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2014年2月 5日 (水)

教育現場におけるある種の配慮の現状

最近は社会全般にやや辛口の風潮が広がっていると言うのでしょうか、教育方面でもゆとり教育の見直しと言うことが言われカリキュラムが厳しくなってきているようですが、その一方でこんな「優しい」意見もあると言う記事が出ていました。

中学入試は早生まれが不利にならぬよう配慮必要と教育専門家(2014年2月1日NEWSポストセブン)

 1月から4月1日までに生まれた、いわゆる「早生まれ」の子供たちは、特にスポーツ面で不利だといわれてきた。だが、周囲の「早生まれは不利」という考えが、子供の可能性を摘んでしまう傾向は、教育面でもいえる。
 これについては、一橋大学大学院経済学研究科・川口大司教授(労働経済学)の『小学校入学時の月齢が教育・所得に与える影響』のレポートに詳しい。

 総務省の就業構造基本調査(2002年)の100万人のデータを基にして、25~60歳の男女を対象に分析したところ、最終学歴(平均教育年数)は、3月生まれが4月生まれより、男性で0.2年、女性で0.1年短いという結果が出たという。川口教授が語る。
早生まれの子供は、小学校入学の時点で、4月生まれの子供に比べて幼いため、学習や社会的な活動といった側面で不利になるという可能性が指摘されています。
 実際に同じ学年に所属する児童の中で、月齢の高い者よりもテストの成績が悪いといった結果は、世界中の研究者がほぼ一貫して報告していることです。

 実は中高一貫校では“4月生まれの生徒の数が3月生まれの倍だった”という例も多く確認されています。これは小学6年時に横並びで試験を行なうためです。
 小学校入試では誕生月で差をつけるケースがあるが、私はこれを中学入試にも適用し、早生まれの者が不利にならないような配慮が必要であると思います」
 また、周囲の教員にも責任があると川口教授は語る。
「教員などが早生まれの子供に対し、早い時期に“あなたはできない子だ”という烙印を押すケースが多いが、教育現場ではこうした決めつけをしないように注意する必要がある。
 早生まれであることの不利は、学年が上がるに従ってなくなっていくことも確認されています」

不肖管理人の知り合いの一人も早生まれなのですが、小学校時代は多数の保護者からから「あの子とだけは同じクラスにしないでくれ」とクレームが舞い込むほどの問題児だったそうですが、今は立派に更正?して社会人としてやっていると言いますから、記事にもあるように「早生まれであることの不利は、学年が上がるに従ってなくなっていく」と言うのは全く以て納得のいく話です。
逆に言えば小学校や中学校の時点で学年単位でのお受験による選抜が妥当なのかどうかで、早生まれであるにも関わらず周囲に劣らない成績をあげられる子は非常に伸びる可能性があるのだからむしろ優遇すべきだとか、一年単位でなく月あるいはシーズン単位で区切って成績を評価した方がいいんじゃないかとか、こと平等と言うことに関して言えば色々と対策は考えられますよね。
ただ教育の場において平等であることが必ずしもいいのかどうかと言う視点もまた存在していて、誰しも教科毎に得意不得意はあるでしょうに数十人というまとまった単位で同じ内容を横並びで学ぶというのは、理解出来ている子にとっては退屈で成長の余地をスポイルすることになるでしょうし、理解の遅れている子にとってもついていくのが難しくこれまた退屈だと言うことになりかねません。
その点で昔から教育は習熟度別にすべきではないかと言う意見は少なからずあって、これに対して日頃個性を重視した教育の重要性を唱えているような進歩的な方々ほど熱心に反対論を繰り広げる傾向があるというのはなかなかに興味深い現象だなと思っていたところでしたが、先頃国から公立中学校でも習熟度別教育を取り入れるという話が出てきたようで、予想通り大いに議論を呼んでいるようですね。

中学英語の「習熟度別指導」全国拡大検討へ(2014年2月3日読売新聞)

 文部科学省は、一部の公立中学校で行われている英語の「習熟度別指導」を、全国的に広げて実施できるよう検討を始める。

 生徒の理解度に応じた少人数グループによる指導で学力向上を図り、2020年度に実施を目指す中学での英語による英語授業に向けて弾みをつけたい考えだ。今月上旬に有識者会議を発足させ、今年夏をめどに、すでに導入している中学校での効果を検証し、提言をまとめる

 公立中では、アルファベットの読み書きが困難な生徒と、日常英会話が堪能な生徒が混在し、教員から「授業が進めにくい」との声が出ている。一方、習熟度別指導を導入している中学校では、生徒の理解度向上や学習姿勢の積極化などの効果が見られるという。

