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2013年6月12日 (水)

医療事故調 正しく機能すればそれなりに有益な教訓も引き出せるはずですが

先日は掛け金をあまりに高く設定しすぎていると返還請求が起こされた産科無過失補償ですけれども、そもそも出産時に3割が何らかのトラブルを経験したという調査結果もあるように、お産を巡るトラブルは必ずしも稀なものではありません。
無過失補償制度も予想されたものよりはるかに申請の数が少ないということは幾つか理由があるのでしょうが、きちんと制度が周知徹底されていけば実はまだまだ潜在的な対象者は多くなりそうだというニュースが出ていました。

産科補償の対象件数、大幅増の見込み-医療機能評価機構(2013年6月10日CBニュース)

 日本医療機能評価機構は10日、分娩時に発症した重度脳性まひ児に補償金を支払う「産科医療補償制度」の運営委員会を開き、補償対象件数が今後、大幅に増えるとの見込みを明らかにした。昨年9月ごろに制度の周知を強化してから、問い合わせや申請書類の請求の増加傾向が続いているためで、同機構は「まだ申請されていない事案が相当数、存在している可能性がある」とみている。

 同機構によると、今年3-5月の補償申請に関する問い合わせ件数は564件で、前年同期の約3.7倍。この間の補償申請書類の請求件数は143件で、前年同期の約2.3倍に増えた。
 2009年1月の制度開始から今年5月末までに補償対象に認定されたのは501件で、09年生まれの児に限ると199件。09年生まれの児で、申請書類は請求されているものの審査が完了していない例が113件あるほか、書類の請求件数などの増加傾向が続いていることから、同機構は、補償対象件数がこれから大幅に増えると見込んでいる。

 09年生まれの児が補償を申請できるのは来年に5歳の誕生日を迎えるまでで、同機構は、申請漏れがないよう周知を強化する方針だ。

 この制度では、補償対象と認定された児に一律3000万円を支払う一方、分娩機関が1分娩につき3万円の掛け金を支払っている。これらの金額は、補償対象を年間500-800件と推計して設定された。【高崎慎也】

補償対象が増える、これ自体は制度の趣旨から考えて結構なことなんですが、問題は制度の意義を周知徹底する対象が妊婦家族なのか、それともお産を取り上げる産科医側なのかということですよね。
産科無過失補償制度は分娩時を原因とする脳性麻痺が対象で調査をしてリポートも出すと言っていることから、産科医側としてはどうしても「自分のミスを見つけ出され最悪訴訟沙汰になるのではないか」という懸念が未だに拭えないのももっともなことですが、少なくとも制度本来の趣旨としては責任追及を目的としたものではなく、あくまでも患児家族の救済と共に原因究明と再発防止を目的としたものとなっています。
この点で以前から何度も紹介している北欧諸国の無過失補償システムでは勝てば大きいが勝訴率の低い訴訟に訴えるよりもずっと低額(約100万円程度)ながら確実に一定額のお金が出るということから訴訟件数を減らしたという意義も大きいのですが、注目すべきことは制度利用の届け出をするに当たって医師や看護師ら医療側が推定40~80%ものケースで届け出の手助けをしているとされることですよね。
医師らにしても別に患者が憎くて意図的に障害をもたらす者などいないと言う点では家族と同様、意図せず望ましくない不幸な結果を甘受せざるを得なくなった立場であるわけですから、その医師ら医療関係者側が患者と対立するのではなく同じ側の立場に立って補償金を得る作業を通じ協力関係さえ構築することで関係悪化を防ぐということもまた、この無過失補償という制度の訴訟防止効果として期待されているところです。

実際に無過失補償制度が発足し検証のレポートが世に出るようになった結果、分娩施設の7割以上が「実際の事例を元にしており説得力がある」等と再発防止に役立っていることを評価していると言いますから、少なくとも症例報告や症例検討を何かしら有意義なものと考えているまともな医療従事者であれば制度の趣旨自体を否定するべきではないということになりそうです。
ただしもちろんその大前提として検証の過程で正しく関係者それぞれが事実に基づいた証言を行い、それらを元に正しい検証が行われた場合という条件がつくことは言うまでもないことで、だからこそ延々と続く事故調議論でまともな論客はこぞって「医療事故調とは責任追及とは切り離すべきだ」としつこいほどに繰り返してきた(そしてその結果、ここまで議論が長引いてきた)わけですよね。
ところが世間では未だにそういった議論の流れを把握していない人間が少なからずいたということなのか、それとも名目はともかく制度を作り事実関係を炙り出してしまえば後の責任追及などどうにでもなるという裏の意図が早くも見え隠れしているのか、日も高いうちから堂々とこんなことを公言する方々がまだいらっしゃると言うのですから驚きです。

【社説】医療事故調 信頼確立の第一歩だ(2013年05月31日毎日新聞)

 医療には予測できないことが起こる。全国の医療機関での「予期せぬ死亡事故」は推計で年間1300〜2000件ある。突然、肉親を亡くした遺族が失意と混乱の中でどうして事故が起きたのか原因解明と説明を求めるのは当然だ。医療側にミスがあれば謝罪を求め、責任追及し、金銭的な賠償が必要な場合もある。再発防止を祈念する遺族も多い。

 ところが、現実には医師から納得できる説明がなされることは多くなく、責任追及を恐れて医療側が口をつぐむと原因解明は進まず、再発防止にもつながらない。単純ミスやカルテの隠蔽(いんぺい)、同じ医師が事故を繰り返すケースもあって民事訴訟は後を絶たない。一方、刑事訴追された医師が無罪となり、医療側から強い批判が起きたこともある。医師らはリスクの高い産科や小児科を避けるようになり、病院や診療科の閉鎖の原因となっているとも言われる。いくつもの矛盾が重なって医療不信と医療崩壊の震源となっているのだ。

 航空機や鉄道事故の調査委員会のように、責任追及とは別に独立した機関による原因解明が必要だ。厚生労働省の委員会がまとめた医療版事故調査制度(医療事故調)によると、死亡事故について調査する民間の第三者機関の設置とともに、全国の病院や診療所、歯科診療所、助産施設など計18万施設に院内調査と調査結果の報告を義務づける。院内調査には外部の医師も加えて客観性を担保するが、遺族が納得できない場合は第三者機関が改めて調査する。第三者機関は警察へは通報しない。

 報告を義務づけられることに医療側から懸念の声も出ているが、患者や遺族が納得できる原因解明のためには不可避だろう。問題は第三者機関の性格だ。国内の多数の医療団体が参画して事故調査の実績を積んでいる一般社団法人「日本医療安全調査機構」(東京都港区)が検討されているが、公平性や実効性を高めるために調査権限や独立性をどう規定するかは重要だ。また、小規模病院や診療所の場合、院内調査には医師会や大学病院の協力が必要だ。調査結果の公開や捜査機関との調整、患者の費用負担をどうするかなど煮詰めるべき問題は多い。

 医療事故調は患者や関係団体が以前から必要性を訴え、厚労省は設置法案の原案も作成したが、責任追及を恐れた医療界からの反発もあり、民主党政権下で動きが止まっていた。今回の医療事故調は医師と患者双方の信頼を確立するものにしなくてはならない。第三者機関が警察へ直接通報することはないが、遺族には医師側の過失が明らかで刑事訴追の恐れがある内容も伝えるべきだ。信頼は真実を隠したところには生まれない。

ともかく今さらこんなレベルの議論をしているのかこいつらはと見るべきか、さすが天下の毎日新聞だけに確信犯的に議論の方向性をねじ曲げようとしていると見るべきなのか微妙なところですが、繰り返しになりますが事故調の創設理由はあくまでも教訓の洗い出しとその検証による同種事故の再発防止に尽きるということでコンセンサスを(少なくとも表向き)得たことになっていたはずです。
わざわざ航空機事故調までも名前を挙げているにも関わらず真逆の発想と言うのでしょうか、調査結果に処罰が絡むとなれば誰も自分が罪に問われる可能性のあることは口にしなくなるでしょうが、毎日に限らずマスコミ各社にこうした論調は少なからずあって、中には「調査は、病院が組織として責任を負い、過失があれば謝罪し、システムを改善して二度と同じような事故を起こさないためのもの」と自信満々に言い切る記事もあります。
もちろん現代社会ではマスコミの論調=世間の論調というわけでは必ずしもありませんけれども、何も考えないでマスコミ情報だけに依存して生活している一定数の方々にとっては事故調の役割とはそうしたものだという認識が固定化されてしまう危険もあるわけですから、この調子でいきますと制度の運用も果たしてどんなことになるか危惧せざるを得ませんよね。
このあたりのことを医療訴訟に詳しい井上清成弁護士はそもそも制度設計自体がおかしいと以前から主張していますけれども、こうして事を分けて説明されると声高に「医療は信頼の回復を!」と叫ぶだけのマスコミなどよりもよほどに問題点が判りやすいという気がしないでしょうか?

