« 進む不妊治療関連の議論 各々重視すべきものは何か | トップページ | 正しくない医療が蔓延している? 朝日の一連の報道に絡めて »

2013年8月27日 (火)

介護も「フリーアクセス制限」による給付抑制へ?

本日の本題に入る前に、医師であり作家である米山公啓氏が先日こういうインタビュー記事に出ていたのですが、いざと言うときには素人には何も決められないことが多いから普段から話し合ってどうするか決めておけというのは全くその通りだと思うのですが、その記事の中にこんな記述がありました。

親を幸せに死なせるために、今考えておくべきこと(2013年8月12日日経ビジネス)より抜粋
(略)

米山:僕の母親の「死なせかた」を考えてみると、当時はまだ介護保険制度はなかった。自宅で、父と僕で最期まで看取るつもりだったけど、2人とも現役の医師だったのでなかなか大変で、最終的には病院に入れました。もう少し、あと2、3週間家で看ていればそのまま看取れたのに、鼻に管を入れられて動けないままの9カ月間はかわいそうだったし、きっと母も望まなかっただろうと。それを悔やんでいます。

 父の場合は肺にリンパ腫がありましたが、ぎりぎりまで自宅で普通の生活をさせて、最期に病院に入院して3日で亡くなりました。病院とは事前に何度も話し合いをして、治療は一切しない、血圧上げたり人工呼吸器つけたりもしないと決めていた。何もしないというのもなかなか難しいんですが。それで父は、人間として尊厳を保った死に方というのかな、そういう最期だったので父については悔いがないんです。
(略)
 海外で寝たきりの老人がいないというのは、介護が手厚いとかいう以前に、口から食べられなくなったら治療しないということも大きいと思います。

 先日、僕の患者さんと話していたら「2年間で親を死なせてくれる病院がいい病院だ」と言うんです。親御さんを今、有名なとてもいい病院に入れているんだけど、最終的にどのくらいお金がかかるのか分からないので経済的なことがすごく不安だと。例えば2年間と限定されていたら、家族は親のことを考えていろいろなことをしながら過ごせる。もちろんそんな病院はないんだけど。どこまで続くか分からないというのが経済的、肉体的に最大の不安なんですね。

 だから家族側は、病院側と何度も話し合いを持って、共通の認識を持っておくべきなんです。
(略)
米山:うちの親父なんか、最後に入院する時に遺言書を書いたか確認したら書いてないと言うので、びっくりして、入院する日に簡単な遺言書を書かせて、入院して状態が安定してから病院に司法書士を呼んで正式な遺言書を書かせた。

 そこまではなかなかできないかもしれないけど、そういう話をできるぐらいの親子のコミュニケーションが必要じゃないでしょうか。金の話はしづらいとか何とか、そういうのを突破してこそ、安らかな死を迎えられるんじゃないかと。
(略)

人生の最後をどうすべきかと言うことは永遠のテーマですが、高齢者の場合特徴的なのは多くの場合徐々に衰弱が進んでいく中である程度の時間的余裕があって、自分の人生観に基づいた意志決定が出来るということにあると思いますから、どうせなら人生の最後も自分で好きなようにやってもらうよう手配しておくというのも良いことだと思います。
ただ自分が望んだ結末と家族が望む結末とが必ずしもイコールでないのは言うまでもないことで、田舎などでありがちなのがご本人は長年世話になってきたかかりつけの先生に看取ってもらいたいと考えているのに、ご家族の方で「あんな小さな診療所では外聞が悪い」と街の基幹病院に送り込んでしまうといったケースで、必ずしもご本人の希望通りにいく訳ではないということはままあるわけですね。
医療の側でも多忙な基幹病院で看取り症例まで引き受けていたのでは医療リソース不足がますます深刻化しますから、昨今では昔のように最後は取りあえず濃厚治療をやって終わるというケースは減ってきていると思いますが、より以上に深刻なのが国や自治体といった医療費の多くを負担している側の事情で、昨今では医療でも介護でも個々の状態に応じた最適の(あるいは最低限の)給付をと言う考え方が推し進められています。
最近その導入がささやかれているフリーアクセス制限論などもその一環として理解出来そうですが、利用者の希望によってサービス内容を決めるのではなく客観的状況を指標としてサービス内容を決めていく考え方が同じく見られる話として、先日各紙でも報道されていたこんなニュースがありますね。

特養「要介護3」から 厚労省 入所基準を厳格化へ(2013年8月26日産経ニュース)

