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2014年4月22日 (火)

それは正しいのか間違っているのか

最近は価値観自体も多様化しているのでしょうが、一昔前のようにマスコミが「この考え方こそ正義!他は間違っている!」式の思想統制力を発揮出来るような時代でもなくなってきたためか何が世の常識非常識かと言うことも判りにくくなってきていますけれども、その結果と言うべきか先日からこんな微妙な話が大いに議論を呼んでいると話題になっています。

担任、息子の入学式へ…高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意(2014年4月11日埼玉新聞)

 県西部の県立高校で50代の女性教諭が長男が通う別の高校の入学式に出席するため、担任を務める1年生の入学式(8日)を欠席していたことが分かった。新入生の保護者らは「今の教員は教え子より息子の入学式が大切なのか」と困惑している。

 県教育局によると、県内の県立高校では、ほかに男女3人の担任教諭が子息の入学式出席を理由に休暇届を提出し、勤務先の入学式を欠席した。
 関根郁夫県教育長は11日に開いた県立高校の校長会で「担任がいないことに気付いた新入生や保護者から心配、不安の声が上がった」と、この事実を報告した上で「生徒が安心して高校生活をスタートできる体制づくりと心配りに努めてほしい」と異例の“注意”を促した

 関係者によると、入学式の担任紹介の中で校長が女性教諭の欠席理由を説明。女性教諭は「入学式という大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびします」という文章を事前に作成し、当日、別の教諭が生徒らに配ったという。
 来賓として入学式に出席した江野幸一県議(刷新の会)は「担任の自覚、教師の倫理観が欠如している。欠席理由を聞いた新入生たちの気持ちを考えないのか。校長の管理責任も問われる」と憤慨
 県教育局は「教員としての優先順位を考え行動するよう指導する」としている。

入学式欠席教諭批判の尾木ママ「僕が古くなっちゃったのか」(2014年4月21日NEWSポストセブン)

 埼玉県の県立高校の女性教諭が、我が子の入学式を優先し、勤め先の入学式を欠席したことが大きな話題となったが、この行動に対し、世論は非難囂々ではなく、理解できるなどの容認論が続出している。埼玉県教育委員会に寄せられた意見では「女性教諭への理解」が44%で、「批判や苦情」の23%を大きく上回った

 かつて20年以上、中・高の教壇に立った経験を持つ“先輩教師”で、教育評論家の“尾木ママ”こと尾木直樹氏は、この担任の家庭事情など背景が明らかでないことに留意しながらも、こう話す。
完全な職場放棄ですよ。僕が現役の教師時代に同じことをしたら、校長や同僚から白い眼で見られたはず。そもそも、休暇届を出そうという考えすらありませんでした」
 担任不在を正当化する意見に対し、尾木氏は入学式の意義を強調する。
「入学式は単なる儀式じゃない。教室で初めて顔を合わせる生徒1人1人を、じっくりと見る日です。うつむいている子がいると、“もしかしてあの子は第一志望に落ちて、落ち込んで入学してきたのかな”とか、反対に目を輝かせている子は“クラブ活動を楽しみにしているのかな”とか、生徒の個性を汲み取る大切な場なんです。
 自分の息子の入学式を欠席したとしても、後から息子1人にそのケアをするのは簡単です。でも、クラスにいる30~40人、しかも他人様の子供たちに対して、式を休んだことでいきなりできた溝を埋めるのは大変なことですよ」
 尾木ママはブログでこの担任の行動を『ありえない』と批判した。すると非難が殺到し、ブログは大炎上
女教師は子供を産むなというのか、“尾木ママ”なのにママの気持ちがわからないのかといわれてしまいました。そんなこといっていませんし、全く論点がすり替わっています」(尾木氏)
 また、来賓として入学式に出席していた江野幸一県議もブログで非難コメントを出したが、「時代錯誤」などと批判され、中には「死ね」という脅迫まがいの言葉まであった。

