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2014年3月 6日 (木)

「死ね」はどこまで許されるか?

先日こういうなかなかに衝撃的な事件が報道されていたのですが、ご覧になりましたでしょうか。

自殺教唆容疑で慶大生逮捕=メールで繰り返し「死ね」—交際女性飛び降りる・警視庁(2014年2月21日ウォールストリートジャーナル)

 交際中の女性に「死ねよ」などと繰り返しメールを送って自殺させたとして、警視庁三田署は21日までに、自殺教唆の疑いで、慶応大法学部3年渡辺泰周容疑者(21)=川崎市中原区木月住吉町=を逮捕した。同署によると、容疑を認めているという。

 逮捕容疑は2013年11月8日午後6〜8時ごろ、交際中だった同学年の女性=当時(21)=に、「お願いだから死んでくれ」「手首を切るより飛び降りれば死ねる」などと自殺を唆すメールを、スマートフォンの無料通信アプリ「LINE(ライン)」を使い繰り返し送信した疑い。女性は翌9日早朝、東京都港区芝の自宅マンション8階から飛び降り自殺した。

 同署によると、女性は渡辺容疑者からメールを受け取った後、複数の友人に自殺をほのめかすメールを送信。心配した友人が自宅を訪ねて思いとどまらせようとしたが、女性は遺書を書いてベランダから飛び降りたという。 

こうした記事だけを見ていますと怖い男に絡まれた女性が自殺に追い詰められたと言った風にも読めるのですが、実際にはもう少し複雑怪奇な状況であったようで、どこまで事実であるのかは何とも判断しようがありませんがネット上では当事者の知人によって一種異様な当時の状況が語られていて、事実こうした経緯ということであるとこれはなかなか単純明快な事件というわけにはいかないようです。
いずれにしてもお亡くなりになられた女性の方にしても容疑者にしても交際を始めた当初からすると意外極まる結末を迎えてしまった事件だと言うしかないのですが、ここで注目いただきたいのはメールで繰り返し「死ね」と書き送った後で送り先の相手が本当に死んでしまった、これに対してどのような罪が問われるのかということです。
今回容疑に問われている自殺教唆という罪は「言葉によって人に自殺する意志を抱かせること」を罪とするものですけれども、これはあくまでも自殺するかどうかは当事者の自由意志の結果決定されたものでなければならず、目を血走らせた男が「さっさと死ねやゴラァ!」などと迫った結果自殺したなどと言う状況に当てはまるものではありません。
その意味では何度も何度もメッセージを送りつけて死ね死ねと迫ることがどの程度の強迫性があったのかと言うことになりますけれども、想像するにこの辺りは受け取る側の心理状況にも多分に影響されるものであって、例えば最近某アイドルが毎日毎日死ねと呟かれていると告白をしていましたけれども、これなども当の本人が柳に風と受け流していれば事件として取り扱われることにはならないでしょうね。
メールやメッセージが名指しで来た場合は明らかにその本人を狙い撃ちしているのが明らかですから、特に見ず知らずの相手からカミソリメールなど送られた日には身に覚えがなくとも相応の恐さもありますが、他方でよくあるネット上で何かしらの話題が出た時などに関連する人物の名をあげて「師ね」などと書き込むと言った行為はどの程度罪に問われる可能性があるものなのか、ちょうど昨年に民事訴訟ながらこういう判決が出ているようです。

ネット上で「死ね」書き込みは、「殺害予告」に当たらない?微妙な表現の差が判決を左右(2013年10月8日ビジネスジャーナル)

 ネット掲示板に、アイドルグループ・AKB48のメンバーを「コロシテやる」と書き込んだり、プロ野球シーズン中に「これから西武ドームを爆破予告します」と脅迫して、書類送検されるような事件が後を絶たない。そんな中、ネット掲示板・2ちゃんねる上で企業社長を名指しして「死ね」と連呼した人物が損害賠償で訴えられた事件があり、先日ひっそりと判決が確定した。
 判決では「死ね」という文言は「殺す」という言葉とは違い殺意がない、として33万円の賠償金で決着した。今回は、ほとんど知られていないネット掲示板をめぐる民事訴訟事件のてん末をお伝えする。

 被害を受けたのは、都内で金貨販売業などを営むA社(仮名)。同社はブログを開設して、顧客に投資情報を提供したり、店舗の日記を掲載したりしている。このブログ名の名称「A」を2ちゃんねるのスレッド名にして、ブログのリンクを張りつけたスレッドがある。そこでは顧客と思われる人物たちがいろいろ書き込んでいて、スレッドのナンバーは優に10を超えている。(ひとつのスレッドの書き込みが1000を超えると、A2、3……というかたちで新しいスレッドが追加され、タイトルナンバーも更新されていく)
 その書き込みの中で、今回の事件は起きた。2011年10月14日~ 11月19日にかけて、以下のようなコメントが大量に匿名で書き込まれたのだ。

 「死ねB氏(仮名/A社の代表取締役) 死ねC氏(仮名/A社関係者)」(10月14日0時8分)
 「とっとと死ねB氏」(11月10日1時55分)
(略)
 こうして裁判を開始したB氏らは、法廷でこの書き込みにより「大変怖い思い」をして、「執拗かつ悪質な侮辱行為により、耐えがたい屈辱感と精神的苦痛」を受けた、と訴えた。判決は12年6月20日に出て、訴え通り投稿者の情報が開示されることになった。
 また、B氏らはNTTドコモに対しても、投稿者のメールアドレスの開示を請求し、こちらも同月に開示を命じる判決が出た。これらの結果、投稿者は元A社社員のD氏(仮名)氏であることが発覚した。
 この情報をもとにB氏とA社は12年10月5日、D氏を相手取り損害賠償請求を求める訴訟を、東京地裁に提起した。
(略)
●「殺意は認められない」との判決  裁判は、和解と拒否の押し問答が続いたが、13年2月8日に一審判決が出た。主文はこうだ。

