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2014年1月15日 (水)

医療への新技術投入はゼロリスクではない

個人的にいわゆるガジェットの類は好きな方ですが、医療現場においても昨今では政府が音頭を取ってIT化推進だとか言っているところで、救急自動応答システムなんてものは今ひとつ実用性に疑問符がつきますけれども、電子カルテなどは未だ利便性などの点で改善の余地があるとは言えすっかり定着していますよね。
もちろん様々な新技術を取り入れることで余計に面倒くさくなるだけでは意味がないのであって、それがあることによって今まで大変だった仕事が大いに楽になるからこそ新技術導入の意味があるわけですが、その意味ではリテラシー欠如者の踏絵とも言われている各種電子的デバイスよりも、物理的補助を行う道具の方が誰にでも効果が判りやすく得られるということでしょう。
肉体的なしんどさもあって3K職場の代表格のようにも言われる介護領域では、昨今いわゆるロボットスーツの類によって介護作業を肉体的に楽なものにしようという試みが始まっていますし、麻痺患者等に対する歩行補助スーツによるリハビリ効果なども検証が行われているところですが、最近はもう少しソフトな領域でも介護へのロボット技術応用が試みられているようです。

日本発の独自技術が実用化 高齢者の体と心をアシスト(2014年1月14日日経メディカル)

 日本が得意とするロボット技術が、高齢者の医療・介護に大きなインパクトを与えそうだ。中でも世界レベルで実用化が進んでいるのが、失った身体機能を改善・補助・拡張するロボットスーツ「HAL」と、心理・情動に働き掛けるメンタルコミットロボット「パロ」だ。
 高齢者の医療・介護の助っ人として、大きな期待を集めているのがロボットだ。経済産業省によると、医療・介護分野のロボット産業の市場規模(推計値)は、自立支援(リハビリ機器)が5億~7億円、介護・介助支援が1億~6億円。それが2025年にはそれぞれ、825億円、414億円へと100倍以上に成長すると予測されている。新たな市場を目指して多くの企業が参入しており、国もその開発・普及を支援する(2ページ別掲記事)。

ロボットスーツ
装着者の筋肉の動きと一体化

 下半身に障害のある人や高齢のため脚力が弱くなった人を対象に、歩行や立ち座り、階段昇降といった動作を補助するのが、筑波大大学院システム情報工学研究科教授の山海嘉之氏が開発したロボットスーツ「HAL」(写真8)だ。
 人間が筋肉を動かそうとすると、脳から運動ニューロンを介して筋肉に神経信号が伝わり、筋骨格系が動作する。その際、微弱な生体電位信号が皮膚表面に漏れ出す。HALは、装着者の皮膚表面に貼り付けたセンサーでこの信号を読み取り、動かそうとしている関節部のパワーユニットを制御して、装着者自身の筋肉の動きと一体となって関節を動かす
 欧州では13年8月に、医療用として開発されたタイプが医療機器認証(CEマーク)を受け、EU全域で医療機器として流通・販売できるようになった。ドイツでは、脊髄損傷や脳卒中を含む脳神経筋疾患の患者に対するHALを利用した機能改善治療に、労災保険が適用されている(関連記事)。

