« 今日のぐり:「匠味」 | トップページ | 似非科学の蔓延 トンデモさんの鑑別法とは? »

2013年9月30日 (月)

「働いたら負け」と思わせないために

奈良県の産科医未払い賃金訴訟では最高裁までもつれ込んでようやく産科医側の主張が大筋で認められた判決が確定しましたが、産科医側では確定した04、05両年分に続いて06年分以降の訴訟も進めていて、先日06、07年分も地裁において支払いが認められたという判決が無事出たそうです。

産科医割増賃金訴訟:県立病院割増支払い、06・07年分も県敗訴 「宿日直、全て労働時間」−−地裁判決 /奈良(2013年9月25日毎日新聞)

 県立奈良病院(奈良市)の産婦人科医2人が、夜間や休日の宿日直勤務に割増賃金を支払われないのは違法として、2006、07年分の未払い分など計約1億円の支払いを求めた訴訟の判決が24日、奈良地裁であった。牧賢二裁判長は「宿日直勤務をしていた時間全てが労働基準法上の労働時間に当たる」として、県に計約1900万円を支払うよう命じた。

 判決によると、同病院の産婦人科では宿日直勤務毎に医師1人が担当。1人で対応できない異常分娩(ぶんべん)などに備える「宅直当番」を決めていた。原告2人の時間外・休日労働時間は平均で年間1200時間を上回っていたという。

 判決は「非従事時間も労働からの解放が保障されているとはいえない」と認定。原告側は宅直と宿日直が一体と主張したが、判決は「病院の指揮監督下にあったとは認められない」と退けた

 この問題では最高裁が2月12日付で、04、05年分について県側の上告を退ける決定をし、割増賃金の一部支払いを命じた判決が確定した。

 原告側の代理人弁護士は「宅直が認められないのは残念。宿日直については、裁判に負けないと払わないという県の姿勢はおかしい」と批判した。県は「判決を詳細に検討し、対応したい。今後とも県立病院の医師の処遇改善に取り組む」とコメントした。【芝村侑美】

とりあえずJBM的に宅直は回避すべきという結論になりそうな判決なのですけれども、いずれにしても弁護士が言うように「裁判に負けないと払わないという県の姿勢はおかしい」という当たり前の認識が広まってくれば、今まで裁判に訴えずに自らの処遇改善に無関心だった医師の側に問題はなかったのかという考えも出てくるんじゃないかという気がします。
医師の場合ひと頃からいわゆる逃散だとか立ち去り型サポタージュと言った言葉が盛んに取り上げられるようになったことに示されるように、労働環境に不満があるならそんな職場に拘泥せず自分でもっといい職場を探せばいいじゃないかという考え方が主流だったわけで、それすらも怠って唯々諾々と医局人事に従い毎日不満ばかりという先生方も未だに生き残っているかも知れませんが、今やすっかり同情はされなくなってしまいました。
その前提になっていたのが医師はどこにでも雇用があり、勤務先を自分で選べる強い立場であるという大前提であったわけですけれども、昨今では医学部大増員でさらには医大新設まで行われようとしているわけですから医師数も年々増えていくのは当然で、いずれ医師の世界も昨今の弁護士業界のごとく「強い者だけがかろうじて食っていける」という世界になりそうですよね。
ともかくも自らの労働環境改善を望むのであれば売り手市場が成立しているうちにやらなければどうしようもないということで、ひとたびその前提が崩れ「嫌なら辞めろ。代わりはいくらでもいる」が現実のものになってしまうとどういうことになるか、このところ盛んに取り上げられているブラック企業の現状がその未来絵図を示しています。

ブラック企業に殺される若者たち!「みなし労働時間制」悪用取り締まれ(2013年9月20日J-CASTニュース)

   長時間労働による過労が元で命を落とす若者が後を絶たない。原因は「みなし労働時間制」を悪用した過酷な長時間労働や残業代の不払い、パワーハラスメントなど社員を使い捨てにするブラック企業の横行がある。ブラック企業はリストに上がっているだけでも4000社もあるという。田村憲久厚労相は「ブラック企業という、若者を使い捨てにしている企業をなくしたい」と改善に本腰を入れて取り組む考えを示したが、法律の抜け穴をかいくぐるブラック企業も多く、法律の欠陥を指摘する専門家もいる

