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2013年10月30日 (水)

若者気質の変化がもたらす影響は如何ほど?

今日はまたどうでもいい話を書いてみたいと思いますが、先日大学入試で二次試験の学力試験が廃止される?!なんてびっくりニュースを紹介したところで、案の定受験産業界の中の人からもさすがにそれはちょっと…と反対論が出てきているようですが、先日日経メディカルに出ていたこちらの視点はなかなか興味深いものだと思いますね。

国公立大2次試験「人物本位」の選抜方法に苦言を呈す(2013年10月29日日経メディカル)より抜粋

(略)
 そもそも、ゆとり教育とは、「学力偏重の教育体制を是正し、子どもをのびのびイキイキ育て、真の生きる力を養成する」ことを目的としたものでした。ですが、その結果生まれた「ゆとり世代」は、学力の乏しい、根気のない、いわゆる「ぬるい」若者の大量発生という状況を呈した、と揶揄されています。

 受験屋の自分の立場を擁護するわけではないですが、ゆとり教育に背を向けた私立の中高一貫校や、「ゆとり」の大量発生に歯止めをかけるビジネスで成功を収めた民間の塾、予備校のお蔭で、辛うじて日本の「知」は守られた、と言っても過言ではないと、私は思っています。それが証拠に、公立高校が、近年、重い腰を上げて、土曜の授業を再開したり、週5日制を元の6日制に戻すなどの動きを示しています。それでも「大学生なのに分数計算ができない」、「漢字がさっぱり読めない」といった珍現象が、いまだに報告されています。

 ゆとり教育がこうした結果を招いた一因は、暗記と知識を旨とする受験学力を重んじない “人物本位”の面接と、内申書だけの推薦やAO試験といった受験制度にもあると思います。“人物本位”の選抜方法がまかり通ると、それこそ有力者の子どもであるとか、選抜者の縁故の人物とかが大手を振って大学の門をくぐることになりかねず、まじめに勉強している者が馬鹿を見ることになるのは目に見えています。

中国の「科挙」制度の教訓

 かつて中国には、「科挙」という学力・暗記を前提とした官吏登用試験制度が長らく存在して、いろいろ問題はあったものの、合格した彼らが歴代の皇帝の親政を官僚として下支えしていました。この公平な試験制度のお蔭で、中国は、それぞれが数百年にわたる王朝を維持し、名高い詩文や史書を長く研究や膾炙の対象として維持保存することができたと言われています。そうした廉直な官吏登用制度による国家体制を崩したのが、試験ではない、別の観点からの“人物本位”で選ばれた宦官と外戚であったことは歴史が記す通りです。今の中国政府が腐敗しているのは、中国共産党にいかに忠誠心を持つか、いかにトップと深いつながりを持っているかだけで選ばれた、言い換えれば“人物本位”で成り立っている組織だからでしょう。

 私たちは、昔の中国からは非常に多くの物を学んできましたが、今の中国からはほとんど学ぶものがないといった現状から逆算すれば、そこには、神ならぬ人間が他者を選抜するときの傲慢と主観と情実を極力排し、冷ややかな客観性を重んじる試験という名の「人類の知恵」の存在が見えてきます。

 入学試験を受けたことのある者は、そこに模擬試験と全く違うものが歴然とあることに気付くはずです。すなわち、解答者の記名欄がなく、受験番号のみを記入することになっていることです。そして、はっきりと「解答に無関係なことを書いた答案は無効とする」とうたっていることです。

 実際、私の知り合いが京大を受験した折、生物の試験で時間が余ったので、答案用紙に、合格後の希望シミュレーションとして京都での下宿先の間取りなどを落書きして、消すのを忘れてそのまま提出したそうです。彼は不合格だったのですが、後で京大から返って来た点数を見たら、何と生物は0点だったと言っていました。採点した大学側は、下宿の間取りの落書きを、採点にかかわる大学関係者の縁故の受験生が残した「これは俺の答案だよ、斟酌してね」というメッセージと受け取ったのでしょう。実際に彼におかしな他意がなかったことは、知り合いである私には分かっていましたが、当時の京大の厳正な処し方には、むしろ感銘さえ覚えたものです。
(略)

