではないと考えると、医師はもちろんですが薬剤師側にも役職を理解した仕事ぶりが求められるのではないかと言う気がします。

クスリの重複や飲みあわせによる副作用を防ぐために「お薬手帳」がありますが、それだけでクスリを管理するのは、現実的には限界があるかもしれません。

それに代わる方法としては、「かかりつけ薬局」を持つことも有効です。複数の病院にかかることがあっても、自宅の近くなどにかかりつけの薬局があれば、そこで一括してクスリを処方して管理もしてもらえます。患者さんから「このクスリは効かない」「このクスリを飲むと湿疹が出るから替えてほしい」といった相談があれば、薬剤師は処方した医師に確認する義務(薬剤師法に定められた「疑義照会」というシステム)があるのです。

薬剤師というと、処方箋に従ってクスリを出すだけの専門家という印象が強いかもしれません。ですが、クスリに関することは何でも訊いていただいていいんです。処方薬をもらう際、市販薬やサプリメントなどとの飲みあわせの相談でもいいですし、ご自身の体調のことを気軽に相談できる薬剤師を見つけていただきたい。

まあしかし病院でもらう薬が多すぎるとは当の医師ですら感じているところで、患者にしても「ちょっとした風邪でも近所のドラッグストアなら一つで何でも効く薬があるのに、病院に行くと何種類も薬を出される」なんてことを言う人は多いのですが、それだったら近所のドラッグストアの売薬で済ませていればいいですよね?と言うと「いや保険が使えて安いし、何となく不安だし…(ごにょごにょ)」と妙に弁解めいたことを言われがちであるようです。
ただこれも先に児玉氏の言う問題の裏返しで、どんな薬であれ副作用等のトラブルが起こりえる以上医者としては必要のないものは出したくない、それ故に患者個々の症状に応じて「この人には咳止めと熱冷ましを」と言った具合に最小限のものだけ組み合わせて使えるよう、基本的に一つの成分ごとに一つの薬となっていると言うことが理由として挙げられます(もちろん場合によっては、病院においても総合感冒薬を出すことはあるわけですが)。
また同じ効果であってもそれぞれの薬によって「飲めばすぐに効果が出る切れ味の良い薬」だとか「一日中しっかり症状を抑えてくれる薬」と言った具合に求められる性能によって薬の作りが異なっていたりもしますから、同じような効果の薬を二種類処方された、これは無意味で無駄じゃないかと思えても実際には理由があって行っていることが多いはずです。
ともあれ風邪一つでもそうした処方の思惑の全てをいちいち説明していたのでは医者も仕事になりませんから、現在薬の説明は医薬分業で独立した薬剤師が行うと言う流れになってきていると言うことなのですが、実はこの6月から薬事法と薬剤師法の同時改正が行われる、そしてその結果薬剤師の役割にも大きな変化が起こりそうだと言う気になる記事が出ています。

「薬事法の改正で、患者から十分な情報が得られない場合は、調剤薬を交付しないという判断も薬剤師に求められます」(2014年5月19日日経メディカル)より抜粋

(略)
──改正薬事法では、第9条の3に新設された第2項で、調剤薬を交付する薬剤師に患者から情報を聴取・確認させることが薬局開設者の義務となりました。第9条の3では、他にどのようなことが規定されているのですか。

 第9条の3には、「調剤された薬剤に関する情報提供及び指導等」に関する条文がまとめられています。第1項から第4項まであります。その第1項では、調剤薬を交付する薬剤師に、情報提供と必要な薬学的知見に基づく指導を行わせることを開設者の義務としています。第2項は、先ほど述べた情報聴取の義務。そして第3項は、これも新設の項目なのですが、非常に興味深い条文になっています。

改正薬事法 第9条の3第3項

 薬局開設者は、第一項に規定する場合において、同項の規定による情報の提供又は指導ができないとき、その他同項に規定する薬剤の適正な使用を確保することができないと認められるときは、当該薬剤を販売し、又は授与してはならない

 これは、情報提供と指導を薬剤師にさせることを開設者の義務としたことと関連する条文です。情報提供または指導ができないときは、その薬剤を販売または授与してはならないと書いてあるんですね。つまり、処方箋があっても、薬剤師の判断で患者に情報提供や適正な指導ができないと考えられるときは、調剤薬を渡してはいけないということが明確に記されたのです。

──それは、調剤を拒んでもよいという意味でしょうか。薬剤師法第21条で、薬剤師には調剤の応需義務が課せられていると思うのですが。   

 確かに、薬剤師法第21条にある通り、薬剤師は、調剤の求めがあった場合は、正当な理由がなければ拒むことはできません。しかし、「正当な理由」があれば拒むことができる。すると、患者から併用薬などの情報を聴取できなくて、そのために薬剤を適正に使用するための情報提供や指導が行えないと判断される場合を、この正当な理由に該当すると考えることができるわけです。
 今までは、「調剤薬を渡さない」という判断は現実にはなかなかできなかったと思うんですね。例えば、患者さんが何も話してくれないような場合でも、薬剤師は、適正な使用のために必要な情報をできるだけ提供した上で薬を渡してきた。
 しかしこれからは、患者から何も情報が得られない場合に、調剤薬を渡してはいけないという場面が出てくる。薬剤にもよりますが、患者情報がない状態で交付することに危険がありそうだと薬剤師が判断したら、調剤薬を渡してはいけないという場面が、法律上の義務として出てくるということです。
(略)
 まず、誤解をしないでいただきたい点として、改正薬事法第9条の3第2項の「情報聴取・確認の義務」は、あくまで薬局側の義務であって、患者には情報を提供する義務はないということを押さえておいてください。
 そのため、薬剤師が確認しようとしたけれども患者から情報が得られないという場面が出てくるわけですが、改正薬事法施行規則で定める項目をすべて聴取できない場合でも、例えば「併用薬はありません」「他の医療機関にはかかっていません」ということは教えてくれるような場合にどうするか。情報の一部しか得られない場合には、決して渡してはいけない薬なのか。あるいは、注意事項を伝えて渡すことができる薬なのか。これはもう、個々の薬剤師の判断になると思うんです。
(略)
 そして、改正薬事法第9条の3の最後の項目(第4項)は、以前からあった項目ですが、調剤薬を交付する患者との「契約」の解釈に関わるものです。これも、法律家として非常に興味をそそられる条文です。

改正薬事法 第9条の3第4項

 薬局開設者は、医師又は歯科医師から交付された処方箋により調剤された薬剤の適正な使用のため、当該薬剤を購入し、若しくは譲り受けようとする者又は当該薬局開設者から当該薬剤を購入し、若しくは譲り受けた者から相談があつた場合には、厚生労働省令で定めるところにより、その薬局において薬剤の販売又は授与に従事する薬剤師に、必要な情報を提供させ、又は必要な薬学的知見に基づく指導を行わせなければならない。

 患者と薬局の契約が「どの時点で始まり、どの時点で終わるのか」にはいくつか考え方がありますが、その一つに「患者が薬剤師に処方箋を渡した時点で始まり、薬剤師が患者に調剤薬を交付した時点で終わる」という考え方があります。しかし、第9条の3第4項には「調剤薬を渡した人から相談があったら応じなさい」と書かれているわけですから、薬を渡して、情報提供や指導をしたら、契約は終わるとは言い切れなくなる。渡した薬を飲み終わるまで、契約関係は続くととらえられるわけです。
 日本薬剤師会が2011年11月に改訂した『調剤指針13改訂』では、「患者に薬剤を交付した後も、経過の観察や結果の確認を行う」ことが調剤という概念に含まれるとしています。第9条の3第4項は、この新しい調剤概念を踏まえた規定と見ることもできます。経過観察義務とまでは読み込めないかもしれませんが、調剤は薬を渡したら終わりではないことが示された。
 薬というのは、ただ渡せばよいわけではなくて、患者さんが実際にどうやって飲むのか、飲ませるのかということを考えた指導が薬剤師には求められるし、飲んだ後のフォローも必要になる。これからは、薬をそのようなものとして見ていきましょうという姿勢が表れた条文なのではないかと思います。
(略)

今回の改定の目玉として以前から一部で問題が発生している薬のネット販売への対応と言うことがまず第一に挙げられていて、その文脈で見ますとこの条文変更も「売りっぱなしではいけませんよ。ちゃんと問診も行いフォローアップも出来る状況でなければ売ってはいけませんよ」と言う改訂であるようにも見えるのですが、いずれにしても薬剤師がこれまで以上に判断を求められる局面が増えたと言えそうです。
別記事によれば薬剤師法大25条の2において今まで薬剤師には薬に関する「情報提供の義務」が課されていたものが「情報の提供と指導の義務」に変更された、この結果今までであれば「この薬は眠くなるので注意してください」で済んでいたものが、相手の仕事内容や生活スタイルまできちんと把握した上で服薬方法をどう工夫したらよいかだとか、場合によっては医師に処方変更を求めることまでも要求されると言います。
薬学部も今や6年制となりカリキュラムも充実しているでしょうから、今後はこうした役割拡大に対応出来る医療各分野の横断的知識を持ち総合的判断力をも備えた人が増えてくるのかも知れませんが、今まで単なる薬詰め作業に徹していただとか、個々の薬剤の副作用や相互作用と言った個別的知識を持つだけだった方々が果たしてこうした役割変化に対応出来るのかどうかと、現場レベルでの実施にやや危惧も覚えるところですよね。

医療の世界では従来から医師を頂点とするピラミッド型(縦型)の組織構造があって、医師が判断し他職種はその判断の実行面を補佐すると言う形での仕事が行われてきたわけですが、近年言われるところの特定看護師のような「準医師」的資格創設の問題であるとか、あるいはこうした薬剤師に総合的な判断を求めるような法改正の行方を見ていますと、判断を下す司令塔役が多極化していくのかなと言う気もしてきます。
巷間言われるところの「船頭多くして船山に上る」ではありませんが、古典的医師像を持つベテランの先生方を中心にやはり医師の裁量権を侵害すると言うことへの抵抗感は非常に根強くあって、そうした背景事情もあってか医師会なども医薬分業にも特定看護師制度にも反対してきたと言う長年のしがらみもありますけれども、(控えめに表現しても)必ずしも日医の考え方が医師達の総意というわけでもないでしょう、
例えばチーム医療が当たり前の時代に育った先生であれば各職種も含めて大勢でディスカッションを行い方針を決めると言う作業も当たり前のものとなっていると思いますが、判例上も生半可な知識で医療を行ってはならないと言うことが定着している現在、あまりに膨大なものとなりすぎた医療の全側面を1人の人間が判断し責任を負うことなど不可能であるのは当然と言えば当然ですよね。
結局のところ医療の全体像を把握した上で個別の内容を判断出来る人間が多くなれば、少なくとも問題点の洗い出しという点では今まで以上に強力なチェック機能が働くようになるはずで、それを裁量権を侵害し医療を萎縮させる余計な横やりとネガティブに捉えるばかりではなく、医療崩壊の原因とも言われるほど重くなりすぎた医師の責任を分散負担してもらえるありがたい助力と捉えられればいいのだと思います。

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2014年5月19日 (月)

負担が増えれば消費は鈍るはずだという皮算用

高齢者医療費の伸びが気になるのは財政上の負担だけでなく、実際にそれを負担する国民にとっても同じだと思いますけれども、先日特に現役世代にとって気になるだろうこんな記事が出ていました。

後期医療、現役世代の負担増へ 高齢者保険料の伸び抑制(2014年5月17日東京新聞)

 厚生労働省は16日、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度で現役世代が支払っている支援金の算出方法を見直し、現役世代の保険料負担を増やす検討に入った。その分、高齢者の保険料の増加を抑える狙い。患者の窓口負担を除く給付費に占める、高齢者が納めた保険料の割合を2024年度時点で約1%引き下げる内容。

 健康保険組合や協会けんぽなど現役世代の医療保険制度では、高齢化で支援金が膨らんだ影響で保険料率の引き上げ傾向が続いており、さらなる負担増には反発が必至だ。

 厚労省は月内にも社会保障審議会医療保険部会に見直し方針を提示。来年の通常国会への関連法案提出を目指す。

基本的に医療費はどんどん増えていく一方であり、これに対して年金収入は必ずしも順調に伸びているとは言い難い現状ですから、定額収入に頼る高齢者にこれ以上の費用負担をさせるのは忍びない…と言う表向きの建前としては格好が付くとして、実際にはもちろん社会的(あるいはマスコミ的?)な反発を避けると言う気持ちが大きいのだと思いますが、問題は高齢者にとってはともかく現役世代にとってどう受け止められるかです。
現実に医療給付を受けると言う点で直接的な受益者であり、また各種の社会統計上も各世代の中でも一番お金を持っている人々をさらに優遇し、ワープア化が言われて久しい現役世代の負担ばかりを増すとなるとますます世代間資産格差は拡大する、それならせめて窓口負担くらいは現役並みにしろと言う意見も出てきそうな気もしますけれども、まあマスコミなどではそうした意見は採り上げられないのでしょうね。
ただ留意すべき点として、後期高齢者と言えば自らの医療内容に対して自ら意志決定する機会が次第に失われていく年代でもあって、結局のところ現役世代がその意志決定を行い高齢者医療費の増減を支配しているのだと考えると負担増は自己責任の結果であると言う考え方も成立するわけですから、今後理念以上に費用負担という面からも高齢者医療と言うもののあり方がさらにシビアに問われていくことになるのかも知れません。

ともかくも皆保険制度下の日本では長年お金のことで医療に差が付くなどとんでもない、誰しも最善の医療をお金のことは気にせず提供されて当然であると言う考え方が定着してきたわけですが、そうなりますと医療給付は多ければ多いほど皆が幸せになれると言うことになりますから、利用者である国民にしろ提供側である医療機関にしろどんどん高額な医療を利用する方向に認識が向かってしまうのは当然の結果ですよね。
この結果際限なく増え続ける医療費を抑制するために国は診療報酬を削減し医療単価を安くすることで総額の抑え込みを図ってきたわけですが、当然ながら医療機関側としては報酬切り下げによる減収分を多売で補わざるを得ない、そしてその結果医療現場はますます仕事量が増え人手不足が深刻化し、ついには国を動かし医師らの大増員政策に舵を取ってきたわけです。
もちろん働く人間が増えれば支払うべき給与コストも増えるし、働ける仕事量の総量も今まで以上に増えていくのは当然ですから、出来高払い制度下で医療費は今後も増え続けるのはまず間違いないはずですが、これに対して例えばDPCのような定額払い制度の導入によって医療費を抑える試みをしたところで、結局医療機関も商売である以上はより多くの報酬を得るためあの手この手で行動するのは当然で、そうそう大きな抑制効果があるとも思えません。
そうなると医療の提供側ではなく利用者側対策と言うものがどうしても必要になる理屈で、昨今ではいかに国民を啓蒙し医療の需要を減らしていくかと言うことが盛んに言われるようになっていますけれども、その戦略の一環としてこんな対策が検討されていると言う記事が出ていました。

健康優良企業の健保は国への納付金を減額…政府(2014年05月18日読売新聞)

 政府は、従業員がより健康になると、企業が国に払う医療関連のお金が減る新制度を導入する検討に入った。

 企業が従業員の健康向上に熱心に取り組むよう促し、国民の健康水準を高めることで、国の医療費の増大に歯止めをかける狙いがある。

 政府は6月にまとめる成長戦略に盛り込んだうえで、制度の詳細を詰め、2015年度にも新制度を始めたい考えだ。

 新制度の対象は当面、企業の健康保険組合(健保組合)とする。75歳以上の医療保険の仕組みである「後期高齢者医療制度」の中で、働く世代が高齢者を支えるため、健保組合は「後期高齢者支援金」と呼ばれるお金を国に年約1・6兆円納めている。

 政府は、従業員の健康診断の受診率に加え、〈1〉血液関係の数値など健康診断の結果〈2〉病気による従業員の休職率〈3〉メタボリックシンドロームの状態にある従業員の割合――などが良くなったかどうかをみる。改善が進んだ健保組合は後期高齢者支援金の額を減らし、負担を軽くする。逆に、健康診断を受ける従業員が少ない企業などはこの支援金を増やすことも検討する。

基本的に例のメタボ検診と言うものによって不健康な従業員が多いと見なされると企業ら保険者側に各種ペナルティーがあることは周知の通りですが、特に企業の場合はこれが従業員の選別すなわち健康不良従業員の雇い止め等にもつながっていると言う現実があって、今回のご褒美に関しても基本的には同じ問題が発生し得るものと言えそうです。
これを避けるためには集団としての改善率で見るのではなく、個々の従業員が実際にどれくらい改善しているかを指標にする方が妥当だと思うのですが、昨今では労働者の流動化が進んでいて必ずしも毎年毎年同じ会社で健診を受けるとも限らないでしょうし、また数字の悪い従業員はさっさと関連会社に異動させたりすると言ったことをされるとどうしようもありません。
特に企業城下町と言われるような大企業の系列化が進んでいる地域では、親会社から子会社へと健診成績の悪い従業員がつけ回されると言うことも十分あり得ると思いますけれども、やはり本来的には企業等の保険者ではなく数字が悪い個人に対してペナルティなりインセンティブなりを付与していく方が国民健康水準の向上にも医療費抑制にもより確実に寄与するのではないかなと言う気がします。
ただもちろん、大げさなことを言えば健康であることを目指すかどうかは個人の思想信条にも関わる問題でもありますし、もともと努力しても進行していくような基礎疾患を持っているような人が不利になると言うこともあるわけですから、単純に選挙対策ということで考えてもペナルティと言うことは言い出しにくく、可能性として高いのは麻生氏などが言っていたような健康であることへのインセンティブの付与と言うことになるのでしょうか。

医療費抑制の観点からするとやはり医療を受ける国民側への対策が必要であり、それに有効なのは間接的な税金や保険料の引き上げよりも直接的な窓口自己負担の引き上げであると考えられますが、先日は紹介状無しの大病院受診について、現在認められている選定療養の加算とは別に初診料・再診料分(それぞれ2820円、720円)は全額自己負担にすると厚労省が決めたようです。
保険外でプラスアルファの支払いを求める選定療養と違ってこちらは保険で支払っていたものを自費にするわけで、直接的な受診抑制効果に加えて副次的に医療費の公的負担を削減する効果もあるはずですが、減った分の患者が中小病院や診療所に流れるのか受診そのものを取りやめることになるのかで、特に前者の場合は結局のところ医療費が高くなるのか安くなるのか確定していないように思います。
無論多くの一般疾患は町医者レベルの「安い診療」で十分対応出来るとしても、例えば特定領域の専門家であればちょっとしたポイントを押さえた診察程度で白黒付けられる疾患でも、こつを知らない一般医であればあれやこれやと高い検査を繰り返しそれでも診断がつかないで専門家に送ると言う二度手間になる可能性もあるわけで、しかもその際には紹介状の文書費用と新たな初診料をいただくわけです。
そう考えると大病院限定の受診抑制政策は高い専門的な医療を控えさせると言うよりも、今のところ患者が多忙な大病院に集中することを押さえる効果が主体だと思われますけれども、これまた副次的に大病院の受診抑制を図った場合に患者行動がどう変化し、医療費が高くなるか安くなるかと言うデータは得られるわけですから、今度はそれを根拠として二の矢、三の矢を放つことは出来るのでしょうね。

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2014年5月18日 (日)

今日のぐり:「おらんく家 本店」

今ネット上で大いに話題になっているこちらのニュースをご存知でしょうか?

猫が猛犬に体当たり、飼い主の子ども救う 米(2014年5月15日CNN)

米カリフォルニア州ベーカーズフィールドで、幼児を襲った犬に飼い猫が体当たりして撃退し、幼児を救う出来事があった。現場の防犯カメラがその一部始終をとらえて話題になっている。幼児は軽傷を負ったが元気だという。

男の子は13日、駐車場で自転車に乗って遊んでいたところ、付近をうろついていた犬が車の背後から現れ、男の子に襲いかかった。

男の子が足を噛まれて倒れたところへ猫が飛び込んできて、男の子を引きずろうとする犬に猛烈な勢いで突進。驚いて逃げた犬を追いかけ、犬が走り去るのを見届けて戻った。

お手柄の猫はこの男の子の家族の飼い猫「タラ」だった。母親のエリカ・トリアンタフィロさんはCNN系列局KEROの取材に対し、男の子は数針縫うけがをしただけで済んだものの、もっと大変なことになっていたかもしれないと語った。男の子は「タラは僕のヒーローだ」と話している。

母親によれば、男の子を襲ったのは近所の住人の飼い犬だという。

当時の状況はこちらの動画が判りやすいかと思いますが、しかしイヌとネコの行動が何とも対照的と言いますか、まさに悪役とヒーローと言う感じではないでしょうか。
今日はともすれば対人関係において何かとアレされることの多いネコ族のイメージ向上に大きな役割を果たしたタラの英雄的行為を顕彰して、世界中から人間と動物の関わり方を問いかけるニュースを取り上げてみましょう。

「やった!リスと記念写真を撮ったよ!」→「うう、まさかこんなことになるなんて…」(2014年5月1日らばQ)

スマホの普及とともに世界中ではやっている「自分撮り」写真。
おもしろい写真がネット上にもいっぱい上がっていますが、今日は「自分撮りをしに行ったら、狂犬病の注射をすることになった」という人をご紹介します。
(略)
リスのほうが1枚うわ手でした。
せっかく仲良くなって撮った写真が、次の瞬間には台無しになっています。
かわいい顔をしながらリスもやってくれます……。

ちなみにリスから狂犬病をうつされるケースは極まれなので、大半は大丈夫だろうとのことです。
さて、ここで疑問が残るのは2枚目の写真を誰が撮ったのかという点ですが、海外掲示板では「もう1匹のリスだろう」という推理が支持されていました。

その状況は元記事の写真を参照いただきますと一目瞭然なのですが、しかし結構でかいリスではありますよね…
こちら中国からのニュースなのですが、さすがに色々と突っ込みどころが…と感じさせるちょっと驚きのニュースです。

【衝撃】中国で自動車とニワトリが正面衝突 → 車に大穴があく → ニワトリは生還 / 中国ネットの声「どこのメーカーだよ!」(2014年5月8日ロケットニュース24)

交通事故は起こしたくないし、巻き込まれたくもないもの。あんなに頑丈そうなのに、事故の衝撃により紙のようにつぶれてしまった自動車の映像や画像を見て交通事故の恐ろしさを改めて感じることもあるだろう。
中国では、別の意味で恐ろしい交通事故が起きてしまったようだ。自動車とニワトリが正面衝突。ニワトリは無事で本当に良かったのだが、なんと車の方に大きな穴があいてしまったというのである。

・中国で自動車とニワトリによる事故
事故直後のものと言われる画像を見てみると、シルバーの乗用車の前方のバンパーに大きな穴があいている。そしてそこには、1羽のニワトリが突き刺さっていた。どうやら自動車を運転中、道路にいたニワトリに気づかず、はねてしまったようだ。
ただぶつかったのではなく、突き刺さってしまうなんて無事じゃ済まないだろう。ニワトリ、罪もないのに可哀想……と思いきや! なんとニワトリは生還!! しかし、車体のニワトリがぶつかった箇所に大穴があいてしまったというのだ! マジかよ!?

・「どこのメーカーだよ!」とネット上で話題に
この画像はネット上に一気に拡散。さすがの中国ネットユーザーからも「ウソだろ!?」、「どこのメーカーだよ!」、「ニワトリが強すぎる」、「戦闘機型ニワトリの誕生だ」などと、多くのコメントが寄せられた。
また、このニワトリに穴をあけられてしまった自動車が、「トヨタのカローラ」と報じたメディアもあり、「日本車を買うのはやめよう」などと発言するネットユーザーもいたが……。

・改造車だった
実は、この車は改造車であったことが判明。バンパー部分を付け替えていたそうだ。この報道に「安心した!」「俺はトヨタを信じていた」という声や「いずれにせよ中国産のクオリティだったか」と妙に納得する声もあがっている。
いっとき2014年の5月に湖北省武漢市で起きた事故と報じられていたが、実は2月に江西省で起きた事故であったそうだ。情報は錯綜した模様だが、「自動車とニワトリが正面衝突 → 自動車は破損でニワトリは無事」という事故は実際に起きていたもようである。

これまたそのびっくりどっきりな状況は元記事の写真を参照いただくとして、しかし事故調査の結果「ニワトリは解凍してください」と言われたかどうかは定かではありません。
起こってしまうと困ることほど必ず起こってしまうと言う法則がひと頃言われたものですが、こちらいくら何でもこのタイミングで…と思わず感じてしまう放送事故が発生したそうです。

生放送のニュース番組でウサギが発情してしまう事案が発生(2014年4月22日ねとらば)

 アメリカの地方局WBIRがイースター前に、ニュース番組に2羽のウサギをゲストとして連れてきたところ、生放送中に発情してしまうハプニングが起きました。

 突然のできごとに笑うしかない3人のキャスター。画面はVTRに切り替わりますが、その間もキャスターの笑い声が聞こえます。VTRが明けるとデスクの上にはウサギが1羽だけ。キャスターが「9カ月後に3羽目のウサギの名前を発表します」とコメントして締めくくりました。

 動物なので仕方がないとはいえ、なんとも気まずいもの。WBIRも「今年一番気まずい瞬間」としています。

詳細はこれも元記事の動画を参照いただくとして、いやそこはクマのぬいぐるみが登場してしかるべきだろうと突っ込みたくなってしまいますでしょうか。
ここからはしばらくブリネタが続きますけれども、まずはブリらしからぬ妙にいい話というものから取り上げてみましょう。

インコが痴漢を襲撃、飼い主を守る(2014年4月12日日刊テラフォー)

最近は、ペットの鳥類が世界中で何かと話題だ。
今回は、公園で地面に押し付けられた飼い主を、インコが救った。

4月5日、ヨウム(アフリカ西海岸発祥の大型インコ)のウンシーは、ノース・ロンドンのにあるサニーヒルパークを飼い主の女性と散歩していた。
その時に、飼い主が見知らぬ男に肩をつかまれ押し倒された!!
これに気が付いたウンシーは、大声で鳴き、羽をバタつかせながら犯人に襲い掛かり、公園の外の道路へと追い立てた。
ウンシーの攻撃に度肝を抜かれた犯人は、そのまま何もせずに逃走した。

警察によると、ここ最近この公園で何者かに女性が襲われる事件が相次いでいたという。
「今回はウンシーのおかげで被害は出ませんでしたが、今後も誰かがこの男にまた襲われることがないように、我々警察は引き続き捜査してきます。」
(略)
過去には飼い主を殺害した犯人を言い当てたり、車の運転の教官を務めていたオウムもいた。
今のところ、警察を助けている動物といえば警察犬だが、警察鳥がいたらきっと大活躍してくれることだろう。

これはいいインコと言うことなんですが、やはりこのオウムやインコといった鳥は知能が高いと言う話は本当なんですかね。
このようにブリでは人間を上回るほどの活躍をする鳥類なのですが、何しろ世界に冠たる紳士の国だけに何かとストレスも多いようです。

オウム専門心理学者、今日も問題オウムを救う(2014年3月31日日刊テラフォー)

悲恋のオウムは、大好きだった飼い主の妻が亡くなった後も、その名前を頻繁に叫び続けていた。ただ、飼い主の新しい妻の前で、それをやってしまったのがマズかった。
そのせいで、可哀想に、オウムは3年間ガレージに閉じ込められてしまった。

