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2014年3月27日 (木)

医療ミスかどうかに関わりなく、紛争化するリスクは紛れもない現実です

本日の本題に入る前に、かつてマスコミ的に「医療業界=全力でバッシングして差し支えないもの」と言うコンセンサスが存在していた(らしい)時代にあって、マスコミが熱心に発掘していた各種「医療ミス」報道に関連してそれが事故なのかミスなのか、はたまた偶発症、合併症なのかと言った議論が一部方面で盛んにされていた時期がありました。
後に本格化する医療崩壊と言う現象の予兆と言うべきなのでしょうか、「期待通りの結果が得られなければミスだと訴えられるのでは医療などやっていられない」と言う意見が続出した時代でもありました…とついつい少しばかり遠い目をしてしまいそうになりますが、今の時代はその反動と言うべきでしょうか、マスコミ諸社もいわゆる医療バッシング報道は少しばかり控えめになっている印象もあります。
ただ人間長年の刷り込みと言うものは恐ろしいもので、当時からネットなどで現場の医療従事者と直接対話を繰り返してきた世代と、未だにマスコミ報道しか情報リソースを持たない俗に言う情弱世代とでこの面でも情報不均衡が著しいと言う問題があるのですが、その結果なのか報道によって誘導された予断、先入観を最初から隠そうともせず医療現場を訪れる人も少なくないようです。

「医療ミス」は患者にも原因アリ? 医師に不信感を抱く前に患者がすべきこととは(2014年3月19日ブックスタンド)

 妻が死亡したのは救急搬送された診療所で誤診を受けたからだとして、夫が診療所に対して訴訟したという報道がありました。
 ニュースで時おり報じられるこのような医療ミスの実態を知ると、「果たしてこの医者は本当に大丈夫なのだろうか?」と、医者に会う前から不信感を抱いてしまう人も少なくはないかもしれません。
 しかし、パーソナル医療コーディネーターのおのころ心平氏は、著書『誰も教えてくれなかった医者のかかり方完全マニュアル』の中で、「患者からの圧力が医療事故を引き起こすことも少なくない」と指摘します。

 パーソナル医療コーディネーターとは、医者にかかろうとしたり、既にかかっている患者の相談に乗る仕事。これまで19年間で、約2万2千件のカウンセリングを行ってきた実績のあるおのころ氏は、「医者なんだから、患者の命を救って当たり前」というような風潮や、モンスターペイシェントと呼ばれる自己主張の強すぎる患者の態度が医師を追い詰めていると説明します。
 さらに、医者不足で労働環境は過酷だとも言われています。そんな極限状態にいる医師の医療ミスを防ぐには、どうすればよいのでしょうか?

 おのころ氏は、まずは患者側が医師の抱えている事情を知ることが大切だと言います。「今、病院という場そのものが疲れています。過重労働の医者や看護師にこれ以上の負担を与えてもどうにもなりません。そんな疲れた空気を、なるべく明るく、風通しのよいものに変えられるのは、いまや医療現場の構成員の一人である『患者の力』ではないか」(おのころ氏)
 医療を批判するばかりでは、患者にとってよい医療は実現できません。医師が本来の力を発揮するために、患者の力が必要なのです。

ま、患者からの圧力によってミスが増えるかどうかはともかくとしても、医療に限らず社会全般に言えることとして最初から敵意や不信感丸出しで来る相手に対して誠心誠意対応しようとは思わないもので、相手にとってそれがベストなのかどうかよりもトラブルやクレームが最小化できるかどうかが行動基準になるのは仕方ないとは思いますけれどもね。
この10数年ほどの間にも医療現場には様々な変革が起こっていて、特に現場医療従事者の意識変化というものは半世紀以上も続く皆保険制度が発足して以来の大々的なものではないのかと思いますけれども、その一つに「自分の能力以上に無理をしても結局誰の得にもならないばかりか、損になるばかりである」と言う認識がかなり一般化してきたことが挙げられるんじゃないかと言う気がします。
そうした発想の出てくる物理的な理由としてはそもそも幾ら無理をして処理したところで患者は更に増える一方で決して楽にはならないと言う現状認識であるとか、あるいは近年その思考行動様式の変化が著しいと言われる若手医師達の増加により仕事をさせたくてもしてくれないと言う現実もあると思いますが、もう一つ大きな要因として患者側からのクレームや医療訴訟が大きなリスクとして認識されるようになったこともあるでしょう。

