« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

2014年3月31日 (月)

変わるべき医療制度と変えたくない人々の相克

本日の本題に入る前に、まずはこちらのニュースを紹介してみましょう。

厚労省、肺がん検診の指針見直しへ-問診に代わる情報収集法など明確化(2014年3月27日CBニュース)

 厚生労働省は、市区町村が実施する肺がん検診の指針を見直すことを決めた。今国会に提出されている診療放射線技師法改正案が成立すると、検診車でエックス線撮影を実施する際に医師の立ち合いが必要なくなるため、問診に代わる安全に撮影をするための情報収集方法を明確にし、機器の日常点検などを推奨する内容に変える。法成立後、速やかに通知する。【君塚靖】

 厚労省は肺がん検診の指針の見直し案を、27日開催された「がん検診のあり方に関する検討会」に提示、同案は了承された。この指針は、「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」と呼ばれるもので、同省健康局長名で都道府県に発出される。

 この指針では、市区町村が実施する肺がん検診について、対象年齢40歳以上、検診間隔は年1回。検診項目は、問診、胸部エックス線検査および喀痰細胞診としている。喀痰細胞診の対象者は原則、50歳以上で、喫煙指数(1日本数×年数)600以上および6か月以内に血痰があった、のいずれかに該当することが判明した人としている。

 法改正により、医師の立ち合いがなく、問診ができなくなるため、問診に代えて医師以外の医療従事者が、妊娠の可能性の確認など安全な撮影に必要な情報収集ができるような、自記式を含めた質問項目を明確化する。喀痰細胞診の対象者は質問によって、喫煙指数600以上などに該当する人になる。

 このほか、新たな指針には、エックス線撮影を実施する医療従事者と責任医師との連絡体制や緊急時マニュアルの整備、機器の日常点検などの管理体制の整備も盛り込まれることになる。

胸部単純レントゲン検診の意味合いについては諸説あって、癌検診としては意味がないと言う声も根強いものがありますけれども、肺癌でなくとも結核などの発見の契機になることも未だ少なくないことを考えるとそれなりに意味はあると思われる一方で、昨年の唐突な厚労省の通達によって検診車に医師の立ち会いが求められるようになったことから、「これでは検診が出来なくなる」と全国自治体から悲鳴が上がっていましたよね。
基本的には今回の指針見直しはこれに対する公的対応というべきものであって、ようやく公式にも医師の立ち会いが不要になったことは喜ばしいことですし、実際に立ち会っていたにしても妊娠の有無など事前問診レベルで医師の判断が求められるようなことはまず考えられなかったわけで、ようやくお上の定めた制度面が現場の実態に追いついたとも言えるでしょう。
こうした問題が表面化したのも大本を辿ればとりあえず医療に関わることは何でも医師に任せておけば間違いないと言う考え方にあったわけで、今の時代は特定看護師制度の導入などにも見られるように少なくとも実施面に関してはどんどん医師以外に任せる方向に話が進んでいますけれども、逆にこうしたことが医師の主体性を侵害するものだと強固に反対している方々もあるわけです。
その背景にあるのは(昔ながらの既得権益固守などと言うものでなければ)最後に責任を取らされるのは医師なのだから、下っ端が勝手にやったことまで責任を被せられてはたまらないと言う考え方でしょうが、今の時代医師であれ誰であれ個人で責任を負うという考え方自体が時代遅れとなってきている以上、業務は組織内で分担し責任も組織で負うと言う方向に進んでいくことは歴史的必然だと思いますね。

考えて見ると今までのように需要が増えただけどんどん供給も増やす、あるいは供給過剰や需要減少で余力がある場合には無理矢理需要を発掘してとにかく常時フル操業を維持するというやり方が現場の疲弊を招いたのであって、その意味で今回の検診車の件などもそうですが技術知識を持つ専門職を制度的な理由から取り立てて専門的技能を必要としない仕事に駆り出すことなど非効率極まると言えます。
また医療制度に関しても常時満床状態を維持しなければ赤字になるような薄利多売前提の報酬体系が「3時間待ちの3分診療」などと言われ顧客満足度を大いに低下させているのは明らかであり、経営的な理由からの無駄な医療が増えることを考えても患者数を減らしても経営が成り立つように移行していかなければならない訳で、事実元々が赤字前提な救急医療などはすでに受診抑制に向けて動いていますよね。
もともと国民の側からすれば今までは医療団体などから「少しでもおかしいと感じたらすぐ病院へかかりましょう」などと早期受診を誘導されてきたのに話が違うと言うものですが、医療を供給する側も受ける側も双方共に無駄に医療資源を浪費しないことを目指すべき時代であると考えると、それではそうしたインセンティブをもたらすためにどのような制度が必要になるかと言う議論になってきます。

健康な人には保険料低減を=民間議員が提言-競争力会議(2014年3月28日時事ドットコム)

 政府の産業競争力会議の医療・介護等分科会(主査・増田寛也元総務相)は28日、健康維持や病気の予防を促すためのインセンティブ(報奨)措置について、民間議員の提言を取りまとめた。提言は、喫煙の有無や運動習慣、生活習慣病の罹患(りかん)率などに応じ、公的保険の保険料を増減させることを例示。その上で「健康増進に努力した者が報われるような、金銭的インセンティブを与えるようにすべきだ」と政府に求めた。

 年々膨れ上がる国の医療費負担を抑制するのが狙い。民間議員は、6月に政府がまとめる成長戦略の改定版に反映させたい考えだ。


医療費の窓口負担、「1回100円」提案 財務省(2014年3月28日日本経済新聞)

 財務省は28日、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の分科会で、医療費の窓口負担で外来受診時に1回100円といった少額の定額負担の必要性を訴えた。40~64歳の現役世代が負担する介護保険料の支払い開始年齢の引き下げも提案した。膨らみ続ける社会保障費の財源確保のため応能負担の拡充を求めた。

 少子高齢化が急速に進んでいるため、医療や介護、年金などにかかる社会保障費の膨張に歯止めはかからない。政府の推計によると、自己負担分を除いた社会保障給付費は2011年度の107兆円から25年度には149兆円にまで増える見通し。財源確保は急がれるが、個人の負担増を感じやすい財務省の提案の実現は容易ではない

 外来患者に少ない額だが定額の負担を求める案は民主党政権時代に検討されたが、日本医師会の反発で見送られた経緯がある。一方で、年金財政も難問山積で財務省は28日の会合で、年金収入の控除の見直しも求めた。負担能力のある高齢者により多くの負担をしてもらうことで、世代内の公平性を保とうとする狙いからだ。

保険を利用しなかった人に保険料を軽減するだとか、外来受診時に一定額の自己負担金を課すべきだと言った制度は以前からずっと言われているもので、これまた一部医療団体の強固な反対で見送られてきた経緯がありますけれども、経営者目線で医療を語る団体からすると医療に対する需要が減るなど経営悪化に直結する、とうてい許容できないと言う発想になるのは当然ですよね。
朝三暮四的に目先の利益を考えるばかりで医療全体を俯瞰的に見る視線を持たないと「とにかく現状を変えることは全て反対!」と言う姿勢になってしまうのかなとも思うのですが、今のように出来高制かつ薄利多売前提の医療制度を堅持し、なおかつ医療費総額はこれ以上大きくは増やせない、そして医師やスタッフらはどんどん増やすと言うことになれば一人あたりの取り分は減っていくのは子供でも判る理屈です。
いくら経営者目線で「もっと頑張って患者を増やせ!売り上げを伸ばせ!」と言われても給料が上がるわけでもない以上現場スタッフは一向に士気が上がらない、そして顧客である患者にしても伸び続ける診察待ちの患者の列をやっとクリアしても相手をするのは疲弊しきった医師によるやる気のない三分診療だとすれば、一体そんな状況をますます悪化させていくことが誰得なのか?ですよね。
仮にも政府に対して診療報酬配分を口出ししようと言うのであれば、例えば国民健康水準に悪影響を与えないレベルで無駄な受診を控えさせるとすれば患者総数はこれくらいに減る、それによって医療従事者の負担はこれだけ減ってより質の高い医療が提供できるようになる、それに対する正当な対価として顧客単価はこれくらいには引き上げてもらうのが妥当だろうと言う風に話を持っていってしかるべきだと思います。
発展途上国よりも安く抑えられている医療単価が医療安全を維持するためにも妥当な水準にまで改善すれば、単なる経営維持のために過労死寸前の薄利多売を追求する必要も失せるだろうし、患者も単なる待ち時間ではなく医療のためにもっと時間を使ってもらえるようになると各方面に利点が多いはずですが、これまた一部医療系団体から強固な反対意見が出され潰されていくことになるのでしょうか。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2014年3月30日 (日)

今日のぐり:「竹清(ちくせい)アリオ倉敷店」

誰もが知っている俗説?に科学的検証が行われたと言うニュースが先日出ていました。

「落とした食べ物の5秒ルール」の科学的根拠が実証される(2014年3月14日GIZMODO)

小学生でも知ってる落ちた食べ物の5秒ルール(地域によっては3秒かも)は迷信ではありませんでした。科学的根拠が実証されました。ていうか5秒ルールって全世界の共通認識だったのですね。
イギリスのバーミンガムにあるアストン大学の微生物学のアンソニー・ヒルトン教授率いる研究チームは遂に太古の昔から議論されていた可食の議論に終止符を打つことができたかもしれません。5秒という時間は食べ物の安全性を左右する事が実証されたのです。

今回、大腸菌と黄色ブトウ球菌がどのようにして地面から食べ物に移動するのかを調査。
実験では様々な屋内の床(カーペットやプラスチック、タイルなど)に、トーストやパスタ、クッキー、ハム、ドライフルーツなど(ただしベタベタするデザートは含まない)を落とし、菌が付着する様子を研究しました。
結果、「時間は、床の表面から食べ物へバクテリアが移動する重要な要因である」ことを実証しました。

食べ物が床で過ごした時間が、どの程度バクテリアの付着に影響するかということですが、床の種類によってこの法則はかなり変わります。
例えばカーペットに落ちた食べ物はバクテリアが着きにくい傾向にあり、フローリングに落ちた食べ物はバクテリアが着きやすく、5秒以上は本当に止めた方が良いらしい。そしてベタベタした食べ物は論外とのこと。
ヒルトン教授によれば、
    床に落とした食べ物を食べる場合のリスクは、その床にどのようなバクテリアが潜んでいるかによります。しかし、5秒ルールが迷信ではないことがわかり、これまで信じて実行してきた人は少し安心できると思います。

もちろん、今回初めて5秒ルールが実験されたわけではありません。New York Daily Newsによれば、Mythbustersが非公式の実験を行い、それぞれ2秒間と6秒間床の上に放置した食べ物のバクテリアの量にはほとんど違いが無いことを発見しています。
でも今回の最新の研究でさらに一歩進みましたよね。
これで気兼ねなくボロボロ食べ物を床にこぼせるようになったって?
いやいや。床に落とさないに越したことはありませんけど、罪悪感なしに「よっしゃ5秒以内だから大丈夫!」と拾い食いしちゃうには充分な裏付けをくれるニュースでした。

ちなみにこの5秒ルールなるもの、日本はおろかおよそ「落としたものは食べてはならない」と言うことを常識とする全世界的に広まっている例外規則なんだそうで、むしろその事実に驚きますね。
本日はヒルトン教授の偉業?に敬意を表して、世界中から思いがけず判明した意外な真実と言うテーマでニュースを取り上げてみましょう。

マッチョな男らしい父親を持つ娘はブサイクになりやすいとの調査結果(2013年11月18日IRORIO)

パパに似ている娘は幸せになれる…と聞いたことがある。幸せの定義は人それぞれだが、少なくとも顔に関しては疑問を抱かずにはいられない調査結果が届いた。まず両親共に美形なら、70%の確率で子どもも美形になれるとの朗報。が、たとえお母さんが美人でも、お父さんがマッチョで男らしい場合、パパの男らしさは娘にとっては無用の長物となる可能性が高いという。

英エジンバラ大学が行った調査によれば、男らしい父親と美しい母親の子どもは、息子は美男になる可能性が高いものの、娘はブスになる可能性が高いと判明した。「もし美男、美女の子どもが欲しければ、顔が美しい者同士が結婚すべし。それが一番手っ取り早い」と言うは易し行うは難しを言ってのけるのは、同大学のティム・ベイツ教授だ。
同教授が実施した調査では、米国とオーストラリアの15歳~22歳の男女1,580人に対し、8人の審判が美醜の判断を下した。その結果、両親共に美形であれば子どもも美形だと明らかになった。審判の主観がかなり入りそうとも思ったが、同教授は「“美は見る人の目の中にある”というシェイクスピアの言葉は間違っている。8人のジャッジは90%の確率でその判断が一致した」と一蹴している。
健康的な髪や肌、左右対称な顔、身長などあらゆるものが遺伝的な魅力と考えられるが、当然両親の特徴が混ざり合い子どもに受け継がれていく。また男女共通して“魅力的”と認められるものもあれば、残念ながらそうでないものもある。ママが、パパのマッチョで男らしい所が“魅力的”と感じ結婚した場合、パパの男らしさは娘へと受け継がれるようで、そうなると少なくとも8人の審判の目には「美しい」とは映らなかったという。

これにはネット民も敏感に反応し「私たちの子どもでありながら、娘はとても美しい」と親心はわかるが一体親はどんなだ?とツッコミたくなるコメントから、「これは事実。両親も祖父母も兄も映画スターのように美しいのに、私のあごだけ妙に男らしい」といった一族の歴史を振り返る人が続出している。

まあ女性の場合色々な要因で見た目は変わりますから、マッチョな価値観を尊重する家庭環境で育った女性ほどその辺りの見た目を気にしないと言うことなのかも知れませんけれどもね。
以前から様々に議論されてきたこちらの問題ですが、その検証に関してある一定の結果が出たと言うニュースを紹介してみましょう。

優秀な遺伝子も打ち負かし得る貧困―知能を左右するのは環境(2013年9月25日ウォールストリートジャーナル)

 世の中には他の人々よりも頭が良い人たちがいるということは誰もが知っている。そうした知性の差のどれほどが、遺伝子、あるいは育ち方によるものなのか、あなたも考えたことがあるかもしれない。ところが、その質問に答えるのは不可能だということがわかった。
 というのも、環境の変化が人々の特質、育ち方、遺伝子をも一変させてしまう可能性があるからだ。
(略)
 これはあまりなじみのない病気にだけに当てはまる話ではない。米専門誌「サイコロジカル・サイエンス」の最新刊では、エジンバラ大学のティモシー・C・ベイツ氏とその同僚たちによる遺伝子、SES(社会経済的状態、つまりどれほど裕福で高度な教育を受けているか)、IQの関連性に関する研究が報告されている。彼らはすべてのDNAを共有する一卵性双生児と一部のDNAしか共有しない二卵性双生児の違いを統計学を使って分析した。
 心理学者たちが双子たちの研究を開始してすぐ、同じような水準のIQを持っている可能性は二卵性双生児よりも一卵性双生児の方がずっと高いということがわかった。IQは「遺伝性」が高く、その差は遺伝的違いによるものだ、と彼らは結論付けた。しかし、研究対象となったのはSESの高い双子ばかりだった。バージニア大学のエリック・タークハイマー氏とその同僚たちは、貧しく、SESの低い家庭で育っている双子たちの状況はかなり違っているということに気付いた。そうした一卵性双生児と二卵性双生児のあいだにはほとんど差がなかったのだ。IQにはほとんど遺伝性が見られなかった。優秀な教師に付きっ切りで教わったかどうかといった環境の違いの方がよっぽど重要なようだった。
 ベイツ氏のチームの新たな研究では、子供たちが成長した後も同じ結果が出ることがわかった。貧しい家庭で育った人々にとってIQの遺伝性はかなり低かった。このことに矛盾を感じる人もいるかもしれない。結局のところ、人のDNAはどのように育とうが同じままなのだから。だが、IQが教育に影響されるとすれば説明がつく。われわれは、より多くの人々がより長く学校に通えるように環境を変えてきたため、歴史的に見ても絶対的なIQスコアは大幅に上昇してきた。

 裕福な家庭に育ち、同じように良好な教育機会に恵まれた子供たちの遺伝子の差はより明確になる。教育上の選択肢が多い裕福な子供たち(あるいはその親たち)は、特定のスキルを際立たせたり、伸ばしたりする環境を選ぶこともできる。数学の能力がわずかに高い子供は数学のクラスを受ける可能性が他の子よりも高く、数学がさらに得意になる。
 ところが、貧しい家庭で育った子供たちにとっては、教育機会の違いが遺伝子的な違いを圧倒してしまう。ひどい学校に入るのと少しましな学校に入るのとでは大きな差が生じ得るのだ。そして、貧しい家庭に育った子供たちには、自分たちの長所を伸ばす教育を受ける機会などほとんどない。
 遺伝子がどのように知性を作っていくかは、あなたが生きるのが学校教育がまったくない世界か、良い教育を受けるには幸運が必要な世界か、豊富な教育機会に恵まれた世界か、で変わってくる。PKUを患う赤ん坊たちのために世界を変えられるのであれば、われわれは次世代の貧しい子供たちのためにも環境を変えられるはずである。

これはなかなか示唆的な研究なのですが、逆に言えば環境次第で劇的に状況が変化し得るほど人間の潜在能力は大きなものがあるという解釈でいいのでしょうかね。
どう解釈すべきか微妙なのがこちらの調査結果なのですが、まずは記事からご覧いただきましょう。

「HTML」を性病だと思っている人が10人に1人いるという事実が判明(2014年3月5日GigaZINE)

インターネット用語には英語の頭文字で表す言葉が数多く存在しますが、ウェブ上の文書を記述するための言語「HTML」を性行為感染症(STD)の1種だと思っているアメリカ人が11%存在することが調査によって判明しました。

1 in 10 Americans think HTML is an STD, study finds - latimes.com

調査を行ったのはオンラインショッピング用のクーポン配布サイトVouchercloud。広報担当者によるとVouchercloudにはテクノロジー・アイテムを購入するために毎月何千人もの人々が訪れており、実際のところユーザーはテクノロジー関係の言葉をどのくらい理解しているのか?ということをハッキリさせるためにアンケートを実施したとのこと。
なお、調査は18歳以上の男女2392人を対象に行われ、テクノロジー用語の理解についての調査を行っていることは明らかにされませんでした。
HTMLの他に調査によって判明した事実は以下の通り。

・SEO(検索エンジン最適化)の意味を理解していない回答者は77%
・コンピューターに使われる電子回路基板の「マザーボード」を観光船のデッキだと思っている回答者は42%
・「ギガバイト」を南アメリカで発見された昆虫の名前だと思っている回答者は27%
・音声圧縮方式の「MP3」を映画スター・ウォーズに出てくるロボットだと思っている回答者は23%
・DVDを超える容量を実現するいわゆる次世代DVDの1つである「Blu-ray」を海の生き物であると考えている回答者は18%
・「ソフトウェア」を着心地のいい洋服の意味だと思っていた回答者は15%
・「USB」をヨーロッパにある国の頭文字だと思っていた回答者は12%

なお、これらの間違った回答にも関わらず、回答者の61%は「近年においてテクノロジーの知識を持つことは重要である」と答えたとのこと。
それぞれの質問には3つの答えが提示され、選択肢の中にはテクノロジー用語とそうでないものが含まれていました。回答者がジョークとして答えたのか真剣に回答したのかは定かではありませんが、「そんなばかな」と思っていても同様の質問を友人や祖父母にしてみると意外な結果が得られる可能性もあります。

選択肢による誘導の可能性も大いにあるかなと思うのですが、こと正答率ということに関しては日本においても大差ない気がしますがどうでしょうね?
こちら多くの人々にとって非常に重要な事実が発見されたと言う、なかなかに社会的影響も大きなものが予想される結果です。

【注意喚起】プールでオシッコをすると「化学兵器に使用される有害物質が発生する」との研究結果(2014年3月19日ロケットニュース24)

子供の頃、プールで泳いでいる時にトイレに行くのが面倒で、そのまま水の中で用を足したことがある人は多いだろう。褒められた行為ではないのものの、特に害はないと思っているのなら大間違いである。なんとプールでオシッコをすると、塩素と尿が化学反応を起こし化学兵器にも使用される危険物質が発生するというのだ!

・プールで放尿すると危険化学物質が発生
プールで放尿することによって起こる化学反応を研究したのは、中国農業大学と米パデュー大学の科学者チームだ。まず彼らは、汗と尿に似せた化学成分と中国のプールから採取した水を混合。そこへ塩素を加え反応を検査したところ、尿に24~68パーセントの割合で含まれる尿酸に主に反応し、塩化シアンが発生することが判明したのである。

・化学兵器にも使用される塩化シアン
塩化シアンは、吸い込むと肺や心臓、中枢神経系に悪影響を及ぼす有害な化学物質だ。塩化シアンはシアン化水素と共に化学兵器の血液剤として使用され、吸入すると血中から酸素を摂取できなくなり死に至るのである。

・放尿量は平均ショットグラス2杯分
プールで用を足す人の放尿量は平均的にショットグラス2杯分ほど。そして、プール中における尿酸の93パーセントは尿によるもので、汗から生じる尿酸は僅かだという。塩化シアンのほか、トリクロラミンという肺機能を低下させ、目のかゆみや鼻水の原因にもなる化学物質が発生することも分かっている。

・競泳選手への悪影響は絶大
特に競泳選手の体に及ぼす影響は大きく、彼らに気管支生検を行ったところ、炎症や軽い喘息を患っている人が見つかったというのだ。科学者チームは、「プールの水を分析するまで泳ぐべきではない」と注意を促している。
みんなが「自分一人ぐらいプールで用を足しても大丈夫だろう」という気持ちでいると、結果的にプール内の塩化シアンが増えてしまう。やはり何に関しても “私一人ぐらい” という行動は慎みたいものだ。

この悪影響が実際どの程度の範囲にまで及んでいるか何とも言えないのですが、ともかくくれぐれも御自愛いただきたいものだと思いますね。
近ごろでは事故報道との絡みで長距離バス運転手の過労が話題になっていますが、こちらブリで調べて見ると困った結果が出てしまったと言うニュースをお伝えしましょう。

「コクピットで居眠り」56%、英パイロット協会調査で判明(2013年9月30日ロイター)

[ロンドン 27日 ロイター] - 英国の民間航空機の操縦士の半数以上が、操縦中にコクピット内で居眠りをした経験を持っていることが、英国航空操縦士協会(BALPA)の調査で分かった。

BALPAの調査によると、対象となった民間航空機の操縦士500人のうち、56%が操縦席で居眠りをしたことがあると回答。さらに、そのうちの約3分の1は、居眠りから目覚めたときに副操縦士も寝ていることに気付いたことがあると答えた。

欧州議会では30日、操縦士の就労時間に関する法案が採決される予定。英国の現行法によると、就労時間は2週間で最大95時間だが、新たな法案では同110時間となるなど、同国の操縦士にとっては労働時間が増加する可能性がある。

BALPAのマコースラン事務局長は声明で、「疲労は操縦士にとって既に大きな問題で、欧州連合(EU)の非科学的な新ルールは英国の労働水準を引き下げ、疲労レベルの増大につながる」と述べた。

ちなみにこの現象がブリであるからこそ特異的に発生したことなのかが重要ですが、とりあえず二人とも寝るのだけは勘弁していただきたいものです。
最後に取り上げますのも同じくブリからの話題なのですが、ある意味日本人にとっても興味深い結果ではないでしょうか?

【知ってた】フェイスブック“友だち”の6割はキライだけど近況を知りたいからキープしている“エセ友だち”:調査結果(2013年10月8日IRORIO)

本当は嫌いだけど、削除するのは色々と面倒だからそのままにしている…というフェイスブック上の“友だち”が、皆さんにも1人や2人、いや、数十人もしくは数百人くらいいたりするのではないだろうか。このほど発表された新たな調査によると、フェイスブックユーザーにとって、リアルライフでも交流したいと思うホンモノの友だちは、全“友だち”の1割ほどしかいないことが明らかになった。
英クーポンサイトVoucher Codes Proがおこなった調査によると、イギリス人フェイスブックユーザーの平均友だち数は287人だが、これらの友だちの約90%は現実世界では目も合わさないような仲で、好きか嫌いかで言ったら嫌いな方だとか。ではなぜ友だちで居続けるのか?その主な理由は以下の通り。

    嫌いだけど、写真や近況、ステータスはチェックしたいから。(58%)
    遠い親戚や彼氏・彼女の家族などの友だち申請は断れないから。(47%)
    職場の同僚や元同僚は、いつか連絡することがあるかもしれないから。(36%)
    “友だち”から削除したあとの反応がコワイから。(26%)
    “友だち”自身には興味がないけど、“友だち”の“友だち”の近況が気になるから。(17%)

なんだか恐ろしい理由が並んでいるが、「友だちとしては好きじゃないけど、どんな生活を送っているのか知りたいからキープしている」というのは共感できてしまう人も多いのでは。
ちなみにだが、これだけ嫌いな“友だち”がいるとトラブルも多発する。今回の調査によれば、ユーザーの22%はこれまでにフェイスブック上で口論やケンカなどを経験済みで、その原因として最も多いのが、「何気なく書かれたコメントが、自分に対しての悪口だと思ったから」だとか。こうしたフェイスブック事情を見ていると、なぜSNSがストレスの元となりうるのかがよくわかる。精神的な苦痛を減らすためにも、定期的にフェイスブックの“友だち”の整理をするといいかもしれない。

ま、自意識過剰によるものなのか実際に悪口だったのかははっきりしませんけれども、うかつに友達の輪を広めすぎるとうっかりしたことは何もつぶやけなくなってしまうと言うことはあるのでしょうね。
しかし削除した後の反応が怖いと言うのですから友達の整理も下手をすると修羅場覚悟と言うことになりますが、申請を断るのも勇気が要るだけに何ともストレスが貯まりそうな話です。

今日のぐり:「竹清(ちくせい)アリオ倉敷店」

倉敷駅の北側に隣接して出来たアリオ倉敷はなかなか繁盛しているようですけれども、その一階の飲食店街に位置するのがこちらのお店です。
なんでも本店は香川ではセルフうどん発祥の店として知られてる老舗なんだそうで、そうなりますと本場讃岐うどんを期待したくなりますよね。

店内製麺が売りなんだそうで、入り口で好みの数の玉を受け取るのはセルフの定法ですが、こちらの場合どんぶりに取り分けているのではなく泳がせているうどんからその場で一玉ずつ丸めてくれるのは特に冷うどんにはありがたいかなと思います。
好みのトッピングを取り会計を済ませた後で温かいうどんの場合は自分でお湯につけて温めるわけですが、今回は冷たいままぶっかけ用の汁とトッピングは生姜にネギ、大根おろしと天かすは多めでいただいてみました。
一見してなかなか見目麗しいうどんで、表面の色艶もさることながら機械のように綺麗に切りそろえられてるなあと思いながら食べて見ますとあれれ?と言う感じで、柔らかいながら腰もちゃんとしていて確かにいいうどんなんですが、少し茹で伸びしたような食感が気になるところで昼食時を外した時間帯的なものもあるのでしょうか。
最近むしろ茹で足りていないのが気になる店の方が気になる中できちんと茹で切った姿勢は評価しますけれども、もとより硬いタイプのうどんではないのにそのまま食べてこの状態ですと、さらにお湯で温め直すとどうなのかと気になるところです。
ちなみに興味深いのはぶっかけ用として用意されている汁で、香川に良くある出汁の味メインの冷たいかけうどん的なものではなく濃い目辛口で倉敷スタイルに近いものなのですが、写真で見る限りでは本店のぶっかけ汁は香川スタイルのものであるようですので、あるいは完全アウェーと言うことでそれなりにアレンジされているのでしょうか?

接遇面では若いスタッフが多いだけに元気が良いなと言うところですが、それよりも何よりもセルフなのにやたら店員が多いのが目に付くところで、これだけ数が揃っているセルフも珍しいと思うのですが繁忙期にはそれだけお客が入るということなんでしょうか。
まだ新しいだけに店内は綺麗でいいのですが、うどんというよりファーストフード風な席の作りなどが暖簾等全体のイメージとややミスマッチな気もするところで、こういう施設内での出店だけにある程度の制約もあるんでしょうかね。
この界隈は見てみますと結構名の知れた店の支店も入っているようでなかなか興味深いのですけれども、特にうどんなどは好き嫌いもなく価格も安いだけに誰にとっても利用しやすいんじゃないかと言う気がしますが、立ち並ぶファーストフード店の類とどちらが集客力があるのか見てみたいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月29日 (土)

個人と故人に関わる今の時代なりの話題

いきなりの余談ながら、先日は大手通販サイトの横暴に絶妙の切り返しで対抗したというメーカーの話題を紹介しましたが、いわゆるパチモノ販売もさることながら近年ネットオークションと言うものが完全に定着した結果、何でもかんでも不要品はとりあえずオークションに出品してみると言ったことも行われる時代になってきました。
もちろん自分にとっては不要品でもある人にとっては探していた必需品だったと言うことはあり得るわけですが、こうしたネトオクの仕組みを逆手にとって手元にない品の出品を繰り返し、注文が入った段階で現物を仕入れ転売差額で儲ける「ドロップショッピング」と言ったことをしている人や業者もいるようです。
こうなるとオークションと言うよりも完全な商行為ですけれども、いわゆるオークションを期待して来た利用者からすれば商品出荷に時間がかかり場合によっては仕入れ不能ともなるため「諸事情により取引を中止させていただきます」などと言われるリスクを抱え込むというのは、正直何やら騙されたような気にもなるでしょうね。
他にも様々な問題を抱え本来的な意味でのオークションとはいささか現状が異なってきていると言うことなのですが、本来的な意味でのオークションであれば問題ないのか?と言えばこういうトラブルもあるのだと言うことを伝える記事が先日出ていました。

出征旗のネット販売で論争…遺族・国VSヤフー(2014年3月25日読売新聞)

 ヤフーが運営する競売サイト「ヤフーオークション」(ヤフオク)に、出征する兵士にあてた寄せ書き入りの日章旗が出品され、議論を呼んでいる。

 遺族の多くは「心ない行為」と反発しているが、ネット取引によって引き取り手が見つかりやすくなるという意見もある。厚生労働省は「遺族の心情を傷つける恐れがある」として出品の規制を検討するよう打診したが、ヤフー側は「一律には規制できない」として応じていない

 議論のきっかけは、2月26日に開かれた衆院予算委員会の分科会。民主党議員が、ヤフオクに寄せ書き入りの日章旗が出品されていると指摘し、戦没者の遺品の売買禁止や、遺族への返還方法を検討するよう厚労省に求めた。これに対し、田村厚労相は「まさかネット上で売買されているとは知らなかった。遺族の感情からすれば、許し難い思いになると思う」と述べた。

 ヤフオクには、寄せ書き入りの日章旗や千人針など、出征した兵士に託されたとみられる遺品が出品されている。価格は数千円~1万円程度で、出征する兵士や寄せ書きをした個人の名前が記されている。

実はこの種のトラブルはネトオクに限らず昔からあって、よく見かけるのが戦場で兵士が戦利品なり記念品なりのつもりで敵兵の遺品に相当するものを持ち帰り保管していた、それが何十年かたって子息によって見いだされ転売されると言うことが時折ニュースになったりもしますけれども、中にはかつての戦地での遺品収集に絡んで後になって思わぬトラブルに発展するというケースもあるようです。
遺族感情的な部分は抜きにしても元々は他人のものであったのに勝手に売り買いし儲けていいのかだとか、個人の遺品を取り戻したい遺族を狙った悪どい商売ではないかと言った批判は成立しそうな取引なのですけれども、同時にこうしたオークションで人目にさらすことで遺族が名乗り出るかも知れないと言う期待もあって、一律に規制と言うのも確かに難しいのかも知れませんね。
ともかくも何百年も昔の古戦場から発掘したものを転売してもこういう騒ぎになることはまずないでしょうから、これまた生きている身内がいるからこその心情的な問題と言うものが大きいのだと思いますけれども、身内の方にしても何であれ関わりのあるものは手元に置いておきたいと思う人もいれば、モノにはこだわるつもりがないと言う人もいるでしょうし、当面それを望む遺族には適正な価格で譲渡されることを願うのみです。
ただ故人の側にもそれなりの感情はあったはずで、何でもかんでも大事に保管されればうれしいと言うものでもないだろうと言うことなんですが、最近では特にコンテンツの電子化が進んできたこともあってか、死後にどこまで遺品整理という形で故人のプライバシーに踏み込むべきなのか判断が難しくなってきているようです。

夫や彼氏が死んだら「故人のPCをチェック」する?(2014年3月25日週刊SPA!)

 今回、週刊SPA!が20代~30代の女性に対して行ったアンケート(回答者数235人)では、「夫や恋人が亡くなったら、彼の個人的なデジタル機器にアクセスする」と回答した女性は実に72%。死人のプライバシーに触れるなんて、遺族といえども許されない!!と憤慨する男性もいるだろうが、彼女らが邪な狙いを持っているわけでは決してない。「浮気していなかったか調べるため」という、戦慄の動機の持ち主はわずか4%。圧倒的に多かったのは「故人が親しくしていた知人の連絡先を調べ、訃報を知らせるため」という目的であった。

【アンケート結果の詳細】故人のデジタル機器を触る理由

「最近では、年賀状のやりとりもメールがほとんどなので、誰に訃報を知らせるべきか、パソコンを見ないとわからない」(33歳・主婦)などという意見を聞くと、ナルホドと納得せざるを得ない。

 そんな純粋な動機でパソコンを覗いただけなのに、予期せぬ●●な動画や××なメールが発見されたのでは、故人への心象が最悪になるのも致し方ないだろう。妻や恋人が自分ひとりの胸に納めてくれればまだマシだが、恥というのは往々にして拡散されるもの。では、どうすればいいのか? 
(略)

しばしば言われる悪魔の図式として、死んだ後でPCを触られると長年必死で隠してきた秘められた恥ずかしい趣味が明らかになってしまうと言ったケースが想定されていますが、昨今ではこうした不測の事態を想像して端末側のHDD内容のみならずSNS等のつぶやきまでも消去してくれるという、言わば個人の死後の尊厳を守ってくれるサービスがそれなりに活況を呈しているようです。
それはともかく、アンケート結果を見てみますと故人のプライバシーを暴く(と言ってもいい行為でしょう)と言う行為の理由として多数派が掲げているのが「親しい人に連絡するため」だとか「故人の思い出が欲しい」と言った比較的了解しやすい理由ではあるのですが、中には「浮気調査をしたいから」だとか「端末を初期化して売却するため」などと言う「おいおい…」と言いたくなるような理由も挙げられているのは何とも微妙ですよね。
面白いのは1/4もの人が「ネット口座など資産を把握するため」と言う今の時代にまことにもっともな理由を掲げているということなのですが、最近は何をするにもパスワードやら暗証番号やらを要求され管理が大変だと言うことでPCやスマホによる電子的な管理をしている人も多いんじゃないかと思いますが、こうしたものはうっかりすると後で誰にも発掘されなくなると言う可能性が出てきそうで今後問題化する可能性がありそうです。
今の時代多くのサービスが個人の側からアクセスしないと何も出来ないと言う状況になってきていて、しかも全部が独立して一括対応できないことから何をするにも大変な労力を要するわけですが、人一人が死ぬともなればそれら全てのサービスを個人情報保護の壁に阻まれながらチェックし必要なら書類なりを調え引き継ぎもしなければならないわけで、考えてみるとこれは気の遠くなるような作業ですよね。
特にネットはリアルの人格と結びつかない匿名性を魅力として発展してきたようなところが大いにありますし、かつての保険業界のように地区毎の担当者が折々に顔を出して何かしら用はないかと訊ねて回ると言うのも今の時代の感覚には合わないだろうとは思いますが、そろそろ社会全般でこのあたりの対応法も考えていかないと今後は全国各地で途方に暮れる遺族が続出するということになるかも知れませんね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年3月28日 (金)

高齢者は医療から見放されつつある?

内科医である酒井健司氏が朝日新聞に連載をしているのですが、先日こういうことが書いてありました。

狙ってピンピンコロリは難しい(2014年3月24日朝日新聞)

死ぬのならピンピンコロリが理想的です」とよく言われます。〝寝たきりになって何年も生きるくらいなら、コロリと逝きたい〟というのです。家族に迷惑をかけず、また、自分が苦しむこともない。ピンピンコロリを望む気持ちは、よくわかります。ただ、なかなか狙ってできるものではありません。

寝たきりになる原因の一つである脳血管障害を考えましょう。脳梗塞で倒れて病院に搬送されたとします。「じいさんは寝たきりになるぐらいなら死んだ方がましだと言っていた」と家族が医師に伝えました。希望通りピンピンコロリになるかというと、そうは簡単にいきません。

よほどの重症で血栓溶解療法などの積極的な治療を行っても命が助かる見込みがきわめて小さい場合は、積極的な治療を行わず、そのまま看取ることになるでしょう。軽症で命の危険がない場合は、積極的に治療して少しでも後遺症が少なくなるようにすればいいです。

中等症のときは悩ましいです。積極的な治療を行わなず亡くなったのなら希望通りということになりますが、死亡には至らず後遺症を残して生き残る可能性もあります。しかしながら、積極的な治療を行ったせいでピンピンコロリになるはずだった人を助けてしまうということもありえます。

医療は不確実です。治療をしたらどうなるか、あるいは治療をしなかったらどうなるか、医師は大まかな予測しかできません。ピンピンコロリを希望しても必ずしも思い通りいくとは限りません。

一つ気をつけていただきたいことがあります。「寝たきりになってまで長生きしたくない」からと、あえて不健康な生活習慣を選択する人がいます。あたかも高血圧などの治療が寝たきりの原因であるかような論調の医療否定本の影響もあるのかもしれません。

単に「長生きしたくない」ならそれは個人の選択として尊重しますが、「寝たきりになりたくない」のであれば、不健康な生活習慣や高血圧を放置することは意味がありません。不健康な生活習慣のせいで脳梗塞を起こし寝たきりになることだってあるのです。

「ピンピン」と健康でいる期間を長くしたいのなら、できるだけ健康的な生活を送り、治療すべき病気は治療することをお勧めします。「コロリ」の部分は、普段からご家族に希望を伝えておき、あとは運を天に任せることぐらいでしょう。

ま、臨床的にはピンピンだった人がコロリと逝かれるのは色々と面倒な局面も多いもので、どちらかと言えば死ぬべくして死んでいただいた方がいいと言う考え方もあるでしょうけれども、厚労省にしても2007年に終末期医療のガイドラインを策定、さらに2011年には終末期高齢者には人工栄養中止も認めるという実質的な消極的安楽死容認を打ち出すなど、このところ高齢者の逝き方についてどんどん話が進んでいます。
この点で非常に興味深いなと思ったのが診療報酬改定作業も含めて制度面で高齢者に漫然と延命的医療や高度医療を行うことが難しくなっていたことで、例えば今春の診療報酬改定で胃瘻造設術の点数が実に4割も引き下げられ、しかも年間造設件数が50件以上の施設においては術前の嚥下機能検査が全例に義務づけられるなど、「とりあえず胃瘻を作ってさっさと退院させる」と言うことがとても出来ない状況になってきていますよね。
また病床再編によって高額な医療費を要する急性期のベッドを削減するという方針が示されたことは今まで救急に手厚く行われてきた医療政策の大転換だと思いますが、その結果当然ながら救急受け入れは本当に助けるべき人を優先すべきだと言うことにもなるでしょうし、単に看取り目的で施設から病院へ搬送されると言ったケースは今後物理的にも受け入れ先を探すにも四苦八苦することになりかねません。
もちろん将来的には本当に手厚い医療が必要な人から優先して受けられるということになっていけばいいのですが、現状ではまだ国民にしろ医療現場にしろ制度改定に伴う意識の変化が追いついていない中で、制度ばかりが先立って改められていくとあちらこちらでトラブルが発生することになるわけです。

救急病院「施設での看取り促進して」の声も-東京都病院学会で高齢者救急 搬送を議論(2014年3月14日CBニュース)

 東京都病院学会がこのほど都内で開かれ、高齢者の救急搬送における課題につ いて、東京都病院協会・急性期医療委員会のメンバーが議論した。都では高齢者 の救急搬送が年々増加しており、急性期の治療を終えても自宅に帰るのが困難 だったり、受け入れ先の病院が見つからず、新たな救急患者を受け入れられな かったりする状況が見られることから、医療機関同士の連携で、問題の解決を図 れないか話し合った。高齢者の救急搬送を減少させるための方策を救急病院に尋 ねたところ、「高齢者施設での看取りを促進する」という声も多かった。【大戸 豊】

 帝京大医学部救急医学講座の坂本哲也主任教授は、三次救急の立場から高齢者 の救急搬送の問題点を指摘した。 坂本氏は、東京都医師会が2012年10月に行った救急入院患者調査を示し、入院 患者で最も多い年齢層(5歳刻み)は80-84歳で、全入院患者の42.1%が75歳以 上だったと指摘。患者の1か月後の転帰を見ると、自宅は63.9%(在宅医療5.1%)、転院 5.7%、施設入所4.5%、入院継続中は14.0%だったが、自宅に退院した割合を年 齢別に見ると、50歳未満は83.8%だったが、75歳以上になると49.6%まで低下し ていた。  坂本氏は、「救命救急センターは本来、医学的な最後のとりでとして機能する ことが目的だが、社会的なとりでとして活用されていることも少なくない」と訴 えた。

高齢者の看取りを三次救急に搬送するというのもどうなのかで、特に老健など施設入居者の看取り目的での搬送に関しては今後施設側にも意識変化と対応改善を考えていただくのは当然だと思いますけれども、ここで注目いただきたいのは患者を受け入れる側の救急病院から「もうこれ以上は無理だから送ってこないで」と言う悲鳴混じりの声が上がっていることです。
高齢化社会がどんどん進行し、特に今後団塊世代の高齢化が話題になる中で「現状のような高齢者医療を続けていては医療現場はもたない」と言う声は以前から出ていたところですが、例えば千葉大学の予測によれば2035年までの20年間で首都圏だけでも高齢患者が実に44万人増加すると言い、各病院は高齢患者の治療に追われこのままでは救急外来にもトリアージが必要になると言う声もあるわけですね。
実は高齢者の場合若年者のように病気になりました、治療して治りました、元気になって帰って行きましたと言う単純なものではなく、ひとたび何であれ病気になればその都度心身の機能が低下していき新たな問題が発生するのが当たり前で、肺炎で担ぎ込まれてきたはずがいつの間にか心不全として治療していただとか、元気に暮らしていた人が転倒骨折一つで寝たきり胃瘻になって行き場がないと言ったことが珍しくありません。
当然ながらいわゆる救急から急性期にかけての医療に加えて、老人特有の回復期や慢性期的な医療も治療早期から同時並行的に行っていった方が効果が高いはずですが、現行の診療報酬制度ではこうしたものは全て施設をわけで段階的に転院を繰り返しながら対応していくようになっていて、当然ながら各施設間でも受け入れの可否を巡ってそれなりに手間ひまがかかることが治療効率と共にベッドの回転を悪くする要因にもなっています。

そもそも近年の診療報酬改定では救急医療のような激務でなり手が少ない領域に優先的に報酬配分が行われてきたわけですが、せっかくスタッフや設備が充実しても高齢者に特有の医療上の配慮を必ずしも適切に行えていないと無駄ばかりが増え誰の幸せにもならないと言うもので、子供は小さな大人ではないと言うのと同様に高齢者医療に関してもそれ専門の知識や経験があってしかるべきだと言うことです。
しかし元々高齢者医療と言えばはっきり言って若く前途有望な医師にはさほど魅力があると見なされていませんからアクティブな人材に欠けるきらいがあり、他所でおつとめを終えた大ベテランが最後に流れていく先のような扱いでやってきたわけで、到底急性期病院で他のスタッフに混じって高齢者医療の司令塔役を務められるような人材が育っているような世界ではないのが難点ですよね。
もう一つ考えてみると小児科や産科などはしょせん先細りの世界であって、これからの日本で一番将来性があるのは間違いなく老人専門の医者だろうと言う考え方も成り立つはずですが、逆に国としては今の医療システムではこうした高齢患者の急増に適切に対応出来ないということを一つの根拠として、高齢者への医療給付自体をどんどん抑制していきたいと言う本音ももちろんあるのだろうと思います。
ただそれが悪いのかと言えば大多数の国民は実際にはピンピンコロリ願望があって、歳をとったらぽっくり逝きたいと考えているのだとすればむしろ制度上の不備は願望充足の上では好都合とも言える部分もあって、「超高齢化社会到来に備えて高齢者医療はどんどん充実させなければ!」と言う話でもないと思うのですが、命は地球よりも重い的な長年染みついた考え方からすると正面切って反論するのは難しい命題でもありますよね。
小児医療を充実させます、産科医も呼んで安心安全のお産を目指しますなんて話と同じ文脈で高齢者医療も充実させ万一の時にも安心出来ますなんて言われるとつい頷いてしまいそうになりますけれども、「死にたいと思っても生きられる。さっさと死ねるようにしてもらわないとかなわない」などと放言して総バッシングされるのとどちらがより深刻に高齢化社会のことを考えているかと言われると、実のところ微妙なところではないでしょうか。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2014年3月27日 (木)

医療ミスかどうかに関わりなく、紛争化するリスクは紛れもない現実です

本日の本題に入る前に、かつてマスコミ的に「医療業界=全力でバッシングして差し支えないもの」と言うコンセンサスが存在していた(らしい)時代にあって、マスコミが熱心に発掘していた各種「医療ミス」報道に関連してそれが事故なのかミスなのか、はたまた偶発症、合併症なのかと言った議論が一部方面で盛んにされていた時期がありました。
後に本格化する医療崩壊と言う現象の予兆と言うべきなのでしょうか、「期待通りの結果が得られなければミスだと訴えられるのでは医療などやっていられない」と言う意見が続出した時代でもありました…とついつい少しばかり遠い目をしてしまいそうになりますが、今の時代はその反動と言うべきでしょうか、マスコミ諸社もいわゆる医療バッシング報道は少しばかり控えめになっている印象もあります。
ただ人間長年の刷り込みと言うものは恐ろしいもので、当時からネットなどで現場の医療従事者と直接対話を繰り返してきた世代と、未だにマスコミ報道しか情報リソースを持たない俗に言う情弱世代とでこの面でも情報不均衡が著しいと言う問題があるのですが、その結果なのか報道によって誘導された予断、先入観を最初から隠そうともせず医療現場を訪れる人も少なくないようです。

「医療ミス」は患者にも原因アリ? 医師に不信感を抱く前に患者がすべきこととは(2014年3月19日ブックスタンド)

 妻が死亡したのは救急搬送された診療所で誤診を受けたからだとして、夫が診療所に対して訴訟したという報道がありました。
 ニュースで時おり報じられるこのような医療ミスの実態を知ると、「果たしてこの医者は本当に大丈夫なのだろうか?」と、医者に会う前から不信感を抱いてしまう人も少なくはないかもしれません。
 しかし、パーソナル医療コーディネーターのおのころ心平氏は、著書『誰も教えてくれなかった医者のかかり方完全マニュアル』の中で、「患者からの圧力が医療事故を引き起こすことも少なくない」と指摘します。

 パーソナル医療コーディネーターとは、医者にかかろうとしたり、既にかかっている患者の相談に乗る仕事。これまで19年間で、約2万2千件のカウンセリングを行ってきた実績のあるおのころ氏は、「医者なんだから、患者の命を救って当たり前」というような風潮や、モンスターペイシェントと呼ばれる自己主張の強すぎる患者の態度が医師を追い詰めていると説明します。
 さらに、医者不足で労働環境は過酷だとも言われています。そんな極限状態にいる医師の医療ミスを防ぐには、どうすればよいのでしょうか?

