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2013年3月 1日 (金)

TPP交渉進展で皆保険制度見直し? 絶対死守は単なる思考停止

安倍首相の訪米で一気に話が進むかにも見えたTPP交渉ですが、細部を見ていきますとまだまだ一筋縄ではいかないようで、とりわけ農業分野と並んで反対論の根強いのが医療分野であることは周知の通りですよね。
特に日本側が気にしているのが国民皆保険制度の行方がどうなるかということですが、その将来像を考える上で自由診療、混合診療の取り扱いというものが焦点にならないわけにはいきません。

TPP焦点に医療保険浮上 厚労省「国民皆保険制度」崩壊に危機感(2013年3月26日産経ビズ)

 安倍晋三首相が参加に向け調整を開始した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉で、焦点の一つに医療保険分野が急浮上し、所管する厚生労働、総務両省は「国民皆保険制度」が崩壊するのではないかと危機感を強めている

 田村憲久厚生労働相は26日の記者会見で、交渉参加が国民皆保険制度に及ぼす影響について「何としても避けなければならない。首相も『絶対ない』と言っているので、交渉の中で壊れていくことはない」と強調した。

 首相は、今月19日の参院予算委員会で「国民皆保険は守っていく。わが国の主権の問題だ」と述べた。25日には、官邸を訪ねた日本歯科医師会の大久保満男会長らに対し、交渉に参加しても国民皆保険制度を維持する考えを伝えている。

 それでも、厚労省は「米側が交渉中に絶対に俎(そ)上(じょう)に載せないという保証はない」(幹部)と不安を隠せない。昨年までの民主党政権が当初、医療保険制度について「議論の対象外」と説明してきたのにもかかわらず、途中から「可能性は否定できない」と態度を変化させてきたからだ。

 同省は、国民皆保険制度が廃止されると、自在に価格を設定できる自由診療が基本となり、外資の民間保険加入者と未加入者との間で医療格差が広がる可能性が高くなると強調する。同省も米国側の動向を独自に収集し、同制度の存否が交渉案件にならないよう、与党議員に働きかけを強めることにしている。

「混合診療の全面解禁禁止など条件」 TPP参加で日医会長(2013年2月27日日本経済新聞)

 日本医師会の横倉義武会長は27日、環太平洋経済連携協定(TPP)について「国益に反する形での参加には反対する」と述べた。安倍政権が国民皆保険制度の堅持の方針を示していることに「ある程度、評価できる」とした。ただ、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」を全面解禁しないことなどが「(参加を認める)前提条件になる」とした。

 横倉会長は公的な医療給付の範囲を維持することや株式会社の経営参入を認めないことも条件にあげた。27日、3つの条件を守ることを明言するよう首相官邸に申し入れたとした。

 日米首脳会談を終えた安倍晋三首相から24日の帰国直後に電話があり、TPP参加の交渉について「米国に理解を求めた。国民皆保険は堅持した」と説明を受けたと話した。

特に昨今ではいわゆる若年ワープア層の拡大を背景にして使いもしない医療保険に毎年大金を取られるのは馬鹿馬鹿しい、無駄な老人医療費に湯水のごとく投じられる医療費を貢がされるくらいならいっそ皆保険制度などなくしてしまえばいいじゃないかという過激な声もかなり出ているようなのですが、さすがにこれらは非現実的として本稿で扱うべき対象ではないように思います。
患者側にとっても文字通り万一の場合の保険となる皆保険制度ですが医療現場にとっても大きな意味を持っていて、応召義務が撤廃されず診察費用未払いが診療拒否の正当な理由として認められないまま皆保険の前提が消失してしまうと、今現在各地の公立病院を中心に起こっている無保険者による治療費踏み倒しや窓口トラブルが全国津々浦々の日常診療にまで拡大することになりかねませんね。
つまり基本的には皆保険制度とは良い制度であり、大部分においてそれを堅持していくことが国民の利益にも医療従事者の利益にも適うとすれば、原則的に皆保険制度は堅持した上で混合診療をどこまで認めていくべきか、またそのために必要な制度設計とはどのようなものになるかが議論のテーマになりそうです。
ところが今現在の医療系団体は妙なアレルギー的反応を示しているのでしょうか、肝心のこうした詳細な議論を頭から拒否したまま皆保険制度絶対死守!混合診療導入反対!と叫んでいるばかりなのですから、いざその時になって厚労省などから意に染まない制度を押しつけられたところで自業自得というものですよね。

