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2014年4月

2014年4月30日 (水)

認知症老人鉄道事故の余波

先日の認知症老人の鉄道事故で遺族である91歳の妻に対する巨額賠償金請求が名古屋高裁で認められた件で各方面に反響が続いていますが、同種の裁判に関してあまり聞かないのは鉄道会社が損害賠償請求を怠っているからではなく、ほとんどの遺族は和解に応じて金銭の支払いに同意しているからなのだそうで、興味深いのがこの和解による賠償金額が最終的に100万円ほどに落ち着くケースが多いのだそうです。
鉄道が止まることによる経済的損失はとてもそんな金額で収まるものではないでしょうから、要するに鉄道会社としては損害賠償をとったと言う名を得ることを優先しているということなのでしょうが、想像するに遺族に多大な迷惑がかかるという評判を維持することによって鉄道自殺などを抑制したいという意図があるのかも知れません。
いずれにしても今回請求された側も介護認定を受ける高齢者であるにも関わらず監督義務があるとされ、家族の助けも得た上で介護義務を果たせない状況ではないとして賠償が認められたのですから、苦労して努力もした結果こうした不利益を被るのであれば最初から介護義務など放棄した方がマシではないかと考えてしまいがちですが、国策を議論する場においてもこの件に関して国策との乖離を指摘しているようです。

医師会が徘徊事故の損害賠償判決を批判、「地域でみるなんてできない」(2014年4月28日官庁通信社)

認知症で徘徊していた高齢者が電車にはねられて亡くなった事故で、85歳(当時)の妻に約360万円の損害賠償を命じた名古屋高裁の判決について、介護の専門家でつくる社会保障審議会でも反発の声があがった

日本医師会の高杉敬久常任理事は28日の会合で、「認知症の高齢者を地域でみるという政策が進んでいる一方で、ちょっと目を離したすきの列車事故で賠償を命じるなんておかしい」と批判。「こうしたことがきちんとされない限り、地域で認知症をみるなんてまったくできない」と訴えた。

「認知症の人と家族の会」の田部井康夫理事も、「絶対に納得できない」と反発。「JR東海に損害が発生したのは確か。それを社会がどう補填するか、その仕組みを議論すべき」と意見した。

確かに国策によって認知症老人は地域で引き受けるべきだとされている中で何とも微妙な判決でもありますし、国としても正直これは困ったと言う判決でもあるのでしょうが、問題の本質として高齢認知症患者だから問題なのか、それともそもそも鉄道事故で遺族に損害賠償請求がいくのが問題なのかと言う点で今ひとつ認識が割れているようにも感じますがどうでしょうね?
一般論として鉄道事故に限らず何かしら大きな影響を与える事故が起こったと言う場合、その損害賠償を当事者に請求すると言うのは被害者にとっても十分な賠償の支払いを受けられない可能性が高まると言う点で、基本的にこうしたことには保険なり公的補償なり確実に支払いが見込めるやり方で対応するようにした方がより大きな社会的正義が実現すると考えられると思いますね。
ただ鉄道事故の場合もそう言う側面があるようですが、こうした損害賠償の類を懲罰的なものと捉える考え方が未だに多く残っていて、要するに刑事に及ばないものを民事で解決することで被害者感情を満足させると言うことなのだと思いますが、本質的にこれらは別々のものであり代用すべきものでもないはずです。
この辺りの感覚は医療訴訟などでもすっかりおなじみのものだと思いますが、そうした問題を考える上でも先日少しばかり目に付いたのがこちらの不幸な火災事故の件なのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

火災現場の住所間違え消防放水3分遅れる 86歳女性死亡も因果関係は否定(2014年4月22日スポーツ報知)

 東京消防庁は21日、東京都北区で3月下旬、女性(86)が死亡した住宅火災の際、現場住所を取り違える連絡ミスがあり、放水開始が約3分遅れたと発表した。

 同庁によると、3月23日午後1時15分ごろ、北区東十条の木造2階建て住宅から出火。2棟が全焼し、マンションなど2棟の外壁が焼けた。近くの住民の通報で、現場から約20メートルの距離にある王子消防署東十条出張所から、男性小隊長(57)が直行。小隊長は住所を確認、出動指示は本庁が行う仕組みのため、出張所にいったん戻り、通信勤務員(20)に住所を伝えた。

 その際に通信勤務員が聞き間違え、住所の号数字が誤って本庁に伝わった。出張所から出動した消防車は、現場から100メートル以上離れた消火栓にホースをつなぎ、午後1時半に放水開始した。連絡ミスがなければ、女性宅から約40メートルの場所にある直近の消火栓を使い、約3分早く放水を始められたという。

 同庁によると、署員は現場住所をメモに記録するようマニュアルで定められているが、小隊長はメモを所持していなかった。一般的な消防車の放水量は毎分500~600リットルという。

 女性の遺体検証の結果などをふまえ、管轄する王子消防署の新井進署長は「ミスと死亡との間に直接の因果関係はないと推定している」としている。同署幹部は17日に遺族に謝罪した。

お亡くなりになった方は残念だったとは言え、実際問題3分では恐らく消火活動の結果に大した違いはないはずですし、恐らくこれによって今後紛争化することもないと思いますが、例えばこれが医療事故であったとすると訴えられる可能性が決して少ないものではないし、仮に訴えられた場合は過失によって結果が変わった分は賠償しなければならないとして一定額の賠償金を命じられる可能性は大いにあるんじゃないかと思いますね。
他方で全国的にこの種のちょっとした過誤による消防活動の遅れは確率的にも一定数発生しているはずですが、それが裁判沙汰になると言うことがほとんどないのは一つには国民感情として消防活動にはこの程度の期待値が求められる、それに達していなければミスだ、賠償だと言う受け取り方をしていない、そして消防活動は医療よりも個人個人の顔が見えにくく特定の誰かを訴えたいと言う気持ちにはならないからだと言えそうです。
この点で日本の医療が崩壊に追い込まれるほど医療訴訟が頻発した原因の一つとして主治医制なるものの存在を考えずにはいられないのですが、「僕に任せなさい」と全部引き受けた以上は何か期待以下の結果が出れば「あいつが悪い」と思われてしまうのはいわば必然で、これが完全交代勤務制でいつも違う医者が入れ替わり立ち替わりであれば少なくとも個人の責任追及=懲罰感情には直結しにくいんじゃないかと言う気がします。

こうして考えてみると冒頭の鉄道事故にしても老妻と言う個人だけが全ての責任を問われる体制になっていたことが最大の問題で、少なくとも特定個人の責任を問われないレベルにまで責任の分散を図っておくべきだったかと思うのですが、その方法論として考えてもやはり家庭内に閉じ込めての介護よりは、施設等で組織として集団体制で面倒を見ると言ったやり方の方が安全であるとは言えそうですから困りますよね。
認知症老人の事故と考えてみると、例えば老人が突然目の前に飛び出した結果運転手がハンドル操作を誤り激突死と言ったケースで老人が純然たる被害者とは誰も思わないでしょうが、こういったより責任追及を受けやすい場合もあり得ることを想定してみれば、鉄道会社が損害賠償請求をするのがおかしいで済む話ではないし、老人なり家族なりの責任を追及すればいいと言う話でもないでしょう。
その場合保険なりで少なくとも経済的な損失だけでも十分に補償できれば、人間冷静になって考えれば相手にもそれなりの事情はあってと納得出来る間口も広がるはずで、国策として地域に老人を帰すのであればセットで何かあったときに責任は公的に引き受けると言う姿勢も必要だろうと言うことです。
もともと人間立場上の対立が感情的対立にどうしても結びついてしまう生き物なのですから、やはり賠償の要求と個人への責任追及が直結するような制度では余計な感情的対立を煽るだけになりかねず、その過程で誰もがもっと不幸になるだけだと言う気がします。

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2014年4月29日 (火)

今日のぐり:「はま寿司 倉敷水江店」

教師の威厳が損なわれて久しいと言いますが、先日まだまだ捨てたものではないと思わされるニュースが出ていました。

オバマ大統領も夢中の「大人気ドラマのネタをバラすぞ!」と教師が生徒を脅す → 以来教室がすっかり静かになった件がドラマファンの間で話題に(2014年3月29日ロケットニュース24)

ガヤガヤとうるさい教室を静かにさせるのに、先生たちはいつも大わらわである。“静かにしなさ~い!” と叫んでも大騒ぎを続ける生徒たちを大人しくさせるために、ある教師が「静かにしないと大人気ドラマのネタをバラすそ!」と生徒を脅していたことが判明し、当ドラマファンの間で話題となっているのである。

・生徒たちは『ゲーム・オブ・スローンズ』の大ファン
ドラマのネタバレを盾に、生徒に静かにするよう言いつけたのはベルギーの匿名数学教師だ。生徒たちがどうしてもネタバレされたくないドラマというのは、世界中で大ヒット中のスペクタクル超大作ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』である。米オバマ大統領も夢中になっているという本作は、ジョージ・R・R・マーティン原作の「氷と炎の歌」シリーズを完全映像化した傑作ファンタジードラマだ。
物語の舞台となるのは、夏と冬が不規則に数年間続く架空の世界 “七王国” 。陰謀と策略にまみれた美男美女が玉座を巡り壮絶な戦いを繰り広げる本作は、映画顔負けの圧巻の映像美と圧倒的なスケールで描かれ、あらゆる層から絶大な支持を得ているのである。

・「ネタバレするぞ!」と脅したら効果てきめん!
そんな『ゲーム・オブ・スローンズ』の大ファンである生徒の気持ちを知ってか、原作を全て読んでいる先生は「静かにしないと、どのキャラクターが死ぬか黒板に書くぞ!」と生徒を脅したというのだ。そして本気でネタバレすることを証明するために、すでに放送済みのシーズン3で死んだ登場人物を全て黒板に書き出したのである! その結果、ネタバレされたくない生徒たちは静かに授業を受けるようになったそうだ。

ちなみに原作の方は不肖管理人も拝見していますけれども、確かに主要キャラが容赦なく死んでいく物語ですからネタバレはきついですかね…
今日は全世界の教師達に感動と勇気を与えた偉大なる匿名数学教師に敬意を表して、世界中からこれはハンパないと言う英雄達を紹介してみたいと思いますが、まずはいきなりの大物登場です。

海に落ちた71歳漁師、1時間泳ぎ生還 タクシーで帰宅(2014年4月26日朝日新聞)

 24日午後4時半ごろ、宮崎県の日南沖で漁師山下善士(よしお)さん(71)=日南市南郷町中村乙=が船から転落して、行方不明になった。宮崎海上保安部がヘリコプターで捜索する騒ぎとなったが、山下さんはすでに1時間かけて自力で岸に泳ぎ着いていた。その場で疲れて眠ってしまい、その後タクシーで帰宅したため、安否確認が遅れたという。

 海保によると、山下さんは24日午前5時半ごろ、「祥陽丸」(1・3トン)に一人で乗り、目井津(めいつ)港を出港した。沖合約2・5キロでカサゴ漁をしている際、横波を受けて船から転落。連絡がとれなくなった南郷漁協が午後8時40分ごろ、海保に通報。午後10時50分ごろ、海保のヘリコプターが祥陽丸を発見したが、自動操舵で港に戻ってきた船は無人だった。

 救命胴衣を着ていた山下さんは転落後、自力で海岸にたどり着き、そのまま寝てしまった。25日午前4時すぎにタクシーで帰宅し、「家に帰った」と漁協に連絡。無事が分かった。

 海保は「高齢なのに自力で元気に戻ったのはすごい。みなさんも救命胴衣をつけて」と話している。(伊藤あずさ)

ちなみにすでに葬儀の手配まで考えていた家族は「幽霊が帰ってきた」と驚いたそうですけれども、実際にはなかなか周到な計算の元に行動されていたようで、まあ何とも驚くべきお爺ちゃんですよね。
続いてこちらもちょっとびっくりするようなやり方で絶体絶命の危機を乗り越えた少年のニュースです。

【海外:アメリカ】誘拐された少年、ゴスペルを歌って犯人を煩わせ、無事解放される(2014年4月14日日刊テラフォー)

誘拐された少年が、得意のゴスペルを歌い続けて犯人を煩わせ、無傷で開放された。

ウィリー・ミィリック君(10)は、アメリカ・ジョージア州アトランタの自宅前で拉致された。
縛られた状態で車に押し込まれ、3時間連れ回された。
身代金目的の誘拐だったようだ。
だが犯人の誘拐計画は、短時間で幕を閉じ、失敗してしまった。

ウィリー君がポピュラーゴスペルソングを歌い続け、静かにすることを拒否したためだ。
ウィリー君は捕らえられた車の中で、ゴスペルの名曲『Every Praise』を繰り返し繰り返し歌い続けた。
「~♪~神にハレルヤを歌いましょう。ハレルヤは我らが神に贈られるべき。あらゆる賞賛、すべての誇りを神へ~♪~」
心が荒んだ犯人にはゴスペルソングは心乱されるものでしかなかったようで、車を運転しながらイライラが募り、最終的にウィリー君を車から降ろして解放した。

「犯人は車のドアを開けて、僕を外へ放り出したんだ。そして、このことは誰にも言うんじゃない、って言った。」
と、ウィリー君は開放された時の状況を地元メディアに話した。
賢いウィリー君が犯人のそんな言いつけを守るはずもなく、誘拐未遂とゴスペル音楽で降伏したへなちょこぶりが、全世界に暴露されてしまった。

警察は現在この男の行方を追っている。

思わず漫画かよ!と言いたくなるような展開なのですが、しかし本当に歌一つで人生動かしたのですから大変なものですよね。
こちら同じくアメリカから母は強しと言うニュースではあるのですが、強いにしても程度があるだろうと言う気がしますがどうでしょうか。

ピット・ブルが2歳女児を襲う…母親が反撃、犬の耳を食いちぎる(2014年4月26日HUFF POST NEWS)

テキサス州アルビンで3月、近所で飼われていたピット・ブルが2歳の女児マッケンジーちゃんを襲った。
女児の母親チェルシー・キャンプさんは、娘を助けるために必死で抵抗。
まず自分のこぶしを犬の口に押しこみ、次に、犬の耳に噛みついて食いちぎった。

チェルシーさんは犬と格闘しながら警察に通報。駆けつけた警官が発砲したが犬は死ななかった。
犬は後に安楽死させられたという。

マッケンジーちゃんは母親の奮闘のおかげで一命を取りとめたが、顔に傷を負った。

ちなみに元が闘犬用のピットブルは飼い主にすら牙をむくという闘争心で有名で、アメリカでは飼い犬のわずか5%のピットブルが死亡事故の6割を占めると言いますからよく助かったものだと思います。
こちら同じく犬による被害を被ったと言う点では共通するのですが、自ら進んでその境遇に甘んじたという点ではむしろ精神的によりタフであると言えるかも?知れません。

マラウイ男性、ハイエナに生殖器を食われた 金持ちになりたいのが原因(2014年4月2日新華ニュース)

 31日付の英紙「デイリー・メール」によると、呪術医がマラウイ在住のChamangeni Zulu(男性)さんに「体の器官を失ったら、金持ちになるよ」と伝えたところ、彼は裸のまま、森に入ったところ、ハイエナに足の指3本と生殖器を食われたという。

 現地時間3月24日未明4時、Zuluさんがザンビアの森に入った。体は裸にならなければならないと言われ、ハイエナ1匹が私に近づき、私の足の指を食べ始め、最後に生殖器さえも食べられてしまった。と話した。

 Zuluさんは、「呪術医はどの様に体の器官を失うことになるのかはっきり言ってくれなかったが、重要な器官を失ってでも、金持ちになりたいのだ。」と明かした。

 彼は現在、マラウイ国境線付近にあるザンビアのChadiza病院で治療を受けている。

この偉業?によって金持ちになれるかどうかは判りませんが、少なくとも有名にはなれたんじゃないかと言う気がします。
最後に取り上げますのはご存知ブリからの例によって斜め上な話題ですが、まずは黙って記事を紹介してみましょう。

英10歳男児がクラスの男子を強姦(2014年4月24日テックインサイト)

北ウェールズのコルウィンベイで2年前、10歳の少年がクラスメートの男子をレイプする事件が発生した。その裁判がこのほど始まったが、「オンラインポルノを見ているうちにムラムラしてきた」との供述はすべての大人に深い衝撃を与えている。

ウェールズのコルウィンベイのある小学校で2年前、当時10歳の男子児童がクラスメートである1人の男子をトイレに連れ込み、性行為に至った。その事実が発覚したのはつい最近のこと。被害を訴え出た少年は、「話せばゲイだと噂を立てられるに違いない」として、2年間その出来事を誰にも打ち明けられずにいたというのだ。学校、地域PTA、教育関係者らのすべてが注目する中、「モールド・クラウン裁判所」でその裁判が始まった。

加害者とされる少年の側は一貫して無罪を主張している。「国語(English)の授業中に隣の席のその子に“ねぇ、僕と性行為をしてみようよ”と声をかけ、休み時間になって一緒にトイレに入った。レイプではない」としている。ただし被害者とされる少年の側は「“やめて”と言った後も10秒間くらい行為を続け、“なんだよ、パーティは始まったばかりじゃないか。楽しくやろう”と言われた」と述べ、レイプに他ならないと訴えた。被害にあった子はクラスの中でもいじめられっ子で、性的暴行の対象にされたのもいじめの一種だという見方がある一方で、性的に早熟なところが見え隠れしていたとの意見も。裁判は両者一歩も譲らない展開となっている。

また少年が性衝動に走ったきっかけは、「インターネットでオンラインポルノを見ているうちにムラムラしてきた」というもので、少年がかつても被害者の子に「デートしない?」と誘っていたことも分かってきた。有罪とみなされた場合、幼いだけにどのような処分となるものか注目が集まっているが、オンラインポルノのような有害なサイトからいかに子供たちを守り健全育成を図るか、非力さと限界を感じている大人も多く、18歳未満がポルノサイトを閲覧できないような徹底的な規制を求める声は高まるばかりだ。

いやもう、これはどこから突っ込んだらいいものやら判らないと言いますか、突っ込んでしまったから負けなんだと申しますか、ポルノサイトがどうこうと言う問題なのでしょうか?
それにしてもブリ的紳士道が幼小児からのたゆまぬトレーニングをもって初めて完遂されるものであるとは知っているつもりでしたが、この不毛な裁判を裁く方もげんなりでしょうかね。

今日のぐり:「はま寿司 倉敷水江店」

倉敷駅北側のイオンモールに隣接するこちらのお店、集客力の大きい施設であることに加えて比較的飲食店の少なかった地域だからでしょうか、昨年末の開業ながらすでに盛況のようですね。
以前に同系列他店に行ったことがあって、100円系の回転寿司にしては割合にネタがしっかりしていると言う印象を受けたのですが、今回も適当に目に付いたものをつまんでみました。

真鯛と言いますからもちろん鯛に見える何かではないのでしょうが、国内産活け締めをうたいちゃんと鯛の味がするのはありがたいです。
定番のサーモンを西京味噌炙りで頼んでみましたが、もうちょっとしっかり味噌を効かせても良さそうにも思いますがこれくらいがくせがなく万人向けでもあるのでしょうか。
そろそろ初鰹の季節ですがこちらの鰹の香味炙りなるもの、鰹自体の味はスーパーで売っているレベルですがこの洋風のあしらいはなかなか面白くて、本日のベストに推しておきます。
いとより鯛の天ぷらは握りで用意されていますが、味云々よりほぼ食感を楽しむものと言う感じでちゃんと江戸前っぽくクリスピーに仕上がっているのはよろしいですね。
生しらす軍艦はちょっと生姜が強すぎるのと、妙にしらすに苦味があるのは残念ですし、カリフォルニアロールは作り置きなのか酢飯がカチカチと、むしろ回転らしいメニューの方がちょっと今ひとつでしょうか。
エビとブロッコリーのタルタルサラダは少しブロッコリーがくたびれているのが気になりますが、出しゃばりすぎないソースの加減は好みでサイドメニューとして悪くないですね。
豚汁は好みとしては野菜がもうちょっと欲しいところですが、味噌汁系として意外に出汁と味噌のバランスは悪くないものでした。
締めの玉子は味はやや辛口、大振りの仕立てはなかなか食べ応えはあるものです。

こちらの場合価格帯から考えるとかなりネタは頑張っているとは思うのですが、それに対して圧倒的に不満が残るのはオペレーションの方で、例えば空席が多いにも関わらず客席になかなか誘導されず行列待ちが長いというのはイライラが募る要因ですよね。
このあたりは見ていますとカウンター席が多いからなのかグループの方針なのか単に手が足りていないだけなのか、席は即座に埋めず何グループ分かをまとめて入れているようなのですが、とにかく席を空けないように強力に誘導しているスシローなどと方針が違うというのは、満席にしてしまうと厨房の方の手が足りなくなってしまうせいなのでしょうか。
実際辛うじて回っている寿司も幾らか残っているもののオーダーの通りは相当に悪く厨房能力の限界を感じさせますが、まあこうした低価格点のコストのうち大きな部分は人件費なのだし、どこに金をかけてを削減するかは店ごとの戦略と言うものではありますよね。
その目で見ると醤油皿すら用意されていない店内もさることながら、トイレなども設備面はさすがに整っているものの、見た目レベルでもまったく高級感を無視した割り切り方はすごいと言えますし、ともかくも安く寿司を出すことに特化している感じですから、こういうお店は店頭で食べるよりは持ち帰りで食べた方が気分良く味わえるものなのかも知れませんね。

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2014年4月28日 (月)

介護のディスカウントは結局利用者利益になっていない?

先日認知症老人が徘徊中に線路に入り込み列車にはねられた事件で、JR側から介護を行っていた妻への損害賠償請求を認めた高裁判決が出されたことが大きな話題となっています。
国策として病院から介護施設へ、さらには在宅へと医療・介護領域でのコスト削減を大々的に強いられる中で、頑張って自宅で介護を行ってもこうした結果になるのであればやはり施設なり病院なりに預けておいた方が楽であり安全でもあると考えるのは当然ではあり、またそもそも列車事故の場合に遺族へ巨額の損害賠償請求を行うと言う慣行がどうなのかと言う議論もかねてあるところですよね。
そんな中で今後ますます需要が増えると予想される一方で深刻な人手不足が解消しないままだとされる介護業界に関して、確かにこれでは人手不足にもなるだろうなと思われる報道が相次いでいます。

介護職の賃金 平均より約9万円低い(2014年4月23日NHK)

介護施設で働く人の賃金について労働組合が調べたところ、月額の平均で20万円余りと全産業の平均より9万円近く低いうえ、サービス残業をしていると答えた人が半数以上に上りました。
組合は「このままでは人手不足がさらに深刻化する」と指摘しています。

この調査は労働組合の全労連が全国の介護施設で働く人を対象に調べたもので、6300人余りから回答を得ました。
それによりますと去年10月の時点で正規職員の賃金の平均は月額で20万7795円と、すべての産業の平均(29万5700円)よりおよそ8万8000円低かったことが分かりました。
また、サービス残業をしていると答えた人が61%に上り、月に10時間以上、サービス残業をしているという人も23%を占めました。
さらに、去年3月までの1年間に有給休暇を取得できたか聞いたところ、21%の人が「全く取得できなかった」と答えたということです。
全労連の根本隆副議長は「賃金や労働条件が低いままでは離職者がますます増え、人手不足が深刻化する。国は介護報酬を引き上げるなど処遇改善を図っていくべきだ」と話しています。

<介護職>低い賃金で疲弊 相次ぐ離職「仕事夢ない」(2014年4月27日毎日新聞)

 過酷さの割に賃金が低いと指摘される介護職。政府も手は打ってきたものの、依然、他業種との格差は埋まらない。人材確保には、賃金アップか外国人の活用か--。ここへきて国の姿勢も揺れている。【遠藤拓、佐藤丈一、中島和哉】 

 常夜灯がぼんやり照らす廊下を、おむつやタオル、ごみ箱を積んだ台車が行き来する。11日深夜。東京都葛飾区の特別養護老人ホーム(特養)「葛飾やすらぎの郷」に勤めて3年目、生活援助員の宮崎梓さん(22)の夜は長い。
 1フロアには約40人が入居する。大半は80~90歳代で7割は認知症だ。同僚と2人、一晩で4回は巡回し、おむつを替え、トイレを介助し、体位を変える。消灯後も徘徊(はいかい)する人はいるし、繰り返し呼び出しボタンを押す人もいる
 ひと息つけるのは午後11時の食事と2時間の仮眠の間だけ。「朝方トイレに行きたくなりそう。でも、呼ばないようにする」。そう気遣う女性入居者に、宮崎さんは「気にしなくていいんですよ」とほほ笑んだ。
 月4~5回の夜勤日は、午後5時前から翌朝10時前までの勤務。しかし、この日は引き継ぎ書類の記入やシーツの交換に追われ、朝食にありつけたのは昼近くになっていた。

 ◇平均を9万円下回る

 正規職で介護福祉士の資格を持つ宮崎さんの月給は、手取りで約18万円。15万円を切るという同業の友人よりは「恵まれている」と感じる。とはいえ、介護労働者の賃金は他業種に比べて低い。全国労働組合総連合のアンケート調査(昨年10月)では、手当を除く正規職の平均賃金は20万7795円。厚生労働省調査の全産業平均(29万5700円)を約9万円下回る。
 長らく介護は主婦による家事労働とみなされてきた。職業としての確立が遅れ、低賃金から抜け出せない。介護労働安定センターによると、介護職の離職率は17.0%(2011~12年)で、全産業平均(14.8%)を上回る。求職者1人に働き口がいくつあるかを示す2月の有効求人倍率は2.19倍。全産業平均(1.05倍)の2倍だ。
 「家族を養えないからな」。首都圏の介護施設に勤める30代の男性介護福祉士は、結婚を機にそう言って「寿退社」していく仲間を大勢見送ってきた。この道7年目。専門学校の同期80人のうち、続けているのは十数人。自身の手取りは初任給から2万円ほど上がり、ようやく月約23万円となった。が、同業の妻は初めて産んだ子の育休中。共働きでなければ生活は成り立たず、保育所を確保できるかが不安でならない。
 「仕事に夢を見られない。このままなら、なり手はどんどんいなくなる」
 日本海に臨む金沢市郊外の特養「やすらぎホーム」。入居する母(83)の昼食介助に隣の石川県野々市市から訪れる主婦(64)は通ううちに介護職員の疲弊を知り、入居者の家族と職員の処遇改善を求める署名に取り組むようになった。
 母親が入居したのは06年10月。脳梗塞(こうそく)で半身不随となり、食事、排せつなどすべてに介護が必要だ。感情が高ぶるとパジャマを歯で切り裂く。そんな母をてきぱき世話してくれる職員たちも、入居当初からの顔なじみは3人に1人ほど。慣れた頃にはいなくなるからだ。この主婦は訴える。「親の面倒を見るかのようにしてくれた職員が、どんどん辞めている。専門職にふさわしい給料が必要です」

介護業界などもしばしば3Kだ、4Kだと言われますけれども、責任感もあり仕事に熱心な人ほどより多くの仕事を抱え込み身動きも取れなくなってしまい、結局仕事を続ける事が出来なくなると言うことがままあるようで、離職者が続出しても給料が安い以上新たな新規採用をかけることも難しく、ますます一人あたりの負担が増え離職者が増えると言う悪循環に陥っているようです。
基本的に医療と同様に介護も公定価格でやっている業界ですから、介護報酬による限られた収入の中で運営コストを捻出し設備投資等も行いつつ人件費も賄わなければならない以上給料の上げ下げもそう任意で行えるものではないのでしょうが、国としても過去に幾度か介護報酬を上げているにも関わらず未だに低賃金が横行しているというのは、適切なフィードバックに基づく報酬設定が行われていないせいでしょうか。
介護も国家資格職としての側面があって、今後明らかに就職先としての魅力に乏しい状態が続くということであれば資格を取ろうというモチベーション自体が下がっていくでしょうし、また有資格者が幾ら増えても実際には就業していない人ばかりが増えてくるのでは意味がないことで、今後ますます増えていく利用者にとっても何とも不安な状況であると言えるでしょう。

公定価格によって報酬が決まっていると言う点では医療もそうなのですが、基本的に月々決まり切った介護を行い定額の報酬を得ると言うスタイルの介護と違い(それはまあ、毎月施設の支払いが激変していたのでは利用者も大変ですからね)、医療の場合は出来高報酬であってその気になれば原理的に幾らでも収入を増やすことも出来るし、実際に数々の厳しい診療報酬改定を経ても各医療機関はしぶとく生き残っています。
医療の世界においても昨今定額払いシステムが取り入れられてきていますが、これも当然ながら不確実性や多様性の高い医療という行為に対応出来るよう様々な抜け道があって、うまくやれば出来高払い以上の収入を得ることも出来るわけですから、やはり自分達が何をどれだけやるかを自分達で決めることが出来る医師最強と言うことですよね。
介護の側ではこうした自由度はあまりないでしょうが、実は混合診療が未だ原則的に認められていない医療と違って介護保険による以外のサービス提供も認められていて、こちらでは全額自己負担の収入が得られるわけですからうまく行えばスタッフの待遇改善にも役立てらる理屈なんですが、問題は付加的サービスに対する付加的コスト負担を利用者がどれだけ受け入れるかですよね。
実際にお金持ちに対して高負担高サービス提供を行っている施設もありますが、一般にはこうした施設への利用者はそうそういない一方で付加的コストの少ない施設は入居待ちの行列が出来ていると言う状況であって、要するに業界全体で利用者のためによかれと思って安売りをしていることが結局は適正な利益を上げられず自分の首を絞め、利用者にも不便を強いることになっていると言ってもいい状況です。

行列待ちが出来るほど需要があるのだから売り手優位であるはずだ、それなら介護事業の永続性を担保するためにももっと業務に対する適正なコスト負担をお願いしてもいいんじゃないかと言う考えは妥当ではあるのですが、この点で日本では介護施設よりも病院に入れている方が家族にとっては安上がりかつ安心出来る、そして病院側も「施設が一杯だから」とついつい空きが出来るまで引き受けてしまうと言うことがありがちですよね。
介護施設利用のコストが引き上げられれば当然この傾向に拍車がかかるはずで、幾ら厚労省が長期入院お断りと言ったところで引受先の施設が見つからないのだからと言う話になりかねませんが、このあたりはやはり医療と介護を別々のものとしてしまったことが話をややこしくしている一因でもあって、患者の全人生においてトータルに医療・介護のコスト負担をしていただくと言う考え方の方が妥当なのかも知れません。
ただ介護コストの増大は社会保障支出の削減を図りたい国としてはおいそれとは飲めない話であることは過去の介護報酬のしみったれた上がりっぴりを見ても明らかで、そうなると介護報酬が上がり提供側の体制が充実しても無制限にそれを使ってしまうと言うことのないよう、一定の歯止めが必要になってきそうですよね。
海外などでは一人あたりに使える生涯の医療サービスの総額が決められていて、使わずに亡くなった分は家族へ譲ることが出来ると言ったやり方で医療需要を抑制している国もあるようですが、例えば総額年間幾らのポイントを急性期で使えば数ヶ月で使い切ってしまうが、療養型から介護施設と下がっていくに従いポイント消費が減って翌年以降に貯めておくような制度なども考えられるのでしょうか。
その場合ポイントが切れたから直ちにこれ以上は入院させられませんと強制的に放り出すのはさすがに現代日本ではやりにくいでしょうが、例えばポイント消費に連動して医療費自己負担分が増減するなり経済的な面でのインセンティブがあると言うことであれば多くの海外諸国と同様、「いやこれ以上は自分達には負担できないから」と自らサービス提供を抑制する動機付けにはなっていくかも知れません。

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2014年4月27日 (日)

今日のぐり:「庄や 岡山駅前店」

ちょうど先日オバマ大統領が来日したときに安倍総理と会食したと言う報道がありましたが、何やらその情報が妙な具合に伝わっているようです。

オバマ大統領が「ラーメン二郎」訪問!? 「3万円分、完全に致死量」「マシマシ注文で首相驚き」ネットで妄想盛り上がる(2014年4月24日J-CASTニュース)

  来日中のオバマ米大統領が、安倍晋三首相らとの会食で東京・銀座のすし店「すきやばし次郎本店」を訪れ、最低3万円のすしに舌鼓を打ったと報じられているが、この「じろう訪問」ネタでネット上が異様な盛り上がりを見せている。
   脂たっぷりのスープに高くそびえるもやし、分厚いチャーシューなどのトッピングや、「ニンニクマシマシ」といった独特の注文方法で知られる「ラーメン二郎」でオバマ大統領が会食、という妄想ネタが相次いで投稿されているのだ。

「二郎訪問コラ画像」が6000リツイート超える

   2014年4月21日、オバマ大統領らが「すきやばし次郎」で会食するという報道が出たが、これを受けてツイッターでは「一瞬『二郎』と空耳ってしまった」「ラーメンかと思ったら寿司ねwww」「いっそ二郎でやれ」などとまず盛り上がった。
   そして23日夜の、安倍首相とオバマ大統領が「すきやばし次郎」が会食しているショットがメディアに公開されると、さっそくこれをもとにした「コラージュ写真」がツイッターに投稿された。二人が並んで座っているすきやばし次郎のカウンターに、なんと「二郎」のラーメンの画像をコラージュした写真だ。「オバマ氏は初めての来店にもかかわらず『マシマシ』を注文し首相を驚かせた。ブタについて交渉を優位に進めたい思惑がある」とニュース風の文章を付けたことも受け、10時間足らずで6000リツイートを超えるほどの話題となった。
   その後も「オバマ3万円分の二郎 完全に致死量です本当にありがとうございます」「オバマ『I know,Ninnniku Mashimashi,Yasai,Abura,Karame,please.』」「オバマがジロリアンになった結果、ラーメン二郎の輸入関税が0%に」などネタツイートが次々と投稿され、ますます盛り上がっている。

ちなみに二郎のラーメン並盛り一杯で確実に一日摂取カロリーの過半数を突破すると言う試算もあるそうで、3万円分ともなるとどれだけなのかと言う話なんですけれども、さすがに大食家の珍しくないアメリカで頂点に立つだけのことはあると言うことでしょうかね。
今日は敢えて健康を賭してのチャレンジを行ったオバマ大統領に敬意を表して混ぜるな危険とでも言うのでしょうか、それとそれとは組み合わせちゃいけないコラボを敢えてやってみた勇者達の話題を取り上げてみましょう。

【マジかよ】肝だめしと婚活が合体! 廃病院から脱出するという設定で「怖すぎる婚活イベント」が開催されるぞ~ッ!!(2014年4月24日ロケットニュース24)

婚活といえば、トキメキとワクワクと求めて参加するものである。一生を添い遂げることのできる相手と出会うために、合コンや婚活パーティを楽しむ人も多いはずだ。

・怖すぎる婚活イベント!?
ところが、総合婚活サービスのIBJは最近トンでもない企画を実施すると発表した。その名も「怖すぎる婚活イベント 肝だめしコン」である。婚活パーティに肝だめしの要素をプラスしたというのだ。これ本当に出会いに結びつくのかよ!? 大体「怖すぎる婚活」って、そういう意味で怖いじゃねえだろッ!

・男女10名のグループ
この企画は、同社が映画『呪怨 – 終わりの始まり – 』とコラボレーションしたものだ。男女10名ずつのグループが廃病院を舞台にして、各フロアに仕掛けられた謎解きをするそうだ。肝だめしが前提なので、恐怖の仕掛けも用意されているという。

・わざわざ恐怖度を設定
しかも、開催時間によって「恐怖度」が設定されており、怖いものが苦手という人は「恐怖度1」、全然平気という人は最高ランクの「恐怖度4」に参加することができるそうだ。そこまで設定されてるのなら、婚活いらないでしょ! 怖いものが見たくて「婚活パーティーに行こう!」とはならないのだから……。

・「吊り橋効果」という話もある
ちなみに恋愛においては「吊り橋効果」と言われるものが有名だ。ドキドキを共有した相手とは、親近感が高くなり、恋愛に発展するというケースも珍しくない。その点を考えると、この婚活パーティーはアリなのか? 女性にとっては根性のない男性を見抜くのには適しているかも。

・出会いは「怖すぎる婚活」
とはいえ、同社のリリースには「悲鳴の数だけ出会いがあるかも!」と書かれているが、そんな訳ないでしょッ! もし仮に、この婚活で出会いがあったとして、ゴールインした2人は結婚式で、「出会いは怖すぎる婚活でした(照)」とでもいうのかよッ!? 
ちなみに参加条件は男性20歳~36歳までの方、女性20歳~34歳までの方とのこと。40代は参加することさえできない、ガックシ……。

元記事にあるポスターからしてすでに婚活企画としてどうなんだと突っ込みが入らざるを得ないものなんですが、しかし素朴な疑問として廃病院って怖いものなんですかね…?
こちらも思わず号泣必死と言うものではあるのですが、何もそこでと言う斜め上なコラボを伝えるニュースを紹介してみましょう。

ホラー過ぎてドン引きする「怖キャラ弁」の作り方。(2014年4月12日秒刊サンデー)

キャラ弁と言えば、お弁当を食べ物の素材で、あたかもキャラクターのように仕立てあげる弁当の芸術作品であるが、こちらのキャラ弁は身の毛もよだつようなとんでもない作品だ。おそらく開けた途端に恐怖のあまり食欲を失うはずだが、ある意味インパクトが大きく印象に残るような弁当になるのではなかろうか。エイプリルフールの弁当にいかがだろうか。

こちらが問題の恐ろしいキャラ弁である。目玉はウズラの卵で作られており、海苔やケチャップといった素材で髪の毛、血などを表現している。また御飯も立体的な表現にすることで、より人体に近い形状を表しリアルな怖キャラ弁を作成しているようだ。やはりケチャップを血に仕立て上げるのは常套手段なのだろうか、非常に恐ろしいものだ。

もし過程で弁当を作ることがあれば、ちょっと相手にささやかな怒りをぶつける際に使えるのかもしれない。あまりささやかな攻撃方法とは言えないが。

その詳細は元記事の画像を参照いただくとして、これを子供の弁当に用意すれば周囲も巻き込んでの大惨事ですし、大人の弁当にしても嫌がらせかとしか受け取られそうもないですよねえ…
子供つながりでこちら意外なところから意外なアイデア商品という話題ではあるのですが、冷静に考えてみますとやはりこの組み合わせには何故?と言う疑問を感じざるを得ません。

子どもを肩に乗せて「ポンッ」 子どものおしりが伝統楽器に変わる「小鼓パンツ」がユーモア満点(2014年4月21日ねとらば)

 小さな子どもを肩に乗せたときの姿が、日本の伝統楽器「小鼓(こつづみ)」を叩く演者の姿と重なって見える――。そんな発想から生まれた「小鼓パンツ」がユニークです。

 「小鼓パンツ」はおしり部分にセンサーとスピーカーを仕込んだパンツ。動画では子どもを肩に乗せ「いよーっ」とおしりを軽く叩くと、「ポンッ」と太鼓の音が響いています。途中で子どもが足をじたばたさせたり、一緒に「いよーっ」と合いの手を唱え始めたり。なにこの小鼓かわいい。

 日常の何気ない行為が楽しく変身するユーモアあふれたパンツ。開発したのは、燃え盛る本能寺をイメージしたストーブ「本能寺ストーブ」などを考案したデザイナー・佐藤ねじさんです。個人プロジェクト「こどもウェアラブル」という、従来とは違う文脈のウェアラブルを展開中で、小鼓パンツはそのシリーズ第1弾となります。どこかの企業との商品化を目標に、まずはアイテムをいろいろ開発して事例を増やしていくつもりだそうです。

その詳細は元記事の動画を参照いただければと思いますけれども、それにしても誰だよこれ考えた奴は?と思いたくなるシロモノではありますね。
景品で利用価値の高い品が当たったと言えばまあ大抵の人は悪い気はしないものですが、この景品においてそれはどうなんだ?と感じる一光景が話題になっています。

これが秋田のゲーセン!秋田のゲーセン景品が凄いと話題に(2014年4月23日秒刊サンデー)

UFOキャッチャーで商品をゲットしようと試行錯誤して狙うもなかなか手に入れることができず、気づくと3,000円ぐらいつかっていて、どうせなら全部使ってしまおうと5,000円投下するも、気づくと景品をそのまま買ったほうがかえって安くついたのではないかと思い、落胆することもしばしばあるゲームセンターのUFOキャッチャーですが、秋田の景品は格が違います。まさにこれぞ景品と言える、ノスタルジックさを感じさせられます。

なんとそこに置かれているものは「サランラップ」。おいおいこんなもの業務スーパーで買えよとおもうのかもしれないが、ある意味実用的でよいではないか。考えてほしい、景品といえば地域のお祭りなどで出てくるものはこのような「サランラップ」および「ティッシュ」が鉄則なのではなかろうか、従ってこのようなサランラップを出すという行為は極めて「正統派」であり、原点なのである。つまり昔良き時代をそのまま踏襲した素晴らしい景品だ。

―サランラップ値段は300円。

ちなみにアスクルなどの表記によると、サランラップ1つの値段は300円。UFOキャッチャーの値段は100円~300円相当なので、1回で最低1つゲットしなければ元は取れない。ということで、かなりシビアな条件となるが、楽しむことに意義があるわけでそれらのプレイ料金として計上すべきである。

もし、取れなくて悔しい思いをしても業務スーパーで買って帰ることもできますしね。
気になる場所は御所野のイオンという情報があります。
※このUFOキャッチャーのプレイ料金は1回100円だそうです。
(略)

その恐るべき状況は元記事の画像を参照いただければ一目瞭然なのですが、サランラップの隣の台では家庭用洗剤も置かれているようで、秋田県民の実利を尊ぶ姿勢を垣間見る思いがしますね。
最後に取り上げますのは日本であれば明らかにその組み合わせはどうなのよ?と思ってしまうものなのですが、意外に…と評判になっているというニュースです。

【なぜ】海外で「ランドセル」が人気急上昇中!? オシャレで丈夫とファッショニスタがこぞって夢中に(2014年4月25日Pouch)

日本人なら誰しも1度は背負った経験があるであろう、ランドセル。小学生の必須アイテムとして不動の地位を確立しているこの定番中の定番アイテムが、なんと現在海外で、しかも大人の間で、流行しているというのですっ!

