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2013年3月

2013年3月31日 (日)

今日のぐり:「衝撃的な呑み食い処 たら福や」

斬新なアイデアとデザインで人気の家電メーカー「ダイソン」は今や日本でも有名ですが、そのダイソンのあの商品についてこんなテストをしたというニュースがありました。

ダイソンの掃除機で火は消せるのか実際に炎を吸わせて実験するムービー(2013年3月7日GIGAZINE)

ダイソンの掃除機といえばパワフルな吸引力がウリですが、そこから「ひょっとしてこの吸引力なら火だって消せるのでは?」と思いつき、実際にダイソンの掃除機を使って火を吸引する実験を行った人が現れました。危険なので、決して真似しないで下さい。

Extreme Dyson Test - YouTube
(略)

どのようなことになったのかは動画を見てのお楽しみなんですが、しかしここまで好き放題なことをやられると何となく一台欲しくなってくるのは自分だけでしょうか?
本日は思いがけない目的外使用で活躍することになったダイソンの掃除機に敬意を表して、世界中からそれはちょっとナイスとも微妙とも言いかねるアイデア商品の数々を取り上げてみましょう。

素数の部分だけ目盛りが付いた「素数ものさし」京都大学の生協で発売 価格も素数 (2013年3月25日B!ニュース)

定規に刻まれているのは“素数”だけ! 京都大学の不便益システム研究所とサマーデザインスクールが共同監修した「素数ものさし」が、同大学の生協各店で販売されています。価格も素数にちなんで577円(税込)。使い方に困惑する声もある中、Twitterやはてなブックマークでは「欲しい」という人が続出しています。

18cmの素数ものさしは、素数の部分だけに目盛りを付けたという、不便益システム研究所のグッズ第1弾です。ものさしの上部でcm単位を、下部でmm単位を測れます。cm単位には2・3・5・7・11・13・17という素数の数字と目盛りを、mm単位には目盛りのみを刻印。材質は竹で、目盛りはプリントではなく実際に焼き付けているそうです。

京都大学の生協で販売が開始されると、ネット上では「素数にこだわって定規を作る」というユニークな発想がじわじわと話題になりました。中には実際に購入し、Twitterへ写真を投稿する人も。はてなブックマークのコメント欄には「欲しい!!」「なるほど、確かに便利ではないが、物をはかるものさしとして実用は可能なのだな」「ほんとこういうことをやらせると京大は全力で輝くな!w」といった感想が集まっています。

監修に当たった不便益システム研究所は、不便の効用を見直して新しいデザインを生み出すことを目的としています。スタッフの1人で助教の平岡敏洋さん(@formula1_99)は、Twitterで「素数以外の数をどうやって測ればいいのか考えさせることで,暗算に強くなることと,副次的ですが,長さ感覚が見につく可能性があります.これが狙いの不便益です(笑)」と説明しています。素数ものさしがあれば、暗算も得意になるかも?

リンク先の画像を参照していただければ判る通りなかなかにどう使うべきか微妙な商品なのですが、とりあえずこの意味不明ぶりが京大っぽいのでしょうかね?
人気キャラの抱き枕というと時々マニアの間で話題になりますが、こちらはいささか濃い人たちからも引かれそうな新商品です。

かわいい? キモい? 自分の顔面を枕にしてくれるサービス(2013年3月19日ねとらば)

「PillowMob」は自分の顔写真で枕を作ってくれるというサービスです。

 サイトのサンプル画像を見ると、写真があればペットや物でも作成してくれるようです。ネコや赤ちゃんの枕はかわいらしいですが、大人の顔面ドアップ枕は生首のような迫力があってなかなかのヤバさ。ほかにも口の部分だけを切り抜いたユニークなものもありました。ジョークグッズとしてプレゼントしたり、オリジナルのキャラクターグッズを作るなどアイデア次第で色々な使い方ができそうです。
画像 おっさん枕はややキモめ

 作成手順は簡単で、Web上から写真を送って枕のサイズを選ぶだけ。料金は送料込みで35ドル。海外のサービスですが、日本から注文しても同じ値段で自宅まで届けてくれます。

元記事の画像を見てお判りいただける通り、何しろ実写ベースだけに特にサイズが小さい場合の違和感と言いますかキモさがハンパないのですが、しかしこれはどのような顧客層を狙っての商品なのでしょうね?
この時期日本でも大いに猛威を振るっているあの病気ですが、これは確かにそのものズバリという感じがしませんでしょうか?

『鼻炎』のパンフレットデザインが秀逸過ぎるとネットで話題に(2013年3月26日秒刊サンデー)

鼻炎のパンフレットデザインが秀逸過ぎるとネットで話題になっている。このパンフレットは耳鼻咽喉科などで配られる冊子のようだが、通常この手の冊子は鼻炎に苦しむ方々や、何ら関係の無い風景などを載せイメージを整えがちだ、しかしこちらの鼻炎パンフレットは斜め上をいっており、しかしながら確かにこれは鼻炎だと判ってしまうと言う秀逸なデザインなのである。

Twitterより
https://twitter.com/TKhakoniwa/status/316344897005293569

鼻炎をテーマとしたこちらの表紙はまさに「鼻炎」を彷彿させた風景写真である。鼻炎と言うタイトルが無ければ単なる滝。しかし左上の「鼻炎」の文字があることによりまさに滝のように流れる鼻水であるかのようなイメージカットになってしまっているという秀逸な写真選定。もちろんこれはあえて狙ったものだろう。

さて、この作品は株式会社アイセイ薬局が発刊している「ヘルスグラフィックマガジン」という冊子でユニークな表紙が目につくデザインを心掛けているのが特徴。今回は鼻炎だが他にも様々な作品がある。例えばこちらは冷え症。
(略)
実に興味深い表紙を生み出すアイセイのパンフレット。ネットでは様々な意見が寄せられている

―Twitterの反応
・素晴らしい
・吹いたw
・吹いたwww  ついでに鼻も
・笑える
・いやん。なんとも辛い状態。
・まさに、まさにぃぃぃぃっこんなカンジ
・直球デザインw
・うわツボ
・これは笑えました
・な…泣けるっ
・確かに。
・スゴっ!電車の中で吹き出しかけたw
・んとだww
・不覚にも吹いてしまいました
・ふいたwww
・ウケるw
・だれ?コレ作ったのww

鼻だけでなく目からも涙が出てくるこの花粉症を総じて次回は表現いただきたいものだ。
ちなみに花粉症のデザインは既にあります。見ていただけると実に納得。

元記事にもありますように同社は他にも様々な興味深いアイデアに基づく冊子を出しているようでおもしろいのですが、しかし実際にこういう状況になりますと受ける笑えるといったレベルではないんでしょうね。
ある意味で多くの方々から求められていたはずの商品なんですが、何故か今まではあまり見かけたことがないというのがこちらです。

自然な体型が素敵! スウェーデンの「ナチュラルサイズ・マネキン」が世界中で大注目(2013年3月28日ロケットニュース24)

あるマネキンの写真がFacebook上で大きな話題を呼んでいる。このマネキンは、見ての通り私たちがデパートなどで目にする、スラリと痩せているものとは違う。通常のマネキンよりポッチャリ……いや、むしろ現実の女性に近い体型をしているのだ。まさにナチュラル!

しかも、この「ナチュラルサイズ・マネキン」は、数年前からスウェーデンのとあるデパートで実際に使われているという。女性からは「現実的で自然な体型!」と支持の声が数多く寄せられている。

・Facebookに投稿した写真に100万件もの「いいね!」がつく!
この写真を撮影し、自身のサイトに掲載したのはスウェーデン人女性のレベッカさんだ。彼女によるとこのマネキンはスウェーデンのデパート「Ahlens」で数年前から使用されているとのこと。

撮影されたのは2年以上も前だが、2013年3月中旬にあるメディアがこの写真をFacebookに投稿。すると瞬く間に注目を浴び、写真は一気に拡散された。なんとトータルで100万件以上もの「いいね!」がついたのだ。

・多くの女性が自分の体に近い体型に共感
だが、この写真が拡散されたのはFacebookの力だけではない。多くの女性の共感を呼んだからだ。ある調査によると、ティーンエイジャーの4人に3人がファッション雑誌を読んだ後に、憂うつ感を味わうという。モデルの体型があたかも「完璧な身体」として表現されているからだ。

マネキンも同様。通常のマネキンの体型は多くの女性にとって「非現実的」だ。だからこそ、自分の身体に近い体型のものを見たときに、女性は共感するのだろう。

・「理想の体型」をめぐって議論が白熱
Facebookのコメント欄には、このマネキンに対して女性からの支持の声が多く集まっている。

「通常のマネキンよりもずっといいわ! 現実的で自然だもの」
「本当の女性の身体みたい!」
「他の店のマネキンはみな痩せ過ぎで不健康だ」

というような声が多く見られる。一方で「私は痩せているけど、健康よ!」と「痩せ過ぎ批判」への反論も。「理想の体型」というテーマを巡って、議論が白熱しているようだ。多くのコメントのなかで、記者が共感したある意見を最後に紹介したい。

「一人一人の体型はみな違うの。サイズなんて気にせずに、ただ健康的であることを大事にした方がいい。そうすれば、他人の目も、マネキンのサイズも気にならなくなるはずよ」

この写真を見ますとなんて言いますか、安産が期待出来そうな女性ですね…と言いたくなりますけれども、しかし社会の実相を反映するならもっと思い切った域までチャレンジしてもいいような気もしないではありませんね。
ところで男性の場合不妊に大きく関わる因子として睾丸の過度のヒートアップが知られていますけれども、そうしますとこちらは男性不妊防止に有効な商品なのでしょうか?

タマを冷やしてクールに生きろ! 股間冷却パンツ「Snowballs」が資金募集中(2013年3月12日ねとらば)

 アイデアやプロジェクトを公開し実現のための資金援助を呼びかけるサイト「Kickstarter」で、男性の股間を冷やす画期的なパンツ「Snowballs」が公開されています。

 「Snowballs」はオーガニックコットン製のボクサーブリーフで、フロント部のポケットに専用の保冷剤を入れる仕組み。しっかりとフィットするデザインで、日常生活からジムでの運動まで男性の股間をクールに保ってくれます。

 「キンタマなんか冷やして何が楽しいの?」とお思いの女性もいるかもしれませんが、決して特殊な性癖を満たすためのアイテムではありません。これは熱に弱い精子、および睾丸を守ることで不妊治療を目指すマジメな発明。医者から「不妊治療は不可能」とまで言われた開発者の友人が、睾丸を氷で冷やすことで子供を授かったというエピソードが、このパンツを作るきっかけになったそうです。

 既に試作品は完成済みで現在は特許も申請中。Kickstarterでの目標金額は2万ドルを目指しており、55ドル以上寄付した人には「ブリーフ3枚、保冷剤3個、特製ガイドブック」のセットが送られます。

実際のところ不妊症に対してどの程度の効果があるものかははっきりしませんけれども、記事の写真から想像する限り果たしてどの程度の快適性が期待出来るものかも微妙でしょうかね…
最後に取り上げるのがこちらのニュースですけれども、これも日本人にとっては極めて思い入れの深いものであるだけに今まで何故…ということになるんでしょうか?

なんとトイレがプラモになった 「俺たちの1/12洋式便所」発売(2013年1月30日ITmedia)

 トイレの個室を模型にした「アクションフィギュア情景用プラモデル 俺たちの1/12洋式便所」が3月上旬に発売される。希望価格は2079円。青島文化教材とマイルストンの共同開発だ。

 学校や店舗など公衆の洋式トイレがモチーフ。ウォシュレット付きで、便座と便座カバーは開閉可能。サニタリーボックス、ペーパーホルダー、トイレ内掲示物シールが付属する。複数連結させて、学校のトイレのようにすることも可能だ。フィギュアを座らせたり、いろんなシチュエーションを再現して遊んでみては。
(略)

元記事の写真はいささか遊びすぎという気もしないでもないのですが、同社の他のラインナップを見てもやはりそこには何かしらのドラマ性を期待してでもいるのでしょうか…
ちなみにこの商品、発売されるやいなや某大手通販サイトのプラモ部門で堂々1位にランクインしたと話題になっているそうで、世の中こうしたものへの需要は意外に多いものなんですね。

今日のぐり:「衝撃的な呑み食い処 たら福や」

もはやそのネーミングそのものが衝撃的だとも感じられるのがこちらの店舗なんですが、倉敷市内中心部からやや外れた場所にあるいわゆるオーダーバイキング形式の店なんですね。
しかしひと頃あれほど栄えた焼き肉バイキングも最近あまり見かけないと思っていましたが、どうも最近は単に焼き肉というよりこういう何でも食べられるスタイルの方が人気のようで、あちらこちらで繁盛しているようです。
ここも夜の営業だけということもあってか駐車場はいっぱい(しかも駐車区画が今時珍しいほど狭い!)、中に入れば満席で待ち行列と大変な繁盛ぶりなんですが、ただし予約は出来る様子ですので助かると言えば助かります。
衝撃的な呑み喰い処のうたい文句がどこから来るのかと思ったのですが、とにかく定額で飲み放題食べ放題かつメニューも豊富というのが売りのようで、食べ放題のコースは三種類あるのですがどのコースを選んでも鍋は全メニュー共通(スープは選べる)なんだそうですね。

取りあえず適当に頼みながら色々とつまんでみたのですが、BLTサラダはまあ定番の内容でいいんですが、名前に反してベーコンが全く目立たないのは何だかなあという感じです。
飲み屋のつまみの定番である軟骨からあげはいわゆるから揚げ粉っぽい味でさして独自性はなく、サーモンカルパッチョはサーモンと言いつつ実態はほぼ大根サラダで別に頼んだ大根サラダとかぶってしまいました。
鶏皮ポン酢なども鶏皮は表面だけで大部分がはるさめってどうなの?と思いますし、どうもコスト抑制の影響を随所に感じられるのがいささか興ざめな気がします。
冷奴はノーマルの他にキムチとラー油添えのものがありますが、豆腐自体の味は特売品レベルで濃い味の方がごまかしは効くとは言うものの、ノーマル冷奴の方がまだしも害がないかなとも思います。
豚軟骨ネギまみれなるものはタレの味がちょっとメリハリ不足ですし、ネギ塩カルビも鍋の豚バラもそうなんですがとにかく豚肉の臭みが気になりますね。
出し巻き卵が意外にふんわりいい焼き加減で味も甘すぎず好みの部類なんですが、結局一番うまかったのはシメに卵とご飯をもらって鍋の出汁でつくった雑炊だったというくらいで、大人数で鍋を囲むと出汁もよく出るのが唯一よかった点?でしょうか。
味はともかくオーダーメニューは種類も少ないし作り置き出来るものが多いのは仕方がないとして、仕入れの関係なのか鶏と豚ばかりで魚料理がないのも気になりますし、その鶏と豚もこれだけ使っているのですからもう少しこだわってもらえればとは感じました。

玄関口に妙にレトロな小道具類を飾っている意図は不明ですが、特に夕方から早い時間帯での客層は学生などごく若いグループが大部分を占めている様子で、ある程度遅くなって客足も落ち着いてくる時間帯には年配客も多少は入るようなんですが、いわゆる昔ながらの飲み屋や食べ放題のバイキングとも微妙に客層が違うらしいのはおもしろいですね。
当然ながら接遇面では限りなく放置状態に近いんですが、こうした混雑する状況を考えるとレスポンスは早い方で、ただ時々忘れられている事があるようなのでしばらく待っても出てこないメニューは確認をした方がよいようです。
正直質の面も考えるとこの値段か高いか安いかは微妙かなと思うのですが、ただ同行者の言う通り定額で全部片付くというのは幹事にとっては助かる側面は大いにあって、やはり学生などが気兼ねなく飲み食いするために利用するというのが一番妥当な使い方なんでしょうか。

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2013年3月30日 (土)

テレビ業界 今や珍しいものではなくなった捏造

今さらテレビでやらせだ、捏造だと言われても驚く人は少ないと思いますが、最近ではテレビ自体の検証が盛んに行われる時代になったことを反映してか、やらせ行為を行った当事者の声も発掘され取り上げられるようになってきています。
言ってみれば出演料をもらってやらせに荷担して視聴者を騙した側なのですから共犯と言えば共犯なのですが、事情を聞いてみますと彼らの側も必ずしもよいことばかりでもないようですね。

フジテレビやらせ?最初から仕組まれてた「全日本温泉宿アワード」1位旅館(2013年2月22日J-CASTニュース)

その旅館は行ったことないのに、台本には私が推薦者になっていた」(番組出演者)

   同じ週刊文春に、私もたまたま見ていた2月5日(2013年)に放送されたフジテレビ系の「全日本温泉宿アワード2013」という番組があったが、これが「やらせ」だったという告発が載っている。生放送で視聴者による電話投票でナンバー1の温泉宿を決定するというものだが、この制作過程で旅行評論家A氏は、制作会社から『やらせ』の依頼を受けたというのである。

   制作会社からお薦めの温泉宿を教えてほしいといわれ、3件の宿を書いて返信したそうだ。何度かやり取りをした後に「蟹御殿」というのを知っているかというメールがきた。そこの紹介者になってほしいという内容だったので、行ったこともないし、聞いたこともないと返事をし、その話はなくなった。しかし、選考場面に出たカメラマンの立木寛彦はこう話している。

    「最後に番組スタッフから台本を手渡され、この通り喋ってくれと言われた。その時、初めて自分が蟹御殿(佐賀県・太良獄温泉)の推薦者になっていたことを知ったのです。杉本(圭カメラマン=筆者注)さんは行ったことがあるとのことでしたが、私はありませんでした。ただ、風景の素晴らしい温泉だとネットなどで知っていたので台本通り話しました。正直、スタッフに騙されたという気持ちです」

   蟹御殿は番組に登場することが決まっていて、推薦者を必死に探していたのであろう。しかも、視聴者の推薦によって「日本一」を決めると謳っているのに、アナウンサーが「蟹御殿に決定しました!」と発表するだけで、獲得投票数も発表されず2位以下の順位の発表もなかった。イカサマではないかという声があがったのも無理からぬことであろう。この蟹御殿は温泉が21度と低く、源泉掛け流しの湯と比べるといい湯だとはいえないと温泉評論家の郡司勇がいっている。

   テレビの効果は絶大で、蟹御殿は2か月先まで予約がいっぱいになっているそうだ。フジテレビ側は当然ながら『やらせ』を否定しているが、これだけ批判が出ているのだから、BPO(放送倫理・番組向上機構)で検証してもらったほうがいいのではないか。

   BSにもよく見られるが、宿に便宜を図ってもらう番組づくりが多すぎる気がする。忘れ去られていたタレントを使って安く番組を作るテレビ東京的やり方が横行してはいないか。レストランやコンビニとの広告抱き合わせのような番組づくりも目立つ。こんなことをやっているとテレビ離れはますます進むはずだ。

TBSバラエティ出演女性「おかげで婚約破棄された」と涙の抗議(2013年3月13日NEWSポストセブン)

「許せません! あの番組のせいで、結婚を誓い合った男性にも婚約破棄されてしまったんです……」

 2月25日放送のTBS系バラエティ『私の何がイケないの?』に出演した藤井千紘さん(31)は、怒りに肩を震わせながら、こう話し始めた。彼女は番組で、男性客からの貢ぎ物を転売する「ブランド品転売キャバ嬢」と紹介された。

 紹介VTRの後、スタジオに姿を現わした彼女は、男性たちに伍して働く女性たちに「もっと楽して稼げる気がする」と毒を吐いた。そのため司会の江角マキコはじめ出演者たちは激怒。

「それは詐欺罪だよ!」

 と、集中砲火を浴びた。しかし、この「転売キャバ嬢」という設定そのものが「番組スタッフが作り上げた捏造」(藤井さん)というのだ。

「そもそも私の本業はブランド品リサイクルショップの社長なのです。番組への出演オファーも、私の仕事内容を紹介したいというものだった。だからこそ出演を承諾したんです。キャバクラ勤務はあくまで人脈を増やすための副業であり、プレゼントの転売でお金を儲けようとしたことなどありません」(同前)

 彼女が異変に気がついたのはスタジオ収録が始まる直前だったという。

「紹介VTRを見て驚きました。私は“転売で稼ぐキャバ嬢もいる”と一般論を語っただけなのに、編集で“転売キャバ嬢”に仕立てあげられていたんです」

 彼女は自分の会社のPRを期待していたのに、自分が社長である事実すら番組では伏せられていたという。

「こんなことなら出演を取り止めたいと思いましたが、スタジオには大物タレントがスタンバイしていて、とても言い出せなかった。今思えば私のミスですが、手渡された台本をもとに演技をしてしまったんです……。スタッフの方には何度も顔にモザイクをかけるよう頼みこみました。でも結局、私は素顔を全国に晒されてしまったんです」(同前)

 現在、彼女はTBSに謝罪や損害賠償を求める内容証明を送り、BPOにも制裁を求める催告書を送るなど、徹底抗戦の構え。しかしTBSは反論する。

「夜はキャバ嬢、昼間は社長として出演依頼をしましたが、昼の仕事に影響があるといけないとの理由で社長業についてはカットしてほしいとの要望を受けて放送しませんでした

 ご本人納得の上で収録・放送を行なっており、事実誤認であるなどの指摘もありませんでした。したがって、やらせでも捏造でもありません。モザイクの要望もありましたが、番組側と藤井さんで話し合いをし、モザイクをかけないということになりました」(広報部)

 両者の言い分は真っ向から食い違う。果たして軍配はどちらに上がるのか。

「収録現場に行ってみたら台本にそう書いてあった。その通りに演じるしかなかった」などと言われるとプロ出演者としてお金をもらって参加しているならともかく、素人出演番組などでは気に入らなければ席を立って帰ればいいのに…と思うところですが、そう考えると時折見かける妙に会話のかみ合っていない出演者というのもあれはあれで精一杯の抵抗をしているということだったんでしょうかね。
こういう話を聞くと思うのですが、催眠術というものにも意識がなくなる場合となくならない場合があって、後者の場合術にかかっていた人が後になって「いや、自分はかかってはいなかった」という場合が多いそうで、彼らによれば「術者があまりに一生懸命がんばっているものだから、気の毒になってかかってあげたふりをした」のだそうです。
冷静に考えれば不当な要求をされれば拒否されて帰っても何ら問題はないはずなのに「こんなことなら出演を取り止めたいと思いましたが、スタジオには大物タレントがスタンバイしていて、とても言い出せなかった」などという心理状態になってしまうのも、あるいは一種の催眠術じみた「テレビの魔力」が作用しているのかも知れませんね。
いずれにしても今時テレビを利用しようとして利用され捨てられた、などと告白しても「へえ、それで?自業自得でしょ?」で終わりかねない世の中ですけれども、当「ぐり研」でもたびたびお伝えしているように事実かどうかなどどうでもいいバラエティーの番組に限らず、事実であることが大前提であるはずのニュース番組などでも当たり前に捏造が行われていることが内部告発でも明らかになってきています。

関西テレビは「すり替え」問題を開示せよ(上)(2013年3月26日WEBRONZA)

(略)
 関西テレビの夕方のニュース番組「スーパーニュースアンカー」で昨年11月30日大阪市の職員が新幹線の工事現場で深夜にアルバイトをしている実態を報道した。アルバイトは地方公務員法が禁じる兼業禁止に抵触する行為だ。このニュース取材のために関西テレビは内部告発者を局内の会議室でインタビューしている。告発者本人が姿を撮影されることを一切拒否したため、代わりに撮影スタッフの一人を「代役」にしてその後ろ姿を撮影した。ニュース放映の際にはその映像に誰だか分からないようなモザイクをかけ、内部告発者本人のインタビュー音声も誰だか分からないようにボイスチェンジして、モザイク映像と合わせて編集し、内部告発者当人が話しているように見せかけて放映した。

 3月13日、関西テレビは同番組内で「不適切な映像表現」だったと謝罪した。「やらせやねつ造はない」としながらも編集が不適切だったとして、担当者に口頭で厳重注意したという。「不適切」という言葉は、“重大な間違い”とまではいかないが誤解を招く問題があった不祥事と判断される場合に企業や官庁などが一般的に使用する言葉だ。はたして“重大な間違い”でなかったのだろうか。

 何を「やらせ」とし、何を「ねつ造」とするかは微妙な問題でテレビ界にも明確な定義があるわけではない。関西テレビは今回どちらも否定しているが、私自身は別人をあたかも本人であるかのように振る舞わせる撮影行為はテレビの禁じ手である「やらせ」そのものであり、話し手の声に別人の映像をかぶせる編集は「ねつ造」だと考える。テレビ報道の現場で30年間、そのように行動してきた。世の常識も同じだろう。

 この出来事が示唆するテレビの現状はかなり絶望的だ。一つは報道の仕事で最優先されるべき「事実・真実の確認」よりも「演出」、つまり「画のインパクト」や「映像的リアリティー」を優先させる思考が事実性を厳密に問うべき「ニュース」の記者や制作者にまで根深く浸透しているのが露呈したことだ。少し前まではバラエティ番組や情報番組でそうした過剰な演出があっても、報道局が作る報道番組、なかでもニュースでは絶対にありえないことだとテレビ内部の人間も信じていたし、外の人たちもそうとらえていたはずだった。その信頼が崩れ墜ちた。

 二つめは、6年前に民放業界に衝撃を与えた「発掘!あるある大事典22」ねつ造事件の、「あの関西テレビ」で起きたということだ。「あるある」事件の教訓がはたして現場に浸透していたのか、という疑念がわく。

 三つめは、報道されている関テレの対応を見る限り、「すり替え」発覚後も会社として問題を重大視していないように思えることだ。問題の本質を見極めて、再発防止の議論につなげる意識が乏しいように感じられる。多くの社員が悔し涙を流した6年前の「あるある」事件の後との落差は激しい。このため業界団体である日本民間放送連盟や第三者機関のBPO(放送倫理・番組向上機構)などを巻き込んで放送業界として改善策を探る動きにはなっていない。まるで「この程度のことは小さなこと」と会社や業界が共通認識しているような暗黙の空気を感じる。
(略)

記事中にもある関西テレビの「あるある大事件」捏造問題に関しては、あの毎日新聞が「報道では、なかったデータをあることにすることは100%ありません。」「マスコミの世界では捏造は「想定外」。原稿を見るデスクや校閲の段階でチェック機能が働いている」などとすごいことを主張していたことを以前に取り上げましたが、実はこうしたケースはむしろ日常的に当たり前に行われていると判明してきたということでしょうね。
危機的なのはそうした行為があまりにも当たり前に行われている結果、これは捏造ではなく単なる編集なのだといった異常な感覚が内部では当たり前に通用しているらしいということで、およそテレビの言うことは嘘であるという捉え方をしておかなければどんな奇想天外な捏造に引っかかるか知れたものではない時代だと言うことでしょう。
もちろん現代においてテレビ=バラエティーのような風潮に現れているように、テレビというメディアが目の前にある現実をそのまま映し出していると錯覚しやすいからこそ嘘を容易につける媒体であるという特性を持っていることは事実であって、だからこそ利用者の側でそうした性質を承知した上で付き合い方を考えていくしかないと言うことでしょうね。
近頃では世間の大半がテレビはいじめを助長しているなど「社会に悪影響を及ぼしているメディア」というネガティブな印象を持っている、そして近年消費者からの抗議活動の高まりでようやく業界側にも危機意識が出てきているという状況を考えると、今もテレビを利用することに価値を見いだしている視聴者こそが彼らをしつけていく責任も持っていると言うのは言い過ぎでしょうか?

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2013年3月29日 (金)

四病協、医師の開業規制を主張

昨年8月に社会保障制度改革推進法が成立した結果始まった社会保障制度改革国民会議はこれまで6回の会合が開かれていますが、その第7回目の会合が先日3月27日に開かれたと言うことです。
過去には後発医薬品の利用促進などが議論されてきた場なのですが、今回の第7回では四病協からこんな話が飛び出したそうです。

医師の偏り是正「診療報酬では限界」 日本病院会など病院団体(2013年3月27日日本経済新聞)

 社会保障の将来像を議論する政府の社会保障制度改革国民会議は27日、医療・介護の関係団体と意見交換した。医師が特定の地域や診療科に偏っている問題について、日本病院会など四病院団体協議会は「診療報酬による経済的な誘導には限界がある」と主張。医師が診療科を自由に選び、全国どこでも開業できる自由開業制度の見直しにも言及した。

 地域ごとに基準病床数を決め、基準を超えた場合には原則新たな病院を設置できなくする「地域医療計画」では、病床を持たない個人クリニックなどは規制の対象外。国民会議の遠藤久夫会長代理(学習院大学経済学部教授)は会議後の会見で、「医療計画に診療所も入れる話など、踏み込んだ議論ができた」と評価した。

自由開業・標榜規制を政府などに要望へ-四病協(2013年3月27日CBニュース)

 四病院団体協議会(四病協)は27日の総合部会で、勤務医不足の背景の一つには、医師が自由に開業できる「自由開業制」と、同じく自由に診療科目を選べる「自由標榜制」があるとして、規制するよう要望していくことで一致した。今後、政府などへの働き掛けを強化する方針だ。

 同日の総合部会後の記者会見で、日本精神科病院協会(日精協)の山崎學会長は、「地域と診療科の偏在がクローズアップされるが、実は勤務医と開業医の偏在があり、自由開業制を見直すべきとの議論は前からある。病院には地域医療計画で規制があるが、同じことを診療所にも適用したらどうかと考えている」との見解を示した。

 山崎会長は開業の規制策として、保険医療機関に指定しない方法も挙げ、「地域に必要な一定の数以上は、保険医として登録せず、開業できないようにすればいい」と述べた。また診療科の標榜に関連して、「駅前にクリニックがあっても、その医師の素性が分からないことがある。患者が分かるように、新規に開業する医師には必ず、専門医として研修した期間や施設などをホームページに示すよう義務付けてもいいのではないか」との考えを示した。【君塚靖】

ちなみにこの3月27日の会議なんですが、見ていておもしろいなと思ったのは関係団体として四病協の他に歯科医師会、薬剤師会、看護協会と主要医療系団体がそろい踏みしている一方で日医は呼ばれていないようで、確かにこういう議論が出てくる場に日医など呼んでいた日にはまとまるものもまとまらなかったでしょうね(苦笑)。
四病協という組織は社団法人日本医療法人協会、社団法人日本精神科病院協会、社団法人日本病院会、社団法人全日本病院協会の四つの病院系団体から構成されていて、民間病院を中心とした病院団体の協議会という位置づけなのですが、当然ながらその目線は医療の中でも病院経営ということに重きを置く形となっています。
近年では過酷な病院勤務の現場から医師達が逃散して楽な診療科に行ったり開業して行ってしまう、その結果病院での診療が立ちゆかなくなり経営そのものが破綻するという事例も相次いでいますから、民間病院の団体が勝手に診療科を名乗ったり開業するなどまかりならん、国が強権を発動して嫌がる医師を業務に縛り付けるよう束縛すべきだと主張するのは理に適った話ではありますよね。
国にしても例の新専門医認定制度の絡みで医師への統制を強めようと画策しているところですからこれは願ったり適ったりで、「医療系の専門団体からこのような意見が出ました。つきましては前向きに検討を」と話を持って行きやすいでしょうし、同じように経営者目線ではあっても相対的に開業医寄りの立場に立つ日医がこの場に呼ばれてすらいないということが政府のスタンスを示しているとも思います。

管理人は病院勤務が嫌なら開業すればいいとか開業医最強などと主張するつもりはまったくありませんが、開業医が経営的に成立する背景には必ず一定数の需要があるわけですから現実的に顧客が求めているものを過剰だと規制するというのはおかしな話で、それこそ歯科や弁護士のように過剰な参入で開業が立ちゆかなくなっている医科の現状では時期尚早な話かなと言う気はします。
特に開業医の場合はその医師の評判が医療機関としての経営に直結するわけですから、大勢の医師を抱えた病院のようにどうしようもない駄目医者でも病院の評判によって生きながらえてしまうという弊害がむしろ減るとも言え、それこそ国民の求めるところの医療の質担保のためにもこうした淘汰の圧力がそれなりに有用であるという考え方もあるでしょうね。
実際に昨今では診療報酬上も開業のハードルがどんどん上がってきていて、親からの継承やよほどの軽装開業でなければ黒字化は難しいとまで言われている状況にある中で、今敢えて強力な開業規制をかける意義も意味もなければ、それが過酷な現場から逃散する勤務医不足対策につながるというものでもないように思います。
同様に資格として数が限られているものとしては相撲の世界では年寄り名跡が高値で取引されていることが知られているし、宗教の世界では宗教法人格の売買が問題化していることも周知の事実で、開業医であることが利権化するような方向での政策誘導は老医の開業資格が高値で取引される危険性をはらむなど、むしろ状況をいびつなものにしてしまう可能性があるんじゃないかと言う気がしますけれどもね。

ともかくも国としてそうした方向で検討しているということであるならいずれそうなる可能性が出てきたということですが、今回その内容として具体的に「一定数以上は保険医療機関に指定しない」という開業規制策が挙げられてきていることに対して開業志望の医師達にどのような対策があり得るかです。
医師数の制限ではなく医療機関の制限であるということに着目するならば、例えば近頃では一つのビルに複数の開業医が入居する医療モールが割合に目立ってきていますが、集客効果の向上など開業リスクそのものの削減にも役立つだろうこういったものをさらに一歩進めて、名目的には一つのクリニックにしてしまうということは患者利便性からも十分あり得るんじゃないかと思いますね。
ただ国としては以前から掲げていた「まずはかかりつけのクリニックに、必要があれば病院に」という二段階方式を実質的に放棄して、大病院に医師を集め中小病院は淘汰するという方向で話を進めたがっている気配が濃厚なのですが、相対的に中小病院比率も高いだろう民間病院の団体である四病協にとってこうした国策は危険な兆候ですし、敢えて共闘できそうな日医と喧嘩をするようなメリットがあるのかという疑問もあります。
いずれにしても医療の大原則は高い医療スタッフのモラール(士気)がよりよい医療を生むことだと管理人は考えていますが、その点からもひたすら経営的視点のみを追い求めるかのような今回の提言が現場スタッフにどのように受け止められるものなのか、国も含めて一度考えて見る必要はあるように思いますね。

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2013年3月28日 (木)

そういえば、朝日はアサヒるという事実も、多少気になるところだが

先日は衆院予算委員会という公の場において、いわゆる従軍慰安婦問題は朝日新聞の捏造であったと言う中山議員の発言があったのですが、これが少しばかり別な方面で注目を集めることになっています。

国会で語られた「朝日新聞の慰安婦捏造」問題をどこのメディアも報道しないのはなぜ?(2013年3月15日ガジェット通信)

先日話題となった3月8日の衆議院予算委員会で語られた朝日新聞の慰安婦捏造記事の動画の件であるが、NHKがこの動画を著作権侵害とし削除要請。その後に中山なりあき議員側が同様の動画を『YouTube』に公開。NHKが動画を削除要請したので大騒ぎになっていたが、動画の再公開によりネット上では盛り上がりがヒートアップ。

「NHKはなぜ削除要請をしたのか」「中山先生は信用できる」などと言った書き込みが相次いだ。しかしこの騒ぎは今の所ネット上だけの騒ぎにとどまっているようである。それもそのはず、各社テレビメディアや新聞社が一切報じていないのだ。これだけホットな出来事なのにこれをスルーするのはなぜなのだろうか。

「特オチ」レベルの大物記事を、なぜみずみず見逃すのか(全社報道していないので正確には「特オチ」ではないが)。それは謎の圧力が働いていると予想できる。あくまでも予想の範囲であるが、マスコミは希にこのように横一線に報道範囲や規制を設けることがある。福島原発は報道規制の温床とまで言われており、政治に近ければ近いほど規制が敷かれる場合が多い。いわゆるタブーというやつである。マスコミから言わせれば「報道の自由」もあれば「報道しない自由」もあるのだ。過去にこれに似た件を報道したのは某雑誌週刊誌である。中身は「慰安婦の嘘は朝日新聞の捏造」という物であった。

しかしこのような事実があったことをネット上のユーザーだけでなく、国民に知らせるのはメディアとしての義務ではないだろうか。隣国に配慮して報道しないとなればもやは中立なメディアはなくなったといっていい。ネットでニュースを見る人が増えたとは言え、多くの人はまだテレビや新聞を観ているのが現状。ましてやこうしたゴシップ記事は『Yahoo!』という大手ポータルサイトには掲載されないのである。

ちなみに記事にもあります通り、この際のテレビ中継をネット上にアップしたところ速攻でNHKから削除依頼が出たというオチもつきましたが、最終的には中山議員が自サイトで動画や資料を公開するという形で落ち着いたようです。
中山議員はその後「私が狙われていると検察関係から警報あり。一部のマスコミが捏造してでも私を叩くらしい。私に何かあったらそういうことです」などと呟いていて、そちらの方でも今後何か起こるかどうかと皆がwktkで注目しているところですが、いずれにしてもこの朝日の誤報(あるいは、意図的な捏造報道?)説は一部では以前から言われていたところで、当該記者の親族が当時訴訟当事者であったなどという話も伝わっています。
歴史の問題は歴史家の研究に委ねるしかないにしても、こうした長年有耶無耶にされてきた一連の疑惑について朝日新聞自身が未だに一度として彼らの言うところの「説明責任を果たしていない」のは明白なのですが、その朝日に関してもう一つこういう記事がちょっとした話題になっているのをご覧になったでしょうか。

さりげなく安倍晋三の出自を攻撃する朝日(2013年3月25日BLOGOS)

 3月18日付け朝日新聞朝刊の天声人語。

     「占領は終(おわ)った。六年八カ月間の長い長い占領は終った」と1952(昭和27)年4月28日の小欄は筆を起こしている。末尾は「占領よ、さようなら」の言葉で締めくくった。独立という、戦後の新しいステージへの静かな高揚が伝わってくる▼サンフランシスコ平和条約が発効したその日、日本は主権を回復した。同時に沖縄、奄美、小笠原は本土から切り離された。沖縄ではその後20年にわたって米軍統治が続くことになる。「屈辱の日」として記憶されてきたゆえんである▼平和条約をめぐって、国論を分かつ議論が起きたのはよく知られる。東西の両陣営と講和するか、米国など西側だけとの講和か、である。世論は沸騰した。しかし「日本」とは本土だけを指し、沖縄は忘れられていた▼それから61年、「主権回復の日」の式典なるものを政府が初めて行うそうだ。沖縄から反発の声が上がったのは当然だろう。復帰後も基地は集中し、治外法権的な地位協定は残る。今なお「占領よ、さようなら」と言えずにいる人は少なくあるまい▼「日本には長い占領期間があったことも知らない人が増えている」と安倍首相は言う。その通りだろうが、4・28は沖縄などを「質草(しちぐさ)」にしての主権回復だった。沖縄では日の丸も自由に掲げられなかった▼安倍さんの祖父の岸信介氏らは条約発効に伴って公職追放が解かれている。それはともかく、沖縄への想像力を持たずしてこの日は語れない。万歳三唱で終わるなら、やる意味もない。

 末尾近くの、
「安倍さんの祖父の岸信介氏らは条約発効に伴って公職追放が解かれている。それはともかく、」
 唐突なこの一節は何だろうか。
 この流れでこんな話を持ち出す必要があるのだろうか。

 いや、筆者の意図はわかる
 安倍晋三が岸信介の孫であることを改めて思い起こさせること。
 その岸信介はA級戦犯容疑者として拘束され、釈放された後も主権回復までは公職追放されていたことをも思い起こさせること。
 まるで祖父の公職追放解除を祝いたいのだろうと言わんばかりだ。
(略)
 同じ日の夕刊のコラム「窓 論説委員室から」は川戸和史が「満州国と安倍バブル」と題して次のように述べている。

    〔前略〕東大教授の安富歩さんは、バブル経済と満州事変などの戦争が似ていると指摘してきた。
     「安倍バブル」に1980年代のバブルの熱気はないが、今の閉塞感はむしろ事変の当時により近いかもしれない。安富さんに聞いた。

     「社会の倫理が崩壊して暴走の歯止めを失うプロセスはバブルも戦争も同じなのです。過ちを犯さないためには、政治家が本質的な問題は何かを国民に率直に訴え、ごまかさずに正面から取り組むことです。しかし、往々にして政治家は話をすり替えて国民に安易な逃げ道を示し、大失敗する。満州国は新興財閥を動員して大陸に王道楽土を建設すると、良いことずくめの話でしたが、結果は破滅的な損失でした」 

 満州国を取り仕切った一人が安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相であったことはさておき、アベノミクスも一歩間違えば政府の誘導と民間の依存心の悪循環を生む危うさが漂う。

     「既得権益を破って成長産業を育てるという真の課題から逃げ、脱デフレの期待をあおるのでは、逆に問題を悪化させます」と安富さん。

     気をつけよう、王道楽土の甘い期待は高くつく。

 祖父が取り仕切った満洲国は破滅したから、「安倍バブル」もわが国を破滅させるおそれがあると言わんばかりである。
 満洲国が破滅したのは必ずしもその構想自体が誤っていたからではなく、もっと別の要因によるものだと思うが。
 朝日には、安倍首相と戦中・戦後の歴史をセットで語る時には、必ず岸信介に触れなければならないという決まりでもあるのか。
 しかも、「それはともかく」「であったことはさておき」と、あたかも本筋ではなく、ただちょっと触れてみただけという逃げの姿勢がまたいやらしい。

 こういうことを言うと、いや安倍は自ら岸の孫であることをウリにしているのだから、岸の負の面も継承すべきであるといった反論があるのだが、私はそれはおかしいと思う。
 本人が自分の出自や祖先を語るのはよい。自分にまつわることであり、その発言の責任は自分がとればよいのだから。
 しかし、他人が、ある人の出自を、その人を批判する材料として用いるのはよくない
 何故なら、人は親を選べない。先祖が行ったことは本人の責任ではない。
 その人の責任ではないことで、その人を批判するべきではないと思うからだ。

 誤解しないでいただきたいのだが、私は公人の出自を全く明らかにすべきではないと言うのではない。
 公人が、出自はもちろん、家族や学歴、職歴、趣味嗜好、交友関係など、ある程度プライバシーをさらけ出さなければならないのは仕方ない。それがその人物を判断する材料に成り得るからだ。
 しかし、本人のあずかり知らないことや、本人ではどうにもならないことを、本人を批判する材料として用いるのはよくない。それは、アンフェアだからだ。
 安倍晋三が岸信介の孫であること。岸信介が満洲国を取り仕切ったこと。A級戦犯容疑者として拘束され、釈放後も主権回復まで公職追放されていたこと。
 これらはいずれも安倍本人にはどうしようもないことである。その人自身ではどうしようもないことを、その人を批判する材料として用いるべきではない。
(略)

しかし問題となった記事は自分も目にしていたのですが、あまりに唐突に挿入されていたことから正直当該部分は見過ごしていたのは無念と言うしかありませんね。
朝日と言えば自社から分社化した完全子会社の朝日新聞出版が発行している「週刊朝日」が「ハシシタ 救世主か衆愚の王か 橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」などと題して橋下氏の出自に関する執拗な報道を行い、「血脈主義、身分制に通じる極めて恐ろしい考え方だ」と大いに批判を浴びたのも記憶に新しいところです。
最終的に朝日新聞出版社長が引責辞任したのみに留まらず、親会社側も同社の「報道と人権委員会」により「橋下氏の出自を根拠にその人格を否定するという誤った考えを基調としている」「報道機関として、あってはならない過ち」と断罪され、「痛恨の極み」「この過ちをわが問題と受けとめ」云々と社説に書く派目になったわけですね。
それがつい先日と言っていい昨年末のことでしたが、それから半年も経たずして再びこうした「出自報道」を繰り返しているのですから、結局彼らにとって出自報道とは過ちとは受け止めていなかった、むしろ「社是」であったということなのでしょう。

ちなみに記事でも指摘されているようにこの出自を示す文言、文脈を無視して「それはともかく」「であったことはさておき」などといった言葉によって唐突に差し挟まれているのですが、管理人も一応書き手の立場ですから判りますが一見本筋と無関係に見えるこうした挿入句は敢えてそうしてでも書きたい記者の強い意志の現れだと理解すべきでしょうね。
それはともかく4月20日もそろそろ近いせいでしょうか、朝日から沖縄の空気を読めと言われれば「K.Y.って誰だ?」という言葉をしきりに思い出すのですが、ネット上では予想通り「社是」という言葉ばかりが並んでいるのは予想通りとしても、この沖縄基地問題もそもそもの元を辿れば人口密集地である普天間から辺野古に移転させるというのは極めて微妙な地元感情などもある中、長年かけて地道に進めてきた作業だったわけです。
それをルーピー宰相の思いつき発言に渡りに船と便乗して恣意的に特定意見を取り上げ、沖縄県民感情をあおり立てかえって問題を複雑化させてしまった当事者である朝日が第三者顔でこういうことを言い出すというのは、「勝てる戦を何故やらぬ」と我が国を戦争へと煽り立てた新聞社が戦後処理の不手際だと他人を責め立てるのと同じくらいKYですよね。
これほど安倍総理の祖父の公職追放歴を問題視する朝日新聞ですが、かつて朝日の主筆もA級戦犯容疑者として公職追放された身であったことはさておき、朝日新聞方式で他人の出自を調べ上げ批判するということは、裏を返せば先祖の批判をすることでしか当事者に突っ込める隙がなかったと受け取るべきなのでしょうか?

