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2013年6月 5日 (水)

事故調議論の影で放置され続ける本当のリスク

保険会社のアドバイザーとして働く内科医の長野展久氏が、医療事故に関わった数多の経験からこういうことを書いていますけれどもご覧になりましたでしょうか。

医療事故のケースファイルから得られる教訓 「明日はわが身」というワクチン効果(2013年6月3日医学書院)より抜粋

 病気の診断や治療を通じて安全で安心な医療の担い手となる,それが私たち医師に期待される使命です。日本人の三大死因であるがんや心疾患,脳血管疾患をはじめとして,病気の軽重や難治度にかかわらず,思いやりのある優しい気持ちで診療に臨み,患者さんが病(やまい)を克服することができればベストでしょう。

 その一方で,どんなに医療技術が進歩しても,私たちの前には「不確実な医療」という現実が立ちはだかっています。最新の医学データを駆使して最適な医療を提供することはできても,その結果までは保証し切れません。もし期待外れな医療と向き合ったとき,患者さんはどのような気持ちになるのでしょうか。悲しみや怒り,抑うつやあきらめなど,さまざまな感情が錯綜して,場合によっては責任の所在を「白黒はっきりさせる」行動へと踏み切ります。

 これまで私は損害保険会社のアドバイザーとして,数多くの医療事故を見聞きしてきました。1990年代までは本当に患者さんが気の毒に思えるような医療事故も散見されましたが,患者取り違え事件(横浜市大)や消毒薬誤注射事件(都立広尾病院)などが相次いだ1999年以降,どの施設でも医療安全対策が優先課題となり,ヒヤリ・ハットの報告書が次々と上がるようになりました。そして電子カルテの普及や医療機器の開発により,薬剤の処方間違いや与薬ミス,経口薬や消毒薬の誤注射といった事例は激減し,「うっかり型」あるいは「能力欠落型」の医療事故は少なくなったように思います。

 しかし,こうして病院全体で医療事故を防ぐ「システム」が充実してきた一方,"To err is human"という医療安全の定型句が示すように「ヒト」の間違いをゼロにすることはできません。ましてや医療ミスとまではいかなくても,ちょっとした行き違いや説明不足,頑張ったつもりでも結果的には対応が遅れたといった,まさに不運としかいいようのない「不可抗力型」の医療事故は,日常診療でも頻繁に発生しています。その多くは真摯な対応で円満に解決するのですが,患者さんやそのご家族が納得できないと,やがて億単位の賠償金請求へ……とエスカレートする可能性を秘めています
(略)
医療事故の舞台裏を知ること

 医療事故を経験した医師の多くは,まさか自分が医療事故に巻き込まれるとは思いもしなかった,という正直な感想をもっています。ひとたび紛争へ発展すると,患者さんやそのご家族から罵詈雑言を浴びることもしばしばで,病院のなかでも孤立し,やがて抑うつ状態となって診療すらできなくなる,という深刻なケースもありました。

 ではどうすれば医療事故を未然に防ぐことができるのか? その手掛かりとして,過去の医療事故を「ワクチン」と考えてはいかがでしょうか。われわれの先輩・同僚たちがこれまでに遭遇した医療事故を「疑似体験」し,どのような場面で事故が発生し,どういうやりとりを経て解決へと至ったのか,その舞台裏までのぞいてみるのです。

 過去の医療事故は決して他人事ではなく,「明日はわが身」の"自分ごと"です。大動脈解離を見逃した症例を「知る」ことにより,胸痛患者の診断力が向上しますし,酩酊患者の神経疾患を診断できなかった症例を「聞く」ことが,診察時のバイアスを排除する有効な手段となるでしょう。私自身も普段の外来診察で,これまで見聞きした医療事故をいろいろな場面で思い出し,患者さんが納得できる医療となるように「説明」,「カルテ記載」することを心掛けています

 このように過去の医療事故を「ワクチン」として接種することが,将来遭遇するかもしれない医療事故への高い免疫力となります。その結果,間違いをゼロとは言わずとも,可能な限り減らすことに結び付き,患者・医師双方にとって望ましい医療につながる。私はそう考えています。

