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2013年12月25日 (水)

患者が正しく理解出来ないのは医者が悪い?

なんだかんだと議論の末に認定施設で十分なインフォームドコンセントの後に限って行うという指針が出された新出生前診断ですが、さっそくそれに違反していた事例が明らかになったと報じられています。

中国企業が新出生前診断 日本医学会指針違反の疑い(2013年12月23日産経新聞)

 妊婦の血液で胎児の染色体異常を調べる新出生前診断を、中国の遺伝子解析会社が日本国内で始めたことが分かり、日本医学会は23日、十分な遺伝カウンセリングができる施設で行うとの指針に違反した状態で行われている疑いがあるとの懸念を表明した。

 この会社は世界で遺伝子解析を手掛けるBGIの関連会社。日本では神戸市に事務所があり、ホームページでダウン症など3種類の染色体異常が分かると宣伝する。

 新出生前診断は、日本産科婦人科学会の指針で十分な遺伝カウンセリングの実施や臨床遺伝専門医の資格を持つ産婦人科医または小児科医の常時勤務などを求めており、体制が整っている医療機関を日本医学会が認定して4月に始まった

 だが、この会社は認定施設以外で行っている可能性があるとして、日本医学会は「指針を順守した事業をしてほしい」とする文書を発表した。

この会社が採血等の医療手技をどのように行っているかがはっきりしないのですが、日本国内における規制というのは法的ルールでも何でもなくあくまでも学会等に所属する医師が行うという前提条件において学会内での規制を行っているに過ぎず、例えばどこかで採取した検体をうちの会社に送ってくれれば何でも調べます!と言ったケースに対しては無力であるわけです。
もちろんわざわざこうしたサービスの存在を探し出して依頼するくらいですから最低限の知識は持っている人達が顧客になるのだろうと言う考え方もありますが、実際に学会指針に従ってカウンセリングを行ってみると実はそれほど深い理解をした上で依頼しようとしているのではないと判明するケースもままあるということですから、どこまで判って検査を希望しているのかという疑問は感じますよね。
一般に医師の説明が判りにくく患者が理解出来ないということはすでに前世紀末から問題視されていて、特に古き良き?「黙って俺に任せておけ」式の医療からアメリカ式のインフォームドコンセントが前提の医療に切り替わっていく中でこの問題が重視されるようになり、医学教育の過程においても患者に正しく理解させる能力と言うものをもっと重視すべきではないかと言われるようになってきました。
その大前提として患者の理解が及ばないのは説明する側の能力や努力が不十分であるからだと言う考え方があったことは否定出来ませんが、一方で十分に経験を積んだ臨床医であれば実際の臨床現場ではそんな単純なことでは済まないということを実体験からよく知っているはずで、例えば先日はこんなちょっとびっくりするような「正しく理解することの難しさ」をもの語るニュースが出ていました。

米女性200人に1人が「処女懐胎」を告白、調査(2013年12月18日AFP)

【12月18日 AFP】米国の若い女性を対象にした調査で、200人に1人が処女のままで妊娠したと回答したという、驚くべき結果をまとめた論文が、17日の英医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(British Medical Journal、BMJ)で発表された。

 米国の若者の性と生殖に関する健康についての長期調査に参加した7870人の女性のうち、約0.5%に当たる45人が、膣性交の経験がないにもかかわらず妊娠したと答えたという。

 体外受精(IVF)で妊娠したとの回答はなかった。45人の中には、「流産などで胎児を失ったとの回答もあった」という。

 論文は1995~2009年にかけて行われた「若者の健康に関する全米長期調査(National Longitudinal Study of Adolescent Health)」に基づいたもの。同調査の参加者は、対面式ではなくノートパソコンを通じて、性行為や妊娠、避妊方法についての知識、宗教的背景などに関する定期的なアンケートに答えた

 調査に参加した女性たちの親にも性行為や避妊についてどのくらい娘と話をしたか尋ねたほか、女性たちが通った学校にも、学校の授業での性教育の割合などを質問した。この調査は米国の社会的・民族文化的背景をよく反映した信頼のできる調査だと見なされている。

