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2013年2月26日 (火)

癌治療に絶対的な正解はない、とは言え…

先日なにげなく日経メディカルを眺めていますと、どうも同じ判決を日時をおいて二人の人間が紹介しているらしいということに気がつきました。

【参考】【日経メディカル10月号特集連動企画◆医師を襲うトンデモ医療裁判Vol.4】適応ない治療法まで勧めなきゃダメ?(2007年10月23日日経メディカル)

【参考】判例解説●高松高裁2005年6月30日判決「適応外治療の説明不足」で説明義務違反!?(2013年2月25日日経メディカル)

いずれも「なんじゃこりゃ!?」と言う判決の内容に驚き呆れているという内容なのですが、試みに後者の記事から概要を引用してみましょう。

事件の概要

 患者は50歳代の女性である。県立病院で「乳癌の疑いあり」と診断された患者は、乳房温存療法に積極的に取り組んでいる大学外科助教授Aのことを本で知り、診察を受けた。Aが診察したところ、乳癌の疑いが強く、Aは健診センターのB医師の精密検査を受けるよう勧めた。

 健診センターのBはマンモグラフィー、超音波検査および細胞診を実施した。その結果、やはり強く乳癌が疑われたため、Bは患者の同意を得て、1995年12月14日、大学病院で摘出生検を実施。AとBは、病理診断の結果や、自ら生検標本を検鏡した結果から、乳房温存療法の適応がなく、乳房切除術が適当であることを確認した。

 Bは、患者および夫に、患者の病変は初期の浸潤が疑われる「非浸潤性乳管癌」であり、癌細胞の悪性度が高く、切除標本のほとんどすべてに乳管内癌が広がっていると説明、早期に転移する可能性は低いと思われるものの、このまま放置すれば遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があることを説明した。

 そして、非浸潤性乳管癌の場合、一般に乳房切除術と乳房温存療法があり、自分は乳房温存療法を積極的に行っているが、患者の場合、広範囲の乳管内進展型で、マンモグラフィー上も乳房の中に癌がたくさん残っているので、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきであることを説明したほか、現時点では転移がないため、乳房切除術を行えば予後は良好であることなどを伝えた。

 Bは患者らに対し、セカンドオピニオンも聞きたいのであれば構わないと話したところ、患者が「どこへ行ったらいいでしょうか」と質問したので、がんセンターなどの病院名を挙げた。患者が「乳房温存療法に積極的な東京の放射線科医のC医師はどうか」と質問したところ、「あそこだけはやめておいた方がよい。内部の人の話だけれど、再発が多く、C先生にかかれなくなって外科にかかり直している」などと返答した。

 また、医師である患者の夫は患者に、「組織診断は助教授の診断だから間違いない。乳房切除にすべきである」旨の発言をした。

 患者は、96年1月4日、乳房切除術を受けること、セカンドオピニオンは聴取しないことをBに電話で伝え、入院・手術予定日を決めた

 Bは同月23日、手術の実施に当たって患者および息子に対し、再度病状や手術の合併症などを説明し、患者と息子は「手術・麻酔・検査承諾書」などに署名・押印し、手術の実施を承諾した。

 同日午後、Bは自ら執刀医となり、Aを助手として、患者に対し本件手術(乳房切除術)を施行し、患者の右乳房を切除した。切除標本の病理組織検査結果は、小範囲ながら非浸潤性乳管癌が見られというものであった。Bは患者に検査結果を示し、乳房切除術が妥当であったことを説明した。

 しかし、その後患者は、医師らは乳房温存療法などについて十分な説明をせず、自らの意思で治療方法を決定する機会を奪ったなどと主張し、慰謝料など合計1100万円の支払いを求めて提訴した。

判決

 地裁では請求棄却となったが、患者側は控訴した。控訴審の高松高裁は、生検結果などから本件の患者は乳房温存療法の適応である可能性は低かったものと認められるとしながらも、一審判決を覆し、医師側の説明義務違反を認定。大学およびA、Bに、連帯して240万円を原告に支払うよう命じた。

 裁判所は、患者が乳房温存療法に強い関心を有していることを医師らが認識していたと推認。その上で、「乳房切除術および乳房温存療法のそれぞれの利害得失を理解した上でいずれを選択するかを熟慮し、決断することを助けるため、患者に対し、医師らの定めている乳房温存療法の適応基準を示した上、患者の場合はどの基準を満たさないために乳房温存療法の適応がないと判断したのか、という詳細な理由を説明することはもちろん、再発の危険性についても説明した上で、医師らからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があったというべきである」とした。

 Bが患者に説明した内容は「乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきであることを説明したにとどまり、乳房温存療法が適応外であることについての上記説示のような詳細な理由を説明したとは認められない」と判断した。

 Bが患者に対し、がんセンターなどの名を挙げたことについては、「これは、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンドオピニオンを受けることのできる具体的な医療機関を教示したにとどまる」として、「Bからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示したと認めることはできない」と判示した。上告受理申立も却下され、判決は確定している(高松高裁2005年6月30日判決)。