 おのころ氏は、まずは患者側が医師の抱えている事情を知ることが大切だと言います。「今、病院という場そのものが疲れています。過重労働の医者や看護師にこれ以上の負担を与えてもどうにもなりません。そんな疲れた空気を、なるべく明るく、風通しのよいものに変えられるのは、いまや医療現場の構成員の一人である『患者の力』ではないか」(おのころ氏)
 医療を批判するばかりでは、患者にとってよい医療は実現できません。医師が本来の力を発揮するために、患者の力が必要なのです。

ま、患者からの圧力によってミスが増えるかどうかはともかくとしても、医療に限らず社会全般に言えることとして最初から敵意や不信感丸出しで来る相手に対して誠心誠意対応しようとは思わないもので、相手にとってそれがベストなのかどうかよりもトラブルやクレームが最小化できるかどうかが行動基準になるのは仕方ないとは思いますけれどもね。
この10数年ほどの間にも医療現場には様々な変革が起こっていて、特に現場医療従事者の意識変化というものは半世紀以上も続く皆保険制度が発足して以来の大々的なものではないのかと思いますけれども、その一つに「自分の能力以上に無理をしても結局誰の得にもならないばかりか、損になるばかりである」と言う認識がかなり一般化してきたことが挙げられるんじゃないかと言う気がします。
そうした発想の出てくる物理的な理由としてはそもそも幾ら無理をして処理したところで患者は更に増える一方で決して楽にはならないと言う現状認識であるとか、あるいは近年その思考行動様式の変化が著しいと言われる若手医師達の増加により仕事をさせたくてもしてくれないと言う現実もあると思いますが、もう一つ大きな要因として患者側からのクレームや医療訴訟が大きなリスクとして認識されるようになったこともあるでしょう。

クレームに関しては記事にもあるモンスターペイシェントと言う問題が特に大きく取り上げられていますけれども、医療に限らず社会全般にクレーマーの増加が著しいと問題視され対策が急がれた結果、長年応召義務等の制約からこうした対策が遅れてきた医療現場においても「こういう患者にはそれなりの対応をしても許されるんだ」と言う認識を広める契機になったと言う考え方もありますよね。
他方で医療訴訟に関しても昭和時代末期から続く激増ぶりが社会問題化し医療現場も訴訟対策が進み、また司法の側でも無理筋の訴訟乱発は弁護士の説得等で回避しようだとか、いわゆる弱者救済的な判決は控えようと言った風潮も広まってきたためでしょうか、この10年ほどは件数的にも横ばいか微減が続き判決自体の内容もひと頃より沈静化してきた印象もあります。
無論訴える側にも相応の理由も事情もあって訴えているわけですから心情的には大いに理解も共感も出来る場合も多いのですが、それはそれとして医療現場の現実を考えると「それを有責とされてもなあ」と困惑せざるを得ない場合もまた少なくないのは事実で、先日もなかなかに議論を呼びそうな判決が出たと報じられていたものを紹介してみることにしましょう。

病院に1億円超の支払い命じる(2014年3月25日NHK)

生まれたばかりの次女が脳に重い障害を負ったのは、病院の対応が原因だとして、両親が福岡市の国立病院を相手取り損害賠償を求めていた裁判で、福岡地方裁判所は、両親の訴えの一部を認め、病院に対し約1億3000万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
この裁判は5年前、福岡市中央区にある「国立病院機構九州医療センター」で、次女を出産した30代の母親が、出産から10時間後に行った授乳の最中に、次女の心肺が停止し、その後、脳などに重い障害を負ったのは、病院が十分な経過観察をしなかったのが原因だとして、約2億3000万円の損害賠償を求めているものです。
25日の判決で、福岡地方裁判所の平田豊裁判長は「鎮痛剤の影響などで、母親の意識がもうろうとしていたのだから、病院は次女を母親に預けた後、経過を観察する義務があった」と指摘しました。
その上で「1時間20分にわたり、一切、経過観察をしていなかったのは義務違反と言わざるを得ず、それを果たしていれば、重い障害を負う結果を回避できた」として、両親の訴えの一部を認め、病院側に約1億3000万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
判決の後、原告の両親が福岡市で会見を開きました。
この中で母親は「子どもが元の状態に戻るわけでなく、つらい日々が続きますが、少しは報われたと思います。同じような苦しい思いしている家族が、25日の判決で少しでも良い方向に向かってほしいと思います」と話していました。
一方、被告の国立病院機構九州医療センターは弁護士を通じて「判決は、産科医療の現場に不可能を強いるものであり、到底認めることはできない」というコメントを出し、ただちに控訴する方針を示しました。

カンガルーケア訴訟 原告勝訴(2014年3月25日日テレニュース24)

病院側が十分な体調管理をせず、生まれて間もない赤ちゃんに重い障害が残ったとして母親などが病院に損害賠償を求めている裁判で、福岡地方裁判所は25日、病院側に1億3000万円あまりの支払いを命じる判決を言い渡しました。

この裁判は2009年11月、福岡県内の30歳代の女性が福岡市中央区の九州医療センターで二女を出産した直後、助産師が赤ちゃんを女性の胸の上に置いたままにしたことで体温や栄養の管理が十分に行われず、二女が植物状態になったとして約2億3000万円の損害賠償を求めているものです。これまでの裁判で原告の女性は「帝王切開後の痛みなどで赤ちゃんを観察することは不可能だった」と主張、これに対し病院側は「異常があればナースコールをするよう母親に伝えていた。スタッフが四六時中、観察すべき注意義務はない」などと反論していました。

平田豊裁判長は判決で、「病院は原告がナースコールをするまでの約1時間20分の間、経過観察を怠った」と指摘、病院に1億3000万円あまりの支払いを命じました。九州医療センターは「産科医療の現場に不可能を強いている不当な判決」として直ちに控訴するとしています。

産後ケア“不十分” 国立病院機構が敗訴(2014年3月24日九州放送)

生まれた子どもが植物状態になったのは、出産後のケアが不十分だったとして、両親らが九州医療センターを運営する独立行政法人国立病院機構に、損害賠償を求めていた裁判です。
福岡地裁は訴えを一部認め、機構に約1億3000万円の支払いを命じました。

この裁判は、九州医療センターで5年前に生まれた次女が、出産後の経過観察などが十分になされなかったため植物状態になったとして、福岡県内に住む両親らが、病院を運営する機構に対し、約2億3000万円の支払いを求めたものです。
両親らは「帝王切開で出産し疲労困憊の中、 次女を体に載せられた。授乳ができない状態で、病院側の見回りもなかった」と主張。これに対し、病院側は、「管理上の問題はなく、義務違反はない」として訴えの棄却を求めていました。

25日の裁判で、福岡地裁の平田豊裁判長は、「帝王切開の疲労で母親に的確な対処ができない事態は予見できた。1時間20分にわたり、一切、経過観察を行っていない」として、病院側に約億3000万円の支払いを命じました。
判決後の記者会見で原告・母親は「少しは報われた気分です。同じような苦しい思いをしている家族の方々が少しでもいい方向に向かっていければと思います」と話しました。

産後のケアをめぐる訴訟は、全国で6件起きていて、原告の勝訴は今回が初めてです。
敗訴した病院側は「不当な判決で直ちに控訴する」としています。

状況の詳細が判らずあくまでも記事から読み取れる範囲での話に限定したいと思いますけれども、訴訟を起こした当時の産経の記事なども参照しますとちょうど急患が入って助産婦の手が離れた間のことであったようで、双方にとって何とも不幸な結果だったと言うしかないですね(ちなみに日テレの記事に反して、病院側曰く本症例ではいわゆるカンガルーケアは行っていないそうです)。
いずれにせよ最近は産後もかなり早期から赤ん坊を親に抱かせるようにしている施設も増えているようですが、こういう事故のリスクに加え実際訴訟も多発している現実を考えると裁判の行方如何に関わらず医学的にもJBM的にも早急な対策を講じる必要があるでしょうね。
しかし1時間20分経過観察をしなかったために有責というのは産科に限らず非常に臨床的には影響力の大きい判断だと言わざるを得ませんが、夜間の病棟でこれ以下の頻度で経過観察を強いられるということになると現状の体制では到底業務が回らないはずで、思い出すのが以前に東芝病院が刑事告訴された事件で「1時間40分にわたって見回りがなかった」と糾弾された際よりさらに厳しい対応を求められている形です。
ちなみに東芝の事件は検察審査会においても不起訴の判断が追認されたそうですが、もちろん刑事と民事では全く事情が違うとは言え1人では何も出来ない重度障害者を1時間40分巡回しないのは過失とは言えないと鑑定医が揃って判断したと言うことからすると、帝王切開後の消耗状態とは言え親の手に委ねた状態での1時間20分が問題視されたと言うのはなかなか厳しい判断だなと言う気がするでしょうか。
当然ながらそうした問題意識もあると言うことなのでしょう、被告の病院側も即座に控訴を決めるほどこの判決は受け入れ難いと考えているようですが、とりわけ医療訴訟の専門ではない地裁レベルではほぼ鑑定医の意見に判決が左右されると思われるだけに、鑑定医というものの質的担保と判断基準の統一も非常に重要なことで、業界的には今後何らかの認定資格創設のようなことも考えて良いのではないかと言う気がしますね。

ところで今回のような出生後に発生した事故による脳障害について産科無過失補償の対象になるのかならないのかと考えてみるのですが、見た限りでは補償対象は「分娩に関連して発症した脳性麻痺」と言うことになっていて、普通に考えると明らかに分娩後の事故によるものは含まれないと言う解釈になりそうですけれども、あるいは解釈次第で制度の対象に含めることも可能なのかも知れませんし、制度の趣旨的には本来含まれるべきなのかなとも思います。
今回の事故は5年前と言うことでちょうど無過失補償制度発足の時期より前の事故だった可能性もあるのかも知れませんが、いずれにしても分娩後の微妙な時期に発生した事故で無過失補償の対象になれば裁判等が無しで3000万円が支払われる、一方でこうした民事に持ち込めばその数倍の支払いが期待出来るとなれば、場合によっては敢えて補償対象になることを選ばず裁判に訴えるという選択も考えられるかも知れません。
もちろん今回の事件にしても控訴審でひっくり返される可能性もありますし、元々医療訴訟の原告勝訴率は半分以下だと言いますから期待値としては無過失補償とどちらが高くなるのか微妙なところだと思いますが、以前から「あまり補償金額が低いと訴訟リスク回避という無過失補償制度の目的上不適切なのでは?」と言う懸念がある所以ではありますよね。
ともかく医療訴訟のリスクと言うことがすでに完全に現場に定着していて、むしろ訴訟リスクを理由に過酷な勤務状態を改善していく手段的に用いられている側面もあると言うのはあまり真っ当な状況だとは思えませんが、患者さんのためにと死ぬ思いで努力してその結果訴えられると言うのではあまりに救いがなさ過ぎると言うもので、不幸な事故を無意味なものにしないためにもやるべき事は沢山あるように思いますね。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

2014年3月26日 (水)

医者の激務と言うものに関わる歴史的変遷の行方

近年「医者の激務」がコンテンツとして訴求力があると言うことが判明したせいか、マスコミ各社もこの問題を好んで取り上げるようになった感がありますが、見ていますとちょっとそれは今どきどうよ?と思わされるような「激務ぶり」が取り上げられている場合もあるようです。

医師不足で激務 固形物食べず自ら点滴しながらオペする医師(2014年3月22日NEWSポストセブン)

 地方には医者不足に悩む病院もあるようだ。38才の看護師女性が、激務のため不健康な毎日を送る医者について話してくれた。その内容はというと…。

 よく“医者の不養生”とかいうけどひどいもんです。
 うちの医局の先生たちの不健康さといったら、ふだんの食事は昼も夜もカップラーメンとコンビニのおにぎり。あとはレトルトもの。病院の食堂のバランスよく栄養のあるものだって食べられるのに「その時間がもったいない」んですって。しかもすんごい早食い。あれは食べるっていうより流し込みです。
 地方は医者不足で、当直勤務も前より増えてるから、睡眠もまともに取れてない先生がほとんど。休日は記憶がないぐらい寝たおすそうです。人間ドックだって生まれてこのかた、1度も受けたことがないなんて先生もザラですよ。
 固形物を口にする気力がないといって、休憩中、ブドウ糖を点滴してオペに向かう先生を見ると、痛々しさと同時に途中で倒れたりしたら患者さんはどうなるか心配で。患者さんは医者を“問診”して自己管理がしっかりできている医者を選ぶことですね。

しかしまあ、いやしくも医学的専門知識を持っている人間なら栄養や休養の不足による効率低下と食事休養時間のロスとどちらがマシかと言う損得勘定は出来て当然なんですが、まともな結論が出せないほど思考力が低下しているということでしょうか、ともかくもこれでは「自己管理のしっかり出来ている医者を選ぶべき」だと言う結論に関しては同意するしかないですよね。
ただ今現在は医療安全向上のためにも医療関係者の激務は解消されるべきと言う目的意識はようやく広く共有されるようになりましたが、その方法論を巡ってはやれ医者をOECD平均並みになるまでどんどん増やせだの、やれ応召義務を撤廃し不要不急の受診は断れるようにしろだのと様々な意見があって、結果としては個人レベルで「嫌なら辞めろ」式の逃散行動が一番有効かつ即効性が高いと言うことになってしまっています。
ともかく医者稼業に限らず緊急性ある業務が関わるような仕事であれば何であれ、ある時点においては休む間もないほどの激務に追われると言う事は当然あることなんですが、それが日常的に行われているのだとすれば仕事の質を保つ上でも非常に問題で、例えばレジデントの激務が問題視されたアメリカでは2003年から週80時間の上限を義務づける”80-hour rule”が制定されたのはよく知られていますよね。
日本においても飛行機のパイロットやトラックの運転手においては法律等で厳重な労働時間制限が設けられているというのに、同様に日常的に他人の命を預かっている医師の労働管理が野放しであることはいささか奇異な印象を受けますけれども、どうもその理由の一端が当事者自身にもありそうだと言う記事が全くの別ルートから先日出ていました。

医学部でのパワハラ、過去5年で100件超- 全国医学部長病院長会議が公表(2014年3月20日CBニュース)

 全国医学部長病院長会議が20日に公表した「パワーハラスメント(パワハラ)に関する全国アンケート調査」の結果によると、過去5年間に医学部・医学科でパワハラと認定された事象が116件あったことが明らかになった。同じく5年間に附属病院で認定されたパワハラは、156件だった。同会議は、この結果を5月に開く理事会・総会に諮り、同会議としての対応策を協議する。【君塚靖】

 同会議は昨年12月、パワハラに関するアンケート調査を実施。医学部・医学科とその附属病院では、雇用形態が異なるため、それぞれに質問し、医学部長・医科大学長と病院長が回答した。パワハラの規定あるいは対応マニュアルが整備されているかどうかとの問いに対し、全国80の回答数のうち、医学部・医学科は69(86.3%)、附属病院は73(91.3%)で、それぞれ整備されていると答えた。

 厚生労働省の定義では、「業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えること」がパワハラとしているのを踏まえ、特に医師や教員の「業務の適正な範囲」についての認識を聞いたところ、医学部・医学科も附属病院のいずれも7割程度が、「一定程度までの時間外業務は適正」と回答。また1割以上が、「必要なら長時間あるいは連日の時間外業務が適正である」とするなど、業務範囲を適正かどうかで線引きする難しさも浮き彫りになった。

 アンケート結果を取りまとめた同会議の當瀬規嗣・パワハラに関するアドホック委員長(札幌医科大教授)は同日の記者会見で、「夜も昼もなく、診療や研究をするというのが、われわれの中では一般常識的なことになっている。それを若い医師などに、どの程度やってもらえるのかということになってくる。『必要なら長時間あるいは連日の時間外』というのは、受け手によってはパワハラにとらえられる可能性も出てくる」と述べた。

しかし職場におけるパワハラと言う定義をどう解釈すべきなのか微妙なところですけれども、昔ながらの「アホ馬鹿死ね」式の指導と言うものが近年改善されてきているように思えるのはパワハラ解消と言う問題意識を持ったためと言うよりも、研修システムの改変に続いて新卒研修医としていわゆるゆとり世代の大量流入が起こり始めたことの方がより直接的なきっかけであるように感じるのは自分だけでしょうか?
それはともかく、非常に興味深いのは管理職がなるべく安上がりにスタッフをこき使いたいと言う心境は理解出来るとして、当事者である医師らにおいても「一定程度までの時間外業務は適正」と言う意見が多数派を占めていた、そして決して少なくない数が「必要なら長時間あるいは連日の時間外業務が適正」と答えるなど、働かせる側にとっては何ともありがたい調査結果だと言えますよね。
この辺りは昨今話題のブラック企業問題においても「働いている当事者が望んでやっているのだから法令違反だと一律ブラック扱いはどうか」と言う意見が出るところですし、先の”80-hour rule”に関しても制定時に「若いときに限度一杯を経験しておかないでどうするんだ」式のどこかで聞いたような反対意見が続出したとも言い、また薄給激務で昔から有名な研修病院なども今も変わらず人気を博していると言う事実もあるわけです。
「日本人は何でも自己修練の場にしてしまうから」などとワーカホリックを国民性に求めようと言う人もいますけれども、結局のところある程度以上能力の高い人ほど法定労働時間等々の万人向けの規制通りに仕事をしていたのでは物足りないし、自分のキャリアを積み上げるためにももっともっと仕事を沢山したいと考えてしまうのは万国共通のことなのかなと言う気がします。
無論自分の仕事を自分で管理した上でやりたいだけ仕事をするのであればご自由にでしょうし、事実医師は管理職であるから労働時間の法的規制には引っかからないのだと言った主張を大まじめにする人も少なくなかった訳ですが、他方でそれを周囲も当然視するようになってくると冒頭の記事のようにとても労働を管理しているとは言えない、仕事に追われ振り回されている状況になってしまうのでしょう。

この問題の歴史的な変遷も非常に興味深いところがあって、例えば先日大規模な医師ストがあったお隣韓国では、研修医が「我々も低賃金で働く契約労働者だ」と不平不満を訴えると言う日本でも一昔前に見られたような声が上がっているそうですが、これまた当時の日本と同様市民からは「そんなに大変なのか」と言う声と「どうせ将来の高給が約束されているくせに」と言う声が混在しているそうで、まさに一昔前の日本ですよね。
その後日本では一方では医師の業務過多に対する市民の理解が進み様々な社会的配慮が行われるようになった、そして他方では不平不満を言っているだけでは何も変わらないと医師自らが業務過多解消に向けて逃散だ、立ち去り型サポタージュだと言った形で行動に移るようになったわけですが、その結果として従来であれば落ちぶれた医師の行き場と見なされていた療養型などの「ぬるい職場」が見直されてきてもいます。
要するに一口に医師と言っても30万人近くがいて、能力体力から家庭環境や人生の目標など様々なバリエーションがあるものを全て同じ医師と見なして扱うのは、バリバリの臨床医も研究者や医系技官も同じ医師免許所持者としてカウントする厚労省と同じように愚かしいことですし、仕事の方も職場職場で全く違うのですから本来的には適材適所で人材分布が行われれば皆がそれなりに幸せになれていたはずなのです。
ところが医者の世界では「ぬるい職場で働くなど医者として終わっているのも同じ」と言った類の妙な感覚がまかり通っていた、その結果大学医局などは嫌がる医師をなだめたりお願いするなどして「仕事が楽で給料がいい職場に行ってもらう」などと言う世間の常識に反する奇妙な事が行われてきた訳ですが、この医局人事による緩衝機能が破壊された頃からいわゆる医療崩壊と言う現象が言われ出したのは周知の通りですよね。
そしてさらに時を経て崩壊した現場で疲れ果てた医師達もようやく世間並みの常識に目覚め始め、「あれ?楽して儲かるなら割の良い職場じゃね?」と言う声が上がり始めた、そして頻発する医療訴訟のリスク回避と言う意味からも激務の急性期基幹病院から療養型等のぬるい職場に医師の自発的移動が起こってきたのが過去数年の流れだと言えそうです。
その結果急性期の施設では激務がさらに悪化し業務量自体を制約するしかないと言うかつてない考え方がようやく採用され始める一方で、かつては忌避されドロップアウト先としてしか認識されていなかった楽して儲かる職場はほぼ埋まったと言われるのが現状ですが、今後最終的には需給バランスが平衡状態に達し厳しい職場は給料が良く、ゆるい職場はそれなりと言う給与体系に再編されていくことになるのでしょうか。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2014年3月25日 (火)

噴出する生保利権 受給者ばかりが悪と言うわけでもなく

年度末と言うことであちらこちらから細々とした話も出てきていますけれども、先日は会計検査院からまあそうなんだろうなと思わされるこんな発表があったようです。

4300人重複処方=向精神薬、生活保護受給者に-検査院(2014年3月19日時事ドットコム)

 1カ月間に複数の医療機関から向精神薬を処方された生活保護受給者が約4300人いたことが19日、会計検査院の24都道府県の抽出調査で分かった。20カ所から処方を受けた人もおり、医薬品添付文書の用法用量で計算すると、3分の2が投薬限度を超える量を受け取っていたことになるという。

 受給者の医療費は原則として医療扶助で賄われ、自己負担はないが、転売目的で大量に向精神薬の処方を受けるなどの問題も出ている。検査院は生活保護の実施状況の実態把握と対策の検討を厚生労働省に求めた

生保受給者に限らずかねてこの向精神薬の大量(過剰)処方と言うものは問題視されていて、そのためもあってか処方日数が原則自由化された今の時代にあっても未だに制約が残っているわけですが、当然ながら複数医療機関を掛け持ち受診して多重処方を受けていたのでは限度も何もあったものではなく、さてこれだけあからさまな過剰処方を受け取って何をどうするつもりであるのかです。
もちろんこうした行為は生保患者に限らず一般患者でも行われていることですが、一般患者であれば20カ所も回ればその都度初診料なり再診料なりと処方箋料で相応のコストもかかる、そして何よりまともに仕事をしていればそんなに回るほど暇ではないと言うもので、どれだけ医療を利用しても支払いゼロと言う生保受給者の強みが発揮されたと言えそうですよね。
以前から生保受給者に関しては全国自治体首長の過半数、医師の7割以上が医療費自己負担を導入すべきだと考えていると言う話がありましたが、大阪などで議論されていたように生保患者の受診医療機関を原則固定化すべきだとか、あるいはかかりつけ薬局制度を導入すべきだと言った話に理がありそうだと思えるところですし、国が何故同様の対策を講じないのかと疑問にも感じます。
今回会計検査院から厚労省に対策が求められたと言うことですけれども、実はこうした問題に関しては生保受給者だけで終わる話ではなく、言ってみればその共犯にも対策を講じなければならないんじゃないかと言う記事も併せて紹介しておきましょう。

生活保護受給者:転院繰り返し 医療費過大支払い横行(2014年3月19日毎日新聞)

 生活保護受給者が病院間で不自然な転院を繰り返し、公費から初診料などが過大に支払われる事態が横行していることが、会計検査院の調査で分かった。1年間に20回近く転院する受給者もおり、検査院は厚生労働省に是正を求めた。

 検査院が、2011年度に3カ所以上の病院や診療所に入院した生活保護受給者1373人を抽出して調べたところ、約1割の132人が10回以上転院していた。生活保護受給者の医療費は公費で賄われ、転院を繰り返せば、初診料のほか、短期間入院した場合に加算される診療報酬などが医療機関に支払われる
 1年間に18回入退院した受給者のケースでは、1回の入院期間は5~49日で、計7カ所の医療機関を行き来していた。同一の医療機関に入院した場合に比べ、初診料など計約136万円が過大に支払われていた。
 また、生活保護受給者を100人以上受け入れていた医療機関が8カ所あり、特定の医療機関の間で転院を繰り返す受給者が多かったという。

 1973年の旧厚生省通知では、生活保護受給者が転院する場合、医療機関は自治体に連絡するとされているが、大半のケースで連絡がなかった
 厚労省保護課は「医療機関などへの指導を着実に行うよう、改めて自治体に周知したい」としている。【古関俊樹】

生活保護1199人、入院不要でも退院せず- 受け入れ先なく、会計検査院調べ(2014年03月20日CBニュース)

 生活保護の実施状況について会計検査院が調査したところ、2010-11年度の医療扶助受給者で、180日を超える長期入院患者のうち、少なくとも延べ1199人が、入院を必要としない状態に回復したにもかかわらず退院していないことが分かった。そのうちの過半数が、退院に至っていない理由を受け入れ先がないためとした。検査院はこれを受け、厚生労働省に対し、患者の病状把握や退院後の受け入れ先確保などのための施策を検討するよう求めた。【丸山紀一朗】

 医療扶助は、指定の医療機関における受給者の診療などの費用について行われ、医療保険の加入者を除き、原則として自己負担はない。検査院は、24都道府県の事業主体における11年度の生活保護費を主な対象に、実地検査や関係書類の確認などを行った。その結果、主治医などが入院の継続を不要と判断したものの、医療扶助を受け続けている長期入院患者が、少なくとも延べ1199人いて、そのうちの過半数が「精神及び行動の障害」に分類された。
 また、退院に至っていない人を入院期間別に見ると、5年以上入院している割合は10、11年度のいずれも5割近くを占めた。さらに、退院できていない理由を見ると、「福祉施設などへの入所が適切と考えられるが受け入れ先がない」(延べ662人)が最も多く、次いで「適切な退院先が分からない」(同133人)、「退院に当たって導入する介護・福祉サービスの調整ができていない」(同129人)、「福祉施設などに受け入れが決定しているが、日程が未定」(同119人)などと続き、退院後の受け入れ先への移行がスムーズに行われていない実態が浮き彫りになった。

■1年間で3医療機関以上に入院、1373人

 このほか、11年度中に、転院するなどして延べ3医療機関以上に入院した受給者は、少なくとも1373人いた。このうち132人は、受給者の入院が多かった8医療機関に10回以上入退院を繰り返していた。そして、8医療機関のいずれかに1回以上入院した人の中に、福祉事務所による転院の要否の判断が事後的に行われたり、転院の必要性を判断した根拠が不明とされていたりした事例があった。さらに、転院の度に、初診料や検査料など同種の診療報酬が算定されている事例も多数あった。
(略)

なかなかに解釈の微妙な話で、毎日の記事を見ていますと特定施設が生保患者を相互にやり繰りして不当に診療報酬を得ているという、いわゆる生保ビジネスの類に見えるのも事実ですし、実際にそうした側面が否めないことをやっている施設もいるのでしょうから、記事中にあるような特定施設に関しては今後厳しく監査なりで対応していただくのが筋だとは思います。
ただCBニュースの記事の前半部などを見てみますと判ります通り、そもそも生保受給者の大前提として扶養・支援してくれる親族身よりのないことが挙げられているわけですから、老健などに入れないような若年層が単独での生活が不可能な状況ともなれば現実的に病院で引き受けるしかないと言う状況もまたあるわけで、しかもこうした方々の場合そもそも退院が困難なのですから長期入院とならざるを得ませんよね。
近年一般病院においても平均在院日数の短縮が強いられていて、2ヶ月も入院していると出て行ってくれと迫られるのは当たり前になってきていますけれども、今や社会生活が困難な生保受給者を引き受ける受け皿となっていた精神科病院ですら長期入院は人権侵害だと言った表向きの理由のもと(無論本音は別にあるわけでしょうが)1年以内に退院させなさいと言われるようになっているご時世です。
当然入院が長くなるほど診療報酬も割安になって損ですから、各施設ともなるべく短期間で患者を出したいのは当然であって、やたらとあちらこちらに転院を繰り返している患者が増えてきていると言うのも生保患者に限らず社会的事情、もっと言えば厚労省の定めた診療報酬の結果やむを得ざるところもあるとは言えるでしょうね。

もちろん全例が全例そういう制度の谷間に落ちた症例ばかりではなく、グループ施設間でうまく患者をやり繰りすることでそれこそ不正な利益を得ている施設も一定数存在するのだろうし、記事に老いてもそうした施設が特定されてきていると受け取れるわけですから、そもそもそうした施設は本当に必要なのか?と言う点にまで立ち戻って考える必要もあるでしょう。
ただこの辺りは需要と供給の一致が見られるからこそと言う側面もあって、今どき空きベッドが埋まらない病院からすればどんな患者でもいいからとりあえずベッドを生めなければ赤字になってしまうと言う事情があるでしょうし、人生の全てをアルコールとパチンコにかけているような生保受給者にとっても「金が無くなったから今月末まで入院させてくれ」と言える病院があることは大いにメリットがあるのも道理です。
要するにお互いにとって無駄に入院すること・させることが得になるという利害関係の一致があることが根本原因なのであれば、それを防ぐためにはやはり抜本的な制度改革が必要であると言うことになりますけれども、少なくとも入院中は日数割りで保護費を差し引くだとか、余計なことに無駄金を使わないよう食料など現物給付を増やすと言ったことは以前から言われていながら一向に実現する気配がないのは問題ですよね。
ともかく向精神薬過剰投与の問題にしてもそうなんですが、生保受給によって明らかに得になると言うシステムを放置しているのが現状の問題であって、生保からの離脱を促進するためにも最低限の衣食住は担保するにしても、汗水垂らして働いている人がうらやむような生活を送れるような特権化は阻止しなければ社会の根本が立ちゆかないことになりかねませんね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年3月24日 (月)

医療事故調時代到来を前にしての雑感

長らく一進一退の議論が続いてきたいわゆる医療事故調問題は、昨年春の厚労省の「予期せぬ患者死亡は全例届け出」と言う厚労省方針に従って着々と法制化が進んでいるところで、いよいよ来年にもその実施が決まりそうな状況ですけれども、当然ながら根強い反対意見もあり未だに賛否両論と言ったところですよね。
しかしながらすでに話は医療崩壊が促進するのではと言った理念的な領域から、小規模施設で実際院内調査が出来るのかと言った物理的な問題へと進んできているところで、結局のところ何がどうなるかはやってみなければ判らないし、何がどうなったところで賛成、反対どちらかに国論が統一されると言った類の話でもないようには思います。

患者死亡事故の届け出、調査を義務化 遺族の不信 解消に期待/群馬(2014年3月18日東京新聞)

 患者が死亡した医療事故の第三者機関への届け出と、原因を究明する院内調査を全医療機関に義務付けることを盛り込んだ地域医療・介護総合確保推進法案を政府が二月に閣議決定した。国会で成立すれば来年十月に施行される。遺族は「ようやくここまでたどり着いた」と歓迎。医療現場も再発防止に役立つと評価するが、小規模施設の負担を懸念する声もある。

 下仁田町の歯科医師平柳利明さん(63)は「大きな前進だ」と話す。二〇〇一年、娘の明香さん=当時(12)=が東京女子医大病院で心臓手術を受けた後に亡くなった。
 利明さんの訴えで警察が捜査し、人工心肺装置の操作を担当した医師が業務上過失致死罪で起訴されたが、裁判では別の医師によるミスの可能性が高いとされ、〇九年に無罪が確定。心肺装置のトラブルを死亡原因としていた病院側の内部調査は否定された。
 娘はなぜ死んだのか。真実を知りたいと望み続けた利明さんは、十年近く翻弄(ほんろう)された歳月を振り返り「中途半端な調査は怒りを買うだけ。遺族の気持ちを癒やすのも医療の一部であり、納得できる調査や説明をしてほしい」と語った。
 医療事故訴訟を起こす遺族の多くが、説明不足など事故後の対応に不満を抱き、何があったのか知りたいと望む。医療問題弁護団の木下正一郎弁護士はそう説明した上で「調査制度が正しく機能し、遺族の疑問や不信感が解消されるようになれば訴訟になるケースは減るだろう」と指摘した。

 医療機関の受け止め方はさまざまだ。横浜市泉区の緑園こどもクリニック院長、山中龍宏医師は「事実関係を明らかにし、再発防止策を打ち出せれば同種の事案を回避できる」と調査制度を評価する。ただ「調査結果が民事訴訟などで医師の責任追及に利用されるとすれば、違和感がある」と言い添えた。
 茨城県の診療所の六十代内科医は「医療には常にリスクがついて回る。小さな診療所で調査するのは困難だ」と院内調査の負担を懸念。厚生労働省は地域の医師会や大学、学会による支援体制を構築するとしており、取り組みが注目される。

<医療事故調査> 診療行為によって患者が予期せずに死亡した場合に、医療事故として第三者機関に届け出を行うとともに、外部の専門家も入れて院内で調査する。手術の合併症などで死亡した事例は除く。第三者機関は原因の究明や、再発防止のための評価と分析を行う。遺族や医療機関の依頼があれば第三者機関が調査する。

まあしかしそれぞれにお話はごもっともなのですけれども、各人の受け取り方を見てみますと未だに制度の目的とするところについて統一された理解に至っているようには思えないところが危惧されますでしょうかね?
ともかくも医療に限らずこうした事故調問題において必ず言われることが、それが個人責任追及のための手段となってしまっては必ずうまくいかなくなる、むしろ個人に対する免責などを条件に真実を語ってもらうよう担保しなければ再発防止になど結びつかないとされていて、アメリカでは「誰でも間違える」「過誤を罰しない」ことを前提に如何に過誤を減らしていくのかという実効的対策が取られているのは周知の通りです。
その意味で結局民事訴訟などに対する証拠として用いられるのではないかと言う懸念を解消出来なかった以上、当事者それぞれが自分の責任回避のために証言をすることになるのでしょうし、さらに言えば有名な東京女子医大事件のように組織防衛のために個人に責任を押しつけるなどというあってはならない事が起こるリスクもまた、一定程度発生し得ることは覚悟しておかなければならないでしょうね。
このあたりは以前から医療訴訟に詳しい井上清成弁護士などが色々と対案を用意しているところでもありますが、何しろこの10年ほどで医療現場においても司法を含めた社会システムへの理解が進んできたところですから、どのような制度が出来たとしても現場医療従事者が各人なりにリスクを判断し適当に対処することになるのではないかと言う気はしているところです。
ただそうは言っても医療のリスクは少なければ少ないほどよいと言うことは患者にとってはもちろん医療従事者にとっても切実な願いであるのも事実で、それではこれをどう減らしていくかと言う方法論の部分で議論が分かれているわけですけれども、先日こういう調査結果が出ていたことをご存知でしょうか。

死産・新生児死亡、25%は救えた可能性 滋賀医大検証(2014年3月20日朝日新聞)

出産前後に赤ちゃんが死亡した200以上の症例を滋賀医科大学が検証し、医療機関や妊婦側が適切に対応していれば4人に1人が助かる可能性があったと判定した。厚生労働省や専門家によると、全県的な検証は珍しく、再発を防ぐ取り組みとして注目される。

 高橋健太郎・特任教授(62)らのチームが、厚労省の許可を得て保健所から医療機関名や妊娠週数などのデータを入手。滋賀県で2007~11年に届け出があった出産前後の死亡症例352件について担当医にアンケートし、死亡時の状況や思い当たる問題点をすべて答えてもらった

 これまでに233件の検証と判定を終了。うち59件(25%)は命が助かった可能性があると判定した。内訳は妊娠満22週以後の死産が38件、新生児死亡21件。

こういう「命が助かった可能性」などと言われると、じゃんけんで「そこでパーではなくグーを出していれば勝てていた可能性が3割以上ある」なんてことを言われてもなあ…と感じる人も多いんだろうと思いますが、こういうものは個別的にこの症例ではこうすれば式の検証もさることながら、どういう方法論でアプローチすればマスとしての周産期死亡の改善に結びついていくのかと言うことを検討していくべきではないかとは思いますね。
歴史的な教訓となる例で言えばかつて分娩後の母体死亡の大きな原因となっていた産褥熱と言う病気がありますが、実は助産師が分娩を担当していた大昔には産褥熱というものはほとんど見られなかったのだそうで、17世紀頃から産科医が分娩に介入するようになり様々な医療行為をする中で女性生殖器内部に余計なバイ菌を押し込んでしまう、その結果子宮内などに新たな感染症が発生するようになったと言います。
無論産科医の介入でそれまでなら大変なことになっていたお産が無事に済むようになったことからトータルで見ればよい面の方が大きかったことでしょうが、18世紀になると各地で大々的に産褥熱が発生しフランス政府が警告を発するようになるまで蔓延していた、その理由として当時産褥熱患者の死因を何とか究明しようと熱心な医師ほど死者の解剖を積極的に行っていたことも一因だったと言うのですから何とも皮肉なことです。
コッホ以前の目に見えない生物が病気を起こすという知識の亡かった時代のことで、言わばバイ菌の塊を触った手でそのまま分娩に従事するのですから「産科医に担当してもらうより助産婦に担当してもらった方が安全」などと言われてしまうのももっともなのですが、細菌学登場直前の19世紀には手洗いの有効性と言うことが世に広まるだけでもどれだけ大変だったか、現代においても改めて噛みしめてみる必要がありそうですよね。

悲しむべきことに今の時代にあっても未だ産褥熱というものは発生する場合があって、特に近年では助産院での産褥熱ということがしばしば話題になりますけれども、実際に各地から出ている搬送症例の検討では助産院で麻酔器を使って流産の処置をしただとか、不潔な器具でへその緒を切って新生児破傷風に罹患しただとか、法令違反をさておいても21世紀の水準としてどうよ?と思う事例も散見されるようです。
もちろん医療の世界もエヴィデンスだ、医療安全だ、はたまた学閥の壁だと様々にがんじがらめなところがあって、これはよいと考えられることでもなかなか一般化していかないと言う腰の重さがありますけれども、逆に言えば少なくとも今の時代きちんとエヴィデンスさえあればいずれそのやり方は広まっていくだろうし、逆に廃れてしまったやり方というのはそれなりに理由があって消えたのだと言う言い方も出来るのでしょう。
そう考えると近年何事もガイドラインがどうこうと言う時代で面倒くさいと考えてしまいがちですけれども、とりあえずこういう時にはこうするんだと言う基準点を決めておくというのはとっさの時ほど重要なことで、もちろん腕に覚えのある人間ならばガイドラインを越えたところで勝負するのは自由ですけれども、それならそれで標準治療と比べてどうなのかと言う基準は持っていなければ単に適当にやっているだけだと見なされてしまいかねません。
医療訴訟などでもまず第一に問題になるのが平均的医療水準に照らしてどうなのか?と言う点だそうですが、やはり世間ではどういうやり方が一般的なのかと言うことを知った上で、敢えてそれを踏み外すのであればあったで「何故そちらにしたのか」「本当にそちらの方がいいのか」と言うことを、相応のエヴィデンスなりもつけて説明出来るようでなければ何かあった時に通用しないと言うことですね。
そう考えるとこの症例はこうすればよかった式のツッコミは症例検討会などでさんざんにやられているところですけれども、それは一般的な対応なのか例外的な対応なのか、例外的対応ならどういう時にどういう基準でそれを選ぶべきなのかと言ったところも併せて検討しておかないと本当に有効な対策として現場にフィードバック出来ず、単なるツッコミのためだけのツッコミに終わってしまう可能性もあるのでしょうね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年3月23日 (日)

今日のぐり:「ザ・めしや 岡山奥田店」

ローマ法王が変わってからキリスト教関係の愉快なニュースが増えた気がする今日この頃ですが、先日もまたこんな記事が出ていました。

イタリアの修道女、一夜にしてスターに(2014年3月22日AFP)

【AFP=時事】カトリック教会の修道女が、一夜にしてポップスターとなる大センセーションが19日夜、起きた。

 イタリアのオーディション番組「ザ・ボイス(The Voice)」に出演したクリスティーナ・スクッチャ(Christina Scuccia)さん(25)は、黒の修道衣と十字架のネックレスをつけ、アリシア・キーズ(Alicia Keys)の「ノー・ワン(No One)」を歌った。観客からは大きな歓声が起き、審査員4人は信じられないといった表情を見せた。

 ウルスラ会(Ursuline) の修道女のスクッチャさんは、「神から与えられた才能があるからここに来ました。その才能を分かち合えればと思って」と述べた。審査員の1人のラップ歌手、J-Axさんは、「感動して涙が出た」と語った。

 スクッチャさんは、修道院から「外に出て」神の御言葉を広めなさい、と言ったフランシスコ(Francis)法王に触発されて番組に出場することにしたという。

 別の審査員が、法王庁は彼女がオーディション番組に出たことをどう思うだろうかと尋ねると、スクッチャさんは「法王からの電話を待っています! 」とジョークで返した。

ちなみにパワフルな歌声とビジュアルとのギャップが印象的なステージの様子はこちらの動画を参照いただきたいと思いますけれども、こうなると本当に法王から電話がかかって来かねないので要注意ですね(笑)。
今日は外に出て声を張り上げたスクッチャさんの偉業に敬意を表して、世界中から何とも意外性のあるもののニュースを取り上げてみることにしましょう。

NHK「きょうの料理」にいちごの酢豚が登場してネットがざわつく(2014年3月19日ねとらば)

 3月17日に放送されたNHKの長寿番組「きょうの料理」で、いちご特集が組まれ「いちごの酢豚」をはじめとしたインパクトのある料理が登場したとして話題になっています。

 それにしても、「いちごの酢豚」とは一体……。公式サイトが公開しているレシピを見ると、主な具材は本当に豚肉といちごだけ。通常の酢豚のように豚肉を揚げた後、煮詰めたバルサミコ酢としょうゆ、それにいちごを加えて混ぜるだけのようです。黒々とした肉と赤いいちごの色合いが印象的です。

 番組ではさらに「いちごとマグロのわさびあえ」「鶏肉のいちごソース」も用意。いちごフルコースを披露していました。しかし、視聴者の反応は「きょうのは強烈だった」「え、うまいの??」「やめろぉぉおぉぉぉって心が叫びをあげた」「だんだん…食べたくなってきた…かも……… 」と懐疑的なコメントが多め。「自分で作ったよー!」という猛者も今のところ確認できていません。だ、だれか挑戦してみてはいかがでしょうか。

