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2013年3月28日 (木)

そういえば、朝日はアサヒるという事実も、多少気になるところだが

先日は衆院予算委員会という公の場において、いわゆる従軍慰安婦問題は朝日新聞の捏造であったと言う中山議員の発言があったのですが、これが少しばかり別な方面で注目を集めることになっています。

国会で語られた「朝日新聞の慰安婦捏造」問題をどこのメディアも報道しないのはなぜ?(2013年3月15日ガジェット通信)

先日話題となった3月8日の衆議院予算委員会で語られた朝日新聞の慰安婦捏造記事の動画の件であるが、NHKがこの動画を著作権侵害とし削除要請。その後に中山なりあき議員側が同様の動画を『YouTube』に公開。NHKが動画を削除要請したので大騒ぎになっていたが、動画の再公開によりネット上では盛り上がりがヒートアップ。

「NHKはなぜ削除要請をしたのか」「中山先生は信用できる」などと言った書き込みが相次いだ。しかしこの騒ぎは今の所ネット上だけの騒ぎにとどまっているようである。それもそのはず、各社テレビメディアや新聞社が一切報じていないのだ。これだけホットな出来事なのにこれをスルーするのはなぜなのだろうか。

「特オチ」レベルの大物記事を、なぜみずみず見逃すのか(全社報道していないので正確には「特オチ」ではないが)。それは謎の圧力が働いていると予想できる。あくまでも予想の範囲であるが、マスコミは希にこのように横一線に報道範囲や規制を設けることがある。福島原発は報道規制の温床とまで言われており、政治に近ければ近いほど規制が敷かれる場合が多い。いわゆるタブーというやつである。マスコミから言わせれば「報道の自由」もあれば「報道しない自由」もあるのだ。過去にこれに似た件を報道したのは某雑誌週刊誌である。中身は「慰安婦の嘘は朝日新聞の捏造」という物であった。

しかしこのような事実があったことをネット上のユーザーだけでなく、国民に知らせるのはメディアとしての義務ではないだろうか。隣国に配慮して報道しないとなればもやは中立なメディアはなくなったといっていい。ネットでニュースを見る人が増えたとは言え、多くの人はまだテレビや新聞を観ているのが現状。ましてやこうしたゴシップ記事は『Yahoo!』という大手ポータルサイトには掲載されないのである。

ちなみに記事にもあります通り、この際のテレビ中継をネット上にアップしたところ速攻でNHKから削除依頼が出たというオチもつきましたが、最終的には中山議員が自サイトで動画や資料を公開するという形で落ち着いたようです。
中山議員はその後「私が狙われていると検察関係から警報あり。一部のマスコミが捏造してでも私を叩くらしい。私に何かあったらそういうことです」などと呟いていて、そちらの方でも今後何か起こるかどうかと皆がwktkで注目しているところですが、いずれにしてもこの朝日の誤報(あるいは、意図的な捏造報道?)説は一部では以前から言われていたところで、当該記者の親族が当時訴訟当事者であったなどという話も伝わっています。
歴史の問題は歴史家の研究に委ねるしかないにしても、こうした長年有耶無耶にされてきた一連の疑惑について朝日新聞自身が未だに一度として彼らの言うところの「説明責任を果たしていない」のは明白なのですが、その朝日に関してもう一つこういう記事がちょっとした話題になっているのをご覧になったでしょうか。

さりげなく安倍晋三の出自を攻撃する朝日(2013年3月25日BLOGOS)

