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2014年3月 4日 (火)

暖かくなるほど増えてくるあの病気

今どきのスポーツで、それもその道のトップであるプロスポーツの世界でいささか信じがたい事故が起こったという記事が先日出ていました。

楽天2軍キャンプであわや…特守中倒れ心臓マッサージ(2014年2月28日スポニチ)

 楽天は27日、沖縄・久米島の2軍キャンプで今月16日に柿沢貴裕外野手(19)が練習中に脱水症状で倒れたと発表した。球団によると、柿沢は全体練習の個別ノック中に脱水症状で倒れ、意識がなかったため、トレーナーが心肺蘇生術を行った

 胸骨圧迫マッサージを始め、3度目の時点で柿沢の意識は回復。その後、救急車で久米島公立病院に搬送され、「脱水による意識喪失発作」と診断された。

 柿沢は、入院し点滴と血液検査を行った。翌17日に再検査を受け、問題がなかったため退院。18日から練習に復帰した。球団側はこの事実を重く受け止め、大久保2軍監督、コーチ、トレーナーに、コンディションに対する細心の注意を払うように厳重注意を行い「二度とこのようなことが起きないよう再発防止に努める」とコメントした。

プロ野球の世界には全くの門外漢ですから当時の練習方法が妥当なものであったのかどうかは何とも言えませんけれども、当時ノックをしていたという某二軍監督には「前科」があると言うことでネット界隈では「またか」と言う声もあるようで、ともかくも今どきこんなことで万一の事態ともなっては関係者一同泣くに泣けないと言うものではないでしょうか。
そもそも大昔には「練習中には水を飲むな」と言う人が指導者の中にも少なからずいて、一方で現在では事前に水分を補給しておくウォーターローディングなんてやり方もあるほど水分補給の重要性が知られていますが、諸説あるもののこの辺りの意識の転換はおよそ30年ほど前から少しずつ始まり、20年ほど前にはかなり定着してきたようです。
1960年代頃はスポーツ先進国のアメリカでも毎年20人からのフットボーラーが脱水症で亡くなっていたのだそうで、こうした教訓を踏まえて60年代末に初めて登場したのが世に言うスポーツドリンクなるものですが、日本では味覚的な違和感もさることながら前述のような半ば信仰的な水忌避論が未だ残っていたせいか、ようやく80年代に国産スポーツドリンクが発売されてから徐々に意識改革が進んできたようですね。
スポーツドリンク登場当初も実際に使用したチームが成績が上回るなど目に見える成果があったことで定着したそうですが、それでは逆に成績を上げるのが仕事である指導者が「水を飲むな」と主張していたのは単に我慢強さを鍛える等のいわゆる根性論に過ぎなかったのかと言えば、実はこれはこれでそれなりの経験論に基づいていたと言うことが皮肉なことに水分補給が当たり前の時代になって改めて知られるようになりました。

水中毒 Water Intoxication(2005年5月号ロサンゼルスタイムズ)より抜粋

(略)
 近年水中毒者は増える傾向にあり、この症状は死に至る程の危険性があります。 特に長時間にわたり、走ったり歩いたりする人は、水を意識して摂ろうとします。 汗で塩分を失った時に沢山の水を摂取すると血中の塩分を低下させる事になり、それが原因で脳や心臓や筋肉が正常に機能しなくなります。
塩分低下による電解質のアンバランスは、脳の膨張(ぼうちょう)、発作、昏睡、更には死も起こり得ます。
 この水の摂り過ぎが危険という意外な事実が明らかになったのは、2002年に2人の女性が水中毒で亡くなった時です。 一人は35歳のヒラリー・ベラミーさんがワシントンD.Cでのマラソンで亡くなったのと、もう一人は28歳のシンシア・ルセロさんがボストンマラソンで亡くなった例です。
「これはチャリティーマラソンに参加するような、初心者に見受けられる間違いです」と話すのは、ボストンマラソンで医療チームのリーダーを務めるアーサー・シージェル医師です。

最初に水中毒に関する研究報告が出たのは、1985年に南アフリカでスポーツサイエンス研究所とケープタウン大学との2つで教授を務めるティモシー・ノークス博士が、ウルトラマラソン選手について調査報告したものです。
2003年にブリティッシュ医学誌(British Medical Journal)に掲載されたノーク博士の報告によると、250名以上に脳の膨張が確認され、7名に関しては致命的な状態だったと記されています。
「この様な例は、以前は稀に見ましたが、1990年代の初頭から頻繁に見られるようになりました」と話すのは、1999年のヒューストンマラソンで医療チームリーダーの助手を務め、その後水中毒についてリーサーチを始めた、タマラ・バトラー医師です。
1999年のヒューストンマラソンとは、4人のランナーが極度の水中毒で倒れ、昏睡状態に陥った事で有名です。
(略)
ひと昔前は人々に、できるだけ水を飲みなさいと言ったものです」と話すのは、米国スポーツ医学大学で学長を務めるビル・ロバート博士です。 「しかしそれは2~3時間でマラソンを終えるエリートランナーに対して言った事で、現代の娯楽として一般人がマラソンに参加し、7時間などという長時間で歩いて完走する人達には当てはまりません。 ついこれら経験の無い人は、水を提供してくれるポイントの度に、2カップ以上水を飲んでしまうのです」と博士は言います。