もちろんおっしゃる通り症例検討と同様に医療訴訟もまた医師として当たり前に過去の事例を参照し学習すべき基礎的知識のひとつではあるのですが、個人的に思うことには現代の日本の医療環境で過去の医学的・司法的教訓を十分に活かそうとすれば欧米先進国の2~3倍というあまりに多すぎる患者数を妥当な水準まで制限するということが欠かせないと思います。
暇な時間帯に現れた患者に十分な対応が出来ないというのであれば単に能力あるいは意志の欠如と批判されても仕方ないかも知れませんが、患者が行列を為して待っている中でどれかは地雷症例であるかも知れない、しかしそれを迅速確実に診断するリソースも時間も不足しているという状況で、何とかそこそこの折り合いをつけることを強要されているのが日本の医師であるということですよね。
そうであるならばそうした労働環境に医師を置くことを強いている組織として医師個人を守るという姿勢が欠かせませんが、外科学会の調査でも外科医の4人に3人が当直明けに手術に参加し、20%の医師が手術の質の低下を感じているなどという状況ですから、それは当事者自身が「手術の質が低下する」「医療事故につながる恐れを感じる」というのも当然というものでしょう。
先日は医療事故調の大きな枠組みがようやく決まったと言いながら医療側、司法側そして患者側といった関係各方面いずれもが不満を感じているようですが、そんなことを急ぐくらいならさっさと医師の勤務状況を改善した方がよほど医療安全に寄与するのではという声が出てくるのも仕方がないところかと思います。

Vol.129 事故原因調査は科学者の仕事、事故発生予防こそ行政の仕事(2013年5月29日医療ガバナンス学会)

~厚労省は、拙速な医療事故調設立よりも、医師の勤務時間規制を急ぐべきである~

一般社団法人全国医師連盟会員
医療法人社団凰林会 四街道さくら病院 医員
内科医 元岡 和彦
2013年5月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

厚労省が医療事故案をとりまとめようとされているらしい。最終案の内容が不明であるが、報道されている情報を見る限り、私は、現段階でのとりまとめに反対 である。WHOガイドラインに反すること、また、本来は医療分野だけで無く一般的な業務上過失致死傷罪についての検討と併せて議論すべきであることなど は、他に多くから指摘されている(参考1、2)ことであるから、今回はそれは省く。
(略)
1.事故調論議について、現場の医師に伝わる体制になっていない。

日本医師会は全ての医師が所属する組織では無く、また、私が昨年の春まで日本医師会員であったときの経験からして、医師会員ですら事故調論議について充分な情報提供を受けているとは思えない。
厚労省は、インフルエンザをはじめとする感染症情報、薬剤副作用情報などについては、希望する医師に適宜こまめにメールなどで情報提供してくださっているが、事故調論議についてはそのような仕組みは無い。
現場の医師、特に急性期病院で働く医師ならば、所属学会からの主な情報には目を通していると思われるが、例えば外科学会が厚労省に医療事故調について要望を出した(
http://www.m3.com/iryoIshin/article/172003/)ことを、外科学会員のどれだけが知っているのだろうか?。
私は、自身が所属する日本内科学会・日本循環器学会のホームページを読み直してみたが、厚労省からの事故調論議についての情報は見当たらなかった。

2. 事故原因調査は科学者の仕事である。かつての原子力安全・保安院のように、医療安全の確保の全てについて責任を持つような組織を、ひとつの省だけでつくれるとは思えない。

広範な医学者・臨床医・周辺分野の科学者の協力を得た原因調査の自主的な仕組み・組織が様々につくられ、また、医師の自律的機関の創設もされることで、再発予防に役立つ原因調査が進むと考える。

3. 外科医の4人に3人が病院に泊まり込む当直明けの日に手術に参加し、このうちのおよそ20%の医師が手術の質の低下を感じているという日本外科学会の調査 結果が発表された(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130526/k10014853561000.html)。