メンタルコミットロボ
セラピー効果のあるアザラシ型ロボット

 心理面の支援を狙ったロボットとして実用化が最も進んでいるのが、産業技術総合研究所上級主任研究員の柴田崇徳氏が開発したメンタルコミットロボット、「パロ」だ(写真9)。これまでに国内外の約30カ国で、約3000体が活用されている。日本では湯布院厚生年金病院(大分県由布市)など医療機関や、特別養護老人ホーム、グループホームなどで使われている。
 パロの開発に当たって、柴田氏はタテゴトアザラシの生息地であるカナダの氷原に出向き、赤ちゃんアザラシの生態を観察し、鳴き声を収録した。その結果がパロの動作や「キュー」という鳴き声に生かされている。猫や犬と違って日常生活であまりなじみのない動物だからこそ、人間がパロと触れ合うにつれて本物の動物のように感じ、愛着が増すのだという。
 パロは体長約57cm、重さ2.7kg(最新の第9世代は2.5kg)。一見すると赤ちゃんアザラシのぬいぐるみのようだが、中身はハイテクの塊だ。首、前足、後ろ足、まぶたが動き、それらの組み合わせにより動物らしく振る舞うようにプログラムされている。体の各部にセンサー(視覚:ステレオ光センサー、聴覚:マイクロホン、触覚:ユビキタス面触覚センサー、ひげセンサー、温度:温度センサー、運動感覚:姿勢センサーなど)が張り巡らされており、胴体をなでられたり抱きかかえられたりすると喜び(逆に叩かれると嫌がる)、呼び掛けられると反応する。自分の名前や飼い主の好みの行動を学習することもできる。
 パロと触れ合うことにより、認知症患者のコミュニケーション能力が改善したり、攻撃的な態度が鎮まったりした事例が多数報告されている。
 ニュージーランドで行われたランダム化比較試験(RCT)で、高齢者向け施設や病院に入所中の40人(年齢55~100歳)をパロ群(20人)とパロなし群(20人)に分けて評価した結果、パロ群では対照群に比べて孤独感が有意に減少した(J Am Med Dir Assoc. 2013;9:661-7.)。オーストラリアでは、約1億円をかけて、認知症の高齢者に対するセラピー効果や薬物使用量の低減効果を検証する大規模RCTを実施する計画がある。
 柴田氏は「認知症の人だけでなく、発達障害や高次脳機能障害などの人に対してもパロが活用されている。今後も利用者からのフィードバックを参考に、目的に応じた作り込みを続けていきたい」と話している。

物理的なサポートシステムとしてのロボット技術の応用というのは非常に有用なのは誰にでも判ることで、特に介護業界の人手不足も考えると国がどんどん補助金を出してでも早期導入を図りたいものですけれども、興味深いのがロボットに触れあうことで心理的な効果も期待出来るということですよね。
一昔前にロボット犬というのがちょっとした話題になったことがあって、ああいう方向でどんどん進歩していけばもっと本物に近い犬や猫もいずれ出来るようになるかも知れませんけれども、ここで注目したいのは敢えて日常生活で見慣れない生き物に似せてあるという点で、いわゆるロボットの模倣における技術的限界も「この生き物はこういうものなんだ」と受け止められるのであれば問題ないものなのでしょう。
海外で先行して臨床試験が行われているということなのですが、日本と言う国は世界的に見てもロボットに対して非常に肯定的な評価を持っているという特殊な国民性であるとも言われるだけに、この種のロボットによる心理的治療効果において諸外国と何らかの違いが認められるものなのかどうか、是非とも比較検討してみていただきたいことだと思いますね。

ただ医療に新しい技術を導入するということに対してはもちろんいつでも肯定的な評価ばかりではなく、とりわけ新治療法で何かしらトラブルでもあった時には「それ見たことか」とマスコミから一斉にバッシングされることが開発側にも、そして認可を出す国にとってもある種のプレッシャーになっているところがありますが、実のところこれは医療に限ったことではなく国民性なのかも知れません。
最近国産車にもいわゆる自動ブレーキシステムが付くようになっていますけれども、最初これが開発された時にはお上から「完全に止まる自動ブレーキはドラ-バーが油断するから」と許可が出なかったのだそうで、輸入車には自動ブレーキがついているのに国産車にはついていないという状況がしばらく続いていました。
最近ようやくそうした妙な規制も解除されましたが、それでも先日のように試乗会で自動ブレーキが利かず事故があったともなるとマスコミがまた大騒ぎしたように(ちなみに事故車両に機械的故障はないことが確認されたそうで、装置の対応上限を超えたスピードを出していた可能性がありそうです)リスクに対して非常にナーバスなところがありますけれども、先日こんな記事が出ていたことを紹介しておきます。

医療イノベーションの実用化促進とはリスクを受け入れることでもある(2014年1月9日日経メディカル)

 昨年末、再生医療分野で著名なA教授と議論する機会があった。A教授は、研究活動の一方で、政府の検討会の委員を務め、規制緩和などライフサイエンスの研究環境の整備を長年、訴えてきた。

 規制緩和の面では、2013年は大きな前進があった。11月20日に薬事法改正案が成立し、再生医療や遺伝子治療に早期承認制度が導入されることになった。現在、再生医療製品が薬事法上の承認を取得するには、他の医薬品や医療機器と同様に、臨床試験で有効性と安全性を証明しなければならない