 3月18日付け朝日新聞朝刊の天声人語。

     「占領は終(おわ)った。六年八カ月間の長い長い占領は終った」と1952(昭和27)年4月28日の小欄は筆を起こしている。末尾は「占領よ、さようなら」の言葉で締めくくった。独立という、戦後の新しいステージへの静かな高揚が伝わってくる▼サンフランシスコ平和条約が発効したその日、日本は主権を回復した。同時に沖縄、奄美、小笠原は本土から切り離された。沖縄ではその後20年にわたって米軍統治が続くことになる。「屈辱の日」として記憶されてきたゆえんである▼平和条約をめぐって、国論を分かつ議論が起きたのはよく知られる。東西の両陣営と講和するか、米国など西側だけとの講和か、である。世論は沸騰した。しかし「日本」とは本土だけを指し、沖縄は忘れられていた▼それから61年、「主権回復の日」の式典なるものを政府が初めて行うそうだ。沖縄から反発の声が上がったのは当然だろう。復帰後も基地は集中し、治外法権的な地位協定は残る。今なお「占領よ、さようなら」と言えずにいる人は少なくあるまい▼「日本には長い占領期間があったことも知らない人が増えている」と安倍首相は言う。その通りだろうが、4・28は沖縄などを「質草(しちぐさ)」にしての主権回復だった。沖縄では日の丸も自由に掲げられなかった▼安倍さんの祖父の岸信介氏らは条約発効に伴って公職追放が解かれている。それはともかく、沖縄への想像力を持たずしてこの日は語れない。万歳三唱で終わるなら、やる意味もない。

 末尾近くの、
「安倍さんの祖父の岸信介氏らは条約発効に伴って公職追放が解かれている。それはともかく、」
 唐突なこの一節は何だろうか。
 この流れでこんな話を持ち出す必要があるのだろうか。

 いや、筆者の意図はわかる
 安倍晋三が岸信介の孫であることを改めて思い起こさせること。
 その岸信介はA級戦犯容疑者として拘束され、釈放された後も主権回復までは公職追放されていたことをも思い起こさせること。
 まるで祖父の公職追放解除を祝いたいのだろうと言わんばかりだ。
(略)
 同じ日の夕刊のコラム「窓 論説委員室から」は川戸和史が「満州国と安倍バブル」と題して次のように述べている。

    〔前略〕東大教授の安富歩さんは、バブル経済と満州事変などの戦争が似ていると指摘してきた。
     「安倍バブル」に1980年代のバブルの熱気はないが、今の閉塞感はむしろ事変の当時により近いかもしれない。安富さんに聞いた。

     「社会の倫理が崩壊して暴走の歯止めを失うプロセスはバブルも戦争も同じなのです。過ちを犯さないためには、政治家が本質的な問題は何かを国民に率直に訴え、ごまかさずに正面から取り組むことです。しかし、往々にして政治家は話をすり替えて国民に安易な逃げ道を示し、大失敗する。満州国は新興財閥を動員して大陸に王道楽土を建設すると、良いことずくめの話でしたが、結果は破滅的な損失でした」 

 満州国を取り仕切った一人が安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相であったことはさておき、アベノミクスも一歩間違えば政府の誘導と民間の依存心の悪循環を生む危うさが漂う。

     「既得権益を破って成長産業を育てるという真の課題から逃げ、脱デフレの期待をあおるのでは、逆に問題を悪化させます」と安富さん。

     気をつけよう、王道楽土の甘い期待は高くつく。

 祖父が取り仕切った満洲国は破滅したから、「安倍バブル」もわが国を破滅させるおそれがあると言わんばかりである。
 満洲国が破滅したのは必ずしもその構想自体が誤っていたからではなく、もっと別の要因によるものだと思うが。
 朝日には、安倍首相と戦中・戦後の歴史をセットで語る時には、必ず岸信介に触れなければならないという決まりでもあるのか。
 しかも、「それはともかく」「であったことはさておき」と、あたかも本筋ではなく、ただちょっと触れてみただけという逃げの姿勢がまたいやらしい。

 こういうことを言うと、いや安倍は自ら岸の孫であることをウリにしているのだから、岸の負の面も継承すべきであるといった反論があるのだが、私はそれはおかしいと思う。
 本人が自分の出自や祖先を語るのはよい。自分にまつわることであり、その発言の責任は自分がとればよいのだから。
 しかし、他人が、ある人の出自を、その人を批判する材料として用いるのはよくない
 何故なら、人は親を選べない。先祖が行ったことは本人の責任ではない。
 その人の責任ではないことで、その人を批判するべきではないと思うからだ。

