« 大人気の医学部受験 学生気質も変化してきた? | トップページ | 医療と製薬業界の不適切な関係? »

2013年3月26日 (火)

ユークリッド幾何学的様相を呈する事故調議論

医療の世界で知らぬ者もないだろうというほどに有名な、いわゆる杏林大割り箸事故の裁判について、先日日経メディカルに判決の解説記事が載っていました。
経緯等については周知のところだと思いますので、裁判所の判断に関わる部分だけ簡単に引用させていただこうと思います。

「割りばし事故」で医師が無責になった理由(2013年3月25日日経メディカル)より抜粋

(略)
判決

 東京地裁は、06年3月28日に刑事事件について、08年2月12日に民事事件について判決を言い渡した。
 両裁判とも主な争点は、(1)十分な問診の上、ファイバースコープによる上咽頭腔の観察や頭部CT検査を施行すべきであったか(2)(1)を行っていれば死亡を避けられたか――の2点。各判決の内容は次の通り。

 刑事事件では、(1)は肯定して(2)は否定した上でB医師を無罪とした。
 (1)に関しては、Bは割りばしによる頭蓋内損傷の可能性を想定し、付き添いの母親や男児に受傷状況について十分な問診をすべきだったとした。その結果、頭蓋内損傷の疑いが強ければ、ファイバースコープによる観察や頭部CT検査が施行されたはずであると判示している。
 (2)については、男児の死因は左頸静脈洞内の血栓による静脈還流障害であり、その治療としては左頸静脈を再建する必要があったが、このような手術で救命するのは技術的・時間的に困難であったとしている。

 一方、民事事件では(1)、(2)とも否定し、Bと学校法人に対する原告の賠償請求は棄却された。
 判決は、頭蓋底骨は厚く硬いため、軟口蓋から刺入した割りばしが頭蓋底を穿破したことをBが想定するのは難しいと判断。さらに、(1)頸動静脈損傷などを疑わせる大量出血がなかったこと、(2)頸静脈孔内の迷走神経、副神経、舌咽神経の損傷に伴う神経学的な障害を示す所見がなかったこと、(3)男児が自分で割りばしを抜いたとの証言があったこと――の3点も、Bの過失を否定する判断材料となった。
 男児が2回嘔吐している点については、頭蓋内圧亢進に伴うものと推測するには嘔吐物が少量な上、救急車内での恐怖や車酔い、舌圧子などによる軟口蓋への刺激、出血を飲み込んだ影響などを考えると、頭蓋内損傷による嘔吐と想定するのは不可能と認めた。こうした状況では、(1)のファイバースコープによる上咽頭腔の観察や頭部CT検査を施行すべきであったとはいえないと認定した。
 (2)の死亡回避の可否については、具体的な死亡に至った機序は不明としつつ、刺入した割りばしが上咽頭腔内を通過していないので、ファイバースコープを使っても割りばしを確認できたとはいえないとした。また、頭部CT検査でも、Airや血腫はできても割りばしは確認できないと判断した。
 さらに、事故発生の翌日の6時までは意識状態に大きな変化がなかったため、心肺停止状態になる前に手術するタイミングがあったとはいえないと判示した。
(略)

いずれも医療側の責任を否定するということでは同じなのですが、民事が医師の過失そのものを否定している(である以上、以後の死亡回避には触れなくとも訴訟としては原告敗訴です)ことに対して刑事では過失は認めた、しかし死亡という結果との間には因果関係が認められないという論理で無罪としています。
ともかくまさかという偶然が重なりに重なった結果起きたレアな症例で、これを有責と認められたのでは救急医療はどうなるかと注目された裁判でしたが、民事においても平成9年の高裁での棄却判決をもって原告側が上告を断念したため、刑事民事双方で医師に責任はないという判決が確定したのはよかったと思います。
医療においては常に一定確立で「こんなことが起こるはずがない」という稀なケースにも遭遇する可能性があるのは言うまでもないことであって、だからこそ何事であれ「かも知れない」方式で対応すべきだというのも一面の真理ではあるのですが、科学としての医学の限界はもちろんのことマンパワーや医療コストの限界も昨今厳しく問われている以上、一定のリスクは飲み込んだ上である程度のところで妥協するのは仕方のないところです。
そうであるからこそ万一が起こってしまった場合にどう対応するかというルール作りが問われてくるわけですが、その一つの大きな柱として期待されながら未だに実現の目を見ていない医療事故調の議論は、相変わらずの無限ループに陥っているようですね。