■『童貞の父』も

 調査の結果、「処女懐胎」グループのうち3分の1に近い31%が「貞節の誓い」をたてていたことが分かった。貞節の誓いは、婚前性交渉に反対する保守派キリスト教団体が推奨することが多い。

 膣性交による妊娠を認めたグループで貞節の誓いをたてていた人は15%だった。また、自分は処女だと答えた女性の21%が貞節を誓っていた。「処女懐胎」グループが出産した時の平均年齢は19.3歳で、そうでないグループの21.7歳に比べ2歳以上若かった

 論文の主執筆者、米ノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)のエイミー・ヘリング(Amy Herring)教授(生物統計学)はAFPの電話取材に応じ、調査対象者に直接「あなたは処女懐胎しましたか?」と尋ねたのではなく、性や生殖についてのさまざまな質問からそのような結果が導かれたのだと述べた上で、今回の研究で性教育についての興味深い示唆が得られたとともに、性生活についての正確なデータを取るのがいかに難しいかが明らかになったと話した。

簡単明瞭な質問だと私たちが思ったものでも、女性たちの中には意味を取り違えたり、間違った解釈をしたりして、誤った年を答えるなどした人がいた。また、何らかの理由で性交渉をしたことを認めたがらない人もいた。率直に答えてもらえるよう(ノートパソコンなどの)技術も使ったが、それでも非現実的な回答はあった

「さらに数週間前、この現象が女性のみに限られるのかを調べたところ、『童貞の父』も数人見つかった。さらに理解に苦しむ発見だ」

この話を聞いて「なるほど、イエス様のケースは別にそれほどレアだというわけでもないんだな」と感じる人がどれほどいるのかは判りませんけれども、個人的には隕石という概念が一般化していなかった19世紀の第三代米大統領ジェファーソンが、1807年の隕石落下に関する学術的報告に関して漏らしたという「「石が空から降ってきたと信じるより、二人の教授が嘘をついていると考える方が自然だ」と言う言葉を思い出していました。
それはともかく、処女懐胎が事実それほど頻繁にあるのかどうかは別として、この調査が直接的にそれを質問したわけではなく様々な質問を繰り返す中で調査対象の性知識を明らかにしていっているということに注目すべきであって、その結果「簡単明瞭な質問だと私たちが思ったものでも、女性たちの中には意味を取り違えたり、間違った解釈をしたりして、誤った年を答えるなどした人がいた」と言う見解に達したことは重要ですよね。
そもそも妊娠の可能性のある性交渉という認識も人によって様々で、それこそ「キスしちゃったから妊娠したかも」レベルの人が想像妊娠に至ってしまうというケースもあれば、何ら効果の立証されていない怪しげな避妊法を実践しているから妊娠の可能性はないと思い込んでいる人間もいたりで、知識や理解のレベルが様々な対象に向かって何かを問いかけるという行為がどれほど難しいかということが理解出来ます。
となれば当然ながら一人当たりに割ける時間も労力も限られている日常診療の場において、相手が理解するまできちんと説明をし同意を得る、あるいは相手が正しく理解していると確認しながら話を進めるということがどれほど困難かと言うことで、医師が「患者さんはショック状態で」と説明すると家族から「そんなにショックを受けるようなことがあったんですか?」と問われたなんて笑い話のようなことは当然に起こりえることですよね。