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2013年3月27日 (水)

医療と製薬業界の不適切な関係?

自らが医師でもあるアルファブロガーの井上雅博氏が先日こんな記事を書いていましたが、井上氏自身も以前には外資系製薬会社に勤務するなど医師と製薬会社の資金によるつながりということに関しては実地に見聞している立場にあったわけですね。
その上で今回のテーマとなっている京都府立医大教授の論文撤回事件の背景事情として日本では臨床研究が基礎研究に比べて遅れており、公的資金のサポートも得がたいため研究者は成果が出るまでの費用や時間に常々頭を悩ませているという指摘をされていることに留意ください。

奨学寄附金という“隠れ蓑”を許すな(2012年3月27日日経メディカル)

 さて、前回に続き、Kyoto Heart Studyの論文撤回問題に関連して、わが国の臨床研究のあり方について考察していきます。
 今回の件を含め、日本の臨床研究が抱える問題の根本には「利益相反」があると私は考えています。
 私は以前「特定の薬剤を用いた臨床研究の資金源の記載状況」という調査に協力したことがあります(臨床評価40〔1〕:43-51, 2012)。UMIN臨床試験登録システムに登録された臨床研究のうち、特定の薬剤を利用して介入研究を行ったものについて、研究資金の調達方法を調べたものですが、この調査では、56%の研究が「自己調達」によって資金調達していました。
 利益相反のない「自己調達」の研究が多いことは一見、理想的な状態に見えます。ですが、臨床研究の質を上げようとすれば、複数の医療機関の連携はもちろん、クライテリアに合致した症例の登録、プロトコール通りの検査の実施、症例のデータ収集などを含めたモニタリングとデータマネジメントなど、多くのハードルがあります。統計の専門家も含めた複数の専門職との協業が必須です。当然、ヒトもカネも大量に必要となります。
 通常、新薬の治験には1症例150万~200万円かかります。臨床研究の場合は、それに比較すれば1桁少ないといわれますが、とはいえ小規模な研究であっても、文部科学省から配分される大学予算で賄える額とは思えません。去年まで製薬企業に勤務していた立場で誤解を恐れずに言えば、「自己調達」の裏には、製薬会社からの「奨学寄付金」という名の“隠れ資金提供”が存在します。「奨学寄付金」は、使用目的を限定していないこともあり、先述のような調査では「自己調達」の扱いになるのです。

 ちなみに同調査では、22%の研究が「財団など」を通じて研究資金を集めている、と回答していました。しかし、それだけの資金力のある財団がそんなに多く存在するのでしょうか。心血管イベントをエンドポイントとした臨床研究を対象とした同様の調査(Sawata H,Tsutani K. BMC Med Res Methodol. 2011 Nov 1;11:148.)では、「財団など」と回答した研究のすべてが製薬企業など企業の支援を受けていたそうです。
 製薬企業は、大学を含む研究機関の臨床研究(医師主導型研究)を数多く支援してきました。それによって日本発のイノベーションや科学的な業績を世界中に問うことができ、薬剤の新しい投与方法や治療方法が発見され、医学が進んだのは事実です。ですが、財団からの調達や自己調達をうたう研究が、実は特定の企業によって投入された資金で行われ、研究結果にバイアスがかかっていた可能性も否定できないことになります。
 実際、今回論文が撤回されたKyoto Heart Studyも、UMINなどの研究登録上は、「大学独自」で資金調達したとされていましたが、同研究で扱われた薬剤を発売するノバルティス社は、記者会見の席で奨学寄付金を出していたことを認めています(「薬の効果、論文に疑義 京都府立医大、3本を撤回」朝日新聞 2013/2/28)。
 奨学寄付の名の下に行われる学術支援の仕組みでは、その資金について、十分な情報開示が行われてこなかったという実態があります。学会発表や論文に「利益相反なし」と書いてありながら、実はその資金は製薬企業が出しているという場合が少なからずあったわけです。

認められなくなる奨学寄付金

 これまで「奨学寄付金」は、製薬企業が、研究者の研究資金のニーズに応じて提供してきました。製薬企業の営業部門にとって、「寄付金」は有力な研究者のいる大学との関係を強化するためのマーケティングツールという側面もありました。そんな“色の着いた”お金でも、日本のように国から潤沢な研究予算が下りない国では、大切な資金源です。
 問題は、このような仕組みの下では、資金提供した企業の製品について仮に不都合なデータが出ても、その事実を研究者側が開示しにくくなる可能性があることです。
 臨床研究は現在、患者さんや被験者保護の観点からも倫理的に正しく行われることが求められています。研究資金を製薬会社に求めるのは、特に日本のような国では今後も必要でしょう。だからこそ、特定の製薬企業からの支援があるならば、研究内容が企業と関係していることを明示して解析や論文作成がなされる必要があると思うのです。

 現在、海外の製薬企業は、研究支援の際に契約を交わし、企業と研究者の責任を明確にしています。しかも、その内容は必要に応じて開示されます。また、英文誌に投稿しておられる先生方はご存じの通り、論文の最後に資金提供者を明示するのが当たり前になっていますし、研究に着手する前に、概要をClinicaltrial.govなどのClinical Trial Registration Siteへ前登録しておかなければ、論文掲載を受け付けてもらえないケースが増えています。
 外資系製薬企業の日本法人が同様の方向に見直すのは当然の流れです。実際に、大手の製薬企業で近年、営業部門から独立し、研究支援を目的としたメディカル・アフェアーズ部門の設立が相次いでいます。これにより、MRを含む営業部門が臨床研究の内容に口をはさむことはできなくなっています。また、新薬の研究開発や臨床研究など製薬医学の専門家の医師や薬剤師による「日本製薬医学会」で「臨床研究契約のひな形」を作っています(参考記事:2012.8.21「臨床研究の助成は寄付から契約へ移行」)
 契約になれば、当然、研究成果の質を求められるようになります。冒頭で紹介した調査と同時に行った、日本製薬医学会の会員への奨学寄付金に関するアンケートには「臨床研究と呼ばれる研究のクオリティが低すぎる」「臨床研究はすべてGCPに準拠すべきだと思う。患者に負担を強いるのに、エビデンスレベルが低いため医療の発展に寄与せず、単に研究者が学会で発表するネタ(かつ学会旅行に行く口実)にしかならないような私利益のための臨床研究が多すぎると思う」などの辛らつな言葉が並んでいました。
 論文の掲載本数に目が行ってしまうのはやむを得ないことではありますが、本数うんぬんは、質の高い研究であってこそのこと。研究者はそろっているのに、研究を支援したり質を高めたりする体制をとれていないがゆえに、偽iPS論文のような論文撤回やねつ造事件が毎年のように発生している日本の臨床研究は、これから世界で生き残っていけるのでしょうか。今、まさに岐路に立っていると感じています。

井上氏の指摘には二つの内容が含まれているように感じますが、まずは日本の臨床研究のレベルが低いということに関して言えばもちろん様々な理由も事情もあることとは言え今回は言及しないことにして、今日はもう一点の医師が製薬会社にお金を出してもらっているという問題に限って論じたいと思います。
ある程度の期間診療に従事してきた医師であれば大抵幾度かは治験や臨床研究といったものに関わった経験があるんじゃないかと思いますが、もちろん直接懐に金品を入れるといったことは論外にしても研究と言えばどうしてもコストもかかるわけですから、その必要欠くべからざるお金を製薬会社が負担してくれるというのであれば願ったり適ったりだと単純に考えてしまうかも知れません。
しかし当事者としてはスポンサーについてもらったからと言って手心を加えるつもりは全く無い、厳正にやっているのだから誰に後ろ指さされる覚えもないのだと胸を張っているからこそ意識していないのかも知れませんが、やはり世間的にはお金を出してもらっている会社に都合の悪い研究成果を出すはずがない、そんな提灯持ち論文は信用出来ないと考えてしまうのももっともな反応でしょうね。
ともかくも医師側がどれだけ真っ当な仕事をしているかに関わりなく世間の目線はそうであるという事情を承知した上で、先日出てきたこちらの記事を見ていただきたいと思いますけれども、こういうのも「また医師会か!」などと言われそうな話ではありますよね。

製薬企業から医師への金、情報公開延期 医師会側反発で(2013年3月23日朝日新聞)

 日本製薬工業協会(製薬協)は21日の総会で、製薬企業から医師らへの原稿料や講師謝礼などの情報公開を当初予定から1年延期することを決めた。2014年度からの開始をめざす。製薬協は11年に透明性の指針を作り、13年度からの情報公開を目指したが、医師側が拙速だと見直しを求めていた

 指針では、原稿料や講師謝礼は「○○大学○○科○○教授○○件○○円」などと個人名まで示して公表する。12年度提供分の金額を13年度に公開することを目指し、個々の医師らの同意を求めてきた。

 これに対し、日本医師会などは、個人名と金額を公開すれば「医師と企業の関係について、社会から疑惑を招き、いわれなき中傷を受けるおそれがある」として、製薬協に公開時期の変更を求めていた

世間では「別に個人名を公表せずともどこに幾ら出したという情報なら構わないのでは?」と言う意見もありもっともだとは思うのですが、例えば開業医など一施設一医師の環境であれば実質的に個人名を公表したのと同じことですから、日医が反対したのもそうした事情を考えてのことなのかも知れません。
ただこうした公開によって「医師と企業の関係について、社会から疑惑を招き、いわれなき中傷を受けるおそれがある」と言うのであれば、公開をしないことによって社会から疑惑を招くリスクも考慮すべきだろうし、何よりも本当に公開が不利益が大きいと確信しているのであれば公開時期の変更などと言わず公開そのものの中止を要求すればいいでしょうに、これでは証拠隠滅の時間稼ぎを図っているのかと「社会から疑惑を招」きかねないですよね。
一応日医ならぬ現場医師の名誉のために弁護?しておくと超有名な先生などはいざ知らず、そこらの一般的な医師の講演料などはせいぜい数万円といった単位ですから、普通に考えて準備や講演にかかる時間を真面目に働いた方がよほど儲かるというもので、直接的な経済上の利益を求めて講演活動に勤しんでいるという医師はあまりいないんじゃないかと思います。
もちろん基幹病院の幹部職にありながらつぶやきと講演だけでろくに仕事をしていないのでは?などと言う疑惑もささやかれている某大先生のように、講演講演で名前を売ることによって何らかの権威なり副次的な産物が生まれることもあるでしょうが、そういう特殊な志のもとに活動している方々をそもそも真っ当な医師と呼ぶべきかどうかはまた議論の余地があるところでしょうね。

ともかくも医師側の考えがどのようなものであれ、社会から疑惑を招くことを懸念するなら社会がどのような部分に疑惑を抱いているかを真っ先に考えるべきであって、わざわざこうした疑惑を招くようなコメントを出してくる日医という団体そのものが社会からの疑惑を大いに招いていることに思いを致すべきだったかとは思いますし、社会の流れもすでに大きく変わってきています。
製薬業界が過去の因習、慣習を断ち切って医師との関係を清算?しようとしていることは今に始まったことではありませんが、学会でも無料の飲料提供が禁止になったなどという話が話題になっていましたけれども、先日も紹介しましたように製薬会社からの贈り物を規制することで医師の処方が変わるというデータも出てしまった以上は社会的にも容認される関係ではなくなってきたと言えそうですね。
アメリカなどではこうした医師と製薬業界の経済的関係について州が独自に情報公開を義務づけてきたことに加えて、2010年に例の皆保険制度導入のおまけのような形で製薬企業の医師への支払いを「太陽の光のもとで明らかにしよう」というサンシャイン法が成立したことから、今年から10ドル以上の支払いはすべて市民の目に触れる形で公開しなければならないという非常に厳しい状況になっています。
当然日本でも同じような社会の要求は高まってくるでしょうが、冒頭の記事に帰って言うならそもそもまともな臨床研究をしようとしても金がないという状況が諸悪の根源だったわけですから、規制だけを強化して研究の実を挙げるための支援は相変わらずそのままということでは、ただでさえ厳しい規制で諸外国の後塵を拝し続けている日本の臨床研究レベルがまた一段と低下するだけに終わりかねませんよね。

一方では別な問題もあって、近年では政策的なジェネリック誘導策もあって医師の処方は次第に一般名によることが求められていますから、実質的にどこの会社の薬を使うかは調剤薬局の仕事になってきているとも言えるのですが、実際に医師と比べて未だ規制もザル状態であるだけにこのところ製薬会社も薬局側にこそ接待攻勢をかけているという噂もあります。
もちろんジェネリックは同じ成分同じ薬と国も言い切っているように、薬など所詮どこの会社のものを使ってもさしたる違いはないのだから患者の不利益にはならないという考えもありますが、とかく今の世相では誰かが地位を利用した特権的利益を得るということに関して非常に厳しい目線が注がれるようになっているということを、医療関係者も十分に承知した上で行動を律する必要はあるでしょうね。
特に医師にとっては「そんなつまらない利益供与なんてどうでもいい」と思うようなものであっても、立場が変わればこれ以上ないほど魅力的な副収入に思える場合もあるわけですから、実は医薬分業やNP制度などを初めとして医療業界内で権力分散化が図られている現状はモラル低下という面で極めて危うい側面も持っているように思います。

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2013年3月26日 (火)

ユークリッド幾何学的様相を呈する事故調議論

医療の世界で知らぬ者もないだろうというほどに有名な、いわゆる杏林大割り箸事故の裁判について、先日日経メディカルに判決の解説記事が載っていました。
経緯等については周知のところだと思いますので、裁判所の判断に関わる部分だけ簡単に引用させていただこうと思います。

「割りばし事故」で医師が無責になった理由(2013年3月25日日経メディカル)より抜粋

(略)
判決

 東京地裁は、06年3月28日に刑事事件について、08年2月12日に民事事件について判決を言い渡した。
 両裁判とも主な争点は、(1)十分な問診の上、ファイバースコープによる上咽頭腔の観察や頭部CT検査を施行すべきであったか(2)(1)を行っていれば死亡を避けられたか――の2点。各判決の内容は次の通り。

 刑事事件では、(1)は肯定して(2)は否定した上でB医師を無罪とした。
 (1)に関しては、Bは割りばしによる頭蓋内損傷の可能性を想定し、付き添いの母親や男児に受傷状況について十分な問診をすべきだったとした。その結果、頭蓋内損傷の疑いが強ければ、ファイバースコープによる観察や頭部CT検査が施行されたはずであると判示している。
 (2)については、男児の死因は左頸静脈洞内の血栓による静脈還流障害であり、その治療としては左頸静脈を再建する必要があったが、このような手術で救命するのは技術的・時間的に困難であったとしている。

 一方、民事事件では(1)、(2)とも否定し、Bと学校法人に対する原告の賠償請求は棄却された。
 判決は、頭蓋底骨は厚く硬いため、軟口蓋から刺入した割りばしが頭蓋底を穿破したことをBが想定するのは難しいと判断。さらに、(1)頸動静脈損傷などを疑わせる大量出血がなかったこと、(2)頸静脈孔内の迷走神経、副神経、舌咽神経の損傷に伴う神経学的な障害を示す所見がなかったこと、(3)男児が自分で割りばしを抜いたとの証言があったこと――の3点も、Bの過失を否定する判断材料となった。
 男児が2回嘔吐している点については、頭蓋内圧亢進に伴うものと推測するには嘔吐物が少量な上、救急車内での恐怖や車酔い、舌圧子などによる軟口蓋への刺激、出血を飲み込んだ影響などを考えると、頭蓋内損傷による嘔吐と想定するのは不可能と認めた。こうした状況では、(1)のファイバースコープによる上咽頭腔の観察や頭部CT検査を施行すべきであったとはいえないと認定した。
 (2)の死亡回避の可否については、具体的な死亡に至った機序は不明としつつ、刺入した割りばしが上咽頭腔内を通過していないので、ファイバースコープを使っても割りばしを確認できたとはいえないとした。また、頭部CT検査でも、Airや血腫はできても割りばしは確認できないと判断した。
 さらに、事故発生の翌日の6時までは意識状態に大きな変化がなかったため、心肺停止状態になる前に手術するタイミングがあったとはいえないと判示した。
(略)

いずれも医療側の責任を否定するということでは同じなのですが、民事が医師の過失そのものを否定している(である以上、以後の死亡回避には触れなくとも訴訟としては原告敗訴です)ことに対して刑事では過失は認めた、しかし死亡という結果との間には因果関係が認められないという論理で無罪としています。
ともかくまさかという偶然が重なりに重なった結果起きたレアな症例で、これを有責と認められたのでは救急医療はどうなるかと注目された裁判でしたが、民事においても平成9年の高裁での棄却判決をもって原告側が上告を断念したため、刑事民事双方で医師に責任はないという判決が確定したのはよかったと思います。
医療においては常に一定確立で「こんなことが起こるはずがない」という稀なケースにも遭遇する可能性があるのは言うまでもないことであって、だからこそ何事であれ「かも知れない」方式で対応すべきだというのも一面の真理ではあるのですが、科学としての医学の限界はもちろんのことマンパワーや医療コストの限界も昨今厳しく問われている以上、一定のリスクは飲み込んだ上である程度のところで妥協するのは仕方のないところです。
そうであるからこそ万一が起こってしまった場合にどう対応するかというルール作りが問われてくるわけですが、その一つの大きな柱として期待されながら未だに実現の目を見ていない医療事故調の議論は、相変わらずの無限ループに陥っているようですね。

医療事故調の第三者機関の権限で平行線-厚労省検討部会(2013年3月22日CBニュース)

 厚生労働省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は22日に会合を開き、同検討部会の見解を取りまとめるための議論を続けたが、病院の外に置く第三者機関に調査権限を与えるかどうかで、必要性を主張する法曹界側委員と、不要だとする医療者側委員の意見が対立した。また、病院内に設置する事故調査委員会(院内事故調)のメンバーに第三者を加えるかどうかで、法曹界側委員は必要だと主張したが、医療者側委員は反対した。

 昨年2月に初会合を開催した同検討部会の会合は、この日で11回目を数えた。前回会合までに、論点ごとの議論を終え、医療事故調査制度の独自案をまとめた四病院団体協議会などからのヒアリングが一巡したことから、意見集約を目指しているが、依然、委員間の意見の隔たりは大きく、同検討部会としての見解を取りまとめられるかは不透明な状況だ。

 この日は、これまで議論で合意した点と、意見が分かれている点を整理した。医療事故を調査する目的については、原因究明および再発防止であることを改めて確認。第三者機関が調査する対象は、診療行為に関連した死亡事例を原則とし、それ以外は段階的に拡大していくとした。死亡事例が生じた場合に、第三者機関に届ける事例の範囲については、議論が尽くされていなかったが、再度検討した結果、事例ごとの線引きが難しいことから、全例報告にすることにした

 第三者機関のあり方については、独立性・中立性・透明性・専門性を有する民間組織にする方向でほぼ合意したが、その組織に付与する権限で、委員の意見は割れた。弁護士で南山大大学院教授の加藤良夫委員は、「自主的に調査協力するのが理想だが、中には非協力的な医師もいる。一切、カルテも出さないような時に、調査権限は絶対に必要」と強調した。これに対し、医療者側委員は総じて否定的で、「強制的な権限はよくない。特殊な例には、特殊な対応をすればいい」(飯田修平・練馬総合病院長)などと反論した。

 また、院内事故調の構成メンバーについても意見が割れた。法曹界側委員は、第三者の参加を求めたが、医療者側委員を中心に、最終的に再発防止が目的であることを理由に、院内事故調に参加するのは院内スタッフや医療者に限るべきとした。現在、想定している事故調の仕組みでは、院内事故調に対して遺族などの訴えがあれば、病院外の第三者機関が調査することになるため、院内事故調に第三者がいなくても、第三者性が担保されるとの意見もあった。【君塚靖】

この院内事故調に加えろと行っている第三者というのがどのようなものなのか明示されてはいませんが、想像するに遺族関係者もさることながらそれこそ患者団体と言われるような方々であったとすれば、それは医療業界からは反対論も根強く出るだろうなとは想像できる話でしょうか。
事故調議論と言えばそれこそ当「ぐり研」が始まった頃から延々と続いていて一向に収束点が見えないかのような印象もありますが、昨秋にはこの議論の中で厚労省側から医師法21条に関わる従来見解を事実上撤回するという「瓢箪から駒」もあった、これで医療現場への警察の介入は無原則な防げると、部分的には肯定的に評価しようという声も少ないながらも存在します。
ただ今回の記事にも見られるように法曹側と医療側との根強い対立が続いている原因がどこにあるのか、かねて医療側の弁護士として活躍されている井上清成氏が「中立的第三者機関」という言葉の裏に隠された真意について先日こんな指摘をされていますので引用してみましょう。

医療事故調は捕物帳なのか(2013年1月17日医療ガバナンス学会)より抜粋

1. 中立的第三者機関の隠れた本質
厚労省のホームページに、10月26日に開催された第8回「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」の議事録がアップされた。そこには、 中立的第三者機関としての医療事故調査委員会の本質が赤裸々に議論された様が現われている。弁護士である構成員と医師である構成員とが、医療事故調の本質 のとらえ方を巡って、真っ向から対立した。
医師達の想像すらしていなかった隠れた本質が、中立的第三者機関たる医療事故調には潜んでいたと評しえよう。それが、エキサイトした議論の過程で、図らずも露呈した。以下に議事録を引用しつつ述べるが、是非、議事録の原文すべてを一読されたい。
それはひと口で言えば、中立的第三者機関たる医療事故調は、殺人などのような故意犯も診療関連死たる医療事故の中に含め、その上で「ふるい」にかけようと して構想されたものであった、ということである。この本質が明らかになったため、医師である構成員が激怒し、弁護士である構成員に猛烈に噛み付いたらし い。

2. 弁護士対医師の議論
本稿で引用するのは、弁護士たる構成員である加藤良夫氏(栄法律事務所弁護士)と宮澤潤氏(宮澤潤法律事務所弁護士)の発言、そして、医師たる構成員であ る中澤堅次氏(秋田労災病院第二内科部長)と有賀徹氏(昭和大学病院病院長)の発言である。以下、抜粋して議論の経過をたどる。

>加藤構成員 「だからこそ、故意または故意と同視すべき犯罪がある場合は別だと皆さんが言うのはそこにあると思うのですが、その判断を速やかにするという仕組み、どう やってつくっていくのかということですね。私は、第三者機関に全て届け出ると。まず、報告がなければ調査に入れませんので、報告を網羅的に広く吸い上げる という抽出力を、国家としてこの種の問題について抽出力をしっかりと報告という形で上げていって、そして、その中で、これはきちっと調査しようというもの は調査していかなければいけない。調査をして初めて、故意、重過失等の色彩がわかってくる、そういう性質のものだということですね。」

>中澤構成員 「今、加藤先生の話の中で、ぜひ御理解いただけたらありがたいと思っているのは、要するに犯罪と一般の医療行為とは物すごく正反対な医療行為なわけです よ。その正反対の医療行為の中で医療者の犯罪が疑われるという形で物事が進むと、もうふだんの診療行為は全部だめになります。信頼性において動いているの が医療ですので、その信頼ということの中で、私たちがふだん考えてもいない犯罪のことまで一つのものの中に入れて議論しなければいけないということそれ自 体が、もう本当にどうしていいかわからない、恐らく医療全体の大混乱に私はなると思っているので、これはやはり議論の中からは外してほしいというのが私の 考えです。
ですから、ふるい分けをするのなら警察でやろうが、第三者機関で扱おうが、それは同じことだと思います。ふるいを広くかけて、その中から悪いものを取り出 すのだという手法は、ふるいの中に入る人は全部疑いをかけられて入るわけです。その中から、あなたは大丈夫、あなたは故意というふうに持っていくというの が、広く網をかけて審査するというやり方ではないかと思います。そうすると、診療関連死は、最初から過誤が問題だとわかるものもあるし、過誤と言っていい かどうかもわからないものも含まれています。全部それを一緒くたにしてやるということについては、ふるいをかける側に立てばこれほど都合のいいことはな い。だけれども、ふるいにかけられるほうの立場から考えると、これはやはり人権の侵害と無関係ではないのではないかと私は考えます。」

>宮澤構成員 「犯罪という言い方をすると問題なのかもしれないですけれども、通常の医療の中で犯罪行為というのは出てきてしまう可能性がある行為だと思うのです。例え ば安楽死なんていうことを考えてみると、通常で何か物を盗るために人を殺し合うというのと明らかに違います。ただ、それを医療者どう見ているかというと、 本当に苦しんで苦しんで、何とかしてあげたいという中でそういう道を選んでしまったということだってもちろんあるわけですね。そうすると、それが通常の、 何か物を盗るために人を殺したのとは違うのですけれども、ただ、結果だけを見ると、故意犯というのもどうしても混じってくる可能性はある。だから、それを 分けながらやるというよりも、やはり全体を見ながら、紙一重というところをきちんと理解した上で、全体を第三者機関のほうに委ねるということを考えておか ないと、どこかで区別つけるというのはなかなか難しいと思います。それは今の段階では非常に難しいのではないかなと思っています。」

>有賀構成員 「今の宮澤先生のおっしゃっていることは、法律家としては多分正論なのだと思いますけれども、医療者はとてつもなくたまらない。このような情緒的な言い方 しかできない。それが私たち医療者の本音です。ですから、その本音を無視するような形で論理的にものが進んでいって、こうですよとなったときに、恐らく医 療はだめになります。これは法律の方たちの論理の外に情の世界をきっちり入れておいていただかないとどうにもなりません
加藤先生がおっしゃったみたいに、たくさん集めて、そして、よし、よし、よし、ペケというふうな形をもしとるならば、そんな業界に私たちはもう働くことをしません。これは全くそのとおりです。これは嫌なのです、そんなものは。」

3. 中立的第三者機関は「ふるい」
以上の議論から明らかなとおり、中立的第三者機関たる医療事故調の本質は、医療不信に満ち満ちて、医療事故の名の下で故意犯罪にもまとめて投網をかけ、そ れを「ふるい」分けするためのものだったのである。やはり、中立的第三者機関としての医療事故調など創設してはならない。

考え方として弁護士サイドの言う事が全く判らなくもないのですが、それは冒頭の話に戻って言えば常に見張られている立場で「かも知れない」方式であらゆる対処を行えと言うのに等しいことでもありますから、事実第三者機関がそんな対応が出来たとすれば(実際にそれをやると大変な数になって対応できない可能性も高いと思うのですが…)、医療の側もまたそうした厳密な検証に耐える医療を常時行う必要があるということでもあります。
後で突っ込まれても困らないように入院と外来とを問わず診療に携わった全患者に対して症例検討レベルでの対応をするとなれば、仮にそれが出来たとしても捌ける患者数は今の何十分の一になるわ、保険者からさっそく強烈な指導が相次いで一部公立病院を除き軒並み医療機関は潰れるわ、ちょっとした風邪で何日もかけて精密検査をしてからでなければ治療も受けられないと患者からクレーム殺到するわでしょう。
それ以前に大部分の医療従事者がそんな激烈な職場環境で心身共に追い込まれ過労とノイローゼにならざるを得ないはずで、「法律家としては多分正論なのだと思いますけれども、医療者はとてつもなくたまらない」だろうし、「そんな業界に私たちはもう働くことをしません」と言うしかないだろうとは思いますね。
注目すべきことは加藤良夫氏などは患者側弁護士として活動されている側ですが、宮澤潤氏などは病院協会顧問も務め医療側弁護士として活動している人物の代表格であり、その人物をしてこういう法理に則ったというだけで現場からはあり得ないと拒絶されるような水準の発言しか出来ないという事実ではないでしょうか。

ともかくもこの事故調にまつわる議論、現状ではどちらも譲る意志はないようですから議論は永遠に平行線でしょうが、医療業界として一番悪いことはこのままずっと事故調が棚上げされることで「医療の側には自浄作用がないし、現状を改善する意志もみられない」と世間に認識されるということでしょうね。
もちろん最悪の場合立場の異なる集団からそのような広報作戦が大々的に繰り広げられ、最終的にお上から鶴の一声で現場にとって全く望ましくない制度を押しつけられるという可能性もあるわけですから、それを避けるためにはむしろ議論が停滞しているこの期間にどんどん自前で理想的と思われるシステムを自主的に作り上げ、それをきちんと機能させてしまうことだと思います。
国民の大多数は医師でも弁護士でもなくただ患者として医療に関わってくるのですから、最終的にどちらが患者サイドの理解と共感を得られるかが勝負の分かれ目になってくるのだとすると、弁護士よりは医師の方が一歩患者側に近い場所から関係をスタート出来る分だけ有利であるはずで、これなら安心して医療が行える、受けられると言う制度をいち早く作り上げて国民を納得させられるかどうかでしょう。

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2013年3月25日 (月)

大人気の医学部受験 学生気質も変化してきた?

国家試験があったり入学試験があったりとこの時期試験続きで嫌になっている方々も多いかと思いますが、先日日経メディカルにこんな記事が掲載されていました。

ついに「東大文Iより私立大医学部」の時代が来たか?(2013年3月22日日経メディカル)

(略)
私立大医学部の人気は学費値下げも一因か

 今回、首都圏や大都市の国公立医学部は例年並みの競争率でしたが、地方の国公立医学部や私立医学部の受験倍率が高まったことに私は注目しています。さらに東大文I、京大法学部の受験倍率が下がり、東大文Iでは例年行われていたセンター試験の足切りが13年ぶりに必要なくなったことを重く見ようと思います。
 東大文Iを目指していたようなトップクラスの秀才たちが、志望先を医学部に変え、それも難関を極める首都圏、大都市の国公立医学部を避けて、地方国公立医学部もしくは私立医学部を選択したのではないか、という気がしてならないのです。東大文Iを目指していたような秀才なら、数IIICなどはやり終えているでしょうし、私立医学部の物理・化学などは、予備校の直前講習会でプロの講師から手際よく指南されれば、たちどころに及第点まで持っていけるでしょう。
 また、これも推測ですが、今年は私立医学部が軒並み学費を下げてきて、やや富裕な一般家庭でも手が届く域になったことも、受験倍率が高まった一因かもしれません。昔から《子どもを東大に行かせる親の年収は、慶應に行かせる親の年収を上回る》《子どもの頃から教育費を惜しみなくつぎ込めるほどの富裕層でなければ、東大や京大には行けない》と言われてきました。そういう家庭の子どもが、超高額で知られる私立医学部の学費値下げ措置に対し、「とにかく医者になれば、高い名誉と地位、収入が保証される」と考えたとしても、何ら不思議はないのではないでしょうか。
 このことは、東大文Iを出て官僚や弁護士になるという進路が、必ずしも高い名誉と収入を約束される時代ではなくなったことと無縁ではないように思います。拙著『年収600万、子どもの偏差値40以上なら、医学部に入れなさい』(講談社、2009年)で予言したように、「東大文Iよりも私立大医学部」という時代が来たのかな、と感じた次第です。
(略)

ちなみに記事によると今年の医学部入試では私立上位校は問題がさらに難しくなる一方、地方の国公立医学部では非常に問題が簡単になっているそうで、この辺りは大学間の格差の拡大と共に定員増や地域枠制度などとも相まって地方を中心とする一部医学部学生のレベル低下傾向が影響しているのかなという気もします。
ともかく医学部と言えば近年では入試の狙い目になっているのだそうで、とりあえず医学部に入ってさえおけば後は何とか食っていけるということから不景気な時代に最適な商売ということなのでしょう、予備校など受験さん業界では「うちの子は商売やビジネスの才覚がないどころか、取り得がなにもないと思ったら、医者にさせるのが一番良い」などと受験熱を煽っているようです。
そういう話を聞けば医学部に入ってくるのはノンポリでただ将来金を稼ぐことしか頭にない人たちばかりなのか?と考えがちですけれども、実は早くも10代の頃からそんな風に明確な将来の人生設計を考えている人々であるだけに、なかなか考えることも具体性があっておもしろいようなんですね。

医療界に新風が吹くか/杉山博幸(2013年3月23日朝日新聞)

医療界に黒船?

学生が主催する「医療ビジネスコンテスト」なるものに参加してきた。
学生たちはグループに分かれ、2泊3日で医療に関するビジネスプランを作り、最終日に発表したものを表彰するという。優勝賞金は30万円。
(略)
横断幕には「Perry2013 医療界に黒船を来航させよ!
(熱い! 少しモード切り替えなければ)と、心の中に言葉が響いた!
日曜日の午後のモードで気軽に参加したので、会場とかなり温度差があったかもしれない。私の役割は、その事業プランを学生たちが作る際にちょっとしたアドバイスをすることだ。雰囲気に圧倒されながら、3組のグループのアドバイスをさせて頂きました。

「ニーズ、実現可能性、収益性、新規性、共感性」

3組の中で、最も長い時間話し込んだのが、「在宅で家族を介護する孤独な介護者を繋げるコミュニティを創りたい」という4人組(写真)。
突然、家族が介護状態になるだけでなく、自分も介護をしなければいけない介護者の肉体的精神的疲労と孤独は、経験した者でなければわからないところがある。だが、様々な拘束で同じ境遇の人とつながる機会に参加することはなかなか難しい
それであれば、インターネット等を使ってより手軽に繋がる場を作ってしまおう、というコンセプトだ。震災を上げるまでもなくコミュニティは貴重でネットでもそれができるはずだという仮説である。
しかし、これはビジネスコンテンストである。評価軸は事前に提示されている。「ニーズ、実現可能性、収益性、新規性、共感性」である。
この介護者を繋げるネットコミュニティ事業は、ニーズや共感性は高い。そして、NPOで同様の試みを行なっているところもあるが、まだまだ新規性も高い。そして、現在のクラウドやインターネットサービスを使えば、以前のようなサーバーを立てて、一からプログラムを開発して、ということは必ずしも必要なくなってきたので、実現可能性についても高いといえるだろう。

問題は、収益性。ここで最も多くの時間を討議に費やした。
グループホームや製薬企業から広告、販促費を取るモデル、Q&Aサービスにして直接介護者であるユーザーが費用を払うパターン。いろいろなモデルが検討された。私は4時間の制限時間でアドバイスを終了する段取りだったので、結局どのようなモデルに落ち着いたかは実は知らない。
いずれにしても、医療、健康、介護系の情報ビジネスはこの収益モデルの構築が最も大きな難関である。
なかなかユーザーが情報に対して対価を払わない中で、企業に負担させる方策を考えるが、企業はメリットがなければ負担を拒むし、企業のメリットがギラギラ臭ってくるとユーザーが離れていってしまい元来のコミュニティの価値を失わせてしまうからだ。

「黒船」=TPP??