クレームに関しては記事にもあるモンスターペイシェントと言う問題が特に大きく取り上げられていますけれども、医療に限らず社会全般にクレーマーの増加が著しいと問題視され対策が急がれた結果、長年応召義務等の制約からこうした対策が遅れてきた医療現場においても「こういう患者にはそれなりの対応をしても許されるんだ」と言う認識を広める契機になったと言う考え方もありますよね。
他方で医療訴訟に関しても昭和時代末期から続く激増ぶりが社会問題化し医療現場も訴訟対策が進み、また司法の側でも無理筋の訴訟乱発は弁護士の説得等で回避しようだとか、いわゆる弱者救済的な判決は控えようと言った風潮も広まってきたためでしょうか、この10年ほどは件数的にも横ばいか微減が続き判決自体の内容もひと頃より沈静化してきた印象もあります。
無論訴える側にも相応の理由も事情もあって訴えているわけですから心情的には大いに理解も共感も出来る場合も多いのですが、それはそれとして医療現場の現実を考えると「それを有責とされてもなあ」と困惑せざるを得ない場合もまた少なくないのは事実で、先日もなかなかに議論を呼びそうな判決が出たと報じられていたものを紹介してみることにしましょう。

病院に1億円超の支払い命じる(2014年3月25日NHK)

生まれたばかりの次女が脳に重い障害を負ったのは、病院の対応が原因だとして、両親が福岡市の国立病院を相手取り損害賠償を求めていた裁判で、福岡地方裁判所は、両親の訴えの一部を認め、病院に対し約1億3000万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
この裁判は5年前、福岡市中央区にある「国立病院機構九州医療センター」で、次女を出産した30代の母親が、出産から10時間後に行った授乳の最中に、次女の心肺が停止し、その後、脳などに重い障害を負ったのは、病院が十分な経過観察をしなかったのが原因だとして、約2億3000万円の損害賠償を求めているものです。
25日の判決で、福岡地方裁判所の平田豊裁判長は「鎮痛剤の影響などで、母親の意識がもうろうとしていたのだから、病院は次女を母親に預けた後、経過を観察する義務があった」と指摘しました。
その上で「1時間20分にわたり、一切、経過観察をしていなかったのは義務違反と言わざるを得ず、それを果たしていれば、重い障害を負う結果を回避できた」として、両親の訴えの一部を認め、病院側に約1億3000万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
判決の後、原告の両親が福岡市で会見を開きました。
この中で母親は「子どもが元の状態に戻るわけでなく、つらい日々が続きますが、少しは報われたと思います。同じような苦しい思いしている家族が、25日の判決で少しでも良い方向に向かってほしいと思います」と話していました。
一方、被告の国立病院機構九州医療センターは弁護士を通じて「判決は、産科医療の現場に不可能を強いるものであり、到底認めることはできない」というコメントを出し、ただちに控訴する方針を示しました。

カンガルーケア訴訟 原告勝訴(2014年3月25日日テレニュース24)

病院側が十分な体調管理をせず、生まれて間もない赤ちゃんに重い障害が残ったとして母親などが病院に損害賠償を求めている裁判で、福岡地方裁判所は25日、病院側に1億3000万円あまりの支払いを命じる判決を言い渡しました。