 誤解しないでいただきたいのだが、私は公人の出自を全く明らかにすべきではないと言うのではない。
 公人が、出自はもちろん、家族や学歴、職歴、趣味嗜好、交友関係など、ある程度プライバシーをさらけ出さなければならないのは仕方ない。それがその人物を判断する材料に成り得るからだ。
 しかし、本人のあずかり知らないことや、本人ではどうにもならないことを、本人を批判する材料として用いるのはよくない。それは、アンフェアだからだ。
 安倍晋三が岸信介の孫であること。岸信介が満洲国を取り仕切ったこと。A級戦犯容疑者として拘束され、釈放後も主権回復まで公職追放されていたこと。
 これらはいずれも安倍本人にはどうしようもないことである。その人自身ではどうしようもないことを、その人を批判する材料として用いるべきではない。
(略)

しかし問題となった記事は自分も目にしていたのですが、あまりに唐突に挿入されていたことから正直当該部分は見過ごしていたのは無念と言うしかありませんね。
朝日と言えば自社から分社化した完全子会社の朝日新聞出版が発行している「週刊朝日」が「ハシシタ 救世主か衆愚の王か 橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」などと題して橋下氏の出自に関する執拗な報道を行い、「血脈主義、身分制に通じる極めて恐ろしい考え方だ」と大いに批判を浴びたのも記憶に新しいところです。
最終的に朝日新聞出版社長が引責辞任したのみに留まらず、親会社側も同社の「報道と人権委員会」により「橋下氏の出自を根拠にその人格を否定するという誤った考えを基調としている」「報道機関として、あってはならない過ち」と断罪され、「痛恨の極み」「この過ちをわが問題と受けとめ」云々と社説に書く派目になったわけですね。
それがつい先日と言っていい昨年末のことでしたが、それから半年も経たずして再びこうした「出自報道」を繰り返しているのですから、結局彼らにとって出自報道とは過ちとは受け止めていなかった、むしろ「社是」であったということなのでしょう。

ちなみに記事でも指摘されているようにこの出自を示す文言、文脈を無視して「それはともかく」「であったことはさておき」などといった言葉によって唐突に差し挟まれているのですが、管理人も一応書き手の立場ですから判りますが一見本筋と無関係に見えるこうした挿入句は敢えてそうしてでも書きたい記者の強い意志の現れだと理解すべきでしょうね。
それはともかく4月20日もそろそろ近いせいでしょうか、朝日から沖縄の空気を読めと言われれば「K.Y.って誰だ?」という言葉をしきりに思い出すのですが、ネット上では予想通り「社是」という言葉ばかりが並んでいるのは予想通りとしても、この沖縄基地問題もそもそもの元を辿れば人口密集地である普天間から辺野古に移転させるというのは極めて微妙な地元感情などもある中、長年かけて地道に進めてきた作業だったわけです。
それをルーピー宰相の思いつき発言に渡りに船と便乗して恣意的に特定意見を取り上げ、沖縄県民感情をあおり立てかえって問題を複雑化させてしまった当事者である朝日が第三者顔でこういうことを言い出すというのは、「勝てる戦を何故やらぬ」と我が国を戦争へと煽り立てた新聞社が戦後処理の不手際だと他人を責め立てるのと同じくらいKYですよね。
これほど安倍総理の祖父の公職追放歴を問題視する朝日新聞ですが、かつて朝日の主筆もA級戦犯容疑者として公職追放された身であったことはさておき、朝日新聞方式で他人の出自を調べ上げ批判するということは、裏を返せば先祖の批判をすることでしか当事者に突っ込める隙がなかったと受け取るべきなのでしょうか?