ちなみに混合診療と言うと公的に認められた先進医療に代表されるように、まだ保険では認められていない最先端の医療というイメージがあるせいか、それなら混合診療ありで全然構わないじゃないかという意見がかなり目立つのですが、今現在は最先端の医療でも数十年経てば陳腐な古くさい医療になるということは留意していただきたいと思いますね。
一例として先の大戦の頃にはちょうど抗生物質というものが登場した時代で感染症治療が劇的に変化しましたが、仮に当時皆保険制度が存在し抗生物質治療が先進医療として扱われていた状況を想像してみれば、今現在に至りたまたま肺炎になり病院にかかった、抗生物質は先進医療扱いで自費ですと言われて納得出来るかどうか?と言うことですね。
さすがにそんなに長く当たり前に使われているものなら保険診療に組み込まれるだろう?と誰でも思うでしょうが、まさにそういうことが起こっているのが一足先に混合診療が認められた歯科医療で、ごく当たり前の水準の治療行為も保険外扱いで自費診療になる、そしてそうした保険外診療を手がけないと経営的に成り立たない診療報酬体系に設定されていると言う現実があります。
混合診療解禁反対派が主張するところの「混合診療解禁によって保険診療の給付範囲が狭められる」という懸念の根拠となっているのがこの事実ですが、現実にこういうことを行って皆保険の理念を歪めている厚労省が「我々は皆保険制度の崩壊に危機感を抱いている!」などと幾ら言ったところで「はいはいわろすわろす」と返されるのがオチですよね。

では当初の前提に立ち戻って皆保険制度で必ず守るべき最低線とは何か?と言う議論になってきますが、思いつく限りで並べれば救急医療、終末期医療の中でも緩和医療、小児医療、そして生産年齢人口である青壮年期における肺炎や急性腹症といった各種急性疾患は原則保険診療で担保すべきであることにさして異論はないんじゃないかと思います。
一方でいわゆる難病を含めた慢性疾患に関しては何しろ長年にわたって一定の医療費支出を強いるものなのですから、むしろ別枠での公費助成などで単なる三割負担に留まらない手厚い保護を行うべきではないかと思いますが、これまたどこまでをその範囲に含めるべきかという点ではいささか議論の分かれるところではないでしょうか。
一方で一番意見が割れそうなのが癌など悪性腫瘍に対する高価かつ強力な治療をどこまで公的保険で担保するかですが、先日も紹介した近藤先生のように極論に走るのは困ったことだとしても、現実的にはほとんどの患者さんに効果がないのに他にそれ以上の治療法もないからという理由で選択されている高価かつ患者苦痛も強い治療は幾らでもあるのは確かですよね。
病気そのものにはたいして効かなくても症状緩和効果があるという理由で選択されている治療などもありますが、純粋に症状緩和が目的であれば他にもっと良い方法はないのか、あるいは人生で最も苦痛に満ちた期間をいたずらに延長することが人倫的に良いことなのかといった点も含めて、このあたりはこの機会にゼロから議論し直してもいい領域ではないかとも思います。

範囲ということで言えば対象疾患の範囲のみならず給付される人々の範囲も重要で、皆保険制度死守が大前提だからそんなものは考える必要などないと思考停止してしまうのは無保険者が急増している現実を見ない空論と言うしかありませんが、公的保険が整備されておらず医療破産が社会問題化していたアメリカでさえメディケイド、メディケアといった社会的弱者向けの公的医療補助制度は存在していたわけです。
それでは誰が困っていたかと言えば保険金をかけることをしなかった中間所得層が突然の大病で膨大な医療費支出を迫られ破産するケースが多発し社会問題化したのであって、だからこそ「なぜバカでかいテレビを買うために保険をケチってた連中のために俺の金が使われなきゃいけないんだ」という根強い批判があることは理解いただけるかと思いますね。
日本では同様に生保受給者には全額公費での医療扶助があり、またアメリカと違って公的な皆保険制度がある以上例え基礎疾患があり事実上民間保険には入れない人であっても最低限の医療は担保されると思われますが、となれば保険料すら負担できない、あるいは窓口で自己負担分を支払えない貧困労働者対策として真っ先に考えられるのはこれらワープア層に対する保険料の大胆な減免や窓口負担の軽減策ではないでしょうか。
ともかく何でもお上が負担してくれる生保受給者から必死で努力し抜け出してワープア層に入った途端に各種公費負担で首が回らなくなってしまうという制度設計がおかしいのであって、収入状況に応じてもう少し柔軟かつ段階的な保護策を講じるべきだし、一過性の消費で終わってしまう消費税払い戻しなどよりそちらの方がよほど実効性ある貧困対策になるはずだと思いますけどね。