 しかし、早期承認制度が導入されれば、有効性を推定できるデータを示すことで、一定の条件付きながら製造販売が許可されることになった。「有効性の証明」と「有効性の推定」の差は大きい。有効性を証明するには数百人以上を対象としたかなり大規模な臨床試験が必要だが、推定であれば数十人規模でこと足りる。新薬事法の施行(2014年10月とみられている)後は、再生医療製品の開発期間は数年程度、短縮されるだろう。

 2013年はまた、米国立衛生研究所(NIH)と同様、ライフサイエンス分野の研究開発支援を一元的に担当する「日本医療研究開発機構」(日本版NIH)の創設も決定された。研究開発支援の一元化は、研究者達がずっと要望してきた施策である。支援が各省庁に分散していると、1つ1つの補助が小粒になり、使い勝手が悪い。各省庁に似たような施策が乱立するという弊害も指摘されていた。

 政府が2013年6月に公表した「日本再興戦略」では、「革新的医療技術の更なる発展」を柱の1つとしている。科学技術政策担当の山本一太大臣も機会あるごとに、「日本を世界で最もイノベーションに適した国とするのが総理の目標であり、それを実現するのが私の仕事」と発言している。こうした方針通り、安倍政権は発足後、約1年間でいくつかの成果を見せており、A教授も筆者もこの点を評価することでは意見が一致した。

 一方で、A教授は、マスコミが時として先端医療技術の開発促進の足を引っ張る理不尽な報道をすることに批判的だった。筆者も、マスコミ報道にそうした面があることは否定できない。こうした報道がなされるのは、医療にゼロリスク(施術の失敗や医薬品の副作用を受け入れないこと)を求める体質が日本社会にあることが一つの原因だろう。

 筆者が現在、最も懸念しているのは、iPS細胞の実用化研究の行方である。今年の後半には、iPS細胞由来の細胞(網膜色素細胞)を使用した世界初の臨床試験が実施される予定である。その後も、血小板や心筋、神経細胞などiPS細胞関連の再生医療の臨床試験が計画されている。

 iPS細胞の実用化は今や国家的プロジェクトの扱いを受けており、年間100億円単位の公的研究費が投じられている。しかし、今後、増加するであろうiPS細胞を使用した臨床試験や実際の治療で何か事故が起こった場合、社会やマスコミはそれを受け入れられるだろうか。例えば、治療後に患者に癌が発生して、死亡したとしよう。その癌はiPS細胞が原因なのかどうか、あるいは副作用の発症率は治療で得られる効果と比較して合理性があるのかどうかといった点について、理性的に検証できるだろうか

 最近の子宮頸癌ワクチン、あるいは抗癌剤のイレッサ、インフルエンザ薬のタミフルなどの副作用問題の顛末、または福島県立大野病院の産婦人科医が逮捕・起訴後に無罪になった事件などの経過を見るにつけ、iPS細胞だけ例外的に扱ってもらえるとはとても思えない。日本社会が医療にゼロリスクを求め続ける限り、安全性と有効性のバランスを考慮した社会的対応は望めないのではないだろうか。

 A教授が、「マスコミは態度を改め正しい報道を行い、国民を導くべきだ」と主張したのに対して、筆者は「マスコミは社会の鏡に過ぎない。社会が変わらなければ、こうした報道が無くなることはない」と意見した。社会がリスクに厳しい態度を取るからこそ、マスコミはその体質に沿った報道を行い、批判を恐れる行政も必要以上の安全規制を課す

 しかし、医療分野でのイノベーションの実用化促進とは、一方で予期できない事象の発生(=リスク)を一定程度、許容しなければならないことでもある。2013年が実用化促進元年とすれば、本格的に実用化されるのは5年後、10年後の話だ。今からでも遅くはない。政府は小中高での教育内容を見直すなど、社会の意識改革を促す策を導入するべきである。

