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2013年8月13日 (火)

すでに変貌しつつある医療 医療事故調創設へ前のめりになる前に

海外では以前から有名になっていたことですが、日本でもすでにそうなっていたという興味深い話が先日報道されていました。

帝王切開、20年で倍増 背景に訴訟問題(2013年8月11日朝日新聞)

 【岡崎明子】帝王切開で出産する人の割合が約19%と、この20年でほぼ倍増している。厚生労働省のデータでわかった。日本産婦人科医会の詳しい統計分析でも2011年に18・6%と、世界保健機関(WHO)が推奨する目安を超えていた。自然分娩(ぶんべん)では予期せぬ事故が起こることもあり、医療訴訟などを避けたい医療者側の思惑が背景にありそうだ。

 厚労省による医療機関へのサンプル調査によると、帝王切開の割合は、1990年の10・0%、02年の15・2%、11年は19・2%と増え続けている。

 鈴鹿医療科学大学の石川薫特任教授らは、同医会による07~11年の出産に関する全国データを初めて分析した。都道府県別では、最高は23・5%の栃木県で、最低の秋田県は11・8%と2倍の差があった。WHOは、母子の健康リスクを避ける目安として、10~15%に抑えるよう示しているが、43都道府県でこれを超えていた。帝王切開率と周産期死亡率には相関関係はなかった

この20年間で倍増しているという結果はちょうど医療訴訟が激増し「産科=ハイリスク診療科」と認識されるようになった時期と重なるようで非常に興味深いのですが、恐らくまだその頂点には達していないだろうと思われ、アメリカやブラジル、韓国など「海外先進国」のように3~4割程度が帝王切開で生まれてくるという国々と同様の状況に日本もなっていくのでしょうか。
もちろん帝王切開がすなわち安全だというわけではなく、帝王切開も手術である以上それはそれで様々なリスク要因が存在するのは当然ですけれども、自然分娩を行うことでこれこれのリスクがありますといった場合に「ではどうすればそれを避けられるの?」と問われれば、帝王切開で産めば「自然分娩に伴うリスクは回避できる」と言う言い方は嘘ではないわけですね。
それぞれの出産方法のリスクと利益を詳細かつ冷静に検討した上でリスクを承知で主体的に選べるようになるのが本筋でしょうが、文字通り自然任せなところのある自然分娩よりはきちんと準備を整えリスクもある程度予想できる帝王切開の方が何となくやりやすいと考えたくなる医師側の気持ちも判るだけに、単に数字の高低を論じるのみならず更なるエヴィデンスの蓄積に基づいた冷静な議論が必要な話だとは思います。

いずれにしても日本人の出産という身近な問題がこれほど急激な変化を遂げてきているということは注目すべきで、近年では患者側のみならず医療業界の側もそれだけ医療事故というものに神経質になっている一つの傍証だと思いますけれども、産科無過失補償のみならず医療事故調制度創設がほぼ決定と制度的にも「医療事故とは一定確率で起こりえるもの」という前提に立っての話が進んできています。
先日は事故調創設に向けた法的体制の整備を盛り込んだ医療法改正案が来年提出される予定となったとの報道がありましたが、ただこれに関しても関係各方面それぞれが今までの議論について(控えめに言っても)到底満足しているとは言えないというのが正直なところのようで、それぞれの立場も目指すべきところも異なる以上は意見の相違があるのは仕方がないのかなという気もしますね。
ただ注意したいのは当初事故調なるものの話が出てきた経緯として医療訴訟激増に見られるように患者対医療という構図があったのは確かだし、今現在もマスコミなどでは「それで患者側の納得が得られるのか?」と同様の視点から事故調議論を語りたがる傾向がありますが、実際の議論の場で対立が激化しているのは実は医療対法曹という専門家同士による制度論になっているということで、医療側には「このままでは大変なことになる」と深刻な危機感がありますよね。