Vol.126 医療法改正反対―WHOガイドラインに反する厚労省案(2013年5月27日医療ガバナンス学会)より抜粋

(略)
2. 1つの制度に2つの機能は難しい
WHOガイドラインの冒頭「監訳にあたって」で、中島和江医師は次のように述べている。「医療安全のための事例収集・分析・対応を行う現行の制度は『学習 を目的とした報告制度』と『説明責任を目的とした報告制度』に大別されています。前者は医療の専門家団体により行われていることが多く、幅広く事例を収集 して得られた教訓を基に安全なシステムを構築するための制度であり、後者は主として医療に関する監督官庁などにより実施されており、国民に対して説明責任 を果たすことが目的で、当事者が懲罰や処分の対象となる場合もあります。これらの制度は目的が異なることから、1つの制度に2つの機能をもたせることは難 しいと述べられています。」
ところが、厚労省とりまとめ案では、今もって「2つの機能」をもたせようとしている。「原因究明及び再発防止を図り」とあるが、すなわち、「原因究明」と は「説明責任を目的とした報告制度」のことであり、「再発防止」は「学習を目的とした報告制度」に相当しよう。厚労省とりまとめ案は、そもそも根幹からお かしい。

3. 非懲罰と機密の保護
中島医師は続けて、「医療の安全に資する制度には、当事者に対する非懲罰(nonーpunitive)と、患者や医療従事者の個人情報を含む報告内容につ いて機密の保護(contidentiality)が保証され、そのためにも監督官庁や司法機関などから独立(independent)していることが必 要であるとされています。」と紹介している。現に、「第6章 成功する報告システムの特性」の箇所(同書45頁以下)には、非懲罰性と秘匿性が重要な特性 として挙げられているが、まさにそのとおりであろう。
・「患者安全に関する報告システムとして成功するものは、次の特性を備えています。
・報告することが、報告する個々人にとって安全でなければなりません。」
・「非懲罰性
患者安全に関する報告システムが成功する上でもっとも重要な特性は、そのシステムが懲罰を伴ってはならないことです。報告書とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、報告したために罰せられることがあってはなりません。」
・「秘匿性
患者と報告者の身元は、いかなる第三者にも決して洩らされてはなりません。医療機関のレベルにおいては、訴訟で使われ得るような公開される情報は作成しないことで秘匿性を保ちます。」
(略)

先日も書きましたように結局事故調への届け出は全医療機関に、診療に関連した全ての予期せぬ死亡例を義務づけるということで話が決まったのですが、基本的に患者を死なせようと思って医療を行っている医師はまずいない以上考え方によっては全ての院内死亡は予期せぬ死亡と言えるわけで、下手をすると届け出件数がとんでもない数になりかねないという声もありました。
厚労省としてはどういう試算をしているのか年間対象数を1300~2000件と見積もっているそうで、おそらくまずは院内で調査をさせると言うことから各医療機関が自主的に届け出をほどほどの水準まで「自粛」するだろうと見ているはずですが、一方で届け出を行わなかった場合には当然ながら「全例届け出って言ったよね?」とばかりにペナルティーを科してくることも考えられます(いきなり処罰はしないとは言っているようですが)。
管理人としては別に事故調絶対反対の立場に立つものではありませんが、そもそも医療安全だ、信頼回復だということを第一義的な目的として言うのであれば、あり得ないような医師の過労状態を放置していることこそ最も医療のレベルを押し下げ事故の原因になると共に、現場スタッフを思いやりなど忘れた投げやりな態度にさせてしまう最大要因であって、よほど緊急性のある課題であるはずなのですね。
病院側、特に国公立病院にすればそんなことを言われれば病院の体面に傷が付く、患者様に悪評も立つとばかり医局会で事務長あたりがしゃしゃり出て「先生方、くれぐれも届け出は忘れず出してくださいね~」なんてことを言って終わりでしょうが、そもそも一番の問題は多くの現場医師が「信頼なんて無い方が患者減って楽だし、病院の体面なんて知ったことじゃないし」と士気喪失しているという現実の方にあるのではないでしょうか?