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コメント

TPPに参加しない選択枝があるのかないのか考えないと
参加しないなら代案を示すべきだし参加するならどのみち条件闘争するしかないでしょ

投稿: | 2013年3月 1日 (金) 08時55分

ところで混合診療の全面解禁イコール任意の保険外診療を保険診療と併用できるという意味だとすると解禁反対イコール混合診療していい保険外診療の範囲を個別に審査認定することを求めている?
ドラッグラグ解消のために混合診療を認めて欲しいと言ってる人達にとってはまったく受け入れ難い話に思えますがそういう反対意見をあまり聞きませんね。

投稿: ぽん太 | 2013年3月 1日 (金) 10時06分

日本人視点では国内の制度を守る側ですが、例えば来日外国人が本国で当たり前に受けられる治療を日本で受けられないのは非関税障壁だ!などと言い出した際にどう反論するか理屈は必要でしょうね。
特にそれによって予後が大きく変わってしまった可能性があるとすれば、アメリカ人あたりであれば遠慮無く民事訴訟に訴えるでしょうし、アメリカ式に懲罰的賠償金を命じられるリスクもありますよね。
その場合賠償金というリスクを引かされるのがドメスティックな制約を強要した国なり日医なりなのであればともかく、単に制度に従っただけの現場医療機関であるとすればおもしろく感じない人も出てくるかも知れません。
今のところ何がどうなるのかも判りませんからどこまで考えておくべきなのかもはっきりしませんが、あちら流の考え方で見てみれば日本という国はおかしなところは幾らでもあるでしょうからね。

投稿: 管理人nobu | 2013年3月 1日 (金) 10時59分

ともかく反対反対のかけ声ばかりで中身の議論がまったく進まないのでは賛成とも反対とも言いかねるところですな
まずは参加国としっかり議論をしてもらいたいのだが守り一辺倒ではなく日本側からも要求を突きつけるくらいのつもりで行っては如何か

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年3月 1日 (金) 13時58分

管理人様へ

日本でも自由診療であればたいていの治療は受けられるでしょうし、それがアメリカで治療を受けるよりもはるかに高額ということもないと思われます。
アメリカで当たり前に受けられる治療が日本で受けられないのが非関税障壁だと仮にしても、健康保険制度よりもドラッグラグとか裁判の判例とか各病院の受け入れ態勢の問題の方が大きいのではないかと。

逆に、日本で数万円で受けられる治療がアメリカで治療を受けると数万ドルかかるのは非関税障壁だ!などという主張もあり得るでしょう。

投稿: クマ | 2013年3月 1日 (金) 14時14分

>逆に、日本で数万円で受けられる治療がアメリカで治療を受けると数万ドルかかるのは非関税障壁だ!などという主張もあり得るでしょう。

まさに!そういうところこっちからもどんどん主張してもらいたいですよ!なんで一方的にアメリカの言いなりになるつもりでいるんだろう!

投稿: てんてん | 2013年3月 1日 (金) 14時54分

米国の保険会社のマーケットとして日本市場を開拓したいというだけでしょう。
今まで皆保険制度に甘えて治療受けたい放題だった患者側もそうはいかなくなる。
貧困層や高齢者などは真っ先に切り捨てられ、過剰医療や濃厚医療は資産家の一部しか受けられなくなる。
医療機関も患者も弱肉強食で淘汰されていくでしょうね。

投稿: 逃散前科者 | 2013年3月 1日 (金) 17時01分

自由貿易協定、経済連携協定のひとつであるTPP。
欧州連合EU/EEAは医師・歯科医・看護師・助産師・薬剤師・獣医師・建築家(一級建築士相当)・法律家(司法試験合格者)は域内のどの国でも資格相互承認されています。
医師の場合は、専門医資格も相互承認。
アメリカとカナダの北米協定、英連邦各国もそれぞれ同じ。

日本がTPPに参加したら、米国、カナダ、オーストラリアの医師資格/専門医資格の相互承認されるのか、どうか。
さすがに、農業などは加わらなくていいから、そこだけ承認してね、というわけにはいかないですよね。

投稿: とある内科医 | 2013年3月 1日 (金) 23時49分

アメリカの医療保険を学ぶのにはこのシリーズが大変参考になりますよ。日本の医療がぬるま湯につかりきってると彼らには見えているはずです。

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第240回
「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(10)
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03017_03

これだけ過酷な環境で鍛え抜かれたアメリカの医療保険がナイーブな日本市場に参入しようとしないはずがないでしょう。宝の山を目の前にして手を出すなと言うのは無理です。

投稿: たま | 2013年3月 4日 (月) 07時40分

おっしゃるように民間保険の参入は今以上に進むと思いますが、コストパフォーマンスで言えば日本の皆保険制度は非常に高い水準にあることも確かです。
むしろこうした給付抑制の考え方が導入されることによる医療政策や現場への影響がどうなるのかに注目したいですね。

投稿: 管理人nobu | 2013年3月 4日 (月) 11時00分

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