   「クローズアップ現代」は若者たちの働く現場でいま何が起きているのか。長時間労働を強いられている裏に潜む「みなし労働時間制」の実態を追った。見えてきたのはデフレ経済のなかで、社会に浸透してしまった社会のひずみ、「人あっての企業」という理念の希薄だった。

始発で出勤し12時過ぎに帰宅…残業月100時間超でも8時間労働扱い

 残業時間が月平均80時間以上になると過労死の危険が高まるとされている。ところが、それをはるかに超えた長時間労働で、うつ病や過労死になる労災事故件数が2012年度は過去最多となった。日本は国連から20~30代の若い世代で長時間労働や過労死を減らすよう勧告を受ける情けない事態になっている。

   ブラック企業の存在を許しているのが「みなし労働時間制」である。もとは労働時間の管理が難しい外回りの営業マンや記者などの職種に認められていた制度で、あらかじめ一定時間を働いたとみなす制度だ。これを悪用するケースが後を絶たないのだ。

   大手飲料メーカーの子会社で正社員として働いていた23歳の男性が過労で亡くなった。仕事は飲料水を売る営業マン。自動販売機80台を担当し、毎朝5時に始発で出勤して帰宅は夜12時過ぎという毎日だった。一人息子をなくした家族が業務日誌をもとに割り出したところ、月平均の残業時間は80時間を上回り100時間を越えていたという。労災申請を担当した増田崇弁護士は「この会社には、基本的に残業という概念がない。制度を悪用して長時間労働に追い込んでいたと見ています」という。

   みなし労働時間が8時間と決められていると、何時間働いても8時間分の労働とみなされる。こうした働き方が認められるのは、自宅から直接営業先に向ったり、1日中外で働いていて会社が勤務状態を管理することが難しい職種だけだ。ところが、男性が勤務していた会社の同僚によると、朝は必ず配送車で会社から出発し、決められた自動販売機に商品を補充すると、夜も必ず会社に戻っていた。補充した商品のデータは機械に記録され、どこでどれだけ補充作業をしたかがわかる仕組みになっていて、十分に管理できる状態だという。

   労働基準監督署が調査に入った結果、みなし労働には当たらないと判断されて、残業代不払いの是正勧告が出されたという。しかし、過労死した若者にとっては後の祭りでしかない。

歯止めは「総労働時間の上限規制」「確実な休憩時間」

   過酷が長時間労働にもかかわらず、違法性が全く問われないケースも増えているという。都内の労働基準監督署に寄せられたIT企業のケースは、多くの社員が適用されているみなし労働時間制の一つ、「専門型裁量労働時間」だった。仕事の進め方やスケジュールを自分の裁量で決める働き方で、研究者や記者などに認められている。

   監督署が調べると、このIT会社では長時間労働がまん延していて、過労死が危険とされる80時間以上の勤務が常態化していた。しかし、時間の管理が本人に任されているため、現在の制度では企業の責任を問うことはできない。なぜこういうみなし労働時間制の悪用が広がっているのか。労働問題に詳しい宮里邦雄弁護士(日本労働弁護団前会長)はこう解説する。

    「裁量みなし労働の最大の問題は、長時間労働であっても労使協定でやられてしまうとなかなか明らかになりにくい点です。もともと制度を導入したときに乱用される恐れがあるという指摘はありました。一定の見直しを図るとしても、きちっと歯止めをかけなければ、ますます長時間労働が広がる要因になっていくでしょう。
       私は全体としての総労働時間の上限を規制すること、1勤務と1勤務の間に確実な休憩時間を与えることが必要だと思います。インターバル機能と呼んでいますが、ECの労働時間制度にはあり、休憩時間は11時間となっています。
       裁量を緩和するだけではもっともっと悪くなり、労働者にとって悲劇的な状況が強まると懸念しています。人あっての企業という理念が社会的に共有されることが必要なんです」

