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2013年8月 9日 (金)

医療改革はまずフリーアクセス規制から?

全国どこでもこうしたことは普通に行われるようになっているのだと思いますが、最近病診・病病連携ということに関して幾つか記事が目に付いたのでまずは取り上げてみましょう。

田川地区の6医療機関が連携 得意分野など情報交換 [福岡県](2013年8月3日西日本新聞)

 田川地区にある公的な6医療機関が、患者をスムーズに紹介し合う関係を築こうと「田川地域医療機関ネットワーク化協議会」を発足させた。参加したのは田川市立病院▽社会保険田川病院▽川崎町立病院▽糸田町立緑ケ丘病院▽福智町立方城診療所▽同コスモス診療所。患者受け入れ態勢などを共有し紹介し合うことで、地区内で治療を受けやすい環境をつくる

 市立病院によると、地区内の患者の3分の1が地区外で治療を受けている。原因の一つとして医療機関の連携不足を指摘。市立病院では、リハビリなどを行う療養病床が不足し、脳外科医や放射線治療医もいないため、このような分野では地区内の他の病院に患者を受け入れてもらい「田川地区内の完結医療を目指す」という。

 協議会は7月31日、田川市内で初会合を開き、6施設の各代表者が診療科ごとの医師数や治療実績、設備などを報告し合った。医師や看護師同士の意思疎通を図る交流会も開き、6施設から計約120人が集まった。

 外来診療専門の方城診療所の浅野茂利所長は「それぞれの病院の得意分野などを知ることで、入院が必要な患者をどの病院に紹介すればいいか判断しやすくなる」と期待する。

小売業で言うと大手スーパーに対抗して中小小売り店が共同でショッピングモールを開くようなイメージでしょうか、注目していただきたいのは地域外に流出していた多くの患者を地域内で囲い込むということが主目的の一つに挙げられているという点でしょうか。
すでに久しく以前から医療は施設完結型ではなく地域(医療圏)完結型を目指すという「分化と連携」が叫ばれていますけれども、旗を振っている厚労省の方でも地域によっては難しいかも…と認めているように、連携しようにも医療機関の選択肢がそもそも存在せず唯一の町立病院が何でも屋的に診療に当たっているという場合も少なくないはずです。
専門分化の時代ですからそうそう高度な専門的知識を全科的に持っている先生ばかりではなく、中には専門外の医療も一生懸命勉強しながら頑張っていらっしゃる熱意あふれた臨床医の先生方もいらっしゃるのでしょうけれども、普通は「ちょっとそれは正直他所に行ってもらいたいなあ」と感じる局面も多くどこかに紹介しましょうと言う話になりますよね。
また夜間救急などではとりあえず初診を受けたはいいが、さてどこに紹介しようと迷う局面も少なからずあるでしょうし、医療関係者にしてそうなのですから患者にしてもどこにかかるべきか判断がつかないと思いますが、こうした患者の振り分けをきちんと各施設の状況も判った上で行えるようになれば効率的だろうなと言うことは理解出来ます。
ただこうした話を聞くと「自分のところに来てくれる患者をよそにまわすか?」と日本の病院の多くが私的施設であることもしばしば問題視されるというのは、最低限の利益を出さなければ経営が続けられないという大前提がある以上、経営者は顧客にとっての最善解よりも自施設の経営にとっての最善解を優先するんじゃないかと言うことですよね。

実際に一昔前には病院トップが近隣救急隊に付け届けをかかさず「何かあれば当院へ搬送よろしく」などと頼んで回っていた時代もあると聞きますが、今時そんなことをやっていては現場のスタッフが「やってられない」と逃散していくと言うもので、適切な顧客需要の振り分けによる限られたリソースの最適な活用と、何より負担の公平化ということなくして永続的な医療提供は望めません。
皆保険制度下で薄利多売を強いられている状況にあって、経営的にはとにかく患者を少しでも多く囲い込むというやり方が正義だとされて久しいですが、はっきり言って不要不急の医療需要を喚起し「病人を作り出す」が如き状況に陥るだけならまだしも、それによって現場が疲弊し逃散を招いたのではかえって経営上マイナスです。
まして国にしてみれば増え続ける医療費の抑制は積年の課題であって、各施設が一生懸命努力し顧客を呼び込み増収増益を図ろうとするほど診療報酬をさらに絞り上げなければと言うことになり、結局自ら望んで忙しくなっただけで何ら儲けは増えないことになりかねませんが、さすがにそんな無限連鎖は現場にとっても国にとっても、そして国民にとっても馬鹿げているんじゃないかと考える人が出てきても不思議ではないですよね。
先の参院選の結果安定政権下で社会構造の様々な部分で改革が進むんじゃないかと言う予測(と言うよりも期待)が増していますが、医療システムの抜本的改革ということに関連して一つは例の社会保障制度改革国民会議による報告書もあり施設の統合ということも視野に入り始めた中で、先日はただともひろ胃腸肛門科院長の多田智裕先生がこんな記事を書いていましたので紹介しておきましょう。

