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2013年10月24日 (木)

現場スタッフも患者も現状の改革が必要だと思っている?

先日の救急医学会で末端臨床現場から「勤務環境改善のためには夜10時までの副当直導入が有効」という提言があったと言う記事が出ていて、なるほど夜間救急の状況に応じた柔軟な勤務体系導入が有用なケースも多々あるのだろうなと感じたのですが、今まで医療崩壊対策というとどうしても診療報酬がどうとか労基法遵守がどうとか言った原理原則的な総論に流れる傾向があったのは否定出来ません。
もちろん医療現場の窮状にようやく国民の目線が集まり改善の必要性が認識されつつある状況下で、一気に抜本的な改革を進めるという大方針はごもっともなのですけれども、医療に限らずどこの業界でも現場の実態に応じて公的ルール通りの運用はかえって硬直化を招き目的達成上後退につながるということはままあることで、臨機応変な対応によってより手っ取り早く確実に環境改善が図られるのであればこれを忌避することもないように思いますね。
代表的な地域中核病院の一つである倉敷中央病院などは循環器診療で有名ですが、先日出ていた記事によると専任の医師や看護師がまず来院患者のトリアージを行い重症度や緊急性を判断する「院内トリアージ」が有効に機能しつつあると言い、これなども循環器専門医の疲弊を防ぐためにはそれなりに有効なシステムなんだろうなと想像します。

要するに医療の質を落とさずに現場の勤務状況を改善すると言う大命題を実現するとして、文字通り今ある状況からは一歩も質的後退を許さないと杓子定規に解釈してしまうと「胸部症状がある患者は全例速やかに循環器専門医に紹介」と言うことになってしまいますけれども、「実質的にさほど質を変えずに」とやや柔軟に解釈することによって勤務状況の方はかなり大きく変化させられるということですよね。
ところが国民はおろか疲弊しているはずの当の専門医の間からも「いや、そんなやり方では万一の見落としが心配だ」と言った形で根強く反対論が挙がってくる、そしてより大きな日常的な疲弊による診療の質の低下という問題が放置されてしまうというのは典型的なゼロリスク症候群の弊害かと思いますけれども、各診療科の専門医をどう配置していくべきかと言うことにもまた同様の考え方が蔓延している気がします。
多くのマイナー診療科などでは実質的に一刻を争うような緊急性のある疾患はそうそうはないので、需要の少ない田舎病院ではそれこそ週に何度かの非常勤でも十分に回せるし地域線体の専門医アクセスを維持するためにはその方が優れていると思うのですが、「それでも万一があってはいけない」という考えが強くなりすぎると話が妙な方向に進んでしまうように思います。

医療格差時代に広がる病院格差 あなたの街の「頼れる病院」はここだ!(2013年10月21日ダイヤモンドオンライン)より抜粋

がん拠点病院でも確保できない「病理医」不足の深刻

「やっぱり胃がんでした」。青森県在住の町田一郎さん(50歳、仮名)は医師の言葉に耳を疑った。
 1年前、勤務先の健康診断で「胃に影のようなものがある」と言われ、県内の病院で胃内部の組織を採取して病理組織検査を行った。その結果、「悪性(がん)ではない」と診断され、安堵した。
 ところが最近、胃にむかつきや違和感を覚えるようになり、念のためにと再び検査を受けてみた。その判定が「黒」だったのである。
わずか1年で診断結果がひっくり返ったことに町田さんは納得がいかなかった。医療業界で働く友人から「病理診断を担当した病理医から説明を受けてはどうか」とアドバイスを受けた。
 病院で病理医との面会を頼んだところ、主治医は困惑した表情を浮かべて少し沈黙した。そして「うちの病院に病理医はいません」と明かした。
(略)
 町田さんが通う病院には病理医がいないため、検査センターに委託されていた。検査センターでは病理医がアルバイトで診断を行い、1枚2000円程度で報告書を作成している。病院に常駐して担当医や患者とやりとりする病理医に比べると情報は限られ、結果的に町田さんに対する1回目の診断は間違えられてしまった