ビジュアル的にもなかなかインパクトある料理ですが、ちなみに酢豚にしばしばパイナップルが入っているのは下ごしらえの段階で肉を柔らかくするのに使うからですけれども、さしずめイチゴの場合とろみ付けなどに効用があったりするのでしょうか?
先日以来旅客機が行方不明になりミステリーだと騒ぎになっていますが、飛行中にこんな光景だけは見たくないと言う写真が話題になっているようです。

こんなの見たら心臓が止まる…「飛行機の窓から外を覗いたら、こうなってた」という1枚(2014年3月19日らばQ)

旅客機は自動車よりも安全だと言われていますが、ひとたび事故が起きれば重大な結果を招くだけに、精神的な不安は大きいものです。
とにかく無事に目的地に着いてくれればいいと思うものですが、「フライトの最中にこんなことがあった…」と、窓から撮影された写真が話題を呼んでいました。
(略)
投稿者によると、このあと飛行機全体が揺れ、みんな縮み上がっていたとのこと。そりゃそうですよね。
海外掲示板では、これを見ていったいどの飛行機だったのかなど、いろいろ質問が出ていました。

●いったいこのあと、どれくらい飛ばなくちゃいけなかったんだい?
↑(投稿者)幸運にもそう長く飛ばずに済んだ。これはフロリダ州のオーランドからジョージア州のアトランタまでのフライトで、ちょうど中間くらいで起きた。ずっと「この飛んでいった上の部分はどこに行ったのだろうか」と想像して、「海の上だといいんだけど」と思った。
↑フロリダの北? だったら水の上だね。少なくとも重要な陸地ではなく、最悪のケースでもアルマジロの家族がひどい目に遭うくらいかな。
↑オーランドからアトランタまでなら、間に水がないじゃないか。最悪のケースはアルマジロの家族とキャンパーがひどい目に遭う。
↑いや、たっぷりあるよ。オケフェノキー・スワンプ(湿地沼)があるから。
↑ちょっと待て。進路変更して一番近くに緊急着陸せずに、飛び続けたのかい?
↑アトランタが一番近い適当な空港だったのかもだ。オーランドとアトランタの間にそれほど大きなフィールドはないんだ。特に緊急対応できるようなのはない。
↑自分はジャクソンビルに着陸されるくらいなら、死んだほうがましだ。
(ジャクソンビル (フロリダ州) - Wikipedia)
(略)
●自分だったらIKEAの本棚を作ってねじが1個余っただけで、パニック起こすよ。それが飛行機だとどんなことになってるんだと想像する。
メカニックA:「おい、ジョー、このねじはいったい何なんだ」
メカニックB:(肩をすくめて)「さぁ? きっとスペアだよ。ほら、失くしたときのためにさ」
●こういうときに、もっとスコッチを頼むんだろ。
↑「おい、禁酒するには間違った週を選んだぞ」
(略)
空の上では決して見たくない光景ですね。
いずれにせよ、無事で何よりでした。

その状況は元記事の写真一つで一目瞭然なのですが、ちなみに最新のボーイング787では窓に液晶が仕込まれていて全体操作で暗く出来たりと、こうした場合にも安心な?機体に仕上がっているそうです。
携帯電話のながら使用が危ないとはよく言われることですけれども、どのように危ないのかということを端的に示したのがこちらのお方を襲った予想外の運命でしょう。

冠水した街を電話しながら歩いていたら……まさかの展開(2014年3月18日日刊テラフォー)

トップスはピンクのシャツに、情熱的で真っ赤な色のスカート、冠水した街中よりも、自身のファッションの方が敏感のようだ。

左肩にバッグをぶらさげ左手には携帯電話。どこかの誰かと会話中のようだが、泥水の池と化した道を歩き始める女性。

一歩、また一歩と歩みを進めていくと...。

This Is How Nature Tells You To Hang Up the Phone

まあ何と言うのでしょうか、とりあえず大きな怪我はなさそうで良かったと言うべきでしょうが、それにしても教訓的な動画ではありますかね…
同じく水に絡んだ意外性ある動画ということで話題になっているのがこちらなんですが、まずは記事からご覧いただきましょう。

【衝撃動画】ベトナムの「川の渡り方」の方法が豪快で危険だと話題(2014年3月20日ロケットニュース24)

川の向こう岸に行きたい。橋があれば橋を渡るだろう。橋がなければ船に乗るだろう。船がなければ泳いで渡るという手もあるが、全身ズブ濡れになってしまうのでオススメはできない。
そんな「川渡り事情」だが、ベトナムで豪快な川の渡り方が激撮されたと話題になっている。確かにこれだったら濡れなさそう。しかし、これはかなり危険!! それでいいのかって様子はインターネット上にアップされた動画で確認できる。

・ベトナムのとある地域の通学の様子

この川渡しは、北西部ディエンビエン省のナムポー地区の通学の様子だという。ここは電気も十分に来ないほどインフラが最強レベルに整っていない地域であるようだ。目の前に広がっているのは雨や洪水で増水したかのような濁流の川。そして、川の手前で子供たちが順番を待っている。
(略)
この何ともデンジャラスな川渡し動画が公開されると、「怖すぎる!」、「橋を架けてあげて」などと、ベトナム国内外で話題となった。そしてベトナムメディアによると、この動画が、交通運輸省のディンラサング大臣の耳にも入り、なんこの川に橋が架けられることになったそうだ。動画が公開されてわずか数日のことである。
決断の早さは本当にグッジョブ! 橋は2カ月以内に完成する予定とのこと。次の雨季までには間に合う見通しだ。まさに、ひとつの動画が国をも動かした。これで子供たちも危険な思いをしないで通学できるようになるだろう。

それがどのような状況であるのかは是非とも元記事の動画を参照いただきたいと思いますけれども、正直我々も文明に毒されすぎたと言うことなのか、この発想はなかったですかね…
エレベーターもない建物の上層階に上がっていくのも時に面倒くさいと感じるものですけれども、こちら率直すぎる解決法を取ったピザ配達の動画が話題です。

3階で待つ客にピザを届けるため宅配員がとった驚きの行動(2014年3月15日ロケットニュース24)

世界には凄いテクニックを持った人がいるもので、マンションの3階の客にピザを投げて届けている宅配ピザ店員の動画が話題になっています。

ピザの箱はフリスビーに似てはいますが、厚みもあるし、内部のピザもかなりの重量。それを投げて3階に届けるテクニックは、かなりの達人じゃないとできません。

しかしこの店員、普段はちゃんと階段をのぼって届けているようです。お客さんの要望で投げたのではないかと言われています。

落ちたらピザが崩れるのは間違いないでしょう。しかし、それでも高い精度で3階に投げることができるこの店員、エンターテインメントとしても、ピザの職人としても、一流の人なのかもしれませんね。

確かに阿吽の呼吸を感じさせる連携ではあるのですが、しかしいきなりやっても成功しそうにない妙技なのは確かですよね。
最後に取り上げますのはやはりブリからの話題なのですが、まずは記事からご覧いただきましょう。

【海外:不動産】忙しい朝には最適!?(2014年12月3日日刊テラフォー)

イギリス・ケンブリッジのある大家が、キッチンの中にトイレを作るという荒業を行ったが、結局、市当局から取り壊しを命じられてしまった。

学生たちを住まわせている大家のトニー・ワイトさん(68)は、楽器を弾く学生たちのために、敷地内に別館を建てた。住居ではなく、あくまで楽器を弾くための音楽室のような別館だ。
だがそれを、寝室が3つある学生専用アパートに作り替えた。
それ自体は別に構わないのだが、元は音楽室を無理矢理住居に改造したためにスペースがなかったのか、随分とおかしな間取りになっている。トイレがキッチンのど真ん中にあるのだ。
これでは用を足す時に周りから丸見えだし、キッチンの風味豊かな香りと、トイレの臭気満載の香りがミックスされてしまって、とても料理どころではない。

これを見た市当局は、建物を取り壊すようトニーさんに命じたが、トニーさんにそのつもりはまったくない。
「キッチンは一時的なもので、トイレと隔てられた別の場所に移しました。
私は市当局の苦情が何なのかよく変わりません。とにかく、この決定にはがっかりしています。
家を空き家にするつもりはありませんから、再度、書類を提出する予定です。」
いくら今はキッチンの場所を移動したとは言え、当局が検査に訪れた時にトイレがキッチンの中にあったのは、やっぱりアウトだろう。
トニーさんの思考の中ではそうではなかったようだが、彼の思考はイマイチよく分からない…。

いやまあ、その状況は元記事の画像を参照いただければ一目瞭然なのですが、よく言えばコンパクトにまとまっていて何か劇的ビフォーアフター的な見所があるという感じですかね。
これでよしと考えた管理人氏の独創性あふれる発想にはさすが一流の紳士であると感服いたしますが、やはり敗因は書類だけではなく実演をしてみせなかった点にあるのでしょうか?

今日のぐり:「ザ・めしや 岡山奥田店」

岡山市中心部に位置するこちらのお店、最近どんどん増えてきているセルフの飯屋なのですが、後会計になっているのが少し珍しい感じでしょうか。
一般的なお総菜に加えて丼物や麺類などオーダーメニューも多いのが特徴のようで、今回は主食としてうなぎまぶしを選んでみました。

適当に取ってみたお総菜ですけれども、どこにでもある冷奴はすごく悪くもないが別に良くもない標準的な豆腐、泉州水ナス浅漬けもまあこんなものかなと言う可もなく不可もなくな味でしょうか。
うなぎまぶし御飯温玉のせをメインに選んで見ましたが、どんなものかと思っていましたらほぼうなぎ風味の炊き込み御飯と言った具合で、これはこれで安上がりに鰻っぽさが楽しめる一品かと思います。
ひじき煮のひじきはもっとシャキシャキして欲しいかなと思いますし、ラムネは昔ながらの瓶ではなくプラボトルと、個人的にもう少し色々とこだわりが見えればうれしいかったかなと言う感じですね。
味はよく言えば家庭的で、普通に言えばわざわざ出かけてきて食べたいと思うほどでは…とも思うのですが、同種他店に比較的オリジナリティーあるオーダーメニューが豊富なようなので、そういうものを楽しみにするには良い店なのかも知れません。

接遇面では会計システムによるせいもあってか、こうした店としては比較的フロアでの接客が多い方だと思いますけれども、意外に気が利く感じなのは好印象でした。
しかしこういう店が最近あちらこちらに増えていて、もちろんこういう細々したお総菜を自分で作るのが面倒な時に近所にこういうものがあれば便利なのだろうと思いますし、実際に割合にお客は入っているようで、しかも必ずしも単独客ばかりでもないようですから、一般に需要はそれなりにあるのでしょうね。
確かにその日その日の調子によって好きなものを好きなだけと言うのは便利なのでしょうけれども、見ていますと結構大人数分の持ち帰り需要もあるようなので、昔で言うところの近所のお総菜屋的な役割も果たしているのでしょうか、この界隈にも少なくないスーパーなどのお総菜コーナーとの棲み分けがどうなっているのか興味深いですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月22日 (土)

ネットリテラシーの低いマスコミがネットに接近せざるを得ない事情

ひと頃ネットとマスコミの対立的関係が話題になった頃によく言われていたこととして、「しょせんネットはマスコミの報道を元に騒いでいるだけ。一次情報を取材できないネットはいずれ限界に突き当たる」と言う意見は少なからずあって、それはそれで一応の妥当性ある見解なのかなとは感じられたものでした。
ところが近ごろではマスコミ全般に現場への直接的取材力が落ちているということでしょうか、先日から続いている一連のSTAP細胞騒動などはその典型ですけれども、いつの間にかネット上で元情報が出て騒ぎになったことを一般マスコミの方が後追いする、場合によってはネットで広まった情報をコピペレベルの編集で番組に仕上げお茶の間に流すと言うことが珍しくなくなってきているようです。
口コミレベルの噂の広まりから始まった一大ニュースなど歴史的に見ても幾らでもあるわけですから、これはこれで今の時代にあっていい方法論なのかとも思いますけれども、ネットリテラシーの低い方々が知ったような顔で引用をしていると時に思わぬ恥をかくこともあると言うニュースが先日出ていました。

ネタ動画を「ネットの病」と大真面目に紹介 騙されてしまったTBS、大いに失笑かう(2014年3月17日J-CASTニュース)

   若者の間で深刻化している「インターネット依存症」を特集した2014年3月15日の「情報7days ニュースキャスター」(TBS系)が、ネット上でネタとして有名な「キーボードクラッシャー」のYouTube動画を紹介したために、ネット上で失笑を買っている
   動画はオンラインゲームに熱中する青年が興奮のあまりPCキーボードをぶち壊してしまうという衝撃的な内容で、ネット上では以前から「ネタ動画」として広く知られているものだ。ところが番組では、これを「ネット社会が生んだ新たな病」の象徴として大真面目に取り上げてしまったのだ。

本人種明かし「僕は気が狂っているわけじゃない」

   「キーボードクラッシャー」の動画は2006年ごろ、ドイツに住む青年が「Slikk」のハンドルネームで投稿したものだ。汚い言葉を吐き、絶叫しながらオンラインゲームに没頭する姿を撮影したもので、頭に血がのぼるとキーボードを殴りつけ、最後にはキーボードを机に叩きつけ破壊してしまう。あまりの怒りぶりがネット上で話題になり、日本では「キーボードクラッシャー(KBC)」のあだ名が付けられた。
   ところが、こうした怒り任せの破壊行為はすべて演技によるものだったことが後に発覚した。Slikkはその後のブログ(現在はキャッシュでのみ閲覧可)や動画で、あの動画はユーモアを込めた「ネタ」として制作したものだと打ち明け、「僕は病気ではなく、気が狂っているわけでもない。単に演技の才能があるだけ」などと釈明している。ちなみにSlikkはキーボード破壊シリーズのほかにも、愛犬と戯れたり、ラップを披露したりといった動画も投稿していた。

「何年前の話だよ」「情弱すぎ」

   そんな懐かしのネタ投稿青年が、10年近く経ってから、日本の民放番組で勘違いされたままデビューしてしまった。15日放送の「情報7days」では、特集冒頭で和訳字幕付きのキーボードクラッシャーのYouTube動画を紹介し、
    「青年はインターネットのゲームを楽しんでいる。するとボルテージがだんだん上がり、もう自身をコントロールできない。いわゆるインターネット依存症だと思われる
とのナレーションを流した。画面左上のワイプには三雲孝江さんや齋藤孝さんら出演者の驚いた表情も映し出され、ネット依存の恐ろしさを伝えるのに効果的な役割を果たしていた。その後は女性に多いという「つながり依存」や、ネット依存が深刻化している韓国の状況、ネット依存に悩む子供のケアなどを解説していた。
   キーボードクラッシャー動画が取り上げられた時間は1分に満たないほどだったが、インターネット上ではすぐに話題になった。YouTube動画や2ちゃんねるでは番組に対する皮肉や批判的なコメントが数多く書き込まれ、

    「TBSがキーボードクラッシャーに釣られる」
    「KBCって何年前の話だよww」
    「なんという情弱
    「アホや、これ本人がやらせです、って告白してたじゃん」
    「メディアはバカだということを再認識した」

といった厳しい見方が出ている。

ネット依存症と言いますか、一昔前に職場でも本格的にIT化が進み始めた頃にこうした衝動に駆られた人は少なくないはずですし、そうした当時の時代背景を考えてもこれはそれなりに共感できるユーモア動画だったのかなと思いますけれども、いずれにしても10年前の無関係な動画を取り上げてまんまと釣られてしまったTBSの情弱ぶりが全国に晒されたと言うことになるのでしょうか。
ほんの数年ほど前にはネット上での言論が色々と盛り上がっている一方で、例えば選挙結果などを見てもネットの盛り上がりほど世論としては反映されていないじゃないかと言う意見もあり、「しょせん声が大きいだけでネット住民など圧倒的少数派に過ぎない」と言っていられた時代がありましたが、今やネットで支持を集めた無名の候補者が実際の選挙でも思いがけない大量得票をしてマスコミが解釈に追われると言う時代です。
テレビなどに対する見解の相違が実社会における不買運動などに結びつくケースを見ても、ネット上の世論が今や実社会にも相応に大きな影響を与えるようになってきたとは言えるかと思いますが、そんな中でかつては民意把握の大きな手段として用いられてきた旧世紀以来の伝統的手法にも改めて疑問の視線が投げかけられることが増えてきました。

テレビの視聴率っていつまで使うの?(2014年3月14日THE PAGE)

 最近はネットに押され、若者のテレビ離れが進んでいるともいわれていますが、テレビは依然として最大の広告媒体です。2013年のテレビ総広告費は1兆8000億円ほどありますが、ネットは増加しているとはいえまだ9000億円程度です。テレビの世界では視聴率が絶対的な影響力を持っているのですが、視聴率だけでは広告効果を計るための指標としては不十分という意見も聞かれます。そもそもテレビの視聴率とはどのようなものなのでしょうか?

 視聴率とは、テレビを所有している世帯のうち何%がその番組を見たのかを示す指標です。一般的に視聴率という言葉が使われるときには、世帯視聴率のことを指しています。これは個人視聴率ではないので、視聴率が10%という時には、国民の10人に1人が見ていると解釈することはできません。あくまで10世帯のうち1世帯が見ているという計算になります。
 視聴率の測定は、視聴率調査の専門会社が行っています。基本的には無作為に選ばれたモニター世帯に設置した機器によって、どの時間帯にどの番組を見ているかを自動的に集計します。モニターが設置される世帯は関東地区では約600世帯です。600という少ないサンプル数で正しい評価ができるのかという疑問を持つ人がいるかもしれませんが、統計学的には、算出された視聴率は95%の確率で±数%の範囲に収まっています。サンプル数を4倍にしても、精度は半分程度しか上昇しませんから、コストを考えて、この程度のサンプル数に抑えているわけです。
 もっとも数%とはいえ統計上の誤差があるのは事実です。例えば視聴率が10%だった場合には、95%の確率で7.6%から12.4%の範囲に収まっている計算になります。視聴率が10%を超えるかどうかは、テレビマンにとっては運命を左右するほどの問題ですが、実際には7.6%の場合もあれば12.4%の場合もあるわけです。広告を出すクライアントにとっても7%台と12%台ではその意味がまるで違ってきますから、統計的な誤差が持つ意味は軽視できません。さらに、従来の視聴率調査では視聴者の反応が分からない、録画の影響が考慮されない、といった問題も指摘されています。

 視聴率調査の専門会社が広告代理店やテレビ局の関係会社であることや、かつてテレビ局がモニター世帯に金品を渡す事件が発生したことなどから、視聴率調査はアテにならないと批判する人もいます。調査会社が1社しかないことや、不正を自律的に防ぐ仕組みが乏しいことなど不備はありますが、広告媒体として見た場合の問題は、やはり統計的誤差が大きい点と、視聴者の反応が分からないという部分が大きいでしょう。
 視聴率調査を行っているビデオリサーチ社は昨年、ツイッターと提携し、テレビ番組に対するツイッター上での反応を測定するサービスを開始しました。ネットとテレビは別といわれていますが、実際にネットで話題になっているテーマの多くがテレビ番組を情報源にしています。ネット上での反応を広範囲に解析するサービスが数多く登場してくれば、テレビの広告媒体としての価値が本当はどの程度あるのか、より明確になってくると考えられます。その時、非常に価格が高いといわれるテレビの広告料金は、上がっているのでしょうか?それとも下がっているのでしょうか?

以前からドラマなどでは本当に熱心な視聴者ほど録画をして後で観るため、視聴率が番組の人気度を反映していないとは言われていましたけれども、最近はネタとして、あるいは突っ込みどころを見つけるために敢えて嫌いな放送をチェックしていると言う人もいて、テレビと言う媒体が情報ソースとしても娯楽対象としても重要性が低下しているだけに様々な利用法のバリエーションが増えてきているとは言えるかと思います。
特に若い世代においてはスマホやタブレットで情報を検索しながら、あるいはSNS等でつぶやきつつテレビをながら視聴している人はもはや少数派ではなく、むしろ昔のようにテレビの前にじっと座って脇目もふらず視聴していると言う人の方が少ないんじゃないかと思いますけれども、未だにそうした昔ながらの視聴法を前提にした調査方法では実態を反映しているとは言えないのも当然ですよね。
最近では視聴率を気にする側もこうした問題点には気付いていて、例えば放送に関連したつぶやきがどれだけ流れているかを調べるだとかいったやり方で視聴率ならぬ視聴質を判断しようだとか、録画視聴やスマホ・タブレットでの視聴も調査対象にしようと言う試みもなされているようですが、こうしたことが試みられているのもテレビ局側の要望と言うよりスポンサー企業の要望と言う側面が大きいようです。
お金を出しているスポンサー企業からすれば、ながら視聴ばかりで真面目に観ている人が少ない番組に高視聴率だからと高い広告を出すのも馬鹿馬鹿しいものですし、むしろ昨今では炎上事件でスポンサー表示を取りやめなければならないと言ったケースさえあるのですから、やはり今の時代は視聴者側の生の声をきちんと聞いて好評、不評を判断しなければ仕方がない、そのためにもネットやSNSは有効活用できるということですね。

今のところは言ってみれば娯楽的な領域で用いられているわけですが、当然ながらこういうシステムが整備されるようになってくればネットでの書き込みやつぶやきを解析し世論調査的なことをやっていくと言うことも可能になる理屈で、以前からその問題点が多々指摘されてきた世論調査と言うこれまた古い古い民意把握の方法論にも一石を投じることになるのでしょうか。
そもそも世論調査などと言うものは大抵が名の知れたマスコミが主催してやっているものですから、今の時代そうしたマスコミ各社の色を知っている人々ほど調査の主体によって露骨に態度を変えているだろうとは容易に想像出来るもので、早い話が内閣支持率と言ったごくごく単純な質問だけでもそれを問いかける各社ごとに結果に大きな差が出てくると言うのはそういう事情を反映しているのだろうとも思います。
そうなると真実を追究したいジャーナリストであればいかに余計なバイアスを減らし、率直で実態に即した民意を拾い上げるための調査システム改善には大いに興味も関心もあるだろうと思うのですが、世論調査などと言うものを恣意的に運用し自説を補強するための道具として有効活用してきたマスコミの方々にとっては、自分達に都合のいいように操作がしにくくなる公明正大な方法論の導入など迷惑以外の何者でもないのかも知れませんけどね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年3月21日 (金)

今日のぐり:「韓のおしり 岡山野田店」

孫のためについつい頑張ってしまったと言えば笑い話ですが、こちらちょいとばかりシャレにならないレベルの頑張りようを示してしまったお爺ちゃんのニュースです。

高さ2メートルの「Zガンダム」模型手作り 孫喜ばせようと8カ月…関心示さず(2014年3月10日産経新聞)

 人気アニメ「機動戦士Z(ゼータ)ガンダム」に登場するモビルスーツ(ロボット)「Zガンダム」の大型木製模型を約8カ月かけて手作りした兵庫県加古川市の岡田健一さん(66)。高さ約2メートル、重さ約40キロで、水性塗料によってプラモデルのような質感を出した。「素材は軽量な加工外材を使ったが、球体部分の形成には苦労した」と振り返る。

 孫を喜ばせようと作り始めたが孫は関心を示さず、ガンダムファンの市内のJA職員に勧められJAの支店ロビーで展示。「多くの人に喜んでもらえて満足です」と笑顔を見せた。

元記事の画像を見ていただきますとどう見ても素人仕事には見えない出来映えなんですが、それでも孫には振り向いてもらえなかったと言うお爺ちゃんの落胆ぶりを思うと鼻炎が悪化してしまいそうです。
今日はあまりにあまりな仕打ちを受けてしまったお爺ちゃんを励ます意味で、世界各地からこれまたあまりに理不尽で悲しすぎると言う話題を取り上げてみましょう。

酒乱の父、長女は刺殺、鹿は薬物の売人……家庭崩壊寸前のシルバニアファミリー(2014年2月20日トゥギャッチ)

 トゥギャッチにも度々登場する「シルバニアファミリー」だが、またもやTwitter上で話題になっているようだ。

 それはマンガ家・片倉真二さんによる「大人のシルバニアファミリー」劇場だ。

 普段の明るく、楽しいシルバニア家の面影は一切ない。

 遊び方は人それぞれだが、こんな家庭はイヤだな…。

元記事の「劇場」を参照いただけるとあまりに悲惨すぎる状況は把握いただけるかと思いますが、いくら何でもこれは悲しすぎますよね…
生き物ネタ?と言うことでもう一つ取り上げてみますけれども、こちらも何故こんなことになったのか?とびっくりするようなニュースです。

「魚が群れごと凍り付いてる!」犬もびっくりなノルウェーの現象(2014年1月19日らばQ)

世界各地で記録的な大寒波に見舞われていますが、北欧の国ノルウェーでも急激な冷え込みにより、信じられない現象が起きています。
水温が急に下がったことで、魚の群れごと凍ってしまったという入り江の様子をご覧ください。

なんと恐ろしい……。
大量の魚が群れごと凍り付いています。
犬が立っていることで、入り江ごとカチカチになっていることがわかりますね。

気温は氷点下7~8度と極端な低温ではなかったものの、強烈な風が吹きつけたことで急激に凍りついたようです。
撮影者は犬の散歩中だったと言い、こんな風景は今まで見たことがないと驚いています。
魚の群れは、鳥などに追われて入り江に逃げてきたタラの一種かニシンではないかとみられ、沖へ戻る前に凍り付いてしまったのだろうとのことです。

元記事を見てみますといやもう、なんだこれはと言うびっくり画像なのですが、犬の悠然たる立ち姿がまた絶妙に無常観を醸し出しているように思われてなりません。
男にとって永遠のロマンとも言うべきものは幾つかありますけれども、こちら世の男衆に対してあまりに無情な仕打ちではないかと思われるニュースを紹介しましょう。

中国の街頭テレビでブラのCMを放送 → 乳房が露出し苦情殺到 → 男の胸だった(2014年3月4日ロケットニュース24)

広告では、より多くの人の注意をひくため、ときにドキっとするような演出がされることがある。過剰な演出には物議が巻き起こるが、先日、中国のショッピングモールで放送されたCMが問題視されている。
大型モニタで放送されていたのはブラジャーのCM。ブラを装着するシーンで、一瞬、胸が露(あらわ)になったのである! これには買い物客も大激怒!! 「低俗すぎる」、「子供が見たらどう思う!?」と苦情が殺到し、CMは放送取りやめとなってしまったという。
(略)
何がいけなかったのか。そのブラのCMの長さは約1分間だ。ブラをつけた女性が入れ代わり立代わり登場し、その商品を着用すれば、どんな人でも谷間が作れるとアピールしている。
そして約30秒のところで、突然、ババーンと胸のアップ。ブラを装着するシーンなのだが、そこで一瞬ではあるが乳房が露出してしまうのだ。

・市民が激怒「低俗すぎる!」

このCMを見た市民は激怒! 「低俗すぎる!」、「公共の場で何てものを!!」、「ここには学生だって来るのよ」、「子供が見たらどう思うかしら」など批判の声が出たそうだ。

・ブラのモデルは男だった

買い物客から一報を受けた中国メディア「華声在線」が確認したところ、CMに胸の露出シーンは確かにあったという。だが、その胸は……なんと男性の胸だったのだ!
CMでは、ブラの谷間メイク作用を強調するため男性に着用させ谷間を作ってみせていたのだが、買い物客でにぎわうモールでは、「男性でも谷間ができる!」という説明が聞こえず、多くの人が「女性の胸が露出した」と勘違いしてしまったようである。

・しかしCMは放送取りやめに

……と、実はブラをつけた男性が映っただけ、というCMだったが、ショッピングモールの管理会社は、地域コミュニティとの調整の結果、CM放送の停止に同意したという。今回は自発的に放送を取りやめたようだが、専門家によると、今回のような違法ではないケースでも、市民を不快にさせたり、悪影響を及ぼしたと認められる場合は当局より放送禁止の措置をとることができるとのことである。

もうどこから突っ込んだらいいのか…と迷うような記事でさすが中国!と言っておくしかなさそうなのですが、どれほどの男性を落胆の深淵に突き落としたのかと考えると何とも罪深いCMだったように思います。
同じく中国からこれまた何とも悲劇的でもの悲しい事件が報じられていますけれども、まずは記事からご覧いただきましょう。

【海外:中国】恐怖の通り魔事件!男性が見知らぬ男3人から尻穴にビンを突き刺される!(2013年12月18日日刊テラフォー)

見知らぬ男3人から突然、お尻の穴にビンの先を突き刺された男性が、無事に全快した。

リューさんとだけ名前が明かされている男性は、ある日、自宅へ帰ろうと、四川省徳陽市の道を歩いていた。すると3人の男たちが乗った車が近づいてきて、リューさんの横で停まり、道を尋ねてきた。
親切に道を教えようとしたリューさんは、次の瞬間意識を失い、車の後ろで膝をついた状態で目を覚ました。すぐ横には、車に乗っていた見知らぬ男たちが立っていた。
危険を感じたリューさんは当然逃げたが、男たちが追ってくる様子はなかった。
だが帰宅したリューさんは、お尻から出血していることに気が付き、急いで病院に駆け込んだ。

病院でレントゲンを撮ったところ、リューさんの肛門にはぐさりとビンの先が突き刺さり、深くまで食い込んでいた。
ビンの大きさは5㎝×7㎝で、おそらくリューさんが意識を失っている時に突き刺されたものと思われている。
現在警察は、リューさんが目撃した3人の男の行方を追っている。

ナイフを持って近づいてくる通り魔も恐ろしいが、道に迷ったふりを装って近づき、お尻にビンを突き刺すとは、これはこれで相当に恐ろしい。
3人の男たちの目的は一体なんだったのだろうか?

元記事にはそのものズバリなレントゲン画像まで添付されていますので是非ともその無慈悲な犯行の様子を想像いただきたいと思いますが、人の心はこれほどまでに荒廃しているかと思うと何ともやりきれないニュースですね。
存在自体がもの悲しいとも言われるこちらブリからのニュースですが、世界的に極めて大きな影響を与えかねない研究成果が発表されたそうです。

生まれつきの音痴、人の気持ちが分からない!?英研究(2014年3月3日人民網)

   中国の「微博(ウェイボー)」上で現在、英科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」に掲載されたある研究結果が話題になっている。これは、「音痴は一種の病気で、音痴の人のほとんどが方向音痴で、空間処理能力が低い」というもの。研究員によると、「音痴は、わずかな音程の差を見分けることができない。そのため、相手が語気によって伝える怒りや恐怖、皮肉などを聞き分けることができないため、コミュニケーションにも問題がある可能性がある」と指摘している。しかし、歌を歌っている時に音を外す可能性は誰にでもあり、音痴を「病気」と呼んでいいのだろうか?これに対する専門家の答えはなんと、「生まれつき音痴の人は、確かに人の気持ちを察するのが不得意の可能性がある」だ。武漢晩報が報じた。

   空気読めない音痴

   湖北省武漢市に住む張さんは退職後、老人大学で歌を習っている。しかし、教師によると、張さんはひどい音痴で、常に音が外れ、何度練習しても治らないのだという。それに加えて、一緒に歌を学んでいる人たちは張さんと話をするのが好きではないという。その理由は、張さんが自分の事ばかり話し、相手の顔色を見るということを知らないからだ。相手がつまらなさそうにしていても、一人で話し続け、人の会話に首を突っ込み、話の内容もまとまりのないものばかりという。

   矯正難しい感受性音痴

   では音痴にはどんな原因があるのだろう?声楽の教師である湯京飛さんは、▽感受性による音痴▽運動性による音痴---の2種類を挙げる。前者の場合、本人が音程がずれていると判断できていないため、矯正は難しい。一方、後者のほとんどは声楽の訓練を受けたことがないことが原因で、訓練を行えば比較的容易に矯正できる。
   湯さんは、「歌を歌うときはしっかりと耳で正しい音程、音階を聞き取らなければならない。音感の悪い人は、往往にしてほかの人の語調や語気を聞きとることができず、相手のメッセージを誤って受け取ってしまうことが多い。この点において、英国の同研究結果には一定の科学的根拠がある。生まれつき音痴の人は確かに人間関係を築くのが難しいだろう。声楽界には早くから同様の見方が存在していた」と指摘している。
   同市のセンター病院耳鼻喉科の袁琨・主任は、「可聴域がせまかったり、生体の運動機能に問題があったりすると音痴になりやすい。これは、生理的欠陥。前者は訓練によって改善することが難しいが、後者は正確な発声方法を学んで矯正することができる。聴力や前庭のバランス機能はいずれも内耳の主要な機能。しかし、両者の間に必然的な関係はなく、音痴と方向感覚との間にもあまり関係がない」との見方を示している。

音痴であるということでここまで言われなければならないのか…と多くの方々が絶望しかねない研究結果なのですが、想像しますに歌のうまい人にも同様に隠れた悲劇的な資質が少なからずあるのではないかと考えますが如何でしょうか?
最後に取り上げますのは同じくブリからの話題なのですが、これまた何と言う悲しいニュースなのかと悲嘆に暮れるしかありませんよね。

【海外:イギリス】スプーンは危険!?幼すぎるという理由で16歳の少年がスプーンの購入を拒否される(2014年3月16日日刊テラフォー)

イギリスのスーパーマーケット『テスコ』が、16歳の少年にティースプーンを売ることを拒否した。未成年はスプーンを買えないのだという。

リアム・ウェラン君(16)は、テスコでセルフサービスのレジで会計を済ませようとしたところ、ティースプーンを買うには18歳以上であることが条件だと言われた。
「ティースプーンをレジに通したら拒否されて、支払いができなかったんだ。それで店員が来て、年齢を聞かれたんだ。原付の免許を見せたら、18歳じゃなきゃダメだって言われた。」
「は?」
酒とたばこは18歳以上ではないと買えないのは分かるが、スプーンも18歳以上ではないと買えないとは、初耳だ。リアム君が困惑したのも、無理もない。

運悪くリアム君は一人で買い物来ていた上、スーパーが混雑していたため、誰かに助けを求めることもできず、結局スプーンを買う事はできなかった。
家でスプーンが買えなかったとリアム君から報告を受けた母イベッティさんも、頭に大量のハテナマークが浮かんだ。
「私はリアムにティースプーンを買ってくるように頼んだのです。
でも18歳以上じゃないから売ってもらえなかったと聞いた時は、ただただ信じられませんでした。あまりにも馬鹿げています。年齢を証明する原付免許もきちんと持っていたのに、16歳だからという理由でティースプーンを売らないなんて!」

この件に関してテスコは、
「セルフサービスのレジでは、いくつかの商品に対して年齢認証を設けています。レジにこの表示が出た時、従業員には、自身の判断に従って商品を販売するか否かを決めるようにさせています。
今回は、それが上手く行かなかったようで、深くお詫び申し上げます。」
としている。
スプーンがダメなら、やっぱりナイフとフォークも18歳以下は買えないだろうか…。

ちなみにブリではティースプーン以外にもジャガイモなど多種多様な品々が成人指定されているとかいないとかで、元々こうした年齢認証が厳しいのかも知れませんけれども、それにしてもスプーンでねえ…
公式には売り場の判断に任されていると言うことなんですが、レジ担当者がティースプーンを求める少年を前に何を考えたかと言うことは是非検証してみていただきたいところです。

今日のぐり:「韓のおしり 岡山野田店」

岡山市街地の一画に出来ているこちらのお店、韓国料理メインのオーダーバイキングで全国展開されているのだそうですが、何やらインパクトある店名が気になりますよね。
ちなみに韓国語で言うところのおしりは目上の方が参られるの意味だと言うのですが、今ひとつ言葉としての意味をなしていないようにも感じられるのは自分だけでしょうか?
基本的には昼のランチが人気なのだそうで、夜向けのバイキングのコースは幾つかある中で今回は欲張りコースを頼んでみましたが、メインの鍋を選んで後はオーダーバイキングで適当にと言うよくあるスタイルであるようです。

そのメインの鍋としてサムギョッサルを選んでみたのですが、要するにこれは焼肉なんですが脂を流しながら焼く鉄板は合理的で、先日お邪魔した専門店と比べてみますと焼いたものを混ぜないで食べさせるのが若干日本風と言う感じでしょうか、ともかくも出てくる鉄板が小さいので焼くのに苦労してそうですし、鍋の中で見た目のインパクトは野菜山盛りの韓国風鉄板鍋が一番かなと言う気がします。
バイキングのオーダーはいちいち店員を呼び止めて口頭で伝えるのですが、これがメニュー構成を覚え切れていないのかたどたどしいしい上にレスポンスも悪いので機械にすればと思うのですが、気になるのは店内がほとんどがら空きなのに食べている時間よりも待っている時間の方がずっと長いと言うことで、まあ本気で食べ放題を謳歌しようと言う向きにはちょっと大変なんでしょうね。
定番のデジカルビは肉野菜炒め風の料理ですが、よくあるコクウマ系の味付けと違って味にキレがなく、うまくも辛くもないと言う何とも中途半端なあんばいになっています。
韓国風唐揚げと言うヤンニョムチキンはクリスピーな衣に甘辛だれと言う定番のアレンジでまあうまいのはうまいのですが、これが韓国風かと言われると非常に良くありがちな味ではありますよね。
韓国風刺身としてホタテのフェはタレの味がイマイチですし、無国籍料理のガーリックチキンはただガーリックが効いてるだけ、海老マヨはマヨネーズソースというよりマヨネーズそのものでこれも韓国料理か?と感じます。
日本でもよくあるタコ唐揚げは半ば湿気たような食感でタコの味も感心しないんですが、唯一このスパイスの風味は面白いなと思いました。
韓国海苔巻きはもちろん日本のそれとは海苔が違うんですが、酢飯でもなく白飯で具材の味も物足りないので何ともしまりのない味に感じます。
石焼ビビンバもほぼ具材に目立った味はついていないので自分で調味料を加減するしかありませんが、テーブルに塩一つないので焼き肉用の調味料を転用してしまいました。
これに比べると明太マヨビビンバはマヨネーズや明太子の分だけ塩気もあるのですが、トッピングの海苔の味の方が目立つと言うのもなんだかなあと思います。
海鮮チヂミは一応カリッとクリスピーな仕上がりですが、ごま油の風味がもっと効いていればと感じるのと添付のタレもちょっと物足りないですね。
最後に取ったあつあつホットック&濃厚クリームチーズはクリスピーとももちもちとも言い切れない微妙な食感なんですが、中に仕込まれたソースは面白いですからこれだったら切らないで出した方がいいでしょうか、ともかく一応今日のベストの一皿と言う感じでした。

全体的にはよく言えば素材の味がそのまま楽しめる料理とも言えるのかも知れませんが、何やらどこかの国の伝説的料理を思い出さずにはいられない味加減なのは激しく好みが分かれそうですよね(ただし、ネットなどで見ますと逆に味が濃すぎたと言う声もあるようです)。
ちなみにドリンクバーのストローが炭酸水だと浮力で浮いてグラスから落ちてしまうのはご愛嬌なんでしょうが、しかし原理的に起こりえるにしても実際に見るのは珍しい現象ではあります。
設備的な問題としてはテーブルが狭い上に鍋がマストなのでほとんど料理を並べられないし、空き容器を下げないと言うより積極的に隣の空きテーブルに皿を放置していくというのもどうなのかと思うのですが、一応空席が過半数なのでこういう運用も可能とは言っても、やはりわざわざ隣のテーブルに再配置する手間をかけるよりは素直に厨房まで下げた方が見栄えは良いですよね。
オーダーバイキングとしてはわずかこれだけの客の入りでもレスポンスが悪いというのは致命的にも思えるのですが、失礼ながら出来立てだからと言ってさしてポイントが高くなりそうな調理でもなし、冷食系メニューなどはもうどこかに並べて置いてもいいのでは?とも思うのですがこだわりがあるのでしょうか。
またトイレは広さ設備は及第ですが店の内装と全く合ってない白無垢パネルってどうなんだ?と新鮮な驚きを感じましたが、ともかくそれ以上にオーダーバイキングの難しさというものを感じさせられましたね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月20日 (木)

DNRはすでに当たり前なのに尊厳死法制化をと言う不思議な現象

本日の本題に入る前の余談ですが、ご存知のように日本の医療は国民皆保険制度をとっている関係上、全国どこでも同じ公定価格での提供が大原則となっていますけれども、一方で医療費削減のかけ声によるものか直接の医療以外の部分は年々自費化される傾向にあって、入院ともなると「こんなものまで別料金を取るのか?!」とびっくりされた経験のある方は少なくないかと思います。
保険診療では何に対して幾らの報酬が支払われるかが決まっている、そして年々この報酬も切り詰められ病院としても経営が苦しくなっているわけですから、保険の対象外の領域では少しでもお金をもらっておかないと施設の維持も出来ないと言うことになりますが、幾ら自由に価格設定が出来ると言っても施設毎の価格差があまりに大きすぎるのではないか?と思わせるニュースが先日出ていました。

おむつ代、医療機関によって30倍の価格差- 民間調査、テレビカードは千円台が9割超(2014年3月14日CBニュース)

 療養の給付と直接関係がないことなどから、価格設定が医療機関に任されているサービスのうち、大人用紙おむつ代には30倍の価格差があることが、民間の調査で分かった。価格に大きなばらつきが見られるサービスがある一方で、テレビカードの価格は9割超が1000円台だった。【佐藤貴彦】

 おむつ代などの日常生活に必要なサービスの費用や予防接種などの価格は、「社会的にみて妥当適切」な範囲で医療機関が設定できる。「医療経営情報研究所」(東京都千代田区)は昨年9月、こうしたサービスの価格に関する調査票を医療機関7467施設に郵送し、581施設から回答を得た。

 それによると、「大人用紙おむつ(テープタイプ、Mサイズ)」を医療機関から購入した場合の価格は平均127.6円最も高い価格は600円で、最低の20円とは30倍の差があった。一方、テレビカード1枚当たりの価格は平均1003.2円で、回答の95.7%が1000円台だった。価格が1000円台のテレビカードで視聴できる時間は「12時間以上18時間未満」が40.4%を占めたが、「30時間以上」(2.4%)や「6時間未満」(3.1%)との回答もあった。

 回答施設がある地域ごとの平均価格を比べると、大人用紙おむつでは「関東」(159.8円)が最も高く、以下は「九州」(133.8円)、「甲信越、中部」(130.0円)などと続いた。テレビカードの価格が最も高かったのは「中国、四国」(1026.6円)だった。

 「診療録の開示基本手数料」の平均価格は2732.7円で、最高は1万5000円、最低は300円。50倍の差があるが、基本手数料とは別に「閲覧料」を取る施設があった一方、基本手数料にカルテに関する医師の説明料金を含める施設もあったという。医師の説明(30分)の価格は平均5450.2円で、最高は2万2000円、最低は2000円だった。

 「インフルエンザ予防接種(大人、1回目)」の平均価格は3332.1円で、最高は6000円、最低は953円。3000円台が60.8%を占め、2000円台と4000円台を合わせると94.8%に達した。

まあしかしあのテレビカードと言うものも確かに割高に感じるもので、あれは大多数業者が設備一式全て管理していて病院側に場所代を支払うと言うシステムですから正直病院にとっては大きな儲けになるわけでもなく、その割に「なんでこんなものにこんな高い金を取るんだ!」と評判も悪かったりで、デジタル化による買い換えを機に自前のものを導入して無料化した施設も結構ありそうですよね。
よく高いと話題になる診断書の類の費用もどれくらいが妥当なのか?と考えてみるのですが、原価としてはやはり人件費(手間賃)がほとんどで医師の時給を平均年収や法定労働時間(笑)から計算し、診断書作成に要する時間や事務方の作業コストなどを考えても、病名だけ一筆書く程度ならまだしも保険屋の診断書など手間のかかる書類ならやはり1000円やそこらでは実費にもならないことは納得いただきたいと思います。
おむつ代などは市価が幾らくらいかとちょいと調べてみましたらネット通販サイトなどでは一つ100円強程度であるようで、それからしますと平均価格はまあ妥当な範囲だと思うんですが、一つ600円よりむしろ一つ20円と言うバーゲンプライスの方が気になるもので、こういう価格を設定しますと当然患者としてはそちらで買いたくなる道理で、よく言えば病院側としては全ての患者に使い慣れた同じものを使えるメリットはあるかも知れません。
ただ実際のところこの価格で赤字にならないのか?と言う疑問はあって、何しろ病院側としては大量のおむつを仕入れ保管しておく場所とコストも余計にかかるはずですし、近年はこうした面倒を嫌ってか市場でも簡単に手に入るようなものはなるべく自前で用意してもらう(あるいは、せいぜいが院内の売店で買ってもらう)方針をとる施設の方が増えている気がしますがどうでしょうね。
逆に高い方は比較的狙いがはっきりしている場合が多くて、それでどんどん儲ける気なのかと言えば必ずしもそうではなく、むしろ予防注射などに見られるように相場無視の高値を付けているところは「うちはやりたくないのです」と言う本音の表れでもあって、大学病院などが選定療養費をどんどん値上げしていっているのと同じように患者の行動を誘導したいのだと受け取っていただいた方がいいんじゃないかと思います。

