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2013年1月17日 (木)

およそ病には二種類あります

本日の本題に入る前に、ベルギーと言えばオランダに続いて世界で二番目に安楽死を合法化した国として知られていますけれども、そのベルギーから先日こんなニュースが出ていました。

視聴覚障害で安楽死選ぶ=ベルギーの双子兄弟(2013年1月12日時事ドットコム)

 【ブリュッセルAFP=時事】ベルギー北部アントワープに住む耳の不自由な双子の兄弟(45)が、視覚にも障害を患うようになり、昨年12月に安楽死していたことが分かった。地元メディアが12日伝えた。
 報道によると、双子は数年前から視覚障害に悩まされるようになり、首都ブリュッセル市内の医師に安楽死を要求。医師は双子の求めに応じ、2012年12月14日に安楽死の措置を行った。
 ベルギーは02年、オランダに次いで世界で2番目に安楽死を認める法律を制定しており、11年には1133件の安楽死があった。大半は末期がん患者で、双子のように末期疾患を患わずに安楽死を選ぶのは珍しいという。

感覚障害や運動障害はしばしば本人の意識がしっかりしているだけに非常に苦痛が大きいということは理解出来ますが、以前にも紹介しましたように近年では運動障害の患者で意志のみで作働させることの出来るロボットアームの開発が進んでいたり、目のサイボーグ化による失明治療が開発されつつあったりと、再生医療分野で画期的な進歩が続いています。
先日も聴覚を司る内耳の有毛細胞を初めて再生させることに成功したという報道があったばかりですから、自らの人生に悲観し最終的解決を図る前に明るい将来に期待と希望を抱くことも一考していただきたいものだと思いますね。
とはいえ、実験室レベルで成功したからといってそれが実際に臨床応用されるまでにははるかな長い道のりがあることは当然ですし、また仮に技術的には実用化したとしても世界的に見れば費用などの面から治療を受けられないという人の方がずっと多いのも事実でしょう。

日本人は幸い通常の医療に関しては世界的にもコストとアクセスの両面で非常に恵まれている例外に含まれると言えそうですが、もちろん医療費も天井知らずで許容されていた時代など今や遠い昔であって、医療においてもコストパフォーマンスという概念が重要であるとはお上も主張しているところですよね。
そうした財政的な面と同時に生命倫理の観点からも現状に疑問符がもたれているのがご存知終末期医療の問題ですけれども、日本の場合幸いにもコスト面で患者負担が非常に優遇されてきたこともあって、いわゆる過剰診療と言われるほどの手厚い医療が半ばデフォルトで行われる時代が長く続いてきました。
最近になってようやくそれは何かおかしい、医療費適正化の面でも望ましい終末期のあり方という点でももう少し違った道があるのではないかという議論が始まっていますが、現場においても運用に支障がないようにどこで手を引くべきかという手順がちょうど整備されつつあるところです。

終末期の透析見合わせで手順の案(2013年1月14日NHK)

回復の見込みがない終末期の患者に、人工透析の実施を見合わせる場合の手順を、専門の学会がまとめ、提言案として公表しました。

人工透析を受ける患者は全国で30万人を超え、65歳以上の割合が年々高くなっていることから、肺炎などの重い合併症で透析の継続が難しくなるケースが増えているとされています。
このため、専門の医師で作る日本透析医学会は、回復の見込みがない終末期の患者に、人工透析の実施を見合わせる場合の手順を検討し、提言案としてまとめました。
提言案では、透析を見合わせるかどうか判断する前提として、患者や家族に医学的な情報を十分に提供する、患者の自己決定を尊重するため、あらかじめ「事前指示書」と呼ばれる文書を作るよう勧めるとしています。
そのうえで、多臓器不全などで、透析を実施すれば生命の危険があると判断した場合は、人工透析を見合わせるとしています。
また、終末期に、患者みずからか、患者に意思決定能力がない場合はその家族が、透析の導入や継続を拒否したときは、理由を十分に把握したうえで意思を尊重するとしています。
そして、患者の意向を定期的に確認し、病気の進行などで意思決定能力を失ったときには、最も近い時点での意向を尊重するとしています。
日本透析医学会は、この提言案をホームページで公表して、一般にも意見を求め、ことし6月の総会で正式に決めることにしています。

