« 歯科インプラント死亡事故 刑事訴訟で有罪判決下る | トップページ | 薬ネット販売は一気に全面解禁へ?! »

2013年3月 7日 (木)

患者に真実を告知することは許されない?

先日は歯科医のインプラント絡みで刑事訴訟での有罪判決が下ったことをお伝えしましたが、今度はこれまたなかなかに議論を呼びそうな民事訴訟が始まりそうだというニュースをお伝えしましょう。

余命告知で精神不安定に 治療できず死亡(2013年3月4日スポーツ報知)

 医師から余命告知をされた母親が精神不安定になり、がん治療を受けられず死亡したとして、遺族が4日までに、徳島大病院を運営する大学に慰謝料など約4500万円の損害賠償を求め、徳島地裁に提訴した。

 訴状によると、2011年3月、徳島県内の70代の女性が余命数か月と診断され、徳島大病院に入院。子どもたちは余命を知らせないよう病院側に申し出たが、医師が本人に「このままだと数か月。完治することはまずない」と伝えた

 女性は深夜徘徊や暴れるなど精神的に不安定になり、病院にいる方が危険だと医師が判断。通院で治療を続けたが、幻覚の症状が出たり、薬を飲まなくなったりして、十分な治療を受けられず、12年4月に死亡したとしている。

 遺族は「告知によって患者に精神的ショックを与えないよう配慮する義務が医師にはあった」と主張している。

 徳島大は「対応を検討中でコメントできない」としている。

損賠訴訟:余命告知に過失、遺族が徳島大病院を相手に提訴 /徳島(2013年3月5日毎日新聞)

 徳島大学病院(徳島市)で胃がんと診断された女性が、医師から「数カ月」との余命を告知されたことにショックを受けて重い意識障害に陥り、満足な治療も受けられずに死亡したのは過失だとして、女性の家族が同病院を相手取り慰謝料など4585万円を求める損害賠償請求訴訟を徳島地裁に起こしていたことが分かった。

 訴状によると、女性は11年3月、同病院で胃がんで余命数カ月と診断されたが、性格が臆病なことから家族は本人への告知を望まず、最初は医師から病名だけ知らされた。その後、担当した別の医師が余命を告げて以降、女性は家族が判別できないほどの意識障害の状態になり、12年4月に胃がんで死亡した。原告側は「余命は告知しないとの診療情報を医師間で共有する義務を怠った」などと主張している。

 同病院は「訴状を検討中のためコメントは差し控える」としている。【山本健太】

徳島大では患者へのインフォームドコンセントということに関して何らかの内部規定があるのかは判りませんが、家族の希望で当初余命までは告げなかったにも関わらず別な医師から告げられてしまったため患者がショックを受けたという、こうして読むだけでも日常診療でしばしば遭遇しそうなケースだなと想像は出来ますよね。
ちなみに何らかの法律に違反していると検察が判断して始まる刑事訴訟と異なり、民事訴訟というものは誰が誰を相手に起こそうが全く自由であるわけですから、理論的には例えば「入院中の担当看護師が不美人なオバサンばかりで精神的苦痛を被った。一億円の賠償金を払え」という裁判も起こすことは可能となります。
もっとも裁判のシステムとして負けた側が裁判費用一式を負担することになるのが一般的ですし、弁護士にしても勝てば賠償金の何%と言う形でインセンティブがついてくるという契約なのが普通ですから、一般的には到底勝ち目がなさそうな訴えとなれば弁護士に相談した段階で「どうせ赤字にしかならないから」と取り下げるように説得されるということになっているようですね。
ただし中には「お金の問題じゃない。真実を知りたいのだ」という理由でとにかく裁判に持ち込もうとする原告も当然いるでしょうし、ご存知のように昨今では弁護士業界も若手のワープア化が進んでいて仕事を選んでいられないという状況だと言いますから着手金目当てに引き受ける、あるいは一歩進んで無理目の裁判でもけしかけるようにして訴訟に持ち込ませるということも起こってくるのでは、とも危惧されています。

インフォームドコンセントを巡る裁判については判例もある程度蓄積しているところですが、原則的に何らかの選択枝が存在する状況では本人の意志を確認し同意を受けなければ説明義務違反に問われる可能性があると言うことになっているようで、この何らかの選択肢と言う意味が医師と患者の間で解釈が分かれるところだと思います。
先日紹介しました乳房温存療法における説明義務違反が認められた裁判でも「医師らからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があった」と驚くべき判断が示された通り、この考え方の行き着くところ「祈祷師に拝んでもらう」といった医学的に到底それは選択枝に入らないだろうというものまで説明しなければならないのかという話になりかねませんよね。
こうしたことから司法の世界に携わる弁護士にも「学会が適切な鑑定人を推薦することで、不当な判決をある程度食い止められますが、説明義務違反は裁判官の独壇場」と嘆かせるほど、この説明義務違反とは「医療者側に明確な過失がない場合でも、裁判所が患者救済を考慮して何らかの損害賠償を認めるために、その口実に使われている」便利な法律用語であると見なされているようです。
こうしたトンデモ判決が相次いだ結果JBM(判例に基づいた医療)という言葉も一般化するほど医療自体も歪められてきていることは憂慮すべきことで、しかも一般に説明義務を果たさなかったことで訴えられるケースが大多数なのですから、大学病院であれば院内ルールでインフォームドコンセントを無視しての治療は出来ないと言う対応にしていた方がかえってよかったのかも知れません。

