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2014年3月 5日 (水)

医師の数的緩和は着々と進行中ですが

本日の本題に入る前に、まずは日医のHPに掲載されていたこちらの記事を紹介してみましょう。

医学部から見た医師不足対策─医学生の学力,地域枠,医師の偏在/広島大学医学部長 吉栖正生(2014年2月20日日医ニュース)

 今日,医学部では,卒業後のキャリア形成も視野に入れて医学教育を行っている.本稿では,医師不足対策に関連していくつかのポイントを論じる.なお,以下の文章は医学部長個人の意見であり,所属する組織の見解ではない.
(略)
地域枠入学生の確保と卒業生の約束遵守

 医学部入学定員の増加は,その多くがいわゆる地域枠による増員である.
 広島大学の場合は,広島県の強力なご支援の下,高校への働き掛け,最終的に専門医を志望する者への進路保証,地域枠学生による活発な定期セミナーなどを通じて入学希望者の学力を担保してきた.
 更に,地域枠卒業生の約束遵守は極めて重要な課題である.広島大学では,学生・卒業生にさまざまなキャリアプランを提示することで,安心して義務の遂行をしてもらえるよう取り組んでいる
 さて,結婚などの理由でやむを得ず他府県に異動する希望がある場合,義務年限についてどう対応するか,という問題がいずれ浮上する.各県が,他府県における地域医療勤務を自県における義務遂行と同等と認定する,自県における義務遂行を猶予し長期にわたり先延ばしする,などの方策が考えられる.

医師の地域偏在の軽減

 医学部入学定員の増員や医学部新設等について多くの議論がなされているが,いわゆる地域偏在の軽減策を同時に行うことが必須である.そこで個人的に大都市圏の人気初期研修病院への働き掛けを考えている.次にその例を示す.
 「桜田門病院長 彦根直弼先生(仮名)……さて,初期研修医枠に全国から多数の応募がある貴病院において,次のような公告を行って頂ける可能性はないでしょうか.すなわち『将来,当院の幹部医師職を目指される方々へ:医師不足に悩む全国の自治体での二年以上の地域医療勤務歴を,当院における平成三十五年度以降の院内人事の評価項目の一つと致します.』といった宣言です.長期にわたる約束になりますので設立母体であるKKRとの共同発表が望ましいと思います.ご検討のほど,何卒,よろしくお願い申し上げます.」
 キャリアを積んでいく医師が,比較的若い時に一定期間,自発的に地域医療に従事することを推奨する制度を,大都市圏の多くの有名病院が採用して下さることを切に希望する.

前半部の医学部学生の学力低下に関する部分も興味深い指摘ですが、先日は神経解剖学でわずか6人しか合格者が出なかったと言うほど厳しいカリキュラムを誇る広島大学なのですから、どうせなら単なる印象論で語るのではなく医学部入学経路とその後の成績に関する調査などきちんとしたデータを公表していただけると全国医学部にとって非常に有益な情報になるのではないかと思います。
それはさておきここで語られているのは例によって若い戦力をどうやって強制的に望むべき場所に送り込むかと言う偉い先生方共通の悩みと言うべきものなんですが、そもそもいわゆる地域医療というものは急性期大病院のように24時間365日様々な検査も出来て専門医にもコンサルト出来ると言う環境とは違って、多くは満足な機材・人員もいない場所で自分一人の能力だけを頼りに診療に当たる必要があります。
当然ながらこれは長年の知識・技能の蓄積と十分な臨床経験に裏打ちされたベテランであってこそと言う仕事ですし、ましてや若年時の僻地周りが医師としてのキャリア形成にも大きな悪影響を及ぼすとも危惧されると言うことになれば、むしろ何も知らない出来ないのぺーぺーの若手よりも海千山千のベテランをどんどん僻地送りにする方がずっと有効かつ有益だと思いますね。
その意味では大病院の部長クラス以上だとか大学の講師以上には一定期間、自発的に地域医療に従事していただくよう推奨する制度を全国大学・有名病院に推奨してもいいくらいだと思うのですけれども、まあ偉い先生方は間違ってもそんなことを言い出すわけはないでしょうね。

いささか話はずれましたけれども、医師に限らず医療系スタッフはどこも多忙と言うのが今の世の習いであるようで、本来であればこのご時世にこうした求人の多い仕事があるというのは大変にありがたいことなんですが何かと専門資格を求められるだとか、あるいは公定価格で収入(診療・介護報酬)の総額が決まっている等々様々な理由から、そう簡単に必要なだけの人員を確保出来るわけでもないと言うことです。
先日は日本医療労働組合連合会(医労連)が全国の介護施設を調査したところ、9割以上の施設が2交代勤務(医療機関では2交代制は1割強)なのはいいとして、小規模施設のほとんどが長い夜間勤務を1人夜勤で対応していると言う現実があり、介護領域でも医療と同様に慢性的な人員不足がスタッフの過労を呼び、そしてそれが逃散を招くという悪循環を来している可能性があります。
ところで、こうした場合に「利用者(患者)さんのために」と頑張ってしまう責任感の強い人ほど辞めるに辞められず、ますます激務に追い込まれ心身の健康を損なっていくと言う悲劇がしばしば見られるのですが、同様の文脈で興味深い現象として先日訪問看護に関連するこんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

