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2013年3月27日 (水)

医療と製薬業界の不適切な関係?

自らが医師でもあるアルファブロガーの井上雅博氏が先日こんな記事を書いていましたが、井上氏自身も以前には外資系製薬会社に勤務するなど医師と製薬会社の資金によるつながりということに関しては実地に見聞している立場にあったわけですね。
その上で今回のテーマとなっている京都府立医大教授の論文撤回事件の背景事情として日本では臨床研究が基礎研究に比べて遅れており、公的資金のサポートも得がたいため研究者は成果が出るまでの費用や時間に常々頭を悩ませているという指摘をされていることに留意ください。

奨学寄附金という“隠れ蓑”を許すな(2012年3月27日日経メディカル)

 さて、前回に続き、Kyoto Heart Studyの論文撤回問題に関連して、わが国の臨床研究のあり方について考察していきます。
 今回の件を含め、日本の臨床研究が抱える問題の根本には「利益相反」があると私は考えています。
 私は以前「特定の薬剤を用いた臨床研究の資金源の記載状況」という調査に協力したことがあります(臨床評価40〔1〕:43-51, 2012)。UMIN臨床試験登録システムに登録された臨床研究のうち、特定の薬剤を利用して介入研究を行ったものについて、研究資金の調達方法を調べたものですが、この調査では、56%の研究が「自己調達」によって資金調達していました。
 利益相反のない「自己調達」の研究が多いことは一見、理想的な状態に見えます。ですが、臨床研究の質を上げようとすれば、複数の医療機関の連携はもちろん、クライテリアに合致した症例の登録、プロトコール通りの検査の実施、症例のデータ収集などを含めたモニタリングとデータマネジメントなど、多くのハードルがあります。統計の専門家も含めた複数の専門職との協業が必須です。当然、ヒトもカネも大量に必要となります。
 通常、新薬の治験には1症例150万~200万円かかります。臨床研究の場合は、それに比較すれば1桁少ないといわれますが、とはいえ小規模な研究であっても、文部科学省から配分される大学予算で賄える額とは思えません。去年まで製薬企業に勤務していた立場で誤解を恐れずに言えば、「自己調達」の裏には、製薬会社からの「奨学寄付金」という名の“隠れ資金提供”が存在します。「奨学寄付金」は、使用目的を限定していないこともあり、先述のような調査では「自己調達」の扱いになるのです。

 ちなみに同調査では、22%の研究が「財団など」を通じて研究資金を集めている、と回答していました。しかし、それだけの資金力のある財団がそんなに多く存在するのでしょうか。心血管イベントをエンドポイントとした臨床研究を対象とした同様の調査(Sawata H,Tsutani K. BMC Med Res Methodol. 2011 Nov 1;11:148.)では、「財団など」と回答した研究のすべてが製薬企業など企業の支援を受けていたそうです。
 製薬企業は、大学を含む研究機関の臨床研究(医師主導型研究)を数多く支援してきました。それによって日本発のイノベーションや科学的な業績を世界中に問うことができ、薬剤の新しい投与方法や治療方法が発見され、医学が進んだのは事実です。ですが、財団からの調達や自己調達をうたう研究が、実は特定の企業によって投入された資金で行われ、研究結果にバイアスがかかっていた可能性も否定できないことになります。
 実際、今回論文が撤回されたKyoto Heart Studyも、UMINなどの研究登録上は、「大学独自」で資金調達したとされていましたが、同研究で扱われた薬剤を発売するノバルティス社は、記者会見の席で奨学寄付金を出していたことを認めています(「薬の効果、論文に疑義 京都府立医大、3本を撤回」朝日新聞 2013/2/28)。
 奨学寄付の名の下に行われる学術支援の仕組みでは、その資金について、十分な情報開示が行われてこなかったという実態があります。学会発表や論文に「利益相反なし」と書いてありながら、実はその資金は製薬企業が出しているという場合が少なからずあったわけです。

認められなくなる奨学寄付金

 これまで「奨学寄付金」は、製薬企業が、研究者の研究資金のニーズに応じて提供してきました。製薬企業の営業部門にとって、「寄付金」は有力な研究者のいる大学との関係を強化するためのマーケティングツールという側面もありました。そんな“色の着いた”お金でも、日本のように国から潤沢な研究予算が下りない国では、大切な資金源です。
 問題は、このような仕組みの下では、資金提供した企業の製品について仮に不都合なデータが出ても、その事実を研究者側が開示しにくくなる可能性があることです。
 臨床研究は現在、患者さんや被験者保護の観点からも倫理的に正しく行われることが求められています。研究資金を製薬会社に求めるのは、特に日本のような国では今後も必要でしょう。だからこそ、特定の製薬企業からの支援があるならば、研究内容が企業と関係していることを明示して解析や論文作成がなされる必要があると思うのです。

