« 公平な医療費負担 | トップページ | 馬鹿発見器騒動だけではない落とし穴 »

2013年9月19日 (木)

救急搬送困難解消への道筋

一連の「たらい回し」報道に端を発してか救急医療に対する世間の関心が高まって久しいですが、ひと頃の「藪医者に引っかかったらどうしよう?」的な懸念を抱いていられるうちはまだしもマシだとも言えたのだと今にして判るというもので、今や「どこの病院も受け入れてくれなかったらどうしよう?」と不安を感じなければならないご時世ですよね。
医療現場の実情から逆算する形で考えると救急を受け入れられやすくするテクニックは幾つかあると思いますが、いずれにしても素人目にはやはり「24時間365日誰でもどんな患者でも」受け入れてくれるという担保が欲しいようで、先日は厚労省がこんなことを言い出したという記事が出ていたのをご覧になった方も多いかと思います。

「急患たらい回し」削減へ 断らない病院100カ所整備(2013年8月28日朝日新聞)

 【辻外記子】厚生労働省は、急病や事故による救急患者の受け入れを断らない病院を全国に約100カ所、整備する方針を決めた。救急患者の「たらい回し」を防ぐのがねらいで、条件を満たせば、どんな状態でもいったん受け入れて対応することを目指す。来年度予算の概算要求に約20億円を盛り込み、スタッフやベッドの確保に必要な経費を補助する

 対象となるのは、入院や手術を必要とする患者を受け入れる二次救急の施設。地域ごとに受け入れ条件として「30分以上待った」や「5カ所から断られた」などのルールを決め、対象の救急患者を受け入れ、入院させたり、手当てをした後に他の施設に転院させたりする

 救急車を呼んでも、受け入れ病院が見つからず車内で待たされたり、救急隊がいくつもの病院に電話をしても断られたりするケースの減少につなげる。

それにしてもさすが天下の大朝日、未だに「たらい回し」ですか(苦笑)。
いつも思うのですが、何故断られるのかということを考えずに断るな、断ったらペナルティだぞといった方向に話を進めても現場がついてくるはずもないので、100カ所のうちに指定された病院の方々は今からお気の毒だと申し上げるしかありませんけれども、しかし100カ所と言えば各県およそ1カ所か2カ所勘定になりますから大学病院あたりが指定されるのですかね…患者さんにとってもお気の毒と申し上げるべきでしょうか。
100カ所の整備を20億円で行うとして1カ所あたりに使える予算が2000万円、診療報酬の分配比率で考えると病院収入のうち医師の人件費に回る部分が1割強ですから年間200万円強という潤沢な予算で24時間365日必ず救急対応してくれる医師を確保しようと言うのですからまさに壮図と言うべきですが、そう考えても確かにこれは大学病院向けの業務ではないかという気がしてきます。
ところで今を去る2009年に厚労省も救急受け入れ困難の実態を消防庁と共同で調査していて、これは主に受け入れを断られた救急隊側からの判断で分類を行っているのですけれども、興味深いことに当時厚労省側の担当者は数々の理由が挙げられる中で受け入れを断られる本当の理由については「実は判らない」と答えているということですね。
当時厚労省はベッド満床が救急受け入れ困難の(少なくとも表向きは)理由であるとして対策を進めようとしていたのですが、本当の理由が判らないのに何故満床対策をしているのかということについて「私どもがこのデータだけ見て対応できるものは、『ベッド満床』の辺りかなということで」行っているだけなのだと言っていると言うのは、公の答弁としてはどうなのかですが実に率直ではあったと思います。

先日ちょうど「新小児科医のつぶやき」さんのところで時間外診療体制を整えるということに関してコスト試算をされていて興味深く拝見したのですが、労基法等の法規を守った状態できちんとした体制を組もうとすれば地方の中小病院では到底現実的とは言えないコストとマンパワーが必要になる、それが経営的には不可能であるから当直などとお茶を濁して常勤医に日勤-夜勤-日勤のローテを組ませているわけですね。
ところが医療の現場というものは通常業務をこなすだけでも十分過ぎるほど多忙ですから、中には「どうせ夜遅くまで残業するんだから手当てをもらって当直してた方がいい」なんて剛の者もいないわけではないにせよ、普通に考えれば「毎日の日勤だけでしんどいのに夜勤まで出来るか!」と言った反応が人として当たり前のことでしょう(もっとも、その当たり前が通用しなかったのが「医療の常識は世間の非常識」たる所以ですが)。
「新小児科医のつぶやき」さんがいみじくも「24時間体制が必要とされる職場は交代勤務制が必要なのは考えるまでもない常識である」と看破されている通り、どれほど激務だろうがここまで勤め上げれば休めると知っているからこそ人間限度一杯まで頑張れるというもので、時間も仕事もエンドレスで積み上げられる一方というのではいずれ限界を越えて壊れてしまうか、あるいは最初から余力を残して自己防衛するしかないというものです。
要するに救急を本気でやらせるつもりであれば今のような通常業務の片手間仕事としてやらせているのではまるっきり駄目だと言うことなんですが、そうは言っても某大学病院のように「救急診療科=各科から人身御供で差し出されたモチベーション最低の方々の集団」的な状況でも困りますから、最大の救急受け入れ対策とは実にこのスタッフのモチベーションをいかに維持するかということに他ならないんだと思いますね。