この裁判は2009年11月、福岡県内の30歳代の女性が福岡市中央区の九州医療センターで二女を出産した直後、助産師が赤ちゃんを女性の胸の上に置いたままにしたことで体温や栄養の管理が十分に行われず、二女が植物状態になったとして約2億3000万円の損害賠償を求めているものです。これまでの裁判で原告の女性は「帝王切開後の痛みなどで赤ちゃんを観察することは不可能だった」と主張、これに対し病院側は「異常があればナースコールをするよう母親に伝えていた。スタッフが四六時中、観察すべき注意義務はない」などと反論していました。

平田豊裁判長は判決で、「病院は原告がナースコールをするまでの約1時間20分の間、経過観察を怠った」と指摘、病院に1億3000万円あまりの支払いを命じました。九州医療センターは「産科医療の現場に不可能を強いている不当な判決」として直ちに控訴するとしています。

産後ケア“不十分” 国立病院機構が敗訴(2014年3月24日九州放送)

生まれた子どもが植物状態になったのは、出産後のケアが不十分だったとして、両親らが九州医療センターを運営する独立行政法人国立病院機構に、損害賠償を求めていた裁判です。
福岡地裁は訴えを一部認め、機構に約1億3000万円の支払いを命じました。

この裁判は、九州医療センターで5年前に生まれた次女が、出産後の経過観察などが十分になされなかったため植物状態になったとして、福岡県内に住む両親らが、病院を運営する機構に対し、約2億3000万円の支払いを求めたものです。
両親らは「帝王切開で出産し疲労困憊の中、 次女を体に載せられた。授乳ができない状態で、病院側の見回りもなかった」と主張。これに対し、病院側は、「管理上の問題はなく、義務違反はない」として訴えの棄却を求めていました。

25日の裁判で、福岡地裁の平田豊裁判長は、「帝王切開の疲労で母親に的確な対処ができない事態は予見できた。1時間20分にわたり、一切、経過観察を行っていない」として、病院側に約億3000万円の支払いを命じました。
判決後の記者会見で原告・母親は「少しは報われた気分です。同じような苦しい思いをしている家族の方々が少しでもいい方向に向かっていければと思います」と話しました。

産後のケアをめぐる訴訟は、全国で6件起きていて、原告の勝訴は今回が初めてです。
敗訴した病院側は「不当な判決で直ちに控訴する」としています。

状況の詳細が判らずあくまでも記事から読み取れる範囲での話に限定したいと思いますけれども、訴訟を起こした当時の産経の記事なども参照しますとちょうど急患が入って助産婦の手が離れた間のことであったようで、双方にとって何とも不幸な結果だったと言うしかないですね(ちなみに日テレの記事に反して、病院側曰く本症例ではいわゆるカンガルーケアは行っていないそうです)。
いずれにせよ最近は産後もかなり早期から赤ん坊を親に抱かせるようにしている施設も増えているようですが、こういう事故のリスクに加え実際訴訟も多発している現実を考えると裁判の行方如何に関わらず医学的にもJBM的にも早急な対策を講じる必要があるでしょうね。
しかし1時間20分経過観察をしなかったために有責というのは産科に限らず非常に臨床的には影響力の大きい判断だと言わざるを得ませんが、夜間の病棟でこれ以下の頻度で経過観察を強いられるということになると現状の体制では到底業務が回らないはずで、思い出すのが以前に東芝病院が刑事告訴された事件で「1時間40分にわたって見回りがなかった」と糾弾された際よりさらに厳しい対応を求められている形です。
ちなみに東芝の事件は検察審査会においても不起訴の判断が追認されたそうですが、もちろん刑事と民事では全く事情が違うとは言え1人では何も出来ない重度障害者を1時間40分巡回しないのは過失とは言えないと鑑定医が揃って判断したと言うことからすると、帝王切開後の消耗状態とは言え親の手に委ねた状態での1時間20分が問題視されたと言うのはなかなか厳しい判断だなと言う気がするでしょうか。
当然ながらそうした問題意識もあると言うことなのでしょう、被告の病院側も即座に控訴を決めるほどこの判決は受け入れ難いと考えているようですが、とりわけ医療訴訟の専門ではない地裁レベルではほぼ鑑定医の意見に判決が左右されると思われるだけに、鑑定医というものの質的担保と判断基準の統一も非常に重要なことで、業界的には今後何らかの認定資格創設のようなことも考えて良いのではないかと言う気がしますね。