 現在、海外の製薬企業は、研究支援の際に契約を交わし、企業と研究者の責任を明確にしています。しかも、その内容は必要に応じて開示されます。また、英文誌に投稿しておられる先生方はご存じの通り、論文の最後に資金提供者を明示するのが当たり前になっていますし、研究に着手する前に、概要をClinicaltrial.govなどのClinical Trial Registration Siteへ前登録しておかなければ、論文掲載を受け付けてもらえないケースが増えています。
 外資系製薬企業の日本法人が同様の方向に見直すのは当然の流れです。実際に、大手の製薬企業で近年、営業部門から独立し、研究支援を目的としたメディカル・アフェアーズ部門の設立が相次いでいます。これにより、MRを含む営業部門が臨床研究の内容に口をはさむことはできなくなっています。また、新薬の研究開発や臨床研究など製薬医学の専門家の医師や薬剤師による「日本製薬医学会」で「臨床研究契約のひな形」を作っています(参考記事:2012.8.21「臨床研究の助成は寄付から契約へ移行」)
 契約になれば、当然、研究成果の質を求められるようになります。冒頭で紹介した調査と同時に行った、日本製薬医学会の会員への奨学寄付金に関するアンケートには「臨床研究と呼ばれる研究のクオリティが低すぎる」「臨床研究はすべてGCPに準拠すべきだと思う。患者に負担を強いるのに、エビデンスレベルが低いため医療の発展に寄与せず、単に研究者が学会で発表するネタ(かつ学会旅行に行く口実)にしかならないような私利益のための臨床研究が多すぎると思う」などの辛らつな言葉が並んでいました。
 論文の掲載本数に目が行ってしまうのはやむを得ないことではありますが、本数うんぬんは、質の高い研究であってこそのこと。研究者はそろっているのに、研究を支援したり質を高めたりする体制をとれていないがゆえに、偽iPS論文のような論文撤回やねつ造事件が毎年のように発生している日本の臨床研究は、これから世界で生き残っていけるのでしょうか。今、まさに岐路に立っていると感じています。

井上氏の指摘には二つの内容が含まれているように感じますが、まずは日本の臨床研究のレベルが低いということに関して言えばもちろん様々な理由も事情もあることとは言え今回は言及しないことにして、今日はもう一点の医師が製薬会社にお金を出してもらっているという問題に限って論じたいと思います。
ある程度の期間診療に従事してきた医師であれば大抵幾度かは治験や臨床研究といったものに関わった経験があるんじゃないかと思いますが、もちろん直接懐に金品を入れるといったことは論外にしても研究と言えばどうしてもコストもかかるわけですから、その必要欠くべからざるお金を製薬会社が負担してくれるというのであれば願ったり適ったりだと単純に考えてしまうかも知れません。
しかし当事者としてはスポンサーについてもらったからと言って手心を加えるつもりは全く無い、厳正にやっているのだから誰に後ろ指さされる覚えもないのだと胸を張っているからこそ意識していないのかも知れませんが、やはり世間的にはお金を出してもらっている会社に都合の悪い研究成果を出すはずがない、そんな提灯持ち論文は信用出来ないと考えてしまうのももっともな反応でしょうね。
ともかくも医師側がどれだけ真っ当な仕事をしているかに関わりなく世間の目線はそうであるという事情を承知した上で、先日出てきたこちらの記事を見ていただきたいと思いますけれども、こういうのも「また医師会か!」などと言われそうな話ではありますよね。

製薬企業から医師への金、情報公開延期 医師会側反発で(2013年3月23日朝日新聞)

 日本製薬工業協会(製薬協)は21日の総会で、製薬企業から医師らへの原稿料や講師謝礼などの情報公開を当初予定から1年延期することを決めた。2014年度からの開始をめざす。製薬協は11年に透明性の指針を作り、13年度からの情報公開を目指したが、医師側が拙速だと見直しを求めていた

 指針では、原稿料や講師謝礼は「○○大学○○科○○教授○○件○○円」などと個人名まで示して公表する。12年度提供分の金額を13年度に公開することを目指し、個々の医師らの同意を求めてきた。

 これに対し、日本医師会などは、個人名と金額を公開すれば「医師と企業の関係について、社会から疑惑を招き、いわれなき中傷を受けるおそれがある」として、製薬協に公開時期の変更を求めていた