注意すべきなのは昨今医療訴訟でもたびたび話題になる医師の説明義務違反ということがどこまで求められているのかということなのですが、判例等で見る限り十分な説明という言葉の解釈が未だに一定しておらず、また一部の方々からは「患者が理解・納得していない同意は真の同意とは言い難く無効」などと極論も出されているようで、こうなるとそもそも理解が出来ない相手には本当の同意は期待出来ないということになります。
最近では「患者の理解は医師が思っている以上に低い」という事実が広く知れ渡るようになってきていて、中には主に防衛医療的な観点からか実際に何枚もある質問票に全て正解を出さないともう一度説明をやり直すなんて大変な労力を払っている先生もあるやに聞きますが、これも考えてみるとその程度の理解も出来ない相手とは診療契約を締結しないという意志の現れだとも取れますよね。
こうした防衛行動の法廷での有効性は別にしても、緊急手術で一刻の猶予もない時にそんなことをされても患者や家族もおちおち冷静に答えられるはずがないという話ですけれども、今まで何となくでやってきた説明と同意という行為が冷静に考えると非常に複雑で難しい問題を抱えているとなると、これはいくら丁寧な診療をしているつもりでもいざ紛争化したときには幾らでも突っ込まれてしまうなと考えざるを得ないわけです。
ではそれに対してどうすべきかと言うことなんですが、一つにはもちろん医療現場はただでさえ多忙極まるのだから、危なそうなケースからは徹頭徹尾手を引くというのも防衛医療上も労働管理上も合理的な考えですけれども、そうは言っても浮世のしがらみから様々な仕事を引き受けざるを得ない数多の先生方にとっては、もう少し制度的にも医療従事者が安心して仕事に励める仕組みがあって欲しいですよね。

わざわざ休日にアポなしでやってきて「担当医を出せ!説明しろ!」なんて無茶を言う遠い親戚に辟易した経験のある先生であれば、説明という行為にもそれなりに知識や経験、そして何よりも手間暇がかかるのだからもっと診療報酬上も評価されてもいいはずだと考えたことがあるかも知れませんが、別な意味でこうした説明行為にもっと高い料金を取るべきだという考え方はあるわけです。
無料のテレビで放送していれば五分でチャンネルを切り替えてしまうようなつまらない映画でも、自腹でお金を払って映画館に入っていればついつい最後まで観てしまうというのと同じ理屈で、人間心理として説明一つに何千円ともなれば元を取ろうと真剣にもならざるを得ないというものでしょうから、診療報酬なりでまずはムンテラという基本的医療行為をきちんと評価することは実は患者にとっても重要なことではないかと思います。
その場合例えば「金を取るのなら説明なんていらない」と言う人が後で「こんなことになるとは聞いてない!」と言い出した時にどうするかですが、今現在も治療前検査という形でそれなりの検査を行っていることは妥当だと考えられているように、治療に先立って一定の手続きを行ってもらうことは診療契約締結の大前提であるという考え方は社会的にも十分受け入れられる余地はあるかと思いますね。
そうしたシステムが出来上がれば説明など手間ばかりかかって一銭にもならないと言う認識も改まり、医療従事者側にも医療技術の向上と同様に説明技術の向上に対するモチベーションも上がっていくでしょうし、無闇矢鱈と説明の繰り返しを要求される事も減って医師の過重労働改善にもつながる可能性がある、そして何より人の話も聞かず理解する気もない潜在的な問題患者を排除することにもつながるかも知れません。

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コメント

わからんやつにはなにいってもわからん

投稿: | 2013年12月25日 (水) 08時25分

急ぎのことでなければ判るまで関わり合いにならずに放置というのもありでしょうけどねえ。
救急車で担ぎ込まれた認知症のおじいちゃんの付き添いが似たり寄ったりのおばあちゃんだったりしたらもう…
「どうしましょう?」「いや先生が決めてください」「いや決めていただかないと」って押し問答になっちゃいます。

投稿: ぽん太 | 2013年12月25日 (水) 09時29分

大将のおまかせコースなら保険診療で、説明を求めるならその部分は自己負担でという混合診療はありだと思います。
説明部分を保険診療に含めるか否かを、事実上裁判所が決めている現状は異常です。

投稿: hhh | 2013年12月25日 (水) 10時41分

説明義務と言うことを考える際にいつもこの大阪地裁判決を思い出します。

HCV検査勧めるも患者受けず、医師の説明・説得に過失
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/dispute/201308/530992.html

いずれにしてもこれだけ世の中が慎重丁寧に説明をしろと要求しているわけですから、その手間賃くらいはきちんと報いてもらいたいと思いますね。
医師のみならず看護師等のスタッフも含めて考えると、院内業務のかなりの部分を説明の手間が占めているんじゃないかと思います。

投稿: 管理人nobu | 2013年12月25日 (水) 11時01分

医学会という指摘組織に何の権限も無し!