病院側の要因はそれとして救急医療の一方の当事者である救急隊の方でも様々な対策を講じてきているのはもちろん結構なことなのですが、こちらの場合は医療側から見ればうらやましいことに交替勤務制もきっちり完備されているし、何かあった時も組織で責任を取るという訴訟対策も整えられているせいかモチベーション自体はまだまだ高いようで、むしろもっと頑張ってやろうじゃないかと意気軒昂であるようです。
近頃よく言われるように救急搬送先の病院を探す時間を短縮するために平素から受け入れ可否の状況を示すネットワークを構築しておこうなんて話も各地で試みられていますが、当直医などはいちいちデータを更新するのが面倒くさいとあからさまにやる気がないのに比べると、救急隊側はこの種の新規デバイス導入にも意欲的だという印象がありますね。
その中でも近年段階的に話が進んできたものの一つに救急隊の医療業務拡大ということが挙げられ、そもそも諸外国の救急隊では当たり前に行われていることでもあり、病院の受け入れも長引くケースが多いのだからやればいいじゃないかと言うことで順次拡大が図られてきたところですけれども、来年度からはブドウ糖投与や点滴の実施など救急士の業務が拡大されることを前にして様々な改善策もまとまってきているということで、特に教育の充実ということが注目されます。

救急隊員の生涯教育ガイドライン策定へ- 病院実習やMCの役割明記(2013年9月17日CBニュース)

 救急搬送件数の増加が続いていることを受け、総務省消防庁は、応急処置など の技能や知識の向上を図るため、救急隊員の生涯教育のガイドライン案をまとめ た。今年度内をめどにガイドラインを策定する方針で、病院実習や医師の指示を 受けるメディカルコントロール(MC)の役割などを盛り込み、体系的な教育体制 の構築につなげたい考えだ。

 消防庁は17日、ガイドライン案を救急業務に関する作業部会に提示。全国の消 防本部に勤務する救急救命士を含む救急隊員が対象で、教育理念や責務、教育の あり方を柱に、習熟度に応じた目標設定や年間教育計画の策定などを盛り込んだ。

 医療機関の役割として、救急ワークステーションや病院実習などを挙げたほ か、教育体系や企画・運営などの3分野で、医師のかかわるMCの役割を明記し た。今後、作業部会や検討班で、新任隊員や救急救命士といったレベル別の教育 内容などの検討を行い、ガイドラインを策定する見通し。【新井哉】

この救命救急士の業務拡大というもの、以前から救命救急士による違法な点滴行為が報じられていたとか、搬送が遅れるのは救急隊が現場での処置に時間を浪費しているからだといった批判もあって、救急担当医の中には「余計なことをしないでさっさと病院に運べ」と(控えめに表現しても)批判的な論調も少なからずあるようです。
そうした声に応えるためにも業務拡大の大前提としても教育の拡充ということは当たり前だと思いますし、実際のところ今回業務拡大される範囲と言えばさして大きな不具合もなく場合によっては大きな効果が認められると各地の実証試験で認められたものなのですから、「現場で点滴ルートを取るのに手間取って出発が遅れた」なんて笑い話のようなことにならないのであればどんどん行えばいいんだと思いますね。
ただ救急崩壊の危機に対してこれらの業務拡大がどれほど役に立つのかということですが、実際のところ直接的には大した効能は期待出来ないと予想しているのですが、むしろそれよりも重視したいのは一つの業務を導入するということはその背後に5つも10も新しい基礎知識が必要になるわけで、例えば点滴施行の可否を判断するためには患者の循環動態等の評価が欠かせないわけですよね。

救急受け入れ困難事例の一つとして救急隊からの報告が要領を得ず対応可能かどうか判断できない、それどころか場合によっては単なる急性アル中の親父を「意識障害です」とあからさまに偽って無理矢理送りつけようとしてくるようなケースがあって、もちろん意図的偽装など論外ですけれども単純に知識や能力の欠如によって適切な評価が出来ず、結果として受け入れ困難となっているケースがかなりあるものと思われます。
有名な実例として以前に兵庫で深夜に18病院を「たらい回し」された吐血の患者が結局亡くなったと大々的(かつ批判的)に報道されたことがありますけれども、大新聞が「これが患者受け入れを拒否したトンデモ病院だ!」とばかりに公表した18施設のリストを見ると、深夜に電話などつながるはずもない無床のビルクリなども「電話するが連絡つかず」などと掲載されていたという事実があります。
その一方で現場に隣接する消化器専門施設などは「受け入れは出来たが連絡も何もなかった」と言っているのですからさすがに開いた口が塞がらないと言うのでしょうか、救急隊と言えどもいやしくも医療の一端に連なるのであればやはり最低限の医学的常識は必要ではないかと多くの人々が実感した事例だと思いますが、こと専門職に関して言えば無知は罪であると言うことだと思います。
一部の研修医などもそうですが基礎となる知識がきちんと備わっていない段階で何かと手技にばかり興味を示すという場合は少なからずあって、もちろん手がきちんと動くということは現場においては大きな利点ではありますけれども、最低限その行為を行う根拠となる知識を持っているという大前提がなければその時その時に何が最善最良の手段かという判断も行えるはずがないということですね。
救急隊がきちんと医学的常識を学び、たとえ行為はまだ未熟でも今よりももっと適切な判断が出来るようになれば、救急搬送ももう少し変わってくることになるんじゃないかと期待しています。

|

« 公平な医療費負担 | トップページ | 馬鹿発見器騒動だけではない落とし穴 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