国連は、長時間労働などが原因の過労死・過労自殺について日本政府に「懸念」を示した上で、立法措置を含む新たな対策を講じるよう勧告した (http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/130523 /wec13052313100003-n1.htm)。
国土交通省は、長時間の就労について、労基法とは別に、基準を定めたりマニュアルをつくったり、安全上支障のある事態についての注意を行っている(参考3、4、5、6)。
厚労省は、何故、医師の長時間勤務についての規制を行わないのだろうか?。
医療事故発生予防について、まず取り組むべきはこちらであると考える。
(略)

今さら「日本の医療現場は医療従事者の聖職者さながらの自己犠牲によって成立している」などというご大層な言葉を引用するまでもなく、いつでもどこでもご自由に病院にいらしてください、軽い症状のように見えても実は重い病気が隠されているかも知れませんよ、などと日医が揉み手で営業活動をしていたような時代はすでに過去のものであって、今や増え続ける医療需要とどう折り合いをつけるかが問われる時代です。
誰だって徹夜仕事をした担当医に一世一代の大手術をやってもらいたくないと思うのですから、それならば医療事故リスク低減にしろ顧客満足度向上にしろ大いに寄与する医療従事者の労働環境こそ最優先で改善すべきだし、経営者にそれが出来ないのであれば法的に何とかしましょうねというのが一般的な社会の流れであるのに、一人もっとも人の生死に深く関わる医療業界だけが蚊帳の外というのもおかしな話ですよね。
当事者である医療関係者側にももちろん問題はあって、苦労自慢の奴隷根性が未だに一定の支持を集めているというのはそこにどれだけのエヴィデンスがあるのかという話ですし、経営者側の立場にある日病協なども「医療クラーク加算の拡大を」などとぬるいことを言っていないで、過酷な違法労働を強いる施設には自主的にペナルティーを課しますくらいのことは言うべきでしょう。
いくら事故調で教訓を拾い上げたところで、それを実行に移せる環境にないのであれば絵に描いた餅どころか、「すでに事故調ではこういう結論が出ているのに何も改善されていないとは何事か!」といたずらに現場の訴訟リスクを増やすだけになってしまうかも知れないということを、当事者である医師自身がもう少し深刻に考えるべきではないでしょうか。

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コメント

事故調の記事をみてて違和感を感じるのは「医療への信頼を取り戻すために」って言い方ですね。
だって多くの臨床医が医療なんて信頼されなくて患者が来なくなる方が楽になるって思ってるんですから。
そういうふうに思わせてしまう医療現場ってやっぱり異常なんでしょうね。

投稿: ぽん太 | 2013年6月 5日 (水) 09時08分

>当事者である医師自身がもう少し深刻に考えるべきではないでしょうか。

つまり今時ブラック病院に勤めちゃうような奴隷情弱変態医師は全患者及び全労働者及び全人類の敵だから縛り首にするんですねとてもよく分かりますw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2013年6月 5日 (水) 09時48分

けっきょく「嫌なら辞めろ」でFAということw
かわりがいるかどうかは経営者が考えることで知ったことではないww

投稿: aaa | 2013年6月 5日 (水) 10時31分

モラール(士気)の低下がモラル(道徳性)の低下に結びついていることが明らかなのですから、それでは何がモラールを引き下げているのか、それを改善するのにどうすべきかを考えるのが当たり前だと思います。
ところが何故かど真ん中を外して重箱のコーナーばかりを丁寧に突く投球を続けているからボール先行でカウントが悪くなってしまうんじゃないですかね。
法律くらいきちんと守ってくれと、今医師が要求すべきことはそこに集約されるし、今後次第にに医師数が増えて何となく現場の多忙感が解消されていったのでは二度とこんな好機は訪れないかも知れないですよ。

投稿: 管理人nobu | 2013年6月 5日 (水) 11時07分

夜遅くコンビニでさみしく晩飯を買いながら、ふと目にしたアルバイト店員募集のポスター・・・・
疲れ切った頭で計算してみたら当時の時給よりもコンビニバイトの方が割がよくてますます落ち込んだなあ・・・・
昔と比べたら今の若い先生はめぐまれてるほうじゃないかなあ・・・・