サイト『The Billy Files』やTwitter、Instagramなどによれば、ランドセルを愛用しているのは、20代から30代の若い層で、男女問わない模様。共通している点は、皆一様にオシャレさんだという点みたい。
女優で歌手、アメリカで大人気のヤングセレブであるズーイー・デシャネルさんも真っ赤なランドセルを背負って外出するところをパパラッチに激写されているのですが、トレンチコートにウェスタンブーツと妙にマッチしていて、なぜかオシャレに見えるから不思議。
ランドセル愛用者のみなさんは、「オシャレだから」「丈夫だから」といった理由でランドセルを手にとっているようですが、たしかに「丈夫」という点に異論はありません。だって、6年間ほぼ毎日使用することを想定して作られているんですもの。

でも「オシャレ」っていう意見に対しては、個人的には全くそう思えない……。それはおそらく、「ランドセルは小学生が背負うもの」という先入観が強すぎるからなのでしょうが、ね。
そして当たり前のことなのかもしれませんが、やっぱり大人になると、似合う人と似合わない人がいるんですよ、ランドセル。
先に挙げたズーイーさんはよく似合っていたけれど、大柄かつそれなりの年齢の男性がランドセルを背負っている姿には、その、違和感しか感じられないというか。正直、ちょっと変な人に見えるというか。でもでもきっとこの拭いきれないモヤモヤは、私の根深い先入観のせいなんでしょう、ええきっと。

ちなみにPouch編集長が10年前に通っていた大学の同級生(男性)は、異色の個性派オシャレさんで、赤いランドセルを背負って登校していたそうです。よく似あっていたそうで、これは大人ランドセルファッションの先駆けになる! と予想していたとのこと。

画像的にはこちらを参照いただければよろしいかと思うのですが、しかしランドセル自体の多種多様ぶりもさることながら、その思いがけない利用法もちょっと日本人では考えつかないところがありますかね…
まあしかしランドセルと言えば子供用品とは言え確実なスポンサーが見込めるせいか、一部高級ブランドになるとほとんど金に糸目を付けずに性能を追及しているようなところがありますし、子供に乱暴に扱われても下手すれば兄弟使い回しで10年単位でも平気で保っちゃうようなものですから、丈夫と言えば確かに丈夫なんですよねえ…

今日のぐり:「庄や 岡山駅前店」

岡山駅前の繁華な一画にあるこちらのお店、全国展開のチェーン店なんだそうですが看板を見る限り岡山の味も売りのようで、場所柄出張客なども狙っているということなんでしょうかね。
ちなみに間口からすると一見小さなお店のようにも見えるのですが奥行きはかなりあって、しかも地下と二階建て構造ですから入って見ると結構広いことに少しばかり意外性があります。
メニューを見ると少しばかり興味をひかれるものも散見されるのですが、今回は同行の幹事役におまかせにしていましたところどうもセットメニューで出てきたようですね。

刺身はタイにカンパチ、甘エビにマグロ赤身と言ったところでしょうか、ネタ包丁ともまずまずなんですがネタ的には地域性が薄いと言いますか、この時期岡山でサワラがないとはどうなんだと突っ込みが入るかも知れませんね。
チキンサラダはいかにも出来合いっぽいドレッシングの味が支配的過ぎて、せっかくトッピングの鳥自体の焼き加減は良いのに鳥も野菜もよく味がわからないのが惜しいです。
揚げ物焼き物等雑多な盛り合わせが出てきたのですがその取り合わせが面白いと言うか、確かに焼き物だがなぜここにだし巻卵が入っている?と言う気がしますし、ふんわりおからコロッケも面白いんですが食べる分には正直普通のコロッケの方がよかったと言いますか、全体的にちょっと微妙ですよね。
ピザはキーマカレーを使っていてナンに見たてたかと思うのですが、このトッピングだったら生地はこういうアメリカ風よりイタリア風の方が合うかも知れません。
衆目の一致するところこの日一番のインパクトだったのがあんかけそばなんですが、賞味期限が数年前に過ぎて酸化しきったスナック菓子のような麺の匂いがものすごく口元に運ぶのも苦痛が伴うほどで、特に何と言うことのないあんの部分がやたら上等に感じられると一同大評判でした。
全体的にはセットメニューの選択は何とも無国籍で全く岡山っぽくはなかったこともあって、単品であれこれ選びながら頼んだ方がもう少し楽しめるのかなとも言う感じですかね。

個人的にはいつ行っても定番料理が普通にうまいと言う安心安全の店ばかりでなく、時々大失敗してもどんどんチャレンジしちゃうような決して店も嫌いではないんですが、この日に関してはストライクゾーンぎりぎりを狙いすぎてことごとく外したような料理が多かったようで、これがレギュラーのセットメニューであるなら営業戦略的にどうなのかなと言う気はします。
接遇面では居酒屋レベルのマニュアル対応なんですがそれなりに訓練されているのは好印象で、後はこの日はお客は多くはなかったですがフロアのスタッフは必ずしも多くない印象ですから、もう少し混雑した時間帯でのレスポンスがどうなのかですね。
店舗は全体的に小綺麗に調えてあってトイレの設備もそこそこですが、地下のそれに関して言うと押し込めた間取りが少し無理があるのか使い勝手が悪いかなと思うのと、卓上調味料が売り物のパッケージそのままなのはこだわりのセレクションをアピールしているのかも知れませんが、個人的にはちょっと色気がない気はしますでしょうか。

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2014年4月26日 (土)

韓国旅客船沈没事故に関わる斜め上な話題

未だに救助作業の続くお隣韓国の旅客船沈没事故では国を挙げての大騒動になっているそうですが、その最中にこんな発言があった!と一部マスコミが取り上げているようです。

「急旋回で学校が転覆しないように」石川・輪島市教育長(2014年4月24日朝日新聞)

 石川県輪島市の吉岡邦男教育長が23日の県教委の会合で「3等航海士のような輪島市教委だが、学力向上に向け急旋回でかじを切ることで学校が転覆しないように」と述べた。韓国南西部・珍島(チンド)付近で起きた旅客船沈没事故を引き合いにした発言で、吉岡教育長は24日、朝日新聞の取材に「県と市がお互いの責任を果たすべきだという教訓として取り上げた。大まじめな発言だった」と話した

 会合は金沢市で開かれ、県教委と県内19市町の教育長が参加。沈没事故発生時は3等航海士が操船を指示しており、吉岡教育長は市の現状を説明した中で比喩的に取り上げた。この発言の直後、同席していた谷本正憲知事が「県には3等航海士はいない。みんな1等航海士だ」と口をはさみ、会場からは笑いが漏れた

 吉岡教育長は取材に「市の前例のない取り組みを『急旋回』と表現した。常に県が支えてほしいという思いで『3等航海士』と言った」と説明した。谷本知事は24日、県秘書課を通じて「3等航海士の発言は謙遜と受け止め、輪島市教委も気概を持ってがんばってほしいという認識で発言した」とのコメントを出した。

ともかくも修学旅行生数百人が巻き込まれると言う悲惨な事故ですから日本においても話題になっている事故なのですが、記事から読む限りでは直接的に沈没事故と関連するような話題というわけでもない中で、対応を誤り重大かつ悲劇的な結果にならないよう十分注意すべきであると言う文脈で事故の話題が引用されていると言う解釈でよろしいのでしょうか。
石川県の教育委員会が一等航海士揃いであるかどうかは各方面に異論無きにしも非ずと言うことが会場の失笑につながったのかも知れませんが、ともかくもこういうローカルな話題をわざわざ独自に取材までして全国配信の記事として取り上げたと言うことはそこに重大なニュースバリューがあると判断したと言うことなのでしょうし、これまた記事の文脈から判断する限り好意的な取り上げ方であるとは考えがたいですよね。
検索した限りでは朝日と毎日がこのニュースを報じているようで、毎日の記事には記者の問いかけに対し教育長が「混乱を招かないよう細心の注意を払って進めていくとの趣旨で、不適切だとは考えていない」と答えたと言うくらいですから、少なくともこれら両社的には不適切だと考えて取材をし記事にしていることは明白で、要するにそれだけ取り扱いには慎重な配慮を要する話題であると考えていると言うことでしょう。
そこまで慎重な配慮を払っているであるにも関わらず、当の現地では「日本のマスコミの取材ぶりには全く配慮がない!」と各方面からクレームが殺到していると言うのですから事実だとすれば興味深いことだと思いますが、こちらの記事を紹介してみましょう。

日本メディアが無神経取材…韓国沈没事故の最前線リポート(2014年4月24日日刊ゲンダイ)

 韓国の旅客船沈没事故は発生から1週間が過ぎた。引き揚げられた遺体は、損傷が激しいのか、取り違いが起きていて、中には寸前で違いに気づき、葬儀を中止するケースもあったという。メディアが伝えない救出の最前線基地、珍島の現状を、ジャーナリスト・太刀川正樹氏が現地から報告する。

 珍島港に入って真っ先に目にしたのは、港近くの食堂に殺到した日本人マスコミだった。日本への中継が一段落すると、各社のスタッフがどっと食堂に訪れ、現地の人が「日本人が独占して、俺たちが食事できない!」と食堂の主人に怒鳴っていたのだ。
 食堂でのやりとりから、各社のスタッフは必ずしも全員、ハングルを知っているわけではないらしい。それを露呈したのが、港に張り出された死亡者リスト前でのひとコマだった。リストの端には、「写真は撮らないで。家族が嫌がります」と書かれていたが、日本のテレビクルーはお構いなしに家族の顔にカメラを向ける。無神経な振る舞いは、海外メディアからも批判の的だ。

■いきなりマイクとカメラを向けて

 港で海を眺めていた女性2人は、家族が帰ってこないことに、悲嘆に暮れていたのだろう。肩から毛布にくるまって、冷たい海風に耐える姿が印象的で、韓国のテレビ局や米CNNスタッフと一緒に私も遠巻きに見ていた。すると、日本のあるテレビ局は韓国メディアより前に出て、カメラとマイクを彼女たちに向けた
 そのスタッフの問いかけは「日本の安倍首相の支援の申し出を断った朴大統領をどう思うか?」。その瞬間、2人の顔色が変わった。慌てて制止したのは、CNNのスタッフだった
 家族が寝泊まりする体育館では造船会社やカトリック団体など20以上の団体が靴下や歯ブラシ、ブリーフ、ブラジャー、パンティーなどを無料で提供。炊き出しもしている。韓国メディアは館内の観客席部分にシートや毛布を敷いて24時間態勢でリポートを続けているが、日本メディアは夜の中継が終わると、体育館から1時間ほど離れたホテルに引き揚げている。

正直ソースもソースですし、どこまで本当の話なのか眉唾物だと考える人もいるかも知れませんが、現地メディアの報道を見ていても親族などが非常に殺気立っていて救助が遅すぎると関係各方面に食ってかかっている状況が報じられていますし、記事からうかがう限り日本国内における日系マスコミの取材ぶりと全く変わらないと言う点では非常にありそうだと納得出来る話ではありますよね。
今を去ること数年前のニュージーランド大地震の際にも実は全く同様の事件があったと報道されていて、地震に巻き込まれた負傷者に突撃取材を敢行しようと病院に無断侵入を図った輩が逮捕されただとか、片足切断の重傷を負った方に「ねえねえ、もうスポーツなんて出来ないんだけど今どんな気持ち?」などと問い詰めたことが海外マスコミにも報道されただとか、大規模災害のたびにこの種の話題には事欠きません。
そして興味深いのは小さな田舎町の教育委員長の一言一句まで漏らさず取り上げるほど取材力に長けているはずの日本の良心的な報道機関が、こうした振る舞いに関しては全く報道する価値を認めていないらしいと言うことで、先に取り上げたニュージーランドの件なども報じたのはことごとく外信やネットメディアだけだったと言うのも何とも徹底していますよね。
ちなみにマスコミの方々はどのように感じておられるかは定かではありませんが、一般的な日本人の感覚からすると「自分には甘く、他人には厳しい人」と言うのは決して好意的評価の対象となるものではないようですけれども、マスコミ業界的にはこうした方々こそが多数重宝されていらっしゃるように見えるのも何とも面白い現象だとは思いますね。

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2014年4月25日 (金)

医療費は削減できずとも公的支出の削減は可能?

ちょうどオバマ大統領の訪日とも絡めて議論が続いているTPP交渉ですが、以前からその争点の一つとして医療分野が小さくないと言うことが言われていて、その中でアメリカ側にとっての強みである民間保険参入などとも絡んで混合診療の大々的な導入が進むのではないかと言う予測があることは周知の通りですよね。
オバマケアとの絡みもあるのでしょうが、アメリカ側からは日本の皆保険制度を云々するつもりはないと言うメッセージがたびたび発せられてきたところではあるのですが、いずれにしても混合診療導入ということに関してはすでに進めていくと言う大方針は確定的で、どこまであるいはどのようにと言う議論が進められているところだと言えます。
そんな中で先日この混合診療問題に関して推進していくと言う厚労相の発言が出ていたのですが、見ていますと少しばかり気になる言い回しをしている様子だったので、本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

混合診療で厚労相「患者ニーズ重視の制度に」(2014年4月19日NHK)

田村厚生労働大臣は札幌市で講演し、健康保険が適用される診療と適用されない診療を併用する「混合診療」について、安全性や有効性が確認されている薬は速やかに認めるなど、患者のニーズを重視した制度に改めたいという考えを示しました。

この中で田村厚生労働大臣は、健康保険が適用される診療と適用されない診療を併用する「混合診療」に対する健康保険の適用範囲の拡大を政府が検討していることに関連して、「有効性がよく分からない薬などへの適用は認められない。『厚生労働省はいつも守旧派で抵抗勢力だ』と決して思わないでほしい。国民の健康を守るのが大事なことを理解してほしい」と述べました。
そのうえで田村大臣は、「本当に効くことがある程度分かっている薬などは、安全性を確保して併用を早く認めたい。『早くこの薬を使いたい』と思いながら、末期がんで苦しんでいる患者などのために一生懸命頑張る」と述べ、安全性や有効性が確認されている薬は速やかに認めるなど、患者のニーズを重視した制度に改めたいという考えを示しました。

一見すると医療問題に関して必ずしも深く広範な見識をお持ちだとは言われていない田村厚労相らしく関係各方面に配慮したと言いますか、何とも言語明瞭意味不明瞭な発言だと言う印象を受けるのですが、ここで注目いただきたいのは混合診療拡大に関して「本当に効くことがある程度分かっている薬などは、安全性を確保して併用を早く認めたい」と言っていることです。
基本的に混合診療は認められないと言う旧来の立場から、少なくとも安全性に大きな問題がなければ認めていくべきだと言う立場へと移行しつつあるというのが全体的な流れと言えますが、本来的に言えば「本当に効くことがある程度分かっている薬など」において「安全性を確保」されているのであれば、それは保険収載によって保険診療扱いになるべきだと言う考え方もありますよね。
従来から混合診療導入反対の論拠の一つとして次第に保険診療の範囲が狭まり、特に高価な新規治療は保険収載されなくなっていくのではないかと言う懸念がありましたけれども、患者のニーズとしてはやはり安全で効くと分かっているなら保険診療が基本なのであって、混合診療で求められるのはあくまでも効くか効かないか分からないだとか安全性が不明確である部分に関して自己責任で行うと言うものであると思います。
そう考えると一見患者側の立場にすり寄った発言であるかのように思えますが、これが混合診療拡大における厚労省としての公的な基本認識なのか、それともあくまで田村厚労相個人の認識なのかも問題になってくるように思いますね。

混合診療に関しては他にも実際的な懸念が幾つもあって、例えばどの程度の危険性があるかがはっきりしない治療法を用いて何らかの重大な結果になった場合、それが医療訴訟の場においてどう責任を認められることになるのかと言う問題がありますけれども、医療を提供する側としては当面ある程度防衛医療的な立場で患者の強い求めに応じてやむなく行うと言うスタンスを取った方が安全ではあるのでしょうね。
医療費の観点から見ると混合診療導入が医療費を引き上げるか引き下げるかと言う議論もあって、患者からすれば100%自費の医療が加わるのだから窓口負担高騰を懸念して使い控えがあるだろうとか、逆に保険診療で使えなかった高い医療を上乗せするのだから高くなるだろうと言う考え方もありますが、国からすると仮に医療費そのものは高くなろうが混合診療なら国庫負担はさして増えないと言う計算は成り立ちますよね。
ともかく皆保険制度と言うものはシステム的に今までよりも優れた医療には今までよりも高い点数(料金)を認めると言うことになっているわけですから、幾らジェネリック活用の推進で薬剤費を削減しましょうなどと言っても医療の高度化に伴い医療費が増えていくのは当然のことであり、国としては少なくとも国庫負担だけはこれ以上大幅に増やすことはないよう四苦八苦しながら策を練っていると言えます。
そうした文脈の中で非常に分かりやすい話として出てきたのがこちら文字通りそのものズバリと言う医療費総額抑制策なのですが、こちらの記事から見てみましょう。

医療費抑制狙い数値目標要求へ 財務省、自治体ごとに(2014年4月18日朝日新聞)

高齢化による医療費の膨張を抑えるため、財務省は自治体ごとに医療費の「数値目標」をつくることを求める方針を固めた。医療をめぐる電子データの蓄積が進んでいるため、「ビッグデータ」として分析・活用することで無駄をあぶり出そうという考えだ。

 麻生太郎財務相が22日の経済財政諮問会議で提案する。医療機関から自治体や健康保険組合に送るレセプト(医療費の請求書)には、病名や治療、投薬などのデータがあり、電子化が進んでいる。このデータから適切な投薬量や入院日数などを割り出し、地域ごとに「標準的な医療費」の数値目標を出してもらう。
 実際の医療費が目標を超えても、必要な医療費を税金から出さないといった罰則はつくらない。代わりに自治体ごとに目標の達成状況を公表し、使いすぎを抑える方法を提案する。

 医療費をめぐっては財務省と厚生労働省が2002年、高齢者の医療費の伸び率を、国の経済規模を示す国内総生産(GDP)などに連動させて管理する手法を導入しようとした。しかし、自民党厚労族などが「必要な医療を自動的に打ち切るのか」などと猛反発したため、頓挫した。今回の財務省の提案にも反発が出る可能性がある。(疋田多揚)

医療費抑制に数値目標 安倍首相「社会保障を安定させる方針を」 経済財政諮問会議(2014年4月22日産経新聞)

 政府の経済財政諮問会議は22日、高齢化に伴って増加する医療費を抑制するため、数値目標導入を検討することを決めた。レセプト(診療報酬明細書)の電子データの活用が柱。都道府県や大企業の社員が加入する健康保険組合ごとの対応を求めたうえで、国全体での導入も想定している。
 安倍晋三首相は「社会保障を安定させ、次世代にしっかり引き継ぐための骨太な方針を掲げてほしい」と指示した。

 数値目標導入は麻生太郎財務相が提案した。レセプトデータに基づき支出目標を定め、目標を達成できない場合は、高齢者医療への財政支援で負担増を求め、逆に目標を達成すれば負担減にするインセンティブ(動機付け)の付与も提案した。
 民間議員からは、レセプトデータと受診記録を継続的に把握できるようにするための個人番号の早期導入が提案された。
 また、社会保障関係費全体の抑制のために2年に1回となっている薬価改定を毎年行うことや海外に比べて利用が進んでいない安価な後発医薬品の拡大などを求めた。

面白いのは全国的に医療費を比較検討し高い場合には改善を促すと言う考え方で、実際にどれくらい医療費やその使い方に地域差があるものか、それが何に由来するのかと言った検討も興味深いと思いますけれども、もちろん導入当初は厳しい罰則はなく数値目標的な運用をすると言うことになるのでしょうが、当然ながら明らかに数字が悪ければ医療現場に対しても何らかの改善の要望なり指導なりが来るようになるでしょうね。
このあたりはDPCなどの報酬と同じことで、悪いところが頑張って改善すれば平均値は下がり、今まで並みだった地域も今度は悪いと言われ始めると言う道理で、ひとたび導入されれば際限なく医療費削減に努力しなければならなくなる可能性が高いですし、実際そうした効果を狙ってもいるわけです。
今後制度が導入されればどうやって医療費を抑制するか各自治体が頭を悩ませることになるかと思うのですが、注目いただきたいのはこの数値目標の元データとなるのがレセプトデータであると言うことで、当然ながら国民が使った医療費そのものではなくあくまでも保険診療上の診療報酬額が基準になってくると言う風にも読み取れそうですよね。
仮にそうなると極論すれば保険診療の部分さえ増えなければいいわけですから、例えば今現在も盛んに行われている医療以前の健康増進プログラムをさらに徹底させていくこともありですし、場合によっては前述のような拡大されていく混合診療の制度をより大がかりに活用していくと言ったことも考えられるわけです。

ただもちろん制度の理念として保険診療でやれることをわざわざ自費の混合診療に持ち込ませるというのもおかしな話ですが、その点で一つ有力な方法論になるんじゃないかと言う気がするのが近年急速に普及が進んでいる市販薬(OTC薬)の存在で、風邪や筋肉痛など軽微なものであれば市販薬を使ってくれと言う方向に持っていけば医療費削減にも役立ち、また医療現場の過剰労働解消にも貢献するやも知れません。
そうは言っても現状でも病院に来た方が安いからと風邪薬一つもらうために受診する患者が大勢いるのだと言う先生も多いと思いますが、過去のレセプトチェックの実例を見てもお判りいただける通り保険診療のルール上は明らかに問題ない医療行為であっても切られると言うことは普通にあるわけで、保険者がその気になれば医療現場に振るうことの出来る影響力は決して過少評価すべきではないでしょうね。
その意味で今までは保険者の側にそこまでの介入を行う動機付けが乏しかったとも言えますが、幾ら診療報酬を改訂しても医療現場はあの手この手で医業収益を確保しようと努力し相応の成功を収めている現状を見る限り、そろそろ国としても別な方向からカードを切ってみた方がより効果的なんじゃないかと考え始めているようにも思えます。

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2014年4月24日 (木)

薬剤師の相場は崩壊せず軟着陸へ

ご存知のように東大と言えば世間的にも最高学府中の最高学府と言う認識で受け止められていると思いますが、それだけに東大生の動向と言うものは知的エリートの代表格として常に注目を集めるもので、先日は今春の東大生の入社がゼロだったことで某大手新聞社が「ついに東大からも見放されたか」と大いにショックを受けているなんて記事が出ていました。
実際に東大生に限らず最近の就職戦線のキーワードは「安定」と「反ブラック企業」だ、なんてことを言う人もいるようで、もちろん一定のリスクを取っても伸び盛りの新花形産業とも言えるIT系ベンチャーに挑む学生も決して少なくはないとは言え、全般的に見ると一流大学学生の就職先人気ランキングとしては大手銀行や商社など手堅い職場が並んでいると言います。
その意味で優秀な理系学生にとって将来の安定性と言う意味で鉄板とも言えるあの業界が近年大人気だと言うのも頷ける話なのですが、こちらの記事から引用してみましょう。

東大より医学部人気 予備校に1千万円の医学部用コースも(2014年4月19日dot.)

 医学部入試の人気が過熱している。2013年度は、全国の医学部の総定員9041人に対し、のべ13万172人が志願した。1999年度の志願者数は7万7940人。この年以降、志願者はほぼ毎年上昇し、13年度までに7割近くも増えた
不況になると、就職に強い理系が人気になります。理系のなかでも成績上位層は、やりがいがあって、生活が安定する医師を目指す生徒が増えています
 こう話すのは、昨春、国公立大医学部に1905人の合格者を出した駿台予備学校の石原賢一情報センター長だ。

 ここ数年、東京大学の合格者数ランキングの常連校で、「東大ではなく医学部」を目指す生徒が増えている。進学校では理系が人気で、例えば国公立大医学部に多数の合格者を出す東海高校(愛知)では、11クラス中9クラスが理系だ。
 これは同校に限った現象ではなく、さらに成績トップ層は医学部を目指す傾向にある。以前なら東大や京大の工学部、理学部、農学部などに進んだ生徒たちが医学部に集中すると、人材が偏り、将来的には他分野の人材不足まで懸念されるとの見方もある。
 駿台予備学校、河合塾、代々木ゼミナールなど大手予備校には、国公立大医学部受験者向けのコースや講座があるが、50以上ある「医学部専門予備校」のほとんどが私大医学部受験者のためのコースを充実させている。
「6年間の学費が約350万円の国公立大の受験者が、大手予備校で1年間学ぶ学費は、70万円から100万円くらいです。一方、6年間の学費の平均が3千万円を超える私立大医学部の受験者向けの予備校では、年間の学費が500万円を超えることも珍しくありません」(小林室長)
 代々木ゼミナール個別指導スクールの医学部専門のコースは、年間の学費が540万円。さらに、学費を含む総費用が年間1千万円という「私立大学医学部合格オールパックコース」もある。このコースには、学費、講習会授業料、特訓合宿参加費などのほか、新宿駅から徒歩5分の代ゼミタワー上層階にある寮の費用(2食付き)も含まれるという。

まあ深く考えずに食っていくこと優先なら現状で医学部は一つの安パイだと言うのは確かで、必死に幼小児から努力を重ねプロ野球選手を目指すよりも、同じ労力を勉学に注いで医師を目指す方が生涯年収の期待値と言う点では上回っていそうには思いますが、その理由の最たるものとしてとりあえず医学部に入れば高い確率で医師になれる、そして医師になればまず食いっぱぐれずに済むと言う安定感があるのでしょう。
医師の平均年収は景気動向にも左右されず過去30年ほど横ばいであったものが、このところ医師不足問題が大きな話題になると共にやや高まりつつあると言いますが、一方では医学部定員の大幅増に加え先日は久方ぶりに医学部新設がほぼ決まったとされ、このままではいずれどこかの時点で医師不足から医師過剰へと転じていくだろうとは言われているところですよね。
もちろん医師過剰になるまではどんどん増やせばいいじゃないかと言う声もあるわけですが、すでに歯学部は一足早く大過剰状態となりワープア化が進行すると共に学生を集めるのにも四苦八苦している、そして医師同様文系の代表的な上がりコーストも見られていた弁護士も同様に相場が崩壊し各地で法科大学院からの撤退が進んでいると言う点を見ても、うっかり需給バランスを崩壊させると苦労するとは言えそうです。
そんな中で最近またしても需給バランスの崩壊が問題になってきているのが薬学部なのだそうですが、これまたこちらの記事から紹介してみましょう。

1200万円超がパー 薬学部生の4割が薬剤師になれない(2014年4月19日日刊ゲンダイ)

「いまは大学を出ても、まともな会社の社員になれない時代。子供には国家資格を取らせ、手に職をつけさせてやりたい
 そう考える中高年は多いのではないか。
 我が子が医者や弁護士になれるだけの学力があればいいが、それは無理。ならば、偏差値50~60台で有名大学に入学できて、社会で通用する国家資格を得られる薬学部に我が子を進学させたい
 その親心はわかるが、無理はしない方がいい。薬学部に入れても4割は薬剤師になれないからだ。
 3月末に発表された第99回薬剤師国家試験は1万2019人が受験し、合格したのは7312人。合格率は60.84%(第90回は84%)だった。

■東京薬科大は100人以上が不合格

「国公私立大学の薬学部は計73校ありますが、薬剤師国家試験予備校の『メディセレ』によると、6年生新卒の大学別合格率は慶応大で82%、北里大78%、昭和大63%、帝京大52%。入試偏差値が低い大学は惨憺(さんたん)たるありさまで、第一薬科大は22%、奥羽大が26%、日本薬科大が34%、北陸大は35%でした」(都内の薬剤師)
 新卒全体の合格率は70%を超えたが、100人以上が不合格となった東京薬科大のような例もあった。
 今年は試験が「難しかった」(受験関係者)そうだが、薬剤師の過剰供給を嫌う厚労省は、今後も合格者を絞るともっぱらだ。
 私立大学薬学部の年間授業料はおおよそ200万円。ほかに施設費等を加えると、6年生の薬学部を卒業するには1200万円超の学費が必要だ。それだけの学費をかけて、国家試験不合格では親はたまらない。
「むろん、既卒者は卒業後も国家試験にチャレンジできますが、その合格率はさらに低い。卒業後、予備校に通っても合格できない人も多い」(前出の薬剤師)
 晴れて国家試験に合格できても、一流の製薬会社に入れるのはひと握り。多くは調剤薬局等に勤めることになり、その収入は正社員で600万円程度。パート時給は2000円台。
 やはり、志もなく、勉強もあまり出来ない子は人の命を預かる薬学部に入れてはいけないのだ。

しかし薬剤師になるのにもずいぶんとお金がかかるものだなと思うのですが、当然ながら?入試偏差値の高い学校よりも低い学校の方が授業料も高くなると言う傾向は医学部と同様であり、しかもそうした低偏差値の大学は国試合格率も底辺と言うことが多いですから、成績が芳しくない学生ほど急激に大きなリスクを負うことになると言えそうですよね。
薬学部と言えば2006年に4年制から6年制へ転換したことに伴う2年間の新卒者不在と、大手薬局チェーンなどによる薬剤師囲い込みが重なって年収が高騰しウハウハだと言われていたものですが、興味深いのは難関と言われる旧帝大を始め国公立大学では薬剤師になる資格のない4年制薬学部に留まるケースが多く、薬剤師資格を得られる6年制に移行した私学では多くが定員割れを起こしていると言うことです。
一見すると4年制に留まった難関薬学部からの薬剤師供給が途絶えるのだから薬剤師を目指す学生が6年制薬学部に集中してもよさそうなものですが、すでに国試合格率低迷の続く一部薬学部では是正を求める動きが見られるなど特に私学の合格率低下が顕著で、2000年代に入ってから各地で新設された新規薬学部では学生集めにも四苦八苦している結果全般にレベルが低下しているとも言います。
興味深いのはこうした学生レベル低下の懸念を反映してか、国試合格者数をすでに国が絞り始めているとも言われる一方で、現場レベルで見るとOTC薬の販売を進めている大手薬局チェーンなどを中心に薬剤師需要はまだまだ多数あると言われることで、少なくとも平均年収レベルで見る限り過去10年程度は給与相場は下落しているような気配はないようです。

この辺りは歯学部や法科大学院での大量増員によるワープア化が社会問題化したこともあってか、国としても早めに出口を絞り上げることで軟着陸を目指しているのかとも想像出来るところなのですが、来年以降も国試合格率の低迷が続くと言うことであれば薬剤師に関しても先行する歯科医や弁護士などと同様、国試の合格基準を切り上げることで育成数を削減していく方針に転換したと見なしてよさそうですよね。
好意的に解釈すれば歯科医や弁護士に比べると未だ需要が伸びていて売り手市場気味の段階でこうした方針転換を行ったと言うことは、国も国家資格職の数的コントロールに関して以前よりも少しは学んだと言うことを示しているのかも知れませんが、そうしますと今後どこかの段階で予想される医師国家試験合格者数の絞り込みに関しても同様の早め早めのタイミングで行われるのかです。
国民にすれば全国どこでも医師が大勢いた方が便利だろうし、昔から余るほどの医師の中から優れた者だけを残すようにすべきだと言う声も根強くある、そして医師を雇う病院経営者にしろ医師数が増えるほど収入も増えるし使えない医師の首は切りやすくなるしで基本的に医師数過剰は歓迎される一方、国としてはかねて医師数増は医療費増に直結すると言う声もあることから滅多矢鱈に増やしたくもないはずです。
被雇用者の立場としての医師にすれば相場崩壊するような状況は避けたいのは当然で、その点からは国が早めの絞り込みに転じたのだとすれば朗報とも言える話なんですが、今のうちに職場内での業務分担など早急な負担軽減策を講じないと、医療崩壊をダシに待遇改善圧力をかけられるほど不足していない一方で楽が出来るほど多くなったわけでもないと言う、何とも半端な立場に追い込まれる可能性もあるのでしょうね。

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2014年4月23日 (水)

高齢出産社会と障害児誕生のリスク

これも様々な解釈の余地がある記事だと思いますが、先日こんな話が出ていたことをご存知でしょうか。

ダウン症児の出生、過去15年で倍増 全国調査から推計(2014年4月19日朝日新聞)

ダウン症で生まれる赤ちゃんの数が過去15年間で約2倍に増えているとする推計が、日本産婦人科医会の全国調査の分析をもとにまとまった。高齢妊娠の増加に伴い、ダウン症の子を妊娠する人が増えていることが背景にあるという。同医会が全国約330病院を対象に毎年実施している調査結果を、横浜市立大学国際先天異常モニタリングセンターが分析した。

 ダウン症で生まれた赤ちゃんの報告数は1995年が1万人あたり6・3人で、2011年は13・6人と倍増していた。

 また、ダウン症を理由に中絶をしたとみられる数も推計。95~99年の中絶数を基準とすると、05~09年は1・9倍に増えていたという。妊娠を継続していれば生まれていたとされるダウン症の赤ちゃんの数の推計では、11年は1万人あたり21・8人だった。調査では実数を出していないが、11年の人口動態統計の出生数に当てはめると、ダウン症の赤ちゃんは約2300人生まれるはずだったが、実際に生まれたのは約1500人となる。差の約800人の一部が中絶されたとみられる。

 この15年間で超音波検査による出生前診断などが広がっている。昨年4月には、妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断が導入された。半年間の集計では、異常が確定した56人のうち9割以上が中絶を選んでいた。センター長の平原史樹教授は「今後、中絶数がどう変化するか、注意深く見守っていく必要がある」と話す。結果は19日、東京都内で開かれる日本産科婦人科学会学術集会で発表される。(岡崎明子)

ご存知のようにダウン症は出産年齢が高まるにつれて劇的にそのリスクが上がることが知られていて、20歳で約1700人に1人なのに対して40歳では100人に1人と言いますが、平均初産年齢が30歳を過ぎると言うほど出産年齢の高齢化が進んでいる時代にあってダウン症に限らずこうした先天異常が増加してくることは当然に予想されることだとは言えそうです。
そうした背景に基づいてか昨年から始まった妊婦の血液で先天異常の検査が出来ると言う新出生前診断の利用者が1年間で8000人近くにのぼり、うち141人が陽性と判断されたと言うことなんですが、もちろんこの検査で陽性であることがすなわち胎児異常であるとは言えないとしても、前半期半年間の追跡結果では検査陽性だった人の9割が中絶に至ったと言うのですから極めて深刻に受け止められていると言えそうです。
この検査自体そうそう気軽に受けるべきものではなく、事前にカウンセリングも行い十分に知識も持ち意味を理解した上でなければ受けるべきではないと言うほど抑制的に運用されているわけですが、それでも実施する側では2/3の妊婦の知識が不十分だと感じ、逆に十分な知識を持っていると感じた妊婦はわずかに4%だったと言いますから、今後さらに検査が広まった場合結果の判断に迷う妊婦も増えてくるかも知れません。
そしてもう一つ、ダウン症のみならず最近新たな問題として認識され始めているのがこちらの話題なのですが、まずは記事から紹介してみることにしましょう。

高齢出産がリスクに? 自閉症の子どもが急増している2つの理由(2014年4月18日アメーバニュース)

【ママからのご相談】
高齢出産をした友人の子が自閉症と診断されました。高齢出産と自閉症は関係があるのでしょうか?

●A.親の年齢と自閉症は、何らかの関係がある可能性があります。

こんにちは。ご相談ありがとうございます。ママライターのmomoです。
自閉症の原因はハッキリとは分かっておりませんが、親の年齢と関係しているかもしれない、という研究結果が最近発表されました
今回は、実際の研究結果をもとに、ご紹介します。

■家族の自閉症に関する意識が高まっている

アメリカ疾病予防管理センターでは、アメリカに住む子供の68人に1人が「自閉症スペクトラム障害」と診断したと発表しました。これは2008年に発表したときよりも約30%高い数字だといいます。
自閉症の子が急増している原因のひとつに、「家族の自閉症に対する意識が高まっているから」というものがあるようです。確かに、周りを見ると、「うちの子は言葉が遅い」「人の目をあまり見ない」などと、少しでも不安があると、すぐに専門の先生に相談することが多いように見受けられます。
昔に比べて自閉症の早期発見が増えて来ているのは、親の関心が高まって来ているからということも関係しているようです。

■高齢出産は自閉症と関係ある?

親の年齢が上がると自閉症の子が生まれる確率が上がる、ということは最近よく言われています。
米カリフォルニア大学デービス校の調査によりますと、母親の出産年齢が5歳上がるごとに、子供の自閉症リスクは18%ずつ上昇することが明らかになったそうです。一方、女性の年齢だけではなく、40歳以上の父親から生まれた場合、30歳未満の父親と比べると約6倍リスクが上がるそうです。
(略)

この自閉症と言うものも一昔前には教育論と絡めて非常に話題になったことをご記憶の方も多いかと思いますが、基本的にはかつて言われていたような親の教育方針が間違っていたからと言った環境要因から出来上がる心の病気といったものではなく、脳の性質の違いによって外部からの情報入力を正しく処理できなくなっている発達障害であると言うのが現在の疾患概念であると言うことです。
以前はせいぜい5万人に1人程度にしか認められないレアなものとされていた自閉症ですが、今や軽症のものまで含めると100人に1人くらいはいるとまで言われているのは記事にもあるように周囲の関心が高まった結果診断に至るケースが増えてきたからだとも言えますが、注目すべきはこの自閉症に関して言うと母親の高齢化もさることながら、父親の高齢化が非常に大きな影響があるのではないかと考えられている点ですよね。
女と違って男は何歳になっても子供を産ませられるなどと考える人もまだいるかも知れませんが、ちょうど先日獨協医大から出ていた調査結果によっても35歳以降精子は老化していくとされていて、人にもよりますが45歳以上では卵子に受精し細胞分裂をさせる活性化能力が若年層の半分にまで低下すると言いますから、精子量など他の条件も含めて実際の妊娠可能性と言うことで考えると相当に下がっているものと推定されます。
それ以上に深刻なのが精子の老化によって子供に各種疾患が発症するリスクが高まることが知られてきている点で、およそ40歳頃を境に自閉症や統合失調症、小児癌や糖尿病のリスクが高まってくると言う報告もあるようですから、出産年齢の高齢化問題とは母親の年齢ばかりを気にしていれば済むと言う問題でもなさそうですし、昨今増えていると言う歳の差婚なども子供に関しては相応のリスクがあるということですよね。

ちなみに現状の新出生前診断に関してはダウン症を始めとする染色体異常や先天性代謝異常などは判りますが、自閉症や統合失調症のようなものは現状ではそもそも血液検査でぴたりと診断出来るようなものではないだけにノーチェックであって、結局のところ出生前診断で陰性だったから健やかな子供が産まれると言う保証書付きであるかのように捉えるのは間違いであるわけです。
ダウン症など一部の染色体異常だけを目の敵にするかのような現在の出生前診断にどれほどの意味があるのかと言う人々の論拠の一つはこうした点にもあるのだと思いますが、一部領域に関して特別な能力を示すサヴァン症候群などはむしろもてはやされる傾向にもあるように、結局は介護要求度など周囲の必要とする養育、介護の労力がどの程度なのかと観点で言えば、やはり知的障害の有無は小さくはないとも言えますよね。
理念的にかくあるべしと言う議論ももちろん大事なことですし、ダウン症患児なども傍目にはかわいいものじゃないか、一方的に間引くのはどうなんだと言うのも判るんですが、結局のところ現代日本では家族単位で養育の責任を負わなければならない現状にある以上、高齢出産の親が多いと言うことは自分達の死んだ後に我が子がどうなるかと言う懸念を抱かざるを得ない親が多いと言うことでもあります。
その意味では露骨な言い方をすれば親にとっての養育の負担と、国や社会にとっての非生産的人口増加による負担とが真っ向からぶつかり合っていると言うことでもあって、こうした個人と社会との関係が少なくとも対立的なものでなくならない限りは親としても個人防衛に走らざるを得ないのは残念ながら当然ではあるかも知れません。

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2014年4月22日 (火)

それは正しいのか間違っているのか

最近は価値観自体も多様化しているのでしょうが、一昔前のようにマスコミが「この考え方こそ正義!他は間違っている!」式の思想統制力を発揮出来るような時代でもなくなってきたためか何が世の常識非常識かと言うことも判りにくくなってきていますけれども、その結果と言うべきか先日からこんな微妙な話が大いに議論を呼んでいると話題になっています。

担任、息子の入学式へ…高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意(2014年4月11日埼玉新聞)

 県西部の県立高校で50代の女性教諭が長男が通う別の高校の入学式に出席するため、担任を務める1年生の入学式(8日)を欠席していたことが分かった。新入生の保護者らは「今の教員は教え子より息子の入学式が大切なのか」と困惑している。

 県教育局によると、県内の県立高校では、ほかに男女3人の担任教諭が子息の入学式出席を理由に休暇届を提出し、勤務先の入学式を欠席した。
 関根郁夫県教育長は11日に開いた県立高校の校長会で「担任がいないことに気付いた新入生や保護者から心配、不安の声が上がった」と、この事実を報告した上で「生徒が安心して高校生活をスタートできる体制づくりと心配りに努めてほしい」と異例の“注意”を促した

 関係者によると、入学式の担任紹介の中で校長が女性教諭の欠席理由を説明。女性教諭は「入学式という大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびします」という文章を事前に作成し、当日、別の教諭が生徒らに配ったという。
 来賓として入学式に出席した江野幸一県議(刷新の会)は「担任の自覚、教師の倫理観が欠如している。欠席理由を聞いた新入生たちの気持ちを考えないのか。校長の管理責任も問われる」と憤慨
 県教育局は「教員としての優先順位を考え行動するよう指導する」としている。

入学式欠席教諭批判の尾木ママ「僕が古くなっちゃったのか」(2014年4月21日NEWSポストセブン)

 埼玉県の県立高校の女性教諭が、我が子の入学式を優先し、勤め先の入学式を欠席したことが大きな話題となったが、この行動に対し、世論は非難囂々ではなく、理解できるなどの容認論が続出している。埼玉県教育委員会に寄せられた意見では「女性教諭への理解」が44%で、「批判や苦情」の23%を大きく上回った

 かつて20年以上、中・高の教壇に立った経験を持つ“先輩教師”で、教育評論家の“尾木ママ”こと尾木直樹氏は、この担任の家庭事情など背景が明らかでないことに留意しながらも、こう話す。
完全な職場放棄ですよ。僕が現役の教師時代に同じことをしたら、校長や同僚から白い眼で見られたはず。そもそも、休暇届を出そうという考えすらありませんでした」
 担任不在を正当化する意見に対し、尾木氏は入学式の意義を強調する。
「入学式は単なる儀式じゃない。教室で初めて顔を合わせる生徒1人1人を、じっくりと見る日です。うつむいている子がいると、“もしかしてあの子は第一志望に落ちて、落ち込んで入学してきたのかな”とか、反対に目を輝かせている子は“クラブ活動を楽しみにしているのかな”とか、生徒の個性を汲み取る大切な場なんです。
 自分の息子の入学式を欠席したとしても、後から息子1人にそのケアをするのは簡単です。でも、クラスにいる30~40人、しかも他人様の子供たちに対して、式を休んだことでいきなりできた溝を埋めるのは大変なことですよ」
 尾木ママはブログでこの担任の行動を『ありえない』と批判した。すると非難が殺到し、ブログは大炎上
女教師は子供を産むなというのか、“尾木ママ”なのにママの気持ちがわからないのかといわれてしまいました。そんなこといっていませんし、全く論点がすり替わっています」(尾木氏)
 また、来賓として入学式に出席していた江野幸一県議もブログで非難コメントを出したが、「時代錯誤」などと批判され、中には「死ね」という脅迫まがいの言葉まであった。

 批判意見の中には、「子供の入学式にも参加できない公務員は“ブラック企業”ではないか」というものもあった。だが公務員は「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(憲法15条)と規定されるように、他の職業よりも高い倫理観が求められている
 尾木氏もこう指摘する。
「公務員として教師の職業倫理は警察官などと同様、高くあるべきです。東日本大震災で、防災無線で最後まで避難を呼びかけ続けて、津波で亡くなられた町職員や、避難誘導で犠牲になった警察官の方がおられましたが、教師とて同じことです。そんなとき、自分の子が心配だからと帰るわけにはいかないんです」
 世間とのズレを「ここまで感じたことがなかった」と困惑する尾木氏が続ける。
「最近は大学の入学式に親がついていくことも増えましたが、背景には子離れできない親の現状があります。この担任だって、子供も高校生ですから、教師という仕事の重さをいって聞かせればわかる年齢のはずなんです。でも、そういうと“親が息子の入学式に行くのは当たり前”の一点張りで批判されちゃう。僕が古くなっちゃったのかなァ……」

まあしかし、そもそもその存在意義事態が長年問われ続けている来賓なる存在がこうして当事者のような顔で横から憤慨するというのもおかしな話かと思いますし、単に都合により欠席とでも言えば騒ぎにもならないでしょうに事細かに事情を説明した校長の対応もどうなのかと思うのですが、ともかく一教員の欠席が当事者が考えていただろう以上に全国的に大騒ぎになってしまっているということ自体が興味深い現象です。
ただ注目していただきたいのは賛成、反対(と言うくくりが良いのかどうか判りませんが)の意見を言っているどちらの側も「自分達の考えこそ当たり前の常識」「相手の言っていることは非常識」的に捉えている気配が見え隠れするということで、これが単に尾木氏の言うような世代的断絶に由来するものなのか、それとも各人の社会的背景なりに由来するものなのか調べて見ると面白そうにも思いますね。
ともかく昔から家族関係と仕事の位置づけと言うことで日本では「親の死に目に会えずとも自分の業務に没頭するのが美徳」的に語られる部分もあって、シーズン中はほとんど毎日のようにやっているプロ野球などは日本人選手と外国人選手との意識差を示す話題は少なくありませんでしたけれども、少なくともマスコミなどは家族を犠牲にしても仕事一筋という姿勢には長年否定的なスタンスであったように思うのですけれどもね。
まあマスコミはともかく、今現在では日本でも少なくとも一般企業であればこれを問題にする方が時代錯誤だと言われかねない話ですし、結局は公務員かつ教員という立場をどこまで特殊なものと考えるかと言う問題ですけれども、学生時代のことを思い出して見ると入学式に担任がいたかどうかは別にほとんど気にならないだろうなと言う気もするところで、翌日からきちんと仕事をすればそれでいいんじゃないかとは思います。
教師としても入学式を欠席することで業務上決定的な不利がないというのであれば後は自己責任の範疇だと思うのですが、面白いのは学校側から入学式への保護者出席を要求している施設が決して少なくないと言う矛盾があること、そして今回話題の教師もそのことを認識してか元々担任を外してくれと言っていたにも関わらず断られたと言う話もあるそうで、どうも学校現場における制度的な問題も背景にありそうですよね。

教員に限らず医師などもこの種の「かくあるべし」論に巻き込まれる機会が比較的多い職業と言え、それに対して古典的医師教育では周囲の模範たる人物たれと言った医師聖人化とでも言うべきことが説かれていた(今現在も一部では説かれている)場合もあるようですが、実際問題として国内だけですでに30万人からいる医師全てが聖人君子であってしかるべきと言うのもちょっと無理がある考え方だと思います。
少し悪い話になりますがお隣韓国で先日以来客船沈没事故と言うものが大騒ぎになっていて、その際の船長が乗客には部屋にこもって大人しくしていろと言うばかりで避難誘導もせず自分だけは真っ先に逃げ出した、しかもその際一般人のふりをしていたと言いますから真っ先に逃げ出すことに罪悪感を感じていたんだろうと思いますが、当然ながらこれに対して彼の地では責任放棄だと非難囂々です。
では教師が入学式に参加しないことがこうした責任放棄に匹敵する悪事か?と言えばいささか判断に迷うところで、仮に親族の不幸でなどと嘘をついてだとか無断欠席だったと言ったことならまだしも最初から事情も知れた中での欠席であり、少なくとも学校側もそれを受理している以上後になって世間が騒いだから問題視すると言うのもおかしな話で、これが駄目なら認めた学校側の判断こそ駄目だったと言うことになるでしょう。
ただ医師なども近年応召義務などに絡んでどこまでが医師の義務たるべきか?と言う議論が非常に突き詰められてきていて、「正規の業務時間外は一切連絡もつかないようにしていますが何か?」などと言う先生もいるようですが、本来的に24時間365日何が起こるか判らない業務なのですから緊急時の連絡を受ける義務があると言うなら、同等以上に非番として業務から解放されるべき時間も確保されるべきだとは思います。

そういう点で現状は未だ制度的にも幹部階級たる高年齢層の間にも旧来の「何があっても業務を最優先すべきである」式の考えが残っていて、他方で現場の若い世代にはそれは法的にも社会正義上もおかしいと言う考えからかやや過剰に権利を主張する傾向があるように思いますが、医師や教師と言った士(師)業の場合特に社会的にも責任を云々されやすいだけにその反動も大きいようです。
ただ顧客満足度と言う観点からも顧客の前では相応に求められる態度というものがあるのは他業種と何ら変わりがないわけで、極端な話どんなに腹の中が真っ黒でも顧客から素晴らしいと称讚され慕われるのが良い職業人であり、どれだけ職能上も人間としても優れていても顧客から忌避されれば駄目な人とみなされてしまうのが客商売の悲しさで、その視点で見れば今回顧客満足度に対する配慮が不足だったということでしょう。
顧客との関係はなるべく良好であった方が余計なトラブルも少ないし、逆に最初から不信感に満ちた関係では何でもないことでも痛くもない腹を探られかねないとなれば、人間としての本質はどうであれ医師なら患者の前では信頼される良医として振る舞うことが出来ると言うのは大変重要な職業的スキルであり、完全無欠の人格者を目指すよりも人格者らしい振る舞いを身につける方がよほど達成可能性も高そうだと言えるでしょうね。
そう考えると今回の担任が教育者としてどうであったかと言うことは一回きりの入学式だけで問われるものではなく、今後の学校生活の中で日々学生の目線にさらされる中で問われるべきことであって、卒業後も末永く恩師として語り継がれるか迷教師として同窓会のたびに笑い話のネタになるのかは本人のこれからの振る舞い次第だろうし、職業人を離れてみれば笑い話として語り継がれるのも決して悪いことばかりではないでしょう。

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2014年4月21日 (月)

自宅介護推進に伴い意外なリスクが増大?