一般の人々の予想を裏切り、スポーツドリンクは水中毒の予防には役に立ちません。 最近出版されたニューイングランド医学誌で、ベンジャミン・レビン博士とポールD博士が次の様に報告しています。  「スポーツドリンクは、殆どが水と少量の塩分でできています。 しかし人は異なった度合で汗をかき、異なった度合で塩分を失う為、のどの乾きを癒す為のスポーツドリンクが誰にでも役に立つ訳ではないのです。 ですから、のどが本当に乾いたと感じた時にしか不必要に水を飲むべきではないのです」と。
そこで水中毒の認識を高め、ロバート博士を含む(マラソンイベント主治医である)他の医者達は、マラソンイベントにおける給水ポイントを減らすように指示しました。
又、ヒューストンとボストンマラソンでは、マラソンコースに体重計を所々に用意し、体重が増えていないか参加者が自己チェックできるようにしました。 他のチェック症状としては、めまいや吐き気、息切れ、増蓄的頭痛(脳の膨張による)、手足のむくみが水中毒の兆候です。
(略)
 2003年、水中毒に対する意識が高まる中、USA Track & Field連盟が、水の摂取法について新しいガイドラインを発行しました。 そのガイドラインでは、「水は本当にのどの乾きを感じた時に摂るべき(不必要に摂らない)」や、「1時間に800ml以上は摂るべきではない」と解説しています。 このアドバイスにも関わらず、2003年のボストンマラソンでは140人のランナーが走行中や完走後に水中毒が原因で倒れています。 「この現象は、ガイドラインの説明が不充分であるか、もしくは参加者が指示に従ってないかでしょう」と、アレキサンダー・クラッツ博士率いる研究グループが、2月号の病理学研究誌で説明しています。
また幾つかのマラソンイベントでは、医師やボランティアがこれらガイドラインに従ってない場合もあります。 具合の悪い参加者を見つけると、脱水症と勘違いする事も多々あります。 私がレゲエ・マラソン参加中にめまいがしたと訴えると、親切に救急隊が私を座らせ、数杯の水をコップで飲ませました。 その結果より状態が悪化したのです。
(略)

飲まなくても命に関わるが飲んでも命に関わると言うならどうしろと言うんだ!?と言いたくなるところですけれども、水分と同時に塩分も失っているにも関わらず水分だけをどんどん補給したのでは危険なほど身体の塩分バランスが崩れてしまうのも当然で、実際に夏場などに十分な塩分を補充せず水分ばかりを取って運動をしているとパフォーマンスが低下していくのを実感出来ると思います。
古来日本でも製鉄業など大量発汗を伴う職場では麦茶に梅干しが良いだとか独自の塩類補給のノウハウが伝えられていることが多いようですが、必要十分な塩分を補給出来ないのであれば水分を制限した方がマシだと言う「根性論」は脱水よりも水中毒のリスクを重視したと言えなくもありませんし、近ごろでは脱水に対してはスポーツドリンクよりも塩分濃度の高い経口補水液が利用されるようになっていますよね。
それなら十分な塩分を補給しながら水分もどんどん補給すれば脱水にも水中毒にもならないんじゃないかと思いたくなるところですが、言うまでもないことですがただでさえ塩分の取り過ぎが言われている日本人としては過剰の塩分摂取は害が多いところで、たまにマラソンにでも参加した時だけと言うならともかく日常的に行うにはリスクが大きいと言えそうです。
特にスポーツなどは一般人は猛暑の中でハードなものをそう連日長時間やるわけではないでしょうが、酷暑作業などは毎日何時間も続くということが職場によっては当たり前に行われていて、こうした職場の安全管理者にとっては労災認定されてしまう夏場の熱中症などをどう防ぐかと言うことも非常に頭が痛いんじゃないかと思います。