世間では「別に個人名を公表せずともどこに幾ら出したという情報なら構わないのでは?」と言う意見もありもっともだとは思うのですが、例えば開業医など一施設一医師の環境であれば実質的に個人名を公表したのと同じことですから、日医が反対したのもそうした事情を考えてのことなのかも知れません。
ただこうした公開によって「医師と企業の関係について、社会から疑惑を招き、いわれなき中傷を受けるおそれがある」と言うのであれば、公開をしないことによって社会から疑惑を招くリスクも考慮すべきだろうし、何よりも本当に公開が不利益が大きいと確信しているのであれば公開時期の変更などと言わず公開そのものの中止を要求すればいいでしょうに、これでは証拠隠滅の時間稼ぎを図っているのかと「社会から疑惑を招」きかねないですよね。
一応日医ならぬ現場医師の名誉のために弁護?しておくと超有名な先生などはいざ知らず、そこらの一般的な医師の講演料などはせいぜい数万円といった単位ですから、普通に考えて準備や講演にかかる時間を真面目に働いた方がよほど儲かるというもので、直接的な経済上の利益を求めて講演活動に勤しんでいるという医師はあまりいないんじゃないかと思います。
もちろん基幹病院の幹部職にありながらつぶやきと講演だけでろくに仕事をしていないのでは?などと言う疑惑もささやかれている某大先生のように、講演講演で名前を売ることによって何らかの権威なり副次的な産物が生まれることもあるでしょうが、そういう特殊な志のもとに活動している方々をそもそも真っ当な医師と呼ぶべきかどうかはまた議論の余地があるところでしょうね。

ともかくも医師側の考えがどのようなものであれ、社会から疑惑を招くことを懸念するなら社会がどのような部分に疑惑を抱いているかを真っ先に考えるべきであって、わざわざこうした疑惑を招くようなコメントを出してくる日医という団体そのものが社会からの疑惑を大いに招いていることに思いを致すべきだったかとは思いますし、社会の流れもすでに大きく変わってきています。
製薬業界が過去の因習、慣習を断ち切って医師との関係を清算?しようとしていることは今に始まったことではありませんが、学会でも無料の飲料提供が禁止になったなどという話が話題になっていましたけれども、先日も紹介しましたように製薬会社からの贈り物を規制することで医師の処方が変わるというデータも出てしまった以上は社会的にも容認される関係ではなくなってきたと言えそうですね。
アメリカなどではこうした医師と製薬業界の経済的関係について州が独自に情報公開を義務づけてきたことに加えて、2010年に例の皆保険制度導入のおまけのような形で製薬企業の医師への支払いを「太陽の光のもとで明らかにしよう」というサンシャイン法が成立したことから、今年から10ドル以上の支払いはすべて市民の目に触れる形で公開しなければならないという非常に厳しい状況になっています。
当然日本でも同じような社会の要求は高まってくるでしょうが、冒頭の記事に帰って言うならそもそもまともな臨床研究をしようとしても金がないという状況が諸悪の根源だったわけですから、規制だけを強化して研究の実を挙げるための支援は相変わらずそのままということでは、ただでさえ厳しい規制で諸外国の後塵を拝し続けている日本の臨床研究レベルがまた一段と低下するだけに終わりかねませんよね。

一方では別な問題もあって、近年では政策的なジェネリック誘導策もあって医師の処方は次第に一般名によることが求められていますから、実質的にどこの会社の薬を使うかは調剤薬局の仕事になってきているとも言えるのですが、実際に医師と比べて未だ規制もザル状態であるだけにこのところ製薬会社も薬局側にこそ接待攻勢をかけているという噂もあります。
もちろんジェネリックは同じ成分同じ薬と国も言い切っているように、薬など所詮どこの会社のものを使ってもさしたる違いはないのだから患者の不利益にはならないという考えもありますが、とかく今の世相では誰かが地位を利用した特権的利益を得るということに関して非常に厳しい目線が注がれるようになっているということを、医療関係者も十分に承知した上で行動を律する必要はあるでしょうね。
特に医師にとっては「そんなつまらない利益供与なんてどうでもいい」と思うようなものであっても、立場が変わればこれ以上ないほど魅力的な副収入に思える場合もあるわけですから、実は医薬分業やNP制度などを初めとして医療業界内で権力分散化が図られている現状はモラル低下という面で極めて危うい側面も持っているように思います。

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コメント

上司から講演頼むよと言われてやったら協賛の製薬会社から講演料を差し出された、こういう場合黙って突っ返すべきってことでしょうか?

