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2013年8月23日 (金)

それでも悪いのは医者なのか?

先日「「医療否定本」に殺されないための48の真実」という長いタイトルの本を出した開業医の長尾和宏氏が、これに関連して先日こんな「裏事情」を書いています。

《1220》 「医療否定本ブーム」を否定する本(2013年8月20日朝日新聞apital)

(略)
「医療否定本に殺されないための48の真実」という、少々物騒なタイトルがついた本が世に出ます。そもそも、どうしてこんな本を書くことになったのか。

書店や新聞や雑誌には、医療否定本が沢山ならんでいます。出る本、出る本がよく売れるようでちょっとしたブームです。たしかに現代医療には疑問な点がたくさんありますからね。

しかし行きすぎた医療否定は結局、何も生みません。患者さんは幸せになれないし、医者も幸せじゃない。そう思いながらも患者さんは否定本を買っています。

そして赤線を引いて私のところに相談に来られます。医療否定本を読みながら、かかりつけ医に相談って、なんだかヘンじゃないですか?

ヘンぐらいなら、まだいいです。真に受けて、重大な病気を放置した結果、えらいことになって、後悔されている患者さんもおられました。

まだまだ若い人のがんが、そうです。充分、完治するだろうのに否定本を信じて放置する人を見るたびに、医師として黙っておられなくなります。

私自身は、医者嫌いです。しかしそれは単に個人的な趣味です。それとこれ(医療者であること)は、全く別です。

自分の生き方を患者さんに押しつけるのは傲慢だと思います。しかしその傲慢本等の影響力が強くなって、医療現場は混乱、その対応にひそかに追われ、困り、疲弊しているのです。
(略)

まあしかし鰯の頭も信心からとも言いますし、この場合妙なものを信じて健康被害を受けるのはあくまでも当の本人であるわけですから、本人が納得しているという範囲内であれば自己責任で好きにやっていただいても構いませんよと言う考えの医師も増えてきているように感じますがどうでしょうね?
それはともかく、一昔二昔も前にあれほど興隆を極めた医療否定・医療批判の論調がマスコミの主流派ではなくなってきている(だからこそニッチマーケットとしての否定本ブームなのでしょうが)のは皆さんも実感しているところかと思いますが、実はそういった状況の変化が起こってきたのも例の「大野病院事件」や「たらい回し」報道などで医療バッシングが頂点を極めたからだという逆説的な理由があります。
大野病院事件においても何故あんな理不尽なバッシング報道を繰り返したのかという問いに当のマスコミの中の人が「だってあの先生悪人顔っぽいし、マスコミ嫌いそうだし~」と答えていましたけれども、マスコミの掲げる錦の御旗として悪役がバッシングされる構図を「視聴者が求めているから」という大義名分があったわけです。
ところがほぼこの時期からネットにおける職種の域を超えた交流がごく一般的なものとなり、マスコミの介在しない市民(患者側)と専門家(医師)との直接対話が当たり前に行われるようになった、折からマスコミの捏造報道に対する世間の厳しい批判の目が注がれていた中で、専門家から事を分けて「この報道はここが間違っている」と指摘されればそれは誰でも「ああ、いつものマスコミお得意のアレだったのね」と理解できますよね。

ひと頃あれだけ医師叩きの定型的表現として用いられてきた「たらい回し」「受け入れ拒否」なる文言もすっかりマスコミから消え去って久しいですけれども、それは当事者である医師ら医療側のみならず広く市民側から「受け入れ拒否ではなく受け入れ不能である」ということが繰り返しソース付きで抗議されたからで、「医療側がもっと早く言ってくれれば」などと他人のせいにしていられる問題ではなく単に彼らの取材不足に過ぎません。
要するにソース原理主義的な考え方がごく普通に身につき始めたネット利用者にとって、旧来のマスコミのやり方はあまりに脇が甘く突っ込みどころ満載にしか見えず、そんな適当なやっつけ仕事には乗ろうにも乗れないということが近年のテレビ視聴率低下や新聞部数下落に現れているということだと思いますが、マスコミ的正義感に従って言えば視聴者・読者から求められていないものは消え去って当然であるということですよね。
そうした理由で今は医療現場の深刻さ、医療崩壊といったものの方が数字が取れるということで、以前ほどには医者叩きを見かける機会が少なくなってきましたけれども、先日久しぶりに朝日からこんな記事が出ていたのが目につきました。

