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2014年2月24日 (月)

粗忽長屋なら笑い話ですみますが

非常に不思議な事件と言ってはいささか不謹慎なのでしょうが、救急搬送に関連してかなり珍しいことが起こったと言うニュースが出ています。

<京都市消防局>生きてるのに「死んでいる」 後で救急搬送(2014年2月22日毎日新聞)

 京都市消防局の救急隊員が室内で倒れていた70代女性を「死亡」と判断して引き揚げた後、現場の警察官が生きていることに気づき、救急搬送されたことが分かった。女性は入院中だが命に別条はないという。

 市消防局によると、今月14日午後11時5分ごろ、京都市中京区のマンションの住民男性から「女性が倒れている」と119番通報があった。駆けつけた救急隊員が「呼吸や脈がなく、死亡している」と判断し、約30分後に京都府警中京署に引き継いだ

 ところが、約1時間20分後、鑑識活動中の署員から「生命反応があるようだ」と連絡があり再び出動。別の隊員が、女性の目が開き、呼びかけにも応じることを確認し、救急搬送した。

 「死亡」と判断した隊員は市消防局の調査に対し、呼吸や脈、死後硬直を確認したとする一方、「新聞が数日分たまっているという通報内容から先入観があったかもしれない」と話している。市消防局は「過去にない事例。原因を調査し、職員の処分も検討する」としている。【村田拓也】

救急隊員「死亡」→警官「息がある」→別の隊員が搬送(2014年2月23日スポーツ報知)

 京都市消防局の救急隊員が市内のマンションで倒れていた70代の女性住人を誤って死亡と判断し、救急搬送せずに引き揚げていたことが22日、市消防局への取材で分かった。現場を引き継いだ鑑識活動中の警察官が女性の生存に気付き、消防があらためて救急搬送した。現在、女性は入院中で、容体も安定し回復に向かっているという。

 市消防局によると、14日午後11時5分ごろ、京都市中京区のマンションの男性住民から「女性が洗面所で倒れている」と119番通報があった。男性は女性の隣人で、女性宅の新聞受けに新聞がたまっているのを見て心配になり、訪ねたが応答がなかったという。玄関の扉に鍵はかかっておらず、安否を確認しようと中に入ったところ、洗面所で倒れている女性を発見し通報した。約5分後、20代と30代の男性救急隊員2人が現場に到着。女性に呼吸や脈がなく、死亡と判断し、約30分後、現場に到着していた京都府警の中京署員に引き継いで現場を離れた。

 だが、15日午前1時ごろ、鑑識に入った警察官が、女性が息をしているのに気付き、呼び掛けに応じることを確認し消防に連絡。現場には別の救急隊員が急行し、女性は京都市内の病院に救急搬送された。

 京都市消防局によると、当初駆けつけた隊員は「(死亡確認の)手順は行った」と説明しているという。市消防局は「多大なご迷惑をおかけして申し訳ない。再発防止のため医師の助言を受け、原因の調査を進めていきたい。隊員の処分についても検討する」という。

まさか脇の下にピンポン球を挟んでいたなんてオチでもないんでしょうが、恐らくは暖房も付けていないような状況だったのだろうと思われますから生きていたとしても相当な低体温だったでしょうし、あるいは実際仮死に近いような状況であったのかも知れませんから、救急隊員がどの程度の確認を行ったのか判りませんが先入観を持って形ばかり触ってみる程度では判りにくかったのかとも思います。
いずれにしても最終的に命に別状なかったと言いますからネタのような本当の話と言うくらいで済んでいますけれども、これが手遅れで亡くなったともなれば業務上過失致死なり何らかの刑事罰にも発展しかねないところで、内部処分を云々する以前に十分な隊員教育を行っていくことが重要だと思いますね。
それはともかくこうした記事を見ていて多くの人が疑問に思うでしょうが、救急隊と言えば呼ばれれば取りあえず生きていようが死んでいようが病院までは運ばなければならず、実際にDOA(dead on arrival=到着時死亡)と言う言葉があるくらいに「病院に搬送されたが死亡が確認された」ケースは珍しくなく、死体だからと言って直ちに搬送を断る訳ではないはずですよね。
他方でドラマなどでも人が死んでいる!と言えば警察が到着するまで現場をなるべく動かすなと言うシーンは見慣れたものですけれども、実際にこうした異常な状況に遭遇すれば果たしてそのまま死体(状態の患者)を即運び出してしまっていいものなのか?と言う疑問も湧くところであり、そうなると結局死体も搬送すべきなのか、それとも搬送すべきではないのかと言う境界線が疑問になってきます。

