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2014年2月25日 (火)

生殖医療は生命倫理のダークサイドに踏み込みつつある?

本日の本題に入る前に、最近はあまり聞かなくなったのは事実として減ったからなのかニュースバリューが減じて報道されなくなったからなのかは知りませんが、ひと頃排卵誘発剤による多胎妊娠ということがやたらに報道されていた時期がありましたよね。
2011年には双子以上の多胎妊娠が少なくとも1000件以上あったそうですが、そのうちのおよそ4割が排卵誘発剤を使用していたものだと言いますが、専門家によれば簡便で使用しやすい内服薬のみではほとんど多胎妊娠の可能性が増えることはないそうで、やはり注射薬等も用いて強力な排卵を促した場合に可能性が高まるというものであるようです。
もちろん子供を欲しがって高い薬も使っているくらいですから双子や三つ子でも喜びこそすれ嫌がる夫婦もそうはいないと思いますが、あまりに多胎が過ぎると当然ながら母体・胎児双方にとってよい結果にはならないと言うことを改めて思い知らされる症例が先日報じられていました。

女性 1日で10人の子供を出産し、失う(2013年12月19日The Voice of Russia)

   インドで前代未聞の出来事が起こった。マディヤ・プラデーシュ州に住む28歳の女性アンジュ・クシワハさんは、1日で10人の子供を出産したが、全員死亡した。

   伝えられたところによると、陣痛が始まった時、クシワハさんは妊娠12週目だった。クシワハさんは自宅から123キロ離れた病院に搬送されたが、医師たちには助ける力がなかった。

   スミトラ・ヤダワ産婦人科医によると、胎児の数が多かったことから判断して、女性は不妊で苦しみ、医師が女性の子宮内に一度に複数の胚を移植した可能性があるという。だが、妊娠の経過を確認する医師はいなかったため、減数手術などの処置を施すことができなかった。もし女性が頻繁に医師の診察を受けていれば、少なくとも3人の赤ん坊の命が救われた可能性があるという。

今回の場合は詳細な状況が不明で体外受精の可能性があると報じられているのみですが、ともかくも胎児数の増加に従って早産率が高まり胎児体重が減少する、妊娠中毒症や羊水過多の恐れが高まり妊娠継続が難しくなるなど明らかに母児双方にとってのリスクが高まることは知られているわけですから、せっかくなら不妊治療そのものよりもその後のフォローアップの方にこそ多大な労力とお金をかけるべきだったと思える症例ですよね。
こういう多胎妊娠の場合には減胎手術の是非が議論になりますが、公的基準も未だ定まっていない中で異常が見つかった胎児を選択して減胎手術を行っていた(ちなみに胎児異常を理由とした中絶も公的には認められていません)施設の存在が報道されるなどすると「命の選別につながる」と言う批判的な声は必ず出てくるところで、とかく生殖医療に関しては医学的な安全性・妥当性に加えて社会的・倫理的な視点が絡んでくるものですよね。
その意味で昨年から開始されすでに予想以上に活況を呈していると言ういわゆる新出生前診断などは「胎児の産み分けにつながる」として根強い慎重論・反対論がありますけれども、すでに時代はさらにその先へと進み始めているというニュースが出ていました。

着床前スクリーニング:産科婦人科学会 導入是非から議論(2014年2月23日毎日新聞)

 日本産科婦人科学会(日産婦)は22日、体外受精卵を子宮へ戻す前に広く染色体異常を調べる新たな検査「着床前スクリーニング」について、学会としての方針を検討する小委員会を設置すると発表した。日産婦は「最近、すべての染色体を網羅的に調べる新技術が登場し、会員からも検討を求める声がある。多様な考え方があるので、容認を前提とせずに議論したい」と説明した。

 3月以降、1年程度かけてこの検査を導入することの是非、導入する場合の対象や方法を検討する。

 日産婦は現在、目的を限定した受精卵の検査「着床前診断」を認めている。全身の筋力が低下する「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」などの重い遺伝病▽流産を繰り返す「習慣流産」で夫婦いずれかの染色体異常が原因の場合−−を対象とし2004年以降、計308件を承認した。

 一方、複数の染色体を調べる着床前スクリーニングの実施は認めていない。しかし、学会内では、データを集めて技術の有効性を調べるよう求める意見や、妊娠後に胎児の染色体異常を調べる「新型出生前診断」が昨春始まり、着床前診断が認めないダウン症などの疾患が対象になっていることから、「ダブルスタンダードだ」との指摘があるという。受精卵の検査には「命の選別にあたる」との批判も根強い。【須田桃子】

 ◇着床前スクリーニング

 体外受精による受精卵から一部の細胞を採取し、染色体や遺伝子に異常がないかを調べる検査の一つ。最近、受精卵のすべての染色体を網羅的に調べられる「アレイCGH」と呼ばれる技術が登場している。国内の一部医療機関では、異常のない受精卵を子宮に戻すことで妊娠率を上げたり流産率を下げたりできると主張してアレイCGHによる着床前スクリーニングを導入している。ただ、海外では相反する報告もあり、有効性に関する結論が出ていない