皆さん、ぜひとも先進的な民間企業で遺伝子検査をしましょう!

投稿: 記者 | 2013年12月25日 (水) 11時30分

理解が難しい人はそこまで困りません。
自分の信じたことが絶対であり、どんな説明も自分の信じたことと違えば全く理解しようとしない人はどうにもなりません。

投稿: クマ | 2013年12月25日 (水) 11時57分

DMティー茶最強

投稿: | 2013年12月25日 (水) 12時08分

コラーゲン玉を食うと、お肌がそのままコラーゲンで艶々になります、という詐欺産業の言葉をいまだに、本気で信じてるくらいの低レベルの分析力が低い人間が実に多いので、
実際の医学知識を説明しても、理解が得られない層が相当数、存在する。
そうした層の住民区域と所得にはある程度、相関が存在するため、医師は、なるべく、
所得レベルの高い住民エリアで働きたい、と考える。
ナマポ、DQN、ヤンキーが多い区域の先生方、ご苦労様です。

投稿: striker | 2013年12月25日 (水) 16時33分

グルコサミン、コンドロイチンを院内で販売してる近所の整形外科は低レベルってことでいいのかね

投稿: | 2013年12月25日 (水) 17時12分

>患者が正しく理解出来ないのは医者が悪い?

平易でわかりやすい言葉を使う、時には図も用いる、それでも理解できないのは患者と家族の頭が悪いから、と認識しています。
さいわい、ICを含めた説明でクレームを受けたことはありません。
病院や医師のabiliyやcapacityを超えるものを求められた時は、即、転院をお勧めし、家族の前で紹介用を書きます。

投稿: physician | 2013年12月25日 (水) 20時25分

訂正
病院や医師のabiliyやcapacityを超えるものを求められた時は、即、転院をお勧めし、家族の前で紹介用を書きます。
→病院や医師のabilityやcapacityを超えるものを求められた時は、即、転院をお勧めし、家族の前で紹介用を書きます。

投稿: physician | 2013年12月25日 (水) 20時28分

>さいわい、ICを含めた説明でクレームを受けたことはありません。

こじれた症例では後になって因縁まがいのクレームが来ますから油断なされぬがよろしいかと

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年12月25日 (水) 20時41分

>こじれた症例

こじれるかな、もしかして裁判?と予測した症例も、なんなくスルーできました。
周囲のスタッフからは先生の説明がとても丁寧で、患者家族サイドに立って話しているからと、その時には言われました。
一応、かなり気を使って説明します。
医歴27年の病院勤務医ですが、いままで裁判ざた、賠償金支払い、に一度もならなかったのは、神のご加護か、守護神がいる、と思っています(笑)。
奇跡なんでしょう。

投稿: physician | 2013年12月26日 (木) 10時50分

丁寧に相手サイドに立った説明をしたとしても、その話のうちのどれほど理解して覚えているか怪しいもの。
それゆえ面倒でもできるだけ参考資料などを配布するようにしてます。
内容はどうあれ、丁寧に説明するという姿勢を見せれば、患者側とトラブルになる可能性が減るのは事実。
しかし外来が混んでいて時間がなければそういう時間も作れないのも事実。
それにハナから理解力が乏しかったり、医者に過剰要求ばかりしたり、強い医療不信感のある相手には何をいくら丁寧に説明したところで時間のムダだというのが自分の結論ですかね。
信頼関係が築けそうもない相手は可能なかぎり早期に判別してさっさとリリースするのがよろしいかと。
おそらくどこにも相手にされずジプシー化するのは目に見えているので。

投稿: 逃散前科者 | 2013年12月26日 (木) 11時14分

 かつては「中学生が理解できる説明」を目標としていました、最近は「小学生が理解できる説明」にしようかと考慮中です。ただ、言葉をかみ砕くと不正確になるし時間がべらぼうにかかるのが困りますし、「小学校のテストでもろくな点が取れない人たち」にはそれでも不足なんですよね。

投稿: おかだ | 2013年12月30日 (月) 19時37分

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