超高齢化社会到来に伴い必然的に発生する可能性のあることですが、過去になかなか報道されることのなかった類の問題が発生していると言うニュースが出ていました。

認知症男性:仮名2年、身元不明のまま 大阪の路上で保護、届けなく(2014年04月19日毎日新聞)

 2年前に大阪市の路上で警察に保護されたが、名前や住所など身元が全く不明のまま、仮の名前が付けられ介護施設で暮らす重い認知症の男性がいることが分かった。男性は自分の名前が分からず、該当する行方不明者届もない。専門家は「高齢化が進み、今後このような人が増えていくのでは」と危惧している。

 大阪市は男性に対し、保護された場所にちなんだ名字に「太郎」という仮の氏名を付けた。福祉の保護を受ける手続きなどで必要なためだ。容姿などから70歳と推定して仮の生年月日も決めた。現在推定72歳になったが、入所する同市内の介護施設の職員には「実際はもう少し若いかもしれない」との見方もある。
 記者は4月上旬、介護施設を訪ねた。「お元気ですか」と声をかけると、太郎さんは「ああ」とうなずき笑顔を見せた。判断能力が不十分な人を守る成年後見人に、市長申し立てで選任された山内鉄夫司法書士らによると、太郎さんの要介護度は3。言葉を発するのが難しくトイレも介助が必要だが、足腰は丈夫でひとりで歩くことができる

 2012年3月11日午前8時前、日曜の朝だった。同市西部にある住宅街の歩道でしゃがんでいたところを警察に保護された。水色のダウンジャケットにグレーのスエットズボン、黒の運動靴。身なりに汚れはなかった。お金や所持品はなく、名前を尋ねても「分からん」と答えた。
 保護された際にはズボンの下に介護用の紙パンツをはいており、保護前に介護を受けていた可能性がある。介護施設の職員も「介護なしで生活ができるレベルではなかった」と話す。
 その日のうちに大阪市による緊急一時保護の手続きが取られ、太郎さんは市内の保護施設に入所した。規定の保護期間(14日間)を過ぎても身元が分からず、同年3月末から現在の介護施設に入った。
 介護施設は通常、本人の経歴や病歴、家族構成などを踏まえてケアにあたる。例えば夕方に歩き回る人がいれば「子供の夕食を作るため家に帰ろうとしているのか」と理由を推測し、不安を取り除くよう努める。だが、太郎さんには保護前の情報がない。山内さんによると、30ほどの施設が入所を断り、受け入れ先は容易に見つからなかった

 太郎さんは特殊なケースなのか。認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子研究部長は「超高齢社会では人ごとでなく、同様のケースが身近で増えることは確実だ。これまでも太郎さんのような存在と対面しているが、実態把握も対応も進んでいない。一刻も早く本名を取り戻し家に戻れるように、国や自治体が本格的に対策に乗り出すべき時期だ」と話している。【銭場裕司、山田泰蔵】

明らかに独立生活不能の要介護状態、かつ長期間放置されていたわけでもないと推定される状況で発見されているわけですから、普通に考えれば誰か家族なり介護スタッフなり世話をしていた人がいるはずですし行方不明になったと騒ぎになっていてもおかしくはないのですが、何ら音沙汰がないと言うことから色々と想像が膨らみますよね。
着衣等の状態から直前まで介護を受けていたと予想されること、所持金もなく遠出できるとも思えない状態であることを考えると通常なら発見地点周囲に居住していると考えるべきで、それでも身元が判明していないのだとすると意図的に判明しがたい状況に置かれていたと言う可能性もありそうですが、万一にもそうなるとますます身元が判るとは考えがたくなってきます。
時折孤独死のニュースなどが配信されることから考えると、おそらく要介護状態で放置されると通常は短期間で生命の危機に陥るのだと思いますけれども、こうした身体年齢よりも精神年齢の老化が進んでしまったケースでは思いがけない行動に出る場合もままあって、時に徘徊の最中に交通事故などに遭遇していることも報道されますが、こうした徘徊のケースは全国的に見ても決して少なくはないようです。

認知症で行方不明後に死亡 約3割が独居(2014年4月17日NHK)

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明となる人が年間1万人近くに上っている問題で、NHKが、行方不明となり死亡した人の家族などを取材した結果、1人暮らしの人が全体のおよそ30%に上ることが分かりました。
専門家は「認知症になっても自宅で暮らし続けられるようにしようという、国の政策が実現されていないことを示すもので、早急な対策が必要だ」と指摘しています。

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明になったとして、警察に届けられた人は、おととし1年間に全国でおよそ9600人に上り、このうち351人の死亡が確認されています。
NHKは詳しい実態を調べるため、過去5年間に全国で行方不明になったとして警察や自治体に届けられた、およそ400人について取材しました。
このうち死亡が確認された112人について、家族や介護関係者などから当時の状況を詳しく取材した結果、1人暮らしの人が33人と、29%に上ることが分かりました。
なかには、症状から1人暮らしが困難だと介護関係者が判断したものの、すぐに入所できる施設が見つからず、そのまま自宅で暮らした結果、行方不明となり死亡した人もいました。

国は、認知症になっても精神病院に入院せず、できるだけ自宅で暮らし続けられるよう、訪問介護や訪問看護のサービスの充実や、グループホームなどの施設の整備を進めていますが、こうした国の対策が、増え続ける認知症の人を十分に支えることができていない実態が浮き彫りになりました。
これについて、認知症の問題に詳しい本間昭医師は、「国の政策を実現するための手立てや資源が不足し、現場が追いついていないことを示している。早急に対策を考え、問題を解決していく必要がある」と話しています。

もちろん独居老人がかなり多くを占めるというのは当然なのですが、家族がいても24時間365日監視するというのは事実上不可能であり、また家庭介護の場合こうした徘徊をする老人に対応した家屋構造になっておらずいつでも勝手に出て行けるわけですから、運良く見つかり事件にならないまま連れ戻された人はこんな数では済まないだろうとは推定できますよね。
ちなみに冒頭の記事にあるような身元不明のまま暮らしている要介護老人もNHKの調査によれば少なくとも全国に4人は確認されているということなのですが、介護疲れから家庭内で修羅場に至るといった悲しむべき事例の報道が決して珍しくないことを考えると、むしろ今後同様のケースは増えていくと言う可能性もあるわけです。
介護保険の認定においては基本的に身体的活動度を中心に評価していて、身体は元気だけれども認知症が著しいと言った場合にはなかなか十分な認定が取れないと言う問題が言われていますけれども、栄養確保や褥創等に留意しておけばある程度計画的に介護が行える寝たきり状態に比べて、いつ何をするかも判らない認知症の方が厄介で目が離せないと言う考え方もあるでしょう。

当然ながらこうした問題が掘り起こされるようになると、政府がこのところ進めている「入院・入所から在宅へ」と言う流れで大丈夫なのか?と言う疑問が出てくるところですけれども、もちろん大原則として認知症患者に限らず一カ所にまとめて複数のスタッフが交代で対応した方が間違いはないし、介護としての永続性も得られやすいのは当然ですよね。
それでは何故在宅移行なのかと言えば自宅で高級レストラン並みの凝った料理を作る人が少ないのと同様、自ら手を動かして行い手間暇を経験することで介護に対する要求水準を下げ結果的に介護コストの引き上げを図っているからだと言えますが、問題はそうした必ずしも最善最良とは言い切れない自宅介護によって何か問題が起こった場合に誰の責任になるのかと言う点です。
もちろん寝たきりの方が自宅介護中に誤嚥性肺炎になったと言った場合には本人と家族だけが関わることで、基本的には当事者が納得していられればそれで済む問題とも言えますが(もっとも、時にはそれが受け入れられない方もいらっしゃるようですが)、徘徊老人が思いがけないところから飛び出して車にひかれたと言った場合、これは家庭内に留まる問題ではなく社会的な問題ということになってきますよね。
赤信号では止まるだとか、道路に急に飛び出さないと言った基本的ルールを皆が守っている前提で社会が回っている時、そのルールを超越した存在が紛れ込んでくれば大混乱が起こるのは必至ですが、それでも「あなたが前をしっかり見ていないから事故になったんでしょ?」で済まされてしまうのだとしたら、おいおい勘弁してくれよと言いたくなる人も増えてくるかも知れません。

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2014年4月20日 (日)

今日のぐり:「うどん処 あまからさん」

まあそれはその通りなんだろうけれども…と言うしかない、何とも微妙な結果が発表されたというニュースがこちらです。

【マジかよ】ミッキーマウスが子供に悪影響だって!? 研究者が「動物キャラは子供の頭を悪くする」と主張して物議(2014年3月29日ロケットニュース24)

ディズニーの “ミッキー・マウス” に、『ピーターラビットのおはなし』の “ピーターラビット” 、ディック・ブルーナの “ミッフィーちゃん” 。これら動物が人間のように振舞うお話は小さな子供も大好き! パパママのなかには、好んで絵本やアニメをお子さんに見せている人も多いのではないだろうか?
その「動物キャラクター」について、ある研究者が衝撃的な主張をして物議を醸している。なんと「動物キャラが登場する作品は子供に間違った知識を与える」、つまりおバカさんになるかもしれないというのだ。どういうこと!?

・カナダの心理学者が主張

こう主張しているのは、カナダのトロント大学の心理学者パトリシア・ガネア氏らである。ガネア氏らは、擬人化された動物は、5歳以下の子供に「事実でない知識」を植えつける恐れがあるとしている。

・動物キャラがダメな理由 → 現実では動物は服を着たり言葉を話さないから

彼らは3歳~5歳の子供に対しある調査を行ったそうだ。子どもたちを2つのグループに分け、一方には現実の動物が描かれた本を、もう一方には擬人化された動物キャラの本を与えたそうだ。
その後、野生動物に関する知識のテストを行ったところ、動物キャラのお話を聞いた子供は「現実の動物も言葉を話す」と思う傾向にあったのだという。現実では動物は服を着たり言葉を話さないのに、子供がそれを「本物の知識」として認識する可能性があるということだ。
よってガネア氏らは、現実の動物を描いた本を読ませた方が、より正確な生物学的知識につながるというのである。確かにそれはそうだが……。
(略)
ガネア氏の意見に多くの人から反発の声が出ているが、氏も動物キャラの作品を子供から取り上げろ、と言っているわけではない。「ただ、現実的な内容の本も擬人化された本同様に多く読んで欲しいと思っているのです」と、しているのだ。
私たちが知っているように、現実世界の動物は、洋服を着たり人間の言葉を話したりはしない。ガネア氏の指摘どおり絵本の世界と現実の世界をごっちゃに認識している子供もいるだろう。もちろん、ガネア氏が推奨するように小さいうちから「本物の動物の知識に触れさせる」のも重要だ。皆さんはどう思うだろうか?

ま、本当に問題なのは子供時代にどうだったかではなく大人になってからの認識がどうなるかだと思いますけれども、しかし八百万の神だの輪廻転生だのと言う考え方のある日本人は何でもお気楽に擬人化してしまいがちですが、どうもキリスト教的世界観ですと人と人間以外というのは区別しないではいられないものなんでしょうか。
今日はディズニーにとって大きな問題提起となったであろうガネア氏らに敬意を表して、世界中から人間と人間以外の何かと言うことを考えさせる記事を紹介してみたいと思いますが、まずは日本で定番となっているアレに絡むニュースです。

【超会議3】謎の感動を呼ぶ「きのこの山、たけのこの里判別仕分けロボット」ブースを直撃(2014年4月6日芸能ニュースラウンジ)

 『ニコニコ超会議3』(4月26、27日に千葉・幕張メッセで開催)の『ニコつく4 in まるなげひろば』などで展示予定となっている通称「作ってみた」カテゴリ作品の一部が5日、東京・東銀座のドワンゴオフィスで報道陣向けに公開され、『きのこの山、たけのこの里判別仕分けロボット』出展ブースを訪ねてみた。
 明治が発売している国民的チョコレートスナック菓子の1つでもある『きのこの山』と『たけのこの里』。ともにファンがつき、どちらが支持されているのかといった人気投票も行われるほどだが、このたび、その両者を同時に置くと、勝手に仕分けてくれるロボットが完成した。
 さっそく実演をしていただく。たしかに、機械は間違えることなく、『きのこの山』と『たけのこの里』を仕分けることに。両方を2つ同時に置いてもそれは変わることなく、正確な仕分けを見せ、その“才能の無駄遣い”っぷりに本サイトスタッフも言い知れぬ感動を禁じ得なかった。
 「ニコニコ技術部員(自称)の作業日誌」さんに話を伺うと、この機械、構想から1年半、制作には1、2ヶ月ほどかかったそう。もともとは画像処理を研究していたことから、その技術を生かしてみたそうだ。ちなみに、これまでに実験で使用された『きのこの山』と『たけのこの里』の数は「6~7箱くらいでしょうか」と話していた。

こういうものはその必要性がどうこうと考えてしまうと負けと言うものなんでしょうが、しかし見ていますと何かこう、人間存在というものの本質を考えさせる機械ではありますよね。
ロボットついでにもう一つ取り上げてみたいと思うのがこちらのニュースですが、ドイツ人と言えば良く言えば質実剛健、普通に言ってあまり色気のない国民性と言われますけれども、そのドイツ人が作り上げたものと言う前提でご覧いただければと思います。

機械とは思えない腰つき ポールダンスを踊るロボットがエロい(2014年3月16日ねとらば)

 人型ロボットがポールを前に腰をくねくね。ドイツ企業Tobit Softwareが作った、ポールダンスを踊るロボットがセクシーです。YouTubeでその官能的な腰つきが公開されています。

 動画ではステージ上で2体のロボットがそれぞれの腰使いを披露。首から上に監視カメラをまるごと取り付けたような機械的な見た目ですが、腰の動きは非常に滑らかです。腰を深く落としてリズムカルに回し、人間のようなエロスを放ちます。ドイツでは一体何が起きているんだ……!?

 デザインしたのはイギリスのアーティストGiles Walkerさん。ロボットのポジションや頭部のライトの色は、スマートフォンのアプリで操作できるようになっています。

そのエロい?状況はこちらの動画を大いに期待しながら参照いただくとして、まあしかし日本人が何でも萌えにしてしまうのも世界的には色々と言われるところがありますけれども、ドイツ人の感性もやはりどうなのかと言う気がしますかねえ…
生き物ネタを続けて取り上げてみたいと思いますけれども、まずはこちらある意味期待通りという犬の反応をご覧いただきましょう。

【笑劇動物動画】マジシャンが犬の目の前でエサを消す / 完全に混乱する犬が「かわいすぎる」と話題(2014年3月25日ロケットニュース24)

マジシャンが、見えているはずのものを鮮やかに消し去る……よく見るマジックではあるが、実際に目の前でそのテクニックを見せつけられると、人間でさえ「えっ!? どうなっているの?」と思ってしまうもの。
では、犬がそのマジックを見たらどうなるのか? 結果は、動画「Taikuutta koirille – Magic for dogs」で確認できるのだが、リアクションは「かわいい!」の一言。そのためか動画は、アップからわずか3日で再生回数400万回オーバーと大ヒット中である。

マジックを披露しているのは、フィンランド人のマジシャン、ジョセ・アホネン氏。まず彼は、好物のオヤツを犬の目の前で見せつける。そして犬が食いつこうとした瞬間、そのオヤツを消し去ってしまう。
突然オヤツがなくなった犬は大混乱。「何が起きた? え、どういうこと?」という表情はたまらない!! 動画には10匹近くの犬が登場するが、どのリアクションも必見である。

現在、この動画は世界中の人を虜にしているもよう。実際に見たネットユーザーは、「これを見たおかげでいい一日になったよ」「ニヤニヤしてしまうのを止められない」「なんて可愛らしいんだ」などと動画サイトなどにコメントしている。
映像を見ると、ユーザーコメントの通り、あなたも思わずニヤニヤしてしまう可能性大なので、ご注意を!

やっている人間の期待通りの反応と言っていいんだろうと思いますが、しかし視覚よりも嗅覚の方が強いという犬も消えた食べ物の行方を追えないというのは面白いですね。
さて、全く同じ行為をネコに対して行ってみるとどうなるかと言う実験がこちらなんですが、これまたある意味で予想通り過ぎる結果となったようです。

ネコにいろんな手品を見せまくったところ反応が冷めすぎている件(2014年4月13日ねとらば)

 ネコにいろんな手品を見せてみる動画がYouTubeに投稿されました。先ごろ話題になった犬の目の前でエサを消すマジック動画では、犬が不思議な状況に驚く反応がかわいかったのですが、ネコの方はというと……手品にまったく興味を示さず、手品師が気の毒に見えてしまうほど冷たい反応です。

 動画では男性が3匹のネコに、何もない手の中からトランプを出したり、口の中からビロビローッとヒモを出し続けたりと、次々と手品を披露。ところがネコはすぐそっぽを向いたりどこかへ逃げ出したりと、目の前の変化にひたすら無関心です。手品を見てもらおうとがんばる男性がもう痛々しすぎる! 犬とは対称的な冷徹ぶりが逆に笑いを誘う、自由気ままなネコらしい映像でした。

動画を見ていただければ明らかなんですが、これもある意味期待通りと言うのでしょうか、まあネコですからねえ…
最後に取り上げますのはこちらの事件なんですが、これはいささかの恐怖を感じずにはいられない方々もいらっしゃるのではないでしょうか?

チンパンジー7匹、枝の「はしご」で脱走 米動物園(2014年4月12日CNN)

(CNN) 米中部ミズーリ州カンザスシティーの動物園で12日までに、チンパンジー7匹が樹木の大枝を折って屋外の囲い場の隔離壁に「はしご」のようにかけ、壁のてっぺん部分などに逃げ出す騒ぎがあった。
同動物園の広報担当者によると、10日に起きた脱走劇で、「主犯格」のチンパンジーが折った大枝の長さは約183センチ。これを使って隔離壁をよじ登った後、仲間の6匹にも同様の行動を促す知能犯ぶりを見せ付けたという。
隔離壁の高さは伝えられていない。

この異変が起きた後、動物園職員は車を使ってチンパンジーの逃げ道となるような出口などを封鎖。その後、えさをおとりにして7匹を囲い場へ戻すのに成功した。
騒動は約1時間半続いたが、チンパンジーや来園者らにけがはなかった。ただ、不測の事態発生に備え、一部の来園者は園内の施設の内部に退避させられた。
騒ぎを受け少なくともテレビ局1社のヘリコプターが動物園上空に飛んできて、カメラでチンパンジー1匹の動きを追い続ける事態ともなった。
チンパンジーの公開は11日には取りやめとなり、動物園職員は囲い場で問題を起こしかねない樹木の大枝が他にないのかを調べたという。

元記事の動画などを見る限りでは決して防護壁として不十分という感じではないのですけれども、囲いの中に比較的多くの木があるように見えるのが問題だったのかとも思えます。
こういう話を聞きますと例の映画などを思い出して色々と想像をしてしまう方もいるかも知れませんが、幸いにも素直に囲いの中に戻ったと言うことで彼らにしても待遇に大きな不満はなかったと当面考えてよかったのでしょうか。

今日のぐり:「うどん処 あまからさん」

倉敷市西部の旧玉島市街地の一画に位置するこちらのお店、割合に新しく出来たお店ですがその頃から何度かお邪魔することがあり、順調にうどんの出来もよくなってきたと言う印象がありました。
地元玉島の食材にこだわったと言う点で新名物「玉島おでん」なども取り扱っていますけれども、やはり一番のおすすめは倉敷風のぶっかけうどんと言うことになりますかね。
と言うわけで今回はおすすめだと言うミニ親子丼御膳を冷ぶっかけとの取り合わせで頼んでみたのですが、これがいささか予想外の結果になってしまいました。

こちらで親子丼をいただくのは初めてなんですが、総論としてはまあ標準と言うのでしょうか、単品で食べさせるほどの個性はないし鶏や卵の火の入れ加減など親子丼としては言いたいことは少なからずあるのですが、こうしたセットの一品として出されるなら許容範囲か?とは思います。
これは全くの個人的な好みと言うものですが、もともと親子丼と言う料理に風味の強い海苔は合わないと思っていたのですが、こちらではかなりたっぷりと刻み海苔がトッピングされているのはちょっと苦手な感じですかね。
親子丼はともかく問題はメインの冷たいぶっかけうどんなのですが、今回まず一目見て「?」だったのが見るからにささくれ立ってしまい地肌の荒れたうどんで、見た目通りに食べて見ても腰はない、食感にもキレ味はないといつもの仕上がりとは全く別物としか言いようがありません。
さらにショックなのが倉敷風のぶっかけうどんにふさわしく店名通り甘辛濃厚だったぶっかけつゆの味が全く変わってしまったことで、良く言えば香川スタイルに近くなったとも言えるのでしょうが、今までの味を期待して来た人にとっては麦茶だと思って飲んだらビールだったと言うくらいには衝撃的ですよね。

正直このところ倉敷風のぶっかけうどんに関してはこちらのものを事実上の基準に考えていただけに少なからずショックなんですが、問題はこれが単にこの日だけの変調で終わるのかどうかです。
フロアのスタッフは毎回変わるのであまり気にしなくなりましたが、今回見ていますとどうも厨房もほぼ全入れ替え状態になっているようにも見え、これまたたまたまこの日の担当がそうだったのか、それとも永続的な変化なのかですよね。
毎回入れ替わりの激しいフロアの方はこの日のスタッフに関してはそれなりに気付くし元気もあって及第だと思いますが、やはり厨房内のオペレーションがまるきり見よう見まねでやっているように見えると言うのは品質管理上問題だし、仮にローテーションだったとしても今までであればこういう組み合わせでの仕事はさせていなかったように思います。
ちなみに元々人手不足気味の店ですからお冷がセルフなのはいいとして、これからの暑い時期になるわけですから隅っこに給水器を置くだけでなく、テーブルごとに水を置いとけばいいんじゃないかとも感じましたが、ともかくもこのうどんの変化については少し間をおいてもう一度訪れてみないことには仕方ないですね。

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2014年4月19日 (土)

ネット時代に求められるバランス感覚

いわゆる馬鹿発見器問題は日本だけの話ではないとは言いますが、こちらまたしてもやってしまったと言うオランダのニュースを紹介してみましょう。

アルカイダの爆破予告のツイートは冗談で通じない。オランダの14歳が逮捕(2014年4月15日GIZMODO)

    @AmericanAirさん、こんにちわ。私はアフガニスタン出身のイブラヒム。アルカイダの一員です。6月1日に大仕事やります。バ~イ

…と冗談でツイートした14歳のオランダの女の子が昨日、ロッテルダム警察に逮捕されました。
女の子(デミ・ロヴァートのファン)のアカウントは@queendemetriax_。アメリカン航空公式アカウントに面白半分で流したら、こんな返事がきて…

    サラさん、当社はこの種の脅迫を真摯に受け止めています。あなたのIPアドレスと詳細は治安当局とFBIに転送します。

…本当に通報されてしまったようです。以下はロッテルダム警察の逮捕発表のツイートです。
ネットの冗談で逮捕された人は今回が初めてではありません。2010年には、雪で空港が閉鎖されたのに腹を立てた英国人金融アドバイザーが「1週間ちょいでなんとかしないと空港爆破しちゃうぞ!」とつぶやいて牢屋に入ってます。ネットは見られてると思わなきゃね…うん…
今回の女子は、爆破予告の後こんな喜びのツイートをしていたのですが…

    3時間前はフォロワー11000人だったのに、今見たら24000人に増えてる
    — demetria (@QueenDemetriax_) April 13, 2014

…アカウントは即停止になりました、ご~ん。

ま、冗談であるかどうかなど相手には判断しようがないことですから当然の対応なんですが、これに懲りて少しは人生の何たるかを学び成長していけるなら決して高すぎる授業料というわけではないと思いますけれどもね。
こういう記事が出ると「単なる冗談なのにその対応は厳しすぎるのでは?」と言う声ももちろん一部には出てくるのですが、航空会社の対応がどうこうと言うより記事を見て感じたことは冗談なら冗談でいいが全くシャレになっていないと言う点で、単に注目を集めたいだけの発言を冗談と言うのはさすがに違うんじゃないの?と言うことです。
それはともかく、馬鹿発見器に限らず誰かに聞かれるとちょっと困ったことになりかねないつぶやきと言うものは日常生活で少なからずあって、いわゆるマスコミ嫌いになった有名人などがしばしばコメントがつまらないなんてことを言われるのもどこでどんな発言が流出するか判らないことを熟知しているからだと思いますし、実際に選手の口元を読唇術で読み取るなんてことを堂々とやっているマスコミもいますよね。
そこまで粘着されれば誰でも一語一句注意するようになるものなのかも知れませんが、幸いにも今の時代はネット経由で個人からマスコミ等の大企業へ反撃すると言うことも当たり前に出来るようになってきていて、一方的な関係ではなく双方向性が保たれているのはお互いの適切な関係を学んでいく上でも良い傾向なんじゃないかと思います。
そんな状況であるからこそ企業の側も時々失敗して晒し挙げられることがあり得るのは当然と言えば当然なんですが、その失敗の仕方によってはいささか真っ当な企業としてどうなのか疑われかねないと言うもので、こちらでは今度は航空会社の側がそれはちょっとどうなのよ?と言う返信で炎上と言うニュースが出ています。

苦情ツイートへの返答にわいせつ画像、USエアウェイズが謝罪(2014年4月15日AFP)

【4月15日 AFP】米航空会社USエアウェイズ(US Airways)がマイクロブログのツイッター(Twitter)に開設している公式アカウントから、苦情を寄せた乗客への返答として露骨なわいせつ画像が誤って投稿される不祥事があり、同社は14日、謝罪と対応に追われた。
 同社はこれまで、ソーシャルメディア上の苦情には迅速かつ丁寧に対応することで知られていた
 だが今回は違った。ツイッターユーザーの「@ellerafter」が寄せた苦情に対する同社の返答に、ボーイング(Boeing)777型機のプラモデルが差し込まれた女性器を写した、非常に露骨な画像が付けられていたことで、インターネット上では驚愕や怒り、そしてあけすけな嘲笑の嵐が起きた。

「エル(Elle)」と名乗るこのユーザーは、利用した便が滑走路で1時間も待機したことに対する苦情を投稿。すると、同社の公式アカウント「@USAirways」から謝罪のメッセージが投稿された。
 エルが2度目の苦情を投稿すると同社は再び返信し、「私たちはご意見を歓迎します。ご旅行を終えましたら、レビューとフォローアップのために、ここにその詳細を投稿していただけます」と投稿したが、なぜかそのツイートには露骨な無修正画像が添付されていた
 問題の画像は、エルが苦情を投稿したのと同じ日に別のツイッターユーザーが、USエアウェイズとの合併手続きを進めているアメリカン航空(American Airlines)に宛てて投稿していたものだった。
 USエアウェイズはツイッター上で即座に謝罪し、調査後に原因を説明すると表明。「このツイートは不適切なものとして報告するために弊社で保存していたものでした。遺憾ながら、画像が誤ってお客様への返答に添付されてしまいました」と説明した。誤りが生じた具体的な経緯は明らかにされていない
 同社のバレリー・フックス(Valerie Hooks)広報担当は声明で、「間違いにすぐに気付いたため、このツイートを削除しました」と述べ、このような間違いの再発を防ぐ方法を検討中だと付け加えた。

 この不祥事を受けてツイッター上では、画像を投稿したUSエアウェイズと、ツイッターで複数の米企業に繰り返しクレームをつけていたとみられるエルの両方に対する厳しい意見が相次いだ

発端となったのがいわゆるクレーマー顧客らしき人物であったと言うことが話をややこしくしていますけれども、航空会社の側ではあくまでも単なる手違いから発生した事故だと言い張っているだけに、事実そうだとすればよりにもよって対応に細心の注意を払うべきクレーマー顧客宛の返信に限って普通あり得ないような類の事故が発生してしまったという、非常に稀なケースと言うことになってしまいますよね。
航空会社の側とすればもちろん単なる手違いにしておいた方がダメージが最小限で済むと言う計算なのでしょうが、状況を考えるとちょっとそうは思えないと言うのが大多数の第三者の認識でしょうし、そうなりますと意図的な反撃行為を炎上した途端に事故だ間違いだと言い張る態度はいささか大人げないと言う印象を与えてしまい、結局会社にとってのダメージが小さく済んだとは言い切れない気もします。
こういう事例を見ますと今の時代、単に頭を下げておけばよいと言う問題ではなく様々な方面への影響を総合的に考えた上での事後対応を行わないと思いがけない炎上を招きかねないし、大企業や有名人相手にその種の相談に乗るサービスなども成立しそうな気がしますが、難しいのは当初は好意的に取り上げられていたような話題でも、拡散し有名になることで炎上的に扱われるケースも少なくないと言うことです。
世の中には色々な考え方の人もいますし、多くの場合対象に対してポジティブな評価を抱く人よりもネガティブな評価を抱いた人の方が執拗に粘着すると言うのがネット時代の特性でもあるわけですが、先日ちょっとした話題になったこちらの一件などもむしろ「そこまで言うか…」と感じている人の方が多いように見えます。

スーモが「社畜」ツイートを削除&謝罪 「残業のことを『二次会』って言うんだって」(2014年4月15日J-CASTニュース)

   リクルート住まいカンパニーが運営する不動産情報サイト「SUUMO(スーモ)」の公式アカウントが2014年4月15日、ツイッターでの不適切な表現を謝罪している。
   具体的な表現部分には触れていないが、「社畜」と言う言葉を含んだ前日のツイートが削除されている。

「好き好んで残業してるとでも思ってんのか?」と怒りの声も

   ツイッターアカウントは、公式キャラの「スーモ」が「日常体験したことや感じたこと」をつぶやくアカウントとして運営されている。「スーモ」といえば、ふわふわしたマリモのような見た目がかわいい、テレビCM でもおなじみの人気キャラクターだ。ツイッターアカウントのフォロワーは10万人以上。普段はフォロワーと楽しく会話をしていて、マメ知識やためになることをつぶやくこともよくあるようだ。
   そうした中、「スーモ」は4月14日に下記のツイートを投稿した。

    「社畜さんいわく 残業のことを『二次会』って言うんだって♪ そう言うとなんかすごく楽しそうな感じがするねっ 二次会がんばって!ぼくはもう寝るよ~ おやスーモ♪」

   スーモ自身は「無職」の設定で知られるが、ツイートは22時40分に投稿されたものとあり、「中の人」は遅くまで仕事をしていたことが分かる。そのため自虐ネタとも受け取れるが、ネット上では「スーモの公式がひどい」「スーモ社畜ディスってね?」「こんなこと言って大丈夫なのか?」などと戸惑いの声が相次ぎ、拡散されて注目を集めた。スーモアカウントに向けて、「好き好んで残業してるとでも思ってんのか? 誰だってさっさと帰りてーに決まってんだろ。マリモみてーな皮被ってりゃ何言ってもジョーク扱いされて許されるとでも思ってるのか?」などと怒りの返信を送る人もいた。
   こうした反響を受けてか、スーモ編集部は該当ツイートを削除し、「スーモ公式Twitterをご覧の皆様へ」として、「2014/4/14(月)の 投稿内容の不適切な表現により、ご不快な思いをおかけいたしました。 大変申し訳ございません。 謹んでお詫び申し上げます。 今後このようなことがないよう 誠心誠意努力をしてまいります」と15日にツイートした。
   とはいえ、ネット上では「スーモに怒る人ってなんなんだろう」「これのどこが不適切?? こういう現状を放置してる組織が糞なんだろが」などと同情の声も出ている

おそらく実際には中の人の自虐混じりに思わず出たつぶやきなのでしょうが、むしろうまいこと言ったなで通じるものですし、実際に比率としては多くの人がそう受け取ったのでしょうけれども、人間様々な意見があり少数意見もダイレクトに反映されるのがネットの特性ではありますし、連日望まぬ「二次会」に従事している人にとっては思わず脊髄反射してしまいたくなるのだろうなとも思います。
この辺りはマスコットキャラとしての性格付けをどうするかと言う点とも関わってくるところで、以前にもコメントが全然ゆるくないと大騒ぎになり結局解雇されたという「まんべくん」などもあれはあれで面白いと言う声ももちろんあったわけですが、少なくとも町のPRを担当する公式マスコットとして考えるとやはり道を外していたと言うしかないですよね。
逆にネットの特性として比率としては小さなものでも声の大きい人の意見が増幅されて見えると言うことがあって、CM等でも一般的には決して不評でなくとも一部からクレームがついた結果中止に追い込まれると言うケースは少なからずあって、一部企業の過剰対応ぶりには自分が何か大きな存在になったかのように勘違いさせますますクレーマーをつけあがらせるだけではないか?と言う危惧も出ているところではあります。
その点で昨年アダルト過ぎるとクレームが入り予定通り?早々に打ち切りになったキノコのCMなどは確信犯的にうまいことをやったなと感心するのですが、CM等の広報活動にしろ芸能活動にしろ単純に無難を積み重ね好感度高めを目指してもつまらないと言われがちなもので、好評と悪評の相半ばする中をうまいことバランスを取りながら名前を売っていくと言うスタイルこそが今の時代に適合したやり方とも言えるのでしょうか。

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2014年4月18日 (金)

高齢者社会保障問題 敬老の精神は大事ですが

最近は何でも炎上騒動に発展しがちですが、先日こんなことがあったとニュースになっています。

池上彰の特番で炎上騒動、高齢者の医療費問題でグラドルの発言が物議(2014年4月10日メンズサイゾー)

 グラビアアイドルの小柳歩(22)が9日、討論番組『テレビ未来遺産 緊急!池上彰と考える“借金大国ニッポン”消費税8%激論SP』(TBS系)に出演。高齢者の医療費問題について議論した際の発言が物議を醸し、Twitterが炎上・謝罪する事態が起こった。
 番組では、俳優の小澤雅貴が「元気なおじいちゃん、おばあちゃんが話をしたいがために来院する時ってあると思うんですよ。そういうところの無駄は削減できないのかなと思う。井戸端会議は違いところでやればいい」と発言。増大する医療費・保険料は国民の大きな負担になっているが、病院が「井戸端会議の場」になっているためにムダが生まれているのではないかと疑問を呈した。これに対し、イギリス人俳優のイアン・ムーアが「じいちゃん、ばあちゃんが毎日病院行ってもいいじゃない。そこで友達に会って楽しければ、それでいいじゃない」と反論。若者の参加者から「それが負担になっているんです!」などという声が飛び交い、これをきっかけに議論がヒートアップした。
 その中で小柳は「全然、見ず知らずのじいちゃん、ばあちゃんに払うのヤダ」と声を上げた。ムーアから「性格悪いっていわれるよ」と忠告された小柳だが、続けて「自分のお爺ちゃんやお婆ちゃんならお金払ってもいいなと思うけど、全然見ず知らずのじいちゃん、ばあちゃんが井戸端会議とかするために何で私たちがお金を払わなきゃならないの」と発言の真意を説明した。
 この発言で議論が紛糾し、ウズベキスタン人の女性は「戦争の後、ボロボロの日本からこの素晴らしい国にしてきたのは今のおばあちゃんとおじいちゃんですよ! もっと尊敬してくださいよ!」と小柳を非難。さらにフィンランド人の女性は「福祉負担は何らかの形で自分に返ってくる」と諭した。
 これらの批判について小柳は「本当に体調が悪くて病院に行ってるならいいんですよ。井戸端会議とかをしに行ってるおじいちゃんやおばあちゃんのために出したくないって言ってるだけ」と興奮気味に反論。司会の池上彰は「高齢者が気軽に医者にかかって医療を受けられるのは大事なことだけれども、井戸端会議をするための来院なら無駄だろう。高齢者の居場所というのを別に作るべきだよね」とまとめ、この議論は終了した。

 放送後、Twitterなどネット上では小柳に対する以下のような批判が殺到した。
敬老の意識が全く感じられない
自分さえよければいいってタイプ、痛すぎ」
年寄りはさっさと死ねってことか」
「本当に体調が悪いかどうか、誰が判断するんだよ」
「性格悪すぎる。こういう女のせいで日本の印象が悪くなる」
「テレビ観てて嫌な気持ちになった。おじいちゃんおばあちゃんは大切にしないと
 その一方、「井戸端会議は確かにムダだろ」「言いたいことはすごく分かる」「すげえ叩かれてるけど、みんな思ってることだよ」「年寄りを敬うのと医療費の問題は切り分けて考えないと」などといった擁護の声も少なからず上がっている

 批判を察知した小柳は自身のTwitterで「お話をしにきているだけのご老人が病院にいって、体調が悪くないのに憩いの場として国の医療費を使われるのはおかしいのではないか?ということを伝えたかったのです。不快な気持ちにさせてしまった方々、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪。寄せられた一つ一つのコメントにも返信し、さらには直接コメントを送らずに小柳の批判を書き込んでいるユーザーに対してまで謝罪のリプライを送っている。
(略)

ちなみに件の番組動画はこちらから参照できるようですが、個人的にネットで見た範囲では話題にはなっているものの賛否両論と言いますか、普通に言って「本当のことを言っただけ」と言う意見の方がかなり多い印象で、もちろんこうしたテレビ番組を見ている人と言うのは相対的に高齢視聴者が多いでしょうからバイアスもかかっているのでしょうけれども、いわゆる批判一色で炎上騒動と言うものとは少し違う気もします。
病院が老人サロン化しているという批判は以前からありますが、実際のところ用もないのに病院に来ている老人というのは認知症等ででもなければほとんどいないもので、大多数は慢性疾患で定期的に検査や投薬を受けている方々であるわけですから、確かに風邪をひいてやむなく仕事を休んで病院に来たと言った人々には「元気なくせに病院待合を占拠しやがって」とも見えるのでしょうね。
もちろん正しい、間違っているは別にして人気商売ですから発言にはそれなりに気を遣うべきは遣うべきでしょうが、逆に言えばグラビアアイドルの主要顧客層であるだろう若年世代にとっては当然の反応を代弁しただけと言う考え方もあるのかも知れずで、今や社会保障問題は世代間対立の火種にもなっていると言う現実をこうした面からも垣間見た気がします。

ともかくも今年2014年は団塊世代が全て65歳以上になる記念すべき?年なのだそうで、前後合わせて1000万人を超える高齢者が一斉に被扶養層として社会保障の給付を受ける側に回るとなるとこれは大変な問題ですが、一方で日本の労働人口は減り続けていることが連年報道されている通りで、永続的な社会保障体制をどうするかと言うことは極めて重要な課題ですよね。
考え方としては一つには生産年齢人口をもっと増やし社会の活性化に結びつけるべきだと言うことで少子化対策であるとか、あるいは最近では移民なんてことも言われるようになってきている、またもう一つにはそもそも高齢者と言っても最近は元気なんだから働いてもらえと言うことで65歳までの定年延長が義務づけられたりだとか、シルバー世代の人材を活用する試みが各方面で行われていると言えます。
基本的に高度成長世代は労働意欲が高く、定年後もまだまだ働きたいと言う声が大いにあるわけですから活用すればいいのですが、この年代層にしばしば指摘される問題として人生成功体験で生きてきたせいかイケイケであり社会的地位が高かったこともあってか他人の意見を聞くと言った協調性が乏しい、その結果再就職先で若者とトラブルを起こしたりいわゆるクレーマー化したりと言ったことが目立つようで、「団塊モンスター」などと言う言葉まであります。
若年世代のワープア化著しいとされる今の時代、何の根拠もなく歳を食っていると言うだけで偉そうにしている連中に贅沢させるためにどうして安月給から社会保障費を払わせられなければいけないのか?と考えると誰しも腹も立つでしょうが、給付抑制がようやく言われ始めた医療のみならず年金等においても必ずしも潤沢な社会保障が用意されているわけではないと言うことも言われてはいるようです。