何とかならない?夜間のオンコール(2014年3月3日日経メディカルナーシング)より抜粋

(略)
 病院に勤めていた頃、次のような経験はありませんでしたか?
 ある特定のメンバーが多く勤務していた日勤帯の後の夜勤で、やたらとナースコールが多かったり、ある特定メンバーが多かった夜勤の後の日勤帯で、朝の申し送りがままならないほどナースコールが鳴り響いたり……。
 私自身にはそのような経験が多々あります。ある時、入院患者からの一言でそれが何だか気付きました。「○○さんが勤務している時は、ナースコールを押せないんだよね……」。そうです。入院患者に遠慮や気遣いを抱かせてしまうナースが存在するのです。私の分析では、そういうナースには次のような特徴がありました。

 ● 今でいうクールビューティ(決して、見た目が美しくないナースの勤務後には、ナースコールは鳴り響きませんでした)
 ●業務は完全にこなすがあくまでも事務的
 ●そのナースの笑顔を勤務中あまり見たことがない(特に、検温中は。ただし飲み会などでは笑顔炸裂)
 ●業務にやり残しが多く、そのナースの勤務後は片付けから始まることが多い
 ●医者にもてている
(略)
 前回記事で担当制に触れましたが、担当制の訪問看護ステーションで、ある利用者が自分の“担当”ナースに対して、遠慮や気遣いを抱いているとしたら……。非常によくない事態に陥っているということですよね。そして日中の“担当”ナースでは満たされない分、時間外、つまりオンコールのナースに利用者が要望や思いをぶつけるのは当然のことです。もし、利用者から「今日のオンコールは誰が当番かしら?」とちょくちょく聞かれているならば、それは利用者が発している何かのSOSのサインかもしれません。夜間に好き好んで何度も電話をかける人はいません。実は、“モンスター利用者”は私たち専門職が創り出している可能性が高いのです。

 私は日中の時間帯内に、以下の要件が満たされることによって、利用者の夜間帯のオンコールを十分回避できると考えています。
(1)次回の訪問予定日時および訪問者が確実に利用者やご家族に伝わっている。
(2)本人に関わる医療行為についてはどんなものでも、本人およびご家族の同意の下、日中の訪問時に可能な限り教育的な関わりを十分しておく。
(3)ナースが日中に訪問した時、夜間帯に影響を及ぼしそうな状況が起きていたら、管理者などに速やかに報告し、追加でその日の営業時間内に再度訪問しておく。
(略)
 国は在宅医療従事者に対して、「24時間365日」対応をひたすら求めていますが、日中の“本番”に可能な限りのできる手立てをしておく、つまり先手を打っておきさえすれば、実はオンコールはそれほど鳴らないのです。基本的に私は、オンコール当番は管理者の業務の一環だと捉えているのですが、以前、ある管理者がこう言いました。「この、緊急携帯は壊れているのかと心配になるくらい鳴らない!」と。そう。有能な管理者ほど、“鳴らない”携帯を持っているのです。

患者からすれば「下手な看護婦さんに注射をしてもらいたくない」と言った即物的な欲求とはまた別な次元で、やはり頼みやすい(話しやすい)看護師もいればその逆も存在する、当然ながら患者から見て前者の方がより良い看護師と言えるかと思いますが、そうした良い看護師さんほどますます業務が集中し「こんな激務やってられるか!」と追い込まれやすくなると言うのは何とも悲しむべき話ですよね。
医師の世界でも似たようなことがあって、一般に出来る先生ほどさらに仕事が集中すると言う傾向があることが知られていますが、例えばとある病院で(と言うよりも恐らく多くの病院で)実際に起こったケースですが、外来に来た患者のカルテを看護師が空いている診察室にどんどん回すものですから、手早く患者を片付ける仕事の早い先生ほど次から次へと患者が増えていく、つまり幾ら働いても終わりがないということになりますよね。
部長先生の外来の時にそれがバレて「ふざけるな!ちゃんと公平に割り振れ!」と怒鳴られてからやっと止めたそうですが、何故この人達はこんな馬鹿げたことをするのかと考えてみるとその方が自分達にメリットがあるからであって、仕事の遅い先生の前にカルテを積み上げてもぶつぶつと文句ばかりだし、そもそも医師から指示が出ないことには自分達の仕事も回らない、さらには待ち時間が長いと患者からはクレームも増えるわけです。
医師の側からすると努力してどんどん患者さんを捌けば捌くだけ自分の仕事が増えていく、隣の先生の2倍も3倍も患者を診て昼飯を食う暇もないほど多忙なのに給料は同じだとなれば「やっていられるか!」ですけれども、更なる悲劇として一般的に仕事が遅い先生ほど残業等も増えていく傾向にあるわけで、下手をすると給料面では仕事量との間に逆の相関すら発生しかねないですよね。

