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2013年10月31日 (木)

炎上はネットの専売特許にあらず

古来訴訟大国アメリカでは訴訟にまつわる数々の伝説があって、中には例の「電子レンジ猫」のように実は単なる都市伝説の類だったと言われるものもありますけれども、こちら電子レンジ猫伝説と並び称され?映画にまでなった有名な事件において当事者が「噂は事実と異なる」と訴えているという記事を紹介してみましょう。

コーヒーをこぼして多額の賠償金を得た「マクドナルド・コーヒー事件」の真実(2013年10月25日GigaZiNE)

「マクドナルド・コーヒー事件」とは、アメリカのニューメキシコ州のマクドナルドで、ステラ・リーベックさんがドライブ・スルーで購入したホットコーヒーを膝の上にこぼしてしまい、やけどを負ったという事件と、その事件をめぐる裁判のことです。事件は、「おばあさんがマクドナルドで買ったコーヒーをこぼしてやけどを負い、訴訟を起こした結果数億円の賠償金を得て大金持ちになった」と一般的に認知されているようですが、事実は全く異なるようで、The New York Timesが「Burned by McDonald's Hot Coffee, Then the News Media」というマクドナルド・コーヒー事件の真実を伝えるムービーを公開しています。
(略)

事件の詳細は元記事の方を参照していただくとして、この事件が今から実に20年も昔、ネット普及期以前の90年代初めに起こっているということに留意いただきたいと思います。
この記事を見た今日のネット上でも「けっきょく「「コーヒーをこぼして大金をせしめた人」で間違いないじゃないか」「どこが「事実は全く異なる」んだ?」と何ら印象は変わらないという声が大勢を占めているようですから、いずれにしてもこの事件がもう少し遅れて起こっていたならば盛大な炎上騒動になっていただろうことは想像に難くありませんよね。
しかしまだネットが今日のように発展していなかった時代においてもこうした大事件は炎上騒動に結びついていることからも、炎上という現象を半ば機械的にネットと関連づけて語ることは事態の本質を見誤ることにつながるのかなとも危惧しますが、一方でこうした誰が見ても議論になるだろうという大事件でなくても炎上に結びつくという昨今の状況から、ネットという媒体が炎上の閾値を大きく引き下げたということは言えるかも知れません。
先日は日本陸上競技のトップアスリートが何気なく発したつぶやきが炎上していると報道されましたが、この件などは「いったいこのつぶやきのどこに炎上する要素が?」とネット界隈でさえも不思議がられていると言います。

為末大「努力すれば成功する、は間違っている」 「正論」なのに「炎上」してしまうのはなぜ(2013年10月28日J-CASTニュース)

  陸上界で活躍した日本のトップアスリートの為末大さん(35)がツイッターで、「やればできると言うがそれは成功者の言い分であり、例えばアスリートとして成功するためにはアスリート向きの体で生まれたかどうかが99%重要なことだ」と持論を展開した。すると、「身も蓋もない」「道は努力で切り開くもの」などと批判が殺到し「炎上」した。
   為末さんはこの「炎上」を受け「努力だけでオリンピック選手にはなれない」などと2013年10月28日にツイッターで寄せられた批判に応戦した。

アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%

   今回の議論の発端となったのは13年10月21日のこんなつぶやきだった。

    「成功者が語る事は、結果を出した事に理由付けしているというのが半分ぐらいだと思う。アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%。そして選ばれた人たちが努力を語る。やればできると成功者は言うけれど、できる体に生まれる事が大前提

   これに対し、ツイッターやネットの掲示板で反論が多数出ることになった。それはこんな具合だ。

    「指導者の立場として『努力は報われる』と励ますべきだろ!」
    「志そうとする気持ちがないと、才能が合っても開花しないわけだし 努力することが無駄っていうのは言い方としてダメじゃないかな」
    「みんなイチローや中田である必要はないし、やる事に意義はある
    「為末さんは、本当の事を言いさえすれば、成功者としての義務を果たせるもんだと思っている」