 厚生労働省は25日、特別養護老人ホームの入所基準を厳しくする方針を固めた。入所できるのは原則として、手厚い介護が必要で自宅では負担が重い「要介護3」以上の高齢者からとする方向だ。要介護度の低い人は在宅へ、という流れを進め、制度維持のため給付費を抑制するのが狙い。介護保険法を改正、平成27年度からの実施を目指す。

 28日に再開する社会保障審議会の介護保険部会で議論を本格化させる。

 社会保障制度改革国民会議の報告書は、特養の入所者について「中重度者に重点化」と明記。改革の工程を示すプログラム法案の骨子でも、26年の通常国会に介護保険法改正案を提出し、27年度をめどに実施していくとした。

 厚労省は報告書を踏まえ、特養に入所できる高齢者を要介護3以上の中重度者とし、比較的軽度の要介護1、2の高齢者は新規入所を制限する。

 要介護1、2の高齢者が特養を利用する理由として「介護者不在、介護困難、住居問題」が大きいとする調査結果もある。このため厚労省は自宅がない要介護1、2の高齢者向けには空き家などを活用して住まいを確保、買い物や食事などの生活支援も合わせて行う仕組み作りを進める

 厚労省によると、25年4月審査分の1人当たりの介護サービス費用は、在宅が約12万円に対し特養の利用者は約28万円

 23年度の特養の新規入所者14万人中、要介護3~5が約12万人と9割近くで、要介護1、2は1万6千人だった。

もともと平成14年の省令改正で入所の必要性が高い人から入れるということになっていますから実際どれだけの影響があるのかと思うのですが、平成19年に東京都が調べたデータでは特養入所者で要介護度2以下の割合としては12%ほどと、1/3ほどを占めている老健などに比べればさすがに低くなっています。
国や自治体にすれば医療や介護で手厚いサービスを提供する重症者向け施設ほど多くの出費がかさむ訳ですから当然軽症者に入って欲しくないのは当然なのですが、制度上は重症者向け施設ほど手厚い補助がなされていることもあって自己負担が低くなっていますから、安い上に手厚いサービスも期待出来るとなればそれは誰だってそちらを選びたくなりますよね。
実際各地で特養入所希望者が殺到し自治体財政も悲鳴を上げている状況でニーズ抑制策が求められているところですが、国も施設入居者への食費等ホテルコスト補助見直しの方針を固めたという報道が先日出ていて、仮に現時点での収入が少なくとも資産がある程度あれば給付対象から外し、場合によっては土地などを担保に貸し付けて死後に精算するといったやり方も検討するということです。
そもそも若年者の場合と違って基本的に状況が改善していくということのない慢性期の高齢者に対して重症者ほど安くなるという価格体系が正しいのかどうかで、日本では年寄りは病院に放り込んでいくのが一番安上がりなどと言われてきたことが日本独自の歪な高齢者分布を招いたことは確かですし、利用者相互の不公平是正のためにも少なくともサービス内容と価格との逆転が生じない料金体系にはすべきでしょうね。

ただここで注目したいのは特養から軽症者を追い出すことの是非はともかくとしても、その追い出し先として老健等の軽症者向けの入居サービスではなく自宅へ帰せと言っていることで、想像するに先日も出ました身体的には元気な認知症老人をどうするかだとか地域包括ケアシステムだといった話と同様に、高齢者は可能な限り高価な入所サービスから安い居宅サービスへと動かしていくという国の大方針に則った話なのでしょう。
施設入所と在宅サービスとではコストが全く異なりますから国や自治体としてはそう考えるのは当然ですが、例えば在宅介護のために息子が離職して面倒をみると言うことになれば息子の収入が無くなる訳ですから経済活動としても税収上もマイナスにカウントしなければならず、トータルで見て果たしてどちらが得なのかということは未だはっきりした比較を知りません。
また作業の効率ということを考えても元気な高齢者の介護はほとんどの時間が見守りを要するというだけなのですから、老人一人に介護者一人がついて自宅に閉じこもっているよりは大勢を一カ所に集めて専任スタッフがまとめて面倒を見た方がずっと効率的であるのは当然なのですが、こうした効率性の低下とホテルコストの削減とどちらが得かということも検証してみる必要がありそうですね。
前向きに考えれば在宅サービスをどんどん充実させて大きな産業としていければ経済成長にも貢献出来るし、特に地場産業の乏しい地方での有望な雇用先にもなり得る理屈ですが、実際には未だ3Kだ、4Kだと低賃金で過酷な職場に人が集まってこないのですから、まずはこうした待遇改善を先行させ産業としてきちんと成立するものにしていくのが大前提ですが、そちらは一向に話が進んでいないらしいのが気がかりです。