 批判意見の中には、「子供の入学式にも参加できない公務員は“ブラック企業”ではないか」というものもあった。だが公務員は「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(憲法15条)と規定されるように、他の職業よりも高い倫理観が求められている
 尾木氏もこう指摘する。
「公務員として教師の職業倫理は警察官などと同様、高くあるべきです。東日本大震災で、防災無線で最後まで避難を呼びかけ続けて、津波で亡くなられた町職員や、避難誘導で犠牲になった警察官の方がおられましたが、教師とて同じことです。そんなとき、自分の子が心配だからと帰るわけにはいかないんです」
 世間とのズレを「ここまで感じたことがなかった」と困惑する尾木氏が続ける。
「最近は大学の入学式に親がついていくことも増えましたが、背景には子離れできない親の現状があります。この担任だって、子供も高校生ですから、教師という仕事の重さをいって聞かせればわかる年齢のはずなんです。でも、そういうと“親が息子の入学式に行くのは当たり前”の一点張りで批判されちゃう。僕が古くなっちゃったのかなァ……」

まあしかし、そもそもその存在意義事態が長年問われ続けている来賓なる存在がこうして当事者のような顔で横から憤慨するというのもおかしな話かと思いますし、単に都合により欠席とでも言えば騒ぎにもならないでしょうに事細かに事情を説明した校長の対応もどうなのかと思うのですが、ともかく一教員の欠席が当事者が考えていただろう以上に全国的に大騒ぎになってしまっているということ自体が興味深い現象です。
ただ注目していただきたいのは賛成、反対(と言うくくりが良いのかどうか判りませんが)の意見を言っているどちらの側も「自分達の考えこそ当たり前の常識」「相手の言っていることは非常識」的に捉えている気配が見え隠れするということで、これが単に尾木氏の言うような世代的断絶に由来するものなのか、それとも各人の社会的背景なりに由来するものなのか調べて見ると面白そうにも思いますね。
ともかく昔から家族関係と仕事の位置づけと言うことで日本では「親の死に目に会えずとも自分の業務に没頭するのが美徳」的に語られる部分もあって、シーズン中はほとんど毎日のようにやっているプロ野球などは日本人選手と外国人選手との意識差を示す話題は少なくありませんでしたけれども、少なくともマスコミなどは家族を犠牲にしても仕事一筋という姿勢には長年否定的なスタンスであったように思うのですけれどもね。
まあマスコミはともかく、今現在では日本でも少なくとも一般企業であればこれを問題にする方が時代錯誤だと言われかねない話ですし、結局は公務員かつ教員という立場をどこまで特殊なものと考えるかと言う問題ですけれども、学生時代のことを思い出して見ると入学式に担任がいたかどうかは別にほとんど気にならないだろうなと言う気もするところで、翌日からきちんと仕事をすればそれでいいんじゃないかとは思います。
教師としても入学式を欠席することで業務上決定的な不利がないというのであれば後は自己責任の範疇だと思うのですが、面白いのは学校側から入学式への保護者出席を要求している施設が決して少なくないと言う矛盾があること、そして今回話題の教師もそのことを認識してか元々担任を外してくれと言っていたにも関わらず断られたと言う話もあるそうで、どうも学校現場における制度的な問題も背景にありそうですよね。

教員に限らず医師などもこの種の「かくあるべし」論に巻き込まれる機会が比較的多い職業と言え、それに対して古典的医師教育では周囲の模範たる人物たれと言った医師聖人化とでも言うべきことが説かれていた(今現在も一部では説かれている)場合もあるようですが、実際問題として国内だけですでに30万人からいる医師全てが聖人君子であってしかるべきと言うのもちょっと無理がある考え方だと思います。
少し悪い話になりますがお隣韓国で先日以来客船沈没事故と言うものが大騒ぎになっていて、その際の船長が乗客には部屋にこもって大人しくしていろと言うばかりで避難誘導もせず自分だけは真っ先に逃げ出した、しかもその際一般人のふりをしていたと言いますから真っ先に逃げ出すことに罪悪感を感じていたんだろうと思いますが、当然ながらこれに対して彼の地では責任放棄だと非難囂々です。
では教師が入学式に参加しないことがこうした責任放棄に匹敵する悪事か?と言えばいささか判断に迷うところで、仮に親族の不幸でなどと嘘をついてだとか無断欠席だったと言ったことならまだしも最初から事情も知れた中での欠席であり、少なくとも学校側もそれを受理している以上後になって世間が騒いだから問題視すると言うのもおかしな話で、これが駄目なら認めた学校側の判断こそ駄目だったと言うことになるでしょう。
ただ医師なども近年応召義務などに絡んでどこまでが医師の義務たるべきか?と言う議論が非常に突き詰められてきていて、「正規の業務時間外は一切連絡もつかないようにしていますが何か?」などと言う先生もいるようですが、本来的に24時間365日何が起こるか判らない業務なのですから緊急時の連絡を受ける義務があると言うなら、同等以上に非番として業務から解放されるべき時間も確保されるべきだとは思います。