   批判している人たちの多くは為末さんの意見が「正論」であることは分かっているようなのだが、日本のトップアスリートがそれを言ってしまうのは身も蓋もないことだし、夢も希望もない、現在努力し頑張っている人に失礼だ、ということで怒っているようなのだ。また、「世の中は公平で理不尽ではない」と信じている人もいて、そうした様々な思いが「炎上」につながっている
   こうした批判に対し為末さんは13年10月28日に「努力で成功できるか」と題したツイートを展開した。

「頑張れ!よりよく頑張ったねもう十分だよ」の方が救われる

   そこにはおおよそこんなことが書かれている。
   成功する可能性があるものを目標に置いた場合は努力すれば叶うかもしれないが、オリンピック選手になるのは難しく、才能と、環境がまず重要で、それが努力よりも先にくる。人生の前半は努力すれば夢は叶うということでいいと思うが、どこかのタイミングで自分を客観視しなければ人生が辛くなる。なぜかというと、努力しても夢が叶わなかった場合は自分の努力不足だと思ってしまうからだ。
   だから、努力原理主義を抜けられなかった人は、こんな自分を許せなくて何かを呪って生きていくことになる
   そして、人間の能力はそれぞれだから一つの事に縛られるなんてもったいない、とした。そして最後に、

    「がんばれ、より、よく頑張ったねもう十分だよ、の方が救われるステージがあると思うのです」

と締めくくった。
   この「反論」を受けて、なぜ今回「炎上」状態になってしまったのか理由がわからない、という声も多数ある。一方、為末さんの意見は正論過ぎてつまらないし、努力すればイチローやダルビッシュになれるなどと本気で思っている人は少数であり、そうした中でも夢をうるロマンがアスリートにあってもいいはずだという人もいる。

いささか興味深いのはこの一件、こうして炎上報道が出ているにも関わらず「便所の落書き」と「馬鹿発見器」とではずいぶんと論調が違っていて、便所の落書きでは「単に正論」「どこで炎上?」といった炎上そのものを否定する論調がほとんどであるようなのですが、ひとくくりにネットと言っても媒体によって利用者層が異なるということを反映しているのだとすればおもしろいですよね。
それはともかく、有名なエジソンの「天才は1%のひらめきと99%の努力である(Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration.)」という 言葉も「ひらめきの無い奴は結局モノにはならない」という意味なのだと言う説もありますけれども、それもあまりに身も蓋もなさ過ぎるということなのか一般には日本のみならず母国アメリカでも努力は成功の母的な解釈をされていますよね。
ひと頃の旧ソ連(現在のロシアその他の地域にあった共産主義の母国です念のため)ではダーウィニズムが否定され獲得形質の遺伝が進化をもたらすというルイセンコ学説が政治的に半ば強要されていましたが、これも元をたどれば世界革命を目指す共産主義国としてはいくら個人が努力したところで次の世代には何も引き継がれないというダーウィニズム的思想が不都合だったからだとも言います。
このように努力の価値を否定されるとついつい向きになって反発してしまうという傾向は国や民族を問わないものであるようで、もちろん努力の尊重という考えそれ自体は社会の基盤として健全で望ましいものだと思いますけれども、選手として指導者として為末氏の言葉もまた一つの正論であると認める度量もまた健全で望ましい社会には必要なものですよね。
それを敢えて殊更に炎上させてしまう心理とはどのようなものなのか、最近世間でもこの炎上という現象に興味と関心が向いているだけに様々な考察がなされているようです。

「ツイッター炎上」をつくるのは誰か 炎上する側、させる側の論理(2013年10月29日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

(略)
 フォロワー数が少なく、もともとは注目度の低い一般人の「つぶやき」でも、一度見つかればすごいスピードで拡散し、大問題に発展してしまう。多くの人がネットで発信を行う時代だからこそ、雇う側の企業としても無視できないこの問題。では、一般の人はいま、「炎上」についてどう考えているのか。ダイヤモンド・オンラインがリビジェン(東京都港区)の協力を得て調査を行った。
(略)
 それでは、炎上「させる」側にはどういった意図があるのだろう。「炎上に参加して、対象者を『懲らしめよう』という人には賛同できる? できない?」という質問に対して、「賛同できる」と答えた人は23%に上る。早速、その理由を見てみよう。