 病理医を常勤で抱えられる医療機関は、実は非常に少ない。医師全体が地域偏在と不足の状態にあるが、病理医の逼迫度ははるか上をいく。全国に一般病院が約7500あるのに対し、病理医はわずか2100人ほどしかいない。地域の偏在もあり、福井県はたった9人だ。がんを専門に扱うがん診療連携拠点病院であっても、381病院中53病院は常勤病理医がいないのである。
 産科医や小児科医の不足はよく知られるが、今最も深刻なのが「麻放病(まほうびょう)」であると業界関係者たちはため息をつく。麻放病とは麻酔科、放射線科、病理科を総称する造語だ。
 麻酔医がいなければ手術はできない。高度な画像診断装置や放射線治療装置があっても放射線領域の医師がいなければ診断や治療は行えない。病理医がいなければ治療前や手術中にがん細胞の診断ができない。
 黒子的存在で目立たないが、彼らがいなければスーパードクターの外科医であろうと手術はできない。手術時間はむしろ麻酔医や病理医のスケジュールに合わせて決定されているのが実態だ。
(略)
 スーパードクターをたくさん抱えていることを喧伝したり、豪華な内装を誇る病院もあるが、本当に頼れる病院とは医療機能の要となる分野の人やモノをしっかり確保しているところだ。
(略)

町田さんの一回目の検査結果が悪性ではないとされたのは事実病理医が「間違え」てしまったのか、それとも内視鏡医の行った生検の手技的な問題に由来するものなのか、外来担当医が病理報告書の解釈を誤ったのか、はたまた1年前の時点では事実悪性ではなかったのかは記事からは何とも言いかねますけれども、病理医が全般的に不足していてとても全病院に常勤を送り込めるほどではないと言われればそれはもちろんその通りです。
一方で全国の一般病院7500施設のうち術中迅速診断を日常的に必要とするなど、常時病理医が待機していなければならないような診療をしている施設がどれほどあるのかということは記事では全く触れられておらず、ただ単に専門医もそろえていない病院など頼りなくて信用出来ないと言わんばかりの記事になってしまっているのはどうなのかですよね。
記事の後半では同編集部の「頼れる病院ランキング」の紹介になっていますけれども、「医師や医療スタッフの充実度、設備の状況などに加え、救急車受け入れ件数などを追加した」と言う評価基準はもちろんそれはそれで重要なのでしょうが、彼らの主張する評価基準に従って病院を選ぶとすると自然と患者の大病院集中が進むことになるのですが、それが果たして医療全体の質的改善という評価基準からすると正しいのかどうかです。

「大学病院に風邪をひいたと患者が来るのは日本だけ」なんて話もありますが、もちろん「一見風邪のように見えても実は怖い病気が隠れているかも知れない」などとセンセーショナルなマスコミはもちろん当の医師達までもがあちこちで言っていれば、いくら「軽症はまず近くのかかりつけへ」などと誘導されようが全科専門医と高度な検査機械が取りそろった大病院にかからなければならないんだという気にもなりますよね。
その結果何が起こるかと言えば基幹病院に不要不急の軽症患者が殺到し「一週間前から風邪っぽいけど万一重病だと困るから」と夜間救急に受診するような患者が増えてくる、そして疲弊した当直医は翌日の診療にも支障を来すようになり、ついには「やってられるか!」と逃散していき診療体制が破綻するというお定まりのコースが待っているわけです。
もっとも日本では一部団体の根強い反対のせいか「日本全国どこの病院、どんな医者にかかっても受ける医療は同じである」という皆保険制度の建前がある、その結果地域医療の中枢たる大病院だろうが末端診療を担う近所の小さな個人病院だろうが同じ病院というひとくくりにされてしまいますけれども、やっている医療も全く異なるのですから本来別なくくりで評価する方が適切だとは思いますね。
地域内での病院機能分化ということは近年次第に進められてきていて、国による政策的誘導によって地域医療の再編が各地で進められているところですけれども、その結果起こった現象の一側面についてこんな考察をしている記事が出ていたので引用させていただきましょう。

急性期医療の崩壊は必然だった(2013年10月22日日経メディカル)より抜粋
(略)

