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2013年5月16日 (木)

遺伝子診断は急速に普及しつつある

日本でもようやく予防医療ということに本腰を入れるようになってきたということでしょうか、メタボ健診に留まらずウイルス肝炎やピロリ菌除菌が公費も投じて大々的に行われるようになってきましたが、アメリカではさらに何歩も先を進んでいるのだなと感じさせる驚くべきニュースが出てきました。

アンジェリーナ・ジョリー、がん予防で両乳房切除を告白(2013年5月15日産経ニュース)

 米女優、アンジェリーナ・ジョリー(37)が乳がんのリスクを高める遺伝子の変異が見つかったため、予防措置として両乳房を切除する手術を受けた。14日付ニューヨーク・タイムズへの寄稿文で告白した。(サンケイスポーツ)

 それによると、医師から「乳がんになる可能性が87%」と説明され、治療を決断。母親ががんで約10年間、闘病生活を送り、56歳で他界したことも影響したという。2月に切除し、2カ月後に乳房の再建手術を受けた。パートナーの米俳優、ブラッド・ピット(49)が治療に付き添った。

 アンジェリーナは、手術で「乳がんになる可能性が5%未満まで低下した」と強調。公表した理由について「私の経験が他の女性に役立てばと思った」としている。

もちろん癌になる以前の予防段階での切除ですから綺麗に再建することは出来るのでしょうが、まだまだお若く、しかも女優業という見せる商売でありながらこうした処置を受けた上でそれを新聞紙上で告白するというのは大変な勇気がいったのではないかと言う気がします。
ここで注目すべきはこうした告白がなされる社会的土壌があるということもさることながら、癌化の確率を数字として提示されそれをもとに予防的乳房切除を行うということが実際に行われているということで、著名人に限らず一般人においてどの程度こうした考え方、やり方が彼の地で普及しているのか大変に興味深い話ですね。
ひるがえって日本では未だ乳腺外科領域ではここまでの域には達していないと思いますけれども、例えば高率に胆管癌などを発症することが知られている膵胆管合流異常などでは予防的な手術を行うことが普通に行われていますから、予防的手術がどうこうと言うよりも乳癌術式が未だに議論になるのと同じように美容的な観点からの問題が大きいのかなという気もします。
逆に言えば不利益よりも利益の方が勝っていると理解されれば新たな予防医学的技術であってもあっさり普及していく可能性が日本でもあるということだと思うのですが、こういう結果を見る限り遺伝子検査の利益が大きいと判断した方々が思いの外多かったのかなと思わされるニュースが出ていました。

新出生前検査 専門家「予想上回る」(2013年5月9日NHK)

血液を分析するだけで胎児に染色体の病気があるかどうか判定できる新しい出生前検査を受けた妊婦は、導入開始からの1か月で全国で440人余りで、専門家は「導入前の予想を上回る数で、新しい検査に対する妊婦のニーズが高いことが分かった」としています。

新しい出生前検査は妊婦の血液を分析するだけで胎児にダウン症など3つの染色体の病気があるかどうか判定できるものです。
専門家のグループが、実施施設となっている全国15の医療機関に聞き取り調査を行ったところ、導入開始から1か月に当たる先月30日までに検査を受けた妊婦は、合わせて440人余りでした。
年齢は30歳から47歳で、8割が初めての出産を予定している妊婦でした。
NHKの取材では、このうち少なくとも7人は胎児が病気の確率が高いとされる「陽性」と判定されていました。
また、検査前のカウンセリングを終えた妊婦を対象にしたアンケートで159人から得た回答を分析したところ、97%が「カウンセリングで提供された情報量は十分だった」と答えたということです。カウンセリングの所要時間は「30分以上」が半数を超えていましたが、「10分未満」も5%ありました。
カウンセリングのあと、検査に対する考えが変わったか尋ねたところ、6%に当たる10人は「受けなくてもいい」として検査を取りやめていたということです。

調査をまとめた昭和大学の関沢明彦教授は、「導入前の予想を上回る数で、新しい検査に対する妊婦のニーズが高いことが分かった。事前の説明が妊婦の選択に影響を与えていることがうかがえるので、選択を支える質の高いカウンセリングを行えるよう、課題を検討していきたい」と話しています。
この調査結果は、10日から開かれる日本産科婦人科学会で報告されます。

この新しい出生前診断については以前から何度か取り上げて来たところですが、これまでなら危険も伴う羊水穿刺という手段を用いなければ確からしい結果が得られなかったものが、普通の血液検査と同じようなやり方で簡単に調べられるようになったというのですから、それは諸外国と国内とを問わずあっという間に普及してくるのは当然だろうなと思います。
今回記事を見ていて興味深いのは検査対象者なのですが、最高齢の47歳と言えば一般的に言って厳しい不妊治療の果てにようやく妊娠が成立したといったケースなんじゃないかと想像するのですが、恐らく次に妊娠出来る可能性が極めて低いだろう状態でこうした検査を受け何かしらの異常が見つかった場合に産まないと言う選択枝があり得るのかどうか、むしろ余計な葛藤を増やすだけなんじゃないかという気もします。
その辺りはもちろん各個人や家庭内での考え方の問題でもありますが、そうでなくとも予防医学の中でもこうした出生前診断に関しては常に「親が子の命を好きに左右することが許されるのか?」と言う疑問も出てくることは周知の通りで、そうした葛藤も込みで予想よりも大きな数の検査希望者が出たと言う事実は軽くはないように思いますね。

先に述べたような利益と不利益と言う兼ね合いで考えると、言葉は悪いですが例え胎児にどのような不利益があったにせよ自分のことじゃないと利益ばかりに目が行ってしまうんじゃないかという懸念はもっともですし、指針によって可能な限り検査を抑制的に取り扱うようにと定められていることはそうした生命倫理的な懸念を反映してのものでしょう。
胎児がいつから人間になるのかという問題は未だに明確な決着を見ていない限りなくグレーゾーンな問題ですが、冒頭の遺伝子診断に基づいた予防的乳房切除の事例といい、少し前までは「近い将来こんなことになるかも知れないぞ」と言われていた近い将来が早くも来てしまったんじゃないかと感じている方々も多いのではないでしょうか?
個人的には「だから遺伝子診断などそもそもすべきではない」という立場には全く賛同できないのですが、そうは言っても簡便に高精度な遺伝子診断が一般化して事実上の産み分けによる遺伝子の選別が技術的には可能になってきたと考えると、医学的のみならず社会的に見ても考えてもいなかったような新たな問題が現実に発生してくる可能性はありそうですね。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

これUKですが、日本でも乳癌治療はこんなになってるんですか?
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20130515-00024963/
なさけようしゃがなさすぎるというか

投稿: todd | 2013年5月16日 (木) 08時31分

日本ではまだあまり普及していませんね。これからに期待です。
あと遺伝子診断って何科の仕事なんでしょうか?
アメリカだと荻野周史さんみたいに分子診断専門の病理医もいるみたいですが,,,,,
診断学というと病理ですかね?

投稿: | 2013年5月16日 (木) 09時26分

>あと遺伝子診断って何科の仕事なんでしょうか?

オーダーは各科で行うものとして、組織採取を行うようなものであれば診断も病理なのでしょうが、通常と同様の検体検査だと臨床検査部の仕事じゃないかと思います。

乳癌治療については幾つかあたってみたのですが、やはり乳房再建が非常に進歩してキレイに出来るようになったと言うのが大きいようですね。
進行癌ならともかく予防切除なら理想的な手術が出来ますし、癌の生涯発症率が8割以上でしかも若年発症します、発見が遅れるほど再建も難しいですなんて言われればそれは今のうちにという気になるでしょう。
こういう予防的切除が普及してくると、日本でもいよいよ形成外科医の仕事が大きくなってくるんでしょうか。

投稿: 管理人nobu | 2013年5月16日 (木) 10時57分

>臨床検査部の仕事じゃないかと思います
ありがとうございます。遺伝子診断面白そうなのでやってみたいんですよね。遺伝子治療も実現されていけば面白そうなのでやってみたいですがこっちはまだまだみたいですね

投稿: | 2013年5月16日 (木) 11時55分

これ検査が結構高いんですよね。>乳癌
金持ちだけがいい医療を〜って言われて日本じゃ潰されるかも?

投稿: 丈 | 2013年5月16日 (木) 14時37分

TVに出まくっているバスト専門のクリニック院長が、やりたがりそうな予防的治療ですね。
現実的には癌を発病して進行期まで行ってしまうと完治が難しいのが現実ですし、抗癌剤などで何度も治療しても何度も再発を繰り返して、年齢とともに患者の体力もみるみる衰弱していき、多くの患者は60歳までには死亡してしまうのではないでしょうか?
養子を含めて多くの子供を育てている大金持ちのAジョリーとすれば当然の決断ではないかと思います。
発がん率90%近いと言われれば、予防したいと考えるのが普通だと思います。あくまでセレブ限定の予防的治療でしょうが。
自分が数年間の闘病の上で死んで、家族が残されるというのは想像するだけでいたたまれないでしょう。

投稿: 逃散前科者 | 2013年5月16日 (木) 17時09分

話かわりますが
予防するってのは保険使えないんですよね?
こういう手術も全額自費なんですか?

投稿: 金田 | 2013年5月16日 (木) 22時22分

この人今度は卵巣も取るそうです
日本じゃなかなかこうはいかないなあ

投稿: | 2013年5月17日 (金) 21時09分

予防切除やってるんですね。

 乳がんの予防切除を倫理委員会で承認している聖路加国際病院(東京都)で、片方の乳がんを発症した患者でもう片方の健康な乳房を予防切除したケースが過去に複数あることが20日分かった。
 同病院は2011年7月に遺伝性乳がんの発症リスクを高める「BRCA1」と「BRCA2」の遺伝子検査で陽性になった人を対象に、発症リスクを減らすため乳房の予防切除をする手術について病院内の倫理委員会の承認を得た。
 同病院によると、片方の乳房でがん発症後の遺伝子検査で陽性と判明、もう片方の乳房を予防的に切除したケースが複数あった。

投稿: 日本でも | 2013年5月20日 (月) 19時59分

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