前振りはそんなところにしておいて、個々の人間はそれなりの思想信条あるいは個別の事情によってかなり突飛な行動を示す場合もありますけれども、集団としてはおおよそ背景事情によって予測されるような行動傾向を示すということは、例えば診療報酬の誘導によって医療提供の実際が変わっていくと言うこと一つをとっても理解できますよね(ちなみに、基本的に医者は頑固で自分の考えを押し通しがちな人種なのですが)。
エヴィデンスに従って誰憚ることのない正しい医療を行っているはずの医療の世界でさえそうなのですから、特に深い理由があってのことでもなく日常生活における行動の大多数を決定している一般市民の方々においてはさぞやと思うところですが、とりわけ日本人の場合は民族性なのか自分自身の考え、主張を貫くと言うよりも、周囲の顔色をうかがい時には流されながら行動を決めてしまうタイプの方が多いと言います。
そういう民族性を持つ日本という国だからこそもっと慎重であるべきだ、と言う声は特に生命倫理関係で何かしら個人の意志を反映するためのルール作りを行うと言った場合に必ずと言っていいほど出てくる意見なのですが、このところようやく法制化が進んでいきそうな気配を示しているいわゆる尊厳死法案に関しても、この「自己決定権の尊重」派vs「周囲に流されてしまう懸念」派と言う構図が見られているようです。
世界的な流れを見ても当初は例え限定的なものであれ、こうした自己決定権の担保と言う方向で推進されていくのが規定の路線だとは思うのですが、どうも見ていますと言わば勝ち組に近い自己決定件尊重派にしてもいささか話の流れが見えにくくなってきているようにも思えます。

尊厳死法案 「自分の最期は自分が」「周囲の空気で…危険」岩尾総一郎、平川克美両氏が激論(2014年3月14日産経新聞)より抜粋

 本人の意思で延命措置を受けずに最期を迎える尊厳死について、法制化の動きが進んでいる。超党派の議員連盟が「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」(通称・尊厳死法案)を用意、今国会にも提出する方針だ。法案では本人意思に基づく尊厳死では医師の責任を問わない内容となる見通し。法制化の是非について、「日本尊厳死協会」の岩尾総一郎理事長と、「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人の平川克美氏に見解を聞いた。(溝上健良)

 ≪岩尾総一郎氏≫
死ぬ権利に裏付け必要

 --法制化への動きが進んでいる

 「われわれは人生の最期は自分で決める、不治かつ末期の状態になったら無駄な延命治療はしないでほしい、という運動を進めてきた団体で、チューブにつながれて不本意な終末期を送る人がいる中で、終末期についての立法をお願いしてきた。ここへきて法案提出の機運が出てきたことは感慨深い。早く決めてほしいが、今国会での成立は難しいかもしれない。まずは広く国民の前で議論をしてほしい」

 --不本意な終末期とは

 「昔は枯れるように人が亡くなっていたものだが、今は栄養をチューブで補給され、水ぶくれするように亡くなっている人が多くみられる。ロウソクの火が消えるように人が亡くなるところに、あえて医療が介入する傾向があるのではないか。本来、自分の最期は自分で決めるべきだが『先生、お任せします』となりがちで、任された医師の側としては延命治療をせざるをえない。救急の現場でよくあることだが、本人と同居の親族が『もういいよ』と言っても、遠くに住んでいる親類が延命を求める傾向がある。いまの法案では本人の意思について規定されているが、もし家族の意思も尊重するということであれば、そこに優先順位を付けておく必要があるだろう」
(略)
 --障害者団体などでは法制化への反対意見が根強い

 「私たちは常に『不治かつ末期』になったときに、と主張している。まだ十分生きられる、末期でない人に何かするなどということは毛頭、考えていない。なお、安楽死が認められている米オレゴン州では14年に及ぶ調査が行われ、安楽死が貧困層などに広がっていないことが実証されている。『尊厳死を認めることで、弱者にどんどん適用されていく』との考えは杞憂(きゆう)だ」
(略)

岩尾氏の発言も一見するともっともなんですが、しかしチューブで栄養を入れたり機械のサポートがあればまだまだ長生き出来る(生きているということの状態の如何を問わず、ですが)場合にそれが不治かつ末期の状態と言えるのかどうかと言えば、現代医学ではそこから何年という単位で生かすことも可能な場合があるのですから末期とひとくくりするのはいささか無理があるように思います。
別な例として糖尿病など放置すれば命に関わるリスクがある疾患は幾つもありますが、しかし我々はそれらに対してきちんとコントロールをすることで何ら支障なく日常生活を送れると言うことを知っているわけで、それではこうした方々に生きるために必須の治療を継続し生かし続けることと、チューブをつないでおけば長生き出来ると言う場合との間にどういう違いがあるものか?と考え始めると難しいものがあります。
岩尾氏は「まだ十分生きられる、末期でない人に何かするなどということは毛頭、考えていない」と言っていますけれども、実際には「末期であり、十分生きられない」ような人は何をしようがしなかろうがどうせ遠からず死ぬのであって、何かをしている限りそれなりに十分生きられると言う人にとってこそこの尊厳死問題がこじれるケースが多いのだと言うことを認識しなければならないと思いますね。
こうした混乱が生じるのも尊厳死と言うものを議論する場合に寝たきりの高齢者がただただ生かされていると言ったケースと、本来まだまだ生きられるはずの若年者が何らかの不治の病で遠からず亡くなるしかないと言ったケースでの議論が入り交じってしまっているからではないかと思うのですが、岩尾氏の語り口を見ていますと果たしてどちらの場合を問題にしているのか判らず見ている側も混乱してしまうでしょう。

ちなみに前者と後者の何がどう違うのかと言えば、前者の場合本人はまず苦痛を感じることがない一方で後者の場合本人が何より苦痛に感じていると言うことですが、「そんなことはない、今や末期癌でさえ大多数の疼痛は十分コントロール出来るのだ」と言うご意見もまことにごもっともなのですけれども、そうではあっても本来将来に期するところ大きい方々がただ死んでいくしかない、そしてそんな状況を理解しているという精神的苦痛は決して無視出来ません。
他方でこうした苦痛に満ちた状況下で冷静な判断が出来るのかどうか、単に心身の苦痛を逃れるためだけに安易に死を選ぶと言うことがあるのではないかと言うこともまた反対派の論拠になるわけですが、人間誰しもその時々の状況に適応して日々刻々と変わっていく存在である以上、子供の時に夢見た通りの大人になっていないからと言ってさぞや不本意だろう?と言うが如き突っ込みも正直不毛なのではないかと言う気はします。
逆に言えば長生きすればいずれ皆平等に老いていくわけですから、前者のような高齢者のケースではあらかじめ冷静な状態で自分の最後を十分に考える時間はあるはずで、本来そうしたことをじっくり考えた上で家族や担当医ともよく意志疎通を図っておくのが筋だろうし、また医療現場においても高齢者に関しては本人の意志をかなり広めに忖度してそれなりの対応をすると言うことがすでに定着しつつあるわけです。
要するに今や尊厳死問題の障壁とは「この人を何もせず死なせてしまって本当にいいのかどうか?」と医者も迷うような若年症例(当然ながらここには小児も含むわけです)への対応であり、こうした事例においても学会レベルでのガイドラインも定められつつある中で、未だに希望通りに行っていないとするならその理由が何なのかと言うことですね。

ちなみに反対派の方では「こうしたことは法律ではなく個別の判断で行うべきだ」と主張しているようで、実際にいささか意外にも思えるかも知れませんが岩尾氏の所属する尊厳死協会の調査でも同協会会員の92%が尊厳死をしたと言っていますから、現状でも大多数の方々にとっては強い意志と関係者の理解に基づいて希望通りの最後を迎えられると言う言い方は出来るかとも思います。
逆に言えばこうした協会の会員になるほど強い意志を持った方々が、書式の整った宣言書まで用意しているにも関わらず1割近くは不本意な最後を迎えることになった理由が何なのかですが、それが岩尾氏の言うような現場の医師達が「延命的処置を中止することで後で刑事責任を追及されたりするのではないか?」と言う懸念を感じているためだとすると、何らかの公的な裏付けがない限り完全には解消出来ないでしょうね。
ただ高齢者においても同様の司法絡みの問題が発生する可能性は若年者と全く同様にありますけれども、現実問題として近年着実に何もせず自然の経過で看取ると言う選択が増えてきていることを考えた場合に、実は本当に問題なのは司法によって殺人罪で有罪になるといった判例上もほぼ無視してよい刑事責任を負うことのリスクよりも、遠くの親戚問題に代表されるような民事責任上のリスクなのではないかと言う気がします。
要するに「これならトラブルにならないだろう」と医師が確信を持てるかどうかが実際上の障壁になっているのだとすれば、患者側としては熱心な尊厳死反対派や腰の重い立法府のメンバーを説得するよりは医師に納得させた方がよほどに効率的に自己決定件を発揮出来ると言うことなのですから、それではその方法論はどのようなものなのかと言うことを考えた方がより早く確実に最大多数の最大幸福につながる気がしますね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年3月19日 (水)

ここでも○○の常識は世間の非常識?

今日はまたどうでもいいことを書いてみようと思いますけれども、手始めに今月23日に投開票が行われる大阪市長選挙に関連してちょっとした騒動が起こったのですが、これが思いがけない方向に延焼したとニュースになっています。

【大阪市長選】マック赤坂氏、橋下氏演説会で質問直前につまみ出された(2014年3月13日スポーツ報知)

 大阪都構想をめぐる対立を機にした出直し大阪市長選に立候補している、スマイル党総裁で新人のマック赤坂氏(65)が12日、大阪市内で行われた日本維新の会共同代表で前職の橋下徹氏(44)の個人演説会に“乱入”し、警察まで巻き込む事態となった。

 「事件」は演説会の後半、参加者からの質問タイムに勃発した。勢いよく手を挙げたマック氏が質問しようとした瞬間、男性が後ろからマック氏の両肩をつかんだ。「何しとるんや! 暴力や暴力!」とマック氏が叫ぶと会場は騒然。その場で自ら110番したマック氏は、維新のスタッフに外へと連れ出された。

 駆け付けた警官には「たぶん右肩を脱臼しました。力が入りません」と救急車を要請。報道陣には「刑事告訴します!」と宣言し、救急車に自ら乗り込んだ

 維新の選対スタッフによると「最初に両肩をつかんだ男性は分からない。少なくとも選対の人間ではないです」と説明。演説中、タスキをかけたりカメラに向かってポーズをするマック氏に腹を立てた参加者だった可能性もある。
(略)

マック赤坂氏負傷騒動で孫崎亨氏が日経新聞記者に苦言(2014年3月14日アメーバニュース)

 大阪市長選(3月23日投開票)に出馬している、スマイル党総裁のマック赤坂氏(65)が3月12日、日本維新の会の橋下徹前市長(44)の個人演説会に来場し、会場にいた男性に羽交い締めにされる騒動が起きた。

 マック氏は羽交い締めにされた後、自ら110番し、緊急搬送された。診察の結果、右肩を打撲する軽いけがとのこと。マック赤坂氏は3月12日に被害届を提出しており、傷害の疑いで大阪府警曽根崎署に告訴する意向だという。同じく新人で出馬した藤島利久氏も同日、同様に演説会の会場で、腕をひねられるなどして右肩関節を捻挫したとしており、告訴する意向

 この事件に元外交官の孫崎享氏はツイッターで「選挙期間中、立候補者に危害なしは民主主義の大前提」との認識を示し、各新聞紙での取り扱いに対し「こうした現象がでることが民主主義を揺るがすと言う危機感ないのでしょうか」と意見。

 またマック氏が羽交い締めにされた際の動画を確認した孫崎氏は、脱臼の可能性があるマック氏に対して日経新聞記者が「救急車を必要とする人がいるかもしれないのに救急車を呼んだことに責任感じないのか」とマック氏を非難していたことを指摘。「候補者が体を痛めつけられたことの重大性を何も考えないのか」と苦言を呈している。

大阪にしては笑えないなと言う感じですけれども、民主主義に対する危機感は大いに感じていただくのはよいとして、それと不要不急の救急車利用とは全く何の関係もない話であると言うことも理解していただければよかったかなと言う気はします。
ちなみにマック赤坂氏は「スマイルセラピー」を称し各地の老人介護施設でボランティア活動も行っているのだそうで、まんざら医療方面にも関心がないわけでもなさそうに思えるのですが、あれほど各方面で危機的だと報道されている救急の現状をご存じないと言うのであれば不勉強のそしりを免れないでしょうし、知っていてやったことであるなら仮にも人の上に立つ公人を目指す立場としてどうなのかですね。
何にしろ大阪らしく笑いを取りたいと考えていたのであればまだしもですけれども、ある人々にとっては当たり前だと思っていることが別な人々にとってはそうではないと言うことはままあって、時折そうした行き違いが思わぬトラブルの芽になりかねないと思わせるこうした記事が出ていました。

27才女性 出産時に医学生が分娩台にゾロゾロ近づき絶句する(2014年3月11日NEWSポストセブン)

 27才女性は自分の出産時にまさかの事態が…。一体どんな出来事があったのか。本人が語ってくれた。

 * * *
 大学病院の産婦人科では下半身をむき出しの内診や、分娩の真っ最中に、医大の学生たちを立ち会わせるのはよく知られた話。でも、まさかそれが私の出産のとき当たるとは、うかつにも思ってもみなかったわ。

 しかも、観光客みたいにゾロゾロと列を作って分娩台に近づいてきたのは「ひっひっふ~うん、ひっひっふ~うん」と、私がいきみ逃しに全神経を集中させていたそのとき。

「失礼しまーす」と言われても、挨拶どころじゃないっつーの。ただ、ひとりの研修生だけ、なんとなく見覚えがある気が…。

 無事出産を終えた翌日になって、はたと思い出した! あの子、そういえば、中学時代の同級生だって。

 あれから同窓会はずっと不参加よ。

この話がおもしろいなと思ったのは、医師を始め相応にキャリアを積んだ医療従事者であれば「どうして同窓会に不参加??」と話のオチに理解が及ばないところがあるのかなと言う気がするのですが、思えば今どきプライバシーなどほとんど存在しない大部屋に押し込まれ入浴もままならない生活を強いられる入院生活などと言うものも刑務所並みとも言うべきで、それはヒラリーさんも日本の医療の斜め上ぶりに驚くと言うものでしょうね。
今はずいぶんと色々な配慮がなされるようになっているのでしょうが、昔は婦人科病棟では下半身を露出した患者さん達が並んで内診の順番を待っているということなどもあったのだそうで、産科と違ってこちらは年配の方々が中心ですからいささか受け取り方も異なってくるのかも知れませんけれども、やはり何も知らない人が見れば「なんじゃそりゃ?」と感じてしまいそうな光景だろうなとは思います。
特に大学病院の場合トラブルに結びつきやすいのが記事にもありますようにいきなり学生達が乱入してくることもあると言うことで、気の利いた指導医であれば一応患者さんの同意を得たりもしておくのでしょうが、本来的に大学病院と言うものは研究と教育のための機関で治療は二の次であると言うことになっているし、実際はっきりと受付にそうした旨(もう少しマイルドな表現で、ですが)掲示されている施設もあるようです。
結果として患者さんとしてはいささか面白くない場面に遭遇する確率も高くなると言うものですけれども、別に大学病院に限った話ではなく多くの病院で研修医と言う存在が同じような行動を取っていることがあって、しかも昨今ではローテート研修必修化となった結果あからさまに素人くさい先生がぞろぞろと見学にやってくると言うことも決して珍しくはありませんよね。

患者さんの方では医者が思っている以上に細かいところまで見ているもので、とある研修医が産科研修の時に妊婦さんのエコー(無論経膣ではなく体外式ですが)をやらせてもらうことになった、ところがプローブを当てようとしたところ「え~?内科の先生がされるんですか~?」と露骨に嫌な顔をされたそうで、何故そんなことを言われたかと思ってよくよく見ると内科研修時に使っていた名札をそのまま付けていたと言います。
別に体外式のエコーなら内科医の方が慣れてるんだからいいじゃないか、などと考えてしまうのはすでに毒されていると言うべきなのでしょうか、ともかく患者の側としては「産科医に触られるのは覚悟して来たけれど他の先生にまで触られるのは心の準備が」と言うことはあるようで、このあたりの微妙な患者心理は業界ズレするほどに判りにくくなってしまうところではあるのでしょうね。
こうした場合「うちではこれがルールなんだ!」式に業界の慣習を患者に押しつけるべきなのか、それとも患者=顧客=神様と言う図式で可能な限り患者様のご意見を尊重すべきなのかについて意見が分かれそうですけれども、もちろんそれが医学的正当性があって行っていることでありその通りにやらなければ無用のリスクが高まると言ったことであれば、誰憚ることなく押し通せばいいのだと思います。
ただ日本の場合医学的正当性に関するエヴィデンスが乏しいまま長年延々と続いている妙な慣習もあって、例えばちょっと熱を出したら入浴させてはいけないなどと言う妙な「常識」が未だにまかり通っていますけれども、日本などよりはるかに在院日数が短いアメリカなどでは手術後だろうが平気でシャワーを浴びて問題なくやっている訳ですから、もしかすると単に入浴設備の不足を誤魔化す方便じゃないかと勘ぐりたくもなりますよね。
ちなみにこの「熱がある時は入浴させるな」と言う日本独自の慣習?と言うのは実はずいぶんと歴史と伝統があると言いますか、江戸時代に貝原益軒が著した「養生訓」にその旨記載があることから広まったのだと言いますから大変なものですけれども、今どき「その行為のエヴィデンスは?」と問われて「いえ、江戸時代の文献に…」などと答えようものならどのような反応が返ってくるだろうかと一度考えてみてもいいかも知れません。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2014年3月18日 (火)

死亡時画像診断(Ai)まずは小児から大々的な実施決まる

心が痛む子供の虐待報道が後を絶ちませんが、本日まずはこちらの記事から見ていただきましょう。

子供の死因をCTで究明 厚労省、春から試験実施(2014年3月16日日本経済新聞)

 親が目を離した隙に起きた不慮の事故や、原因がはっきりしない病気で亡くなった子供を対象に、厚生労働省が詳しい死因を究明する事業を始めることが、16日までに分かった。遺体をコンピューター断層撮影装置(CT)などで分析する「死亡時画像診断(Ai)」を活用し、今春から全国で試験的に実施する。
 正確な死因を特定し、医療の向上や事故の再発防止につなげるほか、虐待死の見逃しを防ぐのが狙い。厚労省は日本医師会(日医)と連携し、各地の医師に参加を呼び掛ける。

 犯罪の疑いが強い場合は司法解剖などの制度があるが、多くの遺体は解剖せず、体表面の観察や直前の病状で死因を判断している。そのため十分な調査がないまま「死因不詳」とされたり、暴行や虐待で死亡したのに病死と判断されたりするケースもある。
 Aiによる死因究明は遺体を傷つけず、比較的短時間で体内の異変を確認できる利点がある。
 厚労省によると、子供が死亡した場合、立ち会った医師がCTなどで画像を撮影。遺体の画像診断には特別な知識が必要なため、Ai学会が認定する病院・診療所や大学病院に撮影した画像を送信し、専門医が見る
 日医は小児科医や法医学者らでつくる専門委員会を設置。画像や診断結果の情報を各地から収集して分析し、Aiが有効だったケースをまとめて現場の医師に情報提供する。

 ベランダからの転落や浴室での水死など不慮の事故で亡くなる子供は後を絶たない。児童虐待の増加もあり、厚労省はAiを普及させる必要性が高いと判断した。効果を検証し、将来的には大人にも広げたい考えだ。〔共同〕

画像診断:死亡した子供を撮影 死因究明へ新年度から(2014年3月16日毎日新聞)

 子供の虐待死を見逃すな−−。死亡した子供を対象に通常は患者の診断に使う医療機器で遺体の画像データを残し、死因の究明に役立てようという取り組みが、新年度から本格化する。厚生労働省の旗振りで、全国各地の医療機関が死亡した子供全てに原則実施する。医療関係者は「虐待死の見逃し防止につながれば」と期待する。【一條優太】

 遺体の画像を撮影し、死因を探る取り組みは「死亡時画像診断(Ai)」と呼ばれ、成人の遺体では珍しくない
 死亡した子供のAiを巡っては、日本医師会の検討委員会や厚労省の研究会が過去、児童虐待や不慮の事故の防止に有効だとして例外なく実施すべきだと提言。背景には「病気であれ、事故であれ子供の死は常に異常」という考え方がある。
 各都道府県の委託でAi事業に取り組む大学病院などは、2014年度から、院内で死亡した全ての子供に、遺族から承諾を得てAiを実施。費用は厚労省と都道府県が負担する。対象年齢は15歳未満となる見込み。
 日本では幼児死亡率が他の先進国に比べて高いとされるが、明確な理由は分かっていない。子供の事故に詳しい横浜市の小児科医、山中龍宏医師(66)は「子供は死亡時の情報が少ない事例も多い。Aiで体内の情報が得られるのは利点だ」と評価。病院や児童相談所、警察などの連携が不十分な点を踏まえ、「Aiだけでは十分と言えず、情報収集・分析の体制づくりも必要だ」と話す。

 ◇増え続ける画像による死因の診断

 東京・銀座の雑居ビルにある「Ai情報センター」。約8畳のオフィスにパソコンが並び、インターネットを通じて全国から画像データが集まってくる。2009年に開設され、Aiの経験が豊富な医師12人が、他の施設で撮影された画像を診断している。
 センターで扱う件数は右肩上がりで、13年は160件。犯罪や医療事故が疑われる事例のほか、裁判所に証拠採用された画像の鑑定も請け負う。代表理事の山本正二医師(46)は「病院や警察、弁護士、保険会社のほか、死因に納得しない遺族からの依頼もあり、ニーズは高い」と語る。解剖と違って遺体を傷つけず、遺族の心理的な抵抗が少ないことも大きなメリットだ。
 国内の遺体解剖率は解剖医不足などから約2〜3%にとどまる。多くは医師が遺体を外から見るだけ。こうした現状がAiで改善すると期待され、本格的に取り組む医療施設は全国二十数カ所に増えた。警察も事件性の有無を確認するためにAiを活用する。警察庁によると、12年度に全国の警察がAiを依頼した件数は分かっているだけで5519件と、5年間で10倍だ。
 課題は残る。1件5万円程度の費用は病院や遺族が負担することも多く、Ai学会は「国が負担すべきだ」と主張する。捜査機関が依頼する場合は「捜査情報」として遺族への開示が制限されかねない。専門の医師の養成も必要だ。【一條優太】

制度的に日医が関わっていると言う点がいささかどうなのかですが、まずは子供からやってみると言うのはなかなか良い目の付け所だと思いますし、それによってシステム的な部分が確立すれば大人にも広げていくのはたやすいと言う点からも産科無過失補償と同様、まずは始めの一歩として妥当なのかなと言う気がしますがどうでしょうね?
ともかくこの死亡時画像診断(Ai)と言う話は以前にも取り上げたことがありますが、その場合の目的として何よりも医療過誤と言うこととの関わりが問われる場合が多く、それは医療に関わりのない大多数の一般的な市民にとっては死因が何だったかと言うことは正直さほど重要でもないのだろうし、仮に死因が判明したところでどんな疾患・病態かもピンと来ないだろうなとは思います。
こうした場合の「何故亡くなったのか知りたい」と言うのは亡くなるに至った病態を理解し今後の参考にしたいとか言うことではなく、ほぼ「お前達がミスして死なせたんじゃないか」と同義であると考えるべきだと思いますが、家族だけでなく場合によっては事件性の有無を確認したい警察であるとか、人手不足でなるべく解剖はしたくない病理医、法医などからも画像診断でやれるものならやって欲しいと要望があったわけです。
すなわち大人の場合はあちらこちらから要望があって行うことですからコスト負担以外に実施上の大きな問題はなさそうなんですが、今回言われているのはもちろん表向きそうした「何故亡くなったのか知りたい」と言う欲求からと言う理由もあるでしょうが、やはり記事からも見られるように本当のところは虐待の客観的証拠を見つけ出せるかどうかが問われていると言う点でいささか大人とは事情が異なると言えそうですよね。

その意味では実際に虐待をして子供を死なせた親がいた場合、果たしてこうした「白黒付ける検査」を受けることに同意するかどうかが最大の課題で、だからこその「病気であれ、事故であれ子供の死は常に異常」なのであり「例外なく実施すべき」との考え方はまことにもっともでもあるのですが、現実的に事件性が疑われるケースで強制性をどう担保すべきなのか、その場合の費用を誰が負担するのかです。
特にお金が絡んだ場合昨今ではモンスターペアレントなどと言う存在が色々と話題になるご時世でもあって、「義務教育なんだから給食費なんて払う必要ないだろう」と真顔で支払い拒否するような方が少なくないと言うのに不本意な追加検査で支払いを迫られるともなれば、ただでさえ子供の救急にかかりきりで疲れ切っているはずの医療現場にまたぞろ余計な物的心理的負担を増すことになるだろうことは想像に難くありませんよね。
こうした「全員にやるからこそ意味がある」類のものは全員にどうやってやらせるかを考えなければならないわけで、その意味ではまずAiの位置づけを明確にして受けることが義務である、あるいは受けなければ何らかのペナルティーなりがある方向に持っていく、なおかつ誰でも受けられるように少なくともその場での(実際には公費ともなれば別なところで税金が取られているわけです)支払いは無くすると言ったことが必要でしょう。
同時にお金の問題以上に難しそうなのが見るからに疑わしいケースで家族がAiを拒否したときにどうするかですが、本来的には犯罪が絡んでいる可能性もあることですから司法解剖などと同様、きちんと法的な裏付けの元にルールを定め行うのが筋と言うものでしょうが、何事も先送りしがちな日本の立法府のあり方を見ていますとこの問題に対する優先順位が高まっているようには到底思われません。

つまり厚労省の方針はどうあれ当面は拒否した家族にAiを強いる裏付けがない道理ですが、現場レベルで簡単に出来る対応としては死亡診断書を書く段階で「病死・自然死」ではなく「異状死」にチェックをつける、そして死因が判らない異状死であるからには警察なりしかるべき筋に連絡しなければならない云々として事後対応を丸投げしてしまうと言う手があるかと思います。
この場合医療機関側としては「後はその筋の人と相談で」と医療以外のどろどろした領域に深入りせずに済みますし、警察などももともとAiにはそれなりに利用実績があり慣れてもいる、そして何より事件性があるともなれば当然警察沙汰になるわけですから早期から関与していても別におかしくはないと言うことで、それなりに各方面が丸く収まる可能性がありますよね。
幸いなことに(?)今回の話には日医が制度的に関わってくるそうですが、各地区の医師会所属の先生などは日頃から検死検案などを通じて警察ともお付き合いの深い方が多いようですから、こうしたところでも病診連携でうまいこと業務分担が出来れば超多忙な小児救命救急の現場にさしたる追加負担をかけずに当面制度が回せるんじゃないかと言う気がします。
ちなみにもう一つAiの副次的な効果を言えば、こうした作業の結果として今まで以上に警察等が病院に立ち入ってくることを経験するようになるはずですが、何しろ医療訴訟や医療事故調などの絡みで警察や司法と医療とが緊張的な関係にある中で、直接の当事者ではなくいわば善意の第三者として関わり合うことの出来る機会は医療にとっても将来の全世代Ai導入に向けたよい慣らし運転にもなるかも知れませんよね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年3月17日 (月)

看護師も逃散が常態化 もはや看護業界も崩壊寸前?

しかし個人的には詰め将棋をする程度のド素人なのですが、ちょうどプロ棋士と将棋ソフトが対戦する電王戦が今年も始まっていて第一局はPC側が取ったのですけれども、前回の最終局における600台以上のPCをつないだ「GPS将棋」の圧勝劇があまりに衝撃的だったせいか、今回はクラスタ制限がかけられPC一台きりでの対局となっていることに反対する声は根強くあるようです。
その理由としてPC側に余計な制約を課すのはすでに公平な対局とは言えない、前回トッププロを含む現役プロ棋士が太刀打ち出来ず惨敗したこともあって興行的に成立するようPC側に足かせをはめる意図があるのではないか?と言ったことが挙げられていて、「もはや真剣勝負ではなくプロレスである」と言い切る人も少なくないようです。
こういう考え方の人は概念的なコンピュータ対人の勝負を見たいんだろうなと思うのですが、もともとこの種の対決は対局を通じてPC側のアルゴリズムを改善すると言う目的が本来あったそうですし、極端なことを言えば将来的にコンピュータの能力が劇的に向上するなり超並列処理なりで何百手も先まで一瞬で全検索して最善手を指せるようになったとして、それが意味があることなのかと言う気がします。
もちろんコンピューターの演算能力が高まればあるいは必勝の手筋と言うものが見つかってしまうのかも知れず、それはそれである意味将棋というゲームが終わるということですから大いに意味があることでしょうけれども、ハードウェア依存の棋力向上ではなくソフトウェアの改良進歩を通してPC技術者対プロ棋士の真剣勝負を見てみると言うのも非常に興味深いことではないかと言う気がしますけれどもね。

いきなりスレタイから全く話がずれましたけれども、前世紀末頃から様々な要因が複合した結果医療崩壊と言ったことが言われるようになり、こんな激務やっていられるか!と切れてしまった勤務医達が10年ほど前から集団で離職していくと言う、小松先生の言うところの「立ち去り型サポタージュ」あるいは俗に「逃散」とも呼ばれる行動が見られるようになったのは周知の通りですよね。
ちょうど先日はお隣韓国で全国的な医師のストが行われたという話を紹介しましたが、日本では医師会(日医)などの医療系団体がこの種の医師(特に勤務医)労働問題に無関心であった、あるいはより積極的に医師労働環境悪化に積極的に貢献してきたようにも受け取られている面があるせいか、特定の核を持たず各人が勝手に逃散する「嫌なら辞めろ」式のやり方が主流です。
基本的に医療系専門職は慢性的な超売り手市場であり、またとりわけ医師の世界では興味深いことに長年「仕事が楽で給料が良い」職場ほど人が集まらないという不思議な現象があったわけで、結果として激務が続く急性期の病院から従来的な価値観で見るところのドロップアウト先と呼ばれる職場に医師が移動していくと言う傾向が続いています。
その結果医療体制を維持出来なくなった急性期の病院でもようやく医師の労働環境改善に目を向けるようになったのですから、結果として逃散という個人的な労働環境改善を追求した行動が医師全体の労働環境をも改善し得ると言う予想外の有効性が確認されたとも言えますけれども、先日は北海道から出ていたニュースで看護師も逃散をするようになったと言う記事を紹介してみましょう。

看護師24人、今月末に一斉退職へ 北海道・浦河赤十字病院「人手不足で仕事つらい」(2014年3月12日北海道新聞)

 【浦河】浦河赤十字病院で3月末、看護師24人が一斉退職する見込みであることが分かった。退職者の多くは、同病院付属の浦河赤十字看護専門学校を卒業してすぐに就職し、奨学金返済が免除される3年間の勤務を終えた20代の若手看護師。4月に新規採用する20人では間に合わず、同病院は道内外の赤十字系列病院に計10人の応援を呼び掛けるなど、看護師の確保に頭を悩ませている。

 同病院では一昨年3月末に20人、昨年3月末にも32人の看護師が退職し、人手不足が慢性化。すでに系列病院から計28人の応援を受けている。退職者は、都市部にあり、給与や勤務条件の良い脳外科や循環器科など専門病院、出身地の病院に転職する例が多いという。

 大量退職を受け、同病院は1年目の看護師と管理職との面談を増やしたほか、昨年12月に現役看護師と看護学生の交流会を初めて開催。退職回避への努力を行ったが、昨年12月末に今春の退職希望を受け付けたところ、34人から希望があった。病院側の慰留により、このうち4人はその後退職を取り下げた。6人は退職時期を4~12月まで先延ばしすることに応じた。

 3年間勤務し、3月末で退職する20代女性は「人手不足で仕事がつらく、休みが取りにくいため、毎年多くの退職者が出る状況だった」と打ち明ける。森田優事務部長は「(奨学金の返済が免除される)3年間の勤務が終わっても、そのまま勤務してもらえる魅力ある職場にしたい」と話すが、有効な手だては見つかっていないのが実情だ。(五十地隆造)

見てみますといわゆる御礼奉公問題的な側面もあるようで、昨今医師の世界でも蔓延し始めている地域枠などもそうですが奨学金等で人の人生を縛ることが時代に合っているのかどうかも疑問ですし、それに対して実際の経験者がこうした形で明確にNOを突きつけたと言う事実を、後に続く看護学生も真剣に考えてみなければならないと言えそうですよね。
ともあれ実際にひとときにこれだけの専門職が離職したのでは現場はとても回らないだろうなと言うもので、場合によっては一時なりとも診療の縮小も考えなければ人材が減っているだけにますます残った者が激務に追われさらなる集団離職を促すという、過去にも医師の世界で何度も見かけた負のスパイラルに陥ってしまう可能性もあるかと思います。
医療系専門職として看護師もかねて人材の不足が大いに言われていて、しかもなんだかんだで(研究職などを除けば)医師免許と言う資格を活用して喰っている人が大多数の医師と比べると免許所持者の1/3が看護師として働いていない計算だとも言い、その理由としてもちろん女性が大多数であることに由来する出産、育児に伴う離職も多いですが、看護師としての仕事自体への不安・不満が理由という場合も少なくないようですね。
その不満として実際にどのようなものが挙げられているのか、こちら同じく北海道から看護師への調査結果が出ているのですが、驚くべき事にと言うべきなのか実に全体の7割が辞めたいと考えていると言うのですからこれは雇用する側としても相当な危機感を抱くべき状況ですよね。

北海道内の看護職員 7割以上「辞めたい」 激務 仮眠とれず 道医労連調査(2014年3月13日北海道新聞)

 「辞めたい」と答えた看護職員は全体の70%以上―。こんな労働実態が、北海道医療労働組合連合会(道医労連、23組合約6千人加盟)による看護職員への調査で分かった。全国的には改善傾向が見られる中、道内では職場環境の悪化を訴える声が多い。道医労連は看護職員を大幅に増やし、悪循環を断ち切るよう求めている。

 道医労連の上部団体の日本医労連がほぼ5年に1回行う全国調査の一環で、今回は2013年9~11月に行った。道内の看護職員(保健師、助産師、看護師、准看護師)の2%にあたる1556人から文書で回答を得た。
 それによると、「仕事を辞めたい」と思っている人は74・2%で、全国平均とほぼ同じだった。
 辞めたい理由(複数回答)として「人手不足で仕事がきつい」を挙げた人は52・3%で、前回09年調査より5・8ポイント増えた。
 勤務状況で、仮眠がとれるかどうか聞いたところ、「全くとれない」と「あまりとれない」で計27・1%と、ここでも前回調査より4・1ポイント増え、職場環境の悪化が浮き彫りとなった。

 道内では、仕事に「不満、悩み、ストレス」があると答えたのは66・8%で、何らかの薬を飲んでいる人は約60%。中にはわずかだが「抗うつ薬」を常用している人もいた。
 一方、「この3年間でミス・ニアミスを起こしたか」の問いに86・1%が「ある」と答えた。

しかし辞めたい人の比率が全国平均並みと言うことは全国どこでも同じような状況と考えるべきでしょうに、「看護職員を大幅に増やし」などと気安く言っているのは一体何をどうしろと言うことなのかと非常に気になりますけれども、これまた先の浦河日赤の例にも見られる通り現状では下手な理屈をこねるよりも「嫌なら辞めろ」式の対応こそが即効性をもって労働環境改善に効くと考えられるでしょうか。
ちなみに元記事に添付の表を見ていただきますと辞めたい理由として挙げられている第2位に「賃金が安い(36.6%)」が挙げられていることに注目していただきたいと思いますが、率直な言い方をすれば金を出せば1/3は思い直してくれるのならさっさと出せやと言うことなんですが、実は医療機関はどこも厳しい経営を強いられている中で、特に公立病院においては人件費が高いことが構造的赤字の原因であるとも目されています。
もともと公立病院赤字の理由として民間病院に比べて2倍にも及ぶと言う建設費の高さと、特に非医療専門職(要するに事務方)の人件費が高すぎると言うことが言われていますけれども、相対的に見ると看護師給与も民間よりもそれなりに高く、しかも年功序列でどんどん高くなる一方ですから民間でやっていけない自信のある(つまり能力的にアレな)看護師ほど決して辞めたがらないようです。
もちろん公立だから全部が全部ダメ看護師ばかりと言うわけでもないでしょうし、民間病院にしても安月給で激務に追われている現状がある以上全般的な(業務削減も含めた)待遇改善は必要なはずですが、一部なりとも(言葉は悪いですが)無駄に金を支払っている病院が余計な看護師を抱え込んだ結果全体の不足につながっているなら、こちらへの対策も必要ではないかと思いますね。
この点では国も例の悪名高き7:1看護など制度面に問題があることは承知していて、今までのように患者受け入れや医療内容で実のない名前だけの急性期病院が加算を得たいがために無駄に看護師を囲い込むことを改める方向で話が進んでいるようですけれども、医師をあれだけ強制的に配置せよ!などと言うのであれば看護師に関しても同様の議論があっておかしくないはずです。

ところで興味深いことに近年これだけ医師・看護師不足が言われるようになり、そのおかげでと言うべきかかれこれ30年も横ばいが続いていると言われてきた医師の収入もこのところ1割程度は伸びたようですけれども、看護師の方は良く言えば安定的、普通に言ってきれいに横ばいが続いていると言う状況で、国民平均よりも少し高いあたりでずっと変わらないでいるようです。
前述の通り1/3の看護師が給料が安すぎる!と言って辞めようとしているのですからもっと高くして引き留めたい、しかし医師以上に看護師は数で勝負と言うところがあって全員一律で好待遇と言うことになるとそれこそ人件費率上昇から慢性赤字一直線と言うことにもなりかねませんけれども、それでは各人それぞれの働きに応じてきちんと報いると言うことが出来ないのかどうかです。
これは別に職員間に無用の格差を設けると言う意味ばかりではなく、勤務が続けられない事情として出産や育児が大きく取り上げられることからも判るように女性スタッフが大半を占める職種だけに夜勤も込みでのフルタイム勤務ばかりでは続けられないと言う人も増えるでしょうし、またもともと交替勤務制を敷いている看護師であれば医師などよりもよほど自由な働き方を追求出来る利点があるはずですよね。
実際に昨年暮れに藤田保健衛生大学看護部が看護師勤務体系に様々なバリエーションを認め「仕事と生活の調和の推進に積極的に取り組んでいる」として顕彰されていましたけれども、例え1時間だけの勤務でもいないよりはいた方がいいだろうと考えた場合に、全てのスタッフが公平に業務を負担していると言う前提での給与体系はむしろ使い勝手が悪いように思います。
とかく医療の世界は今時珍しいほど旧態依然の労働敢行がまかり通っていて、他業界であればとっくにもっと違うやり方を採用しているのに…と言うことが幾らでもあるわけですが、時代もこれだけ変わってきているのですから医療の内容ばかりでなくその提供する主体に関してももう少しアップデートがあってもいいような気がしますね。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年3月16日 (日)

今日のぐり:「スシロー 倉敷店」

元柔道王者の石井慧氏と言えば柔道家時代から独特の個性あふれる言動でも有名でしたが、その石井氏の発言が改めて周囲を驚かせたと話題になっています。

新婚・石井慧がまさかの告白、スタジオはドン引きに!!(2014年3月3日Sports Watch)

3日放送、日本テレビ「行列のできる法律相談所」では、「話題の新婚さんが大集合!」として、昨年7月に結婚した北京五輪柔道男子金メダリストで格闘家の石井慧と歌手の林明日香が揃って出演した。

新婚生活を訊かれ、「言うことなし絶好調」と嬉しそうな顔を見せる石井は、今後の生活を「僕はアメリカベースで妻のほうは日本がベースなんですけど、今永住権を申請中でそれが取れ次第アメリカで」と説明した。

また、林が「(石井は)とても優しくて可愛らしい。普通に可愛く“あすー”って(あまえてくる)」と語ると、石井も「ハニーちゃん(って林があまえてくる)」など、ラブラブな様子をうかがわせたが、林は「すごくこだわりが強いので、最近ポケモンにはまったり、新喜劇が大好きで会話もなく新喜劇ばかり見てて、私のことは一切無視」と不満を口にする場面も――。

それでも、高校時代から10年間、林のファンだったという石井は、「10年間ファンでいて追っかけだったので、一緒に住むとその反動が出てきて・・・・・・」と切り出すと、「奥さんがお風呂に入ってる時にパンツを毎日集めてたんです」とまさかの告白。「自分のカンカンに(入れて、集めていた)」と続け、周囲のゲスト、スタジオの観覧者はドン引きし、悲鳴の声が挙がった。

後藤輝基から「(それを)どうするの?」と訊かれると「匂います」と明かした石井は、再び悲鳴を浴びると、番組レギュラーの北村晴男弁護士は「窃盗罪は本来成立するが、日本の刑法では刑を免除される、ご夫婦間では。残念ですね」と呟いた。

まあ夫婦間だから許されるかどうか微妙なところなんですが、当事者同士がそれで納得しているということであれば構わないんですかね…
今日は石井夫妻の前途に幸多かれと祈念する意味で、世界中からセーフかアウトか微妙な境界線上に位置するかなりアレな人達の話題を取り上げたいと思いますが、まずは同じく匂いネタからいってみましょう

ブラピの体臭が強烈すぎて、アンジーは「牧羊犬みたい」と迷惑顔?(2013年10月28日サイゾーウーマン)

 ハリウッドを代表するスーパーカップル、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットに不穏なウワサが流れている。地球と健康のために石鹸&デオドラント製品断ちをしたブラッドの体臭が強烈すぎて、アンジェリーナが「家族と一緒にいる時は石鹸を使いなさい」と、きつく命じたというのだ。子どもたちからも「くっさいパパ」と呼ばれ、家庭に居場所がない状態のブラッドに対して、ネット上では「見るからに臭そう」「このウワサは本当だと思える」と容赦ない意見が飛び交っている。

 若い頃のブラッドは汗さえもいい匂いがしそうな色男だったが、50歳の誕生日を目前に控えた今では加齢臭が漂っていてもおかしくないような、くたびれた印象が強くなってしまっている。その原因は、ストイックなまでに自然体を追い求めるブラッドにあるようで、今年1月には、映画『ジャッキー・コーガン』が大コケしたのは「ブラッドが顔のシワをそのまま放置しているからだ」「シワのせいで彼のキャリアは台無し」と彼の広報が怒っている、と報道された。この時、ネット上では「確かにちょっと手を入れれば、ダンディーでカッコイイ中年になるのに」という声のほかに、「ジョージ・クルーニーのように年を取るごとに渋みが増していくタイプじゃないが、イケメンだった頃の面影はかすかに残っているし、平均より上じゃないか」と同情する声が多く上がっていた。

 だが、今回の報道には、あまり同情の声は集まっていない。ブラッドが、石鹸やデオドラント製品の代わりに、りんご酢やレモンを混ぜ合わせた自作の混合物を全身にすり込んでいるため、体臭がひどいことになっており、もはやコントロール不能だと伝えられているからである。

 米大手タブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」は25日、「ブラッドは、石鹸の毒素について勉強したんだ。特に抗菌性のものについて熱心に勉強していてね。その結果、制汗剤は地球に悪いだけでなく、人間の老化現象を早めると確信したんだよ」という消息筋の話を紹介。老化を止め、若さを取り戻すためには、石鹸とデオドラント製品を断ち、りんご酢とレモン、そして水を混ぜて作ったものを使用するのが一番だと信じて実行していると伝えた。