 こうした現状を受け、習熟度別指導では、例えば、1クラスを複数の少人数グループに分割。苦手な生徒にはアルファベットの書き方など初歩的な内容で基礎力の定着を図る。得意な生徒には、より高度な読解や作文など発展的な学習に取り組ませる。


習熟度別授業に賛否 日教組の教研集会(2014年1月28日47ニュース)

 「学習への意欲が高まった」「差別につながる恐れがある」-。学力低下への懸念が広がる中で奈良市を中心に開催された日教組の教育研究全国集会。28日までの期間中、各分科会などでは、理解度によってグループ分けする習熟度別授業をめぐり、教師たちの賛否が割れた

 導入例が多く報告されたのは算数・数学や外国語の分科会。導入している教師は「授業にも出なかった生徒が『もっと授業を増やしてくれ』と言うようになった」(中学・数学)、「中1でも割り算ができない子がいるという現実を何とかしなくては」(同)と効果や切実な背景を訴えた。

 これに対し、子どもの競争心や差別感をあおるとの批判が相次いだほか、学力問題のシンポジウムでは「できるクラスの生徒が『おれはばかクラスじゃなくてよかった』と言っている」という例も紹介された。

習熟度別授業に批判集中 日教組教研集会閉幕(2014年1月26日47ニュース)

 埼玉県内で開かれていた日教組の教研集会は26日「子どもたちに平和な未来を手渡すために、憲法・教育基本法の理念を生かす実践を進めることを決意する」とのアピールを採択し、3日間の日程を終えた。

 学力問題や算数・数学の分科会では、子どもの理解度に合わせてクラスを分ける「習熟度別授業」に批判が集中した。

 学力の分科会で、北海道の男性教員は「自分も高校時代に能力別授業を受けた。『あほクラス』と呼ばれ卑屈な思いをした」と話した。沖縄県の教員も「欧米では1980年代に失敗した考え方だ。日本はその分析もせずに導入している。少人数授業と混同されている面もある」と指摘。

 「子ども同士の学び合いや学級集団としての成長を分断している」とする声が圧倒的だった。

それぞれの学童が教科によって得意不得意があるのだからレベルに応じて教えてもらえるのが当然と言う意見もある(特に算数・数学や英語ではこうした差が大きいと言います)一方で、しょせん教師が楽をするためのシステムに過ぎないと言った意見もあってまさに賛否両論ですけれども、厚労省によれば公立小学校の78%、中学校の68・5%が採り入れていると言いますからすでに「やるか、やらないか」の話ではありませんよね。
となればどのような方法論がよりよい教育効果を上げるのかと言うことと同時に、やはり公的な教育とは言っても今の時代は顧客満足度向上と言う視点もどうしても無視出来ませんから、当事者である学童や保護者にとっての満足度がどうなのかと言う観点も必要かと思いますが、面白いのは全国学力テストなどの結果から見ると成績上位者に対しては効果がある一方で、成績下位者に対してはほとんど効果がないとも言うことです。
この理由として成績下位グループにはもともと学習能力が低い者、あるいは素行等に問題があってそもそも学習する意欲に乏しい者が集まりやすい傾向があり教育効果が乏しいという説に加えて、(主にカリキュラム等の兼ね合いもあって)結局グループ分けをしても同じ内容・同じ進度で授業をするので教育効果が上がらないのだという説もあってどちらもそれなりに頷けるものがありますが、では子供目線で見るとどうなのかです。

例えば学習能力は低いけれども学習意欲は高いという子供がいた場合(こうした子供はしばしばイジメなどの対象にもなりそうであると想像し得るところですが)、別室で問題児と隣り合わせで隔離されたのではおちおち勉強もしていられないでしょうから、放っておいても学べる成績上位者よりも成績下位者ほど細かいクラス分けが必要になるはずですが、これまた「うちの子を不良と認定するのか!」と言われかねない側面はありそうです。
また本当に学習能力に乏しい相手にカリキュラム通りの授業を進めて結局何も身につかないよりは、カリキュラムを無視して(あるいは、一部だけを抜粋して)徹底的に教えた方が結局身につくものは多くなるのではないかと言う意見もあって、この辺りはむしろ文科省など教育のルールを決めている側がきちんと現場がやりやすい制度を調えなければ幾ら習熟度別と言ったところで意味がないということになりかねませんよね。
前述のように成績下位者にいわゆる問題児が集まりやすいとすれば、現実的に問題児の隔離と言った本来の目的外にも使える(と言うより、恐らく自然にそうなってしまう)と言う制度でもあって、特に物わかりの良い生徒ほど熱心に教えたくなるというのも人情でしょうから、ともかくも実質放置するだけの隔離部屋になってしまわないようにどうすべきかと言う点は非常に気を遣うべきことでしょう。