統合失調症、薬出しすぎ 入院患者の4割、3種類以上 診療報酬明細から分析(2013年8月20日朝日新聞)より抜粋

 統合失調症で精神科に入院している患者の4割が、3種類以上の抗精神病薬を処方されていることが、国立精神・神経医療研究センターの研究でわかった。患者の診療報酬明細書(レセプト)から実態を分析した。複数の薬物による日本の治療は国際的にみても異例で、重い副作用や死亡のリスクを高める心配が指摘されている。

 これまでも精神科の治療では「薬漬け」を指摘する声が根強くあったが、一部の医療機関などを対象にした研究が多かった。今回の研究では、2011年度から、全レセプトデータを提供する厚生労働省のデータベースの運用が始まったことから、精神科での詳しい薬物治療の実態の調査、分析ができるようになった。(略)

精神科と身体科というものもおかしなもので、過去数十年間にわたって同じ医学部出身者が手がけていながら全く別個に発達してきたことからすでに互いの交流や理解も難しくなっているようなところがありますけれども、近年のローテート研修必修化によってこの辺りの事情は徐々に改善されていくことになるのでしょうか?
それはともかく、ざっと「統合失調症」でググってみても著名人があからさまに闘病歴を公開していたりして統合失調症というもののイメージもずいぶんと変わってきているのかなと驚きますが、とにもかくにも100人に1人が罹患するということから考えてもその治療には大きな社会的影響を及ぼすものがあることは想像に難くありません。
精神科における統合失調症治療の現状に精通しているというわけでもなく、ここでその内容の是非について云々する立場にもありませんけれども、朝日の問題提起はそれとして、ちょうどこの記事が出た翌日に今度はこうした事件が起きているということが非常にタイミングがいいのか悪いのか何とも微妙な印象を受けます。

患者、主治医を刺殺 死亡の宮下さん、小説出版も(2013年8月21日朝日新聞)

 21日午前11時すぎ、北海道三笠市宮本町の市立三笠総合病院から「外来の患者が刃物を持って暴れている」と、三笠署に通報があった。診察室で同病院精神神経科の医師宮下均さん(53)が胸を刺されて倒れており、同署は市内の職業不詳の男(55)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。宮下さんはまもなく死亡が確認された。

 道警によると、宮下さんは男の主治医。この日は診察日ではなかったが、男は「先生に話があってきた」と病院を訪れ、宮下さんと1対1で話をしていた。看護師らが、診察室のカーテン越しに男が包丁を持って宮下さんに切りかかっているのを見つけ、男を取り押さえた。

 男は病院内にショルダーバッグを持ちこんでいた。病院によると、宮下さんと男の間に目立ったトラブルはなかったという。男は「自分が刺した」と容疑を認めており、道警は男の刑事責任能力の有無について調べている。

精神科医、診察室で患者に刺され死亡…北海道(2013年8月22日読売新聞)

 21日午前11時15分頃、北海道三笠市宮本町の市立三笠総合病院から「外来患者が刃物を持って暴れている」と、道警三笠署に通報があった。

 署員が駆けつけると、精神神経科の診察室で医師の宮下均さん(53)(同市本郷町)が胸から血を流して倒れており、間もなく死亡が確認された。同署は、宮下さんを包丁で刺したとして、同市内の患者の男(55)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕。男は容疑を認めており、同署は殺人容疑に切り替え、包丁を用意した経緯や動機を調べる。

 発表によると、男は精神疾患で同病院に通院していたといい、この日も午前11時頃から宮下さんの診察を受けていた。7、8分後、異変に気づいた看護師がカーテンを開けると、宮下さんがうつぶせに倒れ、男が包丁を持っていたため、看護師ら数人の職員が男を取り押さえた。同署では男の刑事責任能力についても調べている。

