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2014年1月21日 (火)

子供との関わり方はどうあるべきか?

少子化がこれだけ言われるだけに注目度も高まるのか子供の話題には事欠きませんが、一方で子供との接触経験が社会全般で減少している影響なのでしょうか、「子供の行動が気になる」という声はむしろ増えているようです。

飛行機での子供の行為、深夜便の泣き声やシートベルト関連に「腹が立った」(2014年1月17日マイナビニュース)

公共交通機関での子供の迷惑行為。電車内では約4割が「腹が立った」と回答していたが(マイナビニュース調べ)、飛行機ではどうだろうか。マイナビニュース会員200名にアンケートをとったところ、腹が立ったことがあると回答したのは10%にとどまった。

しかし、機内は密室で逃げ場もないことから回答者からは特に深夜便での利用時に困ったという声が目立った。「夜中の便なのに泣きやまない。でも子供は悪くないと思う。そんな便を選ぶ親が非常識」(33歳男性/通信/事務系専門職)、「夜中に大声で泣き続けていて睡眠妨害になった」(37歳女性/建設・土木/事務系専門職)。

さらには、「シートベルト着用の指示が出ているにもかかわらず、それに従わないのを見たときには、言うこと聞けよと思った」(31歳男性/小売店/事務系専門職)といったシートベルトに関する意見も複数あった。確かにシートベルト着用を拒むと離陸の時間が遅れて他の乗客の迷惑になり、さらには搭乗拒否ということもあり得るのでしっかりと着用してもらいたいものだ。

「フライト中の2時間ほど機内で泣きっぱなしの赤ちゃんがいた。耳障りなのもあるけど、赤ちゃんが泣きっぱなしでかわいそう」(25歳女性/商社・卸/事務系専門職)と赤ちゃんの体調を心配する回答者も。また、「乗っている間ずっとうるさくしていたのに親は完全無視。信じられなかったです」(28歳女性/土木・建設/事務系専門職)と、子供だけではなく親の対応を疑問視する声もあった。機内での乳幼児対応、度々物議を醸すテーマだが、誰もが遭遇するかもしれないことである。あなたはどう考える?


さかもと未明氏「子供の問題に何も言えない空気感はおかしい」(2014年1月16日NEWSポストセブン)

 新幹線と子供の泣き声を題材に、正月早々、大論争に発展したホリエモンの“睡眠薬”発言。新幹線で泣く子供に対して、睡眠薬を飲ませることを肯定するかのような発言は、大きな論争となったが、赤ん坊の泣き声をめぐる騒動で思い出すのは、2012年11月に漫画家のさかもと未明氏が「赤ちゃんは飛行機に乗せるな」と意見して、激しいバッシングを受けた一件だろう。

 国内線の機内で泣き叫び続ける乳児の声に耐えきれなくなったさかもと氏が、乳児の母親に「あなたのお子さんは、もう少し大きくなるまで飛行機に乗せてはいけません。赤ちゃんだからなんでも許されるというわけではない」と叱責。JALに対しても猛烈なクレームをつけたと雑誌のコラムで明かした。これに対し、ネット上では非難が相次いだのだ。

 当のさかもと氏は、「あの発言について後悔は基本的にしていません。発言によって議論が起きてくれればと思っていました」と振り返ったうえで、今回のホリエモン炎上騒ぎについてこう話す。

「反応が異常ですよね。赤ちゃんや子供を思いやるのは当然ですが、それとは別に“疲れている時に子供の泣き声をうるさく思う”ことについて議論しようとの提案があってもいい。腫れ物に触るみたいな感じでは子供にとってもよくないのでは。

 子供は社会の宝物だけど、じゃあ赤ちゃんや子供のやることは野放しでいいかっていったら違うはず。赤ちゃんは言い聞かせられないから、親がそういう時期は連れ歩かないよう配慮すべきです」