ちなみに一方の当事者である保護者がこうした習熟度別授業についてどう考えているのかということなんですが、まずは総論として賛成であると言う意見が8割と圧倒的多数派を占めているというのも去ることながら、これまた面白いのは「子供の成績が良い」だとか「親の学歴が高い」場合ほど肯定的評価をする比率が高まるのだそうで、このあたりはまあそうなんだろうなと思うところではありますよね。
個人的に思うことには実施にあたってのクラスの振り分け方についてで、私学において生徒をランク付けするのはまあいいとして公的教育で成績によって振り分けるというやり方がいいのかどうかで、むしろ個人個人の要望に応じて「どんどん応用問題を解かせるコース」だとか「じっくり基礎を学べるコース」と言った複数の選択肢から各人の要望に応じて選べるようにした方が余計な反対意見も出にくいんじゃないかと言う気がします。
そうなると今度は「それでは全員が上のコースを選びたがるに決まっている」と言う意見もあるでしょうが、教育の一側面である学習効果と言う点から考えると限られた人生の時間を使ってどこにどれだけのリソースを投じれば最大の成果が得られるかという最適解を探す作業に他ならないとも言えますから、判らないものを判っている顔で聞く時間も判りきったものを無駄に聞き流す時間と同様に無駄な時間の使い方ですよね。
もちろん判りきっていると聞き流すから無駄になると言う考え方もあって、例えば近年大学教育などでも昔ながらの講義型の教育スタイルは効果が乏しい、全員参加型のディスカッションスタイルを取り入れるべきだと言った主張がありますが、「他人に理解させることこそ一番難しい」と言うようにすでに判っている(つもりになっている)ことでもやり方次第で更に次の段階に進めるという効果は期待出来るかとも思います。
要するにどう道を選んでも自ら工夫し高める方法はあると言うことで、つまりは今のところ教育にはこれと言う絶対的な正解もないし、教える側も学ぶ側も今なお試行錯誤している過程にあるとも言えるかと思いますが、そういう性質のものであるからこそ今の時代の広汎に広まりつつある考え方として、十分な説明と理解に基づき各個人に自ら選ばせるという過程こそが重要なんじゃないかなと言う気がします。

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コメント

何をやろうが馬鹿は馬鹿だと親が認めることが正しい教育の第一歩だと思う。
自分の頭の出来無視して子供に幻想抱き過ぎだ。

投稿: 太郎 | 2014年2月 5日 (水) 07時55分

早生まれは学習に不利?失笑ものです。では、大学受験において現役と浪人では、なぜ浪人の方が合格率が高くないのか?実際には既に、受験においては、それぞれの暗記能力レベル格差は早期から存在する。
習熟度別にクラス分けしたら、差別が生まれるから、ダメとか言ってる輩がまだ存在するのに驚きだ。子供は既に子供の頃から自分と他人の違い、各自の立場を理解しています。彼は金持ちの子供、彼はたぶん東大に入れるだろう、彼女たちは、やはり、ヤンキーと付き合いヤンママになり、地元に根を張るだろう、とか 等々…人生自体が、格差社会、不条理で不公平であり、差別、区別の連続。子供時代に理解して何が悪いんでしょう?

投稿: striker | 2014年2月 5日 (水) 08時19分

一人一人の能力に差があるかないかと言ったら多分確実に差はあるはずです。
その差が生まれつきなのかその後の教育によるものなのかですよね。
教育の要素が大きいとなったら育てられなかった大人の責任になりますから。
いま思い出しても教育の下手だった先生って少なくなかったですね。

投稿: ぽん太 | 2014年2月 5日 (水) 08時52分

やはり諸悪の根源は日教組ということだなw

投稿: aaa | 2014年2月 5日 (水) 09時54分

問題があった時の責任全てを特定個人なり団体なりに負わせると言うことは、うまくいった時の功績全ても認めると言うことであって、個人的には何であれもう少し名もなき衆生の関与を考慮したいですね。

投稿: 管理人nobu | 2014年2月 5日 (水) 11時57分

でも普通は8割も賛成してたらほぼ異論なしって状況ですよ?
反対論が多い日教組ってやっぱりちょっと変なんじゃ?

投稿: たまごん | 2014年2月 5日 (水) 22時42分

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