人物本位という美名の元に客観を離れ主観的評価が横行するようになるとどうなるか、それが日本においても直ちに現代中国式の過度の縁故社会に結びつくかどうかは何とも言えませんが、先日も書きましたように今の時代にとかくコネ人事というものが話題に上るようになってきたのも、裏を返せば社会の多くの場所でコネが横行していると感じる人がそれだけ増えてきているという危機感の表れなのかも知れませんね。
それはともかく当事者に言わせると「ゆとり世代とひとくくりに言われるのには抵抗感がある」のだそうですが、今そう言って若者達を揶揄する中堅世代もかつては「新人類」などと散々年長者から言われてきたわけですから、ここは一ついわゆるゆとり世代=現代の若者世代というくらいのゆるい定義付けで扱わせていただこうかと思います。
そのゆとり世代学生の気質がどのようなものなのかは特にそれを指導する方々にとっては気にもなるし頭も痛いところなんだと思いますが、先日こういう記事が出ていたのをご覧になったでしょうか。

医学生8%、製薬会社からタクシー券 43大学調査(2013年10月26日朝日新聞)

 【野中良祐】医療現場で患者と対面して学ぶ臨床実習前の医学生の約8・5%が、学会への出席などを理由に、製薬企業からタクシーチケットをもらった経験があることが、全国の43大学に対する北海道大学病院のアンケートでわかった。企業側が「将来の医師」に早期から接触する実態が明らかとなった。

 調査をした同病院卒後臨床研修センターの宮田靖志特任准教授は「プロ意識が十分に育っていない早期の接触には、注意を払う必要がある」と指摘している。

 調査は2012年に実施。製薬企業からのタクシーチケットやグッズの受け取りの有無のほか、企業主催のセミナー後に開かれる懇親会に出席したかなどを尋ねる文書を全国の約80大学に送付し、うち43大学の5431人から回答を得た。

以前にもアメリカでの医学部学生に対する製薬会社のプレゼント規制の話題を取り上げましたが、「医学生の多くが在学中に製薬企業などのマーケティングの対象になっており、贈り物をもらったり、イベントに招待されていた。こうした経験が業界に対する好意的な態度に結びつき、医師になってから新薬を採用する可能性を高める」といい、すでに98%の医学部で学生に対する贈り物制限が行われていると言います。
学生時代から学会出席をするくらいですからそれなりにアクティビティーも高い学生なのでしょうが、こうした学生に対する早期からの囲い込み行為が後々どれほど利益として跳ね返ってくるのかもさることながら、ここで気になるのはこの学生の8%と言う数字がかつての接待全盛期に比べて高まっているのか低くなってきているのかということですね。
近頃では製薬業界も業界内自主規制で医師に対する接待を抑制することを申し合わせていて、夜の街での豪遊どころか「学会の無料ドリンクさえなくなった」などと嘆く先生もいらっしゃるようですが、そうは言っても製薬業界からなんだかんだと医師に流れている資金は年間4700億円に上るだとか、水面下では枕営業も花盛りだとか様々な噂絡みの話も乱れ飛んでいますよね。
他方でいわゆるゆとり世代はモラル的にはどうなのか?と言う以前に、今の若い人は昔ほど金に執着しなくなったという話はよく聞くところで、何しろ生まれた時から不景気が当たり前で育ってきたものだからバブリーな感覚も身につく機会がないと言いますが、実際に贅沢などしなくてもそれなりに充実感をもって暮らしているという意味で「プア充」なんて言葉もあるようです。

プア充の鉄則 外食しない、規則正しい生活、プア充仲間作る(2013年10月12日NEWSポストセブン)

 会社に縛られずにそこそこ働き、年収300万円ぐらいで自分の生活を充実させていく「プア充」という生き方を宗教学者の島田裕巳氏が著書『プア充─高収入は、要らない─』(早川書房刊)で提言し、注目を集めている。どうやってプア充生活を実現するのか、島田氏が解説する。

