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2013年5月29日 (水)

乳房予防切除は日本でも広まるか?

遺伝子診断の進歩に伴い胎児の「産み分け」が注目されるようになってきていますが、胎児のみならず成人に対してもこの遺伝子診断は有用であるのは言うまでもありません。
先日は米女優が遺伝子学的検索によって乳癌発症率が極めて高いことが判明したため、両乳房を予防的に切除したという経緯を公表し話題になっていますけれども、どうやら自ら広報塔となる決意を固めているようで、今度は卵巣摘出も計画しているというのですね。

アンジェリーナ・ジョリーさん手術経過公表 米医療機関(2013年5月21日産経ニュース)

 女優のアンジェリーナ・ジョリーさん(37)が、乳がん予防のため乳房の切除・再建手術を受けたカリフォルニア州ビバリーヒルズの医療機関は手術の経過などをウェブサイト上で詳しく紹介。医療機関はピンク・ロータス・ブレスト・センター。「ある患者の旅 アンジェリーナ・ジョリー」と題し、ジョリーさんが2月2日に乳頭部分に最初の手術を受けたと明かした。パートナーで米俳優のブラッド・ピットさん(49)は、これを含む全手術に付き添ったとしている。同16日には乳房の切除手術を受けた。4日目には、壁に次の仕事の絵コンテを張り出すなど、ジョリーさんは前途に前向きな姿勢だったという。4月27日に胸の再建手術を受け、一連の処置が終了した。

 病院は「女性ごとに事情は違い、外科手術が必ずしも全員にとって正しい選択とは限らない」とも説明。「アンジェリーナが(米紙への)寄稿で言っているように、選択肢を知ることが重要だ」と訴えている。(共同)

乳房切除のアンジェリーナ・ジョリー、次は卵巣摘出を予定(2013年5月16日シネマトゥディ)

 先日、予防的乳房切除手術を受けていたことを明かした女優のアンジェリーナ・ジョリーが、次は卵巣摘出手術を受ける予定であるとPeople.comが報じた。

 アンジーは14日にNYTimes.comに寄稿したエッセイで、がん抑制遺伝子の「BRCA1」に変異があり、乳がんになるリスクが87パーセント、卵巣がんになるリスクが50パーセントと診断されていたと公表。アンジーは「この事実を知り、わたしはできる限りリスクを軽減させることを決意しました。そして予防的乳房切除手術を受けることにしたのです。両胸から始めたのは、卵巣がんよりも乳がんになるリスクの方が高く、手術もより複雑だったからです」と自ら説明していた。

 People.comによると、医師たちは、卵巣摘出手術を検討している女性たちに、40歳になるまでに同手術を受けるように勧めることが多いという。アンジーは来月4日に38歳の誕生日を迎える。

 アンジーは今年2月に乳房を切除し、4月に再建手術を受けていた。公表に踏み切ったのは「がんになる可能性におびえて暮らす女性たちに、乳房切除手術という選択肢があることを知ってほしい」という思いからだという。(朝倉健人)

それでもまだまだ「宇宙旅行1億円!」なんて話と同じで、お金持ち相手の特殊な医療だろう?と思っているとしたら時代に乗り遅れるというもので、先日は読売新聞の調査によって日本国内でも16施設が予防的な乳房切除を、また21施設が卵巣・卵管切除をそれぞれ実施または計画していることが判明したということで、希望者にとっては必ずしもやってやれないものではないという状況になってきています。
当然ながら保険診療外となるはずですから費用はいくらくらいかと気になるところで、今回のBRCA遺伝子の変異を見る検査ですと10~40万円程度と言いますから一生の問題と考えれば手が出ない金額ではありませんが、遺伝による乳癌は全体の5~10%だとも言い、さらには検査の結果異常が見つかった場合親や子も異常を持つ確率は50%ですから、芋づる式にどこまでも検査を広げていかなければならなくなります。
そもそもBRCAの場合遺伝子異常を持つ女性の比率はわずかに0.1%と言いますから費用対効果の面でもどうなのか、検査後の本人や周囲のメンタル面の変化なども含め諸外国でも遺伝子検査の扱いに未だ一定の見解が得られていないという段階ですが、もう少し身近なところでこんな問題点を指摘する声もあるようですね。

健全な乳房を切除!? 「予防的な医療行為」はどこまで許されるのか?(2013年5月27日弁護士ドットコム)

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳がん予防のため、乳房を切除したことを告白したことは、日本でも大きな反響を呼んでいる。報道によると、ジョリーさんは、遺伝子検査の結果、乳がん発症リスクが87%、卵巣がん発症リスクが50%であることが判明したため、乳房切除を決めたという。手術を受けたことで、ジョリーさんの乳がんリスクは5%にまで減少したそうだ。