医療事故調の第三者機関の権限で平行線-厚労省検討部会(2013年3月22日CBニュース)

 厚生労働省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は22日に会合を開き、同検討部会の見解を取りまとめるための議論を続けたが、病院の外に置く第三者機関に調査権限を与えるかどうかで、必要性を主張する法曹界側委員と、不要だとする医療者側委員の意見が対立した。また、病院内に設置する事故調査委員会(院内事故調)のメンバーに第三者を加えるかどうかで、法曹界側委員は必要だと主張したが、医療者側委員は反対した。

 昨年2月に初会合を開催した同検討部会の会合は、この日で11回目を数えた。前回会合までに、論点ごとの議論を終え、医療事故調査制度の独自案をまとめた四病院団体協議会などからのヒアリングが一巡したことから、意見集約を目指しているが、依然、委員間の意見の隔たりは大きく、同検討部会としての見解を取りまとめられるかは不透明な状況だ。

 この日は、これまで議論で合意した点と、意見が分かれている点を整理した。医療事故を調査する目的については、原因究明および再発防止であることを改めて確認。第三者機関が調査する対象は、診療行為に関連した死亡事例を原則とし、それ以外は段階的に拡大していくとした。死亡事例が生じた場合に、第三者機関に届ける事例の範囲については、議論が尽くされていなかったが、再度検討した結果、事例ごとの線引きが難しいことから、全例報告にすることにした

 第三者機関のあり方については、独立性・中立性・透明性・専門性を有する民間組織にする方向でほぼ合意したが、その組織に付与する権限で、委員の意見は割れた。弁護士で南山大大学院教授の加藤良夫委員は、「自主的に調査協力するのが理想だが、中には非協力的な医師もいる。一切、カルテも出さないような時に、調査権限は絶対に必要」と強調した。これに対し、医療者側委員は総じて否定的で、「強制的な権限はよくない。特殊な例には、特殊な対応をすればいい」(飯田修平・練馬総合病院長)などと反論した。

 また、院内事故調の構成メンバーについても意見が割れた。法曹界側委員は、第三者の参加を求めたが、医療者側委員を中心に、最終的に再発防止が目的であることを理由に、院内事故調に参加するのは院内スタッフや医療者に限るべきとした。現在、想定している事故調の仕組みでは、院内事故調に対して遺族などの訴えがあれば、病院外の第三者機関が調査することになるため、院内事故調に第三者がいなくても、第三者性が担保されるとの意見もあった。【君塚靖】

この院内事故調に加えろと行っている第三者というのがどのようなものなのか明示されてはいませんが、想像するに遺族関係者もさることながらそれこそ患者団体と言われるような方々であったとすれば、それは医療業界からは反対論も根強く出るだろうなとは想像できる話でしょうか。
事故調議論と言えばそれこそ当「ぐり研」が始まった頃から延々と続いていて一向に収束点が見えないかのような印象もありますが、昨秋にはこの議論の中で厚労省側から医師法21条に関わる従来見解を事実上撤回するという「瓢箪から駒」もあった、これで医療現場への警察の介入は無原則な防げると、部分的には肯定的に評価しようという声も少ないながらも存在します。
ただ今回の記事にも見られるように法曹側と医療側との根強い対立が続いている原因がどこにあるのか、かねて医療側の弁護士として活躍されている井上清成氏が「中立的第三者機関」という言葉の裏に隠された真意について先日こんな指摘をされていますので引用してみましょう。

医療事故調は捕物帳なのか(2013年1月17日医療ガバナンス学会)より抜粋

1. 中立的第三者機関の隠れた本質
厚労省のホームページに、10月26日に開催された第8回「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」の議事録がアップされた。そこには、 中立的第三者機関としての医療事故調査委員会の本質が赤裸々に議論された様が現われている。弁護士である構成員と医師である構成員とが、医療事故調の本質 のとらえ方を巡って、真っ向から対立した。
医師達の想像すらしていなかった隠れた本質が、中立的第三者機関たる医療事故調には潜んでいたと評しえよう。それが、エキサイトした議論の過程で、図らずも露呈した。以下に議事録を引用しつつ述べるが、是非、議事録の原文すべてを一読されたい。
それはひと口で言えば、中立的第三者機関たる医療事故調は、殺人などのような故意犯も診療関連死たる医療事故の中に含め、その上で「ふるい」にかけようと して構想されたものであった、ということである。この本質が明らかになったため、医師である構成員が激怒し、弁護士である構成員に猛烈に噛み付いたらし い。