   こんなおぞましい企業が登場したのはデフレ経済下、派遣社員制度が製造業にまで拡大された2000年以降だ。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方・・・」とうたった武田信玄の教訓などどこへやら。人あっての企業という理念を取り戻さない限り、最近の経済成長もまやかしで終わると見たほうがいい。

記事中にも例として取り上げられているIT企業などは、先日その自虐的なつぶやきが「IT系童話が怖すぎる」とちょっとした話題になっていたほどですが、多くの医師達は「それがどうした。そんなもの俺たちにとっては日常茶飯事だ」と思ってしまいそうになるかも知れませんけれども、問題はそれに対してどれだけ報われているかということです。
なんだかんだと言いながらも医師はそれなりに食えるだけの給与を受け取っていることは、四半世紀も据え置かれてきた医師給与が医療崩壊を背景にここ数年ようやく上昇に転じたこともあってか過半数の勤務医が収入に満足していると言っていることからもうかがわれますが、逆に言えば激務であっても給料さえちゃんと支払ってもらえれば耐えられるという人がそれなりにいるということですよね。
ちょうど日経メディカルでドイツの医師給与の話が出ていて、低報酬で知られている彼の国では国家による「賃金協約」という法的給与統制によって7年目の専門医でも手取り月収が3500ユーロ程度と近隣諸国よりかなり低く、よく知られていることとしてたびたび医師によるストライキが発生することでも有名ですよね。
一方でドイツの場合医師がこうした労働争議をすることを国民も認めていること、そしてシステム的に超過勤務に対するかなり厳しい制限があって契約時間を越えて働くと働いた医師にも雇用者側にも損になるということですから、給料が少なくても労働量も少ないなら我慢出来るという考え方でやっているのかも知れません。

日本では法律上のルールを守らないで長時間労働が当たり前になっている上に十分な支払いも行われない、それでは労働者が悲惨だからとますます法的規制を厳しくしようという動きが一方にあって、他方ではそれでは国際競争力が劣ってしまうのでもっと自由な働き方も認めるべきだという考え方もあるわけですが、しかし実際には自由と言っても長い方に自由が認められるに過ぎないという可能性が高いわけですね。
名前だけ店長などに代表されるみなし管理職が問題化しているのも労働量だけが際限なく増える一方で給与は見合ったものになっていないことが問題なので、これが管理職らしくちゃんと高給をもらっているというのであれば当事者にしろ我慢出来たかも知れないと考えると、給料が高い低いとか労働時間が長い短いと言うだけを取り上げるのでは不十分で、労働量に見合った支払いがなされるかどうかが重要なんだと思います。
医師と言う仕事に関して言えば常勤医の給与はそれなりに満足すべき水準になってきている一方で、公立病院などによくある実質常勤並みに奴隷労働をしている医師をみなし非常勤として安くこき使うようなシステムも問題であって、逆に給料は安くても気楽に非常勤で働きたいという需要がこのところ伸びていることを考えると、やはりここでも仕事量と支払いとのアンバランスが問われるべきでしょう。
今時どこも電子カルテで誰がいつどれだけの労働をしたかということは把握が容易なのに、未だに頑固にほぼ完全な年功序列の給与体系にしがみついている医師という集団もおもしろいなとは思うのですが、しかしそれによって真面目に熱心に働く人間ほど不満を抱え込み離職していき、働いたら負けという風潮が現場に蔓延していくというのであればやはりおかしいな話だと思いますね。

|

« 今日のぐり:「匠味」 | トップページ | 似非科学の蔓延 トンデモさんの鑑別法とは? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