 同紙は先日、アンジェリーナが監督第2作となる映画『Unbroken』に、ミュージシャンの雅-MIYAVI-をキャストとして抜てきしたのは、彼女が以前付き合っていたレズビアンの恋人・ジェニー清水に似ているからで、「彼は俳優としての経験がないから、これから私が個人的にみっちり指導することになるわ」とウキウキ声で伝えられたブラッドが激しく嫉妬している、と報じたばかり。今回の石鹸&デオドラント断ちは、映画の撮影のため離れ離れになっているアンジェリーナを振り向かせたいという気持ちもあって始めたことらしいのだが、子どもたちには不評で、「くっさいパパ」と呼ばれるありさま。久しぶりにアンジェリーナと香港で再会した時にも、「牧羊犬みたいな臭いがする」と眉をひそめられてしまい、「今すぐ、バブルバスに入って、全身をゴシゴシ洗いなさい」「じゃなきゃ、一緒のベッドでは寝ない。あなたはソファで寝てちょうだい」と突き放されてしまったのだという。
(略)
 数年前、映画『イングロリアス・バスターズ』で共演したイーライ・ロスから、「ブラッドはシャワーを浴びる時間がない時、乳幼児用おしりふき“ベビーワイプ”で脇の下を拭くんだ」と暴露され、世間を驚かせたブラッド。ベビーワイプ一筋でいけばよかったのにという声も聞こえてきそうだが、子どもたちが成長した今、手の届くところにおしりふきがなく、暇に飽かせて石鹸についての知識をかじった結果、こんなことになってしまったのかもしれない。アンジェリーナに嫌がられながらも石鹸&デオドラント断ちを続ける可能性は低く、尻に敷かれっぱなしだと伝えられている彼に同情したくもなるが、ファンであっても臭いブラッドのニオイは嗅ぎたくないだろうから、これも仕方のないことなのかもしれない。

最近この加齢臭と言う文言が男に最大ダメージを与える言葉の一つではないかと言われていますけれども、しかしこういうのは自業自得と言うべきなんでしょうか、これはまあアウトでよろしいかと思いますね。
石井氏もその身を置く格闘技の世界では臭いと言うことが時に武器にもなるとも言いますが、こちらの匂いなどは確かに強烈すぎて反則の懸念なしとはしないようです。

格闘技の試合“オナラ”で決着、技の応酬の中で顔へ放屁され戦意喪失。(2014年3月12日ナリナリドットコム)

日本の柔道から発展し、グレイシー一族の活躍などで世界にその名が広まったブラジリアン柔術。絞め技や関節技の豊富さで、見る者をも楽しませてくれるのが大きな魅力の1つとなっているが、先日米国で開かれた大会で、思わぬ“飛び道具”によって相手がギブアップに追い込まれた珍決着の試合があったそうで、その様子を紹介した動画が米国で話題を呼んでいる。

この動画は、3月9日付でYouTubeに投稿された「Newaza Apparel - FARTED IN MY FACE (Fartoplata)」(http://www.youtube.com/watch?v=03_YdfsOXO0)。投稿者や米FOXスポーツの説明によると、動画は3月8日にラスベガスで開かれたNAGA(北米グラップリング協会)という団体主催のトーナメント大会で撮影されたものだという。

動画は登場する選手2人が互いに膝を付き、技を仕掛けようと応酬している場面からスタート。しかし間もなく、下から仕掛けた白いシャツの選手が相手選手の右腕に足を絡めると、すぐに相手がタップをしてギブアップしてしまう。実は腕に足を絡めた後、相手の背中へと回り込み肩関節を決める「オモプラッタ」という技を狙っていた様子の白シャツの選手。ところが黒シャツの相手選手は、腕の決まり方も緩そうな段階でギブアップした上に、直後に嘔吐してしまったのだ。

なぜ彼はギブアップしてしまったのか、その理由は「オレの顔に屁をかけやがった」。決着後にレフェリーへ発した黒シャツ選手の言葉に、撮影者の周辺からも笑い声が聞こえる。動画でその瞬間の音は分からないが、白シャツの選手は相手の腕を取る直前、相手選手の体調を一気に崩すほどの臭いがする屁を発した様子。これで一刻も早くその場を離れたくなった黒シャツの選手は、嘔吐するほど気分が悪くなり、戦意を喪失してしまったようだ。

その後、しばらくその場を動けない黒シャツの選手は、レフェリーが持ってきた紙タオルをもらい、自らの汚物を掃除。負けた側としては到底納得のいく試合ぶりではなかっただろうが、技術や体力だけでなく、おならの臭いに打ち勝つくらいの精神力をも、格闘技の選手には必要なのかもしれない。

その詳細は元記事の動画を参照いただきたいと思いますけれども、ギブアップはともかく吐くほどの臭さとは一体どれほどのものなのでしょうか…
ここからは確実にこれは黒と言う話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずは比較的理解しやすい?こちらの方からいってみましょう。

【米国】お尻を突き出し、性器をしごきながら郵便受けまで歩いた男(2014年3月7日News On 6)

裸で自慰行為をしながら郵便受けまで歩いたとしてオクラホマシティの68歳男が逮捕されました。男の様子は子供達に目撃されていました。

事件は水曜日の午後2時ごろに起こりました。目撃者によると男は「お尻を突き出し、ペニスをしごきながら少年らに見せ付けるよう家から出てきた」とのことです。男の様子を目撃した6~12歳の少年とその母親らが警察に通報しました。

駆けつけた警官に対し男は「性犯罪者リストに登録されている」と明かしたものの、「失礼な警官だ。何も話したくない。」とその他の事は何も語らなかったそうです。

男は公然わいせつ等、3つの罪で逮捕されました。

まあそれはどう見ても逮捕されるだろうと言うものなんですが、しかしこういうのはどのような倒錯的なナニをアレする行為なのでしょうか、もちろん一発レッドカードですよね。
人間その道に関してはずいぶんと幅広いようですが、同じくアメリカからこれまた相当なものだと言うニュースが出ています。

【米国】隣人らの停止も聞かず…白昼堂々、犬と性行為をした男を逮捕(2014年3月6日Daily News)

隣人らの止める声を無視して犬と性行為を続けた男が逮捕されました。

フロリダのバーナード・マルソネク容疑者(57歳)は火曜日の昼ごろ、隣人が見ている前でピットブル犬と性行為を始めたとの事です。

通報を受け駆けつけた警察がみたものは、隣人らによって囲まれている中、犬と性行為を続ける男の姿でした。「怒鳴り声もあったが男は無視していた。」と目撃者は言います。

男は動物虐待容疑の他、銃器の所持などの容疑で逮捕されたとの事です。

いやその状況で制止するとはアメ人の勇気もハンパねえと思うのですが、ちなみにピットブルと言う犬種はもともと闘犬用と言うだけに非常にどう猛で、アメリカでは犬による死亡事故の6割を占めるのだそうで、まあ色々な意味でチャレンジャーですよね。
最後に取り上げますのはチャレンジなどと言うレベルを通り越してもはや生きる伝説と化した人物の話題です。

まさにレジェンド?ホットパイとの性行為をツイッターで公開した少年が話題に(2014年3月3日Foodbeast)

ピザと性行為をした男がツイッターで有名になっていますが、そのわずか数日後、今度は少年が「ホットパイ」と性行為をする様子を自画撮りしたとして”伝説”になっています。

少年はシナモン風味のホットパイと性行為をする様子を撮影し、ツイッター上に投稿しました。
動画は注目を集めたとの事ですが、「利用規則」違反だとしてすぐに削除されたとの事です。

少年は「避妊具をつけるべきだった。熱かった。」と語っていたとの事です。

いやまあ、そういう問題ではないだろうと思うのですけれども、それにしても何かしらの主義主張なりがあって事に及んだのかどうかですね。
それにしても世界各地から様々な変…もとい、特殊な方々を見るにつけ、石井氏くらいであればまあ奥様も笑って許してもいいんじゃないかと言う気がしてくるから不思議です。

今日のぐり:「スシロー 倉敷店」

いわゆる百円系回転寿司の中でもネタが良いと人気なのがスシローなんだそうですが、この倉敷店も周辺地域に競合店も少なくないはずですが大変な繁盛ぶりですよね。
しかし待ち時間の間にお客さんの様子を見ていて思ったのですが、寿司屋に一人で入ることには何ら違和感がないのにこういう回転に一人で入っているのは何か違和感を覚えるのはどういうことなんでしょうね。

それはともかく例によって同行者とシェアしながらおすすめや季節ネタを中心に食べて見ましたが、シマアジは普通にアジの味と言う感じなんですが、もうちょっと時間を置いて出してもよさそうにも思いました。
ブリトロはまあブリらしい味なんですが無理に一貫でネタばかりおおきくするより、シャリとのバランスを考慮してはどうかと言う気がします。
揚げ物を載せたタラフライガーリック醤油はなんでもマヨネーズの風潮はどうかなんですが、こういうネタは回転らしくていい具合で今日のベストに推しますね。
厚切り焼きサバはわりと焼きサバっぽい感じが出てるんですが、それだけに酢飯よりも熱い飯に合わせたくなる味ですね。
炙りマグロ西洋ワサビ乗せはマグロは大したことはないんですが、こういう調味料で食わせる工夫はありだなと感じる反面、ワサビの風味が抜けてるのは惜しいですね。
塩だれびん長マグロ腹身のマグロの味もやはり同様ですが、この塩だれは意外にいける気がします。
炙り焼き鮭ハラスは回転安定の鮭ネタと言いたいところですが妙に生臭く、天然南マグロ叩き身は巻物ではなく握りを海苔で巻いてあるのですが、やはりマグロの水っぽい味が気になりますね。
焼き豚ネギまみれは見た目通り味が単調かなと言うところで、もう一工夫してラーメンライスっぽくとんこつ醤油系のジェルを加えてみてはどうかとも思います。
サイドメニューではシーザーサラダは何と無く最近のお気に入りで取ってみたのですが、考えて見るとこういうものでも食べないとほとんど野菜の摂取がないんですね。
あさりたっぷりの味噌汁は汁自体は害のない味なんですがアサリの味が抜けすぎなのと、妙にジャリジャリ砂を噛むのがむしろ今時珍しく何なんだろうなと思いました。
締めの出し巻き卵は握りではなく単品で頼んでみましたが、一応伝統メニューと言う割にはいまいち締まりのない味で、仕上がりも店舗ごとにかなりバラツキがあるのか食感が妙にスポンジーなのが気になりました。

設備面ではトイレなども質量ともそれなりに整っているのですが、こういう行列待ちする時間帯だとやや容量不足を感じるのと、繁忙期にはしばしばオーダー受付ははストップするし流れても来ないしで、ノウハウのあるスシローでもこうなるのに一般のオーダーバイキングでは大変だなと改めて思います。
接遇面ではもちろんシステム的にもほぼ放置なのはいいとして、見ていますといかにも慣れないバイトレベルのミスはそれなりにある様子ですし、それよりタッチパネルの感度が妙に悪いのが気にもなるしストレスも貯まりますね。
しかしまあ、このところ百円系も原価がかさんで値上げを検討しているそうですけれども、大勢で行く機会も多いだけに同一価格を死守するよりも価格帯にもある程度幅を持たせておいた方がかえって顧客満足度が高くなりそうな気もします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月15日 (土)

何でも検索一発で知れるネットの落とし穴

しかしレスリングの吉田選手の父上は自動車道を走行中にくも膜下出血を発症して急死されたと言い、報道を見ながらよく大事故にならなかったなと思っていたのですが、ガードレールにこすりながらも車はきちんと路肩に寄せられセレクターはPに入れていたのだそうで、状況を考えるとなかなか出来ないことだと思いますね。
今日も吉田選手は試合に出場されるそうで、正直何もこんな時に無理しなくてもいいんじゃないかと思ったのですけれども、こうした父上に育てられただけに余人にはうかがい知れないものがあるのでしょう、ともかくも気負わず自然体でやっていただきたいと願っています。

さて、このところの爆発的なスマホの普及もあってネットやSNSがもはや完全にあって当たり前の存在となったせいでしょうか、ひと頃あれだけ言われていたユビキタスなんて言葉は逆に使われなくなってきている気がしますけれども、手元でちょいちょいと操作するだけで何でもあっと言う間に出来てしまうというのは前世紀には想像も出来なかった時代になったものですよね。
ただそれも良い側面ばかりと言うわけでもないのであって、いわゆる馬鹿発見器騒動などは今に至るも沈静化する兆しがありませんし、先日も国内トップレベルの大学を出た医師が息子が無事系列の学校に合格しました!と正規の合格発表前に呟いていたと話題になっていたくらいで、どうもいわゆる知性と言うものとは別次元でネットリテラシーの問題は考えなければならないのかなと言う気がします。
個人として時代に対応していく努力を怠らないのはもちろんですが、社会としてもこういう時代に対応する途上にあるのかなと感じさせられる事件が散見されていて、例えば先日も「知られて欲しくないことまで誰にでも知られてしまうのは困る」と言う事例が紛争化したと記事になっていました。

『食べログ』掲載は「営業妨害」か「表現の自由」か…“秘密の隠れ家バー”怒りの提訴、異例の法廷闘争(2014年3月13日産経新聞)

 膨大な数の飲食店の中から、希望にぴったりな一軒を手軽に探せるグルメ情報サイト「食べログ」。料理の感想など利用者の声が掲載され、店の実態が分かると評判の口コミサイトで、アクセス数は1カ月に5千万件以上に上る。そんな超人気サイトからの店舗情報削除などを求め、大阪市内のバーが大阪地裁に民事訴訟を起こした。このバーのコンセプトは「秘密の隠れ家」。一見してバーとは分からない外観と、非日常的な店内とのギャップが売り物だ。バー側は「掲載され秘密性の演出が台無しになった」と訴え、食べログ側は「表現の自由」などと争う姿勢を示す。飲食店にとって宣伝にもなるはずの人気サイトへの掲載。ただ、掲載を敬遠する店も少なからずあるようだ。

「開けるな」の扉

 3月上旬の夜、大阪市内の路地にあるビル。看板などは見当たらず、外からは何の建物かはまったく分からない。鍵のかかった鉄扉の横にあるインターホンを押し、カメラに向かって紹介者と名前を告げると、「どうぞ」という声とともに開錠された。
 急な階段を上がった先にはもう1枚の扉。「開けるな」という札が多数掲げられ、異様な雰囲気を醸し出す。少し躊躇しながらもドアを開けると、バーカウンターやソファなどが置かれ、間接照明に包まれたスペースが広がった。カウンターでは、常連客らしき数人が店員と談笑していた。後から入店した客らも、店員やほかの客と気軽に話しながら、ビールやカクテルを楽しんでいる。
 バーが営業を始めたのは約4年前。経営者の男性の知り合いや、そこから紹介を受けた人たちで連日遅くまでにぎわっている
 「外観と室内のギャップ、隠れ家のような雰囲気を楽しんでもらいたい」と物件選びから丹念にイメージを作り上げ、「事前にネットで情報を知ってから来てもらうと、演出の意味がない」として、客に口コミサイトへの投稿をしないようにも呼びかけていた
 ところが、平成24年11月ごろ、来店したとみられる人が食べログにバーの写真や感想を投稿。常連客らからは、雰囲気が損なわれることを懸念する声も寄せられた。
 そこで、昨年9月、食べログを運営する「カカクコム」(東京)に、営業方針を伝えた上で削除を要求。しかし、「表現の自由」を理由に応じてもらえなかったため、昨年12月に提訴に踏み切った。
 原告側は「お客さんに悪意はない」と考え、投稿自体を問題視しているわけではない。ただ、「膨大な利用者が容易に検索できる食べログに掲載され続けることは影響が大きい。演出が事前に知られてしまうと、来店の際の驚きや喜びはなく、台無しになる」と訴えている。

「やらせ」や「掲載拒否」も

 食べログが開設されたのは17年。飲食店の所在地や営業時間、価格帯といった基本情報に加え、料理や接客の感想、写真など客からの投稿、5点満点の評価も載っている。
 現在は全国約76万店を掲載。「さまざまな情報が見られるので助かる」と好評で、宴会や接待、デートなど用途に合わせた店探しに利用する人は多い。
 ただ、過去には「掲載拒否」や「やらせ」をめぐる問題も起きている
 22年には、佐賀市内の飲食店経営者が、カカクコムを相手取り、掲載情報の削除などを求める訴えを佐賀地裁に起こした。
 経営者側は、店の外観や料理の写真などが更新されず、現状と異なる内容が掲載されており、「利用者に誤解を与え、営業を妨害された」などと主張。最終的にカカクコム側が情報を削除した。
 昨年5月には、札幌市内の飲食店経営者が、「事実と違う内容を投稿された」としてカカクコムに情報削除などを求めて札幌地裁に提訴。経営者側は「おいしくない」「料理が出てくるのが遅い」などと投稿され、客が激減したなどと主張している。
 また、店側の一方的なPRではなく、客の声が反映される特性を逆手に取り、好意的な口コミの投稿やランキング順位の上昇を請け負う見返りに、飲食店から金を受け取る“やらせ業者”の存在が24年1月に発覚。実際は客の入りが良くない飲食店が「人気店」となる恐れが表面化した。

「ネットだけでは伝わらない」

 口コミサイトは、運営実績を重ね、投稿情報の厚みが増すほどに信頼性が高まる。その点で、10年近くの歴史があり、国内最大級の利用者を抱える食べログは、店探しをする側にとっては魅力的なサイトだ。「○○は△点もついていた」「××は点が低いからやめておこう」という会話もよく聞かれる。
 大阪市内の飲食店で働く30代の男性は「多くの人が参考にしているサイトなので、店を広く知ってもらうには有効だと思う」と食べログを評価する。
 この男性が勤務する店も食べログに掲載されているが、「実際にどれだけのお客さんが見て来店してくれたかは分からない」と打ち明ける。それでも、「ネット情報だけでは、店のすべては伝わらない。店を気に入って何度も通ってくれるお客さんが、ほかの人にも紹介することで、にぎわいにつながっていくのがうれしい」と話す。
 一方、「宣伝効果はあるかもしれないが、好みに合わなかっただけで悪く書かれる恐れもある」と話すのは、大阪市北区でバーを経営する女性(34)。
 自身の店は、グルメサイトに掲載しないようにしている。「自分が良い店だなと思っても、口コミの評価が低いときもあるし、その逆もある。こうしたネット情報に左右されず店に来てもらいたい」という考えを持つ。「信用のあるお得意さんを大切にしたいから」との気持ちもあるという。
(略)

食べ物ネタとなれば当「ぐり研」としても放置は出来ませんけれども、今回紛争化した大阪のケースの場合極めて特殊な状況であったことも事実で、直ちに一般化すると言うのも少し無理があるようにも思いますけれども、人間誰しも自分の仕事が自己評価よりも低く評価されていれば気分は悪いだろうし、明らかに間違った情報が出回っているとなれば訂正なり削除なり求めたい気分にもなるでしょうね。
この辺りはひと頃のカルテ開示騒動などと同様に情報は誰のものなのか?と言う問題でもあって、実際の口コミを書いているのは利用者(顧客)でありそれを管理しているのは運営会社である中で、書かれる対象である店舗側にどこまでその内容や掲載の可否について口出しする権利があるか難しいところですが、少なくともはっきりと掲載を拒否している店舗に関してはそれに応えてもいいんじゃないかなと言う気はします。
まあ今や口コミサイトが一番沢山店舗情報を網羅していると言ってもいいわけですし、一見さんにとっては何かしら情報がないことにはそこにお店があることすら知ることが出来ないわけですから全否定もしにくいところで、例えば営業時間やどんな料理を出す店なのかと言った基本情報は掲載させてもらうとして、その先の写真や口コミ評価は認可制のようにすると言うやり方の方が利用者としてはありがたいようには思いますけれどもね。
そもそも気心の知れた友人知人に「良い店だよ」と教えてもらって行った店でも当たりだと感じることはそうそうないわけですから、こうした見ず知らずの他人のつけた点数だけを頼りに店選びをするのも馬鹿馬鹿しい話だなとも思うのですが、逆にこうした口コミ評価の高い低いで味まで違って感じられるものなのかどうか?と言う疑問もあって、まあ結局はお金を出している当の本人が幸せならそれでいいことなのかも知れません。
ともかくもこうした訴訟沙汰にまでなると今の時代、騒ぎになること自体もまた情報の拡散を促進するわけで、それにどう対処するかによって良い意味での宣伝にもなれば悪い意味でのネガキャンにもなり得ると言う恐さがありますが、そうした点からすると昨今頻発するこの種の「ネットの暴虐」に対する切り返しとしてなかなか面白いなと思ったのが先日出ていたこちらの記事です。

【コスメ「LUSH」激おこ】amazonが何度言ってもパチもん売るのをやめてくんないから商品に「幹部の実名」つけてやったぜ(2014年2月20日Pouch)

日本にも多くの店舗を持つイギリス発のコスメティックブランド「LUSH」。バスボムやシャワージェルなどのバス用品やボディケア用品、皆さんの中にも愛用している人は多いのでは?
そんなLUSH、新たにイギリスamazonの幹部の名前をつけた商品ラインを売り出すのだそうです。その名も「クリストファー・ノース」シリーズ。なぜ人の名前がつけられることに? しかも、amazon幹部って!?
そこにはLUSHのイギリスamazonに対するものすごい怒りと仕返しが込められていたのです。

実はイギリスamazonのサイトでは、これまでLUSHの類似品が数多く売られていたんだとか。類似品というと聞こえはいいけど、要するにパチもん。LUSHはamazonに商品を提供していないにもかかわらず、「LUSH」と検索すると同じように見える商品が検索結果に表示されるという状況に。これでは消費者は間違えて買ってしまうやんけ……!!
そこで、なんとかしてくれないかとLUSH側がamazonに申し入れすることなんと17回! しかしことごとく拒まれ、最終的には最高裁でまで争うなんてことに。近日やっと「LUSHの名前で類似品を検索できるべきではない」という判決が出たそうですが、Amazonは静観の構え
怒りおさまらぬLUSHはイギリスamazonの幹部、クリストファー・ノース氏の名前を冠したシリーズを売り出すことにした、ということだそうな。「自分の名前を勝手に使われる気持ち悪さを理解していただこう」とのことで、実際にこれを伝え聞いたamazonのノース氏は激怒したのだとか。
このシリーズの商品、シャワージェルや消臭剤、足の除毛剤などの販売が予定されてるんですが、キャッチコピーに「Kindle」や「amazonプライム」「最近の履歴」といったワードが散りばめられている……ちょっとちょっと、悪ノリしすぎー! ここまで来たらもう絶対楽しんでるでしょ!

ちなみに記者がイギリスamazonのサイトで「LUSH」と検索したところ、いまだにバスボムなどのグッズがズラリ。LUSHの商品にめっちゃ似てるけど、これ違うの!? これは間違えてもしゃーないわ!
なんだかお互い、大人げないっちゃ大人気ないような気がするLUSH VS イギリスamazonの対立。皆さんはどう思う? 日本のamazonのサイトでは何事もないかのごとく本物のLUSH製品が売られているのも不思議なところです。

ま、こういうのもブリ一流の紳士的対応と言うのかどうかなんですが、単にパチモノを本物のように扱うとはケシカラン!と大騒ぎするだけでは裁判に勝とうが負けようがどうしても企業イメージにも影響しそうなところ、こういうやり方をすると何やら気の利いた笑い話に昇華できると言うものですよね。
口コミサイトの例で言いますと、例えば予想外に点数が低く悪評紛々たるお店などはむしろ店長自ら0点をつけ「当店ではこんなに糞まずい料理を最低のサービスで提供しております」なんてやってみた方が「いったいどれくらい糞まずいのか話の種に覗いてみてやろう」なんて顧客が増えてくるのかも知れませんが、試しにどこかのお店でやってみないものでしょうか?
いずれにしても以前にも書きました通り、まともなネットリテラシーを持ち合わせている人ならこうした口コミサイトにやらせ的書き込みが横行していると言うことは十分理解していることですし、逆に言えばネットの書き込みを全て真実だと思い込んでそれ右だ、次は左だと踊らされてばかりの顧客と言うものは言ってみれば、幾ら数は増えてもしょせん一過性で消えていくだけの顧客であるとも言えるかと思います。
以前にクーポン共同購入サイトのトラブルの際にも見られたことですが、ネットを利用して顧客を増やしたつもりが捌ききれないほど一度に顧客が殺到して対応仕切れず「あの店は最低!」と悪評ばかりが広まってしまった、しかもそういう顧客はすぐに次の店に移ってしまって全く固定客増加にはつながらなかったと言った話を聞くに付け、お店の側も一時の声に右往左往せず地道に精進することが一番大事なんじゃないでしょうか。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年3月14日 (金)

やはり地雷か?!心筋炎症例で賠償判決出る

医療の世界には「その症例に出会ってしまった時点で高い確率で紛争化するリスクを覚悟しなければならない」と言う意味で「地雷」と呼ばれる疾患・病態が幾つかありますけれども、その中でもとりわけ踏みやすいものの一つがこちらの疾患ではないか?と改めて思わされる判決が先日出ていました。

中学生死亡は誤診と6千万円賠償 長崎地裁、病院側に命じる(2014年3月11日47ニュース)

 長崎県新上五島町の上五島病院で2010年、入院中の女子中学生=当時(13)=が死亡したのは誤診が原因として、両親が約9千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、長崎地裁は11日、誤診を認め、運営する県病院企業団に計約6455万円の支払いを命じた

 担当医は腸炎と診断したが、実際は急性心筋炎だった。井田宏裁判長は「重度の心筋炎を疑い、治療が可能な医療機関へ転送していれば救命できた。転送義務に違反した」と判断。過失はないとする病院側の主張を退けた。

 判決によると中学生は10年9月、頭痛や吐き気で救急外来を受診。病院は処置をしたが症状は改善せず、3日後に死亡。(共同通信)

誤診の中1女子死亡、長崎県病院企業団に賠償命令(2014年3月12日読売新聞)

 長崎県新上五島町の上五島病院で2010年9月、中学1年の女子生徒(当時13歳)の容体が急変し死亡したのは、医師の誤診で適切な処置が行われなかったためだとして、女子生徒の両親が、病院を運営する県病院企業団(長崎市)を相手取り、約9025万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が11日、長崎地裁であった。井田宏裁判長は誤診を認め、同企業団に約6455万円の支払いを命じた。同企業団は県と県内の5市1町で構成している。

 判決によると、女子生徒は吐き気や頭痛を訴えて同病院を受診。感染性腸炎と診断され入院したが、3日後に死亡した。病理解剖で、死因は「腸炎ではなく急性心筋炎と推察される」との結果が出ていた。

 井田裁判長は「血液検査の結果から重症の急性心筋炎を疑わなければならなかった」などと医師の誤診を認め、急性心筋炎の処置を出来る病院へ転院させる義務があったとした。

 同企業団は「判決文を見ていないため、コメントできない」としている。

離島から転院させず少女死亡 長崎の公立病院に賠償命令(2014年3月12日朝日新聞)

 長崎県の離島、新上五島町の上五島病院で2010年、入院中の少女(当時13)が死亡したのは、医師が他の医療機関に転院させなかったことが原因だとして、長崎地裁(井田宏裁判長)は11日、少女の両親に約6400万円の損害賠償を支払うよう、病院側に命じる判決を言い渡した。
(略)
 判決によると、医師は血液検査などから、少女がウイルス性肝炎の疑いがあると診断し、転院の必要性について考えていなかった。しかし判決は、血液検査などから急性心筋炎を疑うことができたと指摘。より高度な機器で治療できる医療機関に転院させる必要があったと判断した。
(略)

わずか13歳にしてお亡くなりになった女子生徒の御冥福を祈るしかありませんけれども、最も早い冒頭の共同の記事では「重度の心筋炎を疑い、治療が可能な医療機関へ転送していれば救命できた」との裁判長の判断が示される一方で、他紙による続報では救命可能性については記載されず単に転院義務違反だけを問う形になっていることに留意ください。
判決の詳細がわかっていない現段階では何とも言い難いのですが、三日で亡くなるような心筋炎を「治療が可能な医療機関へ転送していれば救命出来た」と簡単に断ずるのもどうなのかで、こんな判断をされては転院先を探そうにも受け入れ施設も「100%救命できなければ損害賠償か!」と亡くなった際のリスクを考え引き受けに躊躇してしまいそうですね。
それにしてもこの心筋炎と言うもの、子供から老人まで誰にでも起こりえる上に重症のものは非常に早い経過で死に至る可能性もかなり高い、そして直接的に有効な治療法がないと言うことで当直医などにとっては重症例に当たらないようにお祈りしたくなる病気の一つですけれども、恐ろしいことに初期症状が一般的な風邪によく似ていて多くは見過ごされやすいと言う特徴があります。
ちょうど先日もこんな記事が出ていたのですけれども、咳が続いて肋軟骨が痛むなどと言うことはごく日常的に見られるだけに「この前こんな記事が出ていたんだけど実は自分も」と外来に大勢押しかけられても現場の先生方も困るというものでしょうし、実際のところはそれと診断が付かずに見過ごされている軽症の心筋炎もかなりあるんじゃないかと思いますね。

「水を飲んだときだけみぞおちのあたりがしみる→食道ガン」―内科医が教える「恐ろしい病気のサイン」とは?(2014年3月3日アメーバニュース)

(略)
ケース7.風邪のせきで胸が痛い、と思っていたら……急性心筋炎だった(44歳/女性)

心筋炎とは、心臓を動かしている筋肉(心筋)にウイルスが感染して炎症を起こす病気です。最悪の場合は心不全を起こし、死に至るケースもあります。

子どもから高齢者まで、誰でもかかる可能性があります。息を大きく吸ったときに胸の痛みを強く感じたら要注意です。

このような症状に少しでも心当たりがあるときは、早めに医師に相談しましょう」と泉岡医師。放っておくと危険な大病のサインは、想像以上に多種多様であることに驚きます。○○だろう、と自己診断することが最も危険なのかもしれません。

心筋炎が怖いと言うのは診断が付きにくいと言った臨床的な扱いの難しさに加えて、やはりあらゆる年齢層に起こりえると言うことにあるんじゃないかと思いますけれども、統計的データはありませんが高齢者が心筋炎で死んで訴訟沙汰になるケースよりも子供の死亡例で紛争化したケースの方が妙に目立つのも、「元気だった子供が急に心不全で亡くなる」と言う現象が医師も含めて多くの人にとって完全に想定外だからなのでしょう。
その意味で「新・小児科医のつぶやき」さんが「新宮心筋炎訴訟」と呼ばれる有名な紛争化事例を詳しく解説してくださっていることはありがたいことですけれども、特に門外漢の当直医にとっては高齢者ならともかく風邪症状で担ぎ込まれてきた小児にいきなり心不全を疑って検査をすると言うのは、それが当直時間帯に多くの施設で可能なのかどうかも含めてなかなかにハードルが高そうに思えます。
実は今回の訴訟に関しても提訴された時点で取り上げていらっしゃるわけですが、前述の記事と併せて解読する限りでは2010年9月13日早朝に同院を受診しそのまま(経過観察目的で?)入院、そして三日後には亡くなっていると言うことで、週初めでもあり常勤小児科医も2名いたようですから仮に門外漢の当直医が拾ったとしても、少なくとも日勤帯以降で小児科医が全く診ていなかったとは考えにくいでしょう。
当時の記事を見ても臨床的には心筋炎を全く疑ってもいなかったようで剖検によってようやく診断されたらしいのですが、ここでも疑わなければ見つからない致命的な疾患としての心筋炎の恐さが表れていますし、常勤の小児科医がいて命に関わるような重症になっても診断がつけられるわけではないと言う現実も知っておかなければならないように思います。

実際にこうした地雷症例に当たった場合にどう対応すべきなのかと考えるのですが、もちろん心不全症状がある場合は年齢に関わらずそちらをチェックし場合によっては即座に専門医に送るのは当然として、紛争化するような症例であってもほとんど心疾患を疑わないような段階でどこまでルーチンで心筋炎除外の鑑別を行っていくべきなのかと言うと、いわゆる感冒症状を呈する患者の数を考えるとなかなか悩ましいものがありますよね。
前述の新宮心筋炎訴訟などもそうした臨床現場の悩ましさを考えず?当たり前に心臓を精査すべきだったと言っている(ように見える)からこそ「神鑑定」などと揶揄されているわけですが、紛争化するケースとしてはほぼ死亡例でしょうし、その場合どこかの時点で入院にはなっているでしょうから、とりあえず入院時のルーチンとして症状の如何に関わらず心原性酵素や心電図くらいはチェックしておいて損はなさそうに思います。
心筋炎ではありませんが高齢者なども「まさかこの症状で心筋梗塞とは!」と言ったことがままあるだけに、「患者さんが「胃が痛くて…」と言っていても心電図くらいは必ずチェックしろ」は今や当直医にとってもマストだと思いますけれども、もう一つ重要な点としてやはり後になって誤診だ、藪だと言われるリスクを分散する意味でも、少しでも自信のない患者は一人では診ないで必ず他の医師にもコンサルトすると言うのは地味に重要なんだと思いますね。
その点で今回の離島のようなケースではそう簡単にコンサルトする相手もいない可能性があるわけで、その場合「当院で入院させるなら責任を負えるのはここまで」「もし実際の病態が想定を超えていたら診断もつけられないまま死ぬかも知れません」と言うラインをきっちりと最初に提示した上で、亡くなっては困る若年者や患者家族が少しでも不安や不満を感じている場合は即転院と言う対応もJBM的には十分考えられそうです。
ただまあ、末端医療機関の全部が全部そうした対応をした結果送られる先の大病院では今まで以上に多忙を極めベッドの調整も付かないと言うことになるでしょうから、お金のかかる急性期のベッドを減らそうと言う国策が推進されつつある中でいつでもどんな検査・処置でも出来るわけでもない末端の臨床現場はどうやって我が身を守っていくべきなのか、なかなか難しい時代になってきたと言えそうですね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年3月13日 (木)

お隣韓国で大規模医師スト勃発

つい先日の3月10日にお隣韓国で医師協会主導による全国的な医療スト(集団休診)が行われたのですが、それがどうやら予定よりもずいぶんと小規模なものに留まったようです。
その際に取られた政府によるスト阻止の方法論というものがなかなか興味深いなと思ったのですが、まずはこちらの記事から見ていただきましょう。

医師協会が「スト」 政府の医療政策に反発=韓国(2014年3月10日聯合ニュース)

【ソウル聯合ニュース】大韓医師協会は10日、政府の医療政策に反発し、同日午前から1日間の集団休診に突入した。
 休診は、救急室、集中治療室(ICU)などを除く大学病院などの研修医や街の開業医らを中心に行われる。大規模な集団休診は、医薬分業に反対し休診が行われた2000年以来となる。

 同協会は昨年12月に遠隔医療導入や医療の営利化など政府の医療政策に反発し、集団休診を決議。今月1日に集団休診の是非を問う会員の投票により実施が決まった。
 協会側は「政府が強行しようとする遠隔医療導入や医療営利化政策に反対する。これ以上間違った制度や健康保険制度を放置することはできない」と集団休診の背景について説明した。

 同日は患者数が多い月曜日のため、集団休診による患者の不便が予想される。政府は被害を最小限にとどめるため保健所をはじめとする全国の公共医療機関の診療時間を延長するなど非常医療態勢を敷いた。
 協会側は同日の集団休診後、11~23日に「週5日、週40時間勤務」の順法診療と順法勤務を行う形で闘争を続け、24日から6日間の集団休診を実施する計画だ。

「スト」突入の医師協会に業務開始命令=韓国政府(2014年3月10日朝鮮日報)

【ソウル聯合ニュース】韓国政府の医療政策に反発し大韓医師協会が10日午前から1日間の集団休診に突入したことに対し、保健福祉部関係者は「休診している医療機関を確認次第、業務開始命令を出す」との方針を明らかにした。

 医療法59条では医療機関が正当な理由なく集団で休診し多大な支障が生じることが懸念される場合、保健福祉部長官や地方自治体の首長は業務開始命令を出せると規定している。

 業務開始命令に従わない医師に対しては11日に行政処分事前予告状を送り、21日までに業務停止処分を下す方針。意図的な違法休診が明らかな場合は行政処分だけでなく刑事告発も検討するという。
(略)

韓国医師会のスト低調 政権が抑え込み(2014年3月11日産経新聞)

 韓国の医師でつくる大韓医師協会は10日、朴槿恵政権が掲げる遠隔医療推進の方針などに反対し、事実上のストライキに当たる「集団休診」を行った。だが、政府が同調した医師には罰則を科すと警告したため、保健福祉省の集計で、休診した医院は全体の29%、総合病院や大学病院で集団休診に同調した医師も一部にとどまった

 朴大統領は同日「国民に被害を与える行動の責任を必ず問う」と述べ、厳しい処分を予告。医師協会は今月下旬にも集団休診を呼び掛けているが、政権の強硬姿勢で抑え込まれそうだ。朴氏は政策への反対に厳しく対応する政権運営を続けている。(共同)

そもそも何故こんな騒動になったのかですが、韓国では77年から公的医療保証制度が始まったわけですが、もともと企業が従業員サービスの一環として安価な(当然、給付水準も低い)民間保険を用意していたこともあって、公的医療保障は低負担低給付な内容(医療費全体での公費負担割合が約50%。日本は80%超)に留まっていたわけです。
ところが2000年以降に社会保障全般の充実の中で給付水準の改善が図られ適正負担適正給付に改まってきた、その結果医療費が急増し財政負担が増す(とは言え、未だに日本など諸外国と比べて総医療費はかなり低いようですが)中で様々な医療費抑制政策が取られるようになり、例えば2012年には入院医療費の包括払い制導入に反対して医師協会主導で手術拒否を行うなど抗争が本格化してきたわけです。
医療保険制度が導入され給付水準も改善されれば誰しも気軽に医療を受けられるようになり、日本でもそうであったように当然医療職の仕事量は急増するわけですが、もともと韓国は主要国中でも医師数が最低水準(人口千人あたり2.1人。日本は同2.2人)であり医師不足傾向が顕著であった、しかも総医療費ではGDP比で日本の半分程度と強い抑制がかかっていますから、要するに「仕事は激増したのに給料は増えない」状態ですよね。

どのくらい仕事が増えたかと言えば1977年には国民の入院日数・外来日数が0.1日・0.7日であったものが、2009年にはそれぞれ1.9日・16.1日になったと言いますからざっと20倍ですが、その間の医師数や医療機関の増加はおよそ4倍強程度ですから単純計算で仕事量は5倍!となると、それは余程に心の広い医師でもなければ「この状況で報酬支払いまでケチるか!」と言いたくもなるでしょうね。
今回のストに関して表向きは国民世論の支持がある医療営利化反対を旗印として掲げていると言え、本音のところは診療報酬引き上げを狙っているのでは?と言う批判は各方面から出ているようですが(これに対して医師協側は「点数のことなど口にしたこともない」と言っているそうです)、諸外国と比べてまだまだ医療費が少ないことは事実ですから、あまり強引な医療費抑制政策にも無理があるのかなと言う気はするでしょうか。
医師のストと言えばドイツが有名ですけれども、あちらは元々医師の給与が例外的に安く医師の国外脱出が続いている中であくまで労働者の権利として賃上げ要求が行われているもののようで、国民も「それは当然誰にでも認められた権利だよね」と当たり前のように見ていると言う点でいささか方向性が違っていて、この辺りはとりあえず本音と建て前を使い分けたがるのは日本のみならず東アジア文化圏共通なのか?とも思えます。
ちなみに今回のストに続いて週40時間労働と15分の診察時間の実現を求めて2週間の遵法闘争(要するに、法定労働時間の厳守)に入る予定だそうですが、日本での例を考えてみるとこちらの方がより明確なエヴィデンス付きで効果的な勝負が出来るのではと言う気がしますね。

それはさておき、こうしたニュースを見ると「韓国では医師にはスト権すら認められないのか?!」と思わず考えてしまいそうなのですが、よく見てみますと記事によれば「医療機関が」正当な理由なく集団で休診した場合処罰の対象となるとも読めますので、それならば医師らが集団で休職し結果として医療機関が休診せざるを得なくなった場合は処罰の対象とならないのか?などと抜け道の存在も考えてしまいますよね。
日本では別に制度的に医師のストが禁止されていると言う訳でもないでしょうが、実際問題およそ行われることがないのは一つには我慢強い国民性(医師の場合むしろマ○レベルかも知れませんが)だと言うこと、そしてもう一つは医師会などにしてもそうですが、こうまで大々的に全国動員をかけられるほどの組織力、影響力を持っている組織がないと言う点で、このあたりはかねて「医師にも労組を!」と言う声がある所以でもありますよね。
ただ現実的に見ますと医療崩壊などと言われ始めた頃から医師の労働環境改善の必要性が言われ始めた中で、実は逃散のような手段こそが労働環境改善に一番有効なのではないか?と言うことが実例として明らかにされてきたわけで、実際に逃散→医療崩壊→待遇大幅改善と言うコースをたどった例はこの頃から全国各地で相次いでいるわけです。
そう考えると日本でも仮に何らかの団体が声をかけて大規模ストを打てる状況となったとしても、その結果「助かるはずの命が助からなかった!どうしてくれる!」などと言われるリスクも考えればあまりメリットもないのかなとも思えるところで、とりあえず現時点では未だにもって「嫌なら辞めろ」がFAと言うことになるのでしょうか。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年3月12日 (水)

在宅訪問診療料の大幅減額が波紋

少し前に高齢者紹介ビジネスとも呼ぶべきものが流行していると話題になったことがありましたが、何故そうした商売が成立するかと言えば在宅患者の訪問診療に対して非常に高い診療報酬を設定したからに他ならないわけですよね。
国としても幾ら在宅医療推進を国策として掲げた手前のこととは言えさすがにやり過ぎたと反省があったのでしょうか、今度の診療報酬改定でこの部分がばっさりカットされることになりそうだと話題になっています。

大幅減算中止を、同一建物への在宅医療で- 保団連が厚労相などに要請書(2014年3月10日CBニュース)

 2014年度診療報酬改定で同一建物居住者への在宅患者訪問診療料などが引き下げられることを受け、全国保険医団体連合会(保団連)は10日、田村憲久厚生労働相らに対し、減算実施の中止を要請する文書を送付した。保団連は要請で、同一建物居住者への大幅減算は、中央社会保険医療協議会(中医協)で実態を踏まえた十分な議論がなされていないと指摘。これらの減算が、患者紹介ビジネスなどを禁ずる目的ならば、「業者への指導・監督を強化するなど、診療報酬以外で対応すべき」とした。【丸山紀一朗】

 厚労省は14年度改定で、保険医療機関などが経済的誘引による患者紹介を受けるなど、在宅医療での不適切な事例を閉め出すため、同一建物居住者への在宅患者訪問診療料を半分程度まで引き下げる。併せて、在宅療養患者のかかりつけ医機能を評価する在宅時医学総合管理料と特定施設入居時等医学総合管理料も、同一建物居住者の場合に4分の1程度まで減額する。

 これに対し、保団連は「地域医療を担う保険医の団体として、到底容認できない改定内容が散見される」と主張した。会員からは、「これでは訪問診療を行えば行うほど赤字となってしまう」「もう施設からの在宅医療の要請には応えられない」などの悲痛な声が大量に寄せられているとして、9日の理事会で、大幅減算の中止を要請することを決定。10日に、厚労相を含む政務三役と中医協委員に対して同要請を送付した。

 要請では、厚労省が5日に通知で示した、減算対象としない患者や診療形態について、「この内容では在宅患者から次々と寄せられる医療要求に応じることは困難で、実態に合わない運用規定と言わざるを得ない」と反発。今回改定で在宅医療の厳格化を急速に進めたい意図が垣間見えるとして、「このような急変をこのまま実施すれば、医療現場は対応できず、混乱を引き起こすことは必至」と強調した。保団連は13日に国会内で開く集会で、これらの内容について意見交換する予定。

個々の患者の自宅を回って往診するというならまだしも、大勢の患者が入所している施設に出かけていってみてまわるだけで大変な金額が入ってくるわけですから相次いで往診に参入するクリニックが続出したというのも理解出来るのですが、実際にやること(と言うよりも、やれること)もさしてないだろうと想像出来るだけに、ほとんと患者にとっての安心料にお金を出しているようなものだとも言えるかも知れません。
ともかく月二回の往診で安心を買う代償として一人当たり約6万円という報酬が高いのか安いのかは立場によって意見が分かれるところでしょうが、うまいこと施設一つに何十人かの往診患者を囲い込んでいれば毎月毎月固定収入として幾ら入るか…と考えた場合に、やはりこのご時世にそれは濡れ手に粟過ぎるのではないかと言う意見が世間的には大勢を占めるのだろうと思います。
実際の診療報酬改定による各医療機関の金銭的な影響がどれほどかと言うことを保団連が調査しているのですが、確かに小規模施設も多いだろうに一気にこれだけの減収ともなれば大変だろうなと思う反面、逆に言えば往診一つでこれだけ稼いできたと言うのは世間的には同情の余地があるかどうか微妙なところですね。