 平均在院日数の短縮は、診療報酬の面からも進められてきました。平均在院日数や看護配置などの違いにより一般病棟入院基本料に差を付けるといった施策が取られてきたのはご存じでしょう。中でも、2003年に導入されたDPC/PDPS(診断群分類包括評価)による診療報酬の包括支払い制度は在院日数の短縮をさらに促進しました。入院基本料や検査料などを包括して入院1日当たりの定額報酬が支払われる仕組みで、患者個々について一定の入院期間が過ぎると報酬が減額される体系となっています。このため、大規模の急性期病院はより高い包括点数を算定しようと、在院日数の短縮を一気に進めました

 在院日数の減少に伴い、より多くの患者を診療できるようになったわけですから、それまで中小規模の病院で手術等を受けていた患者さんも、大学病院や規模の大きな急性期病院が受け入れるようになりました。そして、退院後はリハビリテーションを実施する回復期リハビリ病床へ転院してもらう流れができました。

 ですが、病院の機能分化と在院日数の短縮は、急性期医療の現場の疲弊を招くことになりました。入院患者さんに対する病棟業務の密度が高くなり、さらに医療安全・訴訟対策のために患者さんから同意書などを取る仕事が増えたのに対し、医師の供給数はそれほど増えない上に医療従事者の集約がなかなか進まなかったのです。結果、急性期医療の医師らが現場を去る「立ち去り型サボタージュ」があちらこちらで起きました

 小泉政権の医療費削減策が「医療崩壊」をもたらしたと批判的に捉える方々が少なくないですが、それ以上に、長年の病院機能の整理で生じた急性期病院の収益構造の変化に労働資源の配分が追いつかなかったことが大きな原因なのではないでしょうか。つまり、病院機能の明確化を進める中で、急性期医療が崩壊したのは必然だったと考えられます。

急激な高齢化に向けさらなる機能分化が進むのは必至

 高齢社会が深刻化するのに伴い、急性期病院は高度で専門性の高い医療を提供することがさらに求められていきます。2007年に施行された第5次医療法改正では、医療計画制度の下で4疾病5事業ごとに医療連携体制の構築が図られました。その結果、各2次医療圏で「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」の治療拠点となる病院が決められ、病院機能の集約化は今後ますます進むはずです。

 これまでの病院機能の明確化の流れに対応できなかった中小病院は、2004年の新臨床研修制度の導入を機に大学医局から医師を引き揚げられ、診療科の閉鎖や病床削減に追い込まれました。他方、産科や外科などの診療科が閉鎖された地方は、実は高度成長期に労働人口が流出し、急性期の医療需要が減少していた可能性があります。このため、「医療改革」の影響は地方から先に生じ、病院のダウンサイジングが促されたとも考えられます。

 世界的に見て人口当たり病床数が過剰(人口1000人当たり病床:日本13.4床、アメリカ3.05床、イギリス2.95床 OECD 2011)なわが国で、全ての病院が急性期を担うには医師が大幅に不足しています。患者さんが拠点病院に集約化される中で、今後も医師を広く薄く配置することは難しいのは明白です。これから一気に医学部定員を増加させたり医学部を増設しても、これまでのように医師をあまねく配置すれば医師不足は解消しません。人口が減少する地域では、病院の統廃合や診療所化まで踏み込んだ病床削減を断行しながら、医師も看護師も、その地域の基幹病院へ集約化するほかに手はないはずです。
(略)
 今後、大都市やその近郊の急性期病院は、医師不足を乗り越えて、平均在院日数の短縮を進めながら一般急性期を担う施設を目指す必要があると思います。一方で、規模が小さくうまく人材確保などができない急性期病院は、主に回復期や亜急性期の病院に業態転換し、一般急性期の受け皿的な機能を担う役割を迫られると思います。こうした流れは、医師の間ではあまり理解されていないかもしれません。
(略)