投稿: ところで | 2013年3月27日 (水) 08時56分

>上司から講演頼むよと言われてやったら協賛の製薬会社から講演料を差し出された、こういう場合黙って突っ返すべきってことでしょうか?

私なら仕事に対する代価として適正なものならそのまま受け取りますし製薬会社から公表されても気にしませんね。

研究のレベルが上がらないのはつまるところ研究者よりも臨床医の方が収入がよいからじゃないですか。
友人が名の知られた研究者になってますが収入はびっくりするくらい安いと聞いてます。
優秀な人材にはそれ相応の見返りがあるべきだし不当な待遇だと感じれば邪な行為に走る人も増えますよ。

投稿: ぽん太 | 2013年3月27日 (水) 09時48分

愚問かも知れませんが、自社の営業につながらないのに会社がお金を出す意味がわからないんですが。
財団経由の匿名資金提供でも裏からみるとしっかり紐がついているって感じなんですかね?

投稿: てんてん | 2013年3月27日 (水) 10時08分

非公開資金提供が欲しいという意味ではないのですが、こうまで業界内で足並みをそろえれば、談合とかカルテルの類と思われても仕方ありません。こういう業界内規制で誰が得をするかといえば、出来るだけ支出を抑えたい側でしょう。独禁法的にはどうなんでしょう。自由競争の阻害と言えるんじゃないでしょうか。

投稿: aaa | 2013年3月27日 (水) 10時37分

なにしろこのご時世ですから、余計なところに金を出したくないという気持ちももちろん確実にあるでしょうね。>製薬業界
ともかく金がなければ研究をするのも無理だと言う現実がある以上、それが続けられるような体制をくみ上げておかなければならないんだとは思います。
そのために譲るべきところは譲る、そして譲れないところは死守するという取捨択一が必要なはずなんですが、今回の日医らの譲らなかったところが本当にそれにふさわしいものだったのかは考えていかなければいけないでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2013年3月27日 (水) 10時50分

大学にいつまでも居座ってる講師助教涙目w

投稿: aaa | 2013年3月27日 (水) 12時43分

大学病院や大病院の患者が不必要に高い薬を盛られすぎているのは、製薬会社からの便宜があるからだろうと思ってしまう。
薬剤の過剰投与による薬害で泣き寝入りしている患者も少なくないでしょうね。
講演会は製薬会社がスポンサーなので、演者に講演料を出すのも製薬会社。最近はその講演会もWebに移行しつつありますね。

投稿: 逃散前科者 | 2013年3月27日 (水) 15時58分

 コメントありがとうございます。とりあえず、企業に居た立場からすれば、早く売り上げを
増やしたい。そのために利用できるものなら外部の先生と協業してエビデンス創出を行うのは
業界では当然です。

 一方、先生側からすれば薬屋さんがいろいろとお手伝い(資金的なものは当然ですが、その
あとも・・・)してもらえるのであれば、乗ります。

 でも、必ずしも両者はWin-Winとはならない場合があるのです。産学連携といえばいいです
が、表に出せないような事例(癒着)がまだあるのです。Kyoto Heart以外にも元日系メーカー
だった会社が東京の講演会に先生方をお招きして、参加しただけで足代どころか謝金まで支
払っていた事例(明らかに行き過ぎた販売姿勢)やそういった昔ながらの営業活動がアカデミア
の自律をそいできたと考えます。

 それが寄付という形であったり、様々な便宜供与。多くの製薬企業は20年前とか10年前は
薬の講演会のあと1次会どころか2次会まで、休日はゴルフからF1まで面白いようにMRさんが
接待していました。(毎月の接待費が100万円以上という夢のようなお話でございましたと
元内資系の方がお話してくれました)

 しかし、医師である自分からすれば、MRさんに仕掛けられなくても、患者さんの治療に必
要であれば、あるいはその薬がすぐれた効き目があるのならば、処方されるはずです。
 しかし、世界的に見ても、日本の営業経費は高すぎるのです。アメリカは医師の数は日本
の二倍。ところがMRの数はほぼ近似しています(アメリカ7万人、日本6万人)。

 MRさんたちの人件費はすべて医療費で賄われる形になります。あの単に医局の廊下をうろ
うろするだけの6万人の人件費を考えたことがありますか?今のMRさんたちに会って、薬
を処方したくなりますか?

 一人年間1200万円×6万人=軽く見積もっても7200億円。夜のお接待がなくなった今、実は
MRさん、半分にしても困らないはずです。(過去10年でアメリカのMRは25%以上削減されて
います)

 本当にそういう営業経費(そこに寄付は入ります)が全部、お薬代にのかかっているとしたら?