 プア充を実践するために必ず守らなければならない鉄則がある。「外食をしない」「規則正しい生活をする」「ストレスをためるな」の3つだ。
 規則正しく暮らせば自炊しやすくなるし、生活のリズムが整えば、タクシー代など臨時の出費も減っていく。忙しく不規則な生活を続けていると、それを補うための無駄な出費が増えてしまう
 また、ストレスで体を壊せば病院代もかかるし、へたをすれば働けなくなる。そこまでいかなくてもストレス発散のために朝まで酒を飲んだりして、結局、無駄なお金を使ってしまいかねない。ストレスをためるのは、精神的にはもちろん、経済的にもよくない
 さらに大切なのが人間関係や縁だ。これなしにはプア充生活は成り立たない。お金を稼ぐために時間を多く費やすと、人間関係を築く時間がなくなるばかりか、それまで築いてきた周りとの縁がどんどん切れていく。その先に待ち受けているのは孤独だ。お互いに想いあうプア充仲間がいれば、お金がなくても十分に幸せに生きていける。

 それでも年収300万円では結婚は難しいという人がいるかもしれない。しかし、それは思い込みだ。むしろプア充こそ早く結婚して家庭を持つべきなのだ。1人年収300万円だとしても、2人合わせれば600万円。それで十分だ。どちらかが1000万円稼ぐ、余裕のないギスギスした夫婦より、2人で年収600万円ののんびりした共稼ぎ夫婦の方が幸せだろう。
 子供ができると生活が規則的になり、ますます健康的で安定したプア充生活を送ることができる。私立に行かなければ小学校は給食費ぐらいしかかからないし、中学の費用もたいしたことはない。高校の授業料無償化も進んでいる。子供の医療費も自治体によっては無料だ。
 今の日本にかつてのような経済成長は見込めない。過剰に働いてもそこそこ豊かな生活を味わえるだけだ。その程度のために体も心もすり減らして働く意味はない。年収300万円のプア充がこれからの日本人の生き方にマッチしている。300万円こそ理想の年収なのだ。

まあ300万円こそ理想の年収かどうかはさておき、かつてのモーレツ社員全盛期のようにとにかくバリバリ働いて目一杯稼ぐことが幸せにつながったのかと言えば実はそうでもなかったんじゃ?と多くの人が醒めてきている今の時代とは、何とはなしに古典的な田舎の漁師のジョークを思い出すような状況ではあるかなと思います。
モノに執着しなくなったと言えば医学部の駐車場と言えば昔は高級外車やスポーツカーばかりだったものが昨今ではコンパクトカーや軽自動車が多数派になっていて、かつては受験合格のご祝儀も込みで持っているのが当たり前に近かった医学生の車保有率もすっかり低下してせいぜい半数程度と言いますから、こうした接待攻勢に対しても昔ほどがっつきもしなければありがたみも感じていないんじゃないか?と言う想像は働きますね。
ただ一方では近年医学部進学ということ自体が「食いっぱぐれの心配のない堅い進路選択」と見なされるようになってきていて、いわば10代のうちから人生どうやって食っていくかということを真剣に考えてきている人間の集団であるという見方も出来るわけですから、こうした経済感覚を持っている人間ならばスーパーの特売チラシに目がない主婦層の如く「もらえるものはとことんもらう」という感覚が身についても不思議ではない気もします。
こういうことの年代別の統計データなどというものはなかなか表に出てはこないでしょうから結局何を言っても推測にしかならないんですが、学生気質もさることながらかつてのように医師の裁量が大きいだけに接待攻勢で処方も大きく変わっていただろう時代と比べて、エヴィデンスだ、ガイドラインだと治療の標準化が進んだ時代に接待の費用対効果がどう変化しているのか、製薬会社側でデータ開示はしてもらえないでしょうかね?

