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2013年8月 5日 (月)

社保改革国民会議報告書にさりげなく盛り込まれた医師再配置計画

参院選も終わり消費税増税がどうだ、改憲はどうなるんだと様々な政策課題の行方が注目されていますが、久しく以前からその抜本的改革が叫ばれながら一向に進んでこなかったのが社会保障制度改革の問題です。
先日社会保障制度改革国民会議が開かれ、これからは年齢ではなく能力に応じて社会保障の負担をしてもらうだとか、介護度の低い高齢者は介護保険の給付対象から外すといった提言がなされていましたが、これがなかなか大きな話題になっているようです。

高齢者、高所得者に負担増 各論部分で論議、大筋合意(2013年8月2日産経ニュース)

 政府の社会保障制度改革国民会議(会長・清家篤慶応義塾長)は2日、最終報告書案の各論部分を議論し、大筋で合意した。高齢者に新たな負担を求め、高所得者の負担を増やした。冒頭に少子化対策の改革案を示し、高齢者に偏る医療、介護、年金の各分野よりも現役世代の支援を重視する姿勢も打ち出した。国民会議は5日に報告書を正式決定し、安倍晋三首相に6日、提出する。

 報告書案では医療分野の高齢者の負担増について、現在は1割に据え置かれている70~74歳の医療費窓口負担を、新たに70歳になる人から段階的に本来の2割にすることを求めた。来年4月にも実施される。

 膨らむ75歳以上の高齢者医療向け支援金について、高収入の企業社員が加入する健康保険組合ほど負担を大きくする「総報酬割」を平成27年度から全面導入するよう提言した。浮く公費は国民健康保険の赤字の穴埋めに使い、国保の運営主体を市町村から都道府県へ移し運営強化を図る。

 高額医療の自己負担を低く抑える「高額療養費制度」限度額を所得に応じ、きめ細かく設定。負担は高所得者に増やし、低所得者には軽減するよう求めた。

 介護分野では、高所得者の自己負担を1割から引き上げる介護の必要度が低い「要支援」向けのサービスは保険適用から外し、段階的に市町村事業へ移行させる。

 年金分野では、支給開始年齢の引き上げについて「中長期的な課題」と位置付け、速やかに検討を開始するよう政府に求めた。

 少子化対策分野では、妊娠期から子育てを総合的に支援する拠点設置を提案した。具体的には待機児童対策や、育児休業中の経済的支援の在り方の検討を進めるべきだとした。

社会保障改革案 介護軽度者切り離し 「精神的孤立も」(2013年8月3日産経ニュース)

 政府の社会保障制度改革国民会議(会長・清家篤慶応義塾長)の最終報告書案が2日、おおむね了承された。高齢者にも所得に応じた応分の負担を求める一方、若い世代の負担を軽くしようとする姿勢も盛り込まれ、持続的な社会保障制度を目指す。子育て環境の整備などの少子化対策には歓迎の声が上がるが、高齢者からは医療や介護などの負担増加やサービス低下への不安の声も上がる。

 昼間なのにカーテンが閉め切られた東京都内の一戸建て。ヘルパーが訪ねると、女性(85)が「あなたの顔を見るとほっとする」と出迎えた。

 女性の要介護度は「要支援2」。腰椎すべり症で、室内でもつえが要る。かがむことができず、お風呂で体を洗えない。週2回、ヘルパーに掃除や洗濯、入浴を助けてもらっている。息子がいるが、ほとんど会話はない。ヘルパーは「私が行かなければ身の回りのことができなくなる。精神的にも孤立する」と話した。

 介護保険から外す方針が示されたのは、支援の必要度が最も軽い「要支援1」と「要支援2」。身の回りの世話は必要だが、ヘルパーの支援で1人暮らしをしながら症状を保っている人は多い。

 認知症患者300万人

 「認知症は、本人も家族も軽度や初期の時期が一番大変。しっかりケアすることが大事なのに」。「認知症の人と家族の会」(京都市)の高見国生代表理事はため息をつく。

 報告書案では、介護を必要とする度合いが低い人向けのサービスは、市町村が行う地域包括推進事業(仮称)に移行することが提言された。日常生活は送れる軽度な認知症患者は、介護保険の対象から外れる可能性が高い