ひとたびこういう状況になると誰しも「頑張ってもっと効率よく仕事をこなそう」などとは思わないのは当然で、お互い牽制し合うかのように可能な限り仕事を遅らせ無駄に時間をかけようともしかねないわけですから、現場スタッフのモラール(士気)に配慮することを怠ったばかりに経営者から見ると悪魔のような負のサイクルに転落し施設の収入も患者も減る一方と言うことになりかねません。
では意外に日本の医療現場でそういう現象が起こっていないのは何故かと言えば、基本的に日本の多くの医師が寝る間も惜しんで診療に従事するのが良い医者であると考えるほどワーカホリック傾向にある(少なくとも、労苦を厭わないマゾ気質である)と言う理由が最大だと思いますけれども、なんだかんだと言って相対的に仕事量の少ない先生と言えど十分な仕事を抱え込んでいると言う悪平等?も大きいという気がします。
出来高制の日本の医療では何かしら診療行為をすればするほどお金になるわけで、当然ながら経営者や事務方は一生懸命無駄な検査や処置をして稼げと言ってくるのですが、しかし客観的事実として日本の医療は世界的に見てもコストパフォーマンスが良い、言い換えれば経営者サイドが求めるほど無駄な医療が行われずそれなりの節度が保たれていると言うのも、一つには物理的にもう働けないと言う理由もあるのでしょう。
もちろんそこまで悪どく金儲けに走ることに心理的抵抗を感じる民族性だとか、医学的に不必要と思われることには敢えて手を出したくない医師としての矜持、あるいはそんなことをしても別に自分の給料が上がるわけでもなしと言う諦観など理由は色々とあるでしょうが、ともかくも介護にしろ医療にしろ供給面で物理的限界に達しているというのは、国策としての医療費抑制の観点で見ると実は悪い話ではありませんよね。

となると自ずから出てくる別な疑問として、このところの医学部大増員政策で医師が増え医療現場の多忙感が解消されるとどうなるのかですが、もともと医者が増えるほど医療費は増えるという考えが厚労省には根強くあった訳で、医師にしても仕事の手が空けば「それじゃちょっと臨床研究でもして今度の学会のネタにするか」などと過剰な検査にも手を出したくもなるでしょうから、案外的外れでもないかも知れませんね。
もちろん暇になったからと言って経営者が求めるほど無節操に収入増加に走ると言うこともそうそうはないと思いますが、考えてみると楽に稼げるようなことであれば最優先で算定を取っているでしょうから、ここからさらに上積みで稼ぎを増やそうとすると労ばかり多くして収入は少ないという非常に効率の悪い仕事が多くなると言うことで、逆に言えば期待されるほどの収益増を目指すにはよほどに働かなければならないでしょう。
そして頑張って仕事を増やし収入も得たところで「こんな医療費が増加したのでは国が破綻する!」と言われてさらに診療報酬を削られるのが目に見えているわけですから、結局は人員の数的緩和がなされる一方で診療報酬と言う収入面の量的緩和は為されないと言うのは、同じような大きさのパイを今までよりも大勢で切り分けなければならないと言うことに他なりません。
その場合さしたる増収も見込めない領域にスタッフの逃散リスクを恐れず手を出していくのか、それとも赤字部門の整理など収入増よりも利益増を優先させるのかは経営者の判断ですが、労働者としての立場からするとどちらの経営戦略を取る施設で働きたい人がより多いかと言うことですよね。

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コメント

つねに関連法規遵守がFAと言うことだなw

投稿: aaa | 2014年3月 5日 (水) 08時35分

最近のゆとり世代が昔のようなモーレツ勤務をこなせるかどうか?
超激務の病院には若手がいなくて中高年の先生ばかりになっていくのか?
もしそんなことになったらいつまでもは激務も続けられないですね。
今のうちに仕事をセーブする手を用意しておかないと大変なことになりそうな。

投稿: ぽん太 | 2014年3月 5日 (水) 09時51分

野麦峠や蟹工船の世界が当たり前だとはさすがに今どき誰も思わないわけですから、医療の世界も世間並みの労働意識の進化が必要だとは思いますが、問題はその方法論をどうするかですよね。

投稿: 管理人nobu | 2014年3月 5日 (水) 11時10分

>比較的若い時に一定期間,自発的に地域医療に従事することを推奨

その後のキャリアにはっきりとわかるような明確なメリット、インセンティヴがあれば、行くんじゃないんですか?
メリットなし、インセンティブなし、じゃ誰も行きません。

>大都市圏の多くの有名病院が採用下さることを切に希望

そういうことを否定、拒否している医師があつまるのは大都市圏の有名病院です。
そもそも価値観と生き方が相いれないのですから、期待するだけ無駄です。

投稿: physian | 2014年3月 5日 (水) 20時46分

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