日本の年金制度は中国以下?支給水準と持続性は先進国内で最下位クラス(2014年4月13日ビジネスジャーナル)
より抜粋

 日本の公的年金制度がほとんど崩壊しているという指摘が、多くの識者よりなされている。そして、日本の年金制度が多くの問題を抱えているということは、海外の先進諸国と比べると一層際立ってくる。今回は、組織・人事分野専門のコンサルティング会社、マーサージャパンが発表している「2013年度グローバル年金指数ランキング」を紹介する。
 このランキングは世界各国の年金制度を比較したもので、日本の年金制度は20カ国中17位と、メキシコや中国よりも下である。ちなみに12年度版だと韓国よりも下だ。マーサージャパン・年金コンサルティング部門代表の北野信太郎氏は、次のように説明する。
「ランク付けの基となる年金指数自体が、日本の抱える問題すべてを表しているわけではありません。ランキングはあくまで収入(入ってくるお金)について指数化したもので、支出については考慮されていません。例えば、社会保障としての医療について日本は手厚いので、老後はお金がかからないかたちになっています」
 年金指数は「十分性」「持続性」「健全性」の3つのポイントで算出される。十分性はもらえる年金額は十分かどうか、持続性は人口推移や平均寿命のバランスはよいか、健全性は年金制度に運営報告の義務はあるか、という物差しだ。
(略)
 十分性を判断する指標のひとつは、所得代替率だ。この指標とは、現役世代の年収と比べて年金支給額はどのくらいかというのを示すもので、日本の国民年金の場合は、普通に暮らしていけるだけの十分な年金はもらえない。国家破たんしたギリシャの所得代替率が95%以上であったのは有名だ。ちなみに、OECDの平均は54.4%であるのに対し、日本はわずか35.6%と突出して低い(2013年OECD調べ/ともに平均所得者の数字)
 さらに日本の国民年金の持続性は、前出のランキングで20カ国中最下位目前だ。日本の年金制度は、年金支給額が十分じゃないうえに、持続性もままならないという、とんでもない代物なのである。

●年金支給開始年齢引き上げの議論

 では、崩壊しつつある年金制度をどうしたらよいのか。北野氏は年金制度だけ手直ししてもダメだという。
「自分が支払った分がどれだけ戻ってくるのかということを考えるのではなく、社会保障制度のそもそもの意義に立ち返るべきです。年金は老後のリスク、長生きしすぎるリスクに備えるという性質でなければなりません。老後は働けなくなるというリスクですね。そう考えると、65歳というのは働けなくなる年齢ですか、と問い直さなければならない。60歳まで働いて老後は年金でゆったり暮らすというのは、すでに幻想の話です。そもそも、サラリーマン以外の自営の方は、平均で70歳まで働いているんです。サラリーマンだけなぜ65歳なのか、ということになる。ですから、年金の支給開始年齢をもっと上げて、雇用のあり方まで含めて見直す必要があるのです」
(略)

日本の公的年金が控えめに言っても必ずしも手厚いものではないということは今さらの話ですが、持続性だとか健全性だとか言った制度運営上の問題はそれとして、年金だけで食っていけないから悪いことなのか、そもそも年金だけで食っていけるようにすべきなのかと言うことはまた別問題であるように思います。
日本の場合は年金の支給水準が低い一方で貯蓄率が高いことが知られているわけですから、収入からより多くを公的に集めて再配布するのがいいか、それとも各人が勝手に貯蓄するのがいいかと言う問題に過ぎないとも言え、現役時代毎日宵越しの金を持たないその日暮らしをしていても悠々自適な老後が送れるような年金制度のためにもっと大金を支払えと言われて納得する国民は少ないでしょう。
実際問題年齢が高くなるほど多くの資産を持っているという事実は統計的にも明らかで、しかもどうやらその資産をほとんど使い減りさせないまま多くのご老人達が亡くなっていっているということですから、「お年寄りは貧乏でかわいそうなんだからもっとお金を出してあげなくちゃ」と言われてもとりわけ若い世代が納得出来るのかどうかはいささか疑問符が付きますよね。
もちろん貯蓄だけでは長生きした時に不安だと言う人は終身タイプの個人年金等で十分対応できることですし、年金をもらいながら働いて食い扶持を稼いでいるご老人も沢山いて、大企業の役員などになれば年金などあってもなくても同じと言うくらいに大金を得ている場合もあるわけで、社会保障とは万人に十分な現金の給付があるかどうかよりも、万人に最後まで生存権を担保出来るものかどうかの方が重要であるわけです。
誰もが年金だけで何不自由なく生活を送れるようにするのは非常に無駄が多くなるので、ずっと重要なこととして老後に生活費を入手する手段もなくなった状況で資産もなく食べていけないと言うケースがどれだけあるのか、そしてその場合に救済手段が用意されているかどうかだと思いますけれども、実はこの方面で見れば日本は必ずしも悪い環境にはありません。

記事にもあるように医療と言うものに金のかからないシステムがすでに存在していると言うことも非常に大きなアドバンテージの一つで、食べるものもなく行き倒れになっても病院に担ぎ込まれれば当座食ってもいけるし生保認定も受けられると言うのは、生保制度そのものの悪用が大いに問題になっていることはともかくとしても最後の救済手段として非常に心強いことですよね。
特にお年寄りで寝たきり状態、身よりも資産もないと言う最悪の場合でも各種社会保障制度を活用し何年でも暮らしていけると言うのは強みでもあり、そして日本で寝たきり高齢者が際限なく増えてきた原因でもあるとも言われるところですけれども、そう考えると一番対策を取るべきなのは仕事は辞めたがまだ体力的には働けると言う早期高齢者世代にどう対処するかと言うことになりそうです。
記事にもあるように一つには働けるうちは働いてもらうと言う考え方があって、実際シルバー人材と言うものは若年者が忌避しがちな領域で非常に強みを発揮している部分も少なからずあるのですが、一方で定年の延長と言う形でこれを推進していく場合、ただでさえ就労環境厳しい若年世代から仕事や給料を奪うことになると言う指摘はかねてありますよね。
もう一つには金を持っている高齢者が資産を再配分しないことが消費活動を阻害していると言う考えがあり、その理由として老後の先行きがはっきりせず何となく不安だからと言う声があるわけですが、この面から考えると現役世代からより多くのお金を集めて高齢者の年金をより手厚くすると言うやり方は状況をさらに悪化させるものと言うことになってしまい、むしろ年金は安く維持してでも貯蓄を吐き出させるべきと言う考えもあるでしょう。
近年は自宅を担保に老後の生活資金を提供すると言ったことも行われていて、相続人がいる場合いささかややこしい問題にもなりかねないとは言え高齢者も年金以外に生きる道を探していくべきでしょうし、何よりもお年寄りばかりがどんどんお金を得る方向での制度改革はもはや現役世代の理解は得がたいように思いますね。

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2014年4月17日 (木)

分娩時の脳性麻痺防止に求められる再発防止策

本日の本題に入る前に、先日出ていた海外からのこんな記事を紹介してみましょう。

保育器に勝るとも劣らない「カンガルーケア」 コロンビアから世界へ(2014年4月14日AFP)

【4月14日 AFP】南米コロンビアの首都ボゴタ(Bogota)にあるサン・イグナシオ(San Ignacio)病院の新生児集中治療室では、男性を含め新生児の親たちが生まれて間もないわが子を自分の素肌の胸でいとおしそうに抱きかかえている。繰り返しここへ通ってきては、この姿勢のまま5時間過ごすのだという。
 親子が素肌を密着させるこのシンプルな手法は、「カンガルーケア」として知られている。雌親が子を成熟するまでおなかの袋の中で育てるカンガルーにちなんだ呼称だ。30年以上前、保育器が不足していたコロンビアで始まった。当初は懐疑的な見方もあったが、今では同国全土はもちろん、世界中に広がっている。

■保育器と同程度の有効性

 カンガルーケアは簡単そうだが、一定のルールがある。親は授乳とおむつ替えの時以外、姿勢を変えてはならない。さらに、乳児が直立姿勢を保ちなおかつ肌と肌が常に触れているよう、夜間でも親は横になれない
 周囲の環境も大事だ。サン・イグナシオ病院の看護師らは、子宮内に似た状態を再現するため、照明を落とし、騒音レベルが60デシベルを超えないよう注意を払っている。
 カンガルーケアを標準化するよう1978年から推進してきたナタリー・シャルパック(Nathalie Charpak)医師は、「(カンガルーケアは)保育器と同じくらい有効」と述べている。カンガルーケアは今や同国外でも取り入れられており、同医師は、米国やスペイン、スウェーデンなど「30か国以上でトレーニングを実施してきた」という。さらにコロンビアの医師らは、その効果を伝えようとアジアやアフリカへも赴いている。
 その努力は報われつつあり、国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)によると、ブラジルでは「カンガルーケア」を一部に取り入れた育児プログラムを開始して20年で、5歳未満の乳幼児の死亡率が3分の2に減少したという。

■カンガルーケア採用を阻む文化の壁

 初めは「貧困層のための(保育器の)代替手段」という位置付けだったカンガルーケアは、世界保健機関(World Health Organization、WHO)が2004年に母乳育児を推進し、子どもの認知発達を刺激する手法と認めたことで勢いを得た。
 しかし複数の利点があるにもかかわらず、文化的な障壁によってカンガルーケアが受け入れられないところもある。シャルパック医師によると、「母親が(出産後入院先から)自宅に戻るとすぐに働く」ことがほとんどのインドやアフリカなどでその傾向が特に顕著だという。
 しかし、「カンガルー財団(Kangaroo Foundation)」が本部を置くサン・イグナシオ病院で実際にカンガルーケアを行っている親たちは、その有効性を強く信じている。連日30人ほどの母親らが、しっかりと布にくるまれてウールの帽子をかぶった小さなわが子を胸に抱きしめている。

「男性も含め」てカンガルーケアを行っていると言う点に注目していただきたいと思いますが、先日も福岡でのカンガルーケア訴訟が紛争化した事例を紹介しました通り(とは言え、実はこのケースではカンガルーケアではなかったとのことですが)、出産という大仕事を終えた直後の母親に何もかも任せて放置するというのはやはり心身の疲労上も無理があると言うもので、あくまでも通常と同じく周囲の見守りの中で行われるべきかと思います。
名前だけは日本でもずいぶんと有名になってしまったこのカンガルーケアと言うもの、どちらかと言うとそれを実施した結果深刻な事故が発生してしまったと言う悪名轟くイメージがあるせいか、第三者の間では必ずしも評判が良いとは言えないようですが、もともとカンガルーケアを行おうが行うまいが出産直後の新生児は不安定であり、実際には異常事態が発生する確率は同じであると言います。
事故症例数増加に伴いカンガルーケアにおいてリスクが高まる可能性のある状態と言うものが幾つか指摘されていて、記事にもあるように身体を起こした状態でないと駄目だとか、初産婦が危ないと言うのですが、病院側で管理していたならば当然に気をつけていただろう状況も、親に任せていると言う気持ちから目が行き届かなかったといった状況があるのであれば、これはカンガルーケアそのものの危険性を云々する以前の問題であるとは思いますね。

さて、その以前の問題なるものの一つとして新生児に常時見守りのためのスタッフをつけていられないと言う現場の状況があるとも言えそうですが、こうした人手不足と言う状況は無論新生児に対してのみ問題となることではなく、産科領域に関わる様々なトラブルの直接間接の原因となり得ると言う点で早急に是正が求められるのは当然ですよね。
本来皆保険制度の縛りがきつい他診療科よりも、自由に価格が設定できる産科領域の方がこうした部分で手厚い体制を取りやすいはずなのですが、実際には公立病院の不当廉売じみた分娩料金が議会の思惑によって安いままに固定されているため地域全体の相場が押し下げられているだとか、あるいはそもそもお金を出しても人材が集まらないといった様々な事情もあってかままならぬようです。
その一方で産科と言えば訴訟リスクの高さで知られるように様々なトラブルがあるところで、こうしたトラブル対策の一環としても期待されている産科医療保障制度の事例分析が先日発表され、事故事例の分析や評価を通じて今後の同種事故を抑制できるのではないかと期待されているのですが、見ているとその分析と評価にもいささか気になるところがあるようですね。

母体搬送、決定から出産まで1時間20分- 再発防止委、時間短縮の必要性強調(2014年4月14日CBニュース)

産科医療補償制度の再発防止委員会(委員長=池ノ上克・宮崎市郡医師会病院特別参与)は14日、分娩の際に発症する重度脳性まひの再発防止に関する報告書を取りまとめた。それによると、脳性まひ発症児を出産した母親のうち、出産時に母児の異常により緊急搬送されたケースで、搬送を決めてから産まれるまでに平均で1時間20.8分かかっていたことが分かった。同委員会は、出産までの時間を短縮するために、速やかに搬送できる体制や、搬送元と受け入れ機関との情報連携の構築を図るべきだとの考えを示した。【松村秀士】

報告書によると、同制度で補償対象となった重度脳性まひ児のうち、2013年12月末までに原因分析報告書を公表したのは319件。このうち、常位胎盤早期剥離などの母児の異常により緊急搬送した37件を対象に分析した。
搬送決定から出産までの過程で最も時間を要したのは、「受け入れ先機関の到着から胎児娩出まで」で平均42.3分。次に時間がかかったのは、「搬送受け入れ先機関の到着から緊急帝王切開術開始まで」で平均41.1分だった。それらに時間を要した要因として、同委員会は、▽緊急帝王切開術に必要な血液検査などを行った▽受け入れ先機関到着後の診断・入院決定までに時間を要した▽麻酔科医を待って手術を行った―ことを挙げた
池ノ上委員長は、同日に開かれた報告書発表の記者会見で、「搬送決定から娩出までの目安は30分程度」とし、出産までの時間短縮の必要性を強調した。

■脳性まひ発症の原因、常位胎盤早期剥離が最多

報告書では、重度脳性まひの発症原因に関する分析結果も報告。発症原因が明らかだった233件のうち、単一の原因で最も多かった病態は、常位胎盤早期剥離の74件だった。続いて、臍帯因子(49件)、子宮破裂(10件)が多かった。この順位は、13年5月発表の前回報告書と変わらなかった。

ここで注目いただきたいのは搬送決定から出産までの過程についての検討なのですが、もちろん母児異常によって緊急搬送されたぐらいですから可能な限り早急に緊急帝王切開を目指すべきなのは当然だとして、それについて時間を要した理由として術前検査を行っていたことや麻酔科医による麻酔を行っていたことを挙げ、現行の1時間20分と言う所要時間を半分以下の30分に短縮すべきだと言っていることです。
搬送決定から娩出まで30分以内と言いますと最短で搬送先が決まるのは大前提で、到着次第即座に手術室へ駆け込んでようやく間に合うかどうかと言うレベルだと思いますが、すでにこの30分ルールに関してはそれが行える施設は全体の30%程度であることが明らかになっていて、その理由として産科医だけでなく麻酔科、小児科、看護師らスタッフを常時待機させ手術室も確保しておくことが現実的ではないことが挙げられています。
そうは言ってもこうして再発防止委員会がここまで言い切った以上それを実施しない施設は怠惰であり、最悪民事訴訟などでも負けるということにもなりかねませんが、遅れた理由は術前検査や麻酔科医呼び出しのせいだとまるで悪いことのように言われれば、それらをすっ飛ばして実現するのは一体いつの時代の医療なんですか?と言う話ですよね。

この30分ルール問題に関しては以前から各方面で議論されていて、もちろん可能な限り時間短縮を図った方がいいのだろうし努力目標として掲げることはともかく、現実的に実現困難な目標を目安=基準として扱うことには弊害が大きすぎますし、ましてやそのために医療の質まで落としてしまえと言うのでは他のリスクが跳ね上がろうと言うものです。
理想的なことを言えばこうした緊急帝王切開を扱うようなどの施設でも30分とは言わないまでも例えば1時間以内に行えるように人員も場所も確保しておくべきであり、それが満たせない施設はそもそも引受先として不適切であると言う考え方で医師の集約化と施設の統廃合を進めていく考えもありだとは思いますが、それを行った結果施設へ搬送するまで何時間もかかると言うのでは時間短縮に何の意味があるのかですよね。
もちろんハイリスク症例はあらかじめ30分ルールでの対応が出来るような施設に入院しておくだとか、そもそも全ての妊婦においていつ何時緊急手術になってもいいように必要な術前データを集積し共有しておくべきと言った対策は考えられるし、お産に関して安全を追及するのであれば利便性や経済性を半ば無視してでもまず社会的対策としてそこまではやっておくべきなのだろうとは思います。
逆に言えば何ら妊婦検診も受けずかかりつけも持たないままいきなり救急搬送されてくる野良妊婦問題など誰が見てもリスクをてきめんに引き上げている社会的背景を放置したまま、最終段階の施設側に対するハードルばかりをひたすら引き上げるのは最もコストパフォーマンスが悪い方法とも言えるわけで、この辺り全てをひっくるめての比較検討までやった上で出された結論でなければ再発防止委員会の名が泣くと言うものですよね。

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2014年4月16日 (水)

調査捕鯨訴訟判決を受けて

オーストラリアによって提訴され国際司法裁判所で審議が続いてきた南極海における日本の調査捕鯨に関して、先日同裁判所から中止命令が出たことに意外性を覚えた方々も少なくなかったと思います。
日本としては少なくとも形式上調査捕鯨の正当性はきちんと調えられていると言う立場であったわけですが、この「思いがけない敗訴」と言う結果に関して戦略ミスによる日本のオウンゴールであったと言う声も出ているようです。

捕獲数を減らし自滅、調査捕鯨訴訟で完敗(2014年4月14日東洋経済オンライン)より抜粋

判決は日本にとって予想外に厳しいものだった。国際司法裁判所(ICJ)は3月31日、日本が南極海で行っている第2期調査捕鯨について、中止命令を下した
日本は1987年に第1期の調査捕鯨を開始。今回の裁判は2005年度からの第2期調査が実質的な商業捕鯨であるとして、10年に反捕鯨国のオーストラリアが提訴。日本は国際捕鯨取締条約第8条で認められた調査捕鯨だと反論したが、ICJは同条が規定した科学的研究のため、とは認められないと判断した。
ICJは一審制で上訴できない。菅義偉官房長官は「国際法秩序および法の支配を重視する国家として、判決には従う」との談話を発表。水産庁は今年の年末に予定していた次の南極海での調査も取りやめる方針を示している。

主な敗因は、クジラの捕獲数を意図的に削減したことにある。日本は第2期調査で、南極海でのミンククジラの捕獲数を、それまでの440頭から850頭プラスマイナス10%(765~935頭)へ拡大し、ザトウクジラやナガスクジラも新たに捕獲対象に加えた。筆者は国際捕鯨委員会代表代理のときに、この計画策定の陣頭指揮を執った。
捕獲枠拡大の目的は3つ。①自然死亡率や妊娠率など生物学的な特性値の把握、②餌をめぐる鯨種間の競合関係の解明、③捕鯨の再開に必要なクジラの系統群情報の把握、だ。そのために必要な頭数を科学的に算出し、捕獲枠を決めた
ところが実際の捕獲数は、06年度以降、捕獲枠に届いていない。ミンククジラは05年度こそ853頭と目標どおりだったが、06年度は505頭、12年度はわずか103頭にとどまっている。ザトウクジラはオーストラリアの反対に屈して一度も捕獲しておらず、ナガスクジラも捕獲枠50頭に対し、捕獲しているのは年1~2頭だ。環境保護団体による妨害の影響も一部あるとはいえ、この捕獲数では鯨種間競合の調査をすることはできず、生物学的な特性値を把握することも難しい

実は、日本が捕獲数を減らしているワケは、科学を無視した“需給調整”のためだ。国内の鯨肉需要は低迷しており、在庫も00年末の約1900トンから06年末は約3900トンと積み上がっていた。科学的に算出した捕獲数を毎年捕っていれば、データを分析することができ、科学的な調査であると胸を張って言える。それを果たしていないのだから、実質的な商業捕鯨と批判されても仕方がない。
今回の裁判は、あくまでも南極海での調査捕鯨が対象だ。日本は北西太平洋でも調査捕鯨を行っており、日本から鯨肉がなくなるわけではない。ただ北西太平洋でも科学的根拠をないがしろにして、捕獲数を減らしている。南極海調査捕鯨の批判はそのまま北西太平洋での調査捕鯨にも当てはまり、ここにも影響が出る可能性がある。

商業捕鯨モラトリアムが焦点に

では、日本は今後どうすればいいのか。ICJの判決は、調査の目的と実施が適切であれば、調査捕鯨は合法という内容だ。それに合わせて、調査捕鯨のやり方を早急に組み替える必要がある。
一方で、ICJの判決にも疑問がある。南極海での第2期調査捕鯨を事実上の商業捕鯨と認定し、国際捕鯨取締条約の付表10条e項に定めた「商業捕鯨モラトリアム」などに違反するとした点だ。
商業捕鯨モラトリアムとは、国際捕鯨委員会が1982年に定めたもの。大型鯨類13種を対象とした商業捕鯨を事実上、禁止している。制定された当初は、1990年までに包括的な評価をしてモラトリアムを見直すという条件があったが、国際捕鯨委員会は反捕鯨国が多数を占め、科学的根拠を無視しており、現在も見直されていない
そもそも、国際捕鯨取締条約の前文は「鯨族の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序のある発展を可能にする」とうたっている。同5条では科学的根拠に基づく資源の持続的利用を定めており、モラトリアムはこれに反している
国際捕鯨委員会によれば、南極海にいるミンククジラは約52万頭。大型鯨類の年間増殖率は4%といわれており、これに当てはめると年間約2万頭増える計算になる。濫獲しないかぎり、持続的に利用することは可能だ。モラトリアム撤廃のために、日本が反捕鯨国を相手に訴訟を起こす手段もある
(略)

国際司法裁判所が現状の南極海調査捕鯨中止を求めた理由として「捕獲枠の決定過程が不透明」であることが挙げられましたが、日本としては反捕鯨団体による妨害のみならず実質的に商業的な理由もあって科学的な要求水準を満たさない頭数しか捕獲していないと言うのですから、これは調査捕鯨の名を借りた商業捕鯨だと言われる余地を残したと言う形ではありますよね。
この辺り調査捕鯨の実施体制や方法論に関しては捕鯨反対派のみならず推進派、容認派からも長年異論があるところで、政府は捕鯨頭数などを見直し15年にも再開する予定であると言うことですが、単なる数字合わせの問題ではないと言う認識がなければますます国際司法の場における心証も害しかねないところで、盲目的に前のめりに突き進めばいいと言うものでもないように思います。
とはいえ、水産庁が先日発表した本年度の調査捕鯨によるデータでは、捕獲した鯨のうち成熟したメスの91・4%が妊娠していたと言うことで「良好な繁殖状況を保っている」ことが確認された以上、長期的な食料安定供給の視点からも鯨類の持続的利用の道を探ることの意味は小さくなく、南極海に限定せず鯨類の持続的利用の道を探ることは今後も継続していくべきことではあると思います。
他方で食文化の面からの鯨肉安定供給と言う観点から見るとノルウェーなどIWC非加盟国からの鯨肉輸入と言う道もあって、元々彼の地では赤身部分しか食べないと言う事情もありますから、せっかく捕鯨されたものを余すところ無く有効利用すると言う観点からも商業利用に向けた安定供給と言う観点からも、今後こちらのルートも順次拡大していくことになるのではないかと言う気もしますね。
いずれにせよ今回の判決を受けて日本の調査捕鯨のあり方は変わって行かざるを得ないと言うことなんですが、面白いことにこの判決で最も大きな影響を受ける団体はどこかと言う点に関して、長年この捕鯨問題に関心を注いできたご存知テキサス親父と産経の佐々木記者の認識が一致しています。

【参考】 字幕【テキサス親父】ICJでの日本の調査捕鯨裁判の真の勝者は誰だ? (2014年4月7日youtube)


捕鯨裁判判決についての所感 シー・シェパードが果たした役割について(2014年4月5日佐々木記者ブログ)
より抜粋

(略)
 判決を受け、実は最も打撃を受けるのは、何を隠そう、シー・シェパードです。
 日本が調査捕鯨をやめれば、自分たちの存在をアピールできる反捕鯨キャンペーンを続けることができず、活動の源となる寄付金収入が減るからです。
 団体の運営資料を見ると、支出項目での日本関連の活動は8割以上にも上ります。それでは、日本に代わる「おいしい飯のタネ」があるかというと、彼らの最近の活動を分析する限り、存在しません。
 もし日本が調査捕鯨事業をやめれば、シー・シェパードの活動は先細りしていき、国際社会を動かしてきた、これまでのような影響力はなくなるでしょう。団体の消滅さえも、現実味を増すかも知れません。
 逆に言えば、日本の南極海調査捕鯨は、シー・シェパードが世界的な団体に成長させる、そして、SSの創始者であるポール・ワトソンがカリスマ的な活動家になる、大きな存在だったのです。
 メディア工作に長けたポール・ワトソンは、日本を悪玉に仕立て上げることで、寄付金収入を30倍以上に膨らませ、反捕鯨国(特に成功したのはオーストラリアと米国)で有名人になることに成功しました。
(略)
 愛鯨無罪。クジラを愛するためなら、暴力を行使しても罪には問われない。
 究極的な目標達成のため、そうして、目標達成のための仲間や資金を増やすため、つまりは、団体の勢力を拡大するため、日本は格好の的だったのです。
 シー・シェパードの支持者は、ワトソンの言葉に煽動され、日本への反発を強めます。私はこのブログ名を、日本の文化が世界に受ける「クール・ジャパン」現象にひっかけて命名していますが、要はシー・シェパードの支持者たちは「クール・ジャパン」とは逆の現象を起こす「バット・ジャパン」の核となっているのです。
 TwitterやFacebookで見るSSサポーターの日本差別、人命軽視ぶりはあまりにもひどい。反捕鯨のためなら何をやっても良いという風潮がカリスマのワトソンの言葉によって、拡散されています。
 ワトソンのFacebookの読者は全世界に36万人います。日本の首相官邸の読者23万人を遙かに上回っています。ときに英語版の首相官邸のページが荒らされることをご存知ですか?荒らしているのは、SSサポーターのような反捕鯨の人たちです。
(略)
 シー・シェパードは「環境テロ」現象が広まる象徴的な存在です。シー・シェパードの力を削がなければ、多くの意味で、この問題は、捕鯨だけの問題ではなくなると私は考えています。ワトソンに憧れる若い世代が、ワトソンを超越しようと、この世界に飛び込み、日本バッシングに加担しています。
 日本の伝統である捕鯨を守るために、日本の立場を世界にアピールすることはとても重要です。
 ただ、従来のやり方ではデメリットが多いことを、シー・シェパード現象をふまえ、教訓として学ぶことが必要です。日本がなぜ国際司法裁判所で敗訴したのかを深く検証して、捕鯨政策に活かすべきです。
 私は、親日国であるオーストラリアがなぜ、日本と法廷で争うことになったかについても、これまでオーストラリア世論の動向をウォッチしてきたため、SSが豪社会に火をつけた反捕鯨の風潮が大きく作用したと感じています。そうして、SSが果たした役割が、国際社会の世論形成に与えた影響は否めないとも思います。
 オランダはSSのために抗議船の船籍を認め、米国や英国はSSのために免税措置を取り、収入面で団体を助けてきました。
 断言しますが、日本が南極海調査捕鯨を今年、行わなければ、SSの寄付金収入は極端に減るでしょう。彼らはすでに5隻ほどの抗議船を抱えています。この船の維持でさえ難しくなるかも知れません。
(略)

個人としてテロ組織のトップとして色々と言われているワトソンなる人物ですが、実はいわゆる環境保護を錦の御旗に掲げたビジネスモデルの中でも最大の成功者の一人であることは注目すべきであって、その公私にわたる豊富な活動資金を支える主たる財源が長年にわたっている日本に対するバッシングであることは言うまでもありません。
世界的に見ればワトソンの主たる支持層ともなっているアメリカも含め捕鯨国と言うものは決して少なくないにも関わらず、彼らが日本と言う特定の国だけをほぼ限定してターゲットに定めている理由については諸説ありますけれども、いずれにしても留意すべきことは同種の成功を目指す後進によって彼の方法論は見習うべき点が多々あるものと認識されていて、当然ながら続々とフォロワーが後に続いていると言うことですよね。
日本の取るべき戦略としてどのようなものが妥当であるかはこれまた意見が分かれるところですが、少なくともこうした事態の経済的側面を無視して議論しても何も始まらないし、また実効性ある対策を考える上で理念や法的妥当性より何より経済面からの反撃が最も有効であると言う前提に立つことが必要であると言えそうなんですが、正直鯨類研究所や水産庁がどの程度まで考えているのか何とも微妙なところだとも感じています。
その点で反捕鯨活動とは少なくとも指令を出す幹部レベルにとってはあくまでも商業活動であり、しばしば言われるように「牛肉輸出大国であるオーストラリアにインド人がやってきて「おいお前ら、神聖な牛を食べるなんてとんでもないぞ」と文句をつけたらどう考えるか?」式の反論はあまり有効ではないとも言われるのですが、ただ彼らの取る過度の商業主義的方法論が逆にその本質を気付かせると言うケースはあるようです。

和歌山の豪ジャーナリスト 取材で来日、伝統漁法に感銘(2014年4月13日産経新聞)

 ■「日本は捕鯨続けるべきだ」 

 反捕鯨団体「シー・シェパード」のドキュメンタリー番組を撮影したオーストラリア人の映像ジャーナリストが、和歌山県太地町(たいじちょう)の捕鯨とその歴史に魅せられ、文化を世界に伝えようと活動している。
 母国や欧米で反捕鯨の世論が高まる中、「江戸時代から連綿と続く太地の捕鯨の歴史を伝えれば、世界の認識は変わるはず」と訴えている。

 和歌山大学の特任助教、サイモン・ワーン氏(57)。オーストラリアの民間テレビ局のカメラマンを経て、フリーランスでタスマニアの環境問題などを伝えてきた。
 平成19、20年にかけて、アメリカの人気番組「ホエール・ウォーズ(鯨戦争)」の撮影に参加。南極海で、日本の調査捕鯨船を妨害するシー・シェパードを5週間取材した。
 取材の間にメンバーが捕鯨船に乗り込み拘束される事件が発生。引き渡されたメンバーに話を聞くと、捕鯨船の日本人船員は妨害工作をしかけたメンバーの話にも耳を傾け、環境問題などをテーマにした日本の人気アニメ映画「もののけ姫」のDVDを手渡すなど、対話の姿勢を見せたという。しかし、そうした情報は番組ではいっさい触れられなかった
 番組は米テレビ界の最優秀作品に与えられるエミー賞にもノミネートされたが、「見せたいものだけを放送する」方針に疑問を抱き、撮影クルーを外れた

 20年の秋、日本の捕鯨について詳しく知りたいと太地町を訪れた。複数の船で鯨を網に追い込み、銛(もり)を投げて仕留める古式捕鯨。江戸時代初期に生み出されたその歴史と、先祖代々受け継がれてきた技術とチームワークに感銘を受けた。
 「日本は欧米のように油だけを取って鯨を捨てるようなことはせず、全ての部位を使って無駄にしない」。しかし、歴史や背景を当の日本人が知らないことに驚いた。「太地の真実のストーリーを伝えなくては」。捕鯨の研究を進めながら、和歌山大観光学部で教える。
 「日本はこれからも捕鯨を続けるべきだ」というワーン氏は、3月末、オーストラリアの訴えにより国際司法裁判所(ICJ)が南極海での日本の調査捕鯨停止を命じたことも悲観的には捉えていない。「必要なのは欧米の批判を気にせず、捕鯨の真実を伝えること。太地町は自信をもって立ち向かえばいい」。真剣なまなざしでそう語った。

こうした捕鯨問題の一連の経緯を知っている多くの日本人にとっては正直、オーストラリアと言う国に対するイメージはあまり良いものがないんじゃないかとも思いますけれども、オーストラリア人だからと言って皆が皆他国の文化を尊重せず唯我独尊的精神状態にあると言うわけではなく、多種多様な考え方を持っている人がいるのは当然ではありますよね。
そして同時に人間社会における金の力を過少評価すべきではないと言うのも当然で、かつて日本当局によって逮捕されたアディ・ギル号元船長のピート・ベスーン氏などもひと頃は「同船沈没はワトソンのシナリオによるやらせ」などと口走り完全決裂したかのように報じられていましたが、その後のワトソン絡みの訴訟においては金銭授与と引き替えに有利な証言をしたとも言われています。
それなら日本も負けずに大金を投じて宣伝活動をすればいいんじゃないかと言う考え方もあるだろうし、実際に世界的な広報活動と言う点で捕鯨問題に限らず日本の主張が乏しいとは各方面から指摘されているところで、もはや日本式の「黙っていても判ってくれる」的な考え方ではなく言うべきことは正しく主張していくべきだと言う世論は確実に高まってきているようには感じています。
ただその前提としてやはり当の日本人が相応の関心を持ち正しい知識を持っている、その上ではっきりした自分の意見を持って議論していると言うことが必要で、この辺りは外国に行ってみると日本に関心を持っている人が少なくなく、あれやこれやと日本の歴史や文化について質問されるのに満足に答えられない日本人が少なくないと言われることと同様、現状の活動方針は外だけではなく内においても問題なしとしないところだとは思いますね。

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2014年4月15日 (火)

やや明暗が分かれてきた?小児科と産科の現状

大学病院と言えば市中病院で診断もついた難病患者の治療を担当する場所と言う側面が強く、一昔前は救急などろくに診られないと言う施設も少なくない印象でしたが、昨今では救急部が独立するなど救急に力を入れている施設も増えてきているようで、地域によっては市中基幹病院と比べても同等以上に救急を受けていると言う場合もあるようです。
ただ理念先行に現実が追いついていないと言うのでしょうか、救急部=各科輪番でやむなくこなす義務的仕事と言う現状も一部には見られるようで、元々勤務する各科医師にしてみれば市中病院では出来ない高度な専門的治療に従事することを望んで大学病院に来ているのに、何でも屋的な救急部の仕事に駆り出されるというのではモチベーションも上がらないと言うことはあるでしょうね。
もちろん現実的に大学病院においてもそうそう医師が十分確保されていると言う状況でもなく、当然ながら救急をやっていても本来業務である難病の診療もやらなければならないわけですから大変なのですが、その大変さの結果救急から手を引いた大学病院のニュースがこちらです。

佐大病院 小児救急終了 時間外に影響深刻(2014年4月5日佐賀新聞)より抜粋

 佐賀大学医学部附属病院は24時間365日対応してきた小児救急を3月いっぱいで事実上、終了した。財源だった国の基金が減額され、専門医を常駐させることが難しくなった。年間約4千件の小児救急を受け入れていただけに、「入院や手術が必要な子どもの時間外救急への影響が特に深刻だ」としている。
 小児救急は2010年度からスタートし、ベテランの専門医と臨床研修を終えた若手医師の7人態勢で日勤と夜勤のシフトを組んできた。国の「地域医療再生基金」を活用した県の寄付講座の一環。外科的な応急措置ができる小児科医の育成を図りながら、手薄だった県内の小児救急を充実させる政策医療的な側面も色濃かった。
 国の基金は13年度でいったん期限を迎えたが、2年間の延長が認められた。しかし、補助額が半減したため、小児救急事業は予定通り終了となった。

 佐賀大病院は、13年度の事業期限までに多くの若手医師を育成し、県医療センター好生館などに人材を供給して県内の小児救急を整備する計画だった。4年間で14人(うち女性5人)の若手医師を育てて県内の病院に供給したが、「小児科の抱える問題として過重労働で離職者が止まらず、いくら育てても人材不足は解消しない」(佐賀大)という。
 4月以降、時間外の救急に対応してきた「夜勤」はいなくなり、小児科病棟の入院患者の容体急変に備えて待機している当直医が対応することになる。3月に退職した佐賀大病院小児科学前教授の浜崎雄平医師は「当直は寝て休むことを前提に翌日も継続して勤務する。時間外対応を強いられる現状はあまりに過酷で、医療の安全面からも続けられない」という。
 昨秋から、好生館でも週に2日、小児の救急車の受け入れを始め、佐賀大病院の負担軽減を図っている。また、国立病院機構佐賀病院、佐賀中部病院(旧佐賀社会保険病院)を加えた4病院で1月、連絡会議を立ちあげて佐賀中部医療圏の小児救急の在り方について対策を協議している。
 佐賀大病院によると、12年度の小児救急の時間外受診は2286件で、うち入院が必要な重症ケースは14・4%、330件にとどまった。浜崎医師は「便利だからという理由で時間外受診されるケースも少なくないが、大学病院の本来の役割は重症患者への対応。小児救急の厳しい現状を踏まえ、小児専用の電話相談や佐賀市の休日夜間こども診療所を上手に活用してほしい」と呼び掛けている。(栗林賢)
(略)

大学病院の救急撤退と言えば、5年ほど前に鳥取大で救急部の教授以下スタッフが「心身の疲労」「心が折れた」などと訴え集団辞職すると言う事件がありましたが、当時救急部は専属医4人で重篤な患者900人を含む年間13000人の救急患者を診療していたと言いますから、まあそれは逃げ出したくもなるほどの大変な激務ではあったでしょうね。
今回の佐賀大学の場合も記事から判断する限り典型的なコンビニ診療に見えるのですが、何しろ大学病院で専門の先生が24時間365日救急対応をしてくれると言うのですから誰だって近所の老開業医を叩き起こすよりもそちらにかかりたくなるのが心情と言うもので、この辺り高度医療にも対応出来るよう体制を整備するほど軽症患者の需要も呼び込んでしまうと言うジレンマを感じさせます。
元記事の後半部分を見ていただくと判るのですが佐賀大では電話による小児救急相談というものもやっていて、こちらも今や年間2000件近くと言いますから大変なものですが、実際に病院にかかるよう助言されたケースはそのうちのごく一部であったと言うことから考えても、やはり人材も限られる中でコンビニ受診にも応需するより何よりまずは「便利だからという理由で時間外受診されるケースも少なくない」現状に対する対策が必要だったのではないかと言う気がしますね。

小児科の場合は一般救急と違って患者本人がはっきりした症状を訴えられず状態が判りにくいこと、そして親にしても多くの場合病院受診頻度の最も低い若年世代が多く医療に関する基礎的知識・経験が乏しいことなどから判断が難しいことに加え、少子化が叫ばれ始めた頃から自治体レベルでも小児医療無料化だの24時間診療だのと盛んに住民サービスの一環として需要掘り起こしに熱心でしたよね。
その結果各地で小児科医が疲弊し小児科医療そのものが崩壊してしまうと言うケースが散見され始め、例えば以前にも紹介した兵庫でのケースのように地域の医療資源を守るために保護者ら患者サイドが主体になって不要不急の医療受診を控えようと言う動きが医師確保にもつながるなど、やはり医療の永続性を守るためには患者に対する需要抑制対策と言うものが非常に大きな意味を持ってきていると言えるかと思います。
そしてもちろん、需要に対してひたすら応需することばかりを考えて突っ走っているといずれ佐賀大病院のように全てが破綻してしまうと言うことにもなりかねないのですから、供給側においても単なる供給力増強以外の対策を取っていくことが必要であることは言うまでもないのですが、先日医療崩壊と言う現象に絡めて医師不足が叫ばれた各診療科の現状を示すこんな記事が出ていました。

産婦人科・小児科・外科の医師は増えたのか 小児科は集約化で医師増に成功(2014年4月14日日経メディカル)より抜粋

(略)
学会入会者数には影響大   

 「臨床研修制度は産婦人科医の数に大きな影響を及ぼしている」。こう語るのは京大婦人科産科教授で、日本産科婦人科学会理事長の小西郁生氏。2004年の制度導入から2年後の学会入会医師数は、導入前年よりも減少。その後、若手医師や医学生に診療科の魅力を伝えるために始めた産婦人科サマースクールなどの学会努力により入会医師数は増加したが、2010年の見直しで選択必修科目となり、再度、減少傾向となっている。外科でも同様の影響が見られる(図11)。東大肝胆膵外科・人工臓器移植外科教授で、日本外科学会理事長の國土典宏氏は、「臨床研修制度の導入で外科志望者が減った」と嘆く。
 しかし、厚労省医政局医事課医師臨床研修推進室医師臨床研修専門官の國光文乃氏は、「産婦人科、外科共に、制度の導入以前から減少傾向にあった」と指摘する。また、「福島県立大野病院事件の影響で、訴訟が多いイメージが強い産科や外科を敬遠する若手医師が増えた影響もあるだろう」とも言う。すなわち、制度導入そのものが外科、産婦人科の医師数を減少させたのではなく、様々な社会的要因の一つにすぎないという考えだ。
 診療科別の医師数の推移(図12)を見ると、1994年と比較して2012年の医師数が減少しているのは産婦人科のみ。外科は94年とほぼ同じ数字まで回復している。ただし、医師の総数そのものが増加しているので、総数の推移よりも下に位置する診療科では相対的な医師数は減少している。

集約化で勝ち組に転じた小児科

 外科や産婦人科と同様、一昔前まで医師不足にあえいでいた小児科。制度導入時は必修科目だったが、見直しで選択必修科目となったのも、外科、産婦人科と同じだ。
 しかし小児科では、臨床研修制度の導入による影響をあまり受けていないと考えられている。日本小児科学会の会員数は右肩上がりで増加しており、現在、2万1000人に迫る勢いだ。2007年から試験が開始された小児科専門医も順調に増えている(図13)。
 國光氏は、「小児科を志向しやすい女性医師が年々増えていることが、ベースラインで影響しているだろう」と推測する。しかし、東京医科歯科大発生発達病態学/小児科教授で、日本小児科学会生涯教育・専門医育成委員会委員長の水谷修紀氏は、「女性医師の増加の影響もあるが、小児科医の増加には、学会を挙げて取り組んだ改革の影響が大きいのではないか」と言う。一昔前、小児科診療は危機的状況で、小児科医の過労死問題がメディアを賑わした時期もあった。「最悪の状況を好転させるため、小児科医の労働環境改善に取り組んだ」と水谷氏は当時を振り返る。
 学会が取り組んだ主な対策は、小児科の診療体制を集約化すること。「集約化しなければ、総倒れになるとの危機感」(水谷氏)にも後押しされた改革だった。その目的は、医師の労働環境を良くし、かつ診療の安全性を担保すること。小児科医を一定数以上確保できない医療機関を入院医療から、外来医療へシフトさせた。合わせて多くの地域が、医師会の小児科医と協力し、時間外診療を助け合う仕組みの構築にも努力した。
 国民にも、なぜ集約化が必要かを説明し、理解してもらう努力を惜しまなかった。「幸い、より良い医療を受けるためには、多少の不便を許容し、遠くてもしっかりした医療を提供できる基幹病院に入院することに社会が一定の理解を示してくれた」と水谷氏。入院施設を有する基幹病院は地域で共有すべき限りある医療資源と理解し、小児科を守ろうとする母親たちの協力にも支えられたという。
 小児科は、外来のみでも診療が成り立つ診療科であることも、短期間での集約化を可能にしたのかもしれない。
 集約化を進めることで、女性医師が働きやすい職場も増加傾向にあり、教育にも力を入れられるようになってきた。その結果、若手医師に選択される診療科ともなっている。
 臨床研修制度の導入は、小児科診療の危機的状況を招いた一つの要因だったかもしれないが、小児科は学会を挙げて体制を見直す好機と受け止め、逆境を味方にして状況を好転させたといえそうだ。
(略)

しばしば産科・小児科などと言う言い方をされるように医師不足問題に関わらずセットで語られる局面も多い産科と小児科ですけれども、非常におもしろいと思うのは顧客自体は減少傾向が続いている中で激務だ、医師不足だと言う問題が盛んに言われると言う共通点があった、そしてその対策に関して道が分かれた結果未だ四苦八苦している産科と比べて現状では小児科は一足早く勝ち組に転じつつあると言うことですよね。
もちろん記事にもあるように両者の本質的な差異が一つの分かれ道になっていることも確かで、例えば産科と言えば大野病院、大淀病院の両事件を始めとして何よりも他科よりもずっと高い訴訟リスクと言う問題が産科崩壊の最大原因として内外から注目を集めていた以上、まずはそちらに対する対策と言ういささかネガティブイメージを持たれやすいところからスタートしたのはやむを得ないとは思います。
ともかくも一般市民はもちろんマスコミや法曹に対するものも含めた啓蒙活動によって出産に伴うリスクと言うものを周知徹底してきた結果、「近年、医療訴訟は格段に減少した」と言うのですから狙い通りの成果は上がったとは言えますが、他方で訴訟リスク対策としても激務対策としても重要な医師の集約化と言う点では小児科に一歩遅れを取っていることは残念ですよね。
本来であれば多くの場合外来診療で済む小児科と比べて、最終的にはまず全例の入院が必要になり日常的に緊急手術も行われる産科の方が医師集約化の重要性が高いはずですし、医療安全向上と言う訴訟対策面から考えても1人診療はリスクが高いと思うのですが、この辺りは最近ようやく産科医も増加傾向に転じていると言いますから今後遅れてでも効果は出てくるものなのかも知れません。

学会と言うものも学術的な面ではともかく、実臨床の場においては医師会などと比べても今ひとつ存在意義がはっきりしないようなところがありましたが、今回の記事から見る限り小児科に関してはかなり積極的に学会が関与し臨床現場の状況改善に相応の成果を上げたという、他の診療科にとってもなかなか示唆的な結果となったようです。
この辺りは一昔前であれば各大学の医局が主導的力を発揮出来るかどうかが問われそうな問題でもあると思うのですが、逆に言えば医局の支配力が低下したからこそ医師の再配置などと言うデリケートな問題に関しても学会の影響力が発揮出来たとも言えるのでしょうし、内科的側面の強い小児科診療においては多くの場合に医師一人でも診療を担当できると言うことも良かったのではないかと言う気がします。
例えば緊急手術など外科的側面の強い産科領域においてはどうしても複数医師の協力と言うことも必要な局面があるでしょうが、産科に限らずしばしば言われるように所属医局の違う医師が同じ職場で働いていると医療に関する方法論の違いからか結局うまくいかなくなると言うことがままあるもので、学会主導による医師再配置を目指そうにも結局は系列医局と言うものの存在を無視出来ないのかも知れません。
ただ新臨床研修制度の導入以来大学の医局に所属せずに医師活動を続ける先生方は確実に増えてきていますし、この場合周囲の先生方のやり方を見て仕事を覚えていくのだとすると最初から複数の流儀に馴染んでいる可能性も高いでしょうから、将来的には医局による流儀の違いなども医師連携の垣根としてあまり気にならなくなっていく方向にはあるのでしょうね。
考えてみるとどこの大学にしろ長年の経験等から「このやり方が一番いい」と考えてやっていることでしょうから、若い先生方が複数の流儀に馴染み取捨選択していった結果ここの部分はこの大学のやり方、あの部分はあちらの大学のやり方と「いいとこ取り」が出来るようになっていけば、最終的に大学の系列を超えた地方レベル、全国レベルで最も妥当な方法論が出来上がってくることも期待出来るでしょうか。

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2014年4月14日 (月)

大病院の患者受け入れはますます渋く?