そういう点で現状は未だ制度的にも幹部階級たる高年齢層の間にも旧来の「何があっても業務を最優先すべきである」式の考えが残っていて、他方で現場の若い世代にはそれは法的にも社会正義上もおかしいと言う考えからかやや過剰に権利を主張する傾向があるように思いますが、医師や教師と言った士(師)業の場合特に社会的にも責任を云々されやすいだけにその反動も大きいようです。
ただ顧客満足度と言う観点からも顧客の前では相応に求められる態度というものがあるのは他業種と何ら変わりがないわけで、極端な話どんなに腹の中が真っ黒でも顧客から素晴らしいと称讚され慕われるのが良い職業人であり、どれだけ職能上も人間としても優れていても顧客から忌避されれば駄目な人とみなされてしまうのが客商売の悲しさで、その視点で見れば今回顧客満足度に対する配慮が不足だったということでしょう。
顧客との関係はなるべく良好であった方が余計なトラブルも少ないし、逆に最初から不信感に満ちた関係では何でもないことでも痛くもない腹を探られかねないとなれば、人間としての本質はどうであれ医師なら患者の前では信頼される良医として振る舞うことが出来ると言うのは大変重要な職業的スキルであり、完全無欠の人格者を目指すよりも人格者らしい振る舞いを身につける方がよほど達成可能性も高そうだと言えるでしょうね。
そう考えると今回の担任が教育者としてどうであったかと言うことは一回きりの入学式だけで問われるものではなく、今後の学校生活の中で日々学生の目線にさらされる中で問われるべきことであって、卒業後も末永く恩師として語り継がれるか迷教師として同窓会のたびに笑い話のネタになるのかは本人のこれからの振る舞い次第だろうし、職業人を離れてみれば笑い話として語り継がれるのも決して悪いことばかりではないでしょう。

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コメント


 「乗務員の退避は最後。みんなを助けた後に私も行くから」。韓国の旅客船セウォル号の沈没事故で、おびえる乗客を最後まで励まし続け、自らは犠牲となった女性乗務員パク・チヨンさん(22)に称賛が集まっている。乗客を置いて逃げ出した船長らの行動と対照的だったこともあり、韓国社会の関心を引きつけている。

 報道によると、パクさんは16日午前、傾き始めたセウォル号の3階食堂付近にいた。直立できない状況で悲鳴を上げる修学旅行中の高校生らに、パクさんは救命胴衣を次々と着せていった。時間の経過とともに船体がさらに傾き、船内にパニック状態が広がっても、パクさんは「安心して。みんな救出されるから」と笑顔で鼓舞し続けた。

 「早く海に飛び込んで!」。こう叫んだ直後、パクさんの姿は見えなくなったという。生徒らは漁船などに救助される一方、パクさんは遺体で見つかった。パクさんがセウォル号の運航会社に入社したのは約2年前。父を病気で亡くし、残された母と妹を経済的に支えようと、1年前に入ったばかりの大学を休学。親戚の紹介で非正規職員として船乗りの世界に飛び込んだ。(共同)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140421/kor14042119490013-n1.htm

投稿: | 2014年4月22日 (火) 08時37分

プロフェッショナルの責任感は称讚されるべきものですね。
でもいつもそれを当然だと思われちゃうと重く感じる時もあります。
相応の料金をもらったら少しは気持ちが違うんでしょうか?

投稿: ぽん太 | 2014年4月22日 (火) 08時48分

こんな夜中に「救急病院は1時間待ちと言われたから」と、酒に酔った熱が39℃の患者、来院。
「インフルエンザの検査しろ」
「点滴して今晩中に治せ」
「俺はまだ晩ご飯食べていない(酒は飲んで、焼き鳥も食べている)。患者が食べていないのに、医者が食事して良いと思ってるのか?」
「一カ所でも見落としたら、訴えてやる」
「てめえら医者は、俺たちが安心して日中働けるように、夜中に仕事しろ」
「この病院(無床診療所だって)のものは俺たちが金を出しているから、俺のもの。自由に持って帰って良い」
等々、あまりにも面白かったので、録音してやった。
ちなみに、その患者、公務員だそうな。w