 ただ、医療状況や体格や代謝などの人種差があるので、欧米人中心の治験データだけでは無
理なように、日本人のデータは必須です。
 それを求められても製薬企業は用意できないので、結局、大学にお手伝いしてもらう。そ
の見返りに寄付を求められる。(でも、寄付のお金がどうなったかは会計報告はないので
どこに消えるのでしょうか?)

 また、日本の臨床研究の水準が低いという指摘には一部、規制が関係します。新薬については
日本では発売までのドラッグラグがあり、日本で発売される頃にはすでに世界的にもエビデンス
として確立していたり、日本以外の国では特許が切れていたりする薬に外資系企業はお金を投じ
る必要性をそこまで熱心に考慮してもらえません。なぜなら新薬メーカーは新薬を作るために
存在するので、海外にある本社からサポートもらえるかどうか考えると厳しいのです。営業の
お金(販促費用)は出ます。しかし、先生方も古いお薬で、すでにエビデンスがある薬について
何か追加で研究してみますか?(この辺は日本人のデータは出ますが、なかなか海外のトップ
ジャーナルは厳しいですよね)

 内資の企業はお付き合いがよろしかったのですが、もはや猶予ないはずです。日本の市場
は従来は新薬は内資:外資が5:5あるいは6:4と言われていましたが、近年は逆転して
きており、新薬の場合は3:7になっています。
 日本の市場はすでに外資系企業がイニシアチブを握られている中、外資系企業はアメリカ
のオバマ大統領が承認した「サンシャイン法案」ですべて開示する中、日本だけ営業経費を
かけている、その中で「日本」だけこういった(ひもなしの)寄付といった話は許されないの
です(昔は日本支社で特別扱いされましたが・・・そういう時代ではなくアメリカ側の本社
サイドの言うことを聞かないとダメになったわけです)

 さらに商習慣からすれば、見返りのない「寄付」となれば、それは一種の「わいろ」だと
いわれても仕方ないですよね。
 「契約」であれば成果は論文。その結果が悪かろうが、企業側は問いませんという時代に
なってきたという話です。

 いずれにせよ納税者番号でマイナンバーが出来たら、企業側から個人にわたるお金はおそ
らく税務当局から捕捉されていくので、表に出してこれは「企業」からの寄付ではなく、相
互の契約に基づく「研究契約」だという方が、お金を渡す側も受け取る側も安心が出来ると
思います。

 多くの大学の専門科の先生がたはガイドラインなどの作成メンバーでもあり、学会の重鎮
でもあり、影響力が強い、そしてますます外部からの目が厳しくなっていく中で、企業から
(たとえそれが研究目的だとしても用途も不明のまま)大金を受け取っていると指摘される
と、その先生が私的流用していなくても身動きができません。

 また企業側も研究支援のためのお金を出したくないのではなく、実のある研究を支援した
いと考えているはずです。それが医学に貢献につながり、承認を得た薬剤の用途を広げたり
投与方法など、育薬の意味でもあるので、そういった形になるのが望ましいと考えています。


 独禁法という話もあるかもしれませんが、これは日本のギフト文化が海外の考え方との
相違で、アメリカの法律に従えば、例外を認めさせるだけの「発言」を医師会とともに日
本側の意見として抗議するしかないと思います。
 ただしその時期はすでに逸しており、アメリカでは普通に開示されています。

http://www.pfizer.com/responsibility/working_with_hcp/payments_to_hcp.jsp
http://www.merckresponsibility.com/focus-areas/ethics-and-transparency/transparency-disclosures/payments-to-us-based-healthcare-professionals/home.html
http://www.pharma.us.novartis.com/corporate-responsibility/paymenttoHCP.shtml

 包囲網としては、すでに完成しております。やられたらやり返す方法(外資を締め出し)
でもいいですが、むしろ今のままでは干上がる前に、方針を変えて行動していくのがいい
と思います。

 臨床研究で一流雑誌に載せられる先生はアメリカでも限られた施設の先生になると思い
ます。科研費も治験も同じように集約化が進んできました。
 質の高い研究がすべての大学から出てくるのではなく、今後は研究支援体制がととの
っている施設や医局員がしっかりいるところになると思います。そこがきちんと研究支援
を得られる体制があれば自然とそこには人もお金もそろっていくと思います。

 つまり「必要」があるところに必要なものは用意されるはずと考えています。

投稿: skyteam | 2013年3月27日 (水) 20時47分

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