 さかもと氏は、つい最近もこんな経験をしたという。

「新幹線のグリーン車に乗ったのですが、子供がはしゃいで通路を歩き回り、親は何もいわない。グリーン車って、本当にゆっくりしたい人がお金を余計に払って座る場所じゃないですか。そこにしつけのできていない子供を乗せて放置する親の神経がわからない。子供の問題に対しては、何も言えなくなってしまう空気感がおかしいと思います」

赤ん坊がなかなか泣き止まないといったある程度仕方のない場合ももちろんありますが、こうした場合特に問題視されやすいのが記事にありますように親のしつけがそもそもなっておらず事後対応も悪いという場合で、機内社会に限らず親世代のモラルや規範意識が全般的に低下した結果学校の教室内ですらモラルハザードが懸念される状況に陥っているというのは、やはりよいことだとは思われません。
他方で世の中全般に権利意識も高まっている中で、親が子供を好き勝手にさせる権利があるならしつけのなっていない子供を嫌う権利もあるはずだと言う意見も判りますが、少子化の原因の一つがこうした実体験に基づく子供嫌いであり、そして子供嫌いが少子化による子供耐性の低下によってもたらされているという悪循環があるのだとすれば何とも悲しい話だと思いますね。
こうした子供問題が取り上げられるたびに話題になるのが「昔は近所の怖いおじさんが何かと子供に小言を言っていて、それが結果的に子供のモラル、マナーを向上することにつながっていたのだ」と言う話なんですが、今の時代しつけの悪い子供の反社会的行動にうかつに注意でもしようものなら後で親が怒鳴り込んでくる、なんて話もあるようですから近所の怖いおじさんもたまったものではないでしょう。
ただこうした「正しいことをしているはずなのに何故か非難される」というのは当事者にとっては非常に大きな心理的重圧にもなるわけで、余計な面倒に巻き込まれることにもなりかねないから見て見ぬふりをしようという考えが蔓延してくるようですと社会にとっての損失どころか、一番の被害者は当の子供であるということも言えるわけですね。

迷子に「どうしたの」と声かけるべきか 「不審者」扱い怖く、「110番」した実例巡り議論(2014年1月10日J-CASTニュース)

  子供にあいさつしただけで「不審者」のレッテルを貼られかねない昨今、迷子を見かけた際に「どうしたの?」と声をかけるのは少し勇気がいることかもしれない。
   ある男性は声をかける代わりに「110番」としてその場を去るという苦肉の策をとった。一連の出来事を2014年1月9日にツイッターで告白すると、すぐに反響が広がった。

「駅はどちらですか」「すみません」で通報の例も

   男性は9日、「昨晩110番を利用してしまった」として8日夜の出来事を語り始めた。ツイートによると、男性は20時ごろ、小学校1~2年生くらいの子供が1人で泣きながら歩いているところを住宅街で見かけた。迷子かと思い、声をかけようとしたが、いわゆる「声かけ事案扱いされること」が頭に浮かんだ。男性は不審者扱いされるリスクを考えて声をかけることを断念し、代わりに「110番」通報をしたという。
   一般的に「声かけ事案」とは、子供に「お菓子をあげる」「車に乗せてあげる」などと誘うものや、住所などの個人情報を尋ねるもの、卑猥な言葉をかけるものなど、誘拐事件や性犯罪などの前兆と思われる事案のことを指し、条例で禁止している県もある
   ところが、各警察署がメールマガジンやホームページで発表している事例をみてみると、本当に不審者だったのか分からないものも散見される。「おはよう」と挨拶した男性や、「駅はどちらですか」と尋ねた男性、「すみません」と声をかけた男性の通報例は、受け取り手の過剰反応である可能性も否定できない。インターネット上には、転んだ少女に「大丈夫?」と声をかけた結果、長時間にわたって事情聴取されたという不幸な報告もある。
   こうした現状を踏まえた結果、男性は110番を選んだようだ。その慎重さは徹底していて、女性オペレーターから電話口で「最寄りの交番まで連れてきてほしい」と言われると、それでは「事案」を恐れて通報している意味がないとして断った。声をかけた場合に、子供が大声をあげたり防犯ブザーを鳴らしたりする可能性も危惧していた。また、オペレーターに「せめて警察官が到着するまで、近くで見守ってあげて」と求められたが、子供の近くで立ち止まって見ていては、それこそ「不審者」として通報される可能性があるとしてこれも断ったという。
   「10年前なら間違いなく声をかけて交番に連れて行ってあげたが、今は男がそんな事をしたら何を言われるかわからない」という男性は、やりとりの末「一分でも早く警察官に保護させてください」と伝えて、後味の悪さを感じながらも子供のいる現場を立ち去ったという。