まず基本的に日本では「人が死んでいる」と認定することは医師にしか行えないことであると言う法的大前提があって、一見して死亡しているように見える状態でも医師の確認を得るまでは生きているものとして扱わなければならないんじゃないか?と言う素朴な疑問が生じますが、他方では誰が見てもこれは死んでいるし蘇生処置など考えられないという状況は必ずありますよね。
こうした誰が見ても死んでいる状況を「社会死」と言うのだそうで、もちろん湖底に沈んだ車から見つかった遺体であるとか床下から見つかったミイラ化した遺体などはこれに含まれるわけですが、具体的には以下の7項目を全て満たすものを社会死と認め、この場合には搬送を行わなくとも良いと言う扱いになるのだそうです(最近ではさらに念を入れて心電図モニターでも確認するのだそうですが)。

意識がない
呼吸がない
脈がない
体温が低下
瞳孔の散大
死後硬直
死斑の出現

もちろん実際には物理的にこれら全項目の確認が不可能であると言う場合もありますが、そうしたケースでは当然「確認するまでもなく明らかに死んでいる」と言う状態でしょうから救急搬送は行わず警察に引き渡すということになるわけですが、興味深いのはここまで明確に確認手順も定まりルール化されているにも関わらず、過去にも死んでいたはずの仏さんが生き返ったと言う事例が一つならずあるらしいと言うことですね。
その場合に実際に仮死状態から生き返ったということなのか、それとも確認時の不徹底で生きている人を死んだと判断してしまっているのかは何とも言えないのですけれども、この辺りはまさに社会的に死を定義すると言うことの意味が問われるところで、例えば川で流された子供が懸命の捜索の末に川底で発見されましたと言った場合には「明らかに死んでいる」としてもまず間違いなく病院に搬送されるのではないかと思います。
逆に今回のような高齢者の孤独死と言った言葉が容易に想像出来そうな状況であるなら、やはりそこまでの熱意をもって生きている可能性にかけるよりも死んでいることにしておきたくなるのが人情と言うものでしょうから、通報された際の状況から予断を持ってしまったと言う当事者の声は確かに本音なのだろうなとは思いますね。

問題はこの事件の余波がどれほどのところにまで及ぶかなのですが、聞くところによると京都という街は人権意識の高い土地柄なのだそうですから各方面から「何と言うことだ!こんなとんでもないことが起こっていいはずがない!」と言う声が数多挙がった結果、「やはり人の生き死にの確認などと言う重大業務を消防隊員に任せる訳にはいかない」と社会死が疑われるケースも全例搬送、などと言うことにならないのかです。
その場合実際にはそういう微妙なケースと言うものがそう沢山あるというわけでもないのでしょうから、単純に救急受け入れ要請が増えて救急現場が多忙になる分にはさほどの大きな影響はないのかも知れませんが、明らかにそれは生きていないだろうと言うケースの搬送が増えるとなると関わるスタッフの間にもある種の心理的負担が急増する(そして、場合によっては離職につながる)と言うことは起こりえるのかも知れませんよね。
この辺りはやはり社会として死をどう定義づけるかと言うことでもあって、元々死亡確認後最低24時間は置いてから火葬にすると言った決まりが出来たのももちろん通夜と言う宗教的習慣に配慮したと言う側面もあるとは言え、時にはその間に生き返ることもあるんだよと言う意味でもあったわけですから、容易に死を受け入れられない事情のあるケースを除いてあまり過誤診断リスクを突き詰めすぎてもどうなのかな、と言う気はします。
しかしひと頃の野戦病院じみた救急医療機関では言葉は悪いですが「DOAは研修医のトレーニング台」と言った感があって、どんな名医が手を尽くしても救命し得ない症例だからこそ研修医が救命救急処置の腕を磨く絶好のチャンスだと見なされていた側面もあるやに聞きますが、草食化が進行しているとも言う今の時代の研修医も「すわDOAの到着だ」と勇んで飛び出していく気概はあるものでしょうか?