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コメント

鳩ポッポは先祖代々亡国政治家の家系ですがスルーですかそうですか

昭和5(1930)年、ロンドン海軍軍縮条約に調印した浜口雄幸内閣に対して、軍部と野党政治家が政府を激しく攻撃した。
明治憲法(大日本帝国憲法)の第11条には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」、第12条には「天皇ハ陸海軍ノ編成オヨビ常備兵額ヲ定ム」、とあり、これは天皇の統帥権、編成大権と呼ばれていた。陸海軍の兵力を決めるのは天皇と書かれているではないか。その天皇をさしおいて、政府が兵力数を決めてきたのは憲法違反である。天皇の統帥権を犯すものだ、と言い出した。
これを政争の具にして議会で「統帥権干犯!」と騒ぎ出したのが野党・政友会の犬養毅や鳩山一郎(鳩山由紀夫・邦夫兄弟の祖父)だった。

浜口雄幸首相は議会で、「一応天皇が最終的な権限を持っているけど、実際上は責任内閣制度なのだから内閣が軍縮条約を結んでもかまわない。これが統帥権干犯ならば、外交を外務大臣がやるのは外交権干犯なのか?」という堂々たる立派な答弁をして鳩山一郎や政友会は言い負かされてしまう。
しかし、これで浜口首相は右翼や海軍から恨みを買うことになり、後日、右翼に狙撃されて重傷を負い、退陣に追い込まれた(浜口は約10ヵ月後に死亡)。

もともとは明治憲法の欠陥なのだが、それまでは元老制度によってこれが問題となることはなかった。しかし、昭和に入ると元老のほとんどは死に絶え、必然的に内閣の権威も衰えてしまった。ここに統帥権干犯問題という軍部の横暴がまかり通ってしまった原因がある。

結局、この問題により内閣は軍に干渉できないことになってしまった。
この問題で政府を攻撃した犬養毅は五・一五事件で射殺された(この流れは二・二六事件へと連なる)。
この問題あたりを機に、日本の議会政治は徐々に死んでいく。議会政治崩壊の元凶は「統帥権干犯!」と騒ぎ出した鳩山一郎である。

投稿: (´ ・ ω ・ `) | 2013年3月28日 (木) 09時18分

でもこのほうが安倍さんの政策を批判してんじゃなくてポリシーで安倍さんを攻撃してんだって判りやすいからいいんじゃないですか。
マスコミの不毛なレッテル貼りには普通の国民もいい加減飽きてきてるって思いますよ。

投稿: ぽん太 | 2013年3月28日 (木) 10時19分

実力以上の大勝ちをして思わぬ責任を担がされてしまった民主党にしろ、考えて見ればマスコミに踊らされた犠牲者とも言えますかね。
ちなみにおじいさんの方の鳩山さんは統帥権問題が軍部暴走の発端になったことについて一応反省の意は示していたそうで、相変わらずなお孫さんよりはいくらかマシかなとも思います。

投稿: 管理人nobu | 2013年3月28日 (木) 11時57分

アサヒらない朝日になどなんの存在価値があるだろうかw
朝日としてのアイデンティティーを未来永劫追求することこそ社会的責務だろうww

投稿: aaa | 2013年3月28日 (木) 12時25分

朝日は出自に異常にこだわるのは理由があるのかな?
中の人がそういうのこだわる人なの?

投稿: | 2013年3月28日 (木) 16時08分

最近特に新聞記者の取材力が落ちているように思えるのは気のせいでしょうか。
「世間で広く知られている」「書籍にも記述があった」ことを論拠にろくな取材もせずに記事書いて
ソースロンダリングにまんまと引っかかるとか、もうね・・・

投稿: 名無子 | 2013年3月28日 (木) 23時41分

↑昔から同様の取材力だったのでしょう。ネットによって即座に記事の内容が検証される様になり、デタラメが通用しなくなってきていることが「新聞記者の取材力が落ちているように思える」のではないですか。
ウソヒは昔からウソヒ、侮日はもとから変態、ゴミ売りは所詮ゴミ、3Kはどうあがいても三流で軽薄。

投稿: 放置医 | 2013年3月29日 (金) 10時49分

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