オウムのロイは、3年間の幽閉生活が相当トラウマとなっており、美しい羽のほとんどを自分でむしり取ってしまった。
今は、人間のうつ病患者に処方されるのと同じ薬を常用している。
ロイはガレージから救出された後、イギリスでただ一人のオウム専門心理学者エレイン・ヘンリー博士(44)の治療を受け、回復に向かっている。
うつ病薬を処方したのも、博士だ。
「私は、口が悪いオウムから、自分で自分の羽をむしってしまうオウムまで、あらゆるオウムの問題行動を扱っています。
オウムたちはまさに人間のようで、かなり複雑です。社会との関わり方と正しい食生活が重要で、それらが正しく行われていないと、問題行動を起こすようになります。」
と、博士は話す。

ヘンリー博士の評判は、オウム界では名高いようで、オーストラリアやアメリカからもオウムの飼い主が訪れるという。
動物達の心のケアはもちろん大切だが、その前に、飼い主たちの心を正すことも忘れてはならない。

しかし何とも心の狭いと言いますか、まことにブリ的精神に満ちあふれた飼い主だったと言うことなのでしょうか、ともかくも受難のオウムたちが一刻も早く元気になることを願いたいものです。
最後に取り上げますのもやはりブリからの話題なのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

人間の面接を犬がお手伝い。スコットランド大学の犬の面接官(2014年5月15日カラパイア)

 スコットランド、エディンバラ・ネピア大学では獣医学部動物看護学科の面接の時、犬が学生の面接のお手伝いをするという。志望者は、犬たちがきそいあうように「かまって、かまって」攻撃をしかけてくる中で面接をこなさなければならないのだ。
 この面接のねらいは、この学科に入ろうとする学生の、動物に対する扱いを事前にチェックすることだ。大学側では、犬を用いたこの方法は、将来動物に携わっていくべき人間なのかどうか見極めるのに非常に役立っているという。

 動物看護講師でもあるマリー・フレイザー教授の愛犬ベルは、学生らを面接する犬の「面接官」のメンバーである。
 彼女によると、動物看護学科で学位を取れるのはスコットランド内ではこの大学だけで、定員わずか30名の枠に400人以上の志願者が殺到するという。そのため、この職種に適した学生の面接は非常に重大なことだという。
 「犬のベルを面接室に入れるのは、有望な学生達の気分を落ち着かせるのに役立つだけでなく、彼らの動物への接し方を知ることになります。」フレイザーは語る。
 ベルと黒いラブラドールのエリー、そしてテリアのホーリーなど、面接官犬はその面接に参加し、資格や仕事の経験について志願者が講師に尋問されて四苦八苦している間もずっとそこをウロウロするのだ。

 フレイザー博士によると、ここの学生たちは全員が最終的に動物看護士の職に就く前に研修を受けるため、この段階で人懐っこい犬とうまくやっていけないような学生は、歯をむいてうなるような60kg級の犬を上手に扱うのはまず無理だろう、という。
 確かに面接に犬を入れることは、事前に動物に対する適性をチェックすることができる。また面接を受ける生徒も犬の癒し効果でリラックスすることもできる。これは動物学を学ぶ学生だけでなく、ペットショップ、動物園などにも適応できるかもしれないね。さらには動物だけでなく、子供の託児施設などの面接なんかでも、面接に子どもを入れることで、適性チェックができそうだ。

これまた元記事の写真を参照いただきますと何とも想像を絶すると言いますか、さすがにブリ的最高学府だけのことはあると言う光景が広がっているようです。
まあしかし普遍的価値観を追及すると言う場合にはブリ的紳士よりもイヌの方が確実性が高いのかも知れませんが、そうした健全な価値観がブリ国内で正当に評価されるかどうかはまた別な問題なのでしょうね。

今日のぐり:「おらんく家 本店」

高知市内を中心に展開するこちらのグループ、以前はとにかくビジュアル面で圧倒される店と言う感じでしたが、最近移転や改装であのインパクトある内外装はずいぶんと普通になっているようですね。
こちらの本店は高知城にほど近い市内でも繁華な一画にありますが、これまた入って見ますとごく普通の寿司屋と言う感じでかつてのような異空間は感じられません。
ちなみにランチタイムであっても普通のメニューもあるようですが基本的には定食中心のようで、今回は海鮮丼を頼んで見ることにしました。

海鮮丼と言いますと店によって色々とバリエーション豊富なメニューですが、こちらの海鮮丼は実質的に白飯バージョンのチラシ寿司と言った感じでいかにも寿司屋の料理らしいですかね。
乗っているのもごくオーソドックスな並み握りネタと言ったところで、決して高い素材ではないのですがどれも新鮮でうまいですし、きちんとうまみの残っている海老などもさることながら(海鮮丼に入れるのは賛否あるとは思いますが)こちらの玉子は握りなどにして食べてもそうですが、いつもふっくらして好みの焼き加減だと思いますね。
付け合わせの赤出汁もすっきり出汁の味が楽しめていい案配ですが、同行者のメニューを見ていて面白いと思ったのは定食の種類によって味噌汁を使い分けているらしいことで、確かに煮魚定食には辛口の赤出汁よりごく普通の合わせ味噌の方が合うだろうなと思います。
茶碗蒸しも定食の付け合わせとして考えればこんなものかですが、保温時間を少し置きすぎたのか表面部分がかなり乾き気味なのは気になったでしょうか。
サイドメニューとして鰹のたたきを塩で頼んでみましたが、まだ早い時期なのにとろりと脂の乗った鰹は生臭さもなく塩加減もばっちりで、強いて言えば焼きはもう少し香ばしさを出した方がさらに好みと言うくらいでしょうか。
ちなみにときどき焼いた鰹を小皿の塩やポン酢と一緒にぽんとおいていく店がありますけれども、やはりちゃんと叩いて味を馴染ませるべきだと思いますけれどもね。

接遇面ではこうした寿司屋らしく手慣れたもので妙に格式ばることもなく好印象なのですが、トイレに関しては敷地の関係上狭いながらも設備は整っているのはいいとして、個人的にはこの細長い空間にこのメリハリある白黒の配色はちょっと圧迫感がないでもありませんでした。
全般的には寿司屋としてどこにでもあるようなごく普通のネタが普通に食べられると言うのがこちらの強みだと思いますが、逆に地元の人にとってはこういう店は穴場感が乏しいと言うことにもなるのでしょうか。
ただ定番ネタを押さえていることに加えて高知らしいネタもちゃんと楽しめると言う点で誰にとっても外れのリスクは少ないので、とりわけ土地勘のない県外客にとってはいつでも無難に使えるお店かなと思います。

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2014年5月17日 (土)

需要があるのに人が集まらないのは医療だけではない

医療現場が大変であるという記事は近年売れるトピックスだと認識されているようで、先日も脳外科・神経内科専門医の4割が燃え尽き症候群だとか、看護師の3/4までもが仕事を辞めたいと考えているだとか、この業界の先行きは大丈夫なのか?と疑わざるを得ないようなニュースには事欠きません。
当然ながらこうした労働環境においては逃散だ、崩壊だと言われるほど各地で離職者が相次ぎ人手不足が言われてきたのですが、今までは医療が専門資格を有する職場であるという特殊事情がその背景にあるものという考え方も相応に支持されていたと言うことなのか、もう無理だと離職していく状況に目をつぶってとにかくひたすら有資格者を増やせばよいと主張する管理職の方すらいたわけです。
医師など国が強制配置すればいいと労働環境改善を怠った病院からはどんどん人が逃げていくのも当然ですが、国としても日本国中の医療機関が多すぎる、もっと統廃合し集約化すべきだと言う考え方を持っていて、職員を無駄に酷使し奴隷労働を強いる病院から次々と逃散が発生して廃業に追い込まれることは結果的にウェルカムなのですから、近年続いてきた数的拡大はそろそろ一段落つきそうだと考えるべきでしょうね。

ただ労働環境が悪い職場から人間が逃げ出していく、その結果場合によっては廃業に追い込まれると言った話は別に医療現場に限った話ではなく社会全般で起こっている現象であるようで、最近話題になっているブラック企業問題などもひとたびブラックと悪評がネットに流れでもすれば人材集めも苦労すると言う声が企業側から漏れ聞こえて来ます。
この方面では飲食業界に有名処が多いようで、夜間になるとたった1人の店員で全ての仕事をこなさなければならないと悪評高かった某牛丼店などはあまりに被害が頻発し強盗御用達の店などと言われていましたが、最近では店員が集まらず閉鎖店舗数多で経営も悪化してきているそうで、経営母体の社長さんなども労働者を不当に搾取する巨悪としてすっかりイメージが地に落ちていらっしゃるようですよね。
同社に限らず外食産業全般で最近人手不足が深刻化していて、場所によっては時給1500円にまで引き上げてもアルバイトが集まらないと言っているそうですが、実は今の時代アルバイト不足に留まらず各種業界で深刻な人手不足が進行していると言うのですから、少し前まで不景気だ就職難だと言っていたのに?と意外な気もします。

消費増税とのWパンチ 「人手不足倒産」激増の恐怖(2014年5月13日日刊ゲンダイ)

 4月の企業倒産件数が18カ月ぶりに増加に転じた。産業界からは「消費増税の影響が大きい」という声が漏れてくるが実はそれだけではない。建設現場や小売業を中心に人材確保がままならず、“人手不足倒産”が起き始めているというのだ。増税と人材難のダブルパンチが“倒産激増時代”をもたらしかねない。

 4月は連鎖倒産を引き起こすような大型倒産(負債額100億円以上)はなかったが倒産件数はなぜか増えた。東京商工リサーチによると、資本金1000万円未満の倒産は前年同月比で10.8%増。従業員数別では「5人以上、10人未満」が7.2%増だった。中小零細企業の倒産激増が全体数を押し上げたのだ。
「中小零細が消費増税のシワ寄せを受けたのです」(経済評論家の杉村富生氏)
(略)
 ただでさえ中小企業は悲惨な状態なのに、安倍政権の公共事業乱発が追い打ちをかけている。建設業を中心に人手不足が深刻になっているのだ。

■バイトの時給上がれど、正社員雇用増えず

「人件費アップを吸収できる大手と違い、中小零細は深刻です。従業員の給与を引き上げないと、社員は他社に逃げるし、賃金を上げれば今度はコストばかりが増える。身動きが取れず、結局、倒産です」(杉村富生氏)
 事実、人手不足倒産は増加傾向にあるという。
「埼玉県の木造住宅の会社が、人材難で倒産しました。職人が集められなかったようです。北海道にある介護関連企業も人材不足から経営が行き詰まり破産しています。13年の人手不足倒産は249件でしたが、今年は1.5~2倍になる危険性があります。特に外食や小売りが心配です」(東京商工リサーチ情報部の関雅史氏)
(略)
「連鎖倒産を覚悟しなければなりません。安倍政権は大手企業を優遇するばかりで、中小零細の倒産を食い止める手を打とうとしません。集団的自衛権などの安全保障より、中小企業対策をしっかりやるべきです」(証券アナリスト)

 問題なのは、アルバイトの時給は上がっても正社員の雇用はほとんど増えていないことだ。
 4月の倒産増加を「一時的なもの」と甘く見ると、日本経済の先行きを見誤る。

この問題、冒頭に取り上げた医療業界における状況と共通する病理が存在しているようで、医療の場合全国一律の公定価格下で商売をしてきた中でその公定価格がどんどん引き下げられ経営が悪化してきた、その結果各施設が薄利多売で利益確保を図ったものの、今まで以上に仕事が増えるばかりでこれではやっていられないとスタッフの離反を招いたと言うのがいわゆる医療崩壊現象の概略であったわけです。
これに対して中小企業の場合も多くは大手の下請けと言う形でもともとコスト要求が厳しく仕事と給与のバランスに対する職員の不満がある、そこにさらにデフレだ、消費税アップだと言う中で大手側からはさらにコスト削減を求められるばかりで仕事は増えども給料は増えないとなれば、それは大抵の人間が嫌になって逃げ出したくもなりますよね。
興味深いのは先日取り上げたブラック企業問題に関する学生の意識調査においてもそうなのですが、このところ世間の労働環境と言うものに対する意識が非常に高まっているのではないかと感じられることで、特にひと頃は給料が下がったと言った金銭的待遇にセンシティブだったものが、一回りして皆が贅沢に関心がなくなってきたせいか単に人手不足で仕事がきついと言った状況に対しても非常に悪印象を持っている気がします。
この点で面白いのが残業に関する内閣府の意識調査で、従業員側は残業を多くすることが上司にも肯定的に評価されていると考えているのに会社側は全然気にしていないと言う結果が出ていて、確かに仕事が遅い上に余計な残業代まで取っていく社員が会社から評価されるはずもないと理屈では判る話なんですが、どうも今現在は働くということへの社会の意識変革期にあるのかなとも感じさせられます。

いささか脱線しましたが、もともと従業員に無理を強いてコスト削減をすることでしか売れなかった会社など国際競争の時代にあって存在価値はないと言ってしまえばそれまでなんですが、日本の産業が数多くの優秀な中小企業によって支えられてきたと言う歴史的経緯があるだけに、成り行き任せで淘汰が進んでいくのをただ見ていればいいのか?と言う心配は多くの方々も感じることでしょう。
これも理屈の上で言えば単に安いだけの仕事は人件費の安い外国産にかなわないのだから、日本国内の産業は高くても品質で商売が出来る高付加価値型であることを目指すべきだ、その過程において価格にしか価値のない会社が淘汰されていくのはやむを得ないと言う考え方はあるはずで、実際に世界でここにしか出来ないと言った質の高い仕事をしている中小企業がたびたびニュースなどでも取り上げられますよね。
理想的にはそうした優秀な技術力を持つ企業に人材が集約化されていけば医療と同じ統廃合と集約化の推進と言うことになるのでしょうが、多くの産業の場合質が最優先される医療と異なって価格をある意味無視してでも質を追及すべき場合はむしろごく限られていて、大多数は一定程度の質さえあれば安い物で構わないと言う位置づけにあることは無視出来ない差異だと思います。
国内雇用確保として考えるならそうしたバリューフォーマネーで売るしかない企業でも雇用先としての意味はあるわけですから、例えば一定額の補助金を出すなりしてでも保護した方が失業者も減り税収も増えると言う考え方もあるでしょうが、何にしろそこで働く労働者がこれ以上は嫌だと言っている状況を改善しない限りはどんな保護的政策も意味がないと言う点では医療と共通するとも言えそうですね。

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2014年5月16日 (金)

大麻ですら合法化される時代に酒ときたら

文学作品で大酒飲みが最後には血を吐いて死ぬと言った描写が結構あったものですが、アルコール性肝硬変による門脈圧の亢進から食道静脈瘤の破裂によって死に至ると言うシナリオは残念ながら未だにしばしば起こりえることですし、アルコール性肝硬変の特性なのか患者自身の治療意欲の欠如によるものなのか他の肝疾患による静脈瘤に比べて進行性で予後不良と言う傾向があるように感じます。
別にそこまで酷いことにならずとも酒の席の失敗と言うレベルであれば多くの人々が経験していることでもあるだろうし、過度の飲酒が身体に悪いと言う事は今どき誰でも承知している常識レベルの知識だと思いますけれども、先日どれほど身体に悪いのかと言うことを示すなかなか気になるデータがWHOから発表されたと言うことです。

過度の飲酒原因で死者330万人 WHO、対策促進を呼び掛け(2014年5月12日47ニュース)

 【ジュネーブ共同】世界保健機関(WHO)は12日、過度の飲酒が原因の病気や事故による死者が2012年に世界で約330万人に上ったとの報告書を発表した。全死者の5・9%に当たり、アルコール規制などの対策を促進させるよう各国に呼び掛けた。

 報告書によると、10年の15歳以上の1人当たりアルコール消費量(純アルコール換算)は6・2リットル。ただ、15歳以上の人口の61・7%がアルコール類を摂取していないことから、飲酒人口の1人当たりの消費量は平均を大幅に上回るとみられる。

もちろん有害なのは有害で間違いないのですが、元データに当たっていないので何とも言い難いことながら記事から読む限り、ここでは「過度の飲酒」と言う非常に主観的な指標に基づいた統計調査であるように見えると言う点に留意ください。
少し前からアメリカで大麻合法化と言うことが話題になっていて、その中で大麻の害は喫煙やアルコールに比べてもたいしたことはないと言った論調で擁護論が展開されることがあったのですが、煙草にしてもそうですがアルコールもこうしてWHOからその有害性が指摘され規制や対策が急がれる時代に、それら有害物質と比較して無害性を強調すると言うのも何だかなあと言う気はしますでしょうか。
ちなみに厚労省の死因分析によればいわゆる三大死因(癌などの悪性新生物、心疾患、脳血管疾患)が世代にもよりますがそれぞれ10~30%程度ですから、全体の30~40%を占めるその他の死因の中でもかなりメジャーなものに位置づけられるのだと思いますけれども、特にアルコールの場合子供や老人以上に社会的生産年齢に死者が集中していることが予想されると言う点で影響はより大きいかなとも思えます。
この点で日本と言う国は実は生物学的にも社会文化的にも要注意な国と考えるべきで、よく言われるようにアルコール代謝能力には人種差が大きく白人よりもアジア人は一般に酒に弱い人が多く日本人の半数程度は生まれつき酒を飲むのに向かない体質であると言いますよね(ただし、これまた経験的にも知られているように長年酒と親しんでいくことで徐々に処理能力が向上するとも言うのですが)。
そうであるのに古くは魏志倭人伝にも「人の性、酒を嗜む」とも記されるほどの酒好きであり、「日本人は基本的に優秀なのにあのとんでもない飲酒癖だけは悪徳レベルだ」と戦国時代末期に来日した宣教師達を嘆かせたりと文化的には飲酒に対して非常に寛容あるいは促進的であると言うことは、今日にまで続く宴会・飲み会の慣習一つを取って見ても明らかです。
さすがにこれだけメタボ健診だ、国民健康増進だと言った話が財政上の要求からも国策として推進されている中で、わざわざ高い金を払って飲酒をし自ら不健康になっていくと言う習慣を放置しているのもどうかと考える人が出てきて不思議ではないはずですが、案の定と言いますか日本においてもようやく公的な対策が推進され始めています。

アルコール・ディジーズ放置の大罪(2014年5月14日日経メディカル)より抜粋

 昨年12月の臨時国会で、「アルコール健康障害対策基本法」なる新法が可決、成立したことをご存じだろうか。テレビや新聞ではほとんど報道されず、取り上げられてもベタ記事扱いだったので、初耳という読者も多いだろう。
 2006年に成立した「がん対策基本法」に次ぐ第2の疾患対策法なのだが、メディアを含めて社会の関心が極めて低いのはなぜだろう。酒類メーカーがマスメディアの大口スポンサーとなっていることが記者たちの筆を鈍らせたのかもしれない。が、何より酒類が日本人の食生活に深く浸透していることもあり、アルコールの生体に及ぼす悪影響、社会に与える損失が如何ほどかをメディア関係者を含め多くの国民が認識していないためだと筆者は考える。
 厚生労働省研究班の試算によると、飲み過ぎによる社会的損失は年間4兆1483億円で、そのうち飲み過ぎによる疾患や外傷の治療費は1兆226億円に及ぶという。わが国で何らかのアルコール関連問題を有する人は654万人、依存症者とその予備群は440万人、治療が必要な依存症者は80万人、アルコール関連の疾患や外因による年間死亡者数は3万5000人と推定されている。

刑事処分を受けたDVの7割近くが飲酒のうえでの犯行

 また、飲酒運転で検挙された男性の5割、女性の4割が依存症の疑いがあり、深刻なDV(ドメスティック・バイオレンス)の3割、刑事処分を受けたDVの7割近くが飲酒のうえでの犯行という調査結果もある。自殺既遂者の家族に面接して自殺前の出来事などを聞き出す心理的剖検の結果、自殺既遂者の21%にアルコール関連問題の既往があったとの報告や、法医解剖が行われた自殺既遂者の血中アルコール検出率は48%と約半数に及んでいたとの報告もある。
 世界全体では年間およそ250万人がアルコール関連の原因で死亡しており、その数は世界の全死亡の3.8%、疾病負担の4.5%に相当するとして、WHO(世界保健機関)は2010年5月の第63回総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」を決議し、加盟国に総合的な対策を求めた。
 わが国でもWHOが求める対策を実施するためには、国としての基本路線を示す法律が必要だとして、2010年夏にアルコール関連3学会が協働して基本法制定に向けて動き出した。全日本断酒連盟やアルコール薬物問題全国市民協会といった市民団体も加わり、「アルコール健康障害対策基本法推進ネットワーク(アル法ネット)」が発足。日本医師会や日本看護協会などの医療団体や学会に幅広く賛同を呼び掛ける一方、超党派のアルコール問題議員連盟が法案作りを進めた。関係省庁・団体へのヒアリングを経て、2013年5月に議員連盟が法制局に骨子案作成を指示。同年6月に法案がまとまり、11月の議連総会で全党合意が確認され、12月の国会で可決、成立した。
 アルコール健康障害対策基本法ではアルコール健康障害を「アルコール依存症その他の多量の飲酒、未成年者の飲酒、妊婦の飲酒等の不適切な飲酒による心身の健康障害」と定義。健康障害の防止対策の実施に関して国・地方公共団体・事業者・国民・医師等・健康増進事業実施者それぞれの責務を規定した。医師等の責務としては、「国及び地方公共団体が実施するアルコール健康障害対策に協力し、アルコール健康障害の発生、進行及び再発の防止に寄与するよう努めるとともに、アルコール健康障害に係る良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない」(第八条)と規定している。今後2年以内にまず国が基本計画を策定し、それを基に都道府県が地域の実情に即したアルコール健康障害防止対策を策定することになる。

 アルコール健康障害というと、依存症や急性中毒(異常酩酊)などの精神障害や肝臓・膵臓・食道など消化器系の臓器障害がメーンと思われがちだが、アルコールは生活習慣病や癌、認知症、うつ病など日常ありふれた疾患の要因あるいは増悪因子であることが近年の疫学研究などで明らかになっている。
(略)
 このような明白なエビデンスがあるにもかかわらず、糖尿病や高血圧など日常ありふれた疾患の危険因子として飲酒が強調されることはほとんどない。せいぜい「飲み過ぎには注意しましょう」という、ほとんど説得力のない無意味な常套句が語られるだけである。高血圧の食事指導において食塩摂取量の上限、糖尿病の食事指導において総カロリー量の上限がよく強調されるが、それら疾患の予防・治療に厳密なアルコール制限を強調する医療関係者にはお目にかかったことがない
 医師をはじめ医療者、研究者、公衆衛生関係者、専門誌編集者、診療ガイドライン作成委員、マスコミ関係者のほとんどが大なり小なり飲酒習慣を持っており、アルコールの害を指摘することに後ろめたさを感じたり、指摘することが自分の首を絞めることになるからだろうか。普段たばこを吸っている医療者が、喫煙の害を諭したり禁煙を勧めたりすることがしにくいことと同じである。また「飲酒は社会の潤滑油でありストレスを和らげる」といった飲酒の効用を評価する見方や、「依存性が強いため指導しても改まらないだろう」といった端から諦めの気持ちもあるかもしれない。
(略)
 現在、治療が必要なアルコール依存症者80万人のうち、専門治療を受けている患者は4万人(5%)にすぎないという。先に紹介したわが国の大規模疫学研究(JPHC研究)でのベースライン調査では対象地域の男性の40~70%が「ほとんど毎日飲酒する」と回答していた。
 飲酒は脳や肝臓、心臓など様々な臓器にダメージを与えるだけでなく、毎日必ずどこかで起きている傷害事件や性犯罪、交通事故、自殺、DV、子どもの非行の多くに絡んでいる。妊娠中の飲酒が胎児に催奇形をはじめ悪影響を及ぼすことは数多くの研究で明らかにされている。大学の新歓コンパで新入生が急性アルコール中毒で死亡するという痛ましい事件が繰り返される背景には、アルコールの害への無知がある。アルコール・ディジーズ放置の罪は計り知れない。
 アルコール健康障害対策基本法の施行を機に、今後医師にもアルコール健康障害防止への取り組みが求められる。が、冒頭に述べたように飲酒の害をほとんどの国民が認識していないことから、まず飲酒の害に対する啓発を図り、依存性が強いことから個人の力だけでは問題飲酒を止めることができないのだという社会的コンセンサスをしっかり形成することが必要ではなかろうか。かつて喫煙の害を率先して啓発したように、学会や医師会などが国民の健康を守るプロフェッショナル集団として、国や社会に積極的にアルコール健康障害防止キャンペーンを張るべきだろう。
 「不適切な飲酒」「多量の飲酒」とは具体的にエタノール換算でどのくらいの量を指すのか、疾患を予防する上でどこまでの飲酒量なら許容されるのか、など日常診療での指導に生かせる指針を学会などで作成してもらいたいものだ。禁煙指導における禁煙補助薬のように、依存症を和らげて禁酒指導をサポートする、副作用の少ない禁酒補助薬の使用も今後求められよう。
 以上のように飲酒の有害性を独り主張し、「飲酒に対する寛容な態度・正当化こそが様々な問題飲酒を助長する最大の要因ではないか」と言っている筆者が、周囲から白い眼で見られなくなる日が来ることを願っている。

まあしかし医療現場で飲酒の害がスルーされているかと言われれば異論無きにしも非ずですが、高血圧で塩分制限をとなれば「日本人の食習慣ではWHOの塩分摂取推奨基準を満たすことは困難で」云々と話が長くなるのに対して、飲酒に関しては「いいから酒やめろ」の一言で済んでしまいますからねえ。
ともかくアルコールに限らず世の中の習慣の多くが何らかの理屈によって「こんな大罪見過ごすわけにはいかない!」と批判され得るものであることは例えば近年の捕鯨・反捕鯨論争などを見ても明らかですし、マスコミ的には正義の御旗を押し立てて反対運動を先導しやすいものの一つではあるのだろうと思います。
医学的悪影響と言う事で考えますと幾ら「赤ワインのポリフェノールが」云々と擁護論を展開したところで「飲まないで済むなら飲まない方がマシである」の一言でFAなのですからあまり議論の余地はないと考えていますが、酒も煙草も大麻もたしなまない管理人としてもここまで諸悪の根源扱いされると何やら一言反論でもぶちたくなると言うのは生来の天の邪鬼の故でしょうか(苦笑)。
ともあれ、社会的影響と言うことから考えてみるとアルコールによる害はもちろんですが、禁酒による悪影響と言うことでどうしても有名な禁酒法と言うものを思い出す人間は少なくないはずで、例えば煙草なども締め付けを強化することによって隠れて吸う人が増えた、その結果思いがけないボヤ騒ぎなども発生していると言った話もあるようですから、悪いものだから禁止すれば良くなると言うほど必ずしも単純ではなさそうに思います。
酒に限らず何であれこの世の中大抵のことは生きている限り身体に悪いことばかりで、料理の焦げなども発癌物質として捉えれば徹底的に規制されても仕方がないほど有害無益な存在であることは明らかなのですが、だからと言って香ばしい焦げ目もついていない健康的な?焼き物しか食べられないような社会で長生きしたところで何も楽しいことはない、などと言えば「焦げに対する寛容な態度・正当化こそが発癌リスクを助長する最大の要因」と言われてしまうのでしょうか。

