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2014年1月29日 (水)

アメリカにおいて尊厳死を巡ってにわかに激論

現実的なコスト等の問題もあってアメリカなどではいわゆる延命治療に関してかなりドライな割り切り方をしている印象がありますが、そのアメリカにおいても大きな議論になっているというのがこちらのケースです。

米 脳死妊婦の延命治療停止で議論に(2014年1月27日NHK)

アメリカ南部テキサス州で、脳死状態となっていた妊娠した女性の延命治療が本人の事前の意思に従って停止され、アメリカで胎児の命をどう考えるかなどを巡って大きな議論になっています。

この女性は、テキサス州に住む33歳のマルリース・ムニョスさんで、妊娠して14週目だった去年11月、自宅で倒れ、治療を受けた病院で、テキサス州では法的に死亡とされる脳死と判定されました。
マルリースさんの夫は、倒れる前の本人の意思に従い、延命治療をやめるよう病院に求めましたが、病院は、妊婦の生命維持装置を外すことはテキサス州の法律に違反するとして、延命治療を続けたため夫が訴訟を起こしていました。
地元の裁判所は今月24日、「マルリースさんは、法律上すでに死亡しているので病院の主張は認められない」として延命治療を停止するよう命じ、夫の弁護士によりますと、病院はこれに従って、26日、妊娠23週目だったマルリースさんの生命維持装置を停止して、遺体を夫に引き渡したということです。
また、胎児は、脳や心臓に重い障害があり、病院側は、裁判で成長しうる状態にないと説明していました。
この問題を巡って、アメリカでは、妊娠中絶に反対する人たちが、胎児に生きるチャンスを与えるべきだと主張したのに対し、尊厳死を希望する女性の意思を尊重すべきだという意見もあり、大きな議論になっています。

脳死の妊婦から生命維持装置外す 米テキサス州(2014年1月27日CNN)

テキサス州フォートワース(CNN) 脳死状態と診断されながら妊娠中であることを理由に延命治療が続けられていた女性が26日、人工呼吸器を外され、米テキサス州フォートワースの病院で死去した。33歳だった。
マリース・ムニョスさんは昨年11月26日に自宅で倒れているのを夫のエリック・ムニョスさんが発見し、病院で脳死を宣告された。エリックさんら家族は、機械によって生かされ続けることは望まないという本人の意思を尊重してほしいと訴えていた
しかしこの時点でマリースさんが妊娠14週目だったことから、病院側は妊婦の生命維持治療を続けることを義務付けた州法を理由に人工呼吸器の装着を続けていた

エリックさんは裁判所に判断を求め、人工的な延命措置は遺体を傷つける残忍な行為に当たり、本人や家族の意に反していると主張。裁判所は24日、病院側に対し、生命維持装置を27日までに外すよう命じる決定を言い渡した。
病院側も24日の時点で、ムニョスさんは昨年11月28日に脳死状態となり、胎児が生き延びることはできないと診断していた。

この問題を巡って米国の世論は二分され、病院前には「神は生命を守る」「赤ちゃんと一家のために祈りを」などと訴える人たちが集まる一方、「マリースさんに安らかな眠りを」「マリースさんの意思の尊重を」と呼びかけるグループもあった

米病院、脳死の妊婦から生命維持装置外す(2014年1月27日ウォールストリートジャーナル)

 米テキサス州フォートワースのジョン・ピーター・スミス(JPS)病院は26日、州裁判所の命令に従い脳死状態の妊婦の生命維持装置を外したことを明らかにした。これにより、終末期医療と胎児の権利をめぐる論争を巻き起こした訴訟が終結した。

 JPS病院によると、妊婦のマリース・ムニョスさんの生命維持装置は26日午前11時30分に外された。遺体はその後、遺族に引き渡された。
 マリースさんは昨年11月に血栓とみられる症状で倒れた。当時妊娠14週だったマリースさんは病院に搬送され、その直後に脳死と宣告された。しかし、JPS病院は、マリースさんの夫であるエリック・ムニョスさんの意思に反してマリースさんを生命維持装置につないだままにし、テキサス州法をめぐるJPS病院の解釈を理由に挙げた。病院が妊婦から生命維持装置を外してはならないとの解釈だ。
 エリックさんの弁護人は声明で、遺族が「これで、マリース・ムニョスの体を休ませる厳粛な埋葬作業を進め、苦しみ続けていたマリースの死を悼むことができる」とし、「マリース・ムニョスの冥福を祈るとともに、遺族が耐え難いほど長くつらい旅を完了することを望む」と述べた。