投稿: おやじのひとりごと | 2013年6月 5日 (水) 12時04分

不可抗力型の医療事故、特に高齢者や多重合併症などハイリスク患者のオペとか侵襲的治療はミスでなくても死亡する可能性あり
医療事故調というのは「結果が悪い(死亡)=病院と現場の医者の責任を追及しろ!真実を暴け!」と煽るだけの組織なのでしょうか? 君子危うきに近寄らずで、最初からハイリスク患者には手を出さないのが賢明でしょうね。
こんなこと繰り返してたら、そのうち外科医は次々とメスを捨て、病院から逃散するのは間違いない。
理不尽な責任追及を喰らうリスク環境などやってられないでしょう。優秀でまともな医者なら日本を捨てて海外でやるはず。

投稿: 逃散前科者 | 2013年6月 5日 (水) 16時56分

この人って雇用のプロだから下手したら厚生労働省の仕事するんじゃない?

自民党公認で参院選に出馬する予定の渡辺美樹・ワタミ会長が、「365日24時間死ぬまで働け」、
「出来ないと言わない」などと社員に呼びかけていることが週刊文春が入手したワタミの
社内冊子からわかった。『理念集』と名付けられた冊子は、ワタミグループ全社員に配布され、
渡辺氏が著書で「ワタミの仕事すべてに直結し、根底で支えている思想の原点」、「この理念集を
否定したときは、君たちにこの会社を去ってもらう」としている重要文書だ。

また、入社内定者に配布される人材開発部作成の『質疑応答』では、勤務時間について、
『「仕事は、成し遂げるもの」と思うならば、「勤務時間そのもの」に捉われることなく仕事を
します。なぜなら、「成し遂げる」ことが「仕事の終わり」であり「所定時間働く」ことが
「仕事の終わり」ではないから』と記載されている。

ワタミでは2008年に入社3カ月の女性社員が1カ月141時間の時間外労働で抑うつ症状となり、
飛び降り自殺。昨年2月に、過労による自殺として労災認定されている。

▽週刊文春
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/2761

投稿: 怖い | 2013年6月 6日 (木) 22時48分

「自立支援」は、生活保護費削減の切り札か? 貧困の拡大を助長しかねない「困窮者自立支援法案」を検証

 2013年5月24日、衆議院では、「生活保護法改正案」「子どもの貧困対策法案」と同時に、「生活困窮者自立支援法案」に関する審議が開始された。
 これら3つの法案は、6月4日、衆議院で可決された。
 参議院でも可決されれば、今国会で成立することになる。
 今回は「生活困窮者自立支援法案」について、内容と実効性を検証する。
 この法案は、「自立支援」という名称から思い浮かべられるイメージどおりの内容だろうか?

(中略)

・生活困窮者自立相談支援事業
 「就労の支援その他の自立に関する問題について、相談に応じ、必要な情報の提供と助言を行う事業」「認定生活困窮者就労訓練事業のあっせんを行う事業(*)」
 「厚生労働省令で定められる自立促進が行われるよう援助する事業」が含まれている。

(*)で示した内容については、3月11日に開催された厚生労働省の「社会・援護局関連主管課長会議」資料に詳細が示されている。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/topics/dl/tp130315-01-05.pdf

 「認定生活困窮者就労訓練事業」とは、就労・職業訓練の場を提供する事業である。
 主に、最低賃金に満たない賃金で、とにもかくにも就労機会を提供する「中間的就労」が想定されている。
 厚労省が公開している資料の数々を読むと、この「中間的就労」の導入に非常な熱意が感じられる。
(以下略)
http://diamond.jp/articles/-/37059?page=2
http://i.imgur.com/ZwjG5nR.jpg
http://i.imgur.com/fx2F1oc.jpg ←賃金ではなく働くことそのものを目的に「有償ボランティア」として働き、いつかは最低賃金に~
http://i.imgur.com/yEK7cnY.jpg ←農家、介護への就労に言及
http://i.imgur.com/m28aOcJ.jpg ←民間企業も最低賃金以下の奴隷を雇用可能に
http://i.imgur.com/uvXbxjG.jpg
http://i.imgur.com/uQ6Ahvx.jpg

投稿: ワタミ法成立か | 2013年6月 9日 (日) 07時21分

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