医療事故調 創設の影響は?≪Vol.1≫事故調創設で院内に調査委員会の設置を義務化(2013年8月9日日経メディカル)より抜粋

(略)
委員の意見が相違のまま集約
 今回の枠組みは、「医療事故の原因究明と再発防止のための制度が必要」という検討部会の委員の一致した思いから、とりまとめられた。だが、制度創設を目指してきた委員の間でも思い描く医療事故調査制度の“絵”は異なっており、最後まで議論は紛糾した(表2)。

 意見の相違が目立ったのは、(1)院内事故調査委員会のメンバー構成、(2)調査の目的、(3)第三者機関が行う調査の費用負担──の3点。

 (1)の調査メンバーの構成をめぐっては、外部の専門家が調査に参加するかどうかで、大きく見解が分かれた。南山大法科大学院教授で、医療事故で患者側の弁護を行ってきた弁護士の加藤良夫氏は「患者側の視点を持つ弁護士が調査に参加すれば、遺族が抱くであろう診療内容への疑問点を指摘でき、報告書がより良いものになる。調査メンバーに弁護士を加えるべき」と要望。

 これに対して、昭和大病院長の有賀徹氏は「患者遺族にきちんと説明すれば、医療の専門家も含め、外部の支援は必須ではない」と主張する(スペシャルリポートVol.2「インタビュー」参照)。

 両者の意見を踏まえ報告書では、医療機関内のメンバーによる調査を主体にするものの、第三者性の担保にも配慮し、「原則として外部の医療の専門家の支援を受けることとし、必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めること」とした。

 (2)の調査目的についても、検討部会の一部の委員と厚労省の認識は必ずしも一致していない。検討部会の報告書では、医療事故調査の目的を「原因究明および再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図る」と明示。さらに「当該確認・検証・分析は、医療事故の再発防止のために行われるものであって、医療事故に関わった医療関係職種の過失を認定するために行われるものではない」としている。

 だが、その一方で厚労省は「第三者機関が作成した報告書がどのように使われるかは制限できない」との立場だ。院内事故調査の報告書が開示のみにとどまるのに対して、第三者機関の報告書は遺族に交付されるため、場合によっては、報告書の内容を根拠に医師や医療機関が責任を追及される可能性もある。さらには、「患者を助ける目的で医療行為を行ったにもかかわらず、事故の発生に関わったことで医療者が遺族に訴えられてしまうかもしれない」(有賀氏)という危惧もある。

 医療者にとっての懸念材料はまだある。この制度が始まると、医療機関が第三者機関の調査への協力を拒んだ場合、その事実が報告書に記載され、公表されてしまう。そのため、医療機関が調査を拒みにくくなる可能性がある。
(略)

医療事故調 創設の影響は? Vol.2原因究明と責任追及は明確に分けるべき(2013年8月12日日経メディカル)より抜粋

 厚労省検討部会の委員を務めた昭和大病院長の有賀氏は、「報告書には問題点があり、まだ議論の余地がある」と指摘する。法制化を経て、策定されるガイドラインでは、「第三者機関による医療事故調査の報告書が訴訟に使われないよう規制し、医師への責任追及が調査の目的ではないと示すべき」と主張する。

 検討部会の報告書によると、医療事故調査は「原因究明と再発防止」を目的とし、現場の医療を良くするために実施すべきとされている。この点には、納得している。だが、それが本当に実現可能なのかは疑問だ。

 今後、事故調査のガイドライン策定時には、(1)医療事故の原因究明と医療者への責任追及を分ける、(2)第三者機関の調査費用は患者に負担させない、(3)報告書を訴訟に使わない──ことを示すべきだ。

 医療は不確実なものだ。医療者は不測の事態に備えて診療を行い、さらに患者へその内容を説明するのが使命である。医療事故が起きた場合は、再発を防いで医療の質を向上させるために、院内事故調査委員会が十分に調査し、医療界でその結果を共有しなければならない。必要に応じて第三者機関に助言をもらうこともあるだろう。その上で、主治医が患者にしっかりと説明すべきだ。この報告書に示された調査の流れには納得している。