診療報酬改定の影響をすでに各方面で実感されているところだと思いますが、今回の改定では急性期病床が削減方針に転じたとされるように患者を急性期病院から慢性期病院あるいは施設へ、さらには自宅へと言う在宅シフトと言う大方針が感じられるものになっていて、今までの増え続ける医療重要に応じて急性期医療を充実させてきた方向性からするとかなり真逆に思われますよね。
その中でも平均在院日数算定の厳格化などは非常に困っている施設も多いのではないかと思いますけれども、まずはこちらの記事から抜粋してみることにしましょう。

入院短縮化、在宅シフトで勤務医の仕事にも影響(2014年4月3日日経メディカル)より抜粋

(略)
平均在院日数の計算もよりシビアに
 特定除外制度の廃止による影響も表れそうだ。7対1一般病棟は平均在院日数18日以内、10対1一般病棟は21日以内という施設基準がある。改定前は、7対1や10対1の入院患者のうち癌や難病、頻回に喀痰吸引・排出が必要なケースなどは、特定除外患者として、入院が90日を超えても点数の低い「特定入院基本料」を算定せず、平均在院日数の計算対象からも除外できた

 だが、今年10月以降は(1)90日を超えて入院する患者について、出来高算定とするが、平均在院日数の計算対象とする、(2)平均在院日数の計算対象としないが、療養病棟入院基本料1を算定する――のいずれかを病棟単位で選択しなければならない。

 制度廃止に伴い、今後は長期入院患者の退院を促す動きが強まる可能性があるが、その後の受け皿の提供が困難なケースは少なくない。また、こうした患者にも急性期医療が必要だという指摘もある。赤穂中央病院(兵庫県赤穂市)などを経営する伯鳳会理事長の古城資久氏は、「特定除外患者の中には、癌などで長期入院していても増悪時には急性期医療が必要となる患者が少なくない。我々はこうした患者は残しながら、何とか平均在院日数18日をクリアしたい」と話す。

 外来診療では、一般的な外来患者はまず「かかりつけ医」に相談し、大病院の外来は紹介患者が中心となるようなシステムを普及、定着させるため、病院と診療所の機能分化を一層推進する内容となっている。
 一方、大病院に対しては、入院医療や専門的な外来診療などのウエートを高め、一般外来を縮小方向に向かわせるための点数設定がなされた。
 現在、紹介率や逆紹介率の低い大病院に対しては、低い初診料と外来診療料が設定されているが、この紹介率・逆紹介率の基準が厳しくなり、対象となる医療機関の範囲も拡大された(表4)。

 短期入院手術・検査の評価方法の見直しも、平均在院日数短縮への一層の努力を促す仕掛けだ。内視鏡的結腸ポリープ・粘膜切除術、下肢静脈瘤手術、水晶体再建術、前立腺針生検など、21種類の手術や検査について、5日以内に退院した場合は包括払いの「短期滞在手術等基本料3」を算定し、平均在院日数の計算対象から除外することとなった。

 水晶体再建術や下肢静脈瘤手術などは、日帰りや1泊2日で行われることも珍しくなく、平均在院日数の短縮に寄与していた。「特定除外患者は数人程度にとどまり、短期滞在手術の件数もそこまで多くないものの、このままだと平均在院日数は0.8日程度長くなる見込みだ」と地域の急性期医療を担う菊名記念病院(横浜市港北区)理事長の山本登氏は話す。今後、急性期病院の勤務医は、これまで以上に在院日数短縮化への協力を迫られるとみられる。

 さらに、患者の在宅復帰を促す目的で、「在宅復帰率」という新しい基準も導入された。7対1一般病棟では、直近6カ月間に退院した患者のうち、自宅や回復期リハビリテーション病棟、居住系介護施設などに退院した患者の割合が75%以上という基準が設けられた。
(略)

短期入院患者が増えるほど平均在院日数算定上有利であったことから、今までは内視鏡的ポリープ切除などはまさに病院にとってコストパフォーマンスの高い処置の最たるものでしたけれども、今後算定から除外されるようになると早速平均在院日数超過になる病院も出てくるでしょうし、今後どのような方向性で診療を行っていくのか考えていかないと大変ですよね。
別の記事でも出ていますが紹介状のない大病院の初診では1万円ほど徴収してはどうかとか、自宅に比べて安すぎる入院中の食費はもっと高くすべきだとか、患者側にとって今までのように気楽に病院にかかれない制度が用意されつつあると言えますが、病院側としてもとにかく今まで以上に患者を追い出さなければならない制度になったわけで、特に診療報酬上うまみのない患者は引き受けにくくなりますよね。
特に気になるのが急性期の病床が削減されれば当然救急等の受け入れキャパが小さくなってくると予想されますが、再入院等もこれからは厳格化し抑制していくと言うことですからもともと状態の悪い患者にとってはいったん追い出されれば何かあったとき困ると考えるのも無理からぬことで、退院させたい病院側と入院したい患者側との間で今まで以上にトラブルが頻発すると言うこともあり得ると思えます。
このあたりの懸念に対してと言うこともあるのでしょうか、先日面白いことを言いだした病院があると言うのですが、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

南部医療センター、退院患者に診療保証(2014年4月4日沖縄タイムス)

 県立南部医療センター・こども医療センター(南風原町、我那覇仁院長)が、長期入院患者の退院の際、緊急時に受け入れることを保証する「なんこいカード」を手渡している。県立病院では初の取り組みで、2月中旬の開始から今月3日まで71人に発行。センターは「転院先の医療機関や介護施設、家族、患者の不安を取り除くため、安心をカードという形で保証したい」としている。

 カードは緊急時にセンターが確実に受け入れることを明記。患者氏名やIDが記され、担当医師が診療情報を見ることで適切な医療を図ることも狙いだ。

 センターは24時間救急を担う高度な急性期病院。現状では411床のうち、90日を超える長期の入院患者は1割を超え、30日超も約3割に上る。急性期の患者をより受け入れやすくするため、長期入院患者が安心して退院することが課題となっている。

 対象は、急性期の治療を終えリハビリへ移行した患者や、ターミナル(終末期)の人ら。転院する介護施設や在宅診療を担う訪問医、かかりつけ医と継続的に連携する。

 受け入れの保証で、病院を追い出されたという患者や家族の感情の解消にもつなげたいという。

 センター経営課の牧田文博課長は「受け入れる側の病院や施設からも評価を受けている。今後の連携もスムーズにしたい」と話す。

基本的にはこの話、逆紹介率の向上によって病院のベッドを空けると言う大方針に基づいたもので、「地域のかかりつけに診てもらっていても何かあればうちで引き受けますよ」と言う担保を与えることで患者が地元に帰っていくことを期待しているのでしょうが、ともかくも緊急時には確実に受け入れるとはまた大胆な約束ですよね(もっとも受け入れると言っているだけで、入院させるとは言っていないようではありますが)。
もともと地域の基幹病院クラスでもかかりつけ患者だけでキャパシティーを超えていると言うことなのか、かかりつけ患者以外の救急は取らないと言う施設は各地にあったわけですが、こうした施設の近隣では何かあったときに「あそこのかかりつけですから」と主張したいがために、普段から風邪などどうでもいい症状でとりあえずかかっておくと言う受診行動が見られる場合があります。
こうした言わば囲われ化を期待して押し寄せてくるだろう患者を排除するためにも「長期」入院患者限定なのかとも思うのですが、当然ながら長期にわたって入院を要するような患者はもともとあまり状態がよくない方々が多いと思われますから、今後対象患者数増加に伴いあちらからもこちらからも受け入れ保証の権利を行使しようとする患者が押し寄せ受け入れ不能になる可能性もあるとは思いますね。
また引受先の先生方にとっても「何かあればすぐ送り返せばいいのだから」と言う話でもあるだけに、引き受けたはいいが熱が出た、食欲がない等々なんでもかんでも送り返してくるのでは意味がないことで、普段から逆紹介先になる地域の中小病院や開業の先生と緊密に連携を取り合うと同時に、やはりどこまで面倒をみてくれるかと言うことも勘案しながら逆紹介先を選んでいく必要もあるのだと思います。

いずれにしてもこうした国策による誘導に従って基幹病院から中小病院・診療所へ、そして施設や在宅へと言う逆紹介ルートが確立してくると、やはり地域内で施設間の系列化と言うことも進んで来ないではいられないのだと思いますが、頂点に立つ大病院側から見ると平均在院日数も厳しくなり、下手をすると今後病床も強制的に減らされることになるかも知れないとなれば、下手な患者を囲い込みたくはないわけです。
正直あまり客層のよろしくない患者ばかりを抱え込んでいる施設だとか、いささか独特すぎる診療をしていて何かとこじらせてから他院に送りつけてくる施設と言うのはどこにでもあるものですが、こうした施設から紹介されてくる患者は当然ながら純粋医学的な意味以外においても対応が面倒なケースも多いでしょうし、治療が終わったからと言って素直に逆紹介ルートに乗って早期退院してくれるかどうかも判りませんよね。
となるとやはり大病院側から見ても都合の良い診療に協力的な施設ほど患者受け入れ等で便宜を図る一方で、何かと余計な面倒ばかりかけてくれる施設に対しては只今満床攻撃で実質的に受け入れ拒否を行うと言うことも場合によっては起こってくるかと思いますけれども、大病院側とすれば今後こうした選別は経営上もメリットが大きいし、実際の診療にあたる医師ら現場スタッフにとってもストレスが減りと悪いことはないわけです。
地域内でも優良施設は優良施設同士で系列化を推進する一方で、取り残された非優良施設もこれまたやむなく同類同士で系列化を進めていくと言うことになってくれば、どの系列に入るかで患者さんにとっても大きな違いが出てくるはずですから、やはりいざ初診に至る前にある程度情報も集めた上でかかりつけをどこにするか決めていった方がいいだろうと言うことですよね。

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2014年4月13日 (日)

今日のぐり:「餃子の風来坊 水島店」

先日は卓球で13歳のペアが最年少優勝と言うことで話題になっていましたが、それに関してこんなこともニュースになっていました。

51万円!?最年少Vの平野&伊藤、賞金額に驚く表情が世界中に/卓球(2014年4月8日サンケイスポーツ)

 卓球のワールドツアー、ドイツ・オープンの女子複を史上最年少の13歳で制し、翌週のスペイン・オープンで2大会連続優勝を果たした平野美宇(エリートアカデミー)伊藤美誠(みま、スターツ)組が8日、ミュンヘン発のルフトハンザ航空便で羽田空港に帰国した。

 2週連続の快挙に「ドイツで優勝できた後も、気持ちを緩めずスペインでも勝てた。美誠ちゃんと一緒に(タイトルを)取れて、2倍うれしい」と平野。伊藤も「応援してくださったみなさんのおかげで(最年少)優勝というすごい記録を出せ、感謝の気持ちでいっぱい」と笑顔を見せた。
(略)
 ドイツでの優勝賞金は5000ドル(約51万4000円)。それを聞かされ驚いたときの表情は、国際卓球連盟提供で世界に配信された。「いろんなところに掲載されていて、恥ずかしかった」と照れ笑いする平野は、使い道を聞かれ「コーチや家族にプレゼントを買いたい」。伊藤も「支えてくれた方々や、美宇ちゃんに(プレゼントを)買ってあげたい」と話した。
(略)

記事にもあるとおり世界中に配信されたという問題の瞬間はこちらの動画から参照いただきたいと思いますけれども、まあ何と言いますか絵に描いたような…と言う感じでしょうかね。
今日はそんな初々しい平野&伊藤組の栄冠に敬意を表して、世界中からまさしく画像一つで思わぬ話題になってしまったと言うケースを紹介してみることにしましょう。

「千葉市章が初音ミクにしか見えない」と話題 市長も参入「言われてみれば確かに…」(2014年12月23日J-CASTニュース)

   千葉市の市章が人気ボーカロイド「初音ミク」に似ていると話題を呼んでいる。
   熊谷俊人市長からも「言われてみれば確かに…」とツイートが投稿され、「もうミクにしか見えんwww」とファンは盛り上がっている。

市長「人間の想像力って凄いですね」

   話題の市章は、中央の十字の上に丸、両脇に月が描かれたデザインだ。1921年の市制移行を記念して、ゆかりの大名、千葉氏の家紋に「千」の字を入れて作られた。
   「丸」が頭部で、千の字が胴体、両脇の月はミクのチャームポイントであるツインテールのお下げ髪に見えてくる、ということらしい。市章が緑色であることも、ミクの頭髪やコスチュームの色を連想させるようだ。
   熊谷市長がこの件についてツイートしたのは2013年12月21日。「我が千葉市旗が初音ミクに見える、とネットの片隅で話題になっているとのこと。言われてみれば確かに…」と書き込んだ。
   もともと誰が言い出したのかは不明だが、市長は「緑色であることもポイントでしょうか。人間の想像力って凄いですね」と感心した様子だ。

千葉市でミクイベント開催を期待する声

   2000件近くリツイートされた市長の投稿により、ミクファン以外の層にも話題となり、「もう初音ミクにしか見えない」、「思ったより似てたw」とツイッターなどで賛同する人が相次いだ。
   また、市長が直接言及したことで、千葉市でタイアップしたイベントが行われるのではないかと期待をする人もいる。
(略)
   ネット上では、「千葉でミクさんイベントを私達市民のためにお願いします!」、「千葉市は初音ミクとコラボすればいい」と一部で盛り上がりを見せている。12月23日夕現在、千葉市主催の関連イベントの開催は発表されていない。

ちなみに本当に似ているかどうかはこちらの比較検討を参照いただきたいと思いますけれども、まさか千葉市もいまさら市章がこんなことで話題になるとは思ってもいなかったのではないでしょうか。
人間誰しも初めてと言う経験はあるものですが、こちら初めてのそれが世界中で大きな話題になってしまったと言うニュースです。

【動画】女の子のかわいすぎる柔道の試合が大人気 世界中で爆発的ヒット(2014年4月9日Aol news)

昨年、双子の女の子が戦うテコンドーの試合(http://news.aol.jp/2013/10/15/cutetwins/?ncid=jpYNetaFB)が可愛すぎると話題になったものだが、その可愛さを超えたかもしれない動画が出現。ネット上では21万シェアを超えるバイラルヒットとなっている。
PJ JudoさんがFacebookにアップしたこの動画、幼い女の子の柔道の試合を映したものなのだが、恐らく二人にとっては初めての試合だったのだろう、覚束ない足取りで技を繰り出す姿は、笑い無しで見ることはできない愛らしさだ。
動画の中身ははっきり言って、試合というより、子供が抱き合ってそのままボテッと倒れる図が延々繰り返されるだけのだが、当の闘う二人は至って真剣。恰好も白い柔道着に帯をきゅっと巻き、お辞儀もしっかりして大人顔負けなあたりもまたおかしみを醸し出す。
黄色い帯の子があまりにも小さく覚束ないので、手前のやや大きい子のほうが有利かと思いきや、こちらはこちらで風邪でも引いているのか、試合中どでかいくしゃみを連発。その勢いでひとりで転倒したりして、試合の展開はまったく読めない。

【動画】https://www.youtube.com/watch?v=jUf3UPBnkmg

ネットユーザーたちも、
「ははは、可愛すぎww」
「こんな可愛い動画は見たことないね」
「これまで世界中で行われた試合の中で一番可愛いだろこれ」
など、二人の愛らしさにやられてしまった人が続出。結果、21万シェアという驚異の数字をたたき出したのも納得である。
最後は二人して倒れているところを審判の男性に抱きかかえられて強制終了となったのだが、この試合、果たしてどちらに軍配が上がったのか、気になるところだ。

もはや勝ち負け云々ではないと言う状況ですけれども、二足歩行動物の頭が重いと本当に安定性にも影響するんだなと感じさせる動画ではありますよね。
キャラ弁を始め日本人の手がける妙な案配に凝った料理が思いがけず話題になることがままありますが、こちらいささか斜め上方向に逸脱しすぎて…と言う料理が完成したようです。

「アクアフレッシュ麺」作ってみた職人あらわる 赤白青のストライプでとってもまずそう!(2014年4月4日ねとらば)

 赤白青のストライプでおなじみの歯磨き粉「アクアフレッシュ」。「そんなさわやかな麺が作りたいっ!」という思いから、niconicoユーザーのabaさんは赤白青のカラフルな「『アクアフレッシュ麺』を作ってみた動画」を投稿しています。

 まずはうどん粉を赤・青・白の3色に着色し、粘土状にまとまったうどん生地を専用容器に詰めます。準備ができたら、ハンドルを回して、いっくよーっ!
 見事に3色ストライプの「アクアフレッシュうどん」が出てきました。これをお湯でゆでたら完成! うわぁ……。なんだか今にも動き出しそうな感じに。

 ちなみにこの「三色製麺器」、abaさんが3Dプリンターを使って自作したものだそう。今回の取り組みに対し、「さわやかな麺を作りたかった。後悔はしていない」とコメントしています。

その衝撃ぶりは元記事の動画を参照いただくとして製麺機まで自作した割に、見た目的にはさわやかかどうかはいささか議論の別れるところではないかと言う気がします。
他人の不幸は蜜の味…なのかどうかは判りませんが、こちらあまりに悲惨な状況であるが故に大人気となっている動画を紹介してみましょう。

【動画】フォークリフトの操作に失敗した一部始終に世界中が大爆笑(2014年4月4日Aol)

ネット上には多くの"失敗動画"がアップされているが、フォークリフトの運転手による"絶妙な操作ミス"の一部始終を収めた動画が、世界各国で爆笑を呼んでいる。
3月半ばにアップされたこの動画。まずFacebook上に投稿されたところアッという間にコピーされまくり、YouTubeをはじめ様々な動画サイトやブログに拡散。オランダ発の動画だが、今やロシアなど世界各国のサイトにまで広まっている状態だ。

肝心の内容は、大型トラックの荷台に向かってフォークリフトが大きな積荷を運ぶ様子を映したもの。一見なんの変哲もない防犯カメラの映像のようだが、思わず「ドリフかよ!」とツッコミを入れたくなる、まるでコントのような展開なのだ。
おそらく水産加工会社の駐車場だろう。フォークリフトに載せられているのは、水とともに魚が入れられたボックス(3段重ね)。これをいざ持ち上げて積み込もうとしたところ、一番上のボックスが荷台の天井にひっかかり水が漏れてしまった。
この時点で後退すればよかったものの、作業員がフォークを下ろしたものだから、傾いたボックスがさらにゴロンと運転席へ...。その結果、大量の水と魚が作業員に降り注いだことは言うまでもない。

https://www.youtube.com/watch?v=Ve4pdk1akQY
(略)

往年のドリフでもここまで完璧なものがそうそうないと言うくらいに完璧なひっくり返しぶりですけれども、まあ悲惨ではありましたが大きな事故にならずに済んで良かったですよね。
ケチと言うのも度が過ぎるとある種病的と思われるものがあるようですが、こちらもなかなかにない発想だと話題になっているケチぶりを紹介してみましょう。

質素倹約過ぎる父親の財布が「斜め上過ぎる」と海外で話題に(2013年4月6日秒刊サンデー)

質素倹約なのか、それともただの「ケチ」なのかはわかりませんが海外サイトにアップされていたとんでもない父親の財布が話題となっております。財布と言えば、ちょっとは見栄を張って「立派感」を出しておきたいもの。安っぽい財布で、おごられても「無理をしているな」と思われるのもしゃくです。と言いつつも筆者はこれ以上なくチープな財布を利用しているわけですが、こちらの財布は目を見張るものがあります。
こちらが投稿者による、父のチープなお財布です。質素倹約・エコ・ケチ・・・いろいろな妄想が駆け巡るわけですが、落ち着いてまず考えていただきたいのがこのパッケージどこかで見覚えがあるはずだ。
(略)
中にはカードがびっしり入っているが、なんということだろう。実にカードとポテトのケースがフィットしており、あらかじめカードをしまっておけるかのような設計になっているのだ。
もちろんそんなはずは全くないのだが、この発想は斜め上過ぎて衝撃的だ。
(略)

―海外の反応

    ・ サムネイルを見たときマックのトランスフォーマーのおもちゃだと期待したのに
    ・ 4歳児用の財布であればいいが
    ・ おれの父親の財布は古い靴下を使っておりますよー :/
    ・ リサイクルだし、エコだし、会員カードが何気に金だしすばらしいよ
    ・ おい。。。2010年から使っているのかよ
    ・ 2010年?4年間もつかっているのか
    ・ 私の財布も紙でできておりましたが、半年でつぶれた。
    ・ フライボックス2010ですね
    ・ とてもかわいいですね!
    ・ 質素のお父さんはこの財布を使っていないのは?
    ・ 質素と安価は違うだろう。
    ・ ただのゴミレベル
    ・ 尻がポテトくさくなりそうだ
    ・ クーポンはきれいに保つことができそうだな
    ・ すんげえ高級な財布に見えるぞ!!!すんげえ高級な財布に

もはやここまでくると一周回ってクールなのかも知れませんけれども、原材料入手コストを考えるに百円ショップ等で売っている廉価な財布でもいい気がしますけれどもね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからの話題ですけれども、こういうのも芸が身を助けたと言うのでしょうかね?

女子高生、iPhoneを拾おうとして排水溝にはまるの巻 --イギリス(2014年4月7日TABROID)

「持って生まれたもの」が引っかかって一命をとりとめた模様。

イギリスの女子高生エラさん(16歳)は、落としてしまった愛用のiPhoneを拾おうとしたところ、自らも排水溝に落っこちたそうですよ。
どういうわけかこの話題、Twitterで溝にハマった彼女の写真が投稿されただけに留まらず、世界中のニュースメディアにこぞって取り上げられてしまいました。
掲載したメディアは地元のBBCをはじめ、タイム紙やFOXニュースなどの大手紙から、南半球のオーストラリア版ニュース・コムまで様々。ああ、世界中に広がってしまいましたとさ。
幸いにもスッポリとは落下せず上半身が引っ掛かったエマさん、駆けつけた消防によって救出されたのだそう。無事でなによりです。何はともあれ、

まさしく「持って生まれたもの」が身を助けたというその状況は元記事の写真を参照いただければ一目瞭然なのですが、そうですかこの状況が全世界に配信されてしまいましたか…
ちなみにどうやらこの写真はたまたま通りかかった通行人が撮影したようなのですが、それはこんな場面に遭遇すれば撮らずにはいられないと言うことでしょう。

今日のぐり:「餃子の風来坊 水島店」

倉敷市南部の水島工業地帯にほど近いこちらのお店、先年オープンした当初に来てそこそこの入りと思ったのですが、今は食事時でもわりに空き席が目立つ印象です。
まあ込まない方が利用者にとってはいいのですが、この辺りは老舗のラーメン屋、中華料理屋などを中心に安くて量が多い個人店も多いですからチェーン店の価格帯は苦戦しそうですかね。
ちなみに風来坊と言えば昔はラーメンがメインの中華料理屋だったと思いますが、現在ラーメンの方は同系列の「ふー太」で主にやっているせいか、近年「餃子の~」と改まってきているようです。

今回は野菜ラーメン半チャーハンセットと言うベーシックな組み合わせで頼んでみましたが、しばしば実物を見てがっかりする野菜ラーメンがメニューの写真通りのものが来てまずびっくりしてしまいました。
野菜炒めトッピングという売り文句通りで野菜の炒め加減、見た目の彩り等野菜炒めとして見ても無難に仕上がっていて、こういう店のこういうメニューにはどちらかと言うとタンメン風のあっさりスープと合わせるパターンが多い印象なんですが、こちら系列のふー太などに近いクリーミーと言っていい位脂み濃厚な豚骨醤油でその点でもちょっと驚きましたね。
おかげでずいぶんと脂質過多で腹にたまりそうな味になりましたけれども、スープだけの味からするとするするっと細麺を合わせたくもなるのですが、この場合これだけの野菜もあるので中太麺で正解だろうと思います。
チャーハンの方は見た目も味もごく標準的な大衆中華のチャーハンと言う感じで、全般に少し脂ぎっていますが王将のレギュラーメニューのチャーハンのようなこれは一体何の料理だ?という感じはなくチャーハンっぽいですね。
全般的には正直もっと凄いものも期待してたのに意外に普通と言ったところなんですが、付け合わせの白菜漬けの干からび具合だけはガチでしたでしょうか。

メニューが以前開店直後に来た時には普通におかずと飯的なセットがあったと思ったんですが、今は炭水化物プラス炭水化物の組み合わせだけで、餃子セットや唐揚げセットという追加メニューはあるが麺類としか合わせられないらしいと言うのは、カロリー的にも栄養的にもバランスが悪い印象です。
それ以上に中華料理屋としては非常に限定されている単品のおかずメニューをどう使ったらいいか迷わしいんですが、見ていますと実際に迷った挙げ句単品でおかずと飯というオーダーをしている人もいるようですね。
まあラーメン屋だと考えればこんなものなんですが、それならふー太でいいんじゃないかとも思いますし実際価格帯もラーメン屋としては比較的高価格帯なふー太と大差ないようで、地域の水準からするとかなり高く感じるのが客入りが減った理由か?とも思います。
その割りにはスタッフは比較的多いおかげでレスポンスはまずまずなのはいいんですが、それにしてもせっかくの稼ぎ時であるはずの昼食時間帯にスタッフ同士での雑談が絶えないと言うのも顧客心理としては微妙なところですよね。

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2014年4月12日 (土)

長年使っていた環境はおいそれと手放せないものですが

使っているものにこだわると言う人は決して少なくありませんが、例えば道具を非常に重要視することで知られているイチロー選手などは要求水準も極めて高くて、スポーツ用品メーカーの名人クラスの職人が素材レベルから厳選に厳選を重ねて作り上げたグラブを持っていっても5個に1個しか受け取ってくれないなどと言いますから大変ですよね。
一般人なども長年道具なり食べ物なりに「このブランドでなければ」と言うこだわりがある人は少なくないと思いますが、この場合のこだわりと言うのは味や使用感などがある特定の狭い範囲に収まっていないと困ると言う意味であるわけですから、こうした顧客に対してメーカー等提供する側は何よりも同じ品質で安定供給していく責任があるだろうし、老舗ブランドが「改良」を発表するたびに大騒ぎになるのもこうした理由からですよね。
しかし他方ではもちろん提供する側も商売でやっていることですから、様々な事情から今まで通りの供給体制を続けていくことが難しいと言う場合も少なからずあると言うことですが、長年提供され固定客がいるものほどその変化による影響は大きくなるのは当然で、先日個人的にも非常に気になるこんなニュースが出ていました。

富士通、ニフティを売却へ 会員減少で業績低迷(2014年4月10日朝日新聞)

 富士通が、インターネット接続サービス(プロバイダー)の子会社「ニフティ」を売却する手続きに入ったことが分かった。すでに国内の投資ファンドなどに打診を始めている。会員が減り業績が低迷する個人向けサービスから撤退し、企業向けのITシステム事業に力を入れていく。

 富士通は近く、買い手を公募するかどうかなど、売却先の選定方式を決める。

 ニフティは1986年、富士通が大手商社日商岩井(現双日)と共同出資で設立した個人向け情報サービスの老舗だ。87年に電話回線を使うパソコン通信「ニフティサーブ」を始め、会員数は90年代半ばにパソコン通信として日本最大の200万人超に達した。

周知の通り当「ぐり研」もまたニフティの提供する環境上に存在しているわけですが、実際に個人向けサービスが打ち切りになると今後どうしたものかと考えなければならないでしょうね。
プロバイダーなどどこでも似たり寄ったりのサービスを提供していて別にニフティが優れていると言う事は全く無い、と言うよりも近年の価格競争の中でむしろ高くてサービスが悪いと言う側に属すると思いますけれども、逆に言えばそうしたものを重視して契約先を選んでいる方々はとっくの昔に流出しているでしょうから、今残っている人々と言うのはそうしたものではない別な何かを求めている顧客であるとも言えるかと思います。
具体的には例えば旧パソコン通信時代からずっと同じ環境でやっていて、今さらそれを丸ごと改めるともなると手間ひまの問題は元より各方面への影響も計り知れない、そして何より以前と同じ環境を再構築出来るかどうか判らないと言ったケースが挙げられると思いますが、そうした方々にしてみればお得だからと環境移行を強いられるくらいなら多少のコスト負担も甘受するから同じ環境の提供を続けてくれと言う話ですよね。
ニフティに関してはともかく売却先企業がどれだけ環境を引き継いでくれるかを期待するしかありませんが、今ちょうどそれ以上の大々的問題となっているのがちょうど先日公式サポートが終了したばかりと言うご存知ウィンドウズXPの問題で、公式なサポートが続いていたとしても現行の最新環境に比べて桁違いに危険性が高いと言うことですから、今後サポートが打ち切られればどうなってしまうかと言うことです。
それでも個人の場合はソフト的・ハード的にみて年々環境も変わっていくわけですからあきらめて新環境に移行するか、特定アプリ専用機としてスタンドアロンで使用することで済むかも知れませんが、一番悲惨なのは企業等で特定のハードと組み合わせてXP環境下でシステムを組み上げた、その後も何ら変更もしないまま長年使い続けてきたのに全部一から組み直さなければならないのかと言うことですよね。
もちろんそれが可能であれば移行していただいた方がいいのでしょうが、特定環境に依存して組み上げているシステムが新しい環境下でも動く保障はないわけで、たちまち仕事に行き詰まりかねないとなると「金は出すから今のまま使っていられるようにしてくれ!」と言いたくもなると思いますけれども、どうもその辺りの事情が社会的には今ひとつ理解されていないのかこんな発言も飛び出しているようです。

「報ステ」はブラック企業を増長させる? 小川彩佳アナの「無料交換」発言に批判殺到(2014年4月10日RBB TODAY)

 「報道ステーション」(テレビ朝日系)8日放送回での小川彩佳アナウンサーの発言に批判が殺到。「報ステは労働問題を扱う資格はない」という意見まで飛び出している。

 同番組では8日、Windows XPのサポート終了について報じた。「米マイクロソフトは、発売から12年経ったOS・Windows XPのサポートを9日で打ち切る」というニュースに対して、小川彩佳アナは「(新しいOSと)無料交換して下さればいいのにって思いますよね」とコメントしていた。

 小川アナのこの発言が、「企業にかかるコストを考えていない」と批判を浴びている。「マイクロソフトは慈善事業ではない」「前々から終了は告知されていたのに」という声と同時に「なんでも『無償で』と要求する消費者がブラック企業を生む」「報ステは今後、労働問題を扱う資格はない」といった意見も出ている。

 「無料で交換してくれれば」発言は、ユーザーの本音を代弁したともいえるが、サポート終了は数年前から告知されていた。番組でも、古舘伊知郎キャスターが小川アナに「Windows側はこれだけ長くアナウンスしてきたっていうのがあるでしょう」と返している。

 ブラック企業やモンスターカスタマーが問題視されている今だからこそ、小川アナの発言も視聴者に厳しく受け止められてしまったようだ。

もちろん突っ込みが入っているように商業活動に対して適切な報酬を支払ってこそ社会が正しく成立すると言うもので、その意味では労働問題も扱う番組の担当者として不見識極まりない発言としか言いようがありませんけれども、環境移行に頭を抱えている各企業担当者にしてみれば「そういう問題じゃない」と突っ込みたくなるような話でもありますよね。
今後もXP環境で何とか使い続けていく工夫と言うものを各方面で色々な人がコメントしていて、その真偽の程や有効性についてははっきり確証出来ませんからここでは何とも言い難いものがあるとは言え、ゲーマーなど個人レベルで使用するにはそれなりに有効そうな対策と言うのも確かにあるようで、ここではどれがと明示もしませんが必要な方はあくまでも自己責任で行っていただくべきかと言う気がします。
先日マイクロソフトの方からもコメントが出ていますけれども、もちろんマイクロソフトにしても必要性があって旧システムを使い続けなければ仕方がないと言う顧客が一定数いることは承知していて、とりあえず最低限これだけはやっておいた方がいいと言う対策と言うものも示しているようですから、まずはやむなく使い続けるしかないという使用者も現状を認識して出来ることはやっておくべきでしょう。

Windows XPのサポートが4月9日で終了。どうしても残したい場合の対策はあるのか?(2014年4月9日4gamer.net)より抜粋

(略)
 ではサポートの切れたWindows XPを使い続けることには,どんなリスクがあるのだろう。加治佐氏はまず,現代の攻撃者が金銭を得ることを目的としたり,いわゆるサイバー戦争の道具(いわゆるゾンビPC)にすることを狙ったりといった具合に,攻撃の目的を明確に変えていることを指摘した。
 たとえば,警察庁の調査によると,2013年に日本国内で発生した不正送金による被害金額は,14億円に達していたという。2014年はさらに悪化しており,1~2月の2か月間だけですでに6億円もの被害が発生しているそうだ。
 PCとOSの進化にともなって,OSは新しいものほどセキュリティ面で強固となるのが通例である。加治佐氏はWindows 8とWindows XPを比較した場合,マルウェア(悪意を持って使われるプログラム)の「感染率には21倍もの差がある」として,いかにセキュリティ面での差が大きいかを述べた。Windows XPを使い続ける限り,この差はさらに広がっていくのだ。
 「オンラインバンキングなんか使ってないから大丈夫だろ」と考える人もいるだろう。だが,オンラインゲームのユーザーを狙い撃ちして,ユーザーIDやパスワードを盗み出すマルウェア(悪意を持って使われるプログラム)も存在するので,けっして他人事ではない。同じユーザーIDとパスワードをほかのゲームやサービスでも使い回していたら,それらのアカウントまで乗っ取られる可能性もあるのだ。
 また,2012年に発生した不正アクセス事件では,PCにマルウェアを埋め込まれて不正アクセスに利用されていたいわば被害者が警察によって4人も誤認逮捕されるという事件が起こり,世を騒がせたことがあった。Windows XPを使い続けると,そうした事件に巻き込まれるリスクも高まるといっても過言ではないだろう。
 もちろん,マルウェアの脅威はWindows XPに限ったものではない。Windows 7やWindows 8.1でも危険はある。だが,Windows XPは,この先セキュリティ面での問題(セキュリティホール)が見つかっても,それを穴埋めするセキュリティ更新プログラムが提供されなくなるのだ。攻撃者からすれば「Windows XPは楽に落とせる隙だらけの獲物」となるわけで,積極的に狙った攻撃が今後増えていく可能性は高いだろう。
 それでも,どうしてもWindows XP搭載PCを使い続けたいという場合はどうすればいいのだろう。加治佐氏は「万全な対策ではない」と断りながら,リスクを軽減する4つの対策を挙げた。

    既存のセキュリティ更新プログラムをすべて適用する
    セキュリティソフトも最新の状態にアップデートする(セキュリティソフト自体が古くて更新されなくなっている場合もあるので注意)
    上記を済ませたらインターネットから切断し,今後はアクセスしない
    USBストレージなどを使ったデータ交換も禁止する

 要は,Windows XP搭載PCは完全に孤立した状態だけで使えということだ。Windows XP搭載PCでオンラインゲームをプレイするなどは論外ということになる。LAN経由で広がるマルウェアも存在するので,家庭内のLANからも切り離さなければリスクは回避できない
 しかし,「昔のPCゲームをまだプレイしたい」というだけの理由でWindows XP搭載PCを残すのであれば,これでなんとか対応できるケースは少なくないのではなかろうか。
(略)

結局はとにかくネットにも他のPCにも一切つなぐな、スタンドアロンで使えと言うことで、これはXPを使っている端末だけがトラブルに見舞われると言うことに留まらず、XP端末が不正な侵入者の入り口となってネットワーク経由で他のPCにまで被害が及ぶ可能性があると考えると当然なんですが、ただここで気になるのが今の時代本当に閉鎖的な環境と言うものはどれほどあるのかと言うことです。
例えば多くがXPで動いていて危険だと話題のATMなども系列本店はおろか他行ともネットワーク経由でつながっているわけで、どこか1カ所から侵入されるだけで大変なことになる可能性がありますけれども、銀行などはコストよりも何よりも安全性、信頼性を最優先しなければならない業種ですから、受益者である顧客に相応のコスト負担を依頼してでも早急に環境移行をお願いしたいところですよね。
実はこうした商取引に関するセキュリティ上の重大問題としてXP以上に多大な影響を与えかねないのが先日明らかになったOpenSSL上に重大なバグが発見されたと言うニュースなんですが、例えばネット上で買い物をする際に「この通信は暗号化されており」云々と出てくる場合大抵これが関わっているとみていいですけれども、バグによって暗号化された情報を盗み出せる抜け道が見つかったと言うのですから大変です。
もちろん関係各所が直ちに対応を行っているのですが、たちが悪いのはすでにデータを盗み出されていたとすればその情報が解読されている可能性があるし、しかも盗まれたかどうかも知る手段がないと言うことで、言うまでもなくネット取引が当たり前となった今の時代に「非常に控え目に言って、これは悪いニュース」と言うしかありません。

いささか脱線しましたが、実際問題として企業側がどこまで前述の対応が出来るかも微妙なところがあって、誰が触るとも判らない以上外部とのネットワーク接続は物理的に切断した上で、USB等の外部接続コネクターも全部塞いでしまうくらいのことをしないといけないと思いますが、こうした対応が出来るのは工場内の機械制御など限定的な環境に限られるのではないかと思います。
例えば企業の業務に関わるシステムでXPでなければ動かない専用アプリを開発し長年使用してきたと言うケースは決して少なくないはずですが、こうした作業で外部と一切のデータのやりとりをせずに業務が行えるとはちょっと考えにくいですし、場合によっては本来安全性が高いはずの新システムとつながれていると言うこともあり得る話ですから、これは困ったなと言うしかありませんよね。
とりあえず企業としてはいつまでもサポート切れを嘆いていても仕方がないので、これは必要なコストなのだと割り切ってシステムもアプリも全部一から組み上げて環境移行するしか根本的解決策はないんだと思いますが、金銭はもちろん手間ひまを考えても膨大な作業が必要になるのは明らかであり、また失礼ながら新システムの操作には馴染めないと言う人も出てきて作業効率が大幅に低下する可能性も少なくないでしょうね。
ただ根本的なセキュリティ対策と言うのはやはり一人一人のユーザーの意識に負うところが大きいので、端末にパスワードを書いたポストイットを貼り付けてあるだとか、職場の端末から怪しいサイトにアクセスしたり、あるいは人から受け取ったUSBメモリーなどを何気なく挿入してしまったりと言うことのないよう、まずはきちんとした社員教育を徹底していくことから始めなければどんな環境に移行しても意味がないことになりかねません。

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2014年4月11日 (金)

臨床研修義務化10年目を迎えての総括

臨床研修について先日なかなか面白い記事だなと思ったのがこちらなんですが、一部なりとも抜粋してみましょう。

お祭り状態! 研修病院合同説明会に行ってみた(2014年4月7日日経メディカル)より抜粋

 いまどき、一般企業への就職活動といえば、合同企業説明会に参加して就職したい企業を探し、エントリーシートを提出して採用試験を受けるという流れが一般的だ。
 実は医師の就職活動でも、こうしたやり方が一般化し始めている
 かつて、医師は大学の医局に所属し、その医局の指示で就職先(研修先)の医療機関が決まる仕組みだった。臨床研修制度の導入によって、2004年度から臨床研修マッチングが開始されており、医学生は卒前に初期研修を受ける医療機関を選べるようになった。
 では、今の医学生はこの就職先をどのように探しているんだろう。
 日経メディカル4月号の特集「必修化から10年 臨床研修制度で医療は前進したのか」の取材を進める中、そんな疑問が浮かび、記者は3月21日に東京ビッグサイトで開催された研修病院合同説明会「レジナビフェア」(主催:メディカル・プリンシプル社)に行ってみた。