記事を書いている弁護士である田邉昇氏自身が「この判決を詳しく読んで、あぜんとしてしまいました」と言うくらいですから司法的に見ても大変な判決と言うことなのでしょうが、何しろほんの数年前であった当時はこうした「とりあえず医者は金出しとけ?」的な判決が公然とまかり通っていたなあと妙に懐かしく思い出されるのも確かですよね。
「医師らからみれば適応外の症例でも」云々を文字通りに考慮すれば、それこそ何にでも砂糖玉を舐めさせているような手合いに至るまでことごとく網羅し紹介しておかなければならないということにもなりかねませんが、興味深いのはこのトンデモ判決の場合はよくある医学的にも疑問符がつくトンデモ鑑定によって出された間違った結論というわけではないということです。
前者の2007年記事を書いた野村和博氏はこのシリーズの冒頭で「トンデモ判決に4つのタイプ」という記事を掲載していますが、この判決は「医療者側に明確な過失がない場合でも、裁判所が患者救済を考慮して何らかの損害賠償を認めるために、その口実に使われている」という「説明義務過剰型」の典型例だと言えそうですね。
後者の記事を書いた田邊弁護士も「医師の夫がいて、書籍で調べて病院を訪れている患者が、医師からこれだけの情報を得て自己決定ができないなら、ほかにどんな情報があればよかったのか」と憤慨し「学会が適切な鑑定人を推薦することで、不当な判決をある程度食い止められますが、説明義務違反は裁判官の独壇場」と嘆く通り、事実に基づかない主観に左右されるこの手の判決は大変厄介なものだと言えそうですね。

事実とは別に主観に左右される部分で訴えられると明確な対応が難しいという領域は裁判以外にも多々あって、例えば例の「がんもどき」理論(と言うのでしょうか?)で有名な近藤誠先生などもあれだけ各方面から批判を受けながらも世間ではそれなりに受け入れられている(ように見える)というのは、その独創的すぎる論の展開が結局事実かどうかには依存していないからだとも言えるのでしょうね。
先日も近藤先生が「がん医療のタブー…効かない抗がん剤、寿命を縮める手術が横行するカラクリ」なるインタビューに登場していましたもので拝見してみたのですが、非専門家に判りやすいように敢えて極論を言っているのだろうと善意に解釈しても幾らでも突っ込みどころが満載している、しかしその中に「まあ、そういう面もあるかもね…」と幾らかは頷けるところをパラパラと含ませているあたりがさすがにうまいなと思います。
もちろん近藤先生が当時の臨床医達が敢えて言わなかった「固形腫瘍に化学療法なんてやったってどうせ最後はみんな死ぬ」などと大声で叫んで回ってくれたことはあの時代には大いに意義があったのでしょうし、今や癌に対して何もしないという選択枝は別にタブーでもなんでもなくて、患者にはBSCも含めきちんと情報を開示した上で自ら選択させているのもその一部は先生の功績と言えなくもないですよね。
ただでさえ多忙な診療の現場で一向に成績向上が進まない固形腫瘍に面倒な化学療法を好きこのんでやりたがってる先生がどれだけいたのか?とも考えると、誰かがピエロになって患者の思い込みを粉砕して回る意義はあったのかも知れませんが、逆にそうした極論も単なる選択枝の一つになった時代となってみると、ああこの人は今もまだ変わらずそこにいるんだな…という感慨めいたものを覚えるのは自分だけでしょうか。

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コメント

>近藤 胃がんで外科手術というのは、間違っていると思います。とにかく食事がとれていれば胃がんでは死にません。

          ____
       / \  /\  キリッ
.     / (ー)  (ー)\
    /   ⌒(__人__)⌒ \   とにかく食事がとれていれば胃がんでは死にません。
    |      |r┬-|    |   
     \     `ー'´   /   
    ノ            \
  /´               ヽ

            ___
       /      \
      /ノ  \   u. \ !?
    / (●)  (●)    \ 
    |   (__人__)    u.   | クスクス>
     \ u.` ⌒´      /
    ノ           \
  /´               ヽ

         ____
<クスクス   /       \!??
      /  u   ノ  \
    /      u (●)  \
    |         (__人__)|
     \    u   .` ⌒/
    ノ           \
  /´               ヽ

投稿: | 2013年2月26日 (火) 09時44分

判例の話に出てくる 東京のC先生がまさにその人!ってな感じですが、
私ならさっさと紹介しちゃいますね。

投稿: JSJ | 2013年2月26日 (火) 09時54分

最近、外科系の入局者激減しており、このままでは技術の継承が出来なくなると、大学に残った同級生が
ぐちってました。こんな判決が出ると、ますます敬遠されますね。

投稿: 浪速の勤務医 | 2013年2月26日 (火) 09時58分

>近藤 胃がんで外科手術というのは、間違っていると思います。とにかく食事がとれていれば胃がんでは死にません。

う~ん…胃癌こそ手術できるものは手術したほうがいい病気の代表だと思ってましたが。
近藤先生もたいして終末期医療の経験がおありでもなさそうなのにどこからこんな思い込みにとらわれちゃったんでしょうねえ…