在医総管見直す影響調査、2千万円減収の声- 保団連が撤回要望(2014年2月27日CBニュース)

 全国保険医団体連合会(保団連)は、同じ建物に住む患者複数人を同じ日に訪問する場合(同一建物居住者)の「在宅時医学総合管理料(在医総管)」などが2014年度の診療報酬改定で4分の1程度に減点されると医療経営に大きな影響があるとして、医療機関のアンケート調査を進めている。24日からの4日間で寄せられた回答数は300を突破。担当者によると、回答の中には年間2000万円近い減収を見込むとの声もあったという。保団連の住江憲勇会長らは27日、赤石清美厚生労働大臣政務官と面会し、アンケート調査の回答用紙と、在医総管などの見直しの撤回を含む14項目の要望書を併せて手渡した。【佐藤貴彦】

 厚労省は、医療機関がマンション業者との間で居住者の訪問診療の独占契約を結び、見返りに診療報酬の一部を支払うといった「患者紹介ビジネス」を問題視。こうした事例を防ぐために在医総管などの同一建物居住者の評価の引き下げを提案し、中央社会保険医療協議会がまとめた14年度の改定案に盛り込まれた。

 こうした改定案を受けて保団連は、医療機関を対象とするアンケート調査を開始。この中で、改定前後での在宅医療収入への影響(概算)を尋ねたところ、「月100万-200万円」「年1900万円」といった回答が見られたという。自由記述には、同一建物居住者かどうかで点数が異なる状況は「一物多価」で患者側の理解を得られないなどと撤回を求める声が上がった一方、同一建物居住者以外への訪問に特化している医療機関からは、「患者紹介ビジネス」の対策として合理的との意見もあったという。
(略)

ほぼ元手不要で2000万もの収入があったのか!と言われそうですが、高齢者医療というものはもともとcareに関わる人件費の割合が大半を占めるわけですから、医師らを往診に出向かせると言う人材拘束に対するコストを考えると決して元手不要というわけではないでしょうし、そもそもこうした在宅医療へ医師を誘導させるために敢えて高めの報酬でスタートするというのは規定の方針であったわけです。
その意味では今後仮に往診に従事する医師が減ることになれば、初期設定としての診療報酬を誤り妙なビジネスの横行を招いたことと併せて厚労省の失態だとも言えますし、こうして大々的な方針転換を強いられたのは厚労省が自ら失敗を認めた形とも言えますけれども、当然ながら政治的に見ても失点と取られかねない事態で、先日の衆院予算委員会で維新の会所属の松田学議員が田村厚労相にこんな突っ込みを入れたと言うことです。

在宅医療を潰すな!衆院予算委員会で厚生労働大臣に質す(2014年3月9日医療ガバナンス学会)より抜粋

(略)
(松田)政府は、今国会に「地域医療・介護確保法案」を提出し、地域の医療連携の強化・拡充を図っているが、今回の診療報酬改定の中には、本法案の「入院中心から地域医療へ」という考え方に沿ったものなのか疑われる事例がある。
すなわち、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホーム等の施設向けの訪問診療に関して「同一建物」の項目が新設され、従前より報酬が大幅に、科目によっ ては4分の1まで引き下げられた。これにより在宅医療に関連する業界は大きな打撃を受けるとの声が出ている。これでは現実問題として、例えば24時間対応 の医療サービス付の有料老人ホーム、グループホーム、高齢者向け集合住宅などへの在宅医療サービスの担い手医師が集まらなくなる。約束した医療サービスを つけられなくなることから、高齢者向け住宅の業界側からも、約束違反といわれて困っているとの声も出ているようだ。事前に関係者からの意見聴取はしたの か。なぜ、このようなことが突然決定されたのか。

(田村大臣)新聞報道等で、医者と施設を紹介して手数料ビジネスのようなことが行われているという話があり、色々と調べてみると確かにそういう事例があ り、短時間のうちに何十人も診療して荒稼ぎをするような形態がある。しかも、それを手数料としてバックしているという報道もあり、国会でも色々なご指摘を 頂く中において、中医協の中でご議論を頂いて、その方針にのっとって決定をさせて頂いた。
確かに、言われる通り大きな変化なので、これからも丁寧に関係者の方々にお話をお聞かせ頂いて、場合によっては見直しも含めて検討させて頂く

(松田)不適正事例があることは承知している。集合住宅で訪問診療をしている方々の中には、志が高く、住民である患者のニーズにもきっちりと応えている医 師も多い。不正は不正としてきちんと摘発していくことは必要だが、根っこからこれができなくなってしまうことについては、ご配慮を頂いた方がよいのではな いか。
外来患者が在宅医療に奪われているという開業医からの声が背景にあるのではないかという見方もある。ビジネスというと語弊があるかもしれないが、新しいビ ジネスに対して既得権益の壁ができる一つの例だということになってはいけないと思う。不正事例があるのは事実だが、一方で真面目にやっている人たちもい る。こういう関係者からも意見をお聞き頂くと大臣におっしゃって頂いたので、ぜひ、しっかりとお聞き頂いて、必要な措置を取って頂くよう要請する。
(略)

こんなところにも開業医とのしがらみがあるのかと思うところですが、実質的に診療所としての機能を持たない往診専門クリニックのようなものが成立し得ない程度の報酬にまで切り下げれば、当然新規参入してきたこれらは経営が立ちゆかず撤退するしかない理屈ですから、好意的に考えればうまく報酬を加減をして地域医療にきちんと根を張った施設だけを残したいと言うことなのでしょう。
本来的にこの辺りの報酬は例の主治医制と絡めてもう少しうまく制度設計できなかったか?と言う疑問は残るのですが、その主治医報酬に関しても算定すると言っている医師が2割に留まると言うのは、結局のところ国策として進むこうした在宅中心の医療と言うものがいわゆる高度医療などアクティブな医療をやりたいと思っている大多数の医師にとってはあまり魅力的ではないと言うことなのかとも思います。
国としては当然ながらこうした方面に喜んで従事してくれる人材として総合診療医と言ったものを今後は大量養成したいのでしょうが、今どきの学生は自分の進路についても醒めていて昔のように妙なロマンや男気で人生の一大事を決めると言うわけでもありませんから、人に誇れる専門性も身につかない(すなわち潰しが利かない)上に収入的にも恵まれないとなれば人材の吸引力が弱まるのは避けられないでしょう。
田村厚労相としてもそうした事情も勘案して反響が大きければ見直しも考えると言った含みを残しているのでしょうが、そうなってしまうといよいよ何も考えずにただその場の雰囲気で診療報酬を決めているのかと感じられてしまうでしょうから、この道で食っていこうと考えている真面目な先生ほど「ふざけるな!こっちは人生かけてんだ!」と怒りも収まらないんじゃないかと言う気がします。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2014年3月11日 (火)

精子提供に関わるトラブル相次ぐ

本日の本題に入る前に、診療報酬改定に絡んで先日こんなニュースが出ていました。

帝王切開手術料2万円下げ 4月、人件費減で厚労省(2014年3月6日47ニュース)

 厚生労働省は6日までに、帝王切開で出産する場合の手術料を約2万円引き下げると決めた。現在22万1600円だが、4月から20万1400円にする。入院基本料などは別にかかり、窓口で原則3割を負担する。

 帝王切開手術の所要時間が短縮され、人件費が減ったという調査結果が出ているためで、2014年度の診療報酬改定で見直す。当初から手術を予定していたケースだけでなく、自然分娩中などに何らかの問題が生じて緊急手術をした場合も同じ金額。

 妊娠32週未満などで手術が難しい場合は現在24万5200円だが、3万円弱引き下げて21万6400円にする。

まあしかし産科医の先生方も例の30分ルールの影響もあるのでしょうが夜頑張って努力して手術時間を短縮してきた、その結果報酬が切り下げられるのではやってられないと思う人はいないのか?と気になるところで、こうした診療報酬改定が行われるとなるとよりよい医療を目指して改善努力を行うモチベーションもずいぶんと引き下げられそうに感じられますし、関係各方面から抗議の声が上がるのももっともかなと思います。
この件に関しては「新小児科医のつぶやき」さんがなかなかに面白い解説?をしていて一笑したのですけれども、個人的に思うところでは機材等のコスト比率が高い手技で普及が進み機材コストが下がっていくと言った場合に年と共に診療報酬が引き下げられるのは判るのですが、単純な帝王切開や腸切除と言った手技が確立している手技に関してそうコストが変わるということもないだろうと言う気がしますね。
コストが上がった、下がったということを厳密に検証するなら手技それぞれについてどのようなコスト要因があり、それが年代を追ってどのように変化しているのかと言うことを詳細に調査した上で報酬の見直しをすると言うのは有りなのでしょうが、今回こうしたことが行われると知れたことで今後は手術時間の短縮を目指す意味付けが変わってくるということもあるかも知れませんね。
いささか余談が続きましたが、本日はまたぞろ産婦人科領域から精子提供関係の話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずは少し前に表に出てきたこちらの話から見てみましょう。

ネットで精子提供持ちかけ 妊娠・出産も(2014年2月28日NHK)

不妊や未婚の女性に匿名で精子の提供を持ちかけるインターネットのサイトが数多く存在し、医療機関を介さない精子の受け渡しが行われて、妊娠や出産に至ったケースもあることが、NHKの取材で分かりました。
日本産科婦人科学会は、医学上のリスクが高く倫理的にも問題があると指摘し、厚生労働省も、「感染症の予防策が十分とは言い難いといった問題があると考えられる」としています。

夫以外の第三者からの精子提供について、日本では、産科婦人科学会のガイドラインに従い、不妊症に悩む法律上の夫婦だけを対象に、精子を洗浄して凍結保存し、半年後に改めて感染症の検査を行うことなどを条件に、一部の医療機関で実施されています。
ところが、こうした医療行為とは別に、妊娠を希望する女性に匿名で自分の精子の提供を持ちかけるインターネットのサイトが数多く存在することが、NHKの取材で明らかになりました。
このようなサイトは、40余り確認され、このうち11のサイトの提供者から直接、話を聞くなどした結果、実際に医療機関を介さない精子の受け渡しが行われ、妊娠や出産に至ったケースもあることが分かりました。
提供を受けた人の中には、不妊に悩む女性のほか、未婚の女性も含まれていて、結婚しなくても子どもを授かる方法を探していたところ、サイトの存在を知り、提供者の素性や経歴に不安を感じながらも利用を決めたとしています。
ほどんどの場合、金銭の要求はなく、精子を入れた容器を、シリンジと呼ばれる針のない注射器と共に受け渡されることが多いということです。
個人による精子提供について、日本産科婦人科学会は、ガイドラインで医療機関に課せられている洗浄や検査などが行われず、相手の女性が感染症などにかかるリスクが高いことや、匿名で行われるため生まれた子どもにとって父親を確認する手段がなく、倫理的にも問題があることを指摘し、女性が利用しないよう呼びかけることにしています。
また、厚生労働省は、「医療機関で行われる場合と比べて、感染症の予防策が十分とは言い難く、提供者が疾患を抱えているかどうかが分からないといった問題があると考えられる」としています。

厚労省、ネットでの精子提供による妊娠・出産を問題視(2014年3月10日ナース専科)

厚生労働省は、不妊や未婚の女性に匿名で精子を提供するインターネットのサイトが存在し、中には妊娠や出産したケースも出てきていることに対して、感染症のリスクなどを指摘し「問題がある」とした日本産科婦人科学会も、医学的なリスクの高さや倫理上の問題があるとし、利用しないように呼びかけている。

日本では、夫以外の第三者からの精子提供について、日本産科婦人科学会がガイドラインを定めている。不妊症に悩む法律上の夫婦のみが対象。精子を洗浄して凍結保存することや、半年後に感染症の検査を受けること、提供者の記録を保存することが義務づけられている。また、人工授精は指定された15ヶ所の医療機関のみで実施される。

厚労省は、第三者からの精子提供などの「生殖補助医療」について10年前に報告書をまとめている。その中で法整備の必要性が訴えられているが、未だ法制化は実現していない。自民党は、今後の法案成立をめざす考えだ。

最初に見出しを見たときには新手の詐欺か何かか?とも思ったのですが、要するに日本国内で個人対個人での精子のやり取りが行われていると言う事実が明らかになった、それではそれの何が問題なのか?と言うことになると思いますが、こうした精子提供を目的とした組織として精子バンクと呼ばれるものが実は日本国内にもすでに存在して活動をしていて、それなりの実績もあると言うことです。
こうした精子バンクにおいては不妊に悩む既婚夫婦のみならず独身女性や同性カップルに対して精子提供を行っており、注射器による自己注入(セルフ人工受精)も手がけているということですから、やはりどこまで事前のチェックや感染予防の処置を行っているかが気になりますよね。
表向きの反対理由としてはこうした適切な処置が担保されていない個人間の精子提供ルートは危険性が高いと言うことが問題視されているようですが、あまり表立って語られていないリスクとして記事にも小さく「提供者の素性や経歴に不安」云々とあるようにやはりどこの誰からの精子提供か判らない、と言うよりもぶっちゃけその精子は「優秀な種」なのか?と言う不安もあるのだと思います。
アメリカなどでは優秀な個人の精子には高い値がつくという話もあり、実際に中の人の語るところによれば選りすぐりのドナーが掲載されたカタログを見てこの人ならと思う相手の精子をオーダーすると言う身も蓋もないことをやっているようですけれども、例えば公益・非営利団体を謳う「日本精子バンク機構」などにおいてもドナーに関してこんな生臭いことを記載しています。

当機構は、過去に病院や精子バンクにおいて提供経験があり、各種検査結果と参考書類で高い安全性と
信頼性を保証できる者だけをドナーとして構成しています。
いずれも非常に高学歴で、容貌も魅力的な者であり、ご依頼者の皆様の高い信頼を得ております。
勉学のみでなく運動神経にも秀でたドナーも多く、依頼者の皆様の満足度も非常に高いです。
ご依頼者に対しては、提供前の面談時に、下記の各事項を証明する書類を提供することといたします。
内容をご確認ください。

①血液型証明書
②各種感染症に係る検査結果報告書
  (当機構のドナーはいずれも定期的に病院で血液検査・尿検査を行っております。)
(略)
④癌遺伝子に異常のないことを示す検査結果報告書(遺伝子検査報告書)
   ・α1一アンチトリプシン
   ・P53遺伝子
⑤ドナーの素養に関する参考書類
   ・大学卒業証書
   ・卒業証明書 
    (当機構のドナーはいずれも東大や京大、慶應等、国立又は私立の最難関大学を出ており、
     国内最高水準の学歴を有しています。

要するにどうせもらうなら少しでも良い精子をと言う需要があると言うことなのですが、非営利の団体においてもこれだけの売り文句が並んでいるのですから、もっと生々しい条件で売り込みをかけているサイトも当然にあるだろうとは想像出来ますよね。
ちなみに記事にもありますように産婦人科学会のガイドラインにおいては原則夫婦のみ、それも医療機関で受けることが対象と言うことでかなり限定的であり使い勝手が悪いわけですが、逆に言えばしょせんは学会の指針に過ぎない訳ですから、学会と無縁の民間の組織なり個人なりがこれに反した精子提供を行っても何らペナルティが与えられない道理です。
さすがに個人はともかくとして、ある程度医学的に妥当な管理体制を持つ民間機関なら医学的リスクという点ではまだ許容範囲内なのでしょうが、やはり気になってくるのはアメリカなどと同様高い資質を持つ者の精子を選んで依頼するということになるのかどうかで、当然依頼が集中し需要が高まったドナーに対してはそれ相応の見返りでもなければ…と言うことになれば後は容易に商業化にも結びつく余地はありそうです。

そしてもう一つ、ドナーの個人情報は開示されるべきなのか否か、行うとすればどの程度まで行うべきなのかと言う問題があると思いますが、すでに60年以上も行われている精子提供の歴史の中で大多数はドナーの素性は秘密にされている、しかし記事にあるように学会も「生まれた子どもにとって父親を確認する手段がな」いことを問題視していると言うなら、本来的にこれは開示されるべき情報なのか?と言うことになりますよね。
学会指針ではドナー名は匿名にすると定められているにも関わらず、誰が精子提供者かと言う情報は保管するよう求めているというのは非常に奇妙な矛盾ではないかと思うのですが、ちょうどタイムリーにと言うべきなのでしょうか、先日こんな話が持ち上がっていて場合によっては法的対応も辞さずと言うことになってきているようです。

遺伝上の父、開示を病院に請求 精子提供で生まれた男性(2014年3月7日47ニュース)

 第三者の提供精子による人工授精で生まれた横浜市の医師、加藤英明さん(40)が「遺伝上の父親を知りたい」として、人工授精を実施した慶応大病院(東京)に精子提供者の情報を開示するよう求める文書を7日、送付した。

 提供精子を使った不妊治療は「非配偶者間人工授精」と呼ばれ、国内で60年以上前から実施されてきた。1万5千人以上の赤ちゃんが誕生したとされるが、生まれた子どもが遺伝上の父の開示を文書で請求するのは極めて異例。出自を知る権利をめぐる議論に一石を投じそうだ。

 加藤さんは「精子提供者の開示を認める制度を整備してほしい」と話した。

実はこの加藤先生というのは最近テレビにも出演されているちょっとした有名人?で、当時の慶大病院で行われていた精子提供のドナーが慶大医学部の学生だったと言うことから同大卒の先生に「ドナーでしたか?」と聞いて回ったりと苦労しているそうですけれども、こうした立場に置かれた個人によっては遺伝学的な意味での親が誰なのか?と言うことを知りたい欲求が芽生えることもあるとは理解出来る話です。
ただ逆にドナー側の立場に立って考えると、精子提供が一回だけということはむしろ稀で可能な人であれば複数回提供している場合が多いでしょうし、個人情報は相手先に知らされないと思って提供したものが何十年かたってから見ず知らずの相手が「僕はあなたの子供です」と次々押しかけてくるとなると、認知だなんだと生臭い話で困る事はないにしても率直にあまり良い気持ちではいられないものかも知れません。
実際に加藤先生の場合も学生実習の最中にたまたま実父と血のつながりのないことが判明したのだそうで、当時ドナーが誰かを教えてくれるよう求めたところドナーは匿名を条件に協力していること、そしてそれを両親も納得していることを理由に病院側から開示を拒否されているそうですが、実は先の記事にもあるように平成15年の厚労省審議会の報告書では15歳以上の子供が望んだ場合ドナーの個人情報を教えるべきだと言うことになっています。
もちろんと言うべきでしょうか、その後もこの報告書の内容を実現する関連法規は整備されないまま相変わらず匿名を前提に精子提供は行われているわけで、常識的に考えれば仮に今後開示に必要な法が整備されたとしても情報開示が許されるのはそれ以後に提供を行う、「場合によっては個人情報を相手に知らせますよ」と言うことに同意して提供を行ったドナーに限るということになりますよね。

世界的な流れとしては情報開示は一定程度認める方向で法律が整備されつつあると言いますが、これまた開示範囲は国によって差があり氏名住所と言った個人が特定出来る情報も認めている場合もあれば、病歴や遺伝情報と言った「必要最低限」の情報しか提供しない場合もある、そしてもちろん日本と同様完全に開示は認めていないと言う国もあるのが現状です。
これからの時代病歴や遺伝情報が医学的にも重視されてくるはずで、そちらに関しては時には命にも関わることですからある程度の合理的理由になり得るかと思いますが、他方でドナーがどこの誰であるかと言う情報は純粋に「知りたい」と言う個人的欲求をかなえるだけに終始するものであり、またそうでなければドナーには優秀な人が多いだけに遺産相続等様々な問題が派生し大変な騒ぎになりかねないと言う懸念はありますよね。
そういう問題が予想されるからこそ法の整備が遅れているということもあるのかも知れませんが、いずれにしても加藤先生のようなケースについては結局ドナー側が了解してくれるかどうかの一点が極めて重要なポイントなわけですから、当面の妥協案として双方の仲立ちを勤める組織なりを用意してこうした場合のドナー側の意志確認を行い、どこまで開示を認めるか個別に決めると言った方法が妥当なのかも知れません。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2014年3月10日 (月)

安らかな最後のためには医療は崩壊した方がいい?

本日まずは、東北地方でなかなか興味深い試みが始まっているというニュースを紹介してみましょう。

4月から「臨床宗教師」養成、東北大と連携-龍谷大、全国2例目(2014年2月28日CBニュース)

 龍谷大大学院(京都市)は4月から、宗教的な側面から心のケアを行う「臨床宗教師」を養成する講座を開く。初年度は、主に実践真宗学研究科の学生を教育し、次年度以降に社会人まで対象を拡大。既に養成がスタートしている東北大大学院と連携し、東日本大震災の被災地での実習も行う。臨床宗教師の教育プログラムは全国2例目。【敦賀陽平】

 東日本大震災の発生後、医療者や宗教者らが被災地で支援活動を行う中で、家族や友人を亡くした被災者の悲しみに寄り添う「グリーフケア」の重要性が高まった。
 東北大は一昨年春、教会以外の場所で活動する欧米の聖職者をモデルに、臨床宗教師の養成講座を全国で初めて開設。同大では、これまで57人が臨床宗教師の認証を受けている。
 新設される講座では、東日本大震災の被災地のほか、病院や社会福祉施設などでの実習を取り入れながら、学生自身の死生観や人生観などを養う。期間は1年間で、初年度は5-10人の受講生を予定している。
 臨床宗教師の認証を受けた卒業生は、終末期医療やリハビリテーションの現場などでの活躍が期待される。龍谷大によると、実践真宗学研究科には、医師や看護師の資格を持つ学生もいるという。
(略)

ちなみに龍谷大のHPに詳しいので興味のある方は参照いただきたいと思いますが、欧米の映画などでは死の床にある人物を宗教家が訪れると言う光景が見られますけれども、身体的ケアを行う医療従事者に対して宗教家に求められるのが精神的なケアだとすれば、日本においては宗教家に対する依存心あるいは信頼感がもう一つであったと言う言い方も出来るのかも知れません。
もともと日本では宗教的に凝り固まった人がそう多くはない国民性だとも言われていますが、逆に言えば流派が違うからなどと面倒くさいことを言わずに広く宗教家の言葉に耳を傾ける余地があるとも言え、実際にどのような場面で活動するかに議論の余地はありそうですが症例によってはそれなりに有効なのではないかなと言う気もします。
ともかくも人間誰しも平等に死ぬ運命にあると言うことで死という現象をどう受容するかと言うことは医療においても根深いテーマの一つですが、基本的に生かすための作業に従事していると言うこともあってか死にゆく者への精神的ケアと言う部分は(控えめに言っても)さほど重視されていなかったことは、そんなことに手間暇かけても全く金にならないという診療報酬体系を見てもよく判ることですよね。
特にホスピスなどはまだしも高齢者の看取りと言うことにもなれば結局本人は何をやっても死ぬことには変わりないのだからと、これまでは後に残る家族への(いわゆる訴訟対策も含めた)対応ばかりが重視されてきた傾向がありますけれども、一見すると本人不在で話が進んでいるように見えるこの終末期医療と言うもの、実はやはり家族ら周囲への対策がまず第一なのでは?とも思わされるニュースが先日出ていました。

【気仙沼】根付いた在宅医療、急性期病院にも変化(2014年3月6日日経メディカル)

(略)

 「在宅医療は、気仙沼にしっかり根付いた」─。宮城県最北にある気仙沼市の医師たちは、こう口をそろえる。震災によって生まれた在宅医療の萌芽は、3年間のうちに「住民意識の変化」や「医療福祉関係者の連携」、「急性期病院の在宅への信頼」といった形で、徐々に花を咲かせ始めている。

 震災前、気仙沼市では在宅医療は一般化していなかった。じいちゃんやばあちゃんの具合が悪くなったら病院にお世話になって、そこで看取るのが当たり前。中核病院である気仙沼市立病院(451床)が退院調整に積極的でなかったことも手伝って、2000年代半ばには、市内死亡者の約90%が市立病院で死亡するような状態だった。在宅看取り率も高くはなかった。

 しかし震災後、被災を免れた家屋に多くの高齢者が取り残され、在宅医療のニーズが急増。惨状を目にした市立病院外科科長の横山成邦氏が、気仙沼に医療支援に来ていた在宅のプロであるたんぽぽクリニック(松山市)理事長の永井康徳氏らと一緒に、在宅医療に特化した医療支援組織(気仙沼巡回療養支援隊:JRS)を設立。そこに全国から在宅医療の専門家が次々に支援に訪れ、需要に応えた。

 その活動は震災後も、地域に引き継がれた。震災前に市内で50人弱だった在宅患者数は現在、200人近くに上る。震災前から在宅医療を手掛け、今では従来の倍の70~80人を在宅で診る村岡外科クリニック(宮城県気仙沼市)院長の村岡正朗氏は「気仙沼は小さな町。口コミや市民向けの勉強会などを通じて在宅医療が浸透し、看取りも含め自宅で診療を受けることが珍しくなくなった」と話す。

医療・介護職の風通しも良好に

 2011年10月、市内の南の外れにある気仙沼市立本吉病院に院長として赴任した川島実氏も、在宅患者の掘り起こしに力を入れ、引き継ぎ時には5人だった患者が今では120人に増えた。同病院は38床あった病床が津波で使えなくなったものの、12年3月に5床で入院を再開。現在は20床を稼働させている。「市立病院で急性期を乗り切った誤嚥性肺炎などの患者を短期間入院させて、在宅につなげるようになった」と川島氏は言う。

 並行して医療・介護関係者が互いの業務を理解し、話し合える空気も生まれた。震災後に医療・介護の連携組織が設立されたり、会合や飲み会で顔を合わせる機会も増え、ケアマネジャーや訪問看護師が医師に気軽に相談できる土壌もできた。「関係者の風通しが格段に良くなったと思う」と横山氏は話す。

 こうした変化は、急性期病院にも影響をもたらした。在宅が、退院後の行き先の1つとして当然のように認識されるようになり、病院の医師にも退院後の行き先や生活を意識しながら治療する姿勢が生まれた。「診療所や本吉病院などが、施設や在宅に戻っても診てくれるので、安心して退院させることができる」と横山氏。気仙沼市立病院は震災後の患者減少などを受け、13年4月から100床減となる340床を稼働させているが、ほぼ全ての患者について退院調整を図り、在院日数は14日、市内死亡者における同病院の死亡率は13年に65%まで低下。在宅医療の広がりが、地域全体の医療の姿を少なからず変える形となった。
(略)

国民意識調査をしてみると長年同じ傾向があって、自分が死ぬ時は自宅で死にたいと答える人が多数派であるのに家族を看取るときに自宅で看取りたいと答える人は圧倒的に少ない、そして実際に日本人の大多数が今や病院でなくなっていると言うのは、色々と理由もあるとは思いますが結局葬式を葬儀場でやるようになったのと同様その方が圧倒的に手間がかからないと言うことが大きいように思います。
何しろ自宅で寝たきり高齢者をみるともなればほぼ常時一人分のマンパワーが張り付きになるわけで、しかも同じ人がずっと家に閉じこもって介護をしているのではストレスも貯まりますから交代要員も用意しなければならない、それなら病院なり施設なりに預けておいた方がよっぽど楽だし下手すると安上がりだと言うことにもなるのは当然ですよね。
家族がそう考えるのはもちろん制度上当然の結論なのでしょうが、面白いのは医師ら医療関係者の側にも同様に在宅に対するハードルを妙に高く設定したがる傾向があって、たまに都会の大病院から田舎の小さな自治体病院などに赴任した先生が「歩けない老人が家の中で這って暮らしてる!こんな患者も在宅でいいのか!」とびっくりすると言うこともままあるわけです。
もちろんそういう暮らしが成立するためには食事や掃除、移動などの面で様々な支援が前提にあるのはもちろんですけれども、実際問題別におしゃれをしてデパートにでも出かけたいと言う高齢者ばかりでもないわけですから独歩が可能で身の回りのことは自分で出来て…とハードルを無理に高く設定せずとも、必要な時に必要な支援を提供できる体制を構築しておけばいいんじゃないかと言うことですね。

他方でそうしたことを可能にするためにはもちろん患者本人や、特に「以前よりも弱っているじゃないですか!こんな状態で退院させるんですか!」と主張する家族対策が重要であることは言うまでもないことで、特に個々の家族レベルではなく地域全体で「このレベルなら十分自宅でやれる」と言うコンセンサスを作り上げていくことが非常に重要になってきます。
当の患者本人にすれば面倒なことは人任せというのはやはり遠慮したくなる部分がありますし、もちろん家族の側でもこんな面倒なことをこれからずっと毎日やっていくのか…と考えるとげんなりしたくなるかも知れませんが、被災地においては病院や施設と言う物理的な受け入れキャパが制約されたことが結果的に住民の在宅受け入れに対する精神的ハードルを押し下げたと言う格好でしょうか。
特に田舎などでは未だによくあることですが、自宅や施設、あるいは近所のかかりつけの小病院などで看取るというのはどうも親族やご近所への見栄えが悪い、やはり近隣で一番の大病院で見送ったと言うことにしたいと言う方が結構いて、おかげで急性期の基幹病院のベッドが看取り患者で埋まって重症患者の搬送が受けられないと言った本末転倒の事すら起こってくるわけです。
広義の社会的入院も含めてこうした患者に対しては相応のペナルティーを科したいと考える医療関係者も少なくないし、実際にこうした患者を送られるとなると「院内で一番高い部屋しか空いてませんがよろしいですか?」と言って寄越す先生もいらっしゃいますが、制度面でもこうした症例に対する対策をもう少し講じておかないと結局患者本人にとっても幸せな看取られ方とは言えないでしょうね。

被災地でたまたまこうした意識改革がうまく言っている理由の一つに、やはりベッドなど物理的な制約が大きく不要不急の症例にはリソースを割けないと言う事情もあったのでしょうが、逆にリソースが十分に整えられていくことが良いことなのかと言えば必ずしもそうではなく、特に現行の医療・介護の報酬体系においては赤字を避けたければ手持ちのリソースは常時高稼働率を維持しなければならないと言う状況にあります。
要は「入院(入所)を希望している人がこれだけいる!もっと施設を増やさなければ」と施設を沢山作れば作るほど、施設側としても空きベッドを埋めるためにも入れずともよい人まで入院させなければ赤字になるわけで、家族にしてもご近所さん皆が気軽に病院に預けているならうちも、と言う気持ちになるわけですから、十分在宅でやっていけるはずの患者さんがどんどん施設内で寝たきりにされていくと言うことになりかねないわけです。
このあたりは国もようやく気がついたと言うことでしょうか、このところ今までと方針を変えて病院のベッド数を削減していくことを匂わせていますけれども、結局診療報酬・介護報酬が現状の方向性のままで空きベッドがあっては経営が成り立たないと言う条件下であれば、需要を無理矢理掘り起こしてでもベッドを埋めにかかるのは当然ではありますよね。
「万一のことがあってはいけないから」と自宅の患者を施設へ、施設の患者は病院へと移していくのでは確かに長生きのためには有効でしょうがその結果最終的に全国各地に植物園ばかりが増えていくと言うことにもなるわけで、医療財政も逼迫し国民生活への影響も懸念されつつあるこの時代、当の本人が喜んでもいないことの実現に湯水のように大金をつぎ込むやり方が正しいのかどうかも考えて見なければならないでしょう。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2014年3月 9日 (日)

今日のぐり:「じゅうじゅうカルビ 妹尾バイパス店」

先日ブリから届いたニュースですが、何やら妙に話題になっているようです。

日照不足と悪天候でペンギンが次々と「うつ」を発症、抗うつ剤を投与される。(英)(2014年2月10日Techinsight)

イングランドのスカーブラで、日照不足と悪天候によりペンギンが体調を崩していることが発覚。人間にも用いられる抗うつ剤を適量エサに混ぜて投与し、改善を図っているとして話題になっている。

北海に面する英ノース・ヨークシャーのスカーブラにある水族館「Sea Life Centre」で、フンボルトペンギンたちに抗うつ剤を処方したことが発表された。天候不順が続いたと同時にペンギンたちの元気や食欲が落ちていったことから、日照不足が関係しているのではないかと推測。エサに適量の抗うつ剤を混ぜ与えて改善を図っているという。

ヒトにおいては精神の安定や満足感などに関与し、“幸せホルモン”とも呼ばれている神経伝達物質の「セロトニン」。これが低下する一大原因に日照不足が挙げられ、「冬季うつ病」という病名は日本の雪国や北国でもかなりの認知度となっている。同水族館の学芸員であるリンジー・クロフォードさんは英紙『Guardian』に、「悪天候が続いた最初の1週間でペンギンたちは少しずつ元気をなくしていきました。1か月もすると彼らは完全にダウン状態で、ヒトと同様、動物も日照不足や悪天候でうつに陥るということを初めて知りました」と話している。

その名の通り、フンボルト海流が流れ込む南米チリやペルーの沿岸部で繁殖するフンボルトペンギン。日本でも各地の水族館で多数飼われており、暑さに強く厳しい寒さに弱いため、北国の動物園では暖房のある室内で飼育されているとのこと。ただでさえ日照不足といわれるイングランドだが、このところ激しい雨や風に見舞われる日が続いていたことでダブルパンチとなってしまったようだ。

動物園側では抗うつ剤が効かなければ「最後の手段に出る」と語ったとも伝えられたことから、各方面から「最後の手段とは何なんだ!?」と大いに注目されているところですけれども、まあいきなりブリくんだりまで連れてこられてブリ食三昧を強いられるペンギンとすれば大いなる災難ですよね。
今日はペンギン達が少しでもまともな食事を得られるように祈念する気持ちも込めて、世界中から割と手がかかって面倒くさいという生き物達の話題を紹介してみましょう。

キャットフードだけがお目当てさ! かわいすぎる万引き常習犯が話題に(2014年3月6日トゥキャッチ)

 万引きはいかなる理由があっても許せないもの。もし、それがかわいすぎる犯人であってもだ。

 投稿者の地元のコンビニに上記の張り紙が貼られていたという。

 そこには「猫に餌を与えないでください。店内に入りキャットフードを万引きをします」とのこと。再三、注意はしているがもはや常習犯のようだ。監視カメラにもバッチリ写っている。

 いくらねこがかわいくても、安易にエサを与えないように注意が必要かも。

しかし一昔前にはネコは軽すぎて自動扉は通れないと言う説がありましたけれども、昨今は光学センサー方式のものが主流ですからこういう事件も起こってしまうということなのでしょうね。
イヌと言えば先日は忠犬ハチ公の命日でしたけれども、こちら忠犬どころかとんだ迷惑イヌだったと言うニュースを紹介してみましょう。

【海外:動物】イケナイワンちゃん、飼い主が買い物している隙に車を運転し事故る(2014年1月11日日刊テラフォー)

アメリカ・ワシントン州で、チワワが飼い主をおいて車で出発し、事故ってしまった。

車を運転していたタビサ・オーマエチェアさんは、仕事のことを考えながら、交差点で信号待ちをしていた。
すると、突然他の車から追突されてしまった―しかも、犬が運転している車に!
追突事故自体は大したものではなく、最小限の被害で済んだが、タビサさは「犬が運転していた車に追突された」というシチュエーションに、ただただ驚いてしまった。
「私は家に帰ろうと、真っ直ぐ運転をしていて、西に向かって曲がろうとしていたところでした。周りにはライトも車も、まったくありませんでした。(信号待ちで停まった時に)リップクリームを取り出そうとしていた時に、事故が起こったのです。」
追突されたタビサさんが相手の車内を見ると、そこには誰も乗っていなかった。ただ小さな犬がハンドルの上に覆いかぶさって、タビサさんを見つめていた。

事故を起こしたのはチワワのトビーで、事故が起こった時、トビーの飼い主ジョーソン・マルティネスさんは、近くのお店にちょっと寄っている最中だった。
「どう考えていいのか分かりませんでした。誰かがお店に走って入って来て、ゴールドの車の持主は居ないかと言うんです。私は『その車は私のですが、何か?』と言いました。
そしたら、
『犬はギアから遠ざけておくべきでしたね。車が走り出してしまいましたよ。』
と言われました。」
ジョーソンさんが店でちょっと買い物をしている間、車の中で待たされていたトビーはどうやら、ハンドルを握るとギアを解除して走り出してしまったようだ。

トビーとジョーソンさんに何らかの罰金が科せられるか否かは、まだ分かっていない。

しかし車のような大きなものがチワワに操作されると言うのもいささかどうなのよですが、アメリカですから下手すると自動車メーカーを訴えれば巨額賠償でも取れる可能性はあるのでしょうか?
式典などで鳩を放つと言うのは割合によくある光景ですけれども、まさかこんな予想外の結果に終わるとは誰も考えていなかったというニュースです。

法王が放ったハトを襲った悲劇(2014年1月28日Techinsight)

バチカン宮殿(Apostolic Palace)で26日、ローマ法王フランシスコはウクライナの平和を祈った。信者や観光客らが広場から見守る中、選ばれた少年少女が法王の両脇から白いハトを1羽ずつ空に向かって放ったのだが…。

「平和の象徴」と呼ばれるハト。少し前まではオリンピックの開会式というと、ハトを一斉に飛び立たせるという演出があったものである。特に白いハトは聖なる生き物と称えられ、このほどカトリックの総本山であるバチカン市国では、ローマ法王フランシスコが少年少女、そして白いハトと共に政情不安が拡大しつつあるウクライナの平和を祈った。しかし…。

こちらの画像は英メディア『theguardian.com』が報じた記事のスクリーンショット。サン・ピエトロ大聖堂に隣接するバチカン宮殿の最上階の窓を開け、広場に集う数万人の信者や観光客に向かいお言葉を放った法王の姿である。その後、選ばれた少年少女が空に向けて白いハトを解き放ったが、大歓声と拍手はほどなくして悲鳴に変わってしまった。どこからともなく大きなカモメとカラスが現れ、ハトたちを猛攻撃。共に羽を痛めて地面に叩きつけられ、保護されたがその後どうなったかは発表されていない。

ウクライナの首都キエフでは今月22日、治安部隊との衝突を続ける野党勢力の男性2名が死亡。治安部隊の発砲によるものであった可能性がかなり高いと報じられている。これにより欧州連合のフューレ欧州委員がキエフ入りし、ヤヌコビッチ政権と野党に話し合いによる平和的解決を促していた。

鳩嫌いを公言する管理人としては鳩ザマアと言う話なのですが、しかし鳩という生き物は何かと他の動物からも攻撃されることが多いようですが、やはりあの空気を読まない風情が嫌われるのですかね。
最近のカメラはずいぶんと性能も良くなっている上に何やら丈夫でもあるのでしょうか、こんなニュースが出ていました。

【マジかよ】カメラが猿に盗まれる → カメラを取り戻すことに成功 → 猿の自分撮りが残っていた!(2014年2月28日ロケットニュース24)

「GoPro」は、頑丈なボディを持つアクションカメラだ。サイズが小さい上に、動いているシーンでも問題なく撮影できるため、バラエティ番組やスポーツの撮影など、さまざまなシーンで使われている。
以前、ロケットニュースでは、飛行機から落ちたGoProに残されていた驚きの映像を紹介したが、またしても、偶発的な事故からとんでもない映像が記録されていた。なんと、猿の自分撮り映像である!!

バリ島のウルワツ寺院は、島の西端に位置しており、美しい夕日が見られることで有名。同時に、周囲に猿が多く生息していることでも知られている。
ある日、この寺院を訪れた1人の男性が、猿にフルーツをあげていた。その間、男性は小型カメラGoProで、エサやりの様子を撮影していたのだ。すると、突然大量の猿が近寄ってきたらしい。
その瞬間! 1匹の猿がGoProを奪取!! そのまま茂みの中に逃げ込んだのである。しかも、男性が猿を追うと、猿はGoProのケースを開けようとしていたという。男性は「マジかよ! 勘弁してくれ〜」という気分になったに違いない。
だが、最終的に寺院で働いている女性が、フルーツで猿を手なずけてGoProを取り戻し、カメラは男性の元に戻ってきた。

男性がGoProを確認すると、なんとバッテリーが抜き取られていたらしい。 ただし、データは無事! 男性が記録されていた映像を見ると……猿の自分撮りが残されていたのだ。 

その証拠の動画は元記事を参照いただくとして、しかしカメラからバッテリーを抜き取っていく猿…一体何に使うつもりなんでしょうかね?
小動物は思いがけぬところに潜り込みたがるものですが、こちらいくら何でもそれはないだろうと話題のニュースです。

「フェレットがトイレットペーパーの芯で遊ぶと…えらいことになった!」思ってたのと違う写真(2014年3月6日らばQ)

猫や犬がトイレットペーパーにイタズラして大変なことになるのはよくある話ですが、フェレットとトイレットペーの芯という組み合わせも、ある結果を引き起こすことがわかりました。
「フェレット + トイレットペーパーの芯」という方程式の解をご覧ください。

きゃぁ~~!
なんだかえらいことになってるような!?
いったい何をどうやれば、こんな風になってしまうのでしょう。
どうやらフェレットという生き物は、想像していたよりかなり細いようです。
海外掲示板のコメントをご紹介します。

●(投稿者)これはうちで飼ってるヨウコという名前のフェレット。とりあえず詰まってしまったけれど、怖がったり傷ついたりしたりはしていないよ。
単におバカなフェレットというだけ。赤ちゃんのときに母親に捨てられたために、栄養不足で小さい。とてもふさふさで、助けられて我が家に来た。とても甘やかされているけれど、まだ家のいろんなものに慣れていなくて、時々こんな風に詰まっている。
↑ヨウコ・オー・ノー!
●とてもかわいらしいね。前からフェレットが欲しいと思っているのだけど、かなりにおいがきついと聞いて、自分はきっと耐えられる気がしない。
↑(投稿者)においは寝床をしっかり清潔にしてやるとそこまでひどくはならない。ただしお風呂に入れてはいけない。お風呂に入れるとにおいだす。うちのはそれほどにおうと思えない。家に遊びに来た人でにおうと言った人もいない。
↑においのする家に行ったことがあるが、相手ににおうとは言えない。
↑(投稿者)うちの義母ならまちがいなく言う。
↑オレが行ってあげるから訪ねてもいい?
●フェレットを失って2年になるけど、恋しい。今でも夢を見るよ。
●フェレットの体で一番大きい部分は頭で、頭が通り抜けられたらその他の部分も通り抜けられるんだ。
●助けてあげる前に、はたきとして使いたいと思ったのは自分だけだろうか。
●連想した。

見た目のインパクトは強烈ですが、小さな穴を潜る動物なので、頭さえ通り抜けられれば問題ないのでしょうね。
フェレットの新たな魅力(?)が、またひとつ増えたようです。

どれほど強烈なのかは元記事の画像を参照いただくとして、しかし事実この状態から脱出出来るものなのでしょうかね?
最後に取り上げますのも同じく小動物のちょっとしたいたずらの話題ですが、まずは記事から紹介してみましょう。

おじさん「今からラジコン飛行機飛ばすよー」→ 目を離したスキにリス乗り込む 大空へテイク・オフしてしまう事案が発生(2014年3月1日ねとらば)

 飛行機のラジコンを本物のリスが盗んで操縦したぞー!! という童話のような動画がYouTubeに投稿されています。いやいやいくらなんでもフェイクだよね……?