医療機関が「競争」する時代は終わった、日本の医療を救うには「協調」だ(2013年8月5日JBpress)より抜粋

(略)
フリーアクセスにより医療機関を競争させることの弊害

 日本の病医院の85%以上は民間経営です。税率は一般企業と何ら変わりありませんし、赤字になっても国からの補填などは一切ありません。なおかつ、「フリーアクセス」という、患者がどの医療機関でも自由に選んで受診できる制度によって、各医療機関は患者獲得のため過当競争を強いられています
 日本では、利用者はいつでも好きな病院で診てもらうことが可能です。

 実際にこういうことがありました。吐血したということである男性が病院にやって来ました。緊急胃内視鏡を行ったところ胃潰瘍からの出血が確認されたため、近くの対応可能な病院をすぐに受診することを勧めました。するとその男性はこう言うのです。
 「僕は○○病院でしか診てもらいたくない。どの病院でも自由に好きなところを受診してよいいはずだろう? それに、その病院で受診するにしても今すぐはいけない、用事を片付けてからでないと受診できないので、夜9時くらいになってしまう
 結果的に、患者さんは大量の出血を起こすこともなく無事だったのですが、このようなフリーアクセスを維持するためには、当番病院だけでなく各病院が消化器内科医師を常に揃えておく必要が出てきます。
 そのため、医療機関の分化・連携が進まず、医療機関の再編成も行われず、結果として医療のコスト増大さらには医療の質の低下につながっていることはあまり理解されていないと思うのです。

民間資本同士では地域内の連携や統廃合はほぼ不可能

 例えば、同じ市内に総合病院が4件あり、消化器内科医師が各病院に2人ずついるとしましょう。常勤医師2名では外来+検査業務だけで精一杯で、入院患者の診察も不十分になりがちでしょう。夜間休日の救急対応はほぼ不可能です。
 そこで、「消化器内科はここが全部引き受ける」という病院を1カ所決めて、8人の消化器内科医全員がその病院で勤務するとしましょう。すると、検査数も多くできるようになり、入院患者も十分診察して、夜間休日の救急に対応することも(完全ではないにせよ)可能になります。
 つまり、医療提供体制を地域ごとの枠組みで再編成することで、勤務医数は同じでもより多くの医療を提供することが可能になり、みんなにとってよい結果になるのです。
 それどころか、このような医療提供体制の改革がしっかりと行われれば、勤務医の数を現状より少なくすることも決して不可能ではないのです。

 ところが、フリーアクセスの下で各医療機関が患者獲得を競い合っている状況下では、その実現は困難です。つまり、地域全体としては望ましい話でも、消化器内科がなくなる病院にとっては患者数が減ってしまうわけで、とても受け入れられる話ではないのです。
 もちろん、消化器内科がなくなる病院の近くに住む人たちにとっても、医療アクセスが制限されることになり、反対運動は必至でしょう。

医療機関の協調を促す新制度を

 とはいえ、地域の複数の病医院をグループ化し、医療機器の共有や事務作業・仕入れなどの統合を進めることが、医療資源を効率的に利用するために極めて有効であるのは間違いありません。
 さいたま市の例を挙げると、さいたま新都心に「小児医療センター新病院」の建設が予定されています(平成27年度末完成予定)。ここにさいたま赤十字病院と埼玉小児医療センターが移設し、同じ敷地内で周産期医療及び救急部門の連携を図ることになります
 小児医療センターが公的資本であるため、ここまでの歩み寄りが可能になりましたが、民間病院同士が“同じ敷地内で連携する”ことはなかなか難しいでしょう。

 これまでは国の施策として、コストパフォーマンスの高い医療を提供するよう医療機関同士を競わせてきました。それはそれで成功したと言っていいでしょう。
 しかしその弊害として、医療機関同士の連携や協調はほとんど検討されませんでした。結果的に医療資源の分散化と質の低下を来しかねない事態になっているのです。
 地域の中で複数の病医院がグループを作り、医療機関の連携/統合を含めた協調を可能にする日本の医療崩壊を食い止めるために、そんな新制度が、いま一度検討されてもよいのではないでしょうか。

細かいことを言うと処置をきちんと行うにはスタッフは集約化した方がいいのはその通りなのですが、完全に一極集中するのも問題が多くて、例えば今時カテもやらない循環器内科医など存在意義がないと考えたくなりますが、日常のちょっとした心機能評価やら循環器的コンサルトに院内にいるのといないのとではやはり違うということですね。
ただしそれを常勤医として行う必要は必ずしもないのであって、将来的には施設間で医師が日常的に行き来したりだとか、何かしら遠隔診療の技術的発達で対応することも出来るようになるかも知れませんし、そもそも全科的知識を備えることが当たり前に求められる時代になればいちいち何でも専門家にお伺いを立てるということ自体が減る(かも知れない)ということでしょう。
ともかくも先に書きましたように日本では個々の病院がそれぞれ異なる経営者の元で細分化され顧客の奪い合いをしていますが、例えば岩手の公立病院では中心となる基幹病院に医師を集めて末端の中小病院は縮小、クリニック化した上で中央から医師を派遣するというシステムを取り入れるところもあり、行き来する医師の負担は大変ですが経営母体が同じだからこそできたこととは言えますよね。
そう考えると昨今ようやく議論され始めたように経営母体の垣根を越えての統廃合ができるかどうかということも一つのハードルとなりますが、当座統合とは言わずとも冒頭の記事のように経営母体を越えての診療連携を強化するとして、やはり各施設の取り分がどうなるかということは気になってきます。

医療には確実に儲かる部分と儲からない(下手をすると損する)部分があることは知られていて、例えばひと頃あれだけ「病院の稼ぎ頭」ともてはやされた産科も医療コストの増大に対して顧客にそれを転嫁できないこともあって今や必ずしも儲からないとも言いますし、小児科や救急などは赤字部門の最たるものとして取り上げらる機会も多いですよね。
これらそれぞれに利益率の異なる各診療科を分担し合うとして、競合施設間でこれらの利益配分をどうするのかと言うことが必ず問題になりますけれども、まさか民間病院に赤字をかぶらせる訳にもいかないでしょうから公立病院が泥をかぶるしかないでしょうけれども、施設としてはそれでよくてもスタッフの士気が維持出来るかどうかは別問題です。
今時どこの施設でも院内の会議なりのたびに「もっと頑張って売り上げを伸ばしましょう」的な発破をかけられるのは当たり前のこととなっていますけれども、赤字部門ばかりを扱っているのだから利益度外視でいいと割り切ってくれるとも到底思えず、毎回毎回尻を叩かれるだけでも相当なストレスが蓄積することは目に見えていますよね。

患者側の立場で考えると医療機関は集約されて遠くにあるよりは身近にあった方がいいはずですが、しかしその全てが病院である必要はなく、むしろいざとなればどんな患者も確実に引き受けてくれる基幹施設がしっかりとある地域なら、その周囲に中小のサテライトが点在しているという構図が昨今「待ち時間も少なくて楽」と人気ですよね。
しかし一方で初診は近所のクリニックでいいやと思っても、実際問題仕事が終わった頃にはやっていないというケースが多いのが問題で、そうなるとどうしても法的に24時間医師の常駐を強いられている病院に行こうかということになり、二次救急レベルの中小病院の存在意義はほとんどの場合そこにあると言ってもいいほど「数日前から風邪気味で」式の時間外患者が多くなっています。
そうなると夜間診療所やERがあれば多少違うんじゃないか、そもそも何故どこの病院も夜間にやらないのかという疑問が出るのも当然なんですが、診療報酬上夜間にやると言ってもそれが正規の営業時間であるなら割増料金の請求はできず、スタッフコストは増える上に経験的に対して顧客も来ないことが判っていますから経営的に成り立たないわけですね。

色々と考えて見ると全国一律どこでも同じサービスを同じ料金で提供します、だからどこの施設でもいつでも自由にかかってくださって結構ですという皆保険制度の大前提がそもそもの諸悪の根源じゃないかと誰しも判り始めていると思うのですが、それではコストと質、そしてアクセスの容易さの制限するべきかと考えた場合にまずは利便性の問題だけですむフリーアクセスからと言う考え方は当然ありだと思います。
先日の社会保障制度改革国民会議の最終報告書でも「ともすれば「いつでも、好きなところで」と極めて広く解釈されることもあったフリーアクセスを、今や疲弊おびただしい医療現場を守るためにも「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という意味に変えていく必要がある」として、かかりつけ医によるゲートキーパー機能を重視していますよね。
田村厚労相などはこれを受けて、(イギリスなどのように)家庭医にまずかからなければ病院を受診できないような制度ではないと否定しつつも、大病院に勝手に受診することを選定療養よりもさらに大々的な金銭的負担をかけることで抑制する方針だと言いますから、国としてはフリーアクセスという言葉の解釈を変更しつつあるとは言えそうです。
おもしろいのはこうした国の医療政策には何であれ反対せずにはいられない日医の立場なのですが、考えて見ればこの制度が実現すれば日医の主たる支持母体である開業医にどんどん患者が流れてくるという構図になるわけですから、彼らとしても今までのように「フリーアクセス規制絶対反対!」などと大きな声を出せるものかどうか要注目ですよね。

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コメント

田川地区は、すぐ隣に麻生飯塚があるんだから、弱小公立病院が寄り集まって「地域完結型だ!」なんて妄想抱いてないで、
麻生飯塚をサポートしていく体制を考えたほうがいいのではないかしらん。

投稿: JSJ | 2013年8月 9日 (金) 08時34分

>大手スーパーに対抗して中小小売り店が共同でショッピングモールを開くようなイメージ

えてして大手の資本力に押されて売れないイメージなんですが…
とにかく患者さんの考え方がかわらないとどうしようもないですね。
近所の病院で何でもできると思ってる人いますからね。
そのくせどうでもいい病気でも大病院じゃなきゃだめだと思ってる。
ぜったい大病院でみてもらいたいって研修医に胃カメラされてたりするんですよ。

投稿: ぽん太 | 2013年8月 9日 (金) 08時48分

コストもクオリティーもアクセスもすべてを追いかけちゃすべてが失敗する
フリーアクセスの悪い利用は規制してもいいと思うけどね

投稿: 玉田 | 2013年8月 9日 (金) 09時44分

質の引き下げやコストの引き上げよりは、アクセス制限の方がまだしも世間の反発も少ないとは思うのです。
ただフリーアクセスの悪い利用なるものが医療側の招いた種という側面も少なからずあって、やはり全ての医療機関は平等であるという考え方には限界があると思いますね。
最近はメタボ健診等であちらこちらで大量に「病人」が発掘されつつありますが、こういうものの要精査になった人の受診先を制限するというのもとっかかりとしてありかなという気もしています。

投稿: 管理人nobu | 2013年8月 9日 (金) 11時23分

どっちに転んでも日医涙目w
なるほどだから飴もちらつかせたってかww

投稿: aaa | 2013年8月 9日 (金) 12時04分

個人的な理想はアメリカ型の医療ですね。
医師(専門医)の給料うpも期待できるし
今は高度なことをやる医師より適当な医師のが金になるしな~

投稿: | 2013年8月 9日 (金) 13時32分

官に完全支配され医師会がそれに盲従している今の悪しき保険医療を続けている限り未来はないですね。
保険医療で使える薬など全国どこの医療機関でも限られているのに、薬が効かないとか、診断が信用できないといって、無意味に初診を5回も6回もくりかえすドクターショッパーの愚か者がこの国には少なくない。
アクセス制限はすべきだとは思うが、やはり医療機関の間で競走は必要だと思う。保険医療制度に守られた今の医療の現状は企業努力しない電力会社と大差ないのでは。

投稿: 逃散前科者 | 2013年8月 9日 (金) 15時02分

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