  1.被告は、原告B氏に対し、33万円を支払え。
  2.原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

 判決文によると、裁判所は「本件投稿は、『死ね』という表現を使用しているに過ぎず、『殺す』といった表現を使用しているわけではない(略)『死ね』というのみで、殺害行為の日時、場所、方法などの具体的な事実を予告しているわけではない(略)本件投稿は、本件サイト(2ちゃんねる)に投稿されたものであるに過ぎず、原告会社ないし原告B氏に対して、直接、文書送付ないしメール送信させたものではないことに照らせば、(略)殺意を示すものであると認められない
(略)
 この判決を受け、B氏は控訴した。控訴状にはこう書いてる。
『殺す』なら殺意で『死ね』は殺意ではない、という判示は、あまりに形式的である。テレビドラマの殺人犯は、よく『死ねーー!』と言いながら包丁を突き立てている。そのセリフは『殺すーー!』ではない。この一事をとってみても、『殺す』が殺意で『死ね』は殺意ではない、という論理は破綻している。字面ではなく、どのように読みとれるか、によって判断すべきである」などと主張。だが、その後、控訴審判決があり、「本件控訴をいずれも却下する」との判決が下った。B氏の敗訴である。原告側は13年6月19日に最高裁に上告提起もしたが、同日付で上告取り下げとなり、判決は確定した。
 ネット犯罪が増える中で、微妙な表現の差で大きく判決が変わるという事実を、頭の片隅に置いておくといいかもしれない。

まあしかし正直控訴審で原告側の全面敗北に終わったと言うのが少なからず意外なのですが、その後に例の「黒子のバスケ」脅迫事件があれだけ大騒ぎになったことを考えるとネットに投稿されただけだからと言うより、方法や時期など具体性を伴わなかったと言うことの方が重要であるのかも知れません。
犯罪行為としては別種の扱いながら冒頭の記事に立ち戻ってその辺りを考えてみると、メッセージでは「8階から飛び降りれば死ねる」と方法が具体的であり「なんで早く飛び降りないの?」と時期も指定されている(事実この直後に8階から飛び降りています)ことが明暗を分けた?のかで、あるいは単に「師ね」の連呼だけであれば警察も扱いに困ると言うことにもなったのでしょうか。
もちろん当の本人がいない場で「あんな奴死ねばいいのに」とぶつぶつ言っていることと、当の本人に向かって直接「死ね」と言う文言を送りつけることは受け取り方も全く変わってくるのは当然ですが、仮にネット掲示板のような公の場での言動には安全マージンが高いのだと言う認識をされた場合に、そちらで犯罪的言動を弄し騒動化させておいて「いや本気ではなかったし」と言い逃れしようとする人間も出るかも知れませんね。
実際にマスコミなども見ていますと政治家など公人に向かって相当に酷いことを日常的に言っていますけれども、余人を交えず一対一で罵倒されれば十分罪になるのにそれが全国ネットで公然と行われれば罪に問われがたいと言うことでは何やら罪と罰のバランスが悪いと言うもので、この辺りは今後もう少し議論を煮詰めていく必要があるところなのかも知れません。
しかし考えて見ると体育会系気質濃厚な医師の世界などもとりわけ外科系などは未だに乱暴な先生もいて、何かと言えば面と向かって「馬鹿」「死ね」を連呼するわ、(手術中なので)手は出せないが足は出るわで非常に具体的な脅威を与えているとも思えるのですが、こうした扱いを受けた研修医なりがその後自殺したと言うことになれば事件性云々以前に、やはり人としてどうなのか?と受け取られかねないことは自覚しておくべきだと思いますね。

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コメント

殺害予告には当たらなくても何かしらの罪には問えそうな気が。>書き込み
ともかくこういうしつこい粘着な相手には民事の訴訟もありでしょう。

投稿: ぽん太 | 2014年3月 6日 (木) 08時44分

バカは下手うってどんどん自滅すればいいのに

投稿: | 2014年3月 6日 (木) 10時37分

紳士に相応しい言葉ではありませんな。>「死ね」はどこまで許されるか?

投稿: JSJ | 2014年3月 6日 (木) 11時08分

今のところは開示請求から賠償請求と何しろ手続きが面倒くさいのがハードルですが、昨今の弁護士余りの結果この辺りの代行をこなす専門家が出てきてもおかしくはないですよね。
その結果例えば「勝訴しなければ費用はいただきません」なんてことになって、多少なりとも訴えることで利益が望めるとなれば一気に訴訟乱発に至るのかも知れません。
まあそうなる前に「ネットは決して匿名の場ではない」と言う当たり前の認識を多くの利用者が共有してくれることを願いたいですが。

投稿: 管理人nobu | 2014年3月 6日 (木) 11時14分

×「お願いだから死んでくれ」
○「どうか安らかにお休みになってください」

投稿: | 2014年3月 6日 (木) 11時22分

○「どうか安らかにお休みになってください」

「…可愛いお子さんですね」(マジキチスマイル)

>何かと言えば面と向かって「馬鹿」「死ね」を連呼するわ、(手術中なので)手は出せないが足は出るわで非常に具体的な脅威を与えているとも思えるのですが、こうした扱いを受けた研修医なりがその後自殺したと言うことになれば事件性云々以前に、やはり人としてどうなのか?と受け取られかねないことは自覚しておくべきだと思いますね。

フツーに侮辱罪で傷害罪でパワハラかと。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2014年3月 7日 (金) 15時14分

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