 おじさんが作ったラジコン飛行機を外に置いておいたら、リスが乗り込んでそのまま飛び立ってしまうという内容。いやいやいやいやありえないだろ! リスを乗せた飛行機は途中、宙返りなどのアクロバット飛行も交えつつ最後は見事に着陸。おじさんが慌てて追いかけますが、リスはすぐにどこかへ逃げていってしまいました。一体あのリスは何者だったのか……あまりにできすぎた映像ではありますが、リスが本当にいたずらで飛行機を動かしていた考えるとキュンと来ますね。

その状況は元記事の動画を参照いただくとして、ちゃんと操縦機能を持っているだけでなくコクピットを写すカメラまで用意されているとは、一体どんなパイロットを想定した機体なんでしょうね。
いずれにしても無事に着陸までこなしてよかったというものなんですが、リスもどんな気持ちで大空の旅に出かけたものなんでしょうか。

今日のぐり:「じゅうじゅうカルビ 妹尾バイパス店」

岡山市西部の新道沿いに出来ているこちらのお店、焼き肉メインのオーダーバイキングの店なのですが、サイドメニューも豊富で間口の広さが利点ということなのでしょうか。
三種類のコースによって選べるメニューが変わる仕組みですが、中レベルの大感激コースで頼んでおけば上肉以外はほとんどいけるようで、今回これを頼んで見ました。
しかしこういうタブレットのタッチパネルでのオーダーもすっかり一般化しましたが、人件費削減には有効だしレスポンス上も有利だしこういうメニューが違う際にも簡単に対応できると、この種の店には向いたシステムですよね。

とりあえず例によって適当に頼んで見たのですが、定番の石焼ビビンバはプロの技?で混ぜてくれるのですが味には何ら特徴がなく、せめて唐辛子味噌系を混ぜたくなる味だなと思い試しに焼き肉用の味噌ダレをかけたら結構合いそうなんですね。
韓国風唐揚げなるものは唐揚げ自体はクリスピーでいいんですが辛味タレをかければ韓国式か?と言う疑問があるのと、コリアン奴なるものも充填豆腐にコチュジャン系タレをかけ回したものでこれも合ってるかと言うと微妙かなと正直思います。
石焼味噌クッパは石鍋で火にかけたクッパでまあ悪くないんですが、ゼンマイナムルの風味が少し強いのが個人的には苦手な感じでしょうか、そして付け合わせに頼んだキムチは純日本式にしても漬け具合が浅すぎる気がしますね。
生野菜類ではじゅうじゅうサラダは何がじゅうじゅうなのかという疑問だけが唯一記憶に残る(店名なんだろうとは思いますが)あまりに無個性なサラダで、これでしたらシーザーサラダの方が普通かつ印象の薄い味ですが黒胡椒の使い方がいいアクセントになっているだけおすすめな気がします。
一応はメイン食材となるだろう肉なんですが、出だしの塩タンも妙に獣肉くささが強いのはどうかですし、あまり外れのない印象のあるハラミも妙に柔らかいだけで味はあまりないですし、割合といろいろ珍しい部位もそろっているのはいいとして味の方は値段相応と言う感じで、こういう店では高そうな肉よりも豚トロなどを食べていた方がいいのかなと言う気がします。
全般的には味はともかくオーダーバイキングとしてはレスポンスもいいですし、メニュー自体も色々と取りそろっていますから、とりあえず誰と来てもそう食べるものに困るということはない店という感じでしょうか。

トイレなど設備面は今どきの店らしく一通り整っているのはいいのですが、まだそれほど古くもないでしょうに畳や壁など案外くたびれているところも目立つのは気になったところで、店の方向性として子供連れのお客も多いでしょうが設備面の保守コストは多めに見繕っておく必要がありそうですよね。
特筆すべきは接遇面ですが、個々の店員にも依存するようですが意外に丁寧でマニュアル感が薄い個人店風なところがあるのと、網交換や皿の下げも早いし顧客への目配り、ヘルプも適切と正直この種チェーン店の店員としては非常に高い評価を与えられると思うのですが、まあそれだけ丁寧な仕事ができる客の入りではあるのですよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月 8日 (土)

報道の自由は敢えて行使しない基本方針を中の人が告白?

朝日新聞と言えば例の特定秘密保護法に関して「報道の自由が!」「知る権利が!」と強力な反対キャンペーンを繰り広げたことは記憶に新しいのですが、その日本の誇るクオリティぺーペーパーがとんだ言論弾圧を行っているらしいと話題になっています。

朝日新聞に掲載された広告が「●●新聞」と伏せ字に! 伏せ字の部分は「朝日」が入る模様(2014年3月6日ガジェット通信)

本日(2014年3月6日)の朝日新聞(朝刊)の8面に掲載されていた週刊文春の広告。そこには“「慰安婦問題」A級戦犯 ●●新聞を断罪する”という見出しが書かれていた。この●●に入る新聞社はどこなのだろうか? ネットで散々言われているようにここに入るのは「朝日」である。

過去に国会で中山なりあき議員が慰安婦問題は朝日新聞が作り上げたものと指摘。その資料は“慰安所 軍関与示す資料(朝日新聞)”というものでその資料は実際は「悪徳業者が募集に関与しているようなので注意するように」という物だったのだが、事実とは歪曲して報道。そのことを同議員が指摘。
そんなことから今回の週刊文春も「A級戦犯」として朝日新聞を断罪する記事を掲載。その広告を朝日新聞に掲載したのだが、朝日新聞からのNGが入ったのか、週刊文春側が朝日新聞に配慮したのか、「朝日」の部分が「●●」となっている

実はこの伏せ字は他社の新聞では外されており、普通に「朝日新聞」と書かれている。読売新聞を購入してみたところ“「慰安婦問題」A級戦犯 朝日新聞を断罪する”と11面に掲載されている。もちろん週刊文春のウェブサイトや週刊文春は伏せ字はない。
(略)

週刊文春と言えば先日も食品偽装事件に絡めて某大手小売チェーンを批判する記事を載せたところ、同系列の全店舗店頭から雑誌が撤去されたと話題になっていましたが、まあなかなかに突っ走っていると言うことなんでしょうか、各方面に反響を呼んでいるようですね。
広告費を取って広告を載せているのに都合の悪いところだけ伏せ字にするとは何とも姑息な手段と言う気がするのですが、内容に間違いがあるなりで受け入れ難いと言うのであれば広告出稿を断ればよいでしょうに、お金を取っていながらこういうことをするのは何とも中途半端と言いますか、むしろかえって記事に注目が集まっていると言うのは皮肉な状況です。
こういうのは世に言うところの「報道しない自由」の行使なのか?と言うことなのですが、実はこのところマスコミ各社が報道しない自由を発揮していると噂されているものが幾つかあって、例えばインドネシアで韓国が国家的プロジェクトとして建設してきた製鉄所が爆発しただとか、韓国国内で長年障害者を塩田で奴隷労働させていただとか言った事件も、現地で大騒ぎになっているのに全くと言っていいほど国内での報道がありません。
もちろん「別に自主規制だとかそういうわけでもない。単にニュースバリューがないと思ったから報道しなかっただけなのだ」と主張することは可能なんだろうとは思いますが、どうももう少し積極的に報道に対して一定の自主的ルールを適用しているらしいと言う話が先日出ていました。

【新・悪韓論】韓国に都合が悪い事実は書くべきではないのか 問われる対韓報道姿勢/室谷克実(2014年3月6日zakzak)

 前回の「塩田奴隷」の話では、韓国各紙はかなり書いていたのに、日本語サイトにはほとんどアップされなかったことも紹介した。そして、「韓国のマスコミは『日本人には知られたくない』と考えたのかもしれない。日本の特派員たちもそれに同調して…まさか」と結んだ。
 「日本の特派員たちも…まさか」とは、半分冗談のつもりだった。
 ところが、韓国にとって都合が悪い事実は書くべきではない、実際に自分は地方紙のソウル特派員時代、そうしてきた-という趣旨のブログ(感謝カンレキ雨あられ+5)を見てビックリした。
 「言論・出版の自由が憲法で保証されているからといって、何を書いてもよい、というわけではないことぐらい、小学生でもわかる。ましてこの筆者(注=室谷のこと)はもと、時事通信の記者であり、私よりすこし前のソウル特派員。韓国の良さ、悪さも含めて知っているはずなのに、なぜここまでこき下ろすのか。それが、これから隣国の人たちと仲よくやっていこうとする日本人に無用な予断と偏見をもたせることにつながる、とすれば大変不幸なことだと思う」と、このブログの主は書いている。

 善良なる私人のプライバシーについてなら、もっともな話だ。
 しかし、ブログの主は拙著『呆韓論』(産経新聞出版)が記した内容について、「事実に基づかないことを書いているわけではありません」とも述べつつ、韓国という国家の国情に関する事実についても、書いてはいけないことがあると主張しているのだ。
 その理由が「日本人に無用な予断と偏見をもたせることに…」とは、民ニ知ラシムベカラズを思い起こさす。読者に対する驚くべき「上から目線」だ。
 産経新聞の黒田勝弘氏についても私についても「なぜ今なら書くのか? 書けるのか?」と疑問を投げかけている。しかし、黒田氏の最初の著作『韓国社会をみつめて 似て非なるもの』(亜紀書房)は1983年に出た。私も『韓国人の経済学』(ダイヤモンド社)を87年に上梓した。2人とも以来、基本姿勢をほとんど変えることなく書いているのであり、「なぜ今なら…」とは、ブログの主が知らないだけのことだ。
 この人は「韓国のスムーズな民主化へのソフトランディングを願い、日韓関係の改善に期待をかけながら」取材活動をしたそうだが、「…を願い…に期待をかけながら」とは、外交官ならいざ知らず、ブン屋(=新聞記者)としては基本姿勢からして間違っているのではないか。新聞社にしろ、通信社にしろ、ブン屋の基本姿勢は、自分の懸念や期待とは離れて、事実を知らせることに尽きるはずだ。

「報道の自由はどうした」と言うよりもむしろ積極的に報道の自主規制を行ってきたと言うカミングアウトではあるのですが、こうしたことは客観的状況証拠からとっくに知られていたことで別に今さらと言うべきでしょうか、昨今世界中の生情報が居ながらにして簡単に手に入る時代になってきますと「何を報道し何を報道していないか」を見比べながらマスコミ報道を眺めるのも楽しいものですよね。
韓国に対する報道自主規制と言えば今も伝説になっているのが2002年の日韓W杯前後におけるそれですけれども、個人的に覚えていることとして当時日本サッカー協会が国内向けチケットに「2002FIFAワールドカップ日本・韓国」と表記していたところ韓国サッカー協会からクレームが入り、「正式名称がKorea/Japanなのだから日・韓と言う表記は認められない。韓・日表記に改めるか国名を外せ」と言われたことがありました。
日本側はW杯招致の段階で国内チケットは慣例に従い日韓表記にする旨韓国側から口頭で了解を得ていたと主張していたのですが認められず、結局国名表記を外してチケットを刷り直すことになったわけですが、こうした一連の経緯は元より、当時韓国サッカー協会の公式サイトに堂々と「Worldcup Korea」と表記されていたことがネット上で大騒ぎになったことも全く報道されずに終わったわけですね。
当時本当にこれは面白い国だなと思ったのは、翻訳エンジンを介して見ていたところ韓国国内の掲示板にこの一連の経緯を「おかしいじゃないか」と貼り付けた人がいたのですが、それまで活発に続いていた書き込みがその瞬間からぴたりと止まった、そして韓国サッカー協会が自サイトの表記を修正した直後から「どこにそんなことが書いてある?嘘をつくな!」と一斉に書き込みが再開されたのを目撃した時でした。

いささか話が脱線しましたけれども、マスコミが報道の自由を強く主張するというのも恣意的に取り上げられた偏った情報によって見る者に特定の見解を誘導するようなことがあってはならないと言う建前のためだと思っていましたが、仮にこうした自主的報道規制によって記事の内容に一方的なバイアスがかかっていると言うことになれば、それはマスコミ自身による公平中立な報道という建前の全否定に他なりません。
注意していただきたいのは世界的に見れば報道機関というものはそれぞれ独自のカラーを持っているのが当たり前で、保守的なメディアもあればリベラルなメディアも存在し全体としてバランスが取れている(もちろん、そうした公平な分布が認められていない国もありますけれども)と言うことなのですが、それは見ている側もこのメディアにはこうしたバイアスがかかっていると知った上で見ているわけです。
日本でも当然それぞれのマスメディアを見比べて見れば各社各様のカラーを持っていることは明白ですけれども、問題なのはそうしたカラーに基づいて一方的な姿勢に立った報道を行っているのにも関わらず公平中立であると言う風に装っているという点で、ましてや一方的主観による恣意的な情報操作をまるで良いことをしているかのように中の人が認識していると言うのであればこれは論外ですよね。
こうした人々が主張する報道の自由なるものが一体どのようなものなのかは今ひとつ明確なイメージが湧かないのですが、報道の自由をマスコミ各社がどのように行使しているかということが大きな世間の関心を集めるようになっている今の時代、むしろこうやって中の人の本音をどんどんさらけ出してもらった方が見ている方も面白いと拍手喝采じゃないかと思いますがどうでしょうね?

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2014年3月 7日 (金)

なかなか難しい新商品の取り扱い

本日まずは、以前からその実用化が期待されていたあの装備がいよいよ臨床現場に本格導入されそうだと言うニュースを紹介してみましょう。

ロボスーツでパワフル介護 30万~80万円で発売へ(2014年3月2日朝日新聞)

 人間が身につけると、パワーがアップするロボット「マッスルスーツ」を、東京理科大の小林宏教授らが開発した。約30キロの荷物を簡単に持ち上げられるようになり、高齢者の介護などに活用できるという。ベンチャー企業を通じて年内にも売り出す。同大が27日発表した。

 ロボットは、背中に装着した人工筋肉を圧縮空気で収縮させ、腰の動きを補助するしくみ。同様に身につける方式の他社の製品と比べると、構造が簡単でコストが安いという。

 すでに介護現場などで試験的に使われており、商品化できると判断してベンチャーを設立した。介護のほか、荷役作業など向けに本格的に売り出す。想定価格は30万~80万円で、当面はリースやレンタルが中心という。小林さんは「将来は介護を受けている高齢者自身も使えるようにして、自立の手助けにつなげたい」と話す。(高山裕喜)

ちょうど1年前にサイバーダインのロボットスーツ「HAL」が安全認証を取得したと言うことで、あちらは患者さんのリハビリ等をサポートするためのものでかなりごつい感じでしたが、今回のものは元記事の写真を見てもお判りのようにまたずいぶんとシンプルかつコンパクトな構造となっていて、これくらいであれば安価かつ使用も容易そうで大量導入にも向くんじゃないかと言う気がします。
最近では大企業が作るロボット以外にも各地で新たなロボットが登場していて、巨大ロボットを普通に市販してますなんてびっくり話も出てくる時代ですから(実際に通販サイトに出品しているのが笑えますが)いったん量産化に目処が付けば身近な領域にどんどん入って来て価格もこなれてくるでしょうし、実際「こんなもの余程の物好きしか買わないだろう」とも言われたロボット掃除機も今や一般家庭にもすっかり定着しましたよね。
「女房と畳は」などと言わずとも世に新しいもの好きは数多く、そこを狙って売る側も常に新規開発の努力を惜しまないのは当然なのですが、他方では何もそんなにまで新しいものにこだわらなくてもいいのでは?と言う疑問の声もあって、医療の世界などでも大した違いもないのに単に新しいというだけで大々的にもてはやされると言うのもどうなんだ?と感じることはままあるものです。
最近ではARBと言うタイプの高血圧の薬が血圧を下げる以外にもこんなに素晴らしい効果があります!と謳っていたものが、実は臨床試験のデータを捏造していたと判明して大騒ぎになった大事件がありましたが、そもそも他の降圧薬に対して圧倒的に高価なARBをそうまでして使わなければならないものなのか?もっと安い薬でもいいんじゃないか?と言う意見も根強くありますよね。
特にこれに医者の処方権と言う問題が絡むと非常に機嫌を損ねやすい先生方が多いというものですけれども、先日何気なく放送されていた新薬のCMが意外なところで問題化していると言うニュースを紹介してみましょう。

「インフルエンザ治療に点滴薬」CMの是非(2014年3月3日日経メディカル)

 「インフルエンザは早期治療が大切」──。昨年12月に塩野義製薬が開始したインフルエンザ早期治療啓発キャンペーンが、医療従事者の間で波紋を呼んだ。子育て中の母親が「インフルエンザは早期受診が重要」と話すテレビCMで、最後にタレントが「今はお医者さんで治す点滴薬もあるのよ」と紹介するものだ。同社はウェブサイトで、症状などを選択して医療機関に持参するためのチェックシートを配布。チェックシートには希望の治療法を選ぶ欄を設け、点滴薬、経口薬、吸入薬の順に表示していた。
 テレビCMの放送開始後、その内容に異を唱える声が医療従事者から上がった。多くは、重症化リスクの高い患者以外でも早期の治療介入が必要であると受け取れる点や、治療薬として点滴薬が強調されている点を指摘していた。こうした批判の声は、一部のメディアでも報じられた。
 批判が相次いだことについて、塩野義製薬は「インフルエンザが疑われた場合、重症化を防ぐために早期受診や早期治療が重要だということを訴えたかった。点滴薬という剤形をアピールする意図はなかった」(同社広報)と説明する。だが指摘を受け、チェックシートから希望の治療法を選ぶ欄は削除した。テレビCMの放送は1月末で終了。「予算や反響などを考慮し総合的に判断した」(同)という。

 今回のキャンペーンが問題視されたポイントは、大きく二つあると考える。
 一つは、インフルエンザの治療で、早期の抗インフルエンザウイルス薬があたかも必須であるかのような伝え方をしたことだ。高齢者や妊婦、基礎疾患の合併などは、重症化のリスク因子となるため、治療薬の必要性は高くなる。一方、こうしたリスクのない患者にも抗インフルエンザウイルス薬を使うかどうかは、医師によって意見が分かれている。しかし、このCMを見た患者は、抗インフルエンザウイルス薬を使わないという医師の判断に納得しない可能性がある。
 もう一つは、治療薬の選択肢として経口薬、吸入薬、点滴薬を同列に扱っていることだ。国内唯一の点滴薬であるラピアクタ(一般名ペラミビル)の添付文書には、「本剤は点滴用製剤であることを踏まえ、経口剤や吸入剤等の他の抗インフルエンザウイルス薬の使用を十分考慮した上で、本剤の投与の必要性を検討すること」とある。こうした情報は消費者に届いていないため、消費者は自分が望めば点滴薬を使ってもらえると考えるだろう。診察室で点滴薬を希望された場合に、その適応を判断し、使えない理由を説明するという業務のしわ寄せが、医療従事者に集中することになる。
(略)

こうした一見特定商品を売り込んでいるように見えず、単に啓発活動を行っているだけに見えるような広告のやり方を「DTC(direct to consumer)マーケティング」と読んでいるそうですが、もちろん患者が興味を持ってより多く病院に押しかければ処方される薬も増え、結果として製薬会社としても儲かるという間接的な効果が期待されているのは言うまでもありません。
それに加えて例えば特定の領域の検査なり治療なりをするのに限られた手段しか存在しないと言う場合、その手段を提供しているメーカーは「○○は素晴らしい!」などとあからさまな宣伝を打つよりも、その領域の意味や重要性を周知徹底させることに専念するだけでかなり直接的に売り上げが伸ばせるし、企業イメージ上もプラスになりそうだと言う計算はあるはずですよね。
今回で言えば「インフルエンザ治療に点滴薬を」と言う部分がまさにそれに当たりますが、塩野義さんとしては「ラビアクタをよろしく!点滴一発で治せるインフルエンザの薬です!」などとあからさまに宣伝しなくてもインフルエンザ治療に点滴と言う方法もあることを周知徹底するだけで自動的に自社の売り上げが伸びるわけですから、一般視聴者からすれば「品の良いCM」を打てるわけです。
しかし処方権を持つ医師からすれば素人の治療介入を示唆するとも受け取れるというもので、結果としてクレームが殺到し放送中止に追い込まれたと言うのは同社の損得勘定的にどうなのかですが、要するに見る人が見れば本音が透けて見えすぎる「何とも品の悪いCM」だったと言うことなのでしょうね。

テレビなどマスコミの刷り込み効果は意外と侮れないもので、某有名人などが「大事な事だから二度言いましたよ」などと宣伝するたびに関連領域の売り上げが激変するなどと言いますけれども、昨今ではさすがに番組内での露骨な(ように見える)宣伝行為はステマだ何だと言われ、それを行う当事者への反感も相まって必ずしも狙ったとおりの効果が出てこないところもあるようです。
一方でその合間に挟まるCMは最初からこれを売りたいと言う目的で行われていることが明白ですからある意味嘘がない、そして近年は震災なども理由なのでしょうが政府公報など営利目的外のCMがそれなりに増えてきていますから、一見すると商売気がないように見えるこの種のDTCマーケティングも同じようなものとして好意的に受け取られる余地があるのかなと言う気がします。
もちろん製薬会社などに限らず営利企業だからと言って何でもかんでも金儲け第一主義と言う批判も当たらないのであって、有意義な活動によって社会に貢献しその過程を通じて健全な利益を上げようと考えている会社も決して少なくないと思いますから、何でもかんでも隠れた商売気など許せない、単なるごまかしだと批判するのも当たらないと思いますが、何しろ例のステマ騒動の余波が未だに続いているご時世です。
例え何らやましいことのない真っ当なことであっても、今の時代下手に変化球で攻めると「こいつらは本音を隠している」「隠しているということは何か悪いことをしているんだろう」と受け取られかねないところもありますから、CMを流す企業の方もその辺りの空気を読んでもらっておいた方が余計な騒動にはなりにくいのかも知れませんね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年3月 6日 (木)

「死ね」はどこまで許されるか?

先日こういうなかなかに衝撃的な事件が報道されていたのですが、ご覧になりましたでしょうか。

自殺教唆容疑で慶大生逮捕=メールで繰り返し「死ね」—交際女性飛び降りる・警視庁(2014年2月21日ウォールストリートジャーナル)

 交際中の女性に「死ねよ」などと繰り返しメールを送って自殺させたとして、警視庁三田署は21日までに、自殺教唆の疑いで、慶応大法学部3年渡辺泰周容疑者(21)=川崎市中原区木月住吉町=を逮捕した。同署によると、容疑を認めているという。

 逮捕容疑は2013年11月8日午後6〜8時ごろ、交際中だった同学年の女性=当時(21)=に、「お願いだから死んでくれ」「手首を切るより飛び降りれば死ねる」などと自殺を唆すメールを、スマートフォンの無料通信アプリ「LINE(ライン)」を使い繰り返し送信した疑い。女性は翌9日早朝、東京都港区芝の自宅マンション8階から飛び降り自殺した。

 同署によると、女性は渡辺容疑者からメールを受け取った後、複数の友人に自殺をほのめかすメールを送信。心配した友人が自宅を訪ねて思いとどまらせようとしたが、女性は遺書を書いてベランダから飛び降りたという。 

こうした記事だけを見ていますと怖い男に絡まれた女性が自殺に追い詰められたと言った風にも読めるのですが、実際にはもう少し複雑怪奇な状況であったようで、どこまで事実であるのかは何とも判断しようがありませんがネット上では当事者の知人によって一種異様な当時の状況が語られていて、事実こうした経緯ということであるとこれはなかなか単純明快な事件というわけにはいかないようです。
いずれにしてもお亡くなりになられた女性の方にしても容疑者にしても交際を始めた当初からすると意外極まる結末を迎えてしまった事件だと言うしかないのですが、ここで注目いただきたいのはメールで繰り返し「死ね」と書き送った後で送り先の相手が本当に死んでしまった、これに対してどのような罪が問われるのかということです。
今回容疑に問われている自殺教唆という罪は「言葉によって人に自殺する意志を抱かせること」を罪とするものですけれども、これはあくまでも自殺するかどうかは当事者の自由意志の結果決定されたものでなければならず、目を血走らせた男が「さっさと死ねやゴラァ!」などと迫った結果自殺したなどと言う状況に当てはまるものではありません。
その意味では何度も何度もメッセージを送りつけて死ね死ねと迫ることがどの程度の強迫性があったのかと言うことになりますけれども、想像するにこの辺りは受け取る側の心理状況にも多分に影響されるものであって、例えば最近某アイドルが毎日毎日死ねと呟かれていると告白をしていましたけれども、これなども当の本人が柳に風と受け流していれば事件として取り扱われることにはならないでしょうね。
メールやメッセージが名指しで来た場合は明らかにその本人を狙い撃ちしているのが明らかですから、特に見ず知らずの相手からカミソリメールなど送られた日には身に覚えがなくとも相応の恐さもありますが、他方でよくあるネット上で何かしらの話題が出た時などに関連する人物の名をあげて「師ね」などと書き込むと言った行為はどの程度罪に問われる可能性があるものなのか、ちょうど昨年に民事訴訟ながらこういう判決が出ているようです。

ネット上で「死ね」書き込みは、「殺害予告」に当たらない?微妙な表現の差が判決を左右(2013年10月8日ビジネスジャーナル)

 ネット掲示板に、アイドルグループ・AKB48のメンバーを「コロシテやる」と書き込んだり、プロ野球シーズン中に「これから西武ドームを爆破予告します」と脅迫して、書類送検されるような事件が後を絶たない。そんな中、ネット掲示板・2ちゃんねる上で企業社長を名指しして「死ね」と連呼した人物が損害賠償で訴えられた事件があり、先日ひっそりと判決が確定した。
 判決では「死ね」という文言は「殺す」という言葉とは違い殺意がない、として33万円の賠償金で決着した。今回は、ほとんど知られていないネット掲示板をめぐる民事訴訟事件のてん末をお伝えする。

 被害を受けたのは、都内で金貨販売業などを営むA社(仮名)。同社はブログを開設して、顧客に投資情報を提供したり、店舗の日記を掲載したりしている。このブログ名の名称「A」を2ちゃんねるのスレッド名にして、ブログのリンクを張りつけたスレッドがある。そこでは顧客と思われる人物たちがいろいろ書き込んでいて、スレッドのナンバーは優に10を超えている。(ひとつのスレッドの書き込みが1000を超えると、A2、3……というかたちで新しいスレッドが追加され、タイトルナンバーも更新されていく)
 その書き込みの中で、今回の事件は起きた。2011年10月14日~ 11月19日にかけて、以下のようなコメントが大量に匿名で書き込まれたのだ。

 「死ねB氏(仮名/A社の代表取締役) 死ねC氏(仮名/A社関係者)」(10月14日0時8分)
 「とっとと死ねB氏」(11月10日1時55分)
(略)
 こうして裁判を開始したB氏らは、法廷でこの書き込みにより「大変怖い思い」をして、「執拗かつ悪質な侮辱行為により、耐えがたい屈辱感と精神的苦痛」を受けた、と訴えた。判決は12年6月20日に出て、訴え通り投稿者の情報が開示されることになった。
 また、B氏らはNTTドコモに対しても、投稿者のメールアドレスの開示を請求し、こちらも同月に開示を命じる判決が出た。これらの結果、投稿者は元A社社員のD氏(仮名)氏であることが発覚した。
 この情報をもとにB氏とA社は12年10月5日、D氏を相手取り損害賠償請求を求める訴訟を、東京地裁に提起した。
(略)
●「殺意は認められない」との判決  裁判は、和解と拒否の押し問答が続いたが、13年2月8日に一審判決が出た。主文はこうだ。

  1.被告は、原告B氏に対し、33万円を支払え。
  2.原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

 判決文によると、裁判所は「本件投稿は、『死ね』という表現を使用しているに過ぎず、『殺す』といった表現を使用しているわけではない(略)『死ね』というのみで、殺害行為の日時、場所、方法などの具体的な事実を予告しているわけではない(略)本件投稿は、本件サイト(2ちゃんねる)に投稿されたものであるに過ぎず、原告会社ないし原告B氏に対して、直接、文書送付ないしメール送信させたものではないことに照らせば、(略)殺意を示すものであると認められない
(略)
 この判決を受け、B氏は控訴した。控訴状にはこう書いてる。
『殺す』なら殺意で『死ね』は殺意ではない、という判示は、あまりに形式的である。テレビドラマの殺人犯は、よく『死ねーー!』と言いながら包丁を突き立てている。そのセリフは『殺すーー!』ではない。この一事をとってみても、『殺す』が殺意で『死ね』は殺意ではない、という論理は破綻している。字面ではなく、どのように読みとれるか、によって判断すべきである」などと主張。だが、その後、控訴審判決があり、「本件控訴をいずれも却下する」との判決が下った。B氏の敗訴である。原告側は13年6月19日に最高裁に上告提起もしたが、同日付で上告取り下げとなり、判決は確定した。
 ネット犯罪が増える中で、微妙な表現の差で大きく判決が変わるという事実を、頭の片隅に置いておくといいかもしれない。

まあしかし正直控訴審で原告側の全面敗北に終わったと言うのが少なからず意外なのですが、その後に例の「黒子のバスケ」脅迫事件があれだけ大騒ぎになったことを考えるとネットに投稿されただけだからと言うより、方法や時期など具体性を伴わなかったと言うことの方が重要であるのかも知れません。
犯罪行為としては別種の扱いながら冒頭の記事に立ち戻ってその辺りを考えてみると、メッセージでは「8階から飛び降りれば死ねる」と方法が具体的であり「なんで早く飛び降りないの?」と時期も指定されている(事実この直後に8階から飛び降りています)ことが明暗を分けた?のかで、あるいは単に「師ね」の連呼だけであれば警察も扱いに困ると言うことにもなったのでしょうか。
もちろん当の本人がいない場で「あんな奴死ねばいいのに」とぶつぶつ言っていることと、当の本人に向かって直接「死ね」と言う文言を送りつけることは受け取り方も全く変わってくるのは当然ですが、仮にネット掲示板のような公の場での言動には安全マージンが高いのだと言う認識をされた場合に、そちらで犯罪的言動を弄し騒動化させておいて「いや本気ではなかったし」と言い逃れしようとする人間も出るかも知れませんね。
実際にマスコミなども見ていますと政治家など公人に向かって相当に酷いことを日常的に言っていますけれども、余人を交えず一対一で罵倒されれば十分罪になるのにそれが全国ネットで公然と行われれば罪に問われがたいと言うことでは何やら罪と罰のバランスが悪いと言うもので、この辺りは今後もう少し議論を煮詰めていく必要があるところなのかも知れません。
しかし考えて見ると体育会系気質濃厚な医師の世界などもとりわけ外科系などは未だに乱暴な先生もいて、何かと言えば面と向かって「馬鹿」「死ね」を連呼するわ、(手術中なので)手は出せないが足は出るわで非常に具体的な脅威を与えているとも思えるのですが、こうした扱いを受けた研修医なりがその後自殺したと言うことになれば事件性云々以前に、やはり人としてどうなのか?と受け取られかねないことは自覚しておくべきだと思いますね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年3月 5日 (水)

医師の数的緩和は着々と進行中ですが

本日の本題に入る前に、まずは日医のHPに掲載されていたこちらの記事を紹介してみましょう。

医学部から見た医師不足対策─医学生の学力,地域枠,医師の偏在/広島大学医学部長 吉栖正生(2014年2月20日日医ニュース)

 今日,医学部では,卒業後のキャリア形成も視野に入れて医学教育を行っている.本稿では,医師不足対策に関連していくつかのポイントを論じる.なお,以下の文章は医学部長個人の意見であり,所属する組織の見解ではない.
(略)
地域枠入学生の確保と卒業生の約束遵守

 医学部入学定員の増加は,その多くがいわゆる地域枠による増員である.
 広島大学の場合は,広島県の強力なご支援の下,高校への働き掛け,最終的に専門医を志望する者への進路保証,地域枠学生による活発な定期セミナーなどを通じて入学希望者の学力を担保してきた.
 更に,地域枠卒業生の約束遵守は極めて重要な課題である.広島大学では,学生・卒業生にさまざまなキャリアプランを提示することで,安心して義務の遂行をしてもらえるよう取り組んでいる
 さて,結婚などの理由でやむを得ず他府県に異動する希望がある場合,義務年限についてどう対応するか,という問題がいずれ浮上する.各県が,他府県における地域医療勤務を自県における義務遂行と同等と認定する,自県における義務遂行を猶予し長期にわたり先延ばしする,などの方策が考えられる.

医師の地域偏在の軽減

 医学部入学定員の増員や医学部新設等について多くの議論がなされているが,いわゆる地域偏在の軽減策を同時に行うことが必須である.そこで個人的に大都市圏の人気初期研修病院への働き掛けを考えている.次にその例を示す.
 「桜田門病院長 彦根直弼先生(仮名)……さて,初期研修医枠に全国から多数の応募がある貴病院において,次のような公告を行って頂ける可能性はないでしょうか.すなわち『将来,当院の幹部医師職を目指される方々へ:医師不足に悩む全国の自治体での二年以上の地域医療勤務歴を,当院における平成三十五年度以降の院内人事の評価項目の一つと致します.』といった宣言です.長期にわたる約束になりますので設立母体であるKKRとの共同発表が望ましいと思います.ご検討のほど,何卒,よろしくお願い申し上げます.」
 キャリアを積んでいく医師が,比較的若い時に一定期間,自発的に地域医療に従事することを推奨する制度を,大都市圏の多くの有名病院が採用して下さることを切に希望する.

前半部の医学部学生の学力低下に関する部分も興味深い指摘ですが、先日は神経解剖学でわずか6人しか合格者が出なかったと言うほど厳しいカリキュラムを誇る広島大学なのですから、どうせなら単なる印象論で語るのではなく医学部入学経路とその後の成績に関する調査などきちんとしたデータを公表していただけると全国医学部にとって非常に有益な情報になるのではないかと思います。
それはさておきここで語られているのは例によって若い戦力をどうやって強制的に望むべき場所に送り込むかと言う偉い先生方共通の悩みと言うべきものなんですが、そもそもいわゆる地域医療というものは急性期大病院のように24時間365日様々な検査も出来て専門医にもコンサルト出来ると言う環境とは違って、多くは満足な機材・人員もいない場所で自分一人の能力だけを頼りに診療に当たる必要があります。
当然ながらこれは長年の知識・技能の蓄積と十分な臨床経験に裏打ちされたベテランであってこそと言う仕事ですし、ましてや若年時の僻地周りが医師としてのキャリア形成にも大きな悪影響を及ぼすとも危惧されると言うことになれば、むしろ何も知らない出来ないのぺーぺーの若手よりも海千山千のベテランをどんどん僻地送りにする方がずっと有効かつ有益だと思いますね。
その意味では大病院の部長クラス以上だとか大学の講師以上には一定期間、自発的に地域医療に従事していただくよう推奨する制度を全国大学・有名病院に推奨してもいいくらいだと思うのですけれども、まあ偉い先生方は間違ってもそんなことを言い出すわけはないでしょうね。

いささか話はずれましたけれども、医師に限らず医療系スタッフはどこも多忙と言うのが今の世の習いであるようで、本来であればこのご時世にこうした求人の多い仕事があるというのは大変にありがたいことなんですが何かと専門資格を求められるだとか、あるいは公定価格で収入(診療・介護報酬)の総額が決まっている等々様々な理由から、そう簡単に必要なだけの人員を確保出来るわけでもないと言うことです。
先日は日本医療労働組合連合会(医労連)が全国の介護施設を調査したところ、9割以上の施設が2交代勤務(医療機関では2交代制は1割強)なのはいいとして、小規模施設のほとんどが長い夜間勤務を1人夜勤で対応していると言う現実があり、介護領域でも医療と同様に慢性的な人員不足がスタッフの過労を呼び、そしてそれが逃散を招くという悪循環を来している可能性があります。
ところで、こうした場合に「利用者(患者)さんのために」と頑張ってしまう責任感の強い人ほど辞めるに辞められず、ますます激務に追い込まれ心身の健康を損なっていくと言う悲劇がしばしば見られるのですが、同様の文脈で興味深い現象として先日訪問看護に関連するこんな記事が出ていたことを紹介してみましょう。

何とかならない?夜間のオンコール(2014年3月3日日経メディカルナーシング)より抜粋

(略)
 病院に勤めていた頃、次のような経験はありませんでしたか?
 ある特定のメンバーが多く勤務していた日勤帯の後の夜勤で、やたらとナースコールが多かったり、ある特定メンバーが多かった夜勤の後の日勤帯で、朝の申し送りがままならないほどナースコールが鳴り響いたり……。
 私自身にはそのような経験が多々あります。ある時、入院患者からの一言でそれが何だか気付きました。「○○さんが勤務している時は、ナースコールを押せないんだよね……」。そうです。入院患者に遠慮や気遣いを抱かせてしまうナースが存在するのです。私の分析では、そういうナースには次のような特徴がありました。

 ● 今でいうクールビューティ(決して、見た目が美しくないナースの勤務後には、ナースコールは鳴り響きませんでした)
 ●業務は完全にこなすがあくまでも事務的
 ●そのナースの笑顔を勤務中あまり見たことがない(特に、検温中は。ただし飲み会などでは笑顔炸裂)
 ●業務にやり残しが多く、そのナースの勤務後は片付けから始まることが多い
 ●医者にもてている
(略)
 前回記事で担当制に触れましたが、担当制の訪問看護ステーションで、ある利用者が自分の“担当”ナースに対して、遠慮や気遣いを抱いているとしたら……。非常によくない事態に陥っているということですよね。そして日中の“担当”ナースでは満たされない分、時間外、つまりオンコールのナースに利用者が要望や思いをぶつけるのは当然のことです。もし、利用者から「今日のオンコールは誰が当番かしら?」とちょくちょく聞かれているならば、それは利用者が発している何かのSOSのサインかもしれません。夜間に好き好んで何度も電話をかける人はいません。実は、“モンスター利用者”は私たち専門職が創り出している可能性が高いのです。

 私は日中の時間帯内に、以下の要件が満たされることによって、利用者の夜間帯のオンコールを十分回避できると考えています。
(1)次回の訪問予定日時および訪問者が確実に利用者やご家族に伝わっている。
(2)本人に関わる医療行為についてはどんなものでも、本人およびご家族の同意の下、日中の訪問時に可能な限り教育的な関わりを十分しておく。
(3)ナースが日中に訪問した時、夜間帯に影響を及ぼしそうな状況が起きていたら、管理者などに速やかに報告し、追加でその日の営業時間内に再度訪問しておく。
(略)
 国は在宅医療従事者に対して、「24時間365日」対応をひたすら求めていますが、日中の“本番”に可能な限りのできる手立てをしておく、つまり先手を打っておきさえすれば、実はオンコールはそれほど鳴らないのです。基本的に私は、オンコール当番は管理者の業務の一環だと捉えているのですが、以前、ある管理者がこう言いました。「この、緊急携帯は壊れているのかと心配になるくらい鳴らない!」と。そう。有能な管理者ほど、“鳴らない”携帯を持っているのです。

患者からすれば「下手な看護婦さんに注射をしてもらいたくない」と言った即物的な欲求とはまた別な次元で、やはり頼みやすい(話しやすい)看護師もいればその逆も存在する、当然ながら患者から見て前者の方がより良い看護師と言えるかと思いますが、そうした良い看護師さんほどますます業務が集中し「こんな激務やってられるか!」と追い込まれやすくなると言うのは何とも悲しむべき話ですよね。
医師の世界でも似たようなことがあって、一般に出来る先生ほどさらに仕事が集中すると言う傾向があることが知られていますが、例えばとある病院で(と言うよりも恐らく多くの病院で)実際に起こったケースですが、外来に来た患者のカルテを看護師が空いている診察室にどんどん回すものですから、手早く患者を片付ける仕事の早い先生ほど次から次へと患者が増えていく、つまり幾ら働いても終わりがないということになりますよね。
部長先生の外来の時にそれがバレて「ふざけるな!ちゃんと公平に割り振れ!」と怒鳴られてからやっと止めたそうですが、何故この人達はこんな馬鹿げたことをするのかと考えてみるとその方が自分達にメリットがあるからであって、仕事の遅い先生の前にカルテを積み上げてもぶつぶつと文句ばかりだし、そもそも医師から指示が出ないことには自分達の仕事も回らない、さらには待ち時間が長いと患者からはクレームも増えるわけです。
医師の側からすると努力してどんどん患者さんを捌けば捌くだけ自分の仕事が増えていく、隣の先生の2倍も3倍も患者を診て昼飯を食う暇もないほど多忙なのに給料は同じだとなれば「やっていられるか!」ですけれども、更なる悲劇として一般的に仕事が遅い先生ほど残業等も増えていく傾向にあるわけで、下手をすると給料面では仕事量との間に逆の相関すら発生しかねないですよね。

ひとたびこういう状況になると誰しも「頑張ってもっと効率よく仕事をこなそう」などとは思わないのは当然で、お互い牽制し合うかのように可能な限り仕事を遅らせ無駄に時間をかけようともしかねないわけですから、現場スタッフのモラール(士気)に配慮することを怠ったばかりに経営者から見ると悪魔のような負のサイクルに転落し施設の収入も患者も減る一方と言うことになりかねません。
では意外に日本の医療現場でそういう現象が起こっていないのは何故かと言えば、基本的に日本の多くの医師が寝る間も惜しんで診療に従事するのが良い医者であると考えるほどワーカホリック傾向にある(少なくとも、労苦を厭わないマゾ気質である)と言う理由が最大だと思いますけれども、なんだかんだと言って相対的に仕事量の少ない先生と言えど十分な仕事を抱え込んでいると言う悪平等?も大きいという気がします。
出来高制の日本の医療では何かしら診療行為をすればするほどお金になるわけで、当然ながら経営者や事務方は一生懸命無駄な検査や処置をして稼げと言ってくるのですが、しかし客観的事実として日本の医療は世界的に見てもコストパフォーマンスが良い、言い換えれば経営者サイドが求めるほど無駄な医療が行われずそれなりの節度が保たれていると言うのも、一つには物理的にもう働けないと言う理由もあるのでしょう。
もちろんそこまで悪どく金儲けに走ることに心理的抵抗を感じる民族性だとか、医学的に不必要と思われることには敢えて手を出したくない医師としての矜持、あるいはそんなことをしても別に自分の給料が上がるわけでもなしと言う諦観など理由は色々とあるでしょうが、ともかくも介護にしろ医療にしろ供給面で物理的限界に達しているというのは、国策としての医療費抑制の観点で見ると実は悪い話ではありませんよね。

となると自ずから出てくる別な疑問として、このところの医学部大増員政策で医師が増え医療現場の多忙感が解消されるとどうなるのかですが、もともと医者が増えるほど医療費は増えるという考えが厚労省には根強くあった訳で、医師にしても仕事の手が空けば「それじゃちょっと臨床研究でもして今度の学会のネタにするか」などと過剰な検査にも手を出したくもなるでしょうから、案外的外れでもないかも知れませんね。
もちろん暇になったからと言って経営者が求めるほど無節操に収入増加に走ると言うこともそうそうはないと思いますが、考えてみると楽に稼げるようなことであれば最優先で算定を取っているでしょうから、ここからさらに上積みで稼ぎを増やそうとすると労ばかり多くして収入は少ないという非常に効率の悪い仕事が多くなると言うことで、逆に言えば期待されるほどの収益増を目指すにはよほどに働かなければならないでしょう。
そして頑張って仕事を増やし収入も得たところで「こんな医療費が増加したのでは国が破綻する!」と言われてさらに診療報酬を削られるのが目に見えているわけですから、結局は人員の数的緩和がなされる一方で診療報酬と言う収入面の量的緩和は為されないと言うのは、同じような大きさのパイを今までよりも大勢で切り分けなければならないと言うことに他なりません。
その場合さしたる増収も見込めない領域にスタッフの逃散リスクを恐れず手を出していくのか、それとも赤字部門の整理など収入増よりも利益増を優先させるのかは経営者の判断ですが、労働者としての立場からするとどちらの経営戦略を取る施設で働きたい人がより多いかと言うことですよね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年3月 4日 (火)

暖かくなるほど増えてくるあの病気

今どきのスポーツで、それもその道のトップであるプロスポーツの世界でいささか信じがたい事故が起こったという記事が先日出ていました。

楽天2軍キャンプであわや…特守中倒れ心臓マッサージ(2014年2月28日スポニチ)

 楽天は27日、沖縄・久米島の2軍キャンプで今月16日に柿沢貴裕外野手(19)が練習中に脱水症状で倒れたと発表した。球団によると、柿沢は全体練習の個別ノック中に脱水症状で倒れ、意識がなかったため、トレーナーが心肺蘇生術を行った

 胸骨圧迫マッサージを始め、3度目の時点で柿沢の意識は回復。その後、救急車で久米島公立病院に搬送され、「脱水による意識喪失発作」と診断された。

 柿沢は、入院し点滴と血液検査を行った。翌17日に再検査を受け、問題がなかったため退院。18日から練習に復帰した。球団側はこの事実を重く受け止め、大久保2軍監督、コーチ、トレーナーに、コンディションに対する細心の注意を払うように厳重注意を行い「二度とこのようなことが起きないよう再発防止に努める」とコメントした。

プロ野球の世界には全くの門外漢ですから当時の練習方法が妥当なものであったのかどうかは何とも言えませんけれども、当時ノックをしていたという某二軍監督には「前科」があると言うことでネット界隈では「またか」と言う声もあるようで、ともかくも今どきこんなことで万一の事態ともなっては関係者一同泣くに泣けないと言うものではないでしょうか。
そもそも大昔には「練習中には水を飲むな」と言う人が指導者の中にも少なからずいて、一方で現在では事前に水分を補給しておくウォーターローディングなんてやり方もあるほど水分補給の重要性が知られていますが、諸説あるもののこの辺りの意識の転換はおよそ30年ほど前から少しずつ始まり、20年ほど前にはかなり定着してきたようです。
1960年代頃はスポーツ先進国のアメリカでも毎年20人からのフットボーラーが脱水症で亡くなっていたのだそうで、こうした教訓を踏まえて60年代末に初めて登場したのが世に言うスポーツドリンクなるものですが、日本では味覚的な違和感もさることながら前述のような半ば信仰的な水忌避論が未だ残っていたせいか、ようやく80年代に国産スポーツドリンクが発売されてから徐々に意識改革が進んできたようですね。
スポーツドリンク登場当初も実際に使用したチームが成績が上回るなど目に見える成果があったことで定着したそうですが、それでは逆に成績を上げるのが仕事である指導者が「水を飲むな」と主張していたのは単に我慢強さを鍛える等のいわゆる根性論に過ぎなかったのかと言えば、実はこれはこれでそれなりの経験論に基づいていたと言うことが皮肉なことに水分補給が当たり前の時代になって改めて知られるようになりました。