結局は水分、塩分とも適切な摂取量をどう見極めるかと言うことが重要なのですが、比較的短時間(1~2時間程度まで)の運動であれば脱水対策としての水分補給だけで十分で、週2〜3回程度までのことであればむしろ積極的に過剰な塩分を抜く機会というくらいにも考えられるでしょう。
問題はそれ以上の長時間の場合にどうするかですが、水分補給に関して言えば運動をしている、あるいは暑い場所にいると言った「汗をかいていて当然」の状況であるにも関わらず汗が出なくなってきた時には明らかに水分不足を来していますから、少なくともスポーツドリンク以上の塩分を含んだ水分補給を行う必要がありますよね。
特に猛暑であるとか激しい運動を続けていると言った場合にはこれに加えて別個に塩分補給も必要ですが、一日限りのことであれば多少過剰目に補給してもそう大きな問題は無い一方で、連日同じような状況が続くとなるとやはりどの程度の水分、塩分を失っているのかと言うことを自分なりに把握することが必要になってきます。
夏場などの酷暑の職場における脱水症防止には仕事前と仕事後の体重測定による水分出納管理が手軽でもあり是非各職場で実行していただきたいと思いますが、塩分に関しては残念ながら今のところ簡便なチェック方法がないので日々の身体の脱力具合や味覚の変化(経口補水液や塩味のものをおいしく感じる)等から、ある程度経験的に環境や個人差それぞれに応じての必要量を見いだしていく必要があるでしょう。
ただいずれにしても連日こういうことを続けるというのは例え適切に水分、塩分補給がなされていても決して身体にいいとは思えないもので、スポーツなどももちろんですが職場などにおいても例えば酷暑の環境で働いた翌日は交代で涼しい環境で働かせると言った方法で、十分な回復期間をおけるように配慮していただきたいものです。

もう一つ別なリスクとして、先日も夏場に独居高齢者が恐らく熱中症絡みで亡くなったことが紛争化している件をお伝えしましたが、高齢者の場合は何しろ「水を飲むな」で育った世代ですから水分補給の重要性をあまり感じていない、それに加えてもともと若年者よりも身体の水分含有量が少ないということもあって、特に夏場の水分補給をどうするかと言うことが非常に重要になってきますよね。
夏場に脱水状態で救急搬送される方の実に半数が65歳以上の高齢者だと言いますが、高齢者の怖いところは若年者と違って何かおかしい、具合が悪いと感じても「今日はしんどいから大人しく寝ておこう」とそのまま放置してしまうことで、こればかりは本人の自覚だけでは不足ですから家族やヘルパーなど周囲の人が気にかけてやるしかなく、独居老人など猛暑の時期は取りあえず一日一度は何とかして声を聞いておくべきでしょう。
高齢者の場合ともすると食事のことばかりが気になって水分出納まではチェックしていないと言う場合がほとんどなんじゃないかと思いますが、塩分を取らずに水分だけを取っていると尿になって出て行きやすいと言うことで効率も悪いし「トイレが近くなる」と嫌われかねませんから、今の時代ですと経口補水液が簡単に手に入りますから1日1本と言った感じでノルマを決め、摂取量をチェックするのが一番手軽なんじゃないかと言う気がします。
ここでもやはり”暑いのに汗が出ない””経口補水液や塩味のものをおいしく感じる”と言った時は脱水の可能性があると見るべきですが、特に気をつけたいのが夜間の水分喪失が普段以上に増えているのに無自覚な人が多い点で、寝る前と起きた直後の確実な水分補給はもちろんですが、やはり熱帯夜の時期には大汗をかかない程度の弱めの冷房をかけて寝ると言った環境対策も必要になるんじゃないかと思いますね。
ともかくもこれから次第に暖かくなってくる時期ですが、予想されるリスクに対してはきちんと対処をして余計な救急搬送を増やさないようにしていきたいところです。

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コメント

熱中症疑いで搬送されてきた人には電解質など一通りのチェックはしてます。
今のところは水中毒を疑う人はいなかったですね。
近ごろは水よりもスポーツドリンクですから少しは発症が減ってるんでしょうか。

投稿: ぽん太 | 2014年3月 4日 (火) 08時45分

運動は身体に悪いからこそ必要なんだ、という逆説的真理を知るところから始めるべきでしょうな。
喩えて言えば、自宅に火をつけて行う消火訓練。

投稿: JSJ | 2014年3月 4日 (火) 09時21分

スポーツ競技者の脱水と職業的・環境的脱水は分けて考えるべきで、前者について言うと若く元気な人間がやっていることなので大抵はしんどくなったら限界とわきまえていればそう大事にはならないように思います。
ところが環境的に徐々に進行する脱水は本人も気付きにくく対策も遅れがちで、必ず計画的な補給を行っていかなければならないのですが、どうも多くの場合行き当たりばったりに留まっているようなんですね。
特に職場の安全管理者の方々はきちんと管理のノウハウを取得していただいて、毎年毎年救急搬送者が出る不名誉といい加減おさらばしてもらいたいものです。

投稿: 管理人nobu | 2014年3月 4日 (火) 11時12分

とりあえずスポドリに塩ひとつまみ足しといたら安心ってことですかね

投稿: | 2014年3月 4日 (火) 15時05分

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