ところで今回のような出生後に発生した事故による脳障害について産科無過失補償の対象になるのかならないのかと考えてみるのですが、見た限りでは補償対象は「分娩に関連して発症した脳性麻痺」と言うことになっていて、普通に考えると明らかに分娩後の事故によるものは含まれないと言う解釈になりそうですけれども、あるいは解釈次第で制度の対象に含めることも可能なのかも知れませんし、制度の趣旨的には本来含まれるべきなのかなとも思います。
今回の事故は5年前と言うことでちょうど無過失補償制度発足の時期より前の事故だった可能性もあるのかも知れませんが、いずれにしても分娩後の微妙な時期に発生した事故で無過失補償の対象になれば裁判等が無しで3000万円が支払われる、一方でこうした民事に持ち込めばその数倍の支払いが期待出来るとなれば、場合によっては敢えて補償対象になることを選ばず裁判に訴えるという選択も考えられるかも知れません。
もちろん今回の事件にしても控訴審でひっくり返される可能性もありますし、元々医療訴訟の原告勝訴率は半分以下だと言いますから期待値としては無過失補償とどちらが高くなるのか微妙なところだと思いますが、以前から「あまり補償金額が低いと訴訟リスク回避という無過失補償制度の目的上不適切なのでは?」と言う懸念がある所以ではありますよね。
ともかく医療訴訟のリスクと言うことがすでに完全に現場に定着していて、むしろ訴訟リスクを理由に過酷な勤務状態を改善していく手段的に用いられている側面もあると言うのはあまり真っ当な状況だとは思えませんが、患者さんのためにと死ぬ思いで努力してその結果訴えられると言うのではあまりに救いがなさ過ぎると言うもので、不幸な事故を無意味なものにしないためにもやるべき事は沢山あるように思いますね。

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コメント

>病院側曰く本症例ではいわゆるカンガルーケアは行っていない

つまりカンガルーケアじゃないのにカンガルーケア訴訟と言ってる??
日テレは謝罪しなきゃいけないですね。

投稿: ぽん太 | 2014年3月27日 (木) 08時57分

つかこれ助産師がアホでFAだろ
自分がいなくなるんなら看護師に預けろよ

投稿: | 2014年3月27日 (木) 09時22分

確かに産経の記事を読むとその場を離れるなら引き継ぎをしておいても…とも感じるのですが、一般論として成人の家族が側についている時に一時的に観察を委ねるということは行われることではあります。
こういう問題は一般病棟で言うと家族が付き添いで泊まり込んでいて、その家族がちょっと居眠りした間に急変したと言った場合に病院側の責任が問われるのかと言ったことになるかと思います。
経過観察がどこまでの頻度で求められるかも問題ですが、付き添いありの場合でも付き添いのない方と同様の頻度では観察をしておくべきとなると、病院にとって付き添いは不利益はあっても何ら益がないとも言えそうですね。

投稿: 管理人nobu | 2014年3月27日 (木) 11時00分

>こういう問題は一般病棟で言うと家族が付き添いで泊まり込んでいて、その家族がちょっと居眠りした間に急変したと言った場合に病院側の責任が問われるのかと言ったことになるかと思います。
経過観察がどこまでの頻度で求められるかも問題ですが、付き添いありの場合でも付き添いのない方と同様の頻度では観察をしておくべきとなると、病院にとって付き添いは不利益はあっても何ら益がないとも言えそうですね。
これは病院の責任を減殺する理由にはならんでしょう。
付添家族には入院患者の状態を観察する責任はないのだから。
付添家族がいるからという理由でスタッフや機器による監視程度を下げている病院があるとしたら、まともな病院とは思えません。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 11時27分