リスクに対する過剰反応に関してはニワトリが先か卵が先か的な議論になりかねませんが、制度的に見ると日本の医療システムというものにも一つの理由が求められるのかも知れません。
基本的に皆保険制度というものは最先端の技術をどんどん導入していくような医療には不向きな制度で、むしろジェネリックが出ているような枯れた医療に適合した制度だと思っていますけれども、最近では実質的な混合診療を認めてまでも皆保険制度と先端的医療の融合ということが図られているというのは、一つには医療技術がそれだけ日進月歩で少しでも躊躇すれば進歩に置いていかれるからでしょうね。
特に記事にもあるような再生医療分野に関しては何しろ日本からノーベル賞受賞者が出るほどで、こうした新技術はアメリカであれば巨額な資金を投じた国家的プロジェクトとしてでもどんどん技術開発を推進してパテントを囲い込むということをするところでしょうが、それが可能になるのは例えば医療費無料で新治療法の治験をすると言えば希望者がちゃんと出てくるといった背景事情もあると思います。
日本であればマスコミが事ある毎に「安全性には十二分の配慮を」などと繰り返すように石橋を叩いても渡らないような慎重さが求められる、加えて「医療に経済的格差があってはならない」というお題目によって各種補助金制度なども用意されて初めて臨床応用が為されるところでしょうが、当然ながらそのペースでやっていたのではいつまでも世界の最先端と言っていられるわけもないですよね。

皆保険制度の本質が前述のように枯れた医療向けの制度なのだとすれば、日本の医療は制度的にどんどん新技術を投じていくのに向いていないだけでなく、半世紀にもわたって医療とはそうしたものだと教育されてきた国民も医療従事者自身もリスクを負ってまで新技術を追い求めることに躊躇するところがあるのかも知れません。
もちろん食料も資源もほとんどが外国に頼っている中で医療だけ独自技術を追及しなくても、外国で安全性が確かめられた技術だけを買ってくればいいじゃないかと言う人もいるかも知れませんが、技術開発をしている方も商売でやっている訳ですから開発力がなく金を持っている国に対しては遠慮なく高値を吹っかけられるでしょうし、事実新薬開発などは今や生き馬の目を抜く国際競争の場になってきていますよね。
誰でも安上がりに相応の医療が受けられる皆保険制度に対して現状で国民も医療従事者も高い評価を下していて、それが故に新技術導入に対しても現行制度の延長線上で同レベルの安全性を担保してもらうのが当然のように感じているところもありますが、そこはきちんと評価基準を分けて考えていかないといずれ日本だけ一昔前の医療をやっていると諸外国から笑われるようになるかも知れませんね。

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コメント

一般的にいって失敗をあら探しして責め立てるほうが楽ですからね。
医師も症例検討会のノリで他人の失敗探しばかりしていると思わぬ悪影響を及ぼすことがあると自戒しなければ。

投稿: ぽん太 | 2014年1月15日 (水) 09時13分

ゼロリスク信仰をやめない限り、この国の過剰検査&過剰投薬は永遠に亡くならない。
他人のあら探しと足を引っ張ることしか考えないこの国に未来はないですね。

投稿: 逃散前科者 | 2014年1月15日 (水) 11時47分

近年ようやく過剰なゼロリスク追及の弊害が言われるようになりましたが、まだまだ100%の安全などと言う幻想を追及することが何か良いことであるかのように語られる局面が少なくありません。
本来であれば社会に対して啓蒙活動を行っていくべきマスコミこそがゼロリスク妄想の総本山なのですから是正は容易ではないでしょうが、そうした誤解を解いていくべく国民の側からも動きを示すべきでしょうね。
とりあえずは「国民がそれを望んでいるからやっているだけだ」というマスコミお得意のフレーズを利用できないよう、国民はそれを望んでいないということをはっきり示していくべきでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2014年1月15日 (水) 11時50分

「マスコミは社会の鏡に過ぎない。社会が変わらなければ、こうした報道が無くなることはない」

再生医療に携わっていたものとして怒りが込み上げてきます。管理人様のコメント通り、こういう言い訳をきちんと潰していくことが大事だと思います。というかこういうことやってるからマスコミの凋落が止まらないのだと思います。

ところでロボットスーツ、名前がHALで会社がサイバーダインとかこの人たち将来反乱起こしそうな名前を狙ってつけてるのでしょうか?

投稿: 吉田 | 2014年1月15日 (水) 17時45分

こういうの開発してる人ってその手のしゃれっ気は少なからずあるでしょ。
HALネタなんてとくにメジャー中のメジャーだし。

投稿: mon | 2014年1月15日 (水) 19時48分

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