2. 弁護士対医師の議論
本稿で引用するのは、弁護士たる構成員である加藤良夫氏(栄法律事務所弁護士)と宮澤潤氏(宮澤潤法律事務所弁護士)の発言、そして、医師たる構成員であ る中澤堅次氏(秋田労災病院第二内科部長)と有賀徹氏(昭和大学病院病院長)の発言である。以下、抜粋して議論の経過をたどる。

>加藤構成員 「だからこそ、故意または故意と同視すべき犯罪がある場合は別だと皆さんが言うのはそこにあると思うのですが、その判断を速やかにするという仕組み、どう やってつくっていくのかということですね。私は、第三者機関に全て届け出ると。まず、報告がなければ調査に入れませんので、報告を網羅的に広く吸い上げる という抽出力を、国家としてこの種の問題について抽出力をしっかりと報告という形で上げていって、そして、その中で、これはきちっと調査しようというもの は調査していかなければいけない。調査をして初めて、故意、重過失等の色彩がわかってくる、そういう性質のものだということですね。」

>中澤構成員 「今、加藤先生の話の中で、ぜひ御理解いただけたらありがたいと思っているのは、要するに犯罪と一般の医療行為とは物すごく正反対な医療行為なわけです よ。その正反対の医療行為の中で医療者の犯罪が疑われるという形で物事が進むと、もうふだんの診療行為は全部だめになります。信頼性において動いているの が医療ですので、その信頼ということの中で、私たちがふだん考えてもいない犯罪のことまで一つのものの中に入れて議論しなければいけないということそれ自 体が、もう本当にどうしていいかわからない、恐らく医療全体の大混乱に私はなると思っているので、これはやはり議論の中からは外してほしいというのが私の 考えです。
ですから、ふるい分けをするのなら警察でやろうが、第三者機関で扱おうが、それは同じことだと思います。ふるいを広くかけて、その中から悪いものを取り出 すのだという手法は、ふるいの中に入る人は全部疑いをかけられて入るわけです。その中から、あなたは大丈夫、あなたは故意というふうに持っていくというの が、広く網をかけて審査するというやり方ではないかと思います。そうすると、診療関連死は、最初から過誤が問題だとわかるものもあるし、過誤と言っていい かどうかもわからないものも含まれています。全部それを一緒くたにしてやるということについては、ふるいをかける側に立てばこれほど都合のいいことはな い。だけれども、ふるいにかけられるほうの立場から考えると、これはやはり人権の侵害と無関係ではないのではないかと私は考えます。」

>宮澤構成員 「犯罪という言い方をすると問題なのかもしれないですけれども、通常の医療の中で犯罪行為というのは出てきてしまう可能性がある行為だと思うのです。例え ば安楽死なんていうことを考えてみると、通常で何か物を盗るために人を殺し合うというのと明らかに違います。ただ、それを医療者どう見ているかというと、 本当に苦しんで苦しんで、何とかしてあげたいという中でそういう道を選んでしまったということだってもちろんあるわけですね。そうすると、それが通常の、 何か物を盗るために人を殺したのとは違うのですけれども、ただ、結果だけを見ると、故意犯というのもどうしても混じってくる可能性はある。だから、それを 分けながらやるというよりも、やはり全体を見ながら、紙一重というところをきちんと理解した上で、全体を第三者機関のほうに委ねるということを考えておか ないと、どこかで区別つけるというのはなかなか難しいと思います。それは今の段階では非常に難しいのではないかなと思っています。」

>有賀構成員 「今の宮澤先生のおっしゃっていることは、法律家としては多分正論なのだと思いますけれども、医療者はとてつもなくたまらない。このような情緒的な言い方 しかできない。それが私たち医療者の本音です。ですから、その本音を無視するような形で論理的にものが進んでいって、こうですよとなったときに、恐らく医 療はだめになります。これは法律の方たちの論理の外に情の世界をきっちり入れておいていただかないとどうにもなりません
加藤先生がおっしゃったみたいに、たくさん集めて、そして、よし、よし、よし、ペケというふうな形をもしとるならば、そんな業界に私たちはもう働くことをしません。これは全くそのとおりです。これは嫌なのです、そんなものは。」