で、もし間違っていたらご指摘頂きたいのですが、
件の新生児の場合は、もしその子も「入院」していたのなら「異常があればナースコールをするよう母親に伝えていた。」という弁解は通用しないのではないでしょうか。
病院の立場としては入院していたのはあくまで母親だけ、ということなのではないでしょうか。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 11時38分

だから、管理人さんの喩えに倣うならば、
付添家族が病室で頓死した場合に、病院の責任を問えるか?ということではないのかしらん。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 11時42分

理不尽なハードクレーマーの頻度には地域差があるのは明白です。
ある田舎病院から逃散した理由の一つが全く理解不能で言いがかりとしか思えないクレームばかりだった事。
いろいろな地域の病院で転々と仕事をしてきたが、こんな事で文句言われた事ないというのばかりでやる気が失せました。
医者と患者である前に、人間として最低限の礼節が保てない市民相手にはまともな医療などできるはずもない。
結果責任を感情的にぶつけて、情弱訴訟を繰り返すことは何の解決にもならない。
これから高齢者が肺炎やガンでどんどん死んでいくのに、その度に結果責任で訴訟起こすようなアホな国の医療は崩壊するしかないです。

投稿: 逃散前科者 | 2014年3月27日 (木) 11時47分

あ〜、すみません。
帝王切開って書いてあるから、赤ちゃんも入院ですかね。
とすると一般病棟の喩えとしては、同室の入院患者に隣のベッドの患者の観察を頼んだ、ということになりますか。
これもやっぱりダメでしょう。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 11時52分

>病院の立場としては入院していたのはあくまで母親だけ、ということなのではないでしょうか。

今回の場合どうであったかは情報がありませんが、一般論としては帝王切開で出生した新生児がその初日に入院扱いになっていないと言うのは考えにくいのではないかと思います。
もともと新生児管理はスタッフがやっていたものを早期に母親に引き渡すようになったことで事故が増えたのであれば、他のメリットはさておき安全管理上は退歩と言われる余地はあるのでしょう。
一般的な付き添いに関してももちろん付き添いの有無に関わらず同列の対応が大原則ですが、今回のように所用で急に離れると言う場合にも付き添いには何らかの役割を期待すべきではないと言うことになるでしょうね。
つまり安全第一に考えれば素人には一切関与させるべきではないと言うことですが、産科などは長年全く異なる方向性を目指して進化してきたわけで、むしろ大昔の医療の発想に近いのか?と言う気もします。

投稿: 管理人nobu | 2014年3月27日 (木) 12時09分

五月雨式にコメントして申し訳ありませんでした。
言いたかったことをきちんとまとめてみました。

民事訴訟ですからどんな論戦をしようと自由ですが、
「帝王切開後の痛みなどで赤ちゃんを観察することは不可能だった」「異常があればナースコールをするよう母親に伝えていた」というのは低レベルな議論のような気がします。

母親側の主張としては「入院患者の状態観察は一義的に医療機関の責任であり、それを家族とはいえ第三者に依頼することはできない。(まして自分も入院患者である)」で十分のような気がします。
病院側としては、「母親云々」など言わず、1時間20分という観察間隔が妥当なものであったと証明するしかないと思います。あるいは母親に託すことでリスクを上回るベネフィットが期待できるのだと言うか。
それを証明することもできず、母親に託すのが産科における常識あるいは長年の慣習であったというのなら、民事裁判としては負けるしかないでしょうね。
リソースの問題でそうせざるを得なかったのだというのであれば、同情には値しますが、やはり民事裁判としては負けるしかないでしょう。それでもって産科から撤退するのが将来の産科医療のためだと思います。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 13時17分