インターネットは怖いという認識をもってもらえると思うから」(17歳男性・高校生/神奈川県)
「叩かれることで常識を知るきっかけになると思うから」(27歳女性・専業主婦/大阪府)
「警察のような組織があるわけではないので、多少晒し者にする人がいないともっと酷くなるだろうから」(39歳男性・会社員(技術系)/東京都)
自分のやった事が罪だと解らせるべき」(34歳女性・会社員(事務系など)/福岡県)
「社会的制裁を受けて然るべき対象であるから当然の報いだと思うし、正直こちらに大したリスクはないから」(20歳男性・学生/東京都)
「自分がしたことの責任は自分でとるべき」(18歳女性・学生/福岡県)
「罰を受けるべき」(38歳男性・会社員(技術系)/福井県)
ネットの怖さをわかっていないから見せしめに」(18歳女性・高校生/神奈川県)
続けてやるかもしれないので」(46歳男性/経営者・役員/大阪府)
「社会的に制裁を受けないと、やったことの重大性が分からないから」(17歳男性・高校生/神奈川県)
「悪い事をしてるとわからせてあげないとバカはなおらないから」(31歳女性・会社員(事務系など)/神奈川県)
「懲らしめないと何もなく終わってしまうから」(25歳男性・会社員(営業系)/東京都)
ネットを使うリテラシーを守れない人には、相応の応酬があることを知るべきだから」(27歳女性・会社員(事務系など)/東京都)
「時には必要な手段だと思います」(40歳女性・経営者・役員/兵庫県)
「けしからんものには、見てみぬふりができずに感情が先立ってしまうのは当然だと思う」(20歳男性・学生/神奈川県)
「個人の身勝手な投稿によって人(オーナーや従業員、その家族)の人生が変わってしまうのだから、投稿者は相応の罰を受けるべき。ツイートの削除、ブログの閉鎖、ネット上での謝罪だけではなく、警察など社会的制裁も受けるべき」(23歳女性・学生/神奈川県)

「晒し者」「社会的制裁」「見せしめ」「懲らしめないと」という言葉からは、不適切なツイートを拡散することによる「私刑」の意図があることが分かる。なかには「正直こちらに大したリスクはないから」というコメントのように「軽い気持ち」で拡散している様子の人もいるが、多くの人は、「悪いことは悪いと言わないといけない」という正義感に駆られて炎上に参加しているようだ。
 確かに、思わず怒りを覚えるような悪質な書き込みはネット上に存在する。ただし、「対象者を『懲らしめよう』という人に賛同できない」人が77%という多数派である。その背景には、言うまでもないが、炎上に参加することでことが拡大し、結果的に投稿者の周囲(非のないオーナーや従業員、その家族)がさらに被害を受ける場合があることが予測できるからでもあるだろう。
 ともあれ、ネット上の知らない誰かに指摘される前に、周囲の身近な人からネット上で発信することのリスクについては学ばなければならない。自分の子どもたちにそれをどうやって教えればいいかを大人たちは考えなければならないだろう。