 会場は、研修先の情報を少しでも多く集めようとする医学生と、1人でも多くの研修医を獲得したい臨床研修病院の医師らで想像以上に賑わっていた。
 ブースを出していたのは、関東圏だけでなく、山形県や広島県、愛知県、高知県、沖縄県など全国各地の自治体や大学、研修病院。各ブースでは、医学生を呼び込むために、地方ならではの特産品やノベルティーグッズを積み上げたり、現役の初期研修医が病院名の入ったジャケットを着て、声を張り上げたり──。各自治体や施設が工夫を凝らしている様子が見て取れた。
 同説明会を主催するメディカル・プリンシプル社経営企画部広報・広告室の中村亜都紗氏によると、「例年、3月に開催するイベントには、200施設以上の研修病院が参加し、1500人もの医学生が来場する。臨床研修制度の導入以降、参加者は増え続けている」とのことだった。
(略)
 このように、研修病院合同説明会はまさにお祭りともいえるイベントになっていた。2014年度のマッチングの参加登録の締め切りは8月頭。登録直前の7月に開催されるレジナビフェアでは例年、参加する研修病院が約2倍と今回のイベント以上の規模となり、2000人以上の医学生が参加し、さらに盛り上がるのだという。
(略)

一般の就職活動と比べると基本的に求人数が求職者数を上回ることから売り手市場だと認識されている医師の就職活動ですが、やはり人気の高い研修病院などは倍率も高く競争も激しいわけですし、当然ながら施設側としてもより優秀な研修医を集めたいと言うことで近隣地域のみならず全国から人に集まってもらいたいと考えるはずです。
その点でさすがに病院一つ一つを探して全国あちらこちらを回るというのは大変ですが、こうやって1カ所で多数の施設が集まって合同説明会をしてくれれば利便性は非常に高まるし、施設側にしても特に上位の人気施設ほどより優秀な研修医を囲い込むチャンスが期待出来るということでしょうね。
詳しくは元記事を参照していただくとして、実際の招致活動を見てみますとまさにお祭り騒ぎと言っていいほどあの手この手で注目を集めようとしているのですけれども、二昔ほど前の学生時代の先輩後輩の縁故程度を頼りに大学医局に入局していた先生方からすればまさしく隔世の感があるのではないかと思います。

ローテート研修を義務づけたいわゆる新臨床研修制度と言うものが始まって以来ちょうど10年になるのだそうですが、そもそも当初の理念として安くこき使える人材として過酷な労働環境に置かれていた研修医達が勉強に専念出来るよう正しく身分を保障すべきだと言う考えから、アルバイトに行かずに済む最低限の給与を規定し研修プログラムもきちんと整備すると言うことが行われてきました。
それはそれで研修医の地位向上に劇的な効果があり、昨今ではむしろそのしわ寄せがレジデントや常勤医などにのし掛かってきているのではないかと懸念されるほどなのですが、一方ではローテート研修必修化によって全ての医師に広く一般臨床全般にわたる最低限の知識を身につけさせようと言う狙いに関しては、かつてのストレート研修時代に比べれば広くはなったにせよ臨床の場で役立つほど深くはないと言う声もありますよね。
さらには様々な意見を反映した臨床研修制度の改訂によって広くと言う部分に関しても以前より退歩してきているのではないかとも言われますけれども、そもそも医療崩壊の引き金になったとも言われるこの臨床研修必修化は医療現場にどのようなものをもたらしたのかと言うことを総括し、必要ならばさらに見直していくべき時期になってきていると言えそうですが、これがなかなかに難題であるようです。

検証:臨床研修必修化は成功だったのか(2014年4月9日日経メディカル)より抜粋

 2004年の医師臨床研修の必修化から10年が経過した。以前は多くの研修医が大学病院で研修を受け、アルバイトで生計を立てていたが、研修先を自ら選び、給与も保障されるようになった。基本的な診療能力を身に付けた医師の養成につながったとの好評価の一方で、医師の地域偏在や診療科偏在を助長したとの批判もある。必修化により国民のニーズに沿う医師が育つようになったのか。制度は医療にどんな影響を与えたのか。これまでの歩みを振り返り、今後を展望する。(加納亜子、小板橋律子)

 2004年に導入された医師臨床研修制度は、かつて7割の研修医が大学の医局に所属し、ストレート研修を受けていた研修の在り方を根本から変えた(表1)。国は同制度で、将来専攻する診療科にかかわらず、基本的な診療能力を身に付けることを目的とした初期臨床研修を必修化。制度導入から丸10年が経過した。
 臨床研修の必修化は成功だったのか、それとも失敗だったのか─。日経メディカルOnlineの医師会員1002人にアンケート調査を実施した結果、「成功」「どちらかといえば成功」と答えた医師は503人、「失敗」「どちらかといえば失敗」と答えたのは495人と制度に対する読者の意見は見事に半数に割れた
(略)
 アンケートで「成功」「どちらかといえば成功」と答えた医師にその理由を聞いたところ(複数選択可)、「基本的な診療能力を幅広く身に付けられるようになった」(358人)が最も多く、次いで「研修医が多岐にわたる診療科を経験でき、専門診療科を選びやすくなった」(284人)、「研修医の処遇が改善した」(226人)が続いた
 一方で、「失敗」「どちらかといえば失敗」と答えた医師の理由は、「医師の地域偏在が助長された」(343人)、「各科の指導が短期間となり、医師としての技術や責任感を伝えにくくなった」(220人)、「診療科偏在が助長された」(214人)だった
 まとめると、臨床研修制度は、基本的診療能力の養成や処遇改善には成功したが、医師偏在などその弊害も大きかった─ということになる。
(略)
「医療の質を担保するには、基本的な診療能力を身に付ける新制度の導入が必要だった」と語る国立病院機構理事長の桐野高明氏。
 「かつてと比べ、一定のレベル以上の総合的な診療能力を持つ医師を育成できる制度になっている」と医道審議会医師分科会医師臨床研修部会の部会長を務めた桐野高明氏(国立病院機構理事長)は現状を評価する。

医師偏在という副作用も

 その一方で、制度導入の影響は、厚生労働省や大学病院の予想を大きく超えるものだった。まず、初期研修医のアルバイトが禁止されたことで、夜間当直を担う医師が激減。勤務医の負担が大幅に増えた
 マッチング導入で研修医自身が研修先を選べるようになり、コモンディジーズを数多く経験できる都市部の市中病院を選ぶ研修医が急増。大学病院で研修を受ける研修医は7割から4割近くに減少した。
 各大学の医局は、研修医が減少したことへの対処と指導医の確保のため、地域の関連病院に派遣していた医師を引き戻した。さらに、国立大学の独立行政法人化などがこれら医師偏在の流れを助長し、地域医療はその影響を強く受けることとなった。
 初期研修医の分布が大きく変わったことで、医療の中核を担う中堅の医師の労働強化も顕在化。医師の過労死、医療崩壊という言葉がマスコミを賑わしたのも、制度の導入後だ。
 ストレート研修を実施していた頃は、数カ月間の指導を受けた研修医がある程度臨床現場での戦力となっていた。だが、同制度を導入したことで、仕事を覚えた頃には研修医が他の診療科に移るようになり、指導医の負担は軽減しない状況が続いている。
 また、研修医が短期間で様々な診療科を回る同制度によって、勤務時間の長さや忙しさなど、診療科のつらさが研修医の印象に残り、研修医が楽だと感じた診療科に流れるなど、診療科偏在を助長したともいわれている。
(略)

臨床研修必修化から10年、当初の意図から外れ「幅広い診療能力」がないがしろに(2014年4月8日日経メディカル)より抜粋

 卒後初期臨床研修が必修化されて10年。当初必須とされた7科目のローテーションは、4年前の制度見直しで弾力化された。当時の厚生労働省「医師臨床研修検討部会」委員の一人で、総合診療医の立場から研修カリキュラムづくりをリードした福井氏にこれまでの成果と現状の問題点について聞いた。

──10年前、卒後臨床研修必修化の制度設計に密接に関わった立場として制度の現状をどう見ていますか。

 1968年から36年間にわたって行われた、いわゆる努力規定による臨床研修制度に引き続き2004年、幅広い基本的診療能力を身に付けることを目的とした新たな制度が施行されました。その後、地域の病院から大学への医師引き上げなどを原因とする医師不足を改善することを主目的とする制度の見直しが、2010年に行われました
 この見直しによって、制度が私たちの初めに意図した方向と違う方向に行っていることを非常に危惧しています。最初から狭い範囲をストレートで研修するのではなく、将来狭い範囲の診療を行う医師になるのであっても、最初に幅広い診療能力を万遍なく付けてもらうというのが新制度の最大の目的でした。そのために卒後2年間は研修に専念できるようアルバイトを禁止してその代わり給料を支給するなど、制度を整備してきたというのが実情です。
 研修カリキュラムでは当初、卒後1年目に内科(6カ月以上)、外科(3カ月以上)、救急(3カ月以上、麻酔科を含む)を、2年目に小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療をそれぞれ1カ月以上計7科目をローテーションすることを義務づけました。
 しかし、4年前の見直しにより必修科目は内科・救急・地域医療のみとなり、外科・麻酔科・小児科・産婦人科・精神科は選択必修科目とされ、その中から2科目を選択すればよいとして弾力化されました。病院のプログラムによっては産婦人科や小児科を回らなくても済むようになったのです。実際、7科目のローテーションプログラムを履修する研修医は3割程度に減り、「妊娠・分娩」の経験症例数がゼロの研修医が10%、「小児ウイルス感染症」の経験症例数がゼロの研修医が5%いるというデータもあります。

──先生は、研修医の能力評価研究を続けていますね。制度見直し後の研修医の臨床能力はどうなりましたか。

 私たちは、20年以上前から研修医の臨床能力を調査しています。新制度開始後、厚労省の研究費・補助金をいただいて、旧制度下の2年次研修医と新制度下の2年次研修医(第1~3期生)を対象に、98項目の臨床能力(知識・技術・態度)の習得状況や、82の症状・病態・疾患の経験症例数などを自記式アンケートで調査しました。その結果、全ての項目が新制度下の研修医は旧制度下の研修医に比べて有意に向上していました。「幅広い診療能力の習得」という臨床研修の最大の目的に関してはかなりの程度達成されたとみてよいでしょう。
 ところが前回の制度見直し後、従来の7科目のローテーションプログラムを履修した研修医と、弾力化プログラムを履修した研修医を比較した結果、臨床能力14項目、経験症例数13項目で前者が後者に比べて優れていました。逆に後者が優れていた項目はそれぞれ2項目、1項目しかありませんでした。「将来専門とする分野にかかわらず幅広い診療能力を身に付ける」という制度の基本理念がないがしろにされている現状をすごく心配しています。一方、いまだに地域の医師不足は解消せず、大学に残る研修医も減り続けているのではないでしょうか。
(略)

最近は研修というもの自体も非常に多様化してきて、昔のように先輩後輩の関係の中でストレート研修を行ってきた時代とは全く別物と言っていいとは思いますが、初期研修で様々なことを経験し見聞を広げられるのはいいとして、かなり多くの研修医達がその後の進路として全く違う方向に進むと言うケースが増えているように思います。
好意的に考えると例えば将来眼科や耳鼻科に進む先生がちょっとしたcommon diseaseであれば自前で診療できるように、研修医時代は一般内科や小児科をしっかり勉強してからマイナー診療科に進むと言った場合もあるのでしょうが、見ていますとどうも将来これで食っていくと決めている道はそれとして、研修医時代はもう少し気楽にやりたいことを色々自由にやってみたいと言う先生も少なくない印象ですね。
アメリカなど大学を出てから医学部教育を始めると言う制度をとっている国もあるわけですから、6年間の医学部教育の後で2年間の初期研修くらいは好きに見聞を広める時期だと考えても全く悪くないでしょうけれども、教える側としてみれば昔であれば鍛えれば鍛えるほど後々戦力として活躍してくれるはずだった研修医が、2年後には全く無関係な領域に去っていってしまうとなればやはり教える情熱に影響なしとはしないでしょう。
元々ローテート研修の問題としてやりたくもない診療科に回ってきた時の研修医のやる気が下がると言う意見がありましたけれども、もちろん熱心な研修医であれば何科に来ても学ぶべき事を積極的に学んで後々に活かす意欲はあるとしても、必修化の結果そうした熱意が全く無い研修医が嫌々義務的に研修をこなす時間も増えただろうし、教える側もそんな研修医相手には熱心に教える気にはならないですよね。

その点で実際にローテート研修義務化で研修医の能力がどう変わってきたかと言う福井先生の話は非常に興味深いものだと思いますが、面白いのはストレート研修時代であれば自分の専門とする診療科に関してはかなり深く掘り下げて自信もあるだろうと思われるのに、それらも含めて全ての項目で新制度下の研修医の方が高い習得状況を示したと言うことです。
あくまでも自記式アンケートですから、よく言うところの研修医が生半可に臨床をかじって何でも判ったような気になる「無敵時間」に浸っているだけなのかも知れませんが、とりあえず後々の医師生活に与えるべき影響として専門外の症例に関してもある程度対応出来る能力を保持すると言う大目的があるわけですから、ローテートによって全科的に一定程度の自信を得たと言うのであればそれはそれで良い結果ですよね。
さらに興味深いのが制度見直しの結果それまで7診療科を広く回っていたものが、実際的に内科プラスアルファ程度にまでローテートが縮小されてしまった結果ほとんどの領域で習得状況が悪化してしまったと言う点で、これは前述のストレート研修時代との比較と全く同じ現象が起こっているとも言えそうですから、言ってみれば広範なローテート研修の教育効果上の優位性を示しているものと見ることが出来るのかも知れません。
ただ元記事の後段で福井先生自身も学生の学部教育に言及している点を参照いただければと思いますが、こうした広く浅く式の研修に関しては少なくとも手技など侵襲的な処置を除いては学生の臨床実習においてもかなりの部分が肩代わり可能であるとも考えられ、実際にこれからは各大学でいわば卒後実習前倒しという方向での学生実習の充実が求められ、推進されていくのだろうと思われます。
そうなると臨床研修においてはすでに座学的知識はそれなりにある研修医を相手に、それを実際に手を動かしてやってみる場になっていくとすればもちろん理想的ではあるのでしょうが、まあ学生の質も時代を追って劇的に向上しているとも思えない以上、同じ期間内に身につけられる知識なり技能なりが少々の制度改定でそう劇的に向上あるいは前倒ししていけるものかと言う疑問はありますよね。

個人的に思うこととして臨床研修あるいは臨床実習の実がどの程度上がるかと言うことはもちろん何をやるか、プログラムはどうかと言うこともそれなりに重要ではあるのですが、それ以上に研修医なり学生なりがどの程度主体的に熱意を持ってそれに向き合えるかと言うことが一番大事なのではないかと思いますし、そうであるならやはり当事者である学生の見解と言うものが最重要視されるはずですよね。
改訂後の臨床研修システムはその点でかつての画一的・強制的なものと比べると文字通り弾力性が増した運用は可能であって、広範なローテートも出来ればストレート研修的にも使えると応用は利きやすいですから、じっくり腰を据えて一つのことを深く学びたいと言う人であれ、飽きないようにあちらこちらを回って常にフレッシュな気分で学びたいと言う人であれ対応可能なものにはなっていると思います。
ただ実際の習得状況がかえって悪化していると言うのは事前に予測して考えた研修の状況と実際のそれが違いモチベーションが下がってしまったのか、あるいは教える側も制度改変に対応できず教育効果が落ちたのか理由は何とも言えないのですが、基本的に初期研修と言うものはもちろん習得状況に示されるような教育効果も重要ですが、臨床への入り口として本人達がどれくらい納得し次の段階へ進めるかも重要ですよね。
今後はそれぞれの年代で長期的に臨床医としての歩みがどうなっていくのかと言う比較検討も可能になってくるわけですが、基礎から臨床に転じた先生などの事例から想像するに最初の2年間やそこらがどうであれ長期的に見ればさほど本質的な差はないんじゃないかと思えますし、そう考えると何かと仕事に追われがちな医師人生の中で最初の2年間くらいは損得勘定抜きで好き放題やれるような自由度の高さをこそ優先しておいていいんじゃないかと言う気はします。

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2014年4月10日 (木)

働かないのか、働けないのか 就労支援に関わる困難

社会保障費抑制が政策上の大きな課題となる中で、各方面で自立支援と言うことが盛んに言われるようになっていますけれども、先日興味深い調査結果が出ていたことを紹介してみましょう。

ホームレス:就労希望者が大幅に減少 横浜市調査(2014年4月5日毎日新聞)

 横浜市のホームレスの高齢化・長期化が進み、就労希望者が大幅に減少していることが市の生活実態調査で明らかになった。市は路上生活が長引くと社会復帰の意欲の低下につながるとみて、就労支援だけでなく個別の生活状況に応じたサポートを進める方針だ。

 市は2012年1月に市内のホームレス111人から直接聞き取り、就労状況や収入、体調を分析。平均年齢は59.8歳で、07年の前回調査(53.7歳)より6.1歳上昇。路上生活期間は3年以上が52.2%、1年以上〜3年未満が27%で、07年と比べ長期化した。
 就労状況では、職に就いている割合は40.5%だったが、月収は2万〜5万円未満が51.1%と半分以上を占め、5万円以上は20%にとどまった。
 路上生活に至った理由は「仕事が減った」が31.5%、「倒産・失業」が27.9%に上った。一方で、「就労を希望する」(15.3%)は「今のままでいい」(33.3%)を下回った前回調査では「就労を希望する」(55%)が「今のままでいい」(12.5%)を上回っていたが、今回逆転した。

 市によると、全国のホームレスの数は13年1月時点で8265人で、減少傾向にある。ただ、政令市では横浜市の581人と川崎市の527人が大阪市の1909人に次いで多く、県全体では1395人に上る
 市は今回の調査結果を踏まえ、今年度から5年間の自立支援計画を策定した。
 巡回相談による医療支援や、自立支援施設退所後の住宅支援を強化。市発注の公共工事を受注した業者に寿地区の日雇い労働者の雇用をうながすなどして就労の場を確保する。さらに個別相談を進め、一人一人のニーズの把握に努める

5年前の調査と比べて平均年齢が6歳高齢化していることに留意いただきたいと思いますが、失業等のやむを得ない事情なりで新規参入した方々も大いにも関わらず離脱意欲が低下していくと言うのは横浜市のような大都市部では生活環境がいいと言うことなのか、ある程度長期的に環境に慣れてしまうとどこであっても住めば都的心境になってしまうのか、ともかく非常に示唆的なデータだと思います。
ご存知のように長引く不況下でもホームレスの方々に対しても各種支援活動が行われるなどしているわけですが、ホームレスとして生きることを決めている人々と失職等によりやむなくホームレスとなっている人がいるのだとすれば、少なくとも後者に対しては適切な支援を行うことで社会復帰を行うことが出来ると期待されているわけですが、これもなるべく早期に行わなければ復帰が困難になると言えそうですよね。
生活保護などにおいても実は同じ傾向が以前から指摘されていて、これは生保から離脱しようとした途端に各種社会保障経費の支払いがのし掛かってくる、しかも生保生活者は貯蓄などを行い難いと言う制度設計上の問題も大いに関係しているわけですが、生保受給者が増えすぎて困ると言うなら離脱しやすいシステム、離脱することにインセンティブを感じるシステムを用意しなければならないはずです。
ところが現状の行政は今ひとつこのあたりがうまく回っていないようで、確かに現場の人間からすれば面倒な就労支援などに汗水垂らすよりもさっさと月々の手当だけ渡しておいた方が楽でいいと言う、これまたインセンティブの欠如があるかとも思えるのですが、社会復帰の問題はこじらせればこじらせるほど解決困難になりがちだと言うもう一つの実例をこちらの記事からも見てみましょう。

やる気のある人の出鼻をくじき追いつめる 引きこもり支援“たらい回し”の現実(2014年4月3日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
「自分がうつ病になったのは、会社に行く以外は引きこもっていて、ストレスのはけ口が皆無だったからだと思います」
 そう語る30歳代の男性は、高校時代から対人恐怖や赤面恐怖に悩み、会社に入社するものの、うつ病と言われて数年で退職。高校時代から含めると、ずっと長い間、引きこもり状態が続いているという。
 また、親に状況を訴えても理解はなく、家の外には、どこにも相談しようとしなかった
 そこで、男性は退職後、役所が開設する「ひきこもりサポートネット」に自ら相談。そのサポートネットの担当者に紹介され、福祉課や支援団体などに連絡した。しかし、「たらい回しや冷たい対応、高額な請求等で、結局、何の力にもなってくれませんでした」と明かす。
 その後、いろいろ調べたところ、「ひきこもり地域支援センター」という国の相談機関があることを知った。
 そこで、同センターに行って状況を相談。紹介された病院に通い始め、「外出が怖い」「食欲がない」「眠れない」「元気が出ない」などの症状を訴えたものの、こんな対応を受けた。
「病院の先生に処方ミスをされ、SOSの電話も煙たがられるようになりました」。
 さらに、男性が(処方ミスに対して)「私は食欲がないとしか聞いてない」と説明する医師の態度に怒り、同センターに連絡して抗議すると、
「私たちは、あの先生を提案しただけ
「私たちは、精神疾患のない『社会的ひきこもり』を対象としている
 と釈明されたという。
「誰が好き好んで孤独に引きこもるのか。何らかの悩みや事情があるからではないのか。 うわべだけの支援には、うんざりです。毎日、自分を精神的に責めているのに、崖から背中を押された気分になるのではないでしょうか」
(略)
 もちろん、役所の担当者や支援者、医療関係者の中にも、当事者の抱える問題に向き合い、本気で取り組んでいる人たちがいる。その一方で、本気ではない「形だけの支援」が、せっかく前向きになって、自分から変わらなければいけないからと思って赴いてきたような、やる気のある当事者の出鼻をくじき、つらい思いをさせているという構図がある。
(略)
 20歳代の「発達障害」という男性は、これまで障害者就業・生活支援センターや発達障害者支援センター、地域若者サポートステーションなどの公的支援機関に通い続けてきた。しかし、現在は「何の支援もなく、どこにも行く所もなく、実質引きこもり状態で生活している」状況だ。
「1年前までは就労支援を受けており、障害者雇用に前向きな企業との面接の話も頂くことができたのですが、支援機関の就労カウンセラーから“そんな態度では働くことはできない”という発言を受け、精神的に参ってしまい、通い続けることができなくなってしまいました」
 男性は「働きたい」「社会に参加したい」と思っても、現在受けられる支援は、障害ゆえのハンディキャップに応じたニーズから乖離したものが多く、その結果、引きこもり状態が続いてしまっていると明かす。
(略)
「就労支援を受けているときには、障害ゆえの特性を『社会性がない』と叱られたり、いままでやろうとしてもできないことを支援として行われることが多々ありました。その都度、それに対して、私から異議を唱えてはみたのですが、『発達障害という認知の偏りを持つ特性を持っているから、そんな風に被害的に受け取るんだよ』と言われることが多く、会話が成立することがありませんでした」
 男性は、本当にそうなのだろうかと疑問に感じつつ、いまだにどう受け止めていいのか、自分でもわからずにいる。
「4月に入っても、まだたらい回しは終わっていない状態です。こちらから働きかけても、連絡もなく、支援のための支援さえないようです」
(略)
 長年、引きこもり状態にある女性からは、こんな話を聞いた。
 彼女が住む最寄りの地区の地域若者サポートステーション(サポステ)に、勇気を出して相談に行ったときのことだ。最初は、スタッフから「よく来たね」と歓迎され、丁寧に対応された
 ところが、何度か通ううちに、だんだんとスタッフの様子が変わってきたという。
なんで求人に応募しようとしないのか?」「なんで就労支援のカリキュラムを受けようとしないのか?
 スタッフは、明らかにイラつくような態度で彼女に接するようになり、やがて連絡が来ることもなくなった
 そこは、就労より前の段階にある、人間関係の苦手な彼女が求めていた“支援の場”ではなかったのだ。
 サポステの場合、NPOなどの支援団体が国から委託を受けて運営している。中には、当事者の気持ちに寄り添って丁寧に向き合っているところもある。しかし、その一方で、「費用対効果が見えない」というサポステへの批判が高まる中、国の課した数的なノルマに追われ、就労実績を上げようと必死になっているところもあって、やっとの思いで訪れたような引きこもり当事者との間で、ますますミスマッチが生じている現実もあるのかもしれない。
(略)

個別のケースを見ていくとなるほど、おそらく関係者の考えの流れとしてはこんな感じだったんだろうなと想像出来るところも多々あるのですが、就労支援をする側としては「当の本人が一番熱心に動かなくて就労につながるわけがない」と言う考えがあるのだろうし、他方で支援を受ける側としては「今まで一人で頑張って無理だったのだからちゃんとした支援がなければ就労できるわけがないじゃないか」と言うことなのでしょう。
もちろん失業者にしてもたまたま何らかの事情で失職しただけの多くの人々は働く機会さえあれば働きたいと言う意志はあり能力もあるのだろうし、そういう方々に対してはともかく機会を与えるだけで何とか状況も好転していくのでしょうが、ある程度長期的にこじれてしまったケースではそうした通り一遍の対応では難しいし、関係する各段階においてもう少し専門的な対応が必要になりそうだと言えそうです。
そして要注意なのは冒頭の記事にあるように当初は単なる機会喪失による失業であっても、ある程度その状況が長く続くとそれによって状況がこじれてしまうことも少なくないと言うことで、ともかく働きたいが働けないと言ったタイプの難しいケースほど最初のとっかかりの部分を慎重にこなさなければならないのに、現状ではそこまでの丁寧な個別的対応が出来ているとはとても思えないようです。
逆に良い悪いは別として確信犯的に働く意志がない人と言うのも一定数いるはずですが、こうした方々に懇切丁寧な就労支援をしても労力の無駄とも言えますから、最低限単なる就労機会喪失者なのか、働きたいが働けない事情のある人なのか、それとも働く意志自体のない人なのかと言うことを区別した対応を行わないと当事者双方にとって不幸な結末になるのが見えているということでしょうね。

無職を一人食べさせるためには相応の税金を投入しなければならないが、どんなワープア状態だろうが就労させられれば支援コストもかからない上に多少なりとお税金も払ってくれる、それなら財政的にはとにかく皆に働いてもらった方が得だと言われればその通りなんですが、現場で就労支援をするスタッフにすれば「こんな面倒くさい人達相手に一生懸命頑張っても別に給料上がるわけでもなし」と考えてしまうのは仕方ないわけです。
また就労支援するにしても各段階で最善の対応が出来るような専門的スタッフを配置すればそれだけコストもかさむわけで、結局はかかるコストと期待される効果の兼ね合いでどのあたりが行政として社会として一番お得になるのかですが、特に働く気がない人々に対しては生活保護費減額や現物支給化など働かないでいることによるメリットをどんどん減らしていけば、一番手軽に就労意欲が増すはずだと言う声も根強くあります。
ただホームレスですら時間と共に離脱する意欲が失せてしまうことを考えると給付の抑制は社会保障費圧縮の手段としてはともかく、就労促進の手段としてはその効果は限定される部分もありそうですから、むしろ働きたい人に的を絞って生保受給状態から自力で稼ぎ税金を納めると言う段階に至るまでどう労働することのインセンティブを維持するか考えた方が効率的だろうし、社会的にも強く求められる方法論だと思います。
また働けないタイプの方に関して言えば一般的な労働者として直ちに社会復帰するのはハードルが高いわけですから、これも専門家の意見も取り入れながら公的に適切な仕事を割り振る労働給付と言ったものも考えていくのがいいんじゃないかと思いますが、就労以前に各地の民生委員や地域の長老なども動員して地域内での人間関係を構築していくことも重要となりそうな気がします。

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2014年4月 9日 (水)

介護離職問題に対する新たな対策?

高齢化社会において介護問題には国民の関心も高いようですが、先日こんな記事が出ていたことをご存知でしょうか。

親の介護で10人に1人「離職の可能性大」-ダイヤ高齢社会研究財団が調査(2014年3月24日CBニュース)

親が重度の要介護状態となった場合、現役の常勤従業員の1割余りが離職する可能性が大きい―。そんな調査結果を、ダイヤ高齢社会研究財団がまとめた。調査では、51歳から60歳までの管理職の半数余りに、要介護状態かそうなるリスクを抱えた親がいるとする結果も出ており、親の介護が現役世代に重くのし掛かる現実が、改めて裏付けられた。【ただ正芳】

ダイヤ高齢社会研究財団では昨年2月から6月にかけて、現役の常勤従業員を対象にアンケート調査を実施。4320人から有効回答を得た。
親が重度の要介護状態になった場合の離職の可能性について尋ねた質問では、「可能性が大きい」と回答した人は全体の11.4%で、常勤従業員の10人に1人が、親の状態次第で離職を余儀なくされる実態が浮き彫りとなった。特に親と同居している人の場合、4人に1人に相当する26.6%が「可能性が大きい」と回答した。

■51―60歳の管理職、半数超に親の介護リスク

また、親の介護の現状と将来におけるリスクを尋ねた質問では、「現在および近々に介護が必要な親がいる」と回答した人は、36.5%に達した。また、管理職に限定すると42.6%が「いる」と回答。特に、51―60歳の管理職では半分以上の52.7%が「いる」と答えた。この結果について、同研究財団では、組織の中核人材として複数の部下を抱える管理職の代替要員を確保するのは簡単ではないことから、「これだけ多くの管理職が親の介護のために職責を全うできなくなるリスクを抱えているのは、由々しき問題」と警鐘を鳴らしている。
重視する介護支援制度について尋ねた質問(複数回答)では、親と同居している人では「労働時間の短縮制度」(30.5%)、「労働負荷や労働時間・日数の少ない職務への配置」(26.6%)、「出退社時刻の繰り上げ、繰り下げ」(24.4%)などを望む声が多かった。一方、親と離れて生活する人では、「転居のない地域限定の勤務制度・希望勤務地制度」(27.6%)や「在宅勤務制度やサテライトオフィス」(19.0%)を希望する回答が多かった。

調査は現役従業員を対象にしていると言うことで近い将来の不安を感じさせる結果となっているのですが、やはり年齢も上がり社会的地位が高まる年代ともなれば親の介護問題ともバッティングしてくると言うことで、特に親と同居している方々にとっては切実な問題となってきていると思います。
もちろん企業を始め社会的な対応が求められることは言うまでもなく、また介護とは誰が行うべきなのかと言うことに関しては昨今国は可能な限り在宅移行を推し進めている中で、それでは現役世代である子世代が離職してまでもその介護を負担すべきなのかと言うと、社会にとってトータルで見て何が得になり何が損になるのかと言う点で難しいものがありますよね。
ただそうした表向きの話もさることながら、当然ながら場合によってはあまり感心しないような問題も派生するのは世の常と言うもので、先日今度はこんな記事が出ていました。

(報われぬ国)介護で欠勤、雇い止め(2014年4月7日朝日新聞)

 春の暖かさに包まれた大阪市内の公園で、その女性(52)は母親(80)と愛犬を連れて歩いていた。
 派遣社員としてコールセンターでパソコン機器の顧客相談をしていた。だが、母の介護で欠勤が多いことを理由に「雇い止め」になり、昼間はこうして過ごすのが日課になった。

 「これ以降の契約更新はありません」。思いがけない言葉に頭が真っ白になったのをいまも覚えている。2012年8月のことだ。
 勤務中に呼び出されると、会議室で派遣会社の担当者が待っていた。「あなたは遅刻や欠勤が多い
 担当者は、コールセンターの業務が縮小される計画を伝えた後、女性が人員削減の対象になった理由として勤務態度を挙げた
 「介護しないといけない事情は説明していたはず。何とかなりませんか」。必死に訴えたが、「派遣先の事情もあるし、会社はボランティアではない」。

しかしこの朝日新聞という会社もおもしろいもので、先日は相撲担当の記者が「歳食って出世の見込みもない力士は協会が強制的に引退させろ!」などと書いて世間のひんしゅくを買っていたようですけれども、朝日的には相撲協会もボランティアではない以上、国技たる相撲の世界こそ率先して報われぬ国を目指すべきだとでも主張されたいのでしょうか。
朝日の主張はともかく、終身雇用体制が破綻した結果として介護に限らずこの種の問題は各方面で頻発しているのも確かで、国としても対策の必要性を感じているのか全国から100社を公募し、報奨金を出して介護離職を防ぐ仕組みのモデル事業を行うと言っているそうですけれども、仮に効果的な方法論と言うものが見いだされたとしてそれを取り入れるかどうか結局は各企業頼りであることは間違いないわけです。
他方では国の介護給付費は介護保険制度が始まってから12年度までに実に2.5倍にも増えているのだそうで、今後団塊世代の高齢化と少子化の進行によってさらに現役世代の負担が重くなっていくだろうことを考えると、昨今の「病院・施設から自宅へ」と言う政策を見るまでもなく国の本音としては給付の抑制を図っていきたいだろうことは想像に難くありませんよね。
その意味で一方では家族が自宅で安上がりに介護してくれることは万々歳ではあるけれども、他方では相対的に高年収者が多いだろう中高年労働者が離職することで納税をしない単なる消費者側に回ってしまうことも痛し痒しと言うところで、この辺りのバランスを見据えた政策をどう組み立てていくべきなのかです。

最近国が移民政策を積極的に推進しようとしていて、一つには人口減少とりわけ若年労働人口減少によって労働力分布の不均衡が進み人手不足の深刻な業界が出ている、そして当然ながら稼働年齢層の人口が減れば税収も消費も落ち込んでしまうわけですから、国民が産まないのであればどこかから引き込んで来るしかないと言う話には一定の理があるとは思います。
ただ見ていますとその導入先として人手不足が著しいとされている建設業界などに留まらず、先日は唐突に「家事などを担当する外国人も導入しよう」と言う話が安倍総理直々の口から出ていることにも注目すべきだと思うのですが、表向きの女性の社会進出を促進し云々と言う理由付けにはさすがに今さら感がある一方で、当然ながら介護離職対策として見るとこれはそのまま使える話ではありますよね。
ここで思い出していただきたいのが近年の外国人看護師導入の件ですが、そもそもこれは医療現場の看護師不足が深刻化したこととは全く無関係に経済連携協定(EPA)に基づく人材受け入れの話から始まったことで、そのせいか元より厚労省は受け入れに消極的と言われ、実際問題として日本語の高い壁によりほとんどの看護師が日本の国家試験に合格出来ないまま空しく帰国していく状況が続いているのは国際関係上もどうなのかです。
もちろん現場としては使える人材であれば何人であれ来て欲しいと言う気持ちがあると思いますが、ここで各家庭が当座の引受先として看護師資格を要さない家政婦(実質的には家庭内介護要員)として受け入れてくれるのであれば家族は助かり、看護師側も仕事をしながら気長に日本語能力を高め国試に備えることが出来る、そしてもちろん国としても余計な出費をせずとも済み諸外国に顔も立つと各方面丸く収まるとも言えますよね。
国がそういうことまで考えてこんな話を持ち出してきたのかどうかは何とも言えませんけれども、諸事間違いのない意志疎通が必要な医療現場に要求される水準に比べれば常に気心の知れた相手さえしていればよく相対的に軽症者が多いだろう家庭内介護の方が語学力の負担が少ないのは確かでしょうし、そもそも移民を受け入れる大方針で進むのであればなるべく必要性が高く優秀な人材から優先して来てもらうべきだとは思いますね。

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2014年4月 8日 (火)

クレーマーもコンピューターが見分ける時代に?

いわゆるクレーマー、モンスターと言われる顧客の存在が社会問題化して久しいですが、先日こんな記事が出ていました。

「クレーマーなのに常連」という不思議なお客 文句言うのに週2回来る(2014年4月3日アメーバニュース)

飲食店でしばらく働いていると、常連のお客さまと、そうでないお客さまが分かるようになります。「お得意さま」と「新規顧客」といったところでしょうかね。
そんなお得意さまの中には、「常連でクレーマー」という方もいます。いろいろ文句を言うので、「もう二度と来ないのか」と思いきや…。なぜか、またいらっしゃるのです。
私が働いていた居酒屋チェーンWでは、従業員はインカム(無線機)を使って店内の連絡を取り合っていました。普段は「○番卓のビール出てないよ」といった連絡をするのですが、このお客さまが来ると「また来たよ。お茶の人」というインカムが飛び交います。(ライター:ナイン)

「料理が写真と違う」などと毎回苦情
その常連客は、来店すると必ずお茶を注文するため、従業員の間では「お茶の人」で通っていました。それを聞いて「えっ、また?!」と、あからさまなリアクションをとる従業員もいました。
「お茶の人」は、ご夫婦で週に1日か2日は来店されます。2人とも40代後半くらいで、旦那さんは「どうも。お世話になっております」「いつもありがとね」などと声をかけてくれる、物腰の柔らかい笑顔の方です。
問題は、奥さまの方。女優の大竹しのぶさんのような、ゆっくりとした話し方なんですが、柔らかい印象はなく、言葉にとげのある感じなんです。
「ちょっとこれさぁ、写真と全然違うんだけど。こんな色じゃないでしょ、作り直してくれる?」 ある日、注文されたお刺身を持っていくと、「お茶夫人」からキツイ一発を食らいました。厨房で細心の注意を払って作り直し、ドキドキしながら持っていくと、
「なぁに、結局こんな感じなのぉ? まだ全然違うけど。(ムシャムシャ…)んー、別においしくはないけど、まぁこんなもんかな」 毎回毎回、こんな感じなのです。クレームは1回の来店で、最低1回。短いときは30秒、長いときは3~4分かかり、3~4回呼び出されて叱られることもあります

実は「貴重な存在」なのかもしれない?
このほか、「他のお客の足音がうるさい」(それは私たちのせい?)、「飲み物の味が微妙に違う」(材料と作り方は同じです)、「女子トイレの便座が上がってたんだけど、男が使ってるんじゃないの?」(見たんですか)というものも。
旦那さんがいつも「まぁまぁ」となだめてくれますが、なかなか疲れます。あなたの周りにもいませんか? 困った常連客やお得意さま。まぁ、いて当たり前ですよね。みんながみんな自分にとっていい人なら、人間関係の悩みなんてなくなるでしょうから。
お茶夫人は、我々従業員にとっては「クレーマー」でしたが、旦那さんから見たら「奥さん」。50歳すぎの怖い怖い上司も、家に帰れば旦那さんだったり、お父さんだったりするわけで。立場も変われば、見方も変わりますよね。
そう考えると、私たちも「決められた通り、ちゃんとやってるのに」と思わないで、立場を少し変えてみることが必要かもしれません。たとえば「メニューと実物では、どうしても多少の違いは出てしまう」というのは、店側の事情で勝手に正当化している部分もあります。
お客さまがそう感じるのであれば、何をどう変えれば不満を解消できるのかを考えてみる。店長の裁量では、メニュー写真の撮り直しはできませんが、盛り付けを工夫することくらいはできます。
そう考えると「クレーマーなのに常連」って、わざわざ足しげく通い、お金を払ってくださり、よりよいお店に鍛えてくれる貴重な存在なのかもしれませんね。

ま、クレーマーを「業務改善の機会を与えてくれるありがたい顧客である」式に捉えるべきだと言う考え方は未だに一部で残っているようですし、事実徹底してその種の対応を貫いて高い顧客満足度を維持出来ているお店もあるようですけれども、聞く限りではそうしたお店の多くは高価格帯のお店のようで、やはり薄利多売で商売をする大多数の店舗としては一定限度以上の要求には応需しかねると言うことになるかと思います。
「1%の顧客が10%のリソースを消費し0.1%の利益にしかならない」と言った類の言葉が各業界にあるようですが、デフレ時代にあって超がつくほどの薄利で商売している方々にとってはこうした顧客が居着いてしまうと言うこと自体が経営悪化因子とも言え、どうやってそうした状況に陥ることを回避するかが重要になってくるのでしょうね。
その点で前述の症例のように常連化しているクレーマーの場合は組織的対策も立てやすいのかも知れませんが、多くの場合一見さんでやってくるクレーマーに対して初期対応で誤ってしまった結果余計に話をこじらせると言うことにもなりがちで、現場スタッフとしては最低限の接遇マナーを身につけることはもちろんですが、紛争化しそうな危険信号を早期に察知し相応の対応を取る嗅覚的なものも要求されることになるでしょう。
その意味ではいわゆる要注意顧客に関して何かしらの事前情報があれば助かるのに…とはどこの業界の人も考えていることでしょうし、実際にそうした問題顧客リストが出回っているらしいと言う噂も絶えませんけれども、先日実際にかなり広範囲でこうしたことが行われていると言う記事が出て話題を呼んでいます。

客の顔情報「万引き対策」115店が無断共有(2014年4月5日読売新聞)

 スーパーやコンビニなどの防犯カメラで自動的に撮影された客の顔が顔認証で解析され、客の知らないまま、顔データが首都圏などの115店舗で共有されていることが4日分かった。
 万引きの防犯対策のためだが、顔データを無断で第三者に提供することはプライバシー侵害につながりかねず、専門家や業界団体は「ルール作りが必要」と指摘している。

 顔データを共有しているのは、名古屋市内のソフト開発会社が昨年10月に発売した万引き防止システムの導入店舗。首都圏や中京圏のスーパーなど50事業者計115店舗で、個人のフランチャイズ経営の大手コンビニなども含まれる。
 各店舗は、防犯カメラで全ての客の顔を撮影。万引きされたり、理不尽なクレームを付けられたりした場合、該当するとみられる客の顔の画像を顔認証でデータ化した上で「万引き犯」「クレーマー」などと分類し、ソフト開発会社のサーバーに送信、記録される。他の店舗では顔の画像そのものは閲覧できない仕組みだ。
 いったん登録されると、再び来店した場合、店員に分かる形で警報が発せられる。登録されたのとは別の店舗を訪れても、サーバーに記録された顔データで照合され、警報が出る。システムを導入する店舗では、「顔認証監視カメラ設置」などのシールを店内に貼って撮影していることを周知しているが、他の店舗と顔データを共有していることまでは知らせていない。

 個人情報保護法では、防犯カメラで撮影した顔画像は個人情報に当たる。防犯目的であれば本人の同意がなくても撮影は認められているが、顔データを共有すると、第三者への無断提供を禁じた同法に抵触する恐れがある。提供された顔データが犯歴や購入履歴などと結びついて個人が特定されれば、プライバシー侵害につながりかねない
 顔データの共有について、個人情報保護に詳しい板倉陽一郎弁護士は「店側が 恣意 ( しい ) 的に不審者だと登録でき、客にとっては、行ったことのない店舗で不利益な扱いを受ける恐れがある。誤って登録されても反論する機会はない」と指摘する。一方、ソフト開発会社は「万引きを防ぎたいという店側のニーズに応えており、問題ない」と説明している。
顔認証 顔の画像をコンピューターが分析し、本人確認や、年齢や性別などの属性識別を行う生体認証の一種。指紋認証や虹彩認証とは異なり、カメラの前を通過するだけでデータを集められる。正面から撮った顔の画像では、本人識別率は99.9%以上とされ、空港から入国するテロリストをチェックするなどの目的で使われている。

これもなかなかに興味深いシステムだと思うのですが、ちなみに記事において関係を指摘されているソフト開発会社の側で事実に反するとのコメントを出していまして、これによりますとあくまでも万引き防止のためのシステムであって共有するのは万引き常習犯のデータのみである、そしてそれも共有に当たっては当の常習犯から同意書を取っていると言うことですけれども、同時にクレーマー登録に関してこんなコメントも出しているようです。

「注意人物(クレーマー)として登録する場合とは、当社顧問弁護士及び防犯専門家が策定した運用ガイドラインに従い、来店者の故意・過失によって店舗に損失が発生していることが明らかな場合です。店舗の不適切な応対に対して来店者がご意見を仰る場合には、クレーマーには該当しないと考えます。クレーマーに分類されるのは、来店する度に暴力暴動を起こす、他の来店客をトラブルに巻き込む、迷惑行為をする等、客観的にクレーマーに該当することが明らかな場合です。」