3. 中立的第三者機関は「ふるい」
以上の議論から明らかなとおり、中立的第三者機関たる医療事故調の本質は、医療不信に満ち満ちて、医療事故の名の下で故意犯罪にもまとめて投網をかけ、そ れを「ふるい」分けするためのものだったのである。やはり、中立的第三者機関としての医療事故調など創設してはならない。

考え方として弁護士サイドの言う事が全く判らなくもないのですが、それは冒頭の話に戻って言えば常に見張られている立場で「かも知れない」方式であらゆる対処を行えと言うのに等しいことでもありますから、事実第三者機関がそんな対応が出来たとすれば(実際にそれをやると大変な数になって対応できない可能性も高いと思うのですが…)、医療の側もまたそうした厳密な検証に耐える医療を常時行う必要があるということでもあります。
後で突っ込まれても困らないように入院と外来とを問わず診療に携わった全患者に対して症例検討レベルでの対応をするとなれば、仮にそれが出来たとしても捌ける患者数は今の何十分の一になるわ、保険者からさっそく強烈な指導が相次いで一部公立病院を除き軒並み医療機関は潰れるわ、ちょっとした風邪で何日もかけて精密検査をしてからでなければ治療も受けられないと患者からクレーム殺到するわでしょう。
それ以前に大部分の医療従事者がそんな激烈な職場環境で心身共に追い込まれ過労とノイローゼにならざるを得ないはずで、「法律家としては多分正論なのだと思いますけれども、医療者はとてつもなくたまらない」だろうし、「そんな業界に私たちはもう働くことをしません」と言うしかないだろうとは思いますね。
注目すべきことは加藤良夫氏などは患者側弁護士として活動されている側ですが、宮澤潤氏などは病院協会顧問も務め医療側弁護士として活動している人物の代表格であり、その人物をしてこういう法理に則ったというだけで現場からはあり得ないと拒絶されるような水準の発言しか出来ないという事実ではないでしょうか。

ともかくもこの事故調にまつわる議論、現状ではどちらも譲る意志はないようですから議論は永遠に平行線でしょうが、医療業界として一番悪いことはこのままずっと事故調が棚上げされることで「医療の側には自浄作用がないし、現状を改善する意志もみられない」と世間に認識されるということでしょうね。
もちろん最悪の場合立場の異なる集団からそのような広報作戦が大々的に繰り広げられ、最終的にお上から鶴の一声で現場にとって全く望ましくない制度を押しつけられるという可能性もあるわけですから、それを避けるためにはむしろ議論が停滞しているこの期間にどんどん自前で理想的と思われるシステムを自主的に作り上げ、それをきちんと機能させてしまうことだと思います。
国民の大多数は医師でも弁護士でもなくただ患者として医療に関わってくるのですから、最終的にどちらが患者サイドの理解と共感を得られるかが勝負の分かれ目になってくるのだとすると、弁護士よりは医師の方が一歩患者側に近い場所から関係をスタート出来る分だけ有利であるはずで、これなら安心して医療が行える、受けられると言う制度をいち早く作り上げて国民を納得させられるかどうかでしょう。

|

« 大人気の医学部受験 学生気質も変化してきた? | トップページ | 医療と製薬業界の不適切な関係? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

わざわざこんな制度をつくるメリットは医師にはないんじゃない?
それにしても弁護士はよほど仕事に困ってるんだろうね
なんでもかんでも紛争化すればもうけのネタになると思ってんだろ

投稿: kanegon | 2013年3月26日 (火) 08時55分

>わざわざこんな制度をつくるメリットは医師にはないんじゃない?

ですよねーw?今時事故調のお世話になる可能性が高いようなハイリスク医療やってるようなのは訴訟は患者とのコミュニケーション、くらいにしか思ってない変態…もとい猛者揃いな筈なわけでほっといてよろしいかとw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2013年3月26日 (火) 09時26分

弁護士のトラブルを同じように対応しましょうと言ったら絶対反対しそうな内容だと思いますけどねえ。
弁護士会の綱紀委員会や懲戒委員会にはいわゆる第三者は含まれていませんし。

投稿: クマ | 2013年3月26日 (火) 09時26分

話がまとまらないのは医師側と患者側が対立してるのかと思ってましたがこういうことだったとは…
しかし

>三者機関に届ける事例の範囲については、議論が尽くされていなかったが、再度検討した結果、事例ごとの線引きが難しいことから、全例報告にすることにした。

これって弁護士側の主張が通ったってことですか??