もちろん高齢者であってももともと元気な方がたまたま何らかの原因で急性腎不全に陥り、ここを乗り越えさえすればまた元気になると言った場合の話ではなく、あくまでも回復の見込みのない終末期のケースで漫然と透析導入をしたり継続したりすることに対しての話であることは言うまでもありませんよね。
海外などでは高齢者への新規透析導入は保健医療の対象外としている国々も決して少なくありませんが、やはり極めて高いコストを要することに加えてひとたび始めれば中止が出来ない終末期医療というものは議論になりやすく、過去に日本でも終末期患者への人工呼吸器装着の是非などが散々議論されてきたことは周知の通りです。
先日は「日本人の受診回数は世界一?」という記事が出ていたのですが、早期発見早期診療が結局は総医療費抑制にもつながるのだという日医の長年のキャンペーンの成果か、日本人の平均受診回数がOECD平均の2倍で世界一多いということはよく知られているところですが、その割に総医療費がそれほど高くないことを見ても判る通り診療辺りのコストはずいぶん安くついているということですね。
風邪のシーズンともなれば片っ端からインフルエンザのチェックをして高価な抗ウイルス薬を処方するのは日本だけだ、なんてことも言われますが、それでも若く健康な人が治療によって治るのであればお金の出し甲斐もあろうというものですから、コストパフォーマンスを云々するのであれば最終的な負け戦が決まっている終末期医療がやり玉に挙がるのはやむなきところではあるのでしょう。

こうした記事が出るたびに「患者の生きる権利を阻害するのか!人を死なせるためのルール作りなど認められない!」と騒ぐ人が必ずいるようですが、今の日本で例えガイドラインがあろうが本人や家族の希望に反して終末期医療を勝手に打ち切るというのはまず考えられないことで、逆に誰も望んでいないのに止め時が判らないが故に濃厚医療を続けざるを得ないという弊害の方が大きくなってきたということですね。
外国では医学的に妥当でない処置は保険の対象にならない場合も多く、アメリカなどはそれが行きすぎて医療の内容を決めるのは医師ではなく保険会社であるなどと自嘲気味に語られますけれども、日本の場合は保険診療を逸脱するようなことでも医師がかなり融通を利かせてくれますし、場合によっては最初から保険で切られるのを覚悟でやってくれるということもあるでしょう。
ただそうした行為は結局やってもさしたる意味がないからこそ認められていないということも言えるわけで、最終的には患者本人のためにというよりも出来ることは全てやったという家族の満足のためだとも言え、今後医療財政が逼迫するほどに終末期医療に関してもその妥当性がより厳しくチェックされるようになるかも知れませんね。

皆保険制度などなかった数十年前まではちょっとした田舎に行けばお医者さまを呼ぶのは看取りの時だけ、なんて集落がごく当たり前に存在していたと言いますが、そうした人達が「我々は正しい医療を受ける権利を不当に奪われている!」と憤慨していたかと言えば必ずしもそうでもなく、看取りとはそういうものなのだという社会的・地域的なコンセンサスが存在し、それに従って終末期に対応していたはずなのです。
「何でも出来ることは全部やってください」の一言で天井知らずの医療を受けられる今の人間からすると信じられない前時代性と言われかねませんが、看取りということに関して言えばどちらが幸せだったのかは微妙なところで、案外親戚一同に見守られながら静かに息を引き取っていた時代の方が死生観に合致して皆が幸せでいられたのかも知れませんね。
日本も将来的には諸外国のように「ここから先を望むなら高価な自費診療になりますが」と言われ治療継続を断念するようなことも起こりえるのかも知れませんが、医学的妥当性ではなく死生観に基づいた医療を行っているのが現状の終末期医療だとすれば、仮に経済的要請からであっても日本人の死生観自体が変化していけば終末期医療の内容が変わっていくのもまた当然のことなのでしょう。

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コメント

いたずらに金と労力を費やして得るところなく誰からも感謝されないのならやるだけ無駄
あたりまえのことなのになぜ大騒ぎする必要があるのか

投稿: 無名人 | 2013年1月17日 (木) 08時34分

提言案を読むと、
患者•家族が拒否した場合でも、医学的適応があれば透析導入するよう最大限の説明努力をするよう求めています。
その上で
「医療チームが終末期患者に対する慢性血液透析療法を見合わせる一定の状況
<あらゆる対策を講じても終末期患者の透析療法が医療技術的に極めて危険か困難で,実施自体が生命予 後へ悪影響を及ぼすと判断した場合>
1 生命維持が極めて困難な循環・呼吸状態などの多臓器不全や持続低血圧などの病態
2 バスキュラーア クセス使用不可
3 透析療法実施の度に器具による抑制および薬物による鎮静をしなければ,バスキュラー アクセスと透析回路を維持して安全に体外循環を実施 できない病態では,医療およびケアの方針決定プロセ スに従って透析療法を見合わせる.」
ということで、これ自体は別段 目新しいことは言っていないと思います。

この提言のキモは、不開始あるいは中止を主治医一人の判断で決めるのではなく、医療チームの討議を経て決定するよう求めていることだと思います。

投稿: JSJ | 2013年1月17日 (木) 09時14分

これもつまりは長年医療の現場に蓄積されてきた歪みの一つでしょう。
歪みがあると自覚して改めようとし始めたのはいいことです。
でもこの調子じゃまともに運用できるまでまだまだ先は長そうですけどね。

医師側からしたら医療を途中で打ち切るとか手を抜くってのは難しいんですよね。
だから本来は患者さんの側からもっと声をあげてもらいたいんですが…
もし患者の権利法を定めるなら医療を受けない権利も議論しないとダメですね。

投稿: ぽん太 | 2013年1月17日 (木) 09時36分

提言自体はなにか特別なことを言っているわけではない、しかしその特別でないことの実現にわざわざ提言を必要とするのが現状の課題なのでしょう。
誰もがおかしいと思っているのであれば、さっさと改めていくべきだと思います。

投稿: 管理人nobu | 2013年1月17日 (木) 10時35分

>多臓器不全などで、透析を実施すれば生命の危険があると判断した場合は、人工透析を見合わせる

これってわざわざ書くこと?今まではそれでもやってたってことなの?

投稿: こだま | 2013年1月17日 (木) 12時20分

提言(案)全体を読むと、
「透析療法の導入について,意思決定能力のある患者または意思決定能力がない患者の家族と合意に達していない場合には,期間を限定した透析療法の導入も考慮する.」
「医療チームは,患者が透析療法を拒否する理由を十分に把握したうえで,その意思決定を尊重する.ただし,セカンドオピニオンを求めることを勧める.」
等、患者•家族の意思を尊重するとしつつも、透析導入への相当な努力を求めています。
その上で
透析を見合わせる場合は「討議した内容すべてを,日時と参加者名とともに診療録に記載し,透析療法の見合わせについての同意書を取得する.」
となっているわけで、
この提言(案)の眼目は、透析の不開始あるいは中止によって担当医が法的責任を取らされることを回避したい、ということにあると 私は理解しました。

そう考えると、前書きで
「この提言(案)はエビデンスに基づいて文章化されたものではありません.また,エビデンス・レベルが設定できるものでもありません.日本透析医学会としての慢性血液透析療法実施に際しての立場を表明するもので,ガイドラインではないことを明示しておきます.」と書かれているのも、なかなかに示唆的だと思います。

投稿: JSJ | 2013年1月17日 (木) 15時22分

国民皆保険って1961年からスタートなんですね。意外に歴史が短いと感じてしまいました。

>提言自体はなにか特別なことを言っているわけではない、しかしその特別でないことの実現にわざわざ提言を必要とするのが現状の課題なのでしょう。

こういうのは内容を完全に理解できない人を納得させるために必要なんだと思います。そのために提言>コンセンサス形成...という形を作ることが大事かと。

投稿: 吉田 | 2013年1月17日 (木) 18時57分

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