ただもちろん、どんな詭弁を押し立てても擁護しようがないと言うほど明らかにそれは問題なレベルの酒飲みもいることは事実で、酒にしても個人の楽しみとしてたしなむ範囲であれば有害性も外に出歩いたり空気を吸ったりするのと同様に自己責任の範疇で済むことですが、その一線を越えたときに何ら対応する根拠がないと言うのはやはり問題ではあると思います。
社会的に見ればコントロール不能なほど飲酒に行動を支配されてしまうのが問題なのだと考えると、やはりこれは数ある中毒性物質濫用問題の一つと考えるべきであって、まずは明らかに対応を求められるレベルの依存症患者への対応は最優先で推進していく必要がありますけれども、その点で現在専門的なアル中外来の類は数も少なくなかなか予約も入らない状況なのは困ったことではありますね。
もう一つ、自傷他害の恐れのある精神疾患には措置入院という制度があり、禁止薬物による中毒に関しては警察が対応すると言う法的位置づけがあるのですから、ここまでになれば社会的に有害であると言うレベルを公的に定義し、それらに対して強制力を発揮してでも対策を行っていくと言うことも必要なのだとすれば、ではその基準をどこに置くかと言う問題があります。
飲酒の影響に関しては非常に個人差が大きいと言うことを考えると飲酒検問のように数値的にこれ以上はアウトと言ったやり方でいいのかどうかで、この辺り問題行動の発生頻度や深刻さと飲酒量やアルコール血中濃度との関係などを定量的に示すデータが欲しいところですが、当面は条例等で新たなルールを定めてでも迷惑行動、問題行動と言った行動面に絞っての対応を取っていくのが現実的なのでしょうか。

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2014年5月15日 (木)

一部鉄ヲタの暴走がさらに加速か

世にマニアと呼ばれる人種は様々な亜種が存在していて、その中でも比較的歴史と伝統のある正統派だと見なされてきたのが鉄道ファンである…と言う認識を長年持っていたのですけれども、どうも昨今そのうちの一部、とりわけ写真撮影を本分とする「撮り鉄」と呼ばれる方々の暴走ぶりが社会的に問題視されるに至っていると言うのは以前にも紹介しました通りです。
無論周囲が見えなくなるほど対象だけに集中するのがマニアのマニアたる所以なのですが、そもそも鉄道と言えばその本分は公共交通機関であるだけに周囲には一般乗客も多数揃っていることが普通で、あまりに傍若無人な行為を繰り返すようですと社会的批判を受けることになるのは仕方がないですよね。
この点はまさしく鉄ヲタが数あるマニアの中でも不利であることの理由ともなっているのですが、年に数回ヲタクの祭典に出かけていれば後は引きこもっていても満足出来ると言う性質のものではなく、むしろ対象を求めて全国を飛び回ることを本分とするだけに、あちらこちらで社会一般との摩擦が絶讚拡大中であるようです。

暴徒化する「撮り鉄」の迷惑行為...一般乗客や運転士に罵声、電車内で脚立持ち込み撮影も(2014年2月1日東京ブレイキングニュース)

 電車の撮影のため無断で他人の敷地内に立ち入り、あろうことか撮影の障害となる桜の木を無許可で伐採した疑惑や、その後も電車撮影を妨害したとの理由から母親から子供を取り上げて土下座謝罪させるなど、鉄オタの一ジャンル「撮り鉄」による騒動が続いている。
 その結果、東横線渋谷駅の閉鎖をカメラに収めようとする撮り鉄たちの撮影を、ネット住民らで妨害しようという炎上イベントにまで発展。その後は騒動も沈静化となっていたかに思われたが、またも「撮り鉄」らによる騒動を巻き起こっているようだ。

 まず問題視された撮り鉄は、ある画像をTwitter投稿した中学生だ。「鉄専用車両」と記された脚立を電車内に持ち込み、窓から乗り出すなどして撮影。さらに注意を行った電車内の一般乗客に対して「偽善乙」などと悪びれない様子を記した
 この騒動では該当中学生の在籍中学校だけでなく、進学予定の高校なども判明してしまい、現在「推薦入学取り消し」を求める運動まで起きる事態となっている。さらに、寝台特急「ゆうづる」の撮影に挑む「撮り鉄」同士が「もっと頭下げて」「おい! どけつってんだろぉ!」「誰だフラッシュ炊いたヤツ!」「フラッシュ炊くなつってんだろうが!」と罵倒しあうトラブル動画が話題を集めている。
 問題の動画後半では罵倒もエスカレートし、運転手に向けて「運転手さ~ん。減光してくださ~い」「撮影のじゃますんなよお前!」「運転手さん電気を減光にしてくださ~い」「警笛のサービスとかいらないから!」「警笛で返さないでよ!」と無茶な注文が大声で投げかけられている。
 動画内には終始、だみ声で罵声を叫び続けているものがおり、彼に対してはネット上から「怒鳴ルド」とのニックネームまで与えられている。今回の騒動によって、改めて「撮り鉄問題」の議論が加速しそうだ。

人気鉄道撮影スポットで無断草刈り&カンパ強要?一部の悪質撮り鉄が問題に(2014年3月26日おくたま経済新聞)

一部のマナーの悪い鉄道ファンのおかげで、ルールを守っている鉄道ファンまでもが「鉄道ファンというだけで一般からの風当たりが強い」なんて声が最近よくきかれるが、そんな事態に追い打ちをかける写真がTwitter上で話題になっていた。

話題の写真は、JR武蔵野線の東川口~東浦和間で撮影されたもののよう。鉄道ファンの間では「ヒガウラ」と呼ばれる超有名な鉄道写真撮影スポットだ。
周辺に視界をさえぎるものがなく、また長い直線であることから編成全てを撮影することができるため休日には多くの撮り鉄(鉄道を撮影することをメインに楽しむファン)が訪れる。
「お布施のお願い」と題したこの紙には「軍団」と自称する集団が11両分の沿線の草刈りをおこなったので、300円のカンパをしてほしいと書かれている
さらに、払わない場合には「あなたの前に別人が構えたり」など撮影行為を邪魔するという脅しまで

ネットではこの集団の行為に対し、「そもそも不法侵入になるのでは?」「軍団の土地ではないだろ」「犯罪じゃないのか」など、ごもっともな意見が多数あがっている。
さらに一部では既に警察が介入したという話もあり、場合によっては逮捕者が出る可能性も見せている。
鉄道写真は編成が全部写っていて、車両の手前に障害物が一切無いものを完品とする風潮があるという。
そのため、あちこちで過激な鉄道ファンらによる無断草刈りが行われ問題になることが頻発しているが、所有地以外の無断立ち入り及び、無断草刈りは間違いなく違法。
趣味はできる範囲で普通に楽しむのが一番。まちがっても趣味の延長で罪を犯してしまうことがないよう楽しんでほしいものである。

しかしお布施が云々とはまた何の冗談だと言うことなんですが、基本的にこんなことを言われて影響を受けるのは同じく撮り鉄の方々ばかりであると考えると同類同士のつぶし合いと言いますか、あるいは同じ撮り鉄なりによる何かしらの自己規制であると言う風にも解釈出来るのでしょうか?
ともかく何であれマニアだ、ヲタクだと言われる方々は世の中のあらぬ偏見にさらされやすいものですが、放置しておけば実害はないと言うレベルに留まっているからキモいだの何だのと偏見にさらされるだけで済んでいるとも言え、これが社会の多数派に実害を及ぼすようになれば単に反社会的個人あるいは集団として駆逐される対象になっても何らおかしくはないですよね。
もちろんこうした記事はそもそも一定の目的があって編集されているもので、数ある事例の中から取り立てて印象的なものばかりを取り上げていると言う点で大いにバイアスがかかっているとも言えるかと思いますが、個人的に注目したいのは物理的な迷惑行為が目立っていると言う点で、中には単に不法占拠に及び大騒ぎするばかりではなく暴力を振るうケースもあると言うのですから困ったものです。

マンガ家、“鉄オタ”から暴行受け被害届……「突然暴力を振るわれました」(2014年5月12日楽天woman)

 『ゆりてつ』など鉄道をテーマとした作品で知られるマンガ家の松山せいじ氏が11日、鉄道ファンから暴行を受けたことをTwitterで告白した。

 自身も鉄道鉄道好きである松山氏は、同日廃線となる北海道南部を走るJR江差線のお別れ式に参加。湯ノ岱駅で鉄道を見送ろうとしたところ、ある鉄道ファンの撮影を妨げてしまい「邪魔だ!」と怒鳴りつけられ、叩かれたという。そのことで、松山氏のiPhoneが線路に落下して傷がついたそうだ。

 松山氏は、この一件を重く見て、「晒すのは良く無い事は分かりますが、江差線にいる皆様の安全の為にも、この黒い姿の男性にはご注意ください、突然暴力を振るわれました」と相手の写真を公開。黒い服の男性がカメラを構える姿が写っている。

 警察に被害届は提出済みで、すでに実況見分が行われたという。今回の一件は暴行として受理され、刑事事件として扱われることを報告している。

 なお、松山氏は今回の事件について、「江差線で事の顛末を見ていた人も居ますと思いますが、ご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます」と、騒動を謝罪している。

事実関係が記事に記されている通りだとして、ここでは撮り鉄が暴力行為に及んだと言うことももちろんですがその後のフォローが何ら為されていないように見えることも気がかりで、それは何時間も待った挙げ句に一瞬のシャッターチャンスを妨害されては何かしら思わず反応してしまうと言うこともあるかと好意的解釈も可能ですが、冷静になってのその後の対応が出来ないのであれば単に痛い社会性喪失者にしか過ぎないでしょう。
冒頭に紹介した記事においても問題行動を起こした中学生の個人情報がさらされたと言う記載がありましたけれども、今の時代こうした事が起これば即座にネットでさらされ個人特定されると言うことは当たり前で、松山氏にしてもそうした事が起こりえると認識した上で写真を公開したはずですから、個人的制裁として被害の程度に対して妥当なのか?と言う議論はありだと思います。
やられたらやり返せ的な感情論は別として、こうした個人情報のさらし挙げによって撮り鉄の暴走行為がどれほど抑制されるものなのか?と言う実効性も気になるところですが、もちろん当事者は「だから何?」と言う感覚でいるのかも知れませんけれども、昨今の一連の馬鹿発見器騒動などを見ていますと炎上することによって進学が取り消しになったりだとか、勤め先から解雇されたりだとか言ったことは十分あり得ることだと思えますよね。

それはそれで誰にとっても不幸なことなのは言うまでもありませんが、むしろ問題はそんなことなど気にしない、世間から何を言われようが我が道を行くと言うタイプの最重症者に対しては社会的制裁もさしたる抑止力にもならないだろうと想像されることで、場合によっては松山氏の事件のように刑事事件として取り扱わなければどうしようもないと言うケースも今後出てくるのかも知れません。
純然たる社会防衛と言う観点から考えると、それで社会が平和になるのならいいじゃないかと言う声もあるでしょうが、しょせんこの程度の迷惑行為ではそもそも起訴すらされない可能性も高いでしょうから抑制効果も知れたものかも知れずで、むしろ多数の一般人が関与する公的交通機関での迷惑行為であれば集団民事訴訟等によって金銭的に締め上げた方が有効性が高いかなと言う気もします。
ただ郊外の田園地帯で何を撮影しようが一般人の知ったことではないのも事実で、基本的に迷惑行為として成立するのは駅構内やその近郊に限られるとも言えるのですから、鉄道会社がきちんとルールを作って構内の秩序を維持していただければ社会的にも妥当な範疇でしょうし、現実的対策として可能なものだと思うのですけれどもね。
ともかくも一般人目線で社会秩序を守ると言う観点からするとどうしても不毛な規制強化の議論になりがちで、大多数の健全かつ良識的な鉄ヲタの方々にとっても迷惑であるだろうし多くの一般人にとっても堅苦しい上に下手すると利便性が低下するだけと言うことにもなりかねないものですから、双方がハッピーにもなれて笑い話にでも落とし込めるような対策として何か考えられないものかと言う気はします。

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2014年5月14日 (水)

救急の現場で代用的行為が広まる?

救急医療と産科医療と言えば昨今崩壊が叫ばれる二大巨頭と言ってもいいものですが、この両者が合併した産科救急ともなればどれだけ大変なことなのかと思わず身構えてしまいますよね。
ただ思いがけない急病にいつ何時襲われるかも判らない救急と違って、産科の場合基本的には妊娠が判明した時点でかかりつけ医を持ち定期検診によって状況を把握していれば一朝事あるときにもそうそう困ったことにはならないはずなのですが、検診も受診せず産気づいてから救急車を呼んで産科に駆け込むと言う「飛び込み出産(俗に言う野良妊婦)」の場合その限りではありません。
要するに約1年の準備期間がある妊娠というイベントに関しては一般救急と違って当事者側の準備によって大いに話が変わってくるし、特に救急搬送業務自体が需要急増で逼迫している中で計画的対応によって無闇に救急車を呼ばなくても済むようになれば当事者のみならず社会的利益もあると言うことなんですが、そうした社会的要請を反映してかこんな新業務が登場していると言うことです。

広がる「陣痛タクシー」=事前登録で病院まで―研修乗務員、防水シート装備も(2014年4月28日時事ドットコム)

 「陣痛が始まってからタクシーを呼んでいいだろうか。途中で破水してしまったら…」。妊婦のこうした不安を解消するため、防水シートなどを車両に装備し、研修で出産の専門知識を身に付けたドライバーが、自宅から病院まで妊婦を送迎するタクシーサービスが広がっている。

 「陣痛は始まっていますか。行き先の病院に変更はありませんか」。4月中旬の深夜、東京都世田谷区の妊婦からの電話に、オペレーターの女性が応じた。妊婦の自宅とかかりつけ病院の住所は事前に登録済み。付き添いの家族や破水の有無など2、3の質問を終えると、直ちに最寄りの空車を派遣した。
 当日、妊婦の元へ向かったのは乗務員の松原文相さん(41)。初めての陣痛搬送で緊張したが、「いつも通り安全に送り届けよう」と気持ちを切り替え、後部座席にシートを敷いた。夫に付き添われて乗車した女性は、時折苦しそうな声を漏らして横たわっていたが、病院で降りる際には「ありがとうございました」と声を掛けてくれた。

 全国ハイヤー・タクシー連合会によると、「陣痛110番」「マタニティータクシー」などと呼ばれる妊婦向けサービスは、2012年ごろから急増。タオルや防水シートを装備したり、混乱しかねない妊婦のために料金の後日払いを可能にしたりと、会社によってサービスはさまざまだ。
 今年4月現在、同連合会加盟事業者の5%を超える325社が、何らかの妊婦向けサービスを取り入れているという。松原さんが所属する都内大手「kmタクシー」は昨年3月からの参入だが、既に6700人以上を陣痛搬送した

この業務、事前に妊婦の自宅やかかりつけ先を登録しているというのが非常に重要なポイントで、もちろん今の時代ですから個人情報を云々する向きもあるかも知れませんけれども、いざ産気づいたと言うときには単に一報すれば最優先で指定先に送り届けてもらえるというのは切羽詰まった妊婦さんにとっても非常に心強いはずですよね。
実際の利用者数を見ても約1年で1社だけで6700人とは大変な実績ですけれども、もちろん多くの妊婦は(たまたま家族に自家用車で送ってもらうと言った場合は別として)分娩に当たって即救急車と言うことにはならないでしょうから、どうせタクシーを呼ぶのであればこうした専用のサービスを利用したいと考えるだろうことは十分理解出来ることです。
しかし当然ながらタクシー搬送となれば救急車と違って利用するのにお金がかかる、そして救急車よりも医療的対応や迅速性には劣るとなれば、これを利用する人は自ら一定のデメリットを甘受すると言うある種の犠牲的精神が必要になってくるとも言え、言ってみれば飛び込み出産などと言うことを考えない「民度の高い」方々が自ら不利益を被っていると言う言い方も出来るのかも知れません。
やはり人間を集団として考えるとこうした個人の資質や善意ばかりに依存したやり方はなかなかうまく行かない部分もあるもので、例えばこうしたサービスを利用した方々には分娩費用の補助が割り増しになるだとか、あるいはタクシー搬送中に何かしらあった場合に備えて公的な保険の類を用意しておくであるとか、個人の努力で社会も利益を得る分は何かしらのインセンティブとして個人に還元していくべきかと思いますね。

さて、同じく救急崩壊と言う現象から派生したもう一つの業務拡大として今春から救命救急士による各種医療行為の実施が認められたことが挙げられますが、これは全国一律に行うと言うものではなく各地域毎に救命救急士に対する教育や、医師からの具体的指示を得られる状況整備と言った環境整備の進展に併せて順次行っていくこととする厚労省のプロトコールが提示されています。
この点で興味深いのは制度発足以前に救命救急士が独断で点滴を行うなど数々の「違法行為」までしてきたとも報じられていることから、現場では前のめりに一刻も早く研修も体制整備も済ませて実施に向け全力疾走しているのかと思えば必ずしもさにあらずで、この辺りは当の救急隊は元より自治体レベルの行政も含めて救急と言うものに対しての認識の差と言うものが現れているようにも思えますね。
そんな中で東京消防庁が早速4月1日から運用を開始していて、国が定めた10時間の講義と14時間の実習を上回る12時間の講義と23時間の実習からなる教育プログラムを実施したと言いますからずいぶんと気合いが入っていますけれども、予定を上回る参加希望者が出るなど今後も順調に研修終了者を増やし、最終的には全救急車に有資格者を乗せる計画だと言います。
東京などは救急崩壊が問題化した地域でもありますから当事者意識も強いのでしょうが、もう一方の救急当事者である受け入れ側の認識がどのようなものとなっているのかと言えば、これまた人により地域により千差万別であるようで、必ずしも課題無しともしないようです。

救急救命士、輸液や血糖測定が可能に(2014年5月13日日経メディカル)
より抜粋

(略)
救急医は歓迎、ただし「落とし穴もたくさんある」
 救急救命士の処置範囲拡大について、現場ではどのようにとらえられているのだろうか。川越救急クリニック(埼玉県川越市)院長の上原淳氏は、「救急医療の現状を考えれば、医師の過重労働を軽減すべく、医師以外の医療スタッフが行える処置範囲を拡大すべき」と歓迎する。また、低血糖による意識障害の患者が搬送先選定に時間を要し、低血糖状態が長く続けば、脳へのダメージが脳梗塞と同程度にまで高まることもある。上原氏は、「搬送先が決まるまでの間に血糖値を測定し、低血糖の場合はブドウ糖溶液を投与できれば、患者が助かる可能性が高まる」と期待する。

 一方で、「落とし穴もたくさんある」(上原氏)。上原氏が危惧するのは、ブドウ糖溶液の投与によって患者の意識が回復することで、患者自身が搬送を拒否したり、搬送先の医師が意識障害の要因として低血糖以外を検討せずに済ませてしまう可能性があること。「意識障害を起こしたのであれば、医療機関できっちり原因を鑑別すべき。さらに、作用時間が長い血糖降下薬だと、再度低血糖を起こす恐れもある」と警告する。

 実際、実証研究でも、病院の選定に要する連絡回数は、介入群で有意に多い傾向にあった。これは、ブドウ糖溶液の投与によって血糖値が改善したことで、搬送先が決まりにくくなるといった事案が発生したことが一因ではないかと考えられている。

 また、上原氏は「救急救命士の判断に誤りがあった場合、脳出血を起こしているのに低血糖への処置がされ、搬送先で手遅れになるという可能性もある」と指摘する。

 こうした救急救命士の判断ミスによる有害事象は、実証研究では報告されていない。ただし、有害事象につながる恐れがあったケースとしては、「血糖測定のために穿刺を行ったが、血液の流出がなく測定できなかった」「血管が細く、静脈路を確保できなかった」などが報告されている。特に簡易血糖測定装置による血糖測定については、上原氏も「採取した血液の量が不十分で、全く異なる値を示すこともある」と強調する。有害事象の発生を防ぐためにも、救急救命士の判断や手技の精度を高めるべく、各地域でしっかりとした教育体制を整える必要があるだろう。

 野口氏は、救急救命士と医師の両方が教育にかかわるべきという意見。「ドクターカーが運用されているある地域では、救急救命士が医師の手技を現場で見る機会が多いため、静脈路確保の成績も大変良いという報告もある」(野口氏)。
(略)

ここで興味深いのは低血糖患者の搬送受け入れ依頼に関して「病院の選定に要する連絡回数は、介入群で有意に多い傾向」だったと言う実証研究での結果なのですが、本当の救急なら受けるがそうでなければなるべく受けたくないと言う受け入れ側の認識も垣間見えるようですし、いわゆる問題患者が何でもかんでも救急車で乗り付けたがると言う心理にいわば裏付けを与えるデータだとも言えるかも知れません。
ただ同じ低血糖を来した糖尿病患者でも意識障害があるとなれば緊急性はあるとして、意識があるのであればまずはかかりつけ医に相談してからで構わないのではないかと言う考え方もあって、この辺りは今後救急隊による処置が拡大され奏功例も増えていくと従来のようにまず高次救急に搬送すると言うスタイルばかりではなく、かかりつけ医に連絡し指示を仰ぐと言うルートも考慮すべきなのでしょうね。
ただ救急搬送側の事情を考えてみると、単に受け入れ先を探して搬送するだけであれば例えば出動一回30分で済んでいたものが、現場で処置を行いかかりつけ医に連絡をし場合によってはさらにそこから改めて搬送先を探すと言うことになれば30分では到底収まらず、今まで以上に搬送業務の手間ひまが増え需給バランスがますます破綻するということにもなりかねません。
この辺りは救急隊が単に搬送役たるに留まらず業務が拡大することの副作用とも言えますが、さらに加えて受け入れ側にしても必ずしも全てが業務拡大に積極賛成していると言うわけではなく、「下手くそがルート確保に手間取るくらいならさっさと搬送しろ」と言う声も未だにあるわけですから、やはり本業たる一刻も早い搬送と言う部分については最優先の命題たることを肝に銘じていただきたいですよね。

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2014年5月13日 (火)

HIV感染者の実質的受診拒否問題 実は意外な難題か?

風の噂に聞くところでは今を去ること○年前、某医学部においてHIV(エイズウイルス)の専門家を講師に招いて特別講義を行った折に、講師先生は非常に判りやすい言葉を使ってHIVの感染力も物理的抵抗性も弱いものであること、日常診療において一般医療従事者が患者から罹患すると言うことはまず考えられないことを繰り返し語ったのだそうです。
特別講義も終わり質疑応答の時間となり、講義室の最後尾で居眠りをしていた学生がむくりと起き上がって曰く「先生、我々が臨床に出た時にエイズ患者を診療するにあたって感染予防にはどう注意したらいいですか?」その瞬間講義室の空気は凍り付き担当教授は思わず頭を抱え、そして講師先生は絶句したきり言葉がなかったと言います。
そんな医学生がその後どのような人生をたどったのかはさておき、現在先進国でほぼ唯一と言って良いほどHIV感染者の増加が続いていると言われる日本ですが、そうは言っても大多数の臨床現場においては未だに日常的に接するほど身近なものとはなっていないだけに、先日こんなニュースが出ていたこともその是非は別として、そういうこともあるだろうなと感じさせるものではあるかと思いますね。

高知県内の診療所がHIV陽性者の歯科治療を拒否(2014年05月04日高知新聞)

 高知県内で暮らすエイズウイルス(HIV)陽性者が昨年、歯科診療所で受診した際に感染の事実を告げたところ、歯科医師からその後の診療を断られていたことが関係者への取材で分かった。歯科で標準とされる感染症対策を行っていれば、一般診療所でも陽性者やエイズ患者を安全に治療できるが、医療側の知識不足や偏見などから断るケースが全国的に相次いでいる。高知県内のエイズ治療の中核を担う高知大学医学部付属病院によると、県内での診療拒否は「把握している限り初めて」。「あってはならないこと」とし、歯科医師らに対応を呼び掛けている。

<HIV>歯科診療所、感染者を拒否 高知大病院「偏見、正しい知識を」 /高知(2014年5月5日毎日新聞)

 県内の歯科診療所でエイズウイルス(HIV)の感染を明らかにした患者がその後の診療を拒否され、高知大病院で治療するよう指示されていたことが4日、分かった。

 高知大病院によると、患者は昨秋、かかりつけの歯科診療所を感染判明後、初めて受診。歯科医師に感染を告げたところ、「治療を続けると感染の事実が外に知れる可能性があるので、医大で治療を受けてください」と言われたという。

 患者から相談を受けた高知大病院は県歯科医師会に正しい感染症対策の周知などを要請。県歯科医師会が1月に開いた講習会にHIV専門の看護師を派遣し、歯科医師ら約350人に感染症予防対策をアドバイスした。

 高知大病院の山本哲也・歯科口腔(こうくう)外科長は「背景には感染症への知識不足に加え、HIV患者を受け入れる歯科医院でも公表したくないとの偏見がある。正しい知識の普及に努めていく」と話した。【最上和喜】

高知)HIV感染を理由に治療を拒否 県内の歯科診療所(2014年5月8日朝日新聞)

 県内に住むエイズウイルス(HIV)感染者が、感染を理由に歯の治療を拒否されていたことが分かった。医師らの偏見や情報不足が背景にあるとして、エイズ治療の中核拠点となっている高知大学医学部付属病院が適正な対応を呼びかけている。

 付属病院によると、この感染者は昨年10月、かかりつけだった歯科診療所でHIVに感染していることを伝えた。すると歯科医師は「治療していることが外に知られる可能性があるので」と話し、以後の治療を拒否したという。この感染者は現在、付属病院で治療を受けている。

 事態を受けて付属病院は県歯科医師会に対応を要請。今年1月に同会主催の講習会で感染症の予防策を伝えた。付属病院と同会は今後、HIV感染者とエイズ患者が地域の歯科診療所でも治療が受けられるネットワークを作り、情報を共有していくという。

記事から判る事実関係として元々かかりつけだった歯科医院にHIV感染が判明したことを告げたところ医大で治療を受けるよう言われたと言うこと、その理由として「感染の事実が外に知れる可能性がある」と言われたと言うことなのですが、いわゆる直接的な診療拒否発言とならないよう文言にはかなり注意してのことだったのかなと言う印象を受ける言い回しですよね。
HIV患者の歯科診療に伴うリスクに関して言えば、まずは唾液からの感染のリスクはよく言われるように「患者の唾液をバスタブ一杯飲み干さない限り感染しない」と言われるほど可能性が低くまず心配ありませんが、歯科診療に伴い出血を来したと言う場合にどれほどの危険性があるのか、医師やスタッフのみならず道具などを介して他の患者にうつることはないのかは気になりますよね。
歯科に限らず医療機器の感染防御対策はかなりしっかりしたものとなっていて、とにかく扱いに苦労するノロウイルスは元よりB型肝炎など消毒抵抗性が強いとされるウイルスに比べてもひ弱なHIVなどはまず一般的な感染防御対応で問題ないはずですが、医療従事者にとってはHIV感染者の血液を経皮的に暴露した場合0.3%だと言う感染のリスクをどう考えるかで、本来コストをかけてもきちんとした感染防御を行っておきたいところです。
ただこの辺りのコストは患者に対して転嫁出来ないものであるだけにどこまで行うかは医師らの判断次第と言うところがあって、特に昨今歯科医師の過剰とワープア化が叫ばれ過当競争に陥りつつある中で利益確保優先で安全に関わる経費削減を図る施設もないとは言えないでしょうし、日常的に体液が飛散する職場であるにも関わらずきちんとガウンと手袋、防護眼鏡で完全装備している歯科医も控えめに言ってもそう多くはないですよね。
実際にかつて全国歯科医師のB型肝炎ウイルスの感染率を調べて見ると一般平均と比べて極めて高かったと言うデータもあるそうで、幸いにもB型肝炎ウイルスの場合大多数は肝炎に至ることなく自然排除されますから良かったようなものですが、感染症患者の受診行動を云々する前にまずは医療従事者側の感染防御が徹底されないことには患者もおちおち歯医者にもかかっていられないと言うことになりそうです。

ちなみに歯科医師法にもその第19条第1項に「診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と言ういわゆる応召義務を定めた文言があることから、文字通りの受診拒否であればもちろんアウトなのですが、判例的には診療に不安のある場合は躊躇無く他医へ紹介すべしともされていることから、裁判沙汰にでもなった場合いささか微妙かなと言う気もします。
ただ表面上「あなたにとって利益とならないから医大にかかった方がいいですよ」と言う言い方であっても実質的な診療拒否の気持ちが込められていたことは間違いなさそうで、記事ではそれをHIV感染症に関する偏見や知識不足が原因と言う扱いをしているようですが、むしろこの場合知識があろうがなかろうが「あそこにはあんな患者が通っている」と言う評判が立つことを経営的デメリットとして判断したという可能性もありそうです。
もちろん患者の個人情報が漏れること自体本来あってはならないわけですが、今の時代ネットなどを経由してどこからどんな個人情報が漏れるか判らないのも確かで、結局はこうして患者差別的行為として全国的に報道されるリスクと感染症患者が通院していると言う風評が広まるリスクと、どちらが経営的影響が大きいかと言う判断だったのではないかと言う気もします。
その点では実は患者にとっても同様の「知られるリスク」があることの方がより重要で、もちろん感染症予防対策を取る上で罹患者であると受診時に自己申告してもらいたいのは言うまでもないことですが、それによってこうした実質的受信拒否という不利益を被ったり場合によっては個人情報が流出する危険性もあるとなると、自然患者としても病気を隠そうという意識が働くようになりますよね。
個人にとっても社会にとっても適切にコントロールされるべき感染症が隠蔽されることの恐さは今さら言うまでもなく、そう考えると損得勘定のパラメータとして一歯科医院の経営的判断というだけでは不十分で社会全体の損得を考えて行動すべきだったと言われればその通りなんですが、それでは経営的デメリットを被っても社会のために行動せよと末端の医療従事者にどう動機づけて行くかが最大の難関になるでしょう。

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2014年5月12日 (月)

ブラック企業問題 働く側の求める条件とは意外にも?