 高見氏は「市町村にも熱心な担当者はいるが、一定の基準や制約なく介護保険から外すことは放任に等しい」と憤る。

 厚生労働省の推計では、認知症の患者は300万人を超える。「初期・軽度の人へのケア充実が、進行を防ぎ、費用の節約につながる」と高見氏は語る。

 一方で、介護予防の先進的な取り組みをしている自治体は意欲を示す

 埼玉県和光市では、歩行困難な高齢者の要介護認定を行う場合、原因まで分析し、改善を目指すきめ細かい計画を作っている。

 東(とう)内(ない)京一保健福祉部長は「軽度の認知症といっても十人十色。調理ができるのにヘルパーに調理を頼んでいたら、財源は尽きる。きめ細かい取り組みを全国でできれば効果的だ」と話す。
(略)

記事にもあるような調理の問題に関しては出来る、出来ないではなく例えば火の不始末の恐れがあるといったことの方が重要で、軽度認知症患者に対しては介護保険によって給付される介護サービスよりも何かが起こらないことをチェックする見守り等のサービス給付の方が重要なのですが、その気になれば現状でも自治体の裁量の範囲であっても可能なことはあるはずですよね。
また自治体内で財政的に定められた各介護度別の「定員枠」の中で認定作業が行われているような側面がありますから、早い者勝ちのように一部の方が過剰なサービスを享受する一方で一部の方は必要不可欠なサービスも受けられないということも起こりかねず、単純に症状のみならず家庭内状況等も勘案しての弾力的な運用が求められるところだと思います。
このあたりは田舎の小さな自治体で熱心な担当者と医師が協働しているような場所では実に有機的なサービス提供が行われていて感心するのですが、財政的には市町村よりは都道府県、さらには国がと大きなくくりの方が有利だとしても、実際のサービス提供主体はより小さなくくりで行った方が無駄を省くという点でも有利に思われます。

一部メディアは相変わらず「弱者の切り捨てだ」とか「高齢者に負担を強いる」とか報じていますけれども、基本的に若年現役世代がワープアだ、永年不況だと食うや食わずの生活を送っている時代に実際の資産や所得の状況も無視して「若いことそれ自体が罪」であるかのような一方的な負担の押しつけを続けることは、制度としての永続性を担保する上でもマイナス面の方がはるかに大きくなってきているということでしょう。
高齢者の医療費窓口負担1割という特権的優遇がいつまでたっても是正されずに来たことにも現れているように、選挙対策で先送りが延々と続けられてきたのであればこの機会にさっさと改めておくべきでしょうし、世間の注目が声の大きい人たちの多い高齢者問題に集まることは仕方のないところですけれども、今回の報告書ではその他の数々の問題に関しても言及されていることを見逃すわけにはいきませんよね。
医療の面に関しては病床数が多すぎる、病院間の機能分担が不明確といった既存の問題点が指摘されるなど色々と勉強しているなと言う提言が並んでいますけれども、その中でもこうした文脈が提言の柱の一つとして記載されていることには注目すべきでしょうか。