そしてもう一点、自宅介護ということになると「何かあったときにどうしていいのか判らない」といった理由で「うちでは無理だ」と考えてしまう人も多いでしょうが、軽症者の場合基本的にはすぐに命に関わるような状態ではないわけですから、何かあった時には一般の急変と同じで直ちに医療機関を受診する、あるいはそうではなくとも連絡し相談するということでいいと思います。
何らかの慢性疾患を持っていてかかりつけがある場合ならいいのですが、よく問題になるのが生来健康で病院にかかったこともなく元気に過ごしていた高齢者が急にどうにかなった場合の受け入れ問題で、やはりある程度の年齢がいっていると元気だとは言っても何があるかは判らないのですからきちんとかかりつけ医は確保しておく必要があるでしょうね。
国の方針としてはこうした日常ケアを担当する総合医というものを育成し、基幹病院に専門医を集約することと対の関係で医療を再編していくということのようですが、医師一人の開業医となれば常時誰かが当直をしている病院と違って24時間365日応需という訳にもいかず、特に休日夜間などでかかりつけ医と連絡出来ない際に受け入れ先も見つからないというケースが未だに少なからずありますよね。
平成22年に病診再診料統一と並んで導入されひと頃は大きな話題になった開業医による24時間対応への加算の話なども最近ではとんと聞かなくなりましたが、いつまで介護がいるか判らないがとにかく施設からは出て行け、さっさと家に帰れと圧力をかけるだけでは単なる家庭や地域への負担の押しつけと言うことに過ぎず、家族にしても終わりの見えない介護への精神的重圧感は大きいでしょう。
むしろ終末期に医療資源の多くが浪費され過ぎている!と言う主張は以前から盛んに行われているのですから、まだまだ元気なうちは介護施設でお友達と仲良く過ごしていただいて介護効率を追求し、いよいよ終末期になった時点でご自宅に戻り畳の上で看取るくらいの逆転の発想もあってもいいと思いますが、試しにどなたか在宅看取りサービスのようなものを立ち上げてみる気はありませんかね?

|

« 進む不妊治療関連の議論 各々重視すべきものは何か | トップページ | 正しくない医療が蔓延している? 朝日の一連の報道に絡めて »

心と体」カテゴリの記事

コメント

てか要介護1で特養入ってる人がいるってことに驚きますけど。
今のところは入所希望者が行列待ちしてるのでたいして影響ないんでしょうね。
でもいずれは増やしてしまった特養を埋めるために軽症老人も入所させようって言いそうな?

投稿: ぽん太 | 2013年8月27日 (火) 09時15分

最近は「体はしっかり動くが長谷川式が一桁」の認知症の方も寝たきりの方並に高い介護度が出ることが多くなっているため、施設には入れやすくなっている印象です。認知症グループホームも多くなっており、最近はむしろ寝たきりの方の入所先を探すのが面倒と感じます。

投稿: クマ | 2013年8月27日 (火) 09時55分

送り出すべき人をさっさと送り出していけば入所待機も速攻解消w

投稿: aaa | 2013年8月27日 (火) 10時12分

どのような患者が受け入れやすいかは施設毎の判断で、地域によっても多少傾向が違うように感じています。
元気な認知症患者なんて怪我が怖いだけだ、じっと寝たきりでぴくりとも動かない人がいいという施設もありますし、逆に基礎疾患が色々あるような人はうちでは無理ですと言われる場合もありますしね。
ある程度選択枝があって地域内全体では需給バランスが平均化されていればいいんですが、施設数が少ない地域ですとどうしてもミスマッチが増えてきますから、その辺りをうまくまわすのがMSWの腕の見せ所でしょうか。
ひとたび入居させた人であっても状態に応じて施設間をどんどん動かせればいいんでしょうが、法人間の壁や入居費用をどうするかといったハードルも高いですからね…

投稿: 管理人nobu | 2013年8月27日 (火) 12時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/58069058

この記事へのトラックバック一覧です: 介護も「フリーアクセス制限」による給付抑制へ?:

« 進む不妊治療関連の議論 各々重視すべきものは何か | トップページ | 正しくない医療が蔓延している? 朝日の一連の報道に絡めて »