記事によると現状では未だ医学的な評価も確定したものとはなっていないようですけれども、理屈の上で考えるならば言うまでもないことですが体外受精をする場合に受精卵全てが全く同じと言うわけではなく相応に違いがあるのは事実で、それがどう違うのか判らない間は妊娠の成否も確率論に頼るしかなかったのでしょうが、こうして物理的にある程度調べをつけることが可能になればまた悩ましいというものですよね。
特にこうした技術が妊娠可能性等に留まることなく児の遺伝的素因までとなるとこれまた産み分け議論に直結しかねませんけれども、例えば受精卵であればそれは生命倫理に絡んだ議論が必発になりますが、世界的に受精前の配偶子段階では未だ生命ではないとされているだけに、将来的には配偶子の時点で何らかのセレクションが行われるという方向に技術が進んでいく可能性もあるのでしょうか。
いずれにせよこうした技術が究極的に発達し子供は選んで産み分けることが可能と言うことになれば、単なる不妊医療技術の進歩と言うだけではなく早い話がいずれ自然妊娠は損ということになるか?と言うことなんですが、SFの世界では近未来世界において産み分けは元より遺伝子選別から遺伝子操作まで以前から描かれていたものでもあって、それによって母子のみならず社会に何が起こるかも主要なテーマとなっています。
ただ産科医療の進歩によって周産期死亡率が劇的に低下したと言うのも医療介入がそれだけ増えたと言うことでもあり、現状ではそれは基本的に良いことだと認識されている一方でそれはやはり不自然だと感じる(決して多数派ではない)一定数の人々が様々なリスクを甘受してでもいわゆる「自然なお産」なるものを行っている現状を見ると、こうした技術も一般化すればいずれ個人の選択の自由の範疇に収まるのかも知れません。

かつて昭和の時代には命の価値に違いはないとか命は地球よりも重いだとかいった価値観がかなり広汎に蔓延していた時期がありましたが、風の噂に聞くところによれば消毒や滅菌と言った処置すらも「無用に命を奪う」と拒否する人もわずかながら本当にいらっしゃるとかいらっしゃらないとかで、そうした方々にとっては世にトンデモと言われる自然派助産師のやり方こそ正しいとなるのかも知れません。
しかし実際にはやはり命の価値には違いがあるだろうと言うのが実生活上暗黙の前提として認められているのは否みがたい事実であって、社会的にも生産性の高い(あるいは、近い将来高くなることが見込まれる)命は価値も総じて高くなる一方で、胎児などに関してはどこからが一人前の命として認めるべきかすら(一人前と認めることに派生する実際的諸問題と言う課題もあって)未だに議論が別れるところですよね。
ただもちろん総論としてはそうであっても各論としては個々の意志や思想信条が優先されるべきと言うのが現代日本における医療の立ち位置でもあって、たとえ世間一般では「この人にこれ以上の濃厚医療をやっても…」と言った場合にも「とにかく出来るだけのことをしてください!」が公費で許容されるのが現代日本のありがたさでもあり、その程度の自由はまだまだ許容されてしかるべきだと多くの国民も感じているんだろうと思います。
一般論としてもそれが公共の福祉に反しない限りにおいては、「○○をすべきではない」と言う制限論を唱えるのであれば「○○をする自由を認めるべきだ」と言う許容論もまた認めなければならないと言うものでしょうし、選択枝が増えていき各人が各人なりの考えに従った結果、大多数は自然に行える行為に高いお金を払ってまで高度なオプションを追加すると言う選択が直ちに多数派になるとも思えないのは自分だけでしょうか。

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コメント

いずれ超天才ばかり産まれてくる日がくるかw

投稿: aaa | 2014年2月25日 (火) 09時00分

ダークサイドなんですかねこれは。
子供の幸せを願う親の気持ちには違いないはずですけど。
どこまで調べるかで本質に違いがあるんでしょうか。
何か釈然としないっていうか…

投稿: ぽん太 | 2014年2月25日 (火) 09時18分

命の選別にあたる、と批判する人は、ご自分が選別しないだけでは満足できないのですかね
もともと自然淘汰されるはずだった生命を無理やり生かしてることとバランスが取れないような気がする

投稿: | 2014年2月25日 (火) 10時07分

基本的には個人的な問題はそれが公共の福祉に反しない限り個人で決めなさいが妥当だと思いますし、その自由を行使するにあたって法的・ルール的未整備が制約になるなら整備する必要もあるでしょう。
面白いと思うのはこうした「議論を呼ぶ」問題に関してアンケートを取ってみると実は市民の多数派は許容的であったりするところで、少数の不快感を充足するために多数派が犠牲になる形と言えば言えそうです。
もちろん親がよかれと思ってしたことが子にとってもよいことだと無条件に言えるわけでもないので、明らかに子の不利益になる部分に関してはルール作りが必要だとは思います。
しかしこういう問題の行き着くところ特定の子に特別な利益がもたらされる結果、残り大多数が相対的に不利益な状況に陥るんじゃないかと言う懸念がどうしても出るのも確かで、結局どこまで社会的影響が出るかでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2014年2月25日 (火) 11時22分

ゲノムから産まれ持った素質が判明する時代が目の前にあるわけだ
こういう検査を受ける人って中絶率も高いんだろうなあ

投稿: tax | 2014年2月25日 (火) 14時07分

こういうの検査自体がだめだと言うのか検査の結果で中絶するのがだめって言うのかわからないですね
ところで胎児に異常があっても中絶禁止だったら中絶できない時期にだけ検査させるべきってことになります?

投稿: てんてん | 2014年2月25日 (火) 14時32分

>中絶できない時期にだけ検査させるべき
そんな検査うける人いないでしょ
それなら、生まれてからの検査でいいはず

投稿: | 2014年2月25日 (火) 14時54分

>ところで胎児に異常があっても中絶禁止だったら中絶できない時期にだけ検査させるべきってことになります?

検査の結果重篤な障害を持つことが明らかになれば経済的に養育困難だとして中絶理由となりえるでしょうな

投稿: 元僻地勤務医 | 2014年2月25日 (火) 15時55分

>経済的に養育困難だとして中絶理由となりえる

経済的に養育可能なら中絶は許さんってことになるのですかね

投稿: | 2014年2月25日 (火) 16時32分

あくまで自己申告で確認することはないからね

投稿: | 2014年2月25日 (火) 16時41分

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