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2014年5月13日 (火)

HIV感染者の実質的受診拒否問題 実は意外な難題か?

風の噂に聞くところでは今を去ること○年前、某医学部においてHIV(エイズウイルス)の専門家を講師に招いて特別講義を行った折に、講師先生は非常に判りやすい言葉を使ってHIVの感染力も物理的抵抗性も弱いものであること、日常診療において一般医療従事者が患者から罹患すると言うことはまず考えられないことを繰り返し語ったのだそうです。
特別講義も終わり質疑応答の時間となり、講義室の最後尾で居眠りをしていた学生がむくりと起き上がって曰く「先生、我々が臨床に出た時にエイズ患者を診療するにあたって感染予防にはどう注意したらいいですか?」その瞬間講義室の空気は凍り付き担当教授は思わず頭を抱え、そして講師先生は絶句したきり言葉がなかったと言います。
そんな医学生がその後どのような人生をたどったのかはさておき、現在先進国でほぼ唯一と言って良いほどHIV感染者の増加が続いていると言われる日本ですが、そうは言っても大多数の臨床現場においては未だに日常的に接するほど身近なものとはなっていないだけに、先日こんなニュースが出ていたこともその是非は別として、そういうこともあるだろうなと感じさせるものではあるかと思いますね。

高知県内の診療所がHIV陽性者の歯科治療を拒否(2014年05月04日高知新聞)

 高知県内で暮らすエイズウイルス(HIV)陽性者が昨年、歯科診療所で受診した際に感染の事実を告げたところ、歯科医師からその後の診療を断られていたことが関係者への取材で分かった。歯科で標準とされる感染症対策を行っていれば、一般診療所でも陽性者やエイズ患者を安全に治療できるが、医療側の知識不足や偏見などから断るケースが全国的に相次いでいる。高知県内のエイズ治療の中核を担う高知大学医学部付属病院によると、県内での診療拒否は「把握している限り初めて」。「あってはならないこと」とし、歯科医師らに対応を呼び掛けている。

<HIV>歯科診療所、感染者を拒否 高知大病院「偏見、正しい知識を」 /高知(2014年5月5日毎日新聞)

 県内の歯科診療所でエイズウイルス(HIV)の感染を明らかにした患者がその後の診療を拒否され、高知大病院で治療するよう指示されていたことが4日、分かった。

 高知大病院によると、患者は昨秋、かかりつけの歯科診療所を感染判明後、初めて受診。歯科医師に感染を告げたところ、「治療を続けると感染の事実が外に知れる可能性があるので、医大で治療を受けてください」と言われたという。

 患者から相談を受けた高知大病院は県歯科医師会に正しい感染症対策の周知などを要請。県歯科医師会が1月に開いた講習会にHIV専門の看護師を派遣し、歯科医師ら約350人に感染症予防対策をアドバイスした。

 高知大病院の山本哲也・歯科口腔(こうくう)外科長は「背景には感染症への知識不足に加え、HIV患者を受け入れる歯科医院でも公表したくないとの偏見がある。正しい知識の普及に努めていく」と話した。【最上和喜】

高知)HIV感染を理由に治療を拒否 県内の歯科診療所(2014年5月8日朝日新聞)

 県内に住むエイズウイルス(HIV)感染者が、感染を理由に歯の治療を拒否されていたことが分かった。医師らの偏見や情報不足が背景にあるとして、エイズ治療の中核拠点となっている高知大学医学部付属病院が適正な対応を呼びかけている。

 付属病院によると、この感染者は昨年10月、かかりつけだった歯科診療所でHIVに感染していることを伝えた。すると歯科医師は「治療していることが外に知られる可能性があるので」と話し、以後の治療を拒否したという。この感染者は現在、付属病院で治療を受けている。

 事態を受けて付属病院は県歯科医師会に対応を要請。今年1月に同会主催の講習会で感染症の予防策を伝えた。付属病院と同会は今後、HIV感染者とエイズ患者が地域の歯科診療所でも治療が受けられるネットワークを作り、情報を共有していくという。

記事から判る事実関係として元々かかりつけだった歯科医院にHIV感染が判明したことを告げたところ医大で治療を受けるよう言われたと言うこと、その理由として「感染の事実が外に知れる可能性がある」と言われたと言うことなのですが、いわゆる直接的な診療拒否発言とならないよう文言にはかなり注意してのことだったのかなと言う印象を受ける言い回しですよね。
HIV患者の歯科診療に伴うリスクに関して言えば、まずは唾液からの感染のリスクはよく言われるように「患者の唾液をバスタブ一杯飲み干さない限り感染しない」と言われるほど可能性が低くまず心配ありませんが、歯科診療に伴い出血を来したと言う場合にどれほどの危険性があるのか、医師やスタッフのみならず道具などを介して他の患者にうつることはないのかは気になりますよね。
歯科に限らず医療機器の感染防御対策はかなりしっかりしたものとなっていて、とにかく扱いに苦労するノロウイルスは元よりB型肝炎など消毒抵抗性が強いとされるウイルスに比べてもひ弱なHIVなどはまず一般的な感染防御対応で問題ないはずですが、医療従事者にとってはHIV感染者の血液を経皮的に暴露した場合0.3%だと言う感染のリスクをどう考えるかで、本来コストをかけてもきちんとした感染防御を行っておきたいところです。
ただこの辺りのコストは患者に対して転嫁出来ないものであるだけにどこまで行うかは医師らの判断次第と言うところがあって、特に昨今歯科医師の過剰とワープア化が叫ばれ過当競争に陥りつつある中で利益確保優先で安全に関わる経費削減を図る施設もないとは言えないでしょうし、日常的に体液が飛散する職場であるにも関わらずきちんとガウンと手袋、防護眼鏡で完全装備している歯科医も控えめに言ってもそう多くはないですよね。
実際にかつて全国歯科医師のB型肝炎ウイルスの感染率を調べて見ると一般平均と比べて極めて高かったと言うデータもあるそうで、幸いにもB型肝炎ウイルスの場合大多数は肝炎に至ることなく自然排除されますから良かったようなものですが、感染症患者の受診行動を云々する前にまずは医療従事者側の感染防御が徹底されないことには患者もおちおち歯医者にもかかっていられないと言うことになりそうです。