水中毒 Water Intoxication(2005年5月号ロサンゼルスタイムズ)より抜粋

(略)
 近年水中毒者は増える傾向にあり、この症状は死に至る程の危険性があります。 特に長時間にわたり、走ったり歩いたりする人は、水を意識して摂ろうとします。 汗で塩分を失った時に沢山の水を摂取すると血中の塩分を低下させる事になり、それが原因で脳や心臓や筋肉が正常に機能しなくなります。
塩分低下による電解質のアンバランスは、脳の膨張(ぼうちょう)、発作、昏睡、更には死も起こり得ます。
 この水の摂り過ぎが危険という意外な事実が明らかになったのは、2002年に2人の女性が水中毒で亡くなった時です。 一人は35歳のヒラリー・ベラミーさんがワシントンD.Cでのマラソンで亡くなったのと、もう一人は28歳のシンシア・ルセロさんがボストンマラソンで亡くなった例です。
「これはチャリティーマラソンに参加するような、初心者に見受けられる間違いです」と話すのは、ボストンマラソンで医療チームのリーダーを務めるアーサー・シージェル医師です。

最初に水中毒に関する研究報告が出たのは、1985年に南アフリカでスポーツサイエンス研究所とケープタウン大学との2つで教授を務めるティモシー・ノークス博士が、ウルトラマラソン選手について調査報告したものです。
2003年にブリティッシュ医学誌(British Medical Journal)に掲載されたノーク博士の報告によると、250名以上に脳の膨張が確認され、7名に関しては致命的な状態だったと記されています。
「この様な例は、以前は稀に見ましたが、1990年代の初頭から頻繁に見られるようになりました」と話すのは、1999年のヒューストンマラソンで医療チームリーダーの助手を務め、その後水中毒についてリーサーチを始めた、タマラ・バトラー医師です。
1999年のヒューストンマラソンとは、4人のランナーが極度の水中毒で倒れ、昏睡状態に陥った事で有名です。
(略)
ひと昔前は人々に、できるだけ水を飲みなさいと言ったものです」と話すのは、米国スポーツ医学大学で学長を務めるビル・ロバート博士です。 「しかしそれは2~3時間でマラソンを終えるエリートランナーに対して言った事で、現代の娯楽として一般人がマラソンに参加し、7時間などという長時間で歩いて完走する人達には当てはまりません。 ついこれら経験の無い人は、水を提供してくれるポイントの度に、2カップ以上水を飲んでしまうのです」と博士は言います。

一般の人々の予想を裏切り、スポーツドリンクは水中毒の予防には役に立ちません。 最近出版されたニューイングランド医学誌で、ベンジャミン・レビン博士とポールD博士が次の様に報告しています。  「スポーツドリンクは、殆どが水と少量の塩分でできています。 しかし人は異なった度合で汗をかき、異なった度合で塩分を失う為、のどの乾きを癒す為のスポーツドリンクが誰にでも役に立つ訳ではないのです。 ですから、のどが本当に乾いたと感じた時にしか不必要に水を飲むべきではないのです」と。
そこで水中毒の認識を高め、ロバート博士を含む(マラソンイベント主治医である)他の医者達は、マラソンイベントにおける給水ポイントを減らすように指示しました。
又、ヒューストンとボストンマラソンでは、マラソンコースに体重計を所々に用意し、体重が増えていないか参加者が自己チェックできるようにしました。 他のチェック症状としては、めまいや吐き気、息切れ、増蓄的頭痛(脳の膨張による)、手足のむくみが水中毒の兆候です。
(略)
 2003年、水中毒に対する意識が高まる中、USA Track & Field連盟が、水の摂取法について新しいガイドラインを発行しました。 そのガイドラインでは、「水は本当にのどの乾きを感じた時に摂るべき(不必要に摂らない)」や、「1時間に800ml以上は摂るべきではない」と解説しています。 このアドバイスにも関わらず、2003年のボストンマラソンでは140人のランナーが走行中や完走後に水中毒が原因で倒れています。 「この現象は、ガイドラインの説明が不充分であるか、もしくは参加者が指示に従ってないかでしょう」と、アレキサンダー・クラッツ博士率いる研究グループが、2月号の病理学研究誌で説明しています。
また幾つかのマラソンイベントでは、医師やボランティアがこれらガイドラインに従ってない場合もあります。 具合の悪い参加者を見つけると、脱水症と勘違いする事も多々あります。 私がレゲエ・マラソン参加中にめまいがしたと訴えると、親切に救急隊が私を座らせ、数杯の水をコップで飲ませました。 その結果より状態が悪化したのです。
(略)

飲まなくても命に関わるが飲んでも命に関わると言うならどうしろと言うんだ!?と言いたくなるところですけれども、水分と同時に塩分も失っているにも関わらず水分だけをどんどん補給したのでは危険なほど身体の塩分バランスが崩れてしまうのも当然で、実際に夏場などに十分な塩分を補充せず水分ばかりを取って運動をしているとパフォーマンスが低下していくのを実感出来ると思います。
古来日本でも製鉄業など大量発汗を伴う職場では麦茶に梅干しが良いだとか独自の塩類補給のノウハウが伝えられていることが多いようですが、必要十分な塩分を補給出来ないのであれば水分を制限した方がマシだと言う「根性論」は脱水よりも水中毒のリスクを重視したと言えなくもありませんし、近ごろでは脱水に対してはスポーツドリンクよりも塩分濃度の高い経口補水液が利用されるようになっていますよね。
それなら十分な塩分を補給しながら水分もどんどん補給すれば脱水にも水中毒にもならないんじゃないかと思いたくなるところですが、言うまでもないことですがただでさえ塩分の取り過ぎが言われている日本人としては過剰の塩分摂取は害が多いところで、たまにマラソンにでも参加した時だけと言うならともかく日常的に行うにはリスクが大きいと言えそうです。
特にスポーツなどは一般人は猛暑の中でハードなものをそう連日長時間やるわけではないでしょうが、酷暑作業などは毎日何時間も続くということが職場によっては当たり前に行われていて、こうした職場の安全管理者にとっては労災認定されてしまう夏場の熱中症などをどう防ぐかと言うことも非常に頭が痛いんじゃないかと思います。

結局は水分、塩分とも適切な摂取量をどう見極めるかと言うことが重要なのですが、比較的短時間(1~2時間程度まで)の運動であれば脱水対策としての水分補給だけで十分で、週2〜3回程度までのことであればむしろ積極的に過剰な塩分を抜く機会というくらいにも考えられるでしょう。
問題はそれ以上の長時間の場合にどうするかですが、水分補給に関して言えば運動をしている、あるいは暑い場所にいると言った「汗をかいていて当然」の状況であるにも関わらず汗が出なくなってきた時には明らかに水分不足を来していますから、少なくともスポーツドリンク以上の塩分を含んだ水分補給を行う必要がありますよね。
特に猛暑であるとか激しい運動を続けていると言った場合にはこれに加えて別個に塩分補給も必要ですが、一日限りのことであれば多少過剰目に補給してもそう大きな問題は無い一方で、連日同じような状況が続くとなるとやはりどの程度の水分、塩分を失っているのかと言うことを自分なりに把握することが必要になってきます。
夏場などの酷暑の職場における脱水症防止には仕事前と仕事後の体重測定による水分出納管理が手軽でもあり是非各職場で実行していただきたいと思いますが、塩分に関しては残念ながら今のところ簡便なチェック方法がないので日々の身体の脱力具合や味覚の変化(経口補水液や塩味のものをおいしく感じる)等から、ある程度経験的に環境や個人差それぞれに応じての必要量を見いだしていく必要があるでしょう。
ただいずれにしても連日こういうことを続けるというのは例え適切に水分、塩分補給がなされていても決して身体にいいとは思えないもので、スポーツなどももちろんですが職場などにおいても例えば酷暑の環境で働いた翌日は交代で涼しい環境で働かせると言った方法で、十分な回復期間をおけるように配慮していただきたいものです。

もう一つ別なリスクとして、先日も夏場に独居高齢者が恐らく熱中症絡みで亡くなったことが紛争化している件をお伝えしましたが、高齢者の場合は何しろ「水を飲むな」で育った世代ですから水分補給の重要性をあまり感じていない、それに加えてもともと若年者よりも身体の水分含有量が少ないということもあって、特に夏場の水分補給をどうするかと言うことが非常に重要になってきますよね。
夏場に脱水状態で救急搬送される方の実に半数が65歳以上の高齢者だと言いますが、高齢者の怖いところは若年者と違って何かおかしい、具合が悪いと感じても「今日はしんどいから大人しく寝ておこう」とそのまま放置してしまうことで、こればかりは本人の自覚だけでは不足ですから家族やヘルパーなど周囲の人が気にかけてやるしかなく、独居老人など猛暑の時期は取りあえず一日一度は何とかして声を聞いておくべきでしょう。
高齢者の場合ともすると食事のことばかりが気になって水分出納まではチェックしていないと言う場合がほとんどなんじゃないかと思いますが、塩分を取らずに水分だけを取っていると尿になって出て行きやすいと言うことで効率も悪いし「トイレが近くなる」と嫌われかねませんから、今の時代ですと経口補水液が簡単に手に入りますから1日1本と言った感じでノルマを決め、摂取量をチェックするのが一番手軽なんじゃないかと言う気がします。
ここでもやはり”暑いのに汗が出ない””経口補水液や塩味のものをおいしく感じる”と言った時は脱水の可能性があると見るべきですが、特に気をつけたいのが夜間の水分喪失が普段以上に増えているのに無自覚な人が多い点で、寝る前と起きた直後の確実な水分補給はもちろんですが、やはり熱帯夜の時期には大汗をかかない程度の弱めの冷房をかけて寝ると言った環境対策も必要になるんじゃないかと思いますね。
ともかくもこれから次第に暖かくなってくる時期ですが、予想されるリスクに対してはきちんと対処をして余計な救急搬送を増やさないようにしていきたいところです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年3月 3日 (月)

実はそう簡単な話でもない?ワタミの弁当宅配が訴訟沙汰に

先日も部屋で倒れているのが発見された高齢独居者がまだ生きていたのに救急隊から死んでいると判断された事件がありましたが、今や独居生活者が亡くなっている状態で発見されるということは決して珍しいことではなく、マスコミなどもその都度「またも発生した孤独死!現代社会の暗部解消を急げ!」などと取り上げますよね。
しかし独居生活者が気がついてみたら亡くなっていた、なんて事例は昔から別に珍しくもなんともない話ですし、人生最後まで誰の手を患わせることもなく畳の上で往生したなんて表現になればむしろ良いことであるとも感じられるわけで、本来問題にすべきは一人で死ぬと言うことそのものではなく死ぬ気がなかった人が一人であったために助けも得られず亡くなっただとか言った不本意なケースであるはずです。
そうしたケースをどの程度まで防げるのかと言う工夫の一端として各家庭に非常用の連絡手段を配布したりだとか、生活活動を遠隔監視する手段を用意したりだとか言ったことを行っている自治体もある一方で、やはり孤独の解消ということに焦点を置くと人間による巡回サービスと言うものに頼りたくなるのが人情と言うものなんですが、業務としてこれを行うということになると自ずから問題が発生する場合もあるようですね。

「宅配時に安否確認せず」ワタミを提訴(2014年2月26日日刊スポーツ)

 横浜市で1人暮らしをしていた女性(当時72)が死亡したのは、弁当宅配員が安否確認を怠ったのが原因として、長男(51)が26日、弁当宅配会社ワタミタクショク(東京)と、ワタミグループ創業者の渡辺美樹参院議員らに計2200万円の損害賠償を求めて横浜地裁に提訴した。

 訴状によると、長男は昨年2月、週5日の弁当宅配時に女性に異変があった場合、家族らに連絡する安否確認サービスの契約をワタミタクショクと結んでいた。

 不在時には専用ボックスを玄関前に出すことになっていたが、昨年8月12日、女性の応答がなく、ボックスも出ていなかったのに宅配員は長男に連絡せず、弁当を置いて立ち去った。女性は翌日、心不全で死亡しているのが発見された。

 原告側は「当日の横浜市の最高気温は約35度で、応答がなければ安否に配慮するのは当然。連絡していれば救助できた可能性は極めて高い」と主張。渡辺氏については、サービスづくりに関わったのに、宅配員に十分な教育をしていなかった過失があるとしている。

 長男は提訴後「渡辺氏らは家族の前で謝ってほしい」と話した。ワタミ広報は「訴状を確認していないためコメントは差し控える」とした。(共同)

「安否確認怠り母親死亡」 ワタミ子会社を提訴 横浜の男性(2014年2月26日産経新聞)

 弁当宅配の際に安否確認の義務を怠った過失で母親=当時(72)=が死亡したとして、横浜市神奈川区の自営業の男性(51)が26日、弁当宅配会社「ワタミタクショク」(東京)と、親会社の「ワタミ」創業者の渡辺美樹参院議員(54)や宅配担当者ら3人を相手取り、計2200万円の損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。

 訴状によると、男性は平成25年2月、1人暮らしだった同市港南区の母親宅への弁当宅配と、母親に異変があった場合はすみやかに連絡するとの安否確認サービスを契約。しかし、同年8月12日、宅配担当者は母親宅の玄関チャイムを鳴らしたものの応答がなかったため立ち去り、翌13日、母親は自宅で死亡しているところを発見された。

 こうした経緯について男性側は、安否確認をしていれば死亡前に母親を発見できた可能性があると指摘し、背景に同社で宅配担当者への安否確認サービスの研修制度がないことなどを挙げた。

 男性によると、母親の死後、同社側から「宅配の翌日まで弁当に手が付けられていなかったら、異変として対応する」との説明を受けたという。

 ワタミは「現時点では訴状を確認していないためコメントは差し控える」としている。

なんでも当日は大変な猛暑の日であったそうで、全国的にも高齢者がばたばたと倒れていった時期だけに「隣のおばあちゃんの姿が見えないから家をのぞいてみたら」と言ったケースは多数あったんじゃないかと思いますけれども、ご近所さんの好意ならともかく業務契約として行っていた場合にそれが望ましくない結果を招いた場合にはこうしたトラブルに発展することもあり得る話ですよね。
実際に生存可能性が高かったのかどうかは情報がないのでここでは何とも判断できませんけれども、異変があった場合にはすみやかに連絡すると言うから契約したのに実は翌日まで放置されると言うのであれば話が違うと言いたくもなるでしょうし、そもそも何かあったと言う場合に翌日で間に合うものなのか?と言う素朴な疑問もあるところです。
と言った具合に考えていくと幾らでも突っ込みどころは見つかるもので、「さすがブラック企業大手w弁当配達のついでに安否確認するくらいのことも出来ないのかよw」とついつい厳しい声が上がるのもまあ理解はできるのですが、では本当にこのサービスが「それくらいのこと」なのかどうかですよね。
それはともかく、裁判沙汰になったからにはもともとこの事業がどういうしくみになっているのかと言うことがまず大事な点ですけれども、同社のHPから辿ってみますとこの安否確認サービスについてこういうことが書いてあるようですね。

・安否確認サービスを無料でご利用いただけます。

ご希望により「まごころスタッフ」が毎日のお届けの際にお客さまのご様子を確認するサービスを行っています。異変があった場合は速やかにご指定のご家族や医療機関などに連絡いたします。
※ご利用を希望されるお客さまは、事前に担当の「まごころスタッフ」へお申込ください。

ここでは何気なく書かれている「無料でご利用いただけます」の文言に留意いただきたいと思いますが、「弁当を配るついでに変わりがないか確認するくらいのことだから、そりゃ無料でやってくれてもいいだろ」と思ってしまうのが本当に正しいのかどうかが非常に重要になってきます。
もちろん大手のやることですから実際にはもう少し細かい契約文書も用意されているのでしょうが、これを読むと確かに「毎日の配達時に」顧客の状態を確認すると明記しているわけですから、その確認が出来なかった時点で少なくとも確認のための努力をするか、それとも異変として直ちに連絡するかどちらかの選択枝しかないように思えます。
ちなみに留守の時にはドアの外に鍵付きの保冷ボックスを出しておくルールだったのだそうで、これが出てもおらず呼びかけにも応答がないと言う時点ですでに通常の状態ではないわけで、平素からちょっと近所に外出するなどコンタクトの取りにくい顧客だったのかも知れませんが、そもそも夏の盛りの猛暑日に裸の弁当を屋外に放置と言う行為自体に利用者の身の危険を感じざるを得ず、スタッフ教育が問われますよね。
ただこのサービス、実際にどう行動するか定められたマニュアルなりの存在とその現場への周知徹底ぶりも裁判の争点になりそうですけれども、仮にそうしたものが存在していたとして実際現場にそれが実行可能なのか?と感じさせられるのは、この宅配事業自体が極めてハードである上に全くの安月給で、半ばボランティアだと割り切らなければ到底続けられるものではないという経験者の言葉からも理解出来ます。

それだけコスト的にも時間的にもぎりぎりの状況であったのに、「呼び鈴を押したら奥から身体の不自由なお年寄りがよっこらせと出てくるのをじっと待ち、ようやく出てきたら幾らか言葉も交わして異変がないことを確認する」と言った作業を各配達先で実際に出来るかどうかと言えば、たぶんそれを本当に毎日行えば弁当配送と言う本来の事業としては成立しないものになっていた気がします。
そしてまさかこれだけの手間暇も要し責任も求められる事業を無料でやっていると言うことも信じがたいところですけれども、それでは幾らくらいの付加コストを請求するのが妥当なのかと言えば実は微妙なところで、まともにコスト計算すれば利用者の多数を占めるだろうお年寄りからすればちょっと払えない金額になりそうですよね。
今回のような場合の訴訟リスクも含めて、結局このあたりは事業を計画した上の方の人間の見通しが完全に甘かったと言うことになりそうなんですが、そのしわ寄せが顧客と夏のさなかにも汗水垂らして弁当を配ってきた現場スタッフにかかっていたとなるとこれは何ともやりきれない話ですし、昔なら「配達のついでにちょっと見ておくよ」で済んだ話が実は業務としては大変扱い難いものになっていると言うことも示す実例でもあるわけです。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2014年3月 2日 (日)

今日のぐり:「とも作」

先日は某国からフードジャーナリストが来日していたそうなのですが、その講演会でこんな質問が飛びだしたそうです。

京の懐石料理に関心 左京で英フード・ジャーナリスト講演(2014年2月23日京都新聞)

 「英国一家、日本を食べる」の著者で、フード・ジャーナリストとして活躍するマイケル・ブースさんのトークショーがこのほど、京都市左京区の書店「恵文社一乗寺店」であった。京都の食について「懐石料理はとても興味深く、世界のトップシェフに大きな影響を与えている」と話した。

 「英国一家~」を出版した亜紀書房(東京都)の主催。ブースさんは2007年秋に3週間ほど家族4人で京都に滞在、町家や民家を借りて生活した。当時の思い出を振り返り「路地裏には印象的な店がたくさんあり、刺激的だった」と語った。

 この日は、滞在時に見学した「玉乃光酒造」の12代蔵元宇治田宏さんをゲストに迎えた。対談では、ブースさんが「なぜ、僕のような外国人が突然訪問したのに、親切にしてくれたのですか」と尋ねると、宇治田さんは「『変な外人』こそが、日本酒の良さを広めてくれる伝道師。だから大歓迎だったのです」と笑わせた。

 会場からは「イギリスの料理はなぜまずいのか」という質問も飛び出した。ブースさんは「質素な生活をするプロテスタントの文化が影響しているのかもしれない」とした上で、「実際にはおいしいレストランもあるし、私の母親の料理もすばらしい。一度、ごちそうしましょうか」とやんわり切り返した。

まさか「おいしい(フレンチ)レストラン」だったり「母親のおいしい(イタリアン)料理」だったりするというオチはあるのかないのかですが、やはりブリと言えば料理、料理と言えばブリと言うのが極東にまで聞こえた定説なのでしょうか。
今日はある意味世界に冠たる知名度を誇るブリ料理界に敬意を表して、世界中から本当にそれはありなのか?と感じてしまう食べ物にまつわる話題を紹介してみましょう。

どう見てもカモなバナナが激写される(2013年12月21日ロケットニュース24)

焼いてよし、煮てもよし、ネギとのタッグは最強で、ソバに入れたら究極にうまし! それがカモこと、「鴨」である。英語で書くなら「Duck」であり、家畜化したものがアヒルである。よって、北京ダックはアヒルである。どちらにしてもチョー美味い。

それはさておき、そんなカモにソックリなバナナが激写されたとして、海外の画像サイトにアップされていたのでご紹介しておきたい。

問題の画像を見てみると……なんと! 完全にカモである! まだ熟れていないのか、それとも熟れすぎてしまったのか、それは定かではないのだが、とにかく黒く変色したバナナの先っぽが鴨である。どう見ても鴨である!

ちなみに家でソバを作るとき、騙されたと思って「つゆ」と一緒にネギとカモを入れてほしい。そしてグツグツ煮てほしい。お店の味に引けをとらない、見事な「鴨南蛮そば」が出来上がるはずだ。豚肉を入れても美味しいぞ!

まさに誰得とも言うべき実態は元記事の画像を参照していただくとして、しかしカモとなったバナナはバナナとして格が上がったのか下がったのか、何とも微妙なところですかね。
アメリカ人の大好物の一つとしてポテトチップスがありますが、最近妙な味のそれが登場するらしいと話題になっています。

“寿司味”ポテチが誕生する? 米フリトレーがフレーバーコンテスト。(2014年2月9日ナリナリドットコム)

米食品メーカーのフリトレーが、毎年新しいポテトチップスのフレーバーを一般公募している“Do Us a Flavor”コンテストが、今年も北米で開催されています。

このコンテストは、同社から消費者に「斬新なフレーバーを考えて欲しい」と呼びかける形で、数年前から行なわれているもの。昨年は最終候補に残った「フライドチキン&ワッフル」(※米国にはこの組み合わせの料理がある)、「スリラチャ・ソース」(※米国で人気のチリソース)、そして「チーズ&ガーリック・ブレッド」の3種類が実際に発売され、その中から投票で「チーズ&ガーリック・ブレッド」が優勝。アイデアを出したウィスコンシン州の女性が、100万ドル(約1億円)の賞金を手にしました。

今年も4月まで米フリトレーのウェブサイトでエントリーを受付け、3つの最終候補が選ばれる予定。すでにいろいろな斬新なアイデアが集まっているようです。

チキンやビーフといったお肉系のフレーバーから、アップルパイやドーナツ、コットンキャンディー(わた飴)といったスイーツ系まで、多彩なアイデアがズラリ。さらには「ベーコンのマシュマロソースがけ」という、何とも米国らしい塩っぱさとクドい甘さの組合せもエントリーしています。

そうした中でも、にわかに脚光を浴びているのが「寿司」フレーバー。いったいポテトチップスでどうやって寿司の味を再現するのかわかりませんが、もしこれが最終候補のひとつに選ばれたら……と、期待する人は少なくないようです。

どのようなものが実用化されても確かに斬新ではありますけれども、しかし寿司もさることながらベーコン…連中は本当にどんな料理にもベーコンを応用するのですね…
こちら本当にそれが?と言うびっくりニュースかと思いきや、実は別な意味でびっくりだったという面白い話を紹介してみましょう。

これは泣ける!! 中国でボーナスとしてグリコのプリッツ1箱が支給されたと話題(2014年2月14日ロケットニュース24)

いま、インターネット上で中国のとある会社が「ボーナス」として、驚きのものを支給したと話題になっている。それは、グリコのプリッツ1箱。プリッツと言えば、中国でだった5元(約85円)くらいで購入可能だ。ちょ……! ボーナスで85円相当のお菓子だなんて! 中国は景気がいいんじゃなかったのー!?

・ボーナスがプリッツ1箱!?

この画像をインターネット上にアップしたのは、北京にある漫画制作スタジオ「幕星社」に所属するクリエイターの “OLD先” さんだ。2014年1月31日は旧暦のお正月。ということで、ボーナスが配られたというのだが……ボーナスはなんとグリコのプリッツ(ピリ辛えび味)1箱!! 繰り返す、プリッツ1箱だ!

・開封 → まさかの展開!!

出版業界は厳しいと言われているが、どんだけしょっぱいんだよ!! プリッツなんか 85円程度で買えるだろ……と思いきや、OLD先さんの2枚目の写真を見て驚いた!! なななななな、なんと箱の中に札束が入っていたのである。それもかなりの額だ。やっぱり中国はバブリー!?
札束をプリッツに偽装して渡すだなんて、とても遊び心がある経営者だと言えるだろう。だが、話題になっているのはこれだけではない。イラスト入りの手書きのメッセージが同封されていたのだ。これには、OLD先さんも思わず涙を流してしまったという。
「辛いときも夢を諦めずにいてくれてありがとう! 2014年も頑張ろう」

・ネットユーザーの声

OLD先さんが、この話をインターネット上に投稿すると、ネットユーザーから大反響! 以下のような声があがっている。

「かっけえええええええ!」
「粋だねぇ」
「プリッツが給料袋(笑)」
「ほんといいボスを持ったね」
「すごくいいアイディアだわ。素敵」
「泣いた!!」
「私もこんな会社に就職したいなぁ」
・感動的な経営者の姿勢

なお、OLD先さんが受け取ったボーナスは、2万元(約34万円)くらいではないかと見られている。その金額を羨む声も多い。だが、それより何より経営者がスタッフひとりひとりに目を配っている姿がにじみ出ている点が胸にグッとこないだろうか。きっとOLD先さんの驚く顔を思い浮かべながら、ボーナスを準備したのだろう。
感動的であり、そして、そんな人と一緒に働けるなんて羨ましい限りだ。ちなみに、余談になるが中国では本当にボーナスが肉まんだった例や、美少女の等身大枕カバーだったということもあるようである。

あれ?おかしいですね、東のネタ横綱と言われる中国発にしては何やら妙に良い話めいて聞こえるのですが気のせいでしょうか?
いささか意表を突かれましたけれども、やはりここはいかにも中国らしいというこちらのニュースもあわせて紹介してみましょう。

酒と勘違い“濃硫酸”グイ飲み、一命取り留めるも胃の大部分を切除。(2014年2月26日ナリナリドットコム)

中国で先日、酒と勘違いして“濃硫酸”をグイ飲みしてしまった男性が病院に運ばれる出来事があった。幸い男性は一命を取り留めたという。
中国メディア華商網などによると、この一件があったのは春節明けの2月7日のこと。陝西省商洛市で暮らす23歳の凡さん(仮名)はその日の晩、友人たちの宴会に参加、大量の酒を飲んでかなり酔っ払った状態で家路についたそうだ。
しかし、自宅に着いても凡さんは飲み足りないと感じたのか、父親に酒を懇願、父親は家にあった酒瓶を凡さんに手渡すことにした。瓶には半分程度“酒”がまだ残されており、凡さんはグイっとひとのみ。空っぽにしてしまった。
すると凡さんに異常が発生。口から胃にかけて激しい痛みに襲われ、嘔吐したのだ。この時になって家族は「酒じゃなかった!」と気付いたそうで、すぐに凡さんを病院へ搬送。その病院では胃の粘膜保護のために卵白を飲まされ、転院をして治療に当たるよう勧められた。
こうして2月8日午前3時ごろ、凡さんは西安市にある大病院に緊急搬送されたが、すでにショック状態を引き起こしており、血圧すら測れない緊急事態。きわめて重度の酸中毒、中毒性腎症と診断された。
凡さんが口にふくんだ硫酸は約150mlで、医師は「硫酸はすでに彼の胃をすべて腐食しており、硫酸は腹腔まで流れ、腹膜炎をもたらしている」とし、酸中毒の応急処置をしつつ、午前7時から手術が行われることに。結果、凡さんは一命を取り留めたものの胃の大部分を切除するはめになってしまった。
気になるのは、凡さんが口にした酒瓶になぜ“濃硫酸”が入っていたのかということ。これは後に判明したことだが、凡さんの家族には化学工場で働いている人がおり、自宅用に工場の“濃硫酸”を酒瓶に入れて持ち帰っていたことが原因だったという。

自宅で濃硫酸を何に使おうとしていたのか等々突っ込みどころは多々あれど、しかし酒と濃硫酸の区別もつかないほど酩酊していてもなお飲みたがる酒飲みの執念恐るべし、でしょうか。
最後に取り上げますのはやはりブリからの話題ということになりますけれども、冒頭の記事にあります通り伝説を残すほどのその料理を愛する国民性とはどのようなものか、こちらの記事を見てみましょう。

男性がピザと愛を確かめ合おうとしてやけどしドミノにクレーム ドミノ側は冷静に対応/英(2014年2月26日ガジェット通信)

世界には様々な趣味を持つ人がいるが、今回紹介するのはピザと愛を確かめ合おうとしていたとある人物。この人はそんな特殊な趣味を持っているようで、実際に実行したところ下半身にやけどを負ってしまったようだ。
この人物がドミノ・ピザの公式『Twitter』に対応を求めるべくツイート。その内容は次の通りである。

    「ピザと愛を確かめ合おうとしたら陰茎に深刻な火傷を負いました。どうすればいいですか?」

これにはドミノ・ピザ側も対応に困るはず。それに対して返ってきた返事は次の通りである。

    「この件に関して本社までお問い合わせください」

実に冷静に返事。しかしそれに納得いかない男性は「御社はピザとの愛を確かめ合う場合の危険性を客に通知する必要がある」と再度ドミノにツイート。それに対してドミノ・ピザから返ってきた返事は「すいません。将来的には顧客への通知方法を検討します。ご意見ありがとうございました」というもの。
その後は男性とドミノ・ピザとのやりとりが数回続くのであった。
最終的に「この件について、本社にメールしてください」、「それは明らかに我々のピザに期待されるものではない」とドミノから返事が来ておりその後もやりとりは続くどころか、別の人も「私も同様のことが起きた!」と乱入者まで登場している。こちらのやりとりはドミノ・ピザ イギリスの公式『Twitter』であり、認証済みアカウントとなっている。
そんなこと聞かなくてもサポートしてくれないのは分かっているだろうに……。

いやまあ、そこはやはりブリ紳士のたしなみをドミノピザ側としても過少評価していたと言うことでしょうか、少なくともジャガイモや山羊に期待される程度の役割をピザにも期待しないわけにはいかないはずですがね。
それにしてもブリの食が伝説的なのは素材のせいなのか料理する人間のせいなのかとかねて議論になっていましたが、どうやらそれを口にする側にも大いに理由が求められそうですね。

今日のぐり:「とも作」

いささか話は変わりますが、先日口コミグルメサイトで不当な低評価を受けている(と思われる)店に行ってみたと言うニュースが出ていて拝見しましたけれども、まあああした口コミでの点数というのはあまり気にしても仕方がないのかなと言う気はします。
ただやはり口コミには口コミの良さはあって、お店側ではもちろん「これが一番うまい味だ」と思って料理を作っているのでしょうけれども、それが客観的にどのような方向性の味であるとか言うことはやはり他の店との相対評価で考えないことには判断しようがありませんよね。
その意味で「ネットで見かけたので行ってきました。雰囲気もよくておいしかったです」なんて口コミで点数だけ付けられても正直なんだかなーとは思いますけれども、最近ではうっかり不当な?厳しい評価をつけてしまうと削除されてしまうと言うこともあるのだそうで、付けている点数と見比べながら読んでみると「この人もなかなか苦労して書いてるなあ(苦笑)」と感じる名文?も時に見かけたりしておもしろいものです。
最近ではこうした口コミサイトでも多数の高評価を得ているような常連さんの投稿を重視する傾向にあるんだそうで、比較的自分と味の好みが近い人間を何人か知っておけば初めての土地で店屋を探す時にも参考になるかな、くらいに思っておけばお店にも閲覧者にも害がないというものなんでしょうね。

さて余談はそれくらいとして、倉敷市と岡山市のちょうど中間付近にある川崎医大近くの国道沿いにあるのがこちらの店ですが、本格手打ちうどんを標榜する割合に人気のうどん屋であるようですね。
店内に入ってみますと食事時も外れアイドリングタイムのせいかお客もおらず何とも気の抜けた気配が漂っていますが、逆にこういう時の方が茹でたてが食べられるという効能もあるわけです。
メニューを見ますとぶっかけうどんも数種類あるようなんですが、とりあえずここでは店名を冠した「とも作ぶっかけ」を冷やで頼んで見ました。

待ち時間10分ほどの後に出てきたこのとも作ぶっかけ、見た目はとにかく天ぷらがたくさん載っているのが特徴らしいんですが、うどんにかける出汁が別容器に入っているのはぶっかけではよくあるんですが、こちらのように丼に入れてくるとは初めて見たと言うところで、見た目的な印象もさることながら実用上も決して注ぎやすくはないんですが、あるいは天つゆ的にも使えと言うことなんでしょうか(それにしたってどんぶりはどうかですが)。
うどんは茹でたてらしい色艶ですが残念ながら表面が少し肌荒れ気味なのと微妙なぬめり加減が残ることもあって舌触りが悪いのは残念ですけれども、それ以上に腰があるとか製麺時の加水率が低くて硬いのでなく茹で不足で芯が硬いのが気になるところで、少なくとも冷たい状態で食べるならもう少し湯で時間をとった方がうどんらしい食感になりそうですよね。
ちなみに茹でたての冷食ですから過剰に気になりましたが、多分かけなど温食であったり冷食でも茹で置き状態だともう少し吸水して気にならないんだろうなとは思いますけれども、ともかくも肝腎のうどんはちょっと納得のいかない仕上がりと言うしかありません。
かなり甘口のかけつゆは味自体は別に悪くないんですがもともとぶっかけ用としては薄い方(おそらく香川スタイルなんでしょうね)であるのに、さらにトッピングとして相当量の大根おろしも加わるので少し弱い印象が拭えませんが、てんこ盛り状態の天ぷらは及第と言える仕上がりでした。

店内は結構広いもののあちらこちらに相当年季が入っているし、トイレなども一応スペースはあるもののやはり古風さを感じますが、それよりも寒い時期に外に面した通気性の良いトイレの床を水浸しにするのは(見たところ年配客も入りそうなお店だけに余計に)ちょっと危険ではないかと言う気がします。
接遇面ではよく言えば見た目通りと言うのでしょうか、ごく普通にこういうお店に相応の水準という感じでこのままでは忙しい時間帯にはちょっときつそうにも思うのですが、仮にアイドリングタイムで気が抜けていたとしてもお客がいる店舗側で世間話に講じてしまうのは正直あまり感心しませんね。
後日ネットで見てみますと自分なども結構好きな香川の「おか泉」に縁があるお店なのだそうで、言われてみれば確かにうどんの方向性やぶっかけの作りなど共通するものは感じるものの、あちらは香川でも例外的に高い値段を取るだけにあれだけの繁盛店であるのに、いつ行っても今日は外れと感じたことがない抜群の安定感がありますからねえ…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年3月 1日 (土)

ビットコイン取引停止 ハイリスクになりつつあるのは確かですが

すでに新聞等でも報道されている通り、仮想通貨ビットコインの取引で混乱が生じていることが世界的に話題になっています。

ビットコイン日本の取引所停止…換金不能の恐れ(2014年2月26日読売新聞)

 インターネット上の仮想通貨「ビットコイン」の日本の取引サイトが閉鎖状態になっていることが明らかになった。
 同取引所では今月7日から、ビットコイン取引のソフトに不具合があるとして取引を停止しており、同取引所を運営するマウントゴックス社(東京)は26日未明、自社のサイトに「利用者保護のため、しばらくの間、すべての取引を停止する措置を取った。状況を見て適宜対応する」などとする英文のコメントを掲示した。

 マウントゴックス社は2011年3月にビットコインの取引交換所をネット上に開設した。以来、取引量は1000億円以上にのぼり、一時期は世界のビットコインの8割を扱っていたとされる。
 しかし今月7日、口座のからの換金、送金業務を一部停止した。今後、同社に預けたビットコインの換金ができなくなる可能性もある。
 マウントゴックス社は「高度な暗号化技術で守られている」と説明していたが、外部からのサイバー攻撃で取引が一時的にできなくなったことがあるほか、昨年来、価格の乱高下が続き、暴落の危険性や利用者保護の仕組みが未整備である点を指摘する声が出ていた。

泣き寝入りも…実体なきビットコイン、規制なく(2014年2月27日読売新聞)

 インターネット上の仮想通貨「ビットコイン」の取引所のサイトが閉鎖状態になり、混乱が広がっている。ビットコインが通貨や電子マネーと違って法的な位置づけが曖昧で、利用者を保護したり、業者を規制したりする法制度が未整備であることが問題の背景にある。

 ビットコインは、ネット上のプログラムが発行量などを自動で管理する一種のデータで、発行主体も管理者もいないため、法的に「通貨」とはみなされない
 発行を受ける際にお金の払い込みが伴わないため、電子マネーを規制する資金決済法の対象からも外れる
 仮に取引でマネーロンダリング(資金洗浄)が見つかっても、「通貨」ではないので不正取引を防ぐ犯罪収益移転防止法で取り締まることが難しい

 一方、問題の発端となっているビットコインの私設の取引所は、当局への届け出が不要で、取引を仲介するノウハウがあれば、誰でも開設できる
 ビットコインとドルや円などの「現物通貨」とを交換する取引は、両替や商品券などを売買する金券ショップの業務とも似ているが、ビットコインはただのデータで実体を持たないことから、金券ショップを取り締まる古物営業法の適用も難しいという。
 金融庁や財務省、警察庁、消費者庁などが情報収集を急いでいるが、ビットコインを直接所管する官庁はなく、法制度も追いついていないことから、今後の対応は難航が予想される。
 ビットコインに詳しいみずほ証券の楊為舟アナリストは「現状でトラブルがあった場合は泣き寝入りするしかないだろう。利用者保護の仕組みの整備が求められるが、規制が強まれば利用者が減る可能性もある」と指摘している。

このビットコインの問題に関しては以前にも取り上げたところですけれども、今回の騒動に関しては不正なサイバー攻撃によるものと言うことで基本的には業者も被害者という立場ではあるのですが、問題はビットコインの巧妙なシステムが持つ特殊な性質上今回のような事件がひとたび起これば誰も個人の保有するビットコインを担保することが出来なくなるのではないかと言う懸念です。
すでにビットコインを不正に盗み出すウイルスが世界的に広く蔓延し始めているということなのですが、元々何らの実体経済の裏付けのない単なる仮想通貨がこれだけ高値で取引されるというのも唯一その価値を担保するシステムへの信用があったからで、匿名性の高さ等の利便性からいきなり利用が廃れると言うものでもないでしょうが今後は今まで以上に相場の上下に気を配る必要がありそうです。
今回の騒ぎで額面数千万単位のビットコインを喪失したと言う人もいるようで、当然ながらアメリカ議会などでも仮想通貨の法的規制を検討するべきだと言った話が出ているわけですが、他方では元々何ら実体的価値の裏付けのないものに勝手に価値を認めてやり取りしているだけなのだから、全て自己責任ということで放置しておけばいいと言う声もあるようです。
もちろん今の高いレートがリスクも軽視しすぎた過剰評価に基づくものであることは確かだと思いますが、実際にそれで各方面に少なからずの被害が発生してちょっとした社会問題化しつつある状況にも関わらず、面白いことに日本の各省庁がそろって後ろ向きで関わり合いを拒否しているようにも見えると言うのが興味深いですね。

日本の金融当局、仮想通貨ビットコイン騒ぎに介入せず(2014年2月25日ウォール・ストリート・ジャーナル)

 【東京】インターネット上の仮想通貨「ビットコイン」の取引所「Mt.Gox(マウントゴックス)」(東京)が最近、預け入れられたビットコインの引き出しを停止したことを受けて、返還を求める投資家たちは日本の金融当局からの何らかのガイダンス(指針)を期待している。だが、うまくいっていない。ビットコインの取引所は日本の規制上の空白で運営されているようだ。
 日本の各金融当局はビットコインについて、責任を取ることを拒否している。

 東京を拠点とするマウントゴックスは、昨年の一時期、すべてのビットコイン取引の80%以上を占めていたが、今月になって、あらゆる顧客の引き出しを停止した。ビットコインのソフトウエアのバグ(不具合)で一部ユーザーが取引を変更でき、詐欺的な引き出しが可能になる恐れがあるとの理由だった。マウントゴックスは先週、ビットコイン引き出し再開に向けて依然作業中だと述べた。
 週明け24日には、マウントゴックスのマルク・カルプレス最高経営責任者(CEO)が、ビットコイン普及を提唱している最も影響力ある業界団体「ビットコイン財団」の理事職を辞任したと発表した。この発表はニューヨーク時間では23日の日曜日夜だった。
 これを受けて、最近下落していたマウントゴックスのビットコイン相場は一段安となり、東京時間の24日遅くには1ビットコイン(BTC)=150ドル前後で取引された。一方、他の2つの主要取引所の指標となっているCoindeskビットコイン指数は同575ドルとなっている。1月末にはマウントゴックスのビットコイン相場は同939ドルだった。

 マウントゴックスの引き出し停止のあおりを受けた投資家たちは、これに抗議するため東京にある同社オフィスの外に集まった。中には、はるばる英国から飛んできた投資家もいた。一部の投資家は、日本の金融監督当局である金融庁に対し、マウントゴックスの顧客を保護する規則はないか尋ねたが、明確な回答は得られなかったという。
 一部の弁護士や法律専門家は、マウントゴックスのようにカネを預け入れられる機関は通常、金融庁の管轄になるという。しかし金融庁は、仮想通貨取引所を監督するのは金融庁の仕事ではないとみている。
 金融庁の広報担当官は、「ビットコインは通貨ではない。いわゆる通貨の代替物として機能する金をはじめとした物品のようなもの」と述べ、「金融庁は通貨を前提する金融に係る事務を所掌している。ビットコイン取引所は当庁の規制監督対象になっていない」と語った。

 欧州連合(EU)、中国、ロシア、そして米国など多くの主要経済国の官庁と比べ、日本の金融当局はビットコインについて沈黙を守ってきた。日銀の黒田東彦総裁は昨年12月、ビットコインについての一般的見解を質問されたのに対し、「大いに関心を持っている」と述べた。そして、日銀の研究機関である日銀金融研究所で研究していることを明らかにしたが、それ以上コメントしなかった
 日銀の広報担当者は21日、日銀はビットコインとその取引所を規制する立場にはないと述べた。
 財務省も24日、ビットコインやその関連サービスの監督は同省の仕事ではないと述べた。一方、情報技術(IT)やその関連問題を担当している総務省も、この(ビットコイン)問題について判断する立場にないと述べた。
(略)

ペテロならずとも何かしらトラブルが起こった後で関わり合いたいと思わないのが人の心理と言うものでしょうが、今回のようなトラブルがあるとは言え基本的に今後も大きく利用が拡大していくだろう仮想通貨と言うものに関して、監督省庁であることは省庁権益拡大と言う点でも決して悪い話ではないように思えるのにそれを完全に否定しているように見えるというのは、何やら興味深い現象だと思いますね。
もちろんソースが外信記事ですから日本語の微妙な機微を拾い上げ切れていないと言う可能性もあって、実際のところは今回の騒動に関わるつもりはないが将来的に法整備なりと整えば関わり合いたいと言った意を含んだコメントであった可能性もありますけれども、アメリカ連邦当局が東京に本拠を置くマウントゴックスを含む複数業者から事情を聞くと言っていることに比較すればやはり日本での動きは少しばかり腰が重い印象ですね。
実際には動きたくても法律の解釈変更に伴う他への影響の大きさ等から関わり合いになれないと言う面もあるようですが、基本的には仮想通貨なるものの価値が確定していない以上被害の多寡も判断出来ず緊急性がないと言うことなのでしょうか、今後実際に各地で「俺はこんな大損をこいた!」と言った声が多数上がるようになればまた話の流れも変わってくる可能性はあるでしょうし、いずれにしても何らかの公的ルール策定は必要でしょう。
しかし日本では以前から投資というものが少ないと言われていて、物作りなど実際に手を動かす仕事に敬意を払う文化的背景からお金だけを動かしてお金を儲けるという行為に心理的抵抗があるのでは?などと言う意見もありましたけれども、そもそも全くモノとしての裏付けを持たない仮想通貨と言うものに対して日本人の関わり方が諸外国とは異なるとなれば、これは文化論的にも少しばかり面白いなと思います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »