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2013年8月20日 (火)

医療制度改革 内圧と外圧の狭間で

本日の本題に入る前に、先日こんな記事が出ていたのですが、かなり長い記事ですので元記事に当たっていただくとして一部のみ引用させていただきましょう。

「高齢化社会だから医療費が増える」のウソ(2013年8月19日日経ビジネス)より抜粋

 日本の医療保険制度は国際的に評価が高かった。平均寿命は世界1位である一方、国民医療費の対GDP(国内総生産)比は経済協力開発機構(OECD)諸国の平均以下、皆保険制度に基づく公平性と医療へのアクセスの容易さも、世界的にとても優れたものであった。しかし高齢化が進展し、国の債務が世界最悪水準に積み上がる中、医療費にも抑制圧力が強く働きはじめた。窓口での自己負担金は年々引き上げられ、保険料の上昇に伴い無保険者が増え始め、医療の現場は様々な歪みや困難に直面し疲弊している

 この状況を改善すべく、内閣に昨年末設置された社会保障制度改革国民会議では、年金・介護・少子化に加え医療が重点的に取り上げられ、この8月に最終報告書が取りまとめられた。限られた時間の中、政治家と利害関係者を入れずに、短期的即効性のある改善案の数々を踏み込んで明記したことは十分に評価したい。しかし他方で、「長期的なビジョン」の重要性は会議でも再三指摘されたものの、どのような論点があり、どのような方向性を目指すべきなのかについては具体的な議論がなかった。言うまでもないことだが、医療は国民の日々の生活を大きく左右する。日本の医療保険制度の将来を考える際、国民一人ひとりが知っておくべき最も重要な論点とは何なのか、本稿ではそれを解説しよう。

高齢化していなくても医療費は上昇している

 その論点を説明するにあたり、前提となる知識が2つある。「医療需要」、そして「保険と再分配の区別」である。順に説明しよう。まず医療需要についてであるが、知っておくべきは、「所得に占める医療支出は国が豊かになるにつれ上昇を続けてきたし、そして今後も上がり続けていくだろう」という長期トレンドである。図に示すとおり、洋の東西を問わずGDPに占める医療費の割合は増加し続けている。多くの国が医療制度改革で頭を抱えている所以である。

 なぜ、医療費の対GDP比率は上がり続けているのだろうか。その理由としてしばしば挙げられるのは、高齢化の進展である。しかし図から明らかなように、この上昇トレンドは世界中で長期に渡り普遍的に観察されるものであり、高齢化が主要因ではない。上昇トレンドの真の要因は所得効果である。所得効果は経済学の用語で、所得の増加がある財の消費量に与える影響のことを指す。所得効果は財によって異なり、例えば、年収が1割増えた場合、旅行の需要は増え(正の所得効果)、カップ麺の需要は減る(負の所得効果)という具合である。

 これに関して近年の実証研究が明らかにしてきたのは、健康という財については強い正の所得効果が働くということだ。健康が他の財と違うのは、健康は人生の何を楽しむ上でも重要である点、さらに人生の期間そのものを長くしてくれるという点にある。豊かになった結果、「健康はほどほどにして他のことを楽しもう」などとは誰も考えず、むしろ貧乏なときにもまして健康にお金を回そうと考えるものなのである。

 なお、医療費増加の説明の1つとして、「医療の高度化」がしばしば指摘されるが、これは結果であって原因ではない。画期的な新薬や治療技術が開発されたところで、需要がなければ使用されない。高くついても健康でいたいという人々の願望がまずあってこそ、高価な医療が開発され利用されるのである。伝染病のような安価に直せる疾病が克服され寿命が延びても社会がそこで満ち足りるわけではなく、さらなる健康と長寿を求め、がんや慢性疾患のような社会的費用の大きな疾患への挑戦が新たに始まるというのも同様の摂理である。以上、医療需要についてまとめれば、「医療費はこれからも経済成長率を上回るペースで上がっていく」と考えられる。
(略)
 では、将来の日本の医療制度について考えてみよう。ここまでの議論が明らかにしているのは、社会全体としては医療需要の高まりとともに医療の質が上がり医療が高価になっていく一方で、応分の負担をすることができない人々は必ず一定数存在する、というジレンマである。このジレンマに対して我々はどのように対処すればいいのか?鍵は再分配をどうするのかという点だ。選択肢は2つある。第1は「社会保障予算のこれ以上の増加を避けるべく、再分配の度合いは現状程度にとどめる。医療費上昇分は、自助努力の考え方に則り個々人が負担する」というものである。このことは、支払い能力のない個人は支払えない、ということを是認することに他ならない。つまり、医療の格差が必然的に生じる
(略)
 もっとも実現可能性が高いと考えられるのが、現在の皆保険制度では原則として認められていない「公的保険を用いた診療とそうでない診療の併用(混合診療)」を解禁することである。これは、支払い能力に応じた質の医療を受けることを認めるというもので、現在でも大きな論争点であるが、今後の議論の大きなテーマとなっていくだろう。以上、いずれの形態を取るにせよ、各個人が支払い能力に見合った医療を受けるという方向性である。

 我々が持つ選択肢の第2は、「再分配を強化し続けてでも、先進的な医療の恩恵を国民全員が等しく享受できることを追求する」というものである。しかし、医療需要が経済成長のスピードを超えて増大していった時、この選択肢が意味することは、支払える人間にとっての大幅な負担増である。大規模な増税と保険料の引き上げが必要になろう。
(略)
 最後になるが、実は選択肢はもう1つある。「高額の最先端医療のようなものは贅沢品であり、国民全員で我慢すべき」という選択肢である。旅客機の例で言えば、ガタのきた機体を何とかつぎはぎしながら乗り続けるというものである。

 医療の合理化が進み高齢化が落ち着いた21世紀半ばには、経済成長の範囲内でそれなりのアップグレードも可能であろう。世界最先端の医療に拘泥しないと割り切ってしまえば、長期的に持続可能な制度である。そして実はこの選択肢は、政治的には一番選ばれやすいものなのである。国民的世論を主導し大きな舵取りをする手腕のない政治家にとっては、玉虫色の現状維持を選ぶのが一番簡単で無難だからである。

 しかし上述のように、社会の大多数がより良い医療にお金を出したいと望む構図がある以上、それを抑制しようというこの選択肢は社会的に望ましいものではない。加えて、ファーストクラスを導入するにせよしないにせよ、最新鋭の機体を導入することは大きな波及効果があることも指摘しておきたい。医療・介護セクターは産出額の意味でも従事者数の意味でも最大の産業の1つである。世界に先駆ける高齢化の国として、官民一体となり国際的競争力を持つ高度な医療・介護セクターを育成し、内需を創出し国の経済成長につなげるという視点があっても良いだろう。
(略)

ちなみに記事を書いている丸山士行氏は医療経済学を専門としているそうですが、結論においては各々それなりに異論もありそうだとは言え制度的な解説としてはなかなか簡潔で判りやすく、議論のたたき台としてはそれなりによい記事だと思いますね。
特に以前から書いています通り「人間は豊かになるほど健康への欲求水準が高まっていく」ということを所得効果という言葉で説明しているのは理解しやすい話ですが、では豊かになったがこれ以上豊かになっていくことは難しいという低成長時代の先進諸国において高度化し続ける健康への要求水準をどう満足させていくかということが、とりわけ財政上から問題視されているのが現状です。
「そんなものは簡単だ。医者は儲けているのだから値段を引き下げればいいじゃないか」と言う人もいるかも知れませんが、基本的に日本の医療は原価割れギリギリという先進国でも最安値水準にすでに保たれており、また過去の様々な診療報酬改定の結果医療費負担を安くするほど医療需要は増えるということが判明していますから、こういうことをやれば様々な問題が続発するばかりでろくなことになりそうにはありません。
となると利用者視点からすると少なくとも現状よりは何かしら悪い方向への改訂が行われそうだと誰でも気付く話ですが、古来医療の三要素としてコスト(価格)と質、そしてアクセスの容易さのバランスということが言われている中で、さてどれを制限すべきかということをみんなで考えましょうと言うことですよね。

丸山氏は言及していませんが、現行の議論の流れにおいてはコスト上昇や質の低下はどうも世間受けも医療関係者の反応もよろしくないということでアクセス制限が第一に考えられそうであり、具体的にはフリーアクセスの原則を撤廃し「症状、状態に応じて適切な医療を受ける権利を担保する」という一歩後退した形で再定義しようというものです。
ただ一方で丸山氏が最後に言及しているように医療内容そのものへの質的制約ということも考慮されていて、例えば高齢者のいわゆる延命的治療に対する近年の抑制を是とする論調などは一つには国や自治体からの財政的な要因もありますけれども、それ以前に医療現場からの「こんな空しい医療に多大な金と労力をつぎ込むのはどうなのか?」という素朴な疑問が発端となっていると言えますよね。
そう考えると財政的な面から医療費削減を目的に医療制度を考えているのが国や経済学者だとすれば、これに対して医療現場からも財政的制約を奇貨として積年医療現場に折り重なった課題を解消しようとしている側面もありと、この医療制度の議論は語る者それぞれによって目的と手段とが異なり、かつまた逆転もしているということが一つのポイントになるかと思います。
そうした課題解消の手段として日本人がかねて弱いと言われている外圧というものも非常に大きな意味を持ってきますけれども、ちょうど今話題のTPP交渉入りに際して農業・医療系の諸団体が反対派の急先鋒であることは知られているところですが、先日その医療について無視出来ないニュースが出ていました。

米、混合診療求めず 株式会社参入も(2013年8月15日産経新聞)

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉をめぐって米国側が今月7~9日の日米2国間協議で、保険診療と保険外診療の併用を認める「混合診療」の全面解禁について「米国は公的医療保険制度の変更を求めない」と述べ、議論の対象としない方針を伝えていたことが14日、分かった。米側は、日本側が懸念した「株式会社の病院経営参入」も求めない考えだ。

 全面解禁は、日本医師会などが「国民皆保険の崩壊につながる」として、慎重な対応を求めていた経緯がある。

 外務省は平成23年11月に「実際の交渉で(混合診療が)議論される可能性は排除できない」との見解を示していたが、政府関係者によると、今年7月に日本がTPP交渉に参加後、過去の交渉の議論を分析しても、混合診療の件は議題になっていないという。

 米側は、昨年3月にも米通商代表部(USTR)のカトラー代表補(当時)が都内の講演で「混合診療を含め、公的医療保険制度外の診療を認めるよう求めない」と表明していた。今回、日本の交渉参加後も、米側の姿勢が変わらないことが明らかになった形だ。

 米側はこれまで、日本国内で米民間医療保険会社の参入などを狙い、日米通商交渉などで、たびたび混合診療の解禁または拡充を求めてきた

 ただ、公的医療保険制度は、TPP参加国12カ国のうち、ニュージーランドやオーストラリアなど大半の国で導入されている。米オバマ政権自体が公的医療保険制度の導入を進めていることもあり、今回は混合診療そのものを交渉対象としない意向とみられる。

 日本では、政府の規制改革会議が今月22日の次回会議で、混合診療の拡充を最優先課題として取り上げる方針だ。拡充は未承認薬を多く使用する国内のがん患者などから強い要望があり、政府も前向きな姿勢を示している。今回、米側があえてTPP交渉で議題としないのは、こうした事情も背景にあるようだ。

 一方、日本医師会は、混合診療がTPPで交渉対象とならなくとも、国家と投資家の紛争解決(ISDS)条項により、米系企業が日本政府を提訴することで全面解禁に結びつく可能性を指摘してきた。

 しかし、政府筋は「公的医療保険制度は医療に携わる国内外の企業を対等に扱っており、ISDSをテコに全面解禁が認められる可能性はほとんどない」と説明している。

どのレベルでの意志表示なのかが判らないことには何とも言い難いのですが、少なくとも医療制度の問題が過去の交渉においてもテーマとして取り上げられてきてはいなかったということは重要な事実で、米側にしてもまずは議論をまとめることを最優先にしているだろうとも予想されますから、現行規制を固守したい方々にとっては朗報と言っていいかと思います。
記事にもあるようにアメリカ自身が現在皆保険制度導入に絡んで大変な騒ぎになっている真っ最中で、国内が混乱している中で国外にまで問題を波及させるのは難しいという事情もあるのでしょうが、TPPという外圧の有無は別としても混合診療の拡大を求める内圧も近年無視出来ないものとなってきており、現政府も先進医療の拡大による実質的な混合診療導入に向けて舵を切っているところですよね。
日医を初めとする混合診療絶対反対派も様々な思惑が背後に秘められてはいるのでしょうが、表向きの理屈として一部でも解禁すればそれが蟻の一穴になり現在の皆保険制度が崩壊してしまうかも知れない、だから最初の一穴も断固認められないのだというスタンスが共通しているようです。
ただ医療そのものが滅多に手に出来ない稀少品扱いだった時代に作られた制度が、「日本人は風邪をひいても大学病院に受診する」などと問題視されるような奇妙な現状を産んでいることは医療関係者も理解しているはずで、国のみならず医療現場からもフリーアクセスの大原則の改定など抜本的制度見直しの議論を避けるべきではないという声が上がっているのも当然かと思いますね。

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コメント

日医は何で混合診療反対なんですかね?
一般開業医ならともかく日医の幹部は中小病院経営者ばかりなので上手くいけば今まで以上にウハウハなのに。

投稿: | 2013年8月20日 (火) 07時46分

なんでも反対だから

投稿: | 2013年8月20日 (火) 08時25分

アメリカからしたら日本が勝手に自主改善してくれるし交渉にのせずに恩を売れるしで悪くないんでしょうね。
たぶん医療関係でいちばん押して来そうなのは薬と保険関係じゃないかな?って気がしますけど。
他国の医療制度なんてクレームつけたって話がややこしいだけでうまみは少ないでしょ。

投稿: ぽん太 | 2013年8月20日 (火) 08時36分

日医の言う混合診療にするとアメリカみたいになるなんて現場の医師
特に勤務医からは支持されないでしょう
アメリカのが何倍も給与が良くしかも労働時間も短いんだからw

投稿: | 2013年8月20日 (火) 08時39分

つまり労働者にはいいけど経営者にはよくないってことですか?

投稿: 高 | 2013年8月20日 (火) 10時28分

アメリカのようになったら、労働者にも一部経営者にもいいけど、消費者によくないですね。
日医の混合診療に対する危惧は経営者が勝ち組負け組に分かれてしまう危惧でしょう。
負け組にはなりたくありませんから、今までのように安穏としてられません。

一口に混合診療と言いますけど、マスコミは混合診療全面解禁がどういうことなのか理解してないでしょね。
「全面」解禁ならニンニク注射で初診料(健康保険負担)が取れますけどいいんですか?
ニンニク注射に公費が費やされますけどいいんですか?という話になるんですが、俎上に上りませんね。
「全面解禁」ってそういうことなんですけどね。
認められた高度先進医療だけ混合診療を認めるってのなら、すでにそうなっていて、何を今更って話ですね。

投稿: hhh | 2013年8月20日 (火) 11時16分

経営者は勝ち組と負け組の2極化
労働者は今までの待遇が悪すぎたので全体的に改善する
さらに能力によってはウハウハ
消費者は金持ち以外はマイナスって感じかと

投稿: | 2013年8月20日 (火) 11時45分

日医の反対論は表向きは患者さんたる国民に不利益が及ぶ可能性があること、そして本音の部分では経営者たる自分たちに不利益が及ぶ可能性があることに尽きるでしょう。
現場にとっては保険適用外の治療を行いやすくなるというメリットもありますが、例えば未収金は今まで以上に増えそうですね。
現実的にはいきなり全面解禁ではなく、範囲指定などで部分解禁を積み重ねて順次拡大を図っていくと言う形になるのではないかと想像していますが。

投稿: 管理人nobu | 2013年8月20日 (火) 11時58分

いつも思うんですけど、アメリカで医療制度が変わって大儲けのチャンスだから日本から討って出ようって話はないんですか?

投稿: てんてん | 2013年8月20日 (火) 14時42分

あちらはあちらで大同小異の日本脅威論が叫ばれていると思われ

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年8月21日 (水) 14時09分

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