世に言うところのブラック企業問題ですが、正社員のみならずアルバイトにおいても問題化している、と言うよりも立場の違いを考えるとこちらの方が深刻であるかも知れないと言う気になる記事が出ていました。

“ブラックアルバイト”も問題化…「売れ残り買わす」「試験前でも残業」(2014年5月9日産経新聞)

 就職先だけでなく、アルバイトの現場にも「ブラック企業」の影が忍び寄っている。若者をターゲットにしたブラック企業が社会問題化する中、違法な働き方で学生を使い捨てにするアルバイトが“ブラックアルバイト”と呼ばれ、新たな問題として浮上している。
 契約内容と違う過度に責任の重い仕事を押しつけたり、長時間労働をさせたり…。学費の高騰や親からの仕送りも少なくなり、なかなかバイトをやめられない学生が、違法な働き方を強いられ、やがて心身を病む。期待に胸を膨らませ、新生活をスタートさせた学生までもがブラックな職場の餌食になるという、まさに負のスパイラルが広がっているという。
 ブラック企業を避けようとするあまり、イメージや評判を過度に気にする傾向も年々強まっており、景気の回復を受け雇用情勢は上向き傾向といわれるが、若者たちを取り巻く労働環境には依然、不透明感が漂っている。 

■学生も被害…ブラック企業のバイト版登場

 「希望を無視してシフトを組まれ、試験前でも休ませてくれない。サービス残業もさせられる」
 「売れ残りの商品を買わされる。連絡メールにすぐに返信しないと、給料が減らされる
 「初日から先輩のバイトに怒鳴られ、ミスをすると暴力を振るわれる
 支援団体やインターネット上には、ブラック企業で働く新入社員と同様、劣悪な職場環境で悩む学生からの悲痛な声が寄せられている。

 学生たちを悩ませる「ブラックアルバイト」とは何か。
 労働問題に詳しい井上幸夫弁護士(第二東京弁護士会)によると、特徴的なのは、(1)労働時間に見合った給料を支払わない(2)仕事のミスに罰金を科す(3)上司が怒鳴ったり暴力を振るったりする(4)最初の契約に反して、授業や試験に支障が出るような働かせ方やシフトを命じ、長時間働かせる-の4点で、このうち1つでも該当すればブラックアルバイトだと考えてよい、という。
 井上弁護士は「学費が高くなり、生活苦でバイトをせざるを得ないケースや、上司から『辞めたら約束違反で罰金を取るぞ』といわれたことを本気で信じるケースがあり、すぐに辞めることができない若者が多い」と指摘する。バイトに重要な仕事を任せるところも多く、責任感が強くまじめな若者ほど簡単に辞めることができない状況に陥っているそうだ。
(略)

■連休明けから届く“悲鳴”

 一方、支援団体などには例年、連休明けに、新入社員の若者から相談が寄せられ始める。入社したばかりで張り詰めていた緊張の糸が、5月ごろになるとゆるみ、「うちの会社はおかしいんじゃないか」と冷静に考えるようになるという。
 「休みが入社してからずっとない
 「『バカ。もっとできる奴だと思っていた』などといつも怒鳴られ、仕事を続ける自信がない
 若者の労働相談を受け付けるNPO法人「POSSE」のもとにも5、6月ごろからこうした相談が寄せられる。担当者は「4月はただ働きで酷使されても頑張ってみようと思っていた新入社員も、5月に入ると段々心が折れてしまう」と分析する。
(略)
 「また担当が変わったの?」。取引先からこう言われ、先輩たちの入れ替わりの激しさにとまどう若者から「うちはブラック企業かもしれない」と相談が寄せられたこともある。担当者は「安易なイメージで企業を選び、想像と違ったとすぐに辞めてしまう若者もいる」とため息をつく。
(略)

すでに勤務先の評判を事前にネットで調べておくくらいのことは当たり前だと言いますが、それにしても「サービス残業もさせられる」だとか「初日から先輩に怒鳴られ、暴力を振るわれる」だとか「休みがずっとない」だとか顧客から「また担当が変わったの?」と言われるだとか、まるでどこかの業界のようなことが世間でもあるものですね…
基本的に時間給で働かせているのに給料無しで仕事をさせようとするようなところはブラックで確定ですし、そんなところで働くだけ損であることは言うまでもなく直ちに職を辞するべきですけれども、問題は辞めるに辞められない事情のある人々を狙ってこうした行為を働いている場合も少なくないと言うことで、他人の弱みに付け込んで不当な利益を得ようとする手合いに対しては社会的に対処するしかなさそうです。
ただ基本的にこうした問題は当事者の告発なりがなければ労基署等もそうそう立ち入ることが出来ないもので、その意味で社会人であれ学生アルバイトであれ働くと言うことを始めるならばまずは社会人としての基本的なルールは予習していてしかるべきだし、そもそも義務レベルの学校教育の現場においても社会で生きるために必要な最低限の知識はきちんと身につけさせておくべきものでしょうね。
昨今若年者が何かとトラブルに巻き込まれる原因となっているネットリテラシーなども件も含めて、このあたりは是非とも被害と加害双方の予防のためにも教育現場から見直していっていただきたいところですが、見ていますとこのブラック企業問題に関しても表向き言われるような条件面の厳しさもさることながら、学生の労働意識の変化ということもバックグラウンドに存在しているようで、しかもそれを企業側が正しく認識出来ていない側面もあるようですね。

<ブラック企業>学生と企業の認識の差 給与金額で顕著に(2014年5月5日毎日新聞)

 就職支援会社「ディスコ」(東京都文京区)は、就職活動中の大学生1650人と主要企業約1000社の採用担当者を対象に、労働法規を無視するなど悪質な会社を指す「ブラック企業」について考えを尋ねるアンケートをインターネットで実施した。給与、残業時間などブラック企業となる目安について、学生と企業側の認識の違いが明らかになった。

 「ブラック企業だと思う条件」は、「残業代が支払われない」が学生75%、企業側78%とトップ。選択肢の中で最も両者の差が開いたのは「給与金額が低すぎる」で学生は48%に対し、企業側は24%だった。

 ブラック企業になると思う目安の質問では「新卒者の入社3年後の離職率」で「3割超」を選んだ学生は36%と最も多かったが、企業側は53%が「5割超」。「1カ月の残業時間」では、学生の最多は「40~60時間未満」(24%)だったが、企業側の最多は「100~120時間未満」(34%)

 ディスコの担当者は「学生は企業研究が足りず現実より厳しく考える傾向がある。ブラック企業を警戒しすぎているかもしれない」と分析している。【藤沢美由紀】

ちなみに元々の調査結果はこちらですが、記事の末尾に添えられた担当者の分析が正しいのかどうかはともかくとして、ここでは調査結果を伝える記事のスレタイがどうなっているかと言うことにも留意ください。
法定労働時間40時間の時代に月40時間の残業すなわち週50時間の残業でブラック企業認定されてしまうとなると、いくら何でも仕事を甘く見過ぎているのではないか?と思ってしまうベテラン労働者の方々もいらっしゃるやも知れませんが、実際問題日本の労働現場では欧米に比べて残業時間が3倍も長いと言う問題点が以前から指摘されています。
このあたりは労働に対して対価を支払うと言うよりも、終身雇用で勤務をすることに対価を支払うと言う日本の雇用形態からくる影響もあったのでしょうが、今現在問題視されているブラック企業と言うものがまさに労働に対して正当な対価を支払わないと言う存在であることを考えると、なかなかに興味深い労働観だと言えるかも知れませんね。
ただ日本人の平均労働時間が週41時間とほとんど法定労働時間に迫る勢いであると言うこともまた事実ですから、毎週毎週それよりも二割も余計に働かされるのではたまらん…と考えてしまうのも理解はできるのですが、それでは労働時間が長いからブラックだと言うわけでも必ずしもないと言うのは、特に学生側において労働に対してきちんと報酬が支払われていないことを第一条件に挙げる声が多いことからも理解出来ます。

ただ働きをさせるような企業はブラックであると言うことが共通認識であるとして、それでは仮に残業代も支払われたとしてもどこまで酷使すればブラック認定されるのかと言う点で、学生側の40時間と言う答えも興味深い一方で企業側が100時間超までは大丈夫だと考えていると言う点もこれまた非常に示唆的ですよね。
ちなみにご存知の通り、残業時間80時間というのは過労死ラインとされている水準で、未だに「その程度たいしたことがないじゃないか」と言う歴史と伝統に基づいた労働観が横行しているとも噂される某業界などにとってはともかく、一般的に考えれば企業側の強いる労働時間として「あってはならない」と言うレベルであるはずですが、実際に働かせているかどうかは別として認識としてそうであると言うのはどうなのかです。
元々の調査では有休取得に関しても意識の乖離が見られていて、これまた興味深い点として過半数の企業側はおそらく現実を前提とした有給休暇など年に5日も取得出来れば十分ブラックではないと考えている、一方で学生の側では法で認められた10日程度を一つの目安にしているらしいなど、とかく学生側は「現実より厳しく考える傾向がある」と考えるべきか、それとも企業側があまりに認識が甘いと言うべきでしょうか。
こうした点を挙げて「多くの学生は「まともな働き方」を求めているに過ぎない。学生が「ブラック企業を警戒しすぎている」というのは、長時間労働を是正できずにいる企業側の責任転嫁ではないのか。」と言う指摘もあるのですが、こうした言わば条件面でのとらえ方の違いもさることながら、企業と学生との間に明らかにブラック企業とは何かという認識が違っていそうだと思われる点がいくつかありそうです。

例えば両者で圧倒的に認識に差がある点として「募集条件と実働に著しく差がある」「セクハラ、パワハラがある」と言った点で学生が非常に嫌悪感を示している一方、企業側が憂慮する給料が安いだの残業が多いだのと言う点に関しては実は学生の方が我慢出来ると考えているというのは、社会を知らないからだと言ってしまえばそれまでですが今の時代の学生像について考えさせられます。
さらに企業と学生の間で明らかな差が出たのが入社後三年間の離職率に関する認識で、企業側がおおむね5割以上をブラックの要件と考えているのに対して学生側は3割と厳しく、現実の大卒者の3年間での離職率が31%に達することを考えるとこれまた「現実を知らない」などと言われそうですけれども、逆にこうした認識が前提にあるからこそ新卒者の離職率が高いのだとも言えるかも知れません。
ともかく見て判るのは企業と学生の間でかなり認識が違っていて、一つには労働時間ということに関して企業側の考える限度と言うものが学生の考える限度と全く乖離してしまっている、そして企業側が今の認識のままで改めることをしないならば新卒者はどんどん職を辞し後輩達に「あそこはブラックだから」と言って回るだろうと言うことで、まずは最低限法定基準と言うものを認識しておく必要はあるだろうと言うことです。
報酬や労働時間に関しては企業経営上どうしても必要だとまだ言い訳がつくことなのかも知れませんが、実は学生側が重視する「ブラックか否か」の基準としては労働時間や給料、残業代と言った数字に出るものばかりではなく、むしろ企業側が甘く考えている数字以外の働きやすさこそ重要なのだと考えると、これはどんな職場においても放置しておいていい話ではなさそうですよね。

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2014年5月11日 (日)

今日のぐり:「天下一品 岡山大供店」

昭和や20世紀は遠くになりにけりと実感する瞬間は年々増えていますけれども、先日思いがけないところから時代の移り変わりを感じたという話が出ています。

「巻き戻し」が絶滅状態?と話題に(2014年5月2日R25)

録画したテレビ番組やレンタルした映画作品を観る際に当たり前のように使われている「巻き戻し」という言葉。しかし、ツイッターで「巻き戻し」の意味が分からない世代がでてきていることが話題になっている。
きっかけは、4月28日に投稿された1件のツイート。その内容は、
「甥っ子に『巻戻しって何?』と聞かれたからリモコン見せたら そんな言葉は無かった。」(原文ママ)
というものだ。

ビデオテープの場合、一度見たシーンをもう一度見るためには、文字通りテープを「巻いて」場面を戻す必要があり、「巻き戻し」という言葉は理にかなっていたわけだ。しかし昨今、DVDやブルーレイが広く浸透したほか、ハードディスクに録画するのも当たり前になった。すると、「巻く」という行為は消え、単純に「戻す」だけになるのである。
そこで各家電メーカーが取り入れている言葉が、「早戻し」だ。くだんのツイートでも、「早戻し」ボタンのあるリモコンを写した写真が一緒に投稿されている。メーカーによっては、言葉を使わずにマークだけで表現する場合もあるようだ。
同ツイートは反響を呼び、投稿から3日となる5月1日20時時点で約7700回リツイートされている。そして、ツイートに対する反応も含めて、ツイッターのまとめサイト「togetter」の「【衝撃の事実】おい、お前ら家のテレビのリモコン見てみろよ!!」というページでまとめられた。
同時点で約8万4000回閲覧される人気ページとなっているこのまとめでは、

「そ、そうか。もう巻かないんだ…」
「ずっと気がつかなかった。よく考えたら確かにもう『巻戻し』じゃないもんなぁ…」
「テープじゃないから巻き戻せないのか、ジェネレーションギャップを感じるな」
「あ、ホントだ。早戻しにうちのリモコンもなってる。VHSじゃないからなんだろうなー」

といったツイッターユーザーの声が紹介されている。その一方、

「でもこれと同様にほとんど見なくなったにもかかわらず、保存ボタンのアイコンはフロッピーディスクの場合が多いよね」
「一方、『筆箱』という言い方は残っているし、コンピューターの不具合の原因が虫でなくなっても依然『バグ』だ。こういうのは、時代に合わなくなっても使い続けるかどうかが決め手なのでは」

など、他の事例を挙げたうえで、「巻き戻し」が今後も残っていく可能性を示唆するコメントも見られる。
VHSを使った世代には浸透している「巻き戻し」。VHS世代がいなくなる遠い未来でも、はたして「巻き戻し」は使われていくのだろうか?

確かに何を巻くんだと言うことなんですが、個人的には未だに文学作品等でも見かける「ダイヤルする」と言う表現が使う使わない以前に通じなくなってきているというのがちょっとショックですよね。
今日は消えゆく古い言葉に哀悼の意を表する意味でも、世界中から言われてみれば確かに…と頷かざるを得ない話と言うものを紹介してみましょう。

富士通が半導体工場で「レタス」を生産(2014年5月7日GIZMODO)

5月7日、富士通が新たな事業として出荷を開始したのは、パソコンでもエアコンでもなくレタスでした。そう、あのシャキシャキと美味しいあれです。このレタスが作られているのは、元・半導体工場。富士通は低迷の続く半導体事業を植物工場に転用し、雑菌の少ないクリーンルームで水耕生産することで、洗わずに食べられるレタスを生産しています。

また、このレタスは秋田県立大学様の特許を応用して量産化に成功した、低カリウムレタス。通常のレタスと比べるとカリウム含有量が83%~86%抑えられているため、カリウム摂取制限のある透析患者、腎臓病患者などでも安心して食べられるとのことですよ。価格は2株90gで450〜500円ほど。

普通のレタスと比べるとさすがに高めですが、苦味が少ないという特徴もあるそうです。一体どんな味なのか一度は味わってみたいですね。なお、この工場生産の野菜は「キレイヤサイ」シリーズとして発売され、今後はトマトや他の葉物野菜も栽培する計画もあるようですよ。「完全工場生産の野菜だけでつくられたサラダ」なんてものが出てきたら話題になるかもしれませんね。

ちなみに、「工場生産」って聞くと無機質的なイメージがありますが、自然災害や虫害、病気の心配もなく、品質維持も可能。さらに1年中作れる上に、水耕栽培なら成長も早いと、多くのメリットがあります。しかし利点ばかりではなく、初期投資や運用費などのコスト面での問題もあるため気軽には乗り出せません。その点、今回の事例のようにクリーンルームのある工場を転用するというのはすごくナイスなアイディアであるかもしれませんね。

記事にもあるように確かに空間としての半導体工場と野菜工場には共通点が多い気もしますが、しかし「電器屋に就職したと思ったら野菜を作っていた、何言っているかわからねえと思うが(aa略)」と中の人もびっくりしているかも知れませんね。
形は機能を示すと言うことはしばしば言われるところなんですが、この形から機能以前にそれが何なのかを読み取ることは少し難しそうなニュースです。

“世界最速記録”目指す自転車、計算上は時速145キロ超に。(2014年5月6日ナリナリドットコム)

リヴァプール大学の学生が、2015年に米国で開催される大会で“ペダルで漕ぐ車両の世界最速記録”を目指すため開発を進めている自転車が話題を呼んでいる。
その自転車は空気力学に基づいた形状をしており、計算上は時速145キロを超えるとのこと。
メディアなどでは「宇宙船」というような形容もなされているようだ。

元記事の写真をご覧いただければいやまあ、確かに言われてみれば合理的な形状なのかも知れませんが、これを自転車だと認識するのも苦労が多そうですよね。
いわゆるグルメ系サイトと言えば近ごろではすっかり市民権を獲得しましたが、過ぎたるは何とやらと考えてしまうのがこちらのニュースです。

食べログ男と結婚した結果… 33歳主婦が語るグルメ夫との過酷生活(2014年5月7日もぐもぐニュース)

みなさんの身の回りには、グルメ情報サイト「食べログ」に投稿している「食べロガー」の方はいるだろうか? 彼ら投稿者たちのおかげで我々は、いい店わるい店の情報にあやかることができるわけで、足を向けては寝られない。ちなみに筆者の知人が食べロガーな男と先日結婚したのだが、味への情報感度が高い男と暮らすのも、なかなかエキサイティングな毎日だという。
彼女(T子)はそこまで食にこだわりがない、33歳の公務員だ。夫は合コンで知り合った証券会社社員で3歳年下。そんな彼にいろんな店に食べ歩きに連れられていくうちに男女の関係に発展、約2年の交際を経て結婚している。また筆者の元同級生で、夫が食べロガーなライターS子(39)もまじえ、夫の「食べロガーあるある」な生態を語って貰った。

1 妻の食事に対して「コスパが」「CPが」と言う
「今日のブリのあら煮はコスパ高いねとか言うんですよ。でもダンナは自分で買い物しないし、野菜や材料の値段知らないから、何を根拠にコストパフォーマンスを出しているんでしょうね…」(T子)

2 妻の食事に対して「今日は3.23だね」と数値化する
「気に食わないと『これじゃあ3.0以下だね』なんて言うんですよ。今まで最高でも3.8しかつけてもらったことがありません! 先日泣いて抗議したら『家庭の味が名店の味を超えられるわけないだろう!』と。まあそういう馬鹿っぽいところがかわいいなと思えるうちが、華なんでしょうね」(T子)

3 飲食店で激怒すると「食べログに書いてやる」と言う
「さすがに一回しか聞いたことがないんですが、あるイタリアンで勘定のことでモメた時、怒ったダンナが言ったのがコレ(笑)。相手が『勝手に書けばいい』と返したら、ダンナがプルプル震えていましたね。後で本当に書き込んだかは不明です(笑)」(S子)

4 外食に行くと料理や店の写真を撮るのに、妻の写真は撮らない
「最近ミラーレスのデジタル一眼レフカメラを買ったんですが、私はまだ撮ってもらったことがありませんね。食事の写真ばかり撮ってるんですよね。たまには一緒の写真にうつりたいなんて言ったら、iPhone出してきた時は、ため息がでましたね」(S子)

5 親同士の会食の店も食べログで決める
「まあ、美味しい店を選んでくれるのはいいんですけど、年寄りには食べログの点数がいい店より、点数が低くても落ち着けるような店の方がいいじゃないですか。でも絶対ゆずらないんですよね、近所のファミレスとかも絶対行かないし」(T子)

もはや我々の外食生活と切っても切れない食べログだが、そこの一部の投稿者と結婚すると、まるで海原雄山と結婚したような険しい家庭生活が待っているようだ。ちなみに二人共、上記のようなことを言いつつも「食に関心がない男よりはいいかも」とのこと。

言われてみればああ確かに言いそうだと言う話ばかりなんですが、失礼ながら食べロガ-云々以前に典型的なヲ○ク体質入っているだけなのではないかと言う気もしないでもありません。
日本でも最近何かと話題のあの行為ですが、こちらそれに対してむしろ積極的な価値観を提供するというニュースです。

ひとりでゆったりコースディナーを楽しむという贅沢……ぼっち飯専用レストランがアムステルダムに登場!(2014年5月8日Pouch)

ひとりでご飯を食べる、通称「ぼっち飯(めし)」。
ぼっち飯をすること自体に抵抗を持つ人は、実はさほどいないのではないかと記者は思うのですが、みなさんはどう思われるでしょうか。だってランチをする際、たまたまひとり、なんてシチュエーションは珍しくもなんともない。それにファーストフード店やカフェだったら、女性ひとりでも気軽に入れますものね。
だけど……ディナー、しかも「きちんとしたレストランでコース料理を食べる」となると、話は別。恋人や友人、家族など、一緒に行く相手がどうしても欲しくなっちゃいますよねぇ。

海外サイト「The Independent」によれば、オランダ・アムステルダムにひとりでコースディナーを楽しむことができるぼっち飯専用レストラン、「Eenmaal」が登場したらしいの。「同伴お断り」を堂々掲げたレストラン……斬新っ!
「IKEA」を連想させるシンプルな黒のイスとテーブルがずらりと並んだ店内、よく見るとそれらはすべて1人用、1セットのみ。ここでできる食事は、ワインやカクテルなど飲み物を含んだコース料理全4種類、価格はオール4960円ほどなのだとか。
    「ひとりで外食することはあまり魅力的ではない、私は人々が抱くこのイメージを壊したかったの。このレストランでは、上司の悪口に勤しんだりする必要はない。料理ととことん、向き合うことができるわ」
そう語るのは、レストランのオーナーを務めるマリーナ・ヴァン・グーアさん。なんでも同店は期間限定のポップアップレストラン、今後はロンドンやパリなどヨーロッパの都市部で、順次展開していく予定なんですって。
マリーナさん曰く、こういたタイプのレストランは「世界初」とのこと。

席ごとに区切りが付いているラーメン屋やひとり鍋専門店など、いわゆる「おひとりさま専用」飲食店は我が国にも数多く存在しますが、コース料理を食べることができるというコンセプトの店は、確かになかったかも。「おひとりさま」向けの店が増えつつある日本に同店が登場するのも、もはや時間の問題かもしれませんね。

そう来たかと思うような新手の商売なのですが、しかしこうした場合に席配置には十分な配慮が必要なのではないかと言う気がします。
ああ言えばこう言うというと悪い表現になりますが、ああ言えばこうした結果うまくいったと言うニュースを紹介してみましょう。

駅で乗車を拒否され、生きたニワトリをその場で処理(2014年5月7日チャイナエクスプレス)

先月28日午前10時ごろ、浙江省温州市温州鉄道駅のセキュリティーコーナーで、検査員が段ボールの箱に何か生き物が入っていることに気が付いた。

箱をあけてみると、中には2羽の鶏が入れられていた。段ボールを持ち込んだのは温州市で仕事をしている青年で、実家に帰るのに自分で飼っていた鶏を持っていく、ということだった。生きた鳥を列車に持ち込むことはできないと説明されると青年は非常に悩んでいる様子だった。

その場に居合わせた人が、鶏を売ってお金にすることを勧めても青年はそうしたくないようで、別の人が生きた鶏がだめなら絞めたらいいと助言すると、なんとその青年はハサミを取り出して、駅前広場で鶏を絞め始めた。
処理して鶏肉にしたものをビニール袋に詰めた後、青年は無事に列車に乗車していったという。

確かに結果としては全て丸く収まったと言う格好なのですが、元記事の画像を拝見する限りでは必ずしも過程においては丸く収まったとばかりも言えない気がしますがどうでしょうか。
最後に取り上げますのは例によってブリからの話題なのですが、ブリのブリたる側面を象徴するような話ではあるのでしょうか?