投稿: おもしろいコピペ | 2014年4月22日 (火) 09時22分

こんな夜中ってどんな夜中なんだろ、どんな夜中に開いてた診療所なのかね

まあそれはおいといて
休暇を取ったことの是非はいろいろ考え方があるだろうけど、
担任一人の高い倫理観ですべて頑張るんでなく、
校長や副担任がサポートする体制ができてるってことなんじゃないの
担任一人が良くてもその人が倒れたら終わり、よりはいいと思うわ

投稿: | 2014年4月22日 (火) 10時10分

責任だ義務だと言ってりゃタダでいい仕事やってくれるんだからおいしすぎるw

投稿: aaa | 2014年4月22日 (火) 10時34分

個人的にはきちんとした代理を立てて業務が滞りなく行われているのであれば正しい手続きを踏んだ上での休業の自由は当然に担保されてしかるべきものだし、逆にそれが担保出来ていないなら組織の問題だとは思います。
ただ今回の件でこれだけ議論が続くのは、職業人の義務と言う名の下で実は義務でも何でもない付加的な努力を果たすことが当然視されるのではないかと言う懸念が多くの人にあるからではないかと思いますね。
とりわけ専門的技能に裏付けされた付加的努力が全くの無給奉仕であることが当然だと言われるようですと、やはり今の時代の労働者の感覚とは少しばかり離れてくるのではないかなと言う気がします。

投稿: 管理人nobu | 2014年4月22日 (火) 11時09分

>「公務員として教師の職業倫理は警察官などと同様、高くあるべきです。東日本大震災で、防災無線で最後まで避難を呼びかけ続けて、津波で亡くなられた町職員や、避難誘導で犠牲になった警察官の方がおられましたが、教師とて同じことです。そんなとき、自分の子が心配だからと帰るわけにはいかないんです」

「ゴジラ」の「いよいよ最後。さようなら皆さん、さようなら」のシーン、「いやとっとと逃げろよw」と嗤ってたクチですが東日本大震災以降は嗤えなくなりましたねぇ。
*まあ元ネタは「九人の乙女」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%B2%A1%E9%83%B5%E4%BE%BF%E9%9B%BB%E4%BF%A1%E5%B1%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6だからしてそもそも笑うところではないんですが。

おなじく「ゴジラ」の警察官が避難民の交通整理をしているシーンに対して
黒澤明氏「おかしいよ。本当ならあんなところで交通整理せずに逃げちゃうだろう」
本多猪四朗氏は「警官はああでなきゃいけないんだ」。

…ぽん太様もご指摘ですが、アタリマエじゃないからエライんであってアタリマエの様に要求したらいかんですよねぇ。

>ちなみに、その患者、公務員だそうな。w

いつも納税者に言われてるんでしょうねえ…。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2014年4月22日 (火) 11時17分

この教師は給料もらってるのに当たり前の仕事も休んでるんでしょ?
ただ働き当たり前みたいに言われたらイヤだけど、おんなじように言うのはちょっと違うんじゃないの?

投稿: | 2014年4月22日 (火) 13時06分

労働者は有休を取る権利があって、使用者側は有休の時期をずらす交渉はできるが、休むこと自体は拒むことはできない。

当たり前の仕事かどうか判断するのは、有休の時期をずらす交渉をするかどうかの決定権のある校長で、校長が許可した休暇は、「給料をもらって休んでよい日」

>この教師は給料もらってるのに当たり前の仕事も休んでるんでしょ?

「お客様は神様です」は従業員側の心得であって客が要求するものではない、このことが日本では広く誤解されていますよね。

投稿: おちゃ | 2014年4月22日 (火) 13時16分

高校の先生の件については、結局どうすれば良かったかといえば一年生の担任からはずせばよかったんですよね。
何か事情があったのかもしれないけれど、こんなすぐにわかる最適解を見つけられなかった管理職こそが責められるべきでしょう。

投稿: JSJ | 2014年4月22日 (火) 15時38分

入学式の一日だけが仕事なら任命ミスだと思うけど
入学式の一日が都合がつかないという形式的な事項だけで、一年間の業務で見たら最も適任だったかも知れない人を外さなきゃならんのですかね
大体、高校生にもなって、担任の在不在に生徒がそんなに執着してるとはとても思えないんだけどなあ