>私ならさっさと紹介しちゃいますね。

任せろ俺が直してやる式の昔気質な先生がどんどん訴えられていくのに進んでハイリスク患者抱え込もうって先生は危機感なさすぎといわれかねないですね今は。
一人の人間としては尊敬に値するいい人なのかも知れないですけど。

投稿: ぽん太 | 2013年2月26日 (火) 10時07分

>「まあ、そういう面もあるかもね…」と幾らかは頷けるところをパラパラと含ませている
一流の詐欺師は99パーセントの真実と1パーセントの嘘をつく

投稿: 天邪鬼 | 2013年2月26日 (火) 10時14分

産科小児科が絶滅危惧種認定されて保護政策が始まったように、外科医もそろそろ政策的に保護していく対象になるべきでしょう。
もちろん院内の仕事の分担など外科医でなければ出来ない仕事以外はなるべく酷使しないように配慮しなければならないですね。
「外科医にコンサルトしたが」云々の一文を書くために何でもかんでもコールというのも一考したい状況ですが、訴訟対策もありますからバランスが難しいところです。

投稿: 管理人nobu | 2013年2月26日 (火) 11時13分

>一流の詐欺師は99パーセントの真実と1パーセントの嘘をつく
それだと近藤先生は五流くらいかな。

投稿: 放置医 | 2013年2月26日 (火) 11時23分

近藤先生は20年も講師に留め置かれたと不満たらたらだが、この記事を読むかぎり20年も講師として留め置いた側こそ温情をほめられるべきでは?
もしかすると本業の方ではそれなりにまともで有能な先生なのかも知れないが、ここまで疾患概念も異なっていては他科医師と協力しての質の高いチーム医療など望むべくもないだろうに

投稿: 元僻地勤務医 | 2013年2月26日 (火) 13時17分

近藤先生はわざわざ人間ドックで内視鏡やCT検査で固形ガンを見つける事は無意味で、固形ガンに対する化学療法や手術療法は寿命を縮めるだけで百害あって一利なしとマスコミを通じて声高に言っておられますが、
私もその意見に概ね賛成いたします。身も心もボロボロになって最終的に壮絶ガン死するより、知らないうちにガンになって化学療法も手術も一切行わずにに自然経過死のほうが間違いなく楽でしょうから。
血液・リンパの悪性腫瘍は化学療法が半数程度は有効だと思いますが。
脳動脈瘤とか見つける目的の脳ドックと脳動脈瘤の手術など無意味だとかいうの誰か言ってくれませんかね。
そうすればMRIやCTなど高額な検査も激減するので、医療費の負担は減るはず。
「検査や治療が無意味なだけでなく有害だ」と本当の事を言ってしまえば、それでメシ喰ってる医者や病院が困るわけで、医療界も原発村の住人と似たようなところ(利権保守的)はありますね。
医療費の大幅な削減のためにはそういうムダな部分に大ナタを振るうべきだと思うのですが。

投稿: 逃散前科者 | 2013年2月26日 (火) 15時32分

ある程度の年齢に達した人には、という注釈つきでおおむね同意いたします。
確定診断確定診断と念仏のように唱えながら検査検査で患者を苦しめている医師は少なくありません。
ですが病を見つけても治療適応のない方々に高価であるのみならず苦痛も伴う検査などする意味があるかどうか。
医学と医療とは異なるものではないかと愚考する次第です。

投稿: 藪 | 2013年2月26日 (火) 15時42分

>産科小児科が絶滅危惧種認定されて保護政策が始まったように

…えっ?

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2013年2月26日 (火) 15時43分

以前どこかに書いたかもしれませんが、私が勤務する病院で裁判官が医療事故裁判に関する講演をされました。
そのとき、質疑応答で「保険証を出して受診した方に、保険のきかない治療や全く医師が意味が無いと思っている治療を説明する義務はありますか?」との質問が出ましたが、明確な答えが得られませんでした。
前者については、保険証を出していれば保険診療の中での治療を暗に希望していると解釈できなくもないですががん治療などでは説明が必要になる場合もあるかもしれない、後者はその医師が現代医療の基準に見合ったレベルで意味が無いと判断したのであれば問題ないかもしれないが個別の案件にならないとはっきりしたことが言いにくい・・・とのこと。

この判決の前か後かわかりませんが、裁判官の感覚だと明確には判断しがたい事例のようです。

投稿: クマ | 2013年2月26日 (火) 18時24分

病院でがんと診断された外来患者の約4割は、受診の時点で自覚症状がなかった ことが、27日までの
厚生労働省の調査で分かった。

健康診断や人間ドックをきっかけに受診し、がんが見つかったケースが多く、同省 の担当者は
「がん治療の基本は早期発見。自主的に健康診断を受けることの重要性 を示すデータだ」としている。
同省がこうしたデータを公表するのは初めてという。

*+*+ 47NEWS +*+*
http://www.47news.jp/CN/201302/CN2013022701000818.html

投稿: でも奴は反対する | 2013年2月28日 (木) 09時18分

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