このクレーマーの定義と言うのもなかなかに難しいところがあって、確かに「他の来店客をトラブルに巻き込む、迷惑行為をする」等々と言われればそれは問題だなと思うところなんですが、実際上の事例として想像してみますと例えば年中雑誌コーナーに居座って立ち読みをしていると言うのも客観的に迷惑行為であるのは明らかですし、他の顧客も余計なトラブルに巻き込んでいると言えるでしょうね。
個人的な経験の範囲でも学校の近所のコンビニで始終学生がたむろしては立ち読みしていて店長に追い払われると言った光景が見られましたけれども、柄の悪い連中が大勢集まって店内の一画を占拠しているわけですから健全な顧客としては到底立ち寄る気にもなれないでしょうし、お店にとっても経営上非常に深刻な影響を与えている迷惑行為だと言えるでしょう。
要するにどこからクレーマーと考えるかは非常に主観的な問題であって、先の例のように学生がたむろしていたとしても強面の店長が簡単に追い払っていられるなら迷惑ではあってもコントロール可能ではあると言えるでしょうし、逆に心身の頑健さに自信のない店員が一人で店番をしているときにこういう状況に遭遇すれば場合によっては恐怖を感じることもあり得るだろうと思います。

しかし一方で気になったのが、そもそもこうした顔認識を行われているとしてそれによって「不利益な扱いを受ける恐れ」と言うのが具体的にどんな扱いを受けることを意味するのかですが、当然ながら万引き常習犯が入店してきたともなれば店員もそれとなくチェックはするでしょうけれども、別に万引きをしていると言うのでなければ「だから何?」で終わる程度のことですよね。
いわゆるクレーマー顧客に関しても入って来た段階で追い出すとは普通に考えてもないだろうとすれば、恐らく常時注意を払っていて問題行動が出た時点で即対応と言うことなんだと思いますが、これまた問題行動を起こさず普通に店を出るなら特別の不利益になると言うわけでもなさそうで、まさか「余計なシステムのせいで暴れられる時間が短くなってしまったのが問題だ」とでも言うのでしょうか。
実はこの種の問題は高速道路などによくあるナンバープレート読み取り装置だとか、昨今あちらこちらの街角にも据え付けられるようになった防犯カメラの類に関しても必ず出てくるところで、そのたびに進歩的な方々は「プライバシーの侵害だ!個人の権利を守れ!」と言い、それに対して「そんなの悪いことをしなかったら問題ないじゃないか」と突っ込みを入れられると言うお約束的やり取りが続いています。
どちらの言うことにも一理あるとは言えるのですが、こうした社会的に問題視されるような行動に対しては実は店舗側以上にその他大勢の善良な市民こそ大きな迷惑を被っているとも言えるわけで、利用目的が明確化されそれ以外の目的には決して使われないと言う大前提がきちんと担保出来るのであれば、実のところ多くの反対意見はその論拠を失うと見ていいんじゃないかと言う気がします。

その点で個人的に思うことには技術の進歩と言うものはありがたいもので、一昔前のアナログ時代であれば単純に画像を記録してそれを人間の目でチェックすると言ったやり方でしか出来なかったものが、今ではコンピューターによって自動認識され「この顧客は要注意」と言った記号的情報にまで整理されて出てくるようになったわけですが、実はこうした変化の持つ意味は決して少なくはないと思います。
いわゆる監視カメラ的なものが何となく嫌だなと感じる理由として、直接的に犯罪行為に関与するわけではないけれども見られたくはない個人情報が晒されるのではないか?と言う漠然とした不安があることは誰しも否定出来ないところで、早い話が自動速度取り締まり機で撮影され罰金を請求されるところまでは許容できても、撮られた証拠写真に不倫相手と同乗しているところが写っていると知られたくはないと言った話ですよね。
ちなみに本当か嘘か噂の域を出ませんけれども、この種の思いがけないプライバシーの暴露に対してもそれなりの対策は取られているのだそうですが、ともかくも思わぬ名探偵やゴシップ好きの方々に余計な詮索をされかねないリスクを冒すくらいなら運転手は誰々、いつどこで何キロオーバーと言った必要最低限の情報だけを収集するようにしてもらいたいと言う気がしますが、それが可能になってきたと言うことだと思いますね。
もちろんデジタル時代ですからハッキング等によって思わぬ情報が流出すると言うリスクももちろんあって、この辺りは情報収集と処理の段階から流出しても困るような情報は選別し記録しないでおくと言った技術的対策も十分に取られていることが必要不可欠だと思いますが、ともかくも個人のプライバシー保護と言う観点からも技術の進歩によってかなりのところまで対応出来るようになってきたと言うのは朗報ではないでしょうか。

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2014年4月 7日 (月)

足りないところを手助けしてもらうための前提条件

元ネタが少し古い話なので現状に照らし合わせて必ずしもどうかと言う部分もあるのですが、世に言うところの産科医不足問題に関連して先日はネット上での興味深い議論が紹介されていました。
時期的に有名な奈良県・大淀病院事件の起こった後の頃で、「そんなに医師が不足だ不足だと言うならさっさと何とかしたらどうなんだ?」と言う市井の素朴な疑問に対して既存のマスコミルートではなく、ネットなどを通じて各方面の方々が直接啓蒙を行っていた時期に当たると思いますが、今から振り返ってみますとその後議論が一回りも二回りもする以前の素朴な時代と言う気がしないでもないでしょうか。

産婦人科医の不足についてどう思いますか?(2014年4月1日アメーバニュース)

医療業界では、医師や看護師の慢性的な人手不足が深刻化しています。人手が足りないことから救急で運ばれる病人の受け入れを断られ続けたというニュースも耳にします。しかし救急の場合には、取り返しのつかないことになるため問題の早期解決が望まれます。教えて!gooにも、次のような質問が寄せられました。

「産婦人科医師の不足対策」

MIKENEKO99さんは病院のたらい回しで妊婦が流産したという事件を知って、産婦人科医師の不足を招いた原因に問題があるとし、緊急時には産婦人科医師以外でも診られないのか、またこうした縦割りの問題を解消して制度化できないものかと意見を募っています。

■医師不足より診療を受けていない妊婦の問題

この質問に対して次のような回答が寄せられました。
「医師不足以前に、6ヵ月になるまで一回も医者に行ってなかったので掛かりつけの医者が居ないのでたらいまわしにされたのが原因だと思いますよ。普通は妊娠に気づいたら診察してもらっていると、急な状態でも、掛かりつけの病院がすぐに診てくれるので、事件にすらならなかったはずです。医師不足を解消する以前に妊娠しても病院に行けないのを解消するほうが先だと思いますよ」(hajime1018さん)
「『お金がないから』などという理由で妊娠しても産科にかからない人がいます。では自宅で産むのかというとそうではなく、産む直前になって救急車で病院にかかろうとするのです。検診も受けていないから正常に発育しているかもわからないし、それでいて何かトラブルがあったら訴訟では、産科医のなりてが少ないのもたらいまわしにあうのも当たり前な気がしませんか?そのような患者さんを引き受けたためにきちんと検診を受けている人の出産が疎かになってはいけないと思いませんか?」(morisato13さん)
事件によってクローズアップされ、まるで病院に非があるようにも報じられましたが、普通に検診を受けて、かかりつけの医者がいれば事態は変わっていたのでは、という意見です。

■出産を取り扱うのは総合医でも大変

「いわゆる僻地の総合医の範疇に入る医師です。総合医と呼ばれる分野の医師でもお産を取り扱える人はほとんどいません。そのぐらい現在はお産という分野が特殊になっています。まして現在最前線で頑張ってらっしゃる産科医がやっている程度に『安全に』お産を取り扱える医師は総合医の中では皆無でしょう。だからこそ彼らは専門家なのです」(localsgさん)
医師でも、出産を取り扱うのは非常に難しいと、医師を名乗る回答者からのコメントだけに、これが日本の医療現場の現実なのかもしれません。みなさんは産婦人科の医師不足について、どのように感じていますか?

当時は全く妊婦検診も行わず産気づいてから救急車を呼ぶ症例を「野良妊婦」などと言う表現もあったなと懐かしく思い出しますが、とりわけ医療サクセスの悪い国々においてはジェネラリストが正常分娩の知識も一通り持っている(あるいは、持たざるを得ない)と言う場合もままある中で、基本的に専門家ばかりがお産を取り扱ってきた日本は恵まれていたと言う考え方もあるでしょう。
逆に言えばそれだけお産というのはセンシティブな問題でもあることは圧倒的な産科医の訴訟リスクの高さからも明らかであるし、研修医が産科ローテで妊婦への処方のポイントを学ぼうとしても「そういうことは専門家に任せておけ!」と一喝されたなんてこともあるように、ただでさえリスクの高いものなのに素人が半端な知識で手を出すべきではないと言う産科側の考え方も影響していたように思いますね。
この辺りはまさに改善すべきは供給側なのか需要側なのかと言う問題と絡んでくると思いますが、客観的事実としてお産件数は年々減り続けている中で産科医をどんどん増やせと言う主張に説得力はあるのかどうかで、本来的に業務が減るはずなのに多忙感が改善しないのだとすればその理由は何かと言うことを考えてみなければならないと思います。
かねて産科領域に限らず是正の必要性が言われている医師分散配置が悪いのか、それとも医師でなくても出来る業務を医師に押しつけているのが問題なのかと考えていくと結局は医療の業務分担をどうするか、言葉を変えれば素人に半端な知識で手を出させることを認めるべきか否かとも極言できるかと思いますが、国としては大原則としてこうした医療の分業体制あるいは権限委譲を推進していく立場にあるわけですね。
財政的に考えれば医師がしてきたことを看護師が、看護師がしてきたことを一般職スタッフが行えるようになればコストの高い専門職に対する需要を抑制できて医療費削減にもつながるし、多忙極まり不平不満の蓄積している専門職の労働環境改善にとってもいいじゃないかと言うことなんですが、これに対する反発として一番根強いのが「素人にやらせて何かあったらどうするの?」と言う当の専門職側の声だと言えます。

病院前医療に立ちはだかる「責任問題」の壁(2014年4月4日日経メディカル)

 厚生労働省は2014年2月、「救急医療体制等のあり方に関する検討会」(座長:昭和大病院長の有賀徹氏)がまとめた報告書を公開した。救急医療体制の取り組みに関する現状および課題として、全13項目が挙げられている(図1)。
 この報告書で筆者が特に注目したのは、救急救命士や看護師といった医師以外の医療スタッフを、積極的に活用することが前提となっている項目が多いことだ。

 例えば、「(1)メディカルコントロール(MC)体制について」という項目では、救急救命士などの助けを借りて、地域の病院前医療体制を充実させていくことを提言している。救急救命士などが行う処置は基本的に医師からの指示や指導、助言を得る必要があるため、病院前医療においては指示や指導を行うMC体制が重要となる。
 一方で、14年4月に改正救急救命士法が施行され、救急救命士に認められる処置の範囲が拡大した。心肺機能停止前の重度疾病者に対しても静脈路を確保し、輸液ができるようになったり、血糖測定や低血糖発作症例へのブドウ糖溶液投与もできるようになった。救急救命士などによる病院前医療が充実すればするほど、MC体制の業務増加に直結することは間違いない。
 不要不急の小児救急受診を減らすための「(3)小児救急電話相談事業について」「(4)院内トリアージの標準化について」といった項目も、医師以外の医療スタッフの働きで救急医の負担を減らそうという提案だ。これまで以上に、救急の現場でコメディカルの活躍に期待が掛かることになる。

 ただし、これらのコメディカルの力を借りる解決策では、万一事故が起きて訴訟などの「責任問題」に発展した場合にどうするかが課題になる。これまでにもさんざん指摘され議論されてきたことだとは思うが、コメディカルの業務範囲が拡大し、医師の肩代わりをする範囲が増えれば増えるほど、責任も大きくなる
 やはりここがネックになるのか、前述した救急救命士の処置範囲の拡大も、全国で4月から一斉に開始されるわけではなく、しばらくは様子見しながら体制を整える地域も多いようだ。

 素晴らしい仕組みが提案されても、実行に至らなければ絵に描いた餅にすぎない。実行を決断するには、ある程度の免責制度をつくるか、万が一のときに機能する賠償責任保険への加入などを徹底しなければ、責任問題に発展しがちな救急関係業務をコメディカルと分担する体制をつくることはできないのではないか。
 報告書は現状と課題を浮き彫りにし、解決への方向性を示した。これからは、実際にどう機能させていくかを具体的に詰めていく作業になるだろう。その過程の中で、救急医療の華の部分と比べれば地味ではあるが、本質的な課題である「ミスの責任は誰がとるのか」がどうクリアされていくのか、注視していきたい。

多忙な専門職の業務を少しでも減らすための政策に当の専門職から文句を付けられたのではたまらないと言う声もあるでしょうが、この辺りは医療に限らずどこの業界でも同じことで、下手くそにやらせて失敗したら単にやり直しの二度手間になるばかりではなく、顧客トラブルにも発展し責任問題にもなるじゃないかと考えると「それなら最初から自分でやった方が早い」と言う発想ですよね。
こういう考え方をしている限りは職場教育と言うものはうまくいかないんだろうなとも思うのですが、考えてみると医療現場の教育システムというのは長年「俺は忙しいんだから仕事は勝手に見て覚えろ」式のやり方が平然と続いてきたと言うところもあって、ようやくこんな旧態依然とした方法論ではいけないと見直しが本格化したのは新臨床研修で新人達が自由に研修先を選べるようになってからだとも言えます。
もちろん人間相手に行われる医療は一回限りの失敗が許されない仕事であって、能力技能のない素人に失敗覚悟でやらせるわけにはいかないと言う考え方を持つのはいいのですが、その理屈で行けばいつまで経っても若い人に仕事を委任譲渡するわけにもいかず、幾つになっても最前線で過酷な奴隷労働を続けなければならないと言うことにもなってしまいますよね(実際にそういう人もいらっしゃるようですが)。
どんな名医でも最初は素人として現場に出てきた、しかしそれが一人前になれたのは教育によってであることは明白なのですから、能力が足りたいから駄目だと言うのなら十分な能力を備えられるようになるまでの教育システムを整備すればいいのだし、仕事に必要なスキルが取得出来ない、させられないと言うのは本質的には教える側の責任問題ではないかと言う気がします。

責任問題と言うことで言えば産科領域においても町の助産院がさんざんにこじらせた症例をどんどん送りつけてくる結果、訴えられるのは最後に引き受けた産科医であると言うジレンマが以前から言われていましたけれども、救急においても同じ院内のスタッフならまだしも縁もゆかりもない救急隊員の失敗までこちらに押しつけられるのではたまらないと考える医師は決して少なくないようです。
しかしこれも現代の医療の考え方からすると失敗したと言う事実を誰か個人の責任だとして追及すれば終わると言うのではなく、あくまでも組織として責任を取るべきと言うことになってきているのだし、「家が全焼してしまった場合は出動した消防隊一同辞表を書くべき」なんてことになっていないことからも判るように、例え命の関わるような現場においても個人責任追及をしないと言う考え方は社会に十分受け入れられる余地はありそうです。
もちろん事故が起こらなければ起こらないにこしたことはないわけで、業務を委譲するからにはきちんと教育体制を整えるのも専門職側は努力していかなければならないし、委譲したならしたで何かおかしい気がすると相談を受けた時にはきちんと業務を支援ないし引き継げるようにはしておかなければならないでしょうね。
ただ基本的にこういうことは別に救急隊や看護師教育にばかり限る話ではなく、こうした人々がうまく教育出来るのであれば当然に座学的基礎知識はある研修医などの教育も効率的かつ確実に行えるようになるはずで、言ってみれば手間ひまかけて体制を整備することも無駄にはならないかと思います。

ところで事故対策に関して少しばかり問題だと思うのが医療現場でも医療事故なりが起これば必ず院内の事故対策委員会なりで検討し対策を取りましょうと言う風になってきていますが、この対策の考え方として業務をいかにシンプルにして誰にでも判りやすくすると言った考え方ではなく、ただひたすらに確認の徹底と言った煩雑化する方向での力業で押し切ろうと言う風潮が少なからず見られると言うことです。
例えば先日は高血圧の薬を出すべきところを名前がよく似ている糖尿病の薬を間違って出してしまい、低血糖脳症から植物状態になってしまった患者の家族が薬局を訴えたと言う大変不幸な事例がありましたけれども、こうした事例が院内で起こっていれば「看護師と薬剤師のダブルチェックでは駄目なんだ!医師も交えてトリプルチェックにすべきだ!」なんて事故対策が取られていたかも知れません。
実際にそういうやり方でどんどん多重セーフティを推し進めていった施設もあって、あまりに日常業務が煩雑になり過ぎてスタッフの残業も増え疲労が蓄積した結果、あり得ないようなケアレスミスが頻発し散々だったわけですが、ものの判っている専門職ばかりで構成される医療現場においても素人のような単純ミスは決してなくならないわけです。
未だに起こる酸素などの誤配管事故に対して病院ではボンベを種類毎に分けて置く、スタッフにも決して間違えないよう周知徹底するなどと言う対策を講じる、一方世間ではコネクター形状をガス毎に変えて物理的に誤配管できなくすると言った話もありましたけれども、ことヒューマンエラーと言うことに関しては素人でも間違わないように長年様々な工夫を凝らしてきた他業界の知恵こそどんどん取り入れていくべきかと思いますね。

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2014年4月 6日 (日)

今日のぐり:「俺んちの旨い料理 元気もん」

先日4月1日と言えばご存知エイプリルフールですけれども、よりにもよってちょうどその日にこんな激レアな事件が発生したことがあったそうです。

4月1日に警告メール「ヘビがGoogle社内に逃走したので注意」→社員「わかりやすいウソだなぁ」→本当だった!(2014年4月1日らばQ)

本日4月1日はエイプリルフールですので、世界中でウソやジョークが飛び交っていることだと思います。
楽しいイベントではあるのですが、本当のことを伝えたくてもなかなか信じてもらえない、困ったことも起きるようです。
以前Google社が社員宛に警告メールを送ったところ、ウソだと思われてしまったというエピソードをご紹介します。

2007年4月1日、Googleのニューヨーク支社から社員宛に、以下の警告のメールが送られました。
「ニシキヘビが社内の設備部屋に逃げ込み、居場所がわからなくなっているので注意するように」
こんなメールが4月1日に届いたら、いかにもジョークだと思われそうですが、問題はこれが現実に起きた事で決して冗談ではなかったという点にあります。
エンジニアの一人がカイザーと名付けられたニシキヘビを、自分のオフィスキューブで飼っていたと言い、不幸にもそこから逃げ出し行方不明となりました。
文面には、警告メールを出すタイミングの悪さへの謝罪があり、それは冗談ではないとも書かれていたとのことです。
このエピソードがおもしろいと、海外掲示板にはコメントが寄せられていました。

●それはジョークじゃないっていうジョークなんだ。
●ニシキヘビが天才なんだ。誰も信じない日まで待ったんだ。
●OK、だれかそのニシキヘビが無事だったかわかるかい?
↑無事だったよ。
●きっとジョークの部分は、わざわざニシキヘビを放ったんだ。
●ハッピー・グーグル・ゲームだ!
●仕事先で「ニシキヘビが建物内に迷い込んでます」みたいなメールを自分が受けたら、問題解決まで自宅待機する。
↑「災害補償もいらない、とにかくヘビをなんとかしてくれたらいい」
●高校時代に同じことがあった。生徒が見せびらかしに学校にヘビを持ってきて、生物学の時間にみんなに見せていた。2メートルもある巨大なヘビたちで、翌日1匹が見当たらないと校内放送されていた。学校は4階建てで一番上の階からいなくなったが、地下のクラスのクローゼットにいた。当時ヘビ嫌いで、恐怖を乗り越えるために教室にいたときに触らせてもらったが、怖さは消えなかった。ヘビは見た目通り気持ち悪かった。

苦手な人には冗談では済まないホラーストーリーですが、やはりエイプリル・フールに事件が起こるとややこしいことになるようです。
今日は不幸なニュースがありませんように。

誰しもオフィスにニシキヘビが出没するとは思いませんから真面目に受け取られないのも当然なのですが、それにしてもよりにもよってと言う日ではありますよね。
今日は無事に捕獲されたらしいニシキヘビの健康を祝して、世界中からてっきりネタかと思ったら本当だったと言うびっくりするようなニュースを紹介してみましょう。

恐すぎ危険“便器の中に大蛇”、「トイレ行けなくなった」の声も。(2014年4月2日ナリナリドットコム)

「自宅のトイレで、超怖い体験をしてしまった」。そう聞いたら、どのようなことを思い浮かべるだろうか。閉じ込められた、水が止まらなくなった、紙がない、扉を急に開けられた……おぅ…どれも怖い。しかし、便器の中から“何か”が出てくるというのはどうだろうか。

米ソーシャルサイト・redditに投稿されたのは、便器の奥底のほうからニョキッと“何か”の頭のようなものが出てきている写真。なんだこれは……? と取り出してみると、なんとそれはとても大きく、長いヘビだったのだ。投稿された写真は4枚つづりで、便器から引きずり出し、捕獲して袋に入れようとしているところまで写されている。何はともあれ、お尻をガブッとやられなかったようなのは幸いだ。

この写真を見たredditやTwitter、Facebookユーザーからは「怖すぎだろ」「もうトイレ行けなくなった」「ヘビって配水管とかこういうところ好きだよね」「オレも学校のトイレでこの体験したことある」「クソ、ケツふくのが怖えええ」など、さまざまな声が上がっている。

いやそこで取り出さないと思わず突っ込みたくなる写真の方は元記事で堪能していただくとして(一応閲覧要注意と言うことにしておきます)、それにしてもトイレとのフィッティング具合が違和感ない…
社長が自ら好き放題やっていると言えば一般的には不評たらたらと言うイメージがありますが、こちら冗談のような企画が意外な反響を呼んでいるというびっくりニュースを紹介してみましょう。

社長が自ら作詞・作曲・歌の会社PVが話題 「うまくてわろた」「ハイレベルすぎw」 (2014年3月27日Aolニュース)

企業の社長が自ら作詞作曲、さらに歌まで歌ったとある会社のプロモーションビデオが話題を呼んでいる。
ニコニコ動画に投稿されたこのPV。製作したのはデータアーティスト株式会社で、会社PRのため、社長自らが歌うオリジナルの会社PVを自分たちで作ってみたそう。
作詞・作曲・歌は自力で作れたが、動画の撮影と編集はプロに外注しようとしたら、監査役から調子に乗るなと言われ稟議が通らず、結局会議録画用のハンディービデオで撮ったとか。
そうしてできあがったPVは、オフィスで社長が熱唱する後ろで、社員たちが手持ちの道具で音を出すという手作り感溢れる仕上がりに。これだけ読むとクオリティーが若干不安になるかもしれないが、それがなかなかどうして、社長の声も曲もかなりのハイレベル。ニコ動ユーザーらからも

「普通にかっこいいなw」
「うまくてわろたw」
「30回は聞いてる」
「いい歌だったw」
「ハイレベルすぎてびっくり」
「曲好き」
「カラオケ配信まだですか」

と絶賛の嵐。そして中には「楽しそう」「こんな会社で働きたい」という人も現れ、会社プロモーションとしては大成功。
しかしここで衝撃の事実が発覚する。
PVを何度みても、この会社がなんの会社かまったくわからないのだ。
コメント欄にも、

「なんの会社ですか」
「どういう企業なのw」
「で、御社はどのような事業を。」

など、いったい何をやってる会社なのかを尋ねる声がチラホラ。
その後書き込まれた会社側のコメントによれば、ウェブマーケティングを営む会社だそうだ。

ちなみに問題の好き放題やりきってしまった動画はこちらから参照いただければと思いますけれども、それにしても後ろの方でごく普通に仕事しているっぽい社員達が良い味を出していますよね。
好き放題やっていると言う点ではこちらも似たり寄ったりですけれども、冗談のようでもこれはこれでちゃんと商売になると言うことなのでしょうか。

これで憧れのアリエルになれる!! マニラで「人魚」養成学校が開校(2013年9月22日Pouch)

幼い頃、女子なら誰しも1度は憧れたであろう夢、それは人魚になること。
でも人魚は架空の存在だし、そんなの夢でしかないわよね……なーんて思っていたら、とんでもないニュースが飛び込んでまいりました! このたびフィリピン・マニラにて人魚養成学校、その名も『マーメイド・スイミング・アカデミー』が開校したらいいのですーっ!

海外サイト『Incredible Things』によると、同学校には誰でも入学することが可能。
学校と言っても「年単位で通わなければいけない」というのではなく、「足ヒレを装着した人魚コスプレで泳ぐ方法を教えてくれるコース(ちなみに2時間4000円ほど)」など、時間単位で参加できる点が大きな魅力なのだとか。
「泳ぐのムリ、メンドクサイ。でも人魚にはなりたい!」な~んて都合のイイ願いも叶えてくれちゃうのが、同学校の素晴らしいトコロ。人魚コスプレをして写真撮影のみを行う、というお気軽コースもあるんですって。むむむ、これは行くっきゃないかも!?
尾ひれをつけてドルフィンキックをすれば、たちまち気分は人魚姫。もしかしたらアリエルみたいに、ステキな王子様もゲットできちゃったりして? とにもかくにもなにかと魅力的な同学校、マニラを訪れた際にはぜひ、足を運んでみてはいかがでしょうか。

元記事の動画などを参照する限りでは意外に楽しそうと言うのでしょうか、本当にこういう状況であれば是非とも参加したいと考える方々も多そうなのですがどうでしょうね。
中国と言えば何でも食べる国としても知られていますけれども、こちらまさかそんなものを食べてしまったこともびっくりですがその理由もいささかどうなのか…とも思ってしまうニュースです。

水道代節約で孫の観賞魚食う、不在の間に醤油煮込みにしてペロリ。(2014年4月1日ナリナリドットコム)

カラフルな模様で見る人を楽しませてくれる観賞魚の数々。その名の通り、観賞用であって食用の魚ではないのだが、中国のあるおばあさんは水槽に使う水道代がもったいないからと、家族の不在時に醤油煮込みにして食べてしまったそうだ。

中国メディア雲南網などによると、この一件は先日、雲南省昆明市で暮らす王さんから地元メディアのホットラインに相談が持ちかけられて発覚した。
その内容は「私の息子は外国へ行き、お母さんは水道をたくさん使用するのがもったいないと、息子が長らく飼っていたお気に入りの観賞魚を紅焼(醤油煮込み)にして食べてしまったんです。中毒になりませんかね?」というもの。王さんの母親の馬さんは昔から節約を好み、大きな水槽に使う大量の水に不満を抱いていたそうだが、愛する孫のために我慢し続けてきたのだという。
それがこのたび、孫が外国へ行くことになったため、王さんが出張で家を留守にしたスキを見計らい、ついに水槽の中の観賞魚を調理して食べてしまったというわけだ。王さんが魚がいなくなったことを追求すると、馬さんは「肉質は古い感じがしたけど、口当たりはなかなかだったよ」と正直に告白したという。

専門家は「一般的に、観賞魚は美しければ美しいほど毒性が強いと言われています」と説明する。具体的にどんな種類の魚を食べ、馬さんがその後どうなったかは報じられていないが、すでに完食してしまった今となっては無事を祈るしかないだろう。

しかし食味の表現がなかなか具体的かつ詳細なのが何とも言い難いところなのですが、単純に捨てるだとか言うのではなく食べてしまわずにはいられないところが中国流なんですかね…
ここ掘れワンワンのはなさかじいさんの物語と言えば日本人なら誰でも知っていますが、こちらリアルでそんなことがあったと言う嘘のような本当のニュースです。

【海外:アメリカ】ここ掘れワンワン!幸運カップル、犬がつまずいた庭の地面から10億円相当の金貨を発見!(2014年2月28日日刊テラフォー)

アメリカ・カリフォルニア州のカップルが、自宅の庭を走らせていた飼い犬がつまずいた地面を掘ると、そこには19世紀の貴重な金貨がザックザック埋まっていた。その価値は、花さか爺さんも腰を抜かす、約10億円!

超幸運カップルは、偶然にも自宅の庭で金貨を発見した後、ここに金貨を埋めた本当の持主を探したが見つからず、最終的に金貨はすべてカップルのものとなった。
専門家によると、この発見はアメリカで発見された財宝の中で最高額だという。
全部で1,427枚の金貨には、1847年から1894年の年号が刻印されており、未使用の状態だった。
金貨そのものの価値は260万円程だが、数枚の金貨はとても希少価値が高いもので、総額は約10億円の価値があると認定された。
カップルは、一部はこのまま持ち続け、残りはAmazonで販売しようと考えている。
カップルの詳しい身元は明かされていないが、2人は自営業の中年夫妻だという。金貨を売ってできたお金は、ローンの支払いと寄付に当てたいと話している。

果たして、いつ誰がここに金貨を埋めたのか?
カリフォルニア州で紙幣が合法化する1870年代以前に、鉱山産業に従事していた人物が埋めたのではないかという説が有力ではあるが、それでも確信はない。
まさかこんな大金を埋めて、そのまま忘れてしまったということはないだろうから、きっと掘り起こせなかった理由があったのだろう。
単純にどこに埋めたか分からなくなってしまったのだとしたら、あまりにも気の毒であると同時に、とてもバカだ。

まあしかし寄付に当てると言うのがアメリカっぽいですけれども、思いがけず10億円も大当たりすれば寄付の一つもしておかないと何やら気味が悪いと言う事もあるのでしょうか。
最後に取り上げますのはこちらブリから取り上げる話題ですが、ネタだと確定したとされていたあの超有名な伝説がリアルに存在していた?と言うびっくりニュースです。

飼い猫を電子レンジで「調理」、精神疾患の女に禁錮14週 英(2014年3月14日AFP)

【3月14日 AFP】英イングランド(England)北部バーンズリー(Barnsley)の裁判所は13日、飼っていた子猫を電子レンジで「調理」して死なせた精神疾患の女(23)に禁錮14週の実刑判決を下した。

?公判記録によると被告は、金魚を襲った罰としてペットの子猫を電子レンジに入れたことを認めていた。被告は調理時間を5分にセットしスイッチを入れたが、1分が経過したところで自分のしていることに気付き、子猫をレンジから取り出した。しかし、子猫は死んでしまったという。

?ジョン・フォスター(John Foster)判事は「飼い主を信じ、頼り切っているペットに対して、とてつもなく残忍な行為だ」と述べ、類似の事件を抑止するためとして被告に禁錮14週を言い渡すとともに、生涯ペットを飼うことを禁じた。

?判決を聞いた被告の家族は、手錠姿の被告が法廷から連れ出されると「彼女は、状況を理解できていないのに」と叫び、判決への怒りをあらわにした。

?被告側弁護人によると、被告は長年、精神病性うつ病を患っており、精神保健法に基づきこれまでに20回強制入院させられているという。

それにしてもお仕置きとして入れたと言うくらいですから十分電子レンジの効用は承知していたのだと思いますけれども、何事もやり過ぎはよろしくないのは言うまでもありません。
電子レンジ子猫は1分でアウトと言うことが判明した貴重な教訓と受け止めるべきか微妙なところですが、日本だとこういう動物虐待事件はいささか異なった裁判となったのかも知れませんね。

今日のぐり:「俺んちの旨い料理 元気もん」

岡山駅前の繁華な一画にお店を構えるこちら、特に岡山地鶏「桃太郎」の料理が売りなんだそうですね。
店内はかなり広く座敷が取ってあって、宴会向けコース料理も揃っていることから個人客よりも団体向けと言う印象ですが、小さめの半個室も用意されていて少人数でも利用は出来るようです。

この日はそのコース料理を頼んで見ましたけれども、温泉卵の載ったシーザーサラダはレタスが妙に青臭いのが気になったんですがまあ普通の出来、砂ずりは桃太郎のものなのでしょうか、この甘辛ダレは酒のつまみにしても割合具合が良いと思いますね。
メインになるのが元気鍋と称する吉備団子入りのモツ鍋なんですが、あっさりスープがベースの辛口仕立てなのはまあ別にいいんですが、せっかくの地鶏の味を楽しむにはいささか刺激が強いかなと言う気がします。
元気焼きと称する宮崎風の地鶏炭火焼きは妙な形の肉だなと思ったらどうやらせせり(ネック)らしいのですが、本場宮崎と比べると炭で燻された風味が強すぎないのは個人的にはいいですね。
揚げ物には珍しくチキンカツが来たのですがこれも桃太郎使用なのでしょうか、カツとしていい揚がり具合ですしさっぱりとおろしトッピングもいいアイデアだと思います。
炭水化物としては鍋にラーメンが入る他に何故か?カレー風味のピザが来たのですが、これが味はともかくクリスピー感重視のごくごく薄い仕上げで、特にフチ部分がチップスのように薄いおかげで取り分けには苦労しました。

桃太郎は他でも食べたことはあるのですが、以前にも感じたことですが若鶏のせいか変な癖はないけれどもそれほど味が濃い印象もないので、こちら親鳥の焼き物などもあるようで一度そちらも食べて見たいところです。
接遇面ではこういう大人数相手の居酒屋系としては標準的ですが、時間帯的にまだお客の入りが少なかったせいかレスポンス面は及第なのはいいとして、それだからこそもう少しじっくりオーダーを取っていただいた方が気ぜわしい思いをせずに済むかも知れませんね。
設備面としてはまずは畳が荒れてるなあ…と言う印象を受けるのですが、店全体として結構入り組んだ作りながらそれなりに数は入りそうなだけに、設備的には整ってはいても繁忙期にはトイレのキャパは大丈夫か?と言う心配はしてしまいます。

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2014年4月 5日 (土)

2ちゃんねる大激震?! よりにもよって便所の落書きの奪い合いが勃発

今年のエイプリルフールも色々とネタがあったようですが、その4月1日にこんなものが出ていたことは当初さほどに注目されていたわけではなかったようです。
当初はまたぞろしょうもないことを言い出したものだなあと言う感じで真面目には受け取られていなかったようですが、4月2日になってもひろゆき氏が直接「だいたいあそこに書いたとおり」「ウソ書くのもまずいかなって」等々と公の場で明言したことからようやく本気で言っているのか?と騒がれ始め、相前後して当の2ちゃんねるも含めて何やら尋常ならざる事態が発生していることが明らかとなり発言を裏付ける形になってきています。

2ちゃんねる、新ドメイン「2ch.sc」へ移行? ひろゆき氏を名乗る予告文書(2014年4月2日インターネットウォッチ)

 「2ちゃんねる」は運営がレンタルサーバー会社に乗っ取られているとして、新しいドメイン名「2ch.sc」によるサイトの立ち上げを予告する文書が1日、元管理人のひろゆき(西村博之)氏を名乗り、2ch.scのサイトに掲載された。

 2ch.scに掲載された文書では、2ちゃんねるのサーバーとドメインは株式会社ゼロのレンタルサーバーを借りて運営され、月額2万ドルという契約で10年以上その関係が続いてきたが、昨年(2013年)よりゼロが提携するNTテクノロジー(N.T Technology)の経営が芳しくないということで、契約のサーバー代金に上乗せして多額の送金をしてきたと説明。2013年3月からこれまでに、計52万ドルを送金しており、レンタルサーバー代の送金額が不足していたという事実はないとしている。
 その後、2014年2月19日には、レンタルサーバー会社側がサーバーのログインアカウントを変更。2ちゃんねるの運営スタッフがサーバーに入れないようにし、ドメインの登録名義を変更して2ちゃんねるを乗っ取る行為に出たと説明。さらに、サーバーのレンタル代とは関係なく、5万ドルを送金するように強要されたとしている。
 文書では、「2ちゃんねるの諸権利は、西村博之ないしパケットモンスター社に帰属するものであり、株式会社ゼロ及び、NTテクノロジー社に権利を譲渡したことはありません」として、レンタルサーバー側はサービスを乗っ取った不法行為者であり、正当な権利者ではないと主張している。
 また、この発表後も2ちゃんねるのボランティアを継続しているユーザーに対しては、不法行為への協力とみなして民事および刑事の責任を追求する可能性があると指摘。現状の2ちゃんねるに広告を掲載している業者に対しても同様に責任を追求する可能性があると警告している。
 また、2ch.scについては、「次の日曜日ぐらい」(4月6日)の公開予定だとしている。

 2ちゃんねるの公式ビューア「p2」を運営している未来検索ブラジルは1日、2ch.scに対応することが決定したとして、詳細については2ch.scオープン時に改めて連絡すると、p2ユーザー向けにメールで連絡した。
 未来検索ブラジルでは、同社で提供していた「p2」と「2ちゃんねる検索」サービスが3月上旬から利用できない状況となっており、原因については2ちゃんねる側からのアクセス遮断を受けていることを公表していた。

要約すればアメリカのサーバー会社によって2ちゃんねるが乗っ取られたと言うことなんですが、一方の当事者である(ひろゆき氏の主張によればなんら権限を持たないという)現管理者であるサーバー会社社長ジム・ワトキンス氏名でもすでに反論のコメントが出ているようですので併せて参照いただければと思います。
NTテクノロジーと言えば昨夏に2ちゃんねるビューワーに絡んだ大規模な顧客情報流出を起こしたことが知られ、当時ビューワ利用に関連するシステムが2ちゃんねる自体に組み込まれていたが、現在は当時の担当者がおらずそのシステムがどのようなものか不明と言う発表がありました。
サーバー会社であるNTテクノロジー側はその後セキュリティホールを塞いだと発表したわけですが、要するにこうした騒動にも絡んで同社が2ちゃんねるのシステムを把握したと言うことなのかどうかで、その結果として同社の考える不都合な人物なり会社なりを閉め出すこともできるようになったと考えれば納得は出来る話でしょうか。
その後問題の本年2月19日に大規模な2ちゃんねるサーバーダウンが発生、その際同社社長ワトキンス氏(を名乗る人物)およびひろゆき氏から2ちゃんねる運営にも関わる非常に意味深なコメントが出されたことが当時密かな話題になっており、今回その実際の状況が乗っ取りであったと明らかになった形です。

冒頭のひろゆき氏の発言とこのジム・ワトキンス氏の発言を見比べて見ても、果てしなく巨大化し続けることによって増える一方のサーバー運営費を誰がどう負担するかを巡る金銭的トラブルが発端なのか?と言う風に読めるのですが、もともとサーバー負荷などの関係からあちらこちら転々としていた2ちゃんねるに対して、サーバーを掌握した側が完全に有利な立場を確保したといった状況なのでしょうか。
ともかくもご存知のように「2ちゃんねる」と言えばいわゆる「便所の落書き」を象徴する巨大掲示板として知られていますけれども、その創設者かつ元管理人として知られるひろゆき氏は様々な法的トラブルに絡んですでに2ちゃんねると無関係であると言ってきたものの、実際には未だ支配力を保持してきたとは公然の秘密ともなっているところですが、今回の書き込みはまさにその点について自ら認めたと言うところですよね。
そして新たな2ちゃんねるを立ち上げる云々と言うことからまだまだ未練たらたらであると言うことも判りますけれども、それに関してもこんな興味深い現象が発生しているようでもはや完全に泥仕合の様相を呈していると言えそうです。

ひろゆきが「2ch乗っ取られた」と発表 → “2ch.sc”をNGワードに指定し書き込めなくする(2014年4月2日ガジェット通信)

昨日夜に『2ちゃんねる』創設者の西村博之氏が「『2ちゃんねる』を乗っ取られた」という文書を公開。内容についての詳細は下記リンクを参照してもらうとして、新たな掲示板は“2ch.sc”となることが判明。今の“2ch.net”は乗っ取られたもので、実質“2ch.sc”が本当の『2ちゃんねる』となる。

しかし、そんな“2ch.sc”を知った現『2ちゃんねる』の運営側が“2ch.sc”という内容をNGワード指定し、書き込めなくしたのだ。この姑息なやり方……。言論統制までするようになった現『2ちゃんねる』。もはや、やりたい放題である。現在“2ch.sc”を含んだ内容を書き込もうとすると「ERROR:さくらが咲いてますよ」と表示される
しかし『2ちゃんねる』ではそんなの無意味で、スペースを空けたり、「2ch..sc」と記載するなど抜け道はいくらでもある。今度は書き込んだ人の規制でもするのだろうか。こんな対応していると西村博之氏側の主張が正しいと認めているだけのような……。

西村博之氏は新たなドメイン“2ch.sc”で『2ちゃんねる』を日曜日に公開するとしている。“2ch.sc”の取得日を調べて見ると、『2ちゃんねる』が乗っ取られた同日の2月19日であることが確認できる。その頃から動きだしていたようだ。

ちなみに前後して2ちゃんねるデータの法人利用について独占商用利用許諾契約を結んでいるホットリンク社長とひろゆき氏に関わるインサイダー取引疑惑なるものが2ちゃんねる内のあちらこちらで書き込まれると言った事態も発生していますけれども、留意いただきたいのが冒頭の記事にもあるようにひろゆき氏が現2ちゃんねるの運営に協力することに対しても不法行為として責任を追及すると主張していることです。
実は2ちゃんねるが乗っ取られたとされる2月19日頃と相前後して、かねてから司法捜査にも非協力的であるなど各種問題が指摘されていた2ちゃんねるの運営が大々的に変化したと言われていて、一般的には利用者の民意に基づく自治が実現するようになった結果、例えばかねて問題視されていたいわゆるまとめサイトに対する転載拒否が「各板の自主的な決定により」急速に広まってきたと言う経緯があります。
ひろゆき氏はこうした行為に関しても現在の管理人は不法な乗っ取り人であるため「2ちゃんねるに関して、なんらかの方針を主張したとしても、なんの効力も発揮しません」と主張しているように読めるのですが、仮にひろゆき氏が新サイトを立ち上げたとしても引用禁止ルールがある限り膨大な過去ログはおろか現行スレの引っ越しすら出来ないと言うことになり、これでは2ちゃんねるとしての意味をなさないと言われかねませんよね。
そうなるとそもそも一連の2ちゃんねる改革のどこまでが自発的に行われたことなのか?と言う疑惑も出て来ざるを得ませんけれども、ひろゆき氏としては2ちゃんねるの本当の管理人は自分であり、サーバー確保と維持を行う資金力も十分に持っていると主張すればするほど、過去に様々な方面で告発され判決が確定している管理人への賠償請求に対しても何らかの対応を迫られることになるリスクもありそうですね。

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2014年4月 4日 (金)

医者にはお金を包むべき?