医療に紛争を持ち込むな
 しかし、今回まとまった仕組みが医事紛争に利用される可能性があれば、医療者として到底納得はできない。医療者は患者と紛争をしようと医療を行っているのではない。医事紛争を想定した仕組みになってしまえば、医療そのものが崩れるきっかけになり得る。医療事故の原因究明と紛争は分けて考えるべきだ。
(略)

多くの場合医療事故の被害者という立場で関わることになる患者側が処罰感情を持つことは理解出来ることとして、それをやってしまうと正しい事実関係の洗い出しなど出来ない、関係者それぞれが保身のために事実を曲げて有利な証言しかしなくなりますよ?と先行する航空事故調の例などを引きながら反論してきたのが医療側の基本スタンスであったわけです。
ただそれではどういう制度を作るのかという具体論になってくると議論の相手が次第に患者側からプロフェッショナルである法曹が主体に変わってきた、そして彼らは彼らで「こういうものはかくあるべき」という理論付けで迫ってきますからお互い正面衝突してしまっていたというのがこのところの傾向であって、「第三者機関が作成した報告書がどのように使われるかは制限できない」などと言われればそれは揉めるに決まっていますよね。
この辺りの事に関してかねて医療問題に造詣の深い弁護士としての立場から積極的な情報発信を続けてきた井上清成氏が先日興味深い話を書いてくださっていますので紹介しておきましょう。

Vol.193 医療安全に関する訴訟使用制限の院内規則(2013年8月6日医療ガバナンス学会)より抜粋

1. 医療安全推進に対する訴訟の脅威
医療の現場では、医療安全を推進する試みが定着した。医療安全管理委員会での議論、インシデントリポートの提出、院内の事故調査委員会の開催などで、医療事故の再発防止策が積み重ねられている。
ところが、これら医療安全の内部資料が訴訟で使われかねない。医療に対する不信を強く持つ人々が、情報開示や証拠保全や文書提出命令などのありとあらゆる手続を使って、責任追及に利用しようと試みている
残念ながら、厚生労働省は医療安全を推進すると言いながら、「医療安全活動の内部資料が訴訟に使用されてはならない」という原則に対しては前向きでない。 現に、医療事故調査報告書に関して、厚労省医政局の吉岡総務課長(2013年5月29日当時)は5月29日の医療事故調「検討部会終了後、記者団に対し 『(訴訟では)あらゆるものを証拠にすることができ、最終的に裁判所の判断になるので、(報告書の訴訟使用制限は)できない』との見解を示した。」(日本 医事新報4650号〈2013年6月8日号〉6頁「調査報告書の訴訟使用制限なし」より引用)
このままでは、医療安全を推進しようとすればするほど、訴訟で使用されて責任追及され、医療者は自らで自らの首を絞めかねない。医療安全推進に対する訴訟の脅威が高まっているのが現状であろう。