医療・介護分野の改革各論案(厚労省資料)より抜粋

(略)
(1)改革が求められる背景
社会システムには慣性の力が働く。日本の医療システムも例外ではなく、四半世紀以上も改革が求められているにもかかわらず、20 世紀半ば過ぎに完成した医療システムが、日本ではなお支配的なままである。
(略)
1970 年代、1980 年代を迎えた欧州のいくつかの国では、主たる患者が高齢者になってもなお医療が「病院完結型」であったことから、医療ニーズと提供体制の間に大きなミスマッチのあることが認識されていた。そしてその後、病院病床数を削減する方向に向かい、医療と介護がQOLの維持改善という同じ目標を掲げた医療福祉システムの構築に進んでいった。
(中略)
日本では、(中略)医療計画も病床過剰地域での病床の増加を抑えることはできても適正数まで減らすことはできない状況が続いている。 (中略)人口当たりの病床数は諸外国と比べて多いものの、急性期・回復期・慢性期といった病床の機能分担は不明確であり、さらに、医療現場の人員配置は手薄であり、病床当たりの医師・看護職員数が国際標準よりも少なく過剰労働が常態化していること、この現実が、医療事故のリスクを高め、一人一人の患者への十分な対応を阻んでいることが指摘されていた。
救急医、専門医、かかりつけ医(診療所の医師)等々それぞれの努力にもかかわらず、結果として提供されている医療の総体が不十分・非効率なものになっているという典型的な合成の誤謬ともいうべき問題が指摘されていたのであり、問題の根は個々のサービス提供者にあるのではない以上、ミクロの議論を積み上げるのでは対応できず、システムの変革そのもの、具体的には「選択と集中」による提供体制の「構造的な改革」が必要となる。要するに、今のシステムのままで当事者皆で努力し続けても抱える問題を克服することは難しく、提供体制の構造的な改革を行うことによってはじめて、努力しただけ皆が報われ幸福になれるシステムを構築することができるのである。
(中略)
(2)医療問題の日本的特徴
日本の医療政策の難しさは、これが西欧や北欧のように国立や自治体立の病院等(公的所有)が中心であるのとは異なり、医師が医療法人を設立し、病院等を民間資本で経営するという形(私的所有)で整備されてきた歴史的経緯から生まれている。公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。(中略)ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである。
しかしながら、高齢化の進展により更に変化する医療ニーズと医療提供体制のミスマッチを解消することができれば、同じ負担の水準であっても、現在の医療とは異なる質の高いサービスを効率的に提供できることになる。(中略)医療政策に対して国の力がさほど強くない日本の状況を鑑み、データの可視化を通じた客観的データに基づく政策、つまりは、医療消費の格差を招来する市場の力でもなく、提供体制側の創意工夫を阻害するおそれがある政府の力でもないものとして、データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立を要請する声が上がっていることにも留意せねばならない。そして、そうしたシステムの下では、医療専門職集団の自己規律も、社会から一層強く求められることは言うまでもない。
(中略)
(3)改革の方向性
(中略)
その上で求められる医療と介護の一体的な改革は、次のようにまとめられよう。
すなわち、日本は諸外国に比べても人口当たり病床数が多い一方で病床当たり職員数が少ないことが、密度の低い医療ひいては世界的に見ても長い入院期間をもたらしている。(中略)そこで、急性期から亜急性期、回復期等まで、患者が状態に見合った病床でその状態にふさわしい医療を受けることができるよう、急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実させていく必要がある。(中略)
その際、適切な場で適切な医療を提供できる人材が確保できるよう、職能団体が中心となって、計画的に養成・研修することを考えていくことも重要である

この「職能団体が中心になって」云々という話に関して、国立長寿医療研究センター総長の大島伸一委員が「職能団体には責務があると言い切ってほしい」と要望し「できないなら、医師の適正な分野別の養成・配置を国の責任で、ある程度強制化せざるを得ない」と言い切ったといった報道もあるようですが、実のところ報道各社はほとんどこの提言には注目していないようです。
「職能団体の責務」などと言うことを言い出せばまたぞろ日医あたりがしゃしゃり出てきて若手会員を人身御供に差し出しますので好きにお使いください、いっそ全医師を日医強制加入ということにしていただければ全て良いように采配いたしますが何か?などと言い出しかねませんし、実際にいわゆる新専門医認定制度に日医を噛ませろなどと言う妄言を聞いていればその方向ですでに動き出しているとも受け取れます。
ただこうした話を聞けば「なに医師の計画的配置?とうとう万年医師不足の田舎病院にも医師が送り込まれるようになるのか!」と喜びたく(あるいは憤慨したく)なる人々もいるかと思いますが、ここで言われているのは医師をはじめとする医療資源集約化という命題実現のための医師の計画的(あるいは強制)配置であるということには注意が必要ですね。