『デート中にどうやってウンチをするか』が最もおかしな書名賞「ダイアグラム賞」の今年の受賞作に!! (2014年3月24日コモンポスト)

『デート中にどうやってウンチをするか』というタイトルの本を見れば、きっと誰もが手に取るでしょう。
ロマンチックな時間に発生した気まずいケースにどう対応するか、について書かれた本が今年の“最もおかしな書名”に与えられる賞を受賞しました。

ダイアグラム賞と呼ばれるもので、金曜日に発表された今年の受賞作は『デート中にどうやってウンチをするか:恋人たちへのトイレエチケットガイド』と題された本でした。
主催者によると、この本はプリオンプレス社から出版されたもので、オンライン投票で30%もの票を集めて大賞に選ばれました。「今回皆さんが選出したのは、いつもより困難で、デリケートな問題に人生で直面した時に役立つマニュアル本です」とイベント責任者は話しています。

ダイアグラム賞は1978年に設立され、英国の業界誌「ザ・ブックセラー」が運営しています。これまでの受賞作品には『あなたの馬を防弾しよう』、『クレイジーな尻との暮らし』などがあります。

確かにそれがどれほど重要かつ深刻で喫緊の問題であるかと言うことは十二分に理解出来るのですが、その上で敢えてこれほど多くの方々がこの書物を支持したと言う点がブリ的紳士道のあり方を示すのでしょうか。
ちなみにロンドン五輪を前に英観光庁から他国文化を解説するエチケットガイドが出されましたが、彼の地ではエチケットと言うものについて何やら基本的なところで誤解があるのかと危惧しないでもありませんよね。

今日のぐり:「天下一品 岡山大供店」

天下一品と言えばその昔京都で初めて食べた時にその独特のスープに衝撃を受けたものでしたが、今はあちらこちらに店舗展開して地方で食べるのも容易になりましたよね。
ちなみに以前行った倉敷の駅北店は結構大入りだった記憶があるのですが、こちらは時間帯なのか隣のラーメン屋と食いあっているのかそこまででもないようで、待つこともなく席に着くことが出来ました。

今回は普通のラーメンではなく京都白味噌ラーメンをニンニクは抜きで頼んで見たのですが、何しろ京都と言うことで一見して白味噌っぽいのですが味的にはいわゆる白味噌っぽく甘いというわけではないのですね。
味噌ラーメンと言えば味噌の影響力が強いせいか全般に濃いめの味にバランスをとっている店が多い印象なのですが、こちらは塩分濃度も控えめでスープの味がしっかり楽しめ、(飲んでいいかは別として)最後まで飲み干せる系の仕立てになっています。
味噌ラーメンとしては太めのモチモチ麺とのバランスも良好だしいい具合だと思うんですが、食べていて気がついたのが底に肉味噌らしきものが沈んでいるようで、食べ進むとだんだん味が濃くなって行く演出を狙っているのでしょうか。
話に聞くところではラーメン一杯食べるのにも途中で食べ飽きると言われる方が結構いて、中にはこの種の演出を「まるでコース料理を食べたかのような満足感」などと称讚したりもするそうなのですが、個人的には麺類や丼物などは「これが好き」と言う味で腹一杯になりたいと言う衝動に突き動かされてガツガツ食べるものという印象があります。
その意味でメインストリームのレギュラーメニューに対しては余計なギミックは不要、いつでも同じ味を安定供給してくれればそれでいいと単純に考えてしまうのですが、逆にこういう老舗の人気店が時にこういう変化球を必要とするのもまあ、商売上の必要性として理解出来ることではありますよね。
まあそれでも大盛りにしたり野菜盛りにしたりすると味が薄まったりもあるでしょうから、ある程度好みに応じて味が調節できると言う機能に実利もあるのかもなんですが、基本的には個人的好みにも合うタレの味よりもスープの味で食べさせるというラーメンなんだと思います。

接遇面ではちょっとマニュアルが独特なのか運用が完全ではないのか、はたまたこれが京風と言うことなのか言葉を交わしていて微妙に違和感を感じる部分もないではなかったのですが、チェーン店のラーメン屋としてはまあ標準と言うところかと思いますし、幸いさほどにオペレーションも混み合っていないので深刻な問題は感じないで済みますよね。
ただ駐車場に出入りしている時に気がついたのですが、何故か店員がいちいち外に出てくると言うこの種の店には珍しいことをやっているようで、確か他店ではこんなことはやっていなかったように記憶するのですが当店だけのしきたりか何かなのでしょうか?
ともかくも人気店が新しいことをやると基本的にそれまでの評価水準がすでに高いだけに、新メニューがそれを上回る確率よりも下回る確率の方が高いと言うリスクがあると思うのですが、今回の場合は普通においしいラーメンなので食べる方としても安心でしょうか。

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2014年5月10日 (土)

技術の進歩と一般化が否応なくもたらす変化

世の中技術的に進歩するだけではなく、それが誰にでも簡単に使えるようになってきていることも今の時代の傾向だと思っているのですが、その結果今までであればやりたくても出来なかったことが出来るようになったと喜んでいる方々も多いかと思います。
例えば今や当たり前になったボーカロイドなども単に見た目に可愛い、キャッチーだと言うだけでなく、作詞作曲能力はあっても歌唱能力のなかったアマチュアミュージシャンの方々にとっては偉大な福音だと思うのですが、特にPCやスマホがこれだけ普及すると機械制御で難しいことをやらせると言うことが普通に出来る時代になりました。
そうした点からも今もっとも注目され大衆レベルでの応用法が探られている新技術の筆頭にも挙げられるのが3Dプリンターだと思いますが、技術というものは常に諸刃の剣であると言う大原則を思い出させるこんな事件も報じられています。

3Dプリンターの銃所持、大学職員の男を逮捕(2014年5月8日読売新聞)

 3D(3次元)プリンターで製造されたとみられ、殺傷能力のある樹脂製の拳銃を所持したとして、神奈川県警は8日、川崎市高津区に住む20歳代の大学職員の男を、銃刀法違反容疑で逮捕した。
 県警は既に銃を押収しており、鑑定で殺傷能力があると確認したという。
 県警によると、3Dプリンターで製造された立体の構造物(3Dプリント)とみられる銃が国内で押収されたのは初めて

 捜査関係者によると、男は4月中旬、自宅で3Dプリントとみられる銃2丁を所持した疑いが持たれている。県警は同月、男の自宅から5丁を押収。県警科学捜査研究所で鑑定し、このうち2丁は弾丸を発射でき、殺傷能力があると判断した。適合する弾丸は見つかっていない。
 銃押収の際、県警は、男の自宅に3Dプリンターがあるのを確認。男は、この時の事情聴取に対し、「自分が作ったことは間違いないが、違法とは思っていなかった」などと話したといい、県警でくわしい経緯を調べる。
 県警は今年に入り、男が動画投稿サイトに、自ら製造したとして、3Dプリントとみられる銃と、基にした設計図の動画を投稿しているのを知り、捜査を進めていた。銃の設計図は、男が海外のサイトからダウンロードしたと県警はみている。

ちなみに「違法とは思っていなかった」と言っているそうですが、銃刀法によると銃砲とは「拳銃、小銃、機関銃、砲、猟銃その他金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃をいう」とされていて、要するに銃としての機能があるかどうかが問題視され実際に弾が入っているかだとか弾薬を所持しているかと言ったことではないのですから、能力が確認されただけで取り締まり対象とはなり得る理屈です。
問題はこの「金属性弾丸を発射する機能を有する」と言う文言をどこまで解釈すべきなのかなんですが、火縄銃よろしく火薬に点火すれば単なる筒であっても原理的に弾は撃ち出せるわけですから、そこらの金属加工を扱っているような職場であれば銃砲を扱っていると強弁することもまあ出来なくはない理屈になりかねませんよね。
もちろん実際にはそこに行使の意図等を加味して運用しているはずですが、ともかくも自由自在に任意の形を作り出せる3Dプリンターによっても機能的に銃として認定されるだけのものが作り出せると確認出来た以上、今度はどのような形態であれば銃刀法に引っかからずに銃砲としての機能を維持出来るかと言うことを考える人間も出てくると思います。
個人的にはこの記事を見ていて思わずあの伝説的迷銃?を思い出したのですが、実際に似たようなことを考える人間はいるもので元ネタと思われる2013年に公表された世界初の3Dプリント銃にも同じ名前が付けられたくらいですから、もはや銃が出来るかどうかではなく一見してどれほど銃らしく見えないかと言う開発競争が加速していくことになるのでしょうか。
3Dプリンタなどはその原理的に見てもどのような方向性にも応用が利くもので対策もそれだけ難しいと言えますが、ごく身近なところにあるちょっとした道具でも使いようによっては非常に困ったことになると言う問題も最近にわかに注目を集めているようです。

「消せるボールペン」のリスクは“消せる”か…自治体、使用禁止に躍起(2014年5月3日産経新聞)

 ゴムの摩擦熱で筆跡を消し、書き直せることが売りの「消せるボールペン」の公文書への使用を防ごうと自治体が神経をとがらせている。文書を書き換えて手当てを不正受給するなど不祥事が全国で相次いだためだ。公文書の改竄(かいざん)は刑事事件にも発展するため、各自治体は新人研修で注意を促したり、全部署に通知を出したりして周知を徹底。普及とともに現れたリスクを“消そう”と懸命だ。

公文書「改竄」の危機

 「消せるボールペンという筆記具がありますが、当然、公文書には使わないように」。4月7日に行われた大阪市の新人職員研修。講師の文書担当職員は、こうクギを刺した。
 公文書は行政機関などの職員が職務上作成して組織的に使う文書で、行政活動の記録だけに、公文書管理法で厳格な管理が義務づけられている。改竄は、有印公文書偽造罪などに問われる可能性もある。
 同市は大阪府警で消せるボールペンを使った調書の書き換えが発覚した直後の平成24年8月、使用禁止に。文書担当の行政課は「書き換えられる筆記具で公文書を書いたら、市民への説明責任を全うできないことを継続的に職員に周知していく」と説明する。
 堺市も4月30日、使用禁止を徹底する通知を全課に出した。

勤務時間、費用を水増し

 茨城県土浦市は昨年9月、消せるボールペンで勤務表を改竄し計約70万円を不正受給したとして、消防本部総務課の30代の男性職員を懲戒免職にした。消防によると、23年4月に消防隊員から事務職に異動。宿直や休日出勤の時間外勤務手当がなくなったため、不正に手を染めた。消せるボールペンで勤務表を書き込み上司の決裁を受けた後、市人事課に持って行く途中で書き換えていたという。
 三重県津市では昨年5月、学校給食の食材を調達する市学校給食協会の元臨時職員が、ペンの悪用でパンなどの費用を水増しし、約105万円をだまし取った詐欺容疑で逮捕された。
 名古屋市では5局12部署でタクシーチケットなどにペンが使われていたことが発覚。改竄などの不正は確認されなかったが、監査委員は報告書でこう警鐘を鳴らした。「行政文書の重要性に対する意識が希薄化している」。
(略)

この消せるボールペンと言うものもなかなか面白い道具で、60度以上に加熱することで色が消えるインク(フリクションインク)を使っていることから消しゴムの摩擦熱で文字が消えると言う理屈なんですが、一応は冷やせばまた文字が出るのですがこれまたマイナス10度以下とどこででも用意出来るものではなく、現実的に大量の文書に対して簡単な方法での鑑別は難しいようです。
ボールペンでノートを取るフランスの学生向けに売り出した製品だけに日常的な環境でそうそう文字が消えては困ると言うことなのでしょうが、記事にある公文書への意図的使用以外にも借金などの契約文書に当事者には知らせずに使わせて好き放題後で改ざんすると言った悪質な利用法もあるようで、これまた応用法を考えていけば幾らでも悪いことには使えそうですよね。
当事者が意図的に使用する分には直ちにこれと言った対策を講じるのも難しそうなのですが、知らない間に他人に使わされ被害を被ると言うことだけはないよう国民の方々は製品画像をよく承知しておいてもらうべきだろうし、またメーカー側も消えるボールペンだと言うことが誰にでもきちんと判るように製品デザインを改良していただきたいものだと思います。
ただボールペンの性質上中のインク充填部分だけを取り出して流用するということが可能で、実際にこの商品などもオリジナルデザインの筐体に入れて社外品として売っているような場合もあるようですから、書いた時点で何かしら通常のボールペンと区別がつくような工夫をインク自体に施していただくしか抜本的対策はないのでしょうか。

世の中には技術的進歩のこうした負の側面にばかり注目して「問題があるからさっさと規制すべきだ」と言ったことを主張したがりな方々も少なくないのですが、よく言われるように包丁は取り締まれだとか車は全面禁止しろなどと今さら誰も言わないと言う話で、ある一定レベル以上に社会に普及し当たり前のものとなってしまうともはや規制論など唱えることが非現実的なものになってきます。
その有りか無しかの境界線上にちょうど今現在位置しているのが例えば原発であったりするのだと思うのですが、昭和の時代にあれだけ反対運動があった食品添加物なども今や当たり前に使われていて表立った反対論はほとんど聞かなくなった、一方でその使用を許容しない人は無添加食品を利用するなど個別レベルでの対応を図るようになっているように、技術の一般化は必ず人間の意識と行動も変えていきます。
冒頭に登場した3Dプリンターなども現段階では物を作って売ると言う段階から物のデータを売って各自作らせると言う段階への移行が模索されている状況ですが、すでに商業レベルで3Dスキャナで全身像を取り込んでその場で3Dプリンターで自分のフィギュアを作ると言ったサービスが登場しているように、立体造形においても自分で作る側に回るハードルが確実に下がっていることがどんな変化をもたらすのかです。
高精細な3Dスキャナと3Dプリンターがセットで安価に利用できるようになれば、2Dの世界において起こったように3Dの世界においても自炊行為が当たり前になってフィギュア屋さんなどは商売あがったりでしょうし、さらに進んで誰でも思いついたことを自由自在に立体化して自分で作り出せるようになれば、物を作って売ると言う産業の大前提さえもひっくり返りかねない時代が来るのかも知れませんね。

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2014年5月 9日 (金)

日本総高齢化の原因としての日本総少子化現象

高齢化に関わる問題と言いますと地域における高齢者医療のあり方などもしばしば話題になりますけれども、その高齢化問題の根本にも関わる話として先日増田元総務大臣がこんな指摘をしています。

高齢化問題、増田元総務相「一番深刻なのは東京」 (2014年5月3日TBS)

 増田元総務大臣は、TBS番組「時事放談」の収録で「高齢化問題が一番深刻なのは東京だ」と指摘し本格的な対策が必要だと強調しました。

 「(高齢化問題が)一番深刻なのは東京で、75歳以上は30年たつと2倍近くに。20代30代は40%少なくなって、そのときにどういう姿になるのか。介護施設はこれ以上作れないが担い手すらいなくなる」(増田寛也 元総務相)

 厚生労働省の試算では、75歳以上の高齢者は10年後に東京で1.6倍となるなど首都圏が深刻で、増田氏は対策を急がなければならないと強調しました。

人口高齢化に関してこれまでは主に地方における高齢化の問題が盛んに喧伝されてきた経緯があって、特に人口減少に悩む地方ほど高齢化率も高いことから社会システムの維持が出来なくなると言う懸念が生まれてもいたわけですが、ただこれらはどちらかと言えば若年層の流出という社会的変動に由来する部分も多いようで、それ故に若年層の受け皿たる都市部においては相対的に高齢人口比率が少なくて済んでいたとも言えます。
一方で高齢化の進行速度と言う点で見れば大都市圏が地方を大きく上回ることが最近注目されていて、高齢人口で見るとこの20年で地方では1.7倍増えているのに対して首都圏では2.3倍増えていると言うのはそれだけ伸びしろがあるからだとも言えますが、若年者が流入する側の大都市圏においても高齢化が急速に進んでいるとなれば、これは全国的に深刻な事態だと納得せざるを得ません。
何故そうなるのかと言う理由を考えると結局は少子化と言うことが挙げられてくるのですが、実はこの少子化に関しても若い人が多く集まっているはずの大都市圏こそ深刻であるというかなり気になるデータがあるようです。

シンクタンク研究員「東京都の出生率1.1はひどい」 少子化対策で田舎に住む?(2014年5月4日週間朝日)

 少子高齢化、「ものづくり大国」の崩壊、進まぬ東日本大震災からの復興、消費増税による家計圧迫――。暗いニュースばかりが気になるが、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏(49)は、既に過疎地にこそ日本の明るい未来への可能性が見えているという。
*  *  *
「日本の先行きは暗い」というあなた、世のムードに流されていませんか。「アベノミクスで日本再生!」というのも、思い込み先行という点は同じです。統計数字を確認すれば、日本は落ちもせず上がりもせずに水平飛行しています。大健闘といえるでしょう。
 国勢調査によれば、1週間に1時間でも仕事をしてお金を稼いでいる人は、もう日本人の半分もいません。子供や専業主婦に加え、高齢の退職者が急増しているからです。ですが機械化で生産力は落ちず、財政破綻もせず、それどころか個人の持つ金融資産は1600兆円を超えています。
 東日本大震災の2011年ですら、輸出も国内の小売販売額も、ほとんど減らなかったことをご存じでしょうか。ちなみに昨年の輸出67兆円(国際収支統計)はバブル期の1.6倍で、史上第4位です。貿易赤字は、円安で輸入品が高騰した、いわば自爆の結果です。
 悲観派は「GDPの成長率が低い」の一点張りですが、生産年齢人口(15~64歳の数)が20年近くも減り続けている日本と、人口が増えている国を比べれば、方向が違うのは当たり前。生産年齢人口当たりの成長率では日本が世界一という計算もあるそうです。

 そんな中、冗談ですまされない最大の問題は少子化です。特に東京都の出生率が1.1というのはひどい。人口が世代ごとに半減してしまう東京に、さらに若者を集めることは、日本の衰退につながります。
 むしろ過疎地にこそ明るい未来が見えています。拙著『里山資本主義』(角川oneテーマ21)でも紹介した島根県の邑南町では13年、転入者数が転出者数を20人上回りました。出生率も2.65と全国の2倍です。自然を重視する若い夫婦が移り住み、耕作放棄地を使って農業を始めているからです。
 地区ごとの数字を分析すると、都会でも地方都市でもなく、過疎化が進みきった山村や離島だけに、老人の増加と子供の減少が同時に止まった地区が登場し始めています。子育て支援を最優先に掲げてきた長野県の山村・下條村では、待機児童はもちろんおらず、過去20年間で子供が微増、生産年齢人口も横ばいです。
 本当は都会でも同じことは目指せるはずです。税金を子育て支援に最優先で使うことで、日本の将来はなお明るくなるでしょう。

生産年齢人口の減少も非常に重要な問題ですが、日本に限らず人口高齢化が避けては通れない道となってきている以上、昔ながらの年齢基準で生産年齢人口を捉えるのではなくこれを実質的に拡大していくことを視野に入れているのが現在の政策の方向性だと思いますし、その上で今後は社会にある様々な仕事を各年代にどう割り振っていくかが重要になっていく気がしますけれどもね。
ともかくも記事にも東京都の出生率がずいぶんと低いことが取り上げられていますが、厚労省の統計を見ても実は首都圏、大阪圏など大都市圏よりも地方の方が出生率が高いと言う興味深い傾向があって、もちろん若年人口が多い大都市圏の方が絶対数としては多いのでしょうけれども、その割には意外と人口再生産には寄与していないと言うことですよね。
単純に考えても何かと気ぜわしい都会暮らしよりも田舎暮らしの方が子供の養育には向いているのだろうと言う気はしますが、これまた興味深いデータとして大都市圏の方が平均初産年齢が高いと言う話があって、最も高い東京(31.5歳)と最も低い福島県(28.5歳)では3歳も違っていると言うのは、子供の一人や二人でも余計に産もうかと言う気にもなりそうな差ではあるかと思います。
社会的移動によって大都市に出てきている人々は労働のために来ているのであって、実際に若年未婚率で見ても首都圏は軒並み全国平均よりも高いことも子供を産みに来ているわけではない以上当然だと言われればその通りなのですが、実際問題そこで長年定着し暮らしている以上はやはり地域の一員と見なすのが妥当であり、地域社会の維持に貢献していただければこれに濾したことはないわけです。

ぶっちゃけたことを言えば産むことによるメリットがあまりないから子供を産まないのだと言う考え方もありますが、逆に産むことのデメリットとは何かと考えると大都市圏の場合基本的に地方から仕事を求めて来ている以上、子供が生まれれば直ちに仕事にも支障が出るのではないかと言う予測は成り立ちますよね。
この点で見ると大都市圏における親との同居率が地方と比べるとずいぶんと低いことは親世代による育児協力が期待出来ないと言えそうですが、実際に小さな子供を抱える母親の就業率を計算した方によれば大都市圏では軒並み母親の就業率が低いということですから、この辺りの対策が少子化対策として喫緊の課題ということになり、ひいては高齢化対策にもつながってくるのかなと言う気がします。
近年では保育所の待機児童問題が大きく取り上げられることが多く、もちろんこれはこれで仕事をしながら出産を考える女性にとって大きな話題ではあるのですが、個人的に注目していることとして母子家庭が入居し子育てを互いに助け合えるシェアハウスのニュースが先日出ていましたが、こうした子育ての多様性を担保するサービスも非常に重要で保育所同様に公的な支援も望まれるところだと思いますね。
社会的にバリバリ活動している有能な女性ほど出産や子育てから遠ざかると言う状況にあるとすれば非常にもったいないことで、このあたりは若い頃には多忙を極めなかなか出産など考えていられないとついつい出産を後回しにしがちな女医さんなども決して他人事ではないと思いますが、特に女医さんの場合は制度的な面でのサポートは元より周囲の理解と言うこともあっての話かと言う気もします。

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2014年5月 8日 (木)

医学部を増やせば僻地医療問題は解消するか?

先日は文科省から例の東北における医学部新設に関して応募要領が公表されるなど、被災地支援と言う名目の元に久方ぶりの医学部新設が推進されているところですが、いずれも仙台市内にある東北福祉大と東北薬科大のいずれかで確定的かと思われていたところに、南東北病院などを運営する福島の脳神経疾患研究所も手を挙げたと言う報道もあって、被災地支援と言うことで言えばこちらも有利とも言えますよね。
宮城県では自治体も出資する学生への修学資金貸し付け構想も用意されつつあるようで、例によってお金で若い人達の人生を縛り付けることが妥当なのかと言う疑問は置くとしても、東北各県を始め全国的に行われているこの種の御礼奉公システムが定員割れを来していると言う状況を側聞するにつけ、新設医大に限って今までよりも地域医療の情熱に燃える学生がより多く集まるものだろうかと言う疑問は残りますよね。
もともと東北地方の各医学部は地域定着率が決して高いわけではなくせいぜい半数程度と言われ、現状においてすでに入試に下駄を履かせてでも地元に残りそうな学生をかき集めていると言われる状況でも地域枠が埋まりきらないとなれば、地元志向の学生達はすでに掘り尽くされ新設医大に来るのは他地域からの国試受験留学予備軍が多数派を占めるのでは?とも想像されるところです。
その意味で地域の医師確保と言う観点からの医学部新設は少なくとも医師に対する求心力が元々低かった東北地方に関して言えば効果に疑問符が付かざるを得ないと思うのですが、地域医療と言うものの根本に立ち返って考えるとそもそもそういう問題なのか?と言う疑問を提示するなかなか良い記事が、先日日経メディカルに出ていましたので一部なりと紹介させていただきましょう。

必要なのは医師の数か?医学部新設と僻地医療(2014年5月7日日経メディカル)より抜粋

(略)
スーパーマン僻地医は時代遅れ

 今年2月、東日本大震災の被災地を2年ぶりに取材で訪れた。その時に聞いた宮城県の気仙沼市立本吉病院院長・川島実氏の「いつまでも本吉にいるつもりはない」という言葉が耳に残った。
 川島氏は、震災直後に本吉病院の医療支援に携わった縁もあり、2011年10月にそれまで務めていた山形県の庄内余目病院を退職して、院長として赴任した。人口約1万人の本吉町地区で同病院は唯一の医療機関。震災直後、前院長など2人の医師が相次いで退職、医師不在の病院にいわば“救世主”として着任したわけだ。川島氏は、前院長が診てこなかった小児科や小外科も担当。在宅医療にも積極的に取り組み、本吉地区の“家庭医”として住民から絶大な信頼を受けるまでになった。
 2月の取材でその川島氏は、「震災後に気仙沼で始まった在宅医療をさらに拡げたり、総合診療を手掛けたりして、地域の役に立ててよかった。半面、最近では住民の『ずっと本吉にいてほしい』という期待を感じる。ありがたいことだが、私も含めこの病院の医師は家族や親元を離れて働いているのが実情。昔のようにスーパーマン的な医師の熱意と犠牲で成り立つ僻地医療はこれからの時代に通用しない。私が仮にいなくなっても持続可能な僻地医療のシステムを作りたい」と語り、「いつまでも本吉にいるつもりはない」と続けた。
 「いつまでもいない」と公言する川島氏に対し、地元の医療関係者や住民の中には「中途半端で放り投げるな」といった声も出ているようだった。

スター僻地医が作った「五戒」

 被災地の医療復旧に尽力し、全国的にも名が知られるようになった川島氏のこの発言を聞いて、筆者はある僻地医が40年以上前に作った「僻地医五戒」という文章を思い出した。それはこんな内容だ。

1.僻地医は人間らしい願いを持ってはならない。
2.僻地医は超能力者でなければならない。
3.僻地医は病気にかかってはならない。
4.僻地医はマスコミを意識しなければならない。
5.僻地医は聖人でなければならない。

 北海道浜中町の町立浜中診療所に47年間務めた故・道下俊一氏が「僻地医五つの戒め」として自虐を込めて作ったものだ。
(略)
 『日経メディカル』はこの道下氏を1975年にルポしている。浜中町を訪れた記者に対し道下氏は、「私をこの僻地に22年間も踏みとどまらせた理由は何だと思います?……マスコミですよ、マスコミ。ここを逃げ出せば、私のことを“人非人”と書きたてるのではないかという不安。僻地の医者でなきゃ分からないでしょうね──」と語り、この「五戒」を示したのだった。
 筆者も2009年、『日経メディカル』500号記念臨時増刊の特集「日経メディカルは何を伝えてきたか」の取材で、浜中診療所を訪れている。地元出身の小川克也氏が社会人を経て、医学部に入り直し、2000年から地域の医療を守っていた。
 しかし、休日でも夜間でも、困った時はいつでも診療する、というかつての道下氏のスタイルとは一線を画し、平日診療のみ、時間外と休日は基本的に心肺停止や検死が蘇生の必要な場合に限る──と、ドライで割り切った診療姿勢を貫いていた。
 この時取材に応じてくれた小川氏は、「私も最初の2年間は24時間365日それをやった。肉体的にも精神的にもまいってしまった。私はこの町の出身。ここで長く続けることが、一番大事だと考えたら、このスタイルにたどり着いた」と語っていた。
 取材当時は、一部住民から診療姿勢に不満も出ていたようだが、小川氏は今もこの方針で診療を継続中だという。
(略)
 道下氏のようなスーパーマンが、自己犠牲を払いながら僻地医療を守る時代ではもはやない。漫画とテレビドラマの『Dr.コトー診療所』は大衆の心をつかんだが、現実の僻地医療の課題を何も解決していない
 マスコミを気にせず、聖人でもあろうとしなかったことで、小川氏は地域の“身の丈”に見合った医療を守っているといえるだろう。しかし、それも持続的な仕組みではない。仮に小川氏がいなくなったとしたら、浜中町は再び医師探しを余儀なくされるに違いない。それは、全国各地、僻地と呼ばれる場所で長年にわたって繰り返されてきた光景だ。

医師ではなくシステムを

 翻って現代の僻地医、川島氏は「いつまでもいない」とあえて周囲に公言しつつ、「だからこそ、持続可能な僻地医療のシステムを作りたい」と話す。「海と里山に囲まれた気仙沼は、子供を育てるにはとてもいい場所。小さな子供を持つ若い総合医が、家族で赴任して数年間地域医療を携わる、というような循環システムを作れれば理想だ」。
 川島氏は東北大とともに僻地を支える永続的な医師派遣の仕組み作りに関わっている。宮城県内に7つの拠点病院を置き、そこをベースとして医師が近隣の僻地の医療機関で勤務するシステムだ。僻地医として働き、総合医・家庭医の腕を磨きながら、拠点となる気仙沼市立病院で手術や重症例の経験も積んでもらう仕組みだという(『日経メディカル』2014年3月号特集「大震災は医療をどう変えた」参照)。
 これまで、各地で様々な僻地医療の対策が講じられてきた。しかし、そのどれも全国区にはなり得ず、持続的なシステムとして各地に普及・定着していくことはなかった。医師をどれだけ養成しても、システム不在のため末端の僻地まで確実に行き届かせることができなかったのだ。
 今、国と医療関係者が優先して取り組むべきなのは、一気に700人近く新卒医師が増える2015年以降に向けた、僻地医療の持続システムの構築ではないか。
(略)