これが救急隊員の現状? 妹が急に頭が痛いとギャンギャン泣き出し呼吸も苦しく...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1132180696

投稿: | 2013年9月19日 (木) 08時19分

救急3次に在籍経験があります。この問題は、まるで硫黄島決戦と同じです。物資もない、状況解析能力もない上層部。研修医、若手は出来る自分をアピールしたい奴は嬉々として受け入れますが、中堅現場責任者はロートルは動かない。各臓器別医局から出向されるチーム内のセクショナリズム、疲労と低賃金、大学内のリスペクトは低い。最後にはバーンアウトでした。
救急車 有料化、診療報酬点数の増大。担当医の免責制度が整備されない限り、改善不能。

現場もない袖は振れません。

投稿: striker | 2013年9月19日 (木) 08時49分

患者が減ったら救急がどうなるのか見てみたいですね。
今はとにかく数は多いわ玉石混淆だわで救急が忙しすぎますから。
明らかに不要不急の受診が減って本物の救急だけならやる気も違うと思いますけど。

投稿: ぽん太 | 2013年9月19日 (木) 08時54分

トイレのトラブル8000円♪救急一回10000円♪

投稿: aaa | 2013年9月19日 (木) 09時59分

白羽の矢が当たった病院を次々撤退に追い込んで、二次救急を集約する深慮遠謀と見た。

投稿: JSJ | 2013年9月19日 (木) 10時30分

効率から言えば交代勤務も出来ず各科専門医もそろってない中小の救急指定病院は取りつぶして、何でも診られるER型に集約化した方がいいに決まってるんですけどね。
ただ日本ではそうした中小施設が救急ゲートキーパーの役割も果たしてきたので、それがなくなった時に今のまま好きに受診させていたのでは集約された方もたまらないと思います。
結局ここでもアクセス規制ということがどうしても議論にならざるを得ないのですが、何しろ日医を始め頑固に反対している方々もいますからなかなか難しいですね。

投稿: 管理人nobu | 2013年9月19日 (木) 10時52分

楽してもうけることしか頭にない医者っていらないよ

投稿: こざ | 2013年9月19日 (木) 12時12分

何でも診られるホンモノの救急医が少なすぎるしそういう医師の育成システムも乏しいのが現状。
いっそのこと若手医師全員を救急医として教育して40歳までは救急と専門科の掛け持ちでやらせればいい。
皮膚科・眼科・耳鼻科・精神科にも全員救急やらせるべきでしょうね。
まずは人的資源の育成と確保、それを実践可能な設備、まずはここから予算を投入してやらないと救急医がいない状況で、各科専門医しか育成していない現状で「断らない病院指定」とか言っても絵に描いた餅に終わることは必至。

投稿: 逃散前科者 | 2013年9月19日 (木) 13時27分

若手が若手がで済ませるのは医師会のジジイだけにしておけ

投稿: | 2013年9月19日 (木) 15時58分

>楽してもうけることしか頭にない医者っていらないよ

・・・・ほう~。

研鑽を積んで高度なスキルを身に着け日夜労を惜しまずリスクを負って従業している医師に、ろくな報酬で報いず責任だけ追及しようとする社会で真面目に医者やるやつこそ度し難いバカだと常々思っておりました。

投稿: | 2013年9月19日 (木) 22時31分

いわゆるひとつの嫌なら辞めろというものですかな

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年9月19日 (木) 23時10分

>夜に電話などつながるはずもない無床のビルクリなども

これは間違いです。
新聞に掲載されたリストのなかに一応は有床の
○○外科胃腸科医院(○○はごく普通の苗字)というところがありましたが、
ここは、当時はググってもでてきませんでした。
また有床なので、夜間に電話してもつながるかもしれません。


ググるとでてきたのは5,60km(適当です)は離れていた、無床と推察される
○○クリニックでした。
このために間違いが広まって今に至っています。

 

投稿: 嫌われクン | 2013年9月20日 (金) 12時13分

救急車は搬送ミスばかり多い 救急車はカナービ付けな やっぱり ドクターヘリや ドクターカーは信用できるよ

投稿: 救急車は信用できない | 2013年11月28日 (木) 07時46分

搬送ミスはドクターカーだろうが関係ないですが?

投稿: teru | 2013年11月28日 (木) 08時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/58218124

この記事へのトラックバック一覧です: 救急搬送困難解消への道筋:

« 公平な医療費負担 | トップページ | 馬鹿発見器騒動だけではない落とし穴 »