ちなみに歯科医師法にもその第19条第1項に「診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と言ういわゆる応召義務を定めた文言があることから、文字通りの受診拒否であればもちろんアウトなのですが、判例的には診療に不安のある場合は躊躇無く他医へ紹介すべしともされていることから、裁判沙汰にでもなった場合いささか微妙かなと言う気もします。
ただ表面上「あなたにとって利益とならないから医大にかかった方がいいですよ」と言う言い方であっても実質的な診療拒否の気持ちが込められていたことは間違いなさそうで、記事ではそれをHIV感染症に関する偏見や知識不足が原因と言う扱いをしているようですが、むしろこの場合知識があろうがなかろうが「あそこにはあんな患者が通っている」と言う評判が立つことを経営的デメリットとして判断したという可能性もありそうです。
もちろん患者の個人情報が漏れること自体本来あってはならないわけですが、今の時代ネットなどを経由してどこからどんな個人情報が漏れるか判らないのも確かで、結局はこうして患者差別的行為として全国的に報道されるリスクと感染症患者が通院していると言う風評が広まるリスクと、どちらが経営的影響が大きいかと言う判断だったのではないかと言う気もします。
その点では実は患者にとっても同様の「知られるリスク」があることの方がより重要で、もちろん感染症予防対策を取る上で罹患者であると受診時に自己申告してもらいたいのは言うまでもないことですが、それによってこうした実質的受信拒否という不利益を被ったり場合によっては個人情報が流出する危険性もあるとなると、自然患者としても病気を隠そうという意識が働くようになりますよね。
個人にとっても社会にとっても適切にコントロールされるべき感染症が隠蔽されることの恐さは今さら言うまでもなく、そう考えると損得勘定のパラメータとして一歯科医院の経営的判断というだけでは不十分で社会全体の損得を考えて行動すべきだったと言われればその通りなんですが、それでは経営的デメリットを被っても社会のために行動せよと末端の医療従事者にどう動機づけて行くかが最大の難関になるでしょう。

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コメント

歯科医の実名は出てないんだ?
それじゃ追い出し得ってことかな

投稿: | 2014年5月13日 (火) 08時35分

ここの歯科診療所は他の感染症はどう扱ってたんですかね?
高知ならHTLV-1も多いし感染症断ってたら仕事にならないと思うんですが。
HIVだけダメだと言うのだったら筋が通らない気がします。

投稿: ぽん太 | 2014年5月13日 (火) 09時18分

 しかし、「治療していることが外に知られる可能性があるので」なんて言い訳してたら、HIV感染者の患者がいるとかよりも、「あの歯科医院は患者の秘密を外部に漏らすんだって」という情報が流れるんじゃないの?w

投稿: ?? | 2014年5月13日 (火) 10時05分

教科書的には全症例において感染症患者だと考えて予防措置を講じるべきだし、そうであればHIVなど何ら怖くないと言うのももっともですが、現在の診療報酬体系でそのコストを捻出出来るのかどうかです。
医療機関の持ち出しで感染防御のハードルだけを高く設定し社会的制裁もちらつかせると言うのでは、やはり現場としてはかくあるべし論から離れて自己防衛に走らざるを得なくなる局面もあるでしょうね。
その辺りの費用対効果の算段、そして世間の噂や評価に基づく受診者の増減なども全て総合して、どちらが得かによってこの種の問題に対する現場の対応が決まってくると思います。

投稿: 管理人nobu | 2014年5月13日 (火) 11時27分

そういえば昔は患者の前ではわざとHTLV-3と呼んでいたが、今はHTLV-3といえば別のウイルスのことらしいですな
カルテにHIVと書くのは目に付くでしょうが、開業医なら単に感染症+とだけ書いておけば十分ではないかと

投稿: 元僻地勤務医 | 2014年5月13日 (火) 14時53分

感染リスクは些細な問題なんですけれど、HIV感染症の方が処方されている抗ウイルス薬?に相互作用の問題があるので、出来れば抗ウイルス薬を出している病院で他の疾患の治療もやって欲しいと思うことはあります。

投稿: クマ | 2014年5月14日 (水) 00時10分

>「治療を続けると感染の事実が外に知れる可能性があるので、
「あなたの時だけ、手袋・ゴーグル・ガウン装着で臨みます」と、標準予防策を無視した斜め上の対応をしようとしたんじゃ…

投稿: JSJ | 2014年5月14日 (水) 14時42分

歯を削るドリルのななわりが滅菌せずに使いまわしだそうですよ

投稿: | 2014年5月18日 (日) 08時38分

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