患者たる一般人にも読ませるものとするとかなりぶっちゃけたところまで書いている記事だと思うのですが、人並み外れた熱意と努力を持って当たり前のように激務をこなしてしまうスーパーマンの存在を前提に医療システムを組み立てている限りそれはいずれ破綻する、それよりもどんな平凡な人間が従事しても持続可能な医療システムを構築することが重要であると言う考え方には非常にアグリーですね。
昨今では入試や研修システムの変化、あるいはいわゆるゆとり教育の影響などと様々に言われますけれども、「研修医が5時になると帰ってしまう」「夜間の呼び出しに応じてくれない」と言った不満が指導医の側にはあるようで、もちろん貴重な症例が来たから時間外でも勉強に来いと言うのであればまだしもなのですが、単に人手不足を補うために便利使いしているだけだとすればそれは臨床研修制度の趣旨に反する行為ですよね。
「今までそうやって医療を回してきたんだ」と言う意見も判らないでもないのですが、そもそも際限なく増大を続ける医療需要にこれまた無限に応需し続けようとする医療現場の努力こそが医療費削減政策を呼び、そして医療現場の過重労働から逃散さらには医療崩壊と言う現象にまで至っていることを考えた時、ただ要求に応需し続けることが医療の永続性確保にとってむしろマイナスであるかも知れないと言う視点は必要でしょう。
特に僻地と言われる地域では一人あるいはせいぜい数人の医師が24時間365日の診療体制を維持しようとすれば労基法無視の労働環境になるのも当然で、その結果医師が定着しないと言うことであれば結局どちらが住民にとっても得なのかと言う話ですし、黙っていても住民が理解出来ないのであれば医療側から強力に働きかけてでも永続性あるシステムを構築すべきではないかと言う気がします。

ところでこうした文脈でしばしば取り上げられるのが「心の僻地」と言う言葉で、東北地方では秋田県上小阿仁村などは全国的にも「聖地」として知られていますけれども、よくこうした田舎の公的医療機関における逃散のケースが報道されると言うことから地理的僻地に心の僻地が多いような印象もありますが、恐らく実際にはどこであっても同じように心の僻地的要素はあるのだと思いますね。
ただ複数の選択枝がある都市部では医療機関に過度な要求を行おうとしても「当院で出来るのはここまで。ご不満でしたら他院にどうぞ」と言われてしまう時代ですし、実際医療機関を転々としている問題患者は少なくないわけで、それが地域に公立の医療機関が一つだけとなれば納税者=スポンサーとして好き放題吹っかけられるのですから、やる方にとっては理想的環境ではありやられる方にとっては勘弁してくれと言う状況でしょう。
ともかく現状では記事にもあるように、こうした構造的・制度的な問題を現場レベルの医師による個人的努力に頼って何とかやりくりしていると言うのが一番の問題であって、単に医療技術に留まらずこうしたマネージメント能力も含めてスーパーマンの存在に依存しなければ医療の永続性を担保出来ないのだとすれば、ごく平均的な人間によっても無理なく行えるように制度面でも考えていくべきではないかと言うことですね。
そしてそのためには医療を提供する側ばかりでどうこうしても始まらず、何よりも医療を受ける側の意識改革が必要になるわけですが、その意味で医療制度を采配している国はもちろんながら地元自治体のスタンスこそ非常に重要で、残念ながら未だにある話ですが次の選挙に有利だからと住民の先頭に立って医療に無茶ばかり要求するような自治体は論外であることは言うまでもありません。

根本的な話として何故田舎に医師が根付かないのかと言えば単純にメリットが何もないからで、現状で唯一のメリットと言えるものは一般的に田舎の方が報酬がよいと言う点だけだと思いますが、医師の場合相対的に報酬が低めでも十分食っていける程度にはもらえるので、医局人事による強制派遣システムが崩壊してしまった以上はよほど熱意か物欲に満ちた医師しか田舎に行きたがらないでしょう。
そして行ったなら行ったで「隣町の病院ならこんなことは当たり前にやってくれるのにどうしてここでは出来ないんだ」と日夜言われるわけで、もちろん実力も熱意も人並み以上にある優秀な先生であればある程度は要望に応えて頑張っていけるでしょうけれども、そんな優秀な先生が田舎町の(言葉は悪いですが)医療環境としては終わっている場末の施設でずっと働いてくれると考える方がどうかしてますよね。
この辺り実は医師会なども「日本全国どこでも同じ医療を受けられるべきだ」といった幻想を語ってきた責任があると思いますが、やはり地理的物理的環境によって供給体制に差が出るのは医療に限らず当たり前の話であって、ただ国民皆保険制度下では差があるにも関わらず同じ物だと言う建前の元に同じ料金を強いていることが無理があり、提供側のみならず利用者目線で考えても実は面白くない話でもあったと言えます。
純粋経済学的に考えれば医師を呼ぶコストが高い僻地の方が医療費も高くあってしかるべきだと言うことにもなりかねず、さすがにその辺りは地域格差是正の方向で配慮が必要だと思いますが、経済面のみならず周囲にどれだけ医療機関があるか、すぐに相談できる専門医がいるかと言った各種条件の差も補正していかないと、田舎勤めは各種地雷のリスクが高まるばかりだと忌避される状況は続いていくでしょう。

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2014年5月 7日 (水)

今さら科学のイロハから?

STAP細胞騒動は捏造があったかどうか論文を検証するはずが検証する側も論文捏造を指摘されるなど泥沼の様相を呈しているようですが、その騒動に関連してこんな通達が出たようです。

「STAP信じている」だけでは駄目…学会強調(2014年4月28日読売新聞)

 STAP(スタップ)細胞論文の問題をめぐり、日本分子生物学会の大隅典子理事長は、データの正確な記録や再現性の確認など、科学の世界で決められている手続きを守るよう呼びかけるメッセージを、同学会の全会員に電子メールで送った。

 同学会は会員数が約1万4000人で国内の基礎生物学系では最大。学会トップが改めて科学の基本を会員に説くのは異例と言える。

 メッセージは、研究者が「発見」を知らせるための手続きが決まっており、「『発見しました』『信じています』というだけでは駄目だ」と強調。データを正確に記録し、その記録を基に再現性を十分確かめた上で、論文や学会発表の場で他の研究者に見てもらい、必要があれば追加データを示すことが求められると訴えている。

しかしこのSTAP騒動、すでに理研内部では自主的に全研究者の過去の論文チェックを行っているそうですけれども、現職3000人の少なくとも2万本以上にもなると言う全論文を意味のあるレベルで検証する手間もさることながら(まさか一通り目を通しましたでおしまいでもないでしょうしね)、それだけのことをしなければならなくなっている状況であることが問題です。
ちなみに元々の大隅理事長のメッセージがこちらなのですが、正直大学院初年度辺りに言うこととしてはともかく、一応は真っ当な研究活動に従事しているはずの学会会員に今さら出す内容か?と言う気もするのですが、まさしくその辺りがこの問題の思いがけない影響の大きさということなのでしょうね。
ともかくも論文として査読を受けきちんとした雑誌に掲載されて世に出た以上はそれなりに信用されるのが科学の世界と言うものですが、過去を振り返ってみればひとたび掲載された論文であっても後になって否定されたと言うことが決して少ないわけでもなく、有名なところでは「三種混合ワクチンによって自閉症が引き起こされる」として話題になったランセットの論文が後に撤回されたと言う事件がありました。
もちろんこうした論文が世に出ること自体も問題なのでしょうが、それ以上に問題なのがこうして間違いであると判明し撤回された後もこの論文がなおも変わらずワクチン有害論のソースとして用いられ続けていると言う点で、どうも科学というもののあり方にももう少し実社会との関わり方も含めて考えていく必要があるのかなと言う気もしてきます。

週刊文春の「遺伝子組み換え作物で発癌」報道に思うSTAP現象の今後(2014年4月28日日経メディカル)

 週刊文春が4月17日号と24日号で、TPP(環太平洋経済連携協定)に関連して、遺伝子組み替え作物(GM作物)に対するネガティブキャンペーンを行っている。
 「米国産『危険食品』で子供が壊れる」というタイトルの17日号の記事にも「バイオ企業も食べないGM作物」などと刺激的な見出しが躍っていたが、24日号の「遺伝子組み換え作物から子供を守れ」という記事には、「抹殺された動物実験データ」としてフランス・カーン大学のセラリーニ教授の実験データと、「遺伝子組み換え作物を食べたラットは腫瘍だらけになった」という同氏の“衝撃的な”インタビューで構成されている。

 2012年11月、このデータがElsevier社が発行するFood and Chemical Toxicologyに論文として掲載されると(発表は9月)、世界的に議論が巻き起こった。
 しかし最終的にこの論文は、2013年11月に取り下げられている。取り下げに当たって同誌は生データの査読を要求し、結果的に虚偽はなかったものの、サンプルサイズと動物種の選択に問題があり、決定的な結論は導けないとした。
 同誌の論文取り下げの決定に対しては、「GM作物を販売しているモンサントに勤務したことがある研究者が編集に関わっていた」「取り下げには何らかの圧力を感じる」「取り下げるほどの理由はなかった」など、現在も火種がくすぶっている

 この論文発表時の米国Forbes誌の記事によると、セラリーニ氏は批判を封じるために、正式な発表まで記者達と秘密保持契約(non-disclosure agreement)を結び、事前取材を不可能にしていたという。
 その甲斐もあってか、大きな腫瘍を持ったラットの写真を伴った突然の発表は大きな効果をもたらし、フランス首相が「本当なら欧州全域でGM作物を禁止した方がよい」と発言するまでに至った。
 発表後まもなく、研究者・研究機関からは、「プロトコールに問題があり、結論には何の根拠もない」という批判が相次いだ。また、ラットの腫瘍が大きくなるまで放置したことに対する倫理的な批判もあった。セラリーニ氏にはそれまでにも、同様の“前科”があったらしい。

 ……と、こうした経緯を振り返ってみると、「STAP細胞」発表時の理研の報道規制や、マスコミの過熱報道、文部科学相の発言、背中にヒトの耳が生えたマウス、などを想起してしまうのは私だけではないだろう。
 ちなみに、1990年代後半に背中に耳が生えた「バカンティマウス」をつくったのは、STAP論文の撤回に反対している米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授、その人である。
 週刊文春が、今ごろ、なぜこのネタに飛びついたのかはよく分からない。世界的には、もう完全に終わったはずのこの議論が、周回遅れとなった日本で再燃することになるのだろうか。
(略)

もう少し詳しい話に関してはこちら日系バイオテクの記事を参照いただければと思いますが、すでに学識経験者、消費者、食品事業者、メディア関係者等の有志による「食品安全情報ネットワーク」が週刊文春に訂正記事掲載の要望書を提出するなど、文春側としてはそれなりに狙った通りの反響があると言った状況ではあるようです。
数年前に新生児に対するビタミンK投与の問題で大いに世を賑わせたホメオパシー騒動などでも、彼らホメオパスがその主張の科学的根拠と称している一連の論文が元論文に当たって見れば全く逆の内容であったことが明らかになっていますけれども、彼らがこうしたソースロンダリングと呼ばれる手法を根強く用いるのはそれが有効であるからだと言えるでしょう。
ただ商売としてやっている方々にとってはそれでいいとして、一応は事実に基づいて報道していると言う体をとっているマスコミの場合意図してこうしたソースロンダリングを行うことが果たして妥当なのかどうかで、例えば自社の主張をいったん海外の友好紙に提供して記事として掲載させた上で、それを引用して「諸外国でもこの通り!我々と同じ主張をしている!」とするやり方はありふれたものとなっていますよね。
週刊誌などはもともと情報の信憑性など二の次三の次であって、どこの誰とも知れない匿名の「事情通」が耳にしたという「噂話」で記事を組み立てるなんて荒技も当たり前に繰り出してくるメディアですから、あまり細かいことを言っても仕方がないと言う考え方ももちろんあると思いますが、こうした売らんかなの飛ばし記事であってもそこに事実の一端が含まれていると誤解する人がいるなら問題と言えるでしょう。

別の問題としてこうした記事を書いている記者が国民に対するジャーナリストとしての責任感なり善意なりから「世の中の思惑によって闇に葬られている情報を暴き出さなければ!」と考え記事を書いている可能性が全くないわけではないと言う点で、むしろ場合によってはこうした場合の方がより深刻な問題をはらんでいると言えるのかも知れません。
以前からマスコミ業界が文系卒ばかりであることに危惧する声が決して少なくなかったのは、知ったような顔で記事を書いているにも関わらず最低限の科学的常識が全く欠けているという危うさもさることながら、一度でも実験をし論文を書いたことがある人間ならやらないだろう物の考え方を当たり前にしてしまう、そしてそれがおかしいとチェックする人もいないまま紙面なり画面なりで垂れ流してしまうと言う点にあるのだと思います。
この辺りはまともなマスコミの中の人もそれなりに問題視しているところがあるようで、例えば医療バッシング報道から医療崩壊へと続いた流れの中で医師ら医療関係者が徹底的なマスコミ不審に陥った、そしてマスコミの頭の上を飛び越してネットで国民と直接語り合いながらの啓蒙活動を始めた際に、医療の専門的知識を持った上でちゃんとした記事の書ける人が欲しいとあちらこちらから声が上がったことがあります。
今回のSTAP騒動なども外野からマスコミがさんざんに言っているところがありますけれども、それらのほとんど全ては昔から各方面で指摘されてきたマスコミの抱える問題体質に関してもそのまま当たり前に通用する話であって、よく判らないながらに学者先生の批判の尻馬に乗って理研批判をするならそっくりそのまま自分にも降りかかってくるのだと言う自覚は持っていてしかるべきかと思いますね。

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2014年5月 6日 (火)

今日のぐり:「すし遊館 高梁店」

各方面で報道され大騒ぎになりましたが、先日こんなびっくりするような事件があったことをご存知でしょうか。

生徒装い「自殺する」 JTB社員がミス発覚恐れ手紙(2014年4月29日岐阜新聞)

 岐阜県可児郡御嵩町の東濃高校が25日に予定していた遠足が旅行会社JTB中部(名古屋市)の手配ミスでバスが用意できずに延期となり、ミスに気付いた社員が責任を逃れるため、生徒を装って遠足を中止しなければ自殺するという内容の手紙を学校に届けていたことが28日、分かった。

 同校によると、遠足前日の24日夕にJTB社員から、学校のポスト付近に落ちていたとして手紙が学校に届けられた。手紙に「あしたの遠足に行きたくない。中止しなければ自殺する」と書かれていたため、学校はその日のうちに全生徒の安否を確認、遠足の実施を決めた。

 ところが当日の25日午前8時、JTBが手配する大型バス11台が用意できてないことが判明し、遠足は延期となった。全校生徒317人は、学年ごとにバスで東山動物園やナガシマスパーランドなどに行く予定だったが、帰宅した。

 その後、JTBの調査で、バスの手配ミスに気付いた社員が、自身の責任を回避するため生徒を装った偽の手紙を自ら作成し、学校に届け出ていたことが分かった。

 JTBは28日、おわびと説明の文書を保護者に配布。「事実関係の十分な調査をした上で、このような行為を犯した社員を厳重に処分するとともに、再発防止に向けた管理体制を徹底する」と謝罪した。

雇用主であるJTBに対してもペナルティーがあるようなんですが、ともかくもその発想はなかなか非凡であったとは言えるかも知れませんね。
今日はせっかくの遠足が中止になった東濃高校の皆さんを慰める意味で、世界中から何故そうなる?と疑問符が付く斜め上の行動に及んだ人々の話題を紹介してみましょう。

【海外:飛行機】家族旅行中のフランス人ママ、アルカイダに名前が似ていて入国できず(2014年4月29日日刊テラフォー)

家族旅行でアメリカ・ニューヨークを訪れようとしていた33歳のフランス人ママが、名前の響きが“アルカイダ”に似ているとして、アメリカ行きの飛行機の搭乗を拒否されてしまった。

アイダ・アリクさん(33)は、先週木曜日に、夫と2人の子供と共にフランスを出発し、ニューヨークへ行くために、スイスのジュネーブ空港で飛行機を乗り換えようとしていた。
だがスイス航空の関係者から、アイダさんのニューヨークまでの搭乗許可は棄却されたと告げられた。
ママが居なくては家族旅行にならないので、一家はすべての旅行をキャンセルし、フランスの自宅へ戻るしかなかった。

何故アイダさんの搭乗が棄却されてしまったのか、詳しい説明はなかった。
自宅へ戻ったアイダさんは、一体何故こんな事態になったのか、インターネットで調べてみた。
すると、すぐに理由が分かった。パスポートには苗字が先、名前が後に記載されているので、アイダさんの名前の響きが、あの超危険な言葉に似ていたからだった。

アリック・アイダ→アルカイダ

しかし、アイダさんはアルカイダの一員ではないし、そもそもアルカイダは思想や運動の名前で、人名ではない。
こんなことで飛行機の搭乗を断られ、その理由もきちんと説明してもらえなかったと分かったアイダさんは、当然ながら怒り心頭だ。
キャンセルした旅行は、直前のキャンセルだったため返金も得られず、38万円近くをドブに捨てたことになる。

アイダさんは、この件に関して問い合わせを続けているが、未だに返答はない。
在パリアメリカ大使館は、アメリカへのフライトの搭乗拒否者リストに関する事については公言できないとして、ノーコメントを貫いている。

いや、事実こんなことが本当にあったのだとすればアメリカ大丈夫かおいと言いたくなる話ですが、まさか世界の超大国がこんな笑い話のようなことをするとも思えませんけれどもねえ…
こちらも一体何をどうやってこんな発想に至ったのかは分かりませんが、ともかくも自らの信念に基づきそれを完遂したと言うアブナイ男の話題です。

性器より鼻をハチに刺されるほうが痛い…男性科学者が自分の体を使って実験!?(2014年4月8日News World Order)

科学者であるマイケル・スミスさんは、蜂に刺されるとどこが一番痛く感じるかの研究を行いました。自分の体全体、そう、性器ですら試験対象にして。
スミスさんは5週間にわたって痛みに対する人間の影響を調査しました。そしてそのためにミツバチを強制的に刺すことを思いついたといいます。

彼はミツバチの毒針を取り、全身25箇所に対して強制的に刺すことで痛みを発生させ、その痛みを10段階で評価していきました。
その結果、驚くべきことに人間でもっとも敏感とされている性器より、鼻を刺されたときの方が痛いと言う事がわかったのです。
「もしペニスと鼻、どっちを刺されるかと聞かれれば…人は鼻を選ぶだろう。」「でも実際、鼻を刺されることは最も痛いのです。
 クシャミ、咳、鼻をかむ。全てが影響し…脈動でさえも痛むのです。」

この研究結果は科学雑誌PeerJに投稿されました。
スミスさんは人によって感じ方が異なることを認めています。「他の人でやれば、もしかしたら”最悪”の場所が別に見つかるかもしれませんね。」 

まあ何をどう考えてやったのかも謎ですが、これを掲載した雑誌の方も何と言いますか、努力賞的な感覚なんでしょうかね…
こちらもある意味ではお国柄のイメージに忠実なのかも知れませんが、正直その発想はなかったというニュースです。

【海外:カタール】ドライブスルーならぬラクダスルー!?バーガーキングに珍客現る(2014年4月30日日刊テラフォー)

カタールの首都ドーハにあるバーガーキングのドライブスルーに、ラクダに乗って現れた男の動画がYouTubeにアップされ話題になっている。
と言っても、本当に砂漠でお腹を空かせた男が、ラクダに乗ったままバーガーキングにやって来た訳ではなく、コメディアンのハマド・アルアマリさんが仕掛けたイタズラだった。

ハマドさんは何食わぬ様子でラクダに乗って現れ、チーズバーガーを注文しているが、このイタズラの計画に2年間も費やしたそうだ。
「ようやく、イタズラを実行に移すチャンスができたんだ。このイタズラは、カタール人やカタールに住んでいる人だけじゃなくて、世界中の人が笑ってくれるって思っていたんだ。」
ラクダに乗ったハマドさんを見て困惑したスタッフはマネージャーを呼んだが、このマネージャーはとても気さくな人だったようだ。
衛生上の理由で…とか言ってハマドさんの注文を断るどころか、一緒に写真を撮って、ハマドさんの注文通りのチーズバーガーを渡した。

ハマドさんとラクダが去った後に警察もやってきたが、特に何もアクションは起こさなかった。

その様子は動画に撮影されていて元記事から参照いただけますけれども、警察としても何の罪でしょっ引くべきか迷わしいところだったのではないかと思います。
こちらもネタのような本当の話なのか、本当にただのネタなのか何とも言えませんけれども、とにかく外信がこう伝えたというニュースです。

日本ムーミンカフェ、連れなしの客のテーブルにムーミンを座らせる(2014年4月22日ロシアの声)

日本で人気のムーミンカフェが一人ぼっちで訪れるお客さんのために大きくてふかふかのムーミンのぬいぐるみを用意した。ムーミンと差し向かいでお茶を飲めば寂しくはない。

   インターネット・ポータルRocketNews24が伝えた。
   ムーミンカフェはひとりでお店を訪れるお客さんに対し、テーブルにもうひとり誰かが座ってもいいかとたずね、お客さんの了解が取れた場合、ムーミンのぬいぐるみのうち、誰かを座らせている。
   ムーミンカフェがあるのは日本だけではない。フィンランドにもロシアにもある。モスクワのムーミンカフェは店内のインテリアもお料理もお話の通りに作られているものの、一緒に座るムーミンは用意されていない。

ちなみにこの噂を検証したと言う記事がこちらなんですが、なにこれちょっと行ってみたいと思ってしまった自分は負け組確定ですかそうですか…
ブリと言えばもはや少々のことでは驚きませんけれども、ここまでくればまことにブリ的…もとい、病的と言ってもよさそうだという記事が出ています。

「彼氏が帰宅するたびにウソ発見器」「銀行口座を毎日チェック」世界一の嫉妬深さだと言われるイギリス女性(2014年4月30日らばQ)

恋愛において多少の焼きもちはスパイスとなりますが、イギリスに度を超えた嫉妬深さを持つ女性がいると話題を集めています。
なんと婚約者の男性が外出から帰ってくるたびに、ウソ発見器にかけるというのです。

デビー・ウッドさん(42歳)は婚約者のスティーブ・ウッドさん(30歳)と、2011年に交際を始めました。
間もなくデビーさんは、ほとんど根拠もなしにスティーブさんが浮気をするのではないかと妄想し、その証拠を探し求めて、メールアカウント、電話着信履歴、さらには銀行口座までを、1日に何度も確認するようになったそうです。
妄想からくる行動は拍車がかかり、スティーブさんがテレビで女性を見ることを禁じ、雑誌で女性を見ることを禁じ、ついには出かけるたびにウソ発見器にかけるようになりました。

あまりの拘束ぶりから、デビーさんはオセロ症候群(嫉妬妄想)であると医師から診断を受けました。
精神疾患のひとつで、根拠なしにパートナーが浮気をしていると思い込むのだそうです。
牛乳を買いに15分ほど店へ足を運ぶだけで、もう店員と何かあるのではとウソ発見器にかけていたというデビーさんは、こうした診断を受けたことで少しほっとしていると語っています。

デビーさんはイギリスに移住する前はアメリカで10年ほど暮らしており、そのとき付き合っていた男性と別れた際にひどく傷ついたそうです。
そのときに、もう2度と誰とも恋愛しないと誓ったそうですが、専門家はその時のトラウマが引き金になったのだろうとみています。
その後、友人を介して2人は知り合い、付き合うようになりましたが、一緒に暮らし始めてからさらに嫉妬がひどくなったようです。
ときおり嫉妬のひどさから喧嘩になるそうですが、スティーブさんの理解があり、診断を受けてからは病気について調べるなど努力しているとのことです。

デビーさんについて、「心の友であるので、耐える価値がある」と述べるスティーブさん。
世界一の束縛も、愛があると乗り越えられるようです。

元記事の画像の数々を参照いただくだけでもこれ以上あまり耐えない方がよいのでは…とも思ってしまうのですが、まあ人間関係は人それぞれですからね…
最後に取り上げますのもこれまたブリからの話題ですが、ある意味デビーさんの危惧は正しかったと言うニュースでもあるのでしょうか。

全英を騒がせた高校教師現実版カップル、教師は刑務所、少女には新しい教師の彼氏(2014年3月10日日刊テラフォー)

1年半前に、イギリスのイケメン教師と15歳の女子高生が駆け落ちし、フランスまで逃避行したことで、ヨーロッパ中で話題になったカップルのその後が、実に切ない。
教師は誘拐の罪で有罪となり現在5年半の服役中。少女の方は、そんな教師のことなどあっさり捨てて、20歳の教師アシスタントと新しい恋を始めた。

現在16歳になった少女は、再び教師と恋に落ちているが、その教師は少女が通う高校とは違う高校に勤務しているため、特に問題にはなっていない。
少女の友人達も、
「彼女は今、新しい恋に夢中みたい。今度の彼は(前のダメ教師と違って)良い影響を与えているみたい。」
と証言している。
2012年に通っていた高校の数学教師とフランスまで駆け落ちした時は、事件があまりにも大きく報道されてしまっただけに、少女の心に傷が心配されたが、少女は気持ちを切り替えて前に向かって進んでいるようだ。

一方、少女と駆け落ちした教師ジェレミー・フォレストさん(31)の現状は、実に惨めで情けない。
未成年者誘拐罪で現行犯逮捕されたフォレストさんは、公判で、駆け落ち当時は他の女性と新婚だったこと、少女が14歳の時にキスをして、15歳になると体の関係を持ったことなどが明るみになり、教師失格だと大バッシングを受けた。
しかも、少女とフランスにフェリーで渡った時は、偽名を使っていた。
公判を終え、昨年6月に、フォレストさんには性犯罪と誘拐罪で懲役5年半の実刑判決が言い渡された。そして、現在も服役中だ。

フォレストさんの実刑判決を受けて、少女は当初、
「私はジェレミーをとても愛しています。生涯を彼と共に過ごしたい。彼が出所したら、結婚して子供をつくります。」
と話していた。
新婚の家庭も教師としてのキャリアも失ってしまったフォレストさんは、遂には少女の愛も失ってしまったようだ。
気の毒と言えば気の毒だが、10代の少女の気持ちは所詮変わりやすいもの。教師としても男としても、少女を導いてあげられなかった彼の自業自得だ。

まあ何と言いますか、どこから突っ込むべきか迷うような斜め上の話題がこれまた何ともブリ的と言うことなのでしょうが…ご愁傷様でした。
関係者それぞれがそれなりに幸せになってくれればよいと願うばかりですが、正直その未来絵図があまりはっきりと思い浮かんでこない気もするのですよね。

今日のぐり:「すし遊館 高梁店」

高梁市旧市街中心部に近い大型商業施設内に立地するのがこちらのお店なんですが、回転寿司としては同市郊外の大型商業施設内にももう一店あって、まともに競合する関係ですよね。
こちらの方は回転の中でも比較的高価格帯に位置するチェーン店ですが、とりあえずこの日は昼の食事時を大きく外していたせいもあってか店内には他にほとんどお客の姿は見えませんでした。

まずは本日のおすすめネタから適当に頼んで見たのですが、そろそろ初鰹の季節になるかつおはたたきではないんですが、これが意外にスッキリ味で悪くありませんでした。
さわらもこの時期岡山で妙なさわらを出すわけにもいかないでしょうからまともなものですが、しかし個人的には特に変な風味があるわけでもないさわらに個性の強い紫蘇の葉はいるか?とも感じました。
ひらめは味自体は正直さほどとも思わないんですが、見た目と食感は回転によくあるものと違ってしっかりヒラメっぽいですね。
レギュラーメニューではエビフライ巻きは個人的にお気に入りの回転ネタなんですが、回っている揚げ物らしくエビフライも海苔も湿気気味でちょっといただけません。
アジは少し生臭さが出たのは残念ですがすっきりしたうまみは十分楽しめますし、煮穴子も回転によくある甘すぎるものでなく穴子らしいのですが、ただ煮詰めがビニールパックってのは風情がない気がします。
ここのグループの辛味噌ナスがちょっとしたマイブーム的メニューなんですが、ここではマヨネーズが多すぎなのとナスはここまで薄切りにされると正直タレの味ばかりで茄子の味が消えてしまう気がします。
ネギトロ軍艦はちょっと脂でごまかしすぎな気がしますが一応はマグロっぽい味はすると言うところでしょうか、締めの玉子焼きは良く言えば家庭的な味ではありました。