いわゆる接遇教育が重視されるようになった頃からでしょうか、医療現場(少なくともその一部)では「患者さんではない!患者様とお呼び!」なんてことを言い出すようになりまして、これに対して「患者様などと言う妙なことを言い出した頃から医療崩壊が始まったのだ」「勘違いしたモンスターペイシェントを増やしただけ」と言う意見もあるほど、否定的評価は根強いものがあります。
その結果一部方面から今度は「患者様撲滅運動」などと言うことまで唱えられるようになり、実際に有名な大病院においても相次いで「患者様はやめて患者さんにします」などと言った揺り戻し宣言をするところが出てきたわけですが、その理由の一つに少なくとも現在の日本の医療はいわゆる商行為ではなく公共サービスに近いものであって、いわゆるお客様として扱うのは適切ではないと言った考え方もあるようです。
火災現場に駆けつけた消防隊員が「お客様、お火元はどちらでございましょうか?」などと問いかけたり、110番通報で駆けつけた警察官が「お客様、署までお連れさせていただいてよろしいですか?」などと呼びかけたりするのはおかしいと言うのと同様に医療現場に患者様は似合わないと言う考え方なのでしょうが、まあ公平に見て契約関係上の顧客である以上ある程度の接客業的意識は必要なのではないかと言う気はしますね。
それはともかく、かくも医療現場の側からは評判の悪い「患者様」なる呼びかけというものを一方の当事者の側もどう見ているのか、先日医療側、患者側双方の意見を採り上げたこんな記事が出ていたので紹介してみましょう。

病院で「患者様」と呼ばれることにどう思いますか?(2014年3月28日ネタりか)

体調を崩したり、ケガをしたりと、度々病院のお世話になることもあるのではないでしょうか。待合室で名前を呼ばれる時、どんな風に呼ばれていましたか?
教えて!gooには病院にお勤めのstarshipさんから、次のような質問が寄せられました。
「病院での『患者様』という呼称について」
質問者のstarshipさんは病院に勤務しているそうですが、最近は「患者様」と呼ぶところが増えていて、勤務する病院でも「様」をつけて呼ぶように義務付けられたとのこと。しかし、質問者さんは違和感を覚えるそうで、患者側も違和感を覚えている人も多いそうです。そのため、医療従事者側、患者側の両方からの意見を聞きたいとコメントを募っています。

■違和感がある

この質問に対して次のような回答が寄せられました。
「患者側の意見として…。私個人は、具合が悪くて病院へ行った際に、『様』づけで呼ばれ所は、すごく嫌です。病院へ行くこっちは、体も辛いし、早くなおしてほしいだけです。そんな状態の時には、『さん』のほうが身近で安心感もあるし、話しやすいですよ。病院って、患者側は、入ってから出るまで、けっこう緊張するんですよね」(buri007さん)
「元ナースです。看護部からのお達しで、『患者様』と呼ぶようにといわれましたが、実際のところ全く浸透しませんでした。これまでの意見にもあるように、患者様ではなくA様、B様のように名前に様を付けるのは良いと思います」(itinino3さん)
やはり「患者様」は嫌と感じたり、病院でも浸透しなかったりすることがあるようですね。buri007さんがコメントしたように、「さん」の方が親しみがあり、話しやすい気がします。

■直接対応する人でなければ構わない

「病院に勤める薬剤師です。私の病院でも、患者様と呼んでいます。こちらの病院に移って半年程ですが、以前の病院は、さん付けだったのでとても違和感があります。夫は別の病院に勤める医師ですが、やはり、さん付けで患者さんを呼んでいます。病院で統一したわけではないようですが、事務方は様で呼んでいる様です」(marizoさん)
事務系が患者様と呼ぶ事は別にいいですよ。医者が診察室で患者と向かい合う時に『患者様へいへい』みたいにへりくだれとは、病院側は医者に要求してないのでしょう?そしたら何もこだわる事ないじゃないですか?患者にとって事務系はたいして問題じゃないんだから。重要なのは医者の態度ですよ。とりあえず病院の方針うんぬんより、個人対個人で患者と接する時は誠意を持って、しっかり信用される医者になる事が大切なんじゃないの?」(guntoさん)
事務の人が患者様と呼ぶのは別に構わないという意見も寄せられています。しかしやはり「様」という呼び方に違和感がある、という回答が多く寄せられていました。みなさんは病院で「様」付けで呼ばれたらどういう印象を受けますか?

ちなみに「患者様が是か非か?」と言う設問もちょっと誤解を招く元になっていると思うのですが、基本的に医療現場では個人の取り違えを防ぐためにもフルネームで呼ぶと言う流れになっていて、実際には「○田○子様と呼ぶべきか○田○子さんと呼ぶべきか」と問いかけるべきかなと言う気がしますが、ともかくも記事の元ネタとなったQ&Aの方も参照いただくとして、まあ大勢の人が色々と感じるところはあるのだなと思いますよね。
以前から各方面でこうした議論が行われているのですが、「慇懃無礼に聞こえる」だとか「距離感が遠く感じる」だとか言った意見もあれば「患者さんか患者様かよりも節度と礼儀を保った態度かどうかが重要」と言うもっともな意見もありと様々ながら、とりあえずはこれは素晴らしいと文句なしに絶讚している人と言うのもあまり見かけないと言うのが実際のところではないかと思いますね。
個人的には呼称問題よりも初対面の患者さんに対していきなりため口を利くスタッフが未だに多いと言う点が世間一般の常識に照らし合わせても気になるのですが、これも以前は患者さんには他人行儀にならず身内のように親しく接しましょう式の教育が行われてきたからと言う側面もあって、必ずしも礼儀知らず世間知らずが故の振る舞いと言うわけでもないようです(もちろん単なる非常識故にやっている人もいるのでしょうけれども)。
今の時代には患者様患者様とやたらに顧客をヨイショするのではなく、もちろん侮ることもなく患者と医療職は対等の関係として共に病気に立ち向かうべきだだと思いますから、その意味で使用者被使用者と言う文脈での上下関係でも社会的地位による上下関係でもなく、年齢等の個人属性に基づいた常識的なレベルの関係構築と一定の敬意を払った上での丁寧語対応で必要にして十分ではないかと言う気がします。
ところで大昔には逆に患者の方がへりくだってお医者様、お医者様と持ち上げていた時代もあった、そして実のところそうした大昔の「常識」を今も覚えたままなおも現役で診療を続けている先生やそれを当然に感じている患者さんもそれなりにいらっしゃるわけですけれども、そのせいなのか患者様などと言われる時代にあっても未だに昔ながらの風習が残っているとも言われるのがこちらの問題です。

家族が大きな病気で手術をしたとき執刀医に謝礼を渡しますか?(2014年3月31日アメーバニュース)

家族が大病を患い手術を受けた際に、執刀した医師には謝礼を渡すものなのでしょうか。教えて!gooに次のような質問が寄せられました。
sharolさんの父親が癌の手術を受けたそうです。手術は無事に終わり経過も良好。無事に退院したようですが、父方の親戚の方から「執刀医に謝礼を渡すのは慣例」と言われ、母親が謝礼金を渡したそうです。先生はすんなり受け取ったそうですが、sharolさんも母親も不本意だったようで、この謝礼金についてどう思うか意見を募っています。

■古くからの慣習は今も生きている

この質問に対して次のような回答が寄せられました。
「どこでもあるみたいですね。私の母が入院する際は『ここの病院は(お礼)必要ないから、そこにしなさい!』と親戚筋に言われて入院させました。執刀医だけならまだ良い方で、知人には、『まず婦長と担当医にそれぞれ二人っきりになった時に渡す方が良い。そして手術前に1回と術後にさらにお礼をした方が良い』とアドバイスを受け、実践したそうです。そんな話を聞いて『はぁ?』と思ったのですが、大学病院なんかは謝礼を渡さなかった為に担当医が偉い先生から大学院でたてのインターンになったという話も聞かされ、当時やるせなくなったりもしました」(naka91aさん)
やはり古くからの慣習として謝礼を渡すというのはあるようです。謝礼金を渡すという暗黙のルールがあるのならば、naka91aさんのように、初めから謝礼が不要な病院を誰もが望むのではないでしょうか。

■不要な慣習は排除してほしい

「そういう慣例は無くして欲しいです!30万円受け取れる先生ってもう感覚が違いますよね!普通の常識を持っていない。そういう先生とか病院って、公表しちゃって欲しいです! 悪い事で無いのなら公表も問題ではないし、謝礼金払いますって人だけ診てもらえばいいのだし、知らずに診てもらっていて、後から謝礼金渡した方が良いとか知ったら困るし…」(miyamiさん)
「以前母親と、このことで大喧嘩しましたよ。父の主治医に何万か渡したいっていう母親に、私は最後まで反発し、月何百万ももらってる医者に渡す金があるのなら、私にくれ!とか言いましたよ。それは冗談としても、入院費すら払うのが大変な人もいるのに、そんな慣例を許しつづけたら、本当に医者側から差をつけられたとしたらその人たちに悪いとは思わないのか、単純に『自分さえ良ければいいのか』という子どもでもわかる問題に行き着くと思うのです」(mujinkunさん)
回答者の大半が謝礼金には不要という意見を寄せています。また、昔はあったのかもしれませんが、今は禁止されているのでは、といった意見など、元のQ&Aには様々な声が寄せられていますので、参考にしみてください。みなさんは執刀医への謝礼について、どう思いますか?

まあしかしこのご時世、謝礼金を払った人だけ診る病院というのは医療関係者からはそれなりに歓迎されるかも知れませんし、案外患者さんの評判も悪くないんじゃないかと言う気がしますけれどもどうでしょうかね?
それはともかくこの謝礼問題も未だにたびたび議論になるのが面白いなと思うし、公式回答としては「不要だし、全くの無駄」と言うことになるかと思うのですが、議論を面倒くさくしているのは今やどこの病院にもはっきりと「謝礼無用」「一切お断り」とまで明示しているにも関わらず、とりあえず差し出せば受け取る先生というものが一定数存在するということです。
この点に関してもくれるものはとりあえずもらっておくと言う先生と、ルールでも決まっていることだし受け取らないと言う先生に二分されているようなのですが、両者共に共通しているのは「お金をもらったかどうかで対応が変わることはない」と言う点で、謝礼をもらったら便宜を図ると公言している先生は見たことがありません(もちろんあくまでも公言しているだけで、実際に何から何まで全く扱いが同じかどうかまでは検証しようがありませんが)。
一般的にこうした話が出てくるのはそこらの町医者などではなく大学やナショナルセンターなど大病院での大手術と言ったケースが多いんじゃないかと思いますが、肯定とは言わないまでも擁護的な意見としてよく挙げられるのが「こうした大病院の先生方、特に現場で実際に患者の面倒を見ている若い先生方は大変な薄給なのだから、多少なりともお布施をいただければ実際問題として助かる」と言ったものではないでしょうか。
ただしこれも何が助かるかと言えば単に安月給で生活をする上で助かると言っているだけで医療面で助かると言うわけではもちろんなく、また現実問題としてこうした病院では症例毎のデータも集めて治療成績向上の為に鋭意努力しているわけですから、職人気質に近い医師気質に照らし合わせても少なくともお布施がなかったから手を抜くなんてことは出来ないし、する気にもならないでしょうね。

お布施問題に対する意見としてむしろ目に付くのが主に断る先生方の意見として「断っているのに無理矢理お金を押しつけてくるような家族はうざい」だとか「お金を渡したのだからと大きな顔をされそうで受け取らない」と言った声なんですが、特に今の時代医療訴訟だ、クレーマーだと様々な問題が起こりがちですから、わざわざ顧客からの期待値を高めリスクを増やすようなことはしたくないと言う考え方も十分理解出来るところです。
患者さんや家族の側にしても別に喜んでお金を出したいと言う人はゼロとは言わないまでもそう多くはないはずで、それも何かしら有利になるんじゃないかと思ってお布施を包んでいたものが、実際には相手の心証を害して単に反感を買っていただけだとすれば泣くに泣けないと言うものですから、出すにしてもはっきり断られたら素直に引き下がると言うくらいのことは考えておいた方がいいかも知れません。
日本ではチップという習慣もなければドクターフィーと言う制度もなく、苦労した医師個人に報いるシステムは存在しないのはやはりおかしいと言う意見もあるでしょうが、少なくとも現代医療においては医療とは医師一人の力ではなくチームプレーで対応すべきものと言うことになっているわけですし、顧客満足度向上と言う点では医師に金を包むよりも看護や介護のスタッフと親密になっておいた方が満足のいく良い結果が得られるんじゃないかと言う気はしますけれどもね。

ちなみに以前に芦屋に近い自治体病院では超豪華な病室が用意されていると言う話を紹介しましたが、あれなどは地元のお金持ちの方々が入院するのに「自前でお金は出すからもうちょっとまともな部屋を用意して」と言う要望が相次いだのが契機だったそうで、無制限にと言うわけではないにしろ保険診療においても一定の範囲内であればお金を余分に出して自分の要望を通すということは認められているわけですよね。
そう考えると当事者も「何も変わらないですよ」と言っている医師個人に出資するよりも、保険外診療で好きな医療をしてもらうなり組織への寄付金なりの名目で病室の設備を整えてもらうなりにお金を出した方が確実な効果が期待出来ると思うのですが、ただこれも目に見える効果が現れるまでには時間もさることながら相当大金を積み上げなければならないでしょうから、ちょいと金一封程度で何か御利益があるわけでもなさそうです。
結局患者さん側にとって理解しておくべきこととしては「医師はもらって喜ぶことはあるかも知れないが、別にそれを期待はしていない」と言うことで、要するに出したくもないものを無理して出していただくような性質のものでは全く無いんだと思いますし、どうしても感謝の意を示したいならお中元なりの機会に医局宛てでカップラーメン詰め合わせでも送っておいた方がよほど安上がり、かつ「お、なかなか判ってるな」と感謝されることでしょう。

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2014年4月 3日 (木)

食材偽装事件の思いがけない余波

食材偽装事件と言うものが続出して世の中が騒然としたことは未だ記憶に新しいところで、当「ぐり研」としても当然ながら無視出来ない問題なのですが、基本的にこういうものは肩書きよりも味に対して各人が納得して対価を支払えるかどうかが重要で、安い食材を使っても料理の腕で高級なものに仕立て上げられると言うのであればこれはこれでお金が取れる仕事ですよね。
もちろん露骨な詐欺行為を働いたことに対しては組織として個人として真摯に反省すべきですし責任も取るべきでしょうが、食材にしろ料理にしろ値段が高い安いと言うのは味ではなくあくまでも経済的理由によって決まっていることですから、肩書きを有り難がってさしてうまくもないものに高いお金を出すのも馬鹿馬鹿しいことだし、安ものだからとおいしいものを見下して扱うのももったいないことだと思うのです。
いささか脱線しましたけれども、これだけ広汎に食材偽装が明らかになりますとどうしても公的対応が必要なのではないかと言う声が上がるのも無理からぬところなのですが、いわゆる詐欺的な偽装とはまた異なった領域で思いがけない余波が及んでいるという話をご存知でしょうか。

業界「おいしい名前認めて」 サーモントラウト→ニジマスの指針案見直しへ(2014年2月24日産経新聞)

 外食メニューの表示偽装問題を受け、消費者庁がまとめた外食メニュー表示のガイドライン(指針)案で、反発を招いた「サーモントラウト」の表示。「ニジマス」と表示するよう求めていたものだが、反発の大きさに同庁は指針案を見直す方針という。すしネタの「サーモン」は生で食べられるサーモントラウトによって定着した。業界関係者は食品の特性を踏まえたルールを考えてほしいと訴えている。(平沢裕子)

 ◆養殖だから生食可

 ニジマスはサーモントラウトの標準和名。指針案ではサーモントラウトをサーモンと表記した場合、「標準和名はニジマスなのにサケと認識され、問題」としている。
 食の安全・安心財団の中村啓一事務局長は「トビウオは標準和名がトビウオだが、九州や日本海側ではアゴと呼ばれるように、市場に流通する名前と標準和名が異なる魚は多い。食材としての名前と標準和名が異なることが必ずしも消費者を偽っていることにはならない」と指摘する。
 サーモントラウトはニジマスを海面養殖(沿岸の海水を使った養殖)で大きくしたもので、ニジマスであることは間違いない。ただ、淡水魚のニジマスは寄生虫の心配から生で食べる習慣は一般的でなく、同様に天然のサケも刺し身で食べる場合は凍らせたルイベにする。すしネタの「サーモンにぎり」は、養殖のサーモントラウトが日本で安定的に供給されるようになったことで定着したメニューともいえる。
 「サーモンにぎりとしてサケ科の魚を生で食べることができるのは、寄生虫の心配がない養殖のサーモントラウトならでは。多くの人が淡水魚と認識する『ニジマス』の呼び名ではすしネタで食べたいと思う人はいなくなるのでは」(中村事務局長)

 ◆アブラガニは減少

 標準和名の表示しか認められなくなったことでスーパーなどで販売が減ったものにアブラガニがある。タラバガニと外見が似ているアブラガニは、かつて「タラバガニ」「アブラタラバ」の名前で、タラバガニより2割程度安い値段で販売され、「安くておいしい」と人気があった
 しかし平成16年、アブラガニをタラバガニの名前で売ることが景品表示法違反(優良誤認)となり、これをきっかけに標準和名のアブラガニの名前でしか売れなくなった。スーパー関係者は「タラバもアブラも味はそれほど変わらない。でも、アブラガニの名前では聞こえが悪いので売りにくくなった」と打ち明ける。消費者からすれば、安くておいしい食材を買う機会が減ってしまった。
 サーモントラウトなどを海外で養殖し、輸入販売しているカマンチャカ(東京都中央区)の三橋平典代表は「事業者は消費者がおいしく感じるような名前をつけて販売してきた。嘘の名前はだめだが、食材としての魚の名前は文化に属するものだけに食品の特性を踏まえたルールを考えてほしい。また、一度決めたものに対しても異議を述べたり再検討したりする場も設けてほしい」と話している。

 ■アレルギー表示 トラウトはサケ

 サケは食物アレルギーを起こす物質を含む食品の一つ。原材料として使ったとき、アレルギー物質として表示義務がある「特定原材料」ではないが、準ずるものとして消費者庁は通知で表示を推奨している。昨年9月に同庁がまとめたQ&Aでは、サケの表示は「海から取れるもの」を対象としており、ニジマスやイワナなど淡水でのみ生活しているものは対象外とした。
 サーモントラウトをニジマスとみなすならアレルギー物質としての表示はいらないが、実際はサーモントラウトも他のサケと同じくアレルギーの原因となる。中村事務局長は「消費者庁内で魚の表示ルールをめぐって整合性が取れていない。食物アレルギーは命にかかわることもあるだけに、指針内容を丁寧に検討してほしい」と話している。

あからさまに偽物を本物と偽って出すような確信犯的なケースばかりが取り上げられたせいか、食材偽装=問答無用で悪と言う図式が世の中に認知された結果こういうことになったと言うことなんですが、標準和名でなければ認めないと言った厳格なルールを徹底しすぎると回転寿司などは聞いたこともないような魚ばかりと言うことにもなりかねず、庶民の楽しみが大きく減弱してしまうでしょうね。
こういう話を聞きますといわゆるあやかり鯛を鯛と称して出すのは偽装なのかとか、全くししゃもではないものをししゃもと称して出すのは詐欺じゃないかとか色々と考えてしまうのですが、すでに長年その名前で流通しているものを今さら本当はこうだ!と訂正して回ると言うのも「ホッチキスじゃなくステープラーだ」などと主張するのと同様に何やら不毛な気がしないでもありません。
当然ながら食品関連業界としても何が何でも標準和名通りしか認めないのでは商売あがったりだし消費者利益にも反すると主張してきたわけですが、先日それに関して消費者利益を守る立場の消費者庁からこういう続報が出てきたようです。

トラウトでサケ弁OK 外食表示の指針を修正(2014年3月29日スポニチ)

 消費者庁は28日、食材虚偽表示問題を受けてまとめた、外食メニュー表示に関する景品表示法のガイドライン(指針)を公表した。昨年12月に示した指針案には「実態に合わない」と批判が相次いだことを踏まえ、サーモントラウト(ニジマス)を使って「サケ弁当」と表記してもよいとするなど修正を加えた。
 指針案は「サーモントラウトをサーモン(サケ)と表示すると問題になる」と指摘していた。弁当や茶漬けにサーモントラウトを使うことが多いため、「サーモントラウト弁当」「ニジマス茶漬け」に変更する必要があるのか、と関連業界などに混乱を招いていた。

 指針は「社会的に定着したメニュー名は問題でない」として、サケ弁当などは景表法に違反しないとの解釈を示した。同様に、カモでなくアイガモの肉を使った「鴨南蛮」も問題ないとした。
 解凍した魚を「鮮魚」として提供することは、指針案では「表示の仕方によって問題」としたが、分かりにくいとの意見が寄せられたため、「特に新鮮さを強調しなければ問題にならない」と付け加えた。
 一方、違反例としては、特定の産地の野菜使用をうたいながら多くは産地が違ったり、外国産伊勢エビに三重・伊勢志摩地方の写真を付けたりしたケースを挙げた。

 指針は今後、都道府県に配布し、業界団体の講習会などで活用する。
 消費者庁は今年1月、外食業者や消費者団体との意見交換会を開催。指針案に対する意見公募には515件が寄せられた。

まあ産地問題も遠い漁場の魚を有名産地で水揚げして出荷するだとか、外国産の貝を国内の浜に一度放って国産として出荷するだとか色々とやり方はあるのだそうで、やはり結局は肩書きではなく味で判断するしかないと言うことになるのでしょうか。
それはともかく消費者の利益を守るための省庁であるはずの消費者庁が産業界の既得権益を代弁するのか!とお叱りを受けかねない話でもあるわけですが、それでは何でも本当の名前でしか売れないことにすれば消費者の利益になるかと言えばそんなわけでもないのであって、今晩の食材を買いに出かけても何が何やら判らず買い物も出来ないと言う不測の事態すら発生しかねないわけです。
一応今回の指針では社会的に長年定着している呼称に関してはそのまま認めましょうと言うまずまず妥当なものだと思うのですが、しかし実際には何を以て社会的に定着しているかを判断するのは非常に難しいものもあって、「国内一部方面では長年イノシシは山クジラと呼ばれているからクジラ肉として出荷しました」式で全部認めていたのでは消費者としても何を信用していいのか判らないですよね。
ただこうした指針によって最も悪質な意図的偽装に関しても一定の歯止めがかかるものと期待したいところですが、実際にはこうした場合標準和名がどうとか世間で定着しているかどうかではなく単に似ていて割安なものを代用しているわけですから、結局は流通から消費に至る各段階で自主的な誠意をどれほど維持出来るかと言うことに尽きるかと思います。

本来的には正しい名前と通称とを併記して徐々に本当の名前を滲透させていくと言った気の長い作業が求められるのでしょうが、一般的に本当の名前は聞き慣れ なかったり長かったりで表記も理解も難しいと言うこともあって(本日は子持ちキャペリンが特価でなどと言われてもぴんと来ませんよね)、一足飛びに強要す るのではなくまずは食材に関心を持ってもらうことが結局は偽装を減らしていくことにもつながるのかなと言う気がします。
その意味で時折見かけますが「サーモントラウトはサケ属サケ科の魚で」云々とわざわざ言い訳がましく表記してある商品などは「へえ?どういうことだろ?」と考えるきっかけになると思いますし、昨今ではスマホなどもあるのですから買い物の時にはまず原材料表記を確認するだとか、知らない魚は取りあえず調べて旬や調理法、選び方を知ると言うのもいいかも知れません。
もちろん何かの偽物、代用品のように言われている食材であってもその食材にとっては本物なのですから、名前がどうあれそれなりにちゃんとした味のものをお値打ちの値段で出せると言うのであれば消費者の利益でもあり、場合によっては本物の資源保護などの観点からも代用品利用の必要性が高いと言うこともあり得るでしょう。
ただこうした似て異なるものばかりが流通するようになって本物の味が忘れ去られていくというのであればこれはこれで悲しいことですから、流通や小売りに関わる人々には効率が悪くなってもなるべく本物と偽物を並べて売ってもらいたいし、消費者の側も本物偽物のそれぞれに関する知識を持つと共に折々には本物も買ってその味を忘れないようにしてもらいたいものだと思いますね。

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2014年4月 2日 (水)

病気の治療と仕事は両立できない?

このところ改憲議論と言うものが盛んに取り上げられているようで、何事も聖域化せず議論することは大事な事だとは思いますけれども、こうした問題に絡むと妙にヒートアップしてしまう方々も少なくないようで、先日は参院予算委で「政権の番犬」と罵倒されたことをきっかけに小松一郎内閣法制局長官と共産党の大門実紀史参院議員が国会内で口論すると言う、いささか大人げなさ過ぎる事件も発生したようです。
ともかくも野党各党は憲法解釈変更問題の中心人物である小松氏を引きずり下ろすと鼻息も荒いようですが、一方で小松氏と言えば今年に入って胃癌とも言われる大病で入院し一時は後任人事も検討されていたものを本人が続投を直訴し留任が決まったと言うほどで、現在も週一回の通院で治療を続けていると言いますから個人としても大変な状況にあると言えますよね。
個人と公人の双方で重大な状況にあるというその小松氏が通院治療のため参院決算委員会を欠席したことを巡って、先日は民主党の尾立源幸氏から「職責を果たしていない」と職務への適格性を問われたと言うニュースが出ていたのですが、これはまた炎上しそうな発言だなと思っていましたら案の定各方面から批判が出ているようです。

抗がん剤投与で欠席の小松長官に「職責果たしていない」 民主・尾立氏(2014年3月31日産経新聞)

 小松一郎内閣法制局長官が、抗がん剤を投与する通院治療のため、31日午前の参院決算委員会を欠席した。憲法の解釈見直しと憲法改正の違いについて質問するとして出席を求めていた民主党の尾立源幸氏は「職責を果たしていない」と激しく反発した。

 安倍晋三首相は、尾立氏から小松氏の適格性を問われると「決算審査に関係ない質問だ」と反論した。民主党の斎藤嘉隆氏への答弁では「経験と見識を生かし、法制局長官の職責をしっかり果たしてほしい」と擁護した。

 政府は、小松氏が毎週月曜日は投薬治療に充てていると説明している。

がん患者は「職務不能」なのか 小松長官批判した民主党議員に反発の声(2014年3月31日キャリコネ)

がん治療を理由に3月31日午前の予算委員会を欠席した小松内閣法制局長に対し、民主党の尾立源幸議員が「職務を果たしていない」と批判した。
しかし小松長官の治療計画は、あらかじめ「毎週月曜日」と決まっていたもの。通院治療をしながら働く権利を擁護する人たちからは、尾立議員は「人として思いやりがない」「これがリベラル政党のやることか?」と反発している。

罹患を理由に「退職・解雇」3人に1人の現状 「がんが発見された」――。そのことを理由に、会社を解雇されるなどして職を失う人は少なくない。厚生労働省の調査によると、がんを患った勤務者のうち、それまで働いていた職場を「依願退職した」人が30.5%、「解雇された」人が4.2%いたという。
自営業者の中には、仕事がなくなるのをおそれて、がんであることを取引先に黙っている人もいるという。2013年9月3日にNHK「ハートネットTV」では、早期発見にもかかわらず、会社から退職を求められたという女性が紹介されていた。
女性は、がんに対する「差別と偏見」を感じたという。医療の進歩により、身体に負担の掛からない手術の方法も開発され、働きながら治療する方法が増えてきた。しかし「社会の理解」は、そこまで進んでいない。

内閣府の世論調査でも、7割の人が「がんの治療をしている人はもう働けない」と答えている。しかし、治療にはお金が必要だし、家族の生活もかかっている。がん患者は休んでいればいいのだ、と強制する考えは、患者を精神的にも経済的にも追い込むことになる。
そのような事情を知る人は、長官の治療計画を知りながら国会に呼び出す尾立議員は「人として思いやりがない」「患者に対する理解が足りない」「悪意がある」というわけだ。2013年に夫人をがんで亡くした経験を持つ漫画家の須賀原洋行氏も、こう反発している。
「小松長官が今日の国会に来れなかったのを責めるだけにとどまらず、『職責を全うできないのなら辞めろ!』と国会で追及する民主党。全国で癌治療をしながら働きたいと思っている人達が今日の国会を観てどう感じただろう。これがリベラル政党のやることか?」 小松長官の病状については、週刊ポスト2014年3月14日号が「1月下旬に開腹して(胃がんの)摘出を試みたが、すでに転移が見られ、結局、摘出手術は行なわれなかった」という政治ジャーナリストの歳川隆雄氏のコメントを紹介している。

政策に関して意見の不一致があるのは当然のことで、政治的駆け引きとして色々と個人の資質を言い立てるのは(良い悪いは別として)ままあることなのですが、それにしてもここに個人の病気と言う問題が絡むと何しろ自分の責任でそうなったと言えるものでもないだけに、先日も民主党議員が安倍総理に「水を飲んだら下痢するぞ」と野次って批判されたように「人として思いやりがない」「患者に対する理解が足りない」「悪意がある」と言われかねませんよね。
この辺りは日本では政治家の類は中高年の役職になっていて、それだけに何かと基礎疾患を持っていたりするケースが多く健康問題は即座にデリケートな話題に直結しかねないですけれども、アメリカの大統領などは若くて元気が良くなければ365日24時間の重責に耐えられないと言う考え方があるようで、何人も健康問題や病死で終わっている日本の総理と違い戦後病気で辞めた大統領はまだ1人もいないようです。
警察官などに言わせると「65歳以上の証言はあてにならない」のだそうで、身体的にももちろんですが知的活動能力も年齢と共に低下していくのは棋士など知的職業人を見ても明らかですから、世間で言う定年年齢を過ぎたような人たちばかりが国の行く末を議論していると言うのもどうなのか、どうせ自分はすぐ死ぬ連中に国家百年の大計など期待出来るのかと言う批判は以前からあるわけです。
逆に闘病していると言うことが聖域化していいのか?と言う批判もあるところで、一般論としても小松氏くらいの年齢で大病を患ったとなればもう引退して療養に専念すればいいじゃないかと思えるお歳ではあり、恐らく辞めて生活に困る身でもないでしょうから、総理としても一連の議論を重大なものだと捉えているのであればなおさらに後任人事も考えてはおくべきだとは思いますけれどもね。

その安倍総理にしても前回の政権時代には難病治療中であることを秘めたまま職責を全うできないと退陣し大きな批判を浴びたわけですが、現在の第二次政権では今のところ健康問題では大きな支障はないようで、治療によって十分コントロール出来る疾患であるなら社会生活を全うしていただけばもちろん良いのですが、問題は本人が希望すれば病気持ちでも社会的制度的に職責を全うできる状況にあるかどうかです。
この辺りはどの程度からを職責を果たしていないと考えるか微妙なところですが、例えば近年メタボ検診に基づく職場へのペナルティーも導入され、労災防止という観点からも基礎疾患持ちに対しては非常に雇用する側も厳しく対応するようになってきた、その結果別に医学的には業務に全く支障がなさそうだと思える病態であっても雇ってくれない、契約を打ち切られたと言ったことが(表向きにならないまでも)多発している状況です。
確かに「糖尿病持ちは脳梗塞・心筋梗塞の発症リスクが2倍!」などと言われると「それじゃ機械を操作中に発作でも起こしたら大変だ」と言う考えになるのはリスクマネージメントからすれば当たり前ですが、健康向上のための医学的エヴィデンスの蓄積が雇い止めのエヴィデンスともなっているのは何とも不幸な状況ですし、データを出した医療の側にしてもそういう形での実社会への応用を期待していたわけではないんだろうと思います。
学者馬鹿が世間に与える影響の大きさも考えずに好き放題やった結果がこうだと患者さんからは恨まれかねない状況だとすれば、それをどう是正していくべきかと言うことも考えておかなければ「個人としては健康になったけど社会人としては死んだ。どうしてくれる」などと言われてしまいますけれども、こうした状況に対して末端医療現場で当面可能な範囲でどのようなことが出来るのかと言うことですよね。

例えば今回話題になっている化学療法なども今までは医療側の都合で治療スケジュールを決めることも多かったわけで、特に昨今の「日常生活を続けながら癌治療を」と言う考え方からすると今後ますます患者の社会生活に対する配慮と言うものが必要になってくるはずですが、そこで単純に「それでは患者さんの都合で決めましょう」で済まないのが治療には必ず予想外のトラブルが伴う「可能性が否定出来ない」と言うことです。
化学療法を行えば一般に当日、翌日あたりは一番調子が悪くなりがちであまり仕事の効率も上がらない状態だと思いますが、それに対して「治療後に何かあってもすぐ対処出来るよう週初めに行おう」と考えるか、「治療を行いながらでも社会生活を維持出来るよう休日前の週末に行おう」と考えるかと言うと、JBM全盛期以降の医療現場では当然前者の立場の方が圧倒的な説得力を持ってきたと言えますよね。
癌とは言わずとも検診で便潜血が見つかってカメラをしたところ大腸にポリープが見つかった、その場で切除したが経過観察のためそのまま入院することになったと言うケースは珍しくないと思いますが、患者からすれば「ただ念のために泊まるだけなんだから休日前にやってくれればいいのに」と思うだろうし、医療側からすれば「何かあった時にすぐ対応できるように入院させるんだから翌日休日では意味がない」と言うことになるわけです。

この辺りの曜日や休日との関係によって施設側の対応や事故リスクがどう変化するかと言ったデータは個人的にあまり目にしたことがないのですが、やはり治療をしながら普通に社会生活も送りたいと言う希望がある以上可能であるならば医療側も対応していくべきだろうし、そのためにもまずは社会医学系の先生方にしかるべきエヴィデンスを用意してもいただきたいと言うところでしょうか?
ただ何かあった場合には毎回休日出勤必須となれば単純にコストもかさみますし、ただでさえ日常業務だけでも忙しい現場も多いわけですからどうしても気持ち的に面倒ごとは避けたいと考えるのは仕方のないところで、国として診療報酬への配慮なりで何らかのインセンティブを用意出来るようになれば制度的に患者の社会復帰を後押しすると言うことにはなるでしょう。
一方では以前に「金曜入院・月曜退院が多い病院は診療報酬減額」と言う話に関して「新小児科医のつぶやき」さんが考察していたように週末はベッドを空けて救急患者に備えるべきと言う考え方もあるわけで、そう考えていくと「病人も普通に社会生活を送れるようにしましょう」と言う一見単純明快なかけ声の前には実に多種多様なハードルが横たわっていそうですよね。

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2014年4月 1日 (火)

法学部が絶讚凋落中?

大学入試も終わって入学の準備が進む今日この頃ですが、先日こんな記事が出ていたのですがご覧になりましたでしょうか?

新大法学部で初の2次募集 入学者、6人定員下回る(2014年3月28日新潟日報)

 新潟大法学部は28日、2014年度入学試験による入学者数が定員を6人下回ったため、2次募集すると発表した。新大の2次募集は05年度の教育学部以来9年ぶりで、法学部では初めて
 法学部の募集定員は135人で、志願者数は前年より97人少ない373人だった。222人が受験し145人が合格したが、入学手続きを終えたのは129人にとどまった
 文部科学省によると、ことし2次募集を行う国公立大学は静岡大など7大学で、前年を1校上回った。このうち法学部は新大だけ。
(略)

しかし法学部の一般的な受験倍率がどうなのかは存じ上げませんが、実質倍率が2倍以下と言うのはかなり低めな気がしますがこんなものなんでしょうか?
すでにこんな年度末で二次募集と言われてどれだけ集まるのかですが、今のところ志願者数こそそれなりに維持出来ているとは言え実際の受験者は少ない、しかも元々10人水増し合格をさせていたにも関わらず入学者が予定を下回ったと言うのは残念な結果で、国公立大学でもこんな状況ですからいよいよ大学全入時代で学生の奪い合いになりつつあると言うことなのでしょうか。
ただここで注目したいのは初めて同大法学部で二次募集が行われたと言うことなんですが、法学部と言えば今や新司法試験の結果かつてとかなり位置づけが変わってきていることに加えて、このところ各方面で弁護士余りだ、新卒弁護士のワープア化だと言われ弁護士大増員と言う国策そのものの見直しが強いられている中で、法学部と言うものの相対的位置づけが変わってきていることは確かでしょう。
弁護士資格を取りたいのであれば現在では法科大学院に通ってからと言うのが表ルートですから別に法学部卒は必須でも何でもないわけで、それでも法学知識を持つことで就職などにおいても有利と言うのであればまだしもですが、どうも昨今では入試の難しさに対して報われることが少なすぎると言う認識が広まっているのか、天下の東大においても法学部離れが進んでいると言うのですから穏やかではありません。

東大法学部 “日本一”割に合わない就職力で志願者数減?(.2014年3月21日週間朝日)

 かつては政財界は言うに及ばず、芥川賞作家やプロの囲碁棋士ら多彩な人材を世に送り出してきた東京大学法学部。しかし、同学部の“入り口”である文Iの志願者は減少しており、学部の「就職力」を詳しくみると、日本一のエリート学部が、意外に就職活動では強さを発揮できていない
 本誌2月21日号に掲載した、有名企業への大学別の就職状況をまとめた「著名400社就職率ランキング」(大学通信調べ)でも、東大は18位だった。これは法学部だけの順位ではないが、東大の「就職力」が決して高くないことがわかる。

 大学通信の安田賢治・常務取締役が言う。
「意外に思われるかもしれませんが、東大法学部は就職に強くないのです。法学部への入り口となる文Iが文系における日本最難関の入試なのは間違いありませんが、受験勉強で大変な負担を強いられる割に、その努力に見合う就職状況とはいえないでしょう」
 この「就職力」の弱さを「相当数の受験生や保護者が把握している」ことが、志願者減につながったのではないかと安田氏は言う。
「以前なら文Iに挑戦していたはずの受験生でも、一部は地元の医学部や工学部を目指すようになりました。文系で東大志望であっても、就職を考えて文II(主に経済学部)に流れるケースもあります」
 実際に民間就職に挑んだ学生はどうだったのだろうか。法学部から大学院に進み、今春にメガバンクに就職する男子学生は「法学部は試験の負担が大きすぎます」と漏らす。
「授業は大教室で先生が一方的に話すことも多く、聞き取りにくいためICレコーダーに録音して文字起こしします。リポート試験はゼロ。すべてテストなので本当に厳しい。3年の後期試験は完全に就活時期と重なるので、就活が二の次になる。つまり、公務員試験や司法試験を目指すカリキュラムのままで、民間への就活に対応できていないんです」

東大法の「就職力」じわじわ低下 「法曹」「高級官僚」の魅力薄れ、行き先に悩む(2014年3月21日J-CASTニュース)

   「東大法」といえば、前身の東京帝大法学部から15人もの総理大臣を輩出したエリート中のエリート集団。ところが、最近では就職先に悩むケースが増えているという。
   「東大法」の看板をもってすれば、それほど就職に苦労するとは思えないが、じつは東大法には東大法の悩みがあるようなのだ。
(略)
   これまで、「東大法」の卒業後の進路は、法曹家やキャリア官僚が「花形」だった。ところが、法曹界へ進むにはロースクールに通わなければならず、最近はたとえ司法試験に合格しても就職難とされる。「法学部」そのものの「お得感」がなくなったことがある。
   また、キャリア官僚(国家公務員)は給料が安いうえにメディアやインターネットでは「官僚批判」が続く。もはや「退官後は天下り先で悠々自適」などということはなくなった。
   これまで「東大法」を卒業さえすれば、将来は安泰と思って毎日頑張って勉強してきたのに、その「頑張り」を生かす就職先がなくなってきたばかりか、描いていた「おいしい」人生設計をもガラガラと音を立てて崩れているというわけだ。
   大学生の就活事情に詳しい、大学ジャーナリストの石渡嶺司氏は「法曹界を狙って勉強してきた学生が民間志望に切り替えることはありますが、やはり苦戦しています。民間企業の就活はまったく別ものなので、準備が遅れればそれだけ不利です」と、軌道修正が難しいという。
(略)

“日本一”東大法学部が「抜かれる日」も間近?(2014年3月21日週間朝日)

(略)
 東大法学部生の進路先を見れば、確かに“一流企業”の名も並んでいるが、やはり就職先は今も昔も法曹界と官僚が基本だとわかる。ロースクールが2004年に開校してからは、進路は「大学院」が常にトップを占める。
「ところが最近は司法試験に合格してからの就職難が話題です。これがさらに東大法の逆風となる可能性がある。実際、文Iと文IIの人気や難易度が逆転する日が来るのではないかと注目する教育関係者もいるほどなんです」(大学通信の安田賢治・常務取締役)

 長く文系最難関だった文Iが文IIに逆転される――東大法の“凋落(ちょうらく)”が迫っているのだ。この原因を「エリート教育の崩壊」と指摘するのは、自身もOBで経産省に進み、現在はシンクタンク「青山社中」代表を務める朝比奈一郎氏だ。
「戦前の帝大法は、近代国家の土台を担う真のエリート育成に加え、法技術教育にも力を入れていた。だからこそ、あれだけ首相が輩出したのだと思います」
 日本の歴代首相62人のうち15人、約4分の1が東大法の前身である、「東京帝大法学部」卒だ。1924(大正13)年の加藤高明から始まり、特に戦後は吉田茂、鳩山一郎、岸信介と大物が続く。最後は91年の宮沢喜一だが、実は「東大法学部」となってから後、卒業生の首相は誕生していない
「戦争責任に対する反省は理解できますが、やはり戦後の東大法はエリート教育を忌避しすぎました。法哲学や国家観を自由に論じる機会は減り、実務的な法教育中心になってしまった。文字どおりの官吏育成機関となってしまったんです」(朝比奈氏)

東大法学部の志望者も年々減り続けているそうで、今や東大文Ⅰ学生の2割が法学部以外を志望していると言いますから法学部の定員割れが起こるのも無理ないと言うことなのですが、では法学部に行かずして何をするかと言えば人気があるのは外交官などを輩出する教養学部総合社会科学分科あるいは経済学部だそうで、特に後者はこのところ志願者数が急増していると言います。
かつては理系の医学部、文系の法学部と言えば取りあえず国家試験にさえ通っておけば十分食っていけると言うことから努力して勉強してきた学生にとっては最も無難な「上がり」のポジションだったはずですが、今や弁護士資格の有り難みは劇的に下落し新卒弁護士はワープアどころか弁護士会の会費も払えず弁護士活動も出来ないと言う、笑うに笑えないならぬ泣くに泣けない状況にも陥っているわけです。
当然ながら卒後にそんな茨の道が待っていると知れれば学生の志望行動にも影響が出るのは当然で、例えば私立系法学部の難関として名高かった早大法学部なども志願者倍率がこのところ往時の1/2~1/3にまで急減していると言いますから大変なものですけれども、全国的に法学部人気はこのところ持続的に落ちて来ていると言いますから、いずれ偏差値的にも文系最難関の看板を下ろすことになりそうです。
弁護士資格を取りたいならどうせ法科大学院に行くのだし、それなら学部時代は無理に偏差値だけ高い法学部に行かなくてもいいかと考えてしまうのももっともだし、在学中に進路選択について気が変わった場合にその方が選択肢も増えると言う計算も成り立つと思うのですが、全国歯学部の凋落傾向と併せてやはり国家資格職は国策によって将来が大いに左右されてしまうと言う現実をまざまざと見る思いですね。

医学部の方でも近年ずいぶんと定員が増えていて、いずれは医師余りと言うことになるのかも知れませんけれども、もちろん世間的には医師不足が解消されると同時に今までであれば仕方なく使わざるを得なかった臨床医として不的確な人材が淘汰され、いわば優れた上澄みの部分だけが医療を担うようになるのではないかと言う期待も込められているわけです。
しかし他方では長年苦労して勉学に励んできて一定の地位に到達したつもりが、国策の変化によってあっさりとその地位を追われると言うのでは納得出来ないと言う中の人の意見もあるかと思うのですが、一般論としては特定業界に何十年も暮らしているとその業界に特化した考え方に染まってしまい、中高年サラリーマンがリストラされても今さら他業界に転職するのも難しくなると言うのは理解出来るところですよね。
医者の場合は幸いまだまだ医師としての資格を必要としながら人手が足りていない職場は数多くあって、とりあえず贅沢を言わなければ食っていける程度の収入は確保出来るとは思いますが、気をつけたいのは医師免許を持っていれば医師として働けるわけですから、真っ当な医療の場から淘汰された人材が金儲け主義の診療に走らないかと言うモラルハザードの問題です。
法曹の世界でも弁護士過剰時代になり訴訟が乱発されるのではないかと言った懸念があるようですが、日常的に悪人も扱う法曹と違って基本的に医療現場は善男善女ばかりの性善説を前提として運用されていて、悪意をもって医療を利用するモンスターペイシェントの激増で現場が混乱しているほどですから、今後は医療従事者のモラルハザードと言うことにも注意しておかなければならないかも知れません。
根本的には医学部に入ると全員が医師になると言うのはやはり不自然な状況と見るべきで、今後は医学教育を受けた上で他領域で活躍すると言う人が増えてきても全くおかしくないと思いますし、それこそ政治や報道と言った方面で医学部卒業者が大勢活躍するようになれば医療の世界を外から変える、それも素人の思いつきではなく正しい知識に基づいて妥当な方向に変革していく原動力にもなり得るかとも思いますね。

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