2. 訴訟使用制限の院内規則
民事訴訟における事実の確定方法に関する当事者間の合意を、法律用語では証拠契約と呼ぶ。その1つとして、一定の証拠方法を提出しないと約束する契約がある。法律用語では、「証拠方法契約」とか「証拠制限契約」という。
この証拠制限契約(証拠方法契約)の有効性は、一般に承認されている。たとえば、証拠制限契約に反して、患者遺族側から訴訟で院内事故調査報告書が申し出られたとしたならば、裁判所はその報告書の証拠申出を却下することになろう。
つまり、院内規則で証拠制限条項を定めて院内掲示をしていたとしたら、原則として、その証拠制限規則は証拠制限「契約」として有効性が認められる。たとえ ば、院内事故調査報告書やインシデントリポートの証拠保全が申し立てられても、証拠申出がなされても、いずれも訴訟には使用できないとして却下されること になろう。
院内規則さえ制定すれば、訴訟使用制限をできるのである。つまり、厚労省の「訴訟使用制限はできない」との見解は、法的には正しくない
(略)
4. 正当化根拠はWHOガイドライン
証拠制限契約の導入に否定的な意見もある。1つは、医療者への責任追及に障害となることを本音とするものであるが、それはさすがに何をか言わんや、といっ たところであろう。もう1つは、透明性向上の動きに逆行するというものであるが、この点は、証拠制限イコール改ざん・隠ぺいといった誤解に基づくもののよ うに思われる。
そもそも医療安全に関する証拠制限契約の積極的な正当化根拠は、WHOガイドラインに由来すると言ってよい。特に、ここに明示されている「非懲罰性」と「秘匿性」が重要であろう。
WHOガイドライン(「患者安全のための世界同盟 有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン 情報分析から実のある行動へ」監 訳・一般社団法人日本救急医学会と中島和江へるす出版)の「第6章 成功する報告システムの特性」(同書45頁以下)に明示されている。「非懲罰性」で は、「報告書とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、報告したために罰せられることがあってはなりません」と明示され、「秘匿性」では、「医 療機関のレベルにおいては、訴訟で使われ得るような公開される情報は作成しないことで秘匿性を保ちます」と明示された。
これらWHOガイドラインのドラフト(草案)を院内規則化することによって、ルール(規範)に高めることができるのである。証拠制限契約というルールの正当化根拠は、WHOガイドラインというドラフトに存すると言ってもよいであろう。
実際、たとえば医療事故調については、厚労省とりまとめ(5月29日)だけを除き、四病協(1月)も日病協(2月)も全国医学部長病院長会議(5月)も日本医師会(6月)もいずれも、その取りまとめでこのWHOガイドラインの順守を提言しているのである。

例によって良心的なマスコミ的には「医療が真実を闇の中に沈めようとしている!」などと騒ぎ出しそうな話にも聞こえるかも知れませんが、別に医療側としても「医療行為は罪に問われるべきではない」と言っているわけではなく、例えば医療関係者が明白な違法行為を犯した場合にそれを法によって取り締まるということは全く問題ないわけです。
ただ事故調のそもそもの目的が本当に真相究明にあるのだとすれば、正しい制度設計をしないと誰も本当のことなど言うはずはありませんよと言っているだけであって、こうした考え方は医療に限らずおよそ事故調というものに関して世界的にもごく当たり前の常識となっている考え方であるわけですから何も特別なことを要求しているわけではありませんよね。
井上氏も以前から指摘しているように、医療事故調議論では何故か国際標準の指針と言うべきWHoガイドラインが無視されることがデフォになっているところに医療側の危機感がありますけれども、彼らが何らかの目的でそうした方針を貫徹しようとしているということでなければ、医療側も医療側でこうした技術論を使ってでも対抗しなければ医療がとんでもなく歪んだものになってしまいかねないということです。
すでに冒頭に挙げたようにJBMによる医療の変貌ということが現実のものとなっていることが示されている中で、それをさらに推し進めようと画策する方々は何故国際標準を無視してまでそうであるべきなのかということをきちんと根拠づけて示していただかなければならないと思いますけれどもね。

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コメント

リスク回避が本格化したら早いなw
学生教育から抜本的に組み立てなおすべきだろjk

投稿: aaa | 2013年8月13日 (火) 09時24分

こういう院内ルール作るのにまだ反対する人いるんですかね?>証拠方法契約
医師会も本気で戦う気があるんだったら契約の手引き作って配布すればいいのに…

投稿: ぽん太 | 2013年8月13日 (火) 10時03分

今のところ産科無過失補償の影響はさして見られないようですが、今後帝切率がどう推移していくかに注目です。

投稿: 管理人nobu | 2013年8月13日 (火) 12時08分

昔よりも、いわゆる「高齢出産」が増えたので、帝王切開が必要な症例が増えたということも
あると思います。

投稿: 浪速の勤務医 | 2013年8月13日 (火) 13時04分

素朴な疑問なんですが、お産したら一時金?もらえますよね?
もし帝王切開になったら保険で安くなりますよね?
もしかして帝王切開だったら逆ザヤが発生する?

投稿: てんてん | 2013年8月13日 (火) 21時09分

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