 マリースさんは胎児の権利をめぐる論争の火種となった。生命維持装置を外すのを拒否した病院を相手取り、夫のエリックさんが訴訟を起こしたからだ。エリックさんはテキサス州法が機能上脳死とされる人への適用を意図したものではないと主張し、妻の意向に沿おうとしているのだと説明した。エリックさんによれば、マリースさんはかつて、「人工的な生命維持措置」を受けたくないとの意思を示していた。
 JPS病院と中絶に反対する団体は、これに異議を唱(とな)え、州法には胎児の生命を保護する意図があると主張した。しかし、テキサス州の判事は24日、同法が脳死の人に適用されないとの判断を示し、病院に27日午後までに生命維持装置を外すよう命じた。
 エリックさんの弁護人は、胎児が異常を示しており、生存能力がないと主張した。

 JPS病院の広報担当者は26日に声明を出し、裁判所の命令に従って生命維持装置を外すことを明らかにした上で、病院を運営するJPSヘルス・ネットワークは「州法の要求だとわれわれが考えていたことに従ってきた」とし、「JPSの役割は法に異議を唱えることではなく、従うことにある、とJPSはこれまで主張している」と述べた。
 複数の法律専門家がエリックさんの見解を支持すると述べているが、一部の活動団体と議員が病院側に付き、判決への不満を表明している。
 反中絶団体「Texas Right to Life(テキサス生きる権利)」は判決後、「残念ながら、胎児の利益ないし幸福を代弁する人は誰もいなかった」という声明を出した。

裁判所の「マルリースさんは、法律上すでに死亡しているので病院の主張は認められない」という宣告に注目していただきたいと思いますが、脳死が人の死であると公的に認められている社会においてはその状態に至った段階で人としての権利を剥奪されるという(日本人から見ると)いささか生々しい話でもあって、事実誰も妊婦本人に関しては何ら議論しておらず、あくまで胎児に対してどうするかが大騒動になっているわけです。
日本であればこんな場合まずは慎重なムンテラを行い脳死判定を完遂して医学的に脳死であると判断するまでにもずいぶんと時間がかかるかと思いますし、そうこうしているうちに胎児も相応に成長しいわゆる中絶可能期間を過ぎてしまうでしょうから更に話がややこしくなりそうですが、非常に迅速に審理が進んだのはそうした胎児問題もあるでしょうが、やはり日々増え続ける莫大な医療費という大きな理由もあったのでしょう。
もちろん家族が非常に強い意志を以て延命医療の継続を主張するケースもあるのかも知れませんが、こうした社会では仮に医療保険に入っていても「すでに被保険者は死亡している」ということを盾に保険会社が治療費を払わない可能性も十分ありそうですから、特約でも付けるかよほどのお金持ちでもなければ現実的に生命維持の長期的な継続は不可能であるということでしょうね。
ただ、これだけ脳死者に関しては社会的にも対応が成熟しているアメリカにおいてすら、やはり「胎児が重大な異常を抱え生存能力がない」という証言をいわば免罪符的に必要としていたというのは中絶問題との絡みもさることながら、児童虐待に対する厳しい対応を始めとして子供の権利が非常に尊重されてきた社会において、この問題が本当に微妙な部分を炙り出したのだと言えそうです。
病院側も別に法律だけを根拠に延命を続けたと言うわけではなく、別記事によれば「胎児が尊厳死を望んでいるのかどうかが確認出来ないから」と言うこれまたごもっともな理由で延命処置停止を決めかねていたようですから、司法判断によって中止命令が出たと言うのは病院側にとっても実は歓迎すべきことだったかも知れません(だからこそ、胎児の代弁者が誰もいないという抗議も出てくるわけですが)。

ともかくもお亡くなりになった妊婦さん及び名もなき胎児の御冥福を祈りますが、医学的に死が避けられない状態となった場合に何が人を社会的に死という状態に至らしめるのかと言えば、家族を筆頭とする周囲の認知と法を始めとする社会制度上の対応であると言えるかと思いますが、日本の場合死という現象に関しては認知の部分が非常に重要視されていて、制度はいわばその後追いになっている部分があるように思います。
その理由として長年続いてきた死生観などももちろんあるだろうし、医学的にはすでに亡くなっている方に高い医療費をつぎ込むことを周囲も制度上も認めてきたという慣例もあるでしょうが、アメリカですらちょっとしたイレギュラーな事態によってこれだけの大騒ぎになってしまうほど、死の認知とは非常に微妙なバランスの上で成立している行為であるということが改めて判ったとも言えるでしょう。
ちょうど日本でも先日超党派の議員連盟による尊厳死法案が提出されたばかりで、一定の手順を踏んで終末期と判定すれば本人意志による尊厳死を認めることに加えて医師には刑事・民事を問わず一切の責任を問われないと言う内容は、法的責任を恐れて尊厳死の実施に踏み切る医師がいないという現実的側面に切り込んだと言うことですよね。
これも興味深く思う点は、現状ではいわゆる推進派の方々も本人意志が明確である場合に限ってと非常に抑制的な法案を出してきているわけですが、それでも「望まないのに死に追いやられる人が出るかも知れない」と反対があるというのは、裁判になっても本人意志を尊重するアメリカと違って他人の意志に流されやすい日本人の特質というものを表しているような気もしますがどうでしょうか。