赤ちゃんのお腹とかに携帯式の小さいセンサー貼り付けといたら、呼吸脈拍体温など検知して無線でナースセンターに信号が送られて、常時チェックされるシステムとかって無理なんすかね

睡眠時無呼吸症候群の検査で、リストバンド型の機器を装着して爪にセンサーを付けてデータ取るってのやったけど

投稿: ただの人 | 2014年3月27日 (木) 15時26分

>赤ちゃんのお腹とかに携帯式の小さいセンサー貼り付けといたら、呼吸脈拍体温など検知して無線でナースセンターに信号が送られて、常時チェックされるシステムとかって無理なんすかね
技術的には可能だと思いますよ。今日からでも。
ただ、それは医療費の無駄遣いではないか?それで本当にリスクが軽減されるのか?というのは検討が必要だと思います。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 16時51分

つまりそういう機器はすぐにも作れると。
まあ、お医者さんがそういうものでチェックしたって無駄と思うならそうなんでしょう。
機械に頼れば、当然設定ミスだの故障だのあるからね

投稿: ただの人 | 2014年3月27日 (木) 17時21分

お産なら料金は自由なので、金もかけてそういう安全が売りの産科があっていいと思いますな
産科あたりが装備一式整えてくれれば他科もおすそ分けにあずかれるでしょうし
いやなに、うちも検診部の余録でいろいろと買っていただいたものですから m(_ _)m

投稿: 元僻地勤務医 | 2014年3月27日 (木) 17時57分

>ただの人さん
>つまりそういう機器はすぐにも作れると。
言葉足らずだったようで申し訳ないです。というか断言できないのでぼかしたのですが、
私は産科ではないので断言はできませんが、”すでに”存在していると思います。
少なくとも成人用には存在しています。
現状でも出生時にハイリスクと判定されれば、機械モニターによる常時監視を受けているはずです。
極論すれば、
出生時に低リスクと判定された新生児をNICUに入れれば、更なるリスク軽減がありえるのか?
リスク判定に関わらず、全新生児をNICUに入院させるのは(リソースを用意できたとしても)無駄ではないのか?
という話です。
ご指摘のとおり、モニターだらけになることで新たなリスクを生じないか?という問題もあります。

投稿: JSJ | 2014年3月27日 (木) 18時27分

JSJさま
ご教示ありがとうございます。
どっちかというと、NICU(素人なんでイメージ違ってるかもしれませんが)でモニターにつながれるイメージじゃなく、もっと簡単なもののイメージでした。
配線なんかつながなくて良い、もっと小さなもの。
それこそ、病院の外でも使えて、昼寝中の赤ちゃんの呼吸が止まったら、家の中でお母さんのスマホがその電波を受信して警告を鳴らすような。

投稿: ただの人 | 2014年3月28日 (金) 09時27分

私の妹この九州医療センターの産婦人科にかかっていました。妹のお腹の五ヶ月の赤ちゃん昨日亡くなりました。妹は数週間前にインフルエンザにかかりました。けれど医療センターには、近くの内科にかかってくれと門前払いされたそうです。私が三男を妊婦中にインフルエンザにかかった時は別の県の産婦人科ですが診察もして頂き入院までしました。妹は、渋々近くの内科にかかり処方された薬でインフルエンザも完治しました。インフルエンザ完治からお腹の赤ちゃんが亡くなる間の数週間の間にも検診にかかっていた妹。しかし、昨日診てくれた先生によれば前回の検診辺りには亡くなっていたはずだと診断されたそうです。その話を聞いて腹正しくて仕方ありません。悔しいです。それで医療センターを検索していたら訴えられている記事を見つけてついコメントしてしまいました。これ以上被害者を増やす事のないようにいい加減な診察、対応やめてほしいです!!

投稿: 4児ママ | 2014年3月30日 (日) 03時57分

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