以前に何度かお邪魔した倉敷の店は大抵が盛況だったんですが、同じ系列でもこちらは随分閑散としていて、本質的にそう大きく味は変わらないもののやはり環境的要素からしてもネタの充実度や鮮度等不利ではあるのかも知れません。
それ以上に近隣に回転はもう一軒あるだけと言う環境ではどうしても直接比較されずにはいられませんし、あちらは低価格がウリの店舗ですから回転的なメニューだけで十分という向きには安い方で十分と言うことなのでしょうが、公平に見てこっちの方がいくらか寿司らしい味はすると言う印象は受けますかね。
暇なせいかスタッフは決して多くなくても接遇は緩くまったりしたものなんですが、必ずしも接遇や調理の練度は高くはないものの食べる分にはこの方が気楽でいいとして、器が安物なのは仕方ないですが湯呑みにこびりついた茶渋は凄まじい場末感を漂わせていて何だかなぁです。
しかし食事時を外してもネタがこれだけ回っているのは昨今のコスト管理の厳しい回転では珍しいと思うのですが、普通はこれ全部が夕方の時間帯を迎える前に廃棄ですよねえ…

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2014年5月 5日 (月)

今日のぐり:「骨付鶏 一鶴 土器川店」

無関係な言葉をランダムに組み合わせてミスマッチを楽しむと言う遊びがありますが、こちらその組み合わせの違和感ぶりがハンパないと言う記事が出ていました。

ダライ・ラマ14世がコンビニで紅茶花伝を……レアな写真に10万いいね!(2014年4月16日ねとらば)

 4月6日から来日しているダライ・ラマ14世を捉えた1枚の写真が話題になっていました。Facebookの公式アカウントには10万を超える「いいね!」がついています。

 写っているのは、コンビニで買い物をしている姿。ミルクティー「紅茶花伝」を手に、レジ前のホットスナックを見つめています。一般人であれば何でもない光景ですが、ダライ・ラマ14世となると途端にレアな感じがしてきますね。

 こちらは13日に撮影されたもので、京都から高野山に向かう一幕とのこと。この後、高野山大学で行われた講演会には600人が集まったそうです。

元記事の画像を参照いただきますと気のせいか鶏唐を見つめるダライラマ14世の顔がむやみにうれしそうなんですが、仏教的には饗応としての肉食は禁忌でもこういうものは有りなんでしたけね?
ともかくも今回は思わぬところで話題をさらってしまったダライラマ14世に敬意を表して、世界中からその組み合わせは有りなのか?と思う意外極まる組み合わせの妙を紹介してみましょう。

強風が吹き荒れた結果、仮設トイレが爆速で逃げ出す事案が発生(2014年4月30日ねとらば)

 ものすごい強風が吹き荒れる住宅街で、とんでもない物体が猛スピードで駆け抜けていく様子が撮影されました。

ORIGINAL Runaway Porta-Potty in High Wind - Outhouse Latrine

 強風にあおられ勝手に動き出してしまったのは、なんと屋外に設置されていた仮設トイレ。「もうこんなところにいられるか!」とでも言うように道の真ん中を爆速で走り去って行きます。車にぶつかりそうになりながらも器用にかわしていく様子は、まるで意思を持って逃げ出したかのようで、「そんなに嫌なら逃げ出す前に一言相談して欲しかった……」という気持ちになってきます。

 職務を放棄したトイレくんはその後どうなってしまったのでしょうか。トイレ自体もそうですが、「中身」のほうの安否も気になります。

現に画像を見てもその違和感ぶりがハンパないのですが、しかしよくもまあこんな現象が起こったものですよねえ…
最近ではスマホ等の普及もあってか自撮り写真の公開ということが一般化してきているようですが、この組み合わせは正直頭になかったと言うニュースがこちらです。

「レントゲン技師が自撮りをしたら…こうなっちゃうのか!」(2014年4月28日らばQ)

いつでもどこでも自分撮りをしている姿を見かけるようになりましたが、そうした事情は海外でも一緒で、英語では“selfie”(セルフィー)と呼ばれています。
「レントゲン技師が自分撮りをすると…」と題された写真が、海外サイトに投稿されていました。
スマホでは不可能な、レベルの高い自分撮り写真をご覧ください。
(略)
プロフィールやアルバムのカバーなどに利用できそうなクオリティです。
メイクもいらず、ファッションも気にせずよく、与えるインパクトは絶大という、一般人には到底マネできない自分撮り。
ただし本物のレントゲン技師なら、露出による放射線の危険性を熟知していることから、こうしたバカな写真は撮らないであろうという意見もありました。
健康上のリスク以上に、クビになるリスクが高いというのが実情だそうです。

一般論として人物写真というものは可視性が高いほど話題性も高まると言うことなんですが、何故か限界一杯まで可視性を高めているにも関わらず胸が高まらないのは自分だけでしょうか。
強盗と言うものは一般的に何かしらの武装をしているものと相場は決まっていますが、いささか解釈の分かれる武器を携えた強盗が出現したそうです。

【衝撃事件】ジャガイモで武装した男がコンビニに押し入る → 野球バットで迎撃されて逃走(2014年5月1日ロケットニュース24)

以前の記事で、チョコバーでハイジャックしようとした男の事件についてお伝えした。この男は法廷で「冗談だった」と話しているという。
これと似たような事件が、最近アメリカで発生した。現地メディアによると2014年4月21日、コンビニとコインランドリーに男が押し入ったそうだ。この男は、ジャガイモを銃に見立てて店員に「金を出せ」と脅したという。コンビニに押し入った際に男は野球バットで迎撃を受け、逃げていったそうだ。たしかにジャガイモでは闘えないか……。

・野球バットで迎撃される
強盗をはたらいたのは、 ゲイリー ・デミング容疑者(34歳)だ。容疑者は同じ日に二カ所に押し入っている。最初に入ったコンビニでは、バットで追い払われた。続いて入ったクリーニング店でも同じように、店員に「金を出せ」と脅している。このお店には強盗対策用の偽レジが用意されており、そこからニセ札を奪って逃走したそうだ。

・姉妹の家にも押し入り……
一時容疑者の行方はわからなくなっていたのだが、実はもう一件、強盗に入っていたことが判明した。容疑者は姉妹の家に行き、財布とデビッドカードを盗んでいたのである。姉妹の通報によりこのことが明らかになり、逮捕されたとのことである。
それにしても、ジャガイモで脅すとは大胆不敵と言わざるを得ない。このような事件が、繰り返されないことを願うばかりである。

まずは何を考えてこのような意味不明の犯行に至ったのかもよく判りませんが、しかしジャガイモ強盗で成功率1/3と言うのが高いのか低いのか評価も微妙なところですね。
万引きと言えば一般的にはちょっと懐に収められるような小さなものをと言うイメージがありますが、こちら思わず二度見してしまいそうな意外性ある万引き犯のニュースです。

おいおいおい、大胆すぎるやろ! カートに洗濯機載せて店外へ 警備員に見つかり…27歳会社員逮捕(2014年4月29日産経新聞)

 28日午後6時半ごろ、堺市堺区石津北町のホームセンターで、ショッピングカートに洗濯機1台(販売価格約2万9千円)を載せたまま店外に出た不審な男を男性警備員(49)が見つけた。男は止めていたワンボックスカーに洗濯機を積み込もうとしたが、警備員が声をかけると、洗濯機を捨てて車に乗り込んだ。警備員はハンドルをつかんで停止を求めたが、車が急発進したため転倒し、左腕などに軽傷を負った。

 大阪府警堺署は強盗致傷容疑で捜査。約2時間後、男が出頭して容疑を認めたため29日、同容疑で逮捕した。男は堺市北区新金岡町、会社員、谷口恵介容疑者(27)。同署が動機などを調べている。

いやまあ、動機と言ってもそれはやはり洗濯機が欲しかったからなのでしょうが、しかし実際こうまで堂々とやられると声かけるのに躊躇しそうですね。
同じく大型家電の絡んだ何とも意外性ある組み合わせということで、こちらブリからのニュースを取り上げてみましょう。

42キロの冷蔵庫を背負ってフルマラソンを走るトニー・モリソンがスゴイ! 冷蔵庫を背負うその理由とは?(2014年4月18日ロケットニュース24)

人の想像を超えるような挑戦をする猛者がいる。一体なぜ? と思うようなことに、ひたむきに一生懸命取り組む人たちがいる。現在極寒の北極を極点目指して歩く、荻田泰永氏もその一人だろう。
英国にも呆れるような猛者がいた。トニー・モリソンも過酷な挑戦をし続けている。彼は冷蔵庫を担いでマラソンを走るのだ。フルマラソンも大変だというのに、どうして冷蔵庫を担いで走るのか? しかも24時間走や30日走など、途方もない距離を走っているのである。何が彼にそうさせるのか?

・冷蔵庫を背負って走る
会社のマーケティング・マネージャーを務めるトニーは49歳。決して若いとは言えない彼なのだが、走りにかけては自信があった。会社の仲間も彼のことをウルトラランナーと認めており、チャリティマラソンで一役買うことができると考えていたのである。
しかし、ただ走るだけでは、人々の関心を集めることはできない。そこで冷蔵庫を背負って走ることを思い立ち、2011年に「グレート・ノース・ラン」と呼ばれる英国でも屈指の規模のハーフマラソン大会に参加したのだ。無事に完走した彼は予想した通りに話題となり、世界17カ国でニュースとして取り上げられたのである。

・重量42kgを背負ってフルマラソン完走
その後にフルマラソンを完走。その後の3年間で、10の大会に参加し完走を果たしている。ちなみに彼の背負っている冷蔵庫は42kg。一般男性でも100mも走れるかどうか、それを背負ったまま、フルマラソンを走破するというから驚きだ。2012年5月には30日間にも及ぶマラソン大会にも参加している。実は、彼が走り続けるのには、もうひとつ理由があった。

・父親をガンで失くした
彼が参加しているは、ガンの研究機関のためのチャリティだ。幼くして父親をガンで失くした彼は、同じ悲しみを抱える人たちの役に立ちたいと思い、走り続けているのである。つい最近も超過酷な挑戦に臨んだ。それは1日で4回分のフルマラソンの距離(42.195km)を走るというものだ。

・168kmの半分を走破
だが、残念なことに、2回目を完走(84km)したところで、強制的に棄権させられてしまった。理由は日射病だ。これ以上走れる状態にないと判断した医師がによりドクターストップがかかったのである。残念ではあるが、40kg 超の冷蔵庫を持って1日で80kmも走ったのだから、超人と言って良いだろう。
そんな彼は自分のことを、「驚異的なことをする普通の人」と称している。どう考えても普通の人ではない。屈強な肉体と、鋼のような強い意志を持つ超人と言えるだろう。

元記事の動画を参照いただければその違和感のハンパなさがより理解いただけるかと思いますが、しかし冷蔵庫に描かれた「Tony the Fridge」のロゴが何とも目立っているのは確かですよね。
こうした類の「世界大多数の地域ではちょっとあり得ないがブリでは普通のこと」と言うニュースを最後にもう一つ取り上げてみようかと思いますが、まずはこちらのごく短い記事を参照いただきましょう。

KFC、13歳少年にチキン販売拒否 父は激怒 英国(2014年4月30日産経ビズ)

 英中部マンチェスターのケンタッキー・フライド・チキンで、13歳の少年が父親に頼まれ、弟と一緒にチキンを購入しようとしたところ「若すぎる」として販売を拒否された。英メディアなどが伝えた。

 店側は、少年らがチキンを投げ合うことなどを懸念。事情を知った父親は腹を立て、店側は謝罪した。少年は「ショックだった。チキンが欲しかっただけだったのに」と話している。(共同)

いや何と言いますか、いつものようにブリ以外では意味不明の事件であると言うしかないのですが、そうですがブリではKFCも成人指定になっていますかさすがですね。
店側が本当にチキンを投げ合うことを懸念したのか、それともその他の何かを懸念したのかは何とも判断しようがありませんが、ともかくこれまたブリ的紳士として成長するため必要な通過儀礼と言うことなのでしょうね。

今日のぐり:「骨付鶏 一鶴 土器川店」

丸亀名物「骨付鶏」と言えば今や市内だけでなく香川県の名物として絶讚売り出し中ですが、その骨付鶏発祥の店とも言われるのがこちら「一鶴」だそうですが、こちら郊外型の店舗である土器川店も近年改装して改築して綺麗になっていますね。
本店も狭い間口ながら中はずいぶんと広いお店ですが、こちらも敷地に余裕があるだけに何とも広大な店内で、さすがに新装開店しただけにトイレやバリアフリーなど設備面でも立派なものだと感心します。
基本的には親鳥か若鶏にとりめしを組み合わせるのが基本なんですが、今回は同行者ともシェアしながら適当に色々とつまんでみました。

おやどりの方はもちろん硬いんですが後から後から出てくる際限のないうまさが持ち味で、個人的にはおやどりの方が好みに思っているのですが、ただこの肉質に合わせた扱い次第でもっと柔らかくも仕上げられるのかなとも思いますし、慣れない人は身を外してもらった方が食べやすいかも知れませんね。
ひなどりも若鶏としては味が浅いわけではないんですが、噛み締めたときの染み出す感じはやはり一歩を譲るのは仕方ない一方、鳥のもも焼きとして考えるとかりかり香ばしい表面とジューシーさを保った肉質のバランスが良く身離れも良好と、本来的にこの調理法はこちらに合わせて出来上がっているのかなと言う気がします。
焼き物として見るとここの脂が抜けるまで焼き切った焼き加減は好みなんですが、昔からの伝統なのでしょうがこの安っぽい金属ザラですとすぐ脂が冷めて風味が落ちてしまうのがやはり少し惜しい気はしますね。
ちなみに当然ながら調味料の配合は店ごとの秘伝だそうで、人それぞれ好みもあるでしょうがこちらの場合も鶏だけを食べていると塩分スパイスとも強すぎてすぐに味覚が麻痺してくるもので、やはりキャベツやとりめし等と合わせながら食べるバランスなのでしょう。
そのとりめしが黙っているとなかなか出てこないと言うのはこの日たまたまだったのか店の方針なのか何とも言えないのですが、控えめな味加減は単独でも好ましいし鶏との相性もいいんですが、逆にとりめし側から見ると鶏の強い味で微妙な味はわからなくなってしまうのは痛し痒しで難しいものですよね。
カレー豆腐なる不思議なメニューがあったので試してみたのですが、文字通り絹ごし豆腐にカレーソースがトッピングしてあると言うもので、まあちょっとアイデア先行と言いますか豆腐にもカレーにも失礼なメニューと言いますか、こうした老舗でよくチャレンジしたなとは思います。
サラダは見た目味ともにさして見るべき点はないんですが、実はドレッシングをかけるのではなく和えているらしくこういうのはちょっと芸が細かいですかね。

歴史ある有名店だけにしっかりマンパワーにもコストをかけていて、教育もそれなりにしてあるしスタッフも十分多いんですが、やはり店が広く食事時には大量のお客が来る分行き届かない部分はあるようで、とりわけスタッフ間の業務分担がもう少しうまく行っていないように見えるのは待たされている顧客側からしてもちょっと気になりますよね。
細かいところだと料理の性質上手づかみで食べる機会も多いんですが、ビニールパックのおしぼりの消毒臭が意外なほど強いのは少し気になったのと、伝票はなく席番号で管理しているようなのですがオーダーが本当に通っているかどうか顧客の側から判らないのは、これだけ広くて混乱している店内だけに不安ではありますよね。
しかし最近は香川県内に限らずあちらこちらに骨付鶏を出す店があるようですけれども、使っている素材としては非常にシンプルでちょっとした加減次第で味が劇的に変わる料理だけに、こういうものが人気を博するのは良いことなんだと思いますね。

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2014年5月 4日 (日)

今日のぐり:「うどん坊」

これもお国柄と言うのでしょうか、先日こんなびっくりするような事件?があったそうです。

ケンカ自慢とプロがリングで対決 タイで公開鉄拳制裁(2014年4月15日ニュースクリップ)

【タイ】13日夜、タイ東北部ブリラム市の水かけ祭り(ソンクラーン、タイ正月)会場で暴れた若者5人がプロのムエタイ(タイ式キックボクシング)選手とリングで対戦し、鉄拳制裁を受けた。
 ブリラムの政財界を牛耳る大物政治家ネーウィン・チッチョープ氏が祭りの開会式典で、「会場でケンカした人はプロのムエタイ選手と3ラウンド対戦してもらう」と宣言していたため。騒ぎを起こした若者らはトランクス姿で水かけ祭り会場中央の屋外リングに連れて来られ、数千人の観衆が見守る中、自分が指名したプロ選手と対戦するはめになった。

 先鋒の若者は果敢に打ち合ったものの、プロの正確なパンチを浴びて数十秒でダウン。気力で立ち上がったものの、すぐにとどめを刺され、リングに沈んだ。
 2番手は相手に絡みついて倒れ、立ち上がったところでクリンチからボディーブローを放つなどした。しかし次の瞬間、みぞおちに膝蹴りをくらいダウン。プロ選手は後ろから裸絞めの形で若者を無理に立たせると、再度膝蹴りを放ち、若者はリングに突っ伏してぴくりともしなくなった。ここでリングに入ったネーウィン氏が若者の頭を軽く蹴り、説教。倒れたままの若者を選手数人がリング外に運び出した。
 3番手は勢い良く飛び出し、パンチを2、3発放ったが、強烈なローキック1発でダウン。ネーウィン氏の説教、搬出となった。
 怯えた様子の4番手は防戦一方で、キック、パンチの嵐を浴び、早々にダウンした。立ち上がったものの、戦意を喪失した様子で、自らマットに倒れこんだ。
 最も熱戦となったのが5番目の若者。小柄なプロ選手にキック、パンチで猛然と襲いかかり、数分間に渡り熱戦が続いた。最後はスタミナ切れを起こした若者に、プロ選手が首相撲から膝蹴り一閃。思わぬ苦戦に苛立ったのか、プロ選手は倒れた若者にパンチ、キックを見舞った。

 この対戦は素人に大けがを負わせる恐れがあり、傷害罪などに問われかねないものだったが、ブリラムでのネーウィン氏の影響力を考えると、法的問題が起きる可能性は低そうだ。
 インターネットの動画投稿サイトに投稿された対戦の様子を撮影した動画は2日足らずで閲覧回数が24万回を超えるなど注目を集めている。動画へのコメントのほとんどは「ネーウィンさん、最高!」、「よそでもやるべき」など鉄拳制裁を支持する内容だが、中には違法性を指摘する声もあった。

この鉄拳制裁(と言うのでしょうか)の動画を見てみますとタイだけに全くの立ち技素人ばかりというわけでもないように見えますが、日本でしたら柔道経験者も多いですからまた違った展開になっていたでしょうかね。
今日は自業自得とは言えさんざんな目に遭ったタイの若者達を慰める意味で、世界中からそれぞれのお国柄を示す私的制裁の記事を取り上げてみましょう。

女子中学生、「私は万引き犯です」の貼り紙でさらし者に/ベトナム(2014年4月18日ベトジョー)

 南中部高原地方ザライ省チューセー郡のスーパー「ビーイエン」で、マンガ本を万引きした女子中学生の手を縛り、「私は万引き犯です」と書かれた紙を胸に貼り付けてさらし者にする出来事があり、やり過ぎだとの声が上がっている。

 チューセー郡内の中学2年生リエンさん(仮名)は10日午後1時頃、友人1人とスーパーに買い物に行った際、マンガ本2冊、計2万ドン(約98円)相当を万引きして店を出ようとしたところを店員に発見された。リエンさんは名前や学校名を聞かれても何も答えなかった。

 店員らはリエンさんの両手を手すりにガムテープで縛り付けた上、大きな文字で「私は万引き犯です」と書かれた紙を胸に貼り付けた。店内には多くの買い物客がいて、少女を解放するよう求める声も上がったが無視された。結局親戚の男性に連絡し、男性に罰金として20万ドン(約976円)を支払ってもらい帰宅を許された。

 しかしその後、縛られた姿のリエンさんの写真が男性店員の個人フェイスブックに掲載され、騒ぎが大きくなった。スーパーのオーナーは当時不在だったが、事件について「非常に残念で、少女のために心を痛めている」とコメントしている。リエンさんはこの事件でショックを受け、人との接触を避け引きこもるようになったという。

日本でも万引きという行為は非常に問題化していますけれども、やはり万引きはしちゃいけませんと言うしかないんでしょうかね。
お隣中国でも窃盗事件があったようですが、こちらも様々な意味でお国柄を感じさせる顛末となったようです。

中国桂林市、飼い犬強盗をリンチ ネットに見せしめ写真(2014年4月19日47ニュース)

 【北京共同】中国広西チワン族自治区桂林市の村で、民家の飼い犬を殺して売りさばこうとした男2人を村民らが乗用車から引きずり出してリンチし、殺された犬3匹と一緒に写真を撮って見せしめにする事件があった。中国メディアが19日までに伝えた。

 男2人は12日、麻酔の矢を使って犬を殺し、持ち去ろうとしたところを村民に見つかった。警察が駆けつけたが、怒った村民を制止することができなかった。

 ネット上には破壊された乗用車と血まみれにされた男2人の写真が掲載された。中国の一部には犬の肉を食べる習慣があり、飼い犬を強奪して肉を売る事件が後を絶たない。

色々と突っ込みたくなるようなニュースなんですが、しかしベトナムの件といい今は結局ネット絡みの「公開処刑」になってしまうのが時代なんですかねえ…
アフリカからはこれまた何と言うのでしょう、古き良き伝統?を感じさせるようなこんな怖いニュースが出ています。

【私刑】3日間木に縛られ、“毒アリ地獄”に!?  村人たちが泥棒青年2人に下した残酷な仕打ち=ボリビア(2014年4月19日トカナ)

 以前トカナでは、「捕まえた泥棒をアリ塚の上に放置する」という、非常に痛々しい映像を取り上げたが、またも南米において、アリを利用した恐ろしい懲罰が発覚したようだ。4月14日にニュースメディア「Mirror」が伝えたところによると、今度はバイクを盗んだ泥棒2人が「毒アリ地獄」へと送り込まれたという。

■3台のバイクを盗んだ2人の青年への罰

 今回の舞台はボリビア。アマゾンのジャングル地帯にある村で、3台のバイクを盗んだ18歳と19歳の男が捕まった。村人たちの怒りを買った2人は3日間にわたり、とある木にくくりつけられ、拘束されたという。そう、その木はただの木ではなく、トリプラスという「アリ植物」だったのだ…。
「アリ植物」とは、アリと共生している植物のこと。普段私たちが近所で見かけるアリはそれほど凶暴ではないが、自然界に存在するアリは攻撃力が高い肉食昆虫であり、他の動物は寄りつかない。植物にとってはそんなアリが近くにいれば心強いため、アリが来るように蜜を分泌したり、体内にアリが暮らせるスペースを確保したりする種があると言われている。それが「アリ植物」だ。
 今回2人がくくりつけられたトリプラスの木には、強力な毒を持つクロフタフシアリ属のアリが住み着いていた。「木が襲撃された」と感じたアリは、2人を激しく攻撃します。噛まれる激痛に加えて「強力な毒」が体を巡る。そして、それは2人の親族が村人に身代金を払うまでの間続いたという。その結果、1人は集中治療を受ける羽目になり、残りの1人も腎不全となって、透析を受ける程の重傷を負った。
 取材に答えた犯人の1人の親族は、「村人は身代金を払うまで3日間にわたって2人を拘束し続けました。支払わなかったら2人は死んでいたかもしれない」と話します。ただ、村人らは「身代金はバイクを盗まれたことによって生じた損失の賠償だ」と主張しています。身代金の金額は約38万円で、ボリビアの平均年収の4倍近くにもなる大金だった。
 一番悪いのが犯人たちであることは間違いない。しかし、それに対する仕打ちとしては少々厳しすぎる気もしないだろうか。ちなみに、今回活躍したクロフタフシアリ属が持つ毒は、「関節炎の治療に効果がある」とされ、研究が進められているようだ。生物毒を人間への治療に活用する研究にはさまざまなものがあるが、どうせ毒を用いるなら、人を苦しめるために使うより、人を救う方向へ使用する方がいいのではないだろうか。

ちなみに南米界隈ではこの蟻を使った私的制裁と言うものはかなり広範囲で行われているようなのですが、まあしかし夢見の悪い処刑方法ではありますでしょうか。
最後に取り上げますこちらもいいかにもお国柄という感じのニュースなのですが、まずは記事から引用してみましょう。

ガレージに財布を置き「わな」 “侵入”の独17歳留学生を射殺 米、殺人容疑で男を訴追(2014年4月29日産経新聞)

 米モンタナ州の男(29)が27日、自宅ガレージに侵入したとして、ドイツから留学していた男子高校生(17)を散弾銃で射殺した。検察当局は男を計画的な殺人の容疑で訴追した。米メディアが報じた。

 男と妻は最近2度窃盗の被害に遭ったと話しており、ガレージに財布を置いて戸を開けたままにし、警報とビデオを設置し犯人をおびき寄せる「わな」を仕掛けていた。
 27日未明に警報が作動、男はビデオでガレージの人影を確認し、発砲した。男子高生は頭や腕を撃たれ、搬送先の病院で死亡した。報道によると、撃たれる直前「待って」などと声を上げた。ガレージに入った理由は不明。

 男子高生はホストファミリーの家庭に滞在しながら高校に通い、サッカーに熱中していたという。(共同)

ちなみに現地の法体系から言いますとこうした場合相手が抵抗すれば射殺しても罪に問われないのだそうですが、この場合抵抗と言えるのかどうかが微妙なところではないかと言う気がします。
日本人が絡んだ事件でも「フリーズ」で有名になったルイジアナの一件がありますけれども、ともかく外国に行けば日本と同じような扱いを受けるわけではないと言うことは理解しておく必要がありそうですよね。

今日のぐり:「うどん坊」

倉敷駅から西に外れた野球場を過ぎたあたりに位置するのがこちらのお店ですが、実はそれなりに古い歴史があるうどん屋なのだそうですね。
以前にも一度お邪魔したことがあるのですが、初代からすでに代替わりしたと言うことなのか今回もやはり若いお兄さんがうどんを打っているようで、調理接遇その他の部分はおば…もとい、おねえさん方がやると言うシステムであるようです。
ちなみに前回はざるうどんのセットを食べてうどんよりも親子丼の方に興味があったもので今回はそちらを単品で頼んで見ましたが、うどん屋で親子丼というのはまあ普通は邪道なんでしょうね…

その親子丼ですが、前回食べた通りほろほろになるまで甘辛く煮込んだ鳥肉と、まだシャキシャキ感が残る玉ねぎをとろっとした卵が一体化してあると言うもので、やはりこれはなかなかうまいと思います。
ちなみに親子丼を食べるのに付属の木サジ(当然ながらリユース品)があるのですが、これだけで済むかと思ったのに添付のお椀の中身が味噌汁かと思えばミニうどんだったもので、結局割り箸も使うことになってしまいました。
ちなみにこちらのうどんなんですが、前回来た時は倉敷によくある柔らかめのうどんでざるで食べるにはちょっと物足りないかな?と言うイメージだったのですが、今回暖かい状態で食べて見ると意外にしっかりしたもので、日差があるのかも知れませんが次回来ることがあればうどんもまた食べて見ようかと言う気になりますね。
薄口あっさり目の白菜浅漬けはほとんど発酵が感じられず、たっぷり多めなこともあってほぼ生野菜感覚ですけれども、これに醤油差しがつくのが土地柄なのかも知れませんが、個人的には何か昔の農家?っぽいと言う気がしました。

外側は比較的新しめのあっさりした外装なのに、入って見ると旧店舗からの引き継ぎなのかカウンター等は結構年期が入っている感じなのですが、トイレなども改装してはあるものの設備面は並と言ったところでしょうか。
接遇はあまり愛想はないんですが、手の空いた時間帯であっても押し付けがましさもなく、典型的な地元の老舗と言うイメージとはちょっと違う感じもしたのですが、独り者の一見さんにも気兼ねなく入れるとも言えるでしょうかね。

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2014年5月 3日 (土)

教育現場がますます荒廃中?