今回のケースでは患者夫妻は救命救急士だったそうですから、自己決定権というものを尊重するアメリカ人の中でもこうした問題に対して相応に強い意志を以て対応していたと思えますが、日本で同種の状況に至った場合を想像してみると、恐らく文化的背景の差からも胎児の権利が云々といった議論がなされることはほとんど発生することはないと思います。
逆に母体の尊厳死ということに関しては非常に抑制的に運用されているはずですから、いざその時になってみると妊娠週数が思いがけず進んでいるという可能性がありますが、そのような状況になれば当然胎児の生存性という別な問題が発生することになり、当然ながらただでさえ抑制的な尊厳死は有耶無耶の内に延期を重ね「取りあえず子供のことが片が付いてから」と言う話になりそうに思いますね。
これまた不遜な想像をするならば今回のように胎児に重大な身体的ダメージが認められるという場合、現状では妊娠早期における人口妊娠中絶ということも大きな選択枝になっていますけれども、いわば尊厳死が絡むことによって中絶の機会を逃したという形になればアメリカとは別な状況でのトラブルに発展する可能性もあるのかなと思うのですが、そうなれば関係者各位にとっては何とも救いのない争いになることでしょう。
いずれにしてもあくまで現時点では想像の域を出ないことですが、それでも言えることとして現状の日本で尊厳死法制化を望んでいる方々と言うのは(ある意味日本人離れして?)自己決定ということに強い意志を持っているとも言えそうで、少なくともそうした方々にとっては他人の意志に流されて重大な決定を誤るといった反対派の主張するような事態は想像しがたいものであるのかも知れませんね。

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コメント

亡くなられた妊婦さんとお子さんのご冥福をいのります。
ググったら妊娠15週で脳死になり三ヶ月後に無事生まれたという例もあるんですね。
医学もこれだけ発展しているだけに子供だけでも生きてほしいと思う場合が増えそうです。

脳死判定から3か月、ハンガリー人女性が男児出産
http://www.afpbb.com/articles/-/3003256

投稿: ぽん太 | 2014年1月29日 (水) 08時45分

あまり医学的な検索をしていないのですが、脳死の場合胎児にとっては受傷時の低酸素が一番のリスクになるのでしょうか?
もちろん健康に生まれてくれればそれが一番望ましいことではあるのですが、今回のように相応の胎児ダメージが予期される場合ほど対応が難しくなるのでしょうね。
特にご両親共々事故に巻き込まれたと言ったケースでどうするのかですが、成人の尊厳死問題以上にルール化が難しいところだとは思います。

投稿: 管理人nobu | 2014年1月29日 (水) 11時14分

ものすごく個人的なことなのに部外者がこんなに口を挟んできたら旦那さんはやりきれないでしょうね…
変に有名人になってご近所でも噂されたり後ろ指さされたりしなければいいですが…

投稿: てんてん | 2014年1月29日 (水) 15時50分

まあ日本ではこんな思い切ったことは到底無理でしょうね。
延命中止を懇願した夫が周りから殺人者扱いされるのは目に見えている。

投稿: 逃散前科者 | 2014年1月30日 (木) 11時28分

そうですか?
中絶天国なのに、胎児の生きる権利なんてそんなに言われる?
脳死で生命維持を中止するのが駄目なら、脳死臓器移植なんてもっての他だと思うけど、
脳死臓器移植の家族はそんなに殺人者扱いされてる?

投稿: | 2014年1月31日 (金) 11時30分

【AFP=時事】昨年12月末に妊娠22週目で倒れ、脳内出血による脳死と判定されたカナダの女性が8日夜、男児を出産した。女性は出産するまで生命維持装置によって延命されてたが、出産の翌日、装置が外され、死亡した。夫が10日、ブログで発表した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140212-00000059-jij_afp-int

投稿: | 2014年2月13日 (木) 07時32分

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