医師強制配置計画と言えば一昔前には国家権力によって特に医師不足の地域に医師を派遣するという「白い巨塔」の復権の如きイメージで語られていましたが、昨今ではもう少しスマートに研修や資格取得等と絡めて「何この資格が欲しい?それならこういう手順を踏んでね」とあくまで自主的、主体的に医師の移動を促すという手法にシフトしてきているようです。
そしてその方向性の延長上にあるのがかねて厚労省が悲願としてきた医師集約化ということになりますが、この話はむしろ医療需要の少ない病院から医師を引き抜いて基幹病院に集めましょうという医療提供効率向上のための方法論を示したもので、「近所の町立病院でも偉い専門医の先生に診てもらいたい」と言った地方住民のニーズとはおよそ真逆と言ってもいいものですよね。
無論、例えば内科系専門医取得の条件として基幹病院における奴隷労働とセットで、田舎病院に一定期間出向しての全人的医療への習熟云々が求められるようになる可能性はあるにせよ、職業人としての自由が侵害されると医師達が騒ぐのを「医者ざまあw」などと他人事のように喜んでいると、実は一番大きな影響を受けるのは自分達だった、などということも十分あり得そうな話です。

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コメント

この政府のやろうとしていることは、以前のメジャー医局がやっていたことと同じに思えます。
先祖返りみたいな話ですね。

投稿: 地方医 | 2013年8月 5日 (月) 08時53分

けっきょく医師統制をしたいのだったら白い巨塔を潰さないほうがよかったってことですね。
いまさら医局のかわりに医師会じゃ誰もよろこばないでしょうに。
それにしても提供の効率化っていっても母体もなにも違う病院全部そう簡単に整理できますか?
今度は施設統廃合に関連してなにか点数つけるんですかね?

投稿: ぽん太 | 2013年8月 5日 (月) 08時56分

でもこれからは選定療養拡張して大病院に勝手に行かないようにさせるとか。
中小病院潰しちゃったらクリニックで紹介状だけ書いてもらってそのまま大病院直行?
ERとは言わないまでも外来診療に特化した総合診療施設が欲しいな。

投稿: ken | 2013年8月 5日 (月) 09時25分

これは医療機関の統廃合も一緒に進める気なんですかね?
日医幹部経営の病院が潰れてくれればメシウマなんですがw

新専門医という飴で医師の配置を誘導するというと大学医局はますます弱体化しそう
マイナー科なんかは専門医取得のための入局が殆どだったのでお寒くなりそうです

投稿: | 2013年8月 5日 (月) 09時27分

初診を近医でって簡単に言いますけど、今じゃ初診こそ地雷踏むリスクが高いんですが。
とくに救急はちゃんと診断できるとこでないと受けられないじゃないですか。
各医療圏に夜間だけでもER型の救急受け入れ施設をつくって、問題なければそこから逆紹介すべきでしょ。

投稿: 田舎者の星 | 2013年8月 5日 (月) 10時24分

>その際、適切な場で適切な医療を提供できる人材が確保できるよう、職能団体が中心となって、計画的に養成・研修することを考えていくことも重要である。

日医に計画性ってwそんなものがあったらあんなになってないんですけどwww

投稿: aaa | 2013年8月 5日 (月) 10時28分

今回は医療側の自己規律ということがかなり強く言われていたという報道があります。
しかし現実的に日医が職能団体か?と言われれば全くそんな機能を発揮しているとは言えず、この部分に関してはむしろ各専門領域の学会が該当するのではないでしょうか。
今まで学会が医師配置等に関与するということがありませんでしたが、今後は施設認定等で主体性を発揮するよう求められていくのでしょうか。

投稿: 管理人nobu | 2013年8月 5日 (月) 12時21分

これあちていにいって弱小病院切り捨てですよね
それを医者が主体的にやれって言ってる
お前らが悪者になれってことですね

投稿: amon | 2013年8月 5日 (月) 14時56分

まったく報道されないのが不気味

投稿: | 2013年8月 5日 (月) 17時47分

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