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コメント

低体温で極端な徐脈か不整脈だったとか?
手首だけだと脈なんて判りにくいことが多いですけどよく助かりました。
広範な壊疽患者なんて下手したらミイラ化死体って言われかねませんけどね。

ところでいちばん簡単確実に死んでることを見分ける方法ってやっぱり心電図なんでしょうか?

投稿: ぽん太 | 2014年2月24日 (月) 08時54分

>男性は女性の隣人で、女性宅の新聞受けに新聞がたまっているのを見て心配になり、訪ねたが応答がなかったという。玄関の扉に鍵はかかっておらず、安否を確認しようと中に入ったところ、洗面所で倒れている女性を発見し通報した。

今どきここまでする人ってすごく珍しい。
普通はせいぜい大家か警察に連絡して終わりなのでは?
命の恩人だからおばあちゃんも後でしっかりお礼言っとかないとね。

投稿: 鎌田 | 2014年2月24日 (月) 09時16分

救急隊到着時CPA、心肺蘇生にて心拍再開、JCS300という連絡のあった患者さんを受け入れたら、単なるヒステリーだったことならあります。

投稿: クマ | 2014年2月24日 (月) 10時27分

老人施設での看取りってこれが怖いんですよ。
やっぱり簡易の心電計くらい使わなきゃダメかな。

投稿: 嫌われクン | 2014年2月24日 (月) 10時33分

>救急隊到着時CPA、心肺蘇生にて心拍再開、JCS300という連絡のあった患者さんを受け入れたら、単なるヒステリーだった

合併症として多発性肋骨骨折がついてきませんでしたか?

投稿: 康司クン | 2014年2月24日 (月) 10時54分

やはり明確に対応(と言うより予後)が変わるわけですから、確認作業に関しては誰がやっても間違えがないと言う方法論を確立することは必要かと思いますが、コスト等々を考えると現状では心電図になるのでしょうか。
ところで以前に僻地で郵便配達員による老人世帯巡回サービスの話題が出ていたと思いますが、今回のケースを見ても判るように毎日配達される新聞なども一つの目安として活用は可能ですよね。
民業ですから制度的に組み込むことは難しいのかも知れませんが、契約時に例えば何日以上新聞を放置していた場合指定された先へ連絡すると言ったこともありなのかなと感じましたが、業者の方どうでしょうか。

投稿: 管理人nobu | 2014年2月24日 (月) 11時34分

リンク先の頭部外傷?の話怖すぎです…
こんなのみたらトラウマものなのに先生方って度胸ありますね…
事務の人の反応が普通だと思います

投稿: てんてん | 2014年2月24日 (月) 12時45分

>多発性肋骨骨折
うろ覚えですが、幸いなことにふくよかな方だったためか骨折は無かったはずです。
来院時に対応した救急医もJCS300と判断しちゃってましたが、たまたま院内にいた主治医が電子カルテをみて駆けつけてその方の名前を呼んだら、その方、にやっとされたそうです。。

管理人さまへ
毎日ヘルパーが安否確認をするだけなら介護保険の自己負担は1万円以下ですので、特に独居の方は介護度が自立でないのであれば積極的に既存のサービスを利用したほうがよさそうに思います。

投稿: クマ | 2014年2月24日 (月) 15時22分

うんこ安倍に見殺しにされ、飢えと寒さで亡くなられた被災者に合掌

投稿: | 2014年2月25日 (火) 13時35分

救急車は信用できないやっぱりドクターヘリやドクターカーでしょう 消防署の救急車はあぶないね

投稿: 救急車は嫌い君 | 2014年2月26日 (水) 15時57分

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