もちろんインフォームドコンセントの対象として定義されているのは世界的に見ても患者本人であって、患者の希望で家族に対しては説明しないことは認められていてもその逆は許されていることではありませんから、一般論として家族が反対したにも関わらず本人に余命告知を行ったという徳大の行為は何ら批判されるに当たらないし、残る余生をどう過ごすかという重大事を本人選択の機会すら与えないことの方が大問題とも言えるでしょう。
その意味では裁判になっても告知をしたということ自体の責任が問われることは考えにくく、家族との契約義務違反や告知のやり方に配慮が足りなかった式のひどく主観的な意見によって見舞金的賠償金を認められるくらいに留まるのではないかと思いますが、大学病院はそれでいいとしても一般病院ではまた違った対応が行われているという現実があります。
今回の患者を見ても余命の限られている患者がどのように考えようが結局納得するかしないかは生き残る家族の問題であり、訴えるかどうかを決めるのも後に残された家族の判断であることを考えると、インフォームドコンセントの考え方では否定されつつある日本古来の「まず家族に先に話を通してから」というやり方は一般臨床における訴訟対策としては必ずしも間違っているとも言えないでしょう。
その意味でこの裁判は正しい医療と妥当な医療のどちらを取るかという難しい司法判断になるとも言えそうですが、そうした部分にばかり注目するあまりインフォームドコンセントの大原則をゆるがせにするような司法判断が出て来るようではより一層大きな問題ともなりかねませんね。

|

« 歯科インプラント死亡事故 刑事訴訟で有罪判決下る | トップページ | 薬ネット販売は一気に全面解禁へ?! »

心と体」カテゴリの記事

コメント

徳島大学の件は、症状をみたら癌によるせん妄ではないかと思うのですが、徳島大学にそういう患者さんを治療できる精神科医はいないのでしょうかね・・・

投稿: クマ | 2013年3月 7日 (木) 09時03分

弁護士も告知そのものを禁じるような告訴はできずショックを与えないよう配慮すべきだったという理由にさせたのか?と思ったら毎日の記事では余命告知はしない約束をやぶったと言ってますね。
しかし余命数ヶ月というのが治療してもしなくてもの数字なら大学病院で扱うべき症例ではなかったし治るものだと誤解させたまま入院を続けさせる方が残酷だったのでは?
治らないものであれば家に帰りたいと患者から問いただされたら自分なら可能な限りの手段を講じて家に帰すことを考えるし家族がそれを受け入れられないなら最初から治療も行いません。

ともかく患者さんの最後が苦痛に満ちたものであったとしたら残念なことです。
ICの根管にも関わる裁判ですからへたな判決を書くと大変な社会的影響を与えてしまうことを裁判官もよく考えて審理していただきたいです。

投稿: ぽん太 | 2013年3月 7日 (木) 09時22分

でも一応余命数か月の患者が1年は生存できたんですよね。

あるいは、積極的治療に及んだら寛解を得ることができたのであれば、話は変わると思いますが。

投稿: | 2013年3月 7日 (木) 10時21分

つアンビュランス・チェイサーの時代がやってくる?
http://ameblo.jp/miolaw-staff/entry-10703730976.html

投稿: | 2013年3月 7日 (木) 10時38分

>積極的治療に及んだら寛解を得ることができたのであれば、話は変わる

記事からはそのあたりの事情がはっきりしないのですが、非常に重要なポイントだと思います。
患者にしてみれば情報は極めて制限されているのに強力な治療を強いられ当然副作用もあったと思いますし、「こんなにつらいなら帰る」と言い出しても不思議ではないはずです。
それに対して「でもこのまま放置したら」という話が出るのはごく自然な流れですから、そもそも最初の段階で情報開示をしないという約束をしていた(家族の話が事実だとすれば)というのが、大学病院レベルでの治療を前提にするなら無理があった気がします。
約束をした医師と告知をした医師との関係がはっきりしませんが、もし仮に前者が昔ながらの感覚を持つ大ベテランの上司で後者が実際の治療に当たっていた部下だったとすれば、むしろ板挟みになって一番苦労しただろう上に訴えられてしまった部下先生にこそ同情せざるを得ません。