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コメント

この手の事故調査委員会がマスコミによる報道被害に対して作られる話が出たらマスコミがなんと言い出すのかが気になりますねえ。

投稿: クマ | 2013年6月12日 (水) 08時27分

BPOってそういう組織じゃなかったでしたっけ?
今のところ何か役に立ったって噂も聞いたことないですが。
医療訴訟があるんだから報道訴訟ももっとあっていいはずですけど報道されないだけですか?

投稿: ぽん太 | 2013年6月12日 (水) 10時09分

マスコミはマスコミ自身の問題は黙殺する傾向が顕著ですから…
ともかく当面のところは個別に問題点を周知していくしかないかなと思います。

投稿: 管理人nobu | 2013年6月12日 (水) 11時05分

みんな気づいていて言わないのが予算の問題ですね。待遇改善にしても。
カネの話になると、消防や警察は予算を言い訳にしないのに医療はなぜ、ということにもなりますが、
実は警察でもカネに困って人員を増やせないんだというニュースが出ていました。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130609/waf13060918000012-n1.htm

投稿: 奈良出身 | 2013年6月12日 (水) 11時17分

いままでの経緯をみればどうしたってまともな事故調になるはずがない。
まあ何かあったらさっさと逃散すればいいだけなんだが。

投稿: 金田 | 2013年6月12日 (水) 13時13分

ぽん太さまへ
BPOが良い組織かどうかはさておき、BPOみたいな事故調を目指します!って言ったらマスコミも表だって反対しにくくなるかもしれませんね。

奈良出身さまへ
公務員がらみはどこも厳しいですよ。
はるか昔に設定され、現状とはかけ離れた定員がそのままって状況も珍しくありません。

投稿: クマ | 2013年6月12日 (水) 13時27分

>BPOみたいな事故調を目指します!

本当にあのレベルでよいのなら何も苦労はないのだが(嘆息

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年6月12日 (水) 16時21分

☆ 医療事故から正しい教訓を学んだ一症例 ☆

 愛知県知多市は11日、知多市民病院(同市新知)産婦人科で2006年に起きた医療事故で病院側に過失があったと認め、
障害を負った一宮市の男児(6つ)に損害賠償として4528万円を支払うことで合意したと発表した。
 市によると、06年9月18日、当時知多市に住んでいた19歳の母親が出産のため、市民病院へ救急搬送された。
産婦人科医2人が緊急帝王切開手術をしたが、男児は仮死状態で産まれた。
 産婦人科医では適切な対応ができず、小児科医を呼び出して対処。藤田保健衛生大病院(愛知県豊明市)に搬送したが、
男児は補聴器が必要になるなど耳が不自由になり、軽度の知的障害も残った。母親側が12年3月、
病院に過失があったとして損害賠償の請求をしていた。
 市は、小児科医が当初から出産に立ち会っていれば事故は起こらなかったと判断、賠償に応じて和解することにした。
関連議案を17日開会の定例市議会に提出する。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2013061190211947.html

 ↓ ↓ ↓ ↓

知多市民病院産婦人科

はじめに
現在、常勤医師の配置がないため、平成20年4月1日から当分の間、分べんの取り扱いを休止しています。産科救急に対応できないため、妊婦健診の取り扱いは止め、婦人科疾患でも入院や手術が必要な患者は他院に紹介しています。産婦人科常勤医不在のため診療体制が大幅に縮小となり、ご迷惑をお掛けしますが、ご理解をお願いします。
http://www.nishichita-aichi.or.jp/chita-hp/sinryo/sanfu.html

投稿: | 2013年6月13日 (木) 09時19分

>BPOみたいな事故調を目指します!って言ったらマスコミも表だって反対しにくくなるかもしれませんね。

ああいう組織が必要になるほどマスコミもクレームも多かったんでしょう。
とにかくあの程度の仕事で十分だとマスコミお墨付きだから気が楽です。
医療事故調がどんないい加減な組織でもさすがにBPOよりはましになるでしょう。

けど医師は凝り性の人が多いからひとたび組織が出来たら妙に本気出しちゃいそうで怖いんですが…
そこはもうちょっと空気読もうよって言いたくなるまっすぐな人がいちばん扱いにくいんですよね。
現場がついてけない理想論だけが一人歩きしちゃったら大変なことになりそうで。

投稿: ぽん太 | 2013年6月13日 (木) 09時44分

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