既にブラック事業所の多くは、奈良県の事例を冷静に分析し、秘かに次なるブラックシステムに移行しています。基本給を激減させ、固定残業代を含む手当を支払います、という形で。一見、年収は高く設定されているように映るが、基本給が手当諸々の三分の一にも満たないような驚きの設定、一般的相場よりむしろ基本給の実態が低いのです。例:募集広告上では、月四十万のナース。飛びついて面談してみると実際は、日勤帯900~1700の給与は15万、残りの手当は、固定残業支給額を含む諸手当が25万。しかし固定残業代には何時間分の時間外労働分か、を明記されていないまま…という具合です。基本給を下げれば、時間外労働、準夜帯二割5分、あるいは深夜帯、三割増での時間外支給額は割安となり、退職金もかなり、安くなる、というブラック事業所側の思惑になります。新しいグレーゾーン運営をしていますが、大手の就活エージェントは見て見ぬふりです。
労働契約書を確認する上で固定残業代の、明確な時間外労働についての記載があれば法的にはグレイではなく、ホワイトになります。今後はこのパターンになります。

投稿: striker | 2013年9月30日 (月) 08時49分

今は研修医よりもレジデントの方がひどい扱いだったりしますよね。
あれもなんとかしないとドロップアウトが増える一方じゃないですか?

投稿: ぽん太 | 2013年9月30日 (月) 09時00分

「働いたら負けby労働者」=「働かせたら勝ちby雇用主」

投稿: | 2013年9月30日 (月) 09時26分

>あれもなんとかしないとドロップアウトが増える一方じゃないですか?

何か問題でもw?

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2013年9月30日 (月) 09時56分

まあ働く人間は多い方が仕事も分散されますから、多くの場合どんな人材であれいないよりはいた方がいいということでしょうかね。
ただ最近思うのですが客観的事実としては確かにいた方がマシではあっても、心情的な部分においてはむしろ余計な軋轢を広げかねないケースもままあるということでしょうか。
とっくに定年を過ぎて実際には何も出来ないで周囲に仕事を押しつけてるだけの非常勤が高給を取ってたりすると、それは毎日奴隷労働して現場を支えている若手中堅はおもしろくはないでしょう。
そういう素朴な労働者心理を軽視してきたツケが医療現場にも噴出してきている気がします。

投稿: 管理人nobu | 2013年9月30日 (月) 10時28分

>固定残業代を含む手当

>労働契約書を確認する上で固定残業代の、明確な時間外労働についての記載があれば法的にはグレイではなく、ホワイトになります。今後はこのパターンになります

余りにも当然のことです

問題は、固定残業代として何時間の労働を想定しているかであって、超過する残業代の支払いは当然に請求できます。36協定の壁もあるので、本来は死ぬまで残業代ぬきで働かせるなんて、出来る話しじゃありません

ブラック企業をのさばらせているのは、ちゃんと権利を申請しない労働者です
労基署本人が本気で動かない限り、真面目に動きません(能力もないしね)

奈良の例で言えば、何故、他の多くの医師が訴えて、改善を求めないのか?が、大問題。

労働法は、契約自由ではないのに(労基法の縛りがある)、罰則が弱いのは、ブラック促進に働いている大問題ですが、労働者、労組がバカで権利を申請しないのなら、国もお節介はし難いというところなんでしょう

投稿: Med_Law | 2013年9月30日 (月) 11時57分

 医師に限らず、休みの日も急な呼び出しに備えて、遠方への外出はするなとかいう慣行、システムがまかり通っているのが日本の企業、労使関係。
 きちんとした労働契約書を交わさないと、雇用できないように法改正すべき。
 

投稿: む | 2013年9月30日 (月) 12時06分

勤務医がいままで関連法規や労使契約にあまりに無関心だったことは反省すべきですな
学生時代から当たり前の労働者としての権利教育が為されていなかったのも一因でしょうが
大学側としたら余計な教育しないほうがメリットが大きかったのも事実ではあるのだが

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年9月30日 (月) 18時28分

記事にある当直代訴訟で奈良県がまた控訴したそうですよ
さすが聖地奈良は健在ってことですか
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/41074.html

投稿: | 2013年10月 9日 (水) 18時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/58280540

この記事へのトラックバック一覧です: 「働いたら負け」と思わせないために:

« 今日のぐり:「匠味」 | トップページ | 似非科学の蔓延 トンデモさんの鑑別法とは? »