将来のがん予防のための乳房切除手術については、日本国内でも、がん研有明病院と聖路加国際病院が実施に向けた準備を進めている。遺伝子の異常を指摘され、発がんのリスクに怯える人には朗報かもしれない。一方で、がんの発症リスクが高いとはいえ、健康な身体を傷つけることに抵抗をおぼえる人もいるだろう。

また、病気を治療することを本来の仕事とする医師の行為としても、適正といえるのだろうか。いつか病気になるかもしれないとはいえ、いまは特に異常がない肉体にメスを入れて、その一部を切り取ってしまう。こうした行為はそもそも、医師に許された「医療行為」と言えるのだろうか。また、それは、将来の病気の発症確率によって変わってくるのだろうか。医師や医療従事者の案件を多数扱っている山田昌典弁護士に聞いた。
(略)
「刑法的な観点から言えば、人の身体を侵襲する行為(分かりやすく言えば、身体を傷つけること)が、刑法35条によって正当化されるためには、(1)治療目的、(2)医学的に承認された方法で行われること、(3)患者の同意、という3つの要件を満たす必要があると、一般に解釈されています」

つまり、このような3つの要件をクリアーしているからこそ、医師による手術が刑法35条によって適法なものとされているのだ。ただ、外科手術といっても微妙なケースがある。たとえば、「豊胸手術」がそうだ。

山田弁護士によると、かつて豊胸手術に関して争われた裁判があり、そこでは、美容整形行為は「治療目的」でないため、刑法35条では正当化されないとされたのだという(東京高判平成9年8月4日)。

このような場合は、いわゆる「同意傷害」の問題となる。つまり、被害者が身体を傷つけることに同意している場合に、はたして犯罪が成立するのか、という問題だ。

「最高裁の判断基準によれば、身体を傷つけることについての承諾の有無や、承諾を得た動機、目的、傷害の手段・方法、損傷部位、程度等の諸般の事情を総合考慮して、犯罪が成立するか否かが決まることになります(最決昭和55年11月13日)」

●治療と予防の境界は、今後ますます不明確になっていく

では、アンジェリーナ・ジョリーさんのように、乳がんの予防のために、乳房の切除手術を行った場合、どのように扱われるのだろうか。山田弁護士は次のように自らの見解を述べる。

「豊胸手術についての東京高裁の判決の考え方を形式的にあてはめれば、乳房の予防的切除は、治療目的によるものではないので、刑法35条によっては正当化されないといえるかもしれません。

しかし私は、少なくとも、医学的根拠に基づいて発症確率を算出することができ、その発症確率が高く、そのリスクが医師によって患者に適切に説明され、他の選択肢も提示されていたのに、患者が将来のリスクを避けるために手術を希望したのであれば、『治療に準ずる目的』による行為として、刑法35条により正当化されるべきだと考えます」

まだ日本では、そもそも予防目的の切除手術が問題になっていないので、裁判所がどのような判断を下すのかは不透明だ。ただ今後、ジョリーさんと同様の手術を準備している医療機関があることからすると、法律による整備が望まれているといえそうだ。

「今後、遺伝子についての研究がさらに進めば、予防的医療行為の重要性は今後さらに高まることが予想され、治療と予防の境界はますます不明確になっていくと思います。また、医師が予防的医療行為を患者に提案する際に説明すべき内容はどうあるべきかが、今後の検討事項となるでしょう。

たとえば、切除手術を選択肢として患者に提示するとしても、病気が発症した場合に予想される病状やその深刻度、切除手術以外の他の選択肢等について、どこまで詳細に説明すべきかが問題となります。このあたりの問題をきちんと検討せずに、安易に、予防的切除手術を勧めて手術した場合、患者が、『医師から、もっと適切な説明を受けていれば、切除手術を受けることを決断しなかった』と主張して、損害賠償請求の裁判を起こすこともあるでしょう」

山田弁護士はこう指摘しており、今後は、何をどこまで患者に説明すべきかが問題となりそうだ。科学の進歩とともに、医師の役割も変容を迫られているということなのだろう。そのような変化に、法律や制度も追いついていく必要があるといえるのではないだろうか。