投稿: ぽん太 | 2013年3月26日 (火) 09時36分

着々と外堀を埋められ気がつけば裸城状態にw
相変わらず医者は交渉ごとが下手すぎるww

投稿: aaa | 2013年3月26日 (火) 10時22分

>全例報告
毎年100万近い人が病院で亡くなっているはずですが、これを全例審査すると?
すばらしいですね。是非やってもらいたいもんです。

老衰だろうと何だろうと最後まで濃厚治療を続けるか さもなくば書類の山を積み上げなければ、「故意の手抜き」を疑われるんですね?
素晴らしすぎて、言葉もない。

投稿: JSJ | 2013年3月26日 (火) 11時05分

実際の議論の内容を把握していないので全くの推測ですが、医療側にとってどのような症例を報告しどのような症例は見送るかというルールを明示することが難しい以上、筋論として全例報告派の声が通るのだろうなとは思います。
ただその理屈でいくならそもそも診療関連死なるものの定義もまた明示できないはずですから、それじゃ院内で死亡したら全て第三者機関に送りますがよろしいですね?と突っ込めばよかったはずなのですが。
いずれにしてもこの結論を本気で避けるつもりなら議論のやり方としていささか稚拙だったという気がするのですが、しかし実際にこうなってしまうと弁護士業界にとっても大変な仕事量になりそうですね。

投稿: 管理人nobu | 2013年3月26日 (火) 11時33分

対抗策は「全例報告」で事務仕事を飽和攻撃して実質機能させなくするって戦法ですかね。

投稿: 浪速の勤務医 | 2013年3月26日 (火) 12時51分

>しかし実際にこうなってしまうと弁護士業界にとっても大変な仕事量になりそうですね
本気で年100万件の病院死を全国3万余人の弁護士で審査するつもりなら、一人当たり年30件になりますから、他の仕事をする暇はなくなることでしょう。
私はむしろ医療側の戦略と考えたい(根拠なし)です。

投稿: JSJ | 2013年3月26日 (火) 12時57分

全例報告作戦で対応するにしてもそれなりの書類仕事をしなければならないわけだから、けっきょくは医師と弁護士の共倒れになって終わる悪寒

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年3月26日 (火) 13時42分

医師の委員がなるだけ出したくないと言うから弁護士の委員はそこまで届け出が出るとは思ってないのでは?
じっさいどこの病院だって患者さんがなくなるたびに届け出なんてするつもりはないんでしょう?

投稿: てんてん | 2013年3月26日 (火) 14時34分

>>じっさいどこの病院だって患者さんがなくなるたびに届け出なんてするつもりはないんでしょう?

大野事件の時に、異状死の届け出をしなかったって別件逮捕したもんだから、疑わしきは片っ端から
警察に連絡して検屍依頼してやったら、後日 警察から泣きが入った事があったので有効ではありますね。
消耗戦なんで、やりたくないけど降りかかる火の粉ははらわなならんってことになったらやるしかないでしょう。
その前に救急が崩壊するのとちがいますか?

投稿: 浪速の勤務医 | 2013年3月26日 (火) 15時03分

疑わしきは全例報告ってぜったいに裁判沙汰になる場合は増えるでしょ
それが弁護士のセンセたちの狙いなんでしょうけどね
あとは事故調報告書を裁判に使わせないとかそんなところで粘るしかないのかな

投稿: かっちゃん | 2013年3月26日 (火) 16時12分

最近は末期癌や超高齢者ですら家族・肉親の死が全く受け入れられない低メンタルの人間が非常に多いですから
死亡という結果責任だけで、第3者(弁護士)が医療側に何か過失がなかったか?を逐一重箱の隅つつきのごとく検証したり「家族が死んだのが気に入らんから、とりあえず訴訟しとけ」みたいな風潮が定着してしまうと大変。
厚労省が医療費削減のために推進している「在宅看取り」も瞬く間に衰退することになるでしょう。
弁護士やマスコミは医療崩壊を促進させることによって一時的に利益をえるでしょうが、完全崩壊してしまえば、ネタも枯渇してしまい、人の不幸をネタにしてカネを得る彼らの仕事もいずれなくなるわけで。

投稿: 逃散前科者 | 2013年3月26日 (火) 16時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/57030445

この記事へのトラックバック一覧です: ユークリッド幾何学的様相を呈する事故調議論:

« 大人気の医学部受験 学生気質も変化してきた? | トップページ | 医療と製薬業界の不適切な関係? »