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コメント

江戸時代が長く安定してたのも戦国時代の上昇志向を捨てさせて現状に満足させるよう仕向けたからだと聞いたことありますね。
でも上昇志向って別にそれ自体は悪いことじゃないし社会にとっちゃむしろ推奨されてもいいくらいだって思いますけど。
誰もが上を目指すんじゃなくて上を目指す人と現状を支える人と同じように尊重されたら問題ないんじゃないかって気がします。
まあでもやっぱり総合医より専門医のほうが偉く見えるのと同じでそういう価値観の転換って難しいんでしょうけどねえ…

投稿: ぽん太 | 2013年10月30日 (水) 08時36分

学生時代からハニトラ引っかかりまくりで人生経験値高まり杉w

投稿: aaa | 2013年10月30日 (水) 09時33分

枕営業って・・・今時そんなのありえないよなぁ。大体、10年以上も前から接待制限各メーカーで横並び自主規制をしているから、殆ど食事会なんてない。メーカー主導の研究会で講師を務めた後にお食事に、くらいかなぁ。

まあ、研究会の出席にタクシー券をもらうってのは普通にありますが。

投稿: | 2013年10月30日 (水) 10時37分

医薬分業が浸透し、薬価差益による利鞘もなく、診療報酬は規制規制で、病院も診療所も経営アップアップ
そのうえ、近年は製薬会社も規制規制で、医者の仕事など何一つ旨みもない。
30年前のように医者は薬で暴利を貪って、製薬会社から接待三昧で贅沢していると、まだ世間の人々はイメージしているんでしょうか?
そういう一度定着した価値観の転換って難しいでしょうね。
タクシーチケット配るのは、共催した研究会の出席者が1人でも欲しいからでしょう。たとえ学生でも。
研究会がガラガラだと怒られるので。

投稿: 逃散前科者 | 2013年10月30日 (水) 10時57分

接待のどこまでがありかということは、する側とされる側双方の兼ね合いで決まってくることだと思います。
酒飲みの医師が担当で自分も飲み食いが好きなプロパーならやはりそういう場に誘いたがるでしょうし、ただ飯嫌いな先生を無理に誘って心象悪くするプロパーもないでしょうしね。
ただ接待費分の元を取れるかどうか冷静に考えると、対象はかなり限定されそうな気はしますが。

投稿: 管理人nobu | 2013年10月30日 (水) 11時01分

でももらうものもらってんのは事実でしょ
なにしろ出した方が出したって言ってるんだから
贈収賄で犯罪にならないの?

投稿: 名無しのゴン | 2013年10月30日 (水) 13時50分

>そうした廉直な官吏登用制度による国家体制を崩したのが、試験ではない、別の観点からの“人物本位”で選ばれた宦官と外戚であったことは歴史が記す通りです。

歴史を知らないと、こんないい加減な主張もできるんだなぁ。。。。

中世、近代の中国は、漢民族以外の異民族による侵略、支配の歴史です

科挙で通るためには、それこそ富裕層でないとダメなんてことは、常識として知るべきですね

古典の修辞学や経典で思考がは発達しなかったのが中国です
司馬遼太郎先生は、『中国は近代になるほど、思考が古代になる』と、不思議がっておられました

入試くらいの情報処理能力がなくて、ちゃんと臨床が出来るようになるのか疑問ですが、歳をとっても我々世代は脅かされないなら、それも良いのかな?(笑

投稿: Med_Law | 2013年10月30日 (水) 14時01分

マツコ休止番組 生保会社から「クレームあった」 やらせ、過剰演出は否定
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131030-00000058-dal-ent
 TBSが30日、都内で定例会見を行い、第1回を放送しただけで、放送休止となったマツコ・デラックスが司会を務めるバラエティー番組「マツコの日本ボカシ話」(火曜、深夜11・58)について、視聴者から30件を超える意見の電話があり、半分が批判だったことを明かした。22日の初回放送では生命保険会社の裏事情を取り上げたが、生命保険会社から「クレームがあった」ことも認めた。今後の番組存続については未定という。
 22日にスタートした同番組は、毎回、さまざまな業界の関係者が顔にぼかしを入れて登場。業界の裏事情を語る内容で、第1回は生命保険会社のセールスレディが出演し、“枕営業”についての体験談を明かすなどした。

投稿: | 2013年10月30日 (水) 22時10分

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