地方の小さな病院などでよくあることですが、開院当初は若くて元気のいい常勤医が大勢いて大学からの応援も多くバリバリ手術もやっていた、ところが次第に常勤医も歳をとり施設も老朽化してくると「あんな古くさい医療をやっている病院に行きたくない」と大学からの派遣もなくなってしまい、最終的には地域の老人相手にちまちました医療提供だけを細々と続けているといったことはままあることですよね。
全国の病院が同じ一つのくくりで横並びに評価されている限りこうした施設は「時代に乗り遅れた負け組」という評価しか得られませんが、急性期大病院で勤務出来なくなった老医が同じく急性期大病院が関わりたがらないような患者を引き受けると言った役割を地道にこなしていると言えば、これはこれで立派に地域医療の一端を担い貢献していると肯定的に評価することも出来ます。
最近は2014年度から導入される病床機能報告制度というものが何かと話題になっていて、従来は一般か療養かだけで地域の病床数を把握していたものを「高度急性期」「一般急性期」「亜急性期等」および「長期療養」とより細かく区分し、さらにこれら4区分それぞれの病床数に上限を設け地域の医療再編を推進していくという方向で話が進んできています。
当然ながら医療統制強化だと一部医療系団体を中心にした熱心な反対論も巻き起こっているのですけれども、財務省などもこの財政緊迫の折にいくら消費税が引き上げられようと診療報酬引き上げなどとんでもないと医療の効率化を強く主張しているご時世だけに、お上による医療への統制強化の流れは基本的には今後ますます進んでいくものと考えられますよね。

一例を挙げれば地域内の病床数は基準病床数で定められていますが多くの地域ではすでに病床数上限にまで達して需要の大きい施設も病床を増やすことが出来ず救急受け入れにも支障を来す一方、ろくに入院患者もいない施設が既得権益的に病床を多数抱え込んでいることが「空きベッドを埋める」という名目による不必要かつ過剰な入院数増加の温床にもなっているという指摘が以前からあります。
政府の規制改革会議ではこの秋の提言で基準病床数をもっと柔軟に運用すべきだとか、入院患者もいないのに病床数だけ抱え込んでいる民間病院に知事命令でベッドを手放す権限を与えるべきだと言った改革案を盛り込む方針だそうですが、「過剰ベッドに見えても北海道では冬になると老人がどっと入院してくるんだよ!」などと古来病床削減論と言えば反論の手段には事欠かなかった訳ですよね。
ただ普段閑古鳥が鳴いているような地域の中小病院に入院患者が殺到するという事態ももちろん時には起こりえることですが、それ以上に日常的な頻度で急性期病院の病床数が不足している結果地域の医療提供に支障を来しているという事実もあるのですから、逆紹介ルートを整備するなど地域の一体的医療再編・整備と平行しての病床運用柔軟化は避けて通れない課題だと思います。
ところで先日は日医副会長が選出の弁として「国民の健康と生命を守るという医師会の使命を果たすべく頑張りたい」と熱く語っていたそうで、本当にそれを組織の使命とするならもはや業界団体の意味がないんじゃないか?とも思ったものですけれども、さしずめ国民のための地域医療再編完遂とその手段としての既得権益打破には日医としても全面的に協力する構えだと期待していいのでしょうか。

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コメント

学校の統一試験の成績を公開したら序列化につながるって反対する人が多いじゃないですか。
でも病院の成績を公開したら序列化につながるって反対する人がいないってのも不思議ですね。
それこそ点数かせぎのためにいろいろやりくりされちゃいそうなのに。

投稿: ぽん太 | 2013年10月24日 (木) 08時50分

>病院に常駐して担当医や患者とやりとりする病理医に比べると

こんなことしてる病理医ってみたことないの俺だけ?

投稿: 赤木 | 2013年10月24日 (木) 10時23分

最初の石ころオンラインの記事は病理の誤診を前提にしている点で糞記事。

投稿: 放置医 | 2013年10月24日 (木) 10時57分

おっしゃる通りで、この記事だけでは病理医が間違ったという結論には全く不十分な内容でしかなく、下手をすると誹謗中傷の類と取られかねないと思いますね。
主治医が困惑した表情を浮かべたのも病理医不在によるものではなく「この人何を言ってるんだ?」と思ったからかも知れませんし。

投稿: 管理人nobu | 2013年10月24日 (木) 11時04分

常勤だろうが外注だろうが病理は外来もなければ患者も持たないのに患者とやりとりするはずはないわな

投稿: | 2013年10月24日 (木) 12時18分

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/41211.html
病床機能分化、「公平・中立性ない」と批判- 日病協、来月に見直し求める声明文

投稿: | 2013年10月25日 (金) 08時18分

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