精神科から回ってきた個々の患者を外から眺めていて「この患者はちょっと薬効かせすぎなんじゃないか…?」と疑問を感じるということは多くの臨床医が一度は経験したことがあるでしょうし、中には自分の判断で薬の減量や変更を試みたりする先生もいらっしゃるかも知れませんが、精神科の薬は別物と割り切って手出しをせずに見ているというケースも多いように思います。
もちろん精神科の先生も常に神の手を持ち合わせているというわけでもないでしょうから、薬が多すぎたり少なすぎたりといったことは少なからずあるのでしょうが、何しろ日常的にハイリスク症例を目の前にして診療しているわけですから、心情的にどうしても少し慎重に対処したくなるということは十分理解出来ますよね。
こうしたことは別に精神科だけの話ではなく、例えば出血を来しやすい薬剤を投与している患者に対して出血を伴う処置を行うにあたって薬の休薬期間をどうすべきか、循環器科医や脳神経科医など薬を出す側は血栓塞栓症のリスクを主張しなるべく休薬せず行うべきだと言い、歯科医や内視鏡医など処置を行う側は出血リスクを重視して薬の効果が切れるまで休薬すべきだと言い張ってきたわけです。
ここ最近になってようやく薬を出す側の、そして処置を行う側のガイドラインが相次いで整備され「この場合の休薬基準はこうだ」と公式なルールが定まってきましたが、やはりお互いに「何かあった時にケツ持ちするのはうちだし…」と警戒心抜き難きものがあるのは言うまでもないことで、いずれ様々な事故症例が蓄積されていった時にようやく妥当な摺り合わせが行われるようになるのではと思います。

精神科の投薬問題に話を戻してみれば、何故そうした過剰(と世間から受け取られかねない)投薬が行われるのかと推察するならやはり一つの大きな要因として「そうしなければ世間が患者を受け入れないから」ということになるのだと思いますが、朝日を始め進歩的な各方面がかねて「日本の精神科病院は患者を閉じ込めっぱなしだ!海外では(以下略」と散々にバッシングしてきたわけです。
しかし実際には外に出そうにも社会にも家族にも受け入れられず引き取り手がいない、また有名ないわき病院事件のように外出した患者が殺人事件を起こした結果、遺族から外出許可を出した病院が訴えられた(地裁は賠償を認めず)といったことも起こるわけで、「病院の責任はどこにあるのか」「病院が責任を取るからこそ、精神病患者の社会復帰に、社会が信頼を置く」とまで言われればそれはよほど慎重に対応しなければと考えざるを得ないでしょう。
結局のところ統合失調症であって何が困るかと言えば社会性の有無と言う事が問われるわけですから、いくら医学的に「これは問題ない」と言っても社会が問題ないと認めなければ意味がないとも言え、案外精神科の側ではとっくに「世の中がそれでいいならこちらはいつでも」と待ち構えているのかも知れませんね。

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コメント

精神科の場合こういうリスクが怖いですよね。
こういうヤバ過ぎる人も応召義務で診察しなきゃいけないのかな?
最近病院で怒鳴ったり暴れたりするモンスターが増えてますが
そんな人達を排除する方法も必要かと

投稿: | 2013年8月23日 (金) 08時13分

社会がリスクを引き受けないから医師がやむなく引き受けているのに余計なことはするなと言われちゃ立つ瀬がなさすぎる。
宮下先生のご冥福をお祈りします。

投稿: ぽん太 | 2013年8月23日 (金) 08時40分

これ朝日の記事読んで勝手に薬やめた患者が暴れた可能性は?

投稿: | 2013年8月23日 (金) 09時18分

ソフトボール療法で有名になった先生ですね。薬に頼らず頑張ってた先生が刺殺されてしまったことが悲しいです。合掌…

投稿: こだま | 2013年8月23日 (金) 09時44分

医療の専門性と言うことを盾に「それは先生がオーケーを出してくれないと我々には何とも」と言われるケースは数多いですよね。
そして医学的にはオーケーと言ったら言ったで「それじゃ何かあった時にあんたが責任取れるのか」と言われてしまうのでは、専門家とは何なのかと疑問に感じても仕方がないところでしょう。
リスクを伴う事例は誰か特定個人ではなく組織として、さらには社会として対応するべきなのは当たり前だと思うのですが、個人の責任追及にばかり熱心で犯人捜しにしか興味のない日本社会の風潮では難しいのでしょうか。

投稿: 管理人nobu | 2013年8月23日 (金) 10時54分

町クリの精神科医の過剰投薬は異常。大うつ病や統合失調症ではない患者にも山盛り向精神薬を処方されます
特に新型の抗精神薬やSSRIとかを普通に社会で働いている人間にバンバン適応外処方している。
保険病名で統合失調症、うつ病の患者がここ数年で20倍くらい増えているのを厚労省は何とも思わないのか?
「うつかもしれない」→「受診しろ」→「投薬してもらえ」のコースで薬物中毒患者が大量生産される現実。
予約がとれないほど薬物中毒患者が殺到する精神科・心療内科の町クリ。この国は異常。
大手製薬会社の販売拡大戦略を黙認している責任は重い。

投稿: 逃散前科者 | 2013年8月23日 (金) 12時04分

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