周知の通り現代社会において医師とは日常生活の中で他人の体を合法的に傷つけることが許されている唯一の職業とも言えますが、それに対して日本の法体系ははなはだグレーゾーンが多いということも近年の医療訴訟増加とともに知られるようになっていて、いわゆるJBM、防衛医療といったことにもつながってきたわけですね。
「癌の発症確率が高くて本人も同意しているんだからいいじゃないか」と言う声もあるかも知れませんが、そもそも高い、低いということは何を基準に言っているのかということで、例えば今年話題の胃癌予防のためにピロリ菌を除菌しましょうという話にしても、慢性胃炎から胃癌になる確率はせいぜい年率1~2%程度ですからこれを誰しもが当然に「高い確率」と見なすかどうかは議論の余地があります。
訴訟ということに関して言えば、多くの場合「やってみたら期待と違う結果だった」ということがそのきっかけになりますが、予防的に臓器自体を切除してしまった場合果たしてその後癌になっていたのかどうかは検証のしようがなく、例によって例の如くの説明義務違反などはなはだ主観的な部分が問題視される可能性は高そうですよね。
「思ったほど乳房再建がきれいに出来なかった。こんなことになると知っていたら手術など受けなかったのに」といった類の訴えは美容整形などではありふれたものなのでしょうが、ともかく予防という未だ病を得る前段階での治療的行為だけに「先生のおかげで命が助かりました!」と感謝されるはずもなく、クレームをつけられるリスクばかりが高い医療行為であるという認識は担当医にも必要になってくるかも知れません。

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コメント

ここまで大々的にとりあげられちゃったらもう日本でもやらざるをえないでしょう。
でもこれ予防医療だから手術も保険外になりますよね?
これこそお金のあるなしで受けられる人が決まる医療なんじゃないですか。

投稿: ぽん太 | 2013年5月29日 (水) 09時06分

>これこそお金のあるなしで受けられる人が決まる医療なんじゃないですか。

婦人団体の主張でいずれ全員公費で受けられるようになるから無問題w

投稿: aaa | 2013年5月29日 (水) 11時06分

>婦人団体の主張でいずれ全員公費で受けられるようになるから無問題w

それがもっとも気になっているところですね。
確かに遺伝子異常がある場合にはそれなりに有効な治療選択枝かも知れませんが、高価な遺伝子検索を全例にするにはあまりに遺伝子異常の比率が少なすぎて効率が悪いです。
ただ今後乳癌に限らず発症の背景因子の解明が進んでくるにつれ、こうしたジレンマはあらゆる場面で増えてくるはずですし、当然出生前診断にも応用されてくるだろうと思います。

投稿: 管理人nobu | 2013年5月29日 (水) 11時32分

料金は検査が普及してきたら安くならないものでしょうか?
今やってる人間ドックと同じくらいで出来るんだったら利用者は増えるんじゃないでしょうか?

投稿: てんてん | 2013年5月29日 (水) 12時35分

>これこそお金のあるなしで受けられる人が決まる医療なんじゃないですか

日医「金持ちばかり医療を受容できるのは不公平だ。我々の病院に美貌人でも気軽に来れるように保険適用に早急にすべし」
ただでさえ先行きが怪しい皆保険なんでこれこそ保険外でいいと思いますけどね。コスパ悪いですし。
金持ちが良い医療を受けれて貧乏人がそこそこの医療しか受けれないのは仕方ないと思います。
他の事は金銭によって待遇がかなり違うのに
医療だけ平等になんて無理だと思います。

それこそ現場の医師を奴隷にでもしない限り

投稿: | 2013年5月29日 (水) 14時22分

ミスりました
美貌人 ×
貧乏人 ○

投稿: | 2013年5月29日 (水) 14時23分

PETの普及具合がひとつの目安になるかと思われ
あの値段で受診者がそれなりにいるのだからこれもそこそこ希望者がいるのでは?
こちらは一生に一度受ければいいので実は安くすむのだし

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年5月29日 (水) 14時27分

ところでオトコにはこういう検査ないの?

投稿: たま | 2013年5月29日 (水) 17時07分

遺伝子診断じゃないんですが、人間ドックで高価な腫瘍マーカーセットのオプションつけてるの見るといつも無駄遣いしてるな〜って思っちゃいますね。
でも病院にとっちゃぼろ儲けできるおいしいオプションだからおすすめ項目にばっちり入ってるのがなんだかな〜。

投稿: カンタータ | 2013年5月29日 (水) 20時50分

>ところでオトコにはこういう検査ないの?

前立腺癌に対するPSA検査がありますね

まさにオトコにしか役に立たない高精度の癌予測マーカーです

それでも女性が羨ましい?

投稿: Med_Law | 2013年5月30日 (木) 00時10分

PSAは評価の高い腫瘍マーカーですね

投稿: | 2013年5月30日 (木) 06時15分

どうにもこの話題は「機械化人」が連想されてなりません。

投稿: 999 | 2013年5月30日 (木) 07時25分

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