投稿: | 2014年4月22日 (火) 16時31分

>入学式の一日が都合がつかないという形式的な事項だけで、一年間の業務で見たら最も適任だったかも知れない人を外さなきゃならんのですかね
それなら、教育長に四の五の言わせず、全力で庇うべきですな。

投稿: JSJ | 2014年4月22日 (火) 17時03分

>それなら、教育長に四の五の言わせず、全力で庇うべきですな。

全面的に同意いたします
校長の保身じみた態度に見えて仕方がない

投稿: 元僻地勤務医 | 2014年4月22日 (火) 17時52分

元僻地勤務医さん、抜けていた主語を正しく読み取って下さりありがとうございます。
読み返してみると、最適解というのも何に対しての最適解なのかも抜けていましたね。
話を丸くおさめるための最適解です。
あえて丸くおさめる道を選ばなかったのなら、その正当性を教育長にあるいは保護者に堂々と主張すべきでしょう。
そして入学式を休むのがけしからんというくらいなら、その叱責を唯々諾々と受けるくらいなら、はじめから担任を外しておけばよいだろうに、という意味でもありました。

教師を擁護する側に対しては特段反論する意思はありません。

投稿: JSJ | 2014年4月22日 (火) 18時39分

教師を擁護する理由付けよりも、教師を非難する理由付こそ必要なのでは?
担任を外してくれと申し出て校長から拒絶された、それならときちんと手続き踏んで
許可もらっただけでなくて、わざわざ文書まで用意したわけでしょう?
ルール以上の努力も払ってんのに一方的に叩くなら理由がいるはず

投稿: | 2014年4月22日 (火) 18時59分

でもどうせ日○組なんでしょ?

投稿: | 2014年4月22日 (火) 20時42分

このエントリの範囲以上の情報は知りませんが、
どこから「校長が保身に走ってる」てことが読み取れるのかさっぱりわからん

投稿: | 2014年4月22日 (火) 23時29分

教育長は保身に走ってると読んでもいいと思うけど

投稿: | 2014年4月22日 (火) 23時35分

>単に都合により欠席とでも言えば騒ぎにもならないでしょうに事細かに事情を説明した校長の対応もどうなのかと思うのですが、

尾木ママみたく前時代的な精神論ぶったはいいけど労働基準法的正論でコテンパンに論破され、しぶしぶ有給を認めざるを得なかったのが業腹なんで腹いせに暴露した、とゲスパーw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2014年4月23日 (水) 10時17分

この記事がわりとくわしい
関係者それぞれ困惑してるっぽい

担任教諭の入学式欠席問題 公と個、浮かぶ本質論
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140420/edc14042018000001-n1.htm

投稿: | 2014年4月23日 (水) 10時37分

高校生にもなる息子の入学式に絶対出席したい担任教師
高校生にもなる子供が、たかだか入学式に担任が不在なだけで不安がってると心配する過保護親
自分の目の前に教師が勢ぞろいしてないと逆ギレする来賓
担任教師の休暇を認めざるを得なかった腹いせに不在理由を曝露した校長
全員がろくでもないと思うわ

投稿: | 2014年4月23日 (水) 11時52分

>高校生にもなる息子の入学式に絶対出席したい担任教師

最近は、高校の入学式に保護者出席を学校側がもとめてくるんですよ。
なので、担任教師は、今年は担任を外してくれって言ってたわけですね。
自分の息子の入学式に出席しなかったら、高校側の自己否定になっちゃいますから。

>担任教師の休暇を認めざるを得なかった腹いせに不在理由を曝露した校長
不在理由を公にしたのは、責任感からやむを得ず生徒への手紙まで準備した、担任が外れなかった教師の義務感であって、べつに暴露したというのと違うと思います。公にしなくてよい、と公にしてはならない、は違いますので。

その他は同意します。

投稿: おちゃ | 2014年4月23日 (水) 13時02分

「ファーストレディーとしての責任だけでなく、母親としての責任もある」。
ローズ米大統領副補佐官(戦略広報担当)は21日の記者会見で、
23日からのオバマ大統領の日本訪問にミシェル夫人が同行しない理由を、
学校に通う2人の娘が休暇中でないからだと説明した。

*+*+ jiji.com +*+*
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014042200057

投稿: | 2014年4月24日 (木) 06時29分

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