むしろここでは懲罰勘定や正義感というよりも、炎上による教育的効果に言及する意見が多いことに注目すべきかと思いますね。
日本人の場合誰かが社会的非難を受けるに値する行為を犯しても、それを面と向かって指摘する習慣があまりないだけにどうしても陰口等の間接的批判の形で発散するしかなかった、それがネットという匿名性を得たことで誰でも直接的批判を行えるようになったからだ…などと幾らでもそれらしい説明は出来そうですが、冒頭の事件にも見られるように炎上とは別に日本に限った出来事でもネットに特有の現象でもないわけです。
ただネットは匿名の空間だと考えている人間が多いことが炎上を容易にしているという意見ももっともで、だからこそ世論調査においても「ネットは匿名だから怖い」という意見が非常に根強いのですが、しかしネットの匿名性など実は非常に不確実なもので、正しい知識を持った人間が慎重に身元を隠蔽しながら利用しない限り便所の落書きに好き放題書き込んでもプロバイダーへの開示請求一発で身元バレする場合がほとんどです。
ましてやSNSなど実質的に実名と同じようなものですし、そうであるが故に馬鹿発見器と言われているのですから、そう考えると炎上は悪いことばかりでもない、懲罰目的以外にも教育的効果も期待出来るという声が少なからずあるのは理解出来ますし、利用者は炎上させないためにもまずネットリテラシーを磨くということを覚えてもらわなければならないですよね。
「日頃はおとなしい人なのにひとたび車のハンドルを握ると豹変する」なんてことをよく言いますが、「普段は大人しく引きこもっているのにひとたびハンドルネームを名乗ると豹変する」のも全く同じような現象であって、ネットが特殊というのではなくやはり実社会でも批判されるような行為はネットでも当たり前に批判されるのだという当たり前の認識を持つことがその第一歩になるんじゃないかという気がします。

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コメント

「努力すれば努力しないよりは成功する確率が上げられる」が正解なんですかね。
トップレベルのスポーツじゃある程度の努力がないと絶対成功しないと考えると必要条件にはなるかと。
でもアマチュアや学生スポーツなんてほとんどが本来の目的(競技力向上)以外のとこで努力の成果を楽しむものじゃないですか?
大多数の普通の人にとっては勝てなかったら努力は無駄になるなんてことはないと思いますけど。

投稿: ぽん太 | 2013年10月31日 (木) 08時50分

「たかが練習試合で勝ち負けにこだわらなくても」
「そんなのは五体満足な連中に任しとけばいい」
「俺たちのは勝とうが負けようが世間の連中にはどうだっていいんだ」
「車イスバスケがスポーツ欄にのるか?せいぜい社会面だろう。」
「勝ちなんか誰も期待してない『障害に負けず明るく前向きに楽しんでます』」
「しょせん「障害者スポーツ」だろうが」
(井上雅彦「リアル」より)

トップアスリート以外誰が勝とうが負けようが世間の連中にはどうだっていいのは同じこと
ていうかどんな仕事だろうが学問だろうが99.9%の「その他大勢」のやってることなんて誰も気にしちゃいない

「無駄に肥え太るしか能のない豚でさえ誰かの腹を満たすことは出来る」
「お前の人生に名もなき豚ほどの価値もあると思うな」

投稿: | 2013年10月31日 (木) 09時12分

>「けっきょく「「コーヒーをこぼして大金をせしめた人」で間違いないじゃないか」「どこが「事実は全く異なる」んだ?」

訴訟大国アメリカで50万ドル程度のはした金は大金をせしめたとは言えないのだろうw

投稿: aaa | 2013年10月31日 (木) 10時42分

弁護士費用の関係などももちろんあるのでしょうが、やはり50万ドルという少なくない金額を取っているという事実は世間に一定の見解を抱かせるのに小さな意味にはとどまらないかなという気がしますね。
努力に関して言えば個人的には量的な側面ばかりが言及されるきらいがありますが、その後の人生の糧という意味でも質的側面にももう少し多くの方々、特に指導者が気を配っていただきたいものです。

投稿: 管理人nobu | 2013年10月31日 (木) 11時45分

まあツイッターとかブログは安易にやらないほうがいいでしょうね。自分の意見として発信するのであれば、雑誌やコラム、或いは書籍にしたほうが無難だと思います。
言いたい事は何となくわかりますが、どんな正論でも、常に批判の対象にはなりうるわけで、誤解を招いたり、揚げ足とられるリスクが高いという事を知るべきです。

投稿: 逃散前科者 | 2013年10月31日 (木) 14時55分

半分が味方してくれたら大したものさ

投稿: | 2013年10月31日 (木) 15時39分

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