「考えすぎ」「電話するだけたいしたもの」と議論に

   一連の投稿がツイートまとめサービス「Togetter」にまとめられると、すぐに注目を集め、議論を呼んだ。男性の慎重な行動に対しては「想像力がすげーな。そこまで回転するか」「普通に声かけて普通に交番連れていけよ。事案なんて只の注意の呼びかけで犯罪でもなんでもない」と否定的な意見も見られるが、「過剰」とみる人でも「警察って調書一つ書くんでも馬鹿みたいに長時間拘束するからなぁ」「今の世の風潮からしてこのように考える人が出てくるのには何の不思議もないね」と一定の理解を示す人もいる。
   一方、男性に共感する人たちからは「色々勉強になった」「自分も多分同じような行動になると思う」といった声が寄せられたほか、「電話するだけたいしたもの」「通報しただけこの人はリスクを負ったので立派」と賛辞を送る人も少なくなかった
   幸い、この子供は無事保護されて親の元へ戻れたそうだ。ただし、男性は「再度同じような子を見かけても、もう通報する勇気は無いかもしれない。子供が泣いているのをたすけるという単純な行為がこんなに大変なものだとは思わなかった」とツイッターで振り返っている。

「不審者」狂想曲 夜道で泣く女児を保護はNG?(2014年1月17日ネットろんだん)より抜粋

(略)
 きっかけとなったのは、ある男性が8日にツイッターへ投稿した「体験談」だった。

 それによると、男性は前日の午後8時ごろ、小学1、2年生ぐらいの女の子が住宅街を泣きながら1人で歩いているのを目撃。迷子と思い声をかけようとしたものの、不審者扱いを危惧して思いとどまり、代わりに110番通報した。応答した担当者から最寄りの交番まで女児を送り届けるよう頼まれたが、誤認逮捕などのトラブルに巻き込まれるリスクが皆無ではないと考えて断り、早く警察官が来るようにと促してその場を立ち去った、という内容だ。

慎重対応に賛否両論

 この男性のツイートに対して、大量の意見が寄せられた。「思慮深くそれでいて心優しいゆえの対応ですね」「子供も知らない人から声をかけられた時には、という教育を受けているのだから、見知らぬおっさんが夜に声をかけたらこの場合起こりうる可能性を考えるのは当然。むしろ通報したことを尊敬する」と慎重な判断への支持が相次ぐ一方で、「普通に声かけて普通に交番連れていけよ」「単に被害妄想起こした人がひとりで騒いでたってだけの話」など、厳しい批判も少なくない。
 なぜ、男性はこれほど女児への接触をためらったのか。背景として複数の人が挙げたのが、多くの自治体や警察が提供する不審者情報配信サービスの存在だ。「毎日のように届く『不審者情報メール』を見ていると確かにこういう不安にもなる」。その中には、子供に声をかけただけで「声かけ事案」として不審者扱いされるケースもあり、ネットで物笑いの種となることも。「アホみたいな『声かけ事案』のせいでこうやって実際、必要な『声かけ』が出来なくなった人がいるよ、という事例として重要」(はてなブックマーク)