いずれにしても、学生時代からこのような訓練をするというのは、素晴らしいことではないだろうか。自分が学生の頃は、研究室に泊まりこみでギターや酒を持ち込んで夜通し討論した。これはこれで古き良き昭和の思い出であるが、インターンをすること、ましてやベンチャーを創る等ということは全く選択肢に無かった。学生時代に選択肢が一つでも多いことは良いことである。
そして、数十人の学生と話しをしていて気づいたのは、ベンチャーを起業しようというタイプの学生の中でも医療を選ぶ学生は、どちらかというとお金儲けをしたい、というよりは、国や大企業とは違う新しい仕組みでしか、もうこの医療界は変わらないのではないかという閉塞感を同機として持っているように感じた。そこでのキーワードは、収益性やキャピタルゲインよりも「社会的課題の解決」だ。ソーシャルインパクトやソーシャルイノベーションという言葉が会場で時折聞かれる。
最初、「黒船」という刺激的な言葉に昨今のTPP談義もよぎり、一時は誤解したが、もっと純粋なモチベーションを全体から感じた
今回参加した学生は医学生もいれば、薬学生、看護学生もおり、工学系や経済学系の学生もいる。このような学生たちは元来、医療機関や公務員、或いは大企業を目指すことが王道である(だった?)時代に、興味が少しでも医療ベンチャーというコンセプトに向くのは、我が国にとって大きな救いなのだと感じた。
(略)

一昔前には就活なんてものもない医学生の生活などと言うものは浮世離れした学生の典型のようなもので、一般学部の同期があちらこちらの就職試験でかけずり回っているのを尻目に好き放題我が世の春を謳歌していたものでしたが、それもこれも受け入れる側の医療業界にも「しょせん学生の間に学べることなど知れている。本格的な教育は現場に出てから」という認識があったからかも知れません。
しかしこれだけ猫も杓子も医学部という時代になってくれば当然競争も激化するでしょうし、昔ながらのマイペースな学生生活では研修病院のマッチングも希望通りにいかない、まして類縁業種の歯学部などは昨今ワープア化著しく学生募集もままならないと言いますし、同じく難関をうたわれた弁護士ですら国が「いくら何でも増やしすぎだろJK」などと言い出すような時代ですから、学生にも危機感は出てくるでしょうね。
そういう時代の学生としておもしろいなと思うのは世間と広く交流するネット環境が当たり前の時代になったからでしょうか、昔ならせいぜいが自主的な勉強会だの他大学医学部との交流だので終わっていただろうところを、学部横断的にこんな企画を始める人々も出てきているということでしょうか。

興味深いのは一昔前であれば医学部に入って医療の制度そのものを変えると言う考えであれば、それこそ厚労省に入って医系技官になり地道に出世を目指すくらいしか道がなかったわけですが、今の学生達は良くも悪くも国というものの限界についてもシビアに見ているのでしょうか、民間で好き勝手に出来るのであれば何もそんな遠回りをする必要はないように感じているようです。
もちろん医療そのものは未だに非常に規制の強い領域ですが、ある意味でそれ以上に需要度が高まっている介護領域においては介護保険などで制度化された介護の本流から外れて境界線領域に属するサービス需要もかなり多そうだということは、先日紹介しました「二倍の値段でも売れる電気店」の裏サービスの充実ぶりなどからも伺えるところですよね。
もちろんそうした領域の需要をどう掘り出し、なおかつきちんと顧客が根付いて定常的な経営が行える状態にまで持っていくかということには大いに知恵を絞らなければなりませんが、今回の例でも挙げられているように今までなら何かと押し付け合いになりかねないような「負担」として捉えられがちだった介護領域ですら、一つのビジネスチャンスとして捉えようとしている医療系の学生がいるというのは非常に心強いことだと思います。
世間では医は仁術などとまるで医者が経営を考えることはケシカランかのように言ったり、一部の医療関係者にすらそれに同調するような風潮がありますけれども、彼らの大好きな赤ひげも金持ちから大金をふんだくって経営的安定を図っていたことにこそ着目すべきであって、聖職者さながらの献身によってしか成立しないシステムはどんなに素晴らしくても安定的供給は期待出来ないという現実を学生こそ真っ先に理解すべきなんでしょうね。

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2013年3月24日 (日)

今日のぐり:「俺んちの旨い料理 元気もん」

今や日本国中どこもかしこもゆるキャラブームだそうですが、海外でゆるキャラと言うと少しばかり日本とは違った風になるようです。

謎の中毒性! ゆるキャラがひたすら死んでいくオーストラリア鉄道会社の「安全啓発ビデオ」が世界中で話題に(2012年11月24日ロケットニュース24)

2012年最も話題となった音楽・韓国人アーティストPSYの『江南スタイル』。独特のリズムとダンスには中毒性があり、韓国語がわからなくても頭の中でヘビーローテーション。世界を席巻した。

だが先日、また強力な中毒性動画がYoutubeで公開され話題となっている。公開後わずか1週間で再生回数1億4000万回を突破した動画は「Dumb Ways to Die」である。

頭に残るゆるーい音楽とともに、可愛いキャラクターがバカげたことをした結果、ぽこぽこ死んでいくというものだ。

この動画を製作したのは、オーストラリアの鉄道会社Metro Trainsである。ポップでキュートな作風なので見ることができるが、よくよく考えるとかなりえげつない内容だ。

動画の中でバカげた死に方として挙げられるのは、

「髪の毛に火をつける」
「ハイイログマ(グリズリー)をつついてみる」
「ネットで自分の腎臓を2つとも売り払う」
「殺人鬼を家にお招きする」
「かくれんぼで乾燥機の中に隠れる」
「用もないのにスズメバチの巣で遊んでみる」
「接着剤を食べてみる」

などなど。

こんなバカなこと、誰がやるというのだろう! オーストラリア流のジョークなのだろうか。それに、鉄道会社がこんな動画を作った理由も謎だ。だが、それは動画を最後まで見るとわかる。

「わざわざホームの端っこに立って転落→電車にひかれて死ぬ」
「踏み切りを無視する→電車にひかれて死ぬ」
「風船を取りにいくためにホームに下りる→電車にひかれて死ぬ」

そして、最後にMetro Trainsからのメッセージ。

「電車の近くでは安全にはご注意下さい」

そう、これが彼らの言いたかったことなのだ。

この動画は英語圏でたちまち人気となり、世界各国で拡散している。「登場キャラクターが全員死んでしまう」という点で、賛否はあるかもしれない。インパクトといい、耳に残る音楽といい、人々の印象に残るという点では、秀逸な安全啓発ビデオではないだろうか。

いったいこれはなんだと思う動画はリンク元を参照いただくとして、しかしこの脱力具合はまさしくゆるキャラ…なんでしょうかね…?
今日は件の鉄道会社に敬意を表して、その意図するところは判らないでもないがいったい誰得よ?と思わず感じてしまいそうな画期的な?アイデアの数々を世界から紹介してみましょう。

スマホが“履く”パンツに騒然、バンダイが「スマートパンツ」発売。(2013年3月2日ナリナリドットコム)

「スマートパンツの時代が来た」「スマートパンツかわいいです!」「スマートパンツ予約売り切れすぎワラタ」――。いま、Twitterなどで、スマートパンツが話題沸騰中だ。スマートなパンツ? そう、スマートフォンに履かせるパンツのことだ。

バンダイが3月に発売を予定しているスマートパンツは、1個200円のカプセル玩具。そのチラシでは、「ホームボタンを守れ」「世界初スマートフォンに履かせるパンツです」と紹介されている。つまり、たくさん使う大事な部分(ホームボタン)を守るために、大胆なデザインのパンツを履かせるという、なんとも斬新な、明後日の方向からすっ飛んできたような発想のアイテムだ。

ラインアップはブリーフ、しまぱん、ブーメラン、ヒョウ柄Tバック、ボクサーパンツ、真っ赤なTバック、いちごパンツ、シークレットの全8種類。

このスマートパンツを扱うオンラインショップでは、予約受付ページが用意されているが、そのほとんどが品切れ状態で、Twitterでは「欲しい」の声が続々と上がっている。まだエイプリルフールには1か月もあるのだが……。

ちなみに携帯の類に限らず何でもやたらとカバーをつけたがるのも日本人の特性の一つだと言いますが、しかし「ホームボタンを守れ」というコピーは秀逸と取るべきか何とも微妙ですかねえ…
同じく画期的な新商品と言えばこちらなんですが、一体これは何の役に立つものなんだろう…などと考えてしまっては負けなのでしょうか。

【誰得】ニコラス・ケイジの髪の毛を自由自在に描けるホワイトボードが新発売!(2013年3月2日Pouch)

いまや押しも押されもせぬハリウッドスターのひとり、ニコラス・ケイジ。しかし、富も名声も人気も手に入れた彼でも思いのままにならないことがこの世にはあるのです。それは皆さんもご存じのとおり、年々心もとなくなってゆく彼の頭髪。

もちろん、ハゲのニコラス・ケイジだってそれはそれでかっこいい。年を重ねるごとに、髪と反比例するかのごとく渋みや貫禄は倍増。彼は世界中で「セクシーハゲ」の称号を欲しいままにしています。

でもでもやっぱり、若いころのフッサフサ具合を知っている身としては、彼の現状にちょっとした寂しさや物悲しさを抱く人も多いのでは。ああ、昔のあの髪のボリュームはもう二度と彼に望めないのか!? いや、そんなことはない! 現代の科学をもってすれば、きっとどうにかできるはず……!!

そんな思いを(たぶん)叶えるべく誕生したのが、このアイテム。ニコラス・ケイジの髪の毛を自由自在に描けるホワイトボード!!

いかがですか? とっても画期的ですよね! 

ホワイトボードにはあらかじめニコラスの顔のイラストが描かれていますが、頭の上半分は空白。あなたがペンでもって、ニコラスのヘアスタイルを好きなように描けちゃうわけです! ペンで描いては消し、描いては消し、増やすも減らすも思いのままに!

このホワイトボード、お値段は20ドル(日本円で約1800円)。これは安いのか、高いのか。いったいどの層に需要があるのか。ニコラス・ケイジオフィシャルなのか否か。オフィシャルであれば、ニコラス・ケイジにはどんなふうに商品化の説明をしたのか……。

そうした疑問を考えるのもまたジワジワと笑いがこみ上げてきて面白かったり。ニコラス・ケイジファンならずとも、なんだか欲しくなってきちゃうホワイトボードです。

それが一体どのようなものなのかはこれまたリンク先を参照いただきたいと思いますが、しかし意外にも欲しいという声が多くあるらしいのもこれまた謎、でしょうか。
世界初という画期的な新商品で使用目的も一目瞭然ながら、なぜそうなる?と考えてしまうのがこちらの商品です。

世界初のスプレー式食用塗料があんまりにもメタリックでビックリ! ネット上では「何の得があるのかサッパリ分からん」と評判に(2013年3月10日Pouch)

おいしいものが食べたい! でもありきたりなものじゃ満足できない! そう、どうせならリッチにいこうよ、リッチに! それなら、ギンギラギンにさりげない、金ピカ&銀ピカのお料理なんていかがかしら?

英ニュースサイト「Mail Online」によると、世界初というスプレー式の食用塗料が海外で注目を集めているみたい。好きな料理や食材にシューっとスプレーすると、みるみるうちにメタリック仕様になっちゃうんです!

このスプレー式の食用塗料「フード・フィニッシュ」は、ドイツの食品会社「デリ・ガレージ」が数年前から販売しているもの。「フード・フィニッシュ」自体に味はなく、色を変えられるのみとのこと。完璧に仕上げようと思うなら、何度も重ね塗りをして、乾燥するのを待たなければならないそう。

カラーは金と銀、赤、ブルーの4色展開で、価格は21.50ポンド(約3000円)。同社の公式ホームページにて、オンライン販売されています。

同社の担当者は、「自分たちも顧客も楽しくなるアイテムを開発するのが大好きです。お皿の上に、金色のステーキがのっていたらステキでしょ?」と話します。

斬新な食用塗料に対して、日本のインターネット上では、次のような声があがっています。
「日本人にはないセンスだな」
「なんで全部メタリックなんだよ……」
「誰かの前で金ピカにしたものを食べて驚かせたくはなるな」
「おいw食欲失せるだろ」
「青とかはまったく食べる気がしないけど、慣れの問題なのかもなあ」
「これやって何の得があるのかサッパリ分からん」
「全力で食欲をそぎにきてるなぁ。ダイエットにいいんじゃね?」
「まずそう」
「食欲そそらないものをよく作るなぁ」
「色の選択を間違っておろう?」
「パステル系を想像してたんだが、なんでこんな毒々しい色味なんだよ」

日本人にはおおむね不評みたいだけど、パーティーでお出しするお料理なんかにはちょうどいいんじゃないかしら。でも、ギラギラと青光りするイチゴが並んでいたらギョッとしますね、きっと。

何ともダイエット効果がありそうな画像は各自参照いただくとして、しかしやはり今まで誰も実用化し得なかったことにはそれなりに理由があったんじゃないかと言いますか、今一歩の踏みとどまる勇気が欲しかった気もしますがね…
一見して意味不明の校則というものに悩まされた経験は誰しも一度はあるものだと思うのですが、こちらも本当に誰得?と思うような校則が話題になっています。

交際相手は『クラスメート優先』?交際に『申請書』が必要??(2013年2月17日日刊テラフォー)

中国のアモイにある「アモイ第十高校」で、とんでもない学則が登場したようだ。それは同校の2年3組に誕生した、独自の条例。その第一条の項目から、その規則の表現はずば抜けて珍妙なものだった。

「男女の区別なし。女子は男子並み、男子は家畜並みに働くべし」。これが項目の始まりである。しかしまだまだ終わらない。「学級委員長はイケメン、または美女が選ばれる傾向があるが、それは仕方のないことである」という表現が続く。

規則は男女の交際についても言及されている。「交際相手は『クラスメートが優先』である。交際を希望する場合は、まず担任教師に所定の申請書類を提出した上で、許可を貰わなければならない」と。

もちろん、周囲の反応は冷たい。どこまで本気か、どこまでが冗談か?よく分からない中国の学校の規則だった。

いやもう、どこから突っ込んでいいやら迷うような校則なのですが、一体この規則を考えた人は誰で何を狙っていたのかと謎が謎を呼ぶ校則ですよねえ…
日本人のロボット好きはもはや遺伝子レベルですり込まれているのかと思うようなところがありますが、こちらではそのロボットが日本の誇るおもてなしの精神で大活躍しているというニュースです。

意外なおもてなし “こけし型ロボット”が施設案内 ホテルグランヴィア大阪(2013年2月14日MSNニュース)

 ホテルグランヴィア大阪は、施設を案内する“フロント係”として、コミュニケーションロボット「ルーシー」を導入した。ホテルを訪れる人との簡単な会話や施設の案内が主な役割だが、意外なおもてなしが利用者を楽しませている。

 このロボットは、高さ65センチ、重さ約20キロでこけしのようなデザイン。制御システム開発のマッスル(大阪市中央区)が開発し、同ホテル19階のエレベーターホールに、試験的に導入された。

 利用者が「喫茶はありますか?」や「お酒を飲みたいのですが」とロボットに問いかけると「お客さまからみて左手にラウンジがあります」など、施設を案内する。また、「おはよう」と話しかけると「おはようございます。ゆっくりお休みになれましたか?」など簡単な会話も楽しめる。

 同ホテルでは今後ロボットの機能を拡充し、レストランで料理の注文に応じるロボットの導入なども検討しているという。同ロボットは3月31日まで試験運用される予定。

しかしこの奇妙な形もさることながら、チップを払ってでも人間を使うことに意義を見いだす国の人からすると日本人どんだけロボット好きなんだよと突っ込まれそうですが、原義を考えると人に代わって労働をするまさにあるべき姿とも言えるのでしょうか。
これが世界に冠たるアレなブリ帝国ともなるといささかロボットの概念も異なってくるようで、こんな素晴らしいロボットが登場したと話題になっています。

英国で“人造人間”公開 人工の手足や臓器備える(2013年2月8日産経ニュース)

 ロンドン中心部の科学博物館で7日、人工の臓器や手足を備えた“人造人間”の一般公開が始まった。「レックス」と名付けられ身長約2メートル。現在の科学技術で再現できる、さまざまな器官を世界各地から集め、ロボット研究家らが人間の形に組み立てた。

 最新の人工臓器などの技術水準を紹介する英テレビ局のドキュメンタリー番組企画の一環で、要した費用は約100万ドル(約9300万円)という。

 レックスは手足に加えて人工の膵臓や腎臓、気管を備えており、血液の役割を果たす液体が体内を巡るなど人工の循環器も組み込まれている。一方、脳のほか、胃や腸はなく食べ物を消化することはできない。

 公開初日の7日には、大勢の見物人に取り囲まれ、早速、人気者となっていた。製作に携わった研究者の1人は「現在、世界で最も人間に近い人工物と言えるのではないか」と話している。(共同)

もちろんこれはこれで学術的には意義のある試みではあるのでしょうが、元記事の画像を見る限り「人間の形」という言葉にいささか、その…ブリ的解釈の余地があったようですかね…
最後に取り上げますのも同じくブリ発のニュースですが、まずは記事をご覧になってからその映像を参照いただくことをおすすめします。

ロンドンに男性用公衆トイレを改装して作ったサンドイッチバー「The Attendant」がオープン (2013年3月7日エン食べ)

英国ロンドンに男性用公衆トイレを改装して作ったサンドイッチバー「The Attendant」がオープンしました。米国メディア Daily News などが伝えています。

「The Attendant」は、以前は公衆トイレだった場所をクリーニングし、改装して作られたサンドイッチバー。古き良きものは可能な限り保存する英国の伝統にのっとり、改装後もトイレ内の歴史的建造物や遺産はしっかりと保存されています。

保存された歴史的遺産には、英国の老舗陶磁器メーカー「ロイヤルドルトン(Royal Doulton)」によって19世紀に製造された「男性用小便器」も、もちろん含まれています。同サンドイッチバーのテーブルトップは、この歴史的遺産を活かして、便器上に設置されているのです。便器の前に並べられたスツールに腰掛け、サンドイッチを食べながら、200年前にこの場所で用を足したであろう英国紳士達の気持ちに思いを馳せる、なんてのも乙かもしれません。

The Attendant は2月18日にオープンしたばかり。ミシュランで星を獲得したレストラン「Pollen Street Social」の前シェフが提供するグルメサンドイッチ、サラダ、コーヒー、ケーキを楽しめます。

内装もさることながらこの外装は何とも紛らわしいというよりも、あからさまに狙っているというべきなのでしょうが、こんな施設内でわざわざミシュラン星付きシェフのサンドイッチを食べさせるというのがブリ流なのでしょう。
しかし世界の大部分においては誰得よ?と思うような施設なのですが、さすがブリだけにこうした特異な施設もまた紳士の嗜みとして求められているということなのでしょうね。

今日のぐり:「俺んちの旨い料理 元気もん」

岡山駅前の繁華街の一角に立つビルの二階に位置するこちらのお店、なんでも岡山の食材にこだわってうまいものを食べさせる店なのだそうです。
店の前にでかでかと桃太郎地鶏の幟を掲げているのはいいのですが、雑居ビルの二階ということもあって今ひとつ目立っていないようで一見客よりも団体狙いの店なのでしょうか?
今回は団体向けのコースを食べたのですが、数人以上なら飲み放題込みと考えると単品メニューを頼みよりもかなり安上がりになるんでしょうかね?

まずはかなり塩加減があまい気がする枝豆に、大根が妙に甘い野菜スティックを囓っていますと出てくるのがシーザーサラダですが、レタスの切り方が妙に豪快な割に味はいたって普通でしょうか。
砂ずりちょいちょい和えなるものは要するに唐揚げにタレを絡めたものらしいですが、砂ずり特有のシャクシャクした食感に甘辛ダレのマッチングもなかなかいいですね。
刺身のカツオはたたきというよりおつくりとして出されているようで、季節柄もあっていかにも冷凍らしい味と食感なのですが、そもそもなぜ岡山なのに瀬戸内にいない魚なんでしょうね?
メインの桃太郎鍋なるもの、これは基本はもつ鍋なんですがトマトを一緒に煮込んだり吉備団子が入っていたりするのが工夫した点なんだそうで、コチジャン系の元気の元は自己責任で加えていただくとして、締めはラーメンはなかなかこの鶏野菜系スープと相性がいいですね。
せせり炭火焼はいかにも宮崎っぽい風味で、そう言えば冒頭に出てきた砂ずりも名古屋風の味わいを感じさせましたが、発想の元はそのあたりにあるのでしょうか?
ちょっとおもしろいのが元気丸なるもので、チーズのせ揚げタコ?と言うべきか丸く整形したチヂミ?と言うべきか微妙なんですが、何にしろ見た目には物珍しくて話のネタにはなりますよね。
串カツは一見シンプルな関西風かと思いきや貧弱な肉を玉ねぎの甘みで補う工夫はまずまずで、締めのシャーベットまで含めて満腹感もそれなりにありました。

味の方は高級ではないにしろそれなりに工夫もあって居酒屋としては十分値段なりに楽しめると思いますが、料理自体は無国籍と言いますか全く岡山と縁もゆかりもないものばかりで、岡山名物の肩書きにつられて土地の料理を期待して入った人には壮大な肩すかしを食らうことになるでしょうね。
しかも現在は地元の桃太郎地鶏でなく佐賀産を使用だそうで、そうした店の暖簾に関わるような重大情報をレジ脇のごく目立たない小さな掲示で済ませている=会計以前にはほぼ認知不能というのは、盛んに岡山名物を連呼して売っている店の姿勢としてちょっと残念に思えます。
接遇面ではごく一般的な水準のバイトもいるようなんですが、何やら純然たる居酒屋風のおばちゃんによる接遇がそこそこの大店に似合っていないところがあって、このミスマッチがなにか面白いなとは思いましたね。

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2013年3月23日 (土)

小野市の生保条例案 思わぬ方向に発展中?

先日取り上げた小野市の生活保護者に対する新たな条例案の件ですが、進歩的な方々を中心にして思いの外大きな反響を呼んでいるようです。
マスコミは条例案のネタ元である市長を捕まえて「小野市のヒトラー」だの「市長の目立ちたがり願望」だのと散々に批判しているようですが、実際の条例案は受給者にギャンブルを禁止しているとか、パチンコ店に受給者がいたら市民には通報の義務があるとか、一部メディアによって報道されたような内容「ではない」ということです。
正しくは「生活に影響しない範囲」なら受給者がギャンブルを楽しんでも一向に構わないし、「ギャンブルに保護費を使い果たす受給者がいたら」生活にも困っているはずだから市まで連絡をしてくれと言っているだけで、そうであるなら自己決定権の侵害云々という話とはいささか牽強付会な言いがかりと言うしかないでしょう。
小野市には条例案に対して市内外から史上空前規模の反響があったようで、その七割が賛成の声だったと言いますから世論は当たり前のことを今さらと言う気持ちでいるようにも思えますが、この条例案に対して思わぬ方向からクレームがついたようです。

生活保護費でパチンコするな 小野市長の決断は実を結ぶか(2013年3月21日週刊文春)

 生活保護受給者はパチンコ禁止――。兵庫県小野市の試みが注目されている。小野市の蓬莱務市長が説明する。

「数年前から気になっていたんです。月の初めは市役所に受給者の方が多く来られるのですが、朝、エレベーターの中で『おーい、今からどないすんの? パチスロ行こうや』なんて声が聞こえてくる。昨年、芸能人の親族による受給が問題になった時には、市民から『こんなことでいいのでしょうか』という手紙も届きました。パチンコ店では『今日は生活保護のお金が入ったんや』なんて会話も聞こえてくるそうです」

 2月、蓬莱市長は小野市福祉給付制度適正化条例案を市議会に提出。生活保護費を生活が維持できなくなるほど過度にギャンブル等に使ってはならないと定め、生活保護費の不正受給を見つけたり、過度にギャンブル等に浪費している受給者を見つけた場合は、市に情報提供することを「市民の責務」としている。

 この「市民の責務」に関して、生活困窮者を支援するNPOなどから、「行き過ぎた監視社会を招く」といった批判の声が上がった。

 蓬莱市長はこう反論する。

監視ではなく、見守りです。小野市は田園が中心の5万人都市。東京じゃないんです。近所はみんな顔見知りだし、誰がギャンブル好きかも知っている。小野市は独自に問題の適正化を目指すのであって、他の自治体でも条例を作りなさいとは言っていません」

 だが、反対の声は収まらない。県内の開業医、歯科医師ら約7000人が加盟する県保険医協会は、パチンコなどで保護費を浪費する受給者を「ギャンブル依存症と判断すべき」として抗議声明を出した

 それでも、蓬莱市長はあくまで強気だ。

「ギャンブル依存症だからと言って、生活保護費でパチンコをしていいのかと言えば、それは違うでしょう。生活保護受給者は医療費の自己負担がありませんので、パチンコをせずにタダで依存症を治療してもらえばいいんです。

 市に寄せられる条例案への賛成意見のほとんどは『当たり前やんか』といったシンプルなもの。この条例案は、当たり前の運用をしようというだけのことなんです」

 市長の決断は実を結ぶか。今月27日にも議会で条例案が採決される見通しだ。

生活保護費を浪費する受給者はギャンブル依存症だから、条例でギャンブルでの浪費を禁止するのはおかしい…などと抗議する保険医協会も保険医協会で、こういうことをするから医師の常識は世間の非常識などと揶揄されるのだと思いますけれども、考えて見るとこれには裏があるように思いますね。
一般に酒やギャンブルで保護費を使い果たした生保受給者がどうやって食っていくかと言えば、多くの場合近隣の医療機関にかかって次の支給日まで入院させてもらうということになりますから、確かにこうした受給者を上顧客にしている(あくまでも一部の、ですが)医師達にとっては生保受給者が清く正しい生活を送ることは自らの利益に反するとも言えそうです。
無論大多数のまともな医師は予防医学というものがこれほど大々的に騒がれているように、国民には少しでも自助努力で健康を維持してもらって少しでも患者の行列を短くしたいと考えているはずですが、なにやら「弁護士と会計士、医師が悪夢について語り合った。」と言う古典的なジョークを思い出してしまうような話ではありますね。
これに対して市長が「活保護受給者は医療費の自己負担がありませんので、パチンコをせずにタダで依存症を治療してもらえばいい」と切り返したのはお見事ですが、顧客の疾病について気に病むのであれば社会にとって有益な方向で気に病むべきで、ギャンブル依存症であれアルコール依存症であれそれを助長する方向に努力するというのはまともな医療人の考え方ではないと思います。

ネット上でも当然ながら「医者が税金を医療費として吸い上げようとしてるのか」「ニコチン中毒患者には”吸いたくなくなるまでどんどん吸いましょう”と指導するのか」と非難囂々ですが、「パチンコ中毒だと言うならいっそ生活保護受給者には無料でパチンコをさせてはどうか?(当然ながら景品等の見返りも一切なしで)」というなかなか秀逸な意見もあるようですね。
ただ保険医協会などの言い分はともかくとして、今回の小野市の条例案にマスコミ各社がこうまで批判的な論陣を張っている理由として、それがまさにパチンコという特定業界をターゲットにしたように受け取られたからだという声はあって、例えば以前も石原前都知事が電力削減策に関する記者会見で語った内容からわざわざパチンコに関連する部分だけ綺麗にカットして放送するなど同業界への手厚い配慮が指摘されていました。
パチンコ業界が一日に消費する電力は約450万キロワットといい(ディズニーランド約10カ所分に相当)娯楽産業では最多だそうですから、あれだけ節電、節電と言われ必要と思われる電力まで削減が叫ばれた時期にあって行政側から何ら言及がないかのように報道されるのもかえって不自然ですよね(ちなみにテレビそのものも同様に聖域扱いされていたとは指摘されていたところですが)。
もちろんパチンコ業界も自主規制はしっかり行っていたのでしょうが、震災直後に経産相が出した各業界への自粛要請にもパチンコ業界は含まれていないことが一部で話題になっていたように以前からの傾向も併せて考えてみると、どうも特定領域に関わる事柄については一切触ってはいけないと言う「自主規制」でも存在しているということなのでしょうか?

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2013年3月22日 (金)

国策としての再生医療 まずは規制から開始?

前政権時代から医療を経済成長の原動力にという方針が示されていて、現政権でも基本的にその方針を継承する方向で進んでいるようなのですが、実際問題として日本の医療がどれだけ国外で勝負出来るかということが気になりますよね。
世界中の内視鏡史上で圧倒的なシェアを握ってきたオリンパスが先年あのような事態に陥ったことが記憶に新しいところですが、例えば市場拡大が続く製薬業界においても日本の製薬会社は世界的レベルで巨大化・寡占化が進む中で乗り遅れているような有様で、実に圧倒的な輸入超過が続いていることが知られています。
そんな中で久しぶりに光明が差す思いがしたのが先のiPS細胞研究のノーベル賞受賞などにも象徴される再生医療ブームで、このところ連日のようにあちらの領域、こちらの領域と再生医療による斬新かつ画期的なアイデアが報道されない日はないほどですが、そういう報道を眺めているだけでも「そんな使い道があったか!」と驚くようなものも多く、近い将来の医療が激変している可能性がありますよね。
患者側からしても自分の病気が再生医療ですっきり治ってしまうと胸躍る思いで待っているはずですが、日本の場合まずは規制のためのルール作りから話が始まるというのはお約束というもので、現在厚労省内では再生医療実施の具体的ルールを定める法案の議論が進んでいるそうです。

再生医療行う医療機関に損保加入求める案も-厚労省専門委で委員(2013年3月19日CBニュース)

 厚生労働省は19日、「再生医療の安全性確保と推進に関する専門委員会」に、iPS細胞などの細胞を用いた「再生医療・細胞治療」を臨床研究や自由診療として行う医療機関に対し、こうした医療の持つリスクに対する無過失補償を求めるべきかどうかについて、議論を求めた。委員からは、補償を不要とする意見はなく、制度を国がつくるよう求める声や、制度が整備されるまでは民間の損害保険への加入を求めるべきとの案が出た。

 厚労省は、安全な「再生医療・細胞治療」を推進するため、こうした医療を行う医療機関に届け出などを求める法案を今国会に提出する方針。専門委では、この仕組みについて議論している。
 同省は会合で、こうした医療に特有のリスクに対する無過失補償を考慮する必要があると指摘した。これに対し、今村定臣委員(日本医師会常任理事)は、「こういう医療は、国策として進めようということが前提」と述べ、国による補償制度を主張。大和雅之委員(東京女子医科大教授)は賛同した上で、制度ができるまでには時間がかかるとして、それまでの間は、臨床研究の実施施設の多くが現在行っているように、民間保険による補償制度を利用する案を示した。

 このほか厚労省は、安全性確保のための施策として、「再生医療」をうたって客観的に効果を証明できない治療を自由診療で行う医療機関などを、医療法に基づいて是正する考えを示した。

 同省が示している法整備の枠組みの案では、「再生医療・細胞治療」で投与する細胞の加工段階などで生じるリスクと、それを用いた医療の新規性などによるリスクから、厚生科学審議会などが総合的なリスクを分類。それに応じた3パターンの手続きを、医療機関に求める
 人体への投与実績がないなど「高リスク」の場合は、全国の地域ブロックごとなどに設置する「地域倫理審査委員会」と厚労相の了承・承認を求め、「中リスク」の場合には、地域倫理審査委員会の了承を得た上で厚労相に届け出を要請する。「低リスク」の場合でも、施設内に外部の委員を含む倫理審査委員会を設置し、その了承を得た上で厚労相に届け出させる。

 また、すべてのリスク分類で、実施後に定期的な報告や重大な有害事象の報告を義務付け、その内容や届け出ている医療機関のリスト、薬事承認を受けたもの、治験中のもの、先進医療などの評価療養の対象になったものなどを公表し、「再生医療・細胞治療」の安全性・有効性のデータを収集しつつ、国民への周知を図る。【佐藤貴彦】

この法規制の範囲をどこまでにするかもまた議論が続いているところで、今年年頭の同委員会ではiPS細胞などに限らず脂肪幹細胞を用いた豊胸手術なども厚労省案として名前を挙げられている一方で、細胞を使わないレーシックなどは(機能的な)臓器再生であっても対象外にしようという話が出ているようですが、再生医療の議論としては妥当でも医療安全としてはまた別問題かも知れませんね。
ただ一般論として医療に限らず科学技術というものは今までにないというアイデアの新規性を尊ぶものですから、「これとこれは規制の対象」と挙げていったところでいずれ必ずその範囲からはみ出したケースが出てきて、さてどうしたものかと判断に迷うということが起こりがちで、例えば細胞を用いた体外式の人工臓器などは透析などと同じことで再生医療に当たるのかどうかといった話にもなりますよね。
また自由診療に関しては保険診療と言う制約から自由であることから再生医療に限らず元々どうやって規制を行っていくべきかは難しいところがあって、例えばイギリスでレメディーなどという砂糖玉を高値で売りつけるホメオパシーなる似非医療を保険診療に取り込んだのも、人の命に関わるような病気にホメオパスが関与することを規制するためという側面があったようです。
ともかく規制ということに関して言えばなかなか難しい側面がある、しかし一方で再生医療は患者側の要求度が極めて高いことからも国策推進の上からも積極的に推し進めていかなければならないものだとなれば、安全性が必ずしも担保出来ないかも知れないという前提で保険を用意しておけとはそれなりに正しい考え方だと思いますね。

ただ実際に保険を用意すると言えば誰がそれを用意するかという点が問題で、例えば先日金融庁が検討中という話が出た不妊治療に対する民間保険をという話にしても、そもそもこういう保険に加入する人は不妊治療を望んでいるはずなのだから保険として成立するはずがないというもっともな指摘があったわけです。
さすがに委員会においてもその点は問題になったようで、最終的には国がきちんと保険システムを用意するべきだというもっともな話が出たようですが、今でさえTPPとの絡みで金持ちだけがどんどんいい医療を受けられる時代になると一部の方々から盛んに喧伝されている中で、国が(すなわち全国民が負担して)一部の人々のために贅沢な医療の補助をする必要があるのかという声も出るかも知れませんね。
日本の場合は基本的に皆保険制度で安く医療を受けられることもあって、海外で一般的に行われているように治療費免除と引き替えに治験に参加してもらうというやり方が非常に不活発ですけれども、この際特に「高リスク」治療などは原則大部分を公費でまかなうようにする、そのかわり患者選定に際しては移植コーディネーターなどと同様公平に状態に応じて決めるといった方法が望ましいのかも知れません。
いずれにしても何しろ今後の医療を徹底的に変えてしまう可能性があるほどの巨大な改革のチャンスなのですから、いつものように国内では規制規制で何も出来なくなっているうちに海外がどんどん先に行ってしまい発祥国のくせに技術の逆輸入をせざるを得なくなるような目に遭わないようにしてもらいたいし、そのためには何か問題は起こるのは判っているという前提の元で話を進めていくしかないかと思いますね。

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2013年3月21日 (木)

OTC薬推進はいいとして

管理人はOTC薬推進派に近い立場ですが、先日日経メディカルの「記者の眼」というコーナーにこういう記事が出ていました。

「OTC薬を保険でカバー」はトンデモ理論か?(2013年3月19日日経メディカル)

 花粉の飛散が真っ盛り。毎年この時期になると、私はかかりつけの診療所に花粉症の薬をもらいに行く。しかし今年は、待望のスイッチ一般用医薬品(OTC薬)「アレグラFX」が登場したので、町中の薬局に花粉症対策の薬を買いに行くことにした。

 自宅近くの薬局で目当てのアレグラFXを見つけたが、店頭価格は28錠(14日分)で1980円(税込)。私は最低でも1カ月ほど服用するので、28日分であれば3960円になる。うーん、やっぱり高いなあ。診療所で医療用医薬品のアレグラを処方してもらった場合、院内処方であれば自己負担額は2300円、院外処方でも2600円くらい(3割負担)なので、診療所で処方してもらう方が安い(細かい計算は割愛、以下同)。
(略)

“保険外し”の議論ばっかりだけど
 常々言われているけど、OTC薬は高い。医師の診察が必要ないのだから安いはずだと思って薬局に行くと、いつも裏切られる。当然ながら、医療保険が使えるかどうかはとても大きい。「ロキソニンS」にしても、「タイレノールA」にしても、診療所で処方してもらった方が自己負担額は安くなるのである。最近、OTC薬化で一悶着あったエパデールも、診療所で先発品を処方してもらっても月々3000円くらいの負担で済ませられるが、OTC薬のエパデールは果たしてそんなに安くなるだろうか。

 OTC薬は、その価格の高さが普及の課題になっている。矢野経済研究所の調査や富士経済の調査を見れば、ここ数年OTC薬市場の規模はここ数年ほとんど変わっていない。医療費に占める薬剤費が伸びているのとは対照的だ(医療費に占める薬剤費の割合は、包括医療費分などがあるため正確には公表されていないが、大幅に増加しているとの見方が多い。例1、例2、例3[データ集の中の「卸医薬品販売額に占める医療用・一般用医薬品の割合の年次別推移」]、など)。

 こうした実態は当然ながら厚生労働省も把握しているのに、状況は変わらない。「患者が薬局でセルフメディケーションを」と、厚労省はOTC薬を推進する姿勢を見せるが、実際には単にポーズを取っているだけではないかと疑ってしまう。本気でセルフメディケーションを推進するのであれば、思い切った政策を導入する必要があると思う。

 もちろんそうした動きもないわけではない。2012年の診療報酬改定では、単なる栄養補給目的でのビタミン剤投与が保険の対象外となった。これは行政刷新会議が2009年11月に事業仕分けで、ビタミン剤など市販薬類似品について、「自己負担割合の引き上げを試行すべき」「一部医療保険の対象から外すことも検討する」などと提言したのを受けたものだ。軽微な疾患については、診察料はともかく薬剤料を保険外併用療養費にしてしまえば、患者は薬局でOTC薬などを買うようになるか何もしなくなり、見かけ上の医療費は減る。

 でも、このような“保険外し”は大局的に見て、患者の利便性を損なう方向じゃないかと思う。社会保障審議会医療保険部会でも、この提言に対して「患者に過度な負担を強いるべきではない」という意見が出された。また、上記の方針が広がればメーカーも医療用医薬品と同効薬のOTC薬を出してしまうと自分の首を締めることになるので、「新規成分の市販品の開発を躊躇する可能性がある」といった問題点も指摘されている。

OTCの薬剤説明も立派な医療行為
 であれば、いっそのことOTC薬にも医療保険を使えるようにしてしまうのはどうだろうか。薬剤師が販売しなければならないOTC薬の「第一類医薬品」に限ってでいいから。別に7割給付でなく5割給付でもいい。薬局でOTC薬を買った方が安いということになれば、患者も真剣にセルフメディケーションを考えるだろう。診療所を受診した方が自己負担額が安く済むというのは、どう考えても公正性に欠ける。

 「そんなことをすれば医療費がますます増加して本末転倒」という考えが頭をよぎったが、そうでもないかも。さっきのアレグラの例で計算してみると、OTC薬の自己負担割合を3割にすれば医療費の総額は3960円で自己負担額は1290円。診療所にかかれば医療費の総額は7600円で自己負担額は2280円。自己負担額は約1000円安くなり、医療費総額では約3600円も少なくなっている。給付の割合やOTCの価格などをきちんと調整すれば、医療費の増加も防げるような気がする。こういう単純なレセプトなら、国保連や支払基金などでの審査コストもそんなにかからないだろうし。

 一類医薬品で、というのには理由がある。薬局で一類医薬品を販売する際、薬剤師が文書を用いて口頭で説明するよう薬事法で定められているのは周知の通りだが(その遵守率が55.2%と低いことは置いといて)、これは健康保険法で保険の対象とされる「療養の給付」に該当しないのだろうかと、私は常々疑問に思っているからだ。医療者である薬剤師がそのスキルを発揮して患者に薬剤の説明を行うことは純然たる医療行為のはずで、その下で販売される薬が保険でカバーされないのは不思議にさえ思う。やってることは保険調剤の場合とどう違うのだろう。

 ついでに言えば、こうした薬剤師の説明業務に対して、「OTC薬情報提供料」のような調剤報酬が付いていない。保険外なので当然だけども、要するに薬剤師はタダ働きさせられているわけだ。実際、今回薬局で私は薬剤師からいろいろな抗アレルギー薬の情報を提供してもらった。しかし結局、薬は買わずじまいになったので、タダ働きをさせたことになる。あの時の薬剤師さん、ごめんなさい。

 でも、「薬剤師の説明はタダじゃない」という意識を持つ患者は少ないし、説明への対価がオモテに出ず、販売管理費と一緒になってOTC薬の差益に含まれている現状では、誰もそう思わないんじゃないか。
(略)

記者氏は診療所の打撃になることからOTC薬への部分的な保険適用は実現が難しいだろうとしながらも、薬剤師会はセルフメディケーション推進を掲げているのだから悪い話ではないだろう?と書いていますけれども、記者氏も危惧しているようにネット販売が拡大され薬剤師対面販売が有名無実化すればこのアイデアも立ち消えになる可能性はありますね。
一応記者氏のアイデアに沿って考えて見るならば、例えば実店舗店頭で薬剤師に対面で説明を受けた場合には管理料なりを算定すると共に一部なりとも保険が使えるようにする、これによってネット販売よりも安く買えるということになれば薬剤師会としても既存店舗に顔が立つということにならないでしょうか。
もちろん医師会としては地域の開業医の大きな収入源となっている風邪などちょっとしたcommon diseaseの患者を薬局に盗られる、もとい、取られることに抵抗感はあるでしょうが、基本的には医師は患者が多すぎて多忙で困っているというスタンスは医師会も認めているわけですから反対する理由としては(少なくとも表向きには)掲げにくいはずです。
もちろん保険給付をする以上は無制限な使い方は許容されるべきではなくて、きちんと各薬局や医療機関で通し検索で処方歴をチェックしていくためのシステムを構築して安全確保をするべきでしょうし、例えば併用禁忌などの場合は薬剤師の責任として売らないということにしておかなければ困ったことになるでしょうね。

記者氏のアイデアはそれとして、今回の記事を見ていて違和感を抱いたのはOTC薬が割高につくという問題意識はそれとして、その理由として花粉症というある程度長期的に治療が必要な慢性(に準じる)疾患に対して各種OTC薬を併用しなければならないからだと言っていることです。
個人的な考え方としてOTC薬は何らかの事情で病院にかかれないような人たちの当座の利便性のために売られているというのがまず基本であって、長期に使わなければならないほど症状が続く(すなわち、OTC薬が効かない)ような場合には素直に病院に行ってきちんと診断してもらいなさいという位置づけだと思っていますから、漫然と長期間使っていればOTC薬は高くつくことは安全弁として一定の意味を持っていると思っています。
もちろん毎年起こって診断もまず間違いないだろう鼻炎症状に対しても今やOTC薬が登場したくらいですから必ずしもこうした原則が正しいということでもないでしょうが、OTC薬の一番あってはならない問題として漫然と痛み止めを飲み続けた、あるいは胃薬を飲み続けた結果思いがけず重大な疾患が見逃されてしまったということが挙げられているのですから、単純に患者利便性を錦の御旗にするわけにもいきませんよね。
仮に保険適用を検討するのであればまず長期使用しても問題がないような薬に限定するか、あるいは期間を限るといった何らかの安全弁を設けておかなければ医師会のみならず臨床医からも反対意見が出るでしょうし、下手をすると何も考えずに薬を売るだけだったと後日薬剤師が患者や家族から訴えられると言う可能性も出てくると思います。

そうしたリスクは承知の上でそれでもOTC薬は原則推進していくべきだと考える理由としては、やはりOTC薬が用いられるような症状が極めてありふれていて全員が病院に押しかけられるとさすがに厳しくなっている、そして実際のところ大部分は大きな病気の前駆症状というわけでもなく薬で症状を抑えていれば済む程度の方々であるということがあります。
このあたりはリスクと利益をどうバランスさせていくか難しいところですが、医師会に限らず近年の日本社会はどんな小さなリスクも許容してはならないし、それをスルーすることで後日非常にレアな問題が起こった場合には「何と言う怠惰!二度とこのような悲劇を繰り返さないようにしなければ!」とばかりに過剰反応してしまう「ゼロリスク症候群」の気があるようです。
今時自動車事故が起こるからといって自動車は完全に禁止すべきだと主張する人はいませんが、それでも年々自動車の物理的安全性は改良を続けられ死傷者数は減っている、そして万一不幸な事故が起こっても公平な基準によってまずまず妥当な補償を受け取れるという現状を多くの日本人が自然と受け入れているように、何かが一定確立で起こることを前提としたシステムが必ずしも我々に合わないものでもないはずですよね。
医療事故の賠償金などが自動車事故などと比べて割高だったり、算定基準が不明確であるといった指摘が以前からありましたけれども、そろそろ医療の世界も「絶対に事故は起こってはならない」という不毛な建前論から一歩進んで、いずれどこかで何かは起きるということを前提にした方向へ制度と意識を早急に改革していくべきじゃないかと思いますね。

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2013年3月20日 (水)

同じ失敗を何度も繰り返す人の特徴とは?

何でも世間では若手社員のゆとりっぷりに嫌気がさしているという話は今や珍しいことではないようですが、別にゆとりだから、今時の若者だからというわけではなく、昔から年配者は若者の無謀や未熟を嘆き、若者は年配者の無理解や頑迷さに腹を立てと、各世代それぞれに問題は抱えていたものですよね。
ただその中にもときにこれはちょっと本当に困ったものだと思われるようなケースが散見されていたのも確かなのですが、時代が進んでこうした領域にもそれなりの診断名がつくようになってきますと、思ったよりも多くの企業で該当者がいたらしいということが明らかになってきたようです。

企業の9割に発達障害の特性該当者 NPO法人調査(2013年3月18日大阪日日新聞)

 「場の空気が読めない」「何度も同じ失敗をする」など、発達障害の代表的な特性を10種類に分けた場合、一つでも当てはまる社員が企業にいる割合は87%に達することが17日、発達障害者らでつくるNPO法人の調査で分かった。

 NPO法人発達障害をもつ大人の会(大阪市福島区)が、大阪府の事業を受託して実施。2012年12月~13年3月に企業らを対象に行い、103社から回答があった。

 10特性について、それぞれ社内にいるか聞いたところ、「周囲とのコミュニケーションが難しい」(52%)が最も多く、「場の空気が読めない」(46%)「何度も同じ失敗をする」(45%)「物事の優先順位が分からない」(41%)「人の話が聞けない」(29%)などと続き、90社が一つは当てはまった。

 その結果、社内でトラブルが起きたかどうかは「よくある」が20%、「ある」が47%、「ない」は17%だった。

 職場でのトラブルへの対応方法については「難しい」が37%、「あまりうまくいっていない」は24%で、「概(おおむ)ねうまくいっている」は39%だった。

 また調査では、特性を聞く際、代表的な特性以外も織り交ぜて聞いたところ、「きれやすい」は、発達障害による特性とは言い難いことも分かった。

 調査結果は、発達障害の特性がある社員も働きやすい職場環境づくりを考えようと、同法人が大阪市内で開いた企業向けセミナーで公表。広野ゆい代表は「発達障害の診断にかかわらず、その人の特性を正しく理解し、必要な対応をすれば職場環境は良くなる」と指摘していた。

しかし発達障害と言えば新しい疾患概念であるだけに何やら若い人に特有のものであるかのようなイメージもありますが、こうして具体的に特徴を挙げてみれば別に昔からそういう人は少なからずいたじゃないかと改めて思い知らされますよね。
昨今各方面でも話題になっている新型うつ病などは学問的に必ずしもきちんと定義がなされてもおらず、下手をすると社会的利益を不当に得るための方便にすら使われかねないとすっかり悪者扱いされてもいますが、一方でこの発達障害というものは人並みにやりたいと思っても出来ない上に誤解も受けやすいということで、本人にとっても周囲にとっても大変に困ったものだとこれまた近年大いに注目を集めているものです。
同じ医学部で学び医師として仕事をしてきているにも関わらず内科外科など一般の身体医学とは全く別体系で発達してきたせいでしょうか、精神科領域はどうも怪しげなものだという偏見があるのか「精神科医はどんどん新しい病気を作り出すばかりで、客観的な診断根拠も治療法もないんじゃないか」などと言う人もいますし、両者の間で患者をやり取りするにも別言語間で情報を送るかのようになかなか困難なものがありますよね。
ただこの「何度も同じ失敗をする」ということは単にうっかりだとかやる気がないといった本人の性質に基づくものではなく、どうも脳機能の障害に由来するらしいということが身体医学の重視する客観的な検査によっても立証されつつあるようです。

研究者「同じミスを何度も繰り返す人は脳が上手く機能していない」(2013年3月14日ロケットニュース24)

「同じミスを繰り返さない」「過ちから学ぶことが大切」などとよく言われる。だが、一度失敗したらそこから学ぶ人がいる一方で、驚くほど何度も同じ間違いを繰り返す人もいる。彼らの違いはどこにあるのだろうか。

最新の研究によると、そもそも両者は脳の働きが違うことが明らかになったという。同じ間違いを何度も繰り返してしまう人は、脳が上手く機能していないというのだ。身に覚えのある方は必読である。

英ロンドン大学ゴールドスミス校のジョイディープ・バタチャルヤ教授は、男女36人を対象に実験を行った。まず、1.7秒という時間を感覚で計るよう被験者たちに指示する。そして、その結果がどれだけ正解に近かったか、どのようにすれば次回はもっと良い結果が出せるかなどをそれぞれに解説した。

この計測と解説を受ける作業を被験者たちに何度か繰り返してもらい、指摘された内容を基に彼らが前回のミスをどれくらい修正できているか調査した。さらに、解説を行っている最中の彼らの脳波についても調べた。

すると、自分の間違いについて指摘されているとき、一部の被験者の脳内では非常に活発な反応がみられた。このような人たちは、2回目以降の計測が明らかに前回よりも改善していることが判明。彼らは、「経験から学び、同じミスを繰り返さないタイプの人」だといえる。

それに対し、脳内にほとんど反応がみられなかった被験者たちの場合、計測と解説を何度繰り返しても結果があまり改善されていなかったそうだ。両者の違いは顕著だったという。

教授は、「ミスを指摘されたとき脳内が活発に機能していた被験者たちは、その間違いを次の計測に活かすことができていました。これは、経験から学べるかどうかには脳の働きが大きく関わっているということを意味しています」と説明している。

「つまり、どんなに『ミスから学ぶことが大切』だと頭では理解していても、実際に同じことを繰り返さないように脳が機能していない人は、再び同じ過ちを犯してしまうのです」とのこと。

みなさんの周りにも何度言っても同じミスを繰り返す人がいるかもしれない。しかし、彼らは必ずしもやる気がないわけではなく、経験から学ぶことの大切さをわかっていないわけでもないようだ。ただ、今回の研究結果によれば、少しだけ脳が上手く機能できていないのかもしれない。

一般論として考えてもどこが悪いと注意されているのに適当に聞き流しているような人は次回も同じ失敗を繰り返す確立が高いのだろうなと思える話なんですが、客観的計測によって脳の働きと行動の改善というものが結びつけられたというのはおもしろい話だと言えそうです。
発達障害と言うと先天的、あるいは乳幼児期の脳へのダメージなど器質的異常に基づくものだとされているようですが、小児時代の学習機会の消失など後天的な環境によっても同じようなことになると言いますし、同じ失敗を何度も繰り返すということは程度の差こそあれ多くの人に認められるものですから、それら全てが脳障害によるということはちょっと考えにくい気もします。
そうなると問題になってくるのはこうした脳の働きの低下が生まれつきのものなのか、それとも生後の経験の積み重ねによって起こってくる後天的なものなのかで、例えば子供の頃から失敗するたびに反省し改善点を探すといったトレーニングを繰り返していれば脳がこのように変化していくのだとすれば、幼児期の学習法にも取り入れていかなければならないかも知れません。
また仮にこうした学習しにくいパターンがあると確認された人であっても何かしらそれを改善する方法があれば社会にとっても非常に有益ですが、単に機能的な問題だけなのか脳構造など器質的な問題が背景にあるからなのかはまだ判りませんが、とりあえず研究を進めるとっかかりにはなりそうな話ですよね。

どちらにしてもこうして客観的異常として捉えられたということは、同じ失敗を繰り返すことが単にうっかりだとかなまけによるものではないということをも意味していることになりますが、もちろんきちんと注意されたのに聞いていなかったことによる失敗もあるはずですから、周囲の人間からするとそのどちらに当たるのかによって対処が違ってくるはずです。
思うに人間誰しも自分が興味あることには非常に熱心に努力し欠点を克服して成長するのも早いものですから、例えばゲームなど本人が楽しめるものをやらせて上達ぶりを見ることで脳機能異常を見つけ出すといったやり方も今後出てくるようになるのかも知れませんね。
いずれにしても「こいつは本当にいつもいつも同じ失敗ばかりしやがって!」と頭に血が上った状態でガミガミ言ったのではまともな脳機能を持っている人間でも聞く気にはなれるはずもありませんから、部下が使えないと嘆く前に上司の指導能力もきちんとトレーニングをし高めていかなければ、案外いちばん学習能力のなかったのは上司の方だったということにもなりかねませんね。

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2013年3月19日 (火)

救命救急センター 今度は減らすことも検討?

少し前に埼玉で救急搬送受け入れを36回断られた患者が出たと久しぶりに救急受け入れ困難例の報道がされていましたが、もちろん実際に要請回数の多寡はあってもこうしたケースは今も各地で発生している、ただそれが報道されなくなっただけだと考えるべきです。
今回のケースでも一昔前なら確実に「たらい回し」バッシングの嵐になっていたと思いますが、興味深いことに確認出来た範囲内で「たらい回し」の表現を使った例は極めて少なくなっているようで、この辺りはひと頃からのマスコミへの働きかけが奏功した形でしょうか。
無論いつでも即座に100%の受け入れが出来る体制が整えば理想的なのでしょうが、道路渋滞を完全解消するためには土地の全てを道路にするしかないといった論に似た空論と言うべきで(そして仮にそうできたにしても渋滞はやはり発生するでしょう)、現実的にはコストやマンパワーなどの点からどこかの段階で現実との折り合いをつけていくしかないはずです。
その点で今まではただひたすら救急医療体制は質的量的にさらに充実させるべきだという理想論めいた議論ばかりが先行していたものが、何やらほんの少しだけ現実を見据えるようになってきたのか?とも感じられたのが先日厚労省で開かれた検討会での議論です。

「救命救急センターの数は量的に充足したのか」(2013年3月18日日経メディカル)

 厚生労働省は3月15日、救急医療体制等のあり方に関する検討会(座長:昭和大病院院長の有賀徹氏)を開催し、救命救急センターと2次救急医療機関に関する見直しの論点を提示した。救命救急センターに関しては、施設数は当初の整備目標を大きく上回ったが、原則24時間体制で全ての重篤な救急患者を受け入れられていないセンターがあることなどを問題視。2次救急医療機関については、施設によって救急搬送の受け入れ件数にばらつきがある点などを課題として示した。

 1976年から整備が始まった救命救急センターは、おおむね人口100万人に1施設を目標として全国に設置されてきた。現在はその目標を大きく上回り、約2倍に当たる259施設(3月1日時点)が存在する。他方で、センターによって専従(専ら当該業務に従事)の医師数は0~39人、年間の受け入れ重篤患者数は214~2615人と格差があり、運営面に違いが生じているのが現状だ。

 厚労省はこうした状況を勘案し、救命救急センターに関する見直しの論点として、(1)センターは量的に充足したと言えるのか、(2)原則24時間体制で全ての重篤な救急患者を必ず受け入れることができないセンターはどのように充実・強化すべきか、(3)都道府県や病院の管理者はどのようにセンターの質の向上に取り組むべきか、(4)センターに求められる医療機能を提供できない場合には指定の解除を検討してはどうか――などを挙げた。

 一方で2次救急医療機関については、病院によって年間の救急搬送受け入れ件数が0~1万2560件と大きなばらつきがある、約70%の病院で医師1人による救急当直体制となっていることなどを課題として提示。その上で、(1)救急搬送の受け入れの少ない病院が多く受け入れるためにはどんな方策が必要か、(2)地域での確実な搬送受け入れ体制の構築にはどのような取り組みが必要か、(3)救急医療体制の確保の観点から医師負担軽減策として新たな手法があるか――などを論点として提示した。

 これに対して検討会の構成員からは、各地域の実情(2次医療圏の広さや人口、など)によって適切な救急医療体制は異なってくるため、地域の現状を明確に認識した上で見直しに着手すべきとする声が多く上がった。

 座長の有賀氏は、「専従のいない救命救急センターは専任の医師を配置した上で様々な診療科の医師が対応していると推測されるが、他の医療従事者には(指示系統などが)分かりにくいので専従医師の配置が本来は必要だろう。ただし、都市部と地方ではセンターの役割が違ってくるので、その背景を理解して見直しを図ることが重要になる」と語った。2次救急医療機関に関しても、「同じ医療圏で救急搬送を多く受け入れている医療機関のすきまを埋める役割を担っている2次救急医療機関もある。救急搬送の受け入れが少ないから機能していないという議論にならないようにしないといけない」(東京医大救急医学講座教授の行岡哲男氏)といった意見が出た。

 さらに、多くの構成員が地域全体で救急患者を診る視点を重視。救急医療機関がスムーズに救急患者を受け入れられるように、地域全体で後方病床を確保する仕組みを検討課題とするよう求めた。

 同検討会は、高齢者の増加などに伴って救急医療の需要が増大する中、救急患者の受け入れ体制の機能強化や、救命救急センター・2次救急医療機関の充実を図ることを目的に設置された。年内をめどに検討結果をまとめる予定だ。

ちなみに日本の救命救急体制は一部の例外はあるもののおおむね三段階のピラミッド状の体制を構築していて、町のクリニックなどが外来だけで済ませられるレベルが一次救急、そして地域の中小病院が入院患者を受け入れるのが二次救急、さらには複数診療科が関わるような高度な医療を要する患者を扱うのが三次救急という分類になっていて、患者は重症度に応じて下位救急施設から上位へ送られることになっています。
このうち記事にもあるように三次救急に相当し全国232施設、およそ100万人に1施設の割で整備されているのが救命救急センターですが、本来なら最後の砦として重症患者を受け入れるべき救命救急センターの受診患者の実に9割近くが軽症患者であったという実態が報告されているように、日医などが長年その存続を強固に主張してきたフリーアクセスの大原則がシステムを有名無実化している部分が少なくないわけですね。
その上24時間365日どんな重症患者にも対応出来る救急体制を維持しようと思えば複数の医師を常時待機されておくしかありませんが、今時そんな医師が容易に確保出来る施設ばかりであるはずがなく全国救命救急センターの多くが実際には看板を下ろしたいのに行政側から懇願されたりといった事情でやむなく継続しているといった事情があります。
それでも搬送困難症例が出るたびに「センターのくせに何をやっていたんだ!」と周囲から叱責されることばかりでは心が折れてしまうのは当然で、スタッフ不足などから実質的には二次救急レベルの体制でお茶を濁している施設も少なからずあるというのが現実ですよね。

医師数が次第に増えていく中で激務の救急医療も次第にスタッフが充実していけばよいのですが、実際にはそうした仕事を希望する医師は増えていないという現実があって、それに対して専門医制度改変のついでに医師に強制的に救急に従事させてはどうか、などといった話ばかりでなく、出来ないものは出来ないと認めて救急センター指定を解除してはどうかという話が出ているのは現実的だと思います。
もちろんそうした話が出る背景には「こういう厳しいことを言っておけば各施設は指定解除されないよう必死に努力するだろう」という一昔前の発想から来る誤解も含まれているのかも知れませんが、現実的にセンター指定を解除されようが地域の基幹病院としての機能には変わりがない以上、形式はともかく実質として今よりも救急医療体制が後退するというものでもないでしょう。
そしてそうした実質があってもなんとかかんとか完全破綻には至らず地域の救命救急が存続していたことを考えれば、そもそも一律に人口割りでこの地域に一つ、こちらにも一つとセンターを配置しておかなければならないという発想そのものが、全国一律公定価格の皆保険制度下では国民皆が等しく平等に医療を受けられる権利があるという幻想に基づいた空論だったのかも知れませんね。
全てが平等という大前提を無くしてしまえば、例えば医療体制の充実度に応じて保険料にランク付けをするといった民間保険的な考え方も出てくるでしょうし、この辺りは将来的に日本もTPPに加わり言われているように医療制度自体に大きな変化が起こった場合に、どこかの時点で何かしらの対策が検討されていくことになるのかも知れません。

そして地域の人口と医療機関のバランスもまちまちであり、一口に二次救急と言っても実質的に三次救急レベルの能力まで備えている地域の基幹病院から、設定された医療圏内に他に施設がないからといった理由で選定された中小病院までも含まれていて、その実力もキャパシティも様々である以上施設によって二次救急の受け入れ件数が大きく異なるのは当たり前と言えば当たり前ですよね。
これまた「二次救急と称して補助金までもらっているのだからきちんと一定数の患者は引き受けさせるべきだ」などと地域の実情を無視した話が始まっても困るのですが、これまた地域ごとの事情があるという話がちゃんと出ているのですから、やはり画一的に行政によって定められた二次医療圏の設定というものが妥当なのかということにも立ち返ってみる必要がありそうですね。
そのためにはまず各地域で医療需給バランスがどうなっていて医療圏設定が妥当なのか、救急患者の流れがどうなっているのかという現状把握から始める必要があって、患者の流れを無視して医師再配置などを進めると必死で頑張っている施設からスタッフが引き抜かれ、救急対応出来ていない施設にマンパワーが集約され地域医療が混乱するといった事態も起こりえるということです。
いずれにしても地域医療の永続性を図るためには何よりスタッフ保護が最優先であることがすでに明らかになっているわけですから、機能強化だ充実だと言うことと平行して医療の総需要増加傾向や特定施設への患者集中といった需要側への対策も必ず必要になるはずで、結局は地域住民がどの程度の医療を望むか、あるいはどの程度の医療なら我慢出来るかという議論抜きでは何ともならないでしょうね。

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2013年3月18日 (月)

政府がいよいよTPP交渉参加を表明

先週末に発表され大きく話題になっているのが、安倍総理によるTPP交渉参加の表明です。
経済など各方面に影響無しとしない話ですが、本日はとりあえず医療関係に焦点を当ててみることにしましょう。

安倍首相がTPP交渉参加を正式発表(2013年3月15日産経新聞)

 安倍晋三首相は15日夕、官邸で記者会見し、高いレベルの貿易自由化を目指す環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉への参加を正式表明した。

 TPP交渉にはこれまでに米国、カナダ、豪州、ペルー、マレーシアなど11カ国が参加している。

 これにより、わが国はアジア太平洋地域の自由貿易圏に加わる。しかしコメを始めとする農産品などでは関税撤廃の例外扱いを狙っており、参加各国との交渉が当面の課題となる。

 日本はこれまでに13の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を結んでいるが、大部分は2国間協定ばかり。通商目的を主とする広域経済協定は事実上、今回が初めてとなる。

 政府の試算によると、TPPに参加した場合の国内への影響は、農業分野の生産額が3兆円減少する一方で、消費や工業製品の輸出は増加し、全体では実質国内総生産(GDP)を3兆2千億円(0・66%)押し上げる効果があるという。

日本医師会 国益に反すれば撤退を(2013年3月15日NHK)

TPPへの参加について、日本医師会からは、医療に格差を生じさせ、国民皆保険制度の崩壊につながるおそれがあるとともに、民間企業の進出や医薬品の価格が上がる懸念が出るおそれがあると懸念を示しています。

日本医師会の横倉会長は、東京都内であいさつし、「日本医師会は、かねてよりTPPへの参加により、国民皆保険が毀損されるのではないかと懸念を表明してきた。世界に誇る国民皆保険を守るためには、『混合診療』を解禁しないことや、営利企業を医療機関の経営に参入させないことなどが必要だ。安倍総理大臣に対しては、国益に反すると判断した場合には、速やかに交渉から撤退するよう求めていきたい」と述べました。

首相、TPP交渉「離脱かどうかを言うのは国益に反する」(2013年3月15日日本経済新聞)

 安倍晋三首相は15日夕の記者会見で、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加に際し、重要品目などの「聖域」が守れない場合の対応について「離脱するかどうかを言うのは国益に反して適切でない」との認識を示した。そのうえで「国益を踏まえて最善の道を実現する。国益を中心に据えて交渉に臨む」との考えを強調した。

このTPP問題に関しては早期の参加を望む声、あるいは断固反対する声と立場によってそれに対する姿勢は様々ですが、当然ながらそれぞれの業界事情によって損になる部分、得になる部分が入り乱れていて一概にどうこうは言えず、そもそも何を以て国益と呼ぶのかという定義すらないまま話が進められているのもおかしな話ですね。
安倍総理の今回の議論入り表明に対しても酷いことになったと大騒ぎしている人もいますが、もしかしたらこうなるかも知れないレベルの憶測ばかりで全く具体性がないというのは、何しろ今まで議論に加わるかどうかばかりに焦点が当てられていて肝腎の議論する中身をどうするかが何ら話が進んでいなかったのですから識者も具体的コメントもしようがなく、これでは賛成するにも反対するにも何とも言いようがないと言うしかありません。
とりあえず言えることはTPPに関しては年内にまとめるということがほぼ確定とされていて交渉はあと3回残されていると言いますが、日本が交渉に参加して良いと認められるまでに90日かかると言いますから下手をすると最終の9月の交渉にしか参加できない可能性もあり、そうなりますと今さら最後に遅れて来た国がせっかくまとまった議論にどこまで口を出せるだろうかという疑問が残ります。
一応は国として最終的に参加はせざるを得ないだろうという見通しは早くからあったことから、元々は民主党政権の末期に泥をかぶって参加表明をしておくという話もあったとかなかったとか言うのですが、ここまで遅れに遅れたことが交渉の場で不利に働くとなればこれは明らかに国益に反してしまったと言うしかありませんね。

ところで交渉参加が遅れたことで日本側が口を出せる部分が限定されるのはともかく、ひとたび交渉に参加すれば不都合な内容だからと言って交渉打ち切りの権利もなくなるのではという懸念があるのは、一部で報道されているように初期参加国に都合がよく後発参加国に不具合な「秘密条項」があるからだという話があります。
これは米国など先発九カ国が「交渉を打ち切る権利は九カ国のみにある」「既に現在の参加国間で合意した条文は原則として受け入れ、再交渉は要求できない」といった不利な条件を交渉参加の条件として後発参加国にのませていた、しかもこれらを極秘扱いして公表していなかったと言う話ですが、事実であれば当然日本もこの条件をそうと公表しないまま飲んだからこそ参加を認められたということになりますね。
後から後から参加する国がそれぞれ好き勝手な要求を追加していったのではまとまるものもまとまらないと言うのは確かでしょうが、こういうことになっているのなら日医などが言うように不利な状況になったら撤退ということも不可能であり、日本は一方的に諸外国の言い分を飲むしかなくなるのではないかという懸念の声には相応に根拠があります。
ただこれに関しては実際に行えるかどうかは別として、仮に国際交渉の場で決まったことでも国内に持ち帰って議会が承認しなければ発効しないのが国際条約というものですから、本当にどうしても受け入れられないことまで受け入れることを義務づけるものではないという言い方も出来るでしょう(もっともそうなれば国際的信用の失墜から大いに国益を損なうことになるでしょうが)。

TPPとは言っても経済規模などから最終的には日米間でどう話がまとまるかが非常に重要であることは言うまでもありませんが、アメリカでは特に車と保険とに当てているといい、前者に関しては仮にアメリカの要求が100%通ったとしても対米輸出は現地生産主体になってきていることでもあり、少なくとも現状以上に悪くなるようなものではなさそうです。
となると保険分野が鍵になるはずで、特に日本での皆保険制度に対して民間保険が参入しアメリカのような状況になっていくのではないかという懸念を日医などが強調しているところですが、もともとTPP交渉に参加しているカナダやオーストラリアは皆保険制度があり、アメリカにしてもオバマ大統領が皆保険制度を創出しようと努力しているところなのは周知の通りですよね。
要するに参加主要国が皆保険を推進しているのですから別に日本だけ皆保険が破綻するというよりも、日医などが反対する混合診療などが認められるかどうかだとか、民間保険の参入により公的保険の給付が制限されるかどうかがポイントになりそうで、アメリカ側もこうした日本の懸念に配慮してか「混合診療を含めて公的保険制度外の診療を認めるよう求めるものではない」と表明はしています。
ただしご存知のようにTPPには投資家と国家の紛争解決(ISDS)条項というものもあり、企業など思いがけぬ搦め手から後日制度が浸食されていく懸念はあり、また何より国としては増え続ける医療費公的支出に制限を加えたいところへ持ってきて、一部を民間保険が受け持ってくれるということになれば高価な最先端医療などの保険収載への意欲も鈍ろうというものですよね。

国民の間でも議論は分かれていて、高い保険料を毎月取られるくらいなら受診に制限がかかっても安価な民間保険を選ぶだとか、患者の利益になる混合診療断固反対とは納得出来ないといった声もあって、確かに今の時代にあまりに画一的にただ一つのやり方しか絶対に認めないという皆保険制度に多くの人々が不満を抱えているのも事実です。
ただ民間との競争ということになると日本の皆保険制度の保険料と給付水準は非常に優れたバランスを誇っているといい、結局は営利目的の民間保険よりも公費補助もある皆保険制度の方が冷静に考えれば得なのですから、いたずらに市場開放=日本型システムの崩壊と恐れおののくこともないはずです。
ちょうど先日は政府の方からこれからは諸外国にも「世界一」の日本の皆保険制度を売り込んでいくという話が出ていましたが、TPP参加国の中でも特に大きな経済力を持つ日本が参加することでむしろ他国の方が大きな影響を受ける可能性の方が高いはずで、こちらから攻めていくような算段もせずに最初から守ることばかり考えて一方的に日本ばかりが損をするから大変だといった考え方もどうなのかなと思いますね。

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2013年3月17日 (日)

今日のぐり:「チャイナダイニング琥珀」

先日こういうちょっと切なくもいい話が報道されていたのをご覧になったでしょうか。

「婚約者をハネムーンに連れていきたい」余命わずかの男性の夢を叶えるため世界中の人々が立ち上がる(2013年3月4日ロケットニュース24)

もしも今、あなたの人生は残りわずかだと告げられたら、みなさんならどうするだろうか。人それぞれ最後にこれだけはやっておきたい、この夢だけは実現したいというものがあるだろう。
そんな状況に今まさに直面しているひとりの男性がいる。病気を患い余命わずかであることを知った彼の最後の願いは、ずっと自分を支えてくれた婚約者と結婚し、彼女をハネムーンに連れていくこと。その切実な想いを知り心打たれた世界中の人々がいま、治療費の支払いで金銭的余裕のない彼のために動き出しているという。

ノーラン・キーンさん(28)は4年前、膠芽腫(こうがしゅ)であると診断された。膠芽腫とは脳腫瘍の一種であり、そのなかでも症状悪化の進行が速く、極めて悪性度が高いものとされている。予後の5年生存率は6~8パーセントほどとのこと。
彼はこれまでに8回に及ぶ手術と化学療法を行ってきた。しかし、最近のMRI検査で腫瘍が脳内の大半に広がっていることが確認され、医師からこれ以上手の施しようがないことを告げられたという。担当医によると、2014年を迎えるのは難しいとのこと。
自らの余命を知った彼には最後にどうしても成し遂げたい夢があった。それは、これまでずっと自分を支えてくれ、看護師の仕事を辞めてまで看病にあたってくれた婚約者モーガンさんと結婚すること。そして、彼女をハネムーンに連れていくことだ。行き先は、昨年プロポーズをしたディズニーランドと決めている。

順調に計画を立て、結婚式の日取りを2013年3月9日と決めた二人。最後の夢を叶えるために必要な額を2万ドル(約190万円)と見積もったが、彼らにそんなお金は無かった。ノーランさんには治療費や入院費が重くのしかかり、モーガンさんは看病のためにすでに仕事を辞めているのだ。
そこで二人のために友人らが立ちあがった。結婚式と新婚旅行の費用を集めるためオンライン基金を設立したのだ。すると、彼らの話を知り、ノーランさんの想いに心動かされた世界中のネットユーザーたちから続々と寄付金が集まり始めた。
結婚式当日が直前に迫った現在、すでに必要金額の2万ドルを大幅に超えて6万ドル(約560万円)以上が寄付されている。さらに、寄付をした人々から二人へ次のようなメッセージも届いた。

「素敵な式とハネムーンを!」
「結婚おめでとう!」
「二人の完璧な愛と強さと勇気に感動しました。素晴らしい新婚旅行になりますように」
「二人でいるすべての瞬間を楽しんでください」
「お互いを思いやる二人の関係に感動しました」

……などなど、多くの人が感銘を受け二人を祝福している。念願の結婚式とハネムーンが、彼ら二人にとって素晴らしいものになることを願いたい。

こういう話を聞いて思うところは人それぞれなのでしょうけれども、いずれにしてもハネムーンの旅が二人にとって良い思い出となることを願わずにはいられませんよね。
今日はお二人の門出を祝福して、世界中から思いがけず有名になってしまった結果何かが大きく変わってしまったという人々の話題を紹介してみたいと思いますが、まずはこちらの何ともケシカラン輩からいってみましょう。

Google Adwordsで彼女募集の男性、まさかの急展開で交際・同棲へ ネットでは「末永く爆発してください」(2013年2月6日ねとらば)

 先日紹介した、Google Adwordsを使って彼女募集の広告を出した男性。その後5人の女性から応募があったそうですが、なんとそのうちの1人と本当に付き合うことになったとのこと。なんという急展開!

 彼女募集広告を出したのは、ブロガーで大学4年生の@razokuloverさん。これまで2度にわたって彼女募集の進捗を報告してきましたが、2月5日「Google Adwordsで彼女を募集したら可愛いお姉さんと知り合えたんですが、このたび...」というエントリを投稿し、Google Adwordsで知り合った女性と交際・同棲することになったことを報告しました。

 広告を出してからわずか3週間で同棲決定というまさかの展開。ブログによると、その後女性と上野動物園でデートした際、「(家が離れていて)付き合うとしたらお互い仕事あるしあんまり会えなそうだねー」という話になり、@razokuloverさんが「じゃあさ……」「一緒に住む?」と提案したところ「そうだねー」「じゃあそうしよっかー」と、あっさり同棲が決定。たまたまいい物件に巡り会えたこともあり、翌日には一緒に住む部屋も決めてしまったのだそうです。

 ネットの反応はというと、やはり「展開はやw」「物語がついこの前始まったと思ったら最終回になってた」などいきなりの展開に驚く人が多数。ほかにも「羨ましい(´;ω;`)ブワッ」「末永く爆発して下さい」など、うらやましがったり嫉妬まじりで祝福したりとさまざまな反応が見られました。

 @razokuloverさんによれば、「もし、またおもしろおかしいエピソードがあったら随時つぶやいたりブログにしたりしようと思います」だそうです。

いやもうね、いいから黙ってもげてと言うような話なんですが、しかし可愛いお姉さんとねえ…全く何と言う不届きな時代になったものですかね。
こちらもネット広告に絡んだ話題なのですが、ここまでやってくれればもはや許すしかないというものでしょうね。

“東芝43型TVとの日々”に反響、男性4人組が競売サイトに珍写真。(2013年2月26日ナリナリドットコム)

誰でも手軽に参加できる競売サイトで、売買成立の実現に欠かせない情報の1つになっているのが、商品紹介の写真。購入前に現物を確認できない落札希望者には、品定めの際の目安にもなるわけだが、先日ニュージーランドでは、この写真を利用して出品したテレビを面白く紹介したページが大きな話題を呼んだ。

ニュージーランドのニュースサイト・sutff.co.nzなどによると、テレビを出品したのは、クライストチャーチで同じ家に住んでいる男性4人組。彼らは、今回売りに出した東芝製43型テレビを3年前に「そんなに高くない」価格で購入した。しかし、ほかの部屋にもテレビが3台ある環境の中で、主にプレイステーションをするためだけに使われていた大型テレビは、多くのスペースを占有するため存在価値が薄れたそうだ。そこで「誰かに活用してもらえれば」と競売に出品する運びとなった。

そして、ニュージーランドの競売サイト「trade me」にテレビの競売ページを設ける準備を始めた4人。そのとき彼らは、テレビを紹介する写真を面白いシチュエーションで撮影するアイデアを思い付いた。そんな写真の数々が、彼らの出品ページ「43 Toshiba Television」(http://www.trademe.co.nz/Browse/Listing.aspx?id=562594506)で見ることができる。
(略)
思わぬ写真が紹介され、彼らのページにはチェックしたユーザーから約100件の問い合わせが寄せられることに。純粋にテレビについて質問している人もいるが、中には「面白い写真だ」「なんてヤツらだ」と写真の感想を書き込んでる人も少なくない。写真の効果もあってか、1ニュージーランドドル(約78円)から始まった競売は順調に値を上げていき、2月20日午後6時頃に325ドル(約2万5,000円)で落札された。

さまざまな場所にテレビを運ぶのが「激務だった」と話したのは、4人組の1人、ダミアン・テイラーさん。特にスーパーで買い物をしているようなシーンを撮ろうとしたときは、「撮影のために店長の許可も必要だった」など、紹介された写真の数々はまさに彼らの苦心作といったところだ。しかし、出品後は「質問が絶えず届く」反響ぶりに喜びもあったようで、今はアイデアを実行した充実感に満たされている様子。そして思い出も作ったテレビの落札金はすべて慈善団体へ寄付するつもりだという。

実際にどのような写真かは是非ともリンク先の画像を参照いただきたいと思いますが、おバカもここまでやってしまえば勝ちというものですよね。
同じくこれまたおバカ系の話題なのですが、これはいささか品がなかったということなのでしょうか、周囲の評判は必ずしもよろしくなかったことが敗因?でしょうか。

高校生が「ペニスの雪像」制作 → ご近所激怒で通報 → ペニスがさらに膨張しご近所の怒り大爆発!!(2013年2月21日ロケットニュース24)

雪が積もったときの楽しみのひとつが雪像作り。定番の雪だるまから一風変わったデザインのものまで、作り手の数だけ雪像のアイデアはある。

現在アメリカでは、一人の高校生がちょっとした遊び心から制作した雪像が大きな話題を呼んでいる。あまりにも斬新なそのデザインゆえ、アメリカ全土から注目を集め、わざわざ記念撮影に訪れる人もいたという。しかし、彼のご近所さんたちにとっては怒りの対象でしかなかったようだ。

問題の雪像を作ったのは、ロードアイランド州に住むライアン君(16)。そして、近所の人々を激怒させたデザインというのは……なんと、ペニス! しかもこれがデカイ!! 高さ約180センチはあるという「巨大ペニス」だ。

彼は「ジョークだった」と語っているが、これがなかなかの完成度だったことから、ご近所さんのなかには不快に思う人も少なくなかった。ライアン君の母レイリーンさんによると、「あれはジョークだし、私自身大笑いしました。写真を撮りに来る人も大勢いました。ただ、気分を害した人もいたようで誰かが警察を呼んだのです。確認しに来た警官は爆笑して帰っていきましたけどね」とのこと。

その後、雪像の噂は広まっていきメディアにも取り上げられ、アメリカ全土に知れ渡ることとなった。すると、ご近所の怒りに対する対抗心からなのか、もしくはもっと注目を集めたいという願望からなのか、後日ライアン君は雪像に手を加え、さらに巨大なペニスを作り上げた。なんと、その高さ約360センチ! 元の大きさの倍にパワーアップさせてしまったのである。

この事態に、もともと怒っていたご近所さんたちは完全にキレた。警察やライアン君の自宅へ再度苦情の電話が寄せられ、気付くと雪像は破壊されていたという。ペニスがポキッと折れてしまっていたのだ。

これを受けてレイリーンさんは、「私は今でも、あの雪像は誰のことも傷つけない無害なジョークだったと信じています。文句を言う人もいますが、人生は短いのだからいつも笑顔を絶やさず毎日を楽しまなければもったいないと思います」と語っている。母として、息子の行動は悪意のないものだと支持したのである。

なんとも痛い結末を迎えてしまった今回の出来事。しかし、ライアン君の雪像作りに対する情熱と腕前がなかなかのものであることは証明されたようだ。

詳細はリンク先の画像を参照いただくとして、妙に生々しい雪像だけに何と言うのでしょう、この無残な末路を見て思わず股間に手をやりたくなった人も多かったかも知れませんね。
こちら自らも意図しないところで世に名が知れ渡ってしまう恐怖を報じるニュースですが、それにしてもよくピンポイントで発見されたものです。

「別の女と腕を組んでる!」ストリートマップの画像から彼氏の浮気がばれる(2013年2月26日らばQ)

ロシアの24歳の女性が、ロシア版のGoogleストリートビューに相当する「ヤンデックス・マップ」という地図検索サービスで調べ物をしていたところ、衝撃的な写真を見つけてしまったそうです。

なんと付き合って5年になる婚約者が、別の女性と腕を組んで歩いている姿だったのです。
(略)
マリーナさんがこの動かぬ証拠をつきつけたところ、男性は浮気していたことを告白し、マリーナさんは別れる決断を下しました。
(略)
ロシアでは「Googleストリートビュー」のサービス開始が遅れたことから、「ヤンデックス・マップ」という地図検索が同様のサービスを始め、普及しているそうです。

「Googleストリートビュー」ではプライバシーの問題が指摘されてから、人物の顔にぼかしが入るようになりましたが、このヤンデックスというサービスではぼかしは入ってないことから、たびたびプライバシーの問題が起きているとのことです。
(略)

実際にどのようなものが写っていたのかはリンク先の画像を参照いただきたいところですが、しかしこういう何気ない日常の風景がここまで大事になってしまうというのは、この種のサービスは本質的に大きな問題を抱えていると言えそうではありますね。
一転してこちらは数奇な運命を辿った一人の男性が、思いがけないところから思いがけない人生の一歩を踏み出すことになったという話題を紹介してみましょう。

刑務所内サッカーで頭角現し再起へ チリで25歳ロシア人元選手(2013年2月25日スポニチ)

 南米チリで麻薬密輸により禁錮刑を受け服役していたロシア人の元プロサッカー選手が刑務所内でのサッカーで頭角を現し、チリ2部リーグでプロ選手として再起することになった。チリ法務省は23日までに、元選手への強制送還命令を取り消した。AP通信が伝えた。

 この選手はロシア2部リーグでかつてプレーしていたマクシム・モロコエドフ元受刑者(25)。2010年にチリからコカイン約6キロを欧州に持ち出そうとしたとして逮捕され、禁錮3年の刑を受け服役。共同電によると、今月22日に出所した。

 刑務所内でのサッカーでの活躍が評判となり、チリ2部リーグのサンティアゴ・モーニングが勧誘。法務省は元受刑者が既に更生したとして強制送還命令を取り消した。

なかなかに法務省も粋な計らいと見るべきなのでしょうが、それだけ期待されているということをよくよく承知した上で新たな人生を踏み出し…もとい、蹴り出していただきたいところですね。
所変われば品変わると言いますが、普通であれば何気ない行為も時と場所によっては大騒ぎになるというニュースを紹介しましょう。

“道を譲れば表彰”に賛否両論、中国の横断歩道で事故多発受け。(2013年2月11日ナリナリドットコム)

自動車事故による死亡者数が世界最多の中国では、新しい交通規定を設けるなどして常に対策が求められているが、最近導入された交通マナーの改善に向けた“奨励プログラム”には、賛否両論が巻き起こっているようだ。

中国では1月1日より、改訂版「機動車駕駛証申領和使用規定」(公安部第123号令)が施行された。この新交通規定では、減点項目が大きく増加しており、黄信号で止まらないと6点減など“中国史上最も厳しい交通規則”としてドライバーたちを震えさせている。しかし注目を集めている“奨励プログラム”はそれとは逆に、ドライバーにとって“飴”となるものだ。

中国紙広州日報などによると、この“奨励プログラム”を導入したのは広東省佛山市順徳区の容桂交通警察。ざっくりと言うと、横断歩道を渡ろうとしている通行人がいた場合、ドライバーが道を譲れば表彰するというもので、表彰状と無料洗車券が贈呈される。また、年3回以上表彰された特に優秀なドライバーは無料で車検を受けられるなど、さらに豪華な特典も与えられるという。優秀なドライバーは横断歩道などに備え付けられた監視カメラ映像をもとに、毎月10人ほど選出されるそうだ。

もともと同地区には、信号機が設置されていない横断歩道が数多く存在しており、交通事故が多発してきた。平均すると毎日2件の交通事故が起きており、時に死亡者が出ることも。容桂交通警察がある地点を調べたところ、10分間に通行人に道を譲ったドライバーはわずか5人しかおらず、「現状を改善しなければすぐにまた事故が起こる」との懸念があり、今回の“奨励プログラム”を始めることにしたそうだ。

とは言え、この“奨励プログラム”に対する市民の評価は真っ二つ。賛成派は「特定の優秀なドライバーを表彰することで模範が生まれ、徐々に交通マナーが改善されていく」と期待しているが、反対派は「現時点でも罰則があるのに機能していないことを考えると、奨励も効果を生み出せるとは思えない」、さらには選考基準も曖昧と懐疑的だ。

また、自分が道を譲ったとしても、後続車からクラクションを鳴らされたり、追い抜こうとしてかえって事故が発生しやすくなるといった意見もある。中にはドライバーの交通マナー云々以前に、赤信号でも平気で横断しようとする歩行者の交通マナーに厳しい罰則を設けるべき、といった声も上がった。

いずれにせよ、今回の“奨励プログラム”は中国全土で適用されるわけではないため、しばらくは様子を見守るしかないが、仮にこのプログラムが長い目で見て交通事故件数を大幅に減らすなどの成果を生み出せれば、こうした運動が中国全土に拡大する可能性はあるのかもしれない。

ちなみに彼の地では「日本の交通マナーに慣れてから帰国したら何度も死にそうになった」などという話もあるそうですからその激しさも判りますが、こうしたマナー対策が効果があるとなれば交通以外にも各方面に拡大していくのでしょうかね。
最後に取り上げますのがこれまたブリの話題なのですが、まずはその思いがけない経緯を記事から紹介しましょう。

旅行先でサメ退治の英雄、母国で仕事をクビに(2013年3月13日AFP)

【3月13日 AFP】オーストラリアを旅行していた英国人男性が英雄ともてはやされ、それがきっかけで職を失ったことが12日、明らかになった。病気休暇を取得中だったことが解雇の理由だという。

 英ウェールズ(Wales)の慈善団体職員だったポール・マーシャルシー(Paul Marshallsea)さん(62)は今年1月、豪ブリスベーン(Brisbane)近くのビーチで体長約1.8メートルのサメに出くわし、そばで泳いでいた子供たちを守るためにサメを退治した。

 地元テレビ局のカメラマンがその様子を撮影していたことから、サメと闘うマーシャルシーさんの映像は世界中を駆け巡り、雇い主の子供慈善団体「Pant and Dowlais Boys' and Girls' Club」の目にも留まった。

 その後、同じ団体で働いている妻のウェンディさんと共にウェールズのマーサーティドビル(Merthyr Tydfil)にある自宅に帰ると、2人宛てに解雇通知が届いていた。実は2人とも、精神的ストレスを理由に昨年4月から病欠を取っていたのだ。

 3人の子供を持つマーシャルシーさんは地元の「ウェールズ・オンライン(WalesOnline)」に対し、「マーサーティドビルには、サメと格闘する人を雇いたいという会社などほとんどありませんよ」と話した。夫婦はストレスに対処するために休暇旅行に行くよう、医師から勧められたと主張しており、団体の対応は「不愉快だ」という。

 団体からの通知には、「最近のテレビのニュースに流れた映像によると、あなたは病気で働くことができない一方、オーストラリアに旅行するには十分、健康なようだ。サメの尾をつかみ、かまれそうになったらとっさに逃げることもできるようだ」と書かれていたという。

 マーシャルシーさんは、「あの日、あのビーチで子供を助けに行っていなかったら、私も妻も仕事を失うことはなかったでしょう」と話した。

なんともアップダウンの激しすぎる事件なのですが、特にケッサクなのは「最近のテレビのニュースに流れた映像によると、あなたは病気で働くことができない一方、オーストラリアに旅行するには十分、健康なようだ。サメの尾をつかみ、かまれそうになったらとっさに逃げることもできるようだ」といういかにもブリ風味あふれる解雇通知でしょうか。
ネットでは「流刑地での姿が放送され、前科者であることがバレてしまったか」などと失礼極まるコメントもついているようですが、それにしてもはるか地球の反対側での出来事がさっそく我が身に降りかかってくるとは驚くべき時代になったものですね。

今日のぐり:「チャイナダイニング琥珀」

何となく気になる店というのはあるものですが、こちらのお店も以前に前を通りがかった際におしゃれっぽい外観に中華料理と言うちょっとしたミスマッチが気になっていたものです。
今回初めてお邪魔してみましたが、間口から想像される通り店内はごく小さい作りながらなかなか小綺麗に仕上がっていて、特に狭い空間でありながら奥行きを感じさせるトイレの演出は楽しいですね。
メニューから見ても単価は妙に安く居酒屋的という印象を受けるのですが、本日はとりあえず同行者とシェアしながら定番メニューを中心に目についたものを色々とつまんでみました。

まずは前菜盛り合わせなんですが、値段から想像したものよりは結構たっぷりで割安感があり、味としてもまず無難で好みが分かれないところだと思います。
定番の春巻きは出来は悪くはないんですが少し味がくどい気がする一方、海老入り団子のクルトン揚げなるものはサクサクとプリプリの対比とエビの旨味でなかなかおもしろい一品ですね。
お刺身サラダは綺麗に盛りつけられたサーモンの色合いがいいんですがタレが妙に甘いのが気になり、麻婆豆腐は四川風にぴりりと山椒風味は効いているものの四川飯店とはまた違う味で、やはりご飯に合わないと思うほどに甘い(ちなみに四川風と言いつつご飯は出ませんが)のと豆腐が崩れまくってしまって食感を損ねているのが気になります。
食感が楽しめる鶏肉のカシューナッツ炒めもポピュラーな料理ですが、こちらのものはさっくりした鳥肉とかりかりのカシューナッツという食感の対比をシンプルな味でうまくまとめていてなかなかいいと思います。
豚角煮は単純なようで難しいと言いますが、まったり濃厚ながらやはりとにかく甘いソースという印象で、一方五目チャーハンはちゃんとパラパラしていて当たりだと思いました。
最後に頼んだデザートセットは二人分の盛り合わせといったところでボリューム感はいいとして、ゴマ団子などは妙に甘さ控えめこれこそもう少し甘くしろとも感じてしまいそうですね。

今のところ知る人ぞ知るというお店のようでお客が少ないせいもあるのか接遇は丁寧で、相応に気も効く様子なのは好印象ですが、お客が多くなってきますとこのまったりとした体制が保てるのだろうか?と少しだけ不安も感じます。
ちなみになんでもご主人は四川飯店を始め本式の修行を積まれてきたベテランだそうで、確かにどの料理も盛りつけは中華料理らしくなく(失礼)綺麗だし調理技術そのものは別に悪くないと思うのですが、あとはお客がこの甘い味をどう受け取るかですね。
特にお店の雰囲気からしておしゃれな料理を楽しみながらアルコールもという顧客層をイメージしているのだと見たのですが、そうなるとこの料理とのマッチングはどうなのかで意見が分かれそうです。

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2013年3月16日 (土)

マスコミを通して見る声=住民の総意?

日本の誇るクオリティペーパーと言えば朝日新聞ですが、その朝日の有名なコラム欄である天声人語で妙な記事が載っていたと話題になっています。

天声人語(2013年3月9日朝日新聞)

職場の屋上から眺めると、ビルの街に隅田川がゆったり光っている。春のうららの……と歌われる季節も近い。思えばそんな春先、3月10日の未明に隅田の川面は死者で埋まったのだった。約10万人が非業の死を遂げたとされる東京大空襲から、あすで68年になる▼きのうの朝日小学生新聞で、当時14歳だった画家、吉野山隆英さん(82)の話を読んだ。隅田川につながる北十間川(きたじっけんがわ)にも遺体が折り重なって浮いていた。いまは東京スカイツリーの足元を走る川である▼ 思い出すのがつらくて、吉野山さんは空襲の絵を描けないできた。70歳を過ぎて初めて描いた。天をつくツリーが完成に近づいた一昨年には、北十間川の記憶を絵にした。あのできごとを忘れないでほしい――風化にあらがう筆は重々しい▼悲惨な戦争の歴史でも、無差別爆撃は最悪のものだ。米軍は戦争末期、日本の主要都市を軒並み炎に包んだ。犠牲は数十万人にのぼるが、広島や長崎に比べて語られる機会は少ない▼東京大空襲では爆撃機B29が279機飛来し、3時間足らずで下町を焦土にした。戦中派には恨み重なるB29を、昨今の若者は濃い鉛筆のことか?と問うそうだ。話半分に聞くにせよ、いまや戦後生まれがほぼ8割を占めるのは事実である▼ 移ろいやすい人の世だが、忘れてならぬものがある。11日には大震災から2年がめぐる。その前日の3・10も伝え続けたい。天災と戦争は違うけれど、奪われた命の無念は変わらない。胸に刻む両日としたい。

この中でも「戦中派には恨み重なるB29を、昨今の若者は濃い鉛筆のことか?と問うそうだ。」なる一文が話題になっていて、「昨今の若者は鉛筆なんて使わない」「そもそも鉛筆の濃さは10BまででBの後に数字は来ない」「またアサヒったか」など散々に言われていますけれども、すでにこの奇妙な発言のネタもとは1980年代前半の「ラジオ番組の投稿葉書ネタ」だったことが明らかになっています。
朝日がその出典を知っていながら敢えて「昨今の若者は」云々と書いたのかどうかですが、80年代前半にラジオ番組に投書した「若者」が今どのような年代に差し掛かっているかと考えるとき、なるほど朝日の中の人がどこからネタを仕入れ見てきたように語ったのかと理解しやすいのは確かですし、思わぬところで「今の若者は」と非難される羽目になった現代の若者こそいい迷惑ですね。
朝日を初めとするメディアがこのようにソースを捏造してでも一定の方向に世論を誘導しようとすることは今に始まったことではなく、先日は中の人の一人である田原総一朗氏が「マスコミは書きたいシナリオがあって、そのシナリオを肉付けするためにデータをちゃんと確認もしないで持ってきては記事を書く」という勝間和代氏の発言を受け「傾いた位置から発せられた意見など大きなメディアがするべきではない」と批判しています。
そのマスコミが昨今盛んに「傾いた位置から発」しているとも言われるのが前政権時代に昏迷を極めた沖縄を巡る一連の問題ですが、現政権が今のところ大きな失点が無く叩きにくいのかと思っていましたら先日は思いがけないところから政府攻撃が始まったようです。

【社説】「主権回復」式典 過重負担押し付け祝宴か(2013年3月13日琉球新報)

 政府は、1952年のサンフランシスコ講和条約発効の節目である4月28日を「主権回復の日」とし、式典を開催すると閣議決定した。安倍晋三首相は「日本の独立を認識する節目の日だ」と意義を強調するが、沖縄からすれば式典開催に強い違和感を覚える。 沖縄、奄美など南西諸島、小笠原諸島が日本から切り離され、米軍による異民族支配が始まったこの日を、沖縄は「屈辱の日」として語り継いできた。政府がそうした歴史を顧みず「主権回復」をことほぐのは、県民を愚弄(ぐろう)するような話だ。
 米軍は条約発効後、沖縄の住民が暮らしていた土地の強制接収を始め、基地拡大を加速した。53年4月、真和志村(当時)の安謝、天久、銘苅に土地収用令を発令し、その後も伊江、読谷、小禄、宜野湾の各村に武装兵を動員し「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒した
 27年間の過酷な米軍統治を経て、沖縄の施政権は72年に日本に返還された。だが、県民が望んだ「核抜き本土並み」という米軍削減は進まず、今でも沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中している。
 日米両政府は、県知事や県議会、県内41市町村の全首長や議会が反対する普天間飛行場の辺野古移設に固執する。米海兵隊MV22オスプレイは傍若無人に、沖縄や日本本土の空を飛び交う。日米地位協定で特権的地位を保障された米軍は日本国内で基地の自由使用をほしいままにする。主権は「回復」どころか、脅かされたままだ。
 安倍首相は沖縄の反発を受け、「わが国の施政権の外に置かれた苦難の歴史を忘れてはならない」と述べた。7日に式典開催を表明した際は、沖縄に全く言及しなかった。首相自身も「苦難の歴史」を失念していたのではないか。
 首相は「主権を失っていた7年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ」と主張する。それを言うなら、沖縄が今も基地過重負担にあえいでいることを知らない、知ろうとしない国民が増えていることこそ問題だ。
 繰り返すが、沖縄を政治的質草にして独立を果たし、戦後68年間も在日米軍基地の大半を沖縄に押し付けながら、「主権回復」を祝うなど、理不尽極まりない。「4・28」の教訓に何を学ぶか、根本的な問い直しが先決だ。

「屈辱の日」認識欠く「主権回復の日」(2013年3月8日沖縄タイムス)

 【東京】安倍晋三首相は7日の衆院予算委員会で、サンフランシスコ講和条約が発効した日に当たる4月28日を「主権回復の日」として政府主催の式典を開く方針を明らかにした。自民党が昨年の衆院選公約に掲げており、首相は「実施する方向で検討している」と明言。近く閣議決定する見通し。

 日本は1952年4月28日の講和条約発効により米国の占領統治から独立したが、沖縄や奄美諸島にとっては、米国施政下に置かれ本土と切り離された「屈辱の日」でもある。米施政から日本への復帰後も沖縄に過重な基地負担を強いる源流ともいえ、式典を企画する政府与党の認識を欠いた姿勢に県内から強い反発を招くのは必至だ。
(略)
 仲井真弘多知事は7日、沖縄タイムスの取材に対して「独立したんだから結構な日じゃないか」と評する一方で、「沖縄にとっては(日本に)置いて行かれた日でもある。いろんな思いや恨みつらみは当然(県民感情として)ある」と述べた。

首相肝いり「主権回復の日」に沖縄反発 「屈辱の日だ」(2013年3月8日朝日新聞)

 「主権回復の日」として4月28日を祝う記念式典を開く意向を示した安倍晋三首相に、沖縄から反発の声が出ている。サンフランシスコ平和条約が発効した61年前のこの日、沖縄は日本から切り離され米統治下に置かれることが決まった。沖縄では「屈辱の日」と呼ばれてきた

 沖縄大名誉教授の新崎盛暉さん(77)は「まるで屈辱の日の復活だ」と言う。条約が発効した時、東京の高校1年だった。校長は全校生徒を集めて「日本はめでたく独立した」と万歳した。「『沖縄を切り捨てておいて何が独立だ』と、ぼくは腕組みしていたと思う。安倍首相は、あの校長と全く同じだよ」

 沖縄社会大衆党の委員長だった瑞慶覧(ずけらん)長方さん(80)は、1972年の本土復帰まで、4月28日になると復帰を求める集会や行進に加わってきた。沖縄は、本土が主権回復のために米国に差し出した「質草」だった、とみる。「いまも米軍基地は残ったまま。質草から脱していない沖縄を放っておいて式典とは、ばかにするにもほどがある

日本にとっては講和条約が発効した日と言えば独立を回復した日に相当しますから、それを国として祝いたくなる気持ちは理解は出来るところですが、安倍総理にしてもこうしたクレームがつくとは予想していなかったかも知れませんね。
沖縄の民族系メディア(と言う言い方がいいのかどうかは判りませんが)と朝日新聞という強力タッグがこうまで「主権回復の日などとんでもない!沖縄県民は怒りに肩を振わせ抗議しているのだ!」と大合唱すれば、遠い地方にすむ人々は「ああ、やはり沖縄の人々の考え方というのはこういうものなのだな」と受け取ってしまうのも無理からぬことです。
特に各紙が口をそろえて「この日を、沖縄は「屈辱の日」として語り継いできた」と言うくらいですから、なるほどこの日は沖縄県民にとって特別重要な日になっているのだなと誰しも思ってしまうところですが、実はこの記事を見て当の地元沖縄からはこんな声が上がっています。

主権回復の日は屈辱の日報道に一部沖縄県民「初耳」(2013年3月8日アメーバニュース)

 安倍晋三首相(58)は、3月7日に行われた衆議院予算委員会において、日本が太平洋戦争後に主権を回復した4月28日を「主権回復の日」として、政府主催の式典開催を検討していることを明らかにした。
(略)
 この「主権回復の日」の式典開催に一部メディアは、沖縄では4月28日が、日本から切り離されアメリカ統治下に置かれることになった「屈辱の日」として認識されており、沖縄から反発の声が挙がっていると報道。仲井真弘多沖縄県知事も「いろんな思いや恨みつらみは当然(県民感情として)ある」とコメントしたことが伝えられている。

 この報道にツイッターには「沖縄が米国の統治下にあったことを忘れたのか、そもそも沖縄のことなど念頭にないのであろう」「沖縄の気持ちを全く理解しようとしない安倍」「沖縄にとっては当然の反応だ」と沖縄県民の感情を理解していないとする声がある一方、「実際に反発してるのは例によって極々一部じゃないの?」「まるで沖縄全県民の声みたいに言いやがって!!」「沖縄復帰の日も祝えばいいじゃない?」「いつも通り一方的な記事で幻滅した」と一方的な報道と見る声も

 また沖縄県民だとする人たちからは「沖縄県民だけど『屈辱の日』って初めてきいたよ…。しかも反発って。反発してる人周りにいないけど」「沖縄出身ですが、屈辱の日って初めて聞きましたけど?」「こんなこと言うのは左翼だけ。県民は言いません」などの声が寄せられている。

遠い我々としては実際のところの県民感情がどうなのか何ともいいかねるところがありますけれども、公平に見てみますと今回の「主権回復の日」騒動が勃発する以前から「屈辱の日」云々に言及した人々はいたようですから、少なくとも沖縄県内の一部の人々の間で「屈辱の日」という言葉が以前から用いられてことは事実であるようです。
一方でこの「屈辱の日」に言及していた人々の間には特定の思想的方向性が見受けられるようで必ずしも市井の声とも言い切れず、その意味では「反発してる人周りにいない」のも「こんなこと言うのは左翼だけ」なのもこれまた正しいということなのかも知れませんね。
もちろん沖縄に限らずどこの県でも何十万単位の思想信条が全く一致するなどあり得ないことですから、帰属する特定集団毎に特定の日時に対する位置づけは違っているのが当たり前なんですが、問題はその特定集団に属する意見をさも一般市民に共通する言論であるかのように取り上げようとするマスコミの姿勢でしょう。
今日に続く沖縄問題のこじれの発端ともなった基地移転問題にしても同様の事情が少なからずあるようですが、マスコミ報道などを見ている限りでは沖縄県民は米軍基地は全て県外移転すべきだと考えているかにも思えますけれども、実際には地域の経済問題なども絡んで必ずしもそう簡単なものではないようです。

「早期の普天間移設を」 地元団体が防衛相らに要請(2013年3月5日産経ニュース)

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜(ぎ)野(の)湾(わん)市)の名護市辺(へ)野(の)古(こ)への移設推進派の「北部地域振興協議会」は5日、早期の海面埋め立て申請による移設促進を小野寺五典防衛相ら関係閣僚に要請した。政府が今月末、仲井真弘(ひろ)多(かず)知事に申請を行う方向で調整していることを後押しする狙いがある。

 協議会は、名護市を含む同県北部の企業などで構成される。協議会特別顧問の島袋吉和前名護市長は小野寺氏に「今月中に埋め立て申請を出してほしい」と要請した。また、2月21日に名護市内で開かれた市民大会で採択された決議書を手渡した。

 これに対し、小野寺氏は「関係閣僚と相談し、最終的に安倍晋三首相が判断する」と述べた。協議会は5日、岸田文雄外相、自民党の石破茂幹事長らにも同様の要請を行った。

 市民大会には、地元市議ら約千人が集まり、参加者からは「われわれが日米安保を牽(けん)引(いん)しないと日本を北朝鮮や中国の脅威から守れない」「移設が17年もたなざらしなのは、地元マスコミを中心とする反米活動のためだ」といったスピーチが相次いだ。

 辺野古地域の住民は「7~8割が移設に賛成」(地元関係者)とされ、同地域の漁業権を持つ名護漁業協同組合は11日に総会を開き、防衛省から求められた埋め立てへの同意をめぐり議論する。古波蔵広組合長は「99%同意できる」との見通しを語っており、埋め立て申請に向けた環境整備は進みつつある。

普天間移設、名護漁協が埋め立て同意 南北格差「基地と共栄しかない」(2013年3月12日産経新聞)

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古(へのこ)への移設をめぐり、政府は今月末にも仲井真弘多(ひろかず)知事に公有水面の埋め立て申請を行う方向で調整を進めている。ようやく前進の兆しが見えてきた移設問題。移設先の辺野古には、期待を込めて推移を見守る容認派の人々がいた。(千葉倫之)

 移設予定地の漁業権を持つ名護漁業協同組合は11日、名護市内で臨時総会を開催し、埋め立てへの同意を賛成多数で決めた。今後、補償交渉で妥結すれば、知事が埋め立て許可を出す際に必要となる同意書を国に提出する。

 「漁民が後悔しないよう、それなりの補償は求めていく。これからしっかりふんどしを締めてかかる」。容認派の中心人物の一人でもある古波蔵(こはぐら)広組合長は総会後、そう語った。

 辺野古地区は、総会が開かれた市街地から山を隔てた東海岸にある。米軍の海兵隊が駐屯するキャンプ・シュワブのゲートを過ぎ、山中をうねる国道を曲がれば集落入り口だ。かつて米兵向けに営業していたバーやスナックの空き家があちこちにあり、うらぶれた雰囲気が漂う

 「地元の7、8割は移設賛成だ。この通り産業も仕事もない。基地があれば集落も潤う。生活が第一だ」

 住民の男性(69)が教えてくれた。「反対しているのはよその人ばかり。あそこも本土の人が半分で、地元の人はほとんどいない」と、反対派のテント村が陣取る海岸を指した。

 キャンプ・シュワブは辺野古を含む久辺(くべ)三区の住民が自ら誘致。基地とともに街は発展し、辺野古は一大歓楽街として栄えた。今や往時のにぎわいは皆無だが、地区行事での交流など米軍との関係は良好だ。

 「県外移設」の大合唱と地元の声にギャップがある背景には、沖縄の「南北格差」という問題がかいま見える。

 名護など北部は人口比で1割程度で、経済は大きく立ち遅れている。日々、基地と向き合う地域が寂れ、基地負担の「見返り」で栄えるのは中南部-。そんな「不平等感」を漏らす住民は少なくない。

 ある住民の男性(62)はこう訴えた。

 「南の人は基地返還で街が発展するから、簡単に『基地はいらない』という。ここにあるのは山原(やんばる)と水だけで、企業誘致もままならない。基地と共存共栄する。そんな夢しか描けない場所なんです」

もちろん基地に依存した経済体制が健全なものであるのかどうかとか、背後にある沖縄県内での所得格差などもそれぞれ解消していくべき問題ではあるのですが、基地問題となると大きな声を上げて反対運動を続けている人々については、地元当事者の意志を必ずしも反映したものではないという声も近年ようやくネット等を通じて表に出てくるようになりました。
一部で言われているように基地反対だからといって必ずしも反米反日だというわけでもなく、また基地容認といっても必ずしも親日親米というわけでもない、現地の人々の間でもとかく様々な意見が分かれこれが沖縄の総意だと到底言えるような状況ではないのに、マスコミという偏光フィルターを通じて出てくるのはたった一つの特定の見解で凝り固まっているかのように見えてしまうのが問題ということです。
沖縄県民は何かと言えば「本土の人間は沖縄の声を聞いてくれない」と不満を募らせていると聞きますが、それでは誰が彼らの声を伝えようとしなかった、あるいは意図的にねじ曲げ無用の誤解と軋轢を生んできたのかを考えて見れば、何よりも当事者である沖縄県民こそが「それは違う」と声を上げなければならないはずですよね。

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2013年3月15日 (金)

新出生前診断 始まった以上は当事者の意志尊重を

昨年末に指針案が世に問われたばかりの新しい出生前診断について、早いものでさっそく来月から国内でも実施されるということになったようです。

新出生前診断 来月にも 高齢妊娠が対象(2013年3月10日東京新聞)

 日本産科婦人科学会(日産婦)は九日、妊婦の血液で胎児のダウン症など三種類の染色体異常を高い精度で調べる新しい出生前診断「母体血胎児染色体検査」の実施指針を理事会で決定した。日本医学会に設置した認定・登録機関で施設の審査を今月中にも終え、四月に始まる見通しという。

 国立成育医療研究センターなど約二十施設が既に施設内の倫理委員会の承認を得て臨床研究として始める準備を進めている。安易に広がれば命の選別につながる倫理上の問題が指摘される検査技術が生殖医療の現場に登場することになった。

 指針では、検査対象を高齢妊娠としたが、指針案にあった「三十五歳以上」との年齢表現を削除した。学会は「三十五歳が高齢妊娠の目安」とし条件緩和が目的ではないとした。国立成育医療研究センターの臨床研究に参加する施設の規定では三十五歳以上に限っている。

 指針では、簡便さを理由に広く普及すると、ダウン症などの出生の排除や生命の否定につながりかねないと指摘。十分なカウンセリングのできる施設で限定的に行われるにとどめるべきだとして、臨床遺伝専門医の資格を持つ産婦人科医または小児科医の常時勤務などを求めた。妊婦の対象は高齢妊娠のほか、染色体異常の子どもの妊娠歴があることなどとした。

 施設の認定・登録は臨床研究だけを審査対象とする。指針検討委員会の久具宏司(くぐこうじ)委員長は「一般臨床に導入する場合は、指針の内容を見直す必要がある」とした。日産婦は産婦人科以外で検査が実施される可能性があるとして、日本医師会や日本医学会などと共同で指針の尊重を求める声明を出した。

 日産婦は昨年十二月、対象妊婦や実施施設の条件などを定めた指針案を公表して、広く意見を募っていた。新出生前診断はダウン症のほか、呼吸障害などをもたらす18トリソミー、13トリソミーが検査対象。

新出生前診断、実施予定は成育医療研究センターなど16施設(2013年3月13日産経ニュース)

 妊婦の血液で胎児のダウン症などの染色体異常を調べる新しい出生前診断で、国立成育医療研究センター(東京)などの臨床研究グループは13日、検査の実施を予定している16施設を公表した。近く、日本医学会に設置された認定・登録のための委員会に計画を申請する。委員会は3月中に審査を終え、認定された施設は4月から検査を始める見通し。

 施設は同センターのほか、北海道大、岩手医大、宮城県立こども病院、新潟大、東京女子医大、昭和大(東京)、横浜市立大、名古屋市立大、藤田保健衛生大(愛知)、大阪大、兵庫医大、徳島大、愛媛大、国立病院機構九州医療センター(福岡)、長崎大の各病院。

この新しい検査法は「妊婦の血液だけで安全確実に出生前診断ができる」と半年程前に話題になったものですが、ほんの二年ほど前には「胎児エコーも一種の出生前診断なのに、あまりに無自覚に行われている!」とマスコミなどからも取り上げられたばかりだというのに、ど真ん中の直球を投げ急ぐような気もする話ではありますね。
もちろん検査法自体は特に安全性の問題もないということから結局は倫理的な側面からの問題だけなのだとも言えますが、どうもこうやってあちらこちらでダウン症、ダウン症とまるで悪いことのように連呼されるのもどうなのかと、素朴な疑問を感じる方々もいらっしゃるかも知れません。
出生前診断についてはそもそも障害児であれ家族ともども何不自由なく暮らしていける世の中であればそんなものはいらないはずだという考え方もあって、特に ダウン症のような愛らしい患児が忌避される社会自体がおかしい、選別せず生むべきだと言う声も根強いですが、妊娠自体難しい条件にある妊婦さんにとっては 往々にして次はないのだという事情を周囲も承知しておかなければならないでしょうね。
最終的にはこうしたことは各人の価値観によって決まる問題ではあるし、別に強制でも任意でもありませんので利用者各位が自分で判断し、きちんと理性と感情の双方から納得した上で決断したことなら他人が口を出すことでもないでしょうが、命の選別問題などとあまりに追求しすぎることも高齢妊娠という言わば妊娠余命が限られた状態に置かれている妊婦に、さらなる深刻なジレンマをもたらすことにならないかと逆の面でも心配はするところです。

ところで今回の指針で35歳以上という表現が削られている点は注目すべきことですが、指針案について学会に寄せられた200ほどのパブリックコメントのうち「制限や条件をつけるべきでない」といった条件緩和派が80余に対して、「禁止すべきである」も含めた規制強化派が70ほど、そして指針案のままでよいという声が30余だったそうです。
単純に考えて緩和派の方がやや優勢ということで若干の緩和を行ったとも受け取れるのですが当事者から特に詳しい説明はないようで、おそらくは35歳という具体的な年齢を設定する根拠が乏しいといった強硬な反対意見が出された結果、最終的には加齢に伴うリスク増加など詳しい説明を行った上で現場の裁量で行うことにしたのではないかと言う気がします。
また指針案で「医師が妊婦に積極的に知らせる必要はない」「妊婦に対して安易に勧めるべきではない」と明記していたくらいですから実施施設も秘密にするのかとも思っていたのですが、どこでやると個別に施設名が挙げられているのは逆に言えば自ら調べて希望してきた妊婦のみを対象に行うという意志表示なのかも知れませんね。
ともかくも学会側の指針を見る限りでも一般化する意志は全く無い、それでもどうしても知りたいと強い願望を持っている妊婦にのみ十二分に情報を提供し何度も意思確認をした上で行うということですから、そこまで思い詰めている人間の判断に当事者でもない他人が好き勝手に干渉することでもなく、まして「あの奥さんは検査を受けたらしい」と隣近所が後ろ指を指すようなことにならないよう願うのみです。

しかしこういう話になると頭の良い子供を産みたい、スポーツ万能の子が欲しいと産み分け目的で検査を利用するようになるんじゃないかと言う極論も未だにありますが、もちろん現時点でそんな便利な?検査法は世の中に存在しませんし、仮定の話を積み上げるばかりで現在目の前にある問題を放置するというのは本末転倒になってしまいますね。
今回の件を受けて厚労省では旧来の検査法も含めた実態調査に初めて乗り出すということですが、そもそも検査精度が高くなったというだけで異常が見つかった場合の葛藤という基本的な問題は今までと何ら変わるところがないはずですから今さら大騒ぎするというのも何か妙な話で、終末期医療問題などと同様にもっと以前から国民的コンセンサスを醸成しておくべき問題だったかとは思います。
マスコミもこれまた「命の選別だ」などと大きく取り上げていますけれども、本来こうした問題は非常にデリケートで可能な限り世間に知られることなく内に秘めておきたいという当事者がほとんどでしょうに、社会の側からこうもプレッシャーがかけられるとなればそれ自体が当事者の判断を歪めてしまうことになりかねず、むしろ新たな問題を生みかねないんじゃないかと言う気がしますね。
ともかくも反対派の立場からはしばしば「さまざまなハンディを抱える人たちが、ともに暮らしていける社会をめざすべき」といった声が上がるし、それはそれで全くもってその通りだと言うしかないのですが、高いリスクの中でただただ健やかな妊娠を願っているだけの妊婦さんもまた、「さまざまなハンディを抱え」ながら必死に生きている人たちに含まれるのだという認識も必要ではないでしょうか。

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2013年3月14日 (木)

二倍の値段でも売れる秘密

いわゆるガジェットの類は好きなこともあって電気店には割合よく顔を出す方なのですが、趣味の道具はともかく家電などを買うとなると昨今の家電量販店は今ひとつ事後のフォローアップが弱い店が多いように思います。
もちろんネット通販に押され安売り第一でやらなければならない以上人件費等のコストは極限まで切り詰めなければならないのは理解できるのですが、先日そうした王道の真逆を行くことで続いている家電屋があるという興味深い記事が掲載されていました。

さらば安売り! ウチは「量販店の2倍の価格」でテレビが売れる(2013年3月12日日経ビジネス)より抜粋

 「でんかのヤマグチ」は、東京都町田市にある小さな家電販売店です。
 この地で私は48年間、商売を続けてきました。かつてバブル経済の頃に複数の店を出したこともありますが、今は町田市郊外の1店舗だけです。2012年3月期の売上高は12億4000万円で、社員は40人ほど。ごく一般的な零細企業と言っていいでしょう。
 それにもかかわらず、多くの方々に注目をしていただいているのは、業界大手の家電量販店がひしめく激戦区にありながら安売りをせずにしぶとく生き残っているからだと思います。

家電量販店より15万円高くても売れる

 ヤマグチの店頭に並ぶ50インチの液晶テレビの値段は32万8000円。家電量販店に行けば、同じ製品が17万8000円くらいでしょうか。ウチとでは約15万円の開きがあります。
 「2倍近く高い値段で、売れるわけがない」と思われるかもしれません。値段が1円でも安いほうが売れる。それが当たり前の感覚ですよね。それでも、ヤマグチのお客様は買ってくれます
 その秘密は、徹底した顧客サービスにあります。テレビとレコーダーを買ってもらったらお客様の自宅まで届けて配線して設置してあげたり、電球1個の交換でもトンデ行ったりするのは当たり前。これは言ってみれば、家電の販売や修理など本業に含まれる「表のサービス」です。
 ヤマグチにはこれ以外に、言葉はあまり良くないのですが、「裏のサービス」があり、これに力を入れています。なぜなら、一般的な家電販売店にはまずできないことだからです。

 「裏サービス」の一例を挙げましょう。営業担当者がクルマで担当地域を巡回中、顔見知りのお客様を見かけました。声をかけると、「これから病院に行くのよ」という返事。「それなら、すぐそこですから乗っていってください」と担当者が機転を利かせて送ってあげる。これがヤマグチの「裏サービス」です。
 あるヤマグチの営業担当者は、毎週金曜日になると、馴染みのお客様のご自宅に出向きます。そのお客様は高齢の女性で、韓流ドラマが大好きなのです。しかし、最近のデジタル家電は操作が複雑で、なかなか録画方法を覚えられません。そこで、担当者がお客様の代わりに録画してあげているのです。
 「家電販売に直接の関係ないし、そんなことは家族に頼めばいいのでは?」と思うかもしれません。しかし、そのご家庭は、ご主人に先立たれた単身世帯。子どもも独立し、別の場所に住まいを構えています。すると頼れる人が近くにいません
 そこでヤマグチの登場というわけです。

遠くの親戚より、近くのヤマグチ

 「遠くの親戚より、近くのヤマグチ」──。徹底したお客様サービスを続けていくうちに、いつしかお客様からはそう言われるようになりました。
 社員の名刺には、「でんかのヤマグチはトンデ行きます」というモットーが書かれています。お客様に困りごとがあったら、1分でも早く駆けつけとことん手助けをする。その代わりに我々は家電販売店なので、家電を売らせていただく
 これが、ヤマグチの売り方です。
 こうした姿勢を続けてきた結果、「ヤマグチさんの半分くらいで売っている店もあるけど、どうしてもここに頼んじゃうんだよな」と言ってくださるお客様が増えていきました。

 価格ではなく、いわばサービスがヤマグチの生命線なのです。お客様もそこに期待してくれているのですから、しっかり応えなければいけません。
 例えば、電池や電球といった販売価格の小さな商品ほど、早く届けるようにします。もし「何かのついでで構わないから、電池を持ってきてくれない?」という顧客からの電話があったら、営業担当者はピンときて、すぐに持っていかなければいけません。本当はすぐに欲しいのに、単価が低いから遠慮してそう言っている可能性があるからです。
 私は究極的には「顧客がかゆくなる前にかいてあげる」くらいの気配りが必要だと思っています。例えば、電球が切れたときには、他の部屋は大丈夫かどうかをさりげなく調べる、といったことです。
(略)

家電のように全国どこでも同じ商品が買えるものに対して、今時価格が倍も違うのに買いに来るお客があるのかと誰しも疑問に感じるところですが、その秘密は商品を売る以上にそれに付随するサービスを売る、さらにはむしろサービスを主に商品を従にしているという側面もあるという、これは往年の景品付き菓子のようにどちらが主な商売ネタなのかはっきりしないスタイルとも言えますよね。
都市部ですから家電店というくくりでどうしても見てしまいますけれども、例えばこれが田舎であれば地域の老人向けに買い出しや家庭内の作業などちょっとしたことを請け負う仕事というものは幾らでも必要になってくる訳で、それをサービスだけにとどまるのではなくモノを売るという行為とも結びつけたのだと考えれば、別に電気店でなくとも様々な応用が利きそうな商売のやり方に思えます。
もちろん最初からヤマグチさんも高い値で売り出していたのでは口コミで顧客がつく前に経営不振でつぶれていただろうと思いますが、山口社長はこのあたりのポイントを実に端的な言葉で表現していて、やはりこの考え方は小売りというよりもサービス業的なものに近い気がしますね。

 まず、顧客を喜ばせてから値段を上げるのが鉄則だと思います。顧客が満足しなければ、高い値段で買ってはくれません。だから顧客を喜ばせるサービスは何かとあれこれと考えて、次々に実施していったのです。
 顧客を喜ばせる仕組みをつくる。それから値上げをする。これが「高売り」の商売を続けるポイントです。

ひとたびこうしたシステムが構築できてしまえば、安いだけで集まってくる顧客と違って常にサービスを利用してもらえるでしょうから経営的に安定する、そうなればより高度なサービスを提供するためにマンパワーに投資したりといったことも可能になり、好循環が形成されていくのでしょう。
昨今では医療に限らずどこの業界でもどんどん顧客の要求が厳しくなってくる、それが行き過ぎてクレーマーだ、モンスターだと大きな騒ぎにもなっていますが、考えて見ると商売に対する要求も顧客それぞれで違うのは当たり前で、生産年齢の青壮年患者なら安く早くを求めるだろうし、高齢者であればきめ細かいサービスをといったように、それぞれ身体的、社会的状況に応じて個人差はあるはずです。
一般の商売であれば高級店や大衆店といった同業内での棲み分けが自然にできていてある程度こうした要求に応需できているわけですが、こと医療においては疾患や病態というものは各人それぞれによっても違うし地域の医療供給体制も千差万別であるはずなのに、それを全国一律ワンプライスで同じ医療を提供しますと言い切ってしまっている皆保険制度とはそもそも無理があった制度だなと改めて感じますね。
それでも医療に対する要求水準が低かった時代はそれでも何とかごまかしがきいたのかも知れませんが、今や「そこまで求めるか?」というほど顧客の要求が先鋭化している時代になっている中でやりたくても顧客それぞれに差別化、最適化したサービスが提供できないというのは、考えて見ると双方にとって余計なストレスのたまる状況ではないでしょうか。

今回の記事でもう一つ注目すべきことがあると思うのですが、これは全くの想像ですが安売り競争が盛んなこのご時世、わざわざ市価の二倍もの高い料金を払っても丁寧なサービスを受けたいと考える顧客がそうそうモンスター化するだろうか?むしろ商売抜きでタニマチ的に末永くひいきにしてくれる優良顧客が多いのではないか?と言う気がしないでしょうか?
そして売る側にしても十分なコストと時間をかけられ顧客本位の丁寧な仕事をすることが社是として求められる職場と、何でもかんでもコストカットを要求されるばかりの職場とでは働くスタッフもどちらがモチベーションが上がるだろうか?顧客にとってより末永くつきあいたいと感じるのはどちらのスタッフだろうか?ということも考えてしまいますね。
ヤマグチさんでは家電を売ることとその関連作業という本業以外で、いわば直接の収入につながらない「裏のサービス」をどれだけ行ったかということを 「お客様にしたことシート」なるものに日々記入させるようにしてから社員の接客意識が目に見えて向上したと言いますが、落とし物を捜してあげただの配達ものを受け取っただのといった本当にちょっとした身の回りの手伝いが家電売り上げにつながると証明したことは大きな意味があると思いますね。
医療に戻って言えばこうした顧客本位のやり方を認めない皆保険制度はダメだ、などと一足飛びに全否定するものではなくて、もちろんあれはあれで最低限度の医療を全国民に保証するという点では極めてコストパフォーマンスにも優れたよい制度なんですが、混合診療禁止などに見られるように最低限度以上の付加価値を求める顧客の要望を否定してしまったのは時代にあっているのかどうかですね。
昨今では最初から全額自費の自由診療クリニックなども一定の認知を得られてきているようですが、例えばTPPの絡みで医療にも民間保険が参入すればそうしたクリニックへの需要に対応した商品も登場するかも知れず、久しく言われている規制緩和路線との間でどこまで厳しい規制を続けていくべきなのか、制度の存続を担保すべき国にしても迷わしいところでしょう。

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2013年3月13日 (水)

リピーター医師対策に付随して発生した医賠責問題

本日の本題に入る前に、被災地福島からこうした記事が出ていました。

福島の産科医不足、日産婦学会が交代派遣へ-離県医師11人、入局者追いつかず(2013年3月11日CBニュース)

 福島県産科婦人科学会の要請に応え、日本産科婦人科学会は今春から、同県内の病院に医師1人を交代で派遣する。日本産科婦人科学会震災対策・復興委員会委員長の岡井崇氏は「長期間医師を派遣した方が望ましいが、それぞれの大学でも医師は足りていないので無理ということになり、1か月ごととした」と交代派遣の理由を説明した。

 要請の文書によると、震災後から昨年9月までの間に、11人の産婦人科医が他県へ転出。一方で、福島県立医科大の産婦人科学講座への入局者は5人にとどまっている。派遣に当たっては、全国の大学80校に1か月程度の派遣が可能かを打診し、「可能」「条件付きで可能」と13校から回答があった。今後、スケジュールなどを調整するという。

 日本産科婦人科学会は震災直後、海外の産婦人科学会からの義捐金を用いて、被災地の3病院に産婦人科医を派遣。2011年12月には、不足の状況が一段落したとして派遣を終了していた。岡井氏は、「福島を出て行った医師は、戻ってこないという事情もある。患者さんも減っているが、相対的に(医師の数も)大変だと聞いている」と再派遣について説明した。【大島迪子】

思えば大野病院事件では即座に同学会が起訴に対する抗議の声明を発表しましたが、最終的に勝訴したとは言え産科医を悪人に仕立て上げようとした同県側のトンデモ対応ぶりが全国に晒された結果一気に現場の士気が下がった、さらには先年の震災においても双葉病院を「患者を置き去りにして逃げ出した」などといわれ無き批判をするに及んで、同県医療行政の求心力は地に落ちたと言って良いでしょう。
日本で最も人口減少率が高くなっている福島県内では産科医の需要も以前よりは確実に減っているのではないかと思いますけれども、福島県当局としては昨年末に人口減対策に重きを置いた「ふくしま新生プラン」を打ち出しているところですからこの方面で手当をしないわけにはいかないはずで、学会側も乏しい手駒をやりくりして何とかこれに対応しているのは判りますが派遣される側の現場の心境は複雑でしょうね。
さて本日の本題ですが、世間では妙に人口に膾炙してきた感のあるリピーター医師というものに関連して日医が新たな対策を打ち出してきたというニュースが先日出ていましたが、この中に少しばかり気になる話があるようです。

リピーター医師対策で委員会設置案が浮上-日医(2013年3月7日CBニュース)

 厚生労働省の「医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議」は7日の会合で、日本医師会(日医)の医師賠償責任保険制度について意見交換した。参考人として出席した日医の葉梨之紀常任理事は、日医内に委員会を設置し、医療事故を繰り返す「リピーター医師」への対策を検討する案が浮上していることを明らかにした。

 日医の医賠責保険制度は、医療事故などで100万円以上の損害賠償請求を受けた会員が、日医に処理を委任するもの。保険金の支払いのほか、請求された賠償額の妥当性や医師の責任の有無を、各学会の専門家や弁護士が判断する。保険料は日医の会費に含まれているため、日医会員は皆、加入している。葉梨常任理事によると、年間300件ほど委任を受けるほか、100万円未満の請求が年間1000件近くあり、都道府県医師会などが、それぞれの加入する民間保険で支払いを賄ったりしているという。

 宮脇正和構成員(医療過誤原告の会会長)は、「病院が事故をたびたび繰り返し、賠責に入れないケースがあると聞く。医療被害者が裁判で勝訴しても、(医師や医療機関が)保険に入っていないということで(賠償金が)支払われないケースもあり、悲惨だ」と述べ、事故を繰り返す医師への日医の対応をただした。

 葉梨常任理事はリピーター医師への対策について、保険制度から除外したり、保険料を引き上げたりはしないとした上で、「どうしたら繰り返し起こさないかという考え方で対処している。一定の制度はなく、都道府県医師会で本人の指導に当たったり、県内の大学で研修を受けてもらったりしている」と現状を説明。さらに、日医の中でも「繰り返し事故を起こす例は問題。一つの方針としては、(対策を検討する)委員会をつくろうということになっている」と述べた。【佐藤貴彦】

ちょうど一年前に史上初めていわゆるリピーター医師が処分されたという記事が出ていましたが、そもそもリピーター医師とは何なのかという議論も昔から盛んであったところで、ハイリスクな医療を積極的にやってくれる熱心な先生ほど患者にとっては望まない結果も数多く経験する一方で、ひたすらリスクは他人に押しつけ我が身の安泰だけを図る先生は全くおとがめなしとはおかしいじゃないかという素朴な反発もあったわけです。
ただし人間の命を扱う医療と言うものは最終的にはどんな名医であっても患者の死という望ましくない結果は避けられない、そしてそうした運命の中で医療の目的とはただ延命や治癒を求めるという即物的なものに留まらず顧客満足度を高めることにあるという考え方を取るなら、仮に医学的には満足できる結果が得られたとしても顧客が猛り狂って裁判に及ぶという状況は医療としては失敗だったと言えるかも知れませんね。
その意味で客観的指標として医賠責の請求回数すなわち顧客トラブルの数を用いるというのはそれなりに合理的な考え方だと思うのですが、すでに2005年から日医では会員向け医賠責で過去3年で3回以上の有責事故を起こした者に研修を受けさせることにしており、将来的には状況を見ながら制度運用を見直すという方針ではありました。
もちろんこれはこれで何もしないよりはやった方が良いだろうという類の話なのですが、今回特に留意いただきたいのは原告側の話として「病院が事故をたびたび繰り返し、賠責に入れないケース」があると主張しているのに対して、日医側は「保険制度から除外したり、保険料を引き上げたりはしない」と答えているという点です。

日医の医賠責も保険会社が請け負ってることには変わりがないようなのでこうした担保が出来る背景事情がどうなっているのか、医師会全体で引き受けるといったような形でリスク分散を図っているのか詳細は判りませんが、いわばリピーターだと公的に認定する制度を立ち上げているわけですからこうした対策も同時並行で講じていかないと、無保険者が増えるだけでは患者側は何かあった時に大変ですよね。
このリピーター認定システム自体が自動車免許の制度を思い起こさせるところがありますけれども、自動車事故においては自賠責という強制保険の加入義務があるのは周知の通りで、さらにひき逃げや万一の無保険車による事故での被害者救済のために国が自賠責支払いを加害者に代わって立て替えるという政府保障事業という制度まで完備され、必ず最低限の被害者補償が受け取れるようになっています。
リピーター対策というと効果もはっきりしない再教育だとか、行政処分で医療から追い出すべきだといった話ばかりが議論される傾向がありますが、医業とは唯一合法的に他人を傷つけることを認められた商売ですから入るかどうか(入れるかどうか)も判らない任意保険に頼るのではなく、何らかの公的側面を持つ強制保険くらいは用意しておくべきではないかと思いますね。
ただしその強制保険の制度設計に日医などを関わらせると「日医会費には保険料も含まれてます。医師全員を日医に強制加入させればいいんじゃないですか」なんて馬鹿げたことを言い出しかねないですから、産科無過失補償など先行する事例の改善点などをよくよく検討した上で別枠での制度設計を行うべきではないでしょうかね。

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2013年3月12日 (火)

着々と労働環境改善を図る看護協会 そのとき日医は

看護師不足も言われて久しい今日この頃ですが、先日こういう記事が出ていたことをご覧になったでしょうか。

8割が「辞めたい」、疲弊する看護師の労働現場(2013年3月5日エコノミックニュース)

 自治労連の調査によると、看護師の8割が「仕事を辞めたい」と考えているという(仕事を辞めたいと「いつも思う」26%、「ときどき思う」54%) 。その理由は「人手不足で仕事がきつい」37%、「賃金が安い」29.5%、「休みが取れない」29%、「夜勤がつらい」28.3%などとなっている(「看護職員の労働実態調査 中間報告」2011年)。

 看護師の夜勤は1992年、看護師保護法によって1ヵ月に8日以内という努力義務がうたわれた。しかし実態は日本の病院に多い3交代制の場合、4人に1人が9日以上の夜勤を行っている

 3交代制では日中の勤務を終えた後、数時間の休憩しか取らずに次の深夜勤務に入るスタイルも常態化している。たとえば朝8時半から残業を含めて19時半まで働いた後、帰宅して3時間の仮眠をとり、また夜中0時から翌朝9時までの深夜勤務を行うといった具合だ。これでは実質的に24時間以上にわたって十分な休息なく活動していることになり、日本看護協会の資料によると看護師の6割がこのような勤務を行なっている 。引き継ぎはサービス残業とされる場合も多く、慢性的な疲労につながっている。先の調査では看護師の実に75%が、疲れが「翌日に残る」、「休日でも回復しない」と答えた

 このように過酷な労働環境から、毎年5万人近い新人看護師が誕生しているにも関わらず、10万人以上が辞めていく。資格を持っていながら働いていない「潜在看護師」は55万人ともいわれ、再就職支援も進んでいない 。

 看護師の離職原因にもなっている過酷な夜勤は、病院が看護師を増員することによって1人あたりの回数を減らせるだろう。ところが「平成23年 病院経営実態調査」によると、62.3%の病院が赤字経営 。コストカットに腐心する中、人権費だけをそう簡単に増やせるはずはない。それでも医療機関で働く職員の半数は看護師 である。長時間労働に加えて患者の高齢化や重症化、医療の高度化で年々厳しさを増す労働環境が、このままでよいはずはない。

医療専門職の不足は久しく前から言われていますが、医師などがドロップアウトすると言えば多忙な急性期の施設から慢性期病床や特養、あるいは研究職など心身の負荷が少ない職場へ移っていくことを意味しているのに対して、看護師の場合は看護職そのものから手を引くことが多いと言います。
医師からすれば看護師の職場環境と言えば三(二)交代勤務が確立され、きちんと休みも取れるじゃないかと思えるところでしょうが、基本的には自己裁量というよりも医師の指示に従って仕事をこなしていくという職種ですから、職場の状況によっては文字通りいつまで続くか判らない残業地獄に心が折れそうになることもままあるのでしょうか。
現在労働者全体の離職率が14%程度と言いますが、これまた先日出ました看護協会による「2012年 病院における看護職員需給状況調査」の速報では看護師離職率が4年連続で低下し10.9%と一見改善が進んでいるようでいて、「月72時間超」夜勤者の割合が50%以上という多忙な病院の離職率は、12.9%と相変わらず高止まり傾向が改善されていなかったと言います。
交替勤務制と言いながらそれがうまく機能していないということが高い離職率を招いていることが明らかなのですから、看護協会が今月7日に「看護師の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」を発表し夜勤負担の軽減を図ったことは業界団体としてまことにごもっともと言うしかなく、団結力と政治的影響力の強さを背景にして次々と労働環境改善のための対策を打ち出してくるのをうらやましく感じる先生方も多いのではないでしょうか?

ひるがえって交替勤務制などほぼ存在しないどころか、全国ほとんどの施設で日勤-当直-日勤という非常識な労働慣習が相変わらず続いている医師の世界においては、激務の急性期施設を中心に医師の逃散が続く状況は相変わらずですけれども、看護協会のカウンターパートとなるべき日医が何かしらこの方面で積極的な方針を打ち出したという話もほとんど聞くことがありません。
それどころか看護師には看護師保護法などという特別の法律まで用意されるなど着々と環境改善が進んでいますが、医師会内で医師の労働環境改善など主張しようものなら「医師には奉仕の精神が重要で,労働基準法や36協定はなじまないというような意見も何人から出され」反対されると言うのですから、一体彼らは何のための団体なんだと言うしかありませんよね。
医師の場合も逃散の背景として勤務状況が非常に厳しく一人でも減れば診療が成り立たないほど多忙であるという状況は、心の折れた医師一人の退職を契機として当該診療科全員が一斉退職することになった、などというケースが少なからず見られることからも明らかだと思いますが、それなら多忙な医師にさらに仕事が集中しないよう医師会員が基幹病院の当直を全て引き受けますくらいのことは言ってもいいはずです。
基本的に開業医の利権団体である日医としてみれば、奴隷医者が面倒な症例をどんどん引き受けてくれるからこそ会員も枕を高くして眠れるのですから筋が通っていると言えばその通りなのですが、一方で先日も自民党議員による東北地方への医学部新設要望に反対の意志を明確にした以上、彼らも各地から要望の強い医師不足対策に関して何らかの対案を示さないわけにもいかないはずです。
日医としては「医学部新設よりも偏在解消を」と言いたいらしいのですが、その具体的手段として医師会員は率先して医師不足地域に出向いて診療に従事しますなどと言い出すならともかく、国による医師派遣をどうぞよろしくなどと言い出すのですから一体何の業界団体かという話ですよね。

「政治主導で医師偏在の解消を」-日医、医学部新設の問題点指摘(2013年3月7日CBニュース)

 日本医師会(日医)の中川俊男副会長は7日の記者会見で、東北地方の被災地復興のシンボルとして、医学部の新設を求める動きがあることに対し、「医師不足は、医師の絶対数の不足と偏在からなる問題。医師養成数の増加が図られてきた結果、医師の絶対数確保には一定のめどがつきつつある」と述べ、医学部の新設よりも医師偏在の解消を優先すべきとの見解を示した。

 中川副会長は、「医師の地域偏在、診療科偏在の解消が急務。特に東日本大震災の被災地をはじめ、東北地方の医師確保は喫緊の課題」と指摘。医師の地域偏在に取り組んでいる地域医療支援センターの機能を強化させるとともに、国からの医師派遣についても検討が必要とした。

 また、医学部を新設した場合、教育確保のため、医療現場から1大学につき約300人の教員(医師)を引き揚げざるを得ず、地域医療の崩壊を加速させるとの懸念を示し、「これまで医学部定員を増加させてきた被災地の大学医学部を評価して、そこで進められている医師の教育、派遣を通じた地域医療支援等を、国が財政面も含めて全面的に支援すべきである」と述べた。

 さらに、「医学部の新設を進めることで、医療現場から勤務医師の引き抜きが発生し、東北沿岸部の医療が壊滅する」との東北医師会連合会の“現場の声”を紹介した上で、自立して診療が可能な医師を養成するまで10年以上かかるといった問題点を列挙。「医学部を新設しても医師偏在が解消できるわけではない」として、政治主導による医師偏在の解消を求めた。【新井哉】

無論こうした日医による「医者売り渡し」構想をより確実なものとするために、今後政府厚労省と結束して新卒者や専門医資格取得希望者などを中心に国の指定する施設での勤務を義務づける政策を編みだしていくつもりなのだと思いますけれども、供給増はここでストップするなら激務の根本原因となっている需要過多に対策を講じなければならないはずなのに、自分達ではない誰かを犠牲にしてその場をしのげばいいという発想はどうなのでしょう?
もともと勤務医の労働環境は久しく悪化の一途を辿っていた中で医療崩壊という現象がとうとう公のものとなった、そしてあまりに酷い職場からは逃散してもいいんだということに多くの奴隷医師達が気づいた結果が長年医局派遣を当然のものと思い込み、医師を好き放題使い潰してきた地域公立病院を中心とする医師不足といった形で現れてきたわけですね。
田舎にあってもきちんとした病院は労働環境を改善し、仕事のしやすい場を用意することで自前の医師を確保していますけれども、そうした自ら血を流しての改革をする気もない施設ほど「医者が来ない!国が強制的に派遣してくれ!」などと言っているのですから、「まずはお前らが労基法無視の環境を改めろ。話はそれからだ」と言うでもなくむしろ彼らを後押しするとは、医療現場の環境改善に逆行すると言ってもいい馬鹿げた行為でしょう。
多くの勤務医にとって日医という存在は別に自分達の権益の代弁者でも何でもなかったと思いますが、こうした団体がまるで医師の総意を代弁するような顔で国政を歪めているというのは全くもって背後から銃を撃つような行為で、何故彼らには他職種の業界団体が当たり前にやっている程度のこともまともに出来ないのかと思ってしまいますね。

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2013年3月11日 (月)

東日本大震災に関連しての話題

本日の本題に入る前の余談ですが、ネットによって世界中がほぼリアルタイムでつながるようになった現代においては、日本人が今まで自覚もないまま行ってきた振る舞いが世界から注目されるようになっていて、一部ではこうした日本独自の風俗習慣を称して「only in Japan(日本でだけ)」などとも呼ばれているようです。
とりわけ震災によって日本に注がれる目線が増えた結果、国難と言うべき極限状態における日本人の節度と自制心に満ちた振るまいが多くの国々で称讚を受けることになったのは記憶に新しいところですし、テキサス親父などが「日本人の様に振る舞え」と繰り返して語っていたのも大変印象的でしたね。

【参考】字幕【テキサス親父】「日本人のように振る舞え!」が世界の常識になる

【参考】字幕【テキサス親父】日本が世界に教えた事「日本人の様に振る舞え」

個人的な範囲に限っても別に外国旅行に行くわけでもないのに近年外国人の友人、知人が増え、それぞれの国や民族独自の風俗とは面白いものだなと感じることもしばしばですが、こうした場において常々感じるのは何よりもまず自国の歴史や文化をきちんと理解していない人間には正しい異文化交流など無理だということです。
まだ外国が遠かった一昔前には一部進歩的メディアを中心にこれからは日本も国際化が必要だ、日本だけでしか通用しない島国根性は捨てろなんてことを盛んに言われた時代もありましたが、実際に国境線を越えて普通に交流ができる時代になってみると何のことはない、世界中で一番受け入れられたのはオンリーワンの存在としての日本というコンテンツだったということですね。
この二年間で世界中で多くの人々が日本を支援してくれましたし、直接手を届かせることが出来ない方々も日本のために励ましの声を送り続けてくれましたが、そんな世界中の人々に感謝の念を抱きながらこれからも我々自身が日本人らしくあり続けることが、彼らに対する一番の感謝の表れになるんじゃないかという気がします。

さて、本日3月11日は先の東日本大震災の被災地とも関連した話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずは先日風評被害払拭にも大きな意味を持つと思われる一つのデータが発表されたことを皆さんご記憶ではないかと思います。

子どもの甲状腺「福島、他県と同様」 環境省が検査結果(2013年3月8日朝日新聞)

 【大岩ゆり】環境省は8日、福島県外の子ども約4400人を対象にした甲状腺検査で、6割に嚢胞(のうほう)やしこりが見つかったと発表した。東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)の影響をみるため、福島県が実施した検査では県内の4割の子どもに嚢胞やしこりが見つかっている。環境省は、福島と他県はほぼ同じ結果だったとしている。

 福島県は事故当時18歳以下の子ども約36万人を対象に、甲状腺の超音波検査をしている。1月までに約13万3千人が検査を受け、41・2%に2センチ以下の嚢胞や5ミリ以下のしこりが見つかった。専門家はこの大きさの嚢胞などは問題ないとしている。

 しかし、子どもの甲状腺を高性能の超音波機器で網羅的に調べた例がなく、4割という割合が大きいのか、被曝の影響があるのかを判断するのが難しい。このため、環境省は長崎市と甲府市、青森県弘前市の3~18歳の子ども4365人に、同じ性能の超音波機器、同じ判定基準で検査をして比べた。

 この結果、2センチ以下の嚢胞や5ミリ以下のしこりのあった子どもが56・6%、それ以上の大きさの嚢胞などがあった子は1%(福島は0・6%)いた。環境省の桐生康生放射線健康管理担当参事官は「福島の結果は他県とほぼ同様だったと考えている」と話す。

 嚢胞などのある子が福島よりも県外で多い理由について、検査を受けた年齢構成などを詳細に分析して月内に公表するという。

 長瀧重信・長崎大名誉教授は「超音波検査の性能が上がり、嚢胞などが見つかりやすくなった。福島が異常な状態ではないとわかった。ただし今回の調査だけでは、被曝の影響の有無は判断できない。福島で生涯、検査を続けることが必要だ。地域性もあるため、福島県で事故後に生まれた子への検査との比較も必要だ」と話す。

 福島県は事故の影響が出るか調べるため、県内の子どもを対象に生涯、検査を行う計画だ。

そもそもの騒動の発端となったのが福島県で大々的に行われている小児甲状腺健診によって思いがけず多数例の異常が見つかった、それを「今までこんな例は見たことがありません」という匿名医師のコメントを添えて「甲状腺癌の疑い?!」とセンセーショナルに取り上げた週刊誌記事にあったことは当「ぐり研」でも取り上げたところですが、この記事には当時から多くの批判が寄せられていました。
特に有志の検証でもともと行われた検査では異常の発見率には母子共に特に高かったという事実もなく、また精密検査の結果も全員良性のものばかりで何ら問題がないという結論だったにも関わらずこうした記事が出たということで、例によってマスコミお得意の出典不明な匿名コメントを寄せ集めてのねつ造か?!とも噂されたものでした。
各地の専門医なども記事に違和感を覚えつつも比較対象となるデータがはっきりしたものがなかったことからしっかりしたエヴィデンスに基づく反論を行いかねていたところでしたが、最終的にこうして対照群を設定して比較検討した結果別に異常でも何でもなかったという一つの結果が出たことは当事者の不安を拭う上でもよいことだったと思いますね。
もちろんあくまでも現時点での短期的な話であって長期的な影響は判らないじゃないかという意見ももっともなところですが、先日のWHOの発表でも原発の20km圏内で放射線に晒された小児の甲状腺癌罹患率は70%上昇するものの、残る福島県内各地区を含め全国他地域での癌発生リスクは上昇しないとされていて、幸い日本ではチェルノブイリのような大きな健康被害はなさそうだという予測が世界的にも主流を占めています。

これまた日本では全くと言っていいほど大きく取り上げられることはありませんでしたが、昨年末に原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が提出した報告書においても福島の事故で健康に大きな影響はなく、特に自然放射線の範疇に収まる程度の低線量被爆に神経をとがらす必要はないとして、広範囲にばら撒かれている汚染対策を本当のホットスポット対策に集中すべきであるとも言っています。
ご存じのように日本では原子力アレルギーとも言える民意に従ってか、被災地周辺ではやり過ぎではないか?と思われるほどの多額のコストを湯水のように投入した結果、例の偽装除染問題などに顕在化したように原発事故の後始末自体が巨大なビジネスとなっているようですが、世界的にはそんな低線量のものまでお金をかけて除染するくらいなら避難してしばらく放っておけば?という考えが主流であるわけですね。
実際に被災地でも人里離れた山林の除染に巨額のお金を投じるくらいならそのお金で転居費用を賄いたいのに…という素朴な疑問も出ているようですが、放射線による健康リスクが実際にどの程度なのかというイメージをつかみながら作業をしていかないと、たばこを吸うよりもはるかに低い健康リスクのために際限なき除染コストを負担するようなおかしな話にもなりかねません。
健康被害については幾ら客観的データが揃ってきても「それでも不安があるのだ」と心身症的な健康被害を訴えることは可能でしょうが、そろそろ放射能利権ともとられかねない数多のしがらみから離れて冷静な議論を行っていかないことには、せっかく巨額のコストを投じても奇妙に歪んだ復興にしかなってこないんじゃないかということですね。

それでは正しい復興とはどのようなものかということも考えておかなければいけませんが、とにかく過去にもまれな大規模災害によって否応なしに気づかされたことは現代の日本ではこうした災害に対処するシステム自体が存在していないという現実であって、日医などの医療系諸団体が先日「大規模災害への対応にかかる提言及び要望書」を打ち出したのもそうした危機感の表れだと言えそうですよね。
特に被災地東北地方ではもともと医療崩壊が進んでいると見なされていた地域ですから医療インフラ崩壊の影響は倍増していて、管理人も各種医療特区を設けるべきだと主張してきましたし実際に各県で各種の特区が認定されつつあるようなのですが、今ひとつかゆいところに手が届きかねているのか先日もこんな記事が出ていました。

石巻の訪看1人開業「ニーズはある」(2013年3月7日CBニュース)

 民主党やみんなの党、公明党、日本維新の会など、超党派の国会議員らが参加した「被災地における『一人開業』訪問看護ステーション院内報告会」が7日、衆院第二議員会館で開かれた。報告会には、被災地への特例措置を利用して訪問看護の1人開業に取り組む宮城県石巻市の看護師らが参加。「(1人開業には)十分なニーズがある」と主張し、今月末で期限を迎える特例措置の延長などを求めた。

 通常の訪問看護事業所の場合、常勤換算で2.5人以上の看護師らの確保が不可欠だが、特例措置の対象になれば、看護師が1人でも特例居宅介護サービス費が給付される。対象地域は、被災地のうち、岩手、宮城、福島の3県。なお、この措置は3月末で期限を迎えることから、8日の社会保障審議会介護給付費分科会で延長の是非が議論される見通しだ。

 報告会には、今年2月6日から、石巻市で看護師1人のみの訪問看護事業所を運営している佐々木あかね氏が参加した。佐々木氏は、介護保険での訪問しか認められていない特例措置では、65歳以上で要介護認定を受けた人しか対象にできない点が大きな課題と指摘。実際、この2月だけでも、アルコール依存症の患者や糖尿病患者への訪問依頼を断らざるを得なかったことを紹介した上で、「体制が整っているのに制度の壁で、求めている人の元へ訪問できなかった。無念で仕方がない」と語った。

 さらに、事業所を開設してから1か月ほどしか経過していないにもかかわらず、3月には新たな利用者を2人受け入れる予定であることから、「実際に動くと、いろいろな所から依頼が来る。(被災地では、1人開業の)十分なニーズがある」と述べ、特例措置の延長を強く求めた。

■「半年ごとの延長では仕事も安定しない」-キャンナス・菅原代表

 佐々木氏に先立ち、訪問看護師らでつくる「全国訪問ボランティアナースの会キャンナス」の菅原由美代表が、1人開業をめぐる国や地方自治体のこれまでの動きを説明。石巻市のほかにも福島県南相馬市などで1人開業が認可されたことなどを紹介した上で、今月末で期限を迎える特例措置について、「とにかく延長を」と訴えた。また、特例措置が昨年2月以降、ほぼ半年ごとに延長されてきた点について、「(期限付きでは)ケアマネジャーも安心して利用者を紹介できず、仕事も安定しない」と批判した。【ただ正芳】

ちなみにこの一人開業という制度は厚労省の省令として期間と地域を限定して出されていたものですが、当時この省令を出すことに対して「安定的サービス提供に有効なのか疑問(看護協会)」だの「24時間必ずサービスが提供できる担保がない(日医)」だのと関連諸団体の反対意見が続出し、結局対象地域や期間を「非常に限定した上で特例処置を認める」という結論になったことは記憶しておくべきだと思います。
もちろん彼ら「国民のための医療」(苦笑)を標榜する抵抗勢力の見識も問われる話ではありますが、失礼ながらこういう話を聞けば行政の怠惰と言うのでしょうか、せっかく医療特区というものをどんどん作れる状況にあるのですから各地のニーズに応じて好き放題治外法権化させてみればいいだろうにと思わざるを得ませんね。
被災地では相変わらず医師集めが大変だと大きな予算をつけてまで努力しているようですが、例えば保険診療1点10円にいくらかの色をつけて医療機関の経営安定化を図るだとか、それこそ営利企業が病院経営に参画することを認めるといった試みが行われてもいいと思います(無論、例によって某団体からは「皆保険制度の精神を骨抜きにする暴挙!」などと言われるでしょうが)。
管理人自身もいわゆるプロ弱者というものを嫌うことでは人後に落ちないつもりですが、本当に困っていて世間もそれを許すという状況にあるのに特権を正しく活用しないというのは、資産も身よりもない病弱な人が何らの社会保障も受けることなく孤独死するのと同様に愚かしくも悲しいことではないかと思いますね。

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2013年3月10日 (日)

今日のぐり:「にぼし家」

最近ちょっと人気のあの動物ですが、意外に怖い側面があるということをご存知でしょうか。

かわいいからって油断していると...反撃する動物たち(動画)(2013年3月8日らばQ)

かわいい動物とは言えど、やはり生き物ですから攻撃性は持っています。
かわいいとナメていたら、反撃されてしまった映像集をご覧ください

You Came To The Wrong Neighborhood, Human | When Animals Attack

やはりそこは動物、直接的な攻撃はされなくても向かってこられると迫力があるものですね。
かわいい姿をしていても、油断してはいけないようです。

なにかもう目が怖い、目が…と言いたくなるような威圧感なんですが、こんな顔で正面から迫られればそれは迫力もあるでしょうね(しかしネコは…)。
今日は身近にも存在する様々な生き物たちのちょっと驚くようなニュースを紹介してみますが、まずはこちらの忠犬の物語を取り上げてみましょう。

忠犬、飼い主の自殺阻止=発砲の瞬間体当たり-仏南部(2013年3月6日時事ドットコム)

 【アビニョン(フランス)AFP=時事】フランス南部ソルグで、ジャーマンシェパードが自殺を試みた飼い主の女性(63)を救ったとして話題になっている。地元警察が6日までに明らかにした。
 警察によると、女性は自宅の庭で22口径ライフル銃を数回試射した後、自らの心臓を狙い、胸に銃口を押し当てた。女性が引き金を引くやいなや、「飼っていたシェパードが女性に体当たりし、銃弾を逸らせた」という。
 夫が倒れていた女性を発見し、病院に搬送。女性は胸部にけがをしたものの、命に別条はないとみられる。

胸の怪我というのは狗にぶつかられた跡ということなのかも知れませんが、それにしてもシェパードは賢いという噂は本当だったと言うことでしょうかね。
こちらは犬を救おうとした人が思いがけない事故に遭遇したというニュースですが、こういうこともあるものなんですね。

イルカの群れ 溺れた女性とその飼い犬を助ける(2013年3月6日VOR)

  オーストラリア南部の小さな町カリカリングに住むカリン・ギトシャムさんは自らが助かったことは「奇跡に他ならない」と語っている。彼女は海に落ち、もうあきらめかけたところを、イルカたちに助けられた。

   ギトシャムさんは2匹の犬を飼っているが、その一匹と散歩していたところ、犬が海に落ちてしまった。ギトシャムさんは、犬が沖に流されていくのを見て、助けるために水辺に寄っていったが、そこを転げ落ちてしまった。

   「水に落ちて、浮かびあがったとき、泳いでくるものがいたので、サメだ!と思いました。」とギトシャムさんはテレビ番組「7ニュース」で語っている。

   しかし、泳いでくるものがまた現れたところで、それがイルカの群れであることが分かった。蹄鉄の形に並んだイルカたちは力尽きそうになっていた犬を飼い主のもとに持ってきてくれただけでなく、一緒に丸石に上がるのを手伝ってくれたという。

   ギトシャムさんは、これから海辺ではリードを外さないようにすると語っている。

ソースがソースだけに信用出来ないという穿った見方もあるようですが、古来イルカという生き物は人間を助けることがあると言われていて、何かしら彼らなりの内部ルールがそこには存在しているのでしょうね。
こちらは人間が困っている動物を助けたという話題ですけれども、いくらなんでももう少し方法があったのではないかという気がしないでもありません。

氷上のシカを救え!その方法とは? カナダ(2013年3月1日日テレニュース24)

 カナダ東部の湖で、薄い氷が張った湖の上に取り残されたシカを機転を利かせた方法で救出した。

 氷に足を滑らせてしまい、数時間にわたって前に進むことができなくなったシカ。氷が薄く、人が近づけないため、ヘリコプターが近づき、プロペラの回転で起きる風でシカを押して岸の方向へと滑らせていった。その後、岸にたどり着いたシカは少し歩きにくい様子だったが、ロイター通信によると、無事、森に帰っていったという。

しかしリンク元には動画もあってその驚くべき救助の様子を見ることも出来るのですが、正直シカという生き物は氷の上を滑るものだとは思ってもいませんでした。
中国と言えばパンダ、パンダと言えば中国という同国の看板動物ですが、その看板がこれではさすがにどうよ?というニュースを紹介してみましょう。

動物園のパンダが“黄色パンダ”に!来園者は「がっかりした」―江西省南昌市(2013年2月25日レコードチャイナ)

2013年2月24日、大江網によると、江西省南昌市にある南昌動物園のパンダについて、「かなり長い間洗っていないらしく、汚れて乞食のような状態だった」とあるネットユーザーがマイクロブログでつぶやいた。

マイクロブログでは写真付きで「パンダは自分がおしっこをした場所で竹を食べていて、見に来た人たちは一様にこの汚いパンダにがっかりしていた。国宝として相応に扱われるべきだ」と指摘。本来パンダは白と黒が際立った体毛をしているが、この動物園のパンダは黄色く汚れており、あるネットユーザーは「食べ物が不十分で、虐待されているのでは」と書き込んでいる。

こうした見方に対して動物園は「異常なことではない」とし、成長したパンダは攻撃性が強く、飼育員でも簡単には近づけないと指摘。「汚いとの声も理解できる」としつつ、色には個体差があるためすべてのパンダが白黒というわけではないとし、冬は気温が低いため暖かくなってからでなければ洗ってやれないと明かした。食べ物も十分与えていると話している。(翻訳・編集/岡田)

これまたリンク先の画像を見ていただければ黄色と言うべきか何色と言うべきか微妙な様子がお判りいただけるかと思いますが、まさかこの色は昨今この国にも飛来しているというあの砂の色なのでしょうか。
こちらもまたパンダの話題ですけれども、まさかそんなことが!とびっくりした人も多かったというニュースです。

野生パンダが村に侵入 仔ヒツジを盗み食い=四川省(2013年2月28日サーチナ)

 四川省雅安市宝興県林業局によれば、野生のジャイアントパンダが24日、宝興県霊関鎮建聯村に姿を現し、村人が飼っていた仔ヒツジを食べてしまう事件が発生した。中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。

 村人がヒツジの放牧場へでかけたところ、放牧場から10メートルのところにある木の上でジャイアントパンダが仔ヒツジを抱えて食べている様子を目撃した。

 パンダを驚かせないよう村人は静かに現場から離れ、林業局野生保護係に連絡した。「パンダが仔ヒツジを食べた」というニュースは村を駆け巡り、事件現場を訪れる村人が増えるにつれ、パンダは木から降りて山に帰って行ったというが、パンダは逃げる時にも仔ヒツジを手放さなったという。(編集担当:米原裕子)

なにしろパンダももともとがクマですから当然こういうことも起こりえるということなのですが、しかし野生のパンダもそこまで飢えていると考えるべきか、こちらが手を出せないのを良いことに増長していると見るべきか微妙なところですね。
手を出せないと言えばこちらのケースもそうですが、しかしこういうものは実際に遭遇すると対処に困るでしょうね。

「6日間駐車場に車を放置したら…かわいいことになってた」(2013年2月21日らばQ)

海外の多くの地域では、駐車場に車を長い時間放置していると、車上荒らしや部品ごと奪われるなどの危険性が高いようです。
「知人が6日間も駐車場に車を止めておいたまま、帰ってきたらこんな状態だった」という画像が、海外サイトで人気を呼んでいました。

巣が……。

卵が……。

そのまま立ち去るのが難しくなっています。この後いったいどうなってしまうのか、とても気になることろですよね。
海外掲示板のコメントの続きをご紹介します。

●(本人)結局卵がかえるまで、このまま車を止めておくことになったようだ。
●これぞ本当のハッチバック(Hatchはヒナがかえるという意味)だね。
●さらに4~6週間、ヒナが飛ぶまでだな。
●さらに2~3ヶ月経って、ヒナたちが家族を持つまでだな。
●最後にはすごい糞だらけの車になるな。
●その友だちに、「アウディのロゴの上に厚紙か何かを垂直に立ててくれ」と伝えてくれないか。卵からヒナが落ちたときのためにさ……。
●あまりに外敵に無防備な状態だから心が痛む。なんとか巣ごと、どこか安全なところに動かせればいいのだけど。
●ほとんどの鳥は強引に巣の場所を移されると、敵と親切な運転手の区別がつかずに巣を捨ててしまうんだ。この種のハトは巣を敵に襲われることに慣れているので、すぐ次の巣を作り始める。自分が車の持ち主ならまだヒナがかえらないうちに巣を動かすね(ただし、1~2日の間にだ)。家でかえせれば卵を持ち帰ることもできるけど、その場合はヒナにエサを与えるという仕事が増える。そして動物保護センターでは野生のハトにそこまで構ってくれない。残酷なようだけど、鳥たちは頻繁に巣を失うものだし、この危険な状態でかえすよりは、あきらめて別の巣でスタートしてもいいと思う。
●アウディ社が代車を提供してあげるといいと思うのだが。
●↑人気となったら宣伝にもなるしね。
●↑宣伝文句「安全で野生の鳥たちにも認められています!」
●この鳥は、どれだけ必死に卵を産みたかったんだ。
●小鳥ちゃんたちはアウディが好きなんだよ。
●どこかへ行く必要があるときに、こんな状況に出くわしたら、自分ならすごい悩む。
●きっとそんなに強くくっついてないから、ほら、ワイパーできれいになると思うよ。
●ナゲキバトだね。(Wikipedia)
●自分にも時々こういうことがある。去年うちの森にあるプロパンタンクのフタを開けてみたら、小さな2羽の鳥が飛び出してきて、そこには4~5個の卵の入った巣があった。注意深く持ち上げて近くの枝に移したのだけど、親鳥たちは完全に巣を捨ててしまった。こういうことが起こったら、どうすれば動かしてもまた両親が帰ってくるのか、知ってる人いないかな?
●自分はそれが理由で、いったい何羽の鳥をかえしたかわからない。

なかなか悩ましい光景ですが、厳しい野生の中では親鳥が巣をさっさと捨てることは珍しくないようです。
さて、このハトがヒナをかえせることになるのか、気になるところではあります。

しかしハトという生き物はあまりに人間慣れし過ぎて傍若無人なところがありますけれども、この調子で居着かれてしまっては車の持ち主もどうしたものか迷うでしょうね。
最後に取り上げますのも同じく鳥の絡んだ話題なのですが、いささかびっくりする方向性も違っているというびっくりニュースです。

【閲覧注意】鳥のフンに現れたイエス・キリストが話題に(2013年3月4日ロケットニュース24)

これまで火星や犬の肛門など様々なところに現れてきたイエス・キリストの模様。そして今回、これまた変わった場所にイエス・キリストが現れ、大きな注目を集めている。

その一風変わった出現場所とは、ズバリ鳥のフンである! アメリカ・オハイオに住むJim LawryさんがFacebookに投稿したその写真には、車のフロントガラスにへばりつく鳥のフンが写っている。

しかしこのフン、よく見てみると、なんとイエス・キリストの顔になっているのである! これにはJimさんも驚愕しており、その心境を次のように語っている。

「完璧な肖像画ですね。まるでイエス・キリストが私の方をじっと見ているようです」

Jimさんはこれは何かのお告げだと考えているようなのだが、一部の人からは「これはイエス・キリストというより、かつらをかぶった犬だ」などの声も上がっている。

さてみなさんは、この鳥のフンを通して現れたイエス・キリストをどう思うだろうか? 心の準備ができたら、ぜひその写真を見ていただきたい。

詳しくはリンク先の画像を参照いただくとして、ロールシャッハテストなるものもあるくらいで物事に何を見いだすかは人それぞれですが、これをイエスキリストに見立てるとはまさしく信仰のなせるわざと言うべきでしょうか。
それにしても単なる鳥の糞に姿を借りて世にその姿を現す救世主がいたとしたらそれはそれで大変なことだと思いますが、しかしこういうものの存在は下手すると信仰をゆるがせにしないものでしょうかね?

今日のぐり:「にぼし家」

相変わらず繁盛している様子なのがこちら新倉敷駅前に位置する「にぼし家」さんですけれども、屋号通り魚の出汁がしっかり効いたスープは不肖管理人も好みとするところで、今や近隣に限らず県内全体を見ても押しも押されぬ人気店になっているようですね。
今回は風の噂で新メニューが人気を呼んでいるということで久しぶりに訪れてみたのですが、見ていますと学生など若い人達ばかりでなく普通の地元の方々も大勢いらっしゃっているようです。

とりあえずは噂の新メニューである味噌ラーメンをネギ大盛りで頼んで見たのですが、追加分のネギは別に小鉢でサーブされるというのは好みの加減に火を通せるのでいいとして、一口食べてスープがぬるい、というより表面は冷たいと言っていいほどなのが気になります。
追加分の別盛りも含めてそうなのですが、どうもネギをさらしすぎで水分多めなせいか特にトッピングのネギ周辺で顕著に温度低下が起きているようなのですが、これでは追加のネギを投入するのも躊躇しますね。
ネギの扱いも以前はこうではなかったはずだがなあ…と思いながら一応スープを底から混ぜながら食べてみたのですがやはり熱々には程遠い状態で、あるいは味噌ダレ自体が醤油ダレより熱容量が大きいのかも知れません。
その味噌ダレにしても明らかに底部に滞っている感じで表面はスープ主体の薄口、底の方は淀んでねっとり辛すぎるほどになっているのもかき混ぜる気になったもう一つの理由ですが、いっそ味噌の香りを立たせるためにも味噌ダレを入れて一度煮立たせるくらいでもいいかも知れないと思ったほどです。
ちなみに表面付近のタレ控えめのスープを飲んでみて、もう一段階味噌ダレを控えてスープの味で食べさせる味噌ラーメンもありかなと思ったのですが、今度来ることがあれば味噌ダレ控えめで頼んでみましょうかね。

味自体は平均的に見れば味噌ダレの塩梅もいいし、太めの麺との相性も悪くなく味噌ラーメンとしてはかなりレベルが高い一杯だと思いますが、どうもこういうところが気になって今回は十分に楽しむことが出来なかったのは残念でしたね。
接遇面ではこれだけ大勢スタッフがいるにも関わらずマニュアル対応を徹底しているという感じではありませんが、田舎町の幹線道路からも一段奥まった場所にあり通りがかりの人が立ち寄るというタイプの店でもありませんから、これくらいの緩い接遇の方が雰囲気にはあっている気はします。
ほとんど学生バイト主体らしいスタッフはやはり席数の割に多めだなと言う印象がありますが、厨房に多めに配置していますがある程度フロアともフレキシブルに入れ替わっているらしく、この辺りは臨機応変がいいのか役割分担を徹底するのがいいのか店の状況にもよるのでしょうね。

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2013年3月 9日 (土)

子供のネットデビューを前に親に求められること

今や日本でもすっかり市民権を得た感のあるSNSですが、ちょっとした失言などをきっかけにして一気に炎上などの騒動に発展しやすいということから「馬鹿発見器」なるありがたくない別名をつけられていることはご存知の通りですよね。
また炎上問題以外にも例えば有名人の名を騙る偽アカウントなども少なからず出回っていて万単位の人々が本物と信じ込んでフォローしていると言いますが、そんな中には本人の名誉を傷つけかねない良からぬ成りすましも紛れ込んでいると言いますし、また未成年者を騙す詐欺行為や出会い系サイト的に利用しようという犯罪的な事例も後を絶ちません。
一方では今や普及率から考えて若年層にとってはマストアイテムとも言える存在になっているだけに、自分自身はよく状況を理解出来ていない自覚のある親ほど子供に対する教育をどのようにしていけばいいものかと頭が痛いのではないかと思いますが、スマホデビューする子供も多くなる新学期を前に各地で対策が講じられつつあるようです。

小学校でネットの安全利用呼びかけ サイバーボランティアが初授業(2013年3月8日産経ニュース)

 インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷や不正アクセスなどのサイバー犯罪を防止しようと子供たちの指導に当たる県警サイバーボランティアのメンバーが7日、大津市石山寺の市立石山小学校で初めての授業を行った。

 授業のテーマは「ネットの安全利用」。滋賀大生3人が6年生55人を対象に先生役を務めた。携帯電話のネットゲームで遊ぶ少年が数々のトラブルに遭う-という内容のDVDを視聴しながら学生が場面ごとに問題点を尋ねると、児童たちは「ゲーム上でも知らない人と取引しちゃだめ」「利用料が無料かどうか確かめる」などの意見を出した。

 このあと、安全にネットを利用するための「石山小ルール」を作成。「悪口を書き込まない」「名前や電話番号を教えない」などの決まりを盛り込んだ。

 「ネットは親がわからないことも多い。何に注意すべきか児童自身が判断できるようになってほしい」と先生役を務めた4年の安岡郁弥(ふみや)さん(22)。県警サイバー犯罪対策室の西川正樹警部補(34)は「子供たちには、警察官より学生の言葉の方が親しみやすく心に響いているようだった」と話していた。

 県警サイバーボランティアは今年2月5日に発足。教員を目指す滋賀大教育学部生10人とネットに詳しい社会人5人がメンバーで、学校での授業などを中心に子供たちへの啓発活動を行うことにしている。

現役大学生が講師役を務めたというのが非常におもしろいと思いますが、正直普段自分達が使い慣れていない年配の教師などが見よう見まねで教えるよりもよほど実際的だと思いますし、最近ではネットユーザー自身が「触れてはいけないアイコン」などと言うものを教えたりしているようで、やはりその道の先達に具体的に教えを請うのが正解でしょう。
先日は体罰事件が表面化した大阪の高校で、在校生が「もう制服着てるの嫌でしゃあない」「なんで教師をかばうねん」などと呟いたのが学校にばれてしまい無期停学になったという記事が世間を驚かせましたが、「実生活で口に出来ないようなことは書かないように」などという通り一遍の注意以前に、学校の中でこの発言をしていたならばいきなり無期停学にまでなっていたかと言うことを考えて見た方がいいと思いますね。
リアルであれば「こいつ馬鹿言ってるな」の一言で済んでいたはずがネットでは思わぬ炎上に発展することがあるように、実生活とネットとでどのように態度を使い分けるべきかというルールを皆が暗中模索しているところですが、それを取り締まる大人の側もネット上での言動に対してどの程度の厳しさで接するべきか未だ決めかねているのが現状なのだろうなと言うことです。

未成年者は失敗するからこそ保護されていると考えれば、たった一度の失敗が末代まで語り継がれるネットというものは本質的に未成年者と相性が悪いとも言えそうなんですが、どこかの国のように強力なネット規制を敷くような社会を我々が望んでいない以上、安全なネット利用の仕方を教えることは安全な道の歩き方を教えるのと同じくらいに大人にとっての基本的な責務なのだと思います。
そんな大人ですら対処に迷うような難しさがあるものを子供に自由に使わせるなどとんでもない、だからそもそもケータイだのスマホだのといった余計なおもちゃは持たせるべきではないのだ、などと意固地な頑固親父で終わるのではなくて、そこでもう一踏ん張り自分も一緒に勉強してみるくらいのつもりで適切な利用法を探ってみるのも良いんじゃないですかね。
最後に先日子供のネットへの関わらせ方に悩む親の立場から書かれた非常に詳細かつ具体的な記事が出ていましたので冒頭部分を紹介しておきますが、「使わない」と「使えない」のは似て異なるものであることを考えると、まずは子供の目線に降りていくということを親の側でも考えて見る必要があるのかも知れませんね。

子どもの「LINE使いたい!」要求に応えられる親になる /清水理史の「イニシャルB」 (2013年2月25日インターネットウォッチ)

 「ダメ」と言うのは簡単。でも、それで済まないのが、子どもからの「LINE使いたい」要求だ。もはや、彼ら、彼女らの生活に当たり前の存在であり、使っていない方が少数派となる「LINE」について、親として真剣に向き合ってみた。

周囲から押し寄せるLINEプレッシャー

 「パパさぁ、中学行ったらLINEやっていい?」
 「うーん。LINEかぁ……」
 LINEである。さて、困った。正直、これまで避けてきたモノである。
 どんなサービスで何ができるのかは、わかっているつもりである。サービスに関して、「あいたたた」と思えるニュースもいくつか目にしてきた。ネット上で少なからぬ人たちが展開している「使わない理由」も知っている。
 個人的には、LINEに限らず、SNS全般について単に面倒だからと、避けてきた面もあるのだが、まさか身内、それも娘から、その許可と、使い方を聞かれるとは思わなかった。

 周囲の状況をいろいろ探ってみると、どうやらLINEに関しては、同じように周りからのプレッシャーが強くなってきているらしい。
 奥さんから使えと言われた。取引先から利用の有無を聞かれる。僕のように子供からねだられる。
 面白いのは、筆者の周りに限って言えば、ほとんどの人が「サービス開始当初にインストールしてみたものの、今はそれぞれの理由で使うのをやめていたのに……」と口を揃えて言うことだ。自分で使うのをやめたサービスを、自分の意志を越えたところからのプレッシャーによって、再び始めるというのは、今までのネットの世界にはなかった面白い現象かもしれない。

 これが、もし、妻からの要求であれば、「どうぞお好きに、ボクは使わないけど」と一蹴することだろう。大人なら、そのしくみやリスクを自分自身で判断して使うことができる
 でも、子どもが関わるとなれば、知らぬではすまされない。本当に安全か、危険を避けるにはどうすればいいか。そのしくみやリスクを自分自身がしっかりと理解しなければ、OKを出すことはできない。そういった思いでいる親は筆者に限らず多くおられるのではないかと思う。
(略)

自分のスタンスを明らかにする

 子どもにLINEを使わせる前に、まずは、現状の自分のスタンスを分析し、LINEに関して、どのようなスタンスを取っていくべきなのかを考えてみよう。
 LINEに限らず、ネット上のサービス全般について、子どもが新しい世界に踏み込むことに対して、その可否を判断する場合、自分のスキルレベルと寛容度が大きく影響する。これを簡単に図式化したものが以下だ。
 サービス内容やそのしくみ、リスクなどについて知っているかどうかをスキルとして縦軸に取り、新しい世界全般に対して接点を持つことに対して寛容かどうかを横軸に取る。

 こうして整理してみると、サービスについてよく知らなくても利用を許可する「野放し型」(左下)、よくわからないから許可しない「無条件禁止型」(右下)、サービス内容やリスクを理解した上で利用を許可するだけでなく、子どもにメリットやノウハウを与えることができる「活用指南型」(左上)、逆にメリットもデメリットも理解したうえで利用を禁止する「利用規制型」(右上)に分類できる。
 これは、ネットサービスだけでなく、たとえば「バイクに乗りたい」と子どもが言ってきたときなど、あらゆるシーンで活用できるが、まずは自分がどのスタンスなのかを自ら知る必要があるだろう。

 現状、LINEが子どもにとって不可欠のインフラになりつつあることを考えると、利用を規制することは現実的ではないうえ、禁止した結果、親の目の届かないところで勝手に利用することになっては意味がないため、基本的には上半分の許可する方向で考えるのが現実的だ。
 そう考えると、一見、左上の活用指南型が理想的なようにも見えるが、子どもの年齢が低いうちは、あまりサービスへの依存度を高くするわけにもいかないため、基本的には中間となる「条件許可型」が理想となる。つまり、サービスのメリット、デメリットを理解しつつ、リスクになりそうな部分を避けながら利用を許可するわけだ。
 となると、「スキル」が重要になることがよくわかる。親がサービスに対してのスキル、より具体的には利用に関するリスク、に関する知識を持っていなければ、前掲の図の上の象限に至ることはできないわけだ。
(略)

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2013年3月 8日 (金)

薬ネット販売は一気に全面解禁へ?!

先日もお伝えした一般用医薬品ネット販売規制への違憲判決を受けて国も動かざるを得なくなるのだろうなと思っていましたが、繰り返し違憲判決を受けながら相変わらず改善される様子のない国会議員選挙定数問題と違いこちらは驚くほどあっさりと全面解禁の方針が打ち出されたと言います。

薬ネット販売を全面解禁へ…規制改革会議が方針(2013年3月7日読売新聞)

 政府の規制改革会議(議長=岡素之・住友商事相談役)が、一般用医薬品(市販薬)のインターネット販売の全面解禁を打ち出す方針を固めた。

 8日の会合で厚生労働省に対し、全面解禁を前提にした〈1〉販売履歴の管理や購入量の制限〈2〉副作用や薬の効果などを薬剤師にメールや電話で相談できる仕組み――の策定と、薬事法改正を求めることを決める見通しだ。同省はネット販売のあり方に関し、有識者会議で年内に結論を出すとしており、6月の成長戦略に全面解禁を盛り込むとしている規制改革会議との調整が焦点となる。

 ネット販売を巡っては、最高裁が1月に、副作用の強弱で3分類している市販薬のうち、特にリスクが高い「第1類」と比較的高い「第2類」を一律禁止した厚労省の省令を「違法で無効」とする判断を示している。

ただし今回の記事では規制改革会議という改革推進派の主導する場においては「全面解禁」となっていますけれども、一ヶ月前に提示された国側の原案では少しばかり違った話になっていたようですから、記事にもあるとおり最終的に結論を出すという有識者会議と規制改革会議との調整が焦点になりそうですね。
その上で最終的に同じ全面解禁でまとまるのか、それとも反対派にも配慮した内容に修正されていくのかは未だ確定したとも言い切れないところがありますが、いずれにしても第1類、第2類とも一律禁止だったこれまでよりは一歩踏み込んだ規制緩和を行わざるを得ないのは当然でしょう。

2類薬ネット販売解禁 薬事法改正案 育毛剤などは禁止(2013年2月4日産経ニュース)

 政府・与党が検討している一般用医薬品(市販薬)のネット販売に関する薬事法改正案の概要が3日、分かった。副作用の強弱で3分類されている市販薬のうち、リスクが比較的高いとされる「第2類」のネット販売を条件付きで解禁、特にリスクが高い「第1類」のネット販売は禁止を明記する。厚生労働省は、薬のネット販売の適否を議論する検討会にこうした内容を提示。今国会での同法改正を目指す。

 市販薬のネット販売については最高裁が1月、「第1類」「第2類」を一律禁止した省令を無効とする判断を下し、事実上、すべての種類の市販薬が解禁状態にある。政府・与党は薬事法を改正し、規制を明文化する必要があると判断、調整を続けていた。

 法改正でネット販売を禁止する市販薬の「第1類」(約100品目)は使用期間が短く、「安全性上、特に注意を要する」とされる薬。ネット販売に慎重な与党議員らの意向に配慮し解禁を見送る。「第2類」(約8300品目)は「まれに入院相当以上の健康被害が生じる」可能性があり、依存性が強かったり妊婦の使用に注意を要したりする成分も含まれる。法改正では購買者の安全確保のため、ネット販売業者に薬の成分表示や注意喚起を詳細にサイト上で告知させるなどの複数の義務規定を設け、条件付きで解禁する。低リスクの「第3類」は引き続き販売を許可する。

 14日からスタートする検討会では、改めて禁止が明文化される「第1類」と、解禁されるものの義務規定が設けられる「第2類」の扱いをめぐり、ネット販売業者など規制反対派と、対面販売にこだわる日本薬剤師会など規制賛成派の綱引きが激化しそうだ。田村憲久厚労相は、検討会について「一定の方向性に理解をいただき、最終的な報告をしてもらう」と述べ、改正案の取りまとめに意欲を示している。
(略)

それにしても以前から強固に反対論を展開してきた方々の論点が反対のための反対になってきているのでは?とも感じていましたが、むしろ調べて見れば実店舗での対面販売こそ不正販売の温床になっているという実態すら見え隠れしているのは大いに反省し改善すべき点で、考えて見れば目の前に患者が来ているのに「それはきまりで許されていません」で断固拒否できる店ばかりではないのは人間心理として当然ですよね。
身近に見聞する範囲でも薬局で第1類医薬品を買おうとすると「前に買ったことがありますかね?」と訊かれたのみであっさり売ってもらえた、しかもその時薬剤師は外出しており単なる店員しかいなかったという明らかなルール違反のケースもあるようですし、すでに指摘されている通り実店舗での対面販売なら安全安心だと薬剤師会が主張するほど対面販売がきっちりやっているという根拠はないわけです。
他方で利便性という面で言えば昨今増えた深夜営業のドラッグストアなどでは店は開いているのに第一類は売ってくれない時間帯があり、しかもそれが外から見て判らないといったあたりに実店舗側も幾らでも改善すべき点はありそうですし、当然ネット通販解禁イコールなんでも好き放題やっていいというわけではなく、より実効性ある安全対策を図っていくことが大前提となるのは当然ですね。
特に重要に思われるのが販売履歴の管理や購入量の制限の部分ですが、単に特定の通販業者のみならず全業者横断的に、さらに言えば実店舗も含めて総量チェックをかけなければ本当に意味のあるものにはならない理屈で、昨今何かと話題になる生保患者の重複受診・二重投薬問題などと同様に最終的には今議論されているマイナンバー制などとリンクしていくことも必要かも知れません。

ところでネット販売を規制する合理的な根拠としてネット販売だからこそ起こりえる固有の問題があるのか否かが問題になってきますが、例えば副作用問題などについては閉店時間(あるいは薬剤師不在時間)がある実店舗と比べ、24時間相談体制を取れる薬剤師を常駐させることも可能なネットの方がより安全対策を取りやすいという理屈も成立します(実際にそうなっているかどうかは別として)。
ただ今現在も議論が続いているTPP問題と絡んで、例えば海外業者に通販業務に参入させないのは非関税障壁だ!と言われる可能性は十二分にあるかと思いますが、そうでなくてもボーダーレスなネット環境においてたまたま海外業者が日本人にも薬を売ってしまった場合にどこまで国内規制を徹底し違反時の責任を追求出来るのか、また消費者にしてもクレームをきちんと対応してもらえるのかという疑問は残りますよね。
実はこうした問題は想像上に留まることではなく、やせるなどと称した怪しげな外国の薬を通販の個人輸入で買ったらとんでもない健康被害にあった、よく調べて見たら国内では認可されていないような添加物が含まれていたのに国内法の規制がかからず泣き寝入りするしかなかったという話は少なからずあるわけで、結局通販=自己責任という図式は本質的には不変なのかという気がします。
結局のところ問題なのはネット販売かどうかではなく、薬を選択する以前の診断の部分が正しいかどうかの問題だという医師もいますが、その意味ではあくまで自己診断に基づいて自分で薬を選択する市販薬は対面と通販とを問わず、最終的には全て自己責任であるという認識をしっかり持っておかなければならないのは当然ですね。

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2013年3月 7日 (木)

患者に真実を告知することは許されない?

先日は歯科医のインプラント絡みで刑事訴訟での有罪判決が下ったことをお伝えしましたが、今度はこれまたなかなかに議論を呼びそうな民事訴訟が始まりそうだというニュースをお伝えしましょう。

余命告知で精神不安定に 治療できず死亡(2013年3月4日スポーツ報知)

 医師から余命告知をされた母親が精神不安定になり、がん治療を受けられず死亡したとして、遺族が4日までに、徳島大病院を運営する大学に慰謝料など約4500万円の損害賠償を求め、徳島地裁に提訴した。

 訴状によると、2011年3月、徳島県内の70代の女性が余命数か月と診断され、徳島大病院に入院。子どもたちは余命を知らせないよう病院側に申し出たが、医師が本人に「このままだと数か月。完治することはまずない」と伝えた

 女性は深夜徘徊や暴れるなど精神的に不安定になり、病院にいる方が危険だと医師が判断。通院で治療を続けたが、幻覚の症状が出たり、薬を飲まなくなったりして、十分な治療を受けられず、12年4月に死亡したとしている。

 遺族は「告知によって患者に精神的ショックを与えないよう配慮する義務が医師にはあった」と主張している。

 徳島大は「対応を検討中でコメントできない」としている。

損賠訴訟:余命告知に過失、遺族が徳島大病院を相手に提訴 /徳島(2013年3月5日毎日新聞)

 徳島大学病院(徳島市)で胃がんと診断された女性が、医師から「数カ月」との余命を告知されたことにショックを受けて重い意識障害に陥り、満足な治療も受けられずに死亡したのは過失だとして、女性の家族が同病院を相手取り慰謝料など4585万円を求める損害賠償請求訴訟を徳島地裁に起こしていたことが分かった。

 訴状によると、女性は11年3月、同病院で胃がんで余命数カ月と診断されたが、性格が臆病なことから家族は本人への告知を望まず、最初は医師から病名だけ知らされた。その後、担当した別の医師が余命を告げて以降、女性は家族が判別できないほどの意識障害の状態になり、12年4月に胃がんで死亡した。原告側は「余命は告知しないとの診療情報を医師間で共有する義務を怠った」などと主張している。

 同病院は「訴状を検討中のためコメントは差し控える」としている。【山本健太】

徳島大では患者へのインフォームドコンセントということに関して何らかの内部規定があるのかは判りませんが、家族の希望で当初余命までは告げなかったにも関わらず別な医師から告げられてしまったため患者がショックを受けたという、こうして読むだけでも日常診療でしばしば遭遇しそうなケースだなと想像は出来ますよね。
ちなみに何らかの法律に違反していると検察が判断して始まる刑事訴訟と異なり、民事訴訟というものは誰が誰を相手に起こそうが全く自由であるわけですから、理論的には例えば「入院中の担当看護師が不美人なオバサンばかりで精神的苦痛を被った。一億円の賠償金を払え」という裁判も起こすことは可能となります。
もっとも裁判のシステムとして負けた側が裁判費用一式を負担することになるのが一般的ですし、弁護士にしても勝てば賠償金の何%と言う形でインセンティブがついてくるという契約なのが普通ですから、一般的には到底勝ち目がなさそうな訴えとなれば弁護士に相談した段階で「どうせ赤字にしかならないから」と取り下げるように説得されるということになっているようですね。
ただし中には「お金の問題じゃない。真実を知りたいのだ」という理由でとにかく裁判に持ち込もうとする原告も当然いるでしょうし、ご存知のように昨今では弁護士業界も若手のワープア化が進んでいて仕事を選んでいられないという状況だと言いますから着手金目当てに引き受ける、あるいは一歩進んで無理目の裁判でもけしかけるようにして訴訟に持ち込ませるということも起こってくるのでは、とも危惧されています。

インフォームドコンセントを巡る裁判については判例もある程度蓄積しているところですが、原則的に何らかの選択枝が存在する状況では本人の意志を確認し同意を受けなければ説明義務違反に問われる可能性があると言うことになっているようで、この何らかの選択肢と言う意味が医師と患者の間で解釈が分かれるところだと思います。
先日紹介しました乳房温存療法における説明義務違反が認められた裁判でも「医師らからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があった」と驚くべき判断が示された通り、この考え方の行き着くところ「祈祷師に拝んでもらう」といった医学的に到底それは選択枝に入らないだろうというものまで説明しなければならないのかという話になりかねませんよね。
こうしたことから司法の世界に携わる弁護士にも「学会が適切な鑑定人を推薦することで、不当な判決をある程度食い止められますが、説明義務違反は裁判官の独壇場」と嘆かせるほど、この説明義務違反とは「医療者側に明確な過失がない場合でも、裁判所が患者救済を考慮して何らかの損害賠償を認めるために、その口実に使われている」便利な法律用語であると見なされているようです。
こうしたトンデモ判決が相次いだ結果JBM(判例に基づいた医療)という言葉も一般化するほど医療自体も歪められてきていることは憂慮すべきことで、しかも一般に説明義務を果たさなかったことで訴えられるケースが大多数なのですから、大学病院であれば院内ルールでインフォームドコンセントを無視しての治療は出来ないと言う対応にしていた方がかえってよかったのかも知れません。

もちろんインフォームドコンセントの対象として定義されているのは世界的に見ても患者本人であって、患者の希望で家族に対しては説明しないことは認められていてもその逆は許されていることではありませんから、一般論として家族が反対したにも関わらず本人に余命告知を行ったという徳大の行為は何ら批判されるに当たらないし、残る余生をどう過ごすかという重大事を本人選択の機会すら与えないことの方が大問題とも言えるでしょう。
その意味では裁判になっても告知をしたということ自体の責任が問われることは考えにくく、家族との契約義務違反や告知のやり方に配慮が足りなかった式のひどく主観的な意見によって見舞金的賠償金を認められるくらいに留まるのではないかと思いますが、大学病院はそれでいいとしても一般病院ではまた違った対応が行われているという現実があります。
今回の患者を見ても余命の限られている患者がどのように考えようが結局納得するかしないかは生き残る家族の問題であり、訴えるかどうかを決めるのも後に残された家族の判断であることを考えると、インフォームドコンセントの考え方では否定されつつある日本古来の「まず家族に先に話を通してから」というやり方は一般臨床における訴訟対策としては必ずしも間違っているとも言えないでしょう。
その意味でこの裁判は正しい医療と妥当な医療のどちらを取るかという難しい司法判断になるとも言えそうですが、そうした部分にばかり注目するあまりインフォームドコンセントの大原則をゆるがせにするような司法判断が出て来るようではより一層大きな問題ともなりかねませんね。

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2013年3月 6日 (水)

歯科インプラント死亡事故 刑事訴訟で有罪判決下る

故意による犯罪行為は別として、医療行為に伴って発生した事故で刑事事件にまで発展するという例は極めて稀で本邦では過去数例しかないそうですが、先日歯科領域の事故で刑事事件の有罪判決が下されたというニュースが出ていました。

インプラント事故死 有罪(2013年3月5日東京新聞)

 東京都中央区の歯科医院で二〇〇七年、インプラント手術中に女性=当時(70)=の動脈を傷つけ死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた歯科医師飯野久之被告(68)に東京地裁は四日、「危険性の高い手術をしながら医療水準に対応する努力を怠った」として禁錮一年六月、執行猶予三年(求刑禁錮二年)の判決を言い渡した。

 インプラント手術では、術後に痛みや出血などを訴えるトラブルが多発。民事訴訟に発展する事例は多いが、刑事事件は初めてとみられる。被告側は控訴する方針。

 動脈を傷つける予見可能性があったかが主な争点となり、弁護側は「歯科医師の間で当時、損傷の可能性は知識として共有されていなかった」と主張していた。

 吉村典晃裁判長は、専門家の証言や文献の記述などから「口の底部の血管は人により多様な形状があり、底部を傷つけると出血などの事故につながる危険性は以前から指摘されていた」と判断。

 下顎の骨に意図的に穴を開ける被告のやり方について「安全性や有用性に問題があると言われていたのに、血管損傷の危険性はないと軽信した」と過失責任を認めた。

 一方、遺族との間で和解が成立したことや、これまで長年診療を続けてきた事情を考慮し、刑の執行を猶予した。

<インプラント手術死亡>歯科医師に有罪判決 東京地裁(2013年3月4日毎日新聞)

 東京都中央区の歯科医院「飯野歯科八重洲診療所」で07年、インプラント(人工歯根)手術を受けた女性を死亡させたとして業務上過失致死罪に問われた歯科医師の飯野久之(ひさし)被告(68)に対し、東京地裁は4日、禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑・禁錮2年)の判決を言い渡した。吉村典晃裁判長は「安全性や有用性に問題のある治療法を有効だと軽信した」などと指摘。飯野被告は即日控訴した。

 判決によると、飯野被告は07年5月、女性患者(当時70歳)の右下顎(あご)の骨に人工歯根を埋める穴を開けようとしたところ、ドリルで動脈を傷つけて出血させ、血腫によって窒息死させた。

 飯野被告側は「事故を予測できなかった」と無罪を主張したが、判決は穴を開けた部位について「文献や講演会で大出血などの事故につながる危険性が指摘され、インプラント治療を行う歯科医師の間ではかなり知られていた」と指摘。「一般に用いられない術式なのに危険性を十分調査検討せず、穴を深くしようとするあまりドリルの挿入角度や深さを適切に調整しなかった」と過失を認めた。【和田武士】

インプラント手術で死亡、歯科医に有罪判決 東京地裁(2013年3月4日朝日新聞)

(略)
 吉村典晃裁判長は「かなりの症例数を誇る専門家でありながら、医師に期待される水準に対応する努力を怠った」と批判する一方、遺族との間で和解が成立していることなどを考慮した。無罪を訴えていた飯野被告は即日、控訴した。
(略)

不肖管理人は歯科領域にもインプラントにも全く知識がないことを最初に述べておきたいと思いますが、まずは背景事情としてこの飯野被告はインプラント治療に関しては埋め込み本数2万数千本を誇り「日本はおろか、世界でもナンバーワンの臨床実績として、日々記録を更新している」カリスマ歯科医として紹介されたこともある人物で、経験数の少ない歯科医がうっかりミスをしてしまったというものではないということです。
逆に言えば日々それだけの症例数をこなしてきたからこそ術式そのものが正しかったか否かが問われた裁判でもあって、裁判官も「文献や講演会で大出血などの事故につながる危険性が指摘され」ていたと言っているというのは、飯野被告が長年行ってきたやり方そのものが間違っていると断定したと捉えるべきでしょうし、今後国内で同様の術式は行いにくくなるでしょうね。
飯野被告の術式が妥当なものなのかどうかは門外漢からは何とも言い難いものがありますが、このインプラント治療というものはなかなかに難しいものがあって、日本口腔インプラント学会においても「下顎骨舌側への穿孔は死につながる」恐れがあるため、パノラマ撮影のみでなく「100%CT撮影をしてリスク回避」をするべきだと言っているくらいなのですね。
今回の事件でも手術後の対応に問題があったと遺族側に見られていたことが紛争化を招いたと言いますが、その意味ではたかが歯の処置と侮れないハイリスクな手技であるにも関わらず挿管等の経験も設備もないような一介の歯科医でも行えてしまうと言うのは怖いことで、欧米のように外科医とのダブルライセンスを求めるとまでは言わずとも歯科業界として何らかの対応も必要かも知れません。

飯野被告自身はかなり積極的に患者にもインプラントをすすめていたようで一部からは辟易されるようなところもあったようですが、医科の場合におけるハイリスク手術と違って危ないからこれからはやめますということも言い出しにくいのは、インプラントという処置がワープア化進む歯科領域では貴重な高額報酬が期待出来る処置であるからという側面もあるようです。
少なくとも症例数からすればその道の最大権威の一人と言っていいだろう飯野被告ですら刑事責任を問われるような大失敗をして患者を死なせた、となれば多くの患者は「インプラントってそんなに危ないんだ。それじゃやめとこうかな」と考えるのは当然だろうと思いますが、その結果安全第一で真面目にインプラントを行ってきた全国の歯科医が大きな経営的打撃を被ることにもなりかねないですよね。
そもそもインプラントが何故行われるのかと言えば入れ歯に比べて噛み合わせがよいといった利点もさることながら、何より見た目がきれいであるという美容的な側面から患者が希望する場合もあるようですが、世間でこれだけレーシック希望者が増えているにも関わらず眼科医が相変わらず眼鏡をかけているという話もあるように、施術前にはもう一度冷静になって損得や必要性を考えてみるべきなのかも知れません。
それにしても医学的にある程度以上侵襲のある処置は多かれ少なかれそのリスクも指摘されているものばかりですが、今回の判決が現場の術式決定に関わる判断に大きな影響を及ぼすことになるのかと言えば、案外もう多くの臨床医はすでにそうした段階は通り過ぎているような気がするのは自分だけでしょうか。

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2013年3月 5日 (火)

質問は遠慮せず、しかし的確に

先日は薬事日報にこういうコラムが掲載されていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

医療職種間コミュニケーションと「知識」(2013年3月1日薬事日報)

◆ある学術大会の医療職種間のコミュニケーションをテーマにしたシンポジウムで、演壇に立った医師が発した言葉が印象的だった。「コミュニケーションをうまく図れない理由の一つとして、知識の絶対的な不足がある。知識のベースがしっかりあるからこそコミュニケーションが生かされる。知識のない専門職はいらない」

◆コミュニケーションといえばスキルの習得に目が向きがちだ。しかし、その医師は、患者と医療者間のコミュニケーションならともかく、医療職種間のコミュニケーションにおいては「知識とスキルの両立が大事」と強調した

◆そもそも各職種に共通する知識を持っていなければ、相手が何を言っているのか理解できず、コミュニケーションが成り立たない。チーム医療の一員として活躍したくても、その土俵にすら乗れないのだ

◆チーム医療の中で十分な役割を果たすには、相手を凌駕する圧倒的な知識も必要になるだろう。知識の重要性を説いた医師の言葉は、会場を埋めた薬剤師の胸に深く刺さったはずだ。

このところ各施設で患者説明の定型化が進んだりで医師が説明していたことを看護師が、看護師が説明していたことを非専門職スタッフが説明するという機会が多くなってきましたが、その結果今までであれば何ともなかったことが妙に行き違いに発展したり、最悪の場合は本来起こるはずもないトラブルにつながったりするという経験をお持ちではないでしょうか。
物事の背後にある理屈をきちんと知っていれば何でもないことでも、それを知らないばかりにとんちんかんな対応をしてしまうと患者に誤解されたり後でもめたりしがちですが、こうしたトラブルを防ぐためには単なる接遇トレーニングのみならず判断の根拠となる医学的知識が求められるということは当たり前だと思いますね。
導入の検討が進んでいる特定看護師制度なども看護師独自の判断が問われそうなものですが、コメディカルスタッフが今までよりも責任ある仕事をこなすようになってくるほど医師の判断を仰ぐ際にはよりこじれた症例が多くなるだろうとも予想され、そうであるならなおさら正しい言葉を使って正確な情報伝達を行わなければならないのは当然です。
単なる窓口の事務員にしても患者が来院して真っ先に対応する以上最低限の知識は必要で、しばしば聞くように「死にそうな重症なのに受付で順番だからと言われ待たされた」といったケースも減らせるよう、各職場で必要に応じて判りやすく専門的知識の概略を学べる講習などを行っていくことはもちろん、医師で言うところの症例検討会のような情報を正しく伝えるためのトレーニングも必要になってくるのかも知れませんね。

さて、いずれにしても近頃ではどこの職場でも顧客への説明がマニュアル化されてきていることは、世の中がそれだけ複雑極まるものになっている以上仕方のないところだと思いますが、分厚い説明の文書などを突きつけて理解いただけた場合には署名と捺印を、などと言われても正直なかなか読んで理解するのも大変ですよね。
それだけに特に重要な事項をいかに正しく確実に伝えるかということもマニュアル等の書類作成者に求められる基本的なスキルだと思いますが、よくよく見ていますと「これは何かのミス?」と思われるような内容もあるようだというニュースが出ていました。

Amazonで液晶保護シートを買ったら未成年者は飲酒は法律で禁止と警告が!(2013年3月3日ガジェット通信)

先週に『Amazon.co.jp』でデジカメ用の保護フィルムを注文しました。手元に届き明細書を見たら、『20歳未満の未成年者の飲酒は法律で禁止されています。』と書かれていました。「20未満の未成年者」という部分に対しても突っ込みができますが、そもそもデジカメ用の保護フィルムに対して何故飲酒警告が出るのか?という疑問があります。

デジカメ用液晶保護シートを注文した納品書。何故だか未成年者への飲酒禁止の警告が印字されている。 もちろん、お酒などは注文していない。

これを一時的な面白さに取るか?

この明細書だけを見せても、「面白いね」と思うだけの人が多いと思います。また、一時的な間違えだね?と聞き流してしまう人が多いと思います。 しかし、これからの時代ではこの間違えが多くの問題を生むことになると考えます。

中央データは間違っていないという厳格なマニュアル主義

Amazonの場合は決済時の判断を、システムのプログラムで行うので当然のように中央のデータを100%信用します。店舗でもコンビニや大型量販店のアルバイトなどは厳格なマニュアルとPOSレジスターの指示に基づき仕事を行います。昔であれば、中央から末端に指示が流れる段階で明らかに変な問題は自然に訂正されます。 今だとPOSレジが未成年者に売らないと警告を出したらどのような商品であっても未成年者には販売しないだろうと考えます。 もちろん、レジスタッフはおかしさに気が付いているかもしれませんが、下手なことをして職を失うくらいなら、マニュアルに従って仕事を続けるほうが良いと考えているかもしれません。

実際のケース『キリンフリー』

キリンのノンアルコールビールテイスト飲料の『キリンフリー』は日本の法律では誰でも購入して飲むことができます。 しかし、コンビニで購入しようとした場合にはPOSが未成年者への販売を禁止する警告が出ていました。この動きは、コンビニ本部の意向が疑いを差し挟む余地なく全スタッフに伝わっているということなのでしょう。末端のスタッフはおかしいと思いながら未成年者にノンアルコールビールテイスト飲料を売らないという判断をしていると思います。 または、POSがそういう指示を出したのだからそれは正しいと本気で思っているのかもしれません。

映画『未来世紀ブラジル』が現実に?

古い映画ですが1986年に公開された『未来世紀ブラジル』という映画があります。この映画では、中央の機械式のコンピュータに虫が引っかかり、データが狂い冤罪者が逮捕されてしまいます。 そして、その誤認逮捕を目撃した女性とそれを手助けする主人公が不幸に巻き込まれるという悲劇的な話です。もちろん、娯楽作品ですが、この映画では、近いうちに訪れる情報化時代の、「間違えを誰も指摘しない」、「間違えに対して関心を持たない」、「中央の指示だから間違えはない」という考え方を警告していると考えます。

この映画のような世界が急に現実世界に現れるとは感じてはいないですが、現実世界もそれに近くなっているのではと感じます。

今回は誰がどう見ても「これはおかしいだろ?」と言う判りやすいミスですが、実のところ怖いのはより多くの場合は間違いなのか単なる余計な記載なのか判断しかねるようなものが世間に流通していて、場合によってはそれに従って処理を行われることで何かしら不利益を被ったりする危険性もあるということです。
しかし近頃ではコンビニの年齢確認に切れておじさんが暴れるといったニュースがたびたび報道されますけれども、「そんなもの20歳以上なのは見りゃ判るだろう?!」と言われても早老症のようなケースもありますから厳密には外見だけでは判断出来ないでしょうし、本音では微妙な年齢の方々を確認したいのだとしても何歳から免除にすべきなのかでまた一悶着ありそうだしで、マニュアルに従わざるを得ない事情というものもあるわけです。
スタッフの側でも一般に業務マニュアルというのはこれに従って作業していればリスクを最小化出来ると教育されていて、時々マスコミを騒がせるような大事故も発端は当たり前のマニュアルを守らず現場が勝手に作業手順を逸脱したのだと報道されているケースも多いですから、マニュアル通りであることを杓子定規に過ぎるじゃないかと批判するのはかわいそうではありますよね。
ただそうした対応が正しいものとなるためにはマニュアルそのものが正しいということが大前提であるはずですが、人間誰しもミスをするはずなのに大元の部分を手がけた人間だけはミスをしないはずだ、などと言う考えはとんでもない勘違いであるということを、これ以上ないほど端的に示した事例でしょうね。

記事の中で幾つか重要な指摘が行われていますけれども、現場で「これはおかしいのでは…?」と思ったとしても中央からのデータを無条件に正しいものとして優先させてしまうと言うのは、何しろこれだけ多種多様な情報があふれているだけに仕方がないところもありますが、考えて見ると非常に怖い話でもあります。
医療事故なども後日になって新聞ネタなどにされたものを見ると「いくら何でもこれはやってておかしいと思わなかったのか?」とびっくりするような話が少なからずありますが、おそらく現場では日常的に「あれ?これはこれでいいの?」と疑問符がつくような経験をしている、しかし多くの場合は確認してみれば結局自分自身の知識や技能の不足からくる疑問であったという学習体験も多く積み重ねていっているはずです。
新人看護婦が昼夜を問わず「先生この指示はこれで正しいんでしょうか?」なんてとんちんかんなことばかり訊ねてくれば大抵の温厚な医師でも「そんなことは先輩ナースに聞け!」なんて言ってしまいそうですが、そうした経験が「詳しく知っている人の指示だから正しいはずだ」という思い込みを生み、いずれどこかで地雷を踏むことにつながりかねないという危機感は持っておくべきでしょうね。
ではどうしたらいいのかということですが、やはりまず第一には指示の背後にある意図を理解出来るまでにきちんと知識を身につけていく、そしてそれでも判らないときは判る人間にその都度質問して確認を行うしかないかと思いますけれども、質問をするのはいいけれどもちゃんと論理的に判るように質問してくれと感じている先生方も多いのでしょうから、やはりここでも求められるのは基礎知識ということになるのでしょうか。

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2013年3月 4日 (月)

似非科学を国策で推進?! 前のめりに推進する前に

これだけネット上で何でもすぐ検索出来るようになりますと、何が本当で何が嘘かもはっきりしないまま情報が一人歩きしてしまう場合も多いですよね。
特にひと頃大騒ぎになったホメオパシーのように自ら進んでソースロンダリングによる捏造や身内同士による相互権威付けを行っているような確信犯の場合、うっかり斜め読みしているだけでは「海外でも認められている正当なものなんだ」と勘違いしても仕方ないところがあります。
先日こんな記事が出ていましたのもそうしたややこしい世相が問題になってきたが故だろうと思いますが、まずは記事から紹介してみましょう。

ネットに蔓延する疑似科学に騙されない思考法を専門家が指南(2013年2月25日マイナビニュース)

 ネットで繰り返し問題提起される「疑似科学」。なぜ人は欺されるのか、どう対処するればいいのか。2010年科学ジャーナリスト賞を受賞し、「ゼロリスク社会の罠」の著者でもある佐藤健太郎氏に聞いた。(取材・文=フリーライター・神田憲行)

 * * *
--疑似科学とは、どんなものを指すのでしょうか。

佐藤:はっきりした線引きは難しいのですが、もっともらしい用語をちりばめて科学を装いながら、科学的根拠がはっきりしないものを指します。多くは何らかの形でビジネスと結びついています

--たとえばどんなものがありますか。

佐藤:典型は「ホメオパシー」でしょうか。200年前にドイツの医師が提唱した“医療行為”なんですが、レメディという砂糖玉を舐めれば人間の自然治癒力が高まり、病気が治るとされました。これは原理的にも考えられませんし、治療効果もないことは厳密な試験で実証されています。砂糖玉を舐めているだけでは毒にも薬にもならないですが、それだけで病気が治ると思い込んで、他の医療行為を拒否するところが問題になるのです。
 疑似科学に共通するのは、「シンプルでわかりやすい」「博士やタレントなど広告塔になる権威付け有名人がいる」「意外性があって心に残る」といった点です。
 わかりやすさでいえば、たとえば「コラーゲンを食べてお肌がツルツルに」という広告をよく見ますが、科学的な根拠は何もありません。

--えっ、でも牛すじとか食べてツルツルになったとかよく言いますよね。

佐藤:コラーゲンは皮膚の重要成分ですが、胃の中に入ったらばらばらに分解されるので、肌にそのまま行くことはありません。それだったら頭髪の薄い人は髪の毛を食べればいいということになってしまう(笑)。しかし、一度「私には効いた」と思ってしまうと、自分で体験したことは理屈よりずっと強いですからね。

--なぜ疑似科学が蔓延するのでしようか。

佐藤:日本人の「ゼロリスク志向」と結びついていることはありそうです。誰しもリスクを避けたいのは当然ですが、そこに「自然」「副作用のない」といったキーワードで語られると、つい耳を傾けてしまう。ただ残念ながら、どんなにしてもリスクはゼロにはなりません。
 でも疑似科学が繰り返しいろんなものが登場するのは、メディアの責任もやはり大きい。EM菌やマイナスイオンなど、今でもメディアで肯定的に報じられたりします。おかしいなと思った人が指摘しようにも、手間はかかるし負担も大きく、何か自分の利益になるわけでもない。あえて否定するインセンティブがないんです。

--疑似科学に欺されないためにはどうすればいいのでしょうか。

佐藤:科学リテラシーを持てといっても簡単なことではないですが、SNSの活用はいいかもしれません。SNSはいかがわしい情報が拡散するのも速いですが、科学者や専門家がそれを打ち消す動きも速い。ちょっと変だなというものが現れたら、それに関するツイートを探してみるのもいいかもしれません。
 もうひとつ、「その情報が本当だとしたらどうなるか」をよく考えてみること。擬似科学とはちょっと違いますが、今回の原発事故以降、「鼻血が出た、下痢をする」と放射線被害の心配をしている人がかなり出ました。もしそんな症状が出るなら、福島の近くに行くほど鼻血や下痢を起こしている人が増えるはずですが、そうはなっていない。上空を飛ぶために200マイクロシーベルトの被爆をしている国際線のパイロットや乗客は、みんな毎回鼻血を出してなければおかしい。専門知識がなくとも、判別できることはいろいろあるはずです。

【プロフィール】
佐藤健太郎(さとう・けんたろう):1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職を経てサイエンスライターに転身。「医薬品クライシス」(新潮新書)で科学ジャーナリスト賞2010を受賞。著書に「『ゼロリスク社会』の罠」(光文社新書)、「化学物質はなぜ嫌われるか」(技術評論社)など。

似非科学にもその有害性に幾つかの理由がありますが、その一つには単なる砂糖玉に高い金を取るといったように多くの場合には詐欺まがいの商売になっていて、その利用による経済的損失が無視出来ないということもありますよね。
診療の現場で「先生、よく宣伝している○○を試してみようと思うのですが」などと患者から訊かれた経験は多くの臨床医がお持ちだと思いますが、多くの場合は「病院で出す薬なら保険が効くからずっと安いですよ」といった経済的側面からの指導で対応できるように思いますが、そうした損得勘定が出来ている間はまだしも重症化していないという言い方も出来るかも知れません。
その段階を過ぎて本当に似非科学にはまり込むと理屈も道理も無視して信仰と言うしかない境地に到達するようで、教祖様から「世の中に浸透する上で必ず通る道であり、必要なことでもあるのだ」とささやかれバッシング大歓迎とばかりに喜び勇んだりしていますから、こうなると幾ら周囲が理非を以て説得しようとしてもますます深みにはまるばかりです。
要するに似非科学なるものはひと頃から社会問題化しているカルトなどと同根であるということをよく承知しておかなければ、軽視していては大変なことにもなりかねないということなんですが、どうも昨今危ないなと感じているのが近年にわかに国政の場においても議論に登り始めた統合医療あるいは代替医療の問題です。

統合医療の推進を 統合医療に関するPTが提言取りまとめ(2013年2月21日自民党HP)

厚生労働部会の医療委員会の下に設置されている統合医療に関するプロジェクトチームは2月21日、統合医療の推進に向けた提言を取りまとめました。
統合医療は従来の西洋医学と漢方やマッサージ、エネルギー療法など各種療法を組み合わせ、患者一人ひとりに適した治療方法を提供するものです。
提言ではまず、「現代西洋医学と組み合わせることで、病気の治療にとどまらず、生活の質(QOL)を重視した医療が実現できる可能性がある」と推進の意義を強調。その上で短期的な目標として、関係省庁が連携してわが国に適した統合医療の概念を確立し、各種療法や健康法の安全性と有効性に関する情報を集約する「相補代替医療情報センター(仮称)」を設置することなどを盛り込みました。
また、中長期的な目標として、医科大学や医療系の教育機関のカリキュラムに取り入れることや関連産業の育成、統合医療の認定医、医療コーディネーターなど資格制度の整備を掲げました。
提言の取りまとめにあたって、PTでは昨年2月から精力的に有識者からのヒアリングを行ってきました。橋本聖子座長は「党内でも統合医療についての理解が深まってきた。提言を政府に申し入れるとともに、当面は短期目標の実現に向けて議論を進めていきたい」と述べました。

統合医療は玉石混淆、安全性・有効性確立を-厚労省検討会(2013年2月28日CBニュース)

 厚生労働省はこのほど、「統合医療」のあり方に関する検討会(座長=大島伸一・国立長寿医療研究センター総長)の「これまでの議論の整理」を公表した。統合医療の定義を明確にした上で、「多種多様であり、かつ玉石混淆とされており、現時点では十分な知見が得られているとは言えない」と指摘。統合医療を推進するには、まず安全性・有効性などを確立しなければならないとして、科学的知見を集めるよう求めている。

 議論の整理では、統合医療を「近代西洋医学を前提として、これに相補・代替療法や伝統医学などを組み合わせて、さらにQOL(生活の質)を向上させる医療であり、医師主導で行うものであって、場合により多職種が協働して行うもの」と定義した。

 近代西洋医学と組み合わせる療法の範囲については、厚労科学研究で、▽食事療法▽断食療法▽ホメオパシー▽はり・きゅう▽温熱療法▽磁器療法▽接骨▽整体▽音楽療法▽温泉療法▽ヨガ▽アニマルセラピー▽漢方医学▽中国伝統医学―などが挙げられたことを紹介。一方、検討会では、「エビデンスの程度や有害性の如何にかかわらず、あらゆる療法をひとくくりにして議論することに対して疑問が呈されるなど、相当議論があった」ことを明らかにした。

 その上で、統合医療について「現時点では、全体として科学的な知見が十分に得られているとは言えず、患者・国民に十分浸透しているとは言い難い」と指摘。科学的な知見を収集し、必要な情報を広く発信していくことで、患者・国民、医師が療法を適切に選択できるようにすることが重要だと提言している。
 具体的な取り組みとしては、▽国内外の学術論文を収集する体制の整備▽国内の代表的な拠点で行われる臨床研究の支援▽科学的知見を基に情報提供する仕組みづくり―などを挙げている。【高崎慎也】

しかしこれでは統合医療というより代替医療と呼ぶべきだろうとか、玉石混淆と言うならどこかに玉があるのか?と思ってしまうのですが、そう主張するからにはまず玉があることの立証が先決だろうと誰しも考えるところで、日本医師会ですら(失礼)敢えてエヴィデンスが確立しておらずその定義すら明確化されていないものを診療に取り込もうとする動きに強く反対しているのは当然ですよね。
民主党政権発足時に統合医療を推進しようなどという話が出てきて驚いたことは記憶に新しいところですが、実は自民党政権に至っても同じ流れが続いていることは留意すべきことで、その背後には古来存在する「西洋医学(この言葉も定義が必要ですが)はもう限界」という根拠不明の迷信に加えて、医療経済学的な観点から推進を唱える意見もあるということです。
今時「西洋医学は単なる対象療法。我々は病気そのものの原因を治す」などという妄想はまともに相手にされるものでもありませんが、例えば英国などで行われているように病院にかかるでもないほどの風邪などのcommon diseaseを砂糖玉を舐めて我慢出来るなら医療費も節約出来るし、患者殺到で破綻しかかっている医療現場の負担軽減にもなるじゃないかという意見は根強くあるようですね。
こうした声に対してはだからといって高い金をとって砂糖玉を売りつけることの正当化には全くならないし、そうした目的にはOTC薬の販売拡大などで対処するのが筋ではないか?と思いますが、おもしろいことに日医にしても薬剤師会にしても通販などOTC薬の販路拡大には反対し妨害してきた立場ですから、今さら口を拭って言い出しにくいという事情もあるのでしょう。

財政的に見ると保険外診療で多くの患者が満足するなら当然医療費支出が減らせるというものですが、厚労省の議論を見ているとお判りいただけるように国の考えている統合医療推進策とはいざというときの責任逃れのためか「医師主導で行うもの」とされていて、そうなりますと診察料等の受診コストも発生するはずですし、何より今話題の混合診療との絡みが問題になってきます。
日医としてはむしろこちらが気になるというのが本音であるようで、「混合診療を解禁し、市場原理主義に立ち返ろうという狙いがあるのではないかとの疑念を抱かざるを得ない」などと持って回った反対論を展開していますけれども、難しいのは医師と言えどもホメオパシーを始め怪しげな代替医療の類に手を出す人間は一定数いるし、厚労省が彼らを中心に意見を聞くつもりであればあっさり話の流れがまとまりそうだと言うことです。
もちろん一見して怪しげなものであってもマゴットセラピーや瀉血(これは当初と違う形でですが)のように臨床の場で用いられ始めたものは幾らでもあるわけですから、実際に効果があるものであれば臨床応用すればいいでしょうが、そうした真面目な応用を目指す代替医療ほど他の新薬などと同じようにきちんとした科学的手法によって検証を受けた上で承認され用いられるべきでしょう。
その最も大切な立証の段階をすっ飛ばして「我々は数百年の歴史と伝統によってその効果は立証されているのだ」などと言って終わりにするからははん、さては正しい検証に耐えるだけの実も何もない偽物なんだなと痛くもない腹を探られてしまうのであって、国が率先してこれら代替医療の実態を正しく検証していくというスタンスであるなら初めて国策として行う意味が出てくるというものではないでしょうか?

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2013年3月 3日 (日)

今日のぐり:「スシロー 岡山大供店」

何事にもある程度精通してきますとこだわりというものも出来てくるものですが、こちらはなるほどそう来たかというニュースが話題になっています。

ノルウェー公共放送局が12時間の薪特集、薪が燃えてるだけの映像を国民の2割が視聴(2013年2月22日Long Tail World)

120万世帯が暖炉をもつ薪大国ノルウェーで公共放送局NRKが12時間に及ぶ薪特集番組を流したところ、なんと20%の高視聴率を記録し、世界を驚かせている。

12時間のうち8時間は薪が燃えてるだけの映像だった。

番組には薪の積み上げ方について苦情が60件殺到、50%は「皮が上になってる」と言い、残り50%は「皮が下になってる」と言って切ったという。ノルウェーでは皮の上下をめぐって国論を二分する対立が続いている。

アメリカもクリスマスには薪の火を一日中流しているチャンネルがあって最初見た時は「なんだこれわwwww」と思ったものだが(動画上下。『ユールログ』といって1966年からやってる恒例長者長寿番組)、あれってノルウェー発祥なのかな。時折薪を放り投げる手が映るから、目が離せないんだよね。

しかしこちらの記事を見ますと現地では大まじめだったようですが、日本人も諸外国からみればどうでもいいようなことで大騒ぎしていると言われているのでしょうね。
今日は物理的にも精神的にも熱く燃え上がっていたというノルウェー国民に敬意を表して、世界中からこれぞこだわりというニュースを幾つか取り上げてみましょう。

トルコの新名物、「ひげの増毛」(2013年2月17日AFP)

2月7日 AFP】風呂やコーヒー、スイーツなどで世界的に名高いトルコで、新たな名物が誕生しつつある──ひげだ。

 口ひげはトルコや中東地域で男らしさの象徴とされている。その結果、生まれながらに毛の薄い人を中心に、トルコのクリニックでひげの増毛移植を行う人が増えている。

 トルコでは重大な関心事項である、ひげ。「ひげのない男はバルコニーのない家のようなもの」ということわざまで存在する。そしてひげ形には、政治的な意味が伴う。

 イスタンブール(Istanbul)の仏アナトリア学研究所(French Institute of Anatolian Studies)の人類学者、ブノワ・フリシュ(Benoit Fliche)氏は「スターリン(Stalin)のようなふさふさしたひげは左翼、あるいはクルド人の特権とみなされることが多い」と語る。

 また「レジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)首相のようなきちんとしたひげは、宗教的で保守的な意味合いになる」「そして口の両側に牙のようにひげが垂れ下がると、それは極右の印だ」と続けた。

 クリニックなどのひげ増毛移植ができる場所は、イスタンブール市内だけでおよそ250か所ほどあり大激戦区となっている。これらの多くは、旅行代理店と提携して増毛移植をセットにしたツアーを提供している。

 ツアーの価格は2000ユーロ(約25万円)から。同価格帯の欧米ツアーよりも多くのサービスを詰め込んでいる。

 トルコ国内への観光客は増加傾向にあり、2012年の観光客数は推計で3500万人を越えた。その後押しを受けて、トルコのひげ増毛産業も大盛況だ。

「毎週、50~60人の髪の増毛移植患者が来院し、ひげの増毛移植患者は5~6人ほど」とイスタンブール・ヘア・センターの医師は語った。

日本人の頭髪や眉毛に対するこだわりにも似たようなものを感じますが、しかしひげの形一つでその人の主義主張まで判ってしまうというのは外国人にはハードルの高い話ですよね。
何故そうなのかと疑問を抱いてしまうと負けというのはこだわりの世界ではよくある話ですが、こちらも何故?と思わず問いかけてしまいそうになるロシアの不思議な風習です。

これをカオスと言わず何と言う! ロシアSNSで見られるセンスぶっ飛びまくりのプロフ写真27枚(2013年2月17日ロケットニュース24)

みなさんは、TwitterやFacebookなどのSNSでどんなプロフィール写真をお使いだろうか? きっとお気に入りの1枚をお使いのことだろう。もしかしたらちょっとくらい画像を加工しちゃっている人もいるかもしれない。

画像加工で肌を白くしたり、目をちょっと大きくしたり、それくらいならまだ可愛い方だ。だが、凍てつく大地・ロシアのSNSはそんな甘いものではなかった!!自分の顔を動物と合体させたり、神話の神になっちゃったり……われわれの想像の斜め上を行くぶっ飛びぷりなのである。

ロシアのSNSプロフィール写真集を掲載したのは海外ブログ「SAD AND USELESS」だ。そこには29枚のプロフィールが掲載されている。どれも一目見たら忘れることができないほどのインパクト! ある者は鳥と合体、ある者は頭に何本ものバラの花がつきささり、ある者は神話の神のようになっている。いずれの写真も気持ちいいくらいのドヤ顔だ。

・プロフィール写真集に寄せられたコメント
「スゲー!」
「カオスなんだけど(笑)」
「オーマイガー!」
「俺もやるっきゃねぇ!」
「アメイジング!!」
「完敗だ……」
「さすがにジョークだよな?」
「私、結構好きだな。自分ではやらないけど」
「なんか混乱してきたよ」
「私はロシアでやっていけそうにないわ……」

確かに、こんなスーパープロフィール写真を目の前にしたら、どんなベストショットだってかすんでしまう! おそロシア、いや、さすがロシアである。

何がどう凄まじいのかは元記事の画像を参照していただくしかありませんが、しかし何かしら「頭隠して尻隠さず」という言葉を連想してしまうのは自分だけでしょうか?
ピタゴラマシーンというものも見ている分には面白いものなのですが、こちらも何故?と言いたくなるようなこの微妙さがよいのでしょうか?

遅く起きた朝は... ピタゴラスイッチ風自動パンケーキ焼マシーン!(2013年2月13日GIZMODO)

ルーブ・ゴールドバーグ・マシンってやつです。

お寝坊さんの朝ご飯はこれで準備しましょ! 寝てたってマシンが自動でパンケーキ焼いてくれます。いや、こんな楽しいマシンで焼かれたら、おちおち寝ていられませんね。見たいもん。じーっと見入っちゃうもん。

4人のデザインエンジニアが200時間以上かけて制作し、100回近いテストを繰り返してできたマシンがこちらPancake-omatic。

このマシン、ロンドンのデザインミュージアムに今月末から展示されています。いーなー、生で見たいわ。

元記事の動画を見ていただきますとそのすばらしい全自動ぶり?がよく判ると思うのですが、それにしてもこれで朝食を用意するような生活も…どうなんでしょうねえ?
作る神あれば分解する神あり、というわけではありませんが、今度はバラしてしまう側の全自動マシーンも紹介してみましょう。

オレオをクッキーとクリームに分ける「オレオ分離マシン」が無駄にすごい(2013年2月27日ITmedia)

 クッキーとクリームのハーモニーがおいしい「オレオ」。しかし世の中にはオレオのクッキーだけ、クリームだけが好きという人もいます。そんな人のための「オレオ分離マシン」が開発されました。

 第1弾はオレオをクッキーだけにするマシン。物理学者のDavid Neevelさんが作りました。オレオをマシンに載せると、縦向きにしておので真ん中から割り、2枚のクッキーに分けます。さらにクッキーをトレイに運び、工作機械を使ってクリームをこそげ取ります。これでクリームなしのオレオの出来上がり。

 オレオ分離器を製作・使用している様子はオレオの公式YouTubeチャンネルで公開中。どうやら続編としてオレオのクリームだけを食べるための機械も登場するようです。

これまたその馬鹿馬鹿し…もとい、こだわりぶりは動画で確認いただきたいと思いますけれども、あちらではクッキーとクリームのどちらが好きかで大乱闘に発展するほどの重大関心事ではあるそうですね。
普通にやっていれば何も難しくない行為でしょうに、敢えてこだわり抜いた?というのがこちらの動画です。

走り出したら止まれねえ! 片輪走行しながらタイヤ交換する超人たち(2013年2月18日ITmedia)

 車の片側のタイヤを浮かせ、反対のタイヤだけを使って走る片輪走行。高度な運転技術とバランス感覚が必要なカースタントですが、世界にはこの状態でさらにタイヤ交換を行ってしまう猛者がいます。

 広い道路を片輪走行で走る1台の車。後部座席のドアが開き、1人が浮いている側のリアタイヤに手をかけます。両手で素早くナットを外し、なんと走行しながらタイヤ交換を完了させてしまいました。

 不安定な車上で重いタイヤを取り外す度胸はもちろん、その間見事に片輪走行を維持し続けた運転技術もお見事。バランス感覚の繊細さとタイヤを持ち上げる豪快さを併せ持つ、驚異のカースタント動画でした。

動画を拝見しますと腕力も度胸もいるだろうという大変な作業なのですが、しかしかえって車が傷みそうだなどと考えてしまうのは御法度なんでしょうかね…
最後に拝見するのは例によってブリからのブリらしいというニュースですが、当事者にとってはまさに「我が生涯に悔い無し!」といった心境なんでしょうか?

英国人青年 救急車への「セクハラ行為」で罰金(2013年2月17日VOR)

英国イングランド南西部デヴォン州バーンステープルの治安裁判所は、現地の25歳の青年が救急車に対し行った前代未聞の行為に関する審理を行った。

   カルム・ウォード被告が事件を引き起こしたのは、昨年11月で、秋の夕方、彼はかなりの量のアルコール類を飲みアンフェタミンを服用した挙句、マリファナも吸って「ひどくハイな気分」となっていた。

 新聞「The Telegraph」の報道によれば、まず彼は公衆電話のブースに1人閉じこもり、そこでピーナッツ袋の中に火を起こそうとした。その後、彼は車にしつこく付きまとい始め、警官らの話では、彼は救急車を止め、そのボンネットに抱きついて「性行為のような真似」を始めた。

 審理の結果、救急車に対する被告人の行為に犯罪性は見当たらないが、公共の場で泥酔状態にあった事、また麻薬を使用しそれを不法に保管していたとして、ウォード被告には有罪判決が下され、6か月間の社会奉仕活動と罰金60ポンド(約100ドル)が言い渡された。

 なおウォード被告自身は、なぜああした行為をするのに至ったのかついて、裁判で納得できる説明ができなかった。

まあフェチだの性癖だのというものはもっともその人らしいこだわりが分かれるところだとは言いますけれども、何もこのようなねえ…
世界の大多数の地域では納得の判決というところなのでしょうが、ブリ的にはこれまたカーテンの交換中だったとでも言えば許してもらえたのかも知れませんね。

今日のぐり:「スシロー 岡山大供店」

すっかり庶民の味として定着したのが100円系の回転寿司ですが、とにかく安く腹一杯食べられるということに加えて高価格帯の回転寿司と比べても寿司以外のメニューの幅が広く、お客の好みを選ばないというのが大勢で出かけるのには都合がいいのでしょうね。
こちらのお店も複数テーブルにまたがる団体客も含めて大繁盛しているようですが、本日も同行者が頼んだものなども含めて適当につまんでみました。

とりあえずまだ寒い季節ということで頼んで見た赤出汁は意外に実だくさんで熱々のものが楽しめよかったのですが、逆に茶碗蒸しはちょっと寂しいかなという内容で、このあたり店としてのこだわりなのかコスト要因なのか何ともアンバランスな気がしますね。
握りではアジはトッピングの薬味が辛すぎてネタの味がわからないのですが、定番ネタのサーモンなどはトマトのトッピングはなかなか面白い工夫ですよね。
さすがに季節が外れてきたせいかサンマの香味握りはトッピングの薬味に加えて炙ってあるのですが、それでも少しばかり生臭い感じが残ってしまうのは仕方ないのでしょう。
巻物の中ではサーモンロールはサーモンが弱いせいかあまり印象に残らない味なんですが、海老フライロールはサクサク感と味のバランスもまずまずでいいんじゃないかと思います。
ちなみにこちらのシーザーサラダは結構好きなメニューで毎回のように頼むのですが、玉子の味だけはさすがにちょっと甘すぎる気がして握りとしてはあわない気がしますね。

トイレが妙に広くて多人数対応可能なのはこれだけお客も入っているのですから当然ですが、出入り口にも洗面設備を用意しているのは地味ながら妥当な準備というもので、同業他店も見習っていただきたいですね。
ちなみにこちらは席の色に応じたトレイにのってオーダー品が回ってくるシステムなんですが、慣れていないとわりあいに間違って取ってしまう人が多そうで利便性だけから言うと席ごとに配送してくれるシステムも捨てがたいなと感じました。
しかしこうした100円系回転寿司は寿司としてはどうこうと言うようなものでもありませんが、安い値段で好きなものを選んで食べられる上にお腹もしっかりふくれるという点で、誰が来ても比較的不満の出にくいうまいシステムなんじゃないかと思いますね。

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2013年3月 2日 (土)

テロ団体シーシェパード、米高裁により海賊と認定される

先日は目下逃走中のシーシェパード(SS)代表ワトソン容疑者について、米高裁の仮処分をことごとく無視して南極海で堂々とテロ行為に及んでいることが報道されていました。
同容疑者に関して前回は「給油活動を行い自由も効かないタンカーと捕鯨船の二隻が、それを上回る三隻のSS妨害船を追い回すということが物理的に可能なのか」と素朴な疑問を呈したところでしたが、ニュージーランドヘラルド紙によればまさにその通りのことを主張したらしく思わず笑ってしまいました。

Sea Shepherd ships clash with whalers(2013年2月26日ニュージーランドヘラルド)より抜粋

Sea Shepherd founder Paul Watson said it was "ludicrous" for the Japanese to say Sea Shepherd were the aggressors.
スティーブ・アーウィン号の船長、ポール・ワトソンは日本の主張に対し「馬鹿げている」と一蹴しています。
"The Nisshin Marym is 8000 tonnes and our vessels are 500 tonnes. We would cause absolutely no damage to them if we were to do that.
「そもそも日新丸(捕鯨船)は8000トンに対し、我々の船は500トンしかない。 ぶつかったとしたら損傷を受けるのはどちらか…考えるまでもなく明白だ。」
"What we were doing was holding our positions to prevent them from refuelling illegally and it was the Nisshin Marym that tried to move us out of those positions by hitting us."
「我々は抗議活動のために停船しており、移動していたのは日新丸の方なのです。」

ま、「地元紙」がSS側の根も葉もない主張を大々的に報道するのはいつものことなのですが、ニュージーランドヘラルド紙と言えば以前に例のベスーン船長による日本船侵入事件を取り上げた際に何故か当「ぐり研」の記事を引用なさったようで、あのときはこんなマイナーブログにも遠路はるばる訪問者の方々がいらっしゃったことを記憶しております。
今回も万一せっかく遠い日本までお越しいただくにしても手ぶらでお返ししては失礼極まるというものですから、ワトソン容疑者の主張するところの「停船したままのSSの船に巨大な日本の船が激突してきた瞬間」の動画を紹介させていただきましょう。

【参考】【動画】シーシェパードが調査捕鯨母船日新丸に体当たり Sea Shepherd Terrorism

もしかしたら日本船が器用にもバックしているように見えたり、停止したままのはずのSS船に派手な航跡のような何かが見えるかも知れませんが(苦笑)、500ヤード以内に近づくことすら禁止されている小型船が給油作業中で他船と並走している大型船に追い回されぶつけられるという、世にも不思議な珍現象が南極海ではたびたび観測されているらしいという事実を以てしても大自然の神秘を感じずにはいられませんね。
SS側の素晴らしい珍説奇説の数々はいずれワトソン容疑者逮捕の際に改めて拝聴するとして、健全な世間の常識からすると裁判所から禁止令が出ている中それをまるで無視するかのようにこうした振る舞いに及ぶばかりか、わざわざ全世界に向けて「俺は裁判所命令を無視してやったぜ!」と吹聴して回るワトソン容疑者の心理は図りかねるものがあるのは当然でしょう。
米高裁から仮処分命令が出された際に産経の佐々木記者が「SS崩壊のシナリオ」を提示していましたが、まさしく「仮処分命令に反して、ワトソン集団は捕鯨船への過激な妨害を強行」し続けるSSに対してさすがに堪忍袋の緒が切れたということでしょうか、今回ついにSSに対する海賊認定が下ったというのはむしろ遅すぎたほどだと思いますね。

「シー・シェパードの妨害は海賊行為」米高裁が認定(2013年2月27日産経ニュース)

 米サンフランシスコの連邦高裁は25日、反捕鯨団体「シー・シェパード」による日本の調査捕鯨の妨害を、国際法が禁じる「海賊行為」と認定する決定を下した。日本鯨類研究所(東京)が妨害の差し止めなどを求めた訴訟の過程で判断した。

 高裁はさらに同団体に対し、この訴訟でシアトルの連邦地裁が詳しく審理して判決を出すまで、妨害行為をやめるよう命じる仮処分決定を出した。また、日本側による妨害差し止めの仮処分申請を退けた同地裁の判事を、訴訟から外すことも決定した。

 日本側の主張を大筋で認め、同団体にとっては極めて厳しい判断

 高裁は、抗議船を捕鯨船に衝突させたり、捕鯨船のスクリューを壊したりする行為は明確に「暴力」だと認定。同団体によるこうした捕鯨妨害は、自らの目的のために暴力を行使する「海賊行為」だと指摘した。(共同)

シー・シェパードは「海賊」、米控訴裁が認定(2013年2月27日AFP)

【2月27日 AFP】米第9巡回控訴裁判所は25日、反捕鯨団体シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society)を「海賊」として認定し、日本の調査捕鯨従事者によるシー・シェパードの提訴への道を開く決定を下した。

 第9巡回控訴裁判所のアレックス・コジンスキー(Alex Kozinski)裁判長は、海賊になるために「義足や眼帯は不要」と述べ、日本の捕鯨従事者に不利な決定を下した下級審の判断を覆した。また同裁判長は捕鯨従事者を「調査員」と呼んだ。

「船で体当たりし、酸の入ったガラス瓶を投げつけ、金属で強化したロープを海に投げてスクリューや方向舵の損壊を試み、フック付きの発煙弾や閃光弾を撃ち、強力なレーザー光線をほかの船に向ける者がいれば、それは疑いようのない海賊だ」(コジンスキー裁判長)

 シー・シェパードは長年にわたり、南極海で行われる調査捕鯨を妨害してきた。日本鯨類研究所(Institute of Cetacean Research)などは、公海でのシー・シェパードの活動禁止を求める訴訟を米国で起こしていた。

 第9巡回控訴裁判所は今回の判決で、日本鯨類研究所によるシー・シェパードの提訴を認め、裁判を一審とは別の地方裁判所判事に差し戻すべきとの判断を下した。

単にSSに対して海賊認定をしただけに留まらず日本の調査捕鯨を国際法上認められた正当な権利と断言し、SS寄りの司法判断を示してきた地裁判事を更迭しているという点にも米国司法がいよいよ本腰を挙げて対決姿勢に転じたことを感じさせますけれども、そうした姿勢の変化をもたらしたのはドイツからの逃亡劇や先の禁止令無視と言ったワトソン容疑者が示してきた数々のルール無視の姿勢であったはずです。
しかしアレックス裁判長の“You don’t need a peg leg or an eye patch(あなたには義足や目のパッチは必要ありません)”というフレーズが受けたのか、 日頃はどちらかというと反捕鯨的なスタンスを取ることが多い欧米マスコミにもこの決定はかなり広範囲にわたって取り上げられているようで、これでワトソン容疑者は逃亡犯罪者に加えめでたく海賊船長の称号も手にしたことになりますね。
これに対してシーシェパード側は例によって「海賊と呼ぶにふさわしいのは日本の方」だの「米国政府や様々な国家機関がシーシェパードを妨害しようとしている」だのとまさに「意味不明のことを呟いており」状態ですが、彼ら自身も「米連邦裁判所は環境問題について憂慮している判事の一人を外すという暴挙に出ました」と言っているように、単なる一つの司法判断に留まらない影響を今後及ぼしてくると考えているのでしょう。
SS側では今回の司法判断も華麗にスルーする予定であるらしいということですが、ここでは産経の佐々木記者による判決文の解説と共に例によって「その後の進展」を期待する気満々というテキサス親父による動画とともにこの世界における海賊というものの定義、そして彼らが世界からどのように遇されるかを示す動画を紹介しておきましょう。

【参考】【SSは海賊】米高裁判決文を読み解く 「エキセントリック」ポール・ワトソン「海賊は見当違いだ」(2013年2月28日佐々木記者ブログ)

【参考】【動画】字幕【テキサス親父】米国の裁判所がシー・シェパードを「海賊」に認定

【参考】国際法上の海賊の定義 ― 「人類共通の敵」? | 東京大学 海洋アライアンス 知の羅針盤

【参考】【動画】 Combat Pirates Somaliens vs Russes

実際問題として海賊と認定されたことで何がどう変わるのかですが、ご存知のように船というものは一つの領土として扱われるものであって所属している国(旗国)の法によって裁かれるという「旗国主義」という原則がある、ところが海賊と認定されるとこの原則が外れどこの国の所属でもない、すなわち公海上ではどの国が取り締まってもいいという扱いになるわけですね。
ちなみに南極海がどこの国にも属さない公海であることは疑問の余地がないところだと思いますが、かねてオーストラリアやニュージーランドがSS問題に関連して日本側に南極海での活動を中止するよう主張しているのも元を正せば南極海への領土的野心が背景にあって、南極条約の手前表立ってそうとは主張出来ないが故に管轄権を主張することで実質的に両国支配下であると認めさせたいのだとも言われています。
こうした両国の潜在的願望をくみ取ってということでしょうか、SS側も何かと言えば両国艦艇に南極海への出動と事態への関与を促す声明を繰り返してきたことは周知の通りですが、さすがにこれは国際法上少なからぬ厄介事に結びつくことから両国とも慎重な対応を続けていることも報道されている通りですよね。
今回の高裁判断について産経の佐々木記者が世界各国での反応を取り上げていますが(同サイトの一連の記事は是非一読ください)、SSの過激さを増す活動について反対意見を表明する人がオーストラリア国内でもきちんと存在するということもさることながら、やはりこうした領有権問題に結びつけての議論も少なからずあるようですから、日本としては単にSS関連のみならぬ両国の微妙な心理にも配慮が必要かと思えますね。
いずれにしても米国船籍でもないSSの船に対して南極海の管轄権を持っていない米国司法が口を出すなというのがSS側の主張であった訳でしたが、ひとたび海賊と認定されたからには日本も堂々と自前の公権力によって取り締まれるはずだ…と考えてしまいそうなのですが、国内的に面倒なのは平成23年に出された「SSは海賊ではない」という政府見解の存在にあります。

衆議院議員馳浩君提出 シー・シェパードによる日本の調査捕鯨船への妨害行為に関する再質問 に対する答弁書 (2011年5月13日内閣答弁書)より抜粋

 シー・シェパードによる南極海鯨類捕獲調査へのこれまでの妨害行為は、海賊行為の処罰及び海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(平成21年法律第55号)第2条に規定する海賊行為に該当するとは考えていない

第3回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要(2011年6月1日農林水産省)より抜粋

○筒井農林水産副大臣(略)海賊対処法については、今回のああいう妨害行為は海賊行為に入らないという決定を政府がしておりますが、それらの問題をどういうふうに考えていくか、あるいは、法改正が必要なのか、そういった検討も必要ではないかというふうにも思っております。ああいう行為が海賊行為の中に入るとすれば、海上保安庁が船を出すのに法的な根拠が非常に明確になるのではないかとも思っております。
(略)
○早川内閣官房参事官 (略)シーシェパードがこれまでとってきた行為については、海賊対処法という国内法が適用できないということは、先週も水産庁から説明があったとおり、閣議決定で明確に政府として答弁しておりますけれども、国際法の観点からもこれまでシーシェパードが行ってきた行為を海賊であるというふうに断定することは難しいと認識しております。実際に諸外国を見ましても、シーシェパードの行為を問題であると言っている国は多いけれども、それを海賊であると、すなわち旗国以外のあらゆる国が、普遍主義と申しますけれども、取り締まることを正当化できるというふうにはっきりと言っている国は残念ながらありません
 そういったことを踏まえまして、日本政府としては国連海洋法条約上の海賊として断定することは難しいということです。すなわち、日本政府が巡視船を派遣した場合何が起きるかということですけれども、旗国主義の原則の下にありますので、仮に巡視船を派遣した場合には、シーシェパードに近づいて一定の牽制をすることは物理的に可能です。ただし、直接向こうの船に乗り込んで制圧、拘束、逮捕するということは認められておりません。したがいまして、一定の牽制をすることはできますけれども、シーシェパードの妨害行為を継続して阻止するということは非常に難しいと考えております。

要するに当時諸外国でもSSを海賊だとは認定していなかった、だから日本も単独で連中を海賊と見なし海賊対処法の対象として扱うことは難しいというのが当時の政府見解であったわけですが、捕鯨問題に関してはどちらかと言えば反対派と見なされている(一方で捕鯨国でもありますが)アメリカの司法が今回海賊認定を行ったことで、当事国日本としても当然判断の見直しを迫られることになるはずです。
ちなみに海賊対処法においては原則海保が対応し、必要に応じて自衛隊が出動することも出来るということになっていますが、前述のように現地の近隣二カ国の微妙な思惑などを考えると軍事組織の出動となればまた面倒な事態を招きかねませんから、国内法においても海賊と認定した上で巡視船を出動させるというのが妥当な判断になるかと思います。
遠くアメリカで司法判断が下ったというのに当事者である日本がぐずぐずしていたのでは何の事やらというもので、遅くとも来シーズンまでには閣議決定見直しなどの下準備を全て整えておく必要があると思われますが、こうなりますとちょうど海保の誇る世界最大の巡視船「しきしま」の準同型船である「あきつしま」が今秋にも配備予定というのも何ともタイミングのいい話に聞こえてきますね。

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2013年3月 1日 (金)

TPP交渉進展で皆保険制度見直し? 絶対死守は単なる思考停止

安倍首相の訪米で一気に話が進むかにも見えたTPP交渉ですが、細部を見ていきますとまだまだ一筋縄ではいかないようで、とりわけ農業分野と並んで反対論の根強いのが医療分野であることは周知の通りですよね。
特に日本側が気にしているのが国民皆保険制度の行方がどうなるかということですが、その将来像を考える上で自由診療、混合診療の取り扱いというものが焦点にならないわけにはいきません。

TPP焦点に医療保険浮上 厚労省「国民皆保険制度」崩壊に危機感(2013年3月26日産経ビズ)

 安倍晋三首相が参加に向け調整を開始した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉で、焦点の一つに医療保険分野が急浮上し、所管する厚生労働、総務両省は「国民皆保険制度」が崩壊するのではないかと危機感を強めている

 田村憲久厚生労働相は26日の記者会見で、交渉参加が国民皆保険制度に及ぼす影響について「何としても避けなければならない。首相も『絶対ない』と言っているので、交渉の中で壊れていくことはない」と強調した。

 首相は、今月19日の参院予算委員会で「国民皆保険は守っていく。わが国の主権の問題だ」と述べた。25日には、官邸を訪ねた日本歯科医師会の大久保満男会長らに対し、交渉に参加しても国民皆保険制度を維持する考えを伝えている。

 それでも、厚労省は「米側が交渉中に絶対に俎(そ)上(じょう)に載せないという保証はない」(幹部)と不安を隠せない。昨年までの民主党政権が当初、医療保険制度について「議論の対象外」と説明してきたのにもかかわらず、途中から「可能性は否定できない」と態度を変化させてきたからだ。

 同省は、国民皆保険制度が廃止されると、自在に価格を設定できる自由診療が基本となり、外資の民間保険加入者と未加入者との間で医療格差が広がる可能性が高くなると強調する。同省も米国側の動向を独自に収集し、同制度の存否が交渉案件にならないよう、与党議員に働きかけを強めることにしている。

「混合診療の全面解禁禁止など条件」 TPP参加で日医会長(2013年2月27日日本経済新聞)

 日本医師会の横倉義武会長は27日、環太平洋経済連携協定(TPP)について「国益に反する形での参加には反対する」と述べた。安倍政権が国民皆保険制度の堅持の方針を示していることに「ある程度、評価できる」とした。ただ、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」を全面解禁しないことなどが「(参加を認める)前提条件になる」とした。

 横倉会長は公的な医療給付の範囲を維持することや株式会社の経営参入を認めないことも条件にあげた。27日、3つの条件を守ることを明言するよう首相官邸に申し入れたとした。

 日米首脳会談を終えた安倍晋三首相から24日の帰国直後に電話があり、TPP参加の交渉について「米国に理解を求めた。国民皆保険は堅持した」と説明を受けたと話した。

特に昨今ではいわゆる若年ワープア層の拡大を背景にして使いもしない医療保険に毎年大金を取られるのは馬鹿馬鹿しい、無駄な老人医療費に湯水のごとく投じられる医療費を貢がされるくらいならいっそ皆保険制度などなくしてしまえばいいじゃないかという過激な声もかなり出ているようなのですが、さすがにこれらは非現実的として本稿で扱うべき対象ではないように思います。
患者側にとっても文字通り万一の場合の保険となる皆保険制度ですが医療現場にとっても大きな意味を持っていて、応召義務が撤廃されず診察費用未払いが診療拒否の正当な理由として認められないまま皆保険の前提が消失してしまうと、今現在各地の公立病院を中心に起こっている無保険者による治療費踏み倒しや窓口トラブルが全国津々浦々の日常診療にまで拡大することになりかねませんね。
つまり基本的には皆保険制度とは良い制度であり、大部分においてそれを堅持していくことが国民の利益にも医療従事者の利益にも適うとすれば、原則的に皆保険制度は堅持した上で混合診療をどこまで認めていくべきか、またそのために必要な制度設計とはどのようなものになるかが議論のテーマになりそうです。
ところが今現在の医療系団体は妙なアレルギー的反応を示しているのでしょうか、肝心のこうした詳細な議論を頭から拒否したまま皆保険制度絶対死守!混合診療導入反対!と叫んでいるばかりなのですから、いざその時になって厚労省などから意に染まない制度を押しつけられたところで自業自得というものですよね。

ちなみに混合診療と言うと公的に認められた先進医療に代表されるように、まだ保険では認められていない最先端の医療というイメージがあるせいか、それなら混合診療ありで全然構わないじゃないかという意見がかなり目立つのですが、今現在は最先端の医療でも数十年経てば陳腐な古くさい医療になるということは留意していただきたいと思いますね。
一例として先の大戦の頃にはちょうど抗生物質というものが登場した時代で感染症治療が劇的に変化しましたが、仮に当時皆保険制度が存在し抗生物質治療が先進医療として扱われていた状況を想像してみれば、今現在に至りたまたま肺炎になり病院にかかった、抗生物質は先進医療扱いで自費ですと言われて納得出来るかどうか?と言うことですね。
さすがにそんなに長く当たり前に使われているものなら保険診療に組み込まれるだろう?と誰でも思うでしょうが、まさにそういうことが起こっているのが一足先に混合診療が認められた歯科医療で、ごく当たり前の水準の治療行為も保険外扱いで自費診療になる、そしてそうした保険外診療を手がけないと経営的に成り立たない診療報酬体系に設定されていると言う現実があります。
混合診療解禁反対派が主張するところの「混合診療解禁によって保険診療の給付範囲が狭められる」という懸念の根拠となっているのがこの事実ですが、現実にこういうことを行って皆保険の理念を歪めている厚労省が「我々は皆保険制度の崩壊に危機感を抱いている!」などと幾ら言ったところで「はいはいわろすわろす」と返されるのがオチですよね。

では当初の前提に立ち戻って皆保険制度で必ず守るべき最低線とは何か?と言う議論になってきますが、思いつく限りで並べれば救急医療、終末期医療の中でも緩和医療、小児医療、そして生産年齢人口である青壮年期における肺炎や急性腹症といった各種急性疾患は原則保険診療で担保すべきであることにさして異論はないんじゃないかと思います。
一方でいわゆる難病を含めた慢性疾患に関しては何しろ長年にわたって一定の医療費支出を強いるものなのですから、むしろ別枠での公費助成などで単なる三割負担に留まらない手厚い保護を行うべきではないかと思いますが、これまたどこまでをその範囲に含めるべきかという点ではいささか議論の分かれるところではないでしょうか。
一方で一番意見が割れそうなのが癌など悪性腫瘍に対する高価かつ強力な治療をどこまで公的保険で担保するかですが、先日も紹介した近藤先生のように極論に走るのは困ったことだとしても、現実的にはほとんどの患者さんに効果がないのに他にそれ以上の治療法もないからという理由で選択されている高価かつ患者苦痛も強い治療は幾らでもあるのは確かですよね。
病気そのものにはたいして効かなくても症状緩和効果があるという理由で選択されている治療などもありますが、純粋に症状緩和が目的であれば他にもっと良い方法はないのか、あるいは人生で最も苦痛に満ちた期間をいたずらに延長することが人倫的に良いことなのかといった点も含めて、このあたりはこの機会にゼロから議論し直してもいい領域ではないかとも思います。

範囲ということで言えば対象疾患の範囲のみならず給付される人々の範囲も重要で、皆保険制度死守が大前提だからそんなものは考える必要などないと思考停止してしまうのは無保険者が急増している現実を見ない空論と言うしかありませんが、公的保険が整備されておらず医療破産が社会問題化していたアメリカでさえメディケイド、メディケアといった社会的弱者向けの公的医療補助制度は存在していたわけです。
それでは誰が困っていたかと言えば保険金をかけることをしなかった中間所得層が突然の大病で膨大な医療費支出を迫られ破産するケースが多発し社会問題化したのであって、だからこそ「なぜバカでかいテレビを買うために保険をケチってた連中のために俺の金が使われなきゃいけないんだ」という根強い批判があることは理解いただけるかと思いますね。
日本では同様に生保受給者には全額公費での医療扶助があり、またアメリカと違って公的な皆保険制度がある以上例え基礎疾患があり事実上民間保険には入れない人であっても最低限の医療は担保されると思われますが、となれば保険料すら負担できない、あるいは窓口で自己負担分を支払えない貧困労働者対策として真っ先に考えられるのはこれらワープア層に対する保険料の大胆な減免や窓口負担の軽減策ではないでしょうか。
ともかく何でもお上が負担してくれる生保受給者から必死で努力し抜け出してワープア層に入った途端に各種公費負担で首が回らなくなってしまうという制度設計がおかしいのであって、収入状況に応じてもう少し柔軟かつ段階的な保護策を講じるべきだし、一過性の消費で終わってしまう消費税払い戻しなどよりそちらの方がよほど実効性ある貧困対策になるはずだと思いますけどね。

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