投稿: 管理人nobu | 2013年3月 7日 (木) 10時55分

「平均余命は?」と聞かれたら答えてもいいかもしれませんが、個別の余命の告知(もしくはそう勘違いされる告知)をする医者の存在が信じられません。個々の患者で余命は異なるのですから、「人によって千差万別です。明日なくなるかもしれないし、一年以上生存するかもしれません」との説明でインフォームドコンセント上、十分だと思います。

投稿: | 2013年3月 7日 (木) 12時36分

個々の症例の余命は推測できることもあればできないこともあると思っています。
私は悪性腫瘍は門外漢なので、何ヶ月も先のことはわかりませんが、それでも残り1ヶ月を切るようになると、なんとなく見えてくることはあります。
ちなみに私の専門分野ならもっと長期の予測が立てられます。
だから、癌患者の数ヶ月後の予測が自分にはできないからといって、専門家にもできるわけがない、とは思っていません。
「自分はあとどれくらい生きられるのか知りたい」というのは患者の切実な欲求なのだから、できる限り誠実に答えるべきだと考えています。
少なくとも「人によって千差万別です。明日なくなるかもしれないし、一年以上生存するかもしれません」という説明(今気付いたけど、もしかして釣り?)が誠実なものとは私には思えません。

投稿: JSJ | 2013年3月 7日 (木) 13時40分

昔はそれでもよかったんですがね
今は告知拒否されない限り情報はすべて言わなきゃならないんで
だから本件では患者本人の意思がどうだったかがポイントですか

投稿: けん二号 | 2013年3月 7日 (木) 13時43分

まあ普通に考えれば70歳以上の高齢者で余命数ヶ月ですから、相当進行しているステージで胃癌が診断されて、
もはや治療の適応もなく、ときすでに遅しだったのは間違いない。患者への告知という判断は残りの短い余生を有意義に過ごすという意味でQOL的にも正当性があると考えます。
日本は「家族が」とか過剰に家族の意向を重視した医療になっているのが滑稽としかいいようがないですが、世界基準だと病状説明は認知症でもないかぎり患者本人でしょう。ただこの場合だとガン末期のせん妄状態ですから告知しようがしまいが、いずれ精神錯乱状態は大なり小なり起こっただろうと思われます。
それを「医師の告知のせいだ」というのは相当無理があるし、病気が悪い方向に向かうとすべて医療機関に責任転嫁すればよいという、極めて歪んだ日本の社会悪的価値観がそこに見える。
もうこんな国には医師も医療機関もはや存在するに値しないと言っても過言ではないでしょう。
昔のように病気になったら無駄な抵抗はせず、自然に死を受容する。このほうが極めて健全な精神社会ですね。

投稿: 逃散前科者 | 2013年3月 7日 (木) 14時21分

このケースでは「数カ月」との余命を告知されてから13カ月生存しています。13カ月も数カ月だと強弁できなくもないですが、悪性腫瘍の余命予想なんてその程度なんですよ。だから、すべての情報は包み隠さず伝えるべきと言うなら、個別余命予測の確度も伝えるべきと思いますがね。そこまで説明している先生はいらっしゃいますか?

投稿: | 2013年3月 7日 (木) 14時39分

その程度のことも考えないで末期医療にたずさわってる医者はまずいませんよ

投稿: サケ大好き | 2013年3月 7日 (木) 15時19分

私も悪性腫瘍も含めてターミナル患者の医者の予後予測ほどあてにならないものはないと思いますが(笑)
予後予測など天気の長期予報以上にあてにならないし、そもそもたかが人間が自然現象(人体内での)を予測したりコントロールできると思っているほがおこがましいですよ。いつまで生きられるかは完全に精神的・肉体的にその人次第ですね。「余命●●」と時期を示すのは無意味かも。ただ一応「余命数ヶ月」と告げたくらいだから、手術化学療法で治療の施すタイミングを大きく逃したほどの進行期末期であることは間違いないでしょう。
1ヶ月でも長く生きられれば神に感謝すべきであって、せん妄が出たから不幸な死に方をしたとか意味不明の根拠で医者を責めるようなことはしないでいただきたいですね。ガンを診てくれる医者が国内にいなくなりますよ。
まあこういう人は日本から出て、大陸にある病院でも行けばいいでしょう。

投稿: 逃散前科者 | 2013年3月 7日 (木) 18時00分

心ある医師にとっての選択肢が次々と奪われていくのがJBMの恐ろしさ。
心なき者ならかえってその方が迷いなく流されることもできましょうがね。
それは医師が自由に裁量をふるえた時代もあれはおおいに問題はあったのは認めますよ。
しかしこれ以上に制約に制約を重ねることなどもはや有害無益というものでしょうに。
型通りにされるだけの医療で看取られたい人間などおらんはずです。

投稿: 藪 | 2013年3月 7日 (木) 21時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/56899754

この記事へのトラックバック一覧です: 患者に真実を告知することは許されない?:

« 歯科インプラント死亡事故 刑事訴訟で有罪判決下る | トップページ | 薬ネット販売は一気に全面解禁へ?! »