先日は思わず漫画か!と言ってしまいたくなるような事件が報道されていましたが、まずはこちらの記事から引用してみましょう。

「殴ってみいや」生徒の挑発に乗った教諭を処分 全治10日間の打撲(2014年5月1日産経新聞)

 生徒から挑発され、腹部を2発殴って軽傷を負わせる体罰を行ったとして、大阪府教委は1日、府立高の男性教諭(50)を戒告の懲戒処分とした。

 府教委によると、教諭が昨年7月、冷房がきいていた職員室に涼みにきた1年の男子生徒に対し、「用事がないなら出ていけ。出ていかなければ殴るぞ」と注意したところ、生徒が「殴ってみいや」と挑発。顔を差し出した生徒に、教諭は「顔と違う。ボディーや」と言い、生徒が「よし」と応じて腕を上げ、腹部に力を込めて構えたため、左手の拳で生徒の右脇腹を1発殴った

 しかし、生徒が「効けへんわ」とさらに挑発したため、教諭は右脇腹をもう1発強く殴り、生徒に全治10日間の打撲を負わせた

 府教委によると、教諭は「遊びを通じて出ていかせようと思った。体罰との認識はなかった」と話しているという。

双方共にもはやネタか?と思うような突っ込みどころ満載の話なのですが、これが大阪名物の身体を張ったギャグと言うことなのでしょうか、正直ちょっと分からないし分かりたいとも思わないのは自分だけですかね。
記事にもありますように昔から職員室だけが冷暖房完備だとか、生徒には禁煙禁煙とうるさいのに教師は煙草吸い放題だとか色々と言われることはあって、すでにそうしたことが「先生だから」で許容される時代ではなくなってきたことも背景にあると思うのですが、まあしかしそれにしても一体どういう学校なのかと考えてしまうような状況ではありますよね。
ただこれだけを見ていますと何やら出来の悪い笑い話のようにも見える記事なのですが、どうも昨今の学校現場ではなかなかにシャレにならない状況になってきているようです。

「しばけや」「体罰や」…増長くっきり 生徒が教諭挑発「増えた」4割 大阪市立中 桜宮体罰事件の余波(2014年4月29日産経新聞)

 大阪市立桜宮高校の体罰事件が発覚して以降、同市立中学校の生徒指導担当教諭の約4割が生徒から「しばけや」「体罰や」などと言われる挑発・揶揄(やゆ)が増えたと感じていることが、市立中の校長らで作る研究班の調査で分かった。約6割が「生活指導をやりにくくなった」とも回答。桜宮事件をきっかけに全国的に体罰撲滅が進む水面下で、生徒の一部が増長し、教諭が萎縮している現状が浮かび上がった。

 桜宮高校で平成24年12月、男子バスケットボール部の男性顧問=懲戒免職=から繰り返し体罰を受けていた2年生の主将が自殺。文部科学省が緊急の全国調査に乗り出し、各地で体罰を行った教諭の処分が相次ぐなど社会問題化した。
 こうした中で市立学校の現場から生徒の挑発行為に悩む声が上がるようになった。
 生活指導の経験が長い市立弘済中学校の赤間英松校長を中心に現状把握のための研究班を発足。昨年11月に市立中にアンケートを行い、128校の生徒指導担当教諭から回答を得た。
 桜宮の事件以降、挑発・揶揄があったと回答したのは約5割の62校。具体的には、生徒から殴るそぶりをされた際に手を振り払うと「体罰や」と言われた▽喫煙をした生徒から「何を言われても変わらない。変えたかったら、しばけや」と言われた-などがあった。
 約4割の48校がこうした行為が「(桜宮事件の)以前よりも増えた」と回答。「以前は0回だったが月10回ぐらいに増えた」や「ほぼ毎日」「事あるごとに挑発行為が起こる」などの申告があった。
 「生活指導がやりにくくなった」と答えたのは約6割の81校。「教諭が手出しできないという感覚で平気で物を壊したり、傷つけたりすることが増えた」という指摘や、「暴力や危険行為を防ぐための行為でも体罰と言われかねない」「状況や背景に関係なく体罰の言葉でくくられる」などの悩みも寄せられた。
 赤間校長は「想像していた以上にひどい状況」としており、今後は研修会などを通じて挑発行為への毅(き)然(ぜん)とした指導を求めていく。

 【用語解説】大阪市立桜宮高校の体罰事件
 平成24年12月23日未明、男子バスケットボール部主将だった2年の男子生徒=当時(17)=が自宅で自殺。顧問の男性教諭から体罰を受けていたことが判明した。教諭は懲戒免職となった後、傷害などの罪で在宅起訴され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決が確定。遺族は体罰が自殺の原因だったとして、大阪市を相手取り、総額約1億6500万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。

滋賀県の事件でも話題になったいじめ問題なども含めて学校現場で何かしら事件が起こると「教師が」「教育委員会が」とさんざんに叩かれる場合が多く、その結果仮に学生側に何かしらの問題があるケースでも教師側が真っ当に対応出来ないと言うことが起こり得ると言うことでしょうが、この辺りは以前から教育関係者の間でも諸説あるところですよね。
およそ体罰と名の付く行為は一切認めないと主張する方々は一定数いて、特に「どんな生徒でもきちんと話をすれば理解してくれる」と強固に主張される方々を原理主義だと考えると、未だにこうした方々から「ではそれでも理解してくれなかった場合にどうするんですか?」と言う問いかけに実効性ある回答が帰ってきたのを見たことがありません(「それは話し合いが不十分だからです」では水掛け論ですよね)。
一方でもちろん事件として報道されるような体罰は大抵の場合素人目にも行きすぎと感じられるもので、当然ながらこうした権威権力と直結した暴力は到底許容されるものではありませんけれども、一定限度の体罰という抑止力がなければ校内秩序を維持出来ないと言う主張は根強くあって、確かに水面下はいざしらず一見すると表面的には校内が平和に保たれていると言う状況はあるようです。
この他に実社会における状況と同様、体罰の代わりに明文化された規定によって生徒を律すべきであると言う考え方もあって、もちろん決められたルールに違反すれば相応の罰が与えられると言う方法論は明確でいいのですが、これまた今までであればその場での頭ゴツンで見逃してくれていた違反行為が処罰という形ではっきり履歴に残るようになれば、生徒の将来にも影響してしまうと言う懸念があります。

高校生にもなればしょせん義務教育ではないわけですから、例えば1回目のルール違反では注意にとどめる、そして2回目以降も繰り返すようであればルールに則って停学なり退学なりも含めた処分を課すでもいいかなと言う気もしますが、そもそもこうした問題行動を繰り返す生徒は中学生以前から荒れている場合が多く、義務教育レベルでの教育力が改善しないことには本質的な改善にならない気がします。
そしてこれまた今の時代らしくと言うのでしょうか、学校側が強力に生徒を律しようと思っても相手は生徒だけではなく親の方が厄介であると言うケースも多いわけで、特に昨今話題のモンスターペアレントと呼ばれる方々が関わると教師も人間ですから、ついつい面倒事に巻き込まれるくらいなら見て見ぬふりをしておこう…と言う考え方になってもおかしくはないですよね。
そもそも閉鎖的環境に教師と生徒と言う当事者同士しか存在しないことが問題を面倒くさくしているようにも思えるのですが、大学レベルになるとアカハラだと学生が教員を訴えるだとか、逆にいわれなき誹謗中傷だと教員側が学生を訴えるだとか泥仕合になりがちなのを見ても、やはり教育現場にももう少し透明性を確保していく必要があるのでしょうか。
その意味でまだしも矯正効果が高いと思われる初等教育のレベルでは例えばPTAと協力して校内に父兄に来ていただいて常時授業参観状態にしてみるだとか、もう少し進んで中・高等教育になってくれば常時webカメラで校内中継などを行ってみる(無論、公開対象を父兄に限定する必要はあるでしょうが)なりして学校内の開示を行っていくのが、特にまじめな先生方にとっては有利なのかも知れません。
ただ教職員の方々に話を聞いてみますとそもそも学校現場にしつけまでさせようとするなと言う不満が根強いようですし、実際問題としてしつけ機能を求めるのであればそれに必要な権限も与えないことにはどうしようもないのは明白ですから、やはり学校の果たすべき役割とそれに必要なものについて教員と父兄との間でもう一度話し合い、前例踏襲に囚われず見直していくべき時期なのでしょうか。

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2014年5月 2日 (金)

てんかんに対する規制がさらに強化

唐突にと言うべきでしょうか、先日こういうニュースが出ていたことをご存知でしょうか。

てんかん、就活での開示促す 福岡労働局、高校に文書(2014年4月30日朝日新聞)

 厚生労働省福岡労働局が2012年7月、てんかんを患う就職希望の生徒に主治医の意見書をハローワークに提出するよう、福岡県内の高校に求めていたことが30日、同局への取材でわかった。公正な選考採用を定める職業安定法などに触れる恐れがあり、厚生労働省は同局を指導した。患者団体は「差別的だ」と批判している。

 同局によると、県を通じて文書で公私立各校に求めた。文書では「持病がある生徒・障害を持つ生徒を一律に選考から排除することはあってはならない」としつつ、「てんかんの生徒は主治医の意見書をハローワークに提出し、早期の職業相談を」と記した。新規高卒生への求人はハローワークが仲介して学校に出している。厚労省は不適切だとして12年9月に同局を指導し、翌月に全国の労働局に再発防止策をとるよう通知した。

 同局によると、11年4月に栃木県で持病を隠して運転免許を不正に取った運転手がクレーン車を運転中に発作を起こして小学生をはねるなど、てんかんの発作によるとみられる事故が相次いだために文書を出したという。

公的機関がわざわざ文書で公式ルートに流した通達であるということに留意していただきたいと思いますが、労働局にこうした要求を学校現場に対して行う権限があるのかどうかと言うことも疑問ではあるのですが、てんかんだけを取り上げてと言う点で何かと物議を醸しそうな話であることは間違いありませんよね。
栃木のクレーン車事故などを始め一連のてんかん患者が絡んだ事故で、その多くが疾患コントロールが不良で主治医に運転を禁じられるなど本来運転免許の欠格事由に相当する状態であったり、そもそも病気そのものを隠していたと言うことが知られるようになったことから、社会的にてんかん患者に対する運転規制強化が叫ばれるような状況になっていることは周知の通りです。
ちょうどこの5月から薬や薬物によって事故を起こした場合の罰則を強化する自動車運転死傷行為処罰法が施行されることになっていて、特に薬物等のみならずてんかんや躁鬱病、統合失調症など安全運転に必要な判断能力を欠けると見られる特定の疾患の影響で「正常な運転に支障がある状態」で事故を起こせば厳罰に処すると言う、なかなかに厳しいものとなっています。
地理的状況や職場に求められる技能と言った点で現実的に自動車に乗れなければ仕事にならない、てんかん患者には仕事をするなと言うことかと言う反対意見ももちろんある一方で、意識も失うような危険性があるのに運転などされてたまるかと言う素朴な市民感情もありでなかなか難しい判断ですが、現実的な影響としてこうした規制強化がどのような影響を及ぼすのかということですね。

「てんかん隠した」55% 患者の周囲、理解が不足(2014年4月19日日本経済新聞)

 てんかん患者の半数以上は自身の病気を隠したことがあり、その背景には周囲の理解不足があることが、製薬企業グラクソ・スミスクライン(東京)の調査で分かった。

 今年1~2月、現在てんかんの治療を定期的に受けている成人男女計300人に質問した。

 てんかんを周囲の人に隠したことが「よくある」「時々ある」と答えた人はそれぞれ27.7%ずつで、計55.4%が隠した経験をもっていた。

 家族以外の周囲の人が自身の症状を理解してくれているかを尋ねると「しっかり理解」は9.3%にとどまった。「ある程度理解」の31.7%を合わせても半数に満たなかった。周囲の理解不足の中で、カミングアウトをしづらい現状が浮かび上がった。

 てんかんを患って困ったことを複数回答で挙げてもらうと「いつ発作があるか分からず不安」が46.3%で最多。以下は、差別や偏見がある(28.3%)▽仕事に支障がある(27.7%)▽就学・就職に支障がある(25.0%)――と続いた。

 日本では約100万人がてんかんを患い、毎年5万人が新たに診断される。しかし京都・祇園で2012年に通行人7人が死亡した暴走事故など一部患者による重大事故が相次ぎ、患者全体に厳しい目が向けられた。

 東北大の中里信和教授(てんかん学)は「不幸な事故により、患者さんがこれまで以上に不安を抱えながら日々の生活を送る状況になってしまった。周囲の理解が患者さんのより良い治療や社会参加の促進につながる」と話している。〔共同〕

理解が不足しているから患者が隠すのか、患者が隠すことを理解しているから規制強化が進むのか微妙なところなのですが、少なくともフォークリフト等機械の運転を伴う作業に関しては各職場の判断でてんかん患者は関わらせないと言った自主規制が現実に行われ始めているようで、それは事故を起こされれば会社にも損害賠償請求が来るかも…と考えれば自然にそうなるだろうなとは思います。
もちろん雇用時に「私はてんかん持ちで」などと申告すればそもそも雇用されないと言うことにもなるのでしょうが、ただ留意いただきたいのはこうした基礎疾患によるセレクションと言うものは別にてんかんに限った問題ではなく、例のメタボ健診の導入や労災回避のための予防的措置という理由によって、ちょっとそれは過剰反応なのでは…と思われるレベルで雇い止め等の自主規制が行われていると言う現実があります。
もちろん血圧か高ければ脳卒中や心筋梗塞発症のリスクが上がる、そして作業中に発作でも起こされれば大事故になりかねないと言う考え方の道筋はそれなりに理解出来るのですが、現実問題として長年きちんとコントロールされた血圧良好な患者のリスクがどれほどあるのかと言うことだし、むしろギリギリ要治療レベルを回避しているような無治療の高血圧予備軍の方がよほどリスクは高いと思うのですけれどもね。
このあたりはメタボ健診導入によって患者=労働者個人ではなく雇い主の方にペナルティーを導入したということとも無関係ではありませんが、栃木のクレーン事故で会社側にも損害賠償責任を認めたように基本的に民事ではより責任を取りやすい(支払い能力が大きい)相手から金を取るようになっている以上、リスクマネージメントとしてもてんかんに限らず有病者をわざわざ受け入れる意味は会社側にはないとも言えます。

社会の側の予防措置はそれとして、一方では罰則強化によっててんかんへの締め付けが強まってくれば有病者は就業等で露骨な不利益を被るということですから、他方では決して他人に知られないよう隠そうと言う衝動が働くのも当然で、社会にとって罰則強化による利益と患者の潜伏による不利益とどちらが大きいのかと言うことですよね。
この点で示唆的なのが多くのてんかん事故報道によれば事故を起こした患者はてんかんの病歴を隠して免許を取得していただとか、きちんと医師の指示に従わず治療を怠っていたと言う問題行動が多く認められたと言うことで、この点はてんかん協会など患者側団体からも「社会的責任が欠如している」「極めて遺憾」と批判的コメントを出していたところですが、逆に言えば社会的責任に訴えるしかないとも言えます。
患者側からすればカミングアウトするメリットが無くデメリットばかりでは黙っていようとなるのは当然で、何らかのインセンティブとして例えばこうした持病による社会的規制を受ける場合には障害者枠に含めるなり会社側に一定の雇用枠を設定すれば、会社側としても実質健常者と変わらない労働力を法的強制枠で雇用できると言うメリットが産まれるかも知れませんね。
技術的な観点から見るとマイナンバー制導入に伴いあらゆる疾患歴を一元管理するようになれば免許の不正取得と言った問題はなくなるはずで、そうした対応は個人情報保護の観点から問題があると言う意見も根強いのですが、ただ犯罪歴等の情報は社会的規制に関わる必要性から現在も流通している以上、同様に規制対象となり得る病歴も流通していておかしくはないと言う考え方もあるでしょうね。

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2014年5月 1日 (木)

「フクシマに行ったら鼻血が出た」の波紋

原発事故の影響で福島県産と言えば印象が悪くなっているようで、実際に産地偽装の一因となっているとも言われているようですが、基本的には低線量被爆のリスクに関してはあまりはっきりしないだけに、消費者各人が各人なりの判断で利用していくしかないと言うことなのだと思います。
ただ100%安全だなどと言い切ることは出来ないのも当然なんですが、はっきりしないリスクを根拠にはっきりした危険があるかのように言い立てるのもまたおかしな話であって、しかもそれによる風評被害が広がって実際的な悪影響が大きいとなればこれは社会問題ということですよね。
過去にはマスコミが先導しこうした風評の拡散に努めた結果、福島県民に大きな実害が及ぶと言った事例も少なからず発生しているようですが、先日以来新たな風評被害をもたらしかねないと騒ぎになっているのがこちらの話です。

「福島周辺で鼻血出る人が続出」 「美味しんぼ」で編集部コメント発表も炎上止まず(2014年4月19日J-CASTニュース)

   ビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載中の人気漫画「美味しんぼ」の内容がネット上で物議を醸している。福島には疲労感が強かったり鼻血が出たりといった症状の人が大勢おり、それらの症状と原発の放射線との関連を匂わせる描写があったというのだ。

    「今週の『美味しんぼ』、福島から帰ってきた山岡さんが原因不明の鼻血を出し、海原雄山も出たと話をして、最後に井戸川さんが出てきてこの有様でした。これは流石に福島県民として抗議の意を示したい。僕はこの三年間、鼻血なんか出たこと無いですが」

   2014年4月28日に画像つきでされたこのツイートは、29日夕方現在1万回以上リツイートされ、ネット上を騒がせている。

「福島では同じ症状の人が大勢いる」

   問題となっているビッグコミックスピリッツ22・23号(4月28日発売)では、主人公の山岡と海原雄山たち一行が福島第一原発を見学した。途中、一行は3号機の前で1時間当たり1680マイクロシーベルトを数秒間浴びた。すると帰宅後の山岡にひどい疲労感と鼻血の症状があらわれた。のちに同じ症状が雄山や同行者にもあったことがわかる。取材の過程で、前双葉町長の井戸川克隆氏と岐阜環境医学研究所所長の松井英介医師のもとを訪れた山岡は、町長の口から「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」と告げられる。今週分の話はここまでで、欄外には「耐え難い疲労感と原因不明の鼻血―――!?山岡や雄山たちの体になんらかの異変があるのか?次号。」とのアオリがついていた。なお、山岡が訪ねた両名は実在の人物で、井戸川氏は放射性廃棄物中間貯蔵施設の受け入れを巡って町長職を辞任、松岡医師は『見えない恐怖 放射線内部被爆』などの著書がある。
   ネット上では症状と原発が結びつけられているように読めるとして、「そんな症状は聞いたことがない、風評被害では」「『山岡たちの体に異常が起きているのか!?』みたいなヒキで、 次回『異常は何も起きていませんでした?!』で済ますには苦しいと思うんだけどどうなるんだろう」などと疑問が出て、ツイッター上で「炎上」状態になってしまった。

放射線の影響によるものと断定する意図は無い

   実は、原作者の雁屋氏はこの取材体験について、作中とほぼ同様の発言をして話題になったことがある。その時はオーストラリアの情報を紹介している日本語ミニコミ紙「日豪プレス」に対して、現地の子供たちもだるさを訴えていたとし「あの周辺は人は住んではいけない所になってしまった」と漏らし、福島の食べ物を食べて応援することも疑問視、特に東北地方の海産物の多くについて「恐らく食べられなくなるでしょうね」と言っていた。こうしたことも騒ぎを大きくした要因とみられる。
   騒ぎを受けてスピリッツ編集部は28日夜、次のようなコメントを発表した。それによると、鼻血や疲労感が「放射線の影響によるものと断定する意図」は無く、「取材先の皆様の実体験や作者の実体験について、作中登場の実在の医師に見解を問う展開」だという。風評被害を助長する内容ではないかという指摘についても、そのような意図は無く、これまでの作中でも「きちんと検査が行われ、安全だと証明されている食品・食材を、無理解のせいで買わないことは消費者にとっても損失であると述べております」と説明した。
   こうした対応に、ネット上ではなお「風評被害に限らず、意図しているかどうか(要は主観)が問題じゃなく、実際に見た人がどう感じるかが肝心なんだと思うんだけどなぁ」という意見を中心に、批判が止まない。
   ただ、一部からは「この、作中の医師のお話がこの後続くんじゃないのかな。デリケートな問題の扱いで、掲載ページの割り振りを見誤った、ということで落ち着くと良いなぁ」など、今号だけを見て批判するのは早急だという見方も出ている。

「美味しんぼ」と言えばコミックスが百巻を超える長期連載で、根強い愛読者の間ではネタ漫画としてもつとに有名ですけれども、特にこの放射線被害に関しては原作者雁屋氏の注目を大いに集めるテーマであるようで、過去にはスパゲッティ対決の回においてチェルノブイリ原発事故との関連を取り上げ「ヨーロッパ産の食品は放射能汚染されているから食べてはいけない」と主張したことでも知られています。
当然ながら今回の震災に関しても「取材から帰って夕食を食べている時に、突然鼻血が出て止まらなくなった」「『福島の食べ物を食べて応援しよう』というキャンペーンもありますが、これもどうかと思います。」「取材時、米は確かに安全でした。ですが、汚染は広がる一方だと思いますので果たして今はどうなのか」等々、言論を通じて様々な啓蒙活動を行っていらっしゃるようです。
雁屋氏のこうしたスタンスを考えますと、むしろ編集部も主張しているように「作中でも、 きちんと検査が行われ、安全だと証明されている食品・食材を、 無理解のせいで買わないことは、 消費者にとっても損失であると述べて」いることの方が奇異な印象を与えるのですが、いずれにしても日本も雁屋氏在住のオーストラリアも言論の自由を標榜する国であり、自己責任において発言する自由は確保されているはずですよね。

雁屋氏に限らず世間的に関心と注目を集める問題で何かしら独自の見解に基づく意見表明を行った場合、ともすればそれが炎上と言う現象に結びついてしまうのが今の時代ですけれども、もちろん意見に賛成する、しないとは全く別の次元で意見表明自体の自由はあるべきだし、同時にそれに対する批判を表明する自由もあると言うのが現代社会の基本的お約束事だとされています。
ただ特定個人の持つ意見がいわゆる反社会的だとか道義的・倫理的に問題視されてしかるべきだった場合、この大原則がどこまで徹底されるべきなのかと言うことが昨今しばしば問われていて、中にはこうした意見は公的規制によって封殺されてしかるべきだと言う主張を持つ方々もいらっしゃるようですけれども、誰がその基準を決めるのかと考えた場合そこまで万人が認められる基準など存在し得るのかどうか微妙なところですよね。
ただやはり社会的約束として少なくとも公の場で表に出すことは適切ではないと思われる個人的見解と言うものはあるわけですが、長らく問題視されてきたこの種の問題の一つに対して、先日非常に興味深い手法で対抗している人々がいると言うニュースが出ていました。

D・アウベス:「バナナ? 馬鹿な奴らは笑ってやるべき」(2014年4月28日goal.com)

27日のリーガエスパニョーラ第35節、バルセロナは敵地エル・マドリガルでのビジャレアル戦で3-2の逆転勝利を収めた。DFダニエウ・アウベスは試合後、人種差別のバナナを食べた理由を説明している。スペイン『ムンド・デポルティボ』がコメントを伝えた。

この試合の75分、CKを蹴ろうとしたD・アウベスはファンによって投げられたバナナを拾い、皮をむいて身を口にほおばった。ブラジル代表DFは試合後、その行動について次のように話した。
「(人種差別行為には)あのような行動を取ってやらなければならない。このようなことはもう、僕たちに変えられはしないんだ。11年前からスペインにいるが、ずっと同じであり続けている。馬鹿な奴らは笑ってやらないといけない
(略)

リネカー氏 バナナ食べたアウベス絶賛「素晴らしい対応」(2014年4月28日スポニチ)

 元イングランド代表FWでJリーグ発足時には名古屋でも活躍したゲーリー・リネカー氏(53)が、試合中にバナナを投げつけられたバルセロナのダリエウ・アウベスの「大人の対応」に自身のツイッターで「差別主義者の愚行に対して本当に素晴らしい対応をした」と賛辞を送った。

 アウベスは試合中に観衆からバナナを投げつけられ、そのバナナを食べた後に何事もなかったかのようにプレーを続けた。試合後「スペインではたまにこういうことがある。ユーモアで対応すべき」と話した。
(略)

広がる人種差別反対“バナナの輪” ネイマール、バロテッリらも賛同(2014年4月29日スポニチ)

 27日のスペイン・リーガエスパニョーラ第35節ビジャレアル戦で、バナナが投げ込まれる人種差別行為に対して、バルセロナDFダニエウ・アウベスがバナナの皮をむいて食べた行動に、世界中のサッカー選手を中心に賛同の声が広がっている

 ブラジル代表でもチームメートのFWネイマールは、自身がバナナ、息子がバナナのぬいぐるみを持って写っている写真をソーシャルメディアを通じて掲載。ACミラン(イタリア)のイタリア代表FWバロテッリもバナナを口にしている写真を公表して、人種差別反対のメッセージを載せている

 12年マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)のDFエブラに対する差別発言で出場停止処分を受けたリバプール(イングランド)のウルグアイ代表FWスアレスは、ブラジル代表MFコウチーニョと2人でバナナを手にしている写真を、「We’re all the same.(僕たちはみんな同じ)」のメッセージとともに公表した。

 イタリア代表のプランデッリ監督は、同国のレンツィ首相とバナナを食べる姿をメディアの前で披露して、アウベスに賛同を示した。その他にもマンチェスター・シティー(イングランド)のFWアグエロ、パリSG(フランス)のMFルーカス、ゼニト(ロシア)のFWフッキらも同じように写真を掲載して、人種差別反対の声を上げている。
(略)

このバナナを投げるという行為は「お前は人間ではなく猿だ」と言う意味合いで近年散発的に行われているもので、記憶に新しいところですと2011年にロベカルがロシアリーグで観客席からバナナを投げつけられ、試合中にも関わらずピッチを去ったと言う事件がありましたが、ベルギーリーグの川島選手なども「カワシマ!フクシマ!」とやじられたことがあったように差別行為が無くなると言うことはなかなか難しいようです。
今回バナナを投げ込んだ観客に対してはすでに防犯カメラの画像によって特定され、クラブから生涯スタジアムに立ち入り禁止を命じられたようですが、個人の思想をコントロールすることは不可能である以上、興奮状態の中でそれが表に出てくるということも完全には阻止出来ないことは仕方がないことなのでしょう。
ただここで注目したいのは単に差別ケシカラン!そんな考えを持つ事自体が問題だ!と炎上させて終わりと言うことではなく、それをとっさの機転で返したアウベス選手の行動に賛同の話が広がっていると言うことで、どちらの方がよりスマートで格好いいかと言われれば断然アウベス選手らのやり方の方が格好いいですよね。
冒頭の記事にも登場する劇画原作者にしてもすでに久しく以前からむしろネタソースとしての評価の方が高くなっている人物ですから、いまさらたけしの爺婆ネタに誰も真面目に突っ込まないのと同様、これまた一種の芸風的に捉えておいた方がいいのかも知れません。

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