安全求め「信頼」喪失

 「体感治安」の悪化が叫ばれ、地域の子供を守ろうとする活動も盛んな当節。だが、こうした意識の高まりは「知らない人」への不信感の醸成と表裏一体ともいえる。「子供は地域で育てる」とのかけ声の一方で、前提となる密接な地域社会は年々縮小している。近くに住む人でも交流がなければ赤の他人であり、うっかりすれば子供にとっては「不審者」と映る。そんな状況下では、たとえ善意であろうと他人の子供に気軽に声をかけるわけにはいかなくなるのだろう。「『安全』と引き換えに『信頼』が失われたという社会事象の一例」(ツイッター)という、皮肉な指摘もあった。
(略)
【用語解説】日本の体感治安

 内閣府が平成24年に実施した「治安に関する特別世論調査」によると、過去10年間の日本の治安について「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」との回答は全体の8割以上を占め、治安に対する国民の不安は強い。一方、刑法犯認知件数は10年連続で減少するなど、統計にあらわれた治安情勢は改善傾向を示している。

統計データと体感データによる治安に対する意識が真逆なのが何とも面白いのですが、考えてみるとこうした「過剰な配慮」が必要となったのも、まさしく犯罪とも思えないような事例が犯罪的だと報道される日常が現にあるからだとも言えますよね。
以前から警察のいわゆる「声かけ事案」発表はネット界隈で半ばネタのように取り上げられて、もちろん大多数は記事から見る限りでもあからさまに犯罪目的や変質者と思われるケースではありますけれども、実際のところ「これで通報されたのではちょっと…」と思えるような事例も散見されるだけに、こうした過剰防衛的な反応が出てくることも理解は出来ますよね。
こうした世間の声は警察の方でも理解していて、色々な基準を設けて声かけ事案に該当するかどうかを総合的に判断しているということなのですが、何しろ表立って発表され報道される情報だけからはそうした細々とした事情は判らないのですから、一般市民としては「ああ、小学生にうかつに声をかけるとこういう扱いをされるのだな」と言う風にシンプルに理解してしまうのもやむを得ないところでしょう。
ただそうした警察側の判断基準を知った上でなお改めて今回の症例を見てみますと、なるほど実に詳細に問題点を把握・検討した上でこうした判断に至っているのだなと改めて判る部分もあって、半ばネタのようなケースレポートですが実は非常に大きな問題提起を含んでいるようにも思えてきますね。

こうした反応の行きすぎた例としてたびたび話題になるのがお隣中国のケースで、転倒した他人を助け起こしたところ「こいつに突き飛ばされた!治療費を払ってもらう!」などと騒がれるケースが続出した結果誰も手を出さなくなっただとか、さらにそれが進んで目の前で女児がひき逃げされたのに誰も関わり合いたがらず素通りしていくだけだったといった事例が相次いで報道され、国中を嘆かせていると言います。
実はこうした嘆かわしい風潮が蔓延し騒動になった時点で中国社会でたびたび取り上げられたのが「何故日本人は民度が高いのか?」という話題で、このとき「親は子どもが小さいときから公共マナーを守るように教えている。日本人は「人さまに迷惑をかけてはいけない」と骨の髄まで教え込まれているんだ。これはわが国に欠けていることだ」といった意見があったことは、今考えるとなかなか興味深く思えてきますよね。
中国と言えば経済成長を始め人権問題であるとか環境汚染であるとかどこか昭和時代の日本的な雰囲気があって、国家発達史的な考え方をすると日本はすでに中国の現状にあるような位置を通過し、その先の段階に至っているのかなと漠然と感じていたのですが、文明の発達した先には再びモラルの荒廃が見えてくるというのであれば何とも夢がない話ではないでしょうか。

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コメント

声かけ報道には被疑者容姿等の外観情報も含めるべきだろw

投稿: aaa | 2014年1月21日 (火) 08時53分

人は見た目が9割でしたっけ?
どんなに紳士的でも全裸ネクタイじゃやっぱり変質者そのものだと思うのです。

投稿: ぽん太 | 2014年1月21日 (火) 09時06分

某国では全裸ネクタイこそ紳士のあるべき姿であるという噂もありますが、どうやら事実であったようですね。
http://ameblo.jp/ukol/entry-10801